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第2話:火酒かワインか、それが問題だ

 翌朝。


 シルク王国邸の食堂で、私はいつもより少し早く朝食を食べていた。


 ……うん。


 今日も、パンがおいしい。


 目玉焼きも、ちょうどいい焼き加減だね。


 ……ああ。


 平和だなぁ。


 …………。


 いや。


 今日は、そうも言っていられない。


 これから、ドワーフ二国の長王様たちがやって来る。


 ギーラ国のスミノ長王。


 シーラ国のケリィ長王。


 長いこと仲が悪かった二つの国の王様が、同じ部屋で話し合うんだ。


 …………。


 ……うーん。


 私、大丈夫かな。


 仲裁って、もっとこう。


 政治に詳しい偉い人がやる仕事なんじゃない?


 私はただ、家族とのんびり暮らしたいだけなんだけど。


 ……いや。


 自分から、話し合いのお手伝いをすると言ったんだ。


 ここで逃げるわけにはいかないよね。


「……お父さん」


 カトレアが、隣の席から私を見上げた。


「……きょうは、おきゃくさん?」


「うん。ドワーフの国から、王様たちが来るんだよ」


「……ふたりの、おうさま?」


「そうだよ」


 カトレアは、少し考えたあとで頷いた。


「……けんか、してる?」


 …………。


 ……おっ。


 どうして、分かったんだろう。


 昨日、私が巴さんに話していたのを聞いていたのかな。


「……そうだね。昔から、ちょっと仲が悪いみたい」


「……なかなおり、できる?」


 …………。


 ……ああ。


 素直な質問だなぁ。


「できると、いいな」


 私は、笑顔で答えた。


「でも、仲直りするかどうかは、二人が決めることだからね」


「……うん」


 カトレアは、真剣な顔で頷いた。


 それから、ふっと笑った。


「……お父さん、がんばって!」


 …………。


 ……あああ。


 可愛い!


 よし。


 頑張ろう!


     ◇


「……リアリスちゃん」


 巴さんが、お茶の入ったカップを置いてくれた。


「今日のお茶会の準備だけど、ひとつ確認してもいいかしら」


「うん。何でも聞いて!」


「……お飲み物は、紅茶でいいのよね?」


 …………。


 ……あっ。


 お酒の話かな。


「うん。今日は、まずお茶にしようと思ってるんだ」


 巴さんが、にっこり微笑んだ。


「そうね。大切なお話があるんですもの」


 ……うん。


 ドワーフの人たちはお酒好きだって聞くけど。


 初めての和平会談で、いきなり飲み会にしちゃうのは違う気がする。


 酔って喧嘩になったら、元も子もないもんね。


「お菓子は、焼き菓子と果物を用意しておくわ」


「ありがとう、巴さん!」


「それから、お席は?」


「……あっ。そこも考えておかないと」


 …………。


 ……うーん。


 同じ卓に向かい合って座るのは、普通だよね。


 でも。


 どちらが上座かで揉めたりしないかな。


 ……いや。


 嫌な予感がしてきた!


「……巴さん。左右対称に席を作ってもらえる?」


「ふふ。分かったわ」


 ……ああ。


 頼もしいなぁ。


 私は、少し安心した。


     ◇


 桜花と一緒に、会談用の部屋を確認した。


 広い卓。


 同じ形の椅子。


 両端には、それぞれの長王様が座れるようにしてある。


 ……うん。


 真ん中は、私の席。


 その左右にミゲイル王子とイリーナ王女が座るのも、ちょっと違うかな。


 ……あっ。


 そうだ。


 それぞれの長王様の隣へ、お子さんが座ればいいんだ。


 そして、私のそばには桜花。


 ……うん。


 これなら、どちらの国にも同じように配慮できる。


「……リアリス様」


 桜花が、卓を見つめていた。


「……旗などは、飾られませんか?」


「……あっ」


 そういえば。


 普通の会議なら、国旗を飾ったりするよね。


 でも。


「……今回は、飾らなくてもいいかな」


 私は、少し考えて答えた。


「どちらの国の席も、同じようにしておきたいから」


「……かしこまりました」


 ……うん。


 これで、よし。


 あとは、お客様を迎えるだけ。


 ……いや。


 まだ、やることはある。


 カバディ王への報告。


 それから、護衛の方たちが待てる部屋の確認。


 ……おお。


 意外と、忙しい!


 私は、思わず頭を抱えそうになった。


     ◇


 《映像通話》でシルク王城へ連絡すると、カバディ王がすぐに応じてくれた。


『……リアリス殿。いよいよ今日だな』


「はい。両国の長王様が、こちらへ来てくださる予定です」


『……そうか。よい結果になるとよいな』


「ありがとうございます」


 ……ああ。


 この人、相変わらず穏やかだなぁ。


「……あの、国王さん」


『何だ?』


「両国の方が到着したら、護衛の方たちも一緒にお迎えしようと思っています」


『うむ。そなたの屋敷なら、十分な広さがあるだろう』


「はい。待機用の部屋も用意しました」


 カバディ王が、静かに頷いた。


『……今回の件は、両国自身の話し合いが肝心だ。私は顔を出さず、必要があれば助力しよう』


 …………。


 ……おお。


 そうしてくれるんだ。


 シルク王国の国王さんまで参加したら、少し大ごとになるかもしれないもんね。


「ありがとうございます!」


『……それと、リアリス殿』


「はい?」


『そなた自身も、無理をせぬようにな』


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり、心配されてる!


「……あはは。気をつけます!」


 ……うん。


 みんなが、私のことを気にしてくれてる。


 だったら、私も頑張らないと。


     ◇


 午前。


 屋敷の玄関ホールで、私は桜花と一緒にお客様を待っていた。


 巴さんは、厨房でお菓子の準備。


 楓も、今日はシルク王国邸の仕事を一般メイドたちと分担してくれている。


 ……うん。


 みんな、ありがとう。


「……リアリス様」


 桜花が、静かに声をかけた。


「……どちらの国から、お迎えなさいますか?」


「そうだね……」


 ……うーん。


 順番。


 そこでも変な誤解をされたら困るなぁ。


「……ギーラ国を先に迎えてから、シーラ国へ行こうか。昨日、ご挨拶に行ったのもその順番だったし」


「……かしこまりました」


 もちろん、どちらも同じようにお迎えする。


 そのために、時間の余裕も取ってある。


 私は、《映像通話》でギーラ国へ連絡した。


『……おお、リアリス殿!』


 スミノ長王の、力強い声。


「おはようございます、スミノ長王様。今日のご都合は、いかがでしょうか」


『うむ。準備は整っておる!』


 …………。


 ……おっ。


 元気だね。


「それでは、お迎えに伺います」


 長王が、大きく頷いた。


『頼むぞ!』


 ……よし。


 まずは、ギーラ国だ。


     ◇


 《転移》でギーラ国の王城へ向かう。


 もちろん、移動先はスミノ長王から許可をいただいた部屋だ。


 ……うん。


 突然、謁見の間に現れたりはしない。


 さすがに、それは失礼だからね。


 部屋には、スミノ長王がいた。


 赤茶色の髪を、長く編んでいる。


 相変わらず、がっしりした腕。


 その隣には、ミゲイル王子。


 ……ああ。


 二人とも、準備万端だね。


「おはようございます!」


「うむ! 待っておったぞ!」


 スミノ長王が、私の肩を軽く叩いた。


 …………。


 ……おお。


 力強い!


「……リアリス殿。本日はお世話になります」


 ミゲイル王子が、丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ……うん。


 この人がいてくれると、何だか安心するなぁ。


 護衛の方も二人、一緒に来てくださるそうだ。


 ……うん。


 それなら、みんなで移動しよう。


「……では、行きますね」


 《転移》。


 次の瞬間、シルク王国邸の玄関ホールへ到着した。


     ◇


「……ほう!」


 スミノ長王が、周囲を見回した。


「ここが、お主の屋敷か!」


「はい。シルク王国邸です」


 …………。


 ……うん。


 これまでに、いろんな王様を迎えてきた場所だ。


 何だか、慣れてきちゃったね。


「……立派な造りじゃな」


 長王は、柱の継ぎ目をじっと見ていた。


 …………。


 ……あっ。


 そこを見るんだ。


「……木と石の合わせ方も、よく考えられておる」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 自分で《建築》した屋敷だけど、職人さんに褒められると嬉しいね。


 ミゲイル王子は、会談室の方へ目を向けた。


「……父上。まずは、本日の会談を」


「……む。そうじゃったな」


 …………。


 ……あはは。


 スミノ長王。


 屋敷の造りが気になっちゃったんだね。


 私は、巴さんに案内をお願いし、長王たちを客室へ通した。


「それでは、もう一国の方々をお迎えしてきます」


「……うむ。頼む」


 ……よし。


 今度は、シーラ国だ。


     ◇


 シーラ国の王城へ《転移》すると、ケリィ長王たちが待っていた。


 青みを帯びた茶色の編んだ髪。


 慎重そうな顔つき。


 その隣には、橙色の長い髪をしたイリーナ王女。


 ……ああ。


 こちらも、準備万端だね。


「おはようございます、ケリィ長王様」


「……うむ。世話になる」


 …………。


 ……おっ。


 こちらは、かなり落ち着いてる。


「……リアリス様。本日はよろしくお願いいたします」


 イリーナ王女が、優しく微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ……うん。


 この人も、話しやすそうだね。


 ケリィ長王は、私の顔をじっと見た。


「……スミノは、すでに来ておるのか?」


 …………。


 ……あっ。


 そこ、気になるんだね。


「はい。先ほどお迎えして、別室で待っていただいています」


「……そうか」


 …………。


 ……うん。


 ちょっと、緊張してるのかな。


 イリーナ王女が、父親へ小さく頷いた。


「……父上。参りましょう」


「……うむ」


 護衛の方二人も一緒だ。


 私は、みんなが準備できたことを確かめた。


「それでは、お連れしますね」


 《転移》。


     ◇


 シルク王国邸へ戻ると、巴さんが迎えてくれた。


「ようこそお越しくださいました」


 …………。


 ……ああ。


 相変わらず、綺麗なお辞儀だなぁ。


「……世話になる」


 ケリィ長王も、丁寧に頷いた。


 イリーナ王女は、屋敷を見上げた。


「……素敵なお屋敷ですね」


「ありがとうございます!」


 …………。


 ……あっ。


 スミノ長王と、反応が少し違うね。


 あちらは柱。


 こちらは全体の雰囲気。


 ……うん。


 国が違えば、見るところも違うんだなぁ。


 私は、まず二人を客室へ案内した。


「……スミノ長王様たちも、別室でお待ちです」


 ケリィ長王は、少しだけ表情を硬くした。


「……そうか」


 …………。


 ……ああ。


 やっぱり、長い不仲って簡単には消えないんだね。


 私は、無理に明るいことは言わなかった。


 まずは、ゆっくり話せるようにしよう。


     ◇


 会談室の扉の前で、私は深く息を吸った。


 …………。


 ……よし。


 落ち着こう。


 桜花が、隣で微笑んでいる。


「……リアリス様」


「ん?」


「……いつもどおりで、よろしいかと存じます」


 …………。


 ……あっ。


 また、それ!


 でも。


 桜花にそう言ってもらうと、少し安心する。


「……うん。ありがとう」


 扉を開けた。


 卓の向こうには、スミノ長王とミゲイル王子。


 こちらには、ケリィ長王とイリーナ王女。


 …………。


 ……おお。


 揃った。


 二つの国の代表が、一つの部屋にいる。


 ……うん。


 それだけでも、ちょっとすごいことだよね。


 スミノ長王が、ゆっくり立ち上がった。


「……ケリィ」


 低い声。


 ケリィ長王も、静かに答えた。


「……スミノ」


 …………。


 ……おお。


 名前を呼んだ!


 ……いや。


 普通のことなんだけど。


 昨日まで互いの国を避けていた二人なんだもんね。


 ちょっと、感動してしまった。


 ただし。


 二人の表情は、かなり硬い。


 ……うん。


 ここからが、本番だね。

     ◇


「……本日は、お集まりいただきありがとうございます」


 私は、二人の長王へ頭を下げた。


「今回の会談は、どちらかの国に何かを押しつけるためのものではありません。まずは、お互いの話を聞く場にしたいと思っています」


 スミノ長王が、腕を組んだ。


「……うむ。そういう約束だったな」


 ケリィ長王も、ゆっくり頷く。


「……わしも承知しておる」


 …………。


 ……ほっ。


 最初の一言は、無事に言えたね。


 私は、二人へ着席を勧めた。


 左右対称に並べた椅子。


 同じ形のカップ。


 同じお菓子。


 ……うん。


 これなら、どちらが上かで揉めることもないはず。


 スミノ長王が、カップを手に取った。


「……ほう。よい香りじゃな」


 …………。


 ……おっ。


 お茶に興味を持ってくれた?


 ケリィ長王も、ゆっくり口をつけた。


「……確かに。飲みやすい」


 …………。


 ……よかった。


 まずは、落ち着いてお茶を飲めたね。


 ……いや。


 そんなことに安心している場合じゃないんだけど!


     ◇


「……では、始めましょうか」


 私が言うと、二人の長王が互いに目を向けた。


 …………。


 ……あれ。


 沈黙。


 ……うーん。


 最初に何を話せばいいか、迷ってるのかな。


「……リアリス殿」


 スミノ長王が、先に口を開いた。


「わしらに何を話してほしいのじゃ?」


 …………。


 ……おっ。


 いい質問。


 私は、少し考えた。


「……まず、今の両国がどんなことで困っているのか、教えていただけますか?」


 …………。


 スミノ長王の表情が、少し変わった。


「……ギーラの職人は、昔から山の鉱石を使って武器を作ってきた」


「はい」


「じゃが、シーラとの取引が少なくなったため、向こうで作られる便利な道具を手に入れにくくなっておる」


 ……ああ。


 そうなんだ。


 私は、ケリィ長王を見た。


「……シーラ国は、いかがですか?」


 ケリィ長王は、少し考えた。


「……こちらも同じようなものじゃ。ギーラの良質な金属製品は、今でも必要としておる者が多い」


 …………。


 ……おお。


 お互い、欲しいものがあるんだね。


「しかし、商人たちは余計な揉め事を嫌っておる」


 ……うん。


 そうだよね。


 商売をしに行ったのに、昔の争いを持ち出されたら困るもん。


「……ということは」


 私は、二人を順番に見た。


「国民の皆さんは、もっと自由に商売できた方がいいんですね」


 …………。


 少しの沈黙。


「……うむ」


「……そうじゃな」


 …………。


 ……おお。


 意見が一致した!


     ◇


 私は、内心で喜んだ。


 ……ああ。


 思ったより、話が早いかも!


 ただし。


「……じゃが」


 スミノ長王が、少しだけ声を低くした。


「わしらには、守らねばならぬ伝統がある」


 …………。


 ……おっ。


 伝統。


 来た。


「……ギーラは、鍛冶師の誇りを何より大切にしておる」


 ケリィ長王が、眉を上げた。


「……それは、シーラも同じじゃ」


「……同じじゃと?」


 スミノ長王の声が、少し強くなった。


「そちらは、仕掛けや魔工道具ばかり作っておるではないか」


「……それが、何か問題か?」


 …………。


 ……あっ。


 雰囲気が。


 ちょっと、悪くなってきた!


 私は、慌てて口を開いた。


「……あの、お二人とも!」


 …………。


 二人が、こちらを見た。


「ギーラ国の剣も、シーラ国の魔工製品も、どちらも立派でしたよ!」


 私は、笑顔で続けた。


「私は両方の国を見てきましたけど、どちらの職人さんもすごく真面目に働いていました」


 …………。


 スミノ長王が、少しだけ腕を緩めた。


 ケリィ長王も、深く息を吐いた。


 ……ほっ。


 危なかった。


 ……いや。


 これ、想像以上に難しいなぁ。


 喧嘩の種が、そこら中に転がっている気がする!


     ◇


「……父上」


 ミゲイル王子が、静かに声をかけた。


「リアリス殿のお話を、最後まで聞きましょう」


 …………。


 ……おっ。


 助け舟!


「……うむ」


 スミノ長王が、小さく頷いた。


 すると、今度はイリーナ王女が口を開いた。


「……父上。私たちの技術が違うことは、悪いことばかりではありません」


 ケリィ長王が、娘を見た。


「……どういうことじゃ?」


「互いに得意なものを作り、必要なものを交換できれば、両国の人々にとって利益になると思います」


 …………。


 ……ああ。


 それ!


 私も、そう思う!


「……そうですね!」


 私は、思わず頷いた。


「全部を自分の国だけで作らなくても、いいんじゃないでしょうか」


 ミゲイル王子が、穏やかに微笑んだ。


「……私も、同じ考えです」


 …………。


 ……おお。


 二人とも、話が早い。


 いや。


 それにしても。


 ……あれ。


 二人の考え方、似てるなぁ。


     ◇


 私は、何となくミゲイル王子とイリーナ王女を見比べた。


 ミゲイル王子は、赤い短髪。


 穏やかな表情。


 イリーナ王女は、橙色の長い髪。


 姿勢がよくて、話し方も丁寧。


 ……うん。


 初めて会った国は違うのに、何だか昔から知っているみたいに話すんだね。


 すると。


「……イリーナ殿」


 ミゲイル王子が、さりげなく声をかけた。


「……例の、金属の加工についてのお話ですが」


「……ええ。あの試作品のことですね」


 …………。


 ……ん?


 例の?


 あの?


 ……あれ。


 何で、話が通じてるの?


 私は、思わず首を傾げた。


 ミゲイル王子は、説明を続けた。


「……硬い金属ほど加工に手間がかかります。ですから、双方の職人が手を貸せればと思いまして」


「……それでしたら、こちらの魔工設備を使う方法もあります」


 …………。


 ……おお。


 素晴らしい提案!


 ……いや。


 ちょっと待って。


 初対面の人同士が、ここまで自然に『あの試作品』なんて言う?


「……あの、ミゲイル王子様」


「はい?」


「……お二人は、以前にもお会いしたことがあるんですか?」


 …………。


 二人の動きが。


 ぴたっ。


 止まった。


 …………。


 ……ん?


     ◇


「……ミゲイル?」


 スミノ長王が、息子を見る。


「……例の試作品、とは何じゃ?」


「……え、えっと」


 …………。


 ……おっ。


 珍しく、ミゲイル王子が言葉に詰まってる。


 イリーナ王女も、少しだけ頬を赤らめた。


「……父上」


 …………。


 ケリィ長王が、娘へ目を向ける。


「……イリーナ。そなたも知っておるのか?」


「……はい」


 …………。


 ……あっ。


 何だろう。


 嫌な予感じゃなくて。


 何だか、面白い予感がする!


 ミゲイル王子は、しばらく迷ったあと、そっと頭を下げた。


「……実は」


 …………。


 ……実は?


「……私とイリーナ殿は、以前から手紙をやり取りしております」


 …………。


 …………。


 …………。


 ……えええええ!?


 文通!?


 それも、両国の王子様と王女様が!?


 私は、思わず目を丸くした。


     ◇


「……何じゃと!?」


 スミノ長王の大きな声が響いた。


「……手紙じゃと!?」


 ケリィ長王も、珍しく声を上げた。


 …………。


 ……おお。


 両方の王様が、同時に驚いてる!


 ミゲイル王子は、静かに頭を下げた。


「……申し訳ありません。父上に、話す機会を逃しておりました」


 イリーナ王女も、続いた。


「……私もです」


 …………。


 ……うーん。


 これは、ちょっと大ごとになっちゃったかな。


 でも。


 悪いことをしたわけじゃないよね?


「……いつからじゃ?」


 スミノ長王が尋ねた。


「……数年前からです」


 …………。


 ……おお。


 結構、長い!


 イリーナ王女が、ゆっくり説明を始めた。


「……最初は、商人を通じて、技術に関する書簡が届いたのです」


 …………。


 ……おっ。


 仕事の手紙から始まったんだ。


「ギーラの工房で使う金具について、質問が書かれていました」


 ミゲイル王子が、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「……私が書きました」


 …………。


 ……ああ。


 何だか、可愛い話だなぁ。


     ◇


「……では、そのあとの手紙は?」


 ケリィ長王が、娘をじっと見た。


「……技術の話だけか?」


 …………。


 ……おっ。


 何か、鋭い質問。


 イリーナ王女は、少しだけ頬を赤くした。


「……最初は、そうでした」


 …………。


 ……あっ。


 最初は。


「……そのうち、町の様子や、職人たちの暮らしについても」


 ミゲイル王子が、小さく頷く。


「……向こうの作物が豊作だったとか、こちらの山道が雪で閉ざされたとか。そういう、他愛のない話も」


 …………。


 ……ああ。


 いいなぁ。


 国同士の関係が悪くても。


 そこで暮らしている人の毎日は、ちゃんと続いている。


 それを手紙で知らせ合っていたんだね。


「……重要な国政の秘密は、送っておりません」


 ミゲイル王子が、はっきり言った。


「ただ、互いの国のことを知っておきたかったのです」


 イリーナ王女も、頷いた。


「……いつか、自由に行き来できる日が来ればと思って」


 …………。


 ……おお。


 なんだか、胸が温かくなってきた。


 でも。


 スミノ長王とケリィ長王は。


 …………。


 まだ、固まっている。


 ……うん。


 驚くよね。


 自分たちが長いこと距離を置いていた相手の国へ。


 息子と娘が、こっそり手紙を送ってたんだもん!


     ◇


「……ミゲイル」


 スミノ長王が、静かに尋ねた。


「なぜ、わしに言わなんだ?」


 ……あっ。


 怒られるかな。


 ミゲイル王子は、しばらく考えてから答えた。


「……最初は、父上に余計な心配をかけたくなかったのです」


 …………。


 ……うん。


「そして、やり取りを続けるうちに」


 王子が、イリーナ王女へちらりと目を向けた。


「……言い出す機会が、ますますなくなってしまいました」


 …………。


 ……ああ。


 分かる。


 後回しにすると、余計に言いづらくなるんだよね。


 イリーナ王女も、父親へ向き直った。


「……私も同じです。黙っていたことは、お詫びいたします」


 ケリィ長王が、しばらく黙っていた。


 それから、ふうっと息を吐いた。


「……そうか」


 …………。


 ……おっ。


 怒鳴らないんだね。


「……まったく。わしらが知らぬところで、ずいぶん進んでおったのじゃな」


 スミノ長王が、腕を組んだ。


「……うむ」


 …………。


 ……ああ。


 何だか、二人の長王が同じ表情になってる!


 私は、思わず笑いそうになった。


     ◇


「……あの、お二人とも」


 私は、少し遠慮しながら口を開いた。


「……その文通、私は素敵だと思います」


 …………。


 二人の長王が、こちらを見る。


「国が違っても、相手のことを知りたいと思って。それで、少しずつ手紙を送っていたんですよね」


 ミゲイル王子とイリーナ王女が、静かに頷いた。


「……仲が悪いって聞いてた二つの国にも、こういう交流があったんだって分かっただけで、私は嬉しいです」


 …………。


 スミノ長王が、少しだけ目を伏せた。


 ケリィ長王も、何か考え込んでいる。


 ……うん。


 今すぐ許してくれとは言わない。


 でも。


 手紙を送り合っていた二人を、責めないでほしいなぁ。


 そのとき。


「……父上」


 ミゲイル王子が、まっすぐ父親を見た。


「私たちは、両国がまた普通に商いをできる日を願っておりました」


 イリーナ王女も、続けた。


「今日、この場を用意していただけて、本当に嬉しく思います」


 …………。


 ……ああ。


 なんだか、いい言葉だね。


     ◇


 スミノ長王が、大きく息を吐いた。


「……ふん。わしは、手紙を禁じた覚えはない」


 …………。


 ……おっ。


 それって。


「……ただし、隠していたのは感心せんな」


「……はい。申し訳ありません」


 ミゲイル王子が、深く頭を下げた。


 ケリィ長王も、娘へ目を向けた。


「……イリーナ」


「……はい、父上」


「そのような手紙が届いていたなら、話してくれてもよかったのじゃぞ」


 …………。


 ……ああ。


 怒ってない。


 少し、寂しそうなだけだ。


 イリーナ王女が、ゆっくり頷いた。


「……はい」


 ……うん。


 よかった。


 少なくとも、ここで親子喧嘩が始まることはなさそう。


 それどころか。


 スミノ長王とケリィ長王が、互いに顔を見合わせた。


「……お主の娘は、なかなかしっかりしておるな」


「……そちらの息子こそ、筋の通ったことを言う」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 褒め合ってる!?


 ついさっきまで、顔を見るのも嫌そうだったのに!


 私は、思わず桜花を見た。


 桜花も、ほんの少し目を細めていた。


 ……うん。


 これは、思ったより大きな一歩かもしれないね。

     ◇


 さて。


 文通の話で少し空気が柔らかくなったところで、私は本題へ戻った。


「……あの、スミノ長王様、ケリィ長王様」


「……何じゃ?」


「……どうした?」


「そもそも、二つの国はどうして仲が悪くなったんでしょう?」


 …………。


 ……うん。


 この質問は、避けられないよね。


 二人の長王は、しばらく黙っていた。


 やがて、スミノ長王が口を開いた。


「……先祖の時代に、ひどい侮辱を受けたと伝わっておる」


 …………。


 ……おっ。


 侮辱。


「……どんな?」


「……それが、詳しいことは分からん」


 …………。


 ……えっ。


「記録には『鍛冶の誇りを傷つけられた』とあるが、何を言われたのかは書かれておらん」


 …………。


 ……ああ。


 そうなんだ。


 私は、ケリィ長王を見た。


「……シーラ国では、どう伝わっているんですか?」


 ケリィ長王が、静かに答えた。


「こちらには『先祖が大切にしていたものを嘲笑された』とある」


 …………。


 ……ん?


 何だろう。


 似ているような、違うような。


「……その『大切にしていたもの』は?」


「……詳しい記録が、残っておらん」


 …………。


 …………。


 ……えええっ!?


 両方とも!?


 私は、思わず口を閉じた。


 ……いや。


 何か、おかしいなぁ。


 長年仲が悪い。


 でも、当時何を言い争ったかはよく分からない。


 ……これ。


 もしかして、話がかなり変わっちゃってるんじゃない?


     ◇


「……両国の歴史書には、当時の内戦について書かれております」


 ミゲイル王子が、静かに説明してくれた。


「ですが、発端の出来事を詳しく記した部分は、互いに違っているのです」


 イリーナ王女も、頷いた。


「……後の時代に書き写された記録も多く、どこまでが事実なのか判断できません」


 …………。


 ……うん。


 そういうことか。


 昔の記録を写して、また写して。


 そのうち、誰かが言葉を変えたり、都合の悪いところを省いたりしたのかもしれない。


 でも。


 だからこそ、今の両国ではっきり分からないんだね。


「……王子様、王女様」


 私は、二人へ目を向けた。


「文通では、その歴史についても話したんですか?」


 ミゲイル王子が、少し考えた。


「……はい。互いの国に残る記録を比べたことはあります」


 イリーナ王女も、頷いた。


「……しかし、最初の出来事については、結論が出ませんでした」


 …………。


 ……おお。


 すでに、調べていたんだ。


 ……ああ。


 この二人、本当に両国のことを考えてるんだね。


     ◇


 私は、少しだけ考え込んだ。


 ……うーん。


 記録がない。


 目撃した人も、もういない。


 じゃあ、確かめようがないのかな。


 …………。


 ……いや。


 そういえば。


 私には、あれがある。


 《歴史閲覧》。


 過去に起きたことを、映像で確かめられる魔法。


 人間と魔族の和平交渉でも、二千年前に争いが始まった理由を確かめるために使ったんだよね。


 ……うん。


 あのときは、過去の真相が分かったことで、話し合いが前へ進んだ。


 今回も、二つの国の歴史が問題になっている。


 ……ああ。


 何だか、あのときと似ているなぁ。


 しかも、今生きている人たちがずっと大切にしてきたものだ。


 勝手に調べて、勝手に『これが真相です!』なんて言うわけにはいかないよね。


 私は、二人の長王へ向き直った。


「……ひとつ、提案してもいいでしょうか」


 スミノ長王が、腕を組んだまま答えた。


「……何じゃ?」


「……過去に何があったのか、実際に確かめてみませんか?」


 …………。


 スミノ長王が、眉を上げた。


「……どうやってじゃ?」


 ケリィ長王も、不思議そうな顔をした。


 私は、少し緊張しながら説明した。


「《歴史閲覧》という魔法を持っているんです」


 …………。


 ……うん。


 どこまで信じてもらえるかな。


     ◇


「……歴史を、閲覧する?」


 ケリィ長王が、静かに繰り返した。


「はい。過去に起きた事実を、映像で見る魔法なんです」


 …………。


 部屋が、しんと静まり返った。


 ……あっ。


 やっぱり、驚くよね。


「……お主、それは本当なのか?」


 スミノ長王が、少し身を乗り出した。


「はい。以前、人間と魔族の和平交渉でも使って、二千年前の争いの発端を皆さんで確かめたんです」


 ……うん。


 あのときは、過去の出来事を映したことで、双方が同じ事実を知ることができた。


 ……ああ。


 今回も、話し合いの助けになればいいんだけど。


「ただ、今回の争いの発端を正確にたどれるかは、やってみないと分かりません」


 私は、正直に続けた。


「それに、皆さんの大切な歴史ですから。両国の許可がなければ使いません」


 …………。


 少しの沈黙。


 ミゲイル王子が、静かに口を開いた。


「……過去に何があったのか分かるなら、私は確かめたいです」


 イリーナ王女も、頷いた。


「……私もです。両国の人々が、誤解したまま暮らしているかもしれませんから」


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


 私は、二人の長王を見た。


 スミノ長王は、しばらく考えてから頷いた。


「……わしも構わん。真実を知るのは、大切なことじゃ」


 ケリィ長王も、静かに答えた。


「……同意しよう。ただし、目にしたものについては、全員で確認したい」


「もちろんです!」


 ……よし。


 許可をいただけた。


     ◇


「……それで」


 スミノ長王が、少しだけ首を傾げた。


「……今、ここで見られるのか?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだね。


 どうしよう。


 私は、人魔和平交渉で《歴史閲覧》を使ったときのことを思い出した。


 あのときは、シルク王国邸の会談室にいながら、二千年前の光景を映し出した。


 ……うん。


 だから、ここでも使えるはず。


 でも。


 どうせなら、両国にとって大切な場所で、当時の景色と今を見比べてもらいたいな。


 その方が、歴史を身近に感じられるかもしれない。


「……当時、両国の人が集まっていた場所って、分かりますか?」


 ケリィ長王が、ミゲイル王子を見る。


 ミゲイル王子は、少し考えた。


「……古い記録に、両国が分かれる前の集会所の場所が残っています」


 …………。


 ……おっ。


 集会所。


「今は建物がありませんが、石の基礎だけが残る場所です」


 イリーナ王女が、続けた。


「……私たちも、文通でその場所の記録を比べました。二国とも、同じ位置を示していたのです」


 …………。


 ……おお。


 それなら、ちょうどいい!


「……その場所へ、行ってみませんか?」


 私が尋ねると、二人の長王が顔を見合わせた。


 …………。


 ……うーん。


 嫌かな。


 でも。


「……わしは構わん」


 スミノ長王が答えた。


「……わしも、確かめたい」


 ケリィ長王も頷いた。


 ……おお!


 それなら、決まりだね。


     ◇


 もちろん、いきなり移動するわけにはいかない。


 二国の長王様たちと、護衛の方々。


 全員の安全を確かめる必要がある。


 私は、《サーチ》で古い集会所跡の周囲を調べた。


 石の基礎。


 崩れた柱の跡。


 その周りには、木々が生えている。


 ……うん。


 近くに人はいない。


 危険な魔獣の反応も、今のところない。


 ……よし。


「……皆さん。移動先は、今のところ安全そうです」


 私は、二人の長王を見た。


「《転移》でお連れしますが、大丈夫でしょうか」


「……うむ」


「……頼む」


 ……うん。


 これで、準備は整った。


 桜花も、すっと私のそばへ立つ。


「……リアリス様。周囲の警戒は、私にお任せください」


「ありがとう、桜花!」


 ……ああ。


 本当に頼もしい。


「それでは、移動しますね」


 《転移》。


 次の瞬間。


 私たちは、古い石畳の残る場所へ移動した。


     ◇


 そこは、静かな場所だった。


 今は、建物がない。


 低い石の基礎と、少し欠けた柱の跡。


 足元には、草が生えている。


 ……ああ。


 昔は、ここに大きな建物があったんだね。


 周囲の木々が、風に揺れていた。


「……ここか」


 スミノ長王が、低い声で呟いた。


 ケリィ長王も、静かに石の基礎を見つめた。


「……古い地図のとおりじゃな」


 …………。


 ……うん。


 二人とも、真剣だ。


 これなら、ちゃんと確かめられそう。


 私は、みんなへ向き直った。


「……では、ここで《歴史閲覧》を使ってみます」


 ミゲイル王子とイリーナ王女が、ほとんど同時に頷いた。


 …………。


 ……あっ。


 また、息がぴったりだね。


 私は、小さく笑いそうになった。


 ……いや。


 今は、魔法に集中しよう。


     ◇


 私は、残された石の基礎へ目を向けた。


 この場所が、まだ集会所だった頃。


 ギーラとシーラが分かれる前。


 ……うん。


 当時の出来事を、ここで見てみよう。


 私は、意識を集中した。


「《歴史閲覧》」


 ふわり。


 目の前に、淡い光の幕が広がった。


 …………。


 ……おお。


 出た!


 人魔和平交渉で二千年前の景色を映したときと、同じだね。


 光の中に、古い建物が映る。


 石の床。


 大きな柱。


 そして、何本もの長い卓。


 …………。


 ……あっ。


 ここだ。


 今、私たちが立っている場所。


 昔は、こんな立派な建物だったんだね。


「……何と……」


 スミノ長王が、思わず声を漏らした。


「……本当に、過去が見えるのか」


 ケリィ長王も、目を見開いている。


 ……うん。


 驚くよね。


 私だって、使うたびにちょっと驚くもん。


     ◇


 映像の中では、たくさんのドワーフが行き交っていた。


 鎧を着た人。


 鍛冶職人らしい人。


 手に書類を持った人。


 ……うん。


 今のガルドバやバルドバと、どこか似ているね。


 ただし。


 ここにいる人たちは、まだ二つの国に分かれていない。


 同じ建物で、普通に働いているんだ。


「……見覚えのある紋章じゃ」


 スミノ長王が、光の中の旗を指差した。


 …………。


 ……おっ。


 確かに、ギーラとシーラの紋章を少しずつ合わせたような模様。


 ケリィ長王も、頷いた。


「……わしらが別れる前のものじゃな」


 …………。


 ……ああ。


 本当に、同じ国だったんだね。


 私は、時間を少しずつ進めてみた。


 昼。


 夕方。


 夜。


 何度か、会議が開かれている。


 ……うん。


 でも、今のところ普通の話し合いだ。


 鉱山のこと。


 鍛冶場のこと。


 商人さんたちのこと。


 ……ああ。


 昔も、みんな同じような仕事をしていたんだね。


     ◇


「……リアリス殿」


 ミゲイル王子が、静かに声をかけた。


「……もう少し、先の時代を確認できませんか?」


「……あっ。そうですね」


 私は、資料に書かれていた時期を思い出した。


 大きな内戦が起きる少し前。


 集会所で、重要な話し合いがあったらしい。


 ……うん。


 その辺りを調べてみよう。


 時間を、進める。


 すると。


 光の中の景色が、変わった。


 大きな卓。


 料理が並んでいる。


 そして、たくさんの杯。


 …………。


 ……ん?


 これは。


 会議、というより。


「……宴会?」


 私は、思わず呟いた。


 映像の中では、ドワーフたちが笑いながら杯を掲げている。


 …………。


 ……おお。


 楽しそう!


 それに。


 金属の大きな杯。


 瓶が、いくつも。


 ……うん。


 ドワーフのお酒好きって、昔からなんだね。


「……これは、祝いの席のようじゃな」


 スミノ長王が、映像を見つめた。


 ケリィ長王も、静かに頷いた。


 ……うん。


 記録では、集会所での『名誉に関わる事件』が内戦のきっかけになったんだよね。


 ……あれ。


 でも。


 今は、みんな楽しそうだ。


 …………。


 ……まさか。


 ここから、何か起きるのかな。



     ◇


 私は、映像の時間を少しだけ進めた。


 卓を囲むドワーフたち。


 大きな杯。


 次々に注がれるお酒。


 ……うん。


 どこを見ても、楽しそうだ。


 ただ、卓の中央に座っている二人が、妙に目立つ。


 一人は、赤茶色の髪をした、大柄なドワーフ。


 もう一人は、青みがかった茶色の髪をしたドワーフ。


 ……あれ。


 どことなく。


 スミノ長王と、ケリィ長王に似ている気がする。


「……この二人は?」


 私が尋ねると、ミゲイル王子が映像を見つめた。


「……古い記録に残る、二人の代表者だと思います」


 イリーナ王女も頷いた。


「……当時の鍛冶師たちをまとめていた方々です」


 ……おお。


 そうなんだね。


 私がもう少し映像へ意識を向けると、今度は声も聞こえてきた。


 …………。


 ……おっ。


 話してる!


 人魔和平交渉のときも、昔の王様たちの話し声まで聞こえたんだよね。


 ……うん。


 今回も、当時の会話を確かめられそうだ。


『……諸君! 今日もよく働いた!』


 赤茶色の髪のドワーフが、杯を掲げた。


『明日もよい鉄を打つため、飲むぞ!』


 周囲から、歓声が上がった。


 …………。


 ……おお。


 元気な人だなぁ。


 スミノ長王が、少しだけ嬉しそうに笑った。


「……我が先祖は、なかなか豪快だったようじゃな」


 ケリィ長王も、黙って映像を見ていた。


 ……うん。


 でも。


 何だか、嫌な予感がしてきた。


     ◇


 赤茶色の髪の代表者が、大きな瓶を持ち上げた。


『見よ! この火酒を!』


 …………。


 ……おっ。


 火酒。


 強そうなお酒だね。


『仕事のあとに飲むなら、これに限る!』


 杯へ透明なお酒を注ぎ、ぐいっと飲む。


『……くうっ! これぞ鍛冶師の魂よ!』


 …………。


 ……あはは。


 すごく満足そう。


 周囲の人たちも、笑っている。


 そのとき。


 向かいに座る青茶色の髪の代表者が、別の瓶を持ち上げた。


『……いやいや。鍛冶師が皆、火酒を好むと思うな』


 …………。


 ……おっ。


 こちらは、少し落ち着いた人だね。


『よい食事には、よいワインが合う。これこそ、職人の仕事をねぎらうにふさわしい』


 …………。


 ……ワイン。


 葡萄のお酒だね。


 私は、何となく二人を見比べた。


 火酒。


 ワイン。


 …………。


 ……うん。


 好みは、人それぞれだよね。


 別に、どっちが好きでもいいんじゃないかな。


     ◇


 映像の中で、赤茶色の代表者が眉を寄せた。


『……何じゃと? 火酒の方がうまいに決まっておろう!』


『……好みは人それぞれじゃ。わしはワインの方がよい』


 …………。


 ……うん。


 それは、そう。


 私は、静かに頷いた。


 でも。


『……火酒のよさが分からんのか!』


『……お主こそ、ワインの香りを知らぬのか!』


 …………。


 ……あれ。


 少しずつ、声が大きくなってる?


『火酒は、鍛冶師の誇りじゃ!』


『ワインを飲む者は、鍛冶師ではないとでも言うのか!』


 …………。


 ……いやいや。


 そういう話じゃないと思うけど!


 私は、思わず口を開きそうになった。


 ……あっ。


 でも、これは過去の映像。


 話しかけても、向こうには届かないんだよね。


 ……うーん。


 もどかしい!


     ◇


 周囲のドワーフたちが、二人をなだめようとしていた。


『……まあまあ、どちらもよい酒じゃ』


『……そうだ。今日は祝いの席だぞ』


 …………。


 ……ああ。


 そうだよ。


 ほかの人たちは、まともだね。


 ……うん。


 このまま落ち着けば、何も起きないはず。


 ところが。


 火酒の杯を持った代表者が、卓を叩いた。


 どんっ。


 …………。


 ……あっ。


 杯が、揺れた。


 中のお酒が、少しこぼれる。


 それが、向かいの代表者の衣装へかかった。


 …………。


 ……あああ。


 まずい!


『……お主、わしの衣装に酒をかけたな!』


『……わざとではない!』


『……ならば、謝ればよかろう!』


『……先にワインで火酒を馬鹿にしたのは、お主じゃ!』


 …………。


 ……いや!


 そこで謝ればいいんじゃない!?


 私は、思わず額を押さえた。


 ……うん。


 これは、完全に酔っ払い同士の口喧嘩だ!


     ◇


 映像の中では、周囲の人たちが慌てて立ち上がっていた。


 赤茶色の代表者が、火酒の杯を掲げる。


『……わしらの誇りを侮辱したな!』


 青茶色の代表者も、ワインの瓶を卓へ置いた。


『……侮辱したのは、そちらじゃ!』


 …………。


 ……おお。


 なんだか、話が大きくなってきた。


 でも。


 元は、酒の好みだよね!?


『火酒を飲む者こそ、真の鍛冶師じゃ!』


『その言葉、聞き捨てならん!』


 …………。


 周囲のドワーフたちまで、二つの代表者のそばに集まり始めた。


 火酒の方。


 ワインの方。


 ……えっ。


 何で、そんなに分かれちゃうの?


 私は、映像を見つめたまま固まっていた。


 そして。


『……それなら、もう一緒にはやっていけん!』


『……こちらの台詞じゃ!』


 …………。


 …………。


 ……えええええ!?


 そこまで!?


 ……いや。


 お酒の好みで、そこまで言っちゃう!?


     ◇


 私は、映像の時間をさらに進めた。


 ……うん。


 翌日には、さすがに冷静になっているんじゃないかな。


 酔いが覚めれば。


 『昨日は言いすぎた』って。


 ……そうなると、いいんだけど。


 ところが。


 翌日の集会所でも、二人は言い争っていた。


『……昨日の侮辱を、取り消せ!』


『……先に謝るのは、そちらじゃ!』


 …………。


 ……ああ。


 まだ、続いてる!


 私は、思わず頭を抱えた。


 しかも。


 周囲の人たちまで、少しずつ怒り始めている。


 自分たちの代表者が侮辱された。


 自分たちの誇りを傷つけられた。


 ……うん。


 そう言い合っている。


 でも。


 誰も、最初に何を話していたか、きちんと説明していない。


 …………。


 ……あっ。


 もしかして。


 時間が経つほど、話の中身より『侮辱された』ことが大きくなっちゃったんだ。


     ◇


 さらに、映像の時間を進める。


 集会所から人が減っていく。


 共同の鍛冶仕事も、少なくなっていく。


 商人たちの行き来も、次第に減っていた。


 ……ああ。


 これは、ちょっと笑えないね。


 最初の喧嘩は、確かにくだらなかった。


 でも。


 そのあと、たくさんの人が巻き込まれてしまったんだ。


 映像の中では、二つに分かれた一団が、互いを警戒するようになっていた。


 やがて。


 武器を持った人たちまで現れる。


 …………。


 ……うっ。


 これは。


 内戦が始まった頃なのかな。


 私は、すぐに時間を止めた。


 ……うん。


 ここから先は、軽々しく見ていいものじゃない気がする。


「……長王様たち」


 私は、二人を振り返った。


「……最初の言い争いは、確かに見られました」


 …………。


 スミノ長王も、ケリィ長王も、何も言わない。


「……でも、そのあとには実際に争いが起きているみたいです」


 私は、ゆっくり続けた。


「最初の喧嘩が小さなことだったからって、苦しんだ人たちのことまで軽く考えたくありません」


 …………。


 ……うん。


 それは、大切だ。


 昔の人たちが何のために戦ったのか、今ここで私が勝手に決めることはできない。


 でも。


 始まりは、はっきり見えた。


 火酒か。


 ワインか。


 …………。


 ……いやぁ。


 まさか、ね。



     ◇


 映像を消すと、古い集会所跡に風の音が戻ってきた。


 …………。


 ……うん。


 誰も、喋らない。


 スミノ長王は、腕を組んだまま固まっている。


 ケリィ長王も、目を大きく開いたままだ。


 ミゲイル王子とイリーナ王女は、互いに顔を見合わせていた。


 ……ああ。


 そりゃ、そうなるよね。


 私だって驚いてる。


 鍛冶の誇りとか。


 先祖の名誉とか。


 大変な秘密が隠れているのかと思ってたのに。


 実際の発端は。


 …………。


 ……お酒。


「……火酒か……」


 スミノ長王が、ぽつりと呟いた。


「……ワインか……」


 ケリィ長王が、続けた。


 …………。


 ……ああ。


 二人で言うと、意味深だね。


 でも。


 いや。


 それだけ!?


 私は、内心で叫んでいた。


 世界の秘密とか!


 古代の魔法とか!


 失われた王家の宝とか!


 そういう話じゃないの!?


 …………。


 ……まさか。


 火酒かワインか、それが問題だったの!?


 …………。


 ……お約束にも、ほどがあるよ!


 私は、何とか表情を戻した。


 ……いや。


 ここで笑うのは、失礼。


 でも。


 ……ふっ。


 ……ああ。


 駄目。


 ちょっと、笑いそう!


     ◇


「……リアリス殿」


 スミノ長王が、ゆっくり顔を上げた。


「……今の映像は、本当に過去の出来事なのじゃな?」


「……はい。《歴史閲覧》は、過去に起きたことを映す魔法です」


 長王は、しばらく黙っていた。


「……つまり、わしらの先祖が争い始めた原因は」


 …………。


 ……はい。


「……火酒がよいか、ワインがよいか、という話だったのか」


「……どうやら、そうみたいです」


 …………。


 ……ああ。


 私が言っていても、信じられない!


 ケリィ長王が、額に手を当てた。


「……わしの国に伝わる『先祖の名誉を傷つけられた』という記録は……」


「……最初の口喧嘩が、そう伝わったのかもしれませんね」


 私は、慎重に答えた。


 ……うん。


 記録を書いた人が、最初から嘘をついたとは限らない。


 ただ。


 どこかの時代で、大事な部分が抜けてしまったのかな。


     ◇


「……父上」


 ミゲイル王子が、スミノ長王へ声をかけた。


「私は、これを知ることができてよかったと思います」


 …………。


 ……おっ。


 穏やかな声だね。


「……なぜじゃ?」


「私たちは、何があったのか知らないまま、長い間相手を警戒してきました」


 ミゲイル王子は、イリーナ王女へ目を向けた。


「けれど、今なら、同じ出来事を見て話すことができます」


 …………。


 ……ああ。


 そうだね。


 イリーナ王女も、静かに頷いた。


「……どちらの先祖だけが正しかったわけでも、間違っていたわけでもありません」


 ……うん。


 お酒を飲んで。


 余計なことを言って。


 謝る機会を逃して。


 周囲が次々に巻き込まれた。


「……それに」


 私は、そっと口を開いた。


「最初の喧嘩が小さなことだったからって、そのあと実際に傷ついた人たちのことまで軽く考えたくありません」


 …………。


 二人の長王が、こちらを見た。


「……でも、今の皆さんが同じ喧嘩を続ける必要はないと思うんです」


 …………。


 ……うん。


 私に言えるのは、そこまでだね。


     ◇


 スミノ長王が、深く息を吐いた。


「……まったく。わしらは、何に意地を張っておったのじゃろうな」


 …………。


 ……おお。


 長王様が、そんなことを。


 ケリィ長王も、小さく頷いた。


「……先祖の誇りを守るつもりで、先祖の失敗まで守っていたのかもしれん」


 …………。


 ……ああ。


 少し、重たい言葉だね。


 私は、黙って聞いていた。


 すると。


「……スミノ」


 ケリィ長王が、相手の名前を呼んだ。


「……何じゃ?」


「……わしは、ワインが好きじゃ」


 …………。


 ……あっ。


 そこで、ワイン!?


 スミノ長王が、少し目を丸くした。


「……そうか」


「……じゃが、お主が何を飲むかまで、わしが決めることではない」


 …………。


 ……おお。


 そのとおり!


 スミノ長王が、口元を少し緩めた。


「……ふん。わしとて、お主に火酒を飲めとは言わん」


 …………。


 ……うん。


 素晴らしい!


 ……いや。


 最初から、それでよかったんじゃない!?


 私は、何とか心の声を飲み込んだ。


     ◇


「……ケリィ」


 今度は、スミノ長王が相手を見た。


「……何じゃ?」


「わしらの先祖は、酒の好みで喧嘩を始めた」


「……そうじゃな」


「……じゃが、わしらまで同じことをする必要はない」


 …………。


 ケリィ長王が、少しだけ目を細めた。


「……同感じゃ」


 …………。


 ……おお。


 ついに。


 意見が一致した!


「……リアリス殿」


 スミノ長王が、私へ向き直った。


「元の屋敷へ、戻ってもよいか?」


「……あっ。もちろんです!」


 ……うん。


 ここで話し合うより、落ち着いた部屋の方がいいよね。


「……今見たものを踏まえて、ケリィと話したいことがある」


 …………。


 ……おお!


 やった!


 私は、思わず笑顔になった。


「……それなら、戻りましょう!」


 桜花が、周囲をもう一度確認してくれた。


 護衛の方々も、全員揃っている。


 ……よし。


「《転移》」


 次の瞬間。


 私たちは、シルク王国邸の会談室へ戻ってきた。


     ◇


「……お帰りなさいませ」


 巴さんが、静かに頭を下げた。


 …………。


 ……ああ。


 いつもの声だ。


 この人がいるだけで、何だか安心するなぁ。


「巴さん。ただいま」


「ふふ。お茶を淹れ直しましょうか?」


「……うん。お願い!」


 …………。


 私は、長王たちを席へ案内した。


「……今度は、改めて落ち着いてお話ししましょう」


 スミノ長王が、小さく頷いた。


「……うむ」


 ケリィ長王も、腰を下ろした。


「……そうじゃな」


 …………。


 ……あれ。


 さっきまであんなに険悪だったのに。


 今は、普通に向かい合って座ってる。


 ……おお。


 何だか、不思議だね。


 巴さんが、温かい紅茶を運んできた。


 二人の長王が、同時にカップを手に取る。


 …………。


 ……うん。


 今日は、お茶でよかった。


 もし最初からお酒を出していたら。


 ……いや。


 考えるのは、やめよう。


 また、歴史が繰り返されそうだから!



     ◇


「……では、ひとつ確認したい」


 ケリィ長王が、静かに口を開いた。


「先ほどの映像を、国民へどう説明するべきじゃろうか」


 …………。


 ……おっ。


 大事な話だね。


「わしらが『昔の内戦の発端は酒の好みだった』と発表すれば、混乱する者もおるだろう」


 スミノ長王が、頷いた。


「……うむ。先祖の名誉を大切にしてきた者も多い」


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


 私は、少し考えた。


「……すぐに全部を広める必要は、ないと思います」


 …………。


 二人が、こちらを見る。


「まずは、両国の記録を一緒に確かめて、皆さんに説明できる形にするのはどうでしょう」


 ミゲイル王子が、目を輝かせた。


「……共同で歴史を調べる、ということですね」


「そうです」


 イリーナ王女も頷いた。


「……それなら、互いの記録を比べることもできます」


 …………。


 ……ああ。


 この二人、本当に気が合うね。


「《歴史閲覧》で見たことも、必要なら私が立ち会って説明できます。ただし、どう公表するかは両国で決めてください」


 スミノ長王が、深く頷いた。


「……うむ。そうしよう」


 ケリィ長王も、同意した。


 ……よし。


 これなら、いきなり大騒ぎにはならないはず。


     ◇


「……それから、商人の行き来についてじゃが」


 スミノ長王が、卓に置かれた地図を指差した。


「ギーラの金属製品を、シーラへ運ぶ道を整えたい」


 …………。


 ……おっ。


 話が、進んでる!


 ケリィ長王が、静かに頷いた。


「……こちらの魔工設備も、ギーラの工房に役立つだろう」


 ……うん。


 いいね!


「ただし、これまでの取り決めが複雑になっておる。すぐに全部を変えるのは難しい」


 ミゲイル王子が、書類を取り出した。


「……でしたら、まずは商人の通行に関する共同の確認から始めませんか」


 …………。


 ……おっ。


 準備が早い!


 イリーナ王女も、すぐに頷いた。


「……私も賛成です。両国の商人が安心して行き来できる規則を、順番に整えましょう」


 …………。


 ……ああ。


 もう、二人で仕事ができてる。


 私は、思わず微笑んだ。


 ……うん。


 文通で意見を交換していたのが、ちゃんと役に立ってるんだね。


     ◇


「……ミゲイル」


 スミノ長王が、息子へ向き直った。


「そなたは、どうしてそこまで準備が早いのじゃ?」


 …………。


 ……あっ。


 また、その話?


 ミゲイル王子が、少しだけ頬を赤くした。


「……実は、イリーナ殿と手紙で、こうした話も……」


 …………。


 ……おお!


 まだ出てくる、文通の成果!


 イリーナ王女も、少し照れくさそうに微笑んだ。


「……いつか必要になるかもしれないと思って、案だけはまとめておりました」


 …………。


 …………。


 ……ああ。


 これは、すごいね。


 長王たちは、しばらく二人を見つめていた。


 そして。


「……まったく、わしらより先に話を進めておったのか」


 スミノ長王が、苦笑した。


「……どうやら、そうらしいのう」


 ケリィ長王も、小さく笑った。


 …………。


 ……おお。


 笑った!


 しかも、二人とも、同じくらい嬉しそうだ。


 ……ああ。


 親って、こういうときは似てるんだね。


     ◇


 それから、会談は少しずつ具体的なものになっていった。


 商人が安全に行き来できるようにすること。


 不必要な通行の制限を見直すこと。


 両国の職人が技術を交換できる場を設けること。


 歴史の記録について、共同で調べ直すこと。


 そして。


 意見が対立したときは、まず話し合うこと。


 ……うん。


 どれも、当たり前のことに見える。


 でも、長い間仲が悪かった二つの国にとっては、大きな約束なんだろうね。


「……ただし、すぐにすべての制度を変えるわけではない」


 スミノ長王が、念を押した。


「各国の役人や商人とも、相談が必要じゃ」


「……うむ。そのとおり」


 ケリィ長王も、頷いた。


 …………。


 ……ああ。


 ちゃんと、現実的に考えてる。


 私は、嬉しくなった。


「それでいいと思います」


 私は、笑顔で言った。


「少しずつでも、進めていければ」


 …………。


 スミノ長王が、静かに頷いた。


「……うむ」


 ケリィ長王も、小さく笑った。


「……そうじゃな」


     ◇


 ミゲイル王子とイリーナ王女が、話し合った内容を一枚の文書へまとめてくれた。


 ……おお。


 早い!


 しかも、二人で書いているのに、作業がとても自然だ。


「……こちらの表現で、よろしいでしょうか」


 イリーナ王女が尋ねる。


「……はい。ただ、通行については両国の役所で詳しい手続きを決める、と付け加えましょう」


 ミゲイル王子が、静かに答える。


 …………。


 ……ああ。


 すごいなぁ。


 この二人、もう何年も一緒に仕事してきたみたいだ。


 ……いや。


 手紙では、何年も仕事の話をしてたんだよね。


 そう考えると、不思議じゃないのかも。


 私は、少しだけ感心した。


 やがて、文書が完成した。


 名前は、両国の和解に向けた基本合意書。


 ……うん。


 難しい言葉だけど。


 要するに、これからは喧嘩ばかりせず、協力できるところから始めよう、という約束だね。


     ◇


「……スミノ」


 ケリィ長王が、文書を受け取った。


「……何じゃ?」


「……この内容で、異存はあるか?」


 スミノ長王が、しばらく目を通した。


 …………。


 ……おっ。


 真剣な顔だね。


「……わしには、ない」


 …………。


 ……おお!


「……そちらは?」


「……わしにも、ない」


 …………。


 …………。


 ……やった!


 私は、思わず拳を握った。


 ……いや。


 まだ、ここからが大事だ。


 スミノ長王が、文書へ署名した。


 続いて、ケリィ長王も。


 …………。


 ……おおお。


 両方の王様の名前が、同じ紙に書かれた。


 ミゲイル王子とイリーナ王女が、静かにそれを見つめている。


 ……ああ。


 よかった。


 これで、ようやく。


 長い不仲を乗り越えるための、正式な約束ができたんだ。


 私は、二人の長王へ深く頭を下げた。


「……ありがとうございます!」


 スミノ長王が、少しだけ笑った。


「……礼を言うのは、こちらじゃ」


 ケリィ長王も、頷く。


「……長年避けておった話を、やっとすることができた」


 …………。


 ……ああ。


 嬉しいね。


     ◇


「……ただし、リアリス殿」


 スミノ長王が、私を見た。


「……はい?」


「これは、まだ始まりじゃ」


「……もちろんです!」


 私は、すぐに頷いた。


 ……うん。


 二つの国が、今日すぐに一つの国になるわけじゃない。


 何十年も続いてきた制度だって、急には変えられない。


 それに、今まで距離を置いてきた人たちが、明日から全員仲良しになるとも限らない。


 でも。


 話し合いを続けることは、約束できた。


「……これから、少しずつですね」


 私が言うと、ケリィ長王が微笑んだ。


「……うむ。少しずつじゃ」


 ……ああ。


 その言葉が、何だか嬉しかった。


 私は、桜花へ目を向けた。


 桜花も、静かに微笑んでいる。


「……リアリス様。よかったですね」


「……うん!」


 ……ああ。


 本当に、よかった。


     ◇


 そのとき。


「……リアリス殿」


 ミゲイル王子が、少しだけ申し訳なさそうに声をかけた。


「……はい?」


「……ひとつ、お願いがございます」


 …………。


 ……おっ。


 何だろう。


「これまで、イリーナ殿と手紙を交わす際には、いろいろ気を遣っておりました」


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


 親御さんに内緒だったもんね。


「……今後は、隠さずにやり取りしてもよろしいでしょうか」


 …………。


 ……えっ。


 それ、私に聞くこと!?


 私は、思わず二人の長王を見た。


 スミノ長王が、少し呆れたように笑った。


「……わしに聞け、ミゲイル」


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね!


 ケリィ長王も、娘を見た。


「……イリーナ。そなたも、隠さず話すのじゃぞ」


「……はい、父上」


 …………。


 ……おお。


 これなら。


 もう、内緒にしなくていいんだね。


 ミゲイル王子とイリーナ王女が、互いに顔を見合わせた。


 そして、ほっとしたように微笑んだ。


 …………。


 ……あれ。


 何だか、二人とも少し頬が赤いような。


 ……うーん。


 会談が終わって、安心したのかな。


 ……うん。


 きっと、そうだね。


     ◇


 会談が終わる頃には、すっかり午後になっていた。


 ……ああ。


 思った以上に、時間がかかったなぁ。


 でも、無事に終わってよかった。


 私は、長王たちへ声をかけた。


「……お疲れさまでした。よろしければ、少しお菓子を召し上がってからお帰りになりますか?」


 スミノ長王が、目を輝かせた。


「……ほう。菓子か!」


 ケリィ長王も、興味深そうだ。


「……どのようなものじゃ?」


「巴さんが用意してくれた焼き菓子です」


 ……うん。


 せっかくなら、少しだけ休んでいただきたい。


 巴さんが、小さなお皿を運んできた。


 香ばしいクッキー。


 柔らかな焼き菓子。


 それから、果物。


 ……おお。


 おいしそう!


「……お茶も、おかわりをどうぞ」


 巴さんが、にっこり微笑んだ。


 長王たちは、同時にカップを手に取った。


 …………。


 ……ああ。


 さっきまで不仲だった二人が、並んでお菓子を食べてる。


 何だか、ちょっと感慨深いね。


     ◇


「……しかし、ケリィ」


 スミノ長王が、クッキーを食べながら言った。


「……何じゃ?」


「……わしらの先祖は、おかしなことで喧嘩をしたものじゃな」


 …………。


 ……あっ。


 自分で言っちゃった!


 ケリィ長王が、小さく笑った。


「……まったくじゃ」


 …………。


 ……おお。


 二人で笑ってる!


 私は、嬉しくなった。


 ところが。


「……それでも」


 スミノ長王が、ふと思い出したように言った。


「……酒なら、やはり火酒のような強いものがよいと思うがの」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 ちょっと待って!?


 ケリィ長王の眉が、ぴくっと動いた。


「……わしは、赤ワインの方が好みじゃが」


 …………。


 …………。


 ……ああああ!


 また、始まる!?


 私は、慌てて立ち上がりかけた。


 でも。


「……ふん。好きなものを飲めばよい」


 スミノ長王が、あっさり言った。


「……そうじゃな」


 ケリィ長王も、普通に頷いた。


 …………。


 ……おお。


 終わった。


 …………。


 ……あはは。


 よかったぁ!


 同じ会話でも、相手の好みを認めるだけで、こんなに違うんだね。


 私は、思わず笑ってしまった。


     ◇


 帰りの時間になった。


 私は、まずギーラ国の皆さんをお送りすることにした。


「……本日は、ありがとうございました」


 ミゲイル王子が、深く頭を下げた。


「こちらこそ。お二人の文通のお話、聞けてよかったです」


 …………。


 ……あっ。


 つい、言っちゃった。


 ミゲイル王子が、少しだけ頬を赤くした。


「……いえ、その……」


 …………。


 ……うん。


 何だか、照れてるね。


 スミノ長王が、豪快に笑った。


「……はっはっは! これからは、堂々と書けばよい!」


 …………。


 ……おお。


 いいお父さんだなぁ。


 ミゲイル王子は、少し困ったように笑った。


「……はい。父上」


 私は、全員の準備が整ったことを確認した。


「では、ギーラ国へお送りします」


 《転移》。


     ◇


 ギーラ国の王城へ戻ると、スミノ長王が周囲を見回した。


「……あっという間じゃな」


「……あはは。便利でしょう?」


「……うむ。まったく、羨ましい魔法じゃ」


 …………。


 ……おお。


 褒められちゃった。


 私は、もう一度頭を下げた。


「これからも、両国で仲良くできるといいですね」


 長王が、ゆっくり頷いた。


「……うむ。努力しよう」


 ……ああ。


 それなら、安心だ。


 ……いや。


 これから、いろいろ大変なこともあるだろう。


 でも。


 今日の二人なら、きっと話し合えると思う。


 ミゲイル王子も、小さく手を振ってくれた。


「……リアリス殿。また、お会いしましょう」


「はい!」


 ……うん。


 また、会いに来よう。


     ◇


 次に、シーラ国の皆さんをお送りした。


 ケリィ長王は、王城の部屋へ戻ると、少しだけ肩の力を抜いた。


「……今日は、随分と驚かされた」


 …………。


 ……おっ。


 そうだよね。


 《転移》。


 《歴史閲覧》。


 それから、火酒とワイン。


 ……うん。


 どれも、普通の外交訪問では出てこない話だ。


「……私も、驚きました」


 私は、正直に笑った。


 イリーナ王女が、少しだけ微笑んだ。


「……でも、よい一日になりましたね」


「……はい」


 私は、頷いた。


 ……うん。


 最初は、どうなるかと思ったけど。


 最後まで、ちゃんと話せた。


「……それでは、また」


 私が言うと、ケリィ長王が大きく頷いた。


「……世話になった。礼を言う」


「こちらこそ、ありがとうございました!」


 イリーナ王女も、丁寧に一礼してくれた。


「……ミゲイル様にも、よろしくお伝えください」


 …………。


 ……おっ。


 あれ。


 私から伝えるの?


 ……いや。


 これからは、手紙を直接送れるんだったよね!


「……あはは。もう、ご自分でお伝えできるんじゃないですか?」


 イリーナ王女が、一瞬だけ固まった。


 そして。


「……そ、そうですね」


 …………。


 ……あれ。


 また、頬が赤い。


 ……うーん。


 何だろう。


 今日は、みんな少し暑いのかな。


     ◇


 シルク王国邸へ戻った私は、《映像通話》でカバディ王へ報告した。


『……リアリス殿。会談は、どうなった?』


「はい! 無事に、和解へ向けた基本合意がまとまりました!」


 …………。


 画面の向こうで、カバディ王が目を丸くした。


『……本当か!?』


「はい! 両国の長王様が、同じ文書に署名してくださったんです」


 カバディ王が、しばらく黙っていた。


 それから、穏やかに微笑んだ。


『……それは、素晴らしい』


 …………。


 ……ああ。


 よかった。


 ちゃんと、喜んでくれてる。


「ただし、これですぐに全部が変わるわけではありません。今後、両国で少しずつ調整していくそうです」


『……うむ。それで十分だ』


 ……うん。


 私も、そう思う。


『……ところで』


「……はい?」


『何がきっかけで、両国は和解する気になったのだ?』


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 そこ。


 聞きます!?


 私は、少しだけ視線を泳がせた。


「……えっと、その……」


 …………。


 ……どう説明しよう。


 内戦の発端が。


 火酒かワインかの喧嘩だった、なんて。


 …………。


 ……いや。


 確かに、それが事実なんだけど!


「……後日、両国の方々から正式にお話があると思います!」


 私は、慌てて答えた。


 ……うん。


 勝手に広めないって決めたんだからね。


 カバディ王は、少し不思議そうな顔をした。


『……そうか。ならば、待つとしよう』


 …………。


 ……ほっ。


 よかったぁ!


     ◇


 夕方。


 カトレアが、庭で私を待っていた。


「……お父さん!」


「ただいま!」


 私は、しゃがんで小さな体を抱きしめた。


 ……ああ。


 今日も、可愛い!


「……なかなおり、できた?」


 …………。


 ……おっ。


 覚えててくれたんだね。


「うん。これから仲良くしていこうって、約束してくれたよ」


 カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。


「……よかった!」


 …………。


 ……ああ。


 そうだね。


 私は、思わず頭を撫でた。


「……ありがとう、カトレア」


 ……うん。


 今日は、この言葉を聞けただけでも、頑張ってよかったと思う。


 そこへ、巴さんがやって来た。


「リアリスちゃん、お帰りなさい」


「ただいま、巴さん!」


「ふふ。お疲れさま。夕食まで、少し休んだら?」


 …………。


 ……ああ。


 ありがたい。


「……うん。そうするよ」


 私は、庭の椅子へ腰を下ろした。


 ……ふう。


 ようやく、ひと息つけたね。


     ◇


 夜。


 私は、執務室で今日の出来事を振り返っていた。


 ギーラ国。


 シーラ国。


 長い間、不仲だった二つの国。


 それぞれの長王と話して。


 古い歴史を確かめて。


 そして、和解への最初の約束ができた。


 ……ああ。


 よかったなぁ。


 ただし。


 あの真相だけは。


 …………。


 ……うーん。


 何度思い出しても、すごい。


 火酒。


 ワイン。


 …………。


 ……お酒の好みで、内戦にまで発展するなんて。


 ……いや。


 始まりは小さくても、途中でたくさんの人が傷ついた。


 だから、単なる笑い話では終わらせたくない。


 でも。


 今の二国の長王は、同じ話をしても喧嘩しなかった。


 ……うん。


 それなら、未来は変えられるんだね。


 私は、小さく微笑んだ。


 それから、ミゲイル王子とイリーナ王女のことを思い出す。


 ……ああ。


 あの二人、こっそり文通してたんだっけ。


 自分たちの国が仲悪くても、相手のことを知ろうとしていた。


 ……うん。


 それが、今日の会談でちゃんと役に立った。


 ……いいね。


 あの二人なら、これからもきっと仲良くできそう。


 ……いや。


 もしかしたら、仲良し以上だったりして?


 …………。


 ……あはは。


 まさかね!


 私は、静かに窓の外を見た。


 庭には、柔らかな灯りがともっている。


 明日は、カトレアとゆっくり過ごそうかな。


 最近は、いろんな国へ出かけてばかりだったから。


 ……うん。


 たまには、お家でのんびり遊ぶ日も必要だよね。


 ……ああ。


 何をして遊ぼうかな。


 そう考えながら、私は机の上の書類を片づけた。


 ――かつて火酒とワインをめぐる口論から始まった争いは、長い歳月を経て、ようやく和解への道を見つけた。ひそかに文通を続けてきたミゲイルとイリーナも、新しい未来への一歩を踏み出す。二つの国が真に歩み寄れるかどうかは、これからの努力にかかっていた。

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