↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/133

第1話:神様の国で謁見を

 ルビドの湖畔で休日を過ごした、翌朝。


 シルク王国邸の食堂には、いつものように焼きたてのパンの香りが漂っていた。


 ……ああ。


 この匂い。


 いいねぇ。


 昨日は湖を見ながらおいしい魚料理を食べて、カトレアと桜花と馬車に揺られて。


 帰ってきたら、巴さんにお説教されて。


 …………。


 ……最後のだけ、余計だったかな。


 いや。


 私が悪いんだけどね。


「リアリスちゃん」


「……はいっ!」


 思わず背筋が伸びた。


 巴さんが、温かいスープを私の前へ置く。


「……何をそんなに緊張しているの?」


「……あはは。何でもないです!」


 ……うん。


 お説教の効果、抜群です。


 巴さんは、少し首を傾げてから、くすっと笑った。


「今日は、また出かけるのよね?」


「はい。今度はオリミス聖国へ行ってこようと思って」


「……聖国」


 隣の席でパンを食べていたカトレアが、顔を上げた。


「……お父さん。神様の国?」


「そうだよ。神様をとっても大切にしている国なんだって」


「……神様?」


 カトレアは、少し考えた。


「……お父さん、神様、知ってる?」


「……うん。まあ、ちょっとね」


 …………。


 ……ちょっと、かなぁ。


 転生するときに会ってるし。


 魔法までいただいてるし。


 ……いや。


 考えてみると、かなりお世話になってるね。


「……お友達?」


 …………。


 ……あっ。


 カトレア。


 なかなか鋭い質問をするね。


「うーん。知り合い、っていうのが近いかな?」


「……ふうん」


 カトレアは、それ以上は聞かずにパンをかじった。


 ……うん。


 助かった。


 神様のことを九歳の子にどう説明すればいいのか、私もちょっと分からないからね。


「リアリスちゃん」


 巴さんが、こちらを見る。


「神様を大切にしている国なら、失礼のないようにするのよ?」


「……はい」


「あなた、知らないうちに相手を驚かせることが多いでしょう」


「……そ、そうかなぁ」


 ……いや。


 思い当たることが多すぎて、否定できない。


 帝国では皇帝と決闘になったし。


 魔法国では、魔法の研究者さんたちに何度も驚かれたし。


 そのあと冒険者ギルドへ行ったら、勇者の師匠になっちゃったし。


 …………。


 ……うん。


 冷静に考えると、何だかすごいことになってるね。


「今日は、ちゃんとご挨拶だけしてくるつもりです」


「本当に?」


「……たぶん!」


「リアリスちゃん?」


「……はい! ちゃんとします!」


 ……ああ。


 まだ何もしてないのに、もう怒られそうだ。


 桜花が、向かいの席で小さく微笑んだ。


「ご安心ください、巴様。私も同行いたしますので」


「桜花ちゃん、お願いね」


「かしこまりました」


 ……うん。


 この二人が揃うと、私に勝ち目はないなぁ。


「お父さん」


 カトレアが私の袖をつまんだ。


「ん?」


「……今日は、いっしょに行けない?」


 ……ああ。


 昨日、あんなに楽しかったもんね。


 私だって、できれば今日も一緒に出かけたい。


 でも。


「今日は、国の偉い人にお手紙を届ける用事なんだ。お話が長くなっちゃうかもしれないから、カトレアはおうちで待っててくれる?」


「……うん」


 カトレアは、少しだけ残念そうにした。


 ……あっ。


 そんな顔をしないで。


 お父さん、弱いんだから。


「帰ってきたら、昨日の湖のお話、もう一回しようか」


「……うん!」


「それに、また一緒にお出かけしようね」


「……約束!」


「約束!」


 小さな指を、私の指に絡める。


 ……ああ。


 可愛いなぁ。


 …………。


 ……いや。


 今日は、何も買わないよ。


 まだ出発すらしてないけど!


「……リアリスちゃん?」


「……何でもないです!」


 巴さんが、また笑った。


 ……うん。


 やっぱり、見抜かれてるね。


     ◇


 朝食のあと、私は出かける準備を整えた。


 といっても、大したものじゃない。


 身の回りの品は《収納》に入っているし、着替えも食べ物も必要なら用意できる。


 そして、何より大事なのが――。


「……これだね」


 私は《収納》から、一通の封筒を取り出した。


 シルク王国のカバディ王から預かった書状。


 宛先は、オリミス聖国。


 魔法国にも同じような書状を持っていったけれど、今度でいよいよ中央大陸の四つの人間国家を回ることになる。


 ……うん。


 最初は、こんなに色々な国へ行くとは思ってなかったなぁ。


 私は、のんびり暮らしたいだけなんだけど。


 でも、どこで暮らしても自由にしていいと言ってもらえるのは、本当にありがたい。


 そのためなら、ご挨拶くらいはちゃんとしよう。


 ……できれば、今度こそ平和に終わってほしいなぁ。


「リアリス様」


 玄関ホールで、桜花が待っていた。


 ……うん。


 頼れる相棒だね。


「準備はよろしいでしょうか」


「うん。書状も持ったし、大丈夫!」


「かしこまりました」


 桜花の視線が、私の胸元に落ちる。


「……少々、お待ちくださいませ」


「ん?」


 桜花が、私の服の襟をそっと整えてくれた。


「……これで、よろしいかと」


「おお。ありがとう!」


 ……あはは。


 子どもみたいに身だしなみを直してもらっちゃった。


 いや、昨日も巴さんに怒られたばかりだし。


 今さらかな。


「お父さーん!」


 階段の方から、カトレアが駆けてきた。


 その後ろにはモフ太もいる。


「……行ってらっしゃい!」


「うん。行ってくるね!」


 私はしゃがんで、カトレアを抱きしめた。


「お留守番、よろしくね」


「……うん!」


「モフ太も、カトレアをお願いね」


「ご主人様。お任せください」


 ……うん。


 相変わらず頼もしいね、この小さな熊は。


 カトレアが、私の耳元で小さく囁いた。


「……お父さん」


「ん?」


「……神様にも、よろしくね」


 …………。


 ……おお。


 神様に、よろしく。


 なんて言えばいいんだろう。


 ……うん。


 次に会ったら、伝えておこうかな。


「分かった。会うことがあったらね」


「……うん!」


 カトレアが笑った。


 ……ああ。


 元気をもらえたね。


 私は立ち上がり、桜花と顔を見合わせた。


「それじゃ、行こうか」


「はい、リアリス様」


 私たちは邸の外へ出た。


     ◇


 今日の行き先は、オリミス聖国。


 中央大陸の南西にある、神オリミスを信仰する国だ。


 首都の名前は、聖都オリミシア。


 ……聖都。


 王都、帝都、法都ときて、今度は聖都なんだね。


 国によって呼び方が違うの、ちょっと面白い。


 私は頭の中に地図を思い浮かべた。


 聖都オリミシア。


 その周囲を確認して、人通りの少ない街道を探す。


 ……うん。


 城門から少し離れた場所なら、大丈夫そうだ。


「桜花。準備はいい?」


「はい」


「じゃあ、行くよ」


「かしこまりました」


「《転移》」


 景色が、ふっと切り替わった。


 目の前には、明るい石畳の街道が続いている。


 その先に見えたのは、大きな白い城壁。


 ……おお。


 白い!


 魔法国の壁は青い装飾が目立っていたし、帝国はどこか武骨な感じだった。


 でも、この城壁は違う。


 白い石を使った壁の上には、金色の装飾が光っていた。


 さらに、その向こうには、細長い塔がいくつも伸びている。


 塔の先端には、光を受けて輝く飾り。


 ……うん。


 何だろう。


 遠くから見るだけでも、厳かな雰囲気があるね。


「綺麗だねぇ」


「はい。とても整った街並みのようでございます」


 桜花が、聖都の方へ目を向けた。


 風が吹く。


 道の脇では、白い花が小さく揺れていた。


 ……おお。


 こっちの国も、お花が綺麗だね。


 ……あっ。


 カトレアも連れてきたら、きっと喜んだだろうなぁ。


 …………。


 ……いや。


 今日はご挨拶の日だからね。


 観光は、また今度。


「それじゃ、城門へ行こうか」


「かしこまりました」


 私たちは街道を歩き始めた。


     ◇


 聖都の城門には、何人かの旅人が並んでいた。


 商人らしい人。


 旅装の冒険者。


 そして、白を基調とした服を着た人たち。


 ……おお。


 聖職者って、ああいう服を着るのかな。


 列の脇では、衛兵たちが入国の確認をしている。


 誰もが真面目な表情だ。


 ……うん。


 何だか、自然と背筋が伸びるね。


「次の方、どうぞ」


 順番が来たので、私たちは前へ進んだ。


「お名前と、ご用件をお願いします」


「シルク王国から来ました、リアリスと申します。こちらの教皇様に、国王からの書状をお届けしたくて」


 私は《収納》から封筒を取り出した。


 衛兵さんが、封に押された印章を確認する。


「……シルク王国の国章ですね」


「はい。カバディ王から預かりました」


 衛兵さんの表情が、少しだけ変わった。


「……少々お待ちください」


「はい!」


 衛兵さんが、近くの詰所へ声をかける。


 ……うん。


 この流れ、ちょっと慣れてきた。


 帝国でも、魔法国でも、同じように驚かれたからね。


 私は封筒を持ったまま、城門の彫刻を眺めた。


 白い石の柱には、光を広げるような模様が彫られている。


 ……へぇ。


 魔法陣とも、少し違うね。


「リアリス様」


「ん?」


「こちらは、祈りを表した意匠なのかもしれませんね」


「……ああ。なるほど」


 神様の国なら、そういうこともあるのか。


 ……うん。


 これまでの国とは、また違った文化がありそうだ。


 ほどなくして、衛兵さんが戻ってきた。


「お待たせしました。書状の確認をいたしました。聖庁へ取り次ぎますので、こちらへお進みください」


「ありがとうございます!」


「……その、リアリス殿」


「はい?」


「教皇猊下とのお約束は、ございますか?」


「……いえ。お手紙を届けに来たところなので」


「承知しました。謁見がかなうかは、聖庁での確認をお待ちください」


「もちろんです!」


 ……うん。


 突然来たんだし、待つのは当たり前だよね。


 案内の衛兵さんに続いて、私たちは聖都へ入った。


 すると。


 …………。


 ……おおお。


 これは、すごい。


     ◇


 聖都オリミシアの街並みは、思っていた以上に美しかった。


 広い道には白い石が敷き詰められ、建物の壁も明るい色で統一されている。


 窓辺には花。


 広場には噴水。


 道の先には、大きな礼拝堂らしい建物が見える。


 ……うん。


 何だか、街全体が落ち着いている感じだね。


 人が少ないわけじゃない。


 商人の声も、子どもの笑い声も聞こえてくる。


 でも、街のあちこちで静かに頭を下げる人たちの姿があった。


 旅装の人が、礼拝堂の前で立ち止まる。


 荷物を背負った女性も、小さく両手を合わせている。


 ……おお。


 信仰が、生活に溶け込んでるんだね。


「皆さん、よくお祈りされるんですね」


 私が尋ねると、案内の衛兵さんが頷いた。


「はい。オリミス神への感謝は、私たちの日々の暮らしの一部ですから」


「へぇ……」


「病が癒えた者も、旅から無事に帰った者も、まずは感謝の祈りを捧げることが多いのです」


 ……ああ。


 なるほど。


 神様を大事にしているって、こういうことなんだ。


 私は道沿いの小さな花壇を見た。


 そこには、摘まれたばかりの花が丁寧に供えられている。


 ……うん。


 何だか、いいね。


 神様自身は、もう少し気さくな人だった気もするけど。


 …………。


 ……いや。


 この国の人たちが聞いたら、怒られそうな感想だなぁ。


 私は口をつぐんだ。


「リアリス様」


 桜花が、小さく声をかける。


「……何?」


「何か、お考えでしょうか」


「……ううん。ちょっと」


 桜花は、穏やかに微笑んだ。


「神様のことでございますね」


「……あっ。分かる?」


「はい」


 ……うん。


 やっぱり、桜花には隠せないね。


「ここにいる人たち、みんな神様のことを大切に思ってるんだなって」


「そのようでございますね」


「……何だか、神様に教えてあげたくなっちゃうよ」


「ふふ」


 桜花が、小さく笑った。


 ……うん。


 今度会ったら、話してみようかな。


 ……あれ。


 そういえば、神様。


 今、何してるんだろう。


 ……まあ、神様だから、忙しいのかもしれないね。


 私たちはさらに歩いた。


 途中、道沿いの店から焼き菓子のいい匂いが流れてくる。


 ……おっ。


 あれ、おいしそう。


 …………。


 ……いや。


 今日は観光じゃない。


 観光じゃないんだけど。


「……リアリス様」


「……はい」


「今は、先にご用件を済ませましょう」


「……そうだね!」


 ……うん。


 まだ何も言ってないのに。


 桜花、よく分かったね。


 カトレアがいたら、きっと立ち寄ってたなぁ。


 ……あっ。


 また、買い物のこと考えてる。


 巴さんに怒られる未来まで見えてきた。


 ……うん。


 今日は我慢!


 私は焼き菓子のお店を通り過ぎた。


 ……えらい!


 自分で自分を褒めておこう。


     ◇


 聖都の中心へ近づくと、ひときわ大きな建物が見えてきた。


 高い塔。


 大きな窓。


 白い壁を彩る繊細な彫刻。


 その正面には、広々とした階段が続いている。


 ……おお。


 これが、聖庁かな。


「こちらが聖庁です」


 案内の衛兵さんが、足を止めた。


「教皇猊下はこちらで政務を執っておられます」


「……なるほど」


 ……猊下。


 そういえば、教皇様って、そう呼ぶんだね。


 王様とも皇帝とも違う。


 この国ならではの敬称なんだなぁ。


「お取り次ぎをいたします。少々お待ちください」


「ありがとうございます!」


 建物の前には、白い服の人が何人も立っていた。


 衛兵さんがその一人に事情を説明する。


 書状を確かめた人は、丁寧に頭を下げた。


「遠方より、ようこそお越しくださいました」


「こちらこそ、突然すみません」


「とんでもございません。シルク国王からの書状とあれば、しかるべき者にお伝えいたします」


 ……うん。


 丁寧だなぁ。


 私も、ちゃんとしないと。


 ……あれ。


 さっきから、そればっかり考えてるね。


 しばらくすると、別の聖職者がやってきた。


「教皇猊下にお取り次ぎいたしました。謁見の場を設けていただけるとのことです」


「……おお!」


 思わず声が出た。


 ……あっ。


 静かにしないと。


「ありがとうございます」


「こちらへどうぞ」


 私たちは建物の中へ案内された。


 広い廊下。


 磨かれた床。


 壁には、神話の場面を描いたらしい絵が並んでいる。


 ……おお。


 すごいなぁ。


 何だか、博物館に来たみたいだ。


 ……いや。


 ここは、そういう場所じゃないんだよね。


 気を引き締めよう。


「桜花。すごい建物だね」


「はい。建物そのものが信仰を表しているようでございます」


「……うん」


 ……そうだね。


 きっと、この国の人たちにとって大切な場所なんだ。


 長い廊下を進んだあと、私たちは控室へ通された。


「こちらでお待ちください。謁見の準備が整いましたら、お呼びいたします」


「分かりました!」


 聖職者が一礼して出ていく。


 扉が閉まった。


 …………。


 ……ふう。


 ようやく、一息つけるね。


     ◇


 控室には、大きな窓があった。


 外には中庭が見える。


 白い花が咲き、中央には小さな水盤が置かれている。


 ……ああ。


 落ち着くなぁ。


 私は椅子に座り、桜花を見た。


「桜花も座ろうよ」


「ありがとうございます」


 桜花が、私の隣へ腰を下ろした。


 ……うん。


 この子も、今日はきちんとしたお客様なんだから。


 ずっと立ってなくていいよ。


「それにしても」


「はい?」


「こういう場所に来ると、毎回ちょっと緊張するね」


「左様でございますか」


「うん。皇帝に会うときとは、違う緊張かな」


 ……だって。


 相手は教皇様だよ?


 神様を信じて、ずっと祈ってきた人なんだよね。


 …………。


 ……ん?


 神様に会ったことがあるって、言わない方がいいのかな。


 いや。


 言う必要がなければ、別に言わなくてもいいか。


 でも、話の流れで聞かれたりしたら?


 …………。


 ……うーん。


 嘘をつくのも嫌だなぁ。


「リアリス様」


 桜花が、私の顔を覗き込んだ。


「はい?」


「また、神様のことをお考えですね」


「……うん。よく分かったね」


「ふふ」


 ……ああ。


 もう完全に読まれてる。


「神様に会ったことがあるって言ったら、どうなるかなって」


「……そうですね」


 桜花が、少し考えた。


「信じていただけるかどうかは、分かりかねます」


「……だよねぇ」


 私だって、日本にいたころ。


 目の前の人に『神様と会ってきたんだ』なんて言われたら、信じなかったと思う。


 ……いや。


 多分、何を言ってるんだろうって思っちゃう。


「この国の人たち、神様を本当に大事にしてるからね」


「はい」


「軽い気持ちで話しちゃ、失礼だよね」


「……リアリス様」


「ん?」


「リアリス様は、実際にお会いになったことを、ありのままにお話しになればよろしいかと」


 ……おお。


 そうか。


 そうだよね。


「……うん。変に飾らず、普通に話そう」


「はい。それがよろしいかと存じます」


 ……よし。


 大丈夫。


 私が神様と会ったのは、本当のことだもんね。


 ……ただ。


 あの神様、気さくすぎるんだよなぁ。


 そのまま話すと、逆に信じてもらえない気がしてきた。


 …………。


 ……まあ、そのときはそのとき!


 私は窓の外を見た。


 白い花が風に揺れている。


 ……ああ。


 今日も、平和に終わるといいなぁ。


     ◇


 しばらくして、扉が静かに叩かれた。


「お待たせいたしました。謁見の準備が整いました」


「はい!」


 私は立ち上がり、服の襟をもう一度確かめた。


 ……よし。


 桜花が整えてくれたから、大丈夫。


「では、こちらへ」


 案内の聖職者に続いて、廊下を歩く。


 やがて、大きな扉の前へ着いた。


 扉には、両側へ伸びる光をかたどった彫刻がある。


 ……うん。


 何度見ても、綺麗だね。


「リアリス様」


 桜花が、そっと声をかけた。


「ん?」


「どうぞ、いつもどおりに」


 …………。


 ……ああ。


 ありがとう。


「うん。行こうか」


「はい」


 扉が、ゆっくり開いた。


 その向こうは、広い謁見の間だった。


 高い天井。


 白い壁。


 色鮮やかな光を落とす、大きな窓。


 部屋の正面には、一段高くなった場所があり、そこに五人の人物が待っていた。


 …………。


 ……おお。


 なるほど。


 あの方たちが、この国の偉い人たちなんだね。


 中央の椅子に座っていたのは、年配の男性だった。


 頭にはほとんど髪がなく、年齢を重ねた顔には深い皺が刻まれている。


 けれど、その目はとても真剣だった。


 ……この方が、教皇様かな。


 その左右には、四人の聖職者が並んでいた。


 穏やかな表情の年配の男性。


 白い長髪を持つ、体格のいい男性。


 黒い長髪の女性。


 そして、落ち着いた雰囲気の黒髪の男性。


 ……おお。


 みんな、雰囲気が違うね。


 案内の方が、部屋の中央で足を止めた。


「シルク王国よりお越しの、リアリス殿と桜花殿です」


 私は一歩前へ進み、丁寧に頭を下げた。


「初めまして。シルク王国から参りました、リアリスと申します。本日は突然の訪問にもかかわらず、お時間をいただきありがとうございます」


 桜花も、私の隣で一礼する。


「桜花と申します。リアリス様に同行しております」


 中央の男性が、静かに頷いた。


「ようこそ、オリミス聖国へ。わしは教皇のパーシー・リリンクと申す」


 ……おお。


 やっぱり、教皇様だった。


「国王カバディ殿からのお話は、取り次ぎの者より聞いております」


「はい。こちらをお届けに参りました」


 私は《収納》から封筒を取り出した。


 部屋の端に控えていた聖職者が、丁寧に受け取る。


 ……うん。


 こういう受け渡しも、だいぶ慣れてきたね。


 いや、慣れるほど各国を訪問してるのも、ちょっと不思議だけど。


 教皇さんは、封筒の印章を確認した。


 そして、静かに中の書状を読み始める。


 部屋に、しばらく沈黙が流れた。


 ……うん。


 こういう時間、ちょっと落ち着かない。


 何か話した方がいいのかな。


 ……いや。


 読んでるところなんだから、黙って待ってよう。


 私は、静かに背筋を伸ばした。


 やがて、教皇さんが書状を閉じた。


「……なるほど」


 その声は、穏やかだった。


「カバディ王が、あなたのことを高く評価しておられる理由が、少し分かりました」


「……あはは。ありがとうございます」


 ……いや。


 ちょっと待って。


 書状を読んだだけで、何が分かったんだろう。


 まさか、変なことまで書いてないよね?


「まずは、こちらの者たちも紹介しておきましょう」


 教皇さんが、左右の四人へ目を向けた。


「我が国の枢機卿たちです。それぞれ、中央大陸の国々に関わる務めを担っております」


 ……おお。


 枢機卿。


 名前だけ聞くと、すごく偉そうだ。


 いや、実際に偉いんだろうけど。


 最初に、年配の男性が一礼した。


「グレンと申します。シルク王国に関わる務めを担当しております」


 ……あっ。


 シルク担当なんだ。


 そう言われると、ちょっと親近感が湧くね。


「初めまして、グレンさん」


「こちらこそ。よくお越しくださいました」


 ……うん。


 優しそうな方だ。


 続いて、白い長髪の男性が一歩進み出た。


 すらりとしているけれど、肩幅は広い。


 ……おお。


 聖職者なのに、結構鍛えてるんだね。


「セドリックと申します。フォーサイド魔法国を担当しております」


「初めまして。リアリスです」


 セドリックさんは、静かに頷いた。


 表情は、あまり変わらない。


 ……うん。


 真面目な人なのかな。


 三人目は、黒い長髪の女性だった。


「シーリンと申します。ローズ帝国の担当です」


 落ち着いた声。


 けれど、目元には優しさがある。


「初めまして、シーリンさん」


「遠いところ、ようこそお越しくださいました」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 この方も、話しやすそうだね。


 最後に、黒い短髪の男性が一礼した。


「ケラーと申します。こちらオリミス聖国の担当です」


「初めまして、ケラーさん」


「よろしくお願いいたします」


 ……よし。


 これで、全員だね。


 教皇さん。


 グレンさん。


 セドリックさん。


 シーリンさん。


 ケラーさん。


 ……うん。


 ちゃんと覚えよう。


 名前が多くなってきたけど、頑張る!


     ◇


「さて、リアリス殿」


 教皇さんが、書状へ目を落とした。


「カバディ王によれば、あなたは国に仕えることを望まず、自由な立場で暮らしたいと考えているそうですな」


「はい。そのとおりです」


 ……うん。


 私の希望は、ずっと変わってない。


 好きなところに家を作って、おいしいものを食べて。


 家族と、のんびり暮らしたい。


 ……できれば、朝寝坊もしたい。


 ……いや。


 朝寝坊は、別に書状に書かれてないと思うけど。


「ローズ帝国とフォーサイド魔法国でも、その趣旨でお話を進めてこられたとか」


「はい。どちらの国でも、ありがたいことに受け入れていただけました」


 教皇さんが、ゆっくり頷く。


「そうでしたか」


 ……ほっ。


 今のところ、順調だね。


 グレンさんが、穏やかな声で言った。


「シルク王国から届く報告でも、リアリス殿は争いを好まない方とうかがっております」


「そうですね。争いごとは、できれば避けたいです」


 ……本当に。


 もうね。


 私は、面倒な争いをせずに暮らしたいだけなんだ。


 皇帝と決闘するのも、勇者と模擬戦するのも。


 できれば、毎回は遠慮したい。


 ……いや。


 雪彦君との模擬戦は、あの子が少し素直になれたから、よかったと思うけど。


「ただ」


 教皇さんが、少しだけ表情を引き締めた。


「その力が、非常に大きなものであるとも聞いております」


「……ああ。まあ、ちょっと特殊な魔法が使えるので」


 …………。


 ……ちょっと、で済むかな。


 《想像魔法》だもんね。


 自分で言うのも何だけど、かなり特殊だよね。


 でも、細かく説明すると、話が長くなりそうだし。


「それでも、私は誰かを困らせるために魔法を使うつもりはありません」


 私は、そう答えた。


「家族が安心して暮らせる場所を増やしたくて、各国を回っているんです」


 教皇さんが、私をじっと見た。


「……家族、ですか」


「はい。私にとって、一番大切な人たちです」


 カトレアの笑顔が、ふっと頭に浮かんだ。


 昨日の湖。


 あの子が「しあわせ」って言ってくれたときの顔。


 ……ああ。


 また、一緒に出かけたいな。


「……よいことですな」


 教皇さんが、ゆっくり笑った。


「家族を大切にする心は、何より尊い」


「ありがとうございます!」


 ……おお。


 分かってもらえた!


 そう思ったとき、シーリンさんが口を開いた。


「お話をうかがうかぎり、とても温かな方なのですね」


「……いやぁ。そんな大したことはないですよ」


「ふふ。ご謙遜を」


 ……あはは。


 褒められると、ちょっと照れるね。


 ケラーさんも静かに頷いた。


「我が国も、各国と同様に、誠意をもってお話ししたいと考えております」


「はい。よろしくお願いします!」


 ……うん。


 今のところ、いい雰囲気だ。


 国との正式な取り決めは、このあと詳しく相談することになりそうだけど。


 少なくとも、出だしは順調。


 ……よかったぁ。


 私は、胸の中で小さく息をついた。


     ◇


「ところで、リアリス殿」


 教皇さんが、少し声を柔らかくした。


「聖都へは、初めてお越しになられたのですかな?」


「はい。今日が初めてです」


「それはいかがでしたか」


「とても綺麗でした! 白い建物も、花も、皆さんの暮らしぶりも」


 ……あ。


 そういえば。


「それに、街のあちこちで、皆さんが神様にお祈りしているのを見かけました」


 その言葉に、教皇さんの表情が、少し嬉しそうになった。


「オリミス神への感謝は、我々の暮らしの根幹ですからな」


「……なるほど」


 教皇さんは、穏やかに続けた。


「かの神は、時に人々へ導きを与え、時に癒やしの力を授けてくださいます」


 ……おお。


 そうだったんだ。


 神様、ちゃんと神様らしいこともしてるんだね。


 ……いや。


 失礼か。


 神様なんだから、当たり前だよね。


 グレンさんも、静かに頭を下げた。


「我々も、いただいた恩恵に応えられるよう、日々努めております」


 セドリックさんが、深く頷く。


 シーリンさんも目を伏せ、ケラーさんは胸の前に手を添えた。


 …………。


 ……おお。


 みんな、本当に信仰が深いんだ。


 私は、少しだけ居住まいを正した。


 ……うん。


 ここでは、軽い言い方をしない方がいいね。


「……そういえば、皆さんにとって、神様ってどういう方なんですか?」


 私が尋ねると、教皇さんが少し驚いたように目を上げた。


「……どういう方、ですかな」


「はい。皆さんがどう思っているのかなって」


 ……うん。


 ちょっと気になったんだよね。


 実際に会ったことはあるけれど、この国の人たちから見た神様がどんな存在なのか。


 教皇さんは、少し考えてから答えた。


「我々にとっては、この世界を見守り、導いてくださる、何より尊い存在です」


「……そうなんですね」


「誰もがそのお姿を直接拝することはできません。しかし、時折届けられる神託が、我々に確かな道を示してくださる」


 ……神託。


 へぇ。


 そういうこともしてるんだ。


 ……うん。


 じゃあ、神様はときどきこっちを見てるのかな。


「直接お姿を拝することは、我々の長年の願いでもあるのです」


 グレンさんが、静かに言った。


 セドリックさんも、真剣な顔で頷いている。


 ……ああ。


 そっか。


 皆さんにとっては、直接会うこと自体が、ものすごく特別なことなんだ。


 …………。


 ……でも。


 私は、会っちゃってるんだよね。


 それも、転生するときに。


 神様から《想像魔法》までもらって。


 …………。


 ……うーん。


 これ、言った方がいいのかな。


 黙っているのも、何だか変な感じだ。


 でも、いきなり「会ったことあります」って言っても……。


「リアリス様」


 隣の桜花が、小さく声をかけてきた。


「……ん?」


「何か、お考えでございますか?」


 ……あっ。


 また顔に出てたかな。


「……うん。ちょっとね」


 桜花は、穏やかに頷いた。


「先ほど控室でお話しなさっていたことかと」


「……ああ。そうそう」


 ……うん。


 そうだった。


 変に飾らず、ありのままを話せばいい。


 嘘をつくわけでもないし。


 何より、この人たちは神様のことを本当に大切に思ってる。


 そういう人たちになら、ちゃんと話してもいい気がする。


「……あの、教皇さん」


 私は、少しだけ手を上げた。


「はい。何でしょうかな」


「……ひとつ、お話ししてもいいですか?」


「もちろんです」


 ……よし。


 私は、なるべく普通の声で言った。


「実は私、神様と直接お会いしたことがあるんです」


 …………。


 …………。


 部屋が、静かになった。


 ……あれ。


 今、何かまずいこと言った?


 教皇さんが、ゆっくり瞬きをした。


「……今、何と?」


「ええと。オリミス神と、お会いしたことがありまして」


 …………。


 グレンさんの目が、大きく見開かれた。


 シーリンさんが、口元に手を当てる。


 ケラーさんも、じっと私を見つめた。


 そして。


 セドリックさんの表情が、すっと変わった。


 さっきまでの落ち着いた顔ではない。


 静かな、でも鋭い眼差し。


 ……あっ。


 これ、もしかして。


 嫌な予感がする。


「……リアリス殿」


 セドリックさんが、低い声で言った。


「はい?」


「あなたは、今、オリミス神に直接お会いしたとおっしゃいましたか」


「……はい。そうです」


「……それは、何かの比喩でしょうか」


 …………。


 ……比喩?


「いえ。本当にお会いしたんです。お話もしましたし」


 …………。


 また、沈黙。


 ……あれぇ。


 信じてもらえない?


 ……いや。


 そりゃ、そうか。


 突然来た人が「神様に会った」なんて言い出したら。


 ……普通、疑うよね。


 でも、嘘じゃないんだよなぁ。


「……どういうご事情で、そのようなことを?」


 グレンさんが、慎重に尋ねてきた。


「……ええと。色々あって、神様とお話しする機会があったんです」


 ……うん。


 転生の話まで始めると、さらに長くなるからね。


 まずは、そこだけ。


「その際に、とてもよくしていただきまして」


 教皇さんが、じっと私を見ている。


 その表情からは、何を考えているのか分からない。


 ……うん。


 ちょっと緊張してきた。


 すると、セドリックさんが一歩前へ出た。


「……リアリス殿」


「……はい」


「我々にとって、オリミス神はこの上なく尊い存在です」


「はい。分かっています」


「そのお名前を、軽々しく口にしてよいとは考えておりません」


 声は、決して大きくない。


 でも、言葉の一つひとつに重さがあった。


 ……ああ。


 この人、本当に神様を大切にしてるんだ。


「私は、嘘を好みません」


 セドリックさんの眼差しが、さらに厳しくなる。


「ましてや、神のお名前を使った虚言を、看過することはできません」


 …………。


 ……うん。


 完全に、嘘だと思われてるね。


 教皇さんが、静かに片手を上げた。


「セドリック。まずは、話を聞きましょう」


「……教皇猊下」


「リアリス殿が、何をお伝えになりたいのか。それを確かめてからでも遅くはありません」


 セドリックさんは、唇を結んだ。


 ……ああ。


 教皇さん、助かります。


 とはいえ。


 みんなの視線は、私に向いたままだ。


 ……うん。


 これは、ちゃんと説明した方がいいね。


「……あの」


 私は、そっと手を上げた。


「嘘をついているわけじゃないんです。皆さんが神様を大切に思ってるのも、ちゃんと分かっています」


 セドリックさんが、黙って私を見る。


「だから、もし信じていただけないなら……」


 私は、桜花の方を見た。


 桜花は、いつものように微笑んでいる。


 ……うん。


 大丈夫。


 この子がいるなら、きっと何とかなる。


「……ご本人に、聞いてみればいいかなって」


 …………。


「……ご本人?」


 教皇さんが、聞き返した。


「はい。オリミス神です」


 …………。


 …………。


 セドリックさんの眉が、ぴくりと動いた。


 私は、少しだけ首を傾げた。


 ……あれ。


 そんなにおかしなこと、言ったかな。


 だって。


 知り合いに確認するなら、本人へ聞くのが一番早いでしょう?


 ……うん。


 そうだよね。


 ――どうやら、神様の国でのご挨拶は、思ったよりずっと難しくなりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。