第5話:国王が気絶しました
王城に報告を頼む、とシルベスターさんが言ってから、まだそれほど時間は経っていなかった。
なのに、戻ってきた兵士はずいぶん急いでいる。
「ギルドマスター! 国王陛下がお二人をお呼びです!」
「……やはりそうなるか」
シルベスターさんが深々とため息をついた。
お二人、ということは、私も入っているんだろうな。
……まだ何も食べていないんだけど。
「あの、シルベスターさん。先に軽く食事を――」
「後にしろ」
「……はい」
即答だった。
仕方がない。私の初めての報酬で買う夕飯は、もう少し先になりそうだ。
兵士の案内で城門をくぐり、王都の中心へ向かう。
道を進むにつれて建物が大きくなり、やがて立派な門と高い壁に囲まれた王城が見えてきた。
「おお……」
さっきまでいた街とは、建物の雰囲気がまるで違う。
磨かれた石の床。広い通路。壁には見慣れない絵や装飾が並んでいる。
王城だ。文字どおり、王様が暮らしているお城。
異世界に転生した初日に、まさか城の中を歩くことになるとは思わなかった。
しかも私は、今日登録したばかりのFランク冒険者である。
場違いにもほどがある。
「シルベスターさん、私みたいなのが来ても大丈夫なんですかね」
「今さら心配することじゃないだろう」
「それもそうですね」
ドラゴンの遺体を持ち込んだ時点で、もはや普通ではないのかもしれない。
「いいか、リアリス。これから会うのはカバディ・シルク十四世陛下だ。余計なことは言うなよ」
「分かりました」
「……本当に分かってるんだろうな」
「もちろんですよ」
なぜか信用されていない気がする。
私は今まで、そんなに変なことをしただろうか。
測定器を三台壊したことと、ドラゴンを倒したことくらいしか思い当たらない。
……十分だった。
しばらく歩いて、大きな扉の前で足が止まった。
「陛下がお待ちです。ほかの者は退出するよう命じられております」
案内役の兵士がそう告げ、扉を開ける。
その先には、広い謁見の間があった。
高い天井と長い絨毯。その奥に、立派な椅子が置かれている。
椅子には王冠をかぶった男性が座り、その脇には落ち着いた服装の男性が一人立っていた。
……この二人だけ?
兵士も使用人もいない。どうやら、本当に人払いをしているらしい。
シルベスターさんが前へ進み、片膝をついた。
「陛下。冒険者ギルドのシルベスター、参りました」
私はその隣で立ち止まった。
……ええと。
こういう場面って、どうするんだろう。
映画だと片膝をついたりするけど、正しいやり方なんて知らない。
とりあえず、失礼のないように頭を下げておこう。
「初めまして。リアリスです」
顔を上げると、シルベスターさんがこちらを見ていた。
ものすごい目つきで。
……あっ、もしかして私も膝をつくべきだった?
今からでも遅くないかな。
「よい。顔を上げよ」
奥の椅子から声がした。
王様は私をじっと見ている。年齢は四十代くらいだろうか。威厳はあるけれど、想像していたほど怖そうな人ではない。
「そなたが、リアリスか」
「はい」
「余はカバディ・シルク十四世。この国の王だ」
「よろしくお願いします、王様」
シルベスターさんの肩がぴくりと動いた。
……あれ。『王様』じゃ駄目なのかな。
王様は私から視線を外し、隣の男性へ目を向けた。
「ミキサー。話を進めよ」
「かしこまりました」
ミキサーと呼ばれた男性が、一歩前に出る。
「私は宰相のミキサーです。まずは確認させていただきたい。王都の外に現れた巨大な魔獣は、間違いなく討伐済みなのですね?」
「はい。私が倒しました」
素直に答えたつもりだった。
だが、ミキサーさんの表情がわずかに険しくなる。
「……あなたが?」
「はい」
「ギルドマスター。こちらの青年は、どの程度の実力の持ち主なのですか」
「本日登録したばかりの冒険者です。ランクはFですが、魔力量測定器を三台破損させておりまして……」
「三台!?」
ミキサーさんが声を裏返した。
ああ、その話もするんだ。
できれば忘れてほしかったな。
「一応、わざとじゃないですからね」
私が付け加えると、シルベスターさんがちらりとこちらを見る。
……黙ってろって顔だ。
「しかし、Fランクの冒険者があの巨体を討伐したというのは、あまりに信じがたい話です」
「それは、そうですよねぇ」
「……他人事のように言わないでいただきたい」
ミキサーさんが眉間を押さえた。
今日はみんな、よく額を押さえるなぁ。
王様は椅子の肘掛けを指でたたいていたが、やがて低い声を出した。
「シルベスター。そなたは、その青年の言葉を信じておるのか」
「私自身、討伐の瞬間を見たわけではありません。しかし、彼が遺体を取り出したのは確かです」
「取り出した?」
「はい。何らかの収納魔法を使用しているようです」
「ふむ……」
王様の視線が私へ戻る。
「リアリス。あの魔獣はヴィクサスだと聞いた。何をもって討伐したと申す?」
「ええと、山で話していたら炎を吐かれまして。街を襲わないようお願いしたんですけど、どうしても聞いてくれなかったので……魔法で倒しました」
「その魔法とは?」
ここで《即死》のことを説明していいんだろうか。
いや、嘘をついて余計に面倒になるのも嫌だ。
「相手を一瞬で倒す魔法です」
「……それほどの魔法を、そなたが使えると?」
「はい。でも、普通の魔法とはちょっと違うかもしれません」
王様はミキサーさんと顔を見合わせた。
どうも、信用されていないらしい。
まあ、当然か。
私が逆の立場だったら、今日冒険者になった人にそんなことを言われても信じないと思う。
「言葉だけでは、判断できぬな」
王様がそう言った。
うん、そうなるよね。
私としても、何か証拠を見せた方が早そうだ。
「じゃあ、少しだけ魔法を使ってみましょうか?」
「何をするつもりです」
ミキサーさんが警戒したように身構えた。
「危ないことはしません。動けなくするだけです」
「……動けなく?」
「はい。もちろん、痛いこともしませんよ」
言いながら考える。
相手を傷つけず、完全に動けなくする魔法。
術を使った私が解除するまで、そのままの状態を保つ。時間切れもなし。他の人には解除できない。
そうだな。名前は《完全拘束》にしよう。
『《想像魔法》にて《完全拘束》が完成しました。』
いつもの女性の声が頭に響いた。
「できた。では、ミキサーさん。ちょっと失礼しますね」
「は? 何を――」
「《完全拘束》」
ミキサーさんが、ぴたりと止まった。
口を開きかけたまま、指一本動かさない。
……おお。
思っていた以上にぴたりと止まるんだ。
「ミ、ミキサー!?」
王様が椅子から腰を浮かせた。
シルベスターさんまで立ち上がりかけている。
「リアリス! お前、宰相に何をした!」
「えっ、説明したとおりですよ。動けなくしただけです」
「それを王の御前でやるやつがあるか!」
「……あっ」
言われてみれば、確かに。
もっと穏便な方法もあったかもしれない。
でも、この場には私たち四人しかいないし、王様を対象にするわけにもいかない。
それで、つい。
「安心してください。傷つけてはいませんから」
私はミキサーさんの近くへ行き、そっと様子を確かめた。
呼吸はしている。怪我もなさそうだ。
ただ、完全に身体が動かない。
本人は何か言いたそうだけど、口も動かせないので声が出ないらしい。
……これはちょっと怖い魔法だな。
「解除しますね」
私は《完全拘束》を解いた。
「っはぁ!」
ミキサーさんが大きく息を吐き、その場で膝をつきかける。
「だ、大丈夫ですか?」
「……何なのですか、今のは!」
「《完全拘束》という魔法です」
「そういうことを聞いているのではありません!」
怒られてしまった。
シルベスターさんは片手で顔を覆っている。
王様だけは、先ほどとは違う目で私を見つめていた。
「……ミキサー。どのような術であった?」
「まったく動けませんでした。抵抗しようにも、指一本すら……。しかし痛みはありません」
「ふむ……」
王様はしばらく考え、静かにうなずいた。
「少なくとも、普通の冒険者ではないようだな」
「一応、Fランクですけど」
「……そういう意味ではない」
……はい。
やっぱり、そうですよね。
王様は椅子の背にもたれ、しばらく天井を見上げていた。
ミキサーさんはまだ私を警戒しているし、シルベスターさんは何とも言えない顔をしている。
……空気が重い。
やっぱり、いきなり宰相さんを動けなくしたのは失敗だったかな。
「あの、魔獣のことを確認するなら、実物を見てもらった方が早いと思うんですけど」
私が言うと、王様が顔を向けた。
「その魔獣は、まだそなたが持っているのか?」
「はい。《収納》に入れています」
「……先ほどの、収納魔法とやらか」
「そうです。ここで出します?」
「やめろ!」
今度はシルベスターさんが即答した。
……ですよね。
「王城なら、広い場所もありそうですし」
王様はミキサーさんと目を合わせた。
「……中庭ならば、どうだ」
「陛下。安全を確かめてからにすべきかと」
「すでに討伐されていると申す。そなたはどう考える、シルベスター」
「……遺体であることは、私が確認しております。ただし、かなり巨大です。人払いをしていただければ」
「よかろう。中庭を使う。ほかの者を近づけぬよう手配せよ」
ミキサーさんが扉の外にいた兵士へ指示を出し、中庭にいる者たちを退出させた。
準備が整ったところで、王様、ミキサーさん、シルベスターさん、そして私の四人で移動する。
たどり着いた中庭は、思わず声が出るほど広かった。
「おお……!」
四方に建物があり、中央には見事な芝生。石畳も整えられている。
五十メートル四方くらいはありそうだ。
こんなところでお茶でも飲めたら、気持ちいいだろうなぁ。
……まあ、今から出すのはお茶じゃなくて、ドラゴンなんだけど。
「リアリス。どの程度の大きさなのだ?」
「二十メートルくらいですね」
「……二十メートル?」
王様は私の顔を見たあと、中庭を見渡した。
「……この広さなら収まるか」
「はい。出しますよ?」
私は全員が離れていることを確かめ、芝生の空いた場所を指した。
《収納》の一覧からヴィクサスの遺体を選ぶ。
「それでは」
巨体が現れた。
ずしん、と腹に響く音がして、芝生が沈む。
赤い背中、黒い腹。巨大な翼と角が、日の光を受けて浮かび上がった。
……うん。
やっぱり大きい。
王都の外で見せたときより、中庭に置いた方が何だか迫力がある。
私は王様の方を向いた。
「これです。ヴィクサスさんという名前のドラゴンで――」
「…………」
王様の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……まさか」
その視線は、ドラゴンの赤い背と黒い腹に釘付けだった。
「王家の記録に残る……あの、姿……」
どうやら、何か思い当たるらしい。
王様はゆっくりと一歩下がった。
「ヴィ……ヴィクサス……」
「はい。そう名乗ってました」
私が答えた、その瞬間。
「…………」
王様の目が、くるりと上を向いた。
「えっ?」
身体がぐらりと傾く。
「へ、陛下!?」
ミキサーさんが叫んだ。
王様はそのまま、ばたりと倒れてしまった。
「……えええっ!?」
嘘でしょ!?
私、ただドラゴンを見せただけなんだけど!
「陛下! しっかりしてください!」
ミキサーさんが王様のそばに駆け寄った。
シルベスターさんも慌てて膝をつき、二人で王様の様子を確かめている。
「……気を失っているだけのようです」
シルベスターさんがそう言うと、ミキサーさんはほっとしたように息を吐いた。
「だ、誰か! 来てください!」
中庭の入口から兵士が駆け込んでくる。
王様はすぐに兵士たちに抱えられ、建物の中へ運ばれていった。
……大丈夫かなぁ。
「すみません。私、驚かせるつもりはなかったんですけど」
ミキサーさんは返事をせず、ドラゴンの遺体を見上げていた。
額には汗が浮かんでいる。
「……こんなものが、どうして……」
「やっぱり珍しいドラゴンなんですか?」
そう尋ねると、ミキサーさんは信じられないものを見る目を私に向けた。
……あれ。
また何か変なことを言った?
「……詳しい確認が必要です。王城の鑑定士に調べさせますので、その遺体は中庭に置いていってください」
「分かりました。邪魔になりませんか?」
「邪魔になるかどうかの問題ではありません!」
……はい。
すみません。
私はおとなしくうなずいた。
どうやら、しばらくこのドラゴンは預けておくことになるらしい。
ミキサーさんは兵士に中庭へ人を近づけないよう命じ、残る二人の対応を始めた。
その間、シルベスターさんはずっと黙っていた。
「……シルベスターさん?」
「リアリス。とにかくギルドへ戻るぞ」
「はい」
私は王城の中庭にヴィクサスの遺体を残し、シルベスターさんと一緒に城を出た。
広い通路を歩きながら、ちらりと隣を見る。
何だか、朝よりも疲れた顔をしている。
……私のせいだよね、これ。
「シルベスターさん、今日は本当にすみません」
「……謝るなら、あとで全部説明してもらうからな」
「は、はい」
やっぱり、まだ終わらないらしい。
私は小さくため息をついた。
ドラゴンを倒して、王様に会って、その王様が気絶して。
……異世界に来て、まだ一日目なんだけどなぁ。
せめて夕飯くらい、静かに食べさせてもらえないだろうか。




