第4話:魔王からの宣戦布告
オリミス聖国での一日が終わり、その翌朝。
私は桜花と一緒に、シルク王国邸へ戻ってきた。
「ただいまー!」
「おかえりなさいませ、リアリス様」
玄関で出迎えてくれたのは楓だった。
橙色の短い髪が、朝の日差しにふわりと揺れる。
「楓、おはよう!」
「……おはようございます」
「王国邸の方、変わりなかった?」
「……はい。問題ありません」
……うん。
頼もしいねぇ。
聖国邸は蘭と十人の一般メイドたちが引き受けてくれた。
魔法国邸には藤。
帝国邸には杏子。
各邸でみんなが協力してくれるから、私はこうして好きな場所へ戻ってこられる。
……ああ。
素晴らしい!
これぞ、私が目指していた生活だよ。
「……リアリス様」
楓が、私の袖を少しだけつまんだ。
「ん?」
「……お帰りを、お待ちしておりました」
…………。
……あっ。
可愛い。
私は、そっとしゃがんだ。
「楓。頭、撫でてもいい?」
「……はい」
短い髪を優しく撫でると、楓は小さく目を細めた。
……うん。
帰ってきたって感じがするね。
「お父さーん!」
今度は奥から、元気な声。
……おっ!
カトレア!
「おかえり!」
「ただいま!」
カトレアが抱きついてきた。
……ああ。
やっぱり、家が一番だなぁ。
「お父さん、今日はお出かけ?」
「今日は、今のところ予定はないよ」
「……ほんと?」
「うん。のんびりしようと思って」
カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。
「……じゃあ、いっしょにお花見る!」
「もちろん!」
……うん。
最高の予定だね。
「リアリスちゃん、おかえりなさい」
巴さんが、食堂の方から顔を出した。
「ただいま、巴さん!」
「あらあら。朝から賑やかねぇ」
「今日はもう、ゆっくりしようと思って!」
「ふふ。それがいいわね。昨日も忙しかったんでしょう?」
「……はい。いろいろありまして」
……そう。
神様に《映像通話》で連絡したら、教皇さんが号泣して。
気づけば、神の使徒様と呼ばれるようになって。
新しい家族も増えて。
……うん。
いろいろありすぎた。
だから、今日は本当に休もう。
……絶対に!
◇
朝食を終え、食堂で紅茶を飲んでいたときだった。
玄関の方から、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「……リアリス様」
現れた楓が、いつもより真剣な顔をしている。
「ん?」
「……冒険者ギルドの方が、お見えです」
「ギルド?」
……あれ。
何か依頼でもあったのかな。
でも、わざわざ家まで来るなんて珍しいね。
「お急ぎのご用件とのことです」
「……急ぎ?」
私は、カップを置いた。
嫌な予感がする。
……いや。
できれば、予感だけで終わってほしいんだけど。
「分かった。通してもらえる?」
「……はい」
ほどなくして、一人のギルド職員が応接室へ案内されてきた。
息が少し上がっている。
……おお。
相当急いできたんだね。
「リアリス様。突然の訪問、失礼いたします!」
「いえいえ。どうしました?」
「ギルドマスターのシルベスターより、至急お越しいただきたいとの伝言です」
……シルベスターさんから?
「何か、あったんですか?」
職員は、一瞬ためらった。
それから、声を落とした。
「……魔王国から、宣戦布告があったとのことです」
…………。
…………。
……えっ?
「……せ、宣戦布告?」
「はい。人間諸国へ向けたものだそうです」
…………。
……いやいやいや。
ちょっと待って。
ついさっきまで、カトレアとお花を見る話をしてたんだけど。
私の休日、どこへ行った!?
「詳しい話はギルドマスターから直接、と」
「……分かりました」
……うん。
これは、のんびりしてる場合じゃなさそうだね。
「すぐに行きます。案内、ありがとうございました」
「はっ!」
職員が、ほっとしたように頭を下げる。
私は、桜花と顔を見合わせた。
「桜花。ちょっとギルドへ行ってくるね」
「もちろん、お供いたします」
「……うん。お願い」
……ああ。
何だか、急に空気が変わっちゃったなぁ。
◇
「お父さん」
出かけようとすると、カトレアが近づいてきた。
「ん?」
「……お仕事?」
……あっ。
さっき、今日は一緒にお花を見ようって約束したばかりなのに。
「……うん。急ぎの用事ができちゃった」
「……そっか」
カトレアが、少しだけ俯いた。
…………。
……ああ。
ごめんね。
私は、その小さな手を取った。
「約束を破るつもりはないよ。帰ってきたら、ちゃんと一緒に見ようね」
「……うん」
「それに今日は、巴さんや楓もいるから」
「……だいじょうぶ」
カトレアが、顔を上げた。
「……お父さん、お仕事がんばって」
…………。
……ああ。
この子は、本当に。
「ありがとう。行ってくるね」
ぎゅっと抱きしめる。
カトレアも、ぎゅっと抱き返してくれた。
……うん。
こういう日常を守りたいから、私も頑張ろう。
「リアリスちゃん」
巴さんが、私を見た。
「危ないことなら、ちゃんと相談するのよ」
「……はい」
「カトレアのことは、任せてちょうだい」
「ありがとうございます」
……うん。
行こう。
まずは、何が起きたのか確かめないと。
◇
王都クーラルの冒険者ギルドは、いつもより騒がしかった。
掲示板の前に人が集まり、受付には冒険者たちが列を作っている。
……おお。
何だろう、この雰囲気。
普段の依頼を探す賑やかさとは違う。
みんな、落ち着かない顔をしている。
「……魔王国が、本当に?」
「東の街道はどうなるんだ?」
「今から出る依頼は、しばらく様子を見た方が……」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
……ああ。
もう、噂になっているんだね。
私と桜花は、人混みの間を抜けて受付へ向かった。
「こんにちは。ギルドマスターに呼ばれて来ました」
受付の職員が、こちらを見た。
「……あっ。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
……うん。
話が通ってるみたいだ。
案内されたのは、ギルドマスターの執務室。
扉を叩くと、すぐに声が返ってきた。
「入ってくれ!」
「失礼します」
扉を開ける。
その向こうで、シルベスターさんが大量の書類を机に広げていた。
……おお。
何だか、すごく忙しそうだね。
「来てくれたか、リアリス!」
「はい。大変なことになったって聞きまして」
「ああ。座ってくれ。桜花もな」
「ありがとうございます」
私は椅子に座った。
桜花が、隣へ静かに腰を下ろす。
……うん。
シルベスターさん。
顔色が、ちょっと悪い気がするんだけど。
「……大丈夫ですか?」
「俺の心配は後でいい!」
……あっ。
元気そうだね。
……いや。
そういう意味じゃないか。
「まず、これを見てくれ」
シルベスターさんが、一枚の書類を差し出した。
そこには、魔王国からの通告について記されていた。
◇
ドルステン魔国。
中央大陸の人間国家とは別の大陸にある、魔族の国。
その国を治める魔王から、人間の四か国へ正式な宣戦布告が届いたらしい。
……うん。
言葉にすると、かなり物騒だ。
「これ、本当なんですか?」
「王国が確認している。魔法国、帝国、聖国にも、同じ趣旨の通告が届いているそうだ」
「……そうなんですね」
「魔王国と人間諸国の対立は、今に始まったことじゃない。だが、今回は魔王の名で、はっきりと宣戦布告された」
……ああ。
長く続いている対立が、また大きく動きそうなんだね。
「もう戦いは始まってるんですか?」
「今のところ、大規模な侵攻を確認したという情報はない」
……ほっ。
少なくとも、まだ間に合うかもしれない。
「ただな」
シルベスターさんが、書類を指で叩いた。
「宣戦布告が届いた以上、各国とも警戒せざるを得ん。軍を動かせば、相手も動く。そうやって、引くに引けなくなる」
「……なるほど」
……うん。
これは、力の強い人が一人いるだけで解決する話じゃないね。
「冒険者ギルドにも、国から協力要請が来ている。住民の避難支援や、街道の安全確認だ」
「……はい」
「だが、俺はできれば、そこまで行く前に止めたい」
…………。
私は、シルベスターさんを見た。
その表情は、真剣だった。
「……それで、私を?」
「ああ」
彼は、まっすぐ頷いた。
「お前に、緊急依頼を頼みたい」
「……どんな依頼ですか?」
「戦争を止めるための、橋渡しだ」
…………。
……橋渡し。
「人間の国々と、魔王国との間を取り持ってほしい」
…………。
…………。
……えっ。
ちょっと待って。
それ、冒険者ギルドの依頼としては、ずいぶん大きくない!?
◇
「……あの、シルベスターさん」
「何だ」
「私、ただの冒険者なんですけど」
「お前が普通の冒険者なら、俺はここまで胃を痛めてねぇよ」
…………。
……あっ。
それは、何とも申し訳ない。
「でも、国同士の話ですよね? 私が勝手に決めるわけには……」
「もちろんだ。だからこそ、まずは各国の代表を集めたい」
「……なるほど」
シルベスターさんは、もう一枚の書類を取り出した。
「国王陛下には、俺から相談してある。お前に無理やり戦わせるつもりはないと、はっきり言っていただいた」
……おお。
それは、ありがたい!
「ただ、各国が連絡を取り合うにも時間がかかる。まして、魔王国へ使者を送ろうとすれば、相手が会ってくれる保証もない」
「……うん」
「お前なら、早く移動できる。ほかの国の首脳とも面識がある」
……ああ。
確かに。
国王さんにも、皇帝にも、魔法国の法師長さんにも、聖国の教皇さんにも会った。
それに、どの国とも友好的なお約束を結んでいる。
……うん。
いつの間にか、人脈が増えてるねぇ。
「リアリス」
シルベスターさんの声が、少し柔らかくなった。
「やれとは言わん。危険だと思ったら、断ってくれていい」
「……はい」
「それでも、お前の力を借りられれば、救える命があるかもしれん」
…………。
……ああ。
そうだよね。
私が何もしなければ、戦争が始まるかもしれない。
もちろん、私が動けば必ず止められるとは限らない。
でも。
できることがあるなら、試したい。
だって。
戦争になったら、カトレアみたいに怖い思いをする子が、たくさん出てくるかもしれない。
家を失う人も、帰ってこられなくなる人も。
……そんなの、嫌だ。
「……シルベスターさん」
「何だ?」
「その依頼って、魔王を倒してこい、ではないんですよね?」
「ああ。そうじゃない」
「じゃあ、引き受ける前に、ひとつ確認したいことがあります」
「言ってみろ」
私は、はっきり口にした。
「魔王国にも、ちゃんと話を聞くつもりはありますか?」
…………。
シルベスターさんが、少し驚いた顔をした。
「……どういう意味だ?」
「こっちの国の人たちだけの話を聞いて、魔王国が全部悪いって決めるのは、違うと思うんです」
……うん。
私は、魔王に会ったことがない。
魔族の人たちが、どういう暮らしをしているのかも知らない。
それなのに、最初から敵だと決めつけるのは嫌だなぁ。
「もちろん、向こうが何をするつもりなのかは、ちゃんと確かめたいですけど」
シルベスターさんは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……そうだな。それでいい」
「本当ですか?」
「ああ。戦争を止めたいんだ。相手の話を聞かずに、どうやって止める」
…………。
……ああ。
よかった。
「ただし、忘れるな。魔王国へ行くのは危険だ」
「……はい」
「俺たちは、お前の力を知っている。だが、全部がお前の思いどおりに行くとは限らん」
……うん。
そのとおりだね。
私は強い魔法を使えるけれど。
相手の気持ちまで、魔法で自由に変えるつもりはない。
「無理はしません。まず、各国の話を聞いてみます」
「……頼む」
シルベスターさんが、深く頭を下げた。
……おお。
シルベスターさんに、こんなふうにお願いされると。
ちょっと、断りにくいなぁ。
……いや。
もう、断るつもりはないんだけどね。
◇
ギルドを出ると、王都の通りはいつもどおり賑わっていた。
……いや。
よく見ると、そうでもない。
商人が何人か集まって、真剣な顔で話をしている。
馬車に荷物を積む人も、普段より少し急いでいるように見えた。
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「戦争って、始まる前からこんなに人を不安にさせるんだね」
「……そうですね」
桜花は、通りを見つめた。
「戦いが始まれば、さらに多くの方が影響を受けるのでしょう」
「……うん」
私は、小さく息をついた。
……ああ。
できれば、誰にも悲しい思いをしてほしくないな。
「……リアリス様」
「ん?」
「私は、どのような場所へもお供いたします」
桜花が、静かに言った。
「ただ、リアリス様お一人で、すべてを背負わないでくださいませ」
…………。
……ああ。
そうだよね。
私が和平を願っても、実際に決めるのは、それぞれの国の人たちだ。
私は、そのきっかけを作るだけ。
うまくいくかどうかまで、一人で責任を背負う必要はない。
「ありがとう、桜花」
「いいえ」
「まずは、王国邸に戻ろうか。みんなと相談もしたいし」
「かしこまりました」
……うん。
それじゃ、行こう。
こんなときこそ、落ち着いて考えないとね。
◇
王国邸へ戻ると、巴さんが温かいお茶を用意してくれた。
「……宣戦布告、ですって?」
「はい。魔王国から、人間の四か国へ」
巴さんの表情が、少し曇った。
「……そう」
私は、ギルドで聞いた話を簡単に伝えた。
まだ大規模な戦いが始まったという情報はないこと。
でも、このままだと国同士が軍を動かすかもしれないこと。
そして、和平の橋渡しを頼まれたこと。
「……リアリスちゃん」
「はい」
「あなた、行くつもりなのね」
「……うん」
巴さんが、しばらく私を見つめた。
「……分かったわ」
「……えっ?」
「止めても、聞かないでしょう?」
…………。
……あっ。
それは、まあ。
「……でも、無茶をするつもりはありません」
「それなら、ひとつだけ」
巴さんが、私の手を取った。
「必ず、帰ってきてね」
…………。
……ああ。
その言葉。
何だか、胸に残るね。
「うん。約束する」
「桜花ちゃんも、お願いね」
「はい。リアリス様をお守りいたします」
巴さんは、ようやく小さく笑った。
「それから、リアリスちゃん」
「……はい?」
「カトレアには、ちゃんと説明してあげるのよ」
……うん。
そうだよね。
急にどこかへ行って、帰ってこなかったら。
あの子、きっと不安になるもん。
「……はい。ちゃんと話します」
私は、カップに口をつけた。
温かいお茶の香りが、少しだけ緊張を和らげてくれた。
……ああ。
巴さんのお茶って、こういうとき本当にありがたいね。
◇
さて。
和平の仲介をするにしても、私一人で勝手に決めるわけにはいかない。
まずは人間の四か国に、話し合いの意思があるか確認しよう。
……うん。
それなら、やっぱり《映像通話》だね。
神様に連絡するときにも使った、あの魔法。
今度は国の偉い人たちが相手だから、先に用件をちゃんと伝えないと。
……いや。
神様のときも、ちゃんと伝えればよかったんだけど。
あのときは、教皇さんが号泣するとは思ってなかったし!
「桜花、まずは国王さんからでいいかな?」
「はい。それがよろしいかと存じます」
……うん。
ギルドマスターも、すでに相談しているって言ってたし。
話は通じるはずだ。
私は、カバディ王の顔を思い浮かべる。
「《映像通話》。カバディ王につないでください」
目の前に、見覚えのある光る画面が現れた。
中央には、『呼び出し中』の文字。
……うん。
いつもの画面だ。
しばらくすると、文字が消えた。
『……おお、リアリス殿か!』
……おっ。
つながった!
「こんにちは、国王さん!」
『……こ、これは何事だ!?』
画面の向こうで、国王さんが目を丸くした。
……あっ。
いきなり顔が映ったから、驚いちゃったね。
「すみません! 離れた場所からお話しする魔法なんです」
『……な、なるほど。いや、驚いたぞ』
国王さんが、ゆっくり深呼吸した。
その背後から、宰相のミキサーさんが顔を覗かせる。
『……また新しい魔法ですか』
「いえ、前から使ってた魔法ですよ」
『……そうですか』
……うん。
ミキサーさん。
何だか、疲れてる?
まだ何もしてないんだけどなぁ。
「今日は、魔王国の宣戦布告のことでご相談があって」
国王さんの表情が、すぐに引き締まった。
『……ああ。シルベスターから話は聞いた』
「できれば、戦争になる前に話し合いの場を作りたいんです」
『……うむ』
「そのために、四か国の代表の方と、一度お話ししたくて」
少しの沈黙。
国王さんは、隣のミキサーさんを見た。
ミキサーさんが、小さく頷く。
『……分かった。王国として、その話に応じよう』
「ありがとうございます!」
『ただし、各国の立場は同じではない。全員が同じ考えとは限らぬぞ』
「はい。そこは、ちゃんと分かっています」
……うん。
私は、まずみんなの話を聞きたい。
無理やり同じ意見にさせるために集めるわけじゃないんだ。
「王国邸を会談の場所にしたいんですけど、いいでしょうか?」
『……そなたの屋敷か』
「はい。広さもありますし、邪魔が入らないようにできます」
国王さんが、少しだけ笑った。
『あの屋敷なら、確かにな』
……おお。
分かってもらえた。
『こちらの準備が整えば、参加しよう。ほかの国との連絡も頼めるか?』
「もちろんです!」
……よし!
一か国目、成功!
◇
次は、ローズ帝国。
皇帝の顔を思い浮かべて、《映像通話》を使う。
……うん。
何だか、国際会議の電話係になった気分だね。
「《映像通話》。ヴァリロッサ皇帝につないでください」
画面に『呼び出し中』の文字。
そして。
『……何だ、これは!?』
……おお。
出た!
「こんにちは、皇帝!」
『リアリスか! 何の魔法だ、それは!』
「遠くから話せる魔法ですよ!」
『はっはっは! 相変わらず面白いな、お前は!』
……うん。
皇帝、元気そうだねぇ。
でも、今は笑っている場合じゃないんだ。
「魔王国の宣戦布告のことで、ご相談があります」
皇帝の笑顔が消えた。
『……ああ。その件か』
画面の奥には、宰相のガラントさんもいた。
いつものように、書類を持っている。
『帝国としても、状況を確認しているところです』
「ありがとうございます。実は、戦争になる前に話し合いができないかと思って」
『……魔王国と、か?』
皇帝が、腕を組んだ。
『相手が攻め込んでくるというなら、こちらも備えねばならん』
「それは、そうだと思います」
『……うむ?』
「でも、まだ戦いが始まってないなら、話し合う余地があるかもしれません」
……うん。
まだ、何も決まってない。
魔王が何を考えているのかも、分からない。
だからこそ、まず聞いてみたいんだ。
皇帝は、少し黙っていた。
それから、口元を上げた。
『……はっはっは! なるほどな!』
……おっ。
笑った。
『お前なら、そう言うと思ったぞ』
「……そうですか?」
『ああ。腕力で片づけるだけなら、もっと簡単に済ませられるだろうに』
…………。
……いや。
戦争って、力で勝てばそれで終わり、じゃないからね。
『いいだろう。帝国も話を聞こう』
「ありがとうございます!」
『ただし、帝国の民を危険にさらすような条件には応じんぞ』
「もちろんです!」
……うん。
そこは、当然だ。
国を守る責任があるんだもんね。
ガラントさんが、小さく一礼した。
『詳細は、我々で確認いたします』
「お願いします!」
……よし!
二か国目も、話を聞いてもらえた!
◇
三か国目は、フォーサイド魔法国。
ここは法師長のキリアさんと、宰相のモースさんがいる。
……うん。
魔法の国だから、《映像通話》にも興味を持つかもしれないね。
「《映像通話》。キリア法師長につないでください」
光る画面が現れた。
しばらくして。
『……何だ、これは!?』
……うん。
やっぱり、驚くよね。
「キリアさん、こんにちは!」
『……リアリス殿!?』
「はい! 遠くからお話しするための魔法です」
『……ほう! そのような術式が……!』
キリアさんの目が、ぱっと輝いた。
……あっ。
まずい。
これは、魔法の研究の話になっちゃうかも。
「すみません。今日は急ぎのご相談があって!」
『……おお。そうだったな』
キリアさんが、咳払いした。
『魔王国のことだろう?』
「はい」
すると、画面の向こうにモースさんが現れた。
『……また珍しい魔法を見せてもらっているの?』
「こんにちは、モースさん!」
『ふふ。こんにちは。相変わらずねぇ』
……うん。
この方も、元気そうだ。
私は宣戦布告のことと、和平のために四か国で話し合いたいことを伝えた。
キリアさんは、難しい顔になった。
『魔王国の宣言を、そのまま受け入れるわけにはいかぬ。だが、こちらも戦いを望んでいるわけではない』
「……はい」
『勇者の力があるからといって、戦争を軽く考えるつもりもない』
……ああ。
雪彦君のことだね。
あの子が強い力を持っているとしても。
戦争を全部背負わせるのは、違うと思う。
「私も、そう思います」
私は、はっきり答えた。
「できることなら、誰にも戦ってほしくないです」
モースさんが、小さく頷いた。
『……そうね。それが一番だわ』
キリアさんが、もう一度こちらを見た。
『よかろう。魔法国も会談に参加しよう』
「ありがとうございます!」
『ただし、まずは人間諸国の意思を確認する場とするのだな?』
「はい。魔王国の話を聞くかどうかを、そこでちゃんと決めたいんです」
『承知した』
……よし。
これで、三か国。
あとは、聖国だね。
◇
……さて。
最後は、オリミス聖国。
教皇さんへ連絡するのは、つい昨日以来だ。
…………。
……あっ。
そういえば、昨日は《映像通話》で神様に連絡したんだった。
教皇さん。
もう落ち着いてるかなぁ。
「……リアリス様」
桜花が、静かに声をかけた。
「はい?」
「教皇猊下には、先にお名前を名乗られた方がよろしいかと」
「……あっ。そうだね」
……うん。
昨日みたいに、いきなり驚かせるのはやめよう。
「《映像通話》。パーシー教皇につないでください」
光る画面が現れた。
そして、少しすると。
『……おお……!』
…………。
……あっ。
その声。
また、泣いちゃった?
「教皇さん、こんにちは! リアリスです!」
『つ、使徒様……!』
……ああ。
まだ、その呼び方なんだね。
「すみません。急に連絡してしまって」
『とんでもございません! このようにお声をいただけるとは……!』
…………。
……いやぁ。
相変わらず、大げさだなぁ。
「今日は、急ぎのご相談があるんです」
そう言うと、教皇さんの表情が引き締まった。
『……魔王国の宣戦布告、でございますな』
「はい。ご存じでしたか」
『もちろんです。聖国にも届いております』
……うん。
話は早そうだ。
「戦争を始める前に、みんなで話し合いたいんです」
『……使徒様が、そうお望みなのですね』
「……ええと。私一人の希望だけで決めたくはないので」
私は、少しだけ言い直した。
「四か国の代表に集まってもらって、どうするか相談したいんです。もちろん、最終的に決めるのは各国の方々です」
教皇さんは、ゆっくり頷いた。
『……承知いたしました』
「ありがとうございます!」
『聖国も、喜んで参加いたします』
……おお!
よかったぁ。
『ただし、使徒様』
「はい?」
『魔王国は、長く我々と対立してきた相手です。簡単には信頼を築けないかもしれません』
「……うん。分かっています」
『それでも、まず相手の話を聞くという道を、私は否定いたしません』
…………。
……ああ。
この人も、ちゃんと考えてくれてるんだね。
「ありがとうございます。できる限り頑張ります!」
『どうか、ご無理だけはなさらず』
「はい!」
……うん。
これで、四か国とも参加してくれることになった。
……おおお。
何だか、すごいことになってきたね。
◇
さて。
四か国の代表が参加してくれるのは、ありがたい。
でも。
普通に考えたら、一つの場所へ集まるだけでも大変なんだよね。
王都から帝都へ。
法都から聖都へ。
馬車で移動するとなると、かなり時間がかかるはずだ。
……でも。
私には《転移》がある!
……うん。
こういうときにこそ、便利な魔法を使おう。
私は、桜花と相談した。
「国王さんたちを、王国邸にお連れしようと思うんだけど」
「はい。お迎えする準備を整えましょう」
「うん。人数が多くなるから、巴さんにもお願いしないと」
私は、巴さんを呼んだ。
「巴さん。急にごめんなさい」
「あら、リアリスちゃん。どうしたの?」
「これから、四つの国の代表の方が来ることになって……」
…………。
巴さんが、ゆっくり瞬きをした。
「……四つの国?」
「はい。王様と、皇帝と、法師長さんと、教皇さんです」
…………。
「……リアリスちゃん?」
「……はい」
「あなた、ちょっとお出かけしたと思ったら、今度は何をしてきたの?」
…………。
……あっ。
今日は、何もしてないんです。
いや。
何もしてない、ってことはないか。
「……戦争を止めるための相談会、です」
巴さんは、しばらく黙っていた。
それから、柔らかく微笑んだ。
「そういうことなら、分かったわ」
「……おお!」
「お部屋の用意は、みんなでやっておくわね。お茶も準備しましょう」
「ありがとうございます!」
「ただし」
…………。
……来た。
「リアリスちゃんも、ちゃんと休憩するのよ?」
「……はい!」
……うん。
さすが巴さん。
こんなときでも、私の心配をしてくれるんだね。
それから、私はカトレアのところへ行った。
「カトレア。ちょっとお客さんが来るから、お話しが終わるまで巴さんと一緒にいてくれる?」
「……うん」
「ありがとう」
「……お父さん、こわいお話?」
…………。
……あっ。
この子、雰囲気で分かっちゃったのかな。
「……うん。少しだけ、難しいお話かな」
「……だいじょうぶ?」
小さな手が、私の袖を握る。
……ああ。
心配してくれてるんだね。
「大丈夫。ちゃんと話し合ってくるよ」
「……わかった」
「終わったら、一緒にお花を見ようね」
「……うん!」
……うん。
約束は、まだ生きてるよ。
私は、カトレアの頭をそっと撫でた。
◇
各国の代表を迎える前に、私はもう一度《映像通話》で連絡した。
今度は、集まる場所と、移動の方法についてだ。
国王さんには王都の執務室で。
皇帝には帝都の執務室で。
キリアさんとモースさんには、法都で。
教皇さんには聖庁で。
それぞれ、同行する方の人数や準備を確認した。
……うん。
誰かを急に《転移》させたら、驚かせちゃうからね。
……いや。
神様に電話したときのことを思えば、今さらかもしれないけど。
それでも、今度はちゃんと説明しておこう。
転移先は、シルク王国邸。
会談に必要な少人数だけで来てもらう。
各国の首脳が一度に集まるから、話の内容は外へ漏れないようにする。
……うん。
よし。
準備は、これで大丈夫そうだ。
「桜花。じゃあ、お迎えに行こうか」
「はい」
最初は、シルク国王。
王都の執務室へ、許可を得てから《転移》する。
国王さんは、ミキサーさんと一緒に待っていてくれた。
「お待たせしました!」
「……おお、リアリス殿!」
「では、王国邸までご案内しますね」
私は二人の同意を確かめて、そっと《転移》した。
景色が変わる。
次の瞬間には、王国邸の玄関ホール。
「……本当に、一瞬なのだな」
国王さんが、少し驚いた顔をした。
ミキサーさんは、額を押さえている。
……うん。
慣れるまでは、不思議だよね。
桜花が、お二人を応接室へ案内してくれる。
それから、私は次の国へ。
……うん。
今日は、移動係でもあるんだね。
◇
ローズ帝国では、皇帝とガラントさんが待っていた。
「おう、リアリス!」
「こんにちは、皇帝!」
「本当に、ここから王国へ行けるのか?」
「はい。一瞬ですよ!」
「はっはっは! 面白い!」
……うん。
皇帝って、本当にこういうのが好きだね。
ただ、ガラントさんは真剣な顔だった。
「会談の内容については、ほかの国と同じ条件でよろしいのですね」
「はい。まずは、皆さんの意見を聞く場にしたいです」
「承知しました」
……よし。
では、行こう!
「《転移》」
景色が切り替わった。
王国邸へ到着。
皇帝は、周囲を見回して笑った。
「……ほう! 便利だな!」
……うん。
気に入ってもらえたみたいだ。
その次は、フォーサイド魔法国。
キリアさんとモースさんも、約束どおり準備を整えていた。
「おお、リアリス殿! この《転移》の仕組みについて、あとでぜひ……」
「……キリアさん、今は会談が先です!」
「……おお、そうであったな」
モースさんが、隣で笑う。
「この人ったら、今朝からずっと魔法の話ばかりなのよ」
……あはは。
やっぱりね。
でも、今日はちょっと我慢してください!
二人を王国邸へお連れしたあと、最後はオリミス聖国へ。
聖庁の一室では、教皇さんとケラーさんが待っていた。
「使徒様。お迎え、ありがとうございます」
「……あはは。どういたしまして」
……うん。
この呼び方も、少し慣れてきたかな。
……いや。
やっぱり、まだちょっと照れる。
「教皇さん。ほかの国の方もいるので、会談中は私のこと、普通に呼んでもらえると助かります」
「……承知いたしました」
教皇さんは、少し残念そうだった。
……うん。
秘密にしてほしいって、昨日お願いしたばかりだもんね。
ケラーさんが、静かに一礼した。
「聖国側でも、必要な者以外には事情を伝えておりません」
「ありがとうございます!」
……よし。
では、行こう。
「《転移》」
最後の二人を王国邸へお連れして、これで全員が揃った。
……おお。
自分でも、ちょっと信じられないね。
王様も、皇帝も、法師長も、教皇も。
みんな、我が家へ来てるんだから。
◇
王国邸の応接室には、大きな卓が用意されていた。
席には、シルク国王とミキサーさん。
ローズ帝国の皇帝とガラントさん。
フォーサイド魔法国のキリアさんとモースさん。
そして、オリミス聖国の教皇さんとケラーさん。
……うん。
すごい顔ぶれだなぁ。
私だったら、普段は絶対にこんな会議へ呼ばれないと思う。
……いや。
今、その会議を開いてるのが私なんだけど。
……あれ?
そう考えると、何だか変な感じだね。
「皆さん、今日は急に集まっていただいて、ありがとうございます」
私は、頭を下げた。
すると、国王さんが穏やかに頷いた。
「いや。話し合いの場を用意してくれたことに、こちらこそ感謝する」
皇帝も腕を組んだ。
「まったくだ。魔王国の宣言を受けたばかりで、こうして顔を合わせられるとは思わなかったぞ」
キリアさんは、机の上に置かれた資料を見た。
「《転移》がなければ、集まるだけでも時間がかかったであろうな」
「……そうですね」
……うん。
やっぱり、便利だねぇ。
そこへ、巴さんと一般メイドたちがお茶を運んできてくれた。
「皆様、どうぞ」
「ありがとうございます!」
……ああ。
こんなときでも、巴さんはいつもどおり。
温かいお茶があるだけで、少し落ち着くね。
巴さんは、私に小さく笑いかけた。
……うん。
頑張ってくるよ。
桜花は、私の少し後ろへ控えている。
もし何かあっても、この子がいてくれれば安心だ。
……よし。
話を始めよう。
◇
「では、まず確認したいことがあります」
私は、卓の上にある書状の写しを見た。
「魔王国からの宣戦布告は、四か国とも受け取っているんですよね?」
全員が頷いた。
国王さんが口を開いた。
「王国にも、正式な通告が届いている。内容は、他国に届いたものと大きく変わらぬようだ」
皇帝も、低い声で言った。
「帝国にもだ。だからといって、何もせずに待つつもりはないがな」
「……はい」
キリアさんが、慎重に続ける。
「魔法国でも、警戒は始めている。勇者を含め、戦える者の状況も確認しているところだ」
……ああ。
雪彦君も、関係してくるんだね。
でも、まだ戦いが始まったわけじゃない。
……うん。
あの子にも、できれば戦ってほしくないな。
教皇さんが、静かに言った。
「聖国では、各地へ落ち着いて行動するよう伝えております。無用な混乱だけは、避けねばなりません」
……うん。
どの国も、ちゃんと国民のことを考えてる。
そこは、安心した。
「……皆さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
私は、少しだけ身を乗り出した。
「魔王国が、どうして今、宣戦布告したのか。その理由は分かっているんでしょうか」
…………。
沈黙。
皇帝が、口を開いた。
「明確な理由までは、まだ分からん」
国王さんも、頷いた。
「昔から対立は続いている。しかし、今回の宣言に至った事情までは確認できておらぬ」
……ああ。
やっぱり。
私は、ゆっくり息をついた。
「それなら、まず聞いてみたいんです」
「……魔王に、か?」
国王さんが、聞き返した。
「はい」
…………。
皇帝が、少し笑った。
「はっはっは。随分、簡単に言うものだな」
……あっ。
簡単ではないよね。
私だって、分かってるつもり。
「もちろん、簡単じゃないと思います。でも、まだ知らないことがあるなら、いきなり戦うより、話す方がいいと思うんです」
……うん。
結局は、それだけなんだ。
理由が分からないまま、誰かが傷つくのは嫌だ。
「……なるほど」
キリアさんが、深く頷いた。
「確かに、相手の目的が分からぬままでは、交渉の条件も定められぬ」
モースさんも続けた。
「それに、宣戦布告をした側にも、何か理由があるのかもしれないわね」
……うん。
そういうことだよね。
私は、教皇さんを見る。
「教皇さんは、どう思います?」
教皇さんは、静かに目を閉じた。
「……争いは、多くの悲しみを生みます」
「……はい」
「話し合う道があるのなら、それを確かめる価値はあるでしょう」
……ああ。
よかった。
少なくとも、最初から反対というわけじゃないんだね。
◇
「ただし」
皇帝が、少し身を乗り出した。
「魔王国の言葉を、そのまま信じるわけにはいかんぞ」
「……もちろんです」
「会談に応じたふりをして、こちらを欺く可能性もある」
「はい。警戒は必要だと思います」
……うん。
そこは、ちゃんと考えないと。
私は、戦争を止めたい。
でも、誰かを危険にさらしてまで、無理に話し合いをするつもりはない。
「だから、まずは私が行こうと思っています」
…………。
…………。
全員の視線が、私へ向いた。
……あれ。
そんなに驚くことかな。
「……リアリス殿」
国王さんが、少し声を落とした。
「そなたが、魔王国へ?」
「はい。桜花と一緒に」
桜花が、静かに一礼する。
「リアリス様には、私がお供いたします」
……うん。
頼もしい。
「魔王国へ行って、まず魔王さんの話を聞いてみます」
……あっ。
魔王さん。
そんな呼び方、していいのかな。
まあ、会ったことないから、何て呼べばいいか分からないんだよね。
「リアリス殿」
ガラントさんが、真剣な顔で言った。
「相手は魔王です。本人へ近づくだけでも、危険があります」
「……はい」
「それに、あなたが危険な目に遭えば、各国の取り決めにも影響が……」
……ああ。
心配してくれてるんだね。
「ありがとうございます。でも、私は戦うために行くわけじゃないです」
私は、ゆっくり答えた。
「話してみて、和平の可能性があるか確かめたいんです」
……うん。
もし相手が話を聞いてくれないなら、そのときは戻ってきて、またみんなで考えればいい。
最初から、力で解決すると決めなくてもいいよね。
「……そして、お願いがあります」
私は、四か国の代表を見た。
「私が魔王国へ行っている間、皆さんの方からは、できるだけ戦いを始めないでほしいんです」
…………。
重い沈黙が落ちた。
……うん。
これは、簡単に約束できることじゃないよね。
国を守らなきゃいけない人たちだもん。
私は、慌てて付け加えた。
「もちろん、攻撃されたときまで我慢してくださいって意味じゃないです。皆さんの国民を守ることが、一番大事ですから」
国王さんが、ゆっくり頷いた。
「……それなら、我々にも守れることはある」
皇帝も腕を組んだまま考え込む。
「こちらから、無用な挑発はせん。だが、守りは固めるぞ」
「はい。それでお願いします!」
キリアさんも言った。
「魔法国としても、防衛の準備は続ける。だが、交渉の余地がある間は、慎重に動くことにしよう」
教皇さんも、静かに頷いた。
「聖国も同意いたします」
…………。
……ああ。
よかった。
これなら、少なくとも私が話を聞きに行く時間は作れそうだ。
◇
「……もうひとつ、確認させてください」
私は、改めて口を開いた。
「もし魔王さんが、話し合いに応じてくれたら。皆さんも、正式な和平交渉をする気持ちはありますか?」
…………。
会議室が、また静かになった。
……うん。
ここが、一番大事だと思う。
私が魔王国で「話し合いましょう」って言っても。
人間の国々が、それを望んでいなかったら意味がない。
国王さんが、最初に答えた。
「王国としては、交渉の場を設けることに異存はない」
「……おお!」
「ただし、条件は相手の話を聞いてからだ」
「はい!」
……うん。
それで十分です。
皇帝が、少し笑った。
「帝国も、交渉すること自体には反対せん。魔王が話し合える相手なら、な」
「ありがとうございます!」
キリアさんも頷く。
「魔法国も同意しよう。勇者の力を戦争のために使わずに済むなら、それがよい」
……ああ。
それは、嬉しいなぁ。
雪彦君も、きっとその方がいいと思う。
教皇さんが、最後に答えた。
「聖国も、和平交渉に応じる用意がございます」
…………。
……おお。
四か国、全部。
ちゃんと、話し合う意思があるんだね。
「……ありがとうございます!」
私は、思わず頭を下げた。
すると、教皇さんが慌てて立ち上がりかけた。
「……つ、使徒……」
…………。
……あっ。
教皇さん!
今、その呼び方は!
私は、小さく目で合図した。
教皇さんは、ぴたりと止まった。
「……い、いえ。リアリス殿。どうぞ、お顔をお上げください」
…………。
……うん。
危なかったね!
国王さんが、少し不思議そうな顔をしていたけど。
……気のせいってことにしておこう。
「それでは」
私は、もう一度みんなを見る。
「魔王国へ行って、和平交渉の可能性を探る役目。正式に引き受けさせてください」
…………。
国王さんが、静かに頷いた。
「シルク王国として、そなたに依頼しよう」
皇帝も、続ける。
「ローズ帝国も、頼む」
キリアさんが、深く頭を下げた。
「フォーサイド魔法国も、よろしくお願いしたい」
教皇さんは、まっすぐ私を見つめた。
「オリミス聖国も、そのお役目を託します」
…………。
……ああ。
何だか、本当に大きな仕事を引き受けちゃったね。
でも。
みんなが、戦争を望んでいるわけじゃない。
それが分かっただけでも、今日集まってもらった意味はあったと思う。
「……はい。できる限り、頑張ります」
私は、もう一度頭を下げた。
◇
会談のあと、各国の代表は、それぞれの国へ戻っていった。
もちろん、お帰りも《転移》でご案内した。
……いやぁ。
今日は本当に、移動係だったなぁ。
でも、みんな無事に帰ってくれてよかった。
王国邸へ戻ると、桜花が玄関で待っていた。
「お疲れ様でございました、リアリス様」
「桜花も、お疲れ様!」
「無事に、話し合いがまとまりましたね」
「うん。とりあえず、第一歩かな」
……そう。
まだ、戦争が止まったわけじゃない。
魔王国が何を考えているのかも、分からない。
だから、これからが本番だね。
「リアリス様」
桜花が、そっと近づいた。
「はい?」
「明日、魔王国へ向かわれますか?」
「……うん。そのつもり」
「かしこまりました」
桜花は、いつもと同じように微笑んだ。
「では、今夜はゆっくりお休みください」
……ああ。
そうだね。
今日は、もう十分頑張った気がする。
……いや。
まさか、自分が国同士の仲介役になるなんて。
転生したときには、想像もしてなかったなぁ。
……《想像魔法》なのにね。
…………。
……うん。
そこは、あんまり気にしないことにしよう。
◇
「お父さん!」
食堂へ戻ると、カトレアが駆け寄ってきた。
「おかえり!」
「ただいま!」
私は、カトレアを抱きしめた。
……ああ。
やっぱり、落ち着くなぁ。
「……お話、終わった?」
「うん。ちゃんと終わったよ」
「……よかった!」
カトレアが、にこっと笑った。
……ああ。
この笑顔を見ると、本当に頑張ってよかったと思うね。
「お父さん、約束!」
「……あっ」
……そうだった!
お花!
「うん! 今から見に行こうか」
「……ほんと!?」
「もちろん!」
私は、カトレアの手を取った。
庭へ出ると、夕方の光が花壇を照らしている。
白い花。
黄色い花。
淡い青色の花。
……ああ。
綺麗だね。
「……お父さん」
「ん?」
「……これ、咲いたの!」
カトレアが、嬉しそうに指差した。
小さなつぼみが、開いている。
「おお! 本当だ!」
「……朝は、まだだったの」
「そっか。今日、咲いたんだね」
「……うん!」
……ああ。
こういう話を、ずっとしていたいな。
国同士の争いとか。
誰が勝つとか負けるとか。
できれば、そんなこと考えずに。
ただ、咲いた花を一緒に喜んでいたい。
「……お父さん?」
カトレアが、私を見上げた。
「ん?」
「……つかれた?」
…………。
……あっ。
心配させちゃったかな。
「……ちょっとだけね」
「……じゃあ、座ろ?」
「うん。そうしよう」
私たちは、花壇の近くのベンチに座った。
カトレアが、私の隣へぴったりくっつく。
……うん。
この子の温かさが、何だか嬉しい。
「……お父さん」
「ん?」
「……あしたも、お仕事?」
…………。
……ああ。
そうだった。
明日は、魔王国へ行くつもりなんだ。
カトレアには、ちゃんと話さなきゃね。
「うん。少し遠いところへ行ってくるよ」
「……どこ?」
「魔族の人たちが暮らしている国」
カトレアは、少し考えた。
「……こわいところ?」
…………。
……うーん。
何て言えばいいかな。
私も、まだ行ったことがないから分からない。
「まだ、分からないんだ。だから、どんなところなのか、見てこようと思って」
「……お父さん、だいじょうぶ?」
「うん。桜花も一緒だしね」
……ああ。
本当に、この子は。
「ちゃんと帰ってくるから、待っててね」
「……うん」
カトレアが、私の袖をぎゅっと握った。
「……約束」
「約束」
私は、そっとその手を包んだ。
……うん。
絶対に、帰ってこよう。
◇
夜。
王国邸の食堂には、いつものように温かい料理が並んでいた。
巴さんの作ったご飯。
桜花の穏やかな笑顔。
カトレアの楽しそうな声。
……ああ。
本当に、いつもどおりだ。
でも。
この当たり前の一日が、続くかどうか。
それを、少しだけ考えてしまう。
……いや。
私が全部を決めるわけじゃない。
戦争を止められると、まだ決まったわけでもない。
それでも。
話し合いのきっかけを作ることくらいは、できると思う。
……うん。
それだけでも、やってみたい。
「リアリスちゃん」
巴さんが、お茶を注いでくれた。
「……はい」
「難しい顔をしてるわよ」
「……あはは。そうですね」
「今日はもう、お仕事はおしまい」
巴さんが、にっこり笑った。
「ご飯を食べて、ゆっくり休みなさい」
…………。
……ああ。
巴さん。
こういうとき、本当に頼りになるね。
「……はい。いただきます!」
私は、温かい料理を口に運んだ。
……うん。
おいしい。
いつもの味。
……ああ。
こういう幸せを、失いたくないな。
自分の家族だけじゃなくて。
どこの国の人たちにも、こうして笑ってご飯を食べていてほしい。
……うん。
魔族の人たちにだって、きっと家族がいるんだろうし。
だから。
まずは、ちゃんと話してみよう。
私は、窓の外の夜空を見上げた。
……さて。
明日は、魔王国へ。
どんな魔王さんなのか、まだ分からないけれど。
できれば、穏やかにお話しできる人だといいなぁ。
……あっ。
そういえば。
魔王って、お菓子が好きだったりするのかな。
…………。
……いや。
今は、それを考える場面じゃないか。
でも、初めて会う人には、おいしいものを持っていくのもいいよね。
……うん。
今度、巴さんに相談してみようかな。
――魔王からの宣戦布告。
それを受けて、私は戦争を始めるためではなく、終わらせるための仲介役を引き受けた。




