第4話:大きなトカゲを持ってきました
さて、どうしたものか。
目の前に横たわっているのは、体長二十メートルほどのドラゴン。
赤い背中に黒い腹。立派な角も翼もある。
ついさっきまで私を焼こうとしていたヴィクサスさんは、もう動かない。
「……本当に倒しちゃったんだなぁ」
できれば話し合いで済ませたかった。けれど、街を焼くつもりだと言われ、こちらにも炎を吐かれたのだから、仕方がなかったと思いたい。
私は小さく息を吐いた。
さて、問題はこの後だ。
こんな大きなドラゴンを山に放置してもいいんだろうか。誰かが見つけたら驚くだろうし、ほかの魔獣が集まるかもしれない。
持って帰るにも、この巨体をどうやって運べばいいんだ?
「……あ。収納する魔法を作ればいいのか」
自分で言って、少し笑ってしまった。
《想像魔法》があるのに、何を真面目に運搬方法で悩んでいたんだろう。
別の空間に物をしまい、必要なときに取り出せる魔法。中身を一覧で確認できれば、何を入れたか忘れることもない。
「名前は《収納》にしよう」
『《想像魔法》にて《収納》が完成しました。』
「よし。ちゃんと使わないとね」
作るだけでは駄目だと、さっき学んだばかりだ。
私はドラゴンに手を向ける。
「このドラゴンを《収納》」
ふっ、と目の前から巨大な身体が消えた。
「おお……」
さっきまでドラゴンがいた場所には、倒れたときについた地面のへこみだけが残っている。
《収納》を意識すると、頭の中に入れた物の一覧が浮かんだ。
ちゃんとドラゴンの遺体が表示されている。選べば取り出せるらしい。
……便利だな、これ。
ん?
「そういえば、容量ってどうなってるんだ?」
今さら気づいたけれど、どのくらい入るかは指定していなかった。
確認してみても、上限らしいものは見当たらない。
「……もしかして無制限?」
容量のことをすっかり忘れていた。
まあ、使いやすいならいいか。
今のところ、ドラゴン以外にしまうものもないし。
……いや、あった。
「薬草! 私、薬草を採らないと!」
今日の初仕事は、ドラゴン討伐じゃない。
薬草採取だ。
依頼を終えないことには宿代も夕飯代も稼げない。
私は脳内マップを開き、森の入り口を選んだ。
「《転移》」
景色が一瞬で切り替わる。
乾いた岩場の代わりに、緑の木々が広がっていた。土と草の匂いがする。
「おお、ちゃんと着いた」
やっぱり便利だな、《転移》。
普通なら何時間もかかる距離を、ひとっ飛びだ。
……いや、飛んですらいないけど。
さて、肝心の薬草はどこだろう。
依頼書を広げ、描かれた草の絵を眺める。細長い葉に、根元の小さな白い模様。
似たような草なら山ほどありそうだ。
「ここでも《サーチ》が使えるかな」
対象を指定して探せるなら、薬草だって見つけられるはず。
「《サーチ》。この依頼書に載っている薬草を探して」
頭の中の地図に、青い光がいくつも灯った。
「……おおっ!」
森のあちこちに青い点が瞬いている。これなら探し回る必要もない。
近くの光へ向かうと、大きな木の根元にそれらしい草が生えていた。
しゃがんで確かめる。
細長い葉に、白い模様。
「これだ!」
葉を傷つけないよう慎重に採り、《収納》にしまう。
一覧には、ドラゴンとは別に薬草が表示された。
……ドラゴンと薬草が同じ一覧に並んでるって、どういう状況なんだろう。
まあ、便利だからいいか。
次の光へ向かう。木陰に一本、低い茂みのそばに数本。
場所は魔法が教えてくれるけれど、採取するのは自分の手だ。葉の形を確かめ、土を払い、丁寧に扱う。
こういう地道な仕事、案外好きかもしれない。
少なくとも、さっきのドラゴンとのやり取りよりずっと落ち着く。
やがて必要な量が集まったので、私は立ち上がって大きく伸びをした。
木漏れ日が気持ちいい。
「さて、そろそろ帰りますか」
早く報酬を受け取って、何か食べたい。
私は森を抜け、王都へ戻ることにした。
城門が見えてくると、さっき道を教えてくれた門兵が私に気づいた。
「おっ、帰ってきたか。薬草は採れたか?」
「はい、何とか」
「そいつはよかった。ドラゴンにも遭わなかったみたいだな!」
「ええと……」
遭いました。
しかも、倒してしまいました。
……なんて、ここで言ったら余計な騒ぎになりそうだ。
「ちょっと、ギルドへ報告することがありまして」
「そうか。初仕事、ご苦労さん!」
「ありがとうございます!」
私は軽く頭を下げて門を通った。
街はさっきと変わらず賑やかだった。店先で値段を交渉する人、荷車を引く人、走り回る子供たち。
……よかった。
当たり前に見えるこの景色を守れたなら、ヴィクサスさんと戦った意味もあったのかもしれない。
そんなことを考えながら、冒険者ギルドへ向かう。
途中、肉串を焼く屋台の前で足が止まった。
お腹が空いた。
ものすごく空いた。
でも、今はまだお金がない。
「……報酬、報酬」
自分に言い聞かせて通り過ぎた。
ギルドの扉を開けると、朝と変わらないざわめきが耳に入ってきた。
「こんにちは、リリーナさん!」
「あっ、リアリスさん。お帰りなさい。無事でよかったです」
受付の彼女は、ほっとしたように笑った。
「薬草は採れましたか?」
「はい。確認してもらってもいいですか?」
「もちろんです」
私は《収納》から薬草を取り出し、受付台にそっと並べた。
「……えっ?」
リリーナさんの手が止まる。
「今、薬草はどこから……?」
「あ、《収納》という魔法に入れていたんです。荷物にならなくて便利ですよ」
「収……納……?」
彼女の笑顔が少し固まった。
あれ。また何か変なことをしたかな。
「ええと、まず薬草を確認しますね」
リリーナさんは気を取り直して、一つずつ丁寧に調べ始めた。
「……綺麗ですね。葉も傷んでいませんし、採取の状態もいいです」
「本当ですか?」
「はい。依頼条件も満たしています。これなら問題ありませんよ」
「よかったぁ!」
ドラゴンを倒したときより、ずっと安心した気がする。
だって、初めて受けた仕事がきちんと終わったんだ。嬉しくないわけがない。
リリーナさんは依頼の完了処理を済ませ、報酬の硬貨を渡してくれた。
「お疲れさまでした。こちらが報酬です」
「ありがとうございます!」
私は掌の上の硬貨を眺めた。
ステラで初めて稼いだお金だ。
……よし。これでようやく夕飯が食べられる。
「それから、もう一つ聞きたいことがあるんですけど」
「はい、何でしょう?」
「魔獣を倒したときは、どうすればいいんですか?」
「討伐されたんですか? それでしたら買取窓口でご相談ください」
「ありがとうございます!」
私は教えられた窓口へ向かった。
そこには、リリーナさんとは別の女性職員が座っていた。
「いらっしゃいませ。買取のご相談ですか?」
「はい。魔獣を一匹倒したので、見てもらいたくて」
「承知しました。魔獣の種類は分かりますか?」
「ええと、ドラゴン……でしょうか」
女性の動きが止まった。
「……ドラゴン?」
「はい。でも、この世界の生き物には詳しくなくて。大きいトカゲかもしれません」
女性はしばらく私を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「大きさは、どのくらいでしょう?」
「二十メートルくらいです。赤い背中で、お腹は黒くて、翼もありました」
「……に、二十メートル?」
「あ、あと炎を吐いてましたね」
女性は無言で立ち上がった。
「少々、お待ちください」
そう言ってリリーナさんを呼びに行く。
……あれ?
何だか、嫌な予感がしてきた。
戻ってきた二人に説明すると、今度はリリーナさんの笑顔が完全に固まってしまった。
「リアリスさん……その魔獣は、今どちらに?」
「《収納》の中です。ここで出しましょうか?」
「い、いえっ!」
二人の声がぴったり重なった。
私は思わず肩をすくめた。
「……だめですか?」
「場所を移した方がいいと思います。ギルドマスターを呼んできますね!」
リリーナさんが奥へ駆けていった。
……またシルベスターさん?
今日、何回呼び出されるんだろう。
しばらくすると、見覚えのある大柄な男性が現れた。
「……リアリス」
「シルベスターさん。どうも」
「お前、今度は何をやった?」
第一声がそれだった。
……あの、私、まだ何も壊してませんよ?
「魔獣を倒したので、見てもらおうと思いまして」
「ドラゴンだと聞いたが」
「たぶんそうです。翼もあって、炎も吐いてましたし」
「……炎を吐いた?」
「はい。それに、普通にしゃべりましたよ」
シルベスターさんが額を押さえた。
あっ。何だか、朝と同じ顔をしている。
「とにかく、現物を確認する。ここには絶対に出すな」
「分かりました。かなり大きいですからね」
「分かっているなら最初からそう言ってくれ……」
そうして私たちは街の外へ向かうことになった。
同行するのはシルベスターさん、リリーナさん、買取窓口の女性。そして私。
四人でギルドを出ると、すれ違う冒険者たちが不思議そうにこちらを見ていた。
……そりゃそうか。
登録初日のFランク冒険者に、ギルドマスターと受付嬢がついて歩いているんだから。
門を抜け、街道から少し離れた広い場所へ出た。
城門からも見える場所だけど、人が近くにいないので、大きなものを出しても問題なさそうだ。
「ここでいいですか?」
「……ああ。出してくれ」
シルベスターさんの声は、妙に硬かった。
ほかの二人も少し離れたところで見守っている。
私は《収納》の一覧からドラゴンを選んだ。
「では、出しますね」
ずしん、と地面が震えた。
赤い背中、黒い腹、巨大な翼。
山の岩場に横たわっていたドラゴンが、そのままの姿で現れた。
「はい。これです」
私は振り返った。
……あれ?
返事がない。
リリーナさんは両手で口元を押さえている。買取担当の女性は、その場へへたり込んでしまった。
シルベスターさんだけが、ドラゴンをじっと見上げていた。
「シルベスターさん? これ、ドラゴンで合ってます?」
彼はゆっくりと巨体の周りへ視線を走らせた。
頭の角。翼。赤い背中。
そして、絞り出すようにつぶやいた。
「……ヴィクサス」
「あ、そうです! その名前でした」
よかった。合っていたらしい。
「本人がそう名乗ってましたよ」
シルベスターさんが勢いよく私を振り返った。
「本人だと……? お前、こいつと話したのか?」
「はい。最初は寝てたんですけど、起きてから話してくれました」
「……何を話した?」
「街を襲わないでほしいってお願いしたんです。でも聞いてもらえなくて」
思い出すと、少し胸が重くなる。
「炎まで吐かれたので、仕方なく倒しました」
「……お前が?」
「はい」
シルベスターさんの顔から血の気が引いた。
どうしたんだろう。
私は思わず一歩近寄った。
「大丈夫ですか?」
「……リアリス。まず、それをしまってくれ」
「え、もういいんですか?」
「いい。いや、よくはないが……今はしまってくれ」
「分かりました」
私は《収納》で、ドラゴンの遺体を再びしまった。
そのとき、城門の方から大きな声が聞こえた。
「今のは何だ!」
「巨大な魔獣がいたぞ!」
門兵たちが、こちらを指差して騒いでいる。
……ああ。
城門から見える場所だったね、ここ。
やがて鎧姿の兵士たちまで駆けつけてきた。
「ギルドマスター! 先ほどの魔獣は何ですか!」
「危険はないのですか!」
質問が一斉に飛んでくる。
シルベスターさんは私をちらりと見た。
その目が「余計なことは言うな」と訴えている気がしたので、私は黙っていることにした。
「魔獣はすでに討伐されている。今、ここに危険はない」
「討伐……ですか?」
「ああ。詳しい説明は後でする。ひとまず王城に報告してくれ」
兵士の一人が急いで城門へ引き返していった。
残った人たちは、まだ落ち着かない様子で周囲を見回している。
リリーナさんが、そんな私を見て苦笑した。
「リアリスさん、今日は本当にいろいろありますね……」
「……そうですね」
測定器を三台壊し、新人いびりにも遭い、ドラゴンまで倒してしまった。
私は静かに暮らしたいだけなんだけどなぁ。
シルベスターさんが深いため息をつく。
「リアリス。後で詳しく話を聞くぞ」
「はい……」
これは、しばらく帰れそうにない。
……ところで。
せっかく稼いだお金で、肉串を買いに行ってもいいだろうか。
さっきからお腹が鳴りそうなんだけど。




