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第1話:世界樹を救う話じゃないの?

 翌朝。


 シルク王国邸の食堂には、いつもどおりのおいしそうな香りが漂っていた。


 ……ああ。


 平和だなぁ。


 私は、窓から差し込む朝日を眺めながら、温かいお茶を一口飲んだ。


 神様の剣を拾って。


 槍を拾って。


 斧を拾って。


 最後は、巨大マグロのお腹から盾を拾った。


 …………。


 ……うん。


 あの数日間は、一体何だったんだろうね。


 しかも、最後には私がオリミス像を壊しちゃった。


 もちろん、その場で《建築》を使って元どおりにしたし、ちゃんと謝った。


 でも。


 ……ああ。


 思い出すと、まだちょっと恥ずかしい。


「……お父さん?」


 隣から、カトレアの声がした。


「ん?」


「……お茶、にがい?」


 …………。


 ……あっ。


 私、変な顔をしてたのかな。


「ううん。とってもおいしいよ」


「……そっか!」


 カトレアが、安心したように笑った。


 ……ああ。


 可愛い。


 私は、その頭をそっと撫でた。


 こういう時間を、ずっと大事にしたいんだよね。


 ……よし。


 今日は、ちゃんと落ち着いて過ごそう。


     ◇


「リアリスちゃん」


 巴さんが、焼きたてのパンを運んできた。


「はい!」


「昨日は、ちゃんと休めた?」


「うん! おかげさまで!」


 ……おお。


 今日は、神様からの連絡もない。


 いや。


 もう、神様のことを考えるのはやめよう。


 きっと今ごろ、エレサリアさんにお説教されてるだろうし。


「……リアリスちゃん?」


「……はい?」


「また、変なことを考えている顔ね」


 …………。


 ……えっ。


 何で分かるんだろう。


 巴さん、もしかして《サーチ》でも使えるのかな。


 ……いや。


 そういう意味じゃなくて、私が分かりやすすぎるだけか。


「……神様のこと、ちょっと思い出してました」


「あら」


 巴さんが、静かに微笑んだ。


「それなら、もう終わったこととしておきましょうね」


 …………。


 ……はい。


 おっしゃるとおりです。


「それより、今日は何か予定があるの?」


 私は、パンを一口食べた。


 ……ああ。


 おいしい。


「そうだね。そろそろ、次の国へ正式に挨拶しに行こうと思ってるんだ」


「次の国?」


「うん。エルフ国だよ」


 カトレアが、ぱっと顔を上げた。


「……エルフ?」


「そう。耳が長くて、森と一緒に暮らしてる人たちだね」


 ……うん。


 前にリルフィア近くの森へ行ったときは、遠くから町の人たちを見かけたくらいだった。


 あれは、神様の落とし物を拾うためだったからね。


 エルフ国の町に入るのは、今回が初めてだ。


「……お花、いっぱい?」


「たぶん、いっぱいあると思うよ」


「……行きたい!」


 …………。


 ……おお。


 そうだよね。


 カトレア、花が好きだもんね。


 私は、少しだけ考えた。


 ただ、今回は正式な謁見。


 王様と、大切な話をする予定がある。


「……今回は、お父さんと桜花で先に行ってくるよ」


 カトレアが、少しだけ残念そうな顔になる。


 ……ああ。


 ごめんね。


「でも、落ち着いたら、ちゃんとカトレアも案内するからね」


「……ほんと?」


「うん。約束!」


 私は、小指を差し出した。


 カトレアも、小さな指を絡めてくれる。


「……やくそく!」


 ……うん。


 今度は、神様のせいで破られないといいなぁ。


     ◇


「リアリス様」


 桜花が、静かに声をかけてきた。


「はい?」


「エルフ国へのご訪問でございますが、まずシルク王国の陛下へご連絡なさいますか?」


「……ああ、そうだね」


 私は、頷いた。


 これまでほかの国を訪ねたときも、カバディ王からの書状が役に立ってくれた。


 見知らぬ人間が突然、王様に会わせてほしいと言っても困るだろうからね。


 まして今回は、エルフ国。


 人間の四か国とは、また事情が違うはずだ。


「先に王様に挨拶して、書状をお願いしよう」


「かしこまりました」


 ……うん。


 そうしよう。


 私は《映像通話》を開こうとして、少しだけ手を止めた。


 …………。


 ……あっ。


 さっきの四回の騒動のせいで、《映像通話》を見ると神様の顔が浮かぶ。


 ……いやいや。


 これは便利な魔法なんだ。


 悪いのは魔法じゃない。


 神様だ。


「……リアリス様?」


「あっ、何でもないよ!」


 私は、慌てて連絡先を選んだ。


 ……よし。


 今度は、ちゃんと王様に連絡しよう。


     ◇


 カバディ王へ連絡を入れると、しばらくして画面に、丸みのある穏やかな顔が映った。


『……おお、リアリス殿!』


「おはようございます、陛下」


『うむ。今日はどうしたのだ?』


「実は、次にエルフ国を訪問しようと思っていまして」


『……ほう、エルフ国か!』


 カバディ王が、少し身を乗り出した。


『とうとう、中央大陸の外へも正式に足を運ぶのだな』


「はい。これまで、王国にもほかの国にも、いろいろお世話になりましたから」


 ……うん。


 お世話になった、というか。


 皇帝さんと模擬戦をしたり。


 勇者君に会ったり。


 教皇さんと神様をつないだり。


 魔王と和平を結んだり。


 …………。


 ……ああ。


 普通の旅行とは、だいぶ違った気がするね。


『……そうか。では、紹介の書状を用意しよう』


「ありがとうございます!」


『ちょうど、宰相のミキサーもおる。王城まで来られるか?』


「はい。すぐに伺えます」


『うむ。待っておるぞ』


 通話が終わった。


 ……おお。


 さすが王様。


 話が早いね。


 私は、桜花へ頷いた。


「じゃあ、ちょっと王城まで行こうか」


「はい、リアリス様」


     ◇


 王城へ着くと、カバディ王とミキサーさんが迎えてくれた。


「リアリス殿、よく来たな!」


「お邪魔します、陛下」


 桜花も、丁寧に一礼する。


 ……うん。


 もう何度も会っているから、こうして話すのも慣れてきたね。


 ただ、王様の隣に立っているミキサーさんは、いつもどおり真面目な顔だった。


 白い髪。


 痩せた体。


 きっちり整えられた服。


 ……うん。


 この人がいるから、王国の仕事も円滑に進んでるんだろうなぁ。


「……リアリス殿」


 ミキサーさんが、封のされた書状を差し出した。


「エルフ国のライノーラ森王宛てでございます」


「ありがとうございます」


 私は、両手で受け取った。


 ……おお。


 しっかり封がしてあるね。


 大切にしないと。


「内容は、これまでのご訪問と同様、陛下からの正式な紹介と、友好の意思を伝えるものです」


「助かります」


 私は、書状を《収納》へ入れた。


 ……うん。


 ここなら、濡れる心配も、なくす心配もない。


 …………。


 ……あっ。


 『なくす』って言葉に、ちょっと敏感になってる自分がいる。


 神様のせいだよ、これ。


     ◇


「……それにしても、リアリス殿」


 カバディ王が、お茶を一口飲んだ。


「人魔の和平が成立してから、ようやく皆が少し落ち着いてきたところだ」


「……そうですね」


「しかし、エルフ国や獣人国には、まだ正式な話を通しておらぬ」


 ……うん。


 そうだった。


 人と魔族の和平交渉には、中央大陸の四か国と魔王国が参加した。


 エルフ国も、獣人国も、ドワーフの二か国も、あの場にはいなかったんだよね。


「……今度は、何かを解決しに行くというより、ちゃんと挨拶をしに行きたいんです」


 私は、正直に答えた。


「いろんな国で家族と暮らせる場所を作って、店も開けたらいいなと思っていて」


 カバディ王が、少しだけ笑った。


「……うむ。それが、そなたらしい」


 ……おお。


 そうかな?


『世界を支配したい』とか。


『王になりたい』とか。


 そういうことは、別に思ってないんだよね。


 私は、ただ普通に暮らしたいだけだ。


 ……まあ。


 普通の暮らしのために、いろんな国で大きな屋敷と店を作ってる時点で、ちょっと変かもしれないけど!


「ただし」


 ミキサーさんが、静かに付け加えた。


「エルフ国は、人間国家とは歴史も文化も異なります。どうぞ、最初は慎重に」


「はい。気をつけます」


 ……うん。


 そこは、大切だよね。


 私は、少しだけ姿勢を正した。


「勝手なことはしません。まずは森王様のお話を聞きます」


 ミキサーさんが、小さく頷く。


「それなら、安心です」


 …………。


 ……あっ。


 そんなふうに言われると、何だか責任を感じるなぁ。


     ◇


 王城を出る前に、カバディ王が、ふと思い出したように口を開いた。


「……そうだ、リアリス殿」


「はい?」


「そなた、今度こそ穏やかな訪問になるとよいな」


 …………。


 ……えっ。


 今度こそ?


 私は、思わず王様を見た。


 王様は、楽しそうに笑っている。


 ……ああ。


 そうだった。


 これまで、行く先々で何か起きてたもんね。


 最初は皇帝さんの模擬戦。


 次は勇者君。


 聖国では神様。


 魔王国では戦争を終わらせた。


 …………。


 ……うん。


 よく考えると、とんでもない旅だなぁ。


「……今回は、本当に挨拶だけのつもりなんですけどね」


「はっはっは! そうか!」


 …………。


 ……あっ。


 全然、信じてない!


 ミキサーさんも、少しだけ口元を緩めていた。


 ……うう。


 二人とも、私を何だと思ってるんだろう。


 ……いや。


 今までのことを考えたら、仕方ないか。


「……それでは、行ってきます」


「うむ。気をつけてな!」


 私は、もう一度頭を下げた。


 ……よし。


 次は、エルフ国だ!


     ◇


 いったん王国邸へ戻ると、カトレアが玄関まで来てくれた。


「……お父さん、おかえり!」


「ただいま!」


 私は、その頭を撫でた。


「これから、エルフ国へ行ってくるよ」


「……うん!」


 カトレアは、少しだけ私を見つめた。


 ……あれ。


 何だろう。


「……お父さん」


「ん?」


「……かみさまの落とし物、ない?」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 そこを心配してるんだ。


 私は、思わず笑ってしまった。


「……あはは! もう大丈夫だと思うよ」


「……ほんと?」


「うん。神様の奥さんが、ちゃんと片づけてくれたからね」


 カトレアが、安心したように頷く。


「……そっか!」


 ……うん。


 これで、神様の騒動は終わり。


 今回は、普通の外交訪問。


 ……そう。


 普通の。


 ……うん。


 何度も言い聞かせてる時点で、ちょっと不安だけどね。


 巴さんが、玄関まで見送りに来てくれた。


「リアリスちゃん。お気をつけて」


「はい!」


「向こうの国でも、ちゃんと食事をとるのよ」


「うん。分かってるよ」


 …………。


 ……あっ。


 いつも思うけど。


 何だか、遠足に出かける子どもみたいな扱いだね。


 ……まあ。


 巴さんには、何も言い返せないんだけど!


「桜花ちゃんも、よろしくね」


「はい、巴様。リアリス様のことは、お任せくださいませ」


 ……うん。


 頼もしい。


 私は、カトレアともう一度小指を絡めた。


「帰ったら、エルフ国の話を聞かせてあげるね」


「……うん! お花の話も!」


「もちろん!」


 ……よし。


 じゃあ、出発しよう!


     ◇


 私は、脳内マップを開いた。


 エルフ国。


 南東大陸。


 森都ベルツリー。


 ……うん。


 場所は分かる。


 前に神様の斧を拾ったリルフィア近郊とは、別の場所だ。


 今回は、森都の城へ正式に挨拶しに行く。


 もちろん、いきなり城の中へ《転移》するなんてことはしない。


「桜花。森都の門から少し離れた場所へ行こう」


「かしこまりました」


「森の中でも、人がいないところを選ぶね」


「はい」


 私は《サーチ》で周囲に人や魔獣の反応がないことを確かめた。


 ……うん。


 大丈夫。


 《転移》。


 次の瞬間。


 私たちは、見知らぬ森の小道に立っていた。


 ……おお。


 やっぱり、空気が違うね。


     ◇


 高い木々が、空へ向かって伸びている。


 枝の間から差し込む日差しが、地面へまだら模様を作っていた。


 風が吹くと、葉が柔らかく揺れる。


 ……ああ。


 気持ちいいなぁ。


 私は、思わず深呼吸した。


「……リアリス様」


 桜花が、静かに周囲を見渡した。


「美しい森でございますね」


「うん。本当に」


 ……おお。


 リルフィア近くの森とは、また少し雰囲気が違うね。


 あのときは、神様が斧を落とした木を直したりしてたから、ゆっくり見る余裕もなかった。


 今回は、正式な訪問。


 少しは景色も楽しめるかな。


 ……いや。


 楽しみすぎて、謁見に遅れちゃ駄目だけどね。


 私は、森都の方角へ目を向けた。


 遠くに、建物の屋根らしいものが見える。


 ……おお。


 あれが、エルフ国の首都かな。


「桜花。歩いて行こうか」


「はい、リアリス様」


 私たちは、木陰の小道をゆっくり歩き始めた。


     ◇


 しばらく歩くと、森の中に広い道が現れた。


 その先には、大きな門が見える。


 ……おお。


 思っていたより、立派だね。


 門は木を中心に作られているみたいだけど、金属の飾りもついている。


 自然の形を残しながら、ちゃんと人が行き来しやすいように整えてある。


 ……うん。


 エルフの国って、全部が森の中の小屋みたいなイメージだったけど。


 さすが、首都だ。


 もっと普通の町として発展してるんだね。


 門の近くには、荷物を運ぶ人たちがいた。


 長い耳を持つエルフ。


 それから、私と同じような耳の人間も少しいる。


 ……おっ。


 いろんな種族が出入りしてるみたい。


 ……うん。


 そういえば、魔王国以外の国には、複数の種族が暮らしているんだったね。


 国名だけで、全員エルフだと思うのはよくない。


 私は、少しだけ反省した。


 ……よし。


 まずは、門の人へ挨拶しよう。


     ◇


「こんにちは!」


 私が声をかけると、門を守っていたエルフの兵士さんが、こちらへ振り向いた。


 ……おお。


 耳が長い。


 髪も綺麗に束ねられてる。


 身に着けている防具は、派手すぎないけどしっかり作られているみたいだ。


「……こんにちは。森都ベルツリーへは、何のご用でしょうか?」


 ……うん。


 丁寧だね。


 私は、軽く頭を下げた。


「シルク王国から来ました、リアリスと申します」


「……シルク王国?」


「はい。こちらの森王様へ、正式にご挨拶に伺いました」


 …………。


 兵士さんが、少し驚いた顔をした。


「……森王陛下に、ですか?」


「はい。シルク王国の国王陛下から、お預かりしている書状もあります」


 私は《収納》から、封のされた書状を取り出した。


 兵士さんは、封に記された印を慎重に確かめた。


 ……うん。


 ちゃんと確認してくれてるね。


「……少々、お待ちいただけますか?」


「もちろんです」


 ……よし。


 変な騒ぎにならずに済みそう。


 私は、桜花と並んで門の脇へ移動した。


「リアリス様。落ち着いたご対応でございますね」


「……あはは。今回は、ちゃんと普通に挨拶したいからね」


 ……いや。


 今までだって、最初はそのつもりだったんだけど!


     ◇


 しばらくすると、先ほどの兵士さんが戻ってきた。


「お待たせいたしました。書状を確認いたしました」


「ありがとうございます」


「王城へ、ご案内する者を手配いたします。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「はい。大丈夫です」


 ……うん。


 すごく丁寧だ。


 私は、少しだけ安心した。


「それまでは、門の中の待合所でお休みください」


「ありがとうございます」


 ……おお。


 いよいよ、エルフ国の首都へ入るんだね。


 私は、少しだけ胸を弾ませた。


 門をくぐると、目の前には広い通りが続いていた。


 ……おおお。


 すごい。


 想像してたより、ずっと大きな町だ。


     ◇


 森都ベルツリー。


 ……うん。


 初めて入るエルフの首都は、とても綺麗だった。


 建物は、木と石を組み合わせて作られているものが多い。


 窓辺には花が飾られ、通りのあちこちに小さな植え込みがある。


 大きな木を切らずに、その間を縫うように道が伸びていた。


 ……ああ。


 これなら、カトレアも喜ぶだろうなぁ。


 私は、つい周囲を見回した。


 遠くには布を売っているお店。


 甘い香りのする屋台。


 それから、色とりどりの花が並んだ店先。


 ……おお。


 花屋さんまである。


 ……ああ。


 カトレアを連れてきたかったなぁ。


 ……いや。


 今日は謁見があるからね。


 落ち着いてから、改めて案内しよう。


「リアリス様」


 桜花が、そっと声をかけてきた。


「ん?」


「こちらの花々は、とてもよく手入れされておりますね」


「うん。庭師の人が頑張ってるのかな」


 ……うん。


 こんな場所なら、うちの屋敷にも取り入れたい工夫が見つかりそう。


 ただし。


 勝手に真似する前に、まずはちゃんと見て、話を聞かないとね。


     ◇


 待合所へ案内されると、温かいお茶が出された。


 ……おお。


 いい香り。


 いつも巴さんが淹れてくれるお茶とは、少し違う香りだね。


 私は、一口飲んだ。


 ……ああ。


 すっきりしてる。


 桜花も、静かにカップを持ち上げた。


「……美味しゅうございますね」


「うん。お土産に買えたらいいなぁ」


 ……あっ。


 そうだ。


 王様への挨拶が終わったら、少しだけ町を見てもいいかな。


 カトレアへのお土産も、選びたい。


 ……うん。


 いいね。


 今回は、神様の落とし物を拾うためじゃない。


 ちゃんと旅行らしいこともできそうだ。


 ……そう思ったら、少し楽しみになってきた。


「……リアリス様」


「はい?」


「何か、嬉しいことでもございましたか?」


「……あはは。せっかくだから、エルフ国のことをいろいろ知りたいなって」


 桜花が、柔らかく微笑んだ。


「それは、よろしゅうございますね」


 ……うん。


 そうだね。


 ……ただ。


 このあと王様と会うんだから、あまりのんびりしすぎないようにしよう。


     ◇


 やがて、王城から迎えの方が来てくれた。


「リアリス様、桜花様。こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 私たちは、案内に従って通りを歩いた。


 王城は、森都の奥にあった。


 ……おお。


 これは、すごいね。


 石造りの城壁と、大きな木の柱。


 その両方が自然に組み合わされている。


 城の周りには、よく手入れされた庭が広がっていた。


 ……うん。


 想像してた、エルフの王城って感じだ。


 ただし、森の中に隠された秘密の宮殿、というわけではないらしい。


 普通に人が出入りしていて、兵士さんもいる。


 国を治める場所として、ちゃんと機能しているんだね。


 私は、改めて感心した。


 ……ああ。


 なんだか、世界が広がっていく感じがするなぁ。


 これまで人間国家や魔王国を見てきたけど。


 まだまだ、知らないことがたくさんある。


     ◇


 王城の中へ入ると、案内の方が少しだけ立ち止まった。


「これから森王陛下へお取り次ぎいたします。ここで少々お待ちください」


「はい。分かりました」


 ……うん。


 深呼吸。


 正式な謁見だからね。


 身だしなみも、大切。


 私は、自分の服を軽く整えた。


 桜花は、いつもどおり完璧な姿勢で立っている。


 ……ああ。


 本当に頼もしいなぁ。


「……桜花」


「はい?」


「私、変なところない?」


 桜花が、少しだけ私を見た。


「……問題ございません、リアリス様」


「ありがとう」


 ……よし。


 これなら、大丈夫。


 ただ。


 今までの王様たちとの初対面を思い出すと、少しだけ不安になる。


 皇帝さんには、いきなり戦いを挑まれた。


 魔法国では、魔法の話で騒ぎになった。


 聖国では、神様と話したら使徒扱いされた。


 魔王国では、和平の話になった。


 …………。


 ……うん。


 エルフ国では、何も起きませんように!


     ◇


「リアリス様、桜花様。どうぞお入りください」


 案内の方が、扉を開けた。


 私は、桜花と並んで部屋へ入った。


 …………。


 ……おお。


 そこには、背の高い男性が立っていた。


 銀色の長い髪を、後ろで綺麗に束ねている。


 エルフらしい長い耳。


 そして、落ち着いた目。


 ……うん。


 この人が、森王様かな。


 その隣には、金色の短い髪の女性が立っていた。


 こちらも、長い耳を持っている。


 ……おお。


 綺麗な人だね。


 背も高い。


 私が部屋の中央で立ち止まると、男性が静かに微笑んだ。


「……シルク王国からの客人だな」


「はい。リアリスと申します」


 私は、丁寧に頭を下げた。


「こちらは、桜花です」


「桜花と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 桜花も、深く一礼した。


 男性は、ゆっくり頷いた。


「私は、ライノーラ・エルフィン。エルフ国の森王だ」


 …………。


 ……おお。


 やっぱり!


 森王様だ。


「お会いできて光栄です」


 私は、もう一度頭を下げた。


 ……うん。


 今度こそ、普通の謁見だね!


     ◇


「……そして、こちらは娘のライラだ」


 森王様が、隣の女性へ目を向けた。


「ライラ・エルフィンです。初めまして」


 金色の髪の女性が、柔らかく微笑んだ。


 ……おお。


 王女様なんだね。


「初めまして、ライラ様」


 私は、丁寧に頭を下げた。


「……リアリス様、とお呼びしても?」


「はい。もちろんです」


 ライラ様が、少し嬉しそうに頷いた。


 ……あれ。


 何だか、頬が少し赤くなっているような。


 ……部屋が暑いのかな。


 ……うん。


 話しやすそうな人だね。


 森王様が、私たちへ席を勧めてくれた。


「遠くからご苦労だったな。まずは掛けてくれ」


「ありがとうございます」


 私は、椅子へ座った。


 桜花も、私の隣へ腰を下ろす。


 ……ああ。


 初対面で、いきなり決闘とか言われなくてよかったぁ。


 ……いや。


 普通は、言われないんだけどね!


 皇帝さんが、ちょっと特殊だっただけだ。


     ◇


「……さて」


 森王様が、静かに口を開いた。


「シルク王国のカバディ王から、書状が届いていると聞いた」


「はい。こちらです」


 私は、《収納》から書状を取り出した。


 …………。


 森王様の目が、少しだけ動いた。


 ……あっ。


 何もないところから書状が出たら、驚くよね。


「……今のは、魔法か?」


「はい。《収納》という、物をしまっておける魔法です」


「……ほう」


 森王様が、少し興味深そうな顔になった。


 ……うん。


 魔法そのものは、エルフ国でも珍しくないんだろうけど。


 《収納》みたいな便利な魔法は、やっぱり目を引くのかな。


「失礼しました。こちらをお願いいたします」


 私は、書状を差し出した。


 森王様が受け取り、封を確かめてから読み始める。


 ……うん。


 緊張するなぁ。


 何だか、学校の先生に提出物を見てもらってる気分だ。


 ……いや。


 王様相手に、そんなこと考えちゃ駄目か。


     ◇


 森王様は、しばらく書状へ目を通していた。


 私は、静かに待った。


 ライラ様も、父親の様子を見つめている。


 …………。


 ……ああ。


 部屋が静かだね。


 窓の外からは、鳥の声が聞こえてくる。


 なんだか、落ち着くなぁ。


 やがて、森王様が書状を閉じた。


「……なるほど。カバディ王からの紹介か」


「はい」


「そなたのことは、少し聞いている」


 …………。


 ……おっ。


 そうなんだ。


「人間諸国を巡り、各国の王たちと親交を結んでいるそうだな」


「……はい。おかげさまで」


「それに、先日の人と魔族の和平にも、大きく関わったと聞く」


 …………。


 ……ああ。


 その話も伝わってるんだね。


「……まあ、いろいろありまして」


 私は、少しだけ笑った。


「でも、私としては、皆さんが普通に暮らせるなら、それが一番だと思っています」


 森王様が、静かに私を見た。


「……普通に、か」


「はい」


 ……うん。


 そりゃ、世界の大事件を解決したあとで「普通に暮らしたい」って言われても、変に聞こえるかもしれない。


 でも、本当なんだよね。


「……私は、家族とゆっくり過ごす時間が好きなんです」


 私は、正直に答えた。


「だから、どこかの国と争ったり、偉くなったりするつもりはありません」


 ……うん。


 それだけは、はっきり伝えておきたい。


     ◇


「……なるほど」


 森王様が、小さく頷いた。


「力ある者が、必ずしも地位を望むとは限らぬ、ということか」


「……そうですね」


 ……おお。


 理解してもらえたかな。


 森王様は、少し考えてから続けた。


「我が国は、長く森とともに暮らしてきた。ほかの国と同じように、交易も行うし、外から来た者を受け入れることもある」


 ……うん。


 門のところにも、いろんな人がいたもんね。


「だが、我らには我らの暮らし方がある。それを尊重してもらえるなら、歓迎しよう」


「もちろんです」


 私は、しっかり頷いた。


「勝手に土地を変えたり、誰かの暮らしを邪魔したりするつもりはありません」


 ……うん。


 シルク王国でも、ほかの国でも、同じことだ。


 私が自由に暮らしたいように。


 そこに住んでいる人たちにも、自由があるんだ。


 桜花も、静かに頷いてくれている。


「……よい心掛けだ」


 森王様が、少しだけ微笑んだ。


 ……ほっ。


 よかった。


 今のところ、順調だね。


     ◇


「……ところで、リアリス殿」


「はい?」


「そなたは、エルフ国を訪れるのは初めてか?」


 …………。


 ……あっ。


 ここは、ちゃんと説明しておこう。


「正式に町へ入るのは、今回が初めてです」


 森王様が、少し首を傾げた。


「……正式に?」


「はい。実は、この前リルフィアの近くの森に、少しだけ立ち寄ったことがありまして」


「……リルフィアの森か」


「でも、町には入っていません。探し物を回収して、すぐ帰ったんです」


 …………。


 ……うん。


 嘘は、言ってない。


 神様の落とし物だったことは、特に説明する必要もないだろう。


 ……いや。


 説明したら、絶対に話が長くなる。


 それに、神様の威厳がまた大変なことになるかもしれないし。


「……そうか。では、森都を見るのも初めてなのだな」


「はい。とても綺麗な町ですね」


 私が答えると、森王様が嬉しそうに頷いた。


「……そう言ってもらえるのは、ありがたい」


 ……うん。


 やっぱり、自分の国を褒められると嬉しいよね。


     ◇


 そのとき、ライラ様が少し身を乗り出した。


「……リアリス様は、花もお好きですか?」


 …………。


 ……おっ。


 突然だね。


「はい。大好きですよ」


 ライラ様の表情が、ぱっと明るくなった。


「まあ! それは嬉しいです」


「実は、九歳の娘が花を育てるのが好きでして」


 私は、思わず笑った。


「庭で一緒に水をあげたり、新しい花が咲いたのを見つけたりしているんです」


 …………。


 ……うん。


 カトレアのことを話すと、つい嬉しくなるね。


 ライラ様が、少し目を丸くした。


「……娘さんが?」


「はい。カトレアといいます」


「……そうなのですね」


 ライラ様は、少し考えてから微笑んだ。


「私も、花や植物は大好きです。森都には、綺麗な庭もたくさんありますよ」


「おお! それなら、いつか娘も連れてきたいですね」


「ぜひ。よろしければ、私もご案内します」


 …………。


 ……おっ。


 王女様が案内してくれるの?


「……ありがとうございます。カトレアも喜ぶと思います」


 ライラ様が、嬉しそうに笑った。


 ……ああ。


 いい人だなぁ。


 王族だからって、偉そうにしたりしない。


 こうして普通に話してくれる。


 ……うん。


 エルフ国、いいところかもしれないね。


     ◇


 森王様が、少しだけ咳払いした。


「……ライラ。客人に、まずは正式な話を」


「……あっ。はい、お父様」


 …………。


 ……おお。


 親子なんだねぇ。


 当たり前なんだけど、何だか微笑ましい。


 ライラ様は、少しだけ恥ずかしそうに姿勢を正した。


 ……うん。


 こういうところを見ると、王族も普通の家族なんだなぁって思う。


 ……いや。


 実際は、私なんかよりずっと長く生きているはずなんだけど。


 エルフは長命だって聞いたことがあるし。


 ……うーん。


 年齢を想像して、勝手に驚くのは失礼だよね。


 私は、余計なことを考えるのをやめた。


「……失礼しました。続けましょう」


 森王様へ向かって頭を下げる。


 森王様も、小さく頷いた。


「うむ。では、本題に入ろう」


 ……よし。


 いよいよ、正式な取り決めの話だね。


     ◇


「……書状には、そなたが各国と結んだ取り決めについても書かれている」


 森王様が、ゆっくりと口を開いた。


「友好を保ち、互いに害さず、そなたの自由な暮らしを認める、という内容だな」


「はい」


 私は、頷いた。


「私は、どこかの国を敵にしたいわけではありませんから」


「……うむ」


 森王様が、静かに書状へ目を落とした。


「我が国も、同様の取り決めを結ぶ用意がある」


 …………。


 ……おお。


 早い!


「……よろしいのですか?」


「そなたは、我が国へ敵意を持って来たわけではないのだろう?」


「もちろんです!」


 私は、思わず大きく頷いた。


 ……うん。


 私が欲しいのは、争う理由じゃない。


 安心して暮らせる場所だ。


「ならば、こちらから拒む理由もない」


 ……ああ。


 ありがたいなぁ。


 森王様が、正式な内容を一つずつ確認してくれた。


 友好関係を保つこと。


 互いに不干渉であること。


 私と家族が、エルフ国の中で居住地を自由に選べること。


 そして、国内での暮らしについて、完全な自由を保証すること。


 …………。


 ……おお。


 これまでの国と、同じ条件だね。


 私は、少し安心した。


     ◇


「……ただし」


 私は、少しだけ考えてから口を開いた。


「私が自由に暮らせるとしても、皆さんに迷惑をかけるようなことはしたくありません」


 森王様が、私を見た。


「……ほう」


「例えば、屋敷を建てるときも、土地の持ち主や町の人に、ちゃんと話を通したいんです」


 ……うん。


 いきなり森の木を切り倒して、大きな家を建てるなんてことはしたくない。


 それに、エルフの人たちにとって、森が大切なのは見ていれば分かる。


「お店を出す場合も、国の決まりにはきちんと従います」


 森王様が、しばらく私を見つめた。


 …………。


 ……あれ。


 変なこと、言っちゃったかな。


 でも、本心だからね。


「……リアリス殿」


「……はい」


「そなたがそのように考えているのなら、なおさら安心だ」


 …………。


 ……おお。


 よかった。


「我が国にも、客人を迎えるための決まりはある。だが、相手を縛りつけるためのものではない」


 森王様が、穏やかに微笑んだ。


「互いに話し合えばよい」


 ……ああ。


 この人、話が分かるなぁ。


 私は、改めて頭を下げた。


「ありがとうございます」


     ◇


 こうして。


 エルフ国でも、友好・不干渉・居住地の自由、そして完全な自由の保証について、正式な取り決めが交わされた。


 ……うん。


 よかったぁ。


 私が望んでいたのは、これなんだよね。


 世界を支配するとか。


 王様になるとか。


 そんなことには、興味がない。


 自分の家族と、安心して暮らせる場所が増える。


 それだけで、十分嬉しい。


「……リアリス殿」


 森王様が、静かに口を開いた。


「これから、我が国で何か困ったことがあれば、遠慮なく相談してほしい」


「ありがとうございます!」


 私は、笑顔で答えた。


 ……うん。


 順調。


 とても、順調だ。


 これで、エルフ国の正式訪問も無事に終わりそう。


 ……ああ。


 久しぶりに、何事もなく終わる謁見かもしれない!


 そう思った。


 ……本当に。


 そう思ったんだ。


     ◇


 すると。


 こん、こん。


 扉を叩く音が聞こえた。


 …………。


 ……ん?


 森王様が、そちらへ目を向けた。


「……何だ?」


「……陛下。お取り込み中、失礼いたします」


 扉の向こうから、兵士さんの声が聞こえる。


 ……あれ。


 何だか、少し慌ててる?


「入れ」


 森王様が、短く答えた。


 扉が開き、一人の兵士が入ってくる。


 ……おお。


 顔色が、あまりよくない。


 肩で息をしている。


 どうやら、急いでここまで来たみたいだ。


「……どうした。何かあったのか?」


 森王様が、静かに尋ねた。


 兵士さんは、姿勢を正した。


 そして。


「……陛下。国宝の件で、緊急のご報告がございます!」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 国宝?


 私は、思わず顔を上げた。


 ……ああ。


 もしかして。


 ……また、何か始まる?


     ◇


「……国宝だと?」


 森王様の表情が、少しだけ厳しくなった。


「はい。宝物殿の管理担当から、至急ご確認いただきたいと……」


「……何があった?」


 兵士さんは、一度息を呑んだ。


 ……うん。


 なんだか、言いにくそうだね。


 私は、そっと桜花を見た。


 桜花も、真剣な表情になっている。


 ……ああ。


 嫌な予感。


 神様の落とし物は終わった。


 今回は、普通の外交訪問。


 ……だったはずなんだけど。


 兵士さんが、ようやく口を開いた。


「……国宝《グリーンクリスタル》が、宝物殿から消えております!」


 …………。


 …………。


 …………。


 ……えっ。


「……消えた?」


 森王様が、ゆっくり立ち上がった。


「……まさか」


 ライラ様も、驚いた顔で父親を見た。


「お父様……!」


 ……おお。


 国宝って、そんなに大切なものなんだね。


 ……いや。


 国宝なんだから、当たり前か。


 私は、慌てて考えを切り替えた。


 ……うん。


 これは、かなり大変なことかもしれない。


     ◇


「……最後に確認したのは、いつだ?」


 森王様が、兵士へ尋ねた。


「……本日の管理確認で、収められているはずの場所が空になっていたと……」


 …………。


 ……ああ。


 まだ、詳細は分かってないんだね。


「宝物殿の扉は?」


「……施錠に異常は、見つかっておりません」


 ……おっ。


 鍵は、壊れてないのか。


 じゃあ、どうやって?


 ……いや。


 私が勝手に考えるのは、まだ早いね。


 森王様が、兵士へ視線を向けた。


「……宝物殿の管理者を集めろ。誰も勝手に出入りさせるな」


「はっ!」


 兵士さんが、すぐに頭を下げた。


 ……うん。


 対応が早い。


 さすが王様だね。


 でも。


 ……ああ。


 せっかく、取り決めが無事に終わったのに。


 何だか、大変な場面に居合わせちゃったなぁ。


「……リアリス殿」


 森王様が、私へ向き直った。


「……申し訳ない。少し、事情が変わった」


「いえ。お気になさらないでください」


 私は、すぐに答えた。


 ……うん。


 この人たちにとって、国宝は大切なものなんだから。


 私との話より、優先すべきことだよ。


     ◇


 私は、少し考えた。


 ……国宝。


 グリーンクリスタル。


 …………。


 ……うーん。


 名前からすると、緑色の水晶かな。


 エルフの国。


 森に囲まれた首都。


 長い耳の王様。


 そして、国宝紛失事件。


 …………。


 ……あっ。


 こういうの、異世界ものではよくあるよね!


 森の国で起きる大事件。


 国の命運を握る、大切な宝物。


 ……もしかして。


 ……世界樹?


 私は、思わず王様を見た。


「……あの、森王様」


「……何だ?」


「その国宝って、世界樹に関係するものだったりします?」


 …………。


 少しの沈黙。


「……世界樹?」


 森王様が、首を傾げた。


「……それは、何のことだ?」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 知らない。


「……えっと。世界を支えてる大きな木とか、そういうものが……」


「……我が国の森には、大きな木は多いが」


 …………。


 ……うん。


 そうだよね。


「……世界を支える木、という話は、聞いたことがないな」


 …………。


 …………。


 ……あああ。


 やっぱり、違うんだ!


「……すみません。私の勘違いです!」


 私は、慌てて頭を下げた。


 ……いやぁ。


 そうだよね。


 エルフの国だからって、必ず世界樹があるとは限らない。


 ……でも!


 私としては、ちょっと期待しちゃうじゃないか!


     ◇


「……では、その国宝は、どういうものなのですか?」


 私は、気を取り直して尋ねた。


 森王様は、少しだけ表情を引き締めた。


「……《グリーンクリスタル》は、我が国が長く守り続けてきた宝だ」


「……はい」


「緑色の結晶でな。エルフの成長に関わる、特別な力を宿している」


 …………。


 ……おっ。


 成長に関わる力。


 何だか、すごそうだね。


「……それって、危険なものなんですか?」


「使い方を誤れば、危険になり得る」


 …………。


 ……あっ。


 そうなんだ。


 森王様は、ゆっくり続けた。


「詳しいことは、宝物殿で説明しよう。ただの装飾品ではないのだ」


 …………。


 ……うん。


 そりゃ、そうだよね。


 大切に守ってきた国宝が、ただの綺麗な石だったら、ここまで慌てたりしない。


 ……いや。


 綺麗な石でも、国宝なら大変だけど!


 私は、小さく息を吸った。


 ……ああ。


 何だか、また面倒な話に巻き込まれそうな予感がしてきた。


 ……でも。


 この人たちは、悪くない。


 困っているなら、話くらいは聞いてあげたい。


     ◇


 森王様が、静かに私を見つめた。


「……リアリス殿」


「はい?」


「先ほど、そなたは家族と穏やかに暮らしたいと言っていたな」


「……はい」


「私も、同じだ」


 …………。


 ……おお。


 王様の言葉とは、思えないくらい普通の一言だった。


「娘にも、国の民にも、安心して暮らしてほしい」


 森王様が、隣に立つライラ様へ目を向けた。


 ライラ様は、静かに頷いた。


「……はい、お父様」


 ……うん。


 そうだよね。


 国を治めてるからって、みんなの安全を心配しないわけじゃない。


 この人だって、誰かの家族なんだ。


「国宝が失われたままでは、民も不安になるだろう」


 …………。


 ……ああ。


 その気持ち、分かるなぁ。


 私は、カトレアの顔を思い浮かべた。


 いつもの笑顔。


 庭の花。


 巴さんのおいしいご飯。


 桜花の優しい声。


 ……うん。


 私が守りたいものと、そんなに変わらない。


     ◇


「……私にできることがあれば、お手伝いしますよ」


 私は、自然にそう言っていた。


 森王様が、少し驚いた顔をした。


「……よいのか?」


「はい」


 私は、笑った。


「困っているときは、お互いさまですから」


 …………。


 ……うん。


 別に、国宝を取り戻して英雄になりたいわけじゃない。


 ただ、こうして知り合った人が困っている。


 それなら、少しは手伝いたい。


 桜花も、静かに頷いた。


「リアリス様。私も、できる限りお力添えいたします」


「……ありがとう、桜花」


 ……ああ。


 頼もしいなぁ。


 森王様は、しばらく黙っていた。


 そして、深く頭を下げた。


「……感謝する。リアリス殿」


 …………。


 ……おお。


 王様に頭を下げられると、何だか落ち着かないね。


「いえいえ! まずは状況を見てみましょう」


 私は、慌てて手を振った。


 ……うん。


 調べてもいないうちから、何でもできるなんて言っちゃ駄目だ。


 ちゃんと、状況を確認しよう。


     ◇


「……では、宝物殿へ案内しよう」


 森王様が、歩き出した。


 ライラ様も、その隣へ並ぶ。


 私と桜花は、少し後ろについていった。


 ……うん。


 思ったより、早く大変なことになっちゃったね。


 王城の廊下は、静かだった。


 さっきまで鳥の声が聞こえていたのに。


 今は、何だか少し緊張した空気が漂っている。


 兵士さんたちも、真剣な表情だ。


 ……うん。


 国宝が消えたんだから、当然だよね。


 しばらく歩くと、厚い扉の前へ着いた。


 扉の脇には、複数の兵士さんが立っている。


 ……おお。


 警備が、しっかりしてるね。


 森王様が、兵士たちへ頷いた。


「開けてくれ」


「……はっ!」


 重い扉が、ゆっくり開いた。


 その先には、静かな部屋があった。


     ◇


 宝物殿。


 ……おお。


 ここが、国宝を保管している場所なんだね。


 壁には、いくつかの飾り。


 棚には、丁寧に並べられた品物。


 古い道具や、装飾品のようなものも見える。


 ……うん。


 どれも、大切に管理されているみたいだ。


 ただし。


 部屋の中央。


 一段高い台座の上に、何かが置かれていたような跡があった。


 ……あっ。


 そこだ。


 私は、思わず足を止めた。


「……あの、森王様」


「……うむ」


「もしかして、あそこに?」


 森王様が、静かに頷いた。


「……そうだ」


 …………。


 ……ああ。


 台座の上は、空っぽだった。


 何かを置いていた跡だけが、残っている。


 ……うん。


 これは、確かに紛失してるね。


 ……いや。


 紛失というより。


 盗まれたのかな。


     ◇


 宝物殿の管理担当らしい方が、私たちへ頭を下げた。


「……陛下。大変申し訳ございません」


 森王様が、静かに首を振った。


「責任を問うのは、状況を確認してからだ」


 ……おお。


 冷静だね。


 すぐ誰かを叱るわけじゃない。


 ……ああ。


 この人、いい王様なんだろうなぁ。


 管理担当の方は、少しだけ安心した様子だった。


「……では、まず分かっていることを話してくれ」


「はい」


 ……うん。


 私も、聞いておこう。


 国宝が消えた。


 でも、なぜ消えたのかは、まだ分からない。


 そういうときこそ、最初の情報が大切だよね。


 私は、桜花と顔を見合わせた。


 桜花も、小さく頷いた。


     ◇


「……本日、定期の確認を行ったところ、国宝がなくなっていることに気づきました」


 管理担当の方が、静かに説明した。


「……前回の確認では、確かに台座にございました」


 ……うん。


 つまり、その間に何か起きたんだね。


「扉の鍵は?」


「……破損はございません」


「部屋の中に、ほかの異常は?」


「……現在のところ、目立つものは見つかっておりません」


 …………。


 ……ああ。


 これは、厄介だね。


 誰かが壊して入ったわけじゃない。


 でも、国宝は消えている。


「……出入りした人の記録はありますか?」


 私が尋ねると、担当の方が頷いた。


「はい。確認を進めております」


 ……うん。


 そこは、ちゃんと調べてるんだね。


 私は、台座の近くへ一歩進んだ。


 ……あっ。


 でも、勝手に触ったら駄目だよね。


 ここは、外国の王城。


 大切な宝物殿なんだから。


「……森王様。少し、近くで見てもいいですか?」


「……構わぬ」


 ……よし。


 許可が出た。


 私は、そっと台座を眺めた。


     ◇


 台座には、丸いものを置いていたような跡があった。


 ……おお。


 緑色の結晶って聞いたけど。


 どのくらいの大きさだったんだろう。


「……《グリーンクリスタル》は、どんな形なんですか?」


 森王様が、少し考えた。


「……両手に収まるほどの、緑色の結晶だ」


「……なるほど」


 ……うん。


 持ち運べるくらいの大きさなんだね。


 それなら、誰かが持ち去ることもできそう。


 ……いや。


 だからって、誰でも簡単に盗める場所には見えないけど。


 私は、もう一度周囲を見た。


 壊された棚はない。


 扉の近くにも、目立つ傷はない。


 ……うーん。


 変だね。


 でも、今ここで勝手に魔法を使って調べるのは、やめておこう。


 何が使われていたかも、まだ分からない。


 それに、正式な依頼として受けるなら、確認しておくべきことがある。


 私は、森王様へ向き直った。


     ◇


「……森王様」


「……何だ?」


「もしよろしければ、私たちで捜索をお手伝いしましょうか」


 森王様が、少しだけ目を見開いた。


「……本当に、引き受けてくれるのか?」


「はい。ただ、国宝に関する情報や、調べてもいい範囲を教えていただけると助かります」


 ……うん。


 全部勝手にやるのは、よくないからね。


「城の中も町の中も、迷惑をかけないように調べたいんです」


 森王様が、ゆっくり頷いた。


「……よかろう。必要な協力は、こちらも惜しまぬ」


「ありがとうございます!」


 ……おお。


 これなら、調べやすそうだね。


 ライラ様が、少し安心したように息を吐いた。


「……リアリス様。ありがとうございます」


「いえいえ。まだ、見つけたわけじゃないですよ」


 私は、少しだけ笑った。


 ……うん。


 期待されすぎると、緊張しちゃう。


 でも。


 国宝がどこかにあるなら、きっと手がかりはあるはず。


 ……まずは、詳しい話を聞こう。


     ◇


 森王様が、宝物殿の台座へ目を向けた。


「……我が国の民にとって、あれは長く守ってきた宝だ」


 …………。


 ……うん。


 言葉に、重みがあるね。


「奪われたままには、できぬ」


 私は、静かに頷いた。


 ……そうだよね。


 自分の家族の大切なものがなくなったら、私だって必死で探すと思う。


 国宝なら、なおさらだ。


 桜花が、私の隣へ一歩進んだ。


「リアリス様。私も、手がかりを探すお手伝いをいたします」


「ありがとう、桜花」


 ……ああ。


 本当に、この子がいてくれてよかった。


 私は、もう一度空っぽの台座を見た。


 緑色の結晶。


 成長に関わる力を持つ国宝。


 鍵の壊れていない宝物殿。


 ……うん。


 どう考えても、普通の落とし物じゃないね。


 ……いや。


 この前まで、本当に落とし物ばかり拾ってたから、つい比べちゃった。


     ◇


「……それにしても」


 私は、小さく呟いた。


 エルフの国。


 森の中の首都。


 王様と王女様。


 そして、突然の国宝紛失事件。


 …………。


 ……いやぁ。


 異世界もののお約束が、また一つ来ちゃったね。


 私が想像してたのは、もっとこう。


 巨大な世界樹が枯れそうになって。


 エルフの王様が困って。


 私が魔法で助けて。


 ……そんな話だったんだけど。


 実際には、世界樹の話すら知られてない。


 代わりに、国宝が盗まれた。


 …………。


 ……ああ。


 なんだろう。


 ちょっと惜しい!


「……リアリス様?」


 桜花が、不思議そうに首を傾げた。


 私は、思わず心の中で叫んだ。


 ――世界樹を救うとかいうイベントじゃないのかよ!


 …………。


 ……いや。


 それは、それで大変か。


 私は、小さく息を吐いた。


 ……うん。


 とにかく、今は国宝だ。


     ◇


「……森王様」


 私は、改めて頭を下げた。


「まずは、分かっていることを全部教えてください」


 森王様が、静かに頷く。


「……うむ。頼むぞ、リアリス殿」


「はい!」


 ……よし。


 やるなら、ちゃんとやろう。


 私だって、今回こそ、普通に外交訪問を終えたかった。


 でも。


 困っている人がいるなら、放っておくのは違うと思う。


 ライラ様も、少しだけ微笑んでいた。


「……リアリス様。どうか、よろしくお願いいたします」


「はい。できることから始めますね」


 ……うん。


 まずは、情報を整理して。


 宝物殿のことを聞いて。


 それから、町の様子も確かめたい。


 ……ああ。


 忙しくなりそうだね。


 私は、空っぽの台座をもう一度見つめた。


 ……よし。


 国宝《グリーンクリスタル》。


 必ず、探し出してみせよう。


 ……ただし。


 神様の落とし物みたいに、また四回も拾いに行くような話にはならないでほしいなぁ。


 ――エルフ国との正式な友好が始まったその日、リアリスは、思いがけず国宝紛失事件へ巻き込まれることになった。

毎日お読みいただき本当にありがとうございます!


もし「面白い!」「完結まで駆け抜けてほしい!」と思っていただけたら、

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