第5話:獣人王と非常食
エルフ国から戻った翌朝。
私は、シルク王国邸の食堂で、あることを考えていた。
……うん。
昨日は、新しい家族が増えた。
エルフ国邸を守ってくれる、六人目のフラワーズ。
牡丹。
淡い赤色の短い髪に、落ち着いた表情。
仕事に真面目で、私が頭を撫でると、ほんの少しだけ目元を緩める。
…………。
……ああ。
可愛かったなぁ。
……いや。
それは、今考えることじゃない。
大事なのは、牡丹がまだ、ほかのフラワーズに会っていないことだ。
桜花と巴さんには会えた。
カトレアとも、ちゃんと挨拶できた。
でも、楓たちとはまだなんだよね。
……うーん。
みんな、それぞれのお屋敷を守っているから、仕方ないんだけど。
せっかく家族が増えたんだもん。
顔くらい、合わせてあげたい。
「……リアリスちゃん?」
考え込んでいると、巴さんが声をかけてくれた。
「どうしたの? パン、冷めちゃうわよ」
…………。
……あっ。
また、ぼんやりしてた!
「……ごめん。牡丹のことを考えてたんだ」
巴さんが、穏やかに微笑んだ。
「牡丹ちゃん?」
「うん。楓たちに、まだ紹介できてないでしょう?」
「……ああ、そうね」
巴さんは、少し考えた。
「だったら、今日、みんなを呼んでみたら?」
…………。
……おっ。
「いいの?」
「ふふ。屋敷の仕事が落ち着いている時間なら、少し集まるくらい大丈夫でしょう」
……うん。
確かに。
各屋敷には、十人ずつ一般メイドがいる。
結界もあるし、何かあれば連絡してもらえる。
もちろん、長い時間留守にするつもりはない。
……よし。
じゃあ、朝のうちに集まってもらおう。
◇
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「牡丹を、みんなに紹介したいんだけど。手伝ってくれる?」
桜花の目元が、柔らかくなった。
「もちろんでございます。皆も楽しみにするかと存じます」
……ああ。
そうだよね。
新しい妹が増えたんだから。
「……でも、みんなのお仕事を邪魔したくないな」
「各屋敷の状況を確認し、短い時間だけお越しいただけばよろしいかと」
……おお。
それなら、安心。
私は《映像通話》で、まず楓に連絡した。
画面が開くと、橙色の短い髪の少女が映った。
『……リアリス様』
「おはよう、楓!」
『……おはようございます』
……うん。
いつもの楓だね。
「今日、新しい子を紹介したいんだけど、少しだけ時間ある?」
楓は、ちょっと首を傾げた。
『……新しい子?』
「うん。昨日、エルフ国に屋敷ができたんだ。そこで、牡丹っていう子を迎えたよ」
…………。
画面の向こうで、楓がじっと私を見た。
『……会う』
…………。
……早い!
「……あはは。ありがとう!」
『……いつ?』
「みんなの都合がよければ、このあと食堂で」
『……分かった。お店は、ほかの子にお願いする』
…………。
……おお。
即決だね。
小さな頷きで通話が終わった。
……うん。
楓も、楽しみにしてくれてるみたい。
◇
続いて、杏子。
『……おはようございます、リアリス様』
「おはよう! 新しいフラワーズを紹介したいんだ」
『……六人目、ですね』
…………。
……あっ。
もう分かってる!
「そうそう。牡丹っていう子でね」
『……お会いしたいです』
杏子は、淡々と言いながらも、すぐ予定を確認してくれた。
『……帝国邸は、午前の担当者も揃っています。少しでしたら問題ありません』
「ありがとう!」
その次は、藤。
『……リアリス様。おはようございます』
「藤も、来られそう?」
『……はい。部屋の点検が終わりましたので』
……おお。
この子も、準備が早い。
蘭にも連絡してみる。
『……新しい妹ですか』
「うん!」
『……楽しみです。お花のお名前なのですね』
……ああ。
そうだね。
フラワーズだからね。
そして最後は朝顔。
『……牡丹、というお名前なのですね』
「そうなんだ。よろしくしてあげてね」
『……はい。私も、お姉さんになるのですね』
…………。
……おっ。
そういえば、朝顔も最初は一番下だったんだ。
……ああ。
妹が増えるって、そういうことなんだね。
私は、少しだけ嬉しくなった。
◇
さて。
問題は、牡丹だ。
急に五人ものお姉さんと会うことになって、緊張しないかな。
……うーん。
真面目な子だから、きっと頑張りすぎちゃうかもしれない。
私は、エルフ国邸へ連絡した。
『……おはようございます、リアリス様』
画面に、牡丹が映った。
「おはよう、牡丹。お仕事はどう?」
『……順調でございます。皆で分担して、問題なく進めております』
「それなら、よかった!」
……うん。
頼もしいねぇ。
「実は、これから楓たちを集めようと思ってるんだ。牡丹にも、会ってほしくて」
牡丹は、ほんの少し目を見開いた。
『……ほかのフラワーズの皆様、でしょうか』
「そうだよ。まだ会ったことないでしょう?」
『……はい』
「みんな、牡丹に会いたいって言ってくれてるよ」
…………。
少しの沈黙。
『……承知しました。すぐに参ります』
…………。
……あれ。
ちょっと、声が硬くなった?
「……牡丹?」
『……はい』
「そんなに緊張しなくていいからね。みんな優しいよ」
牡丹は、静かに頷いた。
『……はい。ありがとうございます』
……うん。
それじゃ、待ってるね。
◇
しばらくして。
シルク王国邸の食堂に、フラワーズたちが集まった。
橙色の短い髪の楓。
白から桃色へと変わる髪の杏子。
淡い紫色の藤。
淡い桃色の蘭。
濃い桃色の朝顔。
そして。
少し遅れて、淡い赤色の髪をした牡丹が入ってきた。
…………。
……おお。
六人!
こうして一度に揃うと、すごいね。
みんな外見は十三歳くらい。
表情は、それぞれ控えめ。
でも、髪の色も、立ち方も、私を見るときの目つきも違う。
……うん。
ちゃんと、一人ひとり違う子だ。
「……リアリス様」
牡丹が、少し離れたところで立ち止まった。
「……お呼びいただき、ありがとうございます」
「来てくれてありがとう、牡丹!」
私は、笑顔で手招きした。
「こっちへおいで」
「……はい」
牡丹が、一歩前へ出る。
……うん。
それじゃ。
「みんな。この子が牡丹だよ。昨日、エルフ国邸を一緒に守ってくれることになったんだ」
牡丹は、きちんと背筋を伸ばして頭を下げた。
「……牡丹と申します。これから、よろしくお願いいたします」
…………。
……ああ。
丁寧だね。
◇
最初に動いたのは、楓だった。
とことこ。
牡丹の前まで歩いていく。
「……楓」
…………。
……うん。
自己紹介、短い!
「……よろしく」
楓が、そっと手を差し出した。
牡丹は一瞬だけ迷ってから、その手を握った。
「……よろしくお願いいたします」
…………。
……おお。
握手できた!
続いて、杏子。
「……私は杏子。ローズ帝国邸を担当しています」
「……牡丹です。エルフ国邸を担当いたします」
杏子が、静かに頷く。
「……分からないことがあれば、聞いてください」
「……ありがとうございます」
……うん。
杏子らしいね。
頼もしいお姉さんだ。
藤も、少し近づいた。
「……藤です。よろしくお願いします」
「……よろしくお願いいたします」
藤は、牡丹の手元をちらりと見た。
「……お仕事、無理していませんか?」
…………。
……おっ。
そこを聞くんだね。
「……十人の皆と分担しています」
「……それなら、よかったです」
……ああ。
優しいなぁ。
◇
次に、蘭。
「……蘭です。初めまして」
「……初めまして、蘭様」
蘭が、ほんの少し目を細めた。
「……様は、つけなくてもいいですよ」
…………。
……おお。
そうだよね。
家族なんだから。
「……では、蘭さん」
「……はい」
……うん。
いい感じ。
最後は、朝顔。
「……朝顔です。よろしくお願いします」
「……よろしくお願いいたします」
朝顔は、少しだけ首を傾げた。
「……私も、少し前に新しく迎えていただいたんです」
牡丹が、小さく頷く。
「……そうなのですね」
「……だから、分からないことがあれば、一緒に覚えましょう」
…………。
……ああ。
いいね。
先に生まれたからって、偉そうにしない。
ちゃんと、同じ家族として迎えてくれてる。
牡丹は、五人を順番に見た。
それから。
「……皆様、ありがとうございます」
ゆっくり頭を下げた。
…………。
……うん。
でも。
まだ少し、緊張してるかな。
◇
そのとき。
「……牡丹」
楓が、そっと牡丹の袖をつまんだ。
…………。
……あれ。
「……何でしょうか」
「……ここ、座って」
楓が、自分の隣の椅子を指差した。
牡丹が、少しだけ瞬きをした。
「……よろしいのですか」
「……うん」
…………。
……あっ。
可愛い!
牡丹が椅子に座ると、藤が反対側の椅子を少し引いてあげた。
蘭は、お茶の入ったカップをそっと近づける。
杏子は、今日の屋敷の予定を尋ねる。
朝顔は、自分が初めて魔国邸へ来たときのことを少し話した。
…………。
……ああ。
なんだろう。
私、何もしなくてもよかったんじゃない?
みんな、ちゃんと仲良くなろうとしてくれてる。
桜花が、私の隣で小さく微笑んだ。
「……リアリス様」
「うん?」
「……皆、よいお姉さんですね」
…………。
……うん。
本当に。
私は、少しだけ胸が温かくなった。
◇
巴さんが、温かい飲み物と焼き菓子を運んできた。
「みんな、こんにちは」
「……巴様」
六人の声が、ほとんど同時に揃った。
…………。
……おお。
揃うと、何だかすごいね。
「ふふ。今日は新しい妹が増えた記念ね」
巴さんが、お盆を置いた。
「せっかくだから、少しお茶を飲んでいきなさい」
……うん。
いいね!
私は、椅子を引いてみんなのそばへ座った。
「……リアリス様」
楓が、私の袖をちょんと引っ張った。
「ん?」
「……牡丹も、撫でてあげて」
…………。
……あっ。
何だろう。
突然のお願い。
私は、牡丹を見た。
牡丹は、静かにこちらを見ている。
でも、ほんの少しだけ期待しているような。
…………。
……うん。
分かった!
「牡丹。頭、撫でてもいい?」
「……はい」
私は、そっと淡い赤色の髪に手を置いた。
ゆっくり撫でる。
牡丹が、ほんのわずかに目を細めた。
……ああ。
可愛いなぁ。
すると、今度は楓が私を見上げた。
「……私も」
…………。
……あっ。
そうなるよね!
杏子も、藤も、蘭も、朝顔も。
何も言わないけど、視線がこちらに集まっている。
…………。
……おお。
全員!?
私は、思わず笑ってしまった。
「……もちろん。順番ね!」
……ああ。
今日は、みんなを撫でる日になりそうだ。
◇
短いお茶の時間が終わる頃には、牡丹の表情も少し柔らかくなっていた。
……うん。
本当によかった。
「……では、そろそろ戻りましょうか」
杏子が、静かに立ち上がった。
……あっ。
そうだね。
各屋敷のお仕事もあるんだった。
「みんな、今日はありがとう!」
私は、全員へ頭を下げた。
「……また、集まりましょう」
蘭が、小さく言った。
「……はい」
牡丹が、しっかり頷く。
朝顔も、ほんの少しだけ目元を緩めた。
「……次は、ゆっくり」
…………。
……うん。
そうだね。
今日は短い時間だったけど。
これから、何度でも会えるんだから。
楓が、牡丹の手をもう一度握った。
「……またね」
「……はい。また」
…………。
……ああ。
もう、家族だね。
それぞれが、巴さんのつないだ扉を通って担当の屋敷へ戻っていく。
各屋敷の一般メイドからも、問題がないことを確認できた。
……よし。
これで、顔合わせは大成功!
◇
「……リアリスちゃん」
みんなが戻ったあと、巴さんが微笑んだ。
「嬉しそうね」
「うん!」
私は、即答した。
「だって、みんな仲良くなれそうなんだもん」
「ふふ。それはよかったわ」
……ああ。
こんなふうに、家族が増えるのっていいね。
今は、六人。
いつか、八人になったら。
……うん。
そのときも、こうしてみんなで集まろう。
「……さて」
私は、椅子から立ち上がった。
「今度は、お仕事だね」
桜花が、すっと私のそばへ来た。
「……獣人国への正式訪問でございますね」
「うん。まずは、カバディ王に書状をお願いしないと」
……そうだった。
国が変われば、ちゃんと挨拶しなくちゃいけない。
その国の決まりもあるし。
勝手に家を建てるわけにもいかないしね。
私は、机の上にある地図へ目を向けた。
ジーラット国。
そして、その中心にある獣都ヴォルグリム。
…………。
……うん。
次の目的地は、あそこだ。
◇
カバディ王にお会いするため、私は桜花と一緒にシルク王城へ向かった。
……うん。
もう何度も来てるから、道は覚えている。
最初にこのお城へ来た頃は、ずいぶん緊張したんだけどなぁ。
今では、門番さんも顔を覚えてくれている。
「リアリス様。お待ちしておりました」
「こんにちは。国王さんはいらっしゃいますか?」
「はい。お話は伺っております」
…………。
……おお。
ありがたい。
事前に《映像通話》で連絡しておいて、よかった。
通された部屋では、カバディ王が書類を見ていた。
「おお、リアリス殿。よく来たな」
「こんにちは、国王さん!」
私は、軽く頭を下げた。
「また、紹介の書状をお願いしたくて……」
…………。
……あっ。
何だか、何度もお願いしてるね。
私、王様を便利な書状係みたいにしてないかな。
「……お忙しいところ、すみません」
私が言うと、カバディ王は小さく笑った。
「ははは。そなたは、いつもそう言うな」
…………。
……えっ。
「他国の王と正式に話し合うのだろう? ならば、王から王へ書状を送ることは何もおかしくない」
……ああ。
そうなんだね。
「……助かります!」
私は、思わず笑った。
◇
「ところで、エルフ国では随分なことがあったと聞いたぞ」
…………。
……あっ。
もう、伝わってるんだ。
「……はい。国宝が盗まれまして……」
「しかも、知性を持つ魔獣が犯人だったとか」
「そうなんです」
……うん。
思い出すだけで、妙な事件だったなぁ。
「でも、無事に取り戻せました。森王様も、お元気でしたよ」
カバディ王が、深く頷いた。
「それはよかった。ライノーラ殿とは、今後もよい関係を築きたいからな」
……ああ。
国と国が仲良くなるのって、こういうことなんだね。
私がただ好き勝手に移動するだけじゃなくて、相手の王様とも顔を合わせて。
……うん。
少しずつ、信頼してもらえたら嬉しい。
「エルフ国には、新しい屋敷もできたんだろう?」
「はい。牡丹という子も迎えました」
「……また家族が増えたのか」
国王さんが、苦笑した。
…………。
……あっ。
もう、驚かなくなっちゃった。
これまでに、私が何度も家を増やしてきたからね。
「今朝は、みんなで顔合わせもしたんですよ」
「それはよかった」
……うん。
何だか、普通にお祝いしてくれるのが嬉しいね。
◇
カバディ王は、机の上に広げた地図を見た。
「次は、ジーラット国か」
「はい。正式に獣王様へご挨拶したいんです」
「ライオネス殿は、豪胆な王だ。そなたとは、少し違う性格かもしれぬな」
…………。
……おっ。
豪胆。
……うーん。
何だろう。
ものすごく強そうな響きだね。
「……怖い方ですか?」
私が尋ねると、カバディ王は、少し考えてから笑った。
「敵に回さなければ、話の分かる方だと思うぞ」
…………。
……あっ。
敵に回さなければ!
それ、結構大事な条件じゃない?
「……あの、私、何か気をつけた方がいいでしょうか」
「まずは、堂々としておればよい」
…………。
……どうどう。
……うん。
頑張ろう。
「それと、あの方は強さを重んじると聞く」
「……強さ、ですか」
……ああ。
これは。
もしかして。
手合わせを申し込まれたり、しないよね?
…………。
……いや。
考えるの、やめよう。
こういう予感は、当たってほしくない!
◇
書状が用意されるまで、私はジーラット国について教えてもらった。
獣人たちの国。
獅子の顔をした人もいれば、兎や猫、熊の顔をした人もいる。
……うん。
エルフ国とは、ずいぶん違う景色になりそうだね。
「首都は、獣都ヴォルグリムだ。国の中心にあり、王城もそこにある」
……うん。
そうだったね。
昨日、地図で見ていた場所だ。
「ジーラットは国の名で、ヴォルグリムが都の名だ。間違えぬようにな」
…………。
……あっ。
そこ、重要!
「……はい。覚えました!」
……うん。
国名と都市名。
似たような話を、ほかの国でも何度かした気がする。
私は、メモ代わりに脳内マップで場所を確かめた。
……よし。
場所も分かった。
「以前、北の海岸近くには行ったんですけどね」
「……海岸?」
「……えっと、ちょっと落とし物を探しに」
…………。
……あっ。
また、その話。
神様の盾を探しに、リピトの近くへ行ったんだった。
でも、あのときは誰にも挨拶せず、海の中から盾を拾って帰っただけだ。
だから。
今回が、ジーラット国への正式な訪問になる。
「今度は、ちゃんと王様へ挨拶したいんです」
カバディ王が、穏やかに頷いた。
「うむ。それなら、ライオネス殿にも伝わるだろう」
◇
しばらくして、書状が届いた。
封をされた、立派な手紙。
……うん。
こういうものって、何度受け取っても大切に扱いたくなるね。
「ライオネス王宛てだ。そなたのことと、これまで各国と結んだ取り決めについても触れておいた」
「ありがとうございます!」
私は、両手で丁寧に受け取った。
……よし。
これがあれば、最初から全部説明しなくても済むね。
「ただし」
カバディ王が、少しだけ真面目な顔になった。
「相手の国の事情もある。最終的には、そなた自身の言葉で確かめるのだぞ」
……うん。
そのとおりだね。
「はい。自分でも、ちゃんと話してきます」
「うむ」
王様が微笑んだ。
……ああ。
こうして見送ってもらえるのって、嬉しいなぁ。
「……それでは、行ってきます!」
「気をつけてな」
桜花も、綺麗に一礼した。
「ご配慮、感謝いたします」
……うん。
準備は整った。
次は、獣人国だ!
◇
翌朝。
私は、食堂で朝ご飯を食べながら、今日の予定を確認していた。
……うん。
獣都ヴォルグリムへ移動して、王城で謁見の申し込みをする。
書状を渡して、許可をいただけたら正式にご挨拶。
そのあとは、相手の国の事情を聞く。
……よし。
これなら、いつもと同じ流れだね。
「……お父さん」
カトレアが、スープを一口飲んでから私を見た。
「……今日は、ねこさんの国?」
…………。
……おっ。
よく覚えてるね。
「うん。猫の獣人も暮らしてる国だよ」
「……ねこさん!」
…………。
……ああ。
嬉しそう。
……でも。
猫の獣人って、普通の猫と同じなのかな。
……いや。
顔が猫でも、人間と同じように暮らしている人たちなんだから。
勝手に撫でたりしたら、失礼だよね。
「……カトレア」
「ん?」
「猫みたいな人がいても、普通の人と同じように挨拶しようね」
カトレアは、小さく頷いた。
「……うん。こんにちは、って!」
……おお。
偉い!
「そうそう!」
私は、思わず頭を撫でた。
……うん。
この子なら、大丈夫だね。
◇
「リアリスちゃん」
巴さんが、席のそばへ来た。
「今日は、獣人国なのね」
「うん。まずは王様に挨拶してくるよ」
「そう。気をつけてね」
…………。
……ああ。
いつもの言葉だ。
でも、ちゃんと心配してくれてるのが分かる。
「もちろん!」
「それから、相手の方のお話も、ちゃんと最後まで聞くのよ」
…………。
……あっ。
何だか、また注意された!
「……はい」
……うん。
ちゃんと聞きます。
たぶん。
……いや。
頑張ります!
桜花が、私の横で微笑んでいた。
……あれ。
何だろう。
私が子ども扱いされてるの、楽しんでない?
「……桜花?」
「……何でもございません」
…………。
……うん。
絶対、何か思ってたよね。
◇
朝食のあと。
私は桜花と一緒に、屋敷の外へ出た。
……うん。
晴れてるね。
今日も、いい天気だ。
《サーチ》で、移動先を確かめる。
獣都ヴォルグリムの外側。
地図で把握した街道の近く。
人や魔獣がいない場所を選んで。
……よし。
初めて正式に訪問する国なんだから、街の中へ突然出現するようなことは避けよう。
「……桜花。準備はいい?」
「はい、リアリス様」
「それじゃ、行こうか」
私は《転移》を発動した。
視界が一瞬、切り替わる。
そして。
ふわっ。
頬を撫でる風の匂いが、変わった。
…………。
……おお。
到着!
目の前には、土色の街道。
遠くには、大きな城壁が見えている。
その上に、いくつもの旗が揺れていた。
……うん。
あれが、獣都ヴォルグリムだね。
◇
「……リアリス様」
桜花が、街道の先へ目を向けた。
「……人の往来が多いようでございます」
「うん。大きな町だね」
……ああ。
賑やかそうだなぁ。
遠くから、荷車の音が聞こえる。
商人らしい人たちが、荷物を運んでいる。
……ん?
いや。
よく見ると、普通の人間じゃない。
頭に、長い耳。
顔が、熊みたいな人。
それから、牛の顔をした人もいる。
…………。
……おおお。
本当に、獣人の国なんだ!
……いや。
当たり前なんだけどね。
私は、思わず周囲を見回してしまった。
でも。
あまりじろじろ見るのは、失礼だよね。
……うん。
落ち着こう。
「……桜花。まずは、門で手続きをしようか」
「かしこまりました」
私たちは、街道を歩き始めた。
◇
近づくにつれて、城壁の大きさがよく分かった。
石を積み上げた頑丈な壁。
広い門。
その両脇には、槍を持った兵士さん。
……うん。
しっかり守られてるね。
門の前で、ひときわ大きな影が動いた。
…………。
……ん?
熊?
…………。
いや。
人だ。
大きな熊の顔をした、立派な鎧の兵士さんだった。
……おお。
迫力あるなぁ。
「止まれ。ここへ来た目的は?」
低い声が響いた。
……うん。
普通の入国審査だね。
「こんにちは。私はリアリスといいます。こちらは桜花です」
桜花も、一礼する。
「桜花と申します」
「……人間種か」
「はい。シルク王国から来ました」
熊の兵士さんは、私たちを順番に見た。
「用件は?」
「獣王様へ、正式にご挨拶したくて。こちらに、シルク王国の国王から預かった書状があります」
私は、封のされた手紙を示した。
…………。
兵士さんの目つきが、少し変わった。
「……国王からの書状?」
「はい。王城へ取り次いでいただけませんか?」
……うん。
失礼がないように、ちゃんとお願いしよう。
◇
兵士さんは、近くにいた同僚を呼んだ。
兎の顔をした、少し小柄な兵士さんだ。
…………。
……あっ。
こっちも、獣人だ。
当たり前だけど、種族が違う人たちが一緒に働いてるんだね。
「王城へ使いを出す。確認できるまで、少し待ってもらうぞ」
「ありがとうございます」
……うん。
当然の手続きだよね。
知らない人が突然「王様に会わせてください」って言ったら、困るはず。
私は、門の脇で桜花と一緒に待つことにした。
……ああ。
この国の門番さんも、きちんとしてるね。
しばらくすると、同僚の兵士さんが戻ってきた。
「……お待たせした。城から、通してよいとの返事があった」
…………。
……おお!
早い!
「ありがとうございます!」
熊の兵士さんが、ゆっくり頷いた。
「案内役をつける。城の中では、その者に従ってくれ」
「はい!」
……うん。
よかった。
これで、正式に入国できるね。
◇
門をくぐると、獣都ヴォルグリムの大通りが広がっていた。
…………。
……おお!
すごい!
エルフ国の森都とは、また全然違う。
幅の広い道。
頑丈そうな石造りの建物。
大きな荷車が何台も行き交っている。
屋台からは、香ばしい匂い。
……あっ。
あれ、焼いたお肉かな。
いい匂いだなぁ。
……いや。
今は、食べ歩きじゃないんだった!
「……リアリス様」
桜花が、小さく声をかけてきた。
「……あちらで、お肉を焼いておりますね」
…………。
……えっ。
分かった?
「……あはは。おいしそうだね」
「……はい。カトレア様にも、いつかご案内したいところでございます」
……ああ。
そうだね。
カトレアも、喜ぶかもしれない。
もちろん、初めて見る獣人さんたちには、ちょっと驚くだろうけど。
……うん。
今度、一緒に来よう。
◇
案内役の兵士さんは、通りを進みながら少しだけ町の説明をしてくれた。
「ここが商業の中心だ。奥へ行くと、王城へ続く道になる」
「……おお。ありがとうございます」
……うん。
お店が多いね。
肉を扱う屋台。
野菜を積んだ荷車。
布や日用品を並べた店。
……あっ。
魚を売ってるところもある。
……なるほど。
獣人だからって、全員同じ食べ物が好きなわけじゃないんだね。
猫の人。
兎の人。
熊の人。
牛の人。
それぞれ、好きなものも違うだろうし。
…………。
……うん。
今度ここに雑貨屋を作るとしたら、商品を考えないとね。
大柄な獣人さんもいるから、通路の幅にも気を配りたい。
……いや。
まだ、土地の許可をいただいてないんだけど。
私は、慌てて考えを戻した。
まずは、獣王様へご挨拶!
◇
大通りの先に、立派な王城が見えてきた。
……おお。
大きい。
重厚な石の壁。
太い柱。
入口には、獣の姿をかたどった彫刻もある。
……うん。
どこか、力強い印象だね。
森都の王城は、木々と一緒に呼吸しているような雰囲気だった。
でも、こっちは。
何というか。
「俺はここにいるぞ!」って、城そのものが主張してる感じ。
…………。
……うん。
すごく分かりやすいなぁ。
「……リアリス様」
桜花が、静かに言った。
「……建物の印象も、国によってずいぶん違うものでございますね」
「うん。本当に」
……ああ。
こういうのも、旅の楽しみだね。
……いや。
今度こそ、事件が起きませんように!
私は、こっそり心の中で祈った。
◇
王城の中へ入ると、案内役の兵士さんが一礼した。
「こちらで、担当の者へ引き継ぐ」
「ありがとうございました!」
私も、頭を下げた。
代わって現れたのは、細身の兎の獣人だった。
きちんとした服装。
長い耳。
柔らかな毛並みの顔。
……おっ。
さっきの兵士さんとは違って、文官さんみたいだね。
「リアリス様、桜花様ですね」
「はい!」
「お待ちしておりました。陛下へのご挨拶の前に、書状を拝見してもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
私は、カバディ王から預かった封書を渡した。
兎の方は、封を確認してから丁寧に受け取った。
「確かに、シルク王国の王印でございますね」
…………。
……おお。
やっぱり、分かるんだ。
さすが、お城で働く人だね。
「陛下へお渡ししてまいりますので、こちらで少々お待ちください」
「はい。お願いします」
……うん。
ここまで来たら、もう少しだね。
◇
案内された待合室には、大きめの椅子が並んでいた。
……うん。
座面が深く、背もたれも高い。
熊の獣人さんでも座れるようにしてあるのかな。
……ああ。
そう考えると、今度お店を作るときも、体格の違いには気を配らないとね。
「……リアリス様」
桜花が、私の隣へ座った。
「……緊張しておいでですか?」
「……少しね」
私は、苦笑した。
「どんな王様なんだろう」
「……カバディ陛下のお話では、豪胆なお方とのことでしたね」
「うん。強さを重んじるとも言ってた」
…………。
……ああ。
それが、一番気になるんだよね。
まさか、いきなり決闘になったりしないよね?
私は、慌てて首を振った。
……いやいや。
正式な謁見に来たんだから、大丈夫。
……たぶん。
◇
しばらくして、先ほどの兎の文官さんが戻ってきた。
「お待たせいたしました。陛下がお会いになります」
「ありがとうございます!」
……よし。
いよいよだね。
案内された先には、大きな扉があった。
扉が開くと、広い謁見の間が姿を現した。
高い天井。
頑丈そうな柱。
壁に掛けられた旗。
そして、正面の玉座。
…………。
……おおお。
いた!
大きな体。
立派なたてがみ。
鋭い目つき。
……ああ。
本当に、ライオンの顔だ!
もちろん、ただのライオンじゃない。
二本足で立ち、服を着て、人と同じように暮らす獣人。
それも、獣人国の王様だ。
…………。
……すごい迫力。
でも、私たちはご挨拶に来たんだからね。
私は、ゆっくり前へ進んだ。
◇
「……シルク王国から参りました、リアリスと申します」
私は、丁寧に頭を下げた。
「こちらは、桜花です」
「桜花と申します。お目にかかれて光栄に存じます」
桜花も、静かに一礼する。
玉座に座った獣王が、じっと私たちを見た。
…………。
……うっ。
目力が、すごいなぁ。
しばらくして。
「……がっはっは!」
…………。
……おっ!?
突然、大きな笑い声が響いた。
「よく来たな! リアリス!」
…………。
……おお。
声も大きい!
「儂がジーラット国の獣王、ライオネス・グラン・ファングだ!」
「……は、はい!」
…………。
……ああ。
なるほど。
カバディ王が豪胆な人だって言ってた意味が、分かった気がする。
森王様が「……うむ」なら。
この王様は「がっはっは!」なんだね。
……いや。
分かりやすすぎる!
◇
ライオネス王は、玉座から立ち上がった。
…………。
……おお。
大きい!
背丈は、百九十センチほど。
肩幅も広く、体つきはがっしりしている。
豊かなたてがみが、動くたびに揺れた。
……ああ。
まさに、獅子の王様だね。
「カバディからの書状は読んだ!」
「ありがとうございます」
「人と魔族の和平をまとめたのも、そなたがきっかけだそうだな!」
…………。
……あっ。
そこまで、書いてあるんだ。
「……あはは。私は、話し合いの場を用意しただけですよ」
ライオネス王が、鼻を鳴らした。
「それが簡単にできると思うか?」
…………。
……おっ。
少し、真面目な声になった。
「長く争ってきた者同士を、同じ卓につかせる。言うほど簡単ではないぞ」
……うん。
それは、そのとおりだと思う。
私一人じゃ、何も決められなかった。
「……はい。皆さんが、ちゃんと話してくださったからです」
ライオネス王が、大きく頷いた。
「うむ! 分かっておるならよい!」
…………。
……ああ。
豪快だけど、話はちゃんと聞いてくれるんだね。
◇
「ところで、リアリス!」
「はい?」
「そなた、相当に強いそうだな!」
…………。
…………。
……あっ。
来た。
その話!
「……えっと、身を守るくらいはできますけど」
「がっはっは! 控えめな男だ!」
…………。
……いや。
そういうつもりじゃないんだけど。
「なれば、儂と手合わせをせんか!」
…………。
…………。
……ほらぁ!
やっぱり!
私は、すぐに頭を下げた。
「……すみません。手合わせは遠慮させてください」
…………。
……うん。
即答。
これ、大切。
戦うために来たんじゃないんだもんね。
ライオネス王が、少しだけ目を丸くした。
「……何? 断るのか?」
「はい。今日は、友好的なご挨拶に来たんです」
私は、穏やかに続けた。
「それに、怪我をするようなことになったら、お互い困りますから」
…………。
少しの沈黙。
……あれ。
怒ったかな。
でも。
「……がっはっは!」
…………。
……おお。
また笑った!
「よい! 無理強いするものではないからな!」
…………。
……ほっ。
よかったぁ。
私は、心から頭を下げた。
「ありがとうございます!」
◇
「……では、本題だな」
ライオネス王は玉座へ戻った。
「カバディの書状には、そなたが我が国とも友好を望むとあった」
「はい。できれば、お互いに争わず、自由に行き来できる関係を築きたいんです」
「領地も、爵位も、いらぬと?」
「……はい。家族と、のんびり暮らせれば十分です」
…………。
……うん。
何度説明しても、そこだけは変わらない。
私は、王様になるために生まれ変わったわけじゃないんだもんね。
ライオネス王が、私をじっと見た。
「……強いのに、力を振りかざさぬか」
…………。
……おっ。
考えてくれてる。
そして。
「……がっはっは! よいではないか!」
…………。
……おお!
「その考え、儂は嫌いではない!」
……ああ。
よかった。
少しだけ、気が楽になった。
◇
そのとき。
「……陛下」
玉座の隣から、落ち着いた声が聞こえた。
細身の兎の獣人が、一歩前へ出る。
…………。
……おっ。
さっきからいた人だね。
長い耳。
整った服。
柔らかな毛並みの、完全な兎の顔。
体つきは、ライオネス王とは対照的だ。
「正式な取り決めの内容を、先にご確認いただければと存じます」
「おお、そうだったな!」
…………。
……あっ。
王様、忘れてたんだ。
……いや。
王様だって、何でも完璧とは限らないよね。
兎の獣人は、書類を取り出して私へ向き直った。
「失礼いたしました。ご説明申し上げます」
……おお。
仕事ができそうな人だね。
◇
「第一に、リアリス様およびご家族との友好的な関係を維持すること」
「はい」
「第二に、正当な理由なく干渉しないこと」
……うん。
そこは、大切だね。
「第三に、我が国の法を尊重していただくことを前提に、居住地を自由に選べること」
「ありがとうございます」
「第四に、身分や所属を理由として、不当に行動を制限しないこと」
…………。
……ああ。
分かりやすい。
友好的にする。
必要以上に干渉しない。
住む場所は自由。
そして、不当な制限はしない。
……うん。
これまでの国々とも、だいたい同じ内容だ。
「……私も、問題ありません」
兎の獣人が、静かに頷いた。
「承知しました」
ライオネス王も、力強く頷く。
「儂にも異存はない! これからよろしく頼むぞ!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
…………。
……よし。
これで、ジーラット国とも正式に友好の取り決めができた!
◇
兎の獣人が、書類をまとめている。
……うん。
ああいう人がいれば、国の仕事も円滑に進むんだろうなぁ。
……あれ。
そういえば。
まだ、お名前を聞いてなかったね。
私は、改めて二人を見た。
大きなライオンの王様。
その隣に、小柄な兎の人。
…………。
……うーん。
何だろう。
動物の世界なら、ライオンは肉食で。
兎は……。
…………。
……あっ。
まさか。
「……非常食?」
…………。
…………。
…………。
……えっ。
…………。
……ああああ!
声に、出ちゃったぁぁぁ!
謁見の間が、ぴたりと静まり返った。
私は、慌てて口を押さえた。
……しまった!
人を食べ物扱いしちゃ駄目だって、今朝カトレアにも説明してたじゃないか!
◇
兎の獣人が、ゆっくりこちらを向いた。
…………。
……うっ。
耳が、ぴんと立ってる。
「……失礼ですが」
落ち着いた声。
でも。
……あれ。
さっきより、少し冷たくない?
「私は、ラビリンスと申します」
…………。
……おっ。
お名前!
「ジーラット国の宰相を務めております」
…………。
……ああ。
宰相さん!
やっぱり、大切な役職の人だったんだ!
「……王の非常食ではありません!」
…………。
…………。
……ああああ!!
言わせちゃった!
「す、すみません!!」
私は、勢いよく頭を下げた。
「本当にすみません! 変な連想をしてしまって!」
…………。
……うん。
全面的に、私が悪い。
ラビリンスさんが、静かに目を細めた。
「……ご自分でも、失礼だとお分かりなのですね」
「……はい!」
……ああ。
獣人国で最初にやらかしたのが、これかぁ!
◇
「……がっはっはっは!」
…………。
……うわっ!
突然、今までで一番大きな笑い声が響いた。
ライオネス王が、腹を抱えて笑っていた。
「非常食! がっはっは! ラビリンスが非常食か!」
…………。
……あっ。
王様。
そこ、笑うところじゃないです!
「……陛下」
ラビリンスさんの声が、さらに静かになった。
…………。
……うっ。
これは、怒ってる。
絶対に。
「……私が非常食でしたら、今後の国政は、どなたが担われるおつもりですか」
…………。
……おお。
そっちの話!?
ライオネス王の笑いが、ぴたりと止まった。
「……む」
…………。
……あっ。
効いた!
「ご決裁いただけていない書類も、まだございますが」
「……うむ」
…………。
……おおお。
豪快な王様が、黙った!
私は、思わず桜花を見た。
桜花は、静かに立っている。
でも。
その口元が、ほんの少しだけ緩んでいるような。
……あれ。
桜花も、笑いを堪えてない?
◇
「……リアリス様」
ラビリンスさんが、私へ向き直った。
「改めまして、宰相のラビリンスです」
「……はい。よろしくお願いします!」
私は、もう一度深く頭を下げた。
「本当に、失礼しました!」
ラビリンスさんは、小さく息を吐いた。
「……謝罪は受け入れます。ただし、今後はお間違えのないように」
「もちろんです!」
…………。
……ああ。
助かった。
初対面の宰相さんに、ひどいことを言ってしまったなぁ。
今度から、見た目で勝手な連想をするのはやめよう。
絶対に。
「……リアリス」
ライオネス王が、再び笑った。
「そなた、なかなか面白い男だな!」
…………。
……いや。
面白がられても困るんですけど!
私は、苦笑するしかなかった。
……ああ。
獣人国との正式な挨拶が、非常食の話になるなんて。
……異世界って、やっぱりお約束だらけだね!
◇
場が落ち着いたところで、ライオネス王が姿勢を正した。
「……さて、取り決めは済んだ」
「……はい!」
「ならば、今度はそなたの望みを聞こう」
…………。
……おっ。
私の望み?
「家族の暮らす場所が欲しいと言っておったな」
「はい。もしよろしければ、獣都の近くに屋敷とお店を作りたいんです」
ラビリンスさんが、書類へ目を向けた。
「……屋敷と店舗、ですか」
「はい。すでに、ほかの国にも同じような屋敷があります」
私は、丁寧に続けた。
「土地のことは、きちんとご相談したいです。勝手に建てるつもりはありません」
ラビリンスさんが、静かに頷いた。
「……それでしたら、利用できる場所をご案内できます」
「ありがとうございます!」
……ああ。
よかった。
宰相さん、仕事の話になったら本当に頼もしい。
……いや。
さっき、非常食なんて言った私が悪いんだけどね!
◇
「……ただし、一つお願いがございます」
ラビリンスさんが、書類を揃えながら言った。
「……はい?」
「この獣都には、体格も生活習慣も異なる獣人が暮らしております」
……うん。
そうだね。
門から王城まで来ただけでも、いろんな人を見た。
熊の獣人さん。
兎の獣人さん。
猫の獣人さん。
それから、牛の獣人さんもいた。
……ああ。
同じ国に暮らしていても、みんな違うんだね。
「屋敷や店舗を建てる場合は、その点をご配慮いただきたいのです」
「もちろんです!」
私は、即答した。
……うん。
これは、大切な話だ。
「私も、町を見ていてそう思いました。大柄な人でも入りやすいお店にしたいです」
ラビリンスさんが、静かに頷く。
「……ご理解いただけたようで、何よりです」
…………。
……おお。
少しだけ、声が柔らかくなった気がする。
非常食の話で失った信用を、ほんの少し取り戻せたかな。
……いや。
そこは、まだ分からないけど!
◇
「……リアリス!」
ライオネス王が、玉座から身を乗り出した。
「そなた、建物を瞬時に作れるというのは本当か?」
「……はい。《建築》という魔法で」
「ほう!」
…………。
……あっ。
目が輝いた!
「ならば、大きな訓練場でも、一瞬で作れるのか!」
…………。
……ん?
訓練場?
……ああ。
王様、まだ戦うことを考えてる!
「……作ること自体は、できますけど」
「がっはっは! 面白い!」
…………。
……いや。
面白い魔法ではあるんだけど。
私は、穏やかに続けた。
「ただ、今回作りたいのは家族の屋敷なので……」
…………。
ライオネス王が、じっとこちらを見る。
そして。
「……うむ! それは、それだな!」
…………。
……おお。
分かってくれた!
「訓練場の話は、また別に考えよう!」
…………。
……あっ。
別に考えるんだ!?
私は、少しだけ遠い目になった。
……いや。
もう、今日は戦いの話に戻らないでほしい!
ラビリンスさんが、静かに咳払いした。
「……陛下。国営訓練場の計画は、別途予算の審議が必要でございます」
「……うむ」
…………。
……おお。
止まった!
……ああ。
この国も、宰相さんが最強なのかもしれないね。
◇
ひととおりの話が終わると、別の部屋でお茶をいただくことになった。
……うん。
これで、少し落ち着けるかな。
通されたのは、謁見の間よりずっと小さな応接室。
大きな窓。
厚手の椅子。
木製の低い卓。
……おお。
ここは、ちょっと居心地がいいね。
外には、王城の庭が見える。
花壇より、広い芝生と木々が目立つ。
……あっ。
小さな訓練場らしい場所もある。
…………。
……いや。
今は見なかったことにしよう。
そうしないと、また手合わせの話になりそうだからね!
「……リアリス殿」
ライオネス王が、向かいの椅子へ腰を下ろした。
「先ほどは、ラビリンスに失礼なことを申したな!」
「……はい。本当に申し訳ありません」
私は、もう一度頭を下げた。
……うん。
笑い話になっても、謝るところはちゃんと謝ろう。
ライオネス王が、少しだけ目を細めた。
「まあ、あやつも宰相だからな。そう簡単には食われん!」
…………。
……いや。
王様!
その冗談、続けちゃ駄目ですって!
「……陛下」
背後から、ラビリンスさんの声。
…………。
……あっ。
いた!
ライオネス王が、静かに茶を飲み始めた。
……おお。
切り替え、早いなぁ。
◇
やがて、お茶と焼き菓子が運ばれてきた。
私の前には、香草の香りがする温かいお茶。
ライオネス王の前には、大きな皿に盛られた肉料理。
そして、ラビリンスさんの前には、少し濃い色の焼き菓子。
…………。
……おっ。
人参かな。
甘い香りがする。
「……そのお菓子、おいしそうですね」
私が言うと、ラビリンスさんが小さく頷いた。
「人参を多めに使った焼き菓子でございます」
…………。
……おお。
やっぱり。
「……お好きなんですか?」
「……ええ。私の好物です」
……うん。
なるほど。
私は、ふとライオネス王へ目を向けた。
豪快に肉を食べている。
……おお。
すごい食欲だね。
……いや。
さっきの森王様のバニラアイス三個と比べるのは、ちょっと違うか。
ふと、ラビリンスさんと目が合った。
…………。
……あっ。
なんだろう。
今、私の考えてたことが伝わったような。
「……リアリス様」
「……はい?」
「私は、食べ物ではございません」
…………。
…………。
……えええっ!?
「ま、まだ何も言ってませんよ!?」
「……念のため、でございます」
…………。
……ああ。
完全に、警戒されてる!
……うん。
自業自得だね。
◇
でも、しばらく話していると、ラビリンスさんがどれほど王国のことを考えているかが分かってきた。
獣都の人々の暮らし。
遠くの村々への物資の流通。
種族による体格や食事の違い。
そして、商人たちの仕事。
……うん。
考えることが、たくさんあるんだね。
「……特に、我が国は種族によって必要なものが異なります」
ラビリンスさんが、静かに続けた。
「例えば、食べ物一つとっても、肉を好む者もいれば、野菜を好む者もおります」
「そうですよね」
「だからこそ、どこか一つの種族の暮らしだけを基準にしてはなりません」
…………。
……ああ。
いい考えだなぁ。
私は、深く頷いた。
「……それなら、お店の商品も、いろんな人に合わせて考えたいです」
「……ええ。そうしていただければ、ありがたく存じます」
…………。
……おっ。
何だか、少し仲良くなれた気がする。
……うん。
仕事の話をしているラビリンスさんは、すごく頼もしいね。
◇
「……ところで、ライオネス王」
私は、ふと気になったことを尋ねた。
「この国の皆さんは、普段どんな遊びをするんですか?」
……うん。
国によって、いろいろ違うかもしれない。
エルフ国では、花や自然の話が盛り上がった。
獣人国では、何が人気なんだろう。
ライオネス王が、豪快に笑った。
「がっはっは! 体を動かすことだ!」
…………。
……あっ。
やっぱり!
「走る! 跳ぶ! 鍛える! よいではないか!」
…………。
……うーん。
王様らしいなぁ。
「もちろん、そればかりではありません」
ラビリンスさんが、落ち着いて付け加えた。
「読書や手仕事を好む者もおりますし、町では音楽も親しまれております」
…………。
……おお。
よかった。
みんなが毎日、腕相撲をしてるわけじゃないんだね。
……いや。
そんな国だったら、それはそれで見てみたい気もするけど。
「いろんな暮らしがあるんですね」
「……ええ」
ラビリンスさんが、小さく頷いた。
……うん。
もっと町を歩いてみたくなったなぁ。
◇
応接室から出る頃には、最初の緊張もだいぶ薄れていた。
ライオネス王は、豪快だけど話は分かる。
ラビリンスさんは、頭の回転が速くて、国政のことをよく考えている。
……うん。
いい二人だね。
……ただし。
見た目だけで変なことを言わないように、気をつけないと!
「……リアリス」
ライオネス王が、廊下で声をかけた。
「明日も、顔を見せられるか?」
「……はい?」
「土地の件もある。それに、紹介したい者がおるのだ」
…………。
……おっ。
紹介したい人?
「……どなたでしょう?」
ライオネス王は、大きく笑った。
「がっはっは! 来れば分かる!」
…………。
……あれ。
教えてくれないんだ。
……うーん。
なんだろう。
また、戦いたい人とか?
私は、少しだけ身構えた。
「……あの、手合わせする方ではないですよね?」
ライオネス王が、ますます笑った。
「心配するな! そなたが嫌だと言うなら、無理はさせん!」
…………。
……ほっ。
よかった。
私は、素直に頷いた。
「それなら、明日また伺います」
「うむ! 待っておるぞ!」
◇
王城を出る前に、ラビリンスさんが地図を見せてくれた。
獣都ヴォルグリムの周辺。
人々の住む区域。
畑や牧草地。
そして、建物の少ない場所。
……うん。
ここも、しっかり管理されているんだね。
「……居住地については、すでにいくつか候補を確認しております」
「ありがとうございます!」
「明日、現地でご案内いたしますので、それまでご検討ください」
…………。
……おお。
仕事が早い!
「……何だか、もう決まりそうですね」
「最終的には、現地を見ていただいてからでございます」
……うん。
そうだね。
私は、地図を丁寧に受け取った。
……よし。
明日は、屋敷の候補地を見に行ける。
もしかしたら、七つ目の屋敷ができるかもしれない。
……うん。
楽しみだね。
「……ラビリンスさん」
「はい?」
「今日は、ありがとうございました。それから、最初の失礼は、本当にすみませんでした」
ラビリンスさんは、少しだけ目を細めた。
「……もう、よろしいですよ」
…………。
……おっ。
「ただし」
…………。
……うっ。
「……次は、名前から覚えていただけると幸いです」
「……はい!」
…………。
……うん。
今度こそ、覚えた!
ラビリンスさん。
兎の宰相さん。
非常食じゃない!
◇
王城から出ると、夕方の光が大通りを照らしていた。
……ああ。
もう、こんな時間なんだね。
獣都ヴォルグリムには、昼間とはまた違う活気があった。
店じまいを始める商人さん。
仕事帰りらしい人たち。
夕食の支度をする屋台。
……うん。
賑やかだけど、どこか落ち着くね。
「……リアリス様」
桜花が、そっと声をかけた。
「……本日のご訪問は、無事に終わりましたね」
「……うん」
私は、笑った。
「……非常食のこと以外は、ね」
桜花が、ほんの少しだけ目を細めた。
「……ラビリンス様には、お気の毒でございましたね」
「……はい。反省してます」
…………。
……ああ。
また、桜花に注意されちゃったなぁ。
でも。
この子が一緒にいてくれるから、私は安心して遠い国へ行けるんだ。
「……桜花。今日もありがとう」
「……勿体ないお言葉でございます」
……うん。
明日も、一緒に来てね。
◇
町から少し離れた、人目のない場所へ出たところで。
私は、振り返って獣都ヴォルグリムを見た。
大きな城壁。
夕日に照らされる屋根。
遠くから響く、町の人たちの声。
…………。
……ああ。
いいところだなぁ。
最初は、獣の顔をした人たちに少し驚いた。
でも、みんな普通に暮らしている。
仕事をして。
食事をして。
お店で買い物をして。
家族と話して。
……うん。
何も、私たちと変わらないね。
むしろ。
そんな当たり前のことを忘れかけた私の方が、よくなかったのかもしれない。
……ああ。
反省。
私は、桜花へ向き直った。
「……じゃあ、帰ろうか」
「はい、リアリス様」
《サーチ》で周囲を確かめ、《転移》を発動した。
次の瞬間、見慣れたシルク王国邸の庭が目の前に広がった。
◇
「……お父さん!」
玄関へ入ると、カトレアが駆け寄ってきた。
……ああ。
ただいま!
「お帰りなさい!」
「ただいま、カトレア!」
私は、しゃがんで小さな体を抱きしめた。
……うん。
今日も、可愛い。
「……ねこさん、いた?」
「うん。猫の獣人もいたよ」
カトレアの目が、ぱっと輝いた。
「……ほんと!?」
「うん。それにね、ライオンの王様と、兎の宰相さんにも会ったんだ」
…………。
……あっ。
兎の宰相さん。
思い出すだけで、ちょっと申し訳ない気持ちになるなぁ。
「……うさぎさん!」
カトレアが、嬉しそうに言った。
「……かわいい?」
…………。
……うーん。
可愛い、というより。
ものすごく仕事ができる感じだったけど。
「……うん。とても立派な方だったよ」
私は、笑顔で答えた。
……うん。
それが、一番正確だね。
◇
夕食の席で、私は今日の話をした。
獣都の大きな城壁。
賑やかな通り。
迫力のある獣王様。
そして、真面目な兎の宰相さん。
……うん。
ただし。
非常食の件は、どう説明しようかな。
……いや。
隠すのも、違うよね。
「……それで、ちょっと失礼なことを言っちゃって……」
巴さんが、静かにこちらを見た。
「……リアリスちゃん?」
…………。
……あっ。
この声。
何だか、嫌な予感がする。
「……人を、食べ物に例えたの?」
「……はい。すみません」
…………。
少しの沈黙。
巴さんは、柔らかく微笑んだ。
「……次にお会いしたら、きちんとお詫びしましょうね」
「……はい!」
…………。
……うん。
やっぱり、お母さんには敵わないなぁ。
でも。
今度は、神様の像を壊したわけじゃない。
ちゃんと謝ったし。
ラビリンスさんにも、許してもらえた。
……よし。
明日は、失言しないぞ!
◇
夜。
私は、自室で今日の出来事を振り返っていた。
今朝は、牡丹とほかのフラワーズの顔合わせができた。
……ああ。
みんな、可愛かったなぁ。
楓が牡丹の手を握って。
藤が仕事を心配して。
蘭が優しく迎えて。
杏子が頼れるお姉さんらしく声をかけて。
朝顔が、自分の経験を話して。
……うん。
牡丹も、最後は少し安心した顔になっていた。
今日は、それだけでも十分いい日だったね。
そして、獣人国。
ライオネス王。
ラビリンス宰相。
…………。
……ああ。
あの二人も、なかなか面白い組み合わせだったなぁ。
王様は豪快。
宰相さんは冷静。
……うん。
でも、ちゃんとお互いを支えてる。
……いや。
宰相さんの苦労の方が、多そうな気もするけど。
私は、小さく笑った。
……さて。
明日は、土地の確認。
それから、王様が紹介したいと言っていた人にも会う。
……うん。
何だろうね。
どんな人なんだろう。
猫の獣人さんかな。
それとも、熊の獣人さん?
……ああ。
楽しみだなぁ。
私は、窓の外へ目を向けた。
今日も、星が綺麗だ。
明日も、みんなが穏やかに過ごせますように。
……よし。
今日は、もう寝よう。
――フラワーズの六人目・牡丹が姉たちと出会った日。リアリスは獣王ライオネスと友好の取り決めを結び、兎の宰相ラビリンスを「非常食」と呼ぶ大失言をしながらも、獣人国での新たな暮らしへ一歩を踏み出したのだった。




