第2話:冒険者登録は一筋縄ではいかない
王都の門をくぐるには、どうやら順番待ちが必要らしい。
前に並んでいた商人が、門兵に何かを見せている。小さな札のようなものだ。確認を終えると、馬車はごとごと音を立てて門の向こうへ消えていった。
……私、そんなもの持ってないんだけど。
「次の方、どうぞ!」
「あ、はい」
「見ない顔だな。王都は初めてか?」
「そうですね。今日初めて来ました」
「身分を証明できるものは?」
「ないです」
「……ない?」
門兵の眉がぴくりと動く。
ついさっき転生してきた人間に、身分証を用意しておけというのは無理な話だ。
「これから冒険者になろうと思ってまして。ギルドに行けば登録できますよね?」
「ああ、そういうことか。なら先に冒険者ギルドへ行くといい。登録すれば身分証にもなる」
「助かります。場所を教えてもらえますか?」
「この道をまっすぐ進んで、大きな広場を右だ。剣と盾の看板が出ているから、すぐ分かる」
「ありがとうございます!」
頭を下げて門を抜ける。
石畳の道を馬車が行き交い、両側には木造と石造りの建物が並んでいる。店先では野菜を並べた女性が客と値段の交渉をしていて、少し先からは焼いた肉の匂いが漂ってきた。
「おお……」
しかも人々の会話の意味が分かる。
看板に書かれた文字まで、何の苦労もなく読めた。
「焼きたての肉串だよー!」
屋台の前で足が止まりかけたが、私はすぐに歩き出した。
お金がない。
「まずは働こう。うん、それがいい」
広場を右へ曲がると、それらしい建物が見えた。
入り口の上には、剣と盾を組み合わせた大きな看板。
まさしく冒険者ギルドである。
私は少しだけ興奮しながら扉を開けた。
中に入ると、酒場のようなざわめきが耳に飛び込んできた。
鎧を着た人、大きな剣を背負った人、杖を持った人。壁には依頼書らしき紙が何枚も貼られている。
異世界といえば冒険者ギルド。ついに自分もその扉をくぐったわけだ。
「いらっしゃいませ。ご依頼の受注ですか?」
「いえ、冒険者登録をお願いしたいんです」
「新規登録ですね。こちらへどうぞ」
「私は受付のリリーナと申します。まず、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「リアリスです」
名前や年齢などを答えると、リリーナさんは書類にすらすらと記入していく。
「では最後に、魔力量の測定を行います」
「はい。こちらの測定器に手を置いてください。現在の魔力量を確認できます」
差し出されたのは、透明な石のついた台座だった。
異世界ものでは、だいたい主人公のせいで大変なことになるやつだ。
私の魔力は無限らしいけれど、測定器だってそれなりに丈夫に作られているだろう。
「ここに置けばいいんですね?」
「はい。力を入れる必要はありませんよ」
言われたとおり、私は石に手を乗せた。
透明だった石の内側に、淡い光が灯る。
少しすると、台座の表面に文字が浮かんだ。
『測定不能』
私とリリーナさんの声が重なった。
ピシッ。
石の表面に、細い亀裂が走った。
パキン!
石が音を立てて割れた。
私は慌てて手を引っ込めた。
「す、すみません! 壊れちゃいました!」
「……え?」
「私、普通に手を置いただけなんですけど」
「ええと……はい……そう、ですよね……?」
いや、私が聞きたい。
「測定器が故障していたのかもしれません。別のものを用意しますね」
すぐに二台目が運ばれてきた。
「では、もう一度お願いします」
手を置く。
『測定不能』
ピシッ。
パキン!
受付の周囲が、妙に静かになっていた。
「り、リリーナさん。もうやめておいた方がいいんじゃ……」
「そうですね……。ただ、規則上、もう一度だけ確認させてください」
笑ってはいるのだが、口元がわずかに引きつっている。
そして三台目が運ばれてきた。
おそるおそる手を置く。
『測定不能』
ピシッ。
パキン!
三台目も割れた。
これ、弁償って言われたらどうしよう。
「ギルドマスターを呼んできます!」
リリーナさんが奥へ駆けていった。
測定不能からの測定器破壊。そしてギルドマスター登場。これ、異世界ものの定番じゃん。
ただ、実際に自分が当事者になると、笑っていられない。
「おい。測定器を三つとも壊したってのは、お前か?」
振り返ると、がっしりした体格の男性が立っていた。
年齢は私の以前の身体と同じくらいだろうか。鍛えられた身体つきで、目つきも鋭い。
左側の袖が空いているのに気づき、私は思わず言葉を飲み込んだ。
「はい。すみません、私です」
「……そうか。ちょっとこっちへ来てくれ」
怒鳴られるかと思ったが、男性は疲れたように息を吐いただけだった。
私はリリーナさんと一緒に、奥の部屋へ案内された。
「俺はシルベスター。このギルドのマスターをやっている」
「リアリスです。よろしくお願いします」
「まず確認する。測定器に何か細工をしたか?」
「してません。手を置いただけです」
「魔力を無理やり流し込んだりは?」
「いえ、それも」
「三台とも『測定不能』と表示されて壊れたそうだな」
「はい」
「……今までそんな話は聞いたことがない」
「すみません。弁償が必要なら、これから働いて少しずつ返しますので」
「いや、今はそれよりお前のことだ」
「どこで魔法を学んだ? 出身は?」
日本から来ました、と答えるわけにはいかない。
神様に転生させてもらいました、なんて言ったら、測定器の件より面倒なことになりそうだ。
「ええと、名もない小さな村の出身です。魔法は、その……独学といいますか」
有名どころか、この世界には存在しない。
シルベスターさんはしばらく私の顔を見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。
「事情があるなら、今は無理に聞かん。ただし、問題は起こすなよ」
「もちろんです!」
すでに測定器を三台壊した人間が言う台詞ではない気がする。
「それで、お前は冒険者になって何がしたい?」
「のんびり暮らすための生活費を稼ぎたいです」
「採取とか、そういう仕事をしてみたいですね」
「魔力量を測れないやつが、採取?」
「はい。できれば危険の少ない仕事がいいです」
シルベスターさんは、とうとう机に額をつけた。
「あの、Fランクで登録してもらえれば十分ですから!」
「……自分から最低ランクを希望するのか」
「だって、最初は何も分からないですし」
知らない世界でいきなり無茶をするつもりはない。
安全な依頼を受けて、生活費を稼いで、あとは自由に暮らしたい。
「分かった。ひとまずFランクで登録する。測定器の件は俺が預かるから、今は気にするな」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ただし、妙なことをする前に相談しろ。いいな?」
「はい!」
力強く返事をしたら、なぜかため息をつかれた。
受付へ戻ると、リリーナさんが登録を済ませ、小さなギルドカードを手渡してくれた。
「こちらがリアリスさんの冒険者カードです。ランクはFになります」
私はカードを両手で受け取った。
とうとう私も冒険者だ。
「それでは、最初の依頼はいかがされますか?」
「ぜひ受けたいです!」
「何かご希望はありますか?」
「できれば、すぐお金になるものがいいですね」
「実は私、今お金を一枚も持っていなくて」
「今日泊まるところも、まだ決めてないんですよね」
「それでしたら、薬草採取はいかがでしょう? 採取した分を確認して、依頼の条件を満たせば報酬をお支払いできます」
「それ、お願いします!」
リリーナさんは依頼書を一枚取り、薬草の特徴と採取方法を説明してくれた。
細長い葉と、根元にある小さな白い模様が目印らしい。
似たような草があったら間違えそうだ。
「危険な場所には行かず、王都の外れの森で採取してくださいね」
「あと、見慣れない魔獣には近づかないようにしてください」
冒険者カードと依頼書を受け取り、私は振り返った。
「おい、新入り」
振り返ると、体格のいい男が立っていた。後ろには仲間らしい男が二人いる。
さっきまで、酒場の方からこちらを見ていた人たちだ。
「何でしょう?」
「お前、測定器を三台も壊したんだってな?」
「ああ、はい。ご迷惑をおかけしました」
「へえ。ずいぶん余裕じゃねえか」
男がにやりと笑った。
「どれだけ強いのか、俺が試してやるよ」
新人いびり。
魔力量測定器の次はこれか。
異世界のお約束、詰め込みすぎじゃない?
「あの、私、今から依頼に行くところなので……」
「逃げんのか?」
「だったら少しくらい付き合えよ!」
男が腕を伸ばしてきた。
肩をつかまれそうになり、私は半歩横へよけた。
避けられたのが気に入らなかったらしく、今度は大きく踏み込んできた。
私、喧嘩したいわけじゃないんだけど。
とはいえ、目の前で振り上げられた拳をそのまま受けるのも嫌だ。
私は身体を横にずらし、勢い余って近づいてきた男の腹へ、とっさに一発だけ拳を入れた。
「ぐほっ!」
男が膝をついた。
そんなに効いたの?
私は自分の拳を見つめた。
確かに殴ったけれど、そこまで強くしたつもりはない。
「だ、大丈夫ですか?」
私がしゃがみかけると、男は顔を青くして後ずさった。
「お、お前……何者だよ!」
「今日登録したばかりのFランクですけど」
「嘘つけ!」
嘘じゃない。
カードにもちゃんとFって書いてある。
そこへリリーナさんの声が飛んだ。
「ギルド内での私闘は禁止です!」
凛とした声だった。
「これ以上騒ぎを起こすなら、ギルドマスターに報告しますよ!」
男たちはぎくりと肩を震わせた。
「くそっ、覚えてろよ!」
腹を押さえた男が仲間に支えられながら去っていった。
最後の台詞までお約束だ。
「リアリスさん、お怪我はありませんか?」
「はい。私は大丈夫です。あの人も大丈夫でしょうか?」
「自分から仕掛けたことですし、立って歩けていますから。ただ、今後も同じことがあればすぐ職員にお知らせください」
「分かりました。ありがとうございます」
リリーナさんは少し困ったように笑った。
「登録したばかりなのに、今日は大変でしたね」
測定器を三台破壊して、ギルドマスターに呼ばれて、最後は新人いびり。
冒険者登録って、こんなに大変だったっけ?
そもそも私は、静かに暮らしたいだけなのに。
「では、薬草を採ってきます!」
「はい。どうぞお気をつけて!」
私はギルドを出て、再び石畳の道を歩き始めた。
あとは薬草を採って帰れば、今日の食費と宿代くらいにはなるはずだ。
「よし。初仕事、頑張りますか!」
ただ一つ、気になることがあった。
ギルドを出る直前、酒場の奥から聞こえた会話が、どうにも引っかかっている。
『また山の方でドラゴンを見たってやつが出たらしいぞ』
……ドラゴン。
「まあ、薬草採取には関係ないか」
そう思ったのだけれど。
城門で、さっき道を教えてくれた門兵と再び顔を合わせたとき、彼は私のギルドカードを見て笑った。
「おっ、登録できたのか。よかったな!」
「ありがとうございます。これから薬草を採りに行くんです」
「そうか。森へ行くなら気をつけろよ。最近はドラゴンの噂もあるからな」
「……ドラゴン?」
「ああ。もし会ったら、迷わず逃げるんだぞ~!」
「ははは……気をつけます」
……待って。
今の、完全にフラグじゃない?
いやいや、ないない。
私は薬草を採りに行くだけなんだから。
ドラゴンなんて、そうそう出会うものじゃないでしょ。
……出会わないよね?




