第4話:森の国に新しい拠点を
翌朝。
シルク王国邸の食堂で、私は焼きたてのパンを頬張っていた。
……ああ。
おいしい。
やっぱり、朝ご飯は大事だね。
昨日は本当に、いろいろあった。
エルフ国の森王様に挨拶して。
国宝が盗まれて。
《歴史閲覧》で犯人を見つけて。
森で人型魔獣を討伐して。
最後は、ちゃんと国宝を返した。
…………。
……うん。
改めて並べると、これ全部一日で起きたんだよね。
……いやぁ。
異世界って、忙しいなぁ。
「……お父さん」
カトレアが、隣から私を見上げた。
「ん?」
「……きょうも、エルフの国?」
「うん。森王様に、もう一度お会いする約束をしてるんだ」
カトレアが、少し考えてから聞いてきた。
「……お花、見に行く?」
「……あはは。今日は、お仕事が中心かな」
……うん。
本当は、昨日のお礼も兼ねて、もう少し国のことを教えてもらう予定なんだ。
それから、できれば。
エルフ国にも、私たちの家を建てたい。
今までと同じように、家族がいつでも安心して泊まれる場所。
そして、みんなが買い物を楽しめるお店。
……うん。
そこまで話せたら、いいね。
「……カトレアも、行きたい?」
「……うん!」
…………。
……ああ。
可愛いなぁ。
でも、王様との大切な話がある。
先に用事を済ませて、それから一緒に見に行こう。
「お仕事が終わったら、迎えに戻るよ。昨日買ってきたお花の苗も、ライラ様に見てもらおうか」
カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。
「……おうじょさま!」
「うん。お花に詳しい、優しい人だよ」
「……たのしみ!」
……うん。
約束。
今度は、何事も起きませんように。
◇
「リアリスちゃん」
巴さんが、温かいスープを運んできた。
「はい!」
「今日は、家を建てるお話もするのね?」
「うん。土地を紹介してもらえるか、聞いてみようと思ってる」
巴さんが、にっこり微笑んだ。
「それなら、ちゃんとその国の人たちのお話を聞いてくるのよ」
「……はい!」
…………。
……うん。
まるで、遠足に行く子どもへの注意みたいだ。
いや。
巴さんからしたら、私は本当に手のかかる子どもなのかもしれないけど。
「それと、新しい屋敷で働いてくれる子たちも迎えるんでしょう?」
「そのつもりだよ。ほかの屋敷と同じようにね」
「ふふ。新しい家族が増えるのね」
……ああ。
そうだね。
フラワーズも、もう五人になった。
楓。
杏子。
藤。
蘭。
朝顔。
……うん。
みんな、それぞれの国で頑張ってくれている。
だから、エルフ国でも。
安心して任せられる子を迎えたい。
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「今日も、一緒にお願いできる?」
「もちろんでございます」
桜花が、静かに微笑んだ。
……うん。
やっぱり、頼もしいね。
◇
朝食を終えて、私は《映像通話》を使った。
相手は、エルフ国の王城。
……うん。
昨日、森王様から連絡先を教えてもらったわけじゃないけど、《映像通話》は相手を指定して呼び出せる。
突然伺うより、ひと言連絡しておいた方がいいよね。
しばらくすると。
画面の向こうに、ライノーラ森王が映った。
『……おお、リアリス殿』
「おはようございます、森王様」
『……うむ。昨日は、ゆっくり休めたか?』
「はい。おかげさまで」
……ああ。
落ち着いた声だなぁ。
昨日、国宝がなくなったときも、こんな感じだったよね。
『……今日は、約束どおり城へ来るのだな』
「はい。そのことで、少しご相談もありまして」
『……ほう』
「エルフ国にも、家族が泊まれる屋敷と、小さなお店を作れたらいいなと思っているんです」
森王様が、ゆっくり頷いた。
『……昨日の取り決めに含めた居住の自由の件だな』
「はい。ただ、勝手に森を切り開いたりはしたくないので、まず土地のことを相談したいんです」
…………。
少しの沈黙。
『……承知した。土地を管理する者にも、話を聞いておこう』
「ありがとうございます!」
『……午前のうちに来られるか?』
「はい。すぐに伺えます」
『……うむ。待っている』
通話が終わった。
…………。
……ああ。
やっぱり、話が早いね。
「桜花。行こうか」
「はい、リアリス様」
◇
私たちは《転移》で森都ベルツリーの外側にある、小道へ移動した。
《サーチ》で、人や魔獣がいないことは確認してある。
……うん。
到着。
昨日と同じ、清々しい森の空気だ。
高い木々。
葉の間から差し込む光。
小鳥の声。
……ああ。
いいなぁ。
こういう場所で、ゆっくり暮らせたら気持ちよさそう。
……いや。
もう、いろんな国に屋敷があるんだけどね!
「リアリス様」
桜花が、木立の向こうを指差した。
「森都の門が見えてまいりました」
「うん。じゃあ、行こう」
……よし。
今度は、迷わず王城まで行けそうだ。
……いや。
昨日初めて来た場所だから、ちょっと怪しいかな。
でも、桜花が一緒なら大丈夫!
◇
森都の門へ近づくと、見覚えのある兵士さんがいた。
「……リアリス様!」
「こんにちは!」
「森王陛下から、お話は伺っております。どうぞ、お通りください」
…………。
……おお。
もう、連絡が来てる。
本当に、仕事が早いんだね。
「ありがとうございます」
私は、丁寧に頭を下げた。
門をくぐると、昨日と同じ通りが広がっていた。
花を飾った窓。
木と石の建物。
小さな屋台。
……うん。
今日は、昨日より落ち着いて見られるね。
……あっ。
あのお菓子屋さん。
昨日、ライラ様に連れていってもらったところかな。
……うーん。
帰りにまた寄ろうか。
カトレアも気に入ってたし。
「……リアリス様」
「……はい?」
「王城は、あちらでございます」
…………。
……あっ。
桜花に見抜かれた。
「……ごめん。お菓子屋さん見てた」
「……ふふ」
桜花が、小さく笑った。
……うん。
だって、おいしかったんだもん。
……いや。
ちゃんと王城へ行こう!
◇
王城の中では、ライラ様が迎えてくれた。
「……リアリス様!」
……おお。
柔らかい笑顔。
「おはようございます、ライラ様」
「……おはようございます。今日も来てくださったのですね」
「はい。森王様とお約束してましたから」
ライラ様が、嬉しそうに微笑んだ。
……あれ。
今日も、少し頬が赤いような。
……うーん。
エルフの人って、こういう色になりやすいのかな。
「……リアリス様」
「はい?」
「……昨日、お話しされていたカトレア様は?」
「今日は家で待ってもらってるんです。王様とのお話が終わったら、一緒に来られたらいいなと思って」
ライラ様の表情が、一瞬だけ動いた。
……あっ。
なんだか嬉しそう。
「……それは、楽しみです」
「はい。お花のこと、ぜひ教えてあげてください」
「……もちろんです」
……うん。
カトレアとも仲良くなってくれそうだね。
それじゃ、まずは森王様へご挨拶しよう。
◇
案内された部屋には、森王様と、地図を広げた男性が待っていた。
「……よく来たな、リアリス殿」
「お招きいただき、ありがとうございます」
森王様は、いつもどおり穏やかに頷いた。
「昨日は国宝のことで慌ただしかった。今日は、もう少しゆっくり話をしよう」
…………。
……ああ。
ありがたいなぁ。
「……実は、今朝も宝物殿の確認をしたのだが」
…………。
……えっ。
国宝!?
私は、思わず身を固くした。
「……きちんと台座に収められておった」
…………。
……ほっ。
よかったぁ!
「……よ、よかったです」
森王様が、少しだけ不思議そうな顔をした。
「……そんなに心配していたのか?」
「……あはは。最近、落とし物に縁がありすぎまして……」
…………。
……あっ。
言っちゃった。
でも、ここから神様の話を始めたら長い。
「……いえ。何でもありません!」
森王様は、少しだけ首を傾げた。
それから、深く追及せずに地図へ視線を戻した。
「……では、屋敷の土地の話をしよう」
……おお。
助かった!
◇
机の上には、森都の地図が広げられていた。
王城。
大通り。
商業地区。
そして、町の周囲に広がる森。
……うん。
こうして見ると、森都は本当に木々と近い場所にあるんだね。
「……リアリス殿」
地図を持ってきてくれた男性が、丁寧に頭を下げた。
「こちらが、王都周辺の土地の利用状況でございます」
「ありがとうございます」
……うん。
新しい国に屋敷を作るときは、いつも土地のことを詳しく教えてもらっている。
エルフ国でも、ちゃんと同じようにしよう。
「この辺りは住居が多く、こちらは商店が集まっております」
男性の指が、地図の上を動いた。
「そして、こちらから先は、森との境界になります」
…………。
……おっ。
結構、広い。
「ただし、森の木を切って大きな土地を用意することは、慎重に考えねばなりません」
……うん。
そこが大事だよね。
「はい。私も、できるだけ木は残したいと思っています」
男性が、ほっとしたように頷いた。
「……それでしたら、この場所はいかがでしょう」
地図の少し外側を指す。
森都から歩いて行ける距離。
木立に囲まれているけど、中央は広い草地。
……おお。
よさそう!
私は、もう少し詳しく話を聞くことにした。
◇
「……ここは、もともと木が少ない場所なんですか?」
「はい。昔から草地が広がっている場所です。今は、町の人たちが通る道も整えられております」
「じゃあ、周りの木を切らずに済みそうですね」
「……そのとおりでございます」
……うん。
いいね。
エルフ国らしい森の雰囲気を残しながら、住みやすい屋敷を建てられそう。
「……ここは、どうでしょうか。森王様」
私が尋ねると、森王様は静かに頷いた。
「……よい場所だと思う。森都にも近い」
「ありがとうございます」
……よし。
あとは、実際に見て決めよう。
「……ただし、リアリス殿」
森王様が、少しだけ身を乗り出した。
「この国の森には、古くから残る木々も多い。建物のために傷つけないよう、気をつけてほしい」
……ああ。
その気持ち、分かるね。
「もちろんです。木を切らなくても家を建てられますから」
…………。
森王様が、静かに瞬きをした。
「……切らずに?」
「はい。《建築》という魔法がありまして」
…………。
少しの沈黙。
「……なるほど」
…………。
……おお。
動じない。
……いや。
この人、本当にすごいなぁ。
ほかの国の王様たちは、ここでだいたい驚いたんだけど!
◇
「……では、現地を確認しよう」
森王様が、ゆっくり立ち上がった。
「私も、同行させてもらおう」
「……えっ。森王様も?」
「……うむ。そなたが何を建てるのか、私も見ておきたい」
…………。
……あっ。
そうだよね。
国の中に突然、大きな屋敷と店ができるんだから。
王様が確認したくなるのも当然だ。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
ライラ様も、一歩前へ出た。
「……私も、ご一緒してよろしいでしょうか」
「もちろんです!」
……うん。
嬉しいね。
でも。
これ、王様と王女様が一緒に屋敷を見に来るってことだよね。
……ああ。
少し、緊張してきちゃった。
「……リアリス殿」
森王様が、落ち着いた声で言った。
「そう気負わずともよい。今日は、客としてではなく、友人として見せてもらいたい」
…………。
……おお。
友人。
「……ありがとうございます!」
私は、思わず笑った。
……ああ。
この国でも、いい関係が作れそうだね。
◇
森都の外へ向かう道を、私たちは並んで歩いていた。
……うん。
今日は、なんだか豪華な散歩だね。
隣には桜花。
少し後ろにはライラ様。
その向こうには森王様と、土地の管理をしている方。
……ああ。
考えてみれば、王様と王女様を連れて土地探しなんて。
普通の人が聞いたら、びっくりするだろうなぁ。
でも、森王様はいたって自然な様子だった。
道端に咲く小さな花へ目を向けたり。
すれ違う人へ、穏やかに声をかけたり。
……うん。
王様というより、昔からこの森で暮らしてきた人、って感じだね。
「……リアリス殿」
「はい?」
「昨日、そなたは家族と暮らす場所を増やしたいと言っていたな」
「はい。どの国へ行っても、みんなで安心して泊まれるようにしたくて」
森王様が、ゆっくり頷いた。
「……よい願いだ」
…………。
……おお。
褒められちゃった。
「……ありがとうございます」
「人が心安らぐ場所を持つことは、長く生きる者にとっても大切なことだからな」
…………。
……ああ。
そうか。
この人、千年以上生きてるんだっけ。
私なんかより、ずっと長い時間を見てきたんだね。
……うん。
それなのに、偉そうなところがあまりない。
何だか、不思議な王様だなぁ。
◇
しばらくすると、道の先が明るくなった。
木々が少しずつ途切れ、広い草地が現れる。
……おお!
これは、いいね!
左右には高い木。
奥には、なだらかな丘。
その間に、日差しのよく当たる草地が広がっていた。
風が吹くと、足元の草がさらさら揺れる。
……ああ。
気持ちいいなぁ。
「……リアリス様」
桜花が、周囲を見回した。
「確かに、建物を置ける余裕がございますね」
「うん。思ってた以上に広いね」
私は、《サーチ》で周囲の様子を確かめた。
少し離れた森の中には、小さな魔獣の反応。
でも、草地の中央には人も魔獣もいない。
……うん。
よし。
木を切る必要も、なさそうだ。
ただ、草地だからって勝手に何でもしていいわけじゃない。
私は、土地の管理をしている方へ声をかけた。
「……この草地は、どのあたりまで使えるんでしょう?」
男性は、持ってきた地図を広げた。
「こちらから、あの小さな岩まで。そして、反対側の木立の手前まででございます」
……なるほど。
私は、指差された場所を一つずつ確かめた。
……うん。
これなら、今までの屋敷と同じくらいの広さが取れそう。
◇
「……では、この範囲でお願いしたいです」
私が言うと、土地の管理担当の方が頷いた。
「承知しました。正式な利用許可については、陛下からもご指示をいただいております」
……おお。
もう、手続きも進んでるんだね。
書類へ目を通すと、敷地の範囲や出入口の位置が書かれていた。
もちろん、森の木々や通路を傷つけないことも。
……うん。
どれも、納得できる内容だ。
「ありがとうございます。これで大丈夫です」
私は、確認を済ませた書類を返した。
森王様が、小さく頷く。
「……では、正式にこの場所をそなたの屋敷の敷地として認めよう」
「ありがとうございます!」
……やった!
エルフ国にも、家族の家ができる!
私は、草地の中央へ目を向けた。
……うん。
さて。
どんな色にしようかな。
……いや。
色は、もうだいたい決めてるんだけど。
「……リアリス殿」
森王様が、静かに尋ねた。
「ところで、ここに屋敷を建てるとして、工事はどれほどかかる?」
…………。
……あっ。
来た。
いつもの質問。
「……《建築》を使えば、すぐできますよ」
…………。
森王様が、一度だけ瞬きをした。
「……すぐに?」
「はい。一瞬です」
…………。
ライラ様が、目を丸くした。
土地の管理担当の方は、手に持った書類を見つめたまま動かなくなった。
……ああ。
やっぱり、驚くよね。
◇
「……私の魔法は、建物そのものを作れるんです」
私は、できるだけ分かりやすく説明した。
「木や石を運んだり、何か月も工事をしたりする必要がなくて」
森王様が、ゆっくり頷いた。
「……なるほど。そなたには、そういう力もあるのだな」
…………。
……うん。
驚いてはいるみたいだけど。
やっぱり落ち着いてる。
「……一つ、聞いてもよいか?」
「もちろんです」
「周りの木々は、どうなる?」
…………。
……おお。
最初に確認するのは、そこなんだね。
「傷つけません。建てるのは、この草地の中だけです」
森王様が、少しだけ微笑んだ。
「……それなら、安心だ」
……ああ。
やっぱり、この人は森を大切にしてるんだね。
「……あとは、住む人が安心できる家になれば、それでよい」
「はい!」
……うん。
そういうことなら、任せてください!
私は、頭の中で完成した屋敷を思い浮かべた。
今までの屋敷と同じ、三階建て。
白い壁。
温かみのある木材。
広い窓。
そして、エルフ国の色を取り入れた落ち着いた緑色の屋根と調度品。
……うん。
建物全部が緑色、なんてことにはしない。
それだと、森の中で大きな葉っぱが立ってるみたいになっちゃうもんね。
◇
玄関。
食堂。
みんなの部屋。
広い厨房。
大浴場。
それから、サロン。
敷地内には、雑貨屋。
花壇と庭も、ちゃんと用意しよう。
……うん。
いつもの家だ。
私にとっては、どの国でも家族と同じように過ごせることが大切だからね。
私は、桜花へ頷いた。
「じゃあ、建てるね」
「はい、リアリス様」
……よし。
使うのは、もちろん《建築》。
もう何度も使っている、建物を作るための魔法だ。
「《建築》」
次の瞬間。
草地の中央に、ふわりと光が広がった。
そして。
すっ。
何もなかった場所に、三階建ての屋敷が姿を現した。
…………。
……おお!
できた!
白い壁。
淡い緑の屋根。
木のぬくもりを感じる柱と窓枠。
玄関へ続く石畳。
周囲には、ゆったりとした庭と花壇。
少し離れたところには、雑貨屋もある。
……うん。
いいね!
ちゃんと、周りの木々もそのままだ。
「……桜花。どうかな?」
「とても素敵でございます、リアリス様」
……ああ。
よかった!
◇
私は、森王様たちを振り返った。
…………。
……あれ。
みんな、静かだ。
ライラ様は、目を大きく見開いている。
土地の管理担当の方は、口を半分開けたまま固まっていた。
そして。
森王様。
…………。
……おお。
この人も、固まってる!?
……いや。
顔は、ほとんど変わってない。
でも、さっきから一言も喋っていない。
……これは、もしかして。
ものすごく驚いてるんじゃない?
「……あの、森王様?」
少しの沈黙。
「……なるほど」
…………。
……おっ。
喋った。
「……これが、一瞬ということか」
「……はい」
「……うむ」
…………。
……それだけ!?
私は、思わず吹き出しそうになった。
……いや。
王様の前で笑ったら失礼だよね。
でも。
この人、驚いても本当に落ち着いてるなぁ。
森王様が、屋敷を見上げた。
「……長く生きてきたつもりだが、まだ知らぬことがあるものだ」
…………。
……ああ。
いい言葉だなぁ。
私は、自然に頷いていた。
◇
ライラ様は、しばらく屋敷を見つめてから、私へ目を向けた。
「……リアリス様」
「はい?」
「……本当に、魔法だけで?」
「はい。《建築》です」
「……素晴らしいです」
…………。
……おお。
褒められちゃった。
「……あはは。ありがとうございます」
ライラ様は、屋敷の周りの花壇を見て、少し嬉しそうに微笑んだ。
「……森の木々を残してくださったのですね」
「うん。せっかく綺麗な森なんだから、そのままがいいかなって」
ライラ様の表情が、ふわりと柔らかくなった。
「……ありがとうございます」
…………。
……あれ。
そんなに嬉しいんだ。
私は、少し照れくさくなった。
「よかったら、庭の花についても相談に乗ってもらえますか?」
ライラ様が、ぱっと顔を上げた。
「……はい! ぜひ!」
……おお。
いいね。
庭のことなら、私よりずっと詳しいだろうし。
カトレアが遊びに来たときも、喜びそうだ。
「じゃあ、まず中を見てみましょうか」
私は、玄関の扉へ向かった。
◇
玄関ホールは、今までの屋敷と同じ間取りだった。
広い階段。
ゆったりとした廊下。
木の床。
……うん。
慣れた景色だね。
ただし、装飾は少し違う。
廊下の敷物は、優しい緑色。
壁には、木の葉の形を取り入れた小さな飾り。
窓からは、森の光が柔らかく差し込んでいる。
……おお。
思った以上に、落ち着くなぁ。
「……リアリス殿」
森王様が、ゆっくり室内を見回した。
「外観だけでなく、中まで完成しているのだな」
「はい。家具も、設備もありますよ」
……うん。
もちろん、家具だって《建築》で用意できる。
ただし、食材やお店の商品は別。
そこは、ちゃんと管理しないとね。
森王様が、食堂の窓へ近づいた。
「……この場所から、あの木が見えるのか」
…………。
……おっ。
さっきの大きな木だ。
「……うん。いい景色ですよね」
「……ああ」
森王様が、穏やかに微笑んだ。
……なんだろう。
この人、本当に森が好きなんだね。
◇
私は、厨房や大浴場も案内した。
「こちらが厨房です」
ライラ様が、興味深そうに中を見た。
「……ずいぶん大きな調理台ですね」
「みんなで料理できるようにしてるんです」
……うん。
巴さんが見ても、使いやすいように。
あの人は料理を大切にしてるからね。
次に大浴場を案内すると、ライラ様が少し驚いた顔になった。
「……こんなに広いお風呂が?」
「はい。みんなで使えますよ」
…………。
……あっ。
森王様も、少しだけ目を丸くしてる。
こういう場所を見ると、さすがに驚くんだね。
「……湯は、どう用意するのだ?」
「屋敷の設備で、いつでも使えるようにしてあります」
……うん。
シルク王国邸と同じ仕組みだね。
便利に暮らせることが、私にとっては大事なんだ。
森王様は、しばらく浴場を眺めていた。
「……なるほど。暮らしやすさを、よく考えた家なのだな」
「ありがとうございます!」
……ああ。
それが一番、嬉しい褒め言葉だね。
◇
屋敷の中を一通り見てもらったあと、私は玄関ホールへ戻った。
……よし。
家は、できた。
でも。
まだ、誰も住んでいない。
……うん。
ここからが、私にとっては一番大切な時間だね。
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「……新しい家族を迎えようか」
桜花が、柔らかく微笑んだ。
「はい。楽しみでございますね」
……うん。
フラワーズの、新しい仲間だ。
どんな子にしようかな。
もう、だいたいイメージは決めてある。
外見は十三歳くらい。
背丈は百五十センチほど。
淡い赤色の短い髪。
基本はあまり表情が変わらない。
でも、みんなの様子をよく見て、必要なときにはさっと動ける子。
お客さんにも落ち着いて対応できて。
それでいて、私たち家族には、少しだけ甘えてくれる。
……うん。
いいね。
名前も、もう決めてある。
牡丹。
花の名前を持つ、六人目のフラワーズだ。
◇
私は、玄関ホールの中央へ進んだ。
何度使っても、新しい家族を迎えるときは、ちょっと緊張するね。
私は、思い浮かべた姿と性格をもう一度確かめた。
淡い赤色の短い髪。
小柄な体。
真面目だけど、冷たくはない。
仕事はきちんとこなして、必要なことがあれば遠慮せず教えてくれる。
……よし。
「《ホムンクルス作成》」
ふわり。
淡い光が、ホールの中央へ集まった。
光が少しずつ人の形になっていく。
……おお。
何だか、いつ見ても不思議な光景だなぁ。
やがて光が消えた。
そこに立っていたのは、小柄な少女だった。
淡い赤色の短い髪。
整ったメイド服。
まっすぐな瞳。
ほとんど表情を変えずに、私を見つめている。
……おお!
想像どおりだ!
少女は、私の前で静かに頭を下げた。
「……初めまして、リアリス様」
…………。
……ああ。
可愛い!
「初めまして。私はリアリスだよ」
「……はい。存じております」
……おっ。
はっきりした声だね。
「今日から、この屋敷で一緒に暮らしてくれる?」
少女は、一度だけ頷いた。
「……承知いたしました」
…………。
……うん。
何だか、すごく頼もしい。
「それじゃあ、名前は牡丹。どうかな?」
「……牡丹」
少女が、小さく繰り返した。
それから、もう一度頭を下げる。
「……大切にいたします」
…………。
……ああ。
いい子だなぁ。
◇
「牡丹。こちらは桜花だよ」
私が紹介すると、桜花が一歩前へ出た。
「桜花と申します。よろしくお願いいたします」
牡丹が、静かに頭を下げる。
「……牡丹です。よろしくお願いいたします、桜花様」
……おお。
ちゃんと挨拶できてる。
桜花は、嬉しそうにほんの少し目を細めた。
「新しい妹が増えましたね」
…………。
……あっ。
妹!
そうなんだよね。
フラワーズは、みんな桜花の可愛い妹みたいな存在だ。
「桜花、いろいろ教えてあげてね」
「もちろんでございます」
牡丹は、しばらく桜花を見つめていた。
それから。
「……早く、お役に立てるよう努めます」
…………。
……ああ。
真面目な子だね。
でも。
「牡丹」
「……はい」
「無理して、急がなくてもいいからね。困ったら、みんなに聞いていいんだよ」
牡丹が、少しだけ目を瞬かせた。
「……はい」
……うん。
それでいい。
屋敷を守るのは、一人の仕事じゃない。
家族みんなで暮らす場所なんだからね。
◇
「……リアリス殿」
森王様が、ようやく口を開いた。
「……今のは?」
「《ホムンクルス作成》という魔法です」
「……ほう」
…………。
……うん。
相変わらず、落ち着いてる。
でも、視線は牡丹から離れていない。
「……新しい人を、作ったのか?」
「はい。ホムンクルスです。でも、私にとっては家族みたいなものですね」
…………。
森王様が、静かに頷いた。
「……そうか。そなたが『家族』と言っていた意味が、少し分かった気がする」
……おお。
理解してくれたんだね。
私は、嬉しくなった。
ライラ様も、牡丹へ目を向けて微笑んだ。
「……牡丹さん。初めまして」
「……初めまして、ライラ様」
牡丹は、落ち着いた声で答えた。
そして、ゆっくり一礼する。
……うん。
礼儀正しい子だね。
ただし。
「……リアリス様」
牡丹が、私へ向き直った。
「……この方々は、お客様でございますか?」
「そうだよ。エルフ国の森王様とライラ王女様なんだ」
牡丹は、一度だけ頷いた。
「……それでは、お茶のご用意が必要ですね」
…………。
……あっ。
もう仕事のことを考えてる!
「……あはは。ありがとう。でも、今は無理しなくていいよ」
「……承知いたしました」
…………。
……うん。
素直だ。
でも、やっぱり仕事熱心だね。
◇
私は、牡丹の頭をそっと撫でた。
「……これから、よろしくね」
牡丹は、少しだけ目を伏せた。
それから、ほんのわずかに口元を緩める。
「……はい。リアリス様」
…………。
……あああ。
可愛い。
桜花も、何だか嬉しそうに見ている。
……うん。
新しい家族が増えるって、いいね。
牡丹にも、ほかのフラワーズと同じように、《不老不死》と《状態異常無効》を永続付与した。
魔力がなくなっても、効果が失われないように。
……うん。
これで、安心。
もちろん、それだけで何でも解決するわけじゃない。
でも、家族を守るためにできることは、ちゃんとしておきたい。
「……牡丹。この屋敷の管理をお願いしたいんだ」
「……はい」
「ただし、全部一人でやらなくていいよ。これから、十人の仲間も迎えるから」
牡丹が、静かに頷く。
「……皆と相談して、役割を決めます」
……おお。
ちゃんと、分かってくれてるね。
「ありがとう!」
私は、思わず笑った。
◇
「……十人の仲間、か」
森王様が、少しだけ首を傾げた。
「……まだ、増えるのだな」
「はい。屋敷の掃除も、お店の営業もあるので」
……うん。
何しろ、三階建てだ。
一人で全部やるなんて、無理だよね。
ほかの国の屋敷と同じように、一般メイドを十人迎えよう。
外見は、十八歳から三十歳ほどの人間種。
髪型も、背丈も、性格も、それぞれ違う。
掃除が得意な人。
料理が好きな人。
接客に向いている人。
でも、誰かに仕事が偏らないように、みんなで協力できる人たち。
……うん。
これで、いいね。
「《ホムンクルス作成》」
再び、柔らかな光が集まった。
今度は、十の光。
それぞれが少しずつ、人の形へ変わっていく。
…………。
……おお。
やっぱり、人数が多いと壮観だね。
やがて光が消え、十人の女性が姿を現した。
短い髪の人。
長い髪の人。
背の高い人。
小柄な人。
みんな、少しずつ違う。
「……初めまして、リアリス様」
十人が、揃って頭を下げた。
「初めまして! これからよろしくね!」
……うん。
いい感じだ!
◇
私は、一般メイドたちにも《不老不死》と《状態異常無効》を永続付与した。
……よし。
これで、みんな同じように守れるね。
牡丹に向き直る。
「牡丹。みんなの仕事は、相談して決めてほしいんだ」
「……承知しました」
「それから、休むときはちゃんと休んでね」
…………。
牡丹が、少しだけ考えた。
「……休息も、予定に組み込みます」
…………。
……おお。
何だか、管理が上手そう!
私は、思わず笑った。
「うん。お願い!」
十人のメイドたちも、落ち着いた様子で頷いている。
……よし。
これなら、大丈夫だろう。
森王様が、静かにその光景を眺めていた。
「……なるほど。そなたは、家だけを作るのではないのだな」
「……はい?」
「そこに住み、働く者まで、きちんと考えている」
…………。
……ああ。
そういうことか。
「……だって、家って、住む人がいて初めて家になると思うんです」
私が言うと、森王様が小さく頷いた。
「……うむ。よい考えだ」
……おお。
また、褒められちゃった。
◇
「……それでは、牡丹」
私は、屋敷の中を指差した。
「みんなで一度、部屋を見て回ろうか」
「……はい」
牡丹は十人のメイドたちへ向き直った。
「……まず、皆の部屋を確認しましょう」
…………。
……おお。
いきなり、しっかりしてる!
私は、思わず桜花を見た。
桜花も、小さく微笑んでいる。
「……リアリス様。牡丹も、頼もしくなりそうでございますね」
「うん。そうだね」
……ああ。
何だか、ちょっと嬉しいなぁ。
牡丹はメイドたちを連れて廊下へ向かいかけた。
でも、ふと足を止めて私を見た。
「……リアリス様」
「ん?」
「……あとで、こちらへ戻ってきてもよろしいでしょうか」
「もちろんだよ」
牡丹が、ほんの少しだけ目を細めた。
「……ありがとうございます」
……あっ。
可愛い。
仕事のことばかりかと思ったら、私のそばへ戻ることも考えてくれてるんだね。
私は、思わずもう一度頭を撫でたくなった。
……いや。
今は、仕事の邪魔をしないでおこう!
◇
牡丹たちが部屋の確認へ向かったあと、私は森王様たちを雑貨屋へ案内した。
屋敷と同じように、白い壁と木のぬくもりを基調にしてある。
入口は広め。
小柄な人でも、大人でも、無理なく入れる。
窓からは、柔らかな光が差し込んでいた。
……うん。
いいね。
「……ここが、お店です」
ライラ様が、興味深そうに周囲を見回す。
「……いろいろな品物を扱うのですか?」
「はい。食べ物や日用品、ちょっとした贈り物まで」
……うん。
今までの雑貨屋と、基本的には同じだ。
ただ、森都には森都の暮らしがある。
だから、ここで売れるものを、ちゃんと見て決めたい。
「……ほかのお店に、ご迷惑をかけないようにしたいので」
私は、ライラ様へ向き直った。
「森都で普段売られているものや、お値段も教えていただけると助かります」
ライラ様が、嬉しそうに頷いた。
「……はい。ご案内できます」
……ああ。
やっぱり、心強いなぁ。
◇
「……リアリス殿」
森王様が、店の棚を見つめていた。
「……ここには、どのように商品を用意するのだ?」
「《取り寄せ》を使った魔道具で、必要なものを補充できるんです」
……うん。
ローズ帝国の屋敷を作った頃から、使っている仕組みだ。
メイドたちが自分の魔力を使わなくても、必要な商品を用意できる。
……もちろん、何でも無制限に売っていいというわけじゃない。
値段も、量も、周りのお店との関係を見ながら調整している。
「……その魔道具で、品物を?」
「はい。私が《想像魔法》で作った魔法を利用しています」
…………。
……あっ。
念のため、言葉を整理しよう。
《想像魔法》そのもので品物が出てくるわけじゃない。
作成済みの《取り寄せ》を、魔道具から使えるようにしてあるんだ。
……うん。
そこは、自分でも混同しないようにしないとね。
森王様は、しばらく魔道具を眺めていた。
「……不思議な仕組みだな」
「……あはは。よく言われます」
……うん。
魔法国のキリアさんだったら、きっと今ごろ大興奮してるだろうね。
◇
商品を並べる前に、私は牡丹たちを呼んだ。
屋敷の確認を終えたらしく、みんな落ち着いた様子で戻ってくる。
「……リアリス様。お部屋の確認は終わりました」
「ありがとう、牡丹」
「……皆、問題なく使えるようです」
……うん。
よかった。
「それじゃ、お店の方も一緒に見ようか」
「……はい」
私は、棚や会計台、商品案内のポスターを説明した。
食品。
日用品。
雑貨。
そして、注文があった場合に魔道具で取り寄せる商品。
「営業は、朝九時から夜七時まで。みんなで交代して担当してね」
牡丹が、静かに頷いた。
「……一度に、何人ほどを店へ配置いたしましょう」
「基本は三人ずつでいいと思うよ。忙しいときは、ほかのみんなで手伝って」
「……承知しました」
……うん。
何だか、もうちゃんと管理できそうだね。
「それと、隣のサロンも、急いで始めなくていいからね。予約や相談があったら、まず私か巴さんに連絡して」
「……はい」
……よし。
この辺りも、ほかの屋敷と同じだ。
……うん。
新しいお店、少しずつ形になってきたね。
◇
私は、商品棚へ目を向けた。
……うん。
せっかく森王様とライラ様が来てくれているんだ。
何か、試してもらおうかな。
「……森王様、ライラ様」
「……何だ?」
「よかったら、こちらのお店の商品を少し試してみませんか?」
ライラ様の表情が、ぱっと明るくなった。
「……よろしいのですか?」
「もちろんです!」
……うん。
何が好きか分かれば、商品選びの参考にもなる。
「食べ物も、いろいろありますよ」
私は、商品案内の中から、甘いものをいくつか選んだ。
焼き菓子。
果物を使ったお菓子。
冷たいデザート。
……おっ。
プリンもあるね。
それから。
バニラアイス。
……ああ。
アイスかぁ。
久しぶりに食べたいなぁ。
私は、ふと森王様を見た。
森王様の視線が、ある一か所で止まっていた。
……ん?
何だろう。
私は、そちらを見た。
……あっ。
バニラアイスだ。
◇
「……森王様」
「……何だ?」
「もしかして、アイスがお好きですか?」
…………。
ほんの少しの沈黙。
森王様は、いつもと変わらない表情で頷いた。
「……嫌いではない」
…………。
……おっ。
嫌いではない、か。
私は、商品案内をもう一度見た。
……うん。
バニラ。
チョコ。
それから、果物の味もある。
「いろんな味がありますよ。どれにします?」
森王様は、落ち着いた様子で答えた。
「……バニラを」
…………。
……おお。
即答!
……いや。
さっき「嫌いではない」って言ってたわりには、迷わなかったね。
ライラ様が、父親をちらりと見た。
その目が、少しだけ楽しそうに細くなっている。
……あれ。
なんだか、何か知ってそうだね。
◇
「……それでは、少々お待ちくださいませ」
牡丹が、落ち着いた声で答えた。
一般メイドの一人へ小さく頷き、二人で商品の準備を始める。
……うん。
いいね。
もう、ちゃんとお店みたいだ。
《取り寄せ》を使える魔道具で、バニラアイスを用意する。
もちろん、冷たいまま保存できる設備もある。
……うん。
これなら、暑い日も安心して食べられるね。
「……リアリス様」
ライラ様が、少しだけ身を乗り出した。
「その冷たいお菓子は、どのようなものなのですか?」
「牛乳や甘いものを使った、冷たいデザートですよ」
「……まあ」
ライラ様が、興味深そうな顔をした。
「よかったら、ライラ様もいかがですか?」
「……はい。いただきたいです」
「味はどうします?」
ライラ様が、商品案内を眺めた。
それから、少し迷って指差す。
「……この、プリンというものを」
…………。
……おっ。
プリン!
「いいですね! 私も好きですよ」
……うん。
卵の風味と、甘いカラメル。
初めて食べたとき、ちょっと懐かしくなったんだよね。
……いや。
地球にいた頃は、そんなに頻繁に食べてたわけじゃないけど。
だからこそ、たまに食べると嬉しいんだ。
「じゃあ、プリンとバニラアイスをお願いします」
「……承知しました」
牡丹が、小さく一礼した。
……うん。
新しいお店の、記念すべき最初のお客さんだね!
◇
私たちは、雑貨屋の奥に用意してある小さな休憩用の席へ移動した。
……うん。
お店の中でも、こういう場所があると便利だよね。
買ったお菓子を少し食べたり。
商品について相談したり。
ただし、通路を塞がないように。
……ああ。
いい感じだ。
しばらくすると、牡丹が小さなお盆を運んできた。
森王様の前には、白いバニラアイス。
ライラ様の前には、プリン。
……おお。
おいしそう!
「どうぞ、召し上がってください」
私が言うと、森王様が小さく頷いた。
「……うむ」
静かに匙を取る。
……うん。
さすが王様。
動きまで、落ち着いてるね。
森王様は、バニラアイスを一口すくった。
そして。
ぱくり。
…………。
……おっ。
どうかな。
しばらく、森王様は何も言わなかった。
……あれ。
お気に召さなかった?
私は、少しだけ心配になった。
「……森王様?」
森王様が、静かにこちらを見る。
「……うむ」
…………。
……うむ?
「……これは、よいな」
…………。
……おお!
よかった!
「お口に合いましたか?」
「……ああ。実によい」
……うん。
相変わらず、感想まで落ち着いてる。
でも。
……あれ。
手は、止まってないね。
もう一口。
それから、もう一口。
…………。
……おお。
結構、気に入ってくれたみたいだ。
◇
ライラ様も、プリンを一口食べた。
「……まあ!」
…………。
……おっ。
どうかな。
ライラ様は、少し目を丸くしていた。
「……こんなに柔らかくて、甘いお菓子があるのですね」
「はい。プリンっていうんです」
ライラ様が、嬉しそうにもう一口食べる。
……うん。
気に入ってくれたみたい。
「……リアリス様」
「はい?」
「……これ、カトレア様にも食べていただきたいです」
…………。
……ああ。
分かる!
「うん! 帰ったら、カトレアにも持って帰ろうと思います」
ライラ様が、微笑んだ。
「……素敵ですね」
……うん。
いい人だなぁ。
……あっ。
そうだ。
私の分も、何か頼もうかな。
「牡丹。私にも、同じバニラアイスを一つお願いしていい?」
「……はい。すぐにお持ちします」
……よし。
せっかくだから、みんなで食べよう。
◇
しばらくして、私の前にもバニラアイスが置かれた。
……おお。
冷たそう。
私は、さっそく一口食べた。
……ああ。
おいしい。
やっぱり、バニラはいいね。
甘くて、冷たくて。
……うん。
これなら、カトレアも好きそう。
私は、何となく森王様を見た。
…………。
……あれ?
さっきまで、バニラアイスが入っていた器。
もう、空っぽだ。
……おお。
早い!
「……森王様、もう食べ終わったんですか?」
森王様が、少しだけ視線を上げた。
「……うむ」
「おいしかったなら、よかったです」
「……ああ」
……うん。
口数は少ないけど、気に入ってくれたんだね。
私は、もう一口アイスを食べた。
……ああ。
冷たくて、おいしいなぁ。
そのとき。
私の目の端で、何かが動いた。
…………。
……ん?
森王様が、そっと牡丹へ声をかけている。
……おっ。
何か質問かな。
私は、特に気にせずアイスを食べ続けた。
◇
しばらくして、ライラ様が席を立った。
「……少し、花壇を見てもよろしいでしょうか」
「もちろんです!」
私は、笑顔で答えた。
「私もあとで行きますね」
「……はい」
ライラ様が、桜花と一緒に店の外へ向かった。
……うん。
あの二人なら、すぐに仲良くなれるだろうね。
私は、食べ終わった器を片づけようと立ち上がった。
……さて。
牡丹たちが忙しくなる前に、お店の裏側も確認しようかな。
私は、棚の間をゆっくり歩いた。
その途中。
何やら、奥の方から小さな声が聞こえた。
「……いや、これはなかなか……」
…………。
……ん?
聞き覚えのある、落ち着いた声。
私は、そちらへ顔を向けた。
すると。
商品棚の向こう。
人目につきにくい小さな席に。
森王様が、いた。
…………。
…………。
……あれ?
あの人。
今、何食べてるんだろう。
白い器。
小さな匙。
…………。
……おお。
バニラアイスだ!
しかも。
二個目!?
◇
「……森王様?」
私が声をかけた瞬間。
森王様の動きが、ぴたりと止まった。
…………。
……あっ。
匙を、口へ運ぶ途中だったみたい。
白いバニラアイスが、匙の上に乗っている。
森王様は、そのまま私を見た。
…………。
…………。
…………。
……おお。
すごい。
国宝が盗まれたときですら、あんなに落ち着いてたのに。
今は、完全に動きが止まってる!
「……あの、何かご用でした?」
私は、少しだけ首を傾げた。
すると。
森王様は、何事もなかったように匙を下ろした。
「……うむ」
…………。
……うむ?
「……この品の品質を、もう一度確認しておった」
…………。
…………。
……おお。
品質確認!
なるほど!
……いや。
待って。
それなら、なぜ、こんな奥の席で?
私は、空になった最初の器を思い出した。
……ああ。
もしかして。
この人。
ただ、もう一つ食べたかっただけなんじゃない?
「……あの、森王様」
「……何だ?」
「アイス、お好きなんですね」
…………。
ほんの少しの沈黙。
「……嫌いではない」
…………。
……あっ。
また、それ!
でも。
匙は、まだしっかり握られている。
…………。
……うん。
好きなんだね。
間違いない!w
◇
「……お父様?」
背後から、ライラ様の声がした。
…………。
……あっ。
戻ってきたんだね。
私は、振り返った。
ライラ様は、森王様の手元を見た。
白い器。
小さな匙。
そして、二個目のバニラアイス。
…………。
…………。
……あれ。
ライラ様も、固まった。
「……お父様」
「……うむ」
「……それは、先ほどの……」
森王様が、静かに頷いた。
「……品質の再確認だ」
…………。
……おお。
言い切った!
ライラ様は、しばらく父親を見つめていた。
そして。
「……ふふっ」
…………。
……あっ。
笑った!
「……それほど、お気に召したのですね」
「……うむ」
…………。
……おお。
認めた!
……いや。
普通の返事なんだけど。
何だろう。
この人が言うと、ものすごく重大なことに聞こえるなぁ。
ライラ様が、くすくす笑っている。
……ああ。
親子って、いいね。
王様でも、お父さんなんだもんなぁ。
◇
そこへ、牡丹が静かに近づいてきた。
「……森王様」
「……何だ?」
「……三個目も、ご用意できます」
…………。
…………。
…………。
……ぶっ!
私は、危うく笑いそうになった。
……いやいや!
牡丹!
真顔で何てこと言うの!?
森王様が、ゆっくり牡丹を見た。
牡丹は、ほとんど表情を変えない。
「……ご注文があれば、すぐに」
…………。
少しの沈黙。
「……では」
森王様が、静かに答えた。
「……もう一つ、お願いしよう」
…………。
…………。
……えええぇぇぇ!?
三個目!?
「……お父様!」
今度は、ライラ様も驚いた声を出した。
森王様が、落ち着いた様子で頷く。
「……うむ。品質の確認は、十分であるほどよいからな」
…………。
……いや!
完全に、気に入ってるだけですよね!?
私は、とうとう我慢できなくなった。
「……あははは!」
笑ってしまった。
……ごめんなさい!
でも、無理!
あの落ち着いた森王様が、三個目のアイスを真剣な顔で注文してるんだもん!
◇
「……リアリス殿」
森王様が、ゆっくり私を見た。
「……何か、おかしいか?」
「……い、いえ!」
私は、慌てて首を振った。
「……すみません。何でもありません!」
…………。
……うん。
笑っちゃいけない。
人の好物を笑うのは、よくない。
ただ。
国宝が盗まれても動じなかった王様が。
バニラアイスを食べてるところを見つかっただけで、ちょっと動きを止めた。
…………。
……ああ。
ギャップが、すごい!
「……森王様」
私は、何とか笑いを堪えた。
「気に入ってくださったなら、うちのお店でも扱い続けますからね」
森王様が、少しだけ目を細めた。
「……それは、ありがたい」
…………。
……おお。
心からの言葉だ。
私は、思わず嬉しくなった。
「いつでも、お買い求めいただけますよ」
「……うむ」
…………。
……あれ。
何だろう。
今日一番、満足そうな顔をしてる気がする。
◇
牡丹は、真顔のまま三個目のバニラアイスを準備しに行った。
……うん。
この子、見事な接客だね。
必要以上に驚かない。
お客様の好みを覚える。
それから、追加の注文も自然に受ける。
……ああ。
お店の管理も、安心して任せられそう。
でも。
「……牡丹」
「……はい、リアリス様」
「……森王様には、ゆっくり食べてもらおうね」
「……承知しております」
牡丹が、少しだけ目を細めた。
……ん?
今、笑った?
……いや。
気のせいかもしれない。
でも。
牡丹も、ちょっと面白がってるような気がするなぁ。
桜花も、店の入口で静かに微笑んでいた。
…………。
……ああ。
みんな、分かってるんだね。
森王様が、アイス大好きだってこと。
……うん。
これは、覚えておこう!
◇
お店の準備も、ひととおり整った。
森王様は、バニラアイスを三個食べ終えてから、ようやく席を立った。
…………。
……うん。
あの人、本当に三個食べたんだね。
しかも、最後まで落ち着いた表情のまま。
……いや。
途中、一瞬だけ目元が緩んでいた気がする。
……おお。
あれが、森王様の満面の笑みなのかもしれない!
「……リアリス殿」
「はい?」
「……この店は、いつから使えるのだ?」
「店内の準備が整ったら、すぐにでも。営業時間は朝九時から夜七時までを考えています」
…………。
森王様が、静かに頷いた。
「……そうか」
……うん。
何だか、興味深そう。
「……あの白い菓子も、売るのだな」
「はい。バニラアイスですね」
「……うむ」
…………。
……あれ。
そこ、念入りに確認するんだね。
「いつでも買えますよ」
私が笑って言うと、森王様は、少しだけ満足そうに頷いた。
……ああ。
何だか、すごく分かりやすくなってきたなぁw
◇
ただ、屋敷を開く前に、もう一つ大事なことがある。
……そう。
安全対策。
私は、敷地の端へ出て周囲を見回した。
森の中にある屋敷だからね。
町から近いとはいえ、魔獣が来ないとは限らない。
「……牡丹」
「はい、リアリス様」
「ここには《結界》を張っておくよ」
「……承知しました」
……うん。
ただし。
私は、以前の失敗を思い出した。
最初のシルク王国邸では、結界の対象を大ざっぱに決めすぎたんだよね。
……ああ。
人間以外は入れない、なんて設定にしたら。
エルフの人たちまで入れなくなっちゃう!
それじゃ、本末転倒だ。
「……今回は、魔獣の侵入を防ぐことを中心にしよう」
私は、設定する対象を丁寧に確認した。
エルフは入れる。
人間も、魔族も、獣人も、ドワーフも。
普通のお客様や、住人の知り合いが出入りできるように。
そして、危険な魔獣が敷地へ入り込まないように。
……うん。
これでいいね。
「《結界》」
目には見えない防護が、屋敷と雑貨屋の周囲へ広がった。
……よし。
ちゃんと、設定できた。
私は《サーチ》で周囲を確かめる。
……うん。
今のところ、問題なし。
「牡丹。何かあったら、すぐ連絡してね」
「……はい。皆の安全を優先いたします」
……ああ。
頼もしいなぁ。
◇
「……リアリス殿」
森王様が、少しだけ目を細めた。
「……今の結界も、そなたの魔法なのだな」
「はい。《結界》という魔法です」
「……森の中に暮らすなら、心強いものだな」
…………。
……あっ。
ちゃんと、分かってくれた。
「ありがとうございます」
私は、嬉しくなった。
……うん。
王様にこう言ってもらえると、安心するね。
「ただし、周りの森には何もしていません。森を囲んだり、動物たちの暮らしを変えたりするつもりはないので」
森王様が、穏やかに頷く。
「……うむ。それなら、よい」
…………。
……ああ。
この人は、本当に森が大切なんだ。
私は、もう一度木々へ目を向けた。
風に揺れる葉。
遠くから聞こえる鳥の声。
……うん。
この景色を残せて、よかった。
◇
私は、牡丹たちと雑貨屋の最後の確認をした。
商品棚は、必要な高さになっているか。
小さな子どもでも、手に取れるものがあるか。
食品を清潔に保てるか。
店の外から見たとき、入口が分かりやすいか。
……うん。
どれも、大丈夫そう。
ただし、値段はむやみに安くしすぎない。
地元の商人さんたちが困るのは、避けたいからね。
「牡丹。開店したら、お客さんが何を探しているか、よく聞いてあげてね」
「……はい」
「この国で普段売られているものを、全部うちで扱う必要はないから」
牡丹が、静かに頷く。
「……町のお店との関係も、大切にいたします」
…………。
……おお。
ちゃんと理解してくれてるね。
私は、嬉しくなって、その頭を撫でた。
牡丹は、ほんの少しだけ目を細めた。
…………。
……ああ。
やっぱり、可愛い。
「よろしくね、牡丹」
「……はい。リアリス様」
◇
そこへ、ライラ様が声をかけてくれた。
「……リアリス様」
「はい?」
「お庭のお花は、これから植えるのですか?」
「うん。建物の周りに花壇は作ったけど、花の種類はまだ決めてないんです」
ライラ様が、少しだけ嬉しそうな顔になった。
「……でしたら、森の木々に合う花を、いくつかご紹介できます」
「おお! ぜひ!」
……ああ。
頼もしいなぁ。
花壇の前へ移動すると、ライラ様が日差しや風の向きを確かめてくれた。
木陰になりやすい場所。
日が長く当たる場所。
水が溜まりやすい場所。
……うん。
こうして見ると、同じ花壇でも場所によって違うんだね。
「……ここには、あまり強い日差しを好まない花が向いていると思います」
「……なるほど」
「そして、こちらには季節ごとに色の変わる花を」
…………。
……おお。
それ、いいね!
「カトレアも、きっと喜びます!」
私が言うと、ライラ様は微笑んだ。
「……カトレア様にも、見ていただきたいですね」
…………。
……あっ。
そうだった。
今日、迎えに戻るって約束したんだ。
……うん。
もう、王様とのお話も終わったし。
そろそろ迎えに行ってもいいかな。
◇
「……森王様」
「……何だ?」
「一度、シルク王国邸へ戻ってもいいでしょうか?」
森王様が、少し首を傾げた。
「……何か忘れ物か?」
「いえ。娘を迎えに行こうと思って」
ライラ様が、ぱっと顔を上げた。
…………。
……おお。
楽しみにしてくれてたんだね。
「……今日は、お花のことも教えていただけそうなので」
森王様が、ゆっくり頷いた。
「……うむ。連れてくるとよい」
「ありがとうございます!」
……よし。
じゃあ、カトレアを迎えに行こう。
私は、人目のない屋敷の一室へ移動した。
《転移》で、シルク王国邸へ戻る。
……うん。
あっという間だね。
……いやぁ。
国が違っても、家族の顔を見に戻れるのは、本当に便利だなぁ。
◇
シルク王国邸では、カトレアと巴さんが庭にいた。
……おお。
カトレア、花に水をあげてる。
「……ただいま!」
私が声をかけると、カトレアが振り返った。
「……お父さん!」
駆け寄ってくる小さな姿。
……ああ。
何だか、すごく嬉しいね。
「お仕事、終わった?」
「うん。新しいお家もできたよ」
カトレアの目が、きらきら輝いた。
「……エルフの国のお家?」
「そう!」
私は、笑顔で頷いた。
「よかったら、見に行こうか」
「……行く!」
……うん。
そうなるよね!
巴さんが、優しく微笑んだ。
「それじゃ、私も一緒に行きましょうか」
「……おっ。巴さんも?」
「新しいお家なのに、台所も見ないままでは落ち着かないもの」
…………。
……ああ。
そうだった。
巴さんにとっては、どの屋敷も大切な台所なんだね。
「ぜひお願い!」
私は、二人と一緒に《転移》する準備をした。
……よし。
エルフ国邸へ戻ろう。
◇
新しい屋敷の庭へ戻ると、牡丹がすぐに迎えてくれた。
「……お帰りなさいませ、リアリス様」
「ただいま、牡丹!」
それから、巴さんとカトレアへ向き直る。
「こちらが、新しいフラワーズの牡丹だよ」
牡丹が、静かに頭を下げた。
「……牡丹と申します。よろしくお願いいたします」
巴さんが、にっこり微笑んだ。
「初めまして、牡丹ちゃん。私は巴よ」
「……巴様。お会いできて光栄です」
「ふふ。そんなにかしこまらなくてもいいのよ」
…………。
……ああ。
いつもの巴さんだね。
優しくて、頼もしい。
牡丹の肩から、ほんの少し力が抜けたように見えた。
……うん。
やっぱり、お母さんはすごいなぁ。
カトレアも、牡丹を見上げた。
「……ぼたんちゃん?」
「……はい」
「……カトレアです。よろしくね」
牡丹が、小さく頷いた。
「……よろしくお願いいたします、カトレア様」
…………。
……あっ。
何だろう。
まだ少しぎこちないけど。
ちゃんと、仲良くなれそうだね。
◇
「……そうだ、巴さん」
「なあに?」
「新しい屋敷の扉も、ほかのお家と行き来できるようにしてもらえる?」
巴さんが、静かに頷いた。
「もちろんよ。あとで、扉を確認しましょうね」
……ああ。
ありがたい!
私の《転移》でも、どこへでも移動できる。
でも、巴さんが屋敷同士の扉をつないでくれると、みんながずっと暮らしやすくなるんだ。
……うん。
そういう仕組みは、これから屋敷が増えても大切にしたい。
「あと、厨房も見てくれると嬉しいな」
「ふふ。もちろん」
……うん。
よかった。
巴さんがいてくれれば、安心だね。
……と、その前に。
「カトレア。ライラ様に挨拶しに行こうか」
「……うん!」
◇
森王様とライラ様は、まだ雑貨屋の近くにいた。
……おお。
待っていてくれたんだね。
「……森王様、ライラ様」
私は、丁寧に頭を下げた。
「娘を連れてきました」
カトレアは、少しだけ私の後ろへ隠れた。
……あっ。
初めて会う人だもんね。
緊張するよね。
「カトレア。こちらが、森王様とライラ様だよ」
「……こんにちは」
カトレアが、小さな声で挨拶した。
ライラ様が、しゃがんで目線を合わせてくれる。
「……初めまして、カトレア様。ライラです」
カトレアが、ぱちぱちと瞬きをした。
「……お花、すき?」
…………。
……あっ。
いきなり、そこ!
ライラ様は、嬉しそうに微笑んだ。
「……はい。とても好きですよ」
「……わたしも!」
…………。
……おお。
もう、仲良くなれそう!
ライラ様が、優しく手を差し出した。
「……それでは、一緒に花壇を見てみませんか?」
「……うん!」
カトレアが、私を振り返った。
「……お父さん、行っていい?」
「もちろんだよ」
……ああ。
よかった。
二人は、並んで花壇へ向かった。
……うん。
何だか、本当の姉妹みたいに見えるね。
◇
私は、その後ろ姿を見送った。
すると、森王様が静かに声をかけてきた。
「……よい娘だな」
「……はい。私の自慢の娘です」
…………。
……あっ。
つい即答しちゃった。
親バカだって思われたかな。
でも、事実だから仕方ない。
森王様は、穏やかに微笑んだ。
「……ライラも、楽しそうだ」
……ああ。
そうだね。
ライラ様、さっきよりずっと表情が柔らかい。
「お花の話が合うみたいですから」
「……うむ。あの子は昔から、植物の世話を好んでおった」
…………。
……おお。
そうなんだね。
王女様としての仕事もあるだろうに。
自分の好きなことも、ちゃんと大切にしてる。
……うん。
いいことだと思う。
私は、森王様と並んで、二人をしばらく眺めていた。
◇
「……それにしても、リアリス殿」
「はい?」
「そなたは、ずいぶん家族を大切にしているのだな」
……おっ。
突然だね。
「……あはは。そう見えますか?」
「……うむ」
森王様が、静かに頷いた。
「屋敷を建てるときも、住む者のことを考えていた。あの小さな娘のために、花壇まで相談していた」
…………。
……ああ。
そうだったね。
「……そうですね。私は、家族が笑ってくれたら嬉しいので」
森王様が、ゆっくり目を細めた。
「……よいことだ」
…………。
……うん。
何だか、嬉しいなぁ。
昨日は、国宝の事件で大変だった。
でも。
今日は、こうして普通に話せる。
……ああ。
これが、私の望んでいた交流なんだよね。
何かを倒すためだけじゃなくて。
一緒にお茶を飲んだり。
好きな食べ物の話をしたり。
家族のことを話したり。
……うん。
そういう時間を大事にしたい。
◇
「……お父さん!」
カトレアが、花壇から走ってきた。
手には、ライラ様が選んでくれた小さな花。
「……これ、植えていい?」
…………。
……あっ。
もう、植える花まで決まったんだね。
「もちろん!」
私は、しゃがんでカトレアの手元を見た。
淡い色の小さな花。
……おお。
綺麗だね。
「ライラ様と、一緒に植えるの?」
「……うん!」
ライラ様も、少し後ろで微笑んでいる。
「……この場所なら、日差しも合っていると思います」
「ありがとうございます」
……うん。
それなら、安心。
カトレアは、嬉しそうに花壇へ戻った。
……ああ。
この子が笑ってくれてる。
もう、それだけで十分だね。
◇
夕方が近づいたころ。
巴さんが、屋敷の中から戻ってきた。
「リアリスちゃん」
「はい!」
「厨房も、みんなのお部屋も見せてもらったわ」
「……どうだった?」
「ふふ。とても暮らしやすそうよ」
…………。
……ほっ。
よかったぁ。
「牡丹ちゃんも、ほかのメイドたちも、しっかりしているわね」
「うん。みんな頼もしいんだ」
巴さんが、柔らかく微笑んだ。
「ほかのお屋敷と行き来する扉も、つないでおいたわ。これからは、みんなが行き来できるわよ」
…………。
……おお!
「ありがとう、巴さん!」
……うん。
これで、六つの屋敷がつながった。
シルク。
フォーサイド。
ローズ。
オリミス聖国。
ドルステン魔国。
そして、エルフ国。
……ああ。
少しずつ、家族の暮らせる場所が増えていく。
……うん。
やっぱり、嬉しいね。
◇
私は、牡丹を呼んだ。
「牡丹」
「……はい、リアリス様」
「これから、この家をよろしくね」
牡丹が、静かに頭を下げた。
「……承知いたしました」
それから、少しだけ顔を上げる。
「……リアリス様」
「ん?」
「……また、こちらへお戻りになりますか?」
…………。
……あっ。
可愛いこと、聞いてくるね。
「もちろん! ここも私たちの家なんだから」
牡丹の目元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……お待ちしております」
…………。
……ああ。
もう、可愛すぎる!
私は、そっと牡丹の頭を撫でた。
牡丹は、目を伏せてじっとしている。
……うん。
言葉は少ないけど、嬉しいのはちゃんと伝わってくる。
「……桜花。牡丹にも、みんなを紹介したいね」
「はい。フラワーズの皆も、喜ぶかと存じます」
……うん。
それは、また今度の楽しみにしよう。
◇
森王様たちへ、改めてお礼を伝えることにした。
「……今日は、本当にありがとうございました」
私は、丁寧に頭を下げた。
「土地を紹介していただいて、屋敷もお店も作れました」
森王様が、穏やかに頷く。
「……こちらこそ。国宝の件から、何かと世話になった」
「いえいえ。無事に戻って、本当によかったです」
……うん。
国宝の話は、これでひと区切りだね。
森王様は、少し考えてから口を開いた。
「……また、森都へ来るとよい。そなたと話すのは、私も楽しい」
……おお。
嬉しい!
「私もです!」
私は、思わず笑った。
……ああ。
この国でも、友達ができたみたいだね。
「それから、お店のことも、よろしくお願いします」
「……うむ」
…………。
少しの沈黙。
「……バニラアイスもな」
…………。
…………。
……あっ!
「……はい! もちろんです!」
私は、笑いを堪えながら頷いた。
……ああ。
やっぱり、そこが大事なんだね!w
◇
ライラ様も、カトレアへ手を振ってくれた。
「……カトレア様。また、お花の続きを一緒にしましょうね」
「……うん! またね!」
……おお。
すっかり仲良しだ。
カトレアが、私の袖を小さく引っ張った。
「……お父さん」
「ん?」
「……ライラおねえちゃん、すき!」
…………。
……あっ。
お姉ちゃん!
ライラ様が、一瞬だけ目を丸くした。
それから、嬉しそうに頬を赤らめた。
「……ありがとう、カトレア様」
……ああ。
よかった。
カトレアにお姉ちゃんって呼ばれて、嬉しいんだね。
私は、思わず笑った。
「……また一緒に遊んであげてください」
「……はい。喜んで」
……うん。
いい交流ができたね。
◇
人目のない場所から《転移》して、私たちはシルク王国邸へ戻った。
……ああ。
今日も、無事に帰ってこられた。
しかも。
神様の落とし物もない。
国宝泥棒も出てこない。
誰とも戦ってない。
…………。
……おお!
すごい!
これだよ!
これこそ、普通の訪問じゃないか!
私は、思わず両手を上げたくなった。
「……リアリスちゃん?」
巴さんが、少しだけ首を傾げた。
「……あっ。何でもないよ!」
……うん。
今日は、本当にいい一日だったなぁ。
新しい屋敷とお店。
新しい家族の牡丹。
そして、森王様やライラ様との交流。
……ああ。
エルフ国へ行って、よかった。
◇
夕食の席で、カトレアが今日植えた花の話をしていた。
「……ここにね、ちっちゃいお花、植えたの!」
「うん。見たよ」
「……ライラおねえちゃん、教えてくれた!」
……ああ。
嬉しそう。
巴さんも、優しく微笑んでいる。
「それは、よかったわねぇ」
桜花も、静かに頷いた。
「牡丹も、カトレア様がお見えになって喜んでおりました」
…………。
……おっ。
そうだったんだね。
あの子、あまり表情が変わらないから分かりにくいけど。
……うん。
きっと、家族が来てくれて嬉しかったんだろうな。
「……お父さん」
「ん?」
「……また、エルフの国、行こうね」
「もちろん!」
私は、笑顔で答えた。
「今度は、もっとゆっくり遊ぼう」
「……うん!」
……ああ。
いいね。
こういう約束なら、いくつ増えても嬉しいなぁ。
◇
夜。
私は、執務室で地図を広げていた。
……うん。
エルフ国の屋敷も、無事に完成した。
これで、六つ。
残りは、あと二つだ。
ドワーフの国々と。
獣人国。
……ああ。
世界のいろんな場所へ、少しずつ家族の家が増えていく。
最初は、シルク王国に一軒あれば十分だと思ってたんだけどね。
いつの間にか、こんなに大きな話になってしまった。
……いや。
大きな話、というほどでもないかな。
私にとっては、どれも大切な家だ。
私は、地図の上にある獣人国を見た。
首都ジーラット。
……うん。
次は、あそこだね。
エルフ国と同じように、まずは正式にご挨拶をしたい。
もちろん、シルク王国のカバディ王にも、紹介の書状をお願いしよう。
……ああ。
獣人の国かぁ。
どんな人たちが暮らしてるんだろう。
猫みたいな人。
犬みたいな人。
それから、ライオンみたいな人もいたりして。
…………。
……おお。
ちょっと、楽しみだね。
ただし。
私には、ひとつだけ心配がある。
……うん。
今度こそ。
本当に。
何事もなく、正式な挨拶だけで終わってほしい!
……ああ。
そう願いながら、私は地図を畳んだ。
――エルフ国での国宝騒動は幕を閉じ、森都ベルツリーには六つ目のリアリス邸が誕生した。新しい家族の牡丹と、バニラアイスが大好きな森王様との縁を胸に、リアリスは次の国へ向かう準備を始めるのだった。




