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第4話:王族たちの盤上勝負

 翌朝。


 シルク王国邸の食堂には、いつものように焼きたてのパンの香りが広がっていた。


 ……ああ。


 今日も平和だねぇ。


 昨日はカトレアと、たっぷり遊んだ。


 黒と白の石を挟んで、ひっくり返す。


 そう。


 リバーシだ。


 ……うん。


 久しぶりに遊んだけど、やっぱり面白いね。


 特にカトレアが楽しそうだったのが、よかった。


 ……ただし。


「……お父さん!」


 隣の席から、元気な声。


「ん?」


「……きょうも、りばーし!」


 …………。


 ……おお。


 朝から、やる気満々!


「うん。時間があったら、また遊ぼうね」


「……やった!」


 …………。


 ……ああ。


 可愛いなぁ。


 私は、そっとカトレアの頭を撫でた。


 すると。


「……きょうも、かつ!」


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり、そうなるよね。


 昨日は二回とも私が負けた。


 というか、負けるように打ったんだけど。


 カトレアの中では、すっかり「お父さんは弱い」になっているらしい。


 ……うん。


 いいんだよ。


 別に、悔しくないし。


 …………。


 ……ちょっとだけ。


 ちょっとだけ、強いところを見せた方がよかったかな?


 ……いや。


 あの笑顔を見たら、やっぱり無理!


     ◇


「リアリスちゃん」


 巴さんが、温かいスープを運んできた。


「今日は、お客様がいらっしゃるそうよ」


「……おっ。誰かな?」


「アリーナ様とライラ様から、先ほど連絡があったの」


 …………。


 ……おお。


 王女様が二人!


 アリーナさんは、シルク王国の第一王女。


 ライラさんは、エルフ国の王女で、今はシルク王国で暮らしている。


 どちらも、カトレアのことを気にかけてくれているんだよね。


「……そっか。じゃあ、ゆっくりしてもらおうか」


 私が言うと、カトレアがぱっと顔を上げた。


「……アリーナおねえちゃん!」


「うん。それからライラさんも」


「……ライラおねえちゃん!」


 …………。


 ……ああ。


 嬉しそう。


 ……うん。


 そうだ。


 ちょうどいい。


 昨日持ってきたリバーシを、二人にも教えてあげよう。


 カトレアも、お友達と対戦できるしね。


「……カトレア」


「……ん?」


「今日のお客様にも、リバーシを教えてみる?」


 カトレアが、驚いた顔をした。


「……いいの!?」


「もちろん!」


「……わたし、おしえる!」


 …………。


 ……おお。


 カトレア先生、今日も出番だね!


     ◇


 少しして。


 玄関ホールから、明るい声が聞こえた。


「リアリス様!」


 …………。


 ……おっ。


 アリーナさんだ。


 淡い桃色の長い髪。


 王女らしい上品な服装。


 その後ろには、金色の短い髪のライラさん。


 二人とも、にこやかだ。


「いらっしゃい、アリーナさん、ライラさん!」


 私は、笑顔で迎えた。


 桜花が、私のそばで丁寧に一礼する。


「ようこそお越しくださいました」


 楓も、静かに頭を下げた。


 …………。


 ……うん。


 今日も、控えめ。


 この子は、こうして必要なときにきちんと動いてくれる。


 それで十分だよね。


「急に伺ってしまって、申し訳ありません」


 アリーナさんが、私へ微笑んだ。


「いえいえ。今日は予定もありませんから」


 ……うん。


 昨日だって、カトレアとのんびり遊んでたくらいだし。


「私も、ご一緒させていただきました」


 ライラさんも、柔らかく微笑んだ。


「リアリス様にお会いできると聞いて、つい……」


 …………。


 ……おっ。


 そうなんだ。


 会いに来てくれるなんて、ありがたいね。


「いつでも歓迎ですよ!」


 私が答えると、二人がほとんど同時に微笑んだ。


 …………。


 ……あれ。


 何だか、二人とも少し頬が赤い?


 ……うーん。


 玄関ホール、暖かすぎたかな。


     ◇


「……アリーナおねえちゃん!」


 奥から、小さな声がした。


 カトレアだ。


 小走りでやって来て、アリーナさんへ抱きついた。


「まあ、カトレアちゃん!」


 アリーナさんが、嬉しそうにしゃがんだ。


「元気にしていた?」


「……うん!」


 …………。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 ライラさんも、カトレアの目線に合わせて腰を落とした。


「カトレアちゃん、お花は元気?」


「……うん! きのう、さいた!」


「そうなの? よかったわね」


 …………。


 ……ああ。


 ライラさんは、園芸の話ができるんだよね。


 カトレアにとっては、心強いお姉ちゃんみたいな人だ。


「……あとね!」


 カトレアが、胸を張った。


「……お父さんに、かった!」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 いきなり、その話!?


 アリーナさんが、不思議そうに首を傾げた。


「……勝った?」


 ライラさんも、私を見る。


「リアリス様と、何か勝負をされたのですか?」


 …………。


 ……ああ。


 もう、逃げられない。


「……あはは。昨日、ちょっとした遊びを教えたんです」


「……りばーし!」


 カトレアが、元気に言った。


「……お父さん、よわい!」


 …………。


 ……あああ!


 そこも言っちゃう!?


 アリーナさんが、口元を押さえた。


「……ふふっ」


 ライラさんも、ほんの少し笑っている。


 …………。


 ……うん。


 王女様二人の前で、娘に弱いって紹介される父親。


 ……何だか、ちょっと恥ずかしいなぁ。


     ◇


「……リバーシ、ですか?」


 アリーナさんが、興味深そうに尋ねた。


「はい。黒と白の石を使う、盤上遊戯なんです」


 私は、客間へ案内しながら説明した。


「難しすぎないので、初めての人でも遊べると思いますよ」


 ライラさんが、微笑んだ。


「面白そうですね」


 …………。


 ……おっ。


 二人とも、興味ありそう!


「よかったら、一緒にやってみませんか?」


 すると。


「ぜひ!」


 アリーナさんが、すぐに答えた。


「私も、お教えいただきたいです」


 ライラさんも、頷く。


 …………。


 ……おお。


 よかった!


 私は、桜花へ目を向けた。


「桜花、昨日の盤を用意してもらってもいい?」


「かしこまりました、リアリス様」


 桜花が、静かに下がる。


 楓は、来客用のお茶を整えてくれた。


 ……うん。


 今日も、助かるね。


     ◇


 しばらくして、客間の卓に緑色の盤が置かれた。


 八列八段。


 黒と白の石。


 …………。


 ……うん。


 昨日と同じリバーシだ。


 ただし、今日は観客が多い。


 アリーナさん。


 ライラさん。


 桜花。


 楓。


 そして、カトレア。


 …………。


 ……おお。


 ちょっとした、家族の集まりみたい。


「……これは、石の裏表で色が違うのですね」


 アリーナさんが、黒い石を一つ持ち上げた。


 くるり。


 白。


 くるり。


 黒。


 ……あっ。


 昨日のカトレアと、同じ反応だ。


 ライラさんも石を手に取る。


「綺麗に作られていますね。これもリアリス様の魔法で?」


「はい。《取り寄せ》で用意しました」


「……素敵です」


 ……おお。


 そんなに褒めてもらえると、ちょっと照れるね。


 でも、日本では普通に売っていた遊びなんだけど。


 ……まあ。


 この世界で見たら珍しいよね。


     ◇


「じゃあ、ルールを説明しますね」


 私は、盤の中央へ黒と白の石を二枚ずつ置いた。


 斜めに同じ色になる配置。


「黒が先手で、白が後手です。相手の石を自分の石で挟むように置くと、間の石をひっくり返せます」


 実際に置いて見せる。


 ことん。


 くるり。


 …………。


 アリーナさんが、目を輝かせた。


「……なるほど!」


 ライラさんも、身を乗り出した。


「縦だけですか?」


「横でも、斜めでも大丈夫です。ただし、ちゃんと相手の石を挟める場所でないと置けません」


 ……うん。


 基本は、これだけ。


「置ける場所がなければ、その人の番はお休み。最後に盤が埋まったり、双方とも置けなくなったりしたら、石の数を比べます」


 アリーナさんが、静かに頷いた。


「黒と白、多い方が勝ちなのですね」


「そうです!」


 …………。


 ……うん。


 理解、早いね。


 ライラさんは、盤の四隅を見ていた。


「……角を取ると、相手にひっくり返されにくそうですね」


 …………。


 ……おっ。


 もうそこに気づいた?


「はい。角は一度取ると、取り返されない場所なんです」


 …………。


 ライラさんが、小さく微笑んだ。


「……面白いです」


 …………。


 ……あれ。


 何だか、桜花と楓の対局を思い出したんだけど。


 ……うん。


 気のせいだよね。


     ◇


「……わたし、できる!」


 カトレアが、元気よく手を上げた。


「……うん。カトレア、もうルールを覚えたもんね」


 私は、にっこり笑った。


 アリーナさんが、カトレアへ目を向ける。


「それなら、最初は私と遊んでみませんか?」


 …………。


 カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。


「……いいの!?」


「もちろんよ」


「……やった!」


 …………。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 初めてのお友達とのリバーシ対戦!


「じゃあ、アリーナさんとカトレアで始めましょうか」


 私は、盤を二人の間へ置いた。


「色は、どっちにします?」


「……くろ!」


 カトレアが、元気よく答えた。


 …………。


 ……おっ。


 やっぱり、黒が好きなんだね。


 アリーナさんが、微笑んだ。


「では、私は白にしますね」


 ……うん。


 決まり。


 桜花と楓が、静かに見守る。


 ライラさんも、興味津々だ。


 私は、最初の四枚を並べ直した。


「それでは、カトレアからどうぞ!」


     ◇


 カトレアは、昨日のことを思い出すように盤を見つめた。


 黒い石を一枚、指先で挟んでいる。


 ……うん。


 昨日は、最初の一手から迷っていたね。


 でも、今日は。


「……ここ!」


 ことん。


 黒い石が置かれた。


 間の白が、くるりと黒へ返る。


 …………。


 ……おお!


 一人で置けた!


「上手だね、カトレア!」


 カトレアが、嬉しそうに笑った。


「……うん!」


 アリーナさんは、少し考えてから白い石を置く。


「……では、私はここへ」


 …………。


 ……おっ。


 こちらも、ちゃんとした手だ。


 くるり。


 黒い石が、白へ変わる。


 カトレアが、ぱっと顔を上げた。


「……あっ!」


「ふふ。これで、私の石ですね」


 …………。


 ……ああ。


 いい勝負になりそうだね。


 

     ◇


 最初の数手は、二人ともゆっくりだった。


 カトレアが黒い石を置く。


 アリーナさんが白を置く。


 くるり。


 くるり。


 ……うん。


 ちゃんと、順番を守れてる。


 カトレアも昨日よりずっと上手に石を見つけているし、アリーナさんも飲み込みが早い。


「……ここ、はさめる?」


 カトレアが私を見た。


 ……おっ。


 初めて見る形だね。


 私は盤を覗いた。


「そうだね。斜めに黒い石があるから、そこへ置けるよ」


「……やった!」


 ことん。


 黒い石が置かれ、白が二枚、黒に変わった。


 …………。


 ……ああ。


 嬉しそう。


「……カトレアちゃん、本当にお上手ですね」


 アリーナさんが、微笑んだ。


「……えへへ!」


 …………。


 ……うん。


 カトレアも、褒められて嬉しいんだね。


 でも。


「……私も、頑張りますよ」


 アリーナさんが、白い石を持った。


 置いた場所は、盤の中央から少し外れたところ。


 ……おっ。


 斜めと横で、黒い石を三枚挟んだ!


 くるっ。


 くるっ。


 くるっ。


 …………。


 カトレアが、目を丸くした。


「……みっつ!」


「ふふ。取れましたね」


 …………。


 ……おお。


 面白くなってきた!


     ◇


 盤の上は、黒と白が入り混じっていた。


 アリーナさんは、よく考えて石を置く。


 カトレアは、一度覚えたことを思い出しながら、置ける場所を探す。


 ……うん。


 二人とも、楽しそう。


 しばらくして、カトレアが盤の端を指差した。


「……ここ!」


 …………。


 ……おっ。


 いい手だね。


 黒を置くと、縦に並んでいた白い石が、四枚も黒へ変わった。


「……いっぱい!」


 カトレアが、大喜びする。


「すごいですね、カトレアちゃん!」


 アリーナさんも、素直に褒めてくれた。


 …………。


 ……ああ。


 優しいお姉ちゃんだね。


 でも、その次の一手。


 アリーナさんが、盤の隅へ白を置いた。


 …………。


 ……おお。


 角だ!


 しかも、そこから伸びる一列が、白に変わっていく。


 カトレアが、ぽかんとした。


「……あれ?」


 …………。


 ……うん。


 これがリバーシの難しいところだよね。


 たくさん返したから、必ず勝てるわけじゃない。


 ……ああ。


 本人が、少しずつ気づいてくれるといいな。


     ◇


「……お父さん」


 カトレアが、小さな声で尋ねた。


「……どうしたの?」


「……まける?」


 …………。


 ……おっ。


 ちょっと、不安になってきた?


 私は、そっと笑った。


「まだ分からないよ。最後までやってみよう」


「……うん」


 …………。


 カトレアは、もう一度盤を見た。


 黒い石を一枚。


 置ける場所を、ゆっくり探す。


 ……うん。


 いいね。


 簡単に諦めない。


 アリーナさんも、急かさずに待ってくれている。


 …………。


 ……ああ。


 いい雰囲気だなぁ。


 そのとき。


「……ここ!」


 カトレアが、黒い石を置いた。


 ……おっ。


 今度は二方向だ!


 黒い石に挟まれた白が、四枚返る。


 …………。


 ……おお!


「よく見つけたね!」


 カトレアが、嬉しそうに頷いた。


「……うん!」


 ……うん。


 この子、負けそうだと思っても、ちゃんと考えた。


 ……ああ。


 お父さん、ちょっと感動。


     ◇


 終盤になると、二人の手が少しずつ慎重になった。


 アリーナさんは、片手を顎へ添えて盤を眺めている。


 カトレアも、口をきゅっと結んでいる。


 …………。


 ……うん。


 真剣だね。


 昨日、桜花と楓が対戦したときは、静かなのに妙に怖かったけど。


 今度は、何だか微笑ましい。


「……カトレアちゃん、ここへ置くと?」


 アリーナさんが、盤を見ながら呟いた。


 …………。


 ……おっ。


 自分に問いかけてる。


「……いえ、こちらの方が……」


 …………。


 ……うん。


 王女様も、悩むんだね。


 ……いや。


 普通に遊んでるんだから、当然なんだけど。


 やがて、白い石が置かれた。


 くるり。


 ……おお。


 二枚返った。


 カトレアも、すぐ次の石を持った。


 ……おっ。


 いいぞ。


 もう、置ける場所を見つけるのも速くなってる。


     ◇


 最後の石が置かれた。


 ……ふう。


 終わった!


 私は、カトレアとアリーナさんの顔を見た。


 二人とも、盤から目を離さない。


「それじゃ、数えてみようか」


 私は、黒い石を数えた。


 カトレアも、一枚ずつ指で数えている。


「……いち、に、さん……」


 ……うん。


 丁寧にね。


 黒、三十一枚。


 白、三十三枚。


 …………。


 ……おお!


 わずか二枚差!


「……アリーナさんの勝ちですね!」


 アリーナさんが、ほっと息を吐いた。


「……まあ。最後まで分かりませんでした」


 …………。


 ……うん。


 本当に、接戦だったね。


 カトレアは、盤を見つめた。


「……まけた」


 …………。


 ……あっ。


 少し、しょんぼりしてる。


 私は、頭を撫でた。


「でも、すごくいい勝負だったよ」


「……ほんと?」


「うん。二枚しか違わなかったんだから!」


 アリーナさんも、優しく微笑んだ。


「ええ。カトレアちゃん、とても強かったですよ」


 …………。


 ……おお。


 カトレアの顔が、少し明るくなった。


「……また、やる?」


 アリーナさんが、嬉しそうに頷いた。


「もちろん。また対戦しましょうね」


 …………。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 勝った方も、負けた方も、次を楽しみにできる。


 こういう遊び方が、私は好きだなぁ。


     ◇


「……それにしても」


 アリーナさんが、私へ目を向けた。


「リアリス様は、カトレアちゃんに二回も負けたのですね」


 …………。


 ……あっ。


 その話に戻ります!?


「……あはは。そうなんです」


 私は、少しだけ目を逸らした。


「でも、昨日が初めてだったんでしょう?」


「はい」


「……ふふ」


 …………。


 ……うん。


 何だろう。


 その笑い方。


「……リアリス様らしいですね」


 …………。


 ……えっ。


 何が!?


 私は、思わず首を傾げた。


 アリーナさんは、それ以上何も言わず、カトレアの方へ向き直った。


 ……あれ。


 もしかして。


 手加減してたこと、気づいてる?


 …………。


 ……いや。


 まさか。


 私、そんなに分かりやすいかなぁ。


     ◇


「……では」


 ライラさんが、ゆっくり身を乗り出した。


「次は、私も対戦してみてよろしいでしょうか?」


 …………。


 ……おっ。


 ライラさんも、やりたいんだね。


「もちろんです!」


 私は、盤の石を集めた。


 カトレアが、すぐに手を上げる。


「……わたし、やる!」


 …………。


 ……あっ。


 もう一回、勝負するつもりなんだ。


 私は、ちょっと考えた。


 さっき負けたばかりだけど。


 本人がやりたいなら、やってみるのもいいよね。


「……カトレア、疲れてない?」


「……うん!」


 …………。


 ……おお。


 元気いっぱい。


「それじゃ、今度はライラさんと対戦しようか」


 ライラさんが、嬉しそうに微笑んだ。


「よろしくお願いします、カトレアちゃん」


「……よろしく!」


 …………。


 ……ああ。


 今日も、王女様たちと遊べるなんて。


 ちょっと贅沢な時間だね。


     ◇


 ライラさんは、白い石を選んだ。


「私は、後手にしますね」


「……わたし、くろ!」


 …………。


 ……うん。


 やっぱり、カトレアは黒なんだ。


 私は、盤の中央へ四枚並べた。


 カトレアが、最初の黒を置く。


 ことん。


 くるり。


 …………。


 よし。


 正しい一手。


 ライラさんは、その石の並びを見つめた。


「……なるほど」


 小さく呟く。


 そして、白い石を置いた。


 …………。


 ……おっ。


 最初から、いい手だ。


 カトレアが黒を置く。


 ライラさんが白を置く。


 ……うん。


 序盤は、さっきの対局とあまり変わらない。


 ……いや。


 そう思ったのは、最初の数手だけだった。


     ◇


 少し進んだところで、ライラさんが盤の端へ石を置いた。


 ……おっ。


 これ、角につながる手じゃない?


 カトレアは、気づかずに別の場所へ黒を置いた。


 …………。


 ライラさんが、すっと白を置く。


 角だ。


 …………。


 ……あれ。


 もう、一つ目の角!?


 私は、思わず盤を見つめた。


 その後も。


 カトレアが石を置く。


 ライラさんが、先回りするように白を置く。


 カトレアが黒を返す。


 ライラさんが、その列ごと白へ返す。


 …………。


 ……おお。


 容赦ない!


 いや。


 ルールどおりだし、何も悪いことはしてないんだけど。


 ……うん。


 相手は九歳の子どもなんだよね。


 ライラさん、勝負となると容赦ないなぁ!


     ◇


「……あれ?」


 カトレアが、盤を見た。


 黒い石が、だいぶ減っている。


「……くろ……」


 …………。


 ……あっ。


 小さな声。


 さっきまで嬉しそうだったのに。


 私は、少し心配になった。


「……カトレア。まだ置けるところはあるよ」


「……うん」


 …………。


 カトレアは、黒い石を持ったまま、盤を見つめた。


 どこへ置けばいいか、なかなか決まらない。


 ライラさんは、静かに待っている。


 ……うん。


 そこは、ちゃんと待ってくれるんだね。


 でも。


 次の手。


 また、角を取った。


 …………。


 ……あっ。


 二つ目。


 …………。


 ……うわぁ。


 これ、かなり厳しいなぁ。


 私が昨日教えた角の大切さを、ライラさんはもう完全に理解してる。


 ……いや。


 むしろ、理解が早すぎる。


     ◇


「……お父さん」


 カトレアが、私の袖を引いた。


「……ん?」


「……おけない」


 …………。


 ……おっ。


 盤を見れば、確かに黒が置ける場所がない。


「それなら、カトレアは一回お休みだよ」


「……おやすみ?」


「うん。置ける場所がないときは、相手の番になるんだ」


 …………。


 カトレアが、小さく頷いた。


 ……ああ。


 こういうルールも、実際にやると覚えやすいね。


 でも。


 ライラさんが、また白を置いた。


 …………。


 ……あっ。


 今度は、長い列をまとめて返した!


 白。


 白。


 白。


 …………。


 ……いやぁ。


 もう、見ているだけで分かる。


 かなり、大差になってる。


 カトレアの小さな肩が、少し落ちた。


 …………。


 ……うっ。


 これは、ちょっと。


 私も、どう声をかけようかな。


     ◇


「……これで、最後ですね」


 ライラさんが、静かに石を置いた。


 盤の最後の空きマスが埋まった。


 ……うん。


 終わったね。


 私は、黒い石を数えた。


 …………。


 ……えっ。


 黒、十一枚。


 白、五十三枚。


 …………。


 …………。


 ……大差!


 私は、思わずライラさんを見た。


 ライラさんは、少し嬉しそうだった。


「……勝てました」


 …………。


 ……うん。


 そうだね。


 すごく強かった。


 でも。


 カトレアの方を見ると。


 小さな目に、涙が浮かんでいた。


「……まけた……」


 …………。


 ……あっ。


 これは。


 ……ああ。


 やっぱり、悔しかったんだね。


 私は、すぐにカトレアの隣へ座った。


 

     ◇


「……カトレア」


 私は、そっと声をかけた。


「……お父さん……」


 …………。


 ……ああ。


 泣くのを我慢してる。


 九歳の子が、一生懸命覚えた遊びで、あんなに負けたんだ。


 悔しいよね。


「最後まで頑張ったね」


 私は、カトレアの頭を撫でた。


「……でも……」


 小さな声。


「……くろ、ぜんぜん……」


 …………。


 ……うん。


 黒い石、ほとんど残らなかったもんね。


「そういうこともあるよ。でもね、最後まで諦めずに打てたのは、すごいことなんだ」


 カトレアが、私を見上げた。


 目の端から、ぽろっと涙がこぼれた。


 …………。


 ……あああ。


 泣いちゃった!


「……お父さん……」


「うん。大丈夫だよ」


 私は、そっと抱き寄せた。


 ……うん。


 勝負だから、負けることもある。


 そこは、ちゃんと覚えてほしい。


 ……でも。


 昨日ルールを覚えたばかりのカトレアには、ちょっと手強すぎたかな。


 私はカトレアの背中を優しくさすりながら、ライラさんへ笑いかけた。


     ◇


「ライラさん、子ども相手に本気すぎですよ!」


 私は、冗談めかして笑った。


「……えっ?」


 ライラさんが、きょとんとする。


「いやぁ、角を取るのが上手すぎて。見てるこっちまで驚いちゃいました」


 ……うん。


 黒が十一枚、白が五十三枚。


 これは、なかなか見事な勝ちっぷりだね。


「勝負ですから、手を抜いてほしいわけじゃないんです。でも、次はカトレアにもコツを教えてあげてくださいね」


「……あ」


 ライラさんは、私の腕の中のカトレアを見て、少し照れくさそうに微笑んだ。


「……夢中になりすぎてしまいましたね」


「ふふ。分かりますよ。面白いですもんね、リバーシって」


 ……うん。


 責めたいわけじゃないんだ。


 次も、みんなで笑って遊べたらいいよね。


     ◇


 ライラさんは、盤の上に並んだ白い石を見つめた。


 それから、カトレアへ目を向ける。


「……カトレアちゃん。さっきはびっくりさせてしまったわね」


 ライラさんが、柔らかく微笑んだ。


「私、楽しくて、つい夢中になっちゃったの。ごめんなさい」


 ……うん。


 ライラさんだって、楽しんでたんだよね。


 カトレアが、私の腕の中から顔を上げた。


「……ライラおねえちゃん……」


「……はい」


「……つよかった」


 …………。


 ……おっ。


 カトレアが、そう言った。


 ライラさんは、申し訳なさそうに微笑んだ。


「ありがとう。でも、カトレアちゃんも一生懸命考えていたわね」


 カトレアは、少し考えてから頷いた。


「……うん」


 …………。


 ……ああ。


 よかった。


 少しずつ、落ち着いてきたね。


     ◇


「……ねえ、カトレアちゃん」


 ライラさんが、そっと尋ねた。


「よかったら、さっきの盤をもう一度見てみない?」


 …………。


 ……おっ。


 復習するのかな。


 カトレアが、私の方を見る。


「……お父さん?」


「うん。嫌じゃなければ、見てみようか」


「……うん」


 …………。


 私は、椅子を少し寄せた。


 ライラさんは、黒い石を幾つか元の場所へ戻して、対局の途中を再現した。


 ……おお。


 ちゃんと覚えてるんだ。


「ここね」


 ライラさんが、盤の角に近い場所を指差した。


「カトレアちゃんが、たくさんひっくり返せるからと、この場所へ置いたでしょう?」


「……うん」


「そのあと、私が角を取れたの。だから、ここではすぐにたくさん返さない方がよかったかもしれないわ」


 …………。


 ……うん。


 いい説明だね。


 カトレアは、じっと盤を見つめていた。


「……じゃあ、こっち?」


 小さな指が、別の置ける場所へ動く。


 ライラさんが、優しく頷く。


「そうね。こちらなら、角をすぐに取られずに済むわ」


 …………。


 ……おお。


 カトレアの目が、少し輝いた。


 ……うん。


 これなら、次の勝負が楽しみになるね。


     ◇


「……ライラおねえちゃん」


 カトレアが、小さな声で言った。


「……また、やる?」


 …………。


 ……おっ。


 自分から言った!


 ライラさんが、嬉しそうに頷いた。


「もちろん。次は、いろんな置き方を一緒に考えてみましょうね」


「……うん!」


 …………。


 ……ああ。


 よかった。


 すっかり、いつもの笑顔に戻ったね。


 私は、ほっと息を吐いた。


 すると、アリーナさんが、くすくす笑った。


「……リアリス様」


「……はい?」


「カトレアちゃんのことになると、本当に一生懸命なのですね」


 …………。


 ……えっ。


 そ、そうかな。


「……あはは。大事な娘ですから」


 私が答えると、アリーナさんは柔らかく微笑んだ。


「……そういうところ、とても素敵だと思います」


 …………。


 ……おっ。


 褒められた?


 私は、ちょっと照れた。


 ……うん。


 でも、これは親なら普通のことじゃないかな。


     ◇


 ライラさんも、私へ向き直った。


「……リアリス様。先ほどは、すっかり夢中になってしまいました」


「いやぁ、あの角の取り方はお見事でしたよ!」


「……ふふ。ありがとうございます」


 …………。


 ……ああ。


 もう、いつもの笑顔だね。


 ライラさんは、カトレアと盤を見つめた。


「私は、ああいう遊びに少し夢中になりやすいのかもしれません」


 …………。


 ……おっ。


 そうなんだ。


 ……うん。


 エルフの王女様が、盤上遊戯に夢中。


 なかなか想像できなかったけど、実際に見たら納得だね。


「それなら、次は私と勝負します?」


 私が言うと、ライラさんが目を輝かせた。


「……よろしいのですか?」


「もちろん!」


 …………。


 ……あれ。


 急に、すごく嬉しそう。


 ライラさんは、少し頬を赤くして頷いた。


「……ぜひ。リアリス様と、ゆっくりお話ししながら」


 …………。


 ……ああ。


 そうだね。


 リバーシなら、盤を挟んでのんびり話せるし。


 ……うん。


 いい遊びだね。


     ◇


 その後の勝負は、私とライラさんになった。


 カトレアは、アリーナさんの隣で観戦。


 桜花と楓も、静かに盤を見つめている。


 ……うん。


 なかなかの観客数だね。


「では、リアリス様。よろしくお願いします」


「こちらこそ!」


 …………。


 私は、黒い石を置いた。


 ライラさんが、白で返す。


 ……うん。


 出だしは、普通。


 でも。


 ライラさんは、ときどき私へ目を向けて微笑む。


「……リアリス様は、こういう遊びもお詳しいのですね」


「昔、何度も遊んだことがありますから」


「……そうでしたか」


 …………。


 ……あれ。


 相手の石より、私を見ている時間の方が長い?


 でも、手は正確。


 ……おお。


 器用だなぁ。


「……リアリス様。こちらへ置きますね」


「……おっ!」


 ……あっ。


 また角を狙ってる!


 この人、対局では容赦ないんだね。


 私は、ちょっと笑った。


     ◇


 ライラさんとの対局は、思いのほか長く続いた。


 途中までは黒と白が互角。


 でも、終盤。


 私は、どうにか一つの角を確保した。


 ……うん。


 ここを押さえられたのは、大きい。


 ライラさんも、別の角へ白を置く。


 …………。


 ……おお。


 やっぱり上手い。


 最後は、私が少しだけ多く石を残して勝った。


 …………。


 ……ふう。


 楽しかった!


「……参りました」


 ライラさんが、笑って頭を下げた。


「いえいえ。途中まで、全然勝てる気がしませんでしたよ」


「……でも、負けてしまいました」


 …………。


 ……おっ。


 悔しそう。


 それでも、さっきのように一方的な勝負ではなかった。


 ライラさんも、楽しそうにしている。


「……また、お相手してくださいね」


「もちろんです!」


 私が答えると、ライラさんは嬉しそうに頷いた。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 次は、カトレアとも一緒に遊んでもらおう。


     ◇


「……リアリスちゃん、お客様」


 巴さんがお茶を運んできた。


「はい?」


「お菓子も用意してあるけど、皆さん、少し休憩なさる?」


 …………。


 ……おお。


 助かる!


「うん。お願いします」


 巴さんは、にっこり笑った。


「ふふ。かしこまりました」


 …………。


 ……うん。


 ちょうどいいところだね。


 アリーナさんとライラさんは、揃ってお茶を受け取った。


 カトレアも、お菓子の皿を覗き込んでいる。


 ……ああ。


 リバーシで遊んで、お茶を飲んで。


 王女様たちが、こんなにくつろいでくれてる。


 ……うん。


 今日は、いい日だなぁ。


 ただし。


 ちょっとだけ気になったことがある。


 アリーナさんとライラさん、なぜか私の隣に座ろうとしている。


「……リアリス様、こちらへどうぞ」


「いえ、こちらの席の方が明るいですよ」


 …………。


 ……あれ。


 私、どこへ座ればいいの?


 私は、迷った末にカトレアの隣へ座った。


 …………。


 ……うん。


 ここが、一番落ち着くね。


 カトレアも、嬉しそう。


 ……ああ。


 よかった!


     ◇


 お茶の時間になっても、話題はリバーシだった。


「……こんなに単純な道具なのに、不思議ですね」


 アリーナさんが、石をひっくり返してみせた。


「気づくと、次はどう置こうか考えてしまいます」


「……分かります」


 ライラさんも、頷いた。


「角を取られないようにと思っていても、気づいたら取られているんですもの」


 …………。


 ……おお。


 楽しんでもらえてる!


 私は、少し嬉しくなった。


「もしよければ、お二人にも一つずつお渡ししましょうか?」


 …………。


 二人が、ぱっと私を見た。


「……よろしいのですか?」


「もちろん。家でも遊べた方が楽しいでしょう?」


 …………。


 アリーナさんが、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます!」


 ライラさんも、丁寧に一礼した。


「大切にいたします」


 ……うん。


 それなら、決まり。


 私は、《取り寄せ》を使った。


「《取り寄せ》」


 卓の端へ、箱が二つ現れた。


 同じリバーシ。


 同じ黒と白の石。


 ……おお。


 こうして並ぶと、ちょっとした商品みたいだね。


 ……いや。


 今回は、お友達への贈り物だからね。


 商売じゃないよ。


     ◇


「……これを、王城へ持ち帰っても?」


 アリーナさんが尋ねた。


「もちろんです。ご家族とも遊んでみてください」


「……はい!」


 ……うん。


 嬉しそう。


「私も、父に見せてみたいと思います」


 ライラさんが、柔らかく微笑んだ。


「うん。森王様も、気に入ってくれるかもしれませんね」


 …………。


 ……あっ。


 そういえば、森王様。


 最近、ちゃんとお仕事してるかな。


 ……いや。


 国宝泥棒の事件は片づいたんだし。


 きっと、真面目にやってるよね。


 今日は平和な日。


 余計なことは考えないでおこう。


     ◇


 帰り際。


 アリーナさんが、カトレアの頭を撫でた。


「今日は、楽しかったわ。ありがとうね」


「……うん!」


 ライラさんも、微笑んだ。


「カトレアちゃん。また一緒に遊びましょう」


「……うん! つぎは、まけない!」


 …………。


 ……おお。


 やる気満々!


 ライラさんが、少しだけ目を細めた。


「……楽しみにしているわね」


 …………。


 ……うん。


 今度こそ、ちゃんと二人で楽しんでもらえるといいね。


 私は、二人を玄関まで見送った。


 手にしているのは、リバーシの箱。


 ……ああ。


 最初はカトレアのために作っただけだったのに。


 もう、王女様二人の手に渡っちゃった。


 …………。


 ……おっ。


 もしかして。


 あの「異世界もののお約束」が、始まるのかな?


 …………。


 ……いやいや!


 王女様二人が遊ぶくらいで、そんな大げさなことにはならないよね。


 私は、そっと首を振った。


 ……うん。


 気にしない、気にしない!


 

     ◇


 その日の夕方。


 シルク王城で起きたことは、後からコモド君に聞いた。


     ◇


 アリーナさんが持ち帰ったリバーシの箱に、コモド君が目を留めた。


「……アリーナ。それは何だい?」


「リバーシという遊びです。今日、リアリス様からいただきました」


「……リアリス殿から?」


 コモド君は、興味をひかれたように箱を覗き込んだ。


 アリーナさんは、盤を机へ広げた。


 黒と白の石を、中央に四枚。


 そして、手順を説明する。


「……相手の石を挟んで返すのか」


 コモド君が、盤をじっと見つめた。


「はい。置ける場所にも決まりがあります」


「……なるほど。単純なようで、考えることが多そうだ」


     ◇


 アリーナさんとコモド君は、その場で一局試した。


 すでにカトレアと対戦したアリーナさんが、序盤は有利に進める。


「……兄様、ここへ置きますね」


「……ふむ。そうすると、こちらへ置けるのか」


 くるり。


 くるり。


 盤の上に、白と黒が増えていく。


 コモド君は、途中から一手ずつ時間をかけて考え始めた。


 今たくさん取るより、あとで置ける場所を残す。


 角へ近づきすぎない。


 相手の次の手を考える。


 次第に差が縮まり、終盤は接戦となった。


 最後の石を置き終えると、アリーナさんは負けを認め、笑顔で兄を見た。


「……やはり、兄様はお強いですね」


「いや。面白いものを見せてもらったよ」


 コモド君も、穏やかに笑った。


 ただ、箱を閉じる前に、ふと手を止めた。


「……アリーナ。これ、リアリス殿の雑貨屋でも扱えるんだろうか?」


     ◇


 翌日。


 コモド君が、シルク王国邸へやって来た。


 茶色のウルフカット。


 いつもどおり、落ち着いた顔。


 手には小さな箱。


 ……おお。


 見覚えがある。


「こんにちは、コモド君!」


「こんにちは、リアリス殿」


 コモド君が、笑顔で頭を下げた。


 私は、客間へ案内した。


「……もしかして、その箱?」


「はい。アリーナから借りてきました」


 ……うん。


 やっぱり、リバーシだ。


「とても面白い遊びですね」


「そうでしょう!」


 私は、ちょっと嬉しくなった。


「単純なのに、対戦する相手によって毎回違った展開になるんです」


 コモド君が、頷いた。


「……ええ。昨日、妹と対戦してみて、その意味がよく分かりました」


 …………。


 ……おっ。


 楽しんでくれたみたいだね。


「それで、一つお願いがあるのですが」


「何でもどうぞ!」


 コモド君は、箱をそっと置いた。


「……私にも、一ついただけませんか?」


 …………。


 ……おお。


 もちろん!


「いいよ。すぐ用意するね」


「……ありがとうございます!」


 ……うん。


 相手が王族だろうと、お友達だろうと。


 みんなで遊べるのは、いいことだよね。


     ◇


「《取り寄せ》」


 卓の上へ、もう一つのリバーシが現れた。


 コモド君が、興味深そうに見つめた。


「……便利ですね。これだけ整った道具を、いつでも用意できるとは」


「……あはは。そこは、私の魔法のおかげだね」


 ……うん。


 でも、どこにでもある遊びだと思ってたから。


 これだけ注目されると、ちょっと不思議。


「……ところで、コモド君」


「はい?」


「そんなに気に入ってくれたんだ?」


 コモド君が、穏やかに笑った。


「……ええ。王城で仕事をする者たちにも、よい息抜きになると思います」


 …………。


 ……おお。


 その発想、いいね!


 私も賛成だよ。


 王様も宰相さんも、いつも忙しそうだもんね。


「ただし、仕事中は遊んじゃ駄目だからね」


 私が言うと、コモド君がくすっと笑った。


「……承知しています」


 …………。


 ……うん。


 コモド君なら大丈夫だよね。


 ……たぶん。


     ◇


「……あ、それと」


 コモド君が、思い出したように付け加えた。


「数日後、ローズ帝国へ伺う予定があるんです」


 …………。


 ……おっ。


 ローズ帝国。


 皇帝さんのいる国だね。


「そのときに、持って行っても?」


「もちろん。旅行のお供にもいいと思うよ」


 ……うん。


 持ち運びできるし。


 大きな場所も必要ない。


 待ち時間にも遊べるからね。


「帝国のお子さんたちにも、楽しんでもらえるかもしれません」


 コモド君が、微笑んだ。


 …………。


 ……ああ。


 皇女様のリーナちゃんのことかな。


 あの子も、可愛いんだよね。


 元気いっぱいで。


 ちょっといたずら好きで。


 ……うん。


 きっと喜んでくれると思う。


「ぜひ、遊んであげてね」


「……はい」


 …………。


 ……おお。


 これで、帝国にもリバーシが行くのか。


 ……いやいや。


 あくまで、コモド君が持っていくだけだよね。


 それくらい、普通だよ。


     ◇


 数日後。


 ローズ帝国での出来事も、後からコモド君に聞いた。


     ◇


 外交のためローズ帝国を訪れたコモド君は、仕事の合間にリーナ皇女と顔を合わせた。


 黒い長い髪を揺らし、小柄なリーナ皇女が駆け寄ってくる。


「……コモドおにいちゃん!」


「こんにちは、リーナ様」


「……なに、もってるの?」


 リーナ皇女は、コモド君の手にした箱を指さした。


「……遊び道具ですよ。見てみますか?」


「……みる!」


     ◇


 コモド君が、緑色の盤を広げた。


 リーナ皇女は、丸い石を一枚持った。


 くるり。


 黒。


 くるり。


 白。


「……おもしろい!」


 リーナ皇女は、何度も石をひっくり返して笑った。


 コモド君は、リーナ皇女の目線に合わせて、ゆっくりルールを教えた。


「……この黒い石で、白い石を挟むんです」


「……はさむ?」


「そうです。ここに置くと……」


 くるり。


 白が、黒へ変わった。


 リーナ皇女が、目を輝かせた。


「……まほう!?」


 コモド君は、笑って首を振った。


「……いえ。裏表の色が違うだけなんですよ」


     ◇


 リーナ皇女は、早速コモド君へ勝負を挑んだ。


 まだ五歳。勝ち負けよりも、石を置いて裏返すことが楽しいらしい。


 コモド君は、置ける場所を一緒に探してあげた。


「……こちらへ置くと、ひとつ返せますよ」


「……ここ!」


 ことん。


 くるり。


「……やったぁ!」


 リーナ皇女は、満面の笑みで両手を上げた。


 コモド君が一手置く。


 リーナ皇女が、また石を返す。


「……つぎ、ここ?」


「はい。そこなら置けますよ」


 小さな卓の上で、白と黒の石が少しずつ増えていった。


     ◇


 やがて、リーナ皇女が満足そうに言った。


「……コモドおにいちゃん、またやろ!」


「もちろんです」


 コモド君が頷くと、リーナ皇女は嬉しそうに笑った。


 帝国に滞在する間、コモド君はリーナ皇女と何度か盤を囲んだ。


 それから、リバーシを見た皇帝城の人たちも、少しずつ興味を持ち始めた。


     ◇


 それから、さらに数日。


 今度はライラさんから《映像通話》が届いた。


 《映像通話》は、私の関係者でもごく一部と、神様くらいしか使えない。


 だから、各国の王城には、私が作った《映像通話》用のマジックアイテムを一つずつ渡してある。


 これなら、各国と私の間だけでなく、国同士でも顔を見ながら話せるんだ。


 ……うん。


 何かあったとき、すぐに相談できる方が安心だからね。


 ライラさんは今シルク王国にいるから、王城のものを使ってくれたんだろう。


 ……おっ。


 何だろう。


 画面には、金色の短い髪の王女様。


 今日も、優しそうに微笑んでいる。


『……リアリス様。少し、ご相談があるのですが』


「はい。どうしました?」


『今度、故郷のエルフ国へ戻ろうと思っているんです』


 …………。


 ……おお。


 帰省だね。


 今はシルク王国で暮らしているけど、家族はエルフ国にいるんだもんね。


「いいですね。森王様も喜ぶと思いますよ」


『……ありがとうございます』


 ライラさんが、少し微笑んだ。


『それで、よろしければ、あのリバーシも持っていきたいのですが』


 …………。


 ……おっ。


 そういうこと!


「もちろんです。ライラさんへ差し上げたものですから」


『……父にも教えてみたいんです』


 ……ああ。


 いいね。


 王様と王女様のリバーシ。


 ……うん。


 想像すると、何だか微笑ましい。


「よかったら、《転移》でお送りしましょうか?」


 ライラさんの顔が、ぱっと明るくなった。


『……よろしいのですか?』


「はい。行き慣れた場所ですし」


 …………。


 ……あっ。


 行き慣れた。


 エルフ国へ行った回数、もう結構あるんだよね。


 国宝泥棒とか。


 国宝泥棒とか。


 ……うーん。


 何だか、国宝の印象が強いなぁ!


     ◇


 約束の日。


 私は桜花と一緒に、ライラさんをエルフ国へお送りした。


 《転移》で到着したのは、森都ベルツリーの王城で許可された一室。


 ……うん。


 突然、王様の机の上に現れたりはしない。


 ちゃんとお迎えの方が待っていてくれた。


「……リアリス殿。よく来たな」


 銀色の長い髪を束ねた森王様。


 ライノーラ王だ。


「こんにちは、森王様!」


 私は、頭を下げた。


 桜花も、丁寧に一礼する。


 ライラさんは、嬉しそうに父親へ近づいた。


「お父様、お久しぶりです」


「……うむ。元気そうで何よりだ」


 …………。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 親子の再会。


 私は、何だか嬉しくなった。


 ……そういえば。


 私も、カトレアが離れて暮らすようになったら、こんな気持ちになるのかな。


 …………。


 ……うっ。


 考えるのは、まだ早い!


 九歳だよ。


 まだまだ、お父さんと遊んでほしい!


     ◇


「……ところで、お父様」


 ライラさんが、持ってきた箱を机へ置いた。


「今日は、面白い遊びをご紹介したいんです」


 森王様が、首を傾げた。


「……遊び?」


「はい。リアリス様に教えていただいたものです」


 …………。


 ……おっ。


 私の名前が出た。


 森王様が、こちらを見た。


「……リアリス殿。そなた、今度は何を?」


 …………。


 ……えっ。


 何で、ちょっと警戒してるの!?


「……あはは。今度は本当に普通の遊びですよ!」


 ……うん。


 国宝は関係ない!


 事件も起きない!


 ただのリバーシだから!


 ライラさんが、緑色の盤を広げた。


 真ん中へ、黒と白の石を並べる。


「……こうして、相手の石を挟んで返していくんです」


 くるり。


 …………。


 森王様の目が、少し動いた。


「……ほう」


 ……おっ。


 興味を持った?


 ライラさんが、穏やかに説明を続けた。


「最後に自分の色が多い方の勝ちです」


 森王様が、静かに頷いた。


「……なるほど。分かりやすいな」


 …………。


 ……ああ。


 それなら、遊べそうだね。


     ◇


 そのあと、ライラさんと森王様は、実際に一局やってみた。


 ……うん。


 こちらも親子対戦だ。


 ただし。


 ライラさんは、カトレアのときとは違う遊び方をしていた。


 最初に置ける場所を一緒に確かめる。


 相手が迷えば、少し待つ。


 途中で「なぜその場所に置いたの?」と尋ねてみる。


 …………。


 ……おお。


 ちゃんと、気を配ってる。


 私は、少し嬉しくなった。


「……ライラさん。上手に教えてますね」


 私が小声で言うと、ライラさんが少し微笑んだ。


「……リアリス様のおかげです」


 …………。


 ……あっ。


 また褒められた。


 私は、ちょっと照れた。


 ……うん。


 でも、よかった。


 森王様も、楽しそうに石を置いている。


     ◇


 しばらくして、森王様が盤を見つめた。


 ……おっ。


 考え込んでる。


 銀色の髪を揺らして、静かに腕を組む。


「……なるほど。ここへ置けば、この列が返るのか」


 …………。


 ……おお。


 いいところに気づいた!


 ところが、その手を打つと。


 次の瞬間、ライラさんが別の角へ石を置いた。


 …………。


 ……あっ。


 今度も、やっぱり強い!


 森王様が、目を細める。


「……ライラ。なかなかやるな」


「ふふ。少し練習しましたから」


 …………。


 ……うん。


 そうだよね。


 ライラさん、すでに何局か経験してるもんね。


 最後は、ライラさんの勝ちになった。


 森王様が、静かに息を吐く。


「……面白い。もう一度やってみたいな」


 …………。


 ……おお!


「それなら、ぜひ!」


 私は、思わず笑った。


 ……ああ。


 この人も、気に入ってくれたみたいだ。


     ◇


「……ところで、森王様」


 私は、ふと思いついて尋ねた。


「お仕事は、大丈夫なんですか?」


 …………。


 森王様が、ぴたりと止まった。


「……何のことだ?」


「……いえ、王様って、忙しいでしょう?」


 …………。


 ……うん。


 普通の質問だよ。


 ただし。


 森王様は、盤からそっと視線を逸らした。


 ……あれ。


 ちょっと怪しい?


「……仕事が終わってから、遊んでくださいね」


 私が言うと、森王様は小さく咳払いした。


「……もちろんだ」


 …………。


 ……うっ。


 本当かなぁ。


 私は、思わずライラさんを見た。


 ライラさんは、困ったように微笑んでいる。


 …………。


 ……ああ。


 何だか、察しちゃった。


 ……いや。


 まあ、いいか。


 国宝をなくすよりは、ずっと平和だよね!


     ◇


 森王様は、盤の箱を手に取っていた。


「……ふむ」


 …………。


 ……おっ。


 何か考えてる?


 森王様が、私へ向き直った。


「……リアリス殿。もう一つ、用意してもらうことはできるだろうか」


 …………。


 ……あっ。


 王様にも一つ!


「もちろんです!」


 私は、《取り寄せ》で新しい箱を用意した。


 森王様が、丁寧に受け取る。


「……礼を言う」


 …………。


 ……うん。


 気に入ってくれたなら、よかった。


 ライラさんも、嬉しそう。


 ……ああ。


 こうして、エルフ国にもリバーシが一つ増えた。


 ……いや。


 二つかな。


 ライラさんが持ってきた分もあるから。


 …………。


 ……あれ。


 何だか、数えるのが面白くなってきたね。


     ◇


 エルフ国から戻って、また何日か経った頃。


 今度は、魔王ドルステンから《映像通話》が届いた。


 …………。


 ……おお。


 魔王から連絡だ。


 何かあったのかな。


 画面に映ったのは、額に二本の角を持つ大柄な魔王。


 その後ろには、三つ目の宰相グリンヒルダさんもいる。


『……リアリス殿!』


「こんにちは、魔王!」


『……うむ。今日は、そなたに頼みがあってな』


 …………。


 ……おっ。


 頼み?


 何だろう。


 まさか、また和平交渉とか?


 ……いやいや。


 最近、ようやく落ち着いたところなのに!


「何でしょう?」


 私は、少し身構えた。


 ところが。


『……その前に、巴殿は元気か?』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 巴さん?


「はい。元気ですよ」


『……そうか! それはよかった!』


 …………。


 ……あっ。


 何だか、嫌な予感。


 もしかして。


 ケーキ?


 ……うん。


 この人も、甘いものが大好きだったよね。


     ◇


「……魔王。もしかして、ケーキが食べたくなった?」


 私が尋ねると、魔王が一瞬だけ固まった。


『……む』


 …………。


 ……あっ。


 当たり!?


『……いや、吾輩はだな……』


 魔王が、少し言葉を濁す。


 その隣で、グリンヒルダさんが静かに咳払いした。


『……魔王様』


『……分かっておる!』


 …………。


 ……うん。


 このやり取り。


 何だか、懐かしいなぁ。


 私は、思わず笑った。


「……よかったら、うちへ来ます?」


 魔王が、ぱっと顔を明るくした。


『……よいのか!?』


「もちろんですよ。和平のあとも、たまには顔を合わせたいですし」


 …………。


 ……ああ。


 こうして、普通にお茶を飲める関係になったんだ。


 それって、すごく嬉しいことだよね。


『……では、グリンヒルダも連れて伺おう!』


『……恐れ入ります』


 …………。


 ……うん。


 よし。


 魔王と宰相さんの、お茶会だ!


     ◇


 魔王たちがシルク王国邸へ到着したのは、午後になってからだった。


 もちろん、事前に連絡を取り、許可を得た場所へ《転移》でお迎えした。


 ……うん。


 まだ人間と魔族の関係がよくなる途中だからね。


 王都の中を、いきなり巨大な魔王様が歩いたら、驚く人もいると思う。


 屋敷の客間には、巴さんが用意したケーキが並んでいた。


 イチゴのショートケーキ。


 イチゴのタルト。


 …………。


 ……おお。


 好みを、完璧に把握してる!


「ようこそ、魔王、グリンヒルダさん!」


「うむ! 世話になる!」


 魔王が、豪快に笑った。


 グリンヒルダさんは、丁寧に一礼した。


「……お招きいただき、感謝いたします」


 ……うん。


 ここまでは、普通のお茶会。


 とても平和。


 ……ああ。


 今日は、事件なんて起きないよね。


 

     ◇


 ケーキを食べ終えた魔王が、満足そうに息を吐いた。


「……うむ! やはり、巴殿の菓子は素晴らしい!」


「ふふ。ありがとうございます」


 巴さんが、嬉しそうに微笑んだ。


 …………。


 ……ああ。


 今日も、平和だなぁ。


 グリンヒルダさんも、イチゴのタルトを静かに食べている。


 ……うん。


 こちらも、気に入ってくれてるみたい。


 私は、ふと卓の隅へ目を向けた。


 そこには、カトレアのリバーシの箱。


 ……あっ。


 そうだ。


 せっかくだから、魔王たちにも見せてみようかな。


「……魔王」


「……何だ、リアリス殿?」


「最近、うちで流行っている遊びがあるんだけど」


 魔王が、片方の眉を上げた。


「……遊び?」


「はい。少し、やってみませんか?」


 …………。


 魔王が、にやりと笑った。


「……ほう! 吾輩に勝負を挑むのか!」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 勝負を挑んだわけじゃないんだけど!?


 ……いや。


 確かに、勝負する遊びなんだけどね!


     ◇


 私は、リバーシの盤を広げた。


 黒と白の石。


 八列八段。


 ……うん。


 もう説明するのも、慣れてきたね。


「相手の石を挟んでひっくり返して、最後に自分の色が多い方の勝ちです」


「……ふむ!」


 魔王が、大きな手で黒い石をつまんだ。


 …………。


 ……あれ。


 手が大きすぎて、石が小さく見える!


「……こうか?」


 魔王が、中央に石を置いた。


 ……おお。


 ちゃんと置けた!


「そうです。そこなら、一枚返せます」


「……うむ!」


 魔王が、満足そうに頷いた。


 その隣では、グリンヒルダさんが盤をじっと見ている。


 ……おっ。


 興味ありそう。


「グリンヒルダさんも、やってみます?」


 宰相さんが、静かに目を上げた。


「……よろしいので?」


「もちろん!」


 …………。


 魔王が、豪快に笑った。


「ならば、吾輩と勝負するがよい!」


 …………。


 ……おお。


 魔王対宰相!


 何だか、普通の対局なのに、すごい組み合わせだね。


     ◇


 黒が魔王。


 白がグリンヒルダさん。


 私は、二人の間へ盤を置いた。


「では、始めてください」


 …………。


 魔王が、黒い石を置く。


 グリンヒルダさんが、白い石を置く。


 くるり。


 くるり。


 ……うん。


 序盤は、ちゃんとした対局だね。


 ただし。


 魔王は、石を返すたびに嬉しそうだ。


「……見よ! 三枚も返ったぞ!」


 …………。


 ……おお。


 元気!


「……はい、魔王様」


 グリンヒルダさんが、静かに頷いた。


 そして、白い石を一枚置く。


 …………。


 ……おっ。


 白は、一枚しか返らない。


 でも。


 ……あれ。


 次に角が取れそうな形だね。


 私は、グリンヒルダさんを見た。


 ……うん。


 この人、政治の交渉でもすごく頭が切れたもんね。


 もしかして、リバーシも得意なんじゃない?


     ◇


 しばらくすると。


 魔王は、盤の中央に黒い石を増やしていた。


「……はっはっは! どうだ!」


 …………。


 ……おお。


 真ん中が黒い!


 でも。


 グリンヒルダさんは、落ち着いていた。


「……魔王様。こちらへ置かせていただきます」


 ことん。


 白い石が、角へ置かれた。


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり!


「……む?」


 魔王が、少し首を傾げた。


 次の手。


 グリンヒルダさんが、また別の角を取る。


 …………。


 ……おお。


 強い!


 魔王が、盤を覗き込んだ。


「……待て。いつの間に、白が増えた?」


 …………。


 ……あはは。


 気づいてなかったんだね!


「……先ほどの一手が、影響しております」


 グリンヒルダさんが、淡々と答えた。


 ……うん。


 的確だね。


 ……いや。


 その説明だけじゃ、魔王はちょっと分からないんじゃない?


     ◇


 結局。


 魔王は、かなりの差で負けてしまった。


 …………。


 ……おお。


 グリンヒルダさん、初めてなのに強いなぁ。


 魔王が、腕を組んで盤を見つめる。


「……むう。納得がいかん」


 …………。


 ……あっ。


 ちょっと悔しそう。


「もう一度、やってみます?」


 私が尋ねると、魔王がすぐに頷いた。


「……うむ! 次こそ勝つ!」


 …………。


 ……あはは。


 この人も、やる気満々!


 ところが。


 二回目。


 三回目。


 …………。


 結果は、全部グリンヒルダさんの勝ちだった。


 ……おお。


 すごいね。


 しかも、対局を重ねるほど差が広がっているような。


 ……あれ。


 魔王の方は、だんだん肩が落ちてる。


「……グリンヒルダ」


「……はい、魔王様」


「……そなた、どうしてそれほど上手いのだ?」


 グリンヒルダさんが、しばらく考えた。


「……魔王様のお考えを、少し先まで推測しているだけでございます」


 …………。


 …………。


 ……おお。


 何だか、宰相さんらしい答え!


 魔王が、深く息を吐いた。


「……なるほど。吾輩の次の手が読まれておったのか」


 …………。


 ……うん。


 たぶん、それだけじゃない気もするけど。


 私は、黙って頷いた。


     ◇


 お茶のおかわりが運ばれてきた頃。


 グリンヒルダさんは、まだ盤を眺めていた。


 ……おっ。


 さっきの対局を、振り返ってるのかな。


「……グリンヒルダさん」


「……はい?」


「リバーシ、どうでした?」


 宰相さんが、静かに顔を上げた。


「……大変興味深い遊びでございます」


 …………。


 ……おお。


 気に入ってくれた!


「相手の手を予想するだけでは足りません。自分の石を増やす時期と、相手の選択肢を減らす時期を、分けて考える必要があります」


 …………。


 ……あっ。


 ちょっと待って。


 そこまで考えてたの!?


「……それに、同じ局面でも、置く順番によって結果が大きく変わります」


 …………。


 ……おお。


 この人も、もう研究を始めてる!


 私は、思わず笑った。


「……気に入ったなら、魔王国へ一つお持ち帰りします?」


 …………。


 グリンヒルダさんの三つの目が、少しだけ見開かれた。


「……よろしいのでしょうか」


「もちろんです!」


 私は《取り寄せ》で盤を用意した。


 魔王も、嬉しそうに頷いた。


「……うむ! 国へ戻っても、グリンヒルダと勝負するぞ!」


 …………。


 ……ああ。


 魔王、まだ諦めてなかった!


 グリンヒルダさんは、盤の箱を大切そうに受け取った。


「……ありがとうございます。大事に使わせていただきます」


 …………。


 ……うん。


 これで、魔王国にもリバーシが一つ。


 ……おっ。


 何だか、少しずつ広がってるね。


     ◇


 魔王国へ戻ったあとも、グリンヒルダさんはリバーシを研究していたらしい。


 ……うん。


 これは、しばらくして届いた《映像通話》で知った。


『……リアリス殿!』


 画面に映った魔王が、少し困った顔をしている。


「……こんにちは、魔王。どうしました?」


『……グリンヒルダがな』


 …………。


 ……おっ。


 宰相さん?


『……仕事が終わると、必ず盤を広げるのだ』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 そうなの!?


「……それは、かなり気に入ってくれたんですね」


『……うむ。吾輩も嬉しいのだが……』


 魔王が、少し声を落とした。


『……毎晩、吾輩が相手をしておる』


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 それは。


「……魔王、勝てるようになりました?」


 少しの沈黙。


『……まだじゃ』


 …………。


 …………。


 ……あははは!


 ……いや。


 笑っちゃ駄目だ!


 私は、何とか表情を整えた。


「……頑張ってください、魔王!」


『……うむ! 次こそは!』


 …………。


 ……おお。


 まだ、勝つつもりだ。


 私は、思わず微笑んだ。


 ……うん。


 何だか、魔王国も平和だね。


     ◇


 そして。


 気づけば、リバーシは私の知らないところでも少しずつ動き始めていた。


 アリーナさんの盤は、シルク王城でコモド君や王家の人たちの目に触れた。


 コモド君の盤は、ローズ帝国へ渡った。


 ライラさんの盤は、エルフ国へ。


 魔王とグリンヒルダさんの盤は、魔王国へ。


 …………。


 ……うん。


 こうして並べると、結構すごいね。


 ……でも、まだ数えるほどの盤しかない。


 みんなが遊んでくれるなら、いいことだよね。


 ……ああ。


 私は、ちょっと嬉しかった。


 それから、また別の日。


 ライラさんから、森王様が公務でジーラット国とドワーフ二国を訪ねる予定だと聞いた。


 ……おっ。


 森王様、ちゃんとお仕事してる!


 ……いや。


 王様なんだから、当然なんだけどね。


『……道中で時間があるかもしれませんし、私もリバーシを持って同行しようと思っています』


 ライラさんが、画面の向こうで微笑んだ。


「いいですね。きっと、いい息抜きになりますよ」


 …………。


 ……うん。


 ライノーラ王が、ライオネス王や二国の長王とリバーシをする。


 …………。


 ……おお。


 想像すると、ちょっと楽しそう!


 ただ。


 ライオネス王が、巨大な猫じゃらしを片手に盤へ向かう姿を想像してしまった。


 …………。


 ……ぷっ。


 ……ああ。


 また、思い出しちゃった!


     ◇


 その公務の旅でも、盤はよい話題になったらしい。


 獣都ヴォルグリムでは、ライオネス王が小さな石を指先でつまむのに少し苦労したそうだ。


 …………。


 ……うん。


 あの人、手が大きいもんね。


 でも、ルールを聞くと大笑いしていたとか。


『……がっはっは! 盤の上で陣取り合戦か!』


 …………。


 ……ああ。


 言いそう!


 ギーラ国では、スミノ長王が盤の作りを先に褒めたらしい。


 ……うん。


 あの人、まず道具を見るよね。


 シーラ国では、ケリィ長王が石の裏返し方を確かめ、仕組みを少し考え込んだそうだ。


 …………。


 ……あっ。


 こちらは道具の構造から入るんだね。


 そして。


 両国の話を聞いているミゲイル王子とイリーナ王女まで、興味を持ったという。


 …………。


 ……うん。


 あの二人なら、きっとすぐ遊べるようになると思う。


 ただし。


 まだ両国が一つになったわけじゃない。


 今は、話し合いを重ねている途中。


 ……うん。


 でも。


 もし国と国の会談の休憩中にリバーシができたら。


 ……ああ。


 そういうのも、悪くないね。


     ◇


 ローズ帝国の方でも、少しずつ噂が生まれ始めていた。


 皇帝城を出入りする商人たちが、白と黒の石を使う新しい盤上遊戯の話を聞いたらしい。


 ……おっ。


 もう、商人さんたちの耳にも入ってるんだ。


 帝国からフォーサイド魔法国やオリミス聖国へ向かう商人の中には、盤を見せてもらったり、遊び方を覚えたりする人もいたという。


 ……うん。


 旅をする人たちにとって、座って遊べる道具はちょうどいいのかもしれない。


 試しに持っていくための盤を欲しがる商人も出てきて、誰かから私の雑貨屋のことを聞いたらしい。


 …………。


 ……あれ。


 私の雑貨屋?


 まだ、リバーシを売ってないんだけど。


 ……まあ、別にいいか。


 欲しい人がいるなら、少し置いてみてもいいよね。


 でも、それはまた今度考えよう。


 ……うん。


 今は、家族との時間が優先だ。


     ◇


 その夜。


 私は、シルク王国邸の食堂で、カトレアと一緒にリバーシをしていた。


 ……うん。


 結局、今日も遊んでる!


 カトレアは、黒い石を持って盤を見つめている。


 ……おっ。


 真剣だね。


「……お父さん」


「ん?」


「……こっち、どう?」


 小さな指が、盤の端を指した。


 ……うん。


 いいところを見つけたね。


「うん。そこなら置けるよ」


 ことん。


 くるり。


 白い石が、黒へ変わる。


 …………。


 ……ああ。


 相変わらず、楽しそう。


 この遊びが王城へ渡って、帝国へ渡って、エルフ国や魔王国まで届き始めている。


 ……うん。


 不思議な感じだね。


 でも。


 今、私の目の前にいるのは、いつものカトレア。


 いつもと同じ、小さな手。


 いつもと同じ、嬉しそうな笑顔。


 ……ああ。


 私にとっては、こっちが一番大事だなぁ。


 私は、白い石を一枚持った。


 ……よし。


 じゃあ、次はここに。


 …………。


 ……あっ。


 そこへ置いたら、またカトレアに角を取られるな。


 …………。


 ……うーん。


 まあ。


 いっか!


 私は、そっと白い石を置いた。


 ……うん。


 今日も、お父さんは弱いままでいいよね。


 ――小さなリバーシの盤は、カトレアとの遊びから王族たちの手へと渡り、国境を越えて少しずつ知られ始めていた。しかし、それはまだ始まりにすぎない。リアリスが何気なく口にした「そんなに流行るわけない」という言葉が、思いがけない形で覆される日は、すぐそこまで近づいていた。

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