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第4話:今度は海中!?

 五日後。


 私は、シルク王国邸の執務室で、一枚の紙を眺めていた。


 ……うん。


 シルク王国。


 ローズ帝国。


 フォーサイド魔法国。


 オリミス聖国。


 そして、ドルステン魔国。


 五つの屋敷と店の、最近の報告だ。


 どこも、特に大きな問題はない。


 朝顔のお店も、魔族のお客さんたちに少しずつ慣れてきたみたい。


 ……ああ。


 よかった。


 人と魔族が和平を結んだからって、すぐに何もかも変わるわけじゃない。


 でも、毎日少しずつ、普通の暮らしが続いている。


 ……うん。


 それが、一番大切なんだと思う。


「リアリス様」


 桜花が、机の横へお茶を置いてくれた。


「ありがとう、桜花」


「本日は、これでご確認も終わりでございますか?」


「うん! あとは明日で大丈夫そう」


 私は、紙を揃えた。


 ……おお。


 久しぶりに、予定どおり終わったね。


 このあとカトレアと庭に出て。


 夜は巴さんのご飯を食べて。


 ……ああ。


 いい一日だなぁ。


 そう思って、椅子から立ち上がった。


 そのときだった。


 ふわり。


 目の前に、光の板が浮かび上がる。


『着信:オリミス』


 …………。


 …………。


 …………。


 ……は?


 私は、無言で光の板を見つめた。


 ……いや。


 五日。


 前回から、たった五日。


 …………。


 ……ああ。


 嫌だ。


 もう、本当に嫌な予感しかしない!


「……リアリス様」


 桜花が、少しだけ表情を曇らせた。


「……また、でございましょうか」


「……まだ分からないよ」


 ……うん。


 分からない。


 でも。


 これで四回目だったら。


 私は、いったいどうすればいいんだろう。


 この前だって、かなり怒った。


「ふざけんな」とも言った。


「お前はポンコツか」とも言った。


 しかも、奥さんまで出てきて、ちゃんと管理すると約束してくれた。


 …………。


 ……いや。


 大丈夫。


 今回はきっと、ただの連絡。


 私は、深く息を吸って《映像通話》に応じた。


     ◇


「……もしもし」


『……こんにちは、リアリスちゃん』


 …………。


 ……あれ?


 聞こえたのは、優しい女性の声だった。


 画面には、腰まで伸びる金色の髪。


 白いワンピース。


 穏やかな表情をした女神様が映っていた。


 ……おお!


「エレサリアさん!」


『ええ。先日は、本当にごめんなさいね』


「いえいえ! こちらこそ、ありがとうございました」


 ……ああ。


 よかったぁ。


 神様本人じゃなかった。


 そういえば、この《映像通話》は、神様もこちらへかけられるようになったんだよね。


 エレサリアさんは、神様が使っていた連絡用の画面を借りているらしい。


 ……うん。


 なるほど。


 それなら連絡できるね。


「……それで、今日はどうしたんですか?」


『……そのことなのだけれど』


 …………。


 ……ん?


 エレサリアさんが、少し申し訳なさそうな顔をした。


 ……あれ。


 ちょっと待って。


 その顔。


 三回も見た覚えがあるんだけど。


『……先に謝らせてちょうだい』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


『……主人が、また大変なことをしてしまったの』


 …………。


 …………。


 …………。


 ……は?


「……また?」


『……ええ』


「……何かを?」


『……ええ』


 …………。


 ……ああ。


 もう、聞きたくない。


 でも、聞かないわけにはいかない。


「……神様が、また何か落としたんですか?」


『……神界の盾を、ひとつ』


 …………。


 …………。


 …………。


「……四回目ぇぇぇぇ!?」


 私は、とうとう頭を抱えた。


 ……いやいやいやいや!


 何で!?


 どうして!?


 奥さんにまで叱られたんだよ!?


 もう、管理の仕組みを作るって言ってたじゃないか!!


     ◇


「……すみません、エレサリアさん。大声を出してしまって」


『いいのよ。あなたが怒るのは当然だわ』


 ……ああ。


 この人、優しいなぁ。


 ……いや。


 優しくされるほど、かえって申し訳なくなるね。


「……でも、どうしてまた落としたんですか?」


『それがね……』


 エレサリアさんが、小さくため息をついた。


『前回のあと、武具の数を全部確かめたの。危険な保管場所も、ほかの神々と相談して封鎖したわ』


 …………。


 ……おお。


 さすが。


 ちゃんとやってくれたんだね!


「じゃあ、今回の盾は……?」


『主人が、確認の済んだ棚から勝手に持ち出したものなの』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


「……持ち出した?」


『ええ。「これはわしが自分で片づける」と言い張って』


 …………。


 ……ああ。


 嫌な予感。


『私がほかの武具を確認している間に、盾を持って裏の通路へ行ったらしいの』


「……それで?」


『……どうやら、そこで足を滑らせたみたい』


 …………。


 …………。


 …………。


 ……はあぁぁぁぁ!?


「何やってんだよ、あのポンコツ神ぃぃぃ!!」


 …………。


 叫んだ瞬間、私は口を押さえた。


 ……あっ。


 エレサリアさんの前だった!


「……す、すみません!」


『ふふ。気にしなくていいわ』


 …………。


 ……えっ。


『私も、今は似たような気持ちだもの』


 …………。


 ……おお。


 何だろう。


 笑顔が優しいのに、ちょっと怖い。


『危険な通路には封鎖の準備をしていたのだけれど、主人がひとりで入ってしまって……』


 ……ああ。


 最悪のタイミングだったんだね。


 きちんと管理を立て直そうとしていたのに。


 本人が、勝手に持ち出して落とす。


 …………。


 ……うん。


 これは、本当に言い訳できないよ。


     ◇


「……それで、神様は今どこにいるんですか?」


 私が聞くと、エレサリアさんが少しだけ目を伏せた。


『……逃げたわ』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


「……逃げた?」


『ええ。私が理由を聞こうとしたら、急にいなくなってしまったの』


 …………。


 ……ああ。


 もう。


 また、それ!?


「奥さんから逃げたんですか!?」


『……そういうことね』


 …………。


 ……おお。


 創造神。


 武器を落とす。


 奥さんに叱られる。


 逃げる。


 …………。


 ……一体、何歳の子どもなんだろう。


『主人のことは、私が必ず見つけるわ』


 エレサリアさんが、静かに言った。


『だから、リアリスちゃんには、落ちた盾の回収をお願いしたいの』


 …………。


 ……うん。


 そうだよね。


 エレサリアさんも直接ステラへ来ることはできない。


 でも、神界では神様を捕まえられる。


 私は、ステラで落とし物を拾う。


 ……ああ。


 役割分担が、はっきりしてるね。


「分かりました。それで、どこに落ちたんです?」


『……獣王国の、リピトという海沿いの町の近くだそうよ』


 ……おっ。


 リピト。


 獣王国の北にある、海の町だったかな。


 まだ、行ったことはないね。


「……町の近くですか」


『……いえ。少し沖の海みたいなの』


 …………。


 ……あっ。


 海。


『……盾は、海へ落ちてしまったそうよ』


 …………。


 …………。


 …………。


「今度は海中!?」


 私は、思わず声を上げた。


 ……いやいやいや!


 前は森。


 その前は山。


 その前は別の森。


 今度は、海の中!?


 ……ああ。


 どんどん難易度が上がってる気がするんだけど!!


     ◇


「……盾の特徴を教えてください」


『銀色で、縁に青い飾りがある丸い盾よ。ほかの武具と同じように、神界の力が残っているはず』


「分かりました」


 ……うん。


 《サーチ》で探せるかな。


 海は広いけど、対象がはっきりしていれば何とかなると思う。


「……それで、エレサリアさん」


『……なあに?』


「今度は、ほかにも落ちていませんよね?」


『ええ。私が、残りの武具を全部確かめたわ。数も一致しているの』


 …………。


 ……ああ。


 よかった。


 神様に聞いたときは「あとで数える」だったのに。


 エレサリアさんが確認してくれたなら、安心できるね。


『保管場所も、今度こそ閉じたわ。主人が勝手に開けられないよう、ほかの神々にも立ち会ってもらっているの』


 …………。


 ……おお。


 完璧じゃないか!


「ありがとうございます! 本当に助かります!」


『お礼を言うのは、こちらよ』


 エレサリアさんが、柔らかく微笑む。


『主人の不始末で、四度も迷惑をかけてしまって……』


 …………。


 ……うん。


 ちょっと胸が痛い。


 この人は、ちゃんとしてくれてるんだよね。


「……エレサリアさんは悪くないですよ」


『ありがとう。でも、夫婦なのだから、私も向き合わなくてはいけないわ』


 ……ああ。


 何だか、巴さんの言いそうな言葉だね。


『主人を見つけたら、きちんと連絡するわ。それまで、盾をお願いしてもいい?』


「もちろんです」


 私は、しっかり頷いた。


「危ないものですから、すぐ探しに行きます」


『……本当に、ありがとう。リアリスちゃん』


 通話が終わった。


 …………。


 ……ふう。


 私は、ゆっくり息を吐いた。


 ……うん。


 今度は、少なくとも事情が分かっている。


 神様は逃げた。


 奥さんが探している。


 私は、海へ。


 …………。


 ……いや。


 冷静に考えると、すごい一日になりそうだね。


     ◇


「リアリス様」


 桜花が、静かに声をかけた。


「……うん」


「ご同行いたします」


「ありがとう、桜花」


 私は、机の上に置いてあった報告書を片づけた。


 ……ああ。


 せっかく仕事が早く終わったのに。


 また、落とし物拾いになっちゃった。


 私は、少しだけ苦笑した。


「……今回は、獣王国の海みたい」


「海中、でございますか」


「うん。しかも、神界の盾だって」


 桜花が、少しだけ考えた。


「……そうしますと、水の中での安全確保が必要でございますね」


 …………。


 ……おっ。


 そうだよね。


 普通の人間なら、息が続かない。


 水圧もある。


 周りには、魚や魔獣もいるかもしれない。


 でも。


 幸い、《結界》はある。


 水の侵入を防ぐように設定すれば、海中でも安全な空間を作れるはずだ。


 ……うん。


 試す前に、ちゃんと確認しよう。


「桜花。海に行く前に、《サーチ》で場所を特定するよ」


「承知いたしました」


 ……うん。


 何度もやっていることだけど。


 だからこそ、慎重にしないとね。


 神様と同じような失敗だけは、したくない。


     ◇


 私は、王国邸の庭へ出た。


 カトレアは、楓と一緒に花壇を眺めている。


 ……ああ。


 今日も、仲良くしてるね。


「お父さん!」


 私に気づいたカトレアが、駆け寄ってきた。


「ん? どうしたの?」


「……お茶、いっしょに飲む?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった。


 今日は、早く仕事を終えて、一緒にお茶を飲むつもりだったんだ。


 ……うーん。


 また、約束がずれちゃうね。


 私は、カトレアの目線へ腰を落とした。


「ごめんね。ちょっと、用事ができちゃった」


 カトレアが、私を見つめた。


「……かみさま?」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 もう、名前まで出てくるようになっちゃった。


「……うん。そうなんだ」


「……また、おとしもの?」


「……うん」


 カトレアは、少しだけ眉を寄せた。


「……かみさま、だいじょうぶかな」


 …………。


 ……えっ。


 大丈夫かなって。


 心配するのは、そっち!?


「……そうだね。今回は、奥さんがきちんと話してくれるみたい」


「……そっか」


 カトレアが、ほっとしたように笑った。


 ……ああ。


 いい子だなぁ。


「帰ってきたら、お茶を飲もうね」


「……うん!」


 ……うん。


 その約束は、守ろう。


 今度こそ。


     ◇


 巴さんにも事情を話すと、静かに頷いてくれた。


「海の中に、盾を落としたのね」


「……うん」


「……まあ」


 …………。


 ……うん。


 巴さんの「まあ」には、いろんな意味が込められてる気がする。


「気をつけて行ってらっしゃい。カトレアちゃんのことは、心配しなくていいから」


「ありがとう、巴さん」


 私は、少しだけ笑った。


 ……うん。


 帰ってくる場所があるって、いいね。


 それに。


 私は、海へ行くのが初めてというわけじゃない。


 でも、獣王国の海は初めてだ。


 どんな生き物がいるんだろう。


 ……いや。


 今は、魚を見に行くわけじゃない!


 私は、もう一度気持ちを引き締めた。


「桜花。行こうか」


「はい、リアリス様」


 ……うん。


 まずは《サーチ》で盾の位置を調べよう。


     ◇


 獣王国の北部。


 私と桜花は、リピトの町から少し離れた、人目につかない海岸へ《転移》した。


 ……おお。


 青い海が広がってる!


 波の音と潮風が、何だか気持ちいいね。


 遠くには、沖へ出ている小さな船も見える。


 でも、今回は観光じゃない。


 リピトの町には入らず、盾だけ回収して帰ろう。


「リアリス様。こちらからお探しになるのですね」


「うん。まずは盾の場所を確かめよう」


 私は、砂浜から海を見渡した。


 私は、《サーチ》で神界の盾の反応を探した。


 海面。


 海底。


 岩礁。


 水の中を泳ぐ生き物たち。


 ……うん。


 海の中って、こんなに反応が多いんだね。


 魚。


 もっと大きな魚。


 群れで泳いでいるもの。


 そして、海中にいる魔獣の反応も少しだけ。


 ……ああ。


 きちんと調べないと、危ないね。


 私は、神界の力を持つ盾だけを探すように条件を絞った。


 青い光の点滅が、脳内マップの中で広がっていく。


 ……うーん。


 見つからない。


 さすがに、海は広いなぁ。


 私は、もう少しだけ範囲を広げた。


 すると。


 ……おっ。


 反応があった!


 海岸からかなり離れた沖。


 しかも、結構深い場所だ。


 …………。


 ……ん?


 私は、首を傾げた。


 反応の位置が、少しずつ動いている。


 ……あれ。


 沈んだ盾って、動くものだったかな。


 波で流されているのかもしれない。


 でも。


 動き方が、妙に規則的だ。


 右へ。


 左へ。


 そして、少し深く潜る。


 …………。


 ……おお。


 何だろう。


 私は、対象の周囲を詳しく調べた。


 盾の反応。


 その外側に、大きな生き物の反応。


 …………。


 ……えっ。


 まさか。


「……桜花」


「はい」


「……盾、何かに運ばれてるみたい」


「……運ばれている、でございますか」


「うん。すごく大きな魚の中にあるみたいなんだ」


 …………。


 …………。


 ……いやぁ。


 神様。


 今度は、どこまで面倒なことをしてくれたんだろうね。


     ◇


 私は、もう一度《サーチ》を詳しく使った。


 対象の生き物は、海中をゆっくり泳いでいる。


 尾びれ。


 大きな胴体。


 鋭い流線形。


 …………。


 ……あれ?


 これって。


「……もしかして、マグロ?」


 私が呟くと、桜花が少しだけ首を傾げた。


「マグロ、でございますか」


「うん。地球にいた、大きな魚に似てる」


 ……いや。


 大きい、どころじゃない。


 普通のマグロの何倍あるんだろう。


 《サーチ》で大きさを確かめると。


 …………。


 ……おおお!?


 十メートル以上ある!


 ……えっ。


 マグロって、そんなに大きくなるの!?


 ……いや。


 ここは異世界だもんね。


 地球と同じとは限らない。


「桜花。ものすごく大きな魚だよ」


「……さようでございますか」


「盾の反応が、その魚のお腹の辺りにあるんだ」


 桜花が、静かに頷いた。


「……飲み込んでしまったのでございましょうか」


「……たぶん」


 …………。


 ……ああ。


 よりによって、巨大なマグロに飲まれるなんて!


 神様の落とし物、どこまで予想外なんだろう。


 ……いや。


 これは、魚の方も可哀想だね。


 変なものを食べて、お腹を壊してないかな。


 ……うん。


 急いで助けてあげよう。


     ◇


 私は、沖合を見つめた。


 ……うん。


 《サーチ》の青点は、海のかなり遠くにある。


 しかも、魚と一緒に動いている。


 《転移》で一気に海中へ行くより、海上から位置を確認して潜った方がよさそうだね。


 ……あっ。


 そういえば。


 私、空を飛ぶ魔法って、まだ作ってなかったなぁ。


 …………。


 ……おお!


 いい機会じゃないか!


「桜花。ちょっと新しい魔法を作ってみるよ」


「新しい魔法でございますか?」


「うん。自分の意思で自由に空を飛べる魔法」


 桜花が、少し目を見開いた。


「……空を飛ぶ、でございますか」


「そう。好きな方向へ、思ったとおりに飛べたら便利だよね」


 ……よし。


 《想像魔法》を使って、新しい魔法を作成しよう。


 名前は、《フライ》。


 自分の意思で自由に空を飛ぶことができる魔法。


 上にも、下にも。


 右にも、左にも。


 前にも、後ろにも。


 高さや速さも、自分の意思で調整できる。


 ……うん。


 これで、いいね。


『《想像魔法》にて《フライ》が完成しました。』


 ……おお!


 完成!


 いつもの女性の声が、脳内に響いた。


 それじゃ、さっそく使ってみよう。


「《フライ》」


 ふわっ。


 私の足が、砂浜から浮き上がった。


 …………。


 ……おおお!


 浮いた!


 私は、ゆっくりと上昇し、少しだけ右へ進む。


 次は左へ。


 そして、海岸の上を少し進んで戻る。


 ……うん。


 思いどおりに飛べる!


「リアリス様……!」


 桜花が、空を見上げていた。


「……本当に、飛んでおられますね」


「うん! なかなか気持ちいいよ!」


 私は、そっと砂浜へ降りた。


 ……よし。


 これなら沖合まで移動できるね。


「桜花。今回は、この海岸で待っててくれる?」


「……こちらで、でございますか?」


「うん。神様の盾を飲み込んだ魚が動いてるからね。私一人で海上へ飛んで、そこから潜って回収してくるよ」


 桜花が、少しだけ心配そうな顔をした。


 でも、すぐに頷いてくれる。


「かしこまりました。お戻りを、こちらでお待ちしております」


「ありがとう。何かあったら《映像通話》で連絡するね」


「はい。どうぞ、お気をつけて」


 ……うん。


 私は、もう一度《サーチ》を使った。


 脳内マップで、神界の盾を示す青い点が点滅している。


 ……おっ。


 また少し動いてるね。


 でも、位置はちゃんと分かる。


「それじゃ、行ってくるよ!」


 私は、《フライ》でふわりと舞い上がった。


 海風を受けながら、沖合へ飛んでいく。


 ……おお。


 気持ちいい!


 振り返ると、海岸の桜花が小さく見えた。


 手を振ると、桜花も丁寧に一礼してくれる。


 ……ああ。


 こんなに自由に飛べるなら、もっと早く《フライ》を作ってもよかったなぁ。


 ……いや。


 今は遊んでる場合じゃない!


 私は、脳内マップの青点を追った。


 しばらく飛ぶと、点滅する青点の真上に到着する。


 ……うん。


 ここだね。


 目標は、今いる海上のずっと下。


 魚が泳いでいるから、青点も少しずつ動いている。


 私は《フライ》で空中停止し、位置を合わせた。


 ……さて。


 ここからは、海の中だ。


 《結界》で、自分の周りに海水が入らない空間を作る。


 水圧も防いで、息ができる空気も確保しておこう。


 ……うん。


 これなら、潜れそうだね。


 《結界》を保ったまま、《フライ》でゆっくり高度を下げた。


 海面へ近づく。


 水が、結界の外側へ押し分けられていく。


 そして。


 ……すっ。


 私は、水面の下へ潜った。


 ……おお!


 本当に、海の中だ!


 《結界》の内側には水が入ってこない。


 息も、ちゃんとできる。


 私は《サーチ》の青点を追って、《フライ》で結界ごと海中を進んだ。


 日差しが、海面から細い光になって差し込んでいる。


 遠くには、魚の群れ。


 海底の方は、少し暗い。


 ……ああ。


 綺麗だね。


 ……いや。


 鑑賞してる場合じゃないんだけど!


     ◇


 《結界》の外側を、銀色の魚が通り過ぎた。


 ……おっ。


 魚だ。


 ……いや、当たり前か。


 ここ、海の中だもんね。


 私は、脳内マップの青点を確かめた。


 ……うん。


 すぐ近くに、大きな反応がある。


 《フライ》のおかげで、海中でも自由に位置を調整できるね。


 もちろん、水を防ぐ《結界》は維持したままだ。


 ……ああ。


 桜花にも、この景色を見せたかったなぁ。


 でも、今日は私一人。


 まずは、きちんと盾を回収しよう。


 ……うん。


 少し先。


 海の暗いところから、何かが近づいてくる。


 …………。


 ……えっ。


 ……おおおお!?


 大きい!


 本当に大きい!


 銀色の体。


 流れるような形。


 左右へ動く、巨大な尾びれ。


 ……うん。


 マグロだ。


 どう見ても、マグロだね。


 でも。


「……でかっ!」


 誰もいない海中で、思わず声が出た。


 ……いやぁ。


 桜花が見たら、きっと驚くだろうね!


 帰ったら、話してあげよう。


 巨大なマグロは、私の前を悠々と泳いでいく。


 まるで、海の中を走る船みたいだ。


 ……いや。


 船でも、こんなに自由に方向転換しないか。


 私は、思わず見とれてしまった。


 ……あっ。


 いけない。


 盾!


 盾を探しに来たんだった!


     ◇


 《サーチ》で改めて確かめる。


 ……うん。


 やっぱり、このマグロだ。


 お腹の中に、神界の盾がある。


 …………。


 ……うーん。


 どうして食べちゃったんだろう。


 光るものを餌だと思ったのかな。


 それとも、何か別の魚と一緒に飲み込んだのかな。


 ……いや。


 今は、そんなこと考えてる場合じゃない。


 このままにしておいたら、魚にも悪影響があるかもしれない。


 私は、そっとマグロの体調を調べた。


 ……うん。


 今は元気に泳いでいる。


 でも、胃の辺りに異物があるのは間違いない。


 ……ああ。


 可哀想に。


 私は、できるだけ刺激しない方法を考えた。


 倒す必要はない。


 まして、傷つける理由もない。


 魚は、何も悪くないんだから。


 ……うん。


 この子を傷つけずに、盾だけ取り出したい。


 桜花も、きっと同じことを考えるよね。


 慎重にやろう。


 まずは、《結界》で周囲の安全を確保しよう。


     ◇


 私は、巨大マグロの周囲に《結界》を設定した。


 ほかの生き物が入り込まないように。


 そして、マグロが急に暴れて周囲の岩へぶつからないように。


 もちろん、魚が泳ぐための水はそのまま残す。


 ……うん。


 これで、大丈夫かな。


 マグロは、少し不思議そうに体を揺らした。


 ……あっ。


 驚かせちゃったかな。


「……ごめんね。すぐ終わるから」


 私は、思わず話しかけた。


 ……いや。


 魚に言葉が通じるかは分からないけど。


 でも、怖がらせたくないもんね。


 《サーチ》で、盾の位置をもう一度確かめた。


 胃の中。


 丸い銀色の盾。


 青い縁飾り。


 ……うん。


 間違いない。


 なら、盾だけを《収納》で取り出せるかな。


 私は、ほかのものを巻き込まないように、対象をはっきり指定した。


 生き物そのものには触れない。


 盾だけ。


 ……よし。


 《収納》。


 …………。


 すっ。


 盾の反応が、マグロのお腹から消えた。


 …………。


 ……おお!


 取れた!


 私は、《収納》の一覧を確かめた。


 そこには、確かに銀色の丸い盾が入っていた。


 ……やった!


 魚のお腹を傷つけずに取り出せた!


     ◇


 私は、改めて巨大マグロの様子を調べた。


 ……うん。


 元気そうだ。


 盾がなくなったせいか、さっきよりも動きが軽くなった気がする。


 ……ああ。


 よかった。


 マグロは、大きな尾びれを一度振った。


 そして、私の横をゆっくり泳いでいく。


 ……おお。


 何だか、挨拶してくれたみたいだね。


 ……いや。


 そんなわけないかもしれないけど!


 ……うん。


 無事に回収できたね。


 魚にも怪我がなくて、本当によかった。


 ……ああ。


 こういう終わり方が一番いい。


 私は、マグロの周囲に張っていた《結界》だけを解除した。


 巨大マグロは、青い海の向こうへ泳いでいった。


 ……うん。


 元気でね。


 変なもの、もう食べちゃ駄目だよ。


 ……いや。


 その前に、神様が変なものを落とさなければいいだけなんだけど!


     ◇


「……それにしても」


 私は、海の中を見渡した。


 ……うん。


 綺麗だね。


 青い水。


 差し込む光。


 魚の群れ。


 ……ああ。


 カトレアにも、いつか見せてあげたいな。


 もちろん、ちゃんと安全を確保して。


 ……いや。


 今日は危ないものを拾いに来ただけだからね。


 ……さて。


 帰る前に、もう一度《サーチ》で周囲を確認しよう。


 神様の盾は回収できた。


 ほかに変な反応はない。


 マグロも元気。


 ……よし。


 無事、終了。


 ……あっ。


 まだ神殿へ返してないんだった。


 私は、ちょっとだけ肩を落とした。


 ……ああ。


 四回目の奉納。


 ケラーさん、どんな反応するかなぁ。


 私は、海水を防ぐ《結界》を保ったまま、《フライ》でゆっくり上昇した。


 ……おっ。


 少しずつ、周りが明るくなってくる。


 そして。


 ざぱっ。


 結界ごと、海面へ出た。


 ……ああ。


 空が見える!


 私は、沖合から《フライ》で海岸へ飛んだ。


 町へは立ち寄らず、さっきの砂浜へ戻る。


 ……おっ。


 桜花が、ちゃんと待っていてくれた。


 私は、ゆっくり砂浜へ降り立ち、陸へ戻ったところで自分の《結界》を解除した。


「ただいま、桜花!」


「お帰りなさいませ、リアリス様」


 桜花が、安心したように微笑んだ。


「盾は、無事に回収できたよ!」


「ようございました。お怪我はございませんか?」


「うん。大丈夫!」


 私は、沖の海を振り返った。


「ものすごく大きなマグロだったよ。桜花にも見せたかったなぁ」


「ふふ。いつか皆様で、安全に海を楽しめるとよろしゅうございますね」


「うん。カトレアも喜びそうだね」


 ……うん。


 今度は、神様の落とし物探しじゃなくて、本当の海遊びに来たいな。


「それじゃ、王国邸へ戻ろうか」


「はい、リアリス様」


 私たちは、人目のない海岸から《転移》で王国邸へ戻った。


     ◇


 海から戻ったあと、私は王国邸でひと息ついた。


 ……うん。


 無事に回収できて、よかった。


 ただし。


 神様の盾が、巨大マグロのお腹にあった。


 …………。


 ……いや。


 改めて考えても、すごい話だね。


 私は、巴さんに事情を説明した。


「……巨大なマグロのお腹に?」


「うん。十メートル以上あったと思う」


 巴さんが、少しだけ驚いた顔をした。


「まあ。それは大変だったわね」


「魚も無事だったよ。盾だけ取り出せたから」


「それならよかったわ」


 ……うん。


 巴さんも、魚の方を心配してくれるんだね。


 やっぱり、優しいなぁ。


 そこへ、カトレアが駆け寄ってきた。


「……お父さん!」


「ただいま!」


「……お魚、いた?」


 …………。


 ……あっ。


 もう、海へ行ったことを聞いたんだね。


「うん。ものすごく大きな魚がいたよ」


 カトレアが、目を丸くする。


「……どれくらい?」


「そうだなぁ……この屋敷の廊下を、ずーっと進むくらい!」


「……ええっ!」


 ……ああ。


 可愛い反応。


「いつか、みんなで海へ行こうね」


「……うん!」


 ……うん。


 そのときは、神様の盾なんてない、普通の海がいいなぁ。


     ◇


 私は、ケラーさんへ《映像通話》で連絡した。


『……使徒様!』


 ……うん。


 相変わらず、元気だね。


「こんにちは、ケラーさん」


『本日は、どのような御用でしょうか?』


 …………。


 ……ああ。


 何だか、もう、言い慣れてきた気がする。


「……神様の落とし物を、また回収しまして」


 …………。


 画面の向こうで、ケラーさんがぴたりと止まった。


 ……うん。


 そりゃそうだよね。


 でも。


 しばらくすると、ケラーさんの目が、きらきら輝き始めた。


『……また、神界の御品を!?』


「……はい。今度は盾です」


『……なんと……!』


 …………。


 ……あっ。


 感動し始めた。


『……使徒様。これは、まことにありがたいお導きにございます!』


 …………。


 ……いや。


 お導きではなく、落とし物なんだけど。


 でも。


 もう、言っても仕方ないかなぁ。


「……今から神殿へ伺ってもいいですか?」


『もちろんでございます! すぐにお迎えの準備をいたします!』


 ……うん。


 本当に、話が早いね。


 私は、少しだけ思った。


 ……ケラーさん。


 四回目どころか、もう何回目なのか数えるのも楽しみになってるんじゃない?


 ……いや。


 あの人なら、本当にそうかもしれないなぁ。


     ◇


 聖都オリミシア。


 神殿へ着くと、ケラーさんが、いつものように入口で待っていた。


「使徒様! お待ちしておりました!」


「こんにちは、ケラーさん」


 桜花も、丁寧に一礼する。


 ……うん。


 もう、すっかり顔なじみだね。


 ただし。


 ケラーさんの後ろには、見覚えのある人が三人立っていた。


 グレンさん。


 セドリックさん。


 シーリンさん。


 …………。


 ……おお。


 また、全員揃ってる!


「……皆さんも?」


 私が尋ねると、セドリックさんが、力強く頷いた。


「使徒様! 先日のような貴重な機会を、逃すわけにはまいりません!」


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


 前回、女神様まで出てきたんだもんね。


 シーリンさんも、嬉しそうに微笑んだ。


「今度は神界の盾を拝めるのでしょう?」


「……はい」


 ……うん。


 ちゃんと連絡したんだね、ケラーさん。


 グレンさんが、静かに目を潤ませた。


「わしらも、この御縁に感謝せねばなりませんな」


 …………。


 ……おお。


 立派な言葉だね。


 でも。


 私は、心の中で小さく呟いた。


 ……皆さん。


 本当は、落とし物なんですよ。


 しかも、四回目なんです。


     ◇


 神殿の奥。


 いつもの神像。


 いつもの祭壇。


 ……ああ。


 何だろう。


 ここへ来るのが、どんどん日常になってきた気がする。


 ……いや。


 よくない。


 絶対に、よくないよね。


 私は、神像を見上げた。


 穏やかな顔。


 立派な姿勢。


 威厳のある表情。


 …………。


 ……うん。


 本人と、あまりにも違う。


「使徒様」


 ケラーさんが、静かに声をかけてくれた。


「準備が整いました」


「ありがとうございます」


 私は、祭壇の前へ進んだ。


 《収納》から、銀色の盾を取り出す。


 青い縁飾りがついた、丸い盾。


 ……おお。


 確かに、神界の品物らしい。


 ただし。


 ……さっきまで、巨大マグロのお腹にあったんだよね。


 …………。


 ……うーん。


 何だか、複雑な気分だ。


 私は、《クリーン》で盾を綺麗にした。


 ……うん。


 汚れも取れて、すっきりした。


 それから、念のため《結界》を張って、祭壇へ置いた。


「皆さん。絶対に触らないでくださいね」


「「「「承知いたしました!」」」」


 …………。


 ……おお。


 声が揃ってる。


 もう、すっかり奉納に慣れちゃったね。


     ◇


「……それでは、返します」


 私は、神像の前へ立った。


「神様。四つ目、返しますよ」


 …………。


 少しの沈黙。


 ふわり。


 盾の周囲へ、青白い光が集まってきた。


 ……おっ。


 やっぱり、前と同じだ!


 盾が、祭壇の上からゆっくり浮かび上がる。


 ケラーさんが、息を呑んだ。


 グレンさんは、もう涙ぐんでいる。


 セドリックさんは、拳を握って光を見つめていた。


 シーリンさんは、静かに祈りを捧げている。


 ……うん。


 みんな、本当に嬉しそう。


 でも。


 私は、盾を見つめていた。


 ……ああ。


 ようやく、これで終わるんだ。


 今度こそ。


 絶対に。


 ……もう、落とさないでくださいよ。


 次の瞬間。


 ぱあっ!


 盾が、眩しい光に包まれた。


 そして。


 すっ。


 その場から、姿を消した。


 …………。


 ……おお!


 戻った!


 私は《サーチ》で確認した。


 神界の盾の反応は、もうない。


 ……うん。


 今度も、無事に返却できたね。


 ……はぁ。


 疲れたなぁ。


     ◇


「……使徒様」


 ケラーさんが、震える声で私を呼んだ。


「……神界の御品が、また御許へ……!」


 ……うん。


 そうだね。


「……はい。戻りました」


 ケラーさんが、深く頭を下げた。


「これで、何度目の奇跡でしょう……」


 …………。


 ……あっ。


 また数えてる。


「ケラーさん」


「はい!」


「……もう、数えなくてもいいですよ」


 …………。


 ケラーさんが、少し残念そうな顔になった。


 ……いや。


 そんな顔をしないで!


 ここは、神殿。


 本来は祈りを捧げる場所なんだから!


 セドリックさんが、そっと声をかけてきた。


「……使徒様。本日もオリミス神様とお話しされるのでしょうか」


 …………。


 ……あっ。


 そこ、気になるよね。


「……いえ。神様は、今ちょっと行方不明らしいんです」


 …………。


 …………。


 四人の枢機卿さんが、一斉に固まった。


 ……うん。


 そりゃそうだよね。


「……行方不明?」


 グレンさんが、震える声で聞いた。


「……はい。奥さんから逃げてるそうです」


 …………。


 …………。


 …………。


「「「「……えええっ!?」」」」


 …………。


 ……ああ。


 言っちゃった。


 でも、事実だから仕方ない。


     ◇


「……オリミス神様が、エレサリア様から……?」


 ケラーさんが、目を丸くした。


「……逃げておられる……?」


「……そうらしいんです」


 …………。


 ……うん。


 どう説明しても、変な話だね。


 セドリックさんが、何かを考え込んだ。


「……夫婦の間にも、我々には計り知れぬ御事情が……」


 …………。


 ……おっ。


 まだ、そういう解釈なんだ。


 シーリンさんも、静かに頷く。


「神々にも、私たちと同じように、家庭での出来事がおありなのですね」


 …………。


 ……いや。


 あるんだろうけど。


 今回は、危険な盾を落として怒られてるだけなんだよね。


 私は、何とも言えない気持ちで神像を見た。


 ……ああ。


 この顔。


 相変わらず、堂々としてるなぁ。


 本人は奥さんから逃げているのに。


 …………。


 ……うん。


 ちょっとだけ、腹が立ってきた。


 ……いやいや。


 今は、まだ我慢しよう。


 神像は悪くないんだから。


     ◇


 そのとき。


 ふわっ。


 再び、光の板が現れた。


『着信:オリミス』


 …………。


 ……おっ。


 エレサリアさんかな。


 私は、すぐに通話へ応じた。


「……エレサリアさん?」


『……ええ。リアリスちゃん』


 …………。


 ……よかった。


 優しい声だ。


「盾は、無事に神界へ返しましたよ」


『ありがとう。こちらでも確認できたわ』


「……神様は、見つかりました?」


 すると、エレサリアさんが、少しだけ微笑んだ。


『……ええ。見つけたわ』


 …………。


 ……おお!


 ついに!


『主人は、私の書斎の本棚の裏に隠れていたの』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


「……本棚の裏?」


『ええ。本人は、見つからないつもりだったみたい』


 …………。


 ……ああ。


 よりによって、学問の神様の書斎へ隠れたんだ。


 それ。


 一番、見つかりやすい場所じゃない!?


 私は、思わず口元を押さえた。


 ……いや。


 笑っちゃ駄目だ。


 今は、とても真面目な話なんだから。


『……あなた。こちらへいらっしゃい』


 エレサリアさんが、画面の外へ声をかけた。


 …………。


 少しの沈黙。


 そして。


『……そ、その……』


 …………。


 ……あっ。


 出てきた。


 いつもの、ふくよかなおじいさん。


 ただし。


 今日は、いつもと違った。


 ……えっ。


 神様、正座してる!?


     ◇


『……リアリス』


「……神様」


『……う、うむ』


 …………。


 ……ああ。


 やっと、捕まったんだね。


 神様は、床の上にきちんと座っていた。


 隣には、腕を組んだエレサリアさん。


 ……うん。


 これ、完全にお説教の姿勢だ。


『……主人から、お話があるそうよ』


 エレサリアさんが、穏やかに言った。


『……ね、あなた?』


『……は、はいっ!』


 …………。


 ……おお。


 ものすごく素直だ。


 神様が、ゆっくり頭を下げた。


『……リアリス。このたびは、本当にすまなんだ』


 …………。


 ……おっ。


 ちゃんと、謝ってる。


『……危険な盾を落とし、そなたに四度目の迷惑をかけてしまった』


「……はい」


『……しかも、妻に叱られるのが怖くて、逃げてしまった』


 …………。


 ……うん。


 それも、ちゃんと言うんだね。


『……本当に、すまなんだ』


 …………。


 私は、少しだけ息を吐いた。


 ……ああ。


 やっと、まともな謝罪が聞けた。


「……分かりました。今回は誰も怪我をしていません」


『……う、うむ』


「巨大な魚が盾を飲み込んでいましたけど、その魚も無事でした」


 …………。


 神様が、目を丸くした。


『……魚?』


「……はい。十メートル以上あるマグロでした」


『……マグロ……』


 …………。


 ……うん。


 何だろう。


 神様、妙な顔をしてる。


『……そのマグロ、さぞ大きかったじゃろうのう……』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 今、そこ!?


「……神様」


『……は、はい!』


「魚の大きさに感心してる場合じゃないでしょう!!」


『ひゃいっ!』


 …………。


 ……ああ。


 もう。


 せっかく、まともに謝ってたのに!


     ◇


『……あなた』


 エレサリアさんが、静かに声をかけた。


『リアリスちゃんが、何に困っているか分かっている?』


『……わしが、盾を落としたからじゃ……』


『……それだけ?』


『……ええと……』


 …………。


 神様が、また黙った。


 ……あっ。


 奥さん、本当に強いね。


『海で暮らしている生き物が、危ない目に遭ったのでしょう? 地上に住む人たちにも、迷惑をかけたのよね?』


『……うむ……』


『それから、あなたは何をしたの?』


『……逃げたのじゃ……』


『……そうね』


 …………。


 ……おお。


 静かだ。


 ものすごく静かなお説教だね。


 でも。


 神様は、完全に縮こまっている。


『……あなた』


『……はい』


『謝る相手は、リアリスちゃんだけではないでしょう?』


 …………。


 神様が、少しだけ顔を上げた。


『……そうじゃな……』


 それから、もう一度頭を下げた。


『……わしの不手際で、ステラに暮らす者たちを危険にさらしてしまった。すまなんだ』


 …………。


 ……ああ。


 そうだよ。


 そこが大事なんだ。


 私は、少しだけ肩の力を抜いた。


     ◇


 ケラーさんたちは、画面の向こうの神様を見つめていた。


 ……うん。


 いつもなら、感激して泣いているところなんだけど。


 今日は、さすがに静かだね。


 いや。


 むしろ、全員真剣な顔になってる。


「……オリミス神様……」


 ケラーさんが、小さく呟いた。


 ……あっ。


 どうしたんだろう。


「自らのお過ちを認め、謝罪なさるとは……」


 …………。


 ……えっ。


 まさか。


「……なんと、お慈悲深い……!」


 …………。


 …………。


 ……あああ。


 そっち!?


 私は、思わず目を閉じた。


 グレンさんも、静かに頷いている。


「偉大なる神にして、謙虚さまでお持ちとは……」


 …………。


 ……いや。


 それは、いいことなんだけど!


 元はといえば、神様が勝手に盾を落としたんですよ!?


 シーリンさんは、涙を拭っていた。


 セドリックさんも、感激した様子だ。


 ……うん。


 すごいなぁ。


 この人たちの信仰は、いったいどこまで強いんだろう。


 でも。


 そうやって、神様を信じる気持ちそのものは、否定したくない。


 ……うん。


 そこは、ちゃんと分けて考えよう。


     ◇


「……それで、エレサリアさん」


『……なあに?』


「これから、武具はどう管理するんですか?」


 エレサリアさんが、にっこり微笑んだ。


『それについては、もう手配を終えているわ』


 …………。


 ……おお。


 早い!


『危険な通路は、ほかの神々に確認してもらったうえで封鎖したの。武具の保管場所も移したわ』


「……なるほど」


『持ち出すときは、必ず複数の者で確認する決まりにしたのよ』


 …………。


 ……うん。


 いいね。


 ちゃんと管理できそう。


『それと……』


 エレサリアさんが、隣のオリミスを見た。


『主人が、ひとりで武具を持ち出すことは禁止にしたわ』


 …………。


 …………。


 ……おおお。


 ついに!


「……それが一番ですね!」


 私は、思わず声を上げた。


『ふふ。そうでしょう?』


 ……ああ。


 何だろう。


 ようやく、ちゃんとした管理体制ができた気がする。


 神様本人ではなく、奥さんが作ったんだけど。


 ……いや。


 そこは、もう気にしないでおこう。


『……そして、主人には、今回のことをもう一度最初から説明してもらうつもりよ』


『……は、はい……』


 …………。


 ……うん。


 頑張ってください、神様。


 ……いや。


 今度こそ、ちゃんと反省してくださいね。


     ◇


『……リアリスちゃん』


「……はい?」


 エレサリアさんが、少しだけ首を傾げた。


『こちらの件は、私が責任を持って見届けるわ。だから、もう心配しないでね』


 …………。


 ……ああ。


 その言葉、すごく頼もしい。


「ありがとうございます」


『こちらこそ。何度も、本当にごめんなさい』


「……いえ。無事に終わったなら、よかったです」


 私は、静かに頭を下げた。


 ……うん。


 もう、終わりにしよう。


 四回も落とした。


 四回とも回収した。


 危険なものは、神界へ戻った。


 そして、武具の管理も見直された。


 ……ああ。


 ようやく、本当の終わりが見えてきたね。


 私は、最後に神様へ目を向けた。


「……神様」


『……な、何じゃ?』


「……今度こそ、約束してください」


『……うむ』


「もう、落とし物をしないでください」


『……わ、分かったのじゃ!』


 …………。


 ……よし。


 今度こそ。


 今度こそ、終わり。


 私は、ほっと息を吐いた。


 ……ところが。


『……それにしても、リアリス』


「……はい?」


『……これで、わしの威厳も少しは戻ったかのう?』


 …………。


 …………。


 …………。


 ……は?


「……威厳?」


『……うむ。そなたには、何度も叱られてしまったからのう』


 …………。


 ……ああ。


 また、それ。


『……せめて、わしの神像くらいは立派なままでいてほしいのじゃ』


 …………。


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 今。


 何て言った?


 ……神像?


 私は、ゆっくり顔を上げた。


 目の前に、あの立派なオリミス像が立っている。


 穏やかな笑顔。


 堂々とした姿。


 神聖な雰囲気。


 …………。


 ……ああ。


 この像。


 何度も見たね。


 そのたびに、本人との落差を感じていた。


 ……うん。


 でも。


 もう、我慢できないかもしれない。


     ◇


「……神様」


『……何じゃ?』


「……今、威厳って言いました?」


『……うむ』


「……四回、武具を落として」


『……うむ』


「……四回、私に拾わせて」


『……うむ』


「……奥さんから逃げ回って」


『……う、うむ』


「……そのあとで、威厳ですか?」


 …………。


 神様が、少しだけ首を傾げた。


『……そうじゃが……』


 …………。


 …………。


 ……ああ。


 もう。


 …………。


 ぷつん。


 私の中で、何かが切れた。


「いい加減にしろぉぉぉぉ!!」


『ひゃあああっ!?』


 …………。


 神殿の天井に、私の声が響いた。


「お前はどこまでポンコツなんだよ!!」


『……り、リアリス!?』


「反省したと思ったら威厳、威厳って! お前の頭の中にはそれしかないのか!?」


『……そ、その……』


「世界へ武器を落としてるんだぞ!? 人や魔獣や魚が死んでたかもしれないんだぞ!?」


 …………。


 神様が、完全に黙った。


 ……うん。


 分かってる。


 私だって、怒鳴りたいわけじゃない。


 でも。


 もう、何度も何度も同じことを説明してるんだ。


 ……ああ。


 あの森の木。


 フェルザの鉱山。


 リルフィアの大きな枝。


 巨大なマグロ。


 全部、神様の落とし物に巻き込まれた。


「ふざけんな!! 何が神様だ!!」


 …………。


 私は、神像へ目を向けた。


 あの、立派な笑顔。


 ……いや。


 今までは、ちゃんと我慢してきた。


 神像は悪くない。


 信者さんたちの大切なものだ。


 それも、分かってる。


 ……でも。


 神様本人が、よりによって像の威厳を心配してる。


 …………。


 ああ。


 もう。


 どうして、こんなに腹が立つんだろう。


     ◇


「リアリス様!」


 桜花の声が、すぐ横から聞こえた。


 ……あっ。


 そうだ。


 桜花もいる。


 ケラーさんたちもいる。


 ここは、神殿だ。


 私は、しばらく動かなかった。


 …………。


 ……うん。


 落ち着こう。


 落ち着いて。


 神様にもう一度、ちゃんと言おう。


 ……でも。


『……リアリス』


「……何ですか!」


『……わしは、いちおう創造神じゃからのう……』


 …………。


 …………。


 …………。


 ……ああ。


 駄目だ。


 その言葉を聞いた瞬間、私の我慢は完全に限界を迎えた。


「だから何だよ!! 神様なら何をしても許されると思ってるのか!?」


『……ち、違うのじゃ!』


「だったら、最後まで反省しろぉぉぉ!!」


 私は、神像の前へ歩み寄った。


 …………。


 ……うん。


 分かってる。


 これは八つ当たりだ。


 神像は悪くない。


 それでも、今は。


 この立派な顔を見ていると、どうしても我慢できなかった。


「……桜花。みんなを、少し離して」


「……リアリス様?」


「……お願い」


 桜花は、一瞬だけ私を見つめた。


 それから、静かに頷いた。


「……かしこまりました」


 ……うん。


 誰にも怪我をさせたくない。


 私は、祭壇の周囲へ《結界》を張った。


 神像の破片が外へ飛ばないように。


 ほかの人が巻き込まれないように。


 ……そして。


「……神様」


『……な、何じゃ?』


 私は、神像の前で拳を握った。


「……これが、四回分の怒りだぁぁぁ!!」


 …………。


 どんっ!!


 私は、神像の胴体へ拳を打ち込んだ。


 次の瞬間。


 ばきっ!


 ばきばきばきっ!!


 立派だったオリミス像に、大きな亀裂が走った。


 そして。


 がしゃあああんっ!!


 白い石の神像が、結界の内側で粉々に砕け散った。


 …………。


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 ……やった。


 やっちゃった。


 …………。


 オリミス像。


 粉砕。


     ◇


 神殿が、静まり返った。


 私は、拳を下ろしたまま、動けなかった。


 …………。


 ……ああ。


 やってしまった。


 いくら腹が立ったからって。


 信者さんたちが大切にしている神像を、壊しちゃった。


 ……うん。


 これは、私が悪い。


 私は、ゆっくり振り返った。


 ケラーさん。


 グレンさん。


 セドリックさん。


 シーリンさん。


 四人とも、目を見開いて固まっている。


 ……うん。


 そりゃそうだよね。


 私だって、今、自分で驚いてる。


「……す、すみません!!」


 私は、深く頭を下げた。


「今のは、完全に私の八つ当たりでした!」


 …………。


 少しの沈黙。


 すると。


『……リアリスちゃん』


 エレサリアさんの声が聞こえた。


 ……あっ。


 画面、まだつながってた。


『……怒るのは当然だけれど、物に当たってはいけないわよ』


 …………。


 ……はい。


 そのとおりです。


「……すみません」


 私は、もう一度頭を下げた。


 ……うん。


 神様が悪かったからって。


 私まで、悪いことをしていいわけじゃない。


 …………。


 ……ああ。


 完全に、反省だ。


 私は、肩を落とした。


     ◇


 すると。


『……エレサリア』


 神様が、小さな声を出した。


『……わしの像が……』


 …………。


 …………。


 ……おお。


 まだ、そっちを気にするんだ!?


 私は、思わず顔を上げた。


「……神様!」


『……ひゃいっ!?』


「今は、こっちが反省してるんです! 余計なこと言わないでください!!」


『……は、はいっ!』


 …………。


 ……ああ。


 もう。


 本当に、この神様は!


 エレサリアさんが、静かに夫へ向き直った。


『……あなた。リアリスちゃんがこうなったのは、何がきっかけだったかしら?』


『……わしが、何度も落とし物をしたからじゃ……』


『……それから?』


『……威厳のことばかり気にしたからじゃ……』


『……そうね』


 …………。


 ……うん。


 神様、もう、完全に子どもみたいだね。


『……それでは、もう一度』


『……すまなんだ、リアリス!』


 …………。


 ……おっ。


『……本当に、すまなんだ!』


 神様が、何度も頭を下げ始めた。


『……二度と勝手に武具を持ち出さぬ!』


『……もう、落とさぬ!』


『……威厳のことも、いったん忘れるのじゃ!』


 …………。


 …………。


 ……いや。


 最後の一つだけ、ちょっと怪しいなぁ。


 でも。


 エレサリアさんが、隣で静かに頷いている。


 ……うん。


 今度こそ、見届けてくれそうだね。


     ◇


「……ケラーさん」


 私は、砕けた神像を見てから、ゆっくり声をかけた。


「……本当に、すみませんでした」


 ケラーさんが、静かにこちらを見た。


 …………。


 ……ああ。


 怒ってるかな。


 当然だよね。


 大切な神像を、目の前で壊されたんだから。


 私は、もう一度頭を下げた。


「……すぐに、元どおりにします」


 ケラーさんは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……使徒様」


「……はい」


「……神像が、粉々に……」


 …………。


 ……うん。


 そうだね。


 本当に、ごめんなさい。


 ……ところが。


「……これほどまでに、神様と真剣に向き合われるとは……!」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


「……私は、改めて感動いたしました……!」


 …………。


 …………。


 ……いやいやいや!!


「感動しないでください!!」


 私は、思わず叫んだ。


 ……ああ。


 もう!


 この人、本当に何があっても信仰が揺らがないんだね!


 グレンさんが、深く頷いた。


「……使徒様のお叱りにも、深い意味が……」


「ありません!!」


 セドリックさんも、目を潤ませている。


「……神像すら惜しまぬ御覚悟……!」


「いや、惜しんでください!!」


 シーリンさんが、静かに微笑んだ。


「……ですが、使徒様も反省なさっていますわ」


 …………。


 ……あっ。


 そう。


 そこは、ちゃんと見てくれてたんだね。


「だからこそ、私たちも落ち着いてお話を聞きましょう」


 ……ああ。


 シーリンさん、ありがとう。


 私は、少しだけ安心した。


     ◇


 私は、祭壇の前へ戻った。


 ……うん。


 神像は、結界の中で粉々になっている。


 幸い、誰も怪我をしていない。


 周囲の壁や祭壇にも、傷はない。


 ……それは、よかった。


 ただし。


 やっぱり、壊したことに変わりはない。


 私は、神像が元はどんな姿だったかを思い出した。


 穏やかな表情。


 堂々とした立ち姿。


 白い石の質感。


 ……うん。


 何度も見たから、ちゃんと覚えている。


 私は、《建築》で祭壇に据えつけられた神像を、元の形に修復した。


 砕けた石が片づけられ、台座の上に白い神像が、もとの姿で現れる。


 …………。


 ……おお。


 戻った。


 私は、周囲を詳しく確かめた。


 細かい模様まで、元どおり。


 台座にも、問題なし。


 ……うん。


 よかった。


「……ケラーさん。元に戻しました」


 ケラーさんが、神像を見上げた。


「……おお……!」


 …………。


 ……ああ。


 また、感動してる。


 でも、今回は私が悪かったんだから。


「本当に、すみませんでした」


 私は、改めて頭を下げた。


 ケラーさんは、静かに微笑んだ。


「……使徒様。お戻しいただき、ありがとうございます」


 ……ああ。


 よかった。


 ちゃんと謝れて、少し安心した。


     ◇


 エレサリアさんが、画面越しに私へ声をかけた。


『……リアリスちゃん』


「……はい」


『きちんと元に戻して、謝れたのね』


「……はい。少し、やりすぎました」


『ええ。怒りを伝えることと、物を壊すことは、別だからね』


 …………。


 ……うん。


 そのとおりだ。


 私は、静かに頷いた。


『……でも、主人の不始末を何度も片づけてくれたことには、本当に感謝しているわ』


「……ありがとうございます」


『こちらは、私に任せてちょうだい』


 エレサリアさんが、夫へ視線を向けた。


『……あなた』


『……は、はいっ!』


『今日は、最初からもう一度お話ししましょうね』


『……さ、さっきも……』


『……あなた?』


『……はいっ!!』


 …………。


 ……うん。


 もう、逃げられないね。


 神様が、最後にこちらへ頭を下げた。


『……リアリス。本当に、すまなんだ』


 …………。


「……神様」


『……何じゃ?』


「……次は、ありませんからね」


『……うむ。肝に銘じるのじゃ』


 ……うん。


 その返事。


 今度こそ、信じたいな。


 ……いや。


 エレサリアさんが管理してくれるなら、もう大丈夫だろう。


『それじゃあ、リアリスちゃん。またね』


「はい。エレサリアさん。ありがとうございました」


 通話が、静かに終わった。


 ……ああ。


 終わった。


 ……本当に。


 ようやく、終わったね。


     ◇


 神殿を出たあと、私は桜花と並んで聖都の通りを歩いた。


 白い建物が並ぶ、静かな街並み。


 神殿へ向かう人たち。


 穏やかな風。


 ……うん。


 今日も、平和だね。


「……桜花」


「はい」


「……私、やっちゃったね」


「……さようでございますね」


 …………。


 ……うん。


 否定してくれないんだ。


 ……いや。


 それが、ありがたい。


「……神像、壊しちゃった」


「……はい」


「ちゃんと直したし、謝ったけど」


「……はい」


「やっぱり、よくなかったよね」


 桜花が、静かに頷いた。


「……ですが、リアリス様がそのようにご自身を省みておられることは、何より大切かと存じます」


 …………。


 ……ああ。


 ありがとう。


「……そうだね」


 私は、小さく笑った。


「神様には、何度も反省しろって言ってたのに、私まで同じことになっちゃった」


「……ふふ」


 桜花が、少しだけ笑った。


 ……あっ。


 笑ったね。


「……桜花?」


「……失礼いたしました」


 ……いや。


 いいよ。


 私も、ちょっと笑いたくなっちゃった。


 ……ああ。


 何だか、本当に長い一日だったなぁ。


     ◇


 王国邸へ戻ると、カトレアが玄関まで走ってきた。


「……お父さん!」


「ただいま!」


 私は、しゃがんでカトレアを抱きしめた。


 ……ああ。


 やっぱり、この笑顔が一番だね。


「……おとしもの、見つかった?」


「うん。ちゃんと返してきたよ」


「……よかった!」


 ……うん。


 今回も、誰も大怪我しなくてよかった。


 それだけは、心からそう思う。


「……お父さん」


「ん?」


「……かみさま、こんどは、おかたづけできる?」


 …………。


 ……あっ。


 その質問。


 ……うん。


 私は、ゆっくり頷いた。


「今度は、奥さんが全部確認してくれたみたいだからね」


「……そっか!」


 カトレアが、安心したように笑った。


「……お父さん、おかえり!」


 …………。


 ……ああ。


 ありがとう。


 私は、もう一度その頭を撫でた。


 ……うん。


 家族って、いいね。


 こうして帰ってきたとき、いつも変わらず迎えてくれる。


 だから、どれだけ怒ることがあっても。


 最後は、ここへ戻ってきたいんだ。


     ◇


 食堂では、巴さんが夕食を用意してくれていた。


「お帰りなさい、リアリスちゃん」


「ただいま、巴さん」


「……今日は、どうだった?」


 …………。


 ……あっ。


 そこ、聞かれちゃった。


 私は、少しだけ迷った。


 ……でも、嘘はつけない。


「……神様が、また盾を落として」


「ええ」


「……巨大なマグロが飲み込んでて」


「……まあ」


「……それを拾って、神殿へ返して」


「ええ」


「……そのあと、神様と口喧嘩になって」


 …………。


 巴さんが、少しだけ首を傾げた。


「……それで?」


 …………。


 ……ああ。


 もう、言うしかない。


「……神様の像を、壊しちゃった」


 …………。


 …………。


 …………。


「……リアリスちゃん?」


 …………。


 ……あっ。


 この声。


 ……まずい。


 私は、慌てて頭を下げた。


「……すみません!!」


 巴さんは、しばらく私を見つめていた。


 それから。


「……ちゃんと、お直ししたの?」


「はい! 元に戻しました!」


「……謝った?」


「はい! ケラーさんにも、神様にも!」


 …………。


 巴さんが、少しだけ息を吐いた。


「……そう。それなら、まずはよかったわ」


 ……ほっ。


 少し安心した。


 でも。


「リアリスちゃん」


「……はい」


「どれだけ怒っても、物を壊していい理由にはならないのよ」


 …………。


 ……うん。


 本当に、そのとおりです。


「……はい」


「次からは、ちゃんとお話ししましょうね」


「……はい!」


 …………。


 ……ああ。


 私も、完全に叱られちゃった。


 神様のことをポンコツって言ってたけど。


 今日は、私にも反省するところがあったね。


     ◇


 しばらくすると、巴さんが夕食を運んできてくれた。


 温かいスープ。


 焼きたてのパン。


 それから、いい香りのする料理。


 ……ああ。


 おいしそう。


「……今日は、みんなでゆっくり食べましょうね」


 巴さんが、優しく微笑んだ。


 ……うん。


 ありがとう。


 私は、席へ着いた。


 カトレアが、隣へちょこんと座る。


 桜花も、静かに微笑んでいた。


「……お父さん」


「ん?」


「……かみさま、おこられた?」


 …………。


 ……あっ。


 ……いや。


 今日は、神様だけじゃないんだけどね。


「……うん。たくさん怒られてたよ」


「……そっか」


 カトレアは、少し考えてから言った。


「……じゃあ、ちゃんと、おかたづけするね」


 …………。


 ……ああ。


 いい子だなぁ。


 私は、優しく頷いた。


「……そうだね」


 それから、少しだけ笑った。


「お父さんも、気をつけるよ」


「……うん!」


 ……うん。


 それでいい。


 私も、神様も。


 間違えたら、ちゃんと謝って、次から気をつける。


 ……ああ。


 そういうことなんだよね。


     ◇


 夜。


 私は、王国邸の窓から、静かな星空を見上げていた。


 ……うん。


 綺麗だね。


 この世界へ来てから、いろんなことがあった。


 冒険者になって。


 桜花と出会って。


 巴さんやカトレアと、家族になって。


 フラワーズも、五人になった。


 人と魔族の和平も成立した。


 ……ああ。


 本当に、いろいろあったね。


 そして。


 神様が、四回も落とし物をした。


 …………。


 ……いや。


 それだけは、余計だったなぁ。


 私は、思わず苦笑した。


 でも。


 今回の騒動で、エレサリアさんにも会えた。


 ケラーさんたちとも、ずいぶん仲良くなった。


 ……うん。


 嫌なことばかりじゃなかったかもしれない。


 ……いや。


 だからって、五回目があっていいわけじゃないよ!


 私は、窓を閉めた。


「……神様」


 小さく呟く。


「……今度こそ、本当に、ちゃんとしてくださいね」


 …………。


 もちろん、返事はない。


 でも。


 神界には、エレサリアさんがいる。


 ……うん。


 もう大丈夫。


 ……きっと。


 私は、静かに笑った。


 ……さて。


 明日こそ、家族とゆっくり過ごそう。


 巴さんのご飯を食べて。


 カトレアと花壇を眺めて。


 桜花とお茶を飲んで。


 ……ああ。


 それが、私の望んでいる暮らしなんだ。


 ――四度目の落とし物は、ようやく返却。神様の武器も、神様の威厳も、今度こそ奥様の管理下に入ったのだった。

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