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第2話:国宝捜索開始!

 国宝《グリーンクリスタル》が消えた。


 しかも、場所はエルフ国の王城にある宝物殿。


 ……うん。


 神様の落とし物を四回も拾ったあとだから、私も少しは慣れたつもりだったんだけど。


 今回は、さすがに勝手が違うね。


「……リアリス殿」


 ライノーラ森王が、静かに私を呼んだ。


「我が国の不始末に、客人であるそなたを巻き込んですまない」


「いえいえ。まだ、何もしてませんから」


 私は、慌てて手を振った。


 ……ああ。


 本当に落ち着いた人だなぁ。


 国宝がなくなったのに、誰かを怒鳴ったり、慌てて犯人扱いしたりしない。


 ……うん。


 だからこそ、こちらも冷静になれるんだよね。


「まずは、分かっていることを整理しましょう」


「……うむ。頼む」


 私は、空っぽの台座を見た。


 緑色の結晶が置かれていたはずの場所。


 もちろん、今は何もない。


 ……さて。


 国宝捜索、始めようか!


     ◇


「……最後に国宝を確認したのは、いつでしょう?」


 私は、宝物殿の管理担当の方へ尋ねた。


「昨日の夕方、最後の点検の際でございます」


「そのときは、間違いなく?」


「はい。確かに台座の上にございました」


 ……うん。


 昨日の夕方には、あった。


 今朝になって、なくなっていた。


 つまり、その間に何かが起きたんだね。


「今朝、最初に入ったのは?」


「私でございます。いつもどおり鍵を開けたところ、台座が空になっておりまして……」


 …………。


 ……おっ。


 鍵は、ちゃんとかかっていたんだ。


「昨日の夕方から今朝まで、扉が壊された様子はありませんでしたか?」


「ございません。鍵にも、扉にも、目立つ異常は見当たりませんでした」


 ……うーん。


 不思議だね。


 鍵がかかったまま、国宝だけが消えた。


 ……あっ。


 こういうの、推理小説でよくあるよね!


 密室から宝物が消えた謎!


 …………。


 ……いや。


 喜んでる場合じゃないんだけど。


     ◇


 管理担当の方は、記録用の帳面を差し出してくれた。


「こちらが、宝物殿への出入りの記録でございます」


「ありがとうございます。少し見てもいいですか?」


 森王様が、静かに頷いた。


「……構わぬ」


 私は、帳面へ目を通した。


 清掃の人。


 管理担当。


 護衛の兵士。


 ……うん。


 ちゃんと名前も時間も書いてある。


 昨日の夕方、最後に点検した記録も残っていた。


「……この記録にない人が入った可能性は?」


「……本来は、ございません」


 ……ああ。


 本来は、だよね。


 もちろん、それが徹底できていれば事件は起きなかったはず。


 私は、もう一度扉を見た。


 金属の鍵。


 丈夫そうな蝶番。


 厚い扉。


 ……うん。


 力任せに壊して入ったようには見えない。


「桜花。何か気づく?」


 私が尋ねると、桜花は静かに周囲を見回した。


「……出入口が一つでしたら、扉の開閉とその記録が重要かと存じます」


 ……おお。


 そうだね。


「……ほかに、人が通れる場所はありますか?」


 管理担当の方が、首を横へ振った。


「通気口はございますが、人が通れるほどの大きさではございません」


 ……うん。


 普通なら、扉しかないんだね。


 ただし。


 ここは魔法のある世界。


 私だって《転移》を使えば、鍵とは関係なく出入りできてしまう。


 ……もちろん、そんなことはしないけど。


 そう考えると、鍵が壊れてないというだけでは、何も断定できないね。


     ◇


「……森王様」


「……何だ?」


「一度、《サーチ》で調べてもよろしいでしょうか?」


「……捜索の魔法か?」


「はい。探したいものの位置を、脳内の地図に表示できるんです」


 森王様が、少し驚いた顔をした。


「……そのような魔法があるのか」


「ただ、うまくいくかは分かりません」


「……構わぬ。試してみてくれ」


「ありがとうございます」


 ……よし。


 それじゃ、国宝の特徴を思い浮かべよう。


 緑色の結晶。


 両手に収まるくらいの大きさ。


 エルフ国の宝物。


 ……うん。


 《サーチ》。


 脳内マップに、青い点が点滅した。


 …………。


 ……おっ。


 出た!


 ……出たけど。


 ……えっ。


 多い。


 ものすごく、多い!


 森都の中にも。


 町の外にも。


 遠くの山の方にも。


 …………。


 ……ああ。


 そっか。


 緑色の結晶なんて、国宝以外にもたくさんあるんだね。


「……リアリス殿。どうだ?」


「すみません。候補が多すぎて、まだ特定できません」


 森王様が、静かに頷く。


「……そうか。ならば、実物を描いた記録を持ってこさせよう」


 ……おお。


 さすが。


 すぐに別の方法を考えてくれるんだね。


     ◇


 しばらくすると、管理担当の方が一枚の絵を持ってきてくれた。


「……こちらが、国宝《グリーンクリスタル》でございます」


 ……おお。


 綺麗だね。


 両手に収まるほどの緑色の結晶。


 表面には、細かな模様のようなものがある。


 ただの宝石とは、ちょっと違う感じだ。


「……これを参考にしてみます」


 私は、形と大きさを思い浮かべ直した。


 《サーチ》の条件を少しずつ細かくしていく。


 ……おっ。


 点が減ってきた。


 ……減ってきたけど。


 …………。


 ……うーん。


 まだ、何か所もある。


 しかも、町の宝石屋さんらしい場所にも反応してる。


 ……ああ。


 これじゃ、どれが本物か分からない。


 《サーチ》が間違っているわけじゃない。


 私の指定した特徴に当てはまるものが、ほかにもあるだけなんだね。


「……もう少し、何か特別な特徴はありますか?」


 私が尋ねると、森王様は静かに考えた。


「……その結晶には、エルフの成長に関わる力がある」


 …………。


 ……うん。


 前にも聞いたね。


 でも、魔法の種類も仕組みも、私はまだ十分に知らない。


 想像が曖昧なら、捜索対象も絞りきれない。


「……すみません。今の情報だけでは、まだ断定できないみたいです」


 ライラ王女が、少しだけ肩を落とした。


「……そうですか」


 ……あっ。


 落ち込ませちゃったかな。


「でも、大丈夫です。ほかにも調べる方法はありますから」


 私が笑うと、ライラ様は小さく頷いてくれた。


     ◇


「……リアリス殿」


 森王様が、ゆっくり口を開いた。


「一つ、覚えておいてほしいことがある」


「……はい?」


「我が国のエルフで、国宝を自分のために盗んで使おうなどと考える者は、まずおらぬはずだ」


 …………。


 ……おっ。


 随分、はっきり言うね。


「……どうしてですか?」


 私が尋ねると、森王様は穏やかに答えた。


「《グリーンクリスタル》は、持っただけで大きな力が得られるような宝ではない」


 …………。


 ……ん?


「……成長に関わる力があるんですよね?」


「うむ。だが、その先は本人の努力にかかっている。しかも、我が国では望む者が正規の手続きを踏めば使用できるのだ」


 …………。


 ……ああ。


 なるほど。


 つまり、盗んでまで独り占めする理由がない。


「国宝の性質は、民にもよく知られている。だからこそ、我が国の者がそれを望んで持ち去ったとは考えにくい」


 ……うん。


 そういうことか。


 私は、少しだけ考えた。


 ……じゃあ。


 国宝のことをよく知らない人が、盗んだのかもしれない。


 珍しい結晶だから高く売れると思ったとか。


 持てばすぐ強くなれると思ったとか。


 ……いや。


 まだ、何の証拠もないんだけどね。


「……そうなると、外から来た誰かという可能性もありますね」


 森王様が、ゆっくり頷いた。


「……否定はできぬ」


 …………。


 ……うん。


 なら、まずは町の人たちに話を聞いてみよう。


     ◇


「……森王様」


「……何だ?」


「少し、町で聞き込みをしてもいいですか?」


「……もちろんだ」


「国宝のことは、むやみに広めず、何か変わったことがなかったかを聞いてみます」


 ……うん。


 まだ事情が分からないうちに、噂が広がっても困るからね。


「……よかろう。城の者にも、必要な協力をするよう伝えよう」


「ありがとうございます」


 そのとき。


「……お父様」


 ライラ様が、一歩前へ出た。


「私も、ご一緒してよろしいでしょうか?」


 …………。


 ……おっ。


 王女様も?


「……ライラ。そなたが町へ出るのか?」


「はい。森都でしたら、私も道をご案内できます」


 ……ああ。


 確かに。


 私と桜花は、今日初めて町へ入ったばかりだ。


 案内してくれる人がいれば、助かるね。


 でも。


「……ライラ様。危ない人がいるかもしれませんよ?」


 私が聞くと、ライラ様は柔らかく微笑んだ。


「ご心配ありがとうございます。でも、町の人たちのことは、私も気になっていますから」


 ……うん。


 国の王女様なんだね。


 自分のことより、町の人のことを考えてる。


 森王様は、しばらく娘を見つめた。


 それから、静かに頷いた。


「……よかろう。ただし、無理はするな」


「はい、お父様」


 ……ああ。


 いい親子だねぇ。

     ◇


 私たちは、森都ベルツリーの通りへ出た。


 昼前の町は、朝より賑やかになっている。


 木々の間を通る道。


 石と木を組み合わせた家々。


 窓辺には、色とりどりの花。


 ……おお。


 綺麗な町だなぁ。


 私は、つい周囲を見回した。


「……リアリス様」


 ライラ様が、私の隣を歩きながら微笑んだ。


「こちらは、森都でも商人の多い通りです」


「おお。そうなんですね」


「旅人の方もよく通られますから、何か見かけた方がいるかもしれません」


 ……うん。


 いいね。


 私は、軽く頷いた。


「じゃあ、最初はあのお店で聞いてみましょうか」


 ……よし。


 まずは、商人さんだね!


     ◇


「こんにちは」


 声をかけると、荷物を整理していた男性が振り向いた。


「……おや、ライラ様!」


 …………。


 ……おっ。


 王女様のこと、知ってるんだ。


 ライラ様が、丁寧に挨拶する。


「こんにちは。少し、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「もちろんですとも!」


 ……おお。


 さすが。


 話が早い。


 私は、昨夜から今朝にかけて、変わったことがなかったか尋ねた。


 不審な人影。


 夜中の物音。


 慌てて町を出ていく人。


 ……うん。


 何でもいい。


 少しでも手がかりがあれば、助かる。


 でも。


「……昨夜ですか。特に、何もなかったと思いますが」


 …………。


 ……あっ。


 駄目か。


「店を早めに閉めて、家に帰りましたからなぁ」


 ……うん。


 そうだよね。


 普通の人は、夜中ずっと外を見てるわけじゃない。


「ありがとうございました」


 私は、頭を下げた。


 ……よし。


 次に行こう。


     ◇


 次は、布を扱うお店だった。


 ……おお。


 綺麗な布が並んでる。


 淡い緑。


 柔らかな黄色。


 それから、少し光沢のある青い布。


 ……ああ。


 カトレアの服にも似合いそうだなぁ。


 ……いや。


 今は、国宝探しだ!


 私は、慌てて気持ちを戻した。


「……あの、少しお聞きしてもいいですか?」


 店主の女性は、ライラ様に気づくと笑顔になった。


「まあ、ライラ様。今日はどうなさったの?」


 ……うん。


 やっぱり、町の人と仲がいいんだね。


 私たちは、さっきと同じように、昨夜の様子を尋ねた。


「……変わった人ですか? 特に見ていませんねぇ」


 …………。


 ……ああ。


 また、駄目か。


 すると、店主さんが、ぱっと顔を上げた。


「……あっ、そういえば!」


 …………。


 ……おお!


 何かあった!?


「昨日は孫が久しぶりに店を手伝ってくれたんですよ!」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 ……それは、よかったですね!


「本当に大きくなったものでしてねぇ」


 ……うん。


 微笑ましい。


 ものすごく、微笑ましい。


 でも。


 国宝の手がかりでは、ないね。


「……それは、よかったですね」


 私は、笑顔で頷いた。


 ……ああ。


 町の人たちは、今日も平和だなぁ。


     ◇


 布屋さんを出ると、桜花が小さく微笑んだ。


「リアリス様。皆様、穏やかに暮らしておられるようでございますね」


「うん。本当に」


 ……ああ。


 こういう町は、好きだなぁ。


 みんな、自分の仕事をして。


 家族の話をして。


 普通に笑ってる。


 ……うん。


 国宝がなくなったことで、こんな日常が壊れなければいいね。


「……でも、手がかりはないね」


 私が呟くと、ライラ様が申し訳なさそうに眉を下げた。


「……お役に立てず、すみません」


「いえいえ!」


 私は、慌てて手を振った。


「ライラ様のおかげで、皆さんに話を聞けてるんですから」


「……そう、でしょうか」


「もちろんです!」


 …………。


 ……あれ。


 ライラ様、ちょっと顔が赤い。


 ……暑いのかな。


 日差しが強いなら、少し休んだ方がいいかもしれないね。


「……無理しないでくださいね」


 私がそう言うと、ライラ様が、さらに赤くなった。


「……は、はい」


 …………。


 ……うーん。


 大丈夫かなぁ。


     ◇


 それからも、いろんな人に話を聞いた。


 荷物を運ぶ人。


 通りを掃除していた人。


 小さな屋台の店主さん。


 王城へ物を届けていた商人さん。


 ……うん。


 話は、たくさん聞けた。


 でも。


 不審な人物を見た人は、いない。


 変わった物音を聞いた人も、いない。


 …………。


 ……ああ。


 完全に、空振りだね。


 私は、通りの端で少しだけ息を吐いた。


「……これは、難しいなぁ」


 桜花が、静かに頷く。


「……それだけ、目立たずに行動した者なのかもしれません」


「……うん。そうだね」


 犯人がいるなら、かなり慎重なんだろう。


 あるいは、町を通らずに逃げたのかもしれない。


 ……うーん。


 まだ、どちらとも言えないね。


     ◇


「……リアリス様」


 ライラ様が、そっと声をかけてきた。


「……少し、お休みになりませんか?」


 …………。


 ……おっ。


 確かに、ちょっと疲れたね。


 それに、お腹も空いてきちゃった。


 私は、頷いた。


「……そうですね。少しだけ休みましょう」


 ライラ様が、嬉しそうに微笑んだ。


「それでしたら、私の好きなお店が近くにあります」


 ……おお。


 王女様のおすすめ!


 それは、ちょっと楽しみだね。


 ……いや。


 お仕事中なんだけど。


 でも、休憩も大事。


 巴さんにも、ちゃんとご飯を食べるように言われてたしね。


「じゃあ、お願いします」


「はい。こちらです」


 ……うん。


 行ってみよう!


     ◇


 案内されたのは、大きな木のそばにある、小さなお店だった。


 木製のテーブル。


 花の飾られた窓辺。


 香ばしい匂い。


 ……おお。


 いいね。


 とても落ち着く。


 席へ座ると、温かい飲み物と、小さな焼き菓子が運ばれてきた。


 私は、一つ手に取った。


 ……さくっ。


 ……おお!


 おいしい!


 木の実の香りが広がって、甘さもちょうどいい。


「……これ、すごくおいしいですね!」


 ライラ様が、ぱっと笑った。


「……よかった。私も好きなんです」


 ……うん。


 これは、いいお店を教えてもらったね。


 私は、もう一つ食べた。


 ……ああ。


 巴さんにも、カトレアにも、買って帰りたいなぁ。


 ……うん。


 お土産にしよう。


     ◇


「……リアリス様」


 ライラ様が、少しだけ身を乗り出した。


「先ほど、お花のお店を見ていらっしゃいましたよね」


 …………。


 ……あっ。


 見られてた!


「……あはは。娘に、お土産を買ってあげたくて」


「……カトレア様、でしたね」


「はい。花が大好きなんです」


 私は、笑った。


「この前も、一緒に紫色の花を植えたんですよ」


 ライラ様の目が、少し輝いた。


「まあ。素敵ですね」


「毎朝、どれくらい育ったか見に行くんです」


 ……ああ。


 カトレアのことを話してると、つい嬉しくなっちゃうな。


 ライラ様が、花の種類や育て方について、いろいろ教えてくれた。


 日当たり。


 水の量。


 土の状態。


 ……おお。


 すごく詳しい!


「ライラ様、植物がお好きなんですね」


「……はい。小さい頃から、ずっと」


 ……うん。


 そうなんだね。


 これなら、カトレアとも気が合いそう。


「いつか、娘にも教えていただけると嬉しいです」


 私が言うと、ライラ様が少し驚いた顔になった。


 そして、柔らかく微笑んだ。


「……ええ。ぜひ」


 ……おお。


 いい約束ができたね。


     ◇


 ……ただし。


 ここで、桜花が静かに口を開いた。


「リアリス様。そろそろ、お城へ戻られるお時間かと」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった!


 私は、慌てて顔を上げた。


「……ありがとう、桜花!」


 ……ああ。


 危ない。


 お茶がおいしくて、ついのんびりしちゃった。


 今は国宝の事件を調べてるんだったね。


 ライラ様も、少しだけ名残惜しそうに立ち上がった。


「……では、戻りましょうか」


「そうですね」


 私は、笑顔で答えた。


「また落ち着いたら、ゆっくりお茶しましょう」


 ライラ様が、ぱっと顔を上げる。


「……本当ですか?」


「はい。今度は、カトレアも一緒に」


 …………。


 ライラ様が、一瞬だけ考え込んだ。


 ……あれ。


 どうしたんだろう。


 でも、すぐに微笑んでくれた。


「……はい。楽しみにしています」


 ……うん。


 よかった!


 それじゃ、今度こそ王城へ戻ろう。


     ◇


 王城へ戻ると、森王様が待っていてくれた。


「……リアリス殿。何か分かったか?」


「……すみません。聞き込みでは、手がかりを見つけられませんでした」


 私は、素直に頭を下げた。


「皆さんに協力していただいたんですが、変わった人を見たという話もなくて……」


 森王様が、静かに頷いた。


「……そうか」


 …………。


 ……うん。


 本当に、怒らない人だね。


「そなたが謝ることではない。もともと、我が国で起きた事件だ」


 ……ああ。


 ありがたいなぁ。


「こちらでも、昨夜から今朝の記録を確認した。だが、今のところ矛盾は見つかっておらぬ」


 …………。


 ……うーん。


 城も、町も、手がかりなし。


 これは、困った。


 私は、少し考えた。


「……もう一度、宝物殿を見てもいいですか?」


「……無論だ」


 ……よし。


 何か、見落としてるかもしれない。


 戻ってみよう。


     ◇


 宝物殿は、相変わらず静かだった。


 空っぽの台座。


 丁寧に整えられた棚。


 傷のない扉。


 ……うん。


 変わってないね。


 管理担当の方が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……陛下。今のところ、異常は……」


 森王様が、静かに首を振る。


「……よい。誰かを責めるのは、事実が分かってからだ」


 ……おお。


 この言葉、さっきも聞いたね。


 でも、何度聞いてもいいと思う。


 むやみに犯人を決めつけるのは、よくない。


 私だって、同じようにしたい。


「……管理担当の方も、ずっと調べてくださってますからね」


 私が言うと、その方は少しだけ目を潤ませた。


「……ありがとうございます」


 ……うん。


 だからこそ、何とか見つけたいなぁ。


     ◇


 私は、台座をもう一度見つめた。


 ここには、確かに国宝があった。


 昨日の夕方までは。


 今朝には、なかった。


 …………。


 ……うーん。


 ……あれ。


 ちょっと待って。


 私は、ふとあることを思い出した。


 昨日の夕方。


 夜。


 今朝。


 ……つまり。


 過去に、何かが起きたんだよね。


 …………。


 ……おお。


 過去。


 過去、か。


 ……あっ!


「……そうだ!」


 私は、思わず手を打った。


 …………。


 ぱんっ!


 ……しまった。


 ちょっと、大きな音だったね。


 桜花が、私へ目を向ける。


「……リアリス様?」


「……あはは。ちょっと、思いついたことがあって」


 ……うん。


 そうだった。


 私は、過去を見る魔法を作っていたんだった!


 《歴史閲覧》。


 過去に起きた事実を、映像で確認できる魔法。


 …………。


 ……これだ!

     ◇


「……森王様」


 私は、少し緊張しながら口を開いた。


「ちょっと、変わった魔法を使ってもいいですか?」


「……変わった魔法?」


「はい。《歴史閲覧》という魔法です」


 森王様が、少しだけ眉を上げた。


「……聞いたことがないな」


「過去に起きたことを、映像で確認できるんです」


 …………。


 森王様が、静かに私を見た。


 ライラ様も、驚いた顔になっている。


「……過去を、見る?」


「はい」


 私は、頷いた。


「ただ、こういう事件の捜索に使ったことはないので、うまくいくか分からないんですが……」


 ……うん。


 正直に言っておこう。


 魔法の効果は分かっている。


 でも。


 誰が盗んだかまで、ちゃんと見られるのかな。


 ……いや。


 試してみないと分からないね。


「……よかろう」


 森王様が、静かに頷いた。


「国宝を取り戻す手がかりになるなら、頼みたい」


「ありがとうございます!」


 ……よし。


 やってみよう!


     ◇


「……リアリス様」


 桜花が、そっと声をかけてくれた。


「はい?」


「もし映像が現れましたら、森王陛下にもご覧いただけるようにされますか?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだね。


 私だけが見ても、説明するのが大変かもしれない。


「……うん。そうしよう」


 私は、森王様へ尋ねた。


「皆さんにも、映像を見ていただいていいですか?」


「……もちろんだ」


 ……よし。


 それなら、見えたものを一緒に確認できるね。


 私は、宝物殿の中央へ立った。


 ……さて。


 昨日の夕方。


 国宝が台座にあった時間。


 そこから、順番に見てみよう。


 私は、意識を集中した。


「……《歴史閲覧》」


     ◇


 ふわり。


 目の前に、淡い光が集まった。


 ……おっ。


 何だろう。


 空気に、薄い幕が広がるみたいだね。


 その中に、宝物殿の映像が現れた。


 …………。


 ……おおお!


 本当に、映った!


 台座。


 棚。


 扉。


 それから。


 緑色の結晶。


 …………。


 ……あっ!


「……森王様! あれが国宝ですか!?」


 森王様が、ゆっくり頷いた。


「……うむ。間違いない」


 ……おお!


 《グリーンクリスタル》が、ちゃんと映っている!


 ……いやぁ。


 これ、すごいね!


 私が作った魔法とはいえ、改めて使うとびっくりする。


「……リアリス様」


 桜花も、少しだけ目を見開いていた。


「……見事でございます」


「……あはは。私も、ちょっと驚いてる」


 ……うん。


 これなら、何か分かるかもしれない!


     ◇


 映像の中では、管理担当の方が国宝を確認していた。


 ……うん。


 昨日の夕方だね。


 結晶の状態を確かめる。


 台座の周りを掃除する。


 帳面へ記録する。


 それから、宝物殿を出ていく。


 ……うん。


 普通の点検だね。


「……記録のとおりだな」


 森王様が、静かに呟いた。


「はい。ここまでは、問題なさそうです」


 ……よし。


 じゃあ、次は夜。


 国宝がなくなった時間を探そう。


 私は、《歴史閲覧》で確認する時間を少しずつ進めた。


 誰もいない宝物殿。


 静かな廊下。


 ……うん。


 何も起きない。


 …………。


 もう少し先。


 ……まだ、何も。


 私は、もう少しだけ時間を進めた。


 すると。


 画面の端で、何かが動いた。


 …………。


 ……ん?


     ◇


「……待って」


 私は、思わず声を出した。


 廊下の奥。


 柱の陰。


 そこに、黒い影があった。


 ……あれ。


 誰かいる?


 私は、少しだけ映像を戻した。


 夜の見回りをしていた兵士さんが、通り過ぎる。


 そのあと。


 柱の陰から、人影が現れた。


 …………。


 ……おお。


 何だろう、これ。


 黒っぽい布で全身を覆っている。


 顔は、深いフードで隠れていた。


 ……うん。


 どう見ても、普通の見回りじゃないよね。


「……陛下」


 管理担当の方が、震える声で言った。


「……この者は、記録にございません」


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり。


 森王様が、静かに頷いた。


「……続けてくれ、リアリス殿」


「……はい」


 ……うん。


 ここからが、本番だね。


     ◇


 人影は、周囲を何度も確かめてから扉へ近づいた。


 ……おお。


 慎重だね。


 足音を立てないようにしているみたいだ。


 そして。


 鍵の前で、何かを取り出した。


 …………。


 ……ん?


 細くて、黒い道具。


 それを、鍵穴へ差し込んだ。


 少しだけ手元が動く。


 …………。


 かちゃり。


 扉が、開いた。


 …………。


 …………。


「……えええっ!? 鍵、開けちゃった!?」


 私は、思わず声を上げた。


 ……いや。


 これ、すごい技術だね。


 私なら《転移》で入れてしまうけど。


 普通に鍵を開けるのって、簡単じゃないはずだよね。


 でも。


 この人影は、道具を使って開けた。


 しかも、鍵を壊さずに。


 ……ああ。


 だから、今朝も異常が見つからなかったのか。


 私は、少しだけ納得した。


     ◇


 人影は、そっと扉を開けて宝物殿へ入った。


 そして、すぐ後ろの扉を閉める。


 ……うん。


 慣れてるなぁ。


 私は、少しだけ身を乗り出した。


 人影は、周囲の飾りを見向きもしない。


 まっすぐ、中央の台座へ向かっている。


 …………。


 ……あれ。


 国宝がどこにあるのか、最初から分かってるんだね。


 下調べをしたのかな。


 それとも、誰かに聞いた?


 ……うーん。


 まだ、それは分からない。


 人影は、台座の前で立ち止まった。


 そして。


 ゆっくり、フードをずらした。


 …………。


 ……えっ。


 ……何、あれ。


 私は、目を見開いた。


 そこに映っていたのは。


 私が想像していた泥棒とは、全然違う顔だった。

     ◇


 細長い顔。


 鋭く光る目。


 口元には、獣のような牙。


 指先には、長い爪。


 ……うん。


 どう見ても、普通のエルフじゃない。


 もちろん、人間でもない。


 ……でも。


 二本足で立っている。


 道具も使っていた。


 しかも、王城の鍵を開けるほど器用なんだ。


 …………。


 ……何だろう。


 魔族?


 ……いや。


 魔族には、いろんな姿の人たちがいる。


 見た目だけで判断するのは、よくないね。


 私は、森王様へ目を向けた。


 その顔は、いつもより少しだけ厳しくなっていた。


「……森王様。あの者に心当たりがあるんですか?」


 森王様は、映像を見つめたまま頷いた。


「……似た姿の魔獣について、聞いたことがある」


 …………。


 ……えっ。


「……魔獣!?」


 私は、思わず声を上げた。


     ◇


「……うむ。人のような姿を取り、道具を扱うこともある知性の高い魔獣だ」


 …………。


 ……おおお。


 そんな魔獣までいるんだね。


 私が今まで出会った魔獣は、ほとんどが力任せに襲ってくるものだった。


 もちろん、普通の動物より賢い魔獣もいたけど。


 鍵を開けて、宝物を盗むなんて。


 ……いやぁ。


 異世界、奥が深いなぁ。


「……でも、魔族とは違うんですよね?」


 私が念のため聞くと、森王様は、はっきりと頷いた。


「……違う。魔族は我々と同じ、社会を築いて暮らす種族だ。今、話しているのは魔獣である」


 …………。


 ……うん。


 そうだよね。


 そこは、絶対に混同しちゃ駄目だ。


 少し前に、人間と魔族の長い戦争が終わったばかりなんだから。


 ここで「魔族が国宝を盗んだ!」なんて誤解されたら、大変だよ!


「……ありがとうございます。そこは、はっきり分けておきたいです」


 森王様が、静かに頷く。


「……私も、同じ考えだ」


 ……ああ。


 この人が森王様で、よかった。


     ◇


 映像の中では、人型の魔獣が《グリーンクリスタル》へ手を伸ばしていた。


 ……うん。


 今は、こっちに集中しよう。


 魔獣は、結晶を両手で持ち上げた。


 顔の近くへ寄せ、嬉しそうに見つめる。


 …………。


 ……ん?


 口元が、少し動いた。


 何か言ってるのかな。


 でも、今見えているのは過去の映像。


 小さな口の動きまでは分かっても、何を言っているのかは読み取れない。


 ……うーん。


 何か、喜んでいるみたいだね。


 ……いや。


 表情がちょっと怖いから、本当に嬉しいのかは分からないけど!


 魔獣は、緑色の結晶を布で包んだ。


 それから、腰の袋へ入れる。


 ……ああ。


 盗んだ。


 間違いなく、盗んだね。


 私は、息を呑んだ。


 ……なるほど。


 これが、国宝紛失の真相か。


     ◇


 魔獣は、入ってきた扉へ戻った。


 周囲を確かめてから、そっと外へ出る。


 ……うん。


 まさか、ここで逃げるだけかな。


 そう思ったら。


 魔獣は、扉の鍵へもう一度手を伸ばした。


 かちゃり。


 …………。


 ……えっ。


 鍵を、閉めた?


 …………。


「……律儀に、鍵まで閉めるの!?」


 私は、思わず声を上げた。


 ……いや。


 どういうこと!?


 泥棒なのに!?


 ……あっ。


 そうか。


 鍵が開いたままだと、すぐに誰かが異変に気づく。


 だから、元の状態に戻したんだね。


 …………。


 ……賢いなぁ。


 いや、感心してる場合じゃない!


 魔獣は、黒い布をまとい直し、廊下の奥へ消えていった。


 ……うん。


 これで、鍵が壊れていなかった理由も分かった。


 計画的な盗みだったんだ。


     ◇


 映像が消えると、宝物殿はしばらく静まり返った。


 ……うん。


 そりゃ、そうなるよね。


 私だって、かなり驚いてる。


 人型の魔獣が、王城へ忍び込んで。


 鍵を開けて。


 国宝を盗んで。


 また鍵を閉めて帰った。


 …………。


 ……普通の泥棒みたいな行動だね。


 ただし、犯人は魔獣。


 そこだけ、まったく普通じゃない!


「……リアリス殿」


 森王様が、静かに口を開いた。


「……今見たものは、過去の事実なのだな?」


「はい。《歴史閲覧》は、過去に起きたことを映す魔法です」


 森王様が、ゆっくり頷いた。


「……ならば、これが国宝が消えた理由か」


「そうなりますね」


 ……うん。


 ようやく、分かった。


 でも、まだ国宝は戻っていない。


 犯人が誰かは分かったけど。


 今、どこにいるかは、まだ分からないんだ。


     ◇


「……リアリス様」


 ライラ様が、少しだけ顔を曇らせていた。


「……まさか、魔獣が犯人だったなんて」


「……本当に、驚きました」


 私は、正直に頷いた。


 ……うん。


 これは、誰も予想できないよね。


 森王様が、静かに目を細めた。


「……人型の魔獣が、あれほど巧みに鍵を扱うとは」


「そうですよね。普通の魔獣なら、扉ごと壊しちゃいそうです」


 ……あっ。


 そういえば。


 神様の武器を拾ってたときも、周りの木や岩が壊れてたっけ。


 …………。


 ……いや。


 あれと比べるのは、ちょっと違うか。


「……犯人は、相当慎重みたいですね」


「……うむ。だが、姿が分かったのは大きい」


 ……おお。


 そうだね!


 さっきまで、探す対象もよく分からなかった。


 でも、今は違う。


 姿を見た。


 動きも見た。


 ……うん。


 これなら、次に何をするか決まったね。

     ◇


「……森王様」


「……何だ?」


「もう一度、《サーチ》を試してみます」


「……今度は、何を探すのだ?」


「あの人型の魔獣です」


 …………。


 森王様が、少しだけ目を見開いた。


 ……うん。


 さっきは国宝そのものを探した。


 でも、実物を見たことがなかったから、似た結晶ばかり見つかった。


 今は、犯人の姿をはっきり見た。


 あの黒い布。


 細長い顔。


 鋭い目。


 指先の長い爪。


 ……うん。


 対象を、かなり絞れるはず。


「ただし、似た姿の魔獣がほかにもいるかもしれません。見つかっても、本人かどうかは確かめます」


 森王様が、ゆっくり頷く。


「……慎重なのだな」


「間違えて、関係ない相手を追いかけたら困りますから」


 ……うん。


 これは、大切なこと。


 犯人が魔獣だからって、何も確かめずに決めつけちゃ駄目だね。


     ◇


 私は、《歴史閲覧》の映像を思い出した。


 黒い布の中の顔。


 長い爪。


 二本足で歩く姿。


 ……よし。


 《サーチ》。


 脳内マップが広がった。


 森都ベルツリー。


 周囲の森。


 その先に続く山や小道。


 …………。


 ……おっ。


 青い点が、いくつか現れた。


 さっきの結晶探しに比べれば、ずっと少ない。


 ……うん。


 やっぱり、探す対象が明確になったからだね。


 私は、その反応を詳しく確かめた。


 いくつかは、姿の似ている別の魔獣かもしれない。


 でも。


 ……あれ。


 森都から少し離れた場所に、気になる反応がある。


 しかも、少しずつ動いている。


 ……おお。


 これは。


 もしかして。


「……リアリス殿?」


 森王様が、静かに声をかけた。


「……何か分かったか?」


 私は、ゆっくり頷いた。


「……はい。森の方に、それらしい反応があります」


 …………。


 ……うん。


 場所は、町の外。


 木々の多いところだ。


 ……なるほど。


 町で聞き込みをしても、目撃情報が出なかったのは、そのせいかもしれないね。


     ◇


「……ただし、まだ犯人本人だと確定したわけではありません」


 私は、念のため付け加えた。


「まずは、近くまで行って確認したいと思います」


 森王様が、静かに頷く。


「……よかろう。必要ならば、兵を出す」


「ありがとうございます。でも、最初は私と桜花で確認してみます」


 ……うん。


 できるだけ、騒ぎを大きくしたくないからね。


 森の中に兵士さんを大勢連れて行ったら、犯人に気づかれて逃げられるかもしれない。


 ……いや。


 まだ犯人かどうか、分かってないんだけどね。


「町の方は、念のため警戒をお願いできますか?」


「……承知した。民を不安にさせぬよう、慎重に進めよう」


 ……おお。


 さすが森王様。


 話が早いね。


 私は、少しだけ安心した。


     ◇


 ライラ様が、そっと私の隣へ来た。


「……リアリス様」


「はい?」


「……どうか、お気をつけて」


 ……おっ。


 心配してくれてるんだね。


「ありがとうございます。桜花も一緒ですから、大丈夫ですよ」


 私が笑うと、ライラ様は、少しだけ安心したように頷いた。


 ……うん。


 桜花が隣にいるなら、本当に心強い。


 もちろん、私も《絶対防御》があるし。


 でも、だからって油断するわけにはいかない。


 ……よし。


 慎重に行こう。


「……森王様。まずは、様子を見てきます」


「……うむ。頼む、リアリス殿」


 森王様が、深く頷いた。


 ……ああ。


 ちゃんと信頼してもらえてるんだね。


 私は、改めて頭を下げた。


     ◇


 宝物殿を出る直前。


 私は、ふと空っぽの台座を振り返った。


 ……うん。


 ここに国宝があった。


 今は、ない。


 でも、誰が盗んだのかは分かった。


 人間でも、エルフでもない。


 魔族でもない。


 知性を持った、人型の魔獣。


 ……いやぁ。


 異世界のお約束って、本当に予想外の方向から来るね。


 私は、思わず苦笑した。


 ……そうだ。


 カトレアに、エルフ国の花の話をする約束をしたんだった。


 綺麗な町。


 おいしいお菓子。


 ライラ様が教えてくれた、花の育て方。


 ……うん。


 帰ったら、ちゃんと話そう。


 でも、その前に。


「……桜花」


「はい、リアリス様」


「……国宝を探しに行こうか」


「はい。ご一緒いたします」


 ……ああ。


 本当に、頼もしい。


 私は、脳内マップの青い点へ目を向けた。


 森の中で、ゆっくり動く反応。


 ……うん。


 次は、あそこだね。


 まず、何がいるのかを確かめよう。


 ――国宝を盗んだのは、鍵まで開ける知恵を持つ人型魔獣だった。犯人の姿を知ったリアリスは、ついに森の奥へ目を向ける。

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