第6話:キャッツと猫じゃらし
翌朝。
私は、シルク王国邸の食堂で、珍しく早めに朝食を済ませていた。
……うん。
今日も、いい天気だね。
窓の外では、小鳥が鳴いている。
カトレアは巴さんと一緒に、焼きたてのパンへジャムを塗っていた。
……ああ。
平和だなぁ。
昨日は獣人国へ正式にご挨拶に行って、ライオネス獣王と友好の取り決めを結んできた。
それから、ラビリンス宰相に失礼なことを言ってしまって。
……うん。
あれは、忘れたい。
でも、忘れちゃいけない。
反省するためにも。
…………。
……非常食。
……いや!
もう考えるの、やめよう!
「……お父さん?」
カトレアが、私の顔を覗き込んだ。
「……へんな顔」
…………。
……えっ。
そんなに顔に出てた!?
「……あはは。昨日、ちょっと失敗したのを思い出してね」
「……しっぱい?」
「うん。人に失礼なことを言っちゃったんだ」
カトレアは、少し考えた。
「……ごめんなさい、した?」
「うん。ちゃんと謝ったよ」
「……なら、よかった!」
…………。
……ああ。
可愛い。
それに、正しい。
謝ったから全部帳消しになるわけじゃないけど、謝らないよりはずっといい。
「……お父さん、きょうも獣人の国?」
「うん。今日は、新しいお家を建てる場所を見に行く予定なんだ」
…………。
カトレアの目が、ぱっと輝いた。
「……ねこさんの国!」
「そうそう」
「……ねこさん、会える?」
…………。
……おっ。
昨日から、ずっと楽しみにしてたんだね。
私は、微笑んだ。
「どうかな。お仕事のあとなら、町を案内してもらえるかもしれないよ」
「……ほんと!?」
「うん。もし会えたら、ちゃんと挨拶しようね」
「……こんにちは、って!」
……うん。
偉い偉い。
私は、カトレアの頭を撫でた。
◇
「……リアリスちゃん」
巴さんが、温かいお茶を持ってきてくれた。
「今日は、お城の方と土地の相談をするのね?」
「うん。昨日ラビリンスさんが地図を見せてくれて、候補地をいくつか用意してくれてるんだ」
「そう。それなら、ちゃんと見てから決めるのよ」
「……はい!」
…………。
……ああ。
いつものお母さんだ。
巴さんは、少しだけ微笑んだ。
「それとね」
「……はい?」
「昨日の兎の宰相さんには、もう失礼なことを言わないようにね」
…………。
……うっ。
見透かされている!
「もちろんだよ!」
「ふふ。それなら、いいわ」
……うん。
今回は、ちゃんと考えてから喋ろう。
……あっ。
そういえば。
昨日、ラビリンスさんは人参を多めに使った焼き菓子が好きだって言ってたよね。
……うーん。
何か、お詫びのお土産でも持っていこうかな。
ただ、昨日は何度も謝って、もう許してもらっている。
だから、あんまり重たい贈り物にはしたくない。
……あっ。
そうだ。
人参多めのキャロットケーキなんて、どうだろう。
地球にいた頃、食べたことがある。
人参の甘さと、ふわっとした生地。
上にクリームを少し乗せるのもいいね。
でも、今回は人参をたっぷり入れよう。
……うん。
あの宰相さんなら、喜んでくれるかもしれない。
「……巴さん」
「なあに?」
「人参をたくさん使ったケーキって、作れる?」
巴さんが、少し目を丸くした。
「もちろん作れるけど……誰かへのお土産?」
「うん。ラビリンスさんに。お詫びも兼ねて」
…………。
巴さんが、にっこり微笑んだ。
「……それは、いい考えね」
……おお。
褒められた!
「じゃあ、人参多めのキャロットケーキをお願いしてもいい?」
「ふふ。任せなさい」
……ああ。
頼もしい。
本当に、巴さんの料理なら間違いないからね。
◇
「……リアリス様」
桜花が、私の隣に立った。
「……ラビリンス様のお土産は、決まりましたね」
「うん。今度こそ、喜んでもらえるものを持っていきたいな」
「……では、獣王陛下には、何かご用意なさいますか?」
…………。
……あっ。
獣王様にも?
そうだよね。
ラビリンスさんだけにお土産を渡すのも、ちょっと不公平かな。
……うーん。
ライオネス王。
大きなたてがみ。
がっしりした体。
昨日は、王様らしい立派な衣装を着ていた。
……あれ。
ちょっと待って。
あの大きなライオンの顔に。
地球の、きっちりしたスーツ。
…………。
…………。
……ぷっ。
……あっ。
面白そう!
いやいや。
贈り物なんだから、笑っちゃ駄目だよね。
でも。
あの大きな獣王様が、日本の会社員みたいなスーツを着ているところ……。
…………。
……ふふっ。
「……リアリス様?」
桜花が、静かに私を見る。
「……えっと、スーツをあげようかなって」
「……すーつ、でございますか?」
「地球の服なんだ。きちんとした場で着る、上下揃いの服だよ」
…………。
桜花は、少しだけ考えてから頷いた。
「……ライオネス陛下にも、似合いそうでございますね」
…………。
……あっ。
そうなの?
「うん! 私も、そう思って!」
……いや。
本音は『面白そうだから』なんだけど。
…………。
……あれ?
本当に似合うかもしれないね。
私は、獣王様の立派なたてがみを思い浮かべた。
……よし。
ちゃんと体形に合わせて作ろう。
◇
《取り寄せ》で、まずは参考になるスーツを用意した。
黒に近い濃紺のジャケット。
同じ生地のズボン。
白いシャツ。
落ち着いた色のネクタイ。
それから、立派な靴。
……うん。
これを獣王様の体格に合わせる。
ただし。
あの人、顔がライオンなんだよね。
首元には、立派なたてがみがある。
普通のシャツだと、襟が窮屈になりそう。
肩幅も大きい。
腕も太い。
足の形だって、人間とは違うかもしれない。
……ああ。
ただサイズを大きくすればいいわけじゃないんだ。
私は、ライオネス王の昨日の姿を思い出して、細部を調整したものを《取り寄せ》で用意した。
……よし。
これなら、ちゃんと着られるはず。
大きな箱へ丁寧に収め、包装する。
……おお。
立派な贈り物になったね。
私は、完成した箱を見つめた。
……うーん。
でも。
やっぱり。
あのライオンの顔にネクタイって、面白そうだなぁ。
…………。
……いや!
失礼なことを考えるのは、今日で最後にしよう!
◇
巴さんが、焼き上がったケーキを見せてくれた。
「……リアリスちゃん、これでどうかしら?」
…………。
……おおお!
すごい!
丸いケーキの表面に、真っ白なクリーム。
切り分けると、しっとりした生地の中に細かな人参がたっぷり入っている。
……ああ。
いい匂い。
「……巴さん、すごいね!」
「ふふ。味見をしてみる?」
「いいの!?」
「もちろんよ。お客様にお渡しするものですから」
私は、小さく切り分けてもらった一口を食べた。
…………。
……おっ。
これは。
甘い!
でも、人参の味もちゃんとする。
ふわっとしていて、少ししっとり。
……ああ。
おいしいなぁ。
人参が苦手な人でも食べられそう。
……いや。
ラビリンスさんは人参が好きなんだから、そこは考えなくていいんだけど!
「……これ、きっと喜んでくれるよ!」
巴さんが、嬉しそうに微笑んだ。
「それならよかったわ」
私は、きちんと箱へ詰めてもらい、《収納》へしまった。
……うん。
保管中に崩れる心配もない。
あとは、届けるだけだ。
「巴さん、本当にありがとう!」
「ふふ。今度は、言葉にも気をつけるのよ」
「……はい!」
…………。
……うん。
今日は、失言しない。
絶対に。
◇
朝食と準備を終え、私は桜花と一緒に獣都ヴォルグリムへ向かった。
《サーチ》で人のいない場所を確かめ、《転移》で城壁の外に移動する。
……うん。
昨日と同じ景色だ。
広い街道。
高い城壁。
獣人の人たちが行き交う門。
……ああ。
今日も賑やかだね。
門番さんも、私たちのことを覚えてくれていた。
「リアリス殿。今日も王城へ?」
「はい。昨日のお約束で」
「話は来ている。どうぞ、通ってくれ」
……おお。
助かるね!
「ありがとうございます!」
私と桜花は、獣都の大通りへ入った。
肉を焼く香ばしい匂い。
荷車を引く大柄な獣人さん。
店先で話す小柄な獣人さん。
……うん。
昨日より、少しだけ落ち着いて見られる。
……あっ。
猫の顔をした人もいる。
耳が、ぴくっと動いた。
…………。
……おお。
可愛い。
……いや。
じろじろ見たら失礼だね。
気をつけよう。
◇
王城へ入ると、ラビリンスさんが迎えてくれた。
「……おはようございます、リアリス様」
「おはようございます、ラビリンスさん!」
……よし。
最初から、名前で呼べた!
ラビリンスさんの耳が、小さく揺れた。
「……本日は、きちんと覚えておいでですね」
…………。
……あっ。
やっぱり、気にしてた!
「……昨日は、本当にすみませんでした」
「……もう謝罪は受け入れております。お気になさらず」
……ああ。
優しいなぁ。
……いや。
そのわりには、耳が少し立ってる気がするけど。
「……ところで、今日、お土産を持ってきたんです」
私は、《収納》から二つの箱を取り出した。
大きな、細長い箱。
それから、お菓子の入った小さな箱。
「これは、ラビリンスさんに」
小さい方を差し出す。
……うん。
お土産を渡すなら、先に相手の許可を得るのが礼儀だよね。
「……よろしければ、受け取っていただけませんか?」
ラビリンスさんが、少し驚いた顔をした。
「……私に、ですか?」
「はい。昨日いろいろお世話になったので」
私は、微笑んだ。
「巴さんが作ってくれた、人参多めのキャロットケーキです」
…………。
…………。
……おっ。
ラビリンスさんの動きが。
止まった。
…………。
……あれ?
聞こえなかったかな。
◇
「……にんじん、多め……」
ラビリンスさんが、小さく繰り返した。
「はい。人参をかなりたっぷり使ったんです」
…………。
ラビリンスさんの長い耳が、ぴん、と立った。
次に、ほんの少し前へ傾く。
…………。
……ん?
何だろう。
今、ものすごく嬉しそうな気配が……。
「……ありがたく、頂戴いたします」
声は、いつもどおり落ち着いている。
でも、箱を受け取る両手が、いつもより丁寧なような。
……ああ。
もしかして。
かなり、喜んでくれてる?
「……お口に合うといいんですが」
「……人参を多く使っていらっしゃるのですね」
「はい。巴さんが、味も調整してくれました」
「……そうですか」
…………。
……うん。
落ち着いてる。
顔は、ほとんど変わってない。
ただ。
耳が、またぴくっと動いた。
…………。
……ああ。
これ、絶対喜んでる!
「よかったら、あとで召し上がってください」
「……はい。昼の休憩に、ぜひ」
…………。
……おっ。
すぐ食べる予定を立ててる!
私は、思わず笑いそうになった。
……いや。
今日は、笑っちゃ駄目。
ちゃんと、お土産を受け取ってもらえたんだからね!
◇
「……もう一つの箱は、陛下へのお土産ですか?」
ラビリンスさんが尋ねた。
「はい。ライオネス王に、すごく似合うと思って」
…………。
……うん。
建前は、それでいこう。
本当は、あの立派なライオンの顔に日本風のスーツを着てもらったら面白そうだと思っただけなんだけどね!
……いや。
もちろん、ちゃんと似合うように作ったよ。
たてがみを邪魔しない襟。
太い腕に合わせた袖。
堂々とした肩幅。
足や尻尾の形にも配慮してある。
《取り寄せ》で、獣王様専用の特大サイズを用意したんだ。
「……それは、興味深いですね」
ラビリンスさんが、小さく頷く。
……おお。
宰相さんも楽しみにしてくれるのかな。
私たちは応接室へ案内された。
◇
「がっはっは! よく来たな、リアリス!」
ライオネス王は、今日も元気だった。
相変わらず大きい。
立派なたてがみ。
がっしりした体。
…………。
……うん。
この人がスーツを着たら、きっと……。
…………。
……ぷっ。
「……リアリス?」
「……い、いえ! 何でもありません!」
……危ない。
まだ何もしてないのに、笑いそうになっちゃった。
「今日は、お土産を持ってきたんです」
「ほう! 儂にか!」
「はい。すごく似合うと思ったので!」
私は、大きな箱を差し出した。
ライオネス王は、豪快に笑いながら箱を開ける。
「……何だ、これは?」
「スーツという服です。私の故郷では、正式な場でも着る服でして」
王様が、濃紺のジャケットを取り出した。
……おお。
やっぱり大きい!
「これは、儂の体に合わせてあるのか?」
「はい。たてがみが窮屈にならないようにしてあります」
「がっはっは! 面白い!」
…………。
……おっ。
喜んでくれたみたい。
「着てみてもよいか?」
「もちろんです!」
…………。
……やった!
ついに、スーツ姿が見られる!
◇
侍従さんの手を借りて、ライオネス王が隣室へ向かった。
私は、桜花と一緒に待っていた。
……ああ。
どんな感じになるんだろう。
立派なたてがみに、白いシャツとネクタイ。
大きなライオンの顔。
…………。
……うん。
想像しただけで、面白い。
桜花が、私を見た。
「……リアリス様」
「はい?」
「……随分、楽しそうでございますね」
…………。
……あっ。
ばれてる!
「……あはは。似合ったら嬉しいなって」
「……ふふ」
…………。
……うん。
絶対、見透かされてるね。
そのとき。
「がっはっは! 待たせたな!」
扉が開いた。
…………。
私は、そちらを見た。
そして。
固まった。
…………。
…………。
……えっ。
◇
そこにいたのは。
濃紺のスーツを見事に着こなした、獣王ライオネスだった。
ジャケットが、大きな肩にぴったり合っている。
豊かなたてがみと白いシャツの組み合わせが、思った以上に美しい。
ネクタイも、立派な胸元にきちんと収まっている。
…………。
……おおおおお!!
めちゃくちゃ似合う!!
…………。
いやいや!
私が期待していたのは、もう少し、こう……。
ライオンがスーツを着て、ちょっと面白い感じになることだったんだけど!
……うん。
全然、違う。
格好よすぎる!!
何だろう。
このまま大企業の社長室にいても、違和感がない。
いや、社長どころか。
世界中の偉い人が集まる会議で、議長をしていてもおかしくない!
「……どうだ、リアリス!」
「……す、すごく似合います!」
…………。
これは、本音だ。
もう建前じゃない。
「がっはっは! そうか!」
ライオネス王は、嬉しそうに胸を張った。
……ああ。
たてがみとスーツの相性が、こんなによかったなんて。
私の方がびっくりだよ!
◇
ラビリンスさんも、珍しく目を大きくしていた。
「……陛下。大変、お似合いでございます」
「そうか! ならば、次の正式な式典にも着てみよう!」
…………。
……えええっ!?
式典!?
まさか、そこまで気に入ってもらえるとは!
「……正装としても、十分に通用いたしますね」
ラビリンスさんが、真面目に検討している。
…………。
……おお。
採用されちゃった!
「リアリス! よい贈り物をありがとう!」
「……い、いえ! 喜んでいただけて嬉しいです!」
…………。
……ああ。
贈ってよかった。
最初の動機は、ものすごく不純だったけどね!
ライオネス王は、そのまま上機嫌で椅子へ腰を下ろした。
……うん。
スーツを着ても、笑い声はいつもの獣王様だ。
そこは、何も変わらないね。
◇
「……ところで、ラビリンス」
ライオネス王が、宰相さんの箱を見た。
「そちらは何だ?」
「……私が頂戴した、キャロットケーキでございます」
「ほう! ならば、儂にも一つ!」
…………。
……あっ。
ラビリンスさんの耳が、ぴんと立った。
「……陛下」
「何だ?」
「……こちらは、私への贈り物でございます」
…………。
……おお。
静かな、強い主張!
「がっはっは! 分かっておる! 冗談だ!」
ライオネス王が笑った。
でも。
ラビリンスさんは、箱を少しだけ自分の方へ引き寄せた。
…………。
……うん。
大切なんだね、そのケーキ。
私は、こっそり笑った。
表情は変わらなくても、耳と行動で分かるのが面白い。
◇
「……さて、リアリス様」
ラビリンスさんが、仕事の顔に戻った。
「本日は、土地の確認と、陛下からのご紹介がございます」
…………。
……あっ。
そうだった!
王様が誰かを紹介したいって言ってたんだ。
「……どんな方なんでしょう?」
ライオネス王が、にやりと笑った。
「がっはっは! 会えば分かる!」
…………。
……ああ。
やっぱり、それなんだね!
ラビリンスさんは、軽く咳払いした。
「……仕事は、非常によくできる者です」
……おお。
優秀な人。
「ただし、少々、独特なところがございまして」
…………。
……独特?
何だろう。
もしかして、手合わせが大好きとか?
「……ご心配なく。戦闘のためのご紹介ではございません」
…………。
……あっ。
考えてること、分かった!?
桜花が、静かに微笑んでいる。
……うん。
まあ、会ってみようか!
◇
ラビリンスさんが、扉の方へ声をかけた。
「……お入りください」
すると。
「失礼します」
明るい声がして、一人の少女が入ってきた。
…………。
……おお。
猫だ!
いや、猫獣人の女の子だ!
身長は、百五十センチくらいだろうか。
外見は十八歳ほど。
頭には、ぴんと立った耳。
顔は、完全に猫。
丸い目と、きちんと手入れされた毛並み。
背後では、長い尻尾がゆっくり揺れている。
……うん。
猫の姿をした人、というより。
猫が二本足で立って、きちんと服を着ているみたいだね。
……あっ。
じろじろ見るのは、よくない!
私は、慌てて姿勢を正した。
「初めまして。リアリスです」
少女が、丁寧に頭を下げた。
「初めまして。キャッツと申します」
…………。
……うん。
…………。
……ん?
私は、少しだけ首を傾げた。
……あれ。
語尾が。
…………。
……あっ、語尾は『ニャー』じゃないんだ。
……そうか。
そうだよね。
猫獣人だからって、誰でも『ニャー』って言うわけじゃない。
……いやぁ。
危ない危ない。
異世界のお約束に、また勝手な期待をしてしまった!
◇
「……リアリス様?」
キャッツさんが、不思議そうに私を見る。
「……あっ。すみません!」
私は、慌てて笑った。
「獣人の方とゆっくりお話しするのが、まだ慣れていなくて」
「そうなのですね」
……うん。
普通の喋り方だ。
声も、明るくて聞きやすい。
……いや。
何度も確認することじゃないよね!
ライオネス王が、豪快に笑った。
「がっはっは! どうだ、リアリス! なかなかよい娘であろう!」
「はい。とても礼儀正しい方ですね」
「それだけではない! 働かせれば、驚くほどよく動くぞ!」
……おお。
優秀なんだね。
「……陛下」
ラビリンスさんが、すっと口を挟んだ。
「紹介の順番を、私にお任せいただけますか」
「うむ! 頼む!」
…………。
……ああ。
この二人、やっぱりいい組み合わせだなぁ。
ラビリンスさんは、キャッツさんの方へ目を向けた。
「彼女は、城の業務を一時的に手伝っていただいている者です。特に家事と接客、整理整頓の腕が優れております」
…………。
……おお。
それは、すごい。
「仕事が早いうえに、手を抜きません。厨房でも、掃除でも、客人への対応でも、大きな問題を起こしたことはありません」
……あれ。
これは、もしかして。
「……では、なぜ私に?」
ラビリンスさんが、小さく頷く。
「……彼女は現在、長く勤められる職場を探しておりまして」
…………。
……おっ。
そういうことか。
「お屋敷を新しく開かれるのであれば、紹介してはどうかと陛下から」
ライオネス王が、胸を張った。
「がっはっは! 働き者に、よい職を見つけてやるのも王の務めよ!」
…………。
……ああ。
いい王様だね。
ただし。
ラビリンスさんが、少しだけ考えた。
「……一つ、ご説明しておくことがございます」
…………。
……ん?
何だろう。
◇
「キャッツは、仕事の能力に問題はありません」
「はい」
「ただ、食べ物を見つけますと、少々……」
…………。
……少々?
キャッツさんの耳が、ぴくっと動いた。
「……つまみ食いをすることがございます」
…………。
……おっ。
つまみ食い。
「それから、仕事を終えて休憩に入りますと……」
キャッツさんの尻尾が、ゆっくり横へ揺れた。
「……暖かい場所で、そのまま眠っていることがありまして」
…………。
……えっ。
昼寝?
ラビリンスさんは、静かに続けた。
「休憩を終えれば、仕事はきっちりこなします。ただし、休憩場所を探す能力だけは、少々高すぎるようです」
…………。
…………。
……ぷっ。
……あっ。
駄目。
今日は、笑っちゃ駄目!
キャッツさんが、少し肩をすくめた。
「……お恥ずかしい限りです」
…………。
……おお。
自覚は、あるんだね。
「特に、魚料理の匂いがしますと……」
「……ラビリンス様」
キャッツさんが、小さく声を上げた。
「……そこまでお話しなさらなくても」
…………。
……あっ。
ちょっと恥ずかしいんだ。
猫の顔だから表情は人間とは違うけど、耳が少し寝ている。
……うん。
分かりやすいね。
ライオネス王が、愉快そうに笑った。
「がっはっは! よく働くが、魚だけは見逃せぬのだ!」
…………。
……いや。
王様。
本人が恥ずかしがってますよ!
◇
私は、キャッツさんを見た。
「……仕事は、得意なんですね」
「はい。任されたことは、最後までいたします」
「……お昼寝も好き?」
「……はい」
……うん。
正直だ。
「……魚料理も?」
「……好きです」
…………。
……ああ。
もう、可愛いなぁ。
……いや。
見た目だけで判断するのは、よくない。
それに、ちゃんと働いている人なんだからね。
「でも、お休みの時間に寝るのは、別に悪いことじゃないですよね」
私が言うと、キャッツさんが、少し驚いたように目を見開いた。
「……え?」
「仕事の時間に仕事をしてくれれば、それでいいと思うんです」
…………。
私は、少し考えた。
「もちろん、お店の商品を勝手に食べたりしたら困りますけど」
キャッツさんの耳が、またぴくっと動いた。
「……はい。そこは気をつけます」
「でも、お腹が空いたら、ちゃんとおやつの時間を作ればいいんじゃないかな」
…………。
キャッツさんが、しばらく私を見つめていた。
「……おやつの、時間?」
「うん。働きっぱなしも、疲れますからね」
……ああ。
これって、普通のことだと思うんだけど。
キャッツさんには、少し意外だったのかな。
ラビリンスさんが、静かに頷いた。
「……仕事と休息を分けて考えていただけるのであれば、彼女にも合っているかもしれません」
……うん。
ただし。
私は、もう一度キャッツさんへ向き直った。
「最終的には、キャッツさん自身が決めてくださいね」
…………。
……そう。
これは、本人の仕事の話だ。
王様が紹介してくれたからって、勝手に決めていいものじゃない。
◇
「……私が、決めてよいのですか?」
「もちろんですよ」
私は、頷いた。
「新しく作る屋敷で、一緒に働いてほしいと思っています。でも、嫌なら断っても大丈夫です」
キャッツさんは、少し考えた。
「……仕事内容を、もう少し伺っても?」
「もちろんです!」
……おお。
ちゃんと質問してくれるの、嬉しいね。
私は、屋敷のことを説明した。
三階建ての家。
食堂。
厨房。
大浴場。
同じ敷地にある雑貨屋。
それから、屋敷で暮らす家族と、訪ねてくるお客様のこと。
「毎日全部を一人でやってほしいわけじゃないですよ。ほかにも、一緒に働く子たちを迎える予定です」
「……そうなのですね」
「お部屋も用意します。お給料や休日も、ちゃんと相談して決めましょう」
…………。
キャッツさんの目が、少し丸くなった。
「……住み込みで、お給料もいただけるのですか?」
「はい。働いてもらうんですから、当然ですよ」
……うん。
ホムンクルスの子たちとは違って、キャッツさんは、この世界で生まれて暮らしてきた獣人だ。
私が作った子じゃない。
だから、雇うならちゃんと雇用の形にしないとね。
「……それと、キャッツさんは、うちで最初に働く獣人の方になります」
私は、正直に付け加えた。
「もし何か不便なことがあれば、遠慮なく教えてほしいです」
キャッツさんが、静かに頷いた。
「……はい」
◇
ラビリンスさんも、条件を一緒に確認してくれた。
給金。
休み。
仕事の範囲。
住み込みの部屋。
辞めたくなったときの相談方法。
……うん。
ちゃんと、話せてよかった。
キャッツさんも、一つずつ確認してから頷いてくれた。
「……ぜひ、働かせてください」
…………。
……おお!
「本当ですか!?」
「はい。お話を伺って、こちらなら長く働けそうだと思いました」
……ああ。
嬉しいなぁ。
「それじゃ、よろしくお願いします!」
私は、頭を下げた。
キャッツさんも、深く一礼した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
…………。
……うん。
やっぱり、語尾は普通だ。
……いや!
もう、そこはいいってば!
ライオネス王が、豪快に笑った。
「がっはっは! 決まったな!」
「……はい。よいご縁となりました」
ラビリンスさんも、穏やかに頷いた。
……ああ。
今日は、いい日になりそうだね。
◇
「……ただし」
私は、キャッツさんへ少しだけ近づいた。
「新しい屋敷を建てるのは、これからなんです」
「……はい」
「なので、今日は一緒に見に来てもらえますか?」
キャッツさんの耳が、ぴんと立った。
「……建てるところから、ですか?」
「はい。土地を見てから、決めようと思っています」
……うん。
ほかの屋敷と同じように。
まずは、その国のことを知って。
土地を選んで。
家族が暮らせる家を作る。
……ああ。
今度は、キャッツさんも一緒だね。
「……私も、お役に立てるよう努めます」
キャッツさんが、きりっと答えた。
…………。
……おお。
真面目な顔だ。
とても、昼寝が好きな子には見えない。
……いや。
仕事のときは、ちゃんとしてるんだもんね。
「じゃあ、よろしくね、キャッツさん」
「……はい!」
……うん。
それじゃ、土地を見に行こう!
◇
王城を出ると、ラビリンスさんが用意した馬車が待っていた。
……おお。
ずいぶん大きな馬車だね。
獣王様の体に合わせてあるのかな。
でも、今回は私と桜花とキャッツさん。
それから、ラビリンスさんも同行してくれるらしい。
……あれ。
「ライオネス王は、いらっしゃらないんですか?」
私が尋ねると、ラビリンスさんが静かに頷いた。
「……陛下には、ほかにもご公務がございますので」
…………。
……ああ。
そうだよね。
国王様だもんね。
「……ご本人は、大変残念がっておられましたが」
…………。
……あっ。
残念だったんだ。
……いや。
土地を見るくらいなら、王様が同行する必要はないからね。
そのとき、遠くの窓から声がした。
「リアリス! 完成したら、儂にも見せてくれよ!」
…………。
……おお。
ライオネス王だ!
しかも。
まだ、スーツを着てる!
「……はい! ぜひ!」
私は、思わず手を振った。
……ああ。
本当に、気に入ってくれたんだね。
ラビリンスさんは、静かに王城を見上げた。
「……陛下。午後の会議には、遅れないようお願いいたします」
窓から、大きな笑い声が返ってきた。
……うん。
いつもの二人だね。
◇
馬車の中で、私はキャッツさんに獣都のことを教えてもらった。
「……この辺りには、お店が多いですね」
「はい。大通りに近いですから」
キャッツさんが、窓の外を見ながら答える。
「ただ、奥の方へ行くと、静かな住宅地もあります」
……うん。
なるほど。
私たちが暮らすなら、少し静かな場所がいいな。
でも、お店へ来てくれる人が遠すぎるのも困る。
「……この国には、いろんな種族の方がいますよね」
「はい。体の大きさも、食べるものも違いますから」
キャッツさんが、少しだけ考えた。
「……お店を作るなら、通路は広い方がよいと思います」
…………。
……おお。
昨日、私もそう思った!
「……それに、棚の高さも一つでは困るかもしれません」
「……あっ!」
……そうか。
背の高い人もいれば、小さな人もいる。
上の棚しかなかったら、手が届かない人が出ちゃうね。
「……ありがとうございます。参考になります!」
キャッツさんが、少し嬉しそうに微笑んだ。
「……いえ。私も、この国で暮らしてきましたので」
……うん。
実際にここで生きている人の意見は、大切だね。
◇
最初の候補地は、町の外にある広い空き地だった。
周囲には、畑と低い木々。
……おお。
広い!
でも、ちょっと町から遠いかな。
「……ここは、かなり静かな場所です」
ラビリンスさんが説明してくれる。
「土地の広さは十分ですが、商業地区へ向かうには、やや距離があります」
「……なるほど」
……うん。
屋敷だけならいいけど。
お店も一緒に作るつもりだからね。
私は、キャッツさんへ聞いてみた。
「……どう思いますか?」
キャッツさんは、少し考えた。
「……暮らすだけなら、よい場所だと思います」
「……うん」
「ただ、日用品を買いに来る方には、少し不便かもしれません」
……ああ。
やっぱり、そうだよね。
「じゃあ、次も見てみましょうか」
私は、素直に頷いた。
……うん。
急いで決める必要はない。
◇
二つ目の候補地は、獣都の門からそう遠くない場所だった。
街道から、少しだけ横へ入る。
そこには、広い草地と小さな林があった。
…………。
……おお。
いい!
ここなら、街道を通る人にも分かりやすい。
でも、大通りの騒がしさは少し離れている。
それに、敷地の奥には落ち着いた庭も作れそうだ。
「……リアリス様」
キャッツさんが、草地の端へ目を向けた。
「……あちらは、午後になると日陰になると思います」
…………。
……おっ。
そうなんだ。
「……お昼寝するのに、よさそう?」
私が、つい聞いてしまうと。
キャッツさんの耳が、ぴんと立った。
「……い、いえ! そのような理由では!」
…………。
……あっ。
当たった!?
キャッツさんは、慌てて言い直した。
「……お庭で休む方には、過ごしやすいと思いまして」
……うん。
そうだよね。
日陰があれば、暑い日も休める。
……でも。
尻尾が、ちょっと嬉しそうに揺れている。
…………。
……ああ。
この子、本当に猫らしいんだなぁ。
◇
「……ラビリンスさん」
「はい」
「もし使えるなら、私はここがいいと思います」
ラビリンスさんは、用意していた書類を開いた。
「……こちらは、国の管理地でございます。建築の許可については、すでに陛下の承諾を得ております」
…………。
……おお。
仕事が早い!
「利用する範囲を、この図面で確定していただければと思います」
「はい。確認します」
……うん。
ちゃんと、境界を見よう。
ほかの人の道を塞がない。
林をむやみに切り開かない。
街道からお店へ入りやすくする。
それから、屋敷の結界が公道に影響しないように。
……よし。
これで、いいね。
「……こちらの範囲で、お願いします」
「承知いたしました」
ラビリンスさんが、静かに頷いた。
……うん。
これで、七つ目の屋敷を建てる土地が決まった!
私は、草地の中央へ歩いていった。
◇
「……リアリス様」
キャッツさんが、私の後ろから声をかける。
「……建物は、これから工事をするのですか?」
…………。
……あっ。
そうだよね。
普通なら、そう考える。
「……実は、私の魔法で建てられるんです」
「……魔法で、ですか?」
「はい。すぐにできますよ」
…………。
キャッツさんが、小さく首を傾げた。
「……すぐに、というのは……?」
……うん。
説明するより、見てもらった方が早いね。
私は、ラビリンスさんへ確認した。
「今、ここで建てても大丈夫ですか?」
「……はい。すでに許可は整っております」
「ありがとうございます!」
……よし。
私は《サーチ》で、敷地内に人や魔獣がいないことを確かめた。
ほかの生き物を、巻き込まないように。
林も、残す。
それから、家族の屋敷と、雑貨屋。
……うん。
今までの屋敷と、同じ三階建てにしよう。
ただし、色は獣人国らしく。
黄色を基調に。
壁は落ち着いた白。
柱や窓枠は、温かい木の色。
屋根と調度品に、明るい黄色を少し。
……うん。
それなら、綺麗だね。
◇
間取りは、今までと同じ。
ただし今回は、入口や廊下には、少し余裕を持たせたい。
大柄なお客様もいるからね。
雑貨屋の通路も広く。
棚は、背の高い人にも小さな人にも使いやすく。
……うん。
よし。
「……桜花。建てるよ」
「はい、リアリス様」
私は、使い慣れた魔法を発動した。
「《建築》」
次の瞬間。
何もなかった草地に、三階建ての屋敷が姿を現した。
…………。
……おお!
完成!
白い壁に、黄色を取り入れた屋根。
ゆったりした玄関。
広い窓。
敷地の端には、雑貨屋。
奥には、日陰のある庭。
…………。
……ああ。
いいね!
林も、そのまま残っている。
私は、満足して頷いた。
◇
……ただし。
ラビリンスさんとキャッツさんは、動かなかった。
…………。
……あれ。
どうしたんだろう。
「……あの、ラビリンスさん?」
ラビリンスさんが、ゆっくり瞬きをした。
「……今、確かに……」
…………。
……おっ。
さすがに驚いた?
「……建物が、一瞬で」
「……はい」
…………。
少しの沈黙。
「……これほどの魔法とは」
……ああ。
ラビリンスさんも、びっくりしたみたいだ。
そして、キャッツさん。
「…………」
…………。
……おお。
耳が、ぴんっと立ってる。
尻尾まで、止まっている。
「……キャッツさん?」
「……あっ。はい!」
…………。
……あれ。
珍しく慌ててる。
「……本当に、もう住めるのですか?」
「うん。中も、家具も、完成してますよ」
キャッツさんが、屋敷をじっと見上げた。
「……すごい」
……おお。
素直な感想だね。
何だか、嬉しい。
「じゃあ、中を見てみましょうか!」
◇
新しい屋敷の玄関へ入ると、キャッツさんが目を丸くした。
……うん。
初めてなら、驚くよね。
広いホール。
磨かれた床。
暖かい光の差し込む窓。
……おお。
自分で作っておいて何だけど、なかなかいい感じ。
「……こちらが食堂です」
私が案内すると、キャッツさんは素早く室内を見回した。
……おっ。
何だろう。
視線が、すごく細かい。
「……動線がよいですね。厨房から運ぶ距離も短いです」
…………。
……おお!
そういうところを見るんだ!
次に厨房へ行く。
「……調理台が広いですね」
「うん。みんなで料理できるようにしてあるんです」
「……こちらの棚も、使いやすそうです」
……ああ。
すごい。
この子、本当に仕事ができるんだね。
ただ。
「……あの」
キャッツさんが、少しだけ声を落とした。
「……魚を保存する場所は、ありますか?」
…………。
……あっ。
魚!
やっぱり、気になるんだ!
「もちろんです。冷たいまま保存できる設備もありますよ」
…………。
キャッツさんの耳が、ぴんと立った。
「……そうなのですね!」
……おお。
今までで、一番声が明るい気がする!
◇
客室や大浴場を見たあと、私は一つの部屋の前で足を止めた。
「……キャッツさん」
「はい」
「ここが、キャッツさんのお部屋です」
扉を開ける。
中には、ベッド。
机。
椅子。
収納棚。
そして、窓際には日当たりのいい小さな場所。
……うん。
獣都の外の草地も見える。
夕方には、少し柔らかな光が差し込むはず。
「……ここを、私が使ってよいのですか?」
「はい。お好きなように使ってください」
キャッツさんが、ゆっくり窓へ近づいた。
少しだけ、目を細める。
…………。
……ああ。
気に入ってくれたかな。
「……日が当たる」
…………。
……おっ。
そこ!
やっぱり、そこなんだね!
「お昼寝したいときは、お休みの時間に使ってもらっていいですよ」
キャッツさんが、振り返った。
「……ありがとうございます」
その声は、さっきよりずっと柔らかかった。
……うん。
よかった。
ちゃんと、自分の部屋だと思ってくれたみたい。
◇
「……ところで、リアリス様」
キャッツさんが、部屋の入口へ戻ってきた。
「……この大きな屋敷を、何人で管理するのですか?」
…………。
……あっ。
そうだった。
まだ、誰も働く人を迎えてないんだよね。
「これから、十人の仲間と、屋敷をまとめてくれる子を迎えるつもりです」
「……これから?」
「はい」
キャッツさんが、少しだけ首を傾げた。
……うん。
そりゃ、不思議だよね。
家を一瞬で建てただけでも驚いたのに。
今度は、住む人を迎えるんだから。
「……ラビリンスさん」
「はい」
「少し、驚かれるかもしれませんが」
…………。
ラビリンスさんが、静かに私を見た。
「……すでに十分、驚いております」
…………。
……あっ。
そうだった!
「……あはは。すみません」
……うん。
それじゃ、そろそろ始めよう。
私は、玄関ホールへ戻った。
桜花も、すぐ隣についてきてくれる。
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「七人目のフラワーズを、迎えようか」
桜花の目元が、柔らかくなった。
「……はい。楽しみでございますね」
◇
さて。
今度は、どんな子にしようかな。
……いや。
もう、だいたい決めてある。
外見は、十三歳くらい。
百五十センチほどの小柄な体。
白から紫色へ変わる、短い髪。
ほかのフラワーズと同じように、少し無表情。
でも、私や家族には甘えん坊。
仕事は真面目で、困っている人がいればそっと助けてくれる。
……うん。
いいね。
名前は。
菖蒲。
あやめ。
……ああ。
花の名前、七つ目だね。
私は、《ホムンクルス作成》を発動した。
柔らかい光が、ホールの中央に集まる。
少しずつ、人の形を作っていく。
…………。
……おお。
毎回思うけど、本当に不思議だなぁ。
光が消えると、そこには小柄な少女が立っていた。
白から紫色へ、綺麗に変わる短い髪。
落ち着いた瞳。
きちんとしたメイド服。
…………。
……ああ。
可愛い!
少女が、静かに頭を下げた。
「……初めまして、リアリス様」
「初めまして。私はリアリスだよ」
私は、笑顔で頷いた。
「名前は、菖蒲。どうかな?」
「……菖蒲」
少女が、小さく名前を繰り返す。
「……素敵なお名前を、ありがとうございます」
…………。
……うん。
よかった。
「これから、ここで一緒に暮らしてくれる?」
「……はい。喜んで」
……ああ。
新しい家族が、また増えたね。
◇
「菖蒲。こちらは桜花だよ」
桜花が、一歩前へ出た。
「桜花と申します。よろしくお願いいたします」
「……菖蒲です。よろしくお願いいたします」
……うん。
いい感じ。
私は、キャッツさんにも声をかけた。
「それから、こちらはキャッツさん。今日から、この屋敷で一緒に働いてくれる方なんだ」
キャッツさんが、少し驚いた顔で頭を下げる。
「初めまして。キャッツです」
「……初めまして。菖蒲です」
…………。
……おお。
ここには、二人の新しい仲間がいる。
一人は、私が作ったホムンクルス。
もう一人は、獣人国で出会った猫獣人の女の子。
生まれも、暮らしも違う。
でも。
これから、同じ屋敷で働く仲間なんだね。
「……菖蒲、キャッツさん」
二人が、私を見る。
「困ったことがあったら、二人で相談してね」
「……はい」
「承知しました」
…………。
……うん。
返事も、頼もしい。
私は、思わず笑った。
◇
菖蒲には、ほかのフラワーズと同じように《不老不死》と《状態異常無効》を永続付与した。
……うん。
これで、安心だね。
ただし、キャッツさんへ同じ魔法を付与するつもりはない。
あの子は、私が作ったホムンクルスじゃない。
普通にこの国で生まれて、暮らしてきた獣人だ。
……うん。
家族のように大切にしたい気持ちは同じ。
でも、勝手にその人の人生を変えるのは、違うと思う。
私は、菖蒲へ向き直った。
「それじゃ、今度はみんなのお仕事を手伝ってくれる人たちを迎えよう」
「……はい」
「菖蒲とキャッツさん、それから十人のメイドで、協力していこうね」
……うん。
これなら、大きな屋敷でも無理なく運営できるはず。
外見も、性格も、それぞれ違う一般メイド十人を思い浮かべる。
掃除が得意な人。
料理の好きな人。
接客が上手な人。
……ああ。
みんなが協力できれば、それでいい。
「《ホムンクルス作成》」
再び、柔らかい光が集まった。
十の光が、人の形になる。
…………。
……おお。
壮観だね!
光が消え、十人の女性が現れた。
「初めまして、リアリス様」
「初めまして! よろしくね!」
みんな、揃って頭を下げてくれた。
……うん。
これで、働く仲間も揃った。
◇
私は、十人の一般メイドにも《不老不死》と《状態異常無効》を永続付与した。
……よし。
これで、ホムンクルスの子たちはみんな同じように守れる。
菖蒲が、静かに私を見た。
「……リアリス様。お仕事の分担を、決めてもよろしいでしょうか」
「うん。お願い!」
……おお。
もう、管理のことを考えてる。
頼もしいなぁ。
「ただし、お休みもちゃんと取ってね」
「……はい」
私は、キャッツさんへも向き直った。
「キャッツさんは、厨房やお店のことも詳しいみたいだから、菖蒲を手伝ってくれると嬉しいな」
「……承知しました」
……うん。
そのとき。
ラビリンスさんが、静かに口を開いた。
「……一つ、確認してもよろしいでしょうか」
「はい?」
「……今の者たちは、どちらから?」
…………。
……あっ。
そうだった。
私にはいつものことだけど。
ほかの人からしたら、突然人が増えたんだもんね!
「《ホムンクルス作成》という魔法なんです」
「……人を、生み出す魔法ですか」
「はい。ただし、皆、それぞれの意思で暮らしていく大切な仲間です」
…………。
ラビリンスさんは、少しだけ考えた。
そして、静かに頷いた。
「……承知しました。彼女たちについても、無用な干渉はいたしません」
……おお。
さすが。
ちゃんと、話を聞いてくれるね。
◇
菖蒲たちは、屋敷の設備を確認しに向かった。
私は、キャッツさんと一緒に、雑貨屋へ移動する。
……うん。
こちらも、ちゃんと作れたね。
広い入口。
ゆったりした通路。
手の届きやすい高さの棚。
そして、食品を保管する設備。
「……どうかな、キャッツさん」
キャッツさんが、店内をぐるりと見た。
その目が、さっきの厨房で見たときより真剣になっている。
「……とても、よいと思います」
…………。
……おっ。
「ただ、こちらの棚は、もう少し低い方が小柄なお客様に使いやすいかもしれません」
……ああ。
なるほど!
「じゃあ、少し直そうか」
私は、《建築》で棚の高さを調整した。
…………。
すっ。
棚が、ちょうどよい高さに変わった。
…………。
キャッツさんの耳が、ぴんと立つ。
「……今のも、魔法で?」
「はい!」
……うん。
細かい調整も、できるんだ。
「ほかにも、気づいたことがあれば教えてね」
「……はい!」
…………。
……ああ。
目が、きらきらしてる。
この子、仕事のことになると本当に真剣なんだね。
◇
ラビリンスさんとも、商品の扱い方を相談した。
「……獣都には、多くの商人がおります」
「はい。昨日、町を歩いて見ました」
「既存の商いを圧迫しないよう、ご配慮いただけますと助かります」
「もちろんです」
……うん。
ほかの国でも、同じことを考えている。
値段をむやみに下げたり。
必要以上に商品を売ったり。
それで近所のお店が困るのは、嫌だからね。
私は、《取り寄せ》を使う魔道具のことを説明した。
必要な品物を補充できる。
でも、無制限に売るつもりはない。
商品の量や種類は、町の様子を見ながら決める。
「……それなら、問題は少ないでしょう」
ラビリンスさんが、静かに頷いた。
……おお。
よかった!
私は、キャッツさんにも説明した。
「商品を勝手に食べちゃ駄目だけど、休憩時間のおやつや、みんなの食事はちゃんと用意するよ」
…………。
キャッツさんの尻尾が、ぴくっ。
「……はい。気をつけます」
……うん。
なんだか、すごく真面目な返事だ。
でも。
……あれ。
視線が、食品棚に向かってない?
……いや。
仕事の確認をしてるだけだよね。
……たぶん。
◇
「……菖蒲」
「はい、リアリス様」
「お店も、みんなで交代して見てね。朝九時から夜七時までを考えてるよ」
「……承知いたしました」
「キャッツさんにも休んでもらえるように」
「……はい。順番に休憩を取れるよう調整いたします」
……うん。
よし。
安全対策も忘れずに。
私は、屋敷と店の外へ出た。
《サーチ》で周囲を確かめ、敷地だけを覆う《結界》を張る。
……うん。
対象は、危険な魔獣。
人間も、エルフも、魔族も、ドワーフも、獣人も入れる。
もちろん、猫獣人のキャッツさんだって、普通に出入りできる。
……よし。
「《結界》」
目には見えない防護が、敷地へ広がった。
…………。
……うん。
これで、安心だね。
私は、もう一度周囲を確かめた。
……ああ。
七つ目の屋敷も、無事に完成した!
◇
仕事の確認を終えて、ラビリンスさんが帰ることになった。
「……リアリス様。本日のご説明は、これで一通り済みました」
「ありがとうございます! 本当に助かりました」
ラビリンスさんは、静かに一礼した。
「……こちらこそ。今後も、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい!」
…………。
……あっ。
そういえば。
「……ラビリンスさん」
「はい?」
「ケーキ、よかったらゆっくり食べてくださいね」
…………。
ラビリンスさんの耳が。
ぴん。
…………。
……おお。
また立った!
「……はい。大切に、いただきます」
…………。
……うん。
声は、相変わらず冷静。
でも、箱を両手で抱え直している。
……ああ。
絶対、喜んでるね。
「……では、失礼いたします」
馬車へ乗り込むまで、ラビリンスさんは一度も箱を手放さなかった。
…………。
……おお。
本当に、大事にしてくれてるんだなぁ。
私は、思わず笑った。
◇
ラビリンスさんを見送ったあと、私は少し考えた。
……うん。
屋敷はできた。
お店も、みんなで開ける準備が整った。
菖蒲たちも、もう仕事の確認を始めている。
キャッツさんも、自分の部屋を気に入ってくれた。
…………。
……あっ。
そうだ。
カトレア!
今朝、猫の獣人さんに会ってみたいって言ってたんだ。
……うん。
お仕事も、だいたい終わったし。
迎えに行ってもいいよね。
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「一度、シルク王国邸へ戻ってもいいかな?」
「……カトレア様のお迎えでございますね」
…………。
……おっ。
よく分かったね。
「うん。猫の獣人さんに会いたがってたから」
桜花が、柔らかく微笑んだ。
「……それは、きっとお喜びになりますね」
……ああ。
そうだといいな。
私は、菖蒲とキャッツさんへ声をかけた。
「少しだけ家族を迎えに戻るね」
「……はい。お待ちしております」
「お気をつけて」
……うん。
二人とも、頼もしい。
私は、人目のない屋敷の一室へ移動した。
「《転移》」
◇
シルク王国邸の庭には、カトレアと巴さんがいた。
カトレアは、小さな花壇へ水をあげている。
……ああ。
今日も元気だね。
「ただいま!」
私が声をかけると、カトレアが勢いよく振り向いた。
「……お父さん!」
小さな体が、走ってくる。
私は、しゃがんで受け止めた。
「ただいま、カトレア!」
「……おかえり!」
…………。
……ああ。
可愛い。
巴さんも、にこにこしながら近づいてきた。
「リアリスちゃん、お帰りなさい」
「ただいま、巴さん!」
「新しい屋敷は、どうだった?」
「無事に完成したよ!」
……うん。
これは、本当に嬉しい報告だね。
「それから、七人目のフラワーズも迎えたんだ」
巴さんの顔が、ぱっと明るくなった。
「あら。それなら、会いに行かないとね」
「うん。菖蒲っていう子だよ」
「菖蒲ちゃん。素敵なお名前ね」
……ああ。
そう言ってもらえて、よかった。
「……お父さん」
カトレアが、私の袖を引いた。
「ん?」
「……ねこさん?」
…………。
……あっ。
忘れてない!
「うん。会えたよ!」
カトレアの目が、ぱっと輝いた。
「……ほんと!?」
「キャッツさんっていう、猫の獣人の女の子なんだ」
「……キャッツおねえちゃん?」
…………。
……おっ。
いきなり、お姉ちゃん!
……いや。
十八歳の女の子だから、確かにお姉ちゃんだね。
「……会いに行ってみる?」
「……行く!!」
…………。
……おお。
即答!
私は、巴さんと顔を見合わせて笑った。
◇
《転移》で獣人国邸へ戻ると、菖蒲が玄関で迎えてくれた。
「……お帰りなさいませ、リアリス様」
「ただいま、菖蒲!」
私は、巴さんとカトレアを紹介した。
「こちらが巴さん。それから、娘のカトレアだよ」
菖蒲が、丁寧に一礼した。
「……初めまして、巴様、カトレア様。菖蒲と申します」
巴さんが、優しく微笑んだ。
「初めまして、菖蒲ちゃん。これからよろしくね」
「……はい」
カトレアも、小さく頭を下げる。
「……カトレアです!」
「……よろしくお願いいたします」
…………。
……ああ。
菖蒲も、いい子だね。
巴さんは、早速厨房のことを聞き始めた。
「菖蒲ちゃん、台所も見せてもらえるかしら」
「……はい。こちらでございます」
……うん。
巴さんは、相変わらずだね。
新しい屋敷へ来たら、真っ先に厨房。
でも、今日はカトレアがいる。
私は、先にキャッツさんを呼んでみよう。
「……キャッツさん!」
「……はい!」
厨房の方から、明るい声がした。
…………。
……おっ。
もう、仕事を始めてたんだね。
◇
廊下の向こうから、キャッツさんが歩いてきた。
猫の顔。
ぴんと立った耳。
ゆっくり揺れる尻尾。
…………。
……うん。
何度見ても、可愛いなぁ。
「……リアリス様。お帰りなさいませ」
「ただいま!」
私が笑うと、キャッツさんも微笑んだ。
「今日は、家族を連れてきたんです」
その瞬間。
カトレアが、ぴたりと止まった。
…………。
……あれ。
緊張してる?
私は、しゃがんで顔を覗き込んだ。
「……カトレア?」
カトレアは、キャッツさんをじっと見つめている。
それから。
「……ねこさん……!」
…………。
……おお。
小さな声。
「……ねこさん、いる……!」
目が、きらきらしてる。
……あああ。
可愛い。
「カトレア。キャッツさんだよ」
私が紹介すると、カトレアは少しだけ前へ出た。
「……こ、こんにちは!」
キャッツさんは、すぐにしゃがんで目線を合わせてくれた。
「こんにちは。キャッツです」
…………。
……うん。
やっぱり、普通の挨拶だ。
……いや。
まだ語尾のこと考えてる、私!?
◇
カトレアは、キャッツさんの耳を見た。
それから、尻尾。
もう一度、顔。
…………。
……ああ。
興味津々だね。
「……キャッツおねえちゃん?」
「……お姉ちゃん、ですか?」
キャッツさんが、少し驚いたように瞬きをした。
「……うん!」
カトレアは、嬉しそうに頷いた。
キャッツさんは、少し考えてから微笑んだ。
「……はい。そう呼んでいただいて大丈夫ですよ」
…………。
……おお。
よかった!
「……おねえちゃん、ねこさん!」
カトレアが、私を振り返った。
「……お父さん、ねこさんのおねえちゃん!」
…………。
……あはは!
嬉しすぎて、言葉がちょっと混ざってる!
「うん。よかったね」
私は、カトレアの頭を撫でた。
すると。
「……お父さん」
「ん?」
「……キャッツおねえちゃん、なでていい?」
…………。
……あっ。
ちゃんと聞いてくれた。
えらいね。
「それは、キャッツさんに聞こうか」
カトレアは、キャッツさんへ向き直った。
「……なでても、いい?」
キャッツさんが、少し目を丸くした。
……うん。
突然のお願いだもんね。
でも。
「……少しなら、どうぞ」
…………。
……おお。
許してくれた!
◇
カトレアは、そっと手を伸ばした。
小さな手が、キャッツさんの頭へ触れる。
……なで。
……なで。
…………。
「……ふわふわ……!」
…………。
……ああ。
すごく、嬉しそう!
キャッツさんも、目を細めている。
「……痛くないですか?」
カトレアが尋ねると、キャッツさんは小さく首を振った。
「……大丈夫ですよ」
……うん。
優しいなぁ。
「……お父さん!」
カトレアが、私を振り返った。
「……ふわふわ!」
「……よかったね!」
私は、思わず笑った。
……ああ。
カトレアが、こんなに喜ぶとは。
連れてきて、よかった。
ただ。
猫獣人の人に会うたび、こんなふうに撫でていいわけじゃない。
私は、カトレアへそっと言った。
「……カトレア。触っていいかは、ちゃんと相手に聞こうね」
「……うん!」
……ああ。
いい子だね。
◇
そこへ、桜花が小さな箱を持ってきてくれた。
「……リアリス様」
「……おっ」
……あっ。
そうだ。
私、もう一つ持ってきたかったものがあったんだ。
猫じゃらし。
地球で、猫と遊ぶためのおもちゃだね。
棒の先に、紐とふわふわした飾りが付いている。
……うん。
これ、猫獣人にも楽しいのかな。
ただ、いきなり振り回したら失礼だよね。
キャッツさんは人であって、飼い猫じゃないんだから。
「……キャッツさん」
「はい?」
「ちょっと変わったおもちゃを持ってきたんですが、見てみます?」
キャッツさんの耳が、ぴくっと動いた。
「……おもちゃ、ですか?」
「はい。私の故郷で、猫と遊ぶのに使うものなんですけど」
…………。
私は、箱から猫じゃらしを取り出した。
ふわふわした飾りが、先端で小さく揺れる。
……おっ。
キャッツさんの目が。
すっ。
先端へ動いた。
…………。
……あれ。
これ、もしかして。
反応する?
◇
「……こうやって、ゆっくり動かすんです」
私は、猫じゃらしを小さく左右へ振った。
ふわっ。
ふわっ。
…………。
キャッツさんの顔が、先端を追いかける。
右。
左。
右。
…………。
……おおお。
目だけじゃなくて、耳も動いてる!
「……面白いですか?」
私が聞くと、キャッツさんは、はっとしたように顔を上げた。
「……いえ。これは……」
…………。
……あっ。
気づいちゃった。
私は、慌てて棒を止めた。
「……ごめんなさい。嫌だった?」
「……いえ!」
キャッツさんが、少しだけ慌てた。
「……嫌というわけでは、ありません」
…………。
……ん?
「……ただ、その、動きが気になりまして」
…………。
……ああ。
そうなんだね。
「……よかったら、触ってみる?」
キャッツさんの耳が、ぴんと立った。
「……よろしいのですか?」
「もちろん! キャッツさんへのお土産だから」
…………。
……おお。
尻尾が、すごく揺れてる!
◇
私は、猫じゃらしをキャッツさんへ手渡した。
キャッツさんは、そっと持ち上げて、先端を見た。
それから。
ふわっ。
手首を動かして、飾りを揺らした。
…………。
……おお。
目が、追いかけてる。
自分で動かしているのに!
カトレアが、嬉しそうに手を叩いた。
「……キャッツおねえちゃん、たのしい?」
キャッツさんは、少しだけ考えた。
それから、微笑んだ。
「……はい。とても不思議で、楽しいです」
…………。
……ああ。
よかった。
子ども扱いしたみたいにならなくて、ほっとしたよ。
すると。
「……カトレア様も、ご一緒にどうですか?」
キャッツさんが、猫じゃらしの持ち手をカトレアへ差し出した。
カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。
「……いいの!?」
「はい。ゆっくり動かしてくださいね」
……うん。
いいね。
カトレアが猫じゃらしを揺らすと、キャッツさんは手を伸ばして、飾りをそっとつかんだ。
カトレアが、声を上げて笑った。
「……つかまえた!」
…………。
……おお。
いつの間にか、遊び方ができてる!
◇
私は、二人を見つめた。
小さなカトレア。
猫獣人のキャッツさん。
猫じゃらしを挟んで、楽しそうに笑っている。
…………。
……ああ。
これは、いい光景だなぁ。
そこへ、巴さんが戻ってきた。
「あら、楽しそうね」
「……巴さん!」
「ふふ。キャッツちゃんね。初めまして」
キャッツさんが、すぐに立ち上がって一礼した。
「……初めまして。キャッツと申します」
「私は巴よ。新しいお屋敷でも、よろしくね」
「……はい。よろしくお願いいたします」
……うん。
ちゃんと挨拶できてる。
巴さんは、キャッツさんの顔を優しく見た。
「お仕事は、慌てず覚えていけばいいのよ」
「……ありがとうございます」
「でも、つまみ食いだけは気をつけましょうね」
…………。
…………。
……あっ。
言った!
キャッツさんの耳が、ぴたっと横へ倒れた。
「……は、はい」
…………。
……おお。
すごい。
巴さん、まだ働き始めて間もない子に、もう的確な注意をしてる!
「おやつは、ちゃんと用意するからね」
巴さんは、柔らかく続けた。
キャッツさんの耳が、ゆっくり起き上がった。
「……はい。ありがとうございます」
…………。
……ああ。
お母さん、やっぱり最強だね。
◇
夕方が近づいたころ。
屋敷の門の方から、聞き覚えのある笑い声が響いた。
「がっはっは! ここか!」
…………。
……ん?
私は、そちらへ顔を向けた。
すると。
濃紺のスーツを着た、立派なライオンの獣王様が立っていた。
…………。
……おお!
ライオネス王!
まだスーツを着てる!
「……ライオネス王!」
「がっはっは! 仕事を終えたので、見に来たぞ!」
…………。
……ああ。
朝、完成したら見せてくれって言ってたもんね。
その隣には、ラビリンスさんもいる。
……おっ。
さっきより、何だか穏やかな顔。
「……ラビリンスさん。お疲れさまです」
「……こちらこそ。お店の準備も進んだようですね」
…………。
……あれ。
耳が、ちょっと嬉しそう。
「……あの、キャロットケーキは……?」
私が尋ねると、ラビリンスさんが静かに頷いた。
「……大変、おいしゅうございました」
…………。
……おお!
「……特に、人参の量が素晴らしかったです」
…………。
……あっ。
やっぱり、そこなんだね!
「喜んでいただけて、よかったです!」
「……巴様にも、ぜひお礼をお伝えください」
…………。
……うん。
これは、ちゃんと伝えよう。
帰ったら、巴さんも喜ぶだろうなぁ。
◇
「……ところで、リアリス!」
ライオネス王が、庭の方を見た。
「何をしておったのだ?」
「……ああ。カトレアとキャッツさんが遊んでたんです」
カトレアが、猫じゃらしを持ってこちらを見た。
「……お父さん!」
…………。
……あっ。
王様が来たから、ちょっと緊張してる。
「カトレア。こちらが、ライオネス王だよ」
カトレアは、小さく頭を下げた。
「……こんにちは!」
「おお! そなたがリアリスの娘か!」
ライオネス王が、豪快に笑った。
「元気な子だな!」
…………。
……うん。
迫力はあるけど、声は優しい。
カトレアも、少し安心したように微笑んだ。
「……ライオンさん」
「がっはっは! そのとおり!」
…………。
……ああ。
王様、楽しそうだなぁ。
ライオネス王は、カトレアの持つ猫じゃらしへ目を向けた。
「……それは、何だ?」
「……ねこじゃらし!」
…………。
……おっ。
カトレア、元気に答えたね。
「……ほう?」
王様が、興味深そうに首を傾げる。
……あれ。
もしかして。
「……王様も、気になります?」
「がっはっは! 面白そうな道具ではないか!」
…………。
……おお。
乗り気!
◇
私は、猫じゃらしを見た。
小さな持ち手。
細い棒。
ふわふわした飾り。
…………。
……うーん。
あの大きなライオネス王が使うには、小さすぎる。
……あっ。
そうだ。
せっかくだから、王様サイズのものを作ろうか。
「……ライオネス王」
「何だ?」
「よかったら、王様にも一つ差し上げますよ」
「……ほう!」
「ただし、ちょっと大きいものになりますけど」
「がっはっは! よいではないか!」
……うん。
それなら、用意しよう。
私は《取り寄せ》で、巨大な猫じゃらしを取り出した。
大きな棒。
丈夫な紐。
先端には、ふわふわした大きな飾り。
…………。
……おお。
これは。
猫じゃらしというより、巨大な遊具だね!
「……どうぞ!」
私は、王様へ差し出した。
ライオネス王が、目を丸くした。
「……何と! 儂に合わせた大きさか!」
「はい!」
王様は、嬉しそうに受け取った。
「がっはっは! 面白い!」
…………。
……うん。
こういう遊び道具も、たまにはいいよね。
◇
ライオネス王が、巨大な猫じゃらしを軽く振った。
ふわっ。
大きな飾りが、ゆっくり揺れる。
…………。
……おお。
動くと、結構迫力がある!
「……なるほど! この動きが面白いのだな!」
王様が、また振る。
ふわっ。
ふわっ。
…………。
……ん?
ライオネス王の目が、飾りを追っている。
…………。
……あれ。
キャッツさんと、同じ反応!?
そのとき。
飾りが、ふわりと王様の前を横切った。
すっ。
王様の手が、自然に動く。
ぱしっ。
…………。
……おお!
つかまえた!
「がっはっは! これは、なかなか楽しいぞ!」
…………。
……あああ。
この王様。
スーツ姿で、巨大な猫じゃらしを振ってる!
…………。
……面白い!
でも、ものすごく格好いい!
何だろう、この光景!
私は、思わず笑ってしまった。
「……あははは!」
ライオネス王も、豪快に笑う。
「がっはっは! よい贈り物を二つももらったな!」
…………。
……おお。
スーツと、巨大猫じゃらし。
まったく違う贈り物なのに。
両方、気に入ってくれたんだね!
◇
その隣で。
ラビリンスさんは、静かに目を閉じていた。
…………。
……あれ。
どうしたんだろう。
「……ラビリンスさん?」
「……はい」
「……大丈夫ですか?」
少しの沈黙。
「……陛下が楽しそうで、何よりでございます」
…………。
……あっ。
言葉は丁寧。
でも。
なんだろう。
ちょっと、諦めたような響きがあるね。
「……ただし」
ラビリンスさんが、静かに続ける。
「……スーツ姿で、その大きな道具をお持ちになったまま公務へ戻らないよう、お願いしたいところでございます」
…………。
…………。
……ぷっ!
……ああ。
確かに!
国王様が会議に巨大猫じゃらしを持ってきたら、大変だよね!
「がっはっは! 分かっておる!」
ライオネス王が、胸を張った。
……うん。
そう言ってるけど。
まだ、猫じゃらしを手放してないんだよね。
…………。
……ああ。
この二人、やっぱりいいコンビだなぁ。
◇
そのあと、ライオネス王たちにも屋敷とお店を案内した。
大柄な獣人の人でも歩きやすい廊下。
高さを調整した棚。
ゆっくり休める庭。
それから、みんなが使える食堂。
「……どうでしょう?」
私が尋ねると、ライオネス王が大きく頷いた。
「うむ! よい屋敷だ!」
…………。
……おお!
ラビリンスさんも、静かに微笑んだ。
「……生活する方々への配慮が、行き届いておりますね」
「ありがとうございます!」
……ああ。
よかった。
「それから、キャッツさん」
私は、キャッツさんへ目を向けた。
「ここは、キャッツさんのお家にもなるんだからね」
キャッツさんが、少し驚いた顔をした。
それから、ゆっくり頷いた。
「……はい。大切にいたします」
…………。
……うん。
そうだね。
家も、お店も。
そこで暮らす人がいてこそ、大切な場所になるんだから。
◇
夜が近づき、みんなが帰る準備を始めた。
菖蒲と一般メイドたちは、今夜からこの屋敷を守ってくれる。
キャッツさんも、ここで暮らし始める。
…………。
……うん。
七つ目の屋敷にも、ちゃんと灯りがともったね。
「……菖蒲、キャッツさん」
二人が、私を見る。
「これからも、よろしくね」
「……はい、リアリス様」
「……こちらこそ、よろしくお願いいたします」
……ああ。
頼もしいなぁ。
巴さんは、厨房の確認を終え、ほかの屋敷とつながる扉も使えるようにしてくれた。
……うん。
これで、七つの屋敷をみんなで行き来できる。
「……キャッツちゃん」
巴さんが、優しく声をかけた。
「お魚料理も用意するけれど、お野菜も食べましょうね」
…………。
……あっ。
そこも、もう分かってる!
「……は、はい」
キャッツさんの耳が、ちょっと横へ倒れた。
…………。
……うん。
仕事はとびきり優秀。
でも、お魚と昼寝には弱い。
……ああ。
何だか、これから賑やかになりそうだね。
◇
シルク王国邸へ戻ると、カトレアが嬉しそうに今日の出来事を話し始めた。
「……お父さん!」
「ん?」
「……キャッツおねえちゃん、ふわふわだった!」
「うん。そうだったね」
「……ねこじゃらし、いっしょに遊んだ!」
……ああ。
楽しそうだなぁ。
「また、会いに行こうね」
「……うん!」
…………。
……おっ。
即答だね。
今日だけで、すっかり仲良しになったみたい。
……と。
そのとき、階段の方から小さな足音が聞こえてきた。
とことこ。
……ん?
私は、顔を上げた。
そこにいたのは、体長五十センチほどの小さな熊。
モフ太だ。
普段は二階へ上がってすぐのホールで過ごしている、カトレアの専属護衛。
……うん。
今日も、ふわふわだね。
でも。
……あれ?
何だか、いつもより目つきが鋭くない?
「……モフ太?」
私が声をかけると、モフ太は小さな前足を床に揃え、じっとカトレアを見つめた。
「……カトレア様」
「……モフ太!」
カトレアは嬉しそうに振り返った。
「……きょうね! キャッツおねえちゃんに会ったの!」
「…………」
「……お耳も、しっぽも、ふわふわだった!」
「…………」
…………。
……あれ。
モフ太、固まってない?
少しの沈黙のあと。
モフ太が、低い声でぽつりと呟いた。
「……猫、ですか」
…………。
……おっ。
何だろう。
妙に重たい声だね。
「……私より、猫ですか……」
…………。
……ん?
「……許すまじ……!」
…………。
…………。
……ええええ!?
ちょっと待って、モフ太!?
まだ会ったこともないキャッツさんに、何の恨みが!?
モフ太は、小さな前足をぎゅっと握っていた。
……いや。
その姿で『許すまじ』って言われても。
迫力より可愛さが勝ってるんだけど!
「……モフ太?」
カトレアが、不思議そうに首を傾げた。
「……どうしたの?」
すると、モフ太は、さっと姿勢を正した。
「……いえ。何でもございません」
…………。
……おお。
切り替え、早い!
でも。
目だけは、まだちょっと真剣だ。
私は、思わず苦笑した。
「……モフ太。キャッツさんは、カトレアと遊んでくれた優しい人だよ」
「……承知しております」
…………。
……いや。
絶対、納得してないよね!?
そのとき、カトレアがモフ太へ駆け寄った。
「……モフ太も、ふわふわ!」
ぎゅっ。
小さな体で、モフ太を抱きしめる。
「……モフ太も、だいすき!」
…………。
モフ太の耳が、ぴくっと動いた。
「……カトレア様……!」
…………。
……あっ。
分かりやすい!
さっきまであんなに真剣だったのに、もう嬉しそうだ。
モフ太は、カトレアに抱きしめられたまま、満足そうに目を細めた。
……うん。
よかったね、モフ太。
……と、思ったんだけど。
「……しかし」
…………。
……ん?
モフ太が、私にだけ聞こえるくらいの小さな声で続けた。
「……護衛としても、ふわふわとしても、猫には負けません」
…………。
…………。
……まだ続いてたぁぁぁ!?
私は、思わず天井を見上げた。
……ああ。
キャッツさん。
どうやら、本人の知らないところで、強力なライバルが誕生したみたいだよ。
しかも。
相手は、Sランクの魔獣。
……いや。
勝負するのは、強さじゃなくて、ふわふわ具合なんだけどね!
巴さんが、温かいお茶を運んできた。
「ふふ。新しいお友達ができて、よかったわね」
「……おねえちゃん!」
カトレアが、嬉しそうに言い直した。
…………。
……ああ。
そうだったね。
キャッツお姉ちゃん。
菖蒲も、みんなの新しい仲間。
少しずつ家族が増えて、カトレアにも遊んでくれる人が増えていく。
……うん。
私も、嬉しいなぁ。
◇
「……リアリスちゃん」
巴さんが、少しだけ首を傾げた。
「獣王様へは、どんなものをお土産にしたの?」
…………。
……あっ。
その質問。
「……スーツをあげたんだ」
「まあ。似合った?」
「……ものすごく!」
私は、勢いよく答えた。
「本当に、すごく格好よかった!」
巴さんが、嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、よかったわね」
……うん。
よかった。
ただし。
「……あと、大きな猫じゃらしも……」
…………。
巴さんの手が、止まった。
「……大きな?」
「……獣王様サイズの」
…………。
少しの沈黙。
「……リアリスちゃん」
「……はい!」
「……お相手は、一国の王様なのよ?」
…………。
……うっ。
そのとおりです!
「でも、すごく喜んでくれたんだ!」
私が慌てて付け加えると、巴さんは小さく息を吐いた。
「……それなら、よかったけれど」
…………。
……ほっ。
よかったぁ。
「次からは、贈り物を選ぶときに、相手の立場もちゃんと考えましょうね」
「……はい!」
…………。
……うん。
今日も、お母さんには敵わない。
でも、あのライオネス王がスーツ姿で巨大な猫じゃらしを振っていた光景だけは、しばらく忘れられそうにない。
……いや。
思い出したら、また笑っちゃう!
◇
その夜。
私は、自室で地図を広げた。
シルク。
フォーサイド。
ローズ。
オリミス聖国。
ドルステン魔国。
エルフ国。
そして、獣人国ジーラット。
…………。
……ああ。
七つ。
七つも家ができたんだね。
最初は、一軒あれば十分だと思っていたのに。
今では、どの屋敷にも大切な家族がいる。
楓。
藤。
杏子。
蘭。
朝顔。
牡丹。
そして、今日迎えた菖蒲。
…………。
……うん。
あと一人。
あと一つの屋敷だ。
次は、ドワーフの二つの国。
あちらでは、両方の国から行き来しやすい場所に、共通の家を建てられたらいいな。
……ああ。
また、どんな出会いがあるんだろう。
どんな人が暮らしていて。
どんなおいしいものがあるのかな。
……うん。
楽しみだね。
ただし。
今度こそ、初対面の人を変な呼び方で呼ばないようにしよう!
…………。
……非常食。
…………。
……いや!
もう、それは忘れようってば!
私は、思わず苦笑した。
そして、静かに地図を畳んだ。
――エルフ国と獣人国への正式訪問を終え、リアリスは七つ目の屋敷と新しい仲間たちを迎えた。七人目のフラワーズ・菖蒲、そして猫獣人のキャッツ。賑やかになった家族を思いながら、次は二つのドワーフ国へ向かうのだった。




