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第2話:神様、ちょっと電話に出て

「……オリミス神、ですと?」


 教皇さんが、私の言葉をゆっくり繰り返した。


「はい。神様本人に聞いてみれば、すぐ分かると思いまして」


 …………。


 ……あれ。


 返事がない。


 教皇さんも、四人の枢機卿も、みんな私を見ている。


 ……うん。


 この空気、何だか覚えがあるなぁ。


 帝国で皇帝に会ったときとも、魔法国で大きな魔法を見せたときとも違う。


 何というか。


 ……すっごく、静かだ。


「……リアリス殿」


 セドリックさんが、低い声で口を開いた。


「はい?」


「先ほどから申し上げておりますが、我々は神の御名を軽々しく扱うことを許しません」


「はい。それは分かっています」


「では、なぜそのようなことを?」


「……ええと」


 私は、少し考えた。


 ……そうだよね。


 この人たちは、神様を心から敬っている。


 その神様に、今からちょっと連絡してみます、なんて。


 いきなり言われても、困るよね。


「私には、遠くにいる相手と顔を見ながら話せる魔法があるんです」


「……遠くにいる相手と?」


「はい。神様にも、その魔法で連絡できると思うので」


 …………。


 セドリックさんが、眉間に皺を寄せた。


 ……あ。


 説明すればするほど、疑われてる気がする。


「オリミス神に……こちらから声をかけられると?」


 今度はグレンさんが尋ねてきた。


 穏やかな人だけど、その声はいつもより少し震えている。


「はい。前にも《映像通話》でお話しできたので、大丈夫だと思います」


「……前にも?」


 ケラーさんが、小さく呟いた。


 ……うん。


 そこ、気になるよね。


 この世界へ来たばかりのころ、無事に到着したことを報告しようと思って、神様に連絡したんだ。


 あのときはちゃんと顔を見ながら話せたし、最後には「いつでもよいぞ」って言ってくれた。


 ……うん。


 今回も大丈夫なはずだよね。


「教皇さん」


 私は、中央の椅子へ目を向けた。


「はい……」


「ここで、ちょっと魔法を使ってもいいですか?」


 …………。


「……魔法、ですかな」


「はい。もちろん、危ない魔法じゃありません。お話しするためのものです」


 教皇さんは、すぐには答えなかった。


 その間、誰も口を開かない。


 ……うん。


 そりゃ、慎重になるよね。


 知らない人が謁見の間で魔法を使わせてくださいって言ったら、普通は断られると思う。


 私は、慌てて付け加えた。


「あっ。無理なら別の場所でも大丈夫ですよ!」


「……いえ」


 教皇さんが、ゆっくり首を振った。


「あなたは、カバディ王の書状を携えて来られた方です。それに、先ほどから悪意があるようには見受けられません」


「……ありがとうございます」


「何をなさるのか、拝見しましょう」


 ……おお!


 許可をもらえた!


 よかったぁ。


「それでは、少しだけ失礼しますね」


「……リアリス殿」


 セドリックさんが、もう一度声をかけた。


「はい?」


「もし、それが偽りであったなら……」


 厳しい眼差し。


 でも、怒鳴っているわけじゃない。


 この人は、本気で信仰を守ろうとしているんだね。


「……うん。大丈夫ですよ」


 私は、なるべく穏やかに笑った。


「嘘じゃないですから」


 セドリックさんは、黙って私を見つめていた。


 ……よし。


 ちゃんと見てもらおう。


     ◇


 さて。


 神様と話すなら、使うのはもちろん《映像通話》だ。


 この世界へ転生したばかりのころ、無事に到着したことを神様に報告したくて作った魔法。


 あのときは、目の前に画面が出てきて、ちゃんと神様と顔を見ながら話せたんだよね。


 ……うん。


 思い出してきた。


 神様、画面が珍しかったのか、顔を近づけすぎて鼻しか映らなくなったんだっけ。


 …………。


 ……あはは。


 思い出すと、今でもちょっと面白い。


 ……いやいや。


 今は謁見の最中!


 笑ってる場合じゃないね。


「桜花」


「はい、リアリス様」


「前に使った《映像通話》で、神様に連絡するね」


「かしこまりました」


 桜花が、私の隣から少しだけ離れた。


 ……よし。


 これなら、画面も見やすいかな。


 私は、あの小柄な神様の顔を思い浮かべた。


「《映像通話》。神様につないでください」


 目の前に、見覚えのある薄く光る四角い画面が現れた。


 中央には、あのときと同じ『呼び出し中』の文字。


 ……うん。


 これこれ。


 あとは、神様が応答してくれるのを待つだけだ。


「……っ!」


 背後で、誰かが息をのんだ。


 振り返ると、ケラーさんが目を見開いていた。


 シーリンさんも、画面をじっと見つめている。


 ……あっ。


 そっか。


 こういう魔法、初めて見るよね。


「これは、相手とお話しするための魔法です」


 私は、軽く説明した。


「今、神様につないでいるところで……」


「……つないで、いる?」


 教皇さんが、かすれた声で繰り返した。


「はい!」


 ……うん。


 たぶん、もう少ししたら出てくれると思う。


 …………。


 ……あれ。


 そういえば。


 神様って、忙しいのかな。


 世界を見守って、神託も出しているって言ってたし。


 ……もしかして、今お仕事中?


 それなら、後でかけ直した方がいいのかな。


「……リアリス様」


「ん?」


 桜花が、小さく微笑んだ。


「おつながりになるようでございます」


「……えっ?」


 画面の光が、ふっと強くなった。


 『呼び出し中』の文字が消える。


 そして。


「おー、リアリス! ひさしぶりじゃのぅ!」


 …………。


 …………。


 ……おお!


 出た!


     ◇


 画面の向こうには、懐かしい顔が映っていた。


 転生してすぐのころにも、この画面で話した神様だ。


 声も、表情も、記憶にあるまま。


 ……うん。


 本当に久しぶりだねぇ。


「神様、ひさしぶり~!」


「うむうむ。元気そうで何よりじゃ!」


「うん! おかげさまで、楽しく暮らしてるよ!」


「それはよかったのぅ!」


 ……ああ。


 何だか、安心するなぁ。


 久しぶりに知り合いと話すみたいな感じだ。


 ……いや。


 実際、知り合いなんだけど。


 しかも相手は神様。


 ……うん。


 考えると、ちょっと変な関係だね。


「それにしても」


 画面の向こうで、神様が首を傾げた。


「今日はどうしたんじゃ? またあの妙な板が現れたので、何事かと思ったぞい」


「あっ。ごめんね、急に連絡しちゃって」


「構わん構わん。おぬしなら、何か面白いことでもあったんじゃろう?」


 ……おお。


 面白いこと。


 そう言われると、確かに色々あったね。


 王国に家を建てて。


 帝国で皇帝と決闘して。


 魔法国で勇者に会って。


 この前は、湖でのんびりして。


 ……ああ。


 面白いことばっかりだ。


「今日はね、オリミス聖国っていうところに来てるんだ」


「ほう。わしの名を冠した国じゃな」


「そうそう!」


 私は嬉しくなって、少し身を乗り出した。


「神様、結構崇められてるみたいだね~!」


「はっはっは! まぁ、神じゃからのぅ!」


 ……あはは!


 確かに!


 いや、本当に神様なんだけどさ。


「街のみんなが神様にお祈りしててね。すっごく綺麗な建物もあったよ」


「そうかそうか。皆が元気に暮らしておるなら、何よりじゃ」


「うん。とってもいい国だったよ!」


 神様が、満足そうに笑う。


 ……よかった。


 喜んでもらえたみたいだね。


 さて。


 つながったのはいいんだけど。


 ……あれ?


 何か忘れてる気がする。


 …………。


 ……あっ。


 そうだ!


 教皇さんたちに見てもらうんだった!


 私は振り返った。


 …………。


 ……あれ?


     ◇


 教皇さんが、椅子の肘掛けを握ったまま固まっていた。


 その隣では、グレンさんが両手を胸の前で組んでいる。


 セドリックさんは、さっきまでの厳しい表情をどこかへ落としてしまったみたいだ。


 シーリンさんは、口元を押さえている。


 ケラーさんに至っては、まばたきすらしていない。


 …………。


 ……うん?


 どうしたんだろう。


「……みなさん?」


 返事がない。


 ……おお。


 全員、すごい顔だ。


 私は、画面の向こうの神様を見た。


「神様、ちょっと待っててね」


「うむ?」


「今ね、こっちに神様のことをすっごく大事にしてる人たちがいるんだ」


「ほうほう」


「で、神様に会ったことがあるってお話ししたら、信じてもらえなくて」


 神様が、少しだけ目を丸くした。


「……ああ、なるほどのぅ」


「だから、本人に聞いてみるのが一番早いかなって」


「はっはっは! 確かにな!」


 ……うん。


 そうだよね。


 私は画面の位置を少し動かした。


 さっきまでは、私の顔がよく見えるようにしていたから、教皇さんたちには横からしか見えなかったと思う。


 ……よし。


 皆さんにも、ちゃんと見てもらおう。


 画面を大きくし、教皇さんと四人の枢機卿に向ける。


 それから、向こうにも皆さんの姿が見えるよう、映す範囲を広げた。


 声も部屋の隅まで聞こえるようにしておく。


 ……うん。


 これで大丈夫。


「神様、この人たちだよ」


「おお、そうか」


 画面の中で、神様が身を乗り出した。


 そして、謁見の間へ向かって笑いかける。


「皆の者、息災かの?」


 …………。


 …………。


 …………。


 ……あれ。


 誰も答えない。


 教皇さんの唇が、かすかに震えている。


 ……うーん。


 もしかして、緊張してる?


 まあ、そうか。


 大好きな神様が突然目の前に現れたんだもんね。


 私だって、好きな人に会えたら嬉しいし。


 ……あ。


 でも。


 桜花やカトレアに会うのと、神様に会うのは、ちょっと違うかな。


「神様、みんな驚いちゃったみたい」


「はっはっは。そうじゃろうなぁ」


 神様は、愉快そうに笑っている。


 ……うん。


 何だか、いつもの神様だね。


 すると、神様が教皇さんの方へ目を向けた。


「まぁ、神じゃからのぅ。たまに神託も下しとるし。そうじゃろ? 教皇」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 今、教皇さんって呼んだ。


 何だか、普通に知り合いみたいな話し方だね。


 次の瞬間。


「……ぉ」


 教皇さんの口から、小さな声が漏れた。


「……お?」


 私は、思わず聞き返した。


 教皇さんが、椅子から立ち上がった。


 いや。


 立ち上がろうとして、膝をついた。


 …………。


 ……えっ?


「おぉぉぉぉぉ……!」


 ……おお?


「おぉぉぉぉぉオリミス神様ぁぁぁ!!」


 …………。


 ……うわぁっ!?


 すごい声が出た!


     ◇


 教皇さんが、床に両手をついて頭を下げた。


 ……あっ。


 ちょっと待って。


 転んじゃったわけじゃないよね?


「……こ、これは……!」


 教皇さんの声が震えている。


「こ、これほどまでに……はっきりと……!」


 顔を上げると、その頬には大粒の涙が流れていた。


 ……おお。


 泣いてる。


 いや。


 号泣してる!


「オリミス神様……! まことに……まことに、ご尊顔を……!」


 ……ああ。


 そうか。


 この人にとっては、一生に一度あるかないかのことなんだ。


 ……いや。


 一生に一度どころじゃないのかもしれない。


 さっき、直接会うのは長年の願いだって言ってたもんね。


「教皇さん、大丈夫ですか?」


 私は、つい声をかけた。


 でも、返事はなかった。


 代わりに。


「……神よ……!」


 グレンさんが、胸の前で祈るように両手を組んだ。


「……ああ。お姿が……お声が……!」


 その顔が、だんだん赤くなる。


 ……あっ。


 もしかして、呼吸が苦しい?


「グレンさん?」


「……本当に……!」


 グレンさんの体が、ふらっと揺れた。


「……グレンさん!?」


 次の瞬間。


 その膝が、かくんと折れた。


「桜花!」


「はい」


 私が名前を呼んだときには、桜花が動いていた。


 倒れる直前のグレンさんを、そっと支える。


 ……おお。


 さすが桜花。


 早い!


「リアリス様。ご安心ください。お体に傷はございません」


「……よかった」


 桜花が、近くの椅子にグレンさんをゆっくり横たえた。


 ……うん。


 呼吸も、ちゃんとしている。


 《サーチ》で様子を確かめてみる。


 ……ああ。


 体に問題はなさそうだ。


 びっくりしすぎて、気を失っちゃったのかな。


 ……うーん。


 神様って、すごいねぇ。


 ……いや。


 これ、私が急に連絡したせい?


「……リアリス様」


 桜花が、小さく微笑む。


「……はい」


「大変、驚かれているようでございますね」


「……うん。想像以上だよ」


 ……あれ。


 《想像魔法》を使う私が、想像以上って言うのも変だなぁ。


 でも、これは本当に予想してなかった。


 だって。


 神様にちょっと確認してもらうだけのつもりだったんだよ?


 それが、教皇さん号泣。


 グレンさん失神。


 …………。


 ……ああ。


 どうしよう。


     ◇


 ほかの三人は、どうしているんだろう。


 私は、そっと周囲を見た。


 セドリックさんは、まだ同じ場所に立っていた。


 肩を揺らすこともなく、まっすぐ画面を見つめている。


 ……うん。


 さっきまでの鋭い眼差しは、どこへ行ったのかな。


 今は、まるで石像みたいだ。


「……セドリックさん?」


 返事がない。


「……神様、見えてます?」


 …………。


 まばたきが、一回。


 ……おお。


 生きてる。


 ……いや。


 失礼か。


 私は、少しほっとした。


 シーリンさんはというと。


 ……あっ。


 泣いてる。


 でも、教皇さんみたいに声を上げているわけじゃない。


 両手を胸の前で合わせ、頬に涙を流しながら、静かに画面を見上げていた。


「……神様……」


 かすかな声が聞こえる。


「……本当に……」


 ……うん。


 すごく嬉しそうだ。


 ただ、どう声をかけたらいいのか分からないみたい。


 ああ。


 この人にとっても、大切な瞬間なんだね。


 最後は、ケラーさん。


 …………。


 ……あれ。


 ケラーさん?


 まったく動かない。


 目を大きく開いて、両手を体の横に下ろしたまま。


 呼びかけても、反応がない。


 ……うーん。


 こっちは、本当に固まっちゃったんだ。


「ケラーさん、大丈夫ですか?」


 返事は、やっぱりない。


「……あの、神様が話しかけてますよ?」


 …………。


 ……うん。


 駄目だ。


 この人たち、今は何を言われても聞こえてないみたい。


 私は、神様の方を見た。


 神様は、画面の向こうでにこにこ笑っている。


「神様、どうしよう。みんなびっくりしちゃって」


「はっはっは! 直接話せる機会なんぞ、滅多にないからのぅ!」


「……ああ。やっぱりそうなんだ」


「普段の神託は、わしから告げるだけじゃ。向こうから話しかけてくることはできんからの」


 ……おお。


 そういう仕組みだったんだ。


「じゃあ、教皇さんたち、神様とお話しするのは初めてなんだね」


「うむ。こうして互いの姿を見ながら話すのは、初めてじゃろうな」


 ……ああ。


 なるほど。


 神様から声をいただくだけでもすごいのに。


 今日は、目の前で顔を見ながら話せる。


 しかも、神様の方から教皇さんを呼んだ。


 ……そっか。


 それは、驚くよね。


 …………。


 いや。


 驚くにしても、ここまでとは思わなかったけど!


     ◇


「……あの、神様」


「何じゃ?」


「この人たち、本当に神様のことが大好きみたい」


 私は、教皇さんたちをもう一度見た。


 教皇さんは涙を流しながら、何度も何度も頭を下げている。


 シーリンさんも、静かに泣いている。


 セドリックさんとケラーさんは固まったまま。


 グレンさんは、椅子でお休み中。


 ……うん。


 すごい光景だなぁ。


「街でも、みんな神様に感謝してたよ」


「そうかそうか」


 神様が、少しだけ目を細めた。


「皆、よく頑張っておるようじゃの」


「うん。私も、いい国だと思ったよ」


「それは嬉しいのぅ」


 ……ああ。


 神様、本当に喜んでるね。


 なんだか、こっちまで嬉しくなっちゃう。


「そういえば、リアリスよ」


「ん?」


「おぬし、先日は湖へ行っておったじゃろう」


 …………。


 ……あっ。


「見てたの!?」


「はっはっは! 楽しそうじゃったのぅ!」


「うん! カトレアがすっごく喜んでくれてね!」


「そうじゃったそうじゃった。よい笑顔をしておった」


 ……おお。


 神様も見てたんだ。


 それなら、ちょっと嬉しいかも。


「お魚もおいしかったんだよ。今度は家族みんなで行きたいなって思ってるの」


「うむ。よいことじゃ。大切にせいよ」


「もちろん!」


 ……うん。


 神様って、こういう話も普通にしてくれるんだよね。


 私は、ちょっと嬉しくなった。


「……あっ。でも、昨日は巴さんにまた怒られちゃったんだけど」


「はっはっは!」


 神様が、声を上げて笑った。


「可愛い娘に弱いのは、相変わらずじゃのぅ!」


「……いやぁ。分かってるんだけどねぇ」


「三つも百も同じなどと、よく言えたものじゃ!」


 …………。


 ……えっ。


 そこも見てたの!?


「神様! それ、恥ずかしいから!」


「はっはっは! 巴とやらの言うことも、もっともじゃ!」


 ……ああ。


 神様まで巴さんの味方だ!


 何だろう。


 私の周りには、正論を言う人が多いなぁ。


 ……いや。


 私が悪いだけなんだけど。


 そのとき。


 謁見の間の奥から、小さな音がした。


 ……こつん。


 振り返ると、ケラーさんが持っていた書類が床に落ちていた。


 本人は、まだ固まっている。


 …………。


 ……あっ。


 そうだった。


 ここ、聖国の謁見の間だった。


 神様と、普通に世間話しちゃってた!


「……神様。ちょっと待って」


「うむ?」


「……皆さん、まだびっくりしたままだね」


 私は、ゆっくり部屋を見回した。


 ……うん。


 全然、戻ってきてない。


 むしろ、さっきよりすごいかもしれない。


     ◇


 そういえば。


 そもそも、何で神様に連絡したんだったっけ。


 …………。


 ……あっ。


 そうそう。


 私が神様に会ったことがあるって、信じてもらうためだった。


 ……危ない。


 もう少しで、そのままおしゃべりして終わるところだった。


「神様、ひとつ確認してもいい?」


「何じゃ?」


「私、転生するときに神様に会って、《想像魔法》をもらったでしょう?」


「うむ。そうじゃな」


「それって、ちゃんと本当のことだよね?」


 …………。


 神様が、少し不思議そうな顔をした。


「……何を当たり前のことを聞いておるんじゃ?」


 ……あはは。


 そりゃ、そうだよね。


「この人たちに話したら、信じてもらえなかったから」


「ほう。なるほどのぅ」


 神様は、画面の向こうで頷いた。


「確かに、普通なら信じられん話じゃろうな」


「……うん。私もそう思う」


「しかし、本当のことじゃ。わしがおぬしと会ったのも、《想像魔法》を授けたのも、間違いないぞい」


 ……うん!


 これで、証明できたね。


「ありがとう!」


「何の何の」


 ……よかったぁ。


 これで、ちゃんと話が進められそうだ。


 私は、ほっと息をついた。


 でも。


 ……あれ?


 振り返っても、教皇さんたちはまだ動かない。


 …………。


 ……うーん。


 もしかして、私の話、全然聞こえてない?


 いや。


 神様の声は、ちゃんと届いてるはずなんだけどなぁ。


「リアリス様」


 桜花が、小さく声をかけた。


「ん?」


「先ほどから、皆様のご様子が……」


「……うん。すごいね」


 桜花は、穏やかに頷いた。


 ……ああ。


 桜花だけ、いつもどおりだね。


 そういえば。


 桜花は、神様のことも私の転生のことも、最初から知ってるんだよね。


 だからって、こんな場面で普通にしていられるのは、なかなかすごいと思う。


「……桜花。驚かないの?」


「私はリアリス様のなさることを、信じておりますので」


 …………。


 ……ああ。


 そういうことを、さらっと言うんだから。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 ……うん。


 頼れる相棒だね。


 ただし。


 今日はもう少しだけ、驚いてもいい気がするよ?


     ◇


「さて、リアリスよ」


 画面の向こうで、神様が声をかけてきた。


「ん?」


「用件は、それでよいのかの?」


 ……あっ。


 そうだ。


 神様にも、ずっとつきあってもらうわけにはいかないね。


「うん! ありがとう。助かったよ!」


「はっはっは! それは何よりじゃ」


 私は、もう一度教皇さんたちを見た。


 教皇さんは、まだ床に膝をついている。


 ……ああ。


 あの姿勢、膝が痛くならないかな。


 グレンさんも、まだ目を覚ましてない。


 でも、呼吸は安定しているし、今すぐどうこうって感じじゃない。


 セドリックさんは、画面から視線を離せずにいる。


 シーリンさんの頬には、涙。


 ケラーさんは……うん。


 まだ書類を落としたことにも気づいてないね。


 ……ああ。


 これは、もう少し時間が必要そうだ。


「神様、そろそろ切るね」


「うむ」


「んじゃ、神様。また連絡するね~!」


「おぉ。いつも見ておるぞ~!」


 ……おお。


 いつも見てる。


 …………。


 ……あっ。


 ということは。


 また何か買って巴さんに怒られたら、それも見られるんだね。


 …………。


 ……まあ、いいか!


「はーい! またね!」


 私は、神様に手を振った。


 画面の向こうでも、神様が笑って手を振っている。


 ……うん。


 また話そうね。


 次の瞬間。


 画面が、ふっと光を失った。


 宙に浮かんでいた四角い板も、静かに消えていく。


 《映像通話》、終了。


 …………。


 ……よし!


 これで、ちゃんと証明できた!


 私は、にこっと笑って教皇さんたちへ向き直った。


「ね?」


 …………。


 …………。


 …………。


 ……あれ?


 返事がない。


 教皇さんは、涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。


 グレンさんは、椅子でぐったり。


 セドリックさんは、口が開いたまま固まっている。


 シーリンさんは、頬を伝う涙を拭くことも忘れている。


 ケラーさんは、何もない宙を見つめたまま。


 …………。


 ……あれぇ。


 聞こえてなかった?


「……あの、皆さん?」


 誰も返事をしない。


 私は、桜花を見た。


「……桜花?」


「はい、リアリス様」


「……もしかして、今の話、聞こえてなかったかな?」


 桜花は、穏やかに微笑んだ。


「リアリス様、誰も聞こえていないようです」


 …………。


 ……あらぁ。


     ◇


 ……いやぁ。


 困ったねぇ。


 神様に連絡したら、話は早いと思ったんだけど。


 まさか、全員が固まっちゃうとは思わなかった。


 私は、教皇さんのそばへ歩み寄った。


「……教皇さん」


 返事はない。


 ただ、涙がぽろぽろ落ちている。


 ……あっ。


 これ、ハンカチがあった方がいいよね。


 私は《収納》から、清潔な布を取り出した。


「よかったら、どうぞ」


 差し出してみる。


 …………。


 ……うん。


 受け取ってもらえない。


 いや。


 正確には、気づいてもらえてない感じだ。


「……桜花。どうしよう」


「少し、お時間を差し上げてはいかがでしょうか」


「……ああ。そうだね」


 ……うん。


 これだけ驚いたんだから、落ち着く時間も必要だよね。


 私は、そっと布を近くの椅子へ置いた。


 教皇さんが転んだりしないよう、少しだけ様子を見る。


 ……大丈夫そうかな。


 その間に、桜花が控室にあった椅子をそっと運んできた。


 ……おお。


 ありがとう。


「リアリス様。こちらでお待ちになってはいかがでしょうか」


「うん。そうしよう」


 私は座り、桜花と顔を見合わせた。


 ……ああ。


 なんというか。


 神様の国の人たちって、本当に神様が大好きなんだね。


 それは、すごくよく分かった。


 でも。


 私が神様に「ひさしぶり~」って言っただけで、あそこまで驚かれるとは。


 ……うん。


 この国では、神様の話し方に気をつけた方がよさそうだなぁ。


 …………。


 ……いや。


 もう遅いか。


 だって。


 教皇さんたちの目の前で、普通に雑談しちゃったもんね。


 それに、神様。


 私がカトレアに何でも買ってあげたことまで知ってたし。


 ……あれ。


 もしかして、あれも聞かれてた?


 …………。


 ……うわぁ。


 ちょっと恥ずかしい!


「……リアリス様」


「……はい」


「何をお考えでございますか?」


「……ううん。ちょっと、昨日のお買い物のことを」


「……ふふ」


 桜花が、小さく笑った。


 ……ああ。


 もう。


 この子には、何でもばれちゃうね。


 私は、もう一度教皇さんたちへ目を向けた。


 教皇さんは泣いたまま。


 グレンさんは眠ったまま。


 ほかの三人も、まだ動けない。


 ……うん。


 しばらくかかりそうだ。


 それなら。


 今は、静かに待っていようかな。


 …………。


 ……あっ。


 そういえば、シルク王国からのお手紙の返事も、まだだったね。


 国同士のお話も、これからなんだよね。


 …………。


 ……ああ。


 今日も、長い一日になりそうだなぁ。


 ――神様にちょっと電話しただけなのに、神様の国の時間が止まってしまった。

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