第3話:盗まれたグリーンクリスタル
森都ベルツリーの王城。
宝物殿から廊下へ出た私は、もう一度脳内マップを開いた。
……うん。
青い点は、まだ森の中にある。
少しずつ動いているけど、今のところ町へ向かってくる様子はない。
……ああ。
まずは、ひと安心だね。
「リアリス様」
隣に立った桜花が、静かに声をかけてきた。
「……その反応が、犯人の魔獣でございますか?」
「まだ、分からないんだ」
私は、正直に答えた。
「《歴史閲覧》で姿を見たから、さっきより絞り込めたんだけどね。似た魔獣だったら、間違えるかもしれないから」
「……さようでございますね」
桜花が、静かに頷いた。
……うん。
国宝を探しているからって、無関係な相手を犯人扱いしちゃ駄目だ。
相手は魔獣だけど。
それでも、ちゃんと確認してからにしよう。
「……森王様」
私は、振り返った。
銀色の長い髪を束ねたライノーラ森王が、いつもの落ち着いた表情で立っている。
「まずは、様子を見てきますね」
「……うむ。無理はせぬようにな」
…………。
……おお。
王様に心配されちゃった。
私は、思わず笑った。
「ありがとうございます。桜花もいますから、大丈夫ですよ」
桜花が、綺麗に一礼する。
「リアリス様のお側は、私がお守りいたします」
……ああ。
頼もしい。
本当に、この子がいてくれてよかった。
◇
「……リアリス様」
ライラ王女が、少しだけ前へ出た。
「……どうか、お気をつけて」
「ありがとうございます」
私は、軽く頭を下げた。
「見つかったら、できるだけ早く戻ってきます」
ライラ様が、ほっとしたように微笑んだ。
……うん。
この人も、国宝のことが心配なんだね。
「……あの、リアリス様」
「はい?」
「……帰っていらしたら、また、森都のお話を……」
…………。
……おっ。
そうだね。
さっきの聞き込みでは、せっかくの町をゆっくり見る余裕がなかったし。
「もちろんです! カトレアへのお土産も、まだ買ってませんからね」
…………。
……あれ。
ライラ様の表情が、一瞬だけ止まったような。
「……そ、そうですね」
……うーん。
疲れてるのかな。
国宝の事件が起きてるんだから、当然かもしれない。
「戻ったら、少し休んでくださいね」
「……はい。ありがとうございます」
……おお。
また、頬が赤くなった。
やっぱり、体調が悪いのかもしれないね。
私は、桜花へ小さく頷いた。
「……じゃあ、行こうか」
「はい、リアリス様」
◇
王城を出たあと、私は人のいない場所を確認した。
森都の中から、いきなり《転移》で消えたら騒ぎになるからね。
……うん。
町の外まで歩いてからの方がいいだろう。
城門を通るとき、門番さんが丁寧に頭を下げてくれた。
「お気をつけて、リアリス様」
「ありがとうございます!」
…………。
……あれ。
もう名前を覚えてもらってる。
……おお。
王城に行ったからかな。
それとも、ライラ様と一緒に町を歩いたから?
……まあ、どちらでもいいか。
私は、桜花と並んで森都から少し離れた小道へ向かった。
高い木々。
木漏れ日。
小鳥の声。
……ああ。
やっぱり、エルフ国の森は綺麗だなぁ。
何もなければ、のんびり散歩したいくらいだ。
……でも。
今日は、国宝探し。
しかも、相手は鍵を開けるほど賢い魔獣。
……うん。
油断は禁物だね。
◇
私は《サーチ》で、目標の青点と周囲の反応を確かめた。
……うん。
この先の森だ。
町からは少し離れている。
道を外れたところに、何かがいるらしい。
ただし、近くにはや魔獣の反応もある。
……うーん。
やっぱり、森の中は生き物が多いね。
「……桜花。もう少しだけ《転移》で近づこう」
「承知いたしました」
「少し離れた、誰もいない場所へ移動するね」
「……かしこまりました」
……うん。
盗んだ国宝を持っていたとしても、いきなり目の前に現れたら相手が何をするか分からない。
驚いて、国宝を壊されても困るからね。
私は、安全な木立の間を指定した。
「《転移》」
次の瞬間。
私たちは、森の奥に立っていた。
……おお。
さっきより、ずっと静かだね。
風が枝を揺らす音しか聞こえない。
……うん。
ここなら、落ち着いて探せそう。
◇
「……リアリス様」
桜花が、周囲の気配を確かめている。
「……はい?」
「この辺りには、魔獣の気配がいくつかございます」
「うん。《サーチ》でも見えてる」
……おお。
さすが桜花。
魔法を使わなくても、周囲の様子が分かるんだね。
「目標の反応は、あっちの方だよ」
私は、木々の間を指差した。
地面には、苔が生えている。
ところどころに、細い獣道のようなものがあった。
……うん。
歩けそうだね。
ただし、足元は少し滑りそう。
私は、ゆっくり歩き始めた。
桜花も、すぐ隣についてきてくれる。
「……何だか、冒険者のお仕事みたいだね」
「ふふ。リアリス様は、冒険者でいらっしゃいますから」
…………。
……あっ。
そうだった。
私、ちゃんと冒険者なんだよね。
最近は王様と会ったり、神様の落とし物を拾ったりしてたから、忘れそうになってた!
「……今日は、ちょっと久しぶりの冒険かもしれないね」
「……さようでございますね」
……うん。
ただの散歩じゃないんだけど、少しだけわくわくする。
……いや。
国宝を盗まれた森王様には悪いから、あまり楽しんじゃ駄目か。
◇
しばらく歩くと、柔らかい土の上に足跡が見えた。
……おっ。
足跡だ。
しかも、二本足で歩いたような跡。
「……桜花。これ、どう思う?」
私は、足跡のそばでしゃがんだ。
桜花が、静かに覗き込む。
「……爪の跡がございますね」
「……あっ、本当だ」
足の先に、細長い傷がいくつかついている。
……うん。
普通の靴じゃ、こんな跡にはならないよね。
「……犯人かな?」
「まだ、断定はできかねます」
……うん。
そうだよね。
この森には、ほかの魔獣もいるはずだから。
私は《サーチ》で青点を確かめ直した。
……うん。
この足跡の続く方角と、だいたい同じだ。
「……じゃあ、もう少し進んでみよう」
「はい」
……よし。
慎重に。
それから、周りの木を傷つけないように。
エルフの人たちが大切にしている森だからね。
◇
……ところが。
少し進んだところで、私は足を止めた。
「……あれ?」
目の前の茂みが、がさがさと揺れている。
…………。
……おっ。
何かいる!
桜花が、私の一歩前に出た。
「リアリス様。お下がりください」
「……うん」
……ああ。
頼もしい。
私は、《サーチ》の反応を確かめた。
さっき見つけた青点とは、少し違う位置。
……ということは。
別の魔獣かな。
茂みが、大きく揺れた。
そして。
ひょこっ。
そこから、小さな魔獣が顔を出した。
…………。
……えっ。
小さい!
丸い体。
短い足。
でも、顔にはちょっと怖い牙が生えている。
……うーん。
可愛い、と言っていいのかな。
小さな魔獣は、私たちをじっと見た。
それから。
ぷいっ。
反対側の茂みへ、走っていった。
…………。
……あっ。
行っちゃった。
「……犯人じゃなかったね」
「……左様でございますね」
桜花が、少しだけ微笑んだ。
……うん。
ああいう子まで、いきなり倒さなくてよかった。
やっぱり、確認は大事だね。
◇
私は、もう一度を使った。
……うん。
今度は、青点の位置をしっかり確かめよう。
……あれ?
さっきより、少し動いてる。
森のさらに奥へ向かっているみたいだ。
…………。
……うーん。
このまま歩いて追いかけてもいいけど。
相手は魔獣。
森の中を移動するのは、私たちより慣れてるはず。
……あっ。
そうだ。
《フライ》があるじゃないか!
この前、神様の盾を拾いに行ったときに作った魔法。
自分の意思で、自由に空を飛べる。
……うん。
あれなら、上から森を見渡せるね。
でも。
桜花は飛べない。
私一人で先へ行っちゃうのも、ちょっと違うなぁ。
「……桜花。私、ちょっと上から見てくるね」
「……《フライ》でございますか?」
「うん。でも、すぐ戻るよ」
「かしこまりました。こちらでお待ちいたします」
……うん。
ありがとう。
私は、木の枝へぶつからない位置を確認した。
それから、《フライ》を発動した。
ふわっ。
体が、ゆっくり浮かび上がる。
……おお。
やっぱり、気持ちいいね!
◇
木々の上へ出ると、森の景色が一気に広がった。
……おおお。
すごい!
緑の海みたいだ。
遠くには、森都ベルツリーの建物が少しだけ見える。
……ああ。
カトレアにも、いつか見せてあげたいなぁ。
……いや。
今は、国宝探しだった!
私は、《サーチ》の青点を確かめた。
……うん。
あっちの方。
木々が少し途切れた、岩の多い場所だ。
……おっ。
小さな空き地がある。
その近くに、大きな倒木。
さらに奥には、岩の陰へ続く細い道。
……なるほど。
隠れるには、ちょうどよさそうな場所だね。
私は、青点と周囲の地形を覚えた。
……うん。
これなら、桜花と一緒に近づける。
《フライ》でゆっくり高度を下げ、もとの場所へ戻った。
「ただいま、桜花」
「お帰りなさいませ、リアリス様」
「少し先に、岩の陰があるみたい。あの辺りを調べてみよう」
「はい」
……よし。
今度は、一緒に行こう。
◇
私たちは、木々の間を静かに進んだ。
……うん。
空から見るのと、地上を歩くのでは、やっぱり違うね。
上からは平らに見えたところも、実際は大きな根が張り出していたりする。
岩も、思っていたより大きい。
……ああ。
この森を知らない人が、勝手に歩くと迷子になりそう。
私は、脳内マップを見ながら進んだ。
……おっ。
もう少しだ。
……そのとき。
桜花が、静かに私の腕へ手を添えた。
「……リアリス様」
「……うん?」
「……この先に、何者かの気配がございます」
…………。
……おお。
やっぱり。
私は、その場で足を止めた。
無理に近づかず、《サーチ》で詳しく確かめる。
……うん。
二本足の反応。
その近くに、荷物のようなもの。
そして。
青い点が、ぴたりと止まった。
…………。
……もしかして。
今、何かを始めようとしてる?
私は、桜花と顔を見合わせた。
「……慎重に行こう」
「はい、リアリス様」
◇
岩陰の向こうから、何かを引きずる音が聞こえてきた。
ずるっ。
ずるっ。
……ん?
何だろう。
私は、木の陰からそっと覗いた。
…………。
……おお。
いた。
黒っぽい布をまとった人影。
細長い腕。
長い爪。
……あっ。
《歴史閲覧》で見た姿に、似てる!
でも、まだ顔が見えない。
私は、桜花へ小さく合図した。
桜花は、静かに頷き、私の少し前へ立ってくれる。
……うん。
もう少しだけ、確認しよう。
人影は、岩の陰から平たい石を運んでいた。
そして、地面へいくつか並べている。
……えっ。
何やってるんだろう。
キャンプ?
……いや。
魔獣が森の奥で、キャンプ?
何だか、いろいろおかしいね。
◇
人影は、腰の袋へ手を伸ばした。
そこから、黒い布に包んだ何かを取り出す。
…………。
……あっ。
あの袋!
宝物殿で国宝をしまっていたのと、同じような袋だ。
私は、目を凝らした。
人影が、ゆっくり布をほどく。
すると。
きらり。
木漏れ日を受けて、緑色の光が輝いた。
…………。
……おおお!
あれだ!
両手に収まるほどの、緑色の結晶。
表面には、細かな模様。
……うん。
《歴史閲覧》で見た《グリーンクリスタル》と、同じ形だ。
私は、思わず息を呑んだ。
……ああ。
見つけた。
ようやく、本物が見つかった!
でも。
今はまだ、飛び出しちゃ駄目だ。
犯人が何をしようとしてるのか、確かめよう。
私は、そっと《サーチ》で結晶の位置を指定し直した。
……おっ。
さっきまでいっぱいあった青点の中から、今目の前にある結晶の反応をはっきり区別できる。
……うん。
これで、見失う心配は減ったね。
◇
人影は、結晶を目の高さに持ち上げた。
そして。
「……くくく」
…………。
……えっ。
笑った?
……いや。
笑ってる、よね。
「……これで、ようやく……」
…………。
……おお。
喋った!
しかも、ちゃんと言葉になってる!
私は、思わず桜花を見た。
桜花も、少しだけ目を見開いている。
……うん。
魔獣だって聞いてたけど。
本当に、人間みたいなことをするんだね。
「……この石さえあれば……」
人影が、低い声で呟いた。
「……俺は、誰にも負けない力を手に入れる……!」
…………。
…………。
……あっ。
何だろう。
聞いちゃいけないことを聞いた気がする。
……うーん。
これは。
どう考えても。
力を手に入れるつもりで、国宝を盗んだんだね。
◇
「……くだらないエルフどもめ……」
人影が、にやりと笑った。
「これほどの力を持つ宝を、ただ飾っておくとはな……」
…………。
……ああ。
勘違いしてる。
ものすごく、勘違いしてる気がする。
森王様は、国宝を持っただけですぐ強くなるわけじゃないって言ってたよね。
しかも、本人の努力が必要だって。
……いや。
この魔獣、そこを知らないんじゃない?
「……この力を使えば、俺は一瞬で限界を越える……!」
…………。
……あっ。
やっぱり。
「……エルフも人間も、魔族どもも……! 俺の前にひれ伏すがいい!」
…………。
…………。
……おお。
ものすごいこと言い始めた。
いやいや。
まだ使ってもいないのに!
私は、思わず頭を抱えたくなった。
……ああ。
なんで、こういう悪役は、すぐ世界征服を考えるんだろうね。
普通に暮らした方が、楽しいのに。
……いや。
相手は魔獣だから、私の普通とは違うのかもしれないけど!
◇
魔獣は、石を丸く並べ終えると、その中央へ進んだ。
……うん。
何かを準備してる。
《グリーンクリスタル》を、頭の上へ掲げた。
…………。
……あっ。
ちょっと待って。
これ、もう使おうとしてるんじゃない!?
私は、思わず前へ出かけた。
でも、桜花がそっと私の袖をつかむ。
「……リアリス様」
…………。
……あっ。
そうだった。
焦って飛び出したら、国宝を落とされるかもしれない。
何をするか分からないし。
……うん。
まずは、国宝だけを安全に確保しよう。
私は、結晶の位置をもう一度で確認した。
……よし。
石の中央。
魔獣の両手の間。
間違いない。
《収納》で、結晶だけを指定して取り出せるだろう。
巨大マグロのお腹から盾を取り出したときと、同じ要領だ。
……うん。
魔獣そのものには触れない。
石も布も巻き込まない。
《グリーンクリスタル》だけ。
……よし。
《収納》。
…………。
すっ。
魔獣の両手から、緑色の結晶が消えた。
…………。
……おお!
取れた!!
私は、すぐに《収納》の一覧を確かめた。
そこには、確かに《グリーンクリスタル》が入っていた。
……やった!
使用される前に、確保できた!
◇
「……なっ!?」
岩陰で、魔獣が大きな声を上げた。
「……消えた!? なぜだ!?」
…………。
……うん。
驚くよね。
自分で苦労して盗んだ結晶が、突然なくなったんだから。
でも。
あれは、エルフ国の国宝。
あなたのものじゃないんだよ。
「……どこだ!? どこへ消えた!?」
魔獣が、地面の石をひっくり返して探し始めた。
……ああ。
さっきまで世界を支配するとか言ってたのに。
今は、落とし物を探してる。
…………。
……あれ。
落とし物?
……いやいや。
盗品!
これは落とし物じゃないからね!
私は、静かに息を吐いた。
「……桜花。国宝は確保できたよ」
「……承知いたしました」
「それじゃ、王城へ戻ろうか」
……うん。
国宝は《収納》の中。
危ないことになる前に取り戻せたし、これで一安心だね。
私は、桜花と一緒にその場を離れようとした。
ところが。
「……そこにいるのは誰だっ!」
…………。
……あっ。
見つかっちゃった。
魔獣が、こちらを睨みつけていた。
細長い顔。
鋭い目。
大きな牙。
腰には、《歴史閲覧》で見たものと同じ袋。
……うん。
間違いない。
国宝を盗んだ、あの魔獣だ。
「貴様らか! 俺の石をどこへやった!」
…………。
……いや。
あなたの石じゃないんだけどね。
「……エルフ国へ返しますよ」
「……返せぇぇっ!!」
魔獣は、それを聞くなり腰から刃物を抜き、私へ飛びかかってきた。
…………。
……あっ。
問答無用!?
でも。
私へ届くより、ずっと早く。
すっ。
桜花が、前へ出た。
「……リアリス様には、触れさせません」
魔獣が振り下ろした刃を、桜花は軽くかわした。
そして、すれ違いざまに。
どんっ!
一撃。
……えっ。
それだけ?
どさっ。
魔獣は地面へ倒れ、そのまま動かなくなった。
…………。
…………。
……おお。
終わった。
もう、終わっちゃった!?
私は、思わず桜花を見た。
「……桜花、速いね……」
「……危険な相手でございましたので」
……うん。
そうだよね。
さっきまで世界を支配するとか言ってたし、武器を持って襲ってきた。
森都の近くへ放置するわけにもいかない。
私は《サーチ》で、魔獣がすでに息絶えていることと、周囲に巻き込まれた人や魔獣がいないことを確かめた。
……うん。
森の木々にも、傷はない。
国宝も無事。
……ああ。
これで、ようやく終わったね。
◇
「……リアリス様」
桜花が、私のそばへ戻ってきた。
「……お怪我はございませんか?」
「うん。大丈夫だよ」
私は、笑顔を見せた。
「ありがとう、桜花」
「……勿体ないお言葉でございます」
…………。
……ああ。
本当に、この子がいてくれてよかった。
私は、魔獣の方を見た。
鍵を開けて。
国宝を盗んで。
もう一度鍵を閉めた。
……うん。
あれだけ器用だったのに。
もっと違うことに、その知恵を使えなかったのかな。
……いや。
そういう考え方は、今さらなのかもしれないけど。
私は、静かに首を振った。
「……桜花。念のため、持ち物を確かめてもいいかな」
「はい。私が確認いたします」
桜花が、倒れた魔獣のそばで腰を落とした。
……うん。
人を襲うための道具を持っているかもしれないし。
ほかの盗品も、あるかもしれない。
調べておこう。
◇
魔獣の袋には、いくつかの小物が入っていた。
小さな金属片。
細い道具。
古い布。
それから、乾燥した木の実。
……おお。
思っていたより、普通の持ち物だね。
……いや。
鍵を開ける道具が入ってる時点で、普通じゃないか。
「……リアリス様。こちらも」
桜花が、小さな紙片のようなものを差し出した。
……ん?
何だろう。
そこには、何かの文字が書かれていた。
ただし、かなり雑に書き写したものらしい。
私は、じっと眺めた。
……うーん。
これは。
国宝についての噂を、どこかで聞き書きしたものなのかな。
正確かどうかも分からない。
……あっ。
でも。
書いてある内容は、大体想像がつくね。
大きな力。
限界を越える。
最強。
…………。
……うん。
どうやら、この魔獣は本気で勘違いしていたらしい。
◇
「……桜花」
「はい」
「……この魔獣、国宝の力をよく知らなかったみたいだね」
「……さようでございますね」
「鍵を開ける方法は、しっかり調べたのに」
私は、少しだけ苦笑した。
「……肝心の国宝の使い方は、調べなかったんだ」
桜花も、小さく微笑んだ。
「……目的のために急ぎすぎたのかもしれません」
……ああ。
そうだね。
目の前に大きな力があると思ったら。
その先のことは、何も見えなくなっちゃったのかもしれない。
……うーん。
そう考えると、少しだけ怖い話だね。
私だって、《想像魔法》でいろんな魔法を作れる。
でも。
使い方を間違えれば、周りに迷惑をかけることもある。
……うん。
そこは、忘れちゃいけない。
……まあ。
神様の落とし物で、それを何度も学ばされた気がするけどね!
◇
私は《収納》の一覧から、緑色の結晶を選んだ。
……うん。
間違いなく入っている。
ただし、今はむやみに取り出さない方がいいね。
使用条件も、まだ全部は聞いていない。
エルフ国の国宝なんだから、きちんと管理していた人たちへ返すべきだ。
「……桜花。帰ろうか」
「はい、リアリス様」
……うん。
でも、その前に。
私は、魔獣の残した危険な道具をまとめた。
王城の人たちにも、見てもらいたいからね。
魔獣の亡骸は、周囲の生き物が巻き込まれないよう確認してから、森の中の安全な場所へ移しておいた。
……うん。
少なくとも、誰かが突然見つけて驚くようなところは避けたい。
後ほど森王様へ報告して、適切に処理してもらおう。
……よし。
準備は、これで大丈夫。
「……桜花。王城へ戻ろう」
「かしこまりました」
私は、《サーチ》で転移先の安全を確かめた。
それから、森都近くの人目のない場所を指定する。
「《転移》」
次の瞬間。
森の景色が、静かな小道へと変わった。
◇
森都ベルツリーへ戻ると、門番さんが私たちに気づいた。
「……リアリス様! お戻りになったのですね!」
「はい。ただいま戻りました」
……おお。
覚えてもらってる。
何だか、嬉しいね。
「森王陛下から、お戻りになったら王城へお連れするようにと言われております」
「ありがとうございます。ちょうど、ご報告しようと思っていたところです」
……うん。
向こうも、待っていてくれたんだね。
私は、桜花と一緒に王城へ向かった。
……ああ。
今回は、思ったより早く戻れたかもしれない。
でも。
魔獣を桜花が一撃で討伐したことを、どう説明しようかな。
……うーん。
あの魔獣が国宝の使い方を勘違いしていたことも、ちゃんと伝えたい。
そして、何より。
国宝は、無事に取り戻した。
……うん!
まずは、そこから報告しよう!
◇
王城へ着くと、森王様が待っていてくれた。
隣には、ライラ様。
それから、宝物殿の管理担当の方もいる。
「……リアリス殿」
森王様が、静かに立ち上がった。
「無事に戻ったようだな」
「はい!」
私は、笑顔で頷いた。
「桜花のおかげで、怪我もありません」
森王様が、少しだけ安心したような顔になった。
「……それは、何よりだ」
……ああ。
この人、いつも落ち着いてるけど。
ちゃんと、私たちのことも心配してくれてたんだね。
ライラ様も、こちらへ一歩進んだ。
「……リアリス様。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました、ライラ様」
私が笑うと、ライラ様も微笑んでくれた。
……うん。
やっぱり、こういう挨拶は嬉しいね。
どこの国でも、帰ってきたときに迎えてくれる人がいる。
……ああ。
ありがたいなぁ。
◇
「……それで、リアリス殿」
森王様が、静かに尋ねた。
「森の中にいた者は、どうであった?」
「……はい」
私は、少しだけ姿勢を正した。
「《歴史閲覧》で見た人型の魔獣と、同じ個体でした」
…………。
管理担当の方が、小さく息を呑んだ。
森王様は、静かに頷く。
「……そうか」
「王城で使っていたものと似た袋も持っていましたし、国宝のことも知っていました」
……うん。
もう、間違いないだろう。
「それで、国宝なんですが……」
私は、少しだけ笑った。
「……ちゃんと、取り戻しました!」
…………。
しん。
部屋が、一瞬だけ静まり返った。
……あれ?
伝わったかな。
すると。
「……本当か!?」
ライラ様が、思わず声を上げた。
「はい!」
私は、笑顔で頷いた。
……おお。
王女様、こんなに大きな声も出すんだね。
森王様も、少しだけ目を見開いている。
……うん。
さすがに、驚いたみたい。
◇
「……見せてもらっても、よいだろうか」
森王様が、静かに言った。
「もちろんです」
私は《収納》から、《グリーンクリスタル》を取り出した。
……おお。
改めて見ると、綺麗だね。
深い緑色。
光に透ける、細かな模様。
両手に収まるほどの大きさ。
……うん。
確かに、普通の宝石とは違う。
私は、両手で大切に持ち、森王様へ差し出した。
「こちらで、間違いありませんか?」
森王様は、慎重に結晶を受け取った。
しばらく、表面の模様を確かめる。
それから。
「……間違いない」
…………。
……おっ。
「……我が国の、国宝だ」
……やった!
間違いなかったね!
管理担当の方が、ほっとしたように膝を折りかけた。
森王様が、静かに手を差し伸べる。
「……落ち着きなさい。まずは、無事に戻ったことを喜ぼう」
…………。
……おお。
本当に、落ち着いてるなぁ。
なんだか、こっちまで安心するね。
◇
「……リアリス殿。心より礼を言う」
森王様が、深く頭を下げた。
…………。
……わっ。
また、王様に頭を下げられちゃった!
「いえいえ! 頭を上げてください!」
私は、慌てて手を振った。
「元に戻せて、よかったですから!」
でも、森王様はすぐには顔を上げなかった。
「……国宝を失ったことは、我が国の管理が行き届かなかった結果だ。そなたに、その責任はない」
…………。
……うん。
そうだね。
「それにもかかわらず、国宝を探し、取り戻してくれた。そのことに、感謝している」
…………。
……ああ。
きちんとした言葉だなぁ。
私は、少しだけ照れくさくなった。
「……お役に立てたなら、嬉しいです」
そう言うと、森王様が静かに顔を上げた。
「……うむ」
それだけだった。
でも、その穏やかな声に、ちゃんと感謝の気持ちがこもっているように感じた。
……うん。
こういう王様、好きだなぁ。
◇
「……ただ、一つご報告があります」
私は、少しだけ表情を引き締めた。
森王様も、静かに頷いた。
「……聞こう」
「犯人の魔獣は、討伐しました」
…………。
ライラ様が、静かに目を伏せた。
森王様は、私をじっと見ている。
「……国宝を確保して帰ろうとしたんですが、私たちに気づくと、刃物を持って襲ってきまして……」
私は、森での出来事を順番に説明した。
岩陰に隠れていたこと。
盗んだ国宝を使おうとしていたこと。
その直前に《収納》で結晶だけ確保したこと。
そして、こちらへ襲いかかってきたこと。
「……桜花がすぐに対処してくれたので、こちらに怪我はありませんでした」
……ああ。
できれば、穏便に済ませたかったんだけどね。
でも。
あのまま森都へ戻ってきていたら、誰かが襲われていたかもしれない。
それは、避けたかった。
森王様は、しばらく黙っていた。
そして。
「……そうか」
静かに頷いた。
「そなたと桜花殿が無事で、何よりだ」
…………。
……ああ。
まず、そっちを心配してくれるんだね。
◇
「……魔獣の亡骸と道具の場所は、こちらでお伝えします」
私は、さらに説明した。
「ほかにも盗まれたものがないか、確認していただいた方がいいと思います」
「……うむ。兵を送り、調べさせよう」
森王様が、静かに命じた。
兵士さんが頭を下げ、部屋を出ていく。
……うん。
これで、後始末もできそう。
「……それで、その魔獣は」
私は、少しだけ考えた。
「……どうも、国宝の力を勘違いしていたみたいなんです」
森王様の目が、少しだけ動いた。
「……勘違い?」
「はい。あの結晶を使えば、一瞬で限界を越えて、誰にも負けない力が手に入ると思っていたみたいで」
…………。
少しの沈黙。
森王様が、静かに息を吐いた。
「……なるほど。そういうことか」
…………。
……あれ。
何だか、納得したみたい。
「……やはり、国宝のことを正しく知らぬ者であったか」
「……そうみたいですね」
……うん。
鍵の開け方は、調べてたのに。
肝心の国宝については、噂を信じちゃったらしい。
私は、少しだけ苦笑した。
◇
「……森王様」
「……何だ?」
「そういえば、その国宝って、具体的にはどういう効果があるんですか?」
…………。
あっ。
今さらだけど。
私は、まだ全部聞いていなかったんだよね。
「エルフの成長に関わる、という話までは聞いたんですが……」
森王様が、結晶へ視線を落とした。
「……ああ。今回のこともある。きちんと説明しておこう」
……おお。
ありがたい。
私は、少しだけ姿勢を正した。
桜花も、静かに耳を傾ける。
ライラ様が、父親の隣へ立った。
「……《グリーンクリスタル》は、エルフが己の成長の限界を越えるための条件を与える宝なのだ」
…………。
……ん?
限界を越える、条件?
私は、首を傾げた。
「……使うと、すぐに強くなるんじゃなくて?」
「……ならぬ」
森王様が、はっきり答えた。
「国宝は、エルフが本来届かぬところまで成長できる可能性を開くものだ。だが、実際にその境地へ到達するには、本人の鍛錬が欠かせぬ」
…………。
……おお。
なるほど!
分かってきた!
…………。
でも。
よく考えたら、それってものすごいことじゃない?
◇
「……えっと、つまり」
私は、頭の中で整理した。
「強さの上限があって、その先へ進めるようになる、ということですか?」
「……そうだ」
「でも、国宝を使った瞬間に、その強さになれるわけじゃない?」
「……うむ。努力せねば、何も変わらぬ」
…………。
……ああ。
完全に、逆だったんだね。
あの魔獣の考え方と。
魔獣は『国宝を使えば、努力せず最強になれる』と思っていた。
でも、本当は。
『努力を続ければ、今まで越えられなかった限界を越えられる』という力。
…………。
……うん。
それなら、盗んだ魔獣の期待とは全然違う。
「……しかも、エルフにしか効果がないんですか?」
私が尋ねると、森王様が頷いた。
「……そのとおりだ」
…………。
…………。
……ああ。
決定的じゃないか!
「……じゃあ、あの魔獣が本当に使おうとしても……」
「……何も起きなかっただろうな」
…………。
…………。
…………。
……えええぇぇぇ!?
私は、思わず天井を見上げた。
……いやいやいや!
あの魔獣、苦労して王城へ入って。
鍵を開けて。
国宝を盗んで。
律儀に鍵を閉めて。
森まで運んで。
石を並べて、儀式まで準備して。
…………。
……全部、無駄だったの!?
◇
「……リアリス様?」
桜花が、不思議そうに私を見た。
「……いや、何でもないんだけど」
私は、苦笑した。
「……あの魔獣、すごく自信満々だったからさ」
森王様が、小さく目を細めた。
「……誤った噂を信じたのであろう」
……うん。
そうだね。
あの魔獣は、国宝の力を使って世界を支配するつもりだった。
でも、本人には効果がない。
仮にエルフだったとしても、その場で最強になるわけじゃない。
…………。
……ああ。
何だろう。
ものすごく大がかりな勘違いだったんだね。
「……鍵を開ける方法を調べる前に、国宝の説明を読んでおけばよかったのに……」
私は、思わず呟いた。
すると。
「……ふふ」
ライラ様が、小さく笑った。
…………。
……おっ。
笑った!
「……あっ、すみません」
ライラ様が、慌てて口元を押さえた。
「いえいえ。私も、そう思っちゃいました」
……うん。
まさか、国宝泥棒が『使用条件を知らなかった』という結末になるとは。
……ああ。
異世界って、やっぱり何が起きるか分からないね。
◇
「……ただし、リアリス殿」
森王様が、静かに口を開いた。
「だからといって、この国宝の価値が小さいわけではない」
「……はい」
私は、姿勢を正した。
……うん。
それは、そうだと思う。
努力すれば、今まで届かなかったところまで成長できる。
……これ、十分すごい力だよ。
「……国宝は、一人のエルフが何度も使う必要はない。一度条件が与えられれば、その効果は失われぬからな」
…………。
……おっ。
永続するんだ。
「……じゃあ、使うたびに上限がさらに伸びるというわけでも?」
「……うむ。同じ者に重ねて効果が増すことはない」
…………。
……なるほど。
何度も使って、どんどん無敵になれるわけじゃないんだね。
「……それから、国宝は使ったらなくなってしまうものではない」
…………。
……えっ。
「……何回でも使えるんですか?」
「……そうだ。必要な手続きを踏めば、エルフには何度でも用いることができる」
…………。
…………。
……おおお。
それ、すごくない!?
だって。
一人に使って、終わりじゃない。
別のエルフにも、また使える。
さらに、また別の人にも。
……うん。
それって。
使い方次第では、ものすごいことになるよね。
◇
私は、少し考えた。
……例えば。
努力して強くなりたいエルフが、たくさんいたとする。
みんなが国宝の力を受けて。
そのあと、何年も鍛錬を続けたら。
…………。
……おお。
限界を越えたエルフが、たくさん生まれる可能性もあるんだ。
……いや。
これ、国宝どころか。
国家の力そのものを変えてしまうかもしれないね。
「……森王様」
「……うむ」
「それなら、国宝を使った人たちが本気で鍛えたら、すごく強い人がたくさん増えるかもしれませんよね」
森王様は、少しだけ目を閉じた。
そして、静かに頷いた。
「……その可能性はある」
……やっぱり!
「だが、成長できることと、戦いを望むことは別だ」
…………。
……あっ。
そうだね。
「我らは、この力を他国を脅かすために守ってきたのではない。民が、それぞれの望む道を歩むための可能性として、受け継いできたのだ」
…………。
……ああ。
いい言葉だなぁ。
私は、思わず頷いた。
大きな力があるからって、誰かを支配しなきゃいけないわけじゃない。
……うん。
その点では、私と似てるかもしれないね。
◇
「……成長というのは、戦う強さだけを指すものでもない」
森王様が、続けた。
「誰かを守る力であったり、自分の目指す道を続けるための力であったり。何を望むかは、それぞれのエルフに委ねられている」
…………。
……うん。
なるほど。
魔法を鍛えたい人。
剣の腕を磨きたい人。
何かの技術を高めたい人。
……ああ。
そういう人たちにとっては、大切なものなんだね。
……いや。
国宝自体の効果は成長限界の条件だから、何でも勝手に上達する魔法というわけじゃないけど。
そこは、ちゃんと区別しよう。
私は、小さく笑った。
「……何だか、いい国宝ですね」
森王様が、少しだけ微笑んだ。
「……そう思ってもらえるなら、嬉しい」
……ああ。
この人の落ち着いた声を聞いてると、こっちまで穏やかな気持ちになるね。
◇
「……リアリス様」
ライラ様が、私へ目を向けた。
「……あなたは、そのような力を欲しいと思われますか?」
…………。
……おっ。
突然だね。
「……私ですか?」
「はい」
私は、少し考えた。
……うーん。
成長の限界を越える力。
確かに、すごい。
でも。
私は《想像魔法》で、必要な魔法を作れる。
それに、もう《不老不死》も《絶対防御》も持っている。
……ああ。
今さら、これ以上何が欲しいんだろう。
私は、少しだけ笑った。
「……私は、今のままで十分ですよ」
ライラ様が、目を丸くした。
「……十分、ですか?」
「はい。家族とゆっくり暮らせれば、それで」
…………。
……うん。
もちろん、必要なことがあれば魔法は作る。
でも。
強くなることそのものを目的にしたいわけじゃないんだよね。
ライラ様は、しばらく私を見つめていた。
それから、柔らかく微笑んだ。
「……素敵ですね」
…………。
……おっ。
褒められちゃった。
「……あはは。ありがとうございます」
……うん。
何だか、少し照れくさいね。
◇
森王様は《グリーンクリスタル》を管理担当の方へ手渡した。
ただし、その前に。
「……今後は、これまでの管理方法を見直さねばなるまい」
…………。
……おお。
そうだよね。
鍵が壊れていなくても、開けられちゃったんだから。
「……今回のような侵入を、二度と許すわけにはいかぬ」
管理担当の方が、深く頭を下げた。
「……承知いたしました、陛下」
……うん。
ちゃんと対応してくれそう。
「確認する人数や巡回の方法も、改めて考えよう」
森王様が、静かに続けた。
「国宝を守るのは、誰か一人の責任ではない。国として、備えねばならぬ」
…………。
……ああ。
いいね。
管理担当の方だけが、怒られることもない。
それでいて、同じことが起きないように仕組みを見直す。
……うん。
こういうの、大切だと思う。
……いや。
何だろう。
ちょっと前に、神様の武器管理を思い出してしまった。
…………。
……ああ。
エレサリアさんなら、この森王様とも話が合うかもしれないね。
◇
私は、ふと神様のことを思い出した。
剣。
槍。
斧。
盾。
……うん。
四回も落として。
最後は奥さんに叱られて。
……ああ。
今ごろ、ちゃんと反省してるかな。
……いや。
それは、もういいや。
エレサリアさんに任せたんだもんね。
私は、森王様へ向き直った。
「……ちゃんとした管理体制、大事ですよね」
森王様が、小さく頷いた。
「……うむ」
…………。
……よかった。
こちらの王様は、少なくとも武器を四回も落としたりしなさそうだ。
……いや。
この前までの騒動を引き合いに出すのも失礼か。
私は、慌てて考えるのをやめた。
◇
管理担当の方が、国宝を慎重に台座へ戻した。
……おお。
帰ってきたね。
もともとあった場所へ。
緑色の結晶が、静かに置かれる。
…………。
……うん。
何だか、ほっとする光景だなぁ。
壊れてもいない。
欠けてもいない。
魔獣が使おうとする前に取り戻せた。
……ああ。
本当に、よかった。
「……リアリス殿」
森王様が、静かに声をかけた。
「本日は、そなたに助けられたな」
「……いえいえ」
私は、少しだけ笑った。
「最初は、ただご挨拶に来たつもりだったんですけどね」
……うん。
本当に。
ただ、正式な取り決めを結んで。
町を少し見て。
カトレアへのお土産を買って。
……そんな一日になるはずだったんだ。
……ああ。
また、事件が起きちゃったね。
「……それでも、無事に終わってよかったです」
森王様が、静かに微笑んだ。
「……うむ。私も、そう思う」
◇
そのとき。
「……リアリス様」
ライラ様が、少しだけ近づいてきた。
「……もしよろしければ、これから森都をご案内しても……」
…………。
……おっ。
そうだった!
お土産!
私は、思わず顔を上げた。
「……あっ。カトレアへのお土産を買いたかったんです!」
…………。
ライラ様が、少しだけ目を丸くした。
……うん。
何だか、驚かせちゃったかな。
「さっきのお店のお菓子、とてもおいしかったので」
「……ああ、あのお店ですね」
「はい。あと、花のお店も少し見てみたいです」
ライラ様が、嬉しそうに微笑んだ。
「……でしたら、ぜひご案内します」
……おお。
ありがたい!
「でも、ライラ様もお疲れでしょう?」
「……いえ。リアリス様とご一緒できるなら、少しも」
…………。
……ん?
今、何か言いかけた?
ライラ様は、頬を赤くして口元を押さえた。
「……な、何でもありません」
…………。
……あっ。
やっぱり、少し疲れてるのかな。
私は、笑顔で頷いた。
「無理はしないでくださいね」
「……はい」
……うん。
それじゃ、少しだけお土産を選ぼうか。
◇
森王様が、私たちの様子を静かに見ていた。
……あれ。
何だろう。
少しだけ、口元が緩んでいるような。
「……父上?」
ライラ様が、ちらりと森王様を見た。
「……いや。何でもない」
…………。
……おっ。
親子だけに分かる何かがあるのかな。
私は、少しだけ首を傾げた。
でも。
森王様は、すぐにいつもの落ち着いた表情へ戻った。
「……リアリス殿」
「はい?」
「今回の件もあり、こちらからも改めて礼を尽くしたい。よければ、明日また城へ来てくれぬか」
…………。
……おお。
明日?
「……はい。もちろんです」
「今日のような騒ぎでは、ゆっくり話もできなかったからな」
……ああ。
そうだね。
正式な取り決めを結んだあと、すぐに国宝がなくなっちゃったもんね。
「……私も、エルフ国のことをもっと知りたいと思っていたんです」
森王様が、少し嬉しそうに頷いた。
「……それなら、明日は落ち着いて話そう」
……うん。
いいね。
明日こそ、普通の訪問になりますように!
◇
夕方。
私は、桜花と並んで森都の通りを歩いていた。
ライラ様に案内してもらい、お菓子と花の苗を少しだけ買うことができた。
……うん。
カトレア、喜ぶだろうなぁ。
お菓子は《収納》にしまったから、帰ったら温かいお茶と一緒に出してもらおう。
花の苗も、折れないように大事にしまってある。
……うん。
あとは、帰るだけだ。
「……リアリス様」
桜花が、私の隣へ歩み寄った。
「……はい?」
「本日は、お疲れさまでございました」
「……あはは。桜花もね」
……ああ。
本当に、いろいろあった。
森王様と謁見して。
友好の取り決めを結んで。
国宝が盗まれて。
町で聞き込みして。
過去を見て。
森の奥で魔獣を討伐して。
国宝を返した。
…………。
……うーん。
こうして並べると、ものすごい一日だったね。
「……リアリス様」
桜花が、小さく微笑んだ。
「ですが、国宝も無事に戻り、森王陛下も安心しておられました」
「……うん」
……そうだね。
それが一番、大事だった。
◇
人目のない場所を確かめてから、私と桜花は《転移》でシルク王国邸へ戻った。
……うん。
ただいま。
私の家。
そして、家族のいる場所。
「……お父さん!」
玄関で、カトレアが駆け寄ってきた。
「ただいま!」
私は、しゃがんで抱きしめた。
……ああ。
いつもの笑顔だね。
「……エルフの国、どうだった?」
「うん。とっても綺麗だったよ!」
カトレアの目が、きらきら輝いた。
「……お花、いっぱい?」
「うん。お花のお店もあったよ」
……おお。
嬉しそう。
「それでね、カトレアにお土産があるんだ」
「……おみやげ?」
私は《収納》から、買ってきた花の苗を取り出した。
小さな、可愛らしい花。
……うん。
ライラ様に教えてもらって、ちゃんと選んできたんだ。
「これ、一緒に育ててみない?」
カトレアが、そっと苗を受け取った。
「……わぁ……!」
…………。
……ああ。
可愛い。
「……ありがとう、お父さん!」
……うん。
その笑顔が見られただけで、今日の疲れが少し軽くなった気がする。
◇
「……リアリスちゃん、お帰りなさい」
巴さんが、玄関へ来てくれた。
「ただいま、巴さん!」
「今日は、どうだった?」
…………。
……あっ。
その質問。
私は、少しだけ考えた。
「……エルフ国の森王様にお会いして」
「ええ」
「……正式な取り決めができて」
「ええ」
「……そのあと、国宝が盗まれちゃって」
…………。
巴さんが、少しだけ首を傾げた。
「……国宝?」
「うん。それで、町で聞き込みをして、犯人を探して……」
「……まあ」
…………。
……うん。
出た。
巴さんの「まあ」。
「……それで、ちゃんと取り戻してきたよ」
巴さんは、少しだけ私を見つめた。
それから、柔らかく微笑んだ。
「……そう。誰も、怪我をしなかったのね?」
「うん。私も桜花も大丈夫!」
「……それなら、よかったわ」
…………。
……ああ。
よかった。
今日は、神様の像も壊してないし。
巴さんに叱られることは、ないはず!
「……リアリスちゃん」
「……はい?」
「夕食の前に、ちゃんと手を洗いましょうね」
「……はい!」
…………。
……うん。
やっぱり、巴さんには敵わないなぁ。
◇
夕食のあと。
カトレアと一緒に、エルフ国で買ったお菓子を食べた。
……おお。
やっぱり、おいしい!
カトレアも、嬉しそうに笑っている。
「……お父さん、これ好き!」
「よかった!」
……ああ。
今度は、もっと買ってこようかな。
……いや。
買いすぎたら、巴さんに叱られちゃうかもしれない。
ほどほどにしよう。
「……エルフの国にも、お花が好きな人がいたよ」
私が言うと、カトレアが顔を上げた。
「……ほんと?」
「うん。ライラ様っていう王女様なんだけどね」
「……おうじょさま?」
「そう。花のことを、とってもよく知ってるんだ」
カトレアの目が、輝いた。
「……会いたい!」
…………。
……うん。
そうなるよね!
「いつか、一緒に会いに行こうね」
「……うん!」
……ああ。
楽しみが、一つ増えたね。
国宝の事件は大変だったけど。
こういう出会いもあった。
……うん。
悪い一日ばかりじゃなかった。
◇
夜。
私は、王国邸の窓から星空を見上げた。
……うん。
今日も、綺麗だなぁ。
エルフ国の国宝。
《グリーンクリスタル》。
使えば誰でも最強になれる、と思い込んだ魔獣。
でも、本当の力は。
エルフが努力を重ね、成長の限界を越えるための可能性を開くこと。
…………。
……ああ。
なんだか、面白いね。
すぐに強くなれる魔法じゃなくて。
努力するための道を広げてくれる国宝。
……うん。
それって、私の《想像魔法》とは、少し違う考え方かもしれない。
私は、必要な魔法を作れば、すぐに便利な効果を使える。
でも。
エルフの人たちは、努力を積み重ねて、その先へ進む。
……ああ。
どちらが偉い、ということじゃない。
それぞれに、大切なものがあるんだろうね。
私は、小さく笑った。
……うん。
明日は、もう少しエルフ国のことを知りたいな。
森都の綺麗な景色。
ライラ様の好きな花。
それから、森王様とのお話。
……ああ。
今度こそ、普通の訪問になるといいなぁ。
……いや。
そんなことを考えていると、また何か起きそうだね。
私は、慌てて首を振った。
……うん。
今日は、もう寝よう。
――国宝は、エルフ国へ無事に戻った。大騒動を終えたリアリスは、ようやく森の国での新しい暮らしへ、目を向け始めるのだった。




