第6話:晴斗と鬼ごっこ
翌朝。
目が覚めると、窓の向こうには明るい空が広がっていた。
……うん。
今日もいい天気だねぇ。
私は寝台の上で大きく伸びをした。
昨日は、なかなか賑やかな一日だった。
魔国へ行って、久しぶりに雪彦君に会って。
勇者パーティの子たちも、ちゃんと紹介してもらえた。
……ああ。
フィースさん、ソラリスさん、メリンダさん。
三人とも、雪彦君のことが大好きなんだろうね。
口調はちょっときつかったけど、仲間としての連携は本当に見事だった。
……うん。
雪彦君も、いい仲間に恵まれたものだ。
ただ。
最後には全員、何だか疲れ切った顔で帰っていっちゃったんだよねぇ。
……あれは、少しやりすぎだったかな。
……まあ。
皆、口を揃えて『肉体的には』って言ってたけど。
……うーん。
どういう意味だったんだろう。
私は首を傾げながら寝台を降り、朝の支度を始めた。
……さて。
今日は、昨日言ったとおり、のんびり過ごそうかな。
そう思ったところで、ふと思い出した。
……あっ。
晴斗君の稽古。
昨日の帰りに、今度は私が少し見てあげようかなって考えてたんだった。
……うん。
ちょうどいい機会かもしれないね。
晴斗君が楓と稽古を始めてから、もう二か月ほどになる。
毎日頑張っているのは知っているけど、私は最近、まとまった時間を取って動きを見てあげられていなかった。
楓に任せておけば安心なのは、間違いないんだけどね。
でも、いつもと違う相手なら、また別のことを学べるかもしれない。
……ただし。
私が直接剣を振ったら、昨日の雪彦君みたいになっちゃうかな。
……いやいや。
大丈夫。
攻撃しなければいいんだよ。
相手の動きを見ることだって、立派な稽古になる。
……うん。
それなら、ちょっと考えてみよう。
◇
身支度を終えて食堂へ向かうと、まだ誰も来ていなかった。
……おや。
今日は少し早かったかな。
大きな食卓に、朝の光が差し込んでいる。
いつもは誰かの声が聞こえている場所だから、こうして一人でいると少し不思議だ。
……静かだねぇ。
私は自分の席に座り、何をして晴斗君の動きを確かめようかと考えた。
剣を使わずに。
怪我もしなくて。
ちゃんと足運びや反応を見られるもの。
……あっ。
追いかけっこなんて、どうかな。
……いや。
ただ走るだけだと、訓練としては単純すぎるか。
でも、相手の動きを読んで追い詰めるなら、結構いい練習になるんじゃない?
……そうだ。
鬼ごっこにしよう。
逃げる相手を観察して、先回りして、最後にタッチする。
剣で相手を捉えるときにも、似たような判断が必要だからね。
私が逃げる役なら、怪我をさせる心配もない。
……うん。
いい考えだ。
私は一人で頷いた。
すると、食堂の入口から聞き慣れた声がした。
「リアリス様、おはようございます」
「あっ、桜花。おはよう」
桜花が、穏やかな笑顔で入ってきた。
……ああ。
今日も可愛いねぇ。
「今朝はお早いのでございますね」
「うん。ちょっと目が覚めちゃって」
「左様でございましたか」
桜花は私のそばへ来ると、いつものように微笑んだ。
……うん。
昨日は見事な【一閃 若桜】を見せてくれたけど、今朝はすっかりいつもの桜花だ。
……まあ。
刀を抜けば、またものすごい動きを見せるんだろうけどね。
「桜花、昨日はお疲れさま」
「ありがとうございます。リアリス様も、お疲れさまでございました」
「雪彦君たち、いい連携だったね」
「はい。あのように隙なく攻撃をつなげられるのは、日頃から共に鍛錬を重ねていらっしゃる証かと存じます」
「そうそう。そうだよね」
……うん。
やっぱり、桜花もそこを見ていたんだ。
私は嬉しくなって頷いた。
桜花は、ほんの少し目を細めた。
「私にとりましても、大変よい経験でございました」
「そっか。それならよかった」
……ああ。
昨日の模擬戦にも、ちゃんと意味があったね。
私は満足して、そっと食卓へ視線を落とした。
……さて。
今日は晴斗君に、どんな経験をしてもらおうかな。
そんなことを考えているうちに、家族が一人、また一人と食堂へ集まってきた。
朝の挨拶が交わされ、空いていた席が少しずつ埋まっていく。
……うん。
いつもの賑やかさだ。
こういう朝、好きだなぁ。
「お父さん、おはよう!」
「おはよう、カトレア」
元気よく挨拶してくれたカトレアへ、私は笑顔で手を振った。
……ああ。
今日も元気で何より。
さて、頭を撫でようかな。
……と思ったけど。
カトレアが先に席へ向かったので、私は手を引っ込めた。
……うん。
学校へ行く前だし、今日は我慢しておこう。
……ちょっと残念。
「リアリスさん、おはようございます!」
続いて晴斗君が入ってきた。
足元には、いつもの小さなルナ。
「にゃーもおはようにゃー!」
「おはよう、晴斗君。ルナもおはよう」
……うん。
昨日あれだけ驚いていた晴斗君も、今朝は元気そうだ。
よかった、よかった。
楓も食堂へ入り、静かに頭を下げた。
「……おはようございます」
「楓もおはよう」
……おっ。
今日は、ちょうど三人揃ってるね。
私は、ふと先ほど考えた稽古のことを思い出した。
……うん。
朝食のときに聞いてみようか。
◇
朝食が始まった。
食卓には温かな料理が並び、あちこちから楽しそうな声が聞こえる。
……ああ。
やっぱり、みんなで食べるご飯は美味しいねぇ。
私は一口食べてから、晴斗君へ声をかけた。
「そういえば、晴斗君」
「はい?」
「今日も午後は稽古する予定?」
「はい! 少しでも強くなりたいので!」
……おお。
即答だ。
真面目だねぇ。
「晴斗君も、雪彦君に負けないくらい努力家だね」
「そんな……! 僕なんて、まだまだです」
晴斗君は少し照れたように笑った。
「でも、昨日の雪彦さんたちを見て、もっと頑張らなきゃって思ったんです」
……うん。
あの戦いを見て、そう思えたなら嬉しい。
ちょっと刺激が強かったかもしれないけどね。
「いいね。じゃあ、今日は私が稽古を見てあげるよ」
「えっ」
「……えっ」
…………。
……おや?
声が、二つ重なった。
一つは晴斗君。
もう一つは、楓だった。
……あれ。
二人とも、何でそんなに驚いてるの?
「どうしたの? 嫌だった?」
「い、いえ! 決してそういうわけじゃないです!」
晴斗君が慌てて手を振った。
「リアリスさんに見てもらえるなんて、ありがたいんですけど……」
「うん?」
「……その、大丈夫なんですか?」
……おや。
何が?
私が首を傾げると、楓がぽつりと呟いた。
「……晴斗の命」
…………。
……えっ。
命?
「楓さん!? 怖いこと言わないでくださいよ!」
晴斗君が、思わず声を上げた。
……うん。
私も同じことを思ったよ。
楓ったら、何を言ってるんだろう。
「はははっ。大丈夫だよ。私は攻撃しないから」
私は笑って説明した。
「今日は、晴斗君の動きを見たいだけなんだ。だから、剣も使わないよ」
「……本当ですか?」
「本当、本当」
……もう。
みんな、私が稽古すると聞くと心配しすぎじゃない?
……いや。
昨日の雪彦君のことを考えたら、少しは分かるけど。
今回は、ちゃんと穏やかな方法を考えてるんだよ。
「……それなら、ぜひお願いします!」
晴斗君が、ぱっと表情を明るくした。
……うん。
よかった。
「楓も、今日は晴斗君をちょっと借りるね。いつも教えてくれてありがとう」
「……ん」
楓が、小さく頷いた。
……おや。
何だか、少しだけ寂しそう?
……そっか。
毎日一緒に稽古してるんだもんね。
私は微笑んだ。
「また明日から、よろしくね」
「……はい」
……うん。
あとで楓の頭を撫でてあげよう。
いつも撫でてるけど、今日はちょっと多めに。
そんなことを考えながら、私は朝食を続けた。
晴斗君は、少し緊張しているようだったけど、やる気は十分らしい。
……ああ。
午後が楽しみだねぇ。
◇
朝食が終わると、晴斗君とカトレアは学校へ向かった。
ルナとモフ太も、いつものようにそれぞれのそばにいる。
……うん。
元気にいってらっしゃい。
私は二人を見送ってから、午前中の用事を片づけることにした。
屋敷の様子を確認して、連絡が届いていないか確かめて。
家族から相談があれば、ちゃんと話を聞く。
……まあ。
大きな問題は、特にないみたいだった。
平和だねぇ。
……うん。
こういう日が続くといいな。
用事を終えると、私は居間へ向かった。
ちょうど桜花もいて、静かな時間を過ごしていた。
「桜花、お疲れさま」
「リアリス様も、お疲れさまでございます」
私は席に腰を下ろし、用意されたお茶を一口いただいた。
……ああ。
落ち着くねぇ。
昨日は魔国で騒がしかったから、こういう時間がいつも以上にありがたい。
……なんて思っていたら。
「リアリス様」
「ん?」
「本日の晴斗様の稽古について、少しよろしいでしょうか」
……おっ。
桜花から相談?
「もちろん。どうしたの?」
「はい。以前から晴斗様の鍛錬を拝見していたのですが……」
桜花が、少し考えるように言葉を選んだ。
「お身体の動きは、以前よりも確実によくなっておられます」
「うんうん」
「ただ、武器の扱いにつきましては、動きほど上達していないように見受けられました」
……おや。
剣の方が?
私は、ちょっと意外に思った。
晴斗君は真面目だし、楓も丁寧に教えてくれている。
だから、順調に上達しているものだと思っていた。
……もちろん。
二か月で誰もが上手くなるわけじゃないけどね。
「桜花も、見てくれてたんだね」
「はい。楓の指導は、いつも的確でございます。ですが……」
桜花は、そっとお茶のカップを置いた。
「晴斗様には、もしかすると剣以外の武器も試していただいた方が、よろしいかもしれません」
…………。
……あっ。
なるほど!
私は、思わず背筋を伸ばした。
そうだよね。
晴斗君は、こちらへ来てからずっと剣を使っている。
でも、それは剣が一番得意だからとは限らない。
『剣と魔法の世界』という印象で選んだだけかもしれないし。
そもそも、私も桜花も楓も刀を使う。
身近な人たちを見ていれば、自然と剣を選びたくなるよね。
……うん。
そう考えると、別の武器を試してみる価値は十分にありそうだ。
「ありがとう、桜花。そういう発想はなかったよ」
「お役に立てましたなら、幸いでございます」
桜花が穏やかに微笑んだ。
……ああ。
助かるなぁ。
私だけで考えていたら、ずっと剣を練習させていたかもしれない。
「じゃあ、今日の稽古でいろいろ試してみようか」
「はい」
……さて。
武器かぁ。
剣。
大剣。
斧。
大斧。
片手持ちの槍、両手持ちの槍。
ハンマーに、弓、ボウガン。
……うん。
思いつくだけでも結構あるね。
他にも、もっといろいろあるだろう。
晴斗君は何が得意なんだろうねぇ。
……ああ。
ちょっと楽しみになってきた。
私は、もう一口お茶を飲んだ。
……よし。
今日は、まず動きを見て。
それから武器も試してもらおう。
……ただし。
疲れすぎてたら、無理はさせないようにしないとね。
私は、小さく頷いた。
◇
居間で桜花と話しているうちに、昼の時間が近づいてきた。
そろそろ食堂へ向かおうかと思ったところで、玄関の方から元気な声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
……おっ。
カトレアだ。
そして、もう一人。
「ただいま戻りました!」
晴斗君も一緒に帰ってきたらしい。
……うん。
ちょうどいい時間だね。
私と桜花は二人を出迎え、食堂へ向かった。
昼食が始まり、皆でいつものように料理をいただく。
……ああ。
美味しいねぇ。
私は晴斗君へ声をかけた。
「晴斗君。今日の稽古、何をするか先に説明しておこうか」
「はい! お願いします!」
「まずね、どのくらい動けるようになったか見てみたいから、私と鬼ごっこをしてもらうよ」
晴斗君が、箸を止めた。
「……鬼ごっこ、ですか?」
「うん!」
「……あの、子供の頃にやった、あの鬼ごっこですか?」
「そうそう。タッチしたら勝ちのやつだね」
……うん。
日本で遊んだことがあるなら、説明も簡単だ。
「鬼は晴斗君。私は逃げる役。制限時間は一時間だよ」
「一時間……」
「うん。晴斗君が捕まえたら晴斗君の勝ち。私が最後まで逃げ切ったら私の勝ちね」
……まあ。
細かいルールは、あとで説明した方がいいかな。
私はにこにこしながら続けた。
「私は攻撃しないし、もちろん危ないこともしないから」
「……あっ!」
晴斗君の表情が、ぱっと明るくなった。
「それなら怪我しないですね!」
「でしょ?」
「分かりました! 頑張ります!」
……おお。
やる気満々だ。
よかった、よかった。
「そのあと、時間があればいろんな武器も試してみようと思うんだ」
「……いろんな武器、ですか?」
「うん。晴斗君、ずっと剣を使ってるでしょ? でも、剣が一番合ってるとは限らないからね」
晴斗君は、しばらく考え込んだ。
「……確かに。僕、何となく剣を選んでました」
「そうなの?」
「はい。異世界って剣と魔法の世界だと思ってたから、つい……」
……おお。
やっぱり!
私と同じような印象だったんだね。
「ははは。分かるよ。私も日本にいた頃なら、そう考えただろうなぁ」
「それに、リアリスさんも桜花さんも、刀を使いますし」
「そうそう。でも、槍が得意な人も、斧が得意な人もいるからね」
「……なるほど」
晴斗君が頷いた。
「僕、いろいろ試してみたいです!」
「うん。じゃあ、鬼ごっこのあとに余裕があればやろうか」
「はい!」
……うん。
いい返事だね。
何が合うのか、本人もまだ分からないんだから。
急がず探せばいいと思う。
私は、残りの昼食をいただいた。
◇
昼食を終え、少し休憩してから庭へ出た。
晴斗君も、動きやすい服装に着替えている。
桜花も一緒だ。
ルナは、晴斗君の足元を楽しそうに歩いていた。
「今日は何するにゃー?」
「僕がリアリスさんを追いかけるんだよ」
「鬼ごっこにゃー?」
「うん。ルナは見ててね」
「分かったにゃー!」
……うん。
ルナも楽しそうだ。
私は庭の隅へ向かった。
今日は走り回るから、屋敷の庭だけだとちょっと狭い。
花壇を踏んだり、誰かにぶつかったりしたら困るからね。
「じゃあ、広い場所を用意するよ。《亜空間生成》」
いつもの扉が、目の前に現れた。
「……あっ。この前の魔国で使った魔法ですね」
「そうそう」
晴斗君が、扉を見て頷いた。
「またコロシアムですか?」
「ううん。今日は、もっと走りやすい場所にしたよ」
私は笑顔で扉を開いた。
向こうには、どこまでも続く草原が広がっている。
青い空。
穏やかな風。
そして、見渡す限りの緑。
……うん。
いいねぇ。
遮るものがほとんどないから、思い切り走り回れる。
「……あれ?」
晴斗君が、扉をくぐってから立ち止まった。
「……コロシアムじゃない!?」
「うん。今日は草原だよ」
「……亜空間って、同じ場所じゃないんですか?」
「ははは。そうとは限らないよ。私が想像した空間を作れるからね」
「……なるほど……」
晴斗君は、しばらく草原を見回していた。
……あれ。
また驚かせちゃったかな。
でも、今はそっちより鬼ごっこだ。
私は桜花へ小さな計時用の道具を渡した。
「桜花、一時間計ってもらっていい?」
「かしこまりました」
「晴斗君の体調も見ててね。疲れすぎたら止めよう」
「はい。承知いたしました」
……よし。
これで安心だ。
私は晴斗君へ向き直った。
「じゃあ、ルールをちゃんと説明するね」
「はい!」
「鬼は晴斗君。制限時間は一時間。私が逃げる役だよ」
「はい!」
「そして、私たち全員にタッチできたら晴斗君の勝ち。誰か一人でも最後まで逃げ切ったら、私の勝ちね」
……あれ。
晴斗君が首を傾げている。
「……私たち?」
「うん!」
「……あの、リアリスさんは一人ですよね?」
……そうだよねぇ。
さっきは一人だと思ってたもんね。
私は、にっこり笑った。
「《ドッペルゲンガー》」
左右の空間が、ふわりと揺らいだ。
一人。
二人。
三人。
次々と現れる、私と同じ顔の人影。
四人、五人、六人。
さらに、七人、八人、九人。
最後の一人が、私の隣に立つ。
……うん。
十人増えたね。
私を含めて、合計十一人。
「……ええええっ!?」
晴斗君が、思いきり叫んだ。
……おお。
いい反応だねぇ。
「リアリスさん!? 昨日も見ましたけど! 今度は僕がこの十一人を追いかけるんですか!?」
「うん!」
「……本気ですか!?」
「もちろん!」
私は、元気よく頷いた。
……あれ。
晴斗君、なんだか遠い目をしてる。
大丈夫かな。
「心配しなくても、全員が全力で逃げるわけじゃないよ」
「……えっ?」
「走る速さも、逃げる方向も、それぞれ変えるつもり。晴斗君がちゃんと観察すれば、捕まえられるようにしてあるからね」
……うん。
《ドッペルゲンガー》で出した十人は、私と同じ能力を持っている。
でも、実際にどの速さで走るか、どんな動き方をするかは自由だ。
それなら、鬼ごっこに使える。
ただ闇雲に速く走るんじゃなくて、相手の癖や速度を見て、追う相手を選ぶ。
そういう練習をしてほしいんだ。
「タッチされた人は、そこで終了。分身なら消すし、私自身なら端で見てるからね」
「……なるほど」
晴斗君が、少しずつ落ち着いてきた。
「つまり、走り方をよく見て、捕まえられそうな人から追いかければいいんですね」
「そうそう! いいねぇ」
……おっ。
ちゃんと理解してくれた。
「誰が速いか、どんなタイミングで方向を変えるか、よく観察してね」
「はい!」
晴斗君が、ぐっと拳を握った。
……うん。
やる気が戻ったみたいだ。
ルナが草の上でぴょんと跳ねた。
「晴斗、頑張るにゃー!」
「うん! 頑張るよ!」
桜花も、計時の道具を手に微笑んでいる。
「それでは、準備はよろしいでしょうか」
「はい!」
晴斗君が、姿勢を低くした。
私は、十人の私と顔を見合わせた。
……うん。
みんな準備はできているね。
桜花が静かに声をかけた。
「それでは……よーい」
私は、足先の向きを少し変えた。
「スタート」
その声と同時に、十一人のリアリスが、一斉に走り出した。
私たちは、草原を縦横無尽に走り始めた。
……ああ。
風が気持ちいいねぇ。
それぞれ違う方向へ散って、少しずつ距離を取る。
ある私は、まっすぐ遠くへ。
別の私は、右へ大きく弧を描く。
さらに別の私は、晴斗君の近くをぐるりと回った。
……うん。
ちゃんと全員、違う動きになっているね。
「うわっ! ちょっ、待ってください!」
晴斗君が、慌てて駆け出した。
最初に追いかけたのは、自分のすぐ近くを走っていた私だ。
……おっ。
いいね。
でも、目の前の背中だけを見て走っていたら、簡単には捕まえられないよ。
その私は、晴斗君が手を伸ばした瞬間、くるりと向きを変えた。
「……あっ!」
晴斗君が、勢い余って数歩進む。
すぐに振り返ったけど、そのときにはもう少し距離が開いていた。
……うん。
最初は、こうなるよね。
足の速さだけじゃなく、相手がどちらへ動くかを読む必要がある。
……さて。
どうするかな、晴斗君。
晴斗君は別の私へ向かって走り出した。
その私も、同じように逃げる。
ただし、今度は少しだけ速い。
「……はあっ、はあっ……!」
晴斗君が追いかける。
距離は、少しずつ開いていく。
……おや。
まだ追うの?
すぐ近くには、もっとゆっくり走っている私もいるんだけどねぇ。
私は、わざと晴斗君の横を通り過ぎてみた。
「ほらほら、晴斗君。こっちにもいるよー!」
「……えっ!?」
晴斗君が振り返った。
……あっ。
今度はこっちを追うんだ。
私は軽く足を動かし、また距離を取った。
……うん。
気持ちは分かるけど、相手をすぐに変えてばかりじゃ、なかなか捕まらないかな。
しばらく走っていると、桜花の声が届いた。
「十分経過いたしました」
……おっ。
もう十分か。
私は、晴斗君の方へ目を向けた。
まだ一人も捕まえられていない。
しかも、最初から全力で走ってしまったせいか、少し息が上がっている。
……うーん。
このままだと、体力だけ使っちゃうね。
「晴斗君、ずっと走り続けなくてもいいんだよー!」
「……えっ!?」
「ちゃんと相手を見て、捕まえられそうな人を探してごらん!」
晴斗君が、はっとした顔をした。
……おっ。
伝わったかな。
彼は、追いかけていた私から少し距離を取ると、その場で足を止めた。
そして、周囲を見渡した。
……うん。
いいね。
ようやく、走ることより観察することを優先してくれた。
晴斗君の目が、次々と逃げる私を追っていく。
あっちの私は、大きく回る。
こっちの私は、短い距離で何度も曲がる。
別の私は、まっすぐ走るのが得意な設定にしてある。
……まあ。
全員、実際の能力は同じなんだけどね。
今日は、使う速さと逃げ方だけを変えている。
そうしているうちに、晴斗君が一人の私へ走り出した。
……おっ。
今度は、さっきよりゆっくりした人を選んだみたい。
いい判断だ。
でも、まだ足りないかな。
手が届きそうになったところで、私は横へ動いた。
「……くっ!」
晴斗君の手が空を切る。
……惜しい!
今のは、あと少しだったね。
ただ、思いつきで追いかけるより、ずっとよくなってる。
私は嬉しくなって声をかけた。
「今の、よかったよ!」
「……ありがとうございます!」
晴斗君が、走りながら答える。
……うん。
ちゃんと息を整えながら動けるようになってきたね。
最初の十分とは、もう違う。
◇
「二十分経過いたしました」
桜花の声が、草原に響いた。
……おお。
もう三分の一か。
晴斗君は、まだ一人も捕まえていない。
でも、動きは明らかによくなっていた。
さっきまで、目の前にいる私を片っ端から追いかけていたのに。
今では、一度足を止めて全体を見渡してから動いている。
……うん。
そうそう。
それが大事なんだよ。
「……あの人は、速い……」
少し離れた場所から、晴斗君の声が聞こえた。
……おっ。
独り言かな。
「……あっちは、曲がる前に少し減速する……」
……うん!
気づいてるねぇ。
私は、思わず笑った。
逃げる側は、それぞれ好き勝手に走っているように見える。
でも、速さにも癖にも違いはある。
追いかける相手をよく見れば、どこへ逃げるか予想できることもあるんだ。
……まあ。
私たちが本気で逃げたら、普通の相手には捕まえられないんだけど。
今日は訓練だからね。
ちゃんと、捕まえられるようにしてある。
晴斗君が、一人へ狙いを定めた。
……おっ。
あの私を選んだか。
その私は、一定の間隔で左へ大きく曲がるようにしてある。
速さも、晴斗君が十分追いつける程度。
ただし、曲がるタイミングを見誤れば、簡単には触れられない。
晴斗君は、まっすぐ追いかけなかった。
……おや。
少し斜めへ走っている。
あっ。
なるほど。
先回りするつもりだね!
……いいねぇ。
私は、その動きをじっと見た。
逃げている私は、いつもどおり左へ曲がった。
晴斗君は、曲がった先の進路に先に回っている。
距離が縮まる。
……おお。
これは、いけるかな。
「……今だ!」
晴斗君が手を伸ばした。
……でも。
あと、ほんの少し。
指先が、服に届かなかった。
「……ああっ!」
……惜しい!
私は、思わず声を上げそうになった。
でも、今は逃げる役だ。
……うん。
もう一度、挑戦してもらおう。
「晴斗君、惜しかったよー!」
「……はいっ!」
彼は一度呼吸を整え、また周囲を見渡した。
……おっ。
慌ててすぐ走らないんだ。
いいね。
失敗したあとに、どう動きを変えるか。
そこも訓練だからね。
私は、期待しながら走り続けた。
◇
「二十五分経過いたしました」
……おっ。
もう二十五分か。
晴斗君は、先ほどと同じ私を狙っていた。
ただし、今度は少し違う。
相手が左へ曲がる位置を、最初から見ている。
それに合わせて、少しずつ距離を詰めている。
……うん。
いいよ。
そうそう。
無理に追いつこうとしなくてもいい。
相手の行き先が分かれば、短い距離で近づけるからね。
逃げている私が、次の曲がり角を迎えた。
もちろん、草原には本当の角なんてない。
でも、その私の中には、決まった動きの区切りがある。
……さて。
晴斗君は、それをちゃんと読めているかな。
「……そこっ!」
晴斗君が、斜め前へ踏み込んだ。
逃げる私は、いつものように左へ。
その瞬間。
ぽんっ。
…………。
……おっ!
「やったぁ!」
晴斗君の手が、私の肩に触れた。
……うん!
とうとう捕まえた!
「一人目、捕まえました!」
晴斗君が、息を切らせながら笑った。
触れられた分身は、軽く手を振ってから姿を消した。
……よし。
残り十人だね。
「おめでとう、晴斗君!」
私は、少し離れたところから声をかけた。
「すごくよかったよ!」
「……ありがとうございます!」
晴斗君が、嬉しそうに頷く。
……ああ。
いい笑顔だねぇ。
頑張っていたところを、ずっと見ていたからね。
私まで嬉しくなっちゃった。
でも、鬼ごっこはまだ終わっていない。
「ほらほら、まだ一人だよー!」
「……はいっ!」
晴斗君が、元気よく答えた。
……うん。
いいねぇ。
疲れているはずなのに、まだ目が生き生きしている。
私は、もう一度走り出した。
◇
最初の一人を捕まえてから、晴斗君の動きが変わった。
……いや。
速くなったというより、無駄が減ったのかな。
闇雲に全力疾走しなくなった。
狙う相手を決めたら、少しずつ行き先を予想して近づいてくる。
……うん。
分かってきたみたいだ。
今度の相手は、一定の速さでまっすぐ走り、ときどき小さく方向を変える私。
……おっ。
あの人を狙うんだ。
さっきと違う動きだけど、大丈夫かな。
晴斗君は、何度か追いかけるふりをして、その私の逃げ方を確かめていた。
……おお。
なるほど。
すぐに捕まえに行かないんだね。
方向を変える間隔まで見ている。
……うん。
いい感じ。
その私が、いつものように小さく方向を変えた。
晴斗君は、そこで急に速度を上げた。
……おっ!
進む先へ、先回りしている!
「……今度こそ!」
ぽんっ。
…………。
……おお!
「二人目!」
また肩に触れた。
その分身が、笑って手を振る。
そして、ふっと消えた。
「三十分経過いたしました」
ちょうど桜花の声が響いた。
……うん。
三十分で二人。
悪くないねぇ。
私は、思わず頷いた。
最初の二十分は、一人も捕まえられなかったんだよ。
それが、ここ十分で二人。
つまり、ちゃんと考えて動くようになってきたということだ。
……おお。
何だか、予想以上の成果が出てるかも。
「晴斗、頑張るにゃー!」
草原の端から、ルナの声が飛んできた。
……おっ。
応援も元気だね。
「うん! 頑張るよ!」
晴斗君が、手を振り返した。
……ああ。
いいねぇ。
ちゃんと相棒も応援してくれてる。
私は、少し離れた場所を走りながら、二人の様子を見ていた。
◇
その後も、晴斗君は粘り強く追いかけ続けた。
当然だけど、簡単には捕まえられない。
こちらも、ただ立って待っているわけじゃないからね。
ときには、ゆっくり走る私の前に、別の私が横切って視界を遮る。
あるときは、追いかけていたはずの私が急に方向を変える。
……うん。
同じ相手ばかりを見ていると、ほかの人の動きに気づけない。
その辺りも、練習してもらいたいんだ。
「……あっ、そっち!?」
晴斗君が、思わず足を止めた。
私たちの一人が、目の前を横切ったらしい。
……おっと。
今のは、ちょっと惑わされたね。
でも、すぐに気づいたみたいだ。
晴斗君は、振り返って後ろを確かめた。
……おっ。
そうそう。
正面だけじゃなく、周りも見ないとね。
最初の頃は、目の前の一人しか追っていなかった。
それが、今ではほかの私がどう動くかまで気にしている。
……うん。
たった三十分ほどでも、ずいぶん変わるものだ。
……おや。
これなら、結構早くみんな捕まっちゃうかもしれないねぇ。
私は、少し感心しながら走り続けた。
やがて。
「四十分経過いたしました」
桜花の声が聞こえた。
……おお。
もう四十分。
晴斗君は、三人目の私を追い詰めていた。
今度の私は、細かく曲がるのが得意な逃げ方。
真正面から追いかけたら、何度でもかわされてしまう。
でも、晴斗君は無理に追いつこうとしていない。
少し広い距離を保ちながら、曲がる方向を確かめている。
……うん。
さっきより、ずっと落ち着いてる。
そして。
「……そこです!」
ぽんっ。
……おお!
今度は逃げ道へ先に回り込んで、見事に肩へ触れた。
分身が消える。
これで、三人目。
「やった! ……はあっ、はあっ……!」
晴斗君が、息を切らしながら笑った。
……うん。
よく頑張ってるね。
ただ。
さすがに、疲れてきたかな。
呼吸が、少し荒い。
足取りも、さっきほど軽くない。
私は、横を走りながら声をかけた。
「晴斗君、疲れたら無理しなくていいんだよー!」
「……はい! まだ大丈夫です!」
……おお。
やる気は十分だねぇ。
私は、その返事を聞いて少し笑った。
……でも。
身体の様子は、ちゃんと見ておかないとね。
ここは稽古なんだから、無理して倒れたら本末転倒だ。
私は、桜花へちらりと目を向けた。
桜花も、ちゃんと晴斗君を見ている。
……うん。
安心だね。
◇
四十分を過ぎてからの晴斗君は、明らかに慎重になった。
息を整える時間を増やし、走り出す前にしっかり相手を見ている。
……うん。
いい判断だ。
疲れているときほど、無駄な動きは減らさないとね。
私は、十人から少し減った仲間たちと、草原を走り続けた。
……ああ。
人数が減ると、ちょっと寂しいねぇ。
まだ八人いるんだけど。
……うん。
普通に考えたら、多いか。
晴斗君が、次の私へ狙いを定めた。
今度は、走り始めこそ速いけど、方向を変えるときには大きく減速する私だ。
……おっ。
そこを狙うんだ。
いい選択だね。
晴斗君は、わざと追いかける方向を変えてみせた。
逃げる私は、その動きに合わせて大きく向きを変える。
……おお。
そこを見てる?
晴斗君は、相手が減速する位置を読んで、一気に距離を詰めた。
「……っ!」
ぽんっ。
……おお!
「四人目……!」
その瞬間、桜花の声が響いた。
「四十五分経過いたしました」
……おっ。
四十五分で四人。
最初は二十分も捕まえられなかったのに。
……うん。
すごいねぇ。
私は、心から感心した。
晴斗君は、膝に手をついて息を整えている。
喜んではいるけど、もう笑うのも少し苦しそうだ。
……ああ。
さすがに体力を使ったね。
「晴斗君、残りは七人だよー!」
「……はいっ……!」
声に、さっきほど力がない。
……うーん。
ここから一気に七人捕まえるのは、かなり大変だろうね。
でも、ここまでで十分に成長が見えた。
最初の十分と比べれば、相手の見方がまるで違うんだから。
……うん。
あとは、もう少しだけ様子を見よう。
◇
「五十分経過いたしました」
桜花の声が、草原へ届いた。
……おっ。
もう五十分。
残りは十分だ。
私は、晴斗君の姿を確かめた。
……あれ。
少し危なそうかな。
晴斗君は、もう走るというより、足を前へ運ぶだけで精いっぱいのようだった。
さっきまでできていた方向転換も、今はずいぶん大きくなっている。
呼吸が荒い。
肩も上下している。
……うん。
これは、もう休ませた方がいいね。
「晴斗君!」
私は、すぐに足を止めた。
「もう十分頑張ったよ。今日はここまでにしようか!」
「……はあっ……はあっ……」
晴斗君が、こちらを見た。
「……あと、十分……」
……おや。
まだ続けたいんだ。
気持ちは、よく分かるよ。
でも、無理をしてもいいことはない。
「うん。でも、今の動きだと怪我につながるかもしれないからね」
「……はい……」
晴斗君は、少し悔しそうに目を伏せた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……すみません。……もう、足が……」
……うん。
そこまで頑張ったんだよね。
私は、嬉しくなって微笑んだ。
「謝らなくていいよ。よく頑張ったね」
桜花が、静かに近づいてきた。
「晴斗様。これ以上はお身体に負担がかかります。ここで終了といたしましょう」
「……はい……」
晴斗君が、ようやく両手を膝に置いた。
桜花が、計時の道具を止める。
「それでは、そこまででございます」
……よし。
鬼ごっこ終了!
私は、残った分身たちへ目を向けた。
……うん。
七人残ってるね。
そのうち六人の分身を、順番に消していく。
最後に残ったのは、いつもの私一人。
……ああ。
久しぶりに走り回ったけど、楽しかったなぁ。
私は晴斗君へ歩み寄った。
「私の勝ちだね」
「……はい……。……はあっ……」
晴斗君は、まだ呼吸を整えていた。
……うん。
正確には、一時間になる前に終わったんだけどね。
残り十分で勝負を続けることもできたけど、今日は体力の限界で途中終了。
全員を捕まえる前に自分でやめたから、ルール上は私の勝ちだ。
……でも。
勝ち負けより、もっと大事なものが見られた気がする。
「晴斗君、気づいてる?」
「……えっ……?」
「途中から、すごくいい動きになってたよ」
晴斗君が、ゆっくり顔を上げた。
「……本当ですか……?」
「うん。最初は近くにいる人を追いかけるだけだったでしょ?」
「……はい……」
「でも、二十分を過ぎた頃から、よく相手を見るようになった」
私は、草原に残る足跡へ目を向けた。
……うん。
こうして見ると、あちこちに走った跡があるねぇ。
晴斗君も、本当によく走ったものだ。
「速さの違いを見て、逃げ方の癖を読んで、先回りして捕まえるようになったよね」
「……あっ……」
晴斗君が、少しだけ目を見開いた。
……おっ。
思い当たるみたいだね。
「最初の二十分は誰も捕まえられなかったのに、そのあと四人も捕まえたんだよ。十分にすごいことだと思う」
「……ありがとうございます……」
晴斗君は、苦しそうに息を吐きながらも、少し嬉しそうに笑った。
……ああ。
よかった。
「敵と戦うときも、ただ追いかけるだけじゃ駄目なことがあるからね」
「……はい……」
「相手をよく見て、どこへ動こうとしているのか考える。今日は、その練習だったんだ」
……うん。
剣を振る前に、相手の動きを見られるようになってほしかった。
それができれば、楓との稽古にも活きるはずだ。
何も、相手より速く走れる必要はない。
相手より少し早く、次の動きを読めればいい。
……まあ。
私や桜花くらい速い相手だと、話は別だけどね。
そこは、今すぐ目指さなくてもいいでしょ。
「……すみません……。必死だったので、全然気づきませんでした……」
「ははは。それでいいんだよ。身体で覚えてくれたなら十分」
私は、晴斗君の肩に軽く手を置いた。
……うん。
今日は、いい稽古になったんじゃないかな。
この調子なら、次にやるときはもっと早く捕まえられるかもしれない。
……おや。
それは、ちょっと困るかな。
十一人全員、思ったより早く捕まっちゃうかもしれないからねぇ。
……まあ。
そうなったら、また新しい逃げ方を考えればいいか。
訓練方法なんて、いくらでも工夫できるからね。
「じゃあ、少し休憩したら、いろんな武器も試してみようか」
「……はい……」
晴斗君が答えた。
……あれ。
でも、声が弱い。
足元も、まだふらついている。
……うーん。
これは、少し休んだだけじゃ無理かな。
「……やっぱり、武器は身体が回復してからでいいよ。急ぐ必要はないからね」
「……ありがとうございます……」
……うん。
今は、ゆっくり休んでもらおう。
私は桜花へ顔を向けた。
「桜花、晴斗君の様子を見ててくれてありがとう」
「いいえ。晴斗様は最後まで、本当によく頑張っておられました」
「そうだね」
……ああ。
桜花も、ちゃんと見てくれていた。
その言葉に、私は嬉しくなった。
「にゃーも見てたにゃー!」
足元から、ルナが声を上げた。
……おっ。
そうだったね。
「ルナも応援してくれてありがとう」
「晴斗、すごかったにゃー!」
ルナが晴斗君へ駆け寄った。
「……ありがとう、ルナ……」
晴斗君が、小さな頭を撫でようと手を伸ばす。
……でも。
その前に、体力が尽きたらしい。
「……もう、無理……」
ぱたん。
晴斗君が、草原へ仰向けに倒れ込んだ。
……おっと。
大丈夫かな。
私はすぐに顔を覗き込んだ。
呼吸は荒いけど、意識ははっきりしている。
どこも痛くはなさそうだ。
……うん。
ただ、疲れ切っちゃっただけだね。
「晴斗君、よく頑張ったね」
「……はあっ……はあっ……ありがとうございました……」
晴斗君は、青い空を見上げたまま答えた。
……ああ。
本当に、お疲れさま。
私は、その隣に腰を下ろした。
風が、草原を静かに渡っていく。
ルナは晴斗君のすぐそばに丸くなり、桜花も穏やかな表情で見守っていた。
……うん。
いい一日だねぇ。
晴斗君も、少しずつ強くなってる。
今度は、どんな武器が合うのか見てあげよう。
……でも。
今は、もうちょっとだけ休憩かな。




