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第1話:二つのドワーフ国を訪ねて

 翌朝。


 シルク王国邸の食堂で、私は焼きたてのパンを食べていた。


 ……ああ。


 おいしい。


 昨日は獣人国に七つ目の屋敷ができた。


 菖蒲とキャッツさんも迎えて、また家族が賑やかになったね。


 ……うん。


 いいことだ。


 ただ。


 あのライオネス王が、濃紺のスーツ姿で巨大な猫じゃらしを振り回していた光景だけは、まだ頭から離れない。


 …………。


 ……ぷっ。


 ……ああ。


 駄目だ。


 思い出すたびに、笑っちゃう!


「……お父さん?」


 カトレアが、首を傾げた。


「……どうしたの?」


「……あはは。昨日のライオンさんのことを考えてたんだ」


「……ライオンさん、たのしかった!」


 ……うん。


 そうだね。


 それからカトレアは、ぱっと顔を明るくした。


「……キャッツおねえちゃんも、ふわふわ!」


 …………。


 ……おっ。


 今日も、猫の話だね。


 よほど嬉しかったんだなぁ。


 私は、笑顔で頷いた。


「また会いに行こうね」


「……うん!」


 ……ああ。


 可愛い。


 ……と、そのとき。


 食堂の入口から、じっとこちらを見つめる視線。


 …………。


 ……あれ。


 小さな熊がいる。


 モフ太だ。


 体長五十センチの姿で、カトレアを見つめている。


 ……うん。


 今日も、ふわふわ。


 でも。


 ……何だか、目つきが鋭いなぁ。


「……モフ太?」


「……はい」


 返事は、いつもどおり。


 ただし、カトレアが「キャッツおねえちゃん」と言うたび、耳がぴくっと動く。


 …………。


 ……ああ。


 まだ、ライバル視してるんだ。


 昨日あんなに抱きしめてもらったのに!


「……モフ太も、だいすき!」


 カトレアが小さな熊を抱きしめる。


 モフ太は、満足そうに目を細めた。


 ……よかったね。


 すると。


「……次は負けません」


 …………。


 ……えっ。


 まだ、勝負するつもりなの!?


 何を競うのかは、いまだに分からない。


 ……いや。


 これは、あまり深く考えないでおこう。


     ◇


「リアリスちゃん」


 巴さんが、温かいスープを持ってきた。


「今日はドワーフの国に行くのね?」


「うん。まずはカバディ王に、二国分の紹介状をお願いするつもりだよ」


「二つの国を回るの?」


「そう。ギーラ国と、シーラ国」


 私は、小さな地図を広げた。


 北西大陸。


 山地に広がるギーラ国。


 森林と海岸のあるシーラ国。


 どちらもドワーフが中心の国だけど、それぞれ独立している。


 ……うん。


 隣り合った、二つの国なんだね。


「……ドワーフさんって、どんな人?」


 カトレアが地図を覗き込んだ。


「背が低くて、力持ちの人が多いみたいだよ」


「……わたしと、おなじくらい?」


「……うーん。もう少し大きい人もいると思うよ」


 ……あっ。


 そういえば。


 背丈は低くても、鍛冶仕事で体を鍛えている人が多いんだった。


 ……おお。


 どんな鍛冶道具があるんだろう。


 少し楽しみだね。


「……お父さん、おしごと?」


「うん。今日は王様へご挨拶する予定なんだ」


「……じゃあ、おるすばん!」


 ……ああ。


 偉いね。


「ありがとう。お土産を探してくるよ」


 カトレアが、嬉しそうに頷いた。


 ……うん。


 何がいいかな。


 鍛冶の国だから。


 ……いや。


 さすがに、大きな金槌はお土産に向かないよね。


     ◇


 朝食のあと、《映像通話》でシルク王城へ連絡した。


 画面に映ったのは、いつものカバディ王だった。


『……おお、リアリス殿』


「おはようございます、国王さん!」


『今度は、どこへ出かけるのだ?』


 …………。


 ……えっ。


 まだ何も言ってないんだけど!


「……あはは。実は、ドワーフの国へ……」


『……やはりな』


 …………。


 ……おお。


 読まれてる!


「ギーラ国とシーラ国の長王様に、正式にご挨拶したいと思ってまして」


 私がそう言うと、カバディ王の表情が少し変わった。


『……二国とも、か』


「……はい?」


『詳しいことは、直接話そう。一度、王城へ来てくれぬか』


 …………。


 ……おっ。


 何だろう。


 ちょっと真面目な声だ。


「分かりました。桜花と一緒に伺います」


     ◇


 シルク王城では、カバディ王と宰相のミキサーさんが待っていた。


 机の上には北西大陸の地図。


 ……うん。


 ちゃんと準備してくれてたんだね。


「……リアリス殿。ドワーフの二国について、少し話しておこう」


「お願いします」


 ミキサーさんが地図の上を指した。


「こちらがギーラ国。首都はガルドバ。山地の採掘と武器製造が盛んです」


「……はい」


「そして、こちらがシーラ国。首都はバルドバ。兵器や金属加工の技術に長けています」


 ……うん。


 似ているところもあるけど、得意分野は違うんだね。


「……ただし」


 ミキサーさんの声が、少しだけ低くなった。


「両国は、古くからよい関係とは申せません」


 …………。


 ……あれ。


「……仲が悪いんですか?」


「はい。昔は同じ土地から生まれた国家なのですが、長い間、わだかまりを抱えております」


 ……うーん。


 長い間、かぁ。


「……それって、今も戦争してるんですか?」


 私が尋ねると、ミキサーさんが首を振った。


「いえ。現在、交戦はしておりません」


 …………。


 ……ほっ。


 よかった。


「ですが、互いの関係は冷えたままです。商人の往来も、以前ほど活発ではありません」


 ……ああ。


 そういうことか。


 戦争中ではない。


 でも、仲直りもできていない。


 ……うん。


 それって、なかなか難しい話だね。


     ◇


「……実はな、リアリス殿」


 カバディ王が、静かに口を開いた。


「両国の長王と話す機会があるなら、ひとつ頼みたいことがある」


「……はい?」


「もし双方が望むなら、話し合いの場を作る手助けをしてもらえぬだろうか」


 …………。


 ……おっ。


「……和平のお手伝い、ですか?」


「そうだ。ただし、戦争を止めるという意味ではない。関係を改善するきっかけを作りたいのだ」


 …………。


 ……なるほど。


 私は、少し考えた。


 ……うーん。


 両国がなぜ不仲なのか、私はまだ知らない。


 どちらが正しいかも分からない。


 そんな状態で『仲直りしてください!』って言っても、困るだけだよね。


「……まず、両方の長王様のお話を聞いてみたいです」


 私は、正直に答えた。


「そのうえで、両国が望むならお手伝いします。でも、無理に仲直りさせることはしません」


 カバディ王が、穏やかに頷いた。


「……うむ。それでよい」


 ミキサーさんも、少し微笑んだ。


「互いの国の主権を尊重していただければ、それが何よりでございます」


 ……うん。


 そうだね。


 私の《想像魔法》は便利だけど。


 国と国の気持ちまで、勝手に作ることはできないんだから。


     ◇


 ミキサーさんが、二通の書状を差し出した。


 一通は、ギーラ国の長王宛て。


 もう一通は、シーラ国の長王宛てだ。


 どちらにも、シルク王国の王印が押されている。


 ……おお。


 今回も立派だね。


「紹介状には、リアリス様が友好を望まれていることを記しました」


「ありがとうございます!」


「取り決めの内容は、現地でそれぞれの長王と直接ご相談ください」


「はい。もちろんです」


 ……うん。


 片方へだけ有利な条件を押しつけるつもりはない。


 どちらとも、きちんと話そう。


「……ところで、長王って『ちょうおう』って読むんですよね?」


「はい。両国とも、古くからその称号を用いております」


 …………。


 ……おお。


 よかった。


 ずっと気になってたんだよね。


 初対面で読み方を間違えたら、恥ずかしいもん。


「……よし。覚えました!」


 カバディ王が、少しだけ笑った。


「そなたは、いつも妙なところで真面目だな」


 …………。


 ……えっ。


 そうかな?


 私は、思わず首を傾げた。


     ◇


 王城を出る前に、カバディ王が声をかけてきた。


「……リアリス殿」


「はい?」


「今回こそ、普通の訪問で済むとよいな」


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり、それ言います!?


「……あはは。私も、そう願ってます!」


 …………。


 ……うん。


 今回は、神様の落とし物もなければ、国宝泥棒もいない。


 ……たぶん。


 いや。


 何だろう。


 こうして考えると、また何か起きそうで怖いなぁ。


 私は、慌てて首を振った。


 普通に挨拶して、帰ってこよう。


 ……うん。


 きっと、大丈夫!


     ◇


 私は桜花と一緒にシルク王国邸へ戻り、北西大陸の地図を確かめた。


 最初は、ギーラ国。


 首都ガルドバ。


 山に囲まれた、鍛冶の盛んな都市だ。


 ……うん。


 門へ続く街道も確認できた。


「……桜花。まずは町の外へ《転移》しよう」


「かしこまりました」


「それから、きちんと入国して長王様へご挨拶しようね」


「はい、リアリス様」


 私は《サーチ》で移動先の周囲を確認した。


 人も魔獣もいない場所。


 街道から少し離れた、開けた岩場。


 ……よし。


「《転移》」


 次の瞬間。


 景色が、がらりと変わった。


 …………。


 ……おお。


 山。


 岩。


 その奥にも、山。


 …………。


 ……本当に、山だらけ!


 遠くには、煙を上げる建物がいくつも見えている。


 金属を打つような、かすかな音も聞こえた。


 ……ああ。


 あそこが、ガルドバなんだね。

     ◇


 ガルドバへ続く街道を、私と桜花は並んで歩いていた。


 ……うん。


 すごい。


 遠くからも、金属を叩く音が聞こえてくる。


 かんっ。


 かんっ。


 それから、時々、もっと大きな音。


 ……おお。


 町全体が鍛冶場みたいだね。


 街道を行き交う荷車には、鉱石らしい荷物が積まれていた。


 引いているのは、がっしりした小柄な人たち。


 ……あっ。


 ドワーフだ!


 背丈は低いけど、腕が太い。


 それに、肩幅も広い。


 ……うん。


 カトレアと同じくらいの背の人でも、力強さが全然違う。


「……リアリス様」


 桜花が、静かに声をかけた。


「……皆、働き者のようでございますね」


「本当だね」


 荷車を引く人。


 荷物を積み直す人。


 道端で金属の道具を確認している人。


 誰もが、てきぱき動いている。


 ……ああ。


 私も、もう少し働かないと駄目かなぁ。


 ……いや。


 家族とゆっくり暮らすために、私は頑張ってるんだよね!


 ……うん。


 きっと、これでいい!


     ◇


 首都ガルドバの門へ近づくと、頑丈そうな石の城壁が見えてきた。


 ……おお。


 分厚い!


 獣都ヴォルグリムの城壁も大きかったけど、こちらは少し雰囲気が違う。


 高いというより、ずっしりしている。


 大きな石を隙間なく積み重ねたみたいだ。


 ……うん。


 まさに、職人の国。


 門の前には、小柄な兵士さんが二人立っていた。


 ただし。


 背丈は私よりずっと低いのに、持っている斧が大きい。


 …………。


 ……おお。


 腕力、すごそう!


「……止まれ。入国の目的を聞こう」


 兵士さんの声も、なかなか低い。


「こんにちは。私はリアリスと申します。こちらは桜花です」


 桜花が、一礼する。


「桜花と申します」


「シルク王国から来ました。ギーラ国の長王様に、正式にご挨拶したいんです」


 私は、封をした書状を示した。


「こちらは、カバディ国王からの紹介状です」


 …………。


 兵士さんが、目を丸くした。


「……シルク王からの?」


「はい。王城へ取り次いでいただけると嬉しいです」


 ……うん。


 いつもの流れだね。


 ただし、今日は二国のうち最初の一国。


 変な誤解を生まないよう、慎重に話そう。


     ◇


 兵士さんは、書状の王印を確かめてから、もう一人へ声をかけた。


「城へ知らせてこい」


「承知!」


 …………。


 ……おお。


 動きが速い。


 私は、門の脇で待つことにした。


 その間にも、鉱石を積んだ荷車が次々と通っていく。


 大きな車輪。


 丈夫な荷台。


 そして、積んである鉱石の量。


 ……うーん。


 あれ、私だったら《収納》に入れちゃうんだけどね。


 ……いや。


 みんなが《収納》を使えるわけじゃないからこそ、こうして工夫しているんだ。


 それを見ていると、何だか面白い。


「……リアリス様」


 桜花が、何かに気づいたように言った。


「……あちらの荷車は、車輪の金具が工夫されているようです」


「……おっ、本当?」


 私は、よく見てみた。


 金属の輪が、木の車輪をしっかり補強している。


 ……なるほど。


 重い荷物を運ぶためなんだね。


 そうして眺めているうちに、使いの兵士さんが戻ってきた。


「お待たせした。長王陛下が、使者をお迎えするとのことだ」


 …………。


 ……おお!


「ありがとうございます!」


     ◇


 ガルドバの大通りには、鍛冶の匂いが漂っていた。


 鉄。


 炭。


 熱い石。


 ……うん。


 なんだか、独特だね。


 町のあちこちから、金槌の音がする。


 通りには鍛冶道具の店。


 刃物の店。


 金属製の食器を並べた店。


 ……おお。


 すごいなぁ。


「……こちらは、職人通りだ」


 案内役の兵士さんが教えてくれた。


「王都では、武器の製造が盛んだからな」


「……皆さん、すごい技術ですね」


 私が言うと、兵士さんは少し誇らしそうに胸を張った。


「当然だ。ここでは子どもの頃から金属に親しむ者が多い」


 …………。


 ……おお。


 そうなんだ。


 カトレアが小さい頃から花を育てるのが好きなのと、ちょっと似てるかな。


 私は、店先に飾られた剣を眺めた。


 ……あれ。


 刃の模様が、細かい。


 一本ずつ、違うんだね。


 ……うん。


 あとで、ゆっくり見てみたいなぁ。


     ◇


 通りを曲がると、立派な建物が見えてきた。


 石を組み上げた、どっしりした王城。


 背が高いわけではない。


 でも、壁も柱も、ものすごく頑丈そうだ。


 ……おお。


 これ、地震が来てもびくともしなさそう。


 ……いや。


 この世界の地震がどれくらいあるかは、知らないんだけどね。


 城の入口で、別の兵士さんが私たちを迎えてくれた。


「シルク王国のリアリス殿だな」


「はい。よろしくお願いします」


「長王陛下がお待ちだ。こちらへ」


 ……うん。


 いい感じ。


 ただ。


 廊下の高さが、ちょっと低い。


 私でも歩けるけど、頭をぶつけないようにしないと。


「……桜花。気をつけてね」


「……はい。リアリス様こそ」


 …………。


 ……あっ。


 私の方が背が高いもんね。


 そうだよね。


 私は、少しだけ身をかがめた。


 ……うーん。


 自分より小柄な人たちの国では、こういう違いもあるんだね。


     ◇


 謁見の間には、長い卓と、いくつかの椅子が並んでいた。


 その奥。


 大きな椅子に、一人のドワーフが座っている。


 赤茶色の髪。


 長く編まれた、独特の髪型。


 がっしりした腕。


 ……おお。


 これは、迫力あるね。


 背は低い。


 でも、妙に存在感がある。


 私は、ゆっくり前へ進んだ。


「初めまして。シルク王国から参りました、リアリスと申します」


 頭を下げる。


「こちらは桜花です」


「桜花と申します。お目にかかれて光栄に存じます」


 ……うん。


 丁寧に。


 最初のご挨拶は、大切だ。


 すると。


「……おお!」


 低く、よく通る声が響いた。


「わしがギーラ国の長王、スミノ・ギーラ八世じゃ!」


 …………。


 ……おお。


 元気な人だ!


「遠いシルクから、よう来たな!」


「お招きいただき、ありがとうございます」


 私は、笑顔で答えた。


 ……ああ。


 いい感じ。


 ライオネス王ほど大声ではないけど、力強い話し方だね。


     ◇


「カバディ王の書状は読ませてもろうた」


 スミノ長王が、封書を机の上へ置いた。


「魔族との和平まで成し遂げた男だそうじゃな」


 …………。


 ……あっ。


 また、その話。


「……あはは。私は、きっかけを作っただけですよ」


「それができぬ者の方が多い」


 長王が、ふっと笑った。


 …………。


 ……おっ。


 思ったより、落ち着いた返事。


「わしらは鍛冶は得意じゃが、政治となると面倒が多くてな」


 …………。


 ……ああ。


 そうなんだね。


「お主が何を求めて来たか、まず聞かせてもらおう」


 ……うん。


 そうだよね。


 私は、あらかじめ考えておいたことを話した。


 争いを望まないこと。


 家族と自由に暮らしたいこと。


 国の決まりを尊重すること。


 そして、いずれはドワーフの二国の間にも、一つの家を建てられたらと考えていること。


「……ただし、勝手に土地を使ったり、政治に口を出したりするつもりはありません」


 スミノ長王は、腕を組んだ。


「……ほう。家を一軒、とな」


「はい。できれば、お店も一緒に」


 …………。


 ……あっ。


 またお店が増えちゃう。


 でも、これは家族のためだからね。


     ◇


「……お主は、ずいぶん欲の少ない男じゃな」


 スミノ長王が、少し不思議そうに言った。


「……そうでしょうか?」


「カバディ王の書状には、強大な魔法を使うとあった。それだけの力があれば、領地や爵位を欲しがる者もおるだろう」


 …………。


 ……うーん。


 そういうものなのかなぁ。


 私は、少し考えた。


「……私は、家族と一緒に、おいしいご飯を食べたり、のんびりしたりできれば十分です」


 長王は、しばらく私を見ていた。


 そして。


「……はっはっは!」


 …………。


 ……おっ。


 笑った!


「よい! わしは、そういう者は嫌いではない!」


 ……ああ。


 ありがたい。


 私は、少しほっとした。


「……ただし」


 スミノ長王の目が、少しだけ鋭くなった。


「力を持つ者ほど、他人の自由を軽んじてはならぬぞ」


 …………。


 ……うん。


 そうだね。


 私は、しっかり頷いた。


「はい。気をつけます」


 ……ああ。


 この人も、王様なんだね。


 ただ強いだけじゃなくて、ちゃんと国のことを考えている。


     ◇


 長王の隣に、一人の若いドワーフが立っていた。


 短い赤色の髪。


 父親より少し背が高いけど、やっぱり小柄だ。


 ……うん。


 それに、父親より顔つきが柔らかい。


「……父上」


 若い男性が、静かに口を開いた。


「友好の取り決めを確認する前に、私からも一つ伺ってよろしいでしょうか」


「うむ。ミゲイル、聞いてみよ」


 …………。


 ……おっ。


 ミゲイル?


 初めて聞く名前だね。


 その男性が、私へ頭を下げた。


「初めまして。長王スミノの息子、ミゲイル・ギーラ九世と申します」


 …………。


 ……おお。


 王子様!


「初めまして。リアリスです」


 私も頭を下げた。


 ミゲイル王子は、穏やかに続けた。


「リアリス殿は、武器の製造に興味がおありですか?」


 …………。


 ……おっ。


 武器?


「そうですね。私は鍛冶の専門家ではありませんけど、職人さんの技術は見てみたいです」


「……なるほど」


「……それと、実際に使う人のことを考えて作られた道具って、素敵だと思います」


 ミゲイル王子の表情が、少し柔らかくなった。


「……ありがとうございます」


 ……うん。


 この人、鍛冶が好きなのかな。


 いや。


 政治も鍛冶も詳しいって、さっき長王が言ってたっけ。


「……機会があれば、ぜひ工房もご案内したいですね」


「ぜひお願いします!」


 ……おお。


 楽しみが増えた!


     ◇


 それから、友好の取り決めについて具体的に話し合った。


 互いに友好的な関係を保つこと。


 正当な理由なく干渉しないこと。


 この国の法を尊重したうえで、住む場所を自由に選べること。


 家族や関係者の行動を、不当に制限しないこと。


 ……うん。


 これまでの国々と、同じような内容だね。


 私は、一つずつ確認してから頷いた。


「……私も、その条件でお願いします」


 スミノ長王が、力強く頷いた。


「うむ! わしにも異存はない!」


 …………。


 ……おお。


 よかった!


 ミゲイル王子が、文官さんへ合図する。


 書類が整えられ、正式な記録として残されることになった。


 ……うん。


 これでギーラ国とも、友好の取り決めができた。


「ありがとうございます。これから、よろしくお願いします!」


「こちらこそじゃ!」


 長王が、大きな手を差し出した。


 私は、その手を握った。


 …………。


 ……おお。


 ごつごつしてる!


 これ、長年鍛冶仕事をしてきた人の手なのかな。


 ……ああ。


 いかにもドワーフの長王って感じだね。

     ◇


 取り決めが済むと、スミノ長王が私たちを城の奥へ案内してくれた。


「せっかく来たのじゃ。少し、わしらの国も見ていくとよい」


「ありがとうございます!」


 ……おお。


 これは、嬉しい。


 王城の裏手には、いくつもの建物が並んでいた。


 それぞれの煙突から、白い煙が上がっている。


 ……うん。


 鍛冶場だね。


 扉を開けると、熱気が顔に当たった。


 ……おおっ。


 暑い!


 中では、ドワーフの職人さんたちが金属を打っていた。


 真っ赤に熱された鉄。


 力強く振り下ろされる金槌。


 水へ入れたときに上がる蒸気。


 ……ああ。


 ものすごい迫力だなぁ。


「……リアリス殿」


 ミゲイル王子が、少しだけ声を上げた。


「こちらの工房では、兵士たちが使う剣や防具を製造しています」


「……おお。全部、この国で作ってるんですか?」


「はい。材料の多くも、山で採れたものです」


 ……すごいね。


 私は、一振りの剣を眺めた。


 刃が真っ直ぐ。


 柄も、しっかりした作り。


 ……うん。


 見ただけで、丁寧に作られているのが分かる。


「……桜花」


「はい、リアリス様」


「……綺麗な剣だね」


「……はい。とてもよく鍛えられているようでございます」


 …………。


 ……おっ。


 桜花も褒めた!


 あの桜花が、剣の出来を褒めるなんて。


 私は、少し嬉しくなった。


     ◇


 スミノ長王の目が、桜花の腰にある刀へ向いた。


「……ほう。そちらの娘も、刃物を扱うのか」


「はい。桜花は剣術が得意なんです」


 ……うん。


 得意、なんて程度じゃないんだけどね。


 桜花の強さは、もう規格外だから。


 長王は、刀の形をじっと見ていた。


「……その細い刃。わしらの剣とは、ずいぶん違うな」


 …………。


 ……おっ。


 気になるんだ。


「刀といいます。私の故郷にあった武器を参考にしたんです」


「……刀、か」


 スミノ長王が、低い声で繰り返す。


 ミゲイル王子も、興味深そうだった。


「……刃の形も、柄の作りも独特ですね」


 ……うん。


 やっぱり、鍛冶の国だね。


 皆、武器のことになると目つきが変わる。


「……差し支えなければ、いつか詳しく見せてもらえぬか?」


 長王が尋ねた。


 ……あっ。


 研究したいんだね。


「桜花の大事な武器なので、お預けするわけにはいきませんけど、見ていただく機会なら作れると思います」


 スミノ長王が、大きく頷いた。


「うむ! それで十分じゃ!」


 …………。


 ……おお。


 嬉しそう。


 ……ああ。


 この人、本当に鍛冶が好きなんだね。


     ◇


 工房を出ると、ミゲイル王子が少し離れた通路へ案内してくれた。


 窓から、山々が見える。


 ……うん。


 いい眺め。


「……リアリス殿」


 王子が、静かに話し始めた。


「父上は、武器のことになると時間を忘れてしまうのです」


「……あはは。そうみたいですね」


 私は、小さく笑った。


「でも、楽しそうでいいと思います」


「……ありがとうございます」


 …………。


 ……あれ。


 王子の顔が、少し曇ったような。


「……ただ、最近は国の仕事でも考えることが多くて」


 …………。


 ……おっ。


 そうなんだ。


「……何か、心配事でも?」


 ミゲイル王子は、しばらく黙っていた。


 それから、窓の向こうを見た。


「……隣国のことです」


 …………。


 ……ああ。


 シーラ国。


「……カバディ王から、少しお聞きしました」


 私がそう言うと、ミゲイル王子は静かに頷いた。


「……今は、戦争をしているわけではありません」


「……はい」


「ですが、往来が少ないままでは、両国の人々が不便をします」


 …………。


 ……うん。


 それは、そうだね。


 物を作っても、売りに行ける場所が限られる。


 商人さんたちだって、困る。


「……王子様は、関係をよくしたいんですか?」


 私が尋ねると、ミゲイル王子が少し驚いた顔をした。


「……ええ。できることなら」


 …………。


 ……おお。


 そうなんだ。


 私は、ちょっと嬉しくなった。


「そう思っている人がいるなら、希望はありますよね」


「……そうでしょうか」


「少なくとも、最初から諦めるよりは」


 王子は、少し考えた。


 そして。


「……ありがとうございます」


 柔らかく微笑んだ。


 ……うん。


 よかった。


     ◇


 スミノ長王のもとへ戻ると、ちょうど昼食の準備が進んでいた。


 大きな卓。


 厚い皿。


 焼いた肉と、野菜の煮込み。


 ……おお。


 おいしそう!


「遠慮なく食べるがよい!」


「ありがとうございます!」


 私は、席へついた。


 ……うん。


 どこの国の食事も、楽しみだなぁ。


 ところが。


 卓の端には、ずいぶん大きな金属製の杯が並んでいた。


 …………。


 ……おっ。


 あれは、お酒かな。


 ドワーフは、お酒が好きって聞いてるもんね。


 でも、私は今からお仕事だし。


 あまり飲まない方がいいよね。


「……リアリス殿。何か飲むか?」


 長王が尋ねた。


「……お水か、お茶をいただけると嬉しいです」


 …………。


 少しの沈黙。


 長王が、目を丸くした。


「……酒は飲まぬのか?」


「飲めないわけじゃないんですが、まだお仕事がありますから」


 …………。


 ……うん。


 それに、もし酔っ払って変なことを言ったら困る。


 獣人国では、素面でも非常食なんて言っちゃったしね。


 ……ああ。


 もう、あんな失言はしたくない!


「……はっはっは! 堅実な男じゃな!」


 長王が、大きく笑った。


 ……ほっ。


 怒られなくてよかった。


     ◇


 昼食を終え、私はスミノ長王へ改めて尋ねた。


「……あの、シーラ国のことなんですが」


 長王の表情が、少しだけ変わった。


 …………。


 ……うん。


 やっぱり、この話は気になるんだね。


「……何じゃ?」


「私は、これからシーラ国へも正式にご挨拶しようと思っています」


「……ふむ」


「……それで、もし失礼でなければ。両国の関係について、お話を聞かせてもらえませんか?」


 長王は、しばらく黙っていた。


 ……あっ。


 もしかして、聞かない方がよかったかな。


 でも。


 知らないまま誰かの味方になるよりは、ちゃんと聞いておきたい。


「……昔からのわだかまりじゃ」


 スミノ長王が、ゆっくり言った。


「わしが生まれるより、ずっと前から続いておる」


 …………。


 ……おお。


 そんなに昔の話なんだね。


「……それは、なぜですか?」


「……原因は、昔の記録にも残っておるはずなのじゃがな」


 長王が、少し苦い顔をした。


「互いに都合のよい話ばかり伝わっておる。わしにも、どこから信じればよいのか分からん」


 …………。


 ……えっ。


 そこまで、曖昧なんだ。


 私は、少し考えた。


 ……うーん。


 長い歴史の中で、話が変わっちゃったのかな。


 でも、ここで勝手な推理をするのはよそう。


「……今は、戦争になっていないんですよね?」


「……うむ。兵をぶつけ合ってはおらん」


 …………。


 ……よかった。


「では、もしシーラ国の長王様も望むなら、話し合いの機会を作ってみませんか?」


 私は、できるだけ穏やかに言った。


 スミノ長王が、私をじっと見る。


     ◇


「……お主が、間に立つというのか?」


「もし、お役に立てるなら」


 …………。


 ……うん。


 私にできるのは、話を聞くことくらいだと思う。


 もちろん、いざとなれば《転移》で移動することもできる。


 でも、相手の気持ちまで魔法でどうにかするつもりはない。


「ただし、無理に何かを約束していただく必要はありません」


 私は、続けた。


「一度、お互いの話を聞くだけでもいいと思うんです」


 スミノ長王は、腕を組んだ。


 …………。


 ……うーん。


 さすがに、簡単には決まらないかな。


 少しの沈黙。


「……シーラのケリィが、同じ席につくというなら」


 …………。


 ……おっ。


 条件つきだけど。


 可能性がある!


「……わしも、話すだけなら構わん」


 …………。


 ……おお!


「ありがとうございます!」


 私は、思わず頭を下げた。


 長王は、まだ少し難しい顔をしている。


「……ただし、わしらの主張を曲げると約束したわけではないぞ」


「はい。それで十分です」


 ……うん。


 最初の一歩だね。


 それだけでも、大切だと思う。


     ◇


 城を出る前に、ミゲイル王子が声をかけてきた。


「……リアリス殿」


「はい?」


「本日は、ありがとうございました」


「いえいえ。こちらこそ、工房まで見せていただいて」


 王子が、少しだけ微笑んだ。


「……父上が、あれほどすぐに話し合いを認めるとは思いませんでした」


「……そうなんですか?」


「はい。少なくとも、今までは」


 …………。


 ……ああ。


 根深い問題なんだろうね。


「でも、私が何とかできるとは限りませんよ」


 私は、正直に言った。


「シーラ国の長王様が、嫌だと仰るかもしれませんし」


「……それでも」


 ミゲイル王子が、真っ直ぐこちらを見た。


「話す機会ができるなら、嬉しく思います」


 …………。


 ……ああ。


 いい王子様だなぁ。


「分かりました。ちゃんと、お話を聞いてきますね」


「……よろしくお願いいたします」


 ……うん。


 こうして、一国目のご挨拶は終わった。


 あとは、シーラ国。


 ……ああ。


 向こうの長王様も、話してくれるといいな。


     ◇


 ガルドバの城門を出る頃には、夕方が近づいていた。


 町の鍛冶場からは、まだ金属を叩く音が聞こえる。


 ……うん。


 本当に、よく働く人たちだね。


「……リアリス様」


 桜花が、私へ声をかけた。


「……スミノ長王は、誠実なお方のようでございましたね」


「うん。最初はちょっと怖そうだったけど」


 私は、笑った。


「話してみたら、ちゃんとこちらの意見も聞いてくれた」


 ……ああ。


 よかったなぁ。


「それに、ミゲイル王子も優しそうな人だったね」


「……はい」


 ……うん。


 今回も、いい出会いができた。


 ただし、これはまだ半分。


「……桜花。明日は、シーラ国へ行こう」


「かしこまりました」


 ……よし。


 次は、もう一人の長王様だ!

     ◇


 翌朝。


 私は、シルク王国邸の食堂で、昨日のことを巴さんに話していた。


「……ギーラ国の長王様は、鍛冶のことが大好きな方だったよ」


「ふふ。そうなのね」


「工房まで見せてもらって、ものすごく楽しかった!」


 ……うん。


 あれは、本当にすごかった。


 真っ赤になった鉄。


 響く金槌の音。


 職人さんたちの手際。


 ……ああ。


 私の《建築》とは、また違うすごさがあるよね。


「……お父さん」


 カトレアが、スープを一口飲んでから顔を上げた。


「……おみやげは?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった!


「……ごめん。昨日は、お話が長くなっちゃって」


 カトレアが、小さく瞬きをした。


「……おしごと?」


「うん。だから、今日は何か探してくるね」


 …………。


 ……おお。


 頷いてくれた。


「……お父さん、がんばって!」


 ……ああ。


 可愛い!


「ありがとう!」


 私は、思わず頭を撫でた。


 ……うん。


 今日も、頑張ろう。


 ただし。


 仕事は仕事。


 お土産は、お土産。


 ……あれ。


 どちらが重要なんだろう。


 ……いや!


 どっちも大事!


     ◇


「……リアリスちゃん」


 巴さんが、少しだけ真面目な顔になった。


「昨日の話を聞いて、気になったことがあるの」


「……はい?」


「ドワーフの二つの国は、今は戦争をしていないのよね?」


「うん。そこは、ミキサーさんにも確認したよ」


「そう。だったら、どちらの国でも、相手を悪く言う話に乗らないようにね」


 …………。


 ……おお。


 なるほど。


 それ、大切だね。


「はい。気をつけます」


「ふふ。リアリスちゃんは、人の話を素直に聞きすぎることがあるから」


 …………。


 ……あっ。


 そうかな。


 いや。


 自分でも、そう思うときはあるけど。


「……両方の話を聞いてから考えるようにするよ」


「それなら安心ね」


 ……うん。


 お母さんからの注意は、やっぱり大切だ。


 私は、桜花へ向き直った。


「……桜花。今日も、一緒にお願いね」


「もちろんでございます、リアリス様」


 ……よし。


 それじゃ、出発しよう!


     ◇


 シーラ国の首都は、バルドバ。


 ギーラ国のガルドバに、少し似た名前だ。


 ……うん。


 間違えないようにしよう。


 ガルドバ。


 バルドバ。


 …………。


 ……あれ。


 声に出すと、結構似てるなぁ。


 ……いや。


 大丈夫。


 ギーラがガルドバ。


 シーラがバルドバ。


 ……よし。


 覚えた!


 私は《サーチ》で移動先を確かめた。


 今度も、首都の外。


 街道の近くで、人や魔獣がいない場所を選ぶ。


「《転移》」


 ……ふわっ。


 景色が切り替わる。


 …………。


 ……おお!


 昨日とは、空気が違う!


 目の前には木々。


 少し離れたところに、広い街道。


 風には、かすかに潮のような匂いが混ざっている。


 ……うん。


 ギーラ国が山の国なら、こちらは森と海の国なんだね。


「……桜花」


「はい、リアリス様」


「何だか、昨日とはずいぶん違うね」


「……はい。景色も、空気も」


 ……ああ。


 隣り合っていても、こんなに違うんだ。


 これも、旅の楽しみだなぁ。


     ◇


 バルドバの城門は、ガルドバよりも少し開放的な作りだった。


 ……うん。


 でも、もちろん頑丈だ。


 門の両脇には、金属で補強された大きな柱。


 その上には、何かの仕掛けが見える。


 …………。


 ……おっ。


 あれ、何だろう。


 巨大な弓みたいなもの?


 ……ああ。


 兵器を作る国だから、城の防備も独特なんだね。


「……止まれ」


 門番さんが、私たちへ声をかけた。


「用件を聞こう」


「こんにちは。私はシルク王国から来たリアリスです。こちらは桜花です」


 桜花が、静かに頭を下げた。


 私は、《収納》から書状を取り出す。


「シルク王国のカバディ国王から、こちらの長王様への紹介状を預かってきました」


 …………。


 門番さんの顔つきが、少し変わった。


「……王からの紹介状か」


「はい。正式にご挨拶できればと思いまして」


 ……うん。


 昨日と同じ。


 手続きを守ろう。


 門番さんは、仲間へ連絡した。


 私たちは、その場で返事を待つことにした。


     ◇


 待っている間、私は城門の上にある仕掛けを眺めていた。


 ……うーん。


 大きな弓、というか。


 金属の部品をいくつも組み合わせている。


 ……おお。


 どう動くんだろう。


 《想像魔法》で便利な道具を作れる私でも、職人さんの工夫を見るのは面白い。


「……リアリス様」


 桜花が、静かに言った。


「……あちらの装置は、城壁の防御用かと存じます」


「……やっぱり?」


「……はい」


 ……うん。


 ギーラ国が剣や防具なら、シーラ国はこうした大きな仕掛けが得意なのかな。


 ……ああ。


 どっちの技術も、大切なんだろうね。


 しばらくすると、門番さんの仲間が戻ってきた。


「長王陛下から、お通しするようにとの返事があった」


「ありがとうございます!」


 ……よし。


 これで、シーラ国にも正式に入国できる。


     ◇


 バルドバの町を歩くと、ギーラ国との違いがさらに分かってきた。


 道は、やや広い。


 建物には木材も多く使われている。


 そして、店先には金属で作られた不思議な道具が並んでいた。


 ……おお。


 何だろう、あれ。


 歯車がたくさん付いている。


 こっちは、金属の管。


 あちらには、大きな釜のようなもの。


 ……うん。


 見ているだけで、わくわくするね。


「……こちらは、魔工製品の職人通りだ」


 案内役の兵士さんが教えてくれた。


「魔法を使う仕掛けや、金属の装置を作る者が多い」


「……おお。魔法と機械を組み合わせるんですね」


「そういうものもある」


 ……ああ。


 なるほど。


 ギーラ国が鍛え上げた剣を大切にするなら。


 シーラ国は、仕組みを作るのが好きなのかな。


 ……いや。


 もちろん、どちらにもいろんな職人さんがいるはずだけど。


 私は、立ち止まりそうになるのを我慢して、兵士さんについていった。


 ……うん。


 見学は、後のお楽しみにしよう。


     ◇


 王城は、町の少し高い場所に建っていた。


 石と木材を組み合わせた、堅牢な建物。


 窓の上には、細かな金属の装飾が付いている。


 ……ああ。


 こちらも、職人の国らしいなぁ。


 中へ入ると、通路のあちこちに歯車を使った仕掛けがあった。


 扉の開閉を助ける装置。


 荷物を上へ運ぶための仕組み。


 ……おお。


 こういうの、面白い!


 私は、つい見入ってしまった。


「……リアリス様」


 桜花が、そっと声をかけた。


「……謁見の間は、あちらでございます」


 …………。


 ……あっ。


 また、見学に夢中になってた!


「……ごめん、桜花」


「……ふふ」


 ……うん。


 ちゃんとご挨拶してから、ゆっくり見よう。


     ◇


 案内された部屋には、ギーラ国で見たのと同じくらい小柄で、がっしりしたドワーフがいた。


 髪は、青みを帯びた茶色。


 長く編まれた独特の髪型。


 しっかりした腕。


 ……うん。


 いかにも職人って感じだね。


 ただし、表情はかなり真面目。


 最初から、こちらをじっと見ている。


「……シルク王国から参りました、リアリスと申します」


 私は、丁寧に一礼した。


「こちらは、桜花です」


「桜花と申します。よろしくお願いいたします」


 ……うん。


 まずは、いつもの挨拶。


 すると。


「……わしがシーラ国の長王、ケリィ・シーラ八世じゃ」


 低い声が返ってきた。


「遠路、ご苦労だったな」


「お招きいただき、ありがとうございます」


 私は、笑顔で答えた。


 …………。


 ……おっ。


 スミノ長王とは、ちょっと雰囲気が違うね。


 あちらは豪快。


 こちらは、少し慎重。


 でも、どちらも仕事ができそうだ。


     ◇


「……カバディ王の書状は、確かに受け取った」


 ケリィ長王が、書類を机の上に置いた。


「お主が、他国との友好を望んでおることも読んだ」


「はい」


 ……うん。


 今度も、ちゃんと自分の言葉で話そう。


「私は、家族と安心して暮らしたいだけなんです」


 私は、落ち着いて説明した。


「国の政治に口を出したり、領地を欲しがったりするつもりはありません」


 ケリィ長王が、ゆっくり頷く。


「……ふむ」


「できれば、シーラ国とも友好的に行き来できるようにしたいと思っています」


「……それは、悪い話ではないな」


 …………。


 ……おっ。


 よかった。


「ただし、我が国の決まりは守ってもらうぞ」


「もちろんです」


 私は、すぐに答えた。


 ……うん。


 どこの国でも、それは同じだ。


 自由というのは、好き勝手に他人の迷惑をかけていいという意味じゃないからね。


「……うむ。分かっておるようじゃな」


 長王の表情が、ほんの少し柔らかくなった。


     ◇


 そのとき。


「……父上」


 横から、落ち着いた女性の声がした。


 ……おっ。


 誰だろう。


 振り返ると、橙色の長い髪をした小柄な女性が立っていた。


 細身だけど、よく鍛えられた体つき。


 ……うん。


 背丈は百十センチくらいかな。


 でも、姿勢がよくて、堂々としている。


「お話の途中、失礼いたします」


 女性が、私へ丁寧に頭を下げた。


「私はイリーナ・シーラと申します。長王ケリィの娘です」


 …………。


 ……おお。


 王女様!


「初めまして。リアリスです」


 私も、頭を下げた。


 イリーナ王女は、穏やかに微笑んだ。


「……シルク王国から、ようこそお越しくださいました」


 ……ああ。


 礼儀正しい人だね。


 私は、少し緊張がほぐれた。


     ◇


「……イリーナ」


 ケリィ長王が、娘へ目を向けた。


「何か、意見があるのか?」


「……はい」


 イリーナ王女が、ゆっくり頷いた。


「リアリス様が望まれているのは、友好と自由な往来でございますね」


「はい。そのつもりです」


 王女は、書類を確かめた。


「それでしたら、互いの国の法を尊重することを明確にしたうえで、取り決めを結ぶのがよいかと思います」


 …………。


 ……おお。


 分かりやすい。


 それに。


 この人も、ちゃんと政治のことを考えてるんだね。


 ケリィ長王が、少しだけ目を細めた。


「……うむ。わしも同じ考えじゃ」


 …………。


 ……あっ。


 親子で、話が合ってる。


 いいなぁ。


「ありがとうございます。私も、それでお願いしたいです」


 私は、笑顔で答えた。


     ◇


 こうして、シーラ国でも正式な取り決めを話し合った。


 互いに友好的な関係を保つこと。


 必要以上に干渉しないこと。


 法を尊重しながら、暮らす場所を自由に選べること。


 家族や関係者の自由を、不当に制限しないこと。


 ……うん。


 ギーラ国とも、だいたい同じ内容だ。


 私は、書類を一つずつ確かめた。


 ケリィ長王も、慎重に目を通している。


 ……おっ。


 この人、細かいところまで確認するんだね。


「……リアリス殿」


「はい?」


「一つ、確認したい」


 …………。


 ……おっ。


 何だろう。


「もし、我が国と他国の間で意見が対立した場合、お主はどちらに立つ?」


 …………。


 ……ああ。


 これは、大切な質問だ。


 私は、少し考えた。


「……どちらが正しいかも分からないのに、最初からどちらかの味方になることはしません」


 長王が、じっと私を見る。


「……まず、双方の話を聞きたいです」


 …………。


 ……うん。


 カバディ王に話したのと、同じ気持ちだ。


「私は、誰かを支配したいわけじゃないので」


 少しの沈黙。


 やがて、ケリィ長王が頷いた。


「……なるほど。筋は通っておるな」


 …………。


 ……ほっ。


 よかった。


     ◇


「……それなら、わしにも異存はない」


 ケリィ長王が、書類へ印を押した。


 …………。


 ……おお!


 これで。


 シーラ国とも、友好の取り決めができた!


「ありがとうございます!」


 私は、深く頭を下げた。


 イリーナ王女も、微笑んでくれた。


「……これから、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 ……うん。


 嬉しいね。


 ギーラ国。


 シーラ国。


 どちらとも正式に友好の約束ができた。


 ……ああ。


 二国を訪ねて、よかった。


 ただし。


 まだ、ひとつ大切な話が残っている。


 ……そう。


 二国の関係のことだ。


 私は、ほんの少しだけ背筋を伸ばした。

     ◇


「……ケリィ長王様」


「……何じゃ?」


 私は、少しだけ声を落とした。


「ギーラ国とのことについて、お話を聞かせてもらってもいいでしょうか」


 …………。


 その瞬間。


 部屋の空気が、ほんの少し変わった。


 …………。


 ……うっ。


 やっぱり、あまり触れてほしくない話かな。


 でも。


 知らないまま、勝手に何かを決めるつもりはない。


「……カバディ王から、両国は昔から不仲だと聞きました」


 私は、ゆっくり続けた。


「ただ、今は戦争していないとも聞いています」


 ケリィ長王が、静かに頷いた。


「……そのとおりじゃ」


 ……うん。


 やっぱり、間違いないんだね。


「……私が口を出せることではないかもしれません。でも、どうしてそんなに仲が悪いのか、気になりまして」


 長王は、しばらく黙っていた。


 ……あれ。


 やっぱり、怒らせちゃったかな。


 そのとき。


「……リアリス様」


 イリーナ王女が、静かに口を開いた。


「私から、少しお話ししてもよろしいでしょうか」


「……はい。お願いします」


     ◇


「……我が国とギーラ国は、長い間、別々の道を歩んできました」


 イリーナ王女は、穏やかな声で話し始めた。


「以前は同じ土地で暮らしていた人々も、今ではそれぞれの国に家族と仕事を持っています」


 ……うん。


 そうだよね。


「しかし、長く続いたわだかまりのために、互いの国を訪ねることをためらう者もおります」


 …………。


 ……ああ。


 それは、ちょっと寂しいね。


「……王女様は、行き来できた方がいいと思いますか?」


 私が尋ねると、イリーナ様は真っ直ぐ頷いた。


「……はい」


 …………。


 ……おっ。


 迷わなかったね。


「今は、戦争をしておりません。それなのに、人々が顔を合わせることさえ避けるのは、残念に思います」


 ……ああ。


 いい言葉だなぁ。


 私は、思わず頷いた。


「……そうですね。私も、そう思います」


 すると。


「……イリーナ」


 ケリィ長王が、少しだけ苦い顔をした。


「……言うほど簡単なことではないぞ」


「……はい、父上。それは承知しております」


 …………。


 ……うん。


 親子でも、少し考え方が違うんだね。


 でも、どちらも国のことを考えてる。


 そこは、同じなのかもしれない。


     ◇


「……実は、先にギーラ国のスミノ長王様にもお会いしてきました」


 私がそう言うと、ケリィ長王が眉を寄せた。


「……スミノに?」


「はい。ギーラ国とも、正式に友好の取り決めを結んできました」


 …………。


 少しの沈黙。


「……そうか」


 …………。


 ……うん。


 あまり嬉しそうじゃないね。


 でも、私は続けた。


「それから、もしシーラ国も望むなら、一度話し合いの場を作れないかと相談したんです」


 ケリィ長王が、私をじっと見た。


「……奴は、何と言った?」


 …………。


 ……おっ。


 すぐに反応した。


「……シーラ国の長王様が同じ席につくなら、話すだけなら構わないと」


 ケリィ長王が、目を見開いた。


 …………。


 ……あれ。


 そんなに意外?


「……スミノが、そう言ったのか」


「はい」


 …………。


 長王は、腕を組んだ。


 それから、しばらく何も言わなかった。


 ……うーん。


 難しいかなぁ。


 そのとき。


「……父上」


 イリーナ王女が、静かに声をかけた。


「一度、お話を聞くだけでもよいのではありませんか」


 ケリィ長王が、娘を見る。


「……お主は、そう思うか」


「はい。まずは、互いの言葉を直接聞くことから始めたいのです」


 …………。


 ……うん。


 ミゲイル王子も、似たことを言ってたね。


 ……ああ。


 どちらの国にも、同じ気持ちの人がいるんだ。


     ◇


「……ケリィ長王様」


 私は、少しだけ姿勢を正した。


「無理に仲直りしてほしい、と言うつもりはありません」


 …………。


 長王が、こちらを見る。


「……ただ、一度話してみませんか?」


「……話すだけ、か」


「はい。相手の話を聞いて、それから決めてもいいと思うんです」


 …………。


 少しの沈黙。


 私は、続けた。


「今のままでも、戦争は起きていない。でも、お互いに不便だと思うことがあるなら、変えていけるかもしれません」


 ……うん。


 私が言えるのは、そこまでだね。


「……私は、二国とも素敵なところだと思いました」


 私は、笑顔になった。


「ギーラ国では、剣や防具を作る職人さんたちが頑張っていて。シーラ国では、いろんな仕掛けや魔工製品を作る人たちがいます」


 ケリィ長王が、ほんの少し目を細めた。


「……ほう」


「どちらも、すごい技術です。争わずに行き来できたら、きっと面白いと思うんですよね」


 …………。


 ……あっ。


 何だか、私の個人的な感想になっちゃった。


 でも、本当にそう思うんだ。


 どっちの国にも、優れた人たちがいる。


 それなら、仲がいい方が楽しいよね。


     ◇


 ケリィ長王は、長い間考えていた。


 ……うん。


 急がなくていい。


 この国のことは、この国の人が決めるものだから。


 やがて。


「……分かった」


 …………。


 ……おっ。


 長王が、静かに頷いた。


「……一度、話すだけなら構わん」


 …………。


 ……おおお!


 やった!


「……ありがとうございます!」


 私は、思わず頭を下げた。


 ただし、長王は指を一本立てた。


「……条件がある」


「……はい?」


「どちらかの国だけが、有利になる場にはせぬことじゃ」


 …………。


 ……ああ。


 そうだね。


 私は、すぐに頷いた。


「もちろんです。できれば、中立の場所を考えたいです」


「……ふむ」


 …………。


 ……よし。


 そこまで話せたなら、一歩前進だね。


     ◇


 私は、二人へある提案をした。


「……それなら、私の家を使いませんか?」


 …………。


 ケリィ長王が、少し首を傾げた。


「……お主の家?」


「はい。シルク王国の王都近くに、私の屋敷があるんです」


 ……うん。


 あそこなら、どちらの国の領地でもない。


 しかも、家族が暮らしている場所だから、私はよく知っている。


 ……いや。


 普通にお茶を飲むには、ちょっと大きすぎる家なんだけどね。


「……カバディ王にも、お借りしてよいか確認します」


 私は、続けた。


「双方の長王様のご都合がよければ、そちらでお話しできると思います」


 イリーナ王女が、少しだけ微笑んだ。


「……それなら、私たちも落ち着いて話せるかもしれませんね」


 ……ああ。


 そうだといいな。


「移動については、私の《転移》でお手伝いできます。もちろん、必要な護衛の方もご一緒に」


 ケリィ長王が、少し考えた。


「……わしらが、シルクへ行くのか」


「はい。無理であれば、別の場所を探します」


 …………。


 長王が、腕を組む。


「……分かった。詳しい日時は、改めて調整しよう」


 …………。


 ……おお!


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 これで、ギーラ国とシーラ国の長王が、同じ席につく可能性ができた。


 まだ、和平が決まったわけじゃない。


 でも。


 最初の一歩だね。


     ◇


 謁見のあと、イリーナ王女が私たちを城の外まで案内してくれた。


 途中の通路には、いくつもの金属製の仕掛けがあった。


 ……ああ。


 やっぱり、面白いなぁ。


「……リアリス様」


 王女が、小さく声をかけた。


「はい?」


「……父上の話を聞いてくださり、ありがとうございました」


「いえいえ。まだ、何も解決してませんよ」


 私は、苦笑した。


「でも、ちゃんと話す機会ができたら嬉しいですね」


 イリーナ王女が、頷く。


「……私も、そう思います」


 …………。


 ……ああ。


 いい王女様だね。


 私は、少しだけ考えた。


 ギーラ国のミゲイル王子。


 シーラ国のイリーナ王女。


 ……うん。


 どちらも、同じように民の暮らしを考えているんだ。


 そのことだけでも、希望がある気がする。


「……いつか、もっと自由に行き来できるようになったらいいですね」


 私が言うと、イリーナ王女が小さく微笑んだ。


「……はい」


 ……うん。


 今日は、いい話ができたね。


     ◇


 城を出たあと、私と桜花はバルドバの通りを少しだけ歩いた。


 ……うん。


 昨日のガルドバとは、やっぱり違う。


 細かな金属部品を並べた店。


 手作りの道具を扱う店。


 それから、綺麗な木箱を売る店。


 ……おっ。


 これ、可愛い!


 私は、つい足を止めた。


 木箱の蓋には、小さな花の模様が彫られていた。


 開くと、内側には柔らかい布が敷いてある。


 ……ああ。


 カトレアのお気に入りの小物を入れるのによさそう。


「……桜花」


「はい、リアリス様」


「これ、カトレアへのお土産にどうかな」


 桜花が、そっと覗き込んだ。


「……きっとお喜びになるかと存じます」


 ……うん。


 じゃあ、決まり!


 私は、店主さんに代金を払って木箱を受け取った。


 ……ああ。


 よかった。


 これで、お土産の約束も守れるね。


     ◇


 少し人通りが落ち着いたところで、私は地図を確かめた。


 ギーラ国。


 シーラ国。


 ……うん。


 二つの国を、ちゃんと訪問できた。


 それぞれの長王様と友好の取り決めを結んだ。


 そして。


 両方の長王様が、話し合いの席につくことを考えてくれた。


 …………。


 ……ああ。


 思ったより、順調かもしれない。


 でも。


「……桜花」


「はい、リアリス様」


「……何で二国がこんなに仲悪いのか、まだ分からないんだよね」


 桜花が、静かに頷いた。


「……長い歴史の中で、理由が複雑になっているのかもしれません」


「……うん」


 …………。


 そうだよね。


 昔の話が、今まで伝わっている。


 でも、どこまでが本当なのか分からない。


 ……あっ。


 そういえば。


 私には《歴史閲覧》があるじゃないか。


 …………。


 ……おお。


 もしかして、それで何か分かるかもしれない?


 ただし。


 いきなり勝手に調べて、誰かの秘密を暴くのもよくない。


 まずは両国の人たちから、歴史を確かめてよいか聞くべきだろう。


 ……うん。


 順番は大事だね。


     ◇


 シルク王国邸へ戻ると、私は《映像通話》でカバディ王へ連絡した。


『……リアリス殿。両国へのご挨拶は、どうであった?』


「はい! どちらとも、友好の取り決めができました!」


 カバディ王が、嬉しそうに微笑んだ。


『……それはよかった』


「それから、もう一つご報告がありまして」


 ……うん。


 こちらが、今回の大事な話。


「ギーラ国のスミノ長王も、シーラ国のケリィ長王も、話し合いの席につくことを考えてくださったんです」


 …………。


 画面の向こうで、カバディ王が一瞬だけ固まった。


『……本当か?』


「はい!」


 私は、頷いた。


「それで、もし問題なければ、シルク王国邸でお二人をお迎えしたいんですが……」


 カバディ王は、少し考えてから頷いた。


『……なるほど。そなたの屋敷なら、両国から見て中立の場所になるな』


「そうなんです」


『……よかろう。両国の長王が正式に来訪するのであれば、必要な連絡は整えておこう』


 …………。


 ……おお!


「ありがとうございます!」


 ……ああ。


 よかった。


 これで、場所の問題も少し進んだね。


『……ただし、リアリス殿』


「はい?」


『国同士のわだかまりは、無理に解こうとしても解けるものではない。そなたも、焦らぬようにな』


 …………。


 ……うん。


 そうだね。


「はい。まずは、ちゃんと話してもらえるようにします」


 ……うん。


 結果がどうなるかは、まだ分からない。


 でも、それでいい。


     ◇


 次に、私は《映像通話》でギーラ国へ連絡した。


 スミノ長王は、工房で金属の部品を確かめているところだった。


 …………。


 ……あっ。


 また、鍛冶のお仕事!


『……おお、リアリス殿!』


「こんにちは、スミノ長王様」


『シーラへは、行ってきたのか?』


「はい。ケリィ長王様にも、お会いできました」


 スミノ長王が、手を止める。


『……それで、奴は何と?』


 …………。


 ……うん。


 やっぱり、気になってるんだね。


「話し合いの席につくことは、考えてくださるそうです」


 …………。


 少しの沈黙。


『……そうか』


 …………。


 ……おっ。


 少しだけ、驚いたみたい。


「場所は、シルク王国にある私の屋敷を考えています。カバディ王にも、了承をいただきました」


 スミノ長王が、腕を組んだ。


『……なるほど。どちらの領地でもない場所か』


「はい。お互いに安心できるようにしたくて」


 …………。


 しばらくして。


『……うむ。分かった。日時を決めたら、知らせてくれ』


 …………。


 ……おお!


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 これで、ギーラ国側の確認も進んだ。


     ◇


 シーラ国のケリィ長王にも、同じ内容を伝えた。


 最初は少し慎重な様子だったけど。


『……スミノも了承したのか』


「はい。私の屋敷を使うことで、考えていただけるそうです」


『……そうか』


 …………。


 ……うん。


 こちらも、少し驚いてるみたい。


「護衛の方もご一緒にお越しいただいて大丈夫です。お話しするだけなら、何も危険はないと思います」


 ケリィ長王が、少し考えた。


『……分かった。こちらも、日時の調整に入ろう』


 …………。


 ……やった!


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 これで、二国が同じ席につくための準備ができそう。


 私にできることは、もう少しある。


 お茶を用意して。


 席を整えて。


 それから、必要なら過去のことを確かめる。


 ……うん。


 焦らず、進めよう。


     ◇


 夕食のあと。


 カトレアは、私が持ち帰った小さな木箱を嬉しそうに眺めていた。


「……お父さん、これ、お花!」


「うん。蓋に花の模様が彫ってあるんだよ」


「……かわいい!」


 …………。


 ……ああ。


 喜んでもらえて、よかった。


 カトレアは、木箱をそっと開いた。


「……何いれようかな」


「カトレアの大事なものを入れたらいいんじゃない?」


「……うん!」


 ……ああ。


 何だか、見ているだけで嬉しくなるね。


 私は、食堂の窓から夜の庭を眺めた。


 明日は、ドワーフの二つの国と、もう少し深い話をすることになるかもしれない。


 ……うん。


 大切な会談だ。


 でも。


 あまり難しく考えすぎても、仕方ないよね。


 みんなが落ち着いて、ちゃんと話せるように。


 それが、まず一番だと思う。


「……リアリスちゃん」


 巴さんが、温かいお茶を置いてくれた。


「明日は、お客様がいらっしゃるのね?」


「うん。二つの国の長王様たちを、お迎えする予定なんだ」


 巴さんが、にっこり微笑んだ。


「それなら、みんながゆっくり話せるように、お茶とお菓子を用意しましょうね」


 …………。


 ……ああ。


 頼もしいなぁ。


「ありがとう、巴さん」


「ふふ。お話が長くなるなら、夕食も必要かしら」


 …………。


 ……おっ。


 そうだね。


 でも。


「……まずは、お茶くらいからでいいと思う」


 私は、苦笑した。


「仲直りできるかどうかも、まだ分からないから」


 巴さんが、柔らかく微笑む。


「……そうね。まずは、お互いにお話ししてもらいましょう」


 ……うん。


 それが、一番だ。


 ――ギーラ国とシーラ国、それぞれの長王との友好の取り決めは成立した。長く不仲だった二つの国が、ようやく同じ席につこうとしている。リアリスはその歴史に隠された本当の理由を、まだ知らないのだった。

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