↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
157/178

第7話:新しい相棒、ルナ

 居間の窓から、午後の日差しが差し込んでいた。


 ソファでは桜花が小さなサーベルタイガーを膝に乗せ、その隣で楓が静かに頭を撫でている。


 ……うん。


 何だか、すごく平和な光景だねぇ。


 さっきまで巴さんに叱られていたことが、まるで嘘みたいだ。


 ……いや。


 ちゃんと反省してるよ?


 新しい家族を迎えるなら、相談と準備を忘れないこと。


 食事も寝る場所も、きちんと考えること。


 ……うん。


 覚えておこう。


 それはそれとして。


 私には、もう一つ大切な用事が残っていた。


「楓、ちょっとお願いしてもいいかな?」


 楓が、ぴたりと手を止めた。


「……ん?」


「カトレアと晴斗君を、居間に呼んできてくれる?」


「……わかった」


 こくり。


 短く頷いた楓が、ソファから立ち上がる。


 サーベルタイガーの頭を最後にひと撫でしてから、廊下へ出ていった。


 ……ああ。


 あの子、すっかり気に入ってるね。


 いつもはあんなに無表情なのに、撫でているときだけ少し楽しそうだった。


 ……うん。


 可愛いものが好きなのは、いいことだ。


 私は、桜花の膝の上にいる小さな魔獣を見た。


 体長五十センチ。


 背中には綺麗な模様があって、細長い尻尾がゆっくり揺れている。


 そして、口元にはサーベルタイガーらしい二本の長い牙。


 ……いやぁ。


 何度見ても、立派だねぇ。


 ……だけど。


 この姿を見た晴斗君が、何て言うか。


 それが、ちょっと気になる。


「桜花、どう思う?」


「何がでございましょうか?」


「晴斗君、この子を気に入ってくれるかなぁ」


 桜花は魔獣の額を優しく撫でた。


「ふふっ。猫がお好きと伺っておりますし、お喜びになるかと存じます」


「だよね!」


 ……うん。


 やっぱり、そう思うよね!


 猫好きの晴斗君。


 そして、見た目は大きめの猫。


 ……完璧じゃない?


     ◇


 しばらくすると、廊下から足音が聞こえてきた。


「お父さん、呼んだ?」


 先に顔を出したのはカトレアだった。


 その後ろから、晴斗君もやってくる。


「リアリスさん、何かご用ですか?」


「うん! 二人にちょっと見てもらいたい子がいてね」


 私は、にっこり笑った。


 ……よし。


 いよいよ、ご対面だ!


 カトレアが居間へ足を踏み入れる。


 晴斗君もその隣へ並んだ。


 そして。


 二人の視線が、桜花の膝の上へ向いた。


「……あれ?」


 晴斗君が、目を瞬かせた。


「……なんか、でかい猫がいる……」


 ……おっ。


 猫!


 やっぱり猫に見えるんだ!


 ……うん。


 そうだよねぇ。


 私の感覚、間違ってなかった!


 その横で。


「……猫ちゃん!」


 カトレアの声が弾んだ。


「お父さん! 猫ちゃんだ!」


「うん! 新しく保護した子なんだよ!」


「かわいい!」


 カトレアが、ぱっと笑顔になる。


 ……ああ。


 この反応。


 連れてきてよかったぁ。


 カトレアは桜花の前にしゃがみ込み、小さな魔獣をじっと見つめた。


「お姉ちゃん、触ってもいい?」


「はい。優しくお願いいたします」


 桜花が笑顔で頷く。


 カトレアはそっと手を伸ばした。


 まずは、頭をひと撫で。


 それから、首の下をくすぐるように撫でる。


 ……おお。


 上手だねぇ。


 魔獣は目を細め、気持ちよさそうに首を伸ばしていた。


「ふふっ。気持ちいい?」


 カトレアが笑う。


 ……うん。


 どう見ても、普通の猫を可愛がってる光景だ。


 ……いや。


 牙は普通じゃないけど。


 晴斗君も、少し離れたところから興味深そうに見ていた。


「……すごい。こんな猫、この世界にもいるんですね」


「あはは。まあ、そうだねぇ」


「牙が長いけど、怖がってる様子はないですね」


「うん。今はおとなしい子だよ」


 晴斗君は、少し身をかがめた。


「……可愛いですね」


 ……おお!


 出ました!


 可愛いですね!


 ……うん。


 これは、気に入ってくれたと見ていいでしょう!


 私は思わず、桜花と顔を見合わせた。


 桜花も、楽しそうに微笑んでいる。


 ……ああ。


 よかった!


 ……そのとき。


 ふと、カトレアの後ろに小さな影が見えた。


 ……ん?


 あれは。


 赤いリボン。


 ふさふさの毛並み。


 そして、何とも言えない表情。


 ……モフ太だ。


 ……あれ?


 モフ太、いつ来たの?


 カトレアについて、一緒に入ってきたみたいだね。


 ……うん。


 いつも護衛を頑張ってくれてるもんね。


 ただ。


 ……何だか、ちょっと不機嫌そう?


 モフ太はサーベルタイガーを見ている。


 その表情は、普段の穏やかなものとは少し違った。


 ……ああ。


 そういえば。


 カトレアがモフ太以外の動物を可愛がると、たまにあんな顔をするんだよね。


 ……うん。


 もしかして、嫉妬してる?


 ……いやぁ。


 モフ太も可愛いところがあるなぁ。


 私は、小さく笑った。


 ………。


 このとき、もう少し気にかけておくべきだったのかもしれない。


 後から考えれば、だけどね。


     ◇


「さて、晴斗君」


「はい?」


 私は、晴斗君の方へ向き直った。


 ……よし。


 ここからが本題だ。


「実はね。この子を連れてきたのには、理由があるんだ」


「理由、ですか?」


「うん。晴斗君、昨日冒険者になったでしょう?」


「はい!」


 晴斗君の顔が、ぱっと明るくなった。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 自分で手に入れた冒険者カード。


 あれが、本当に嬉しかったんだろうね。


「それでね。今は王都の中で勉強しているけど、いずれ町の外へ依頼を受けに行くこともあると思うんだ」


「……そうですね。まだ準備中ですけど、いつかは外の依頼にも挑戦したいです」


「うんうん。だから、そのときに一緒にいてくれる相棒がいたらいいなって思って」


 晴斗君が、こくりと頷いた。


 ……おっ。


 ちゃんと聞いてくれてるね。


「私には桜花がいるし、雪彦君にも仲間がいるでしょう?」


「はい」


「だから晴斗君にも、頼れる相棒がいていいんじゃないかなって」


 私は、桜花の膝の上にいる魔獣を指さした。


「……そこで、この子です!」


 晴斗君が、私を見た。


 それから、魔獣を見る。


 もう一度、私を見る。


 ……あれ?


「……えっ?」


「うん?」


「……もしかして……」


 晴斗君の声が、少し高くなった。


「……僕の、相棒……ですか!?」


「うん! どうかな?」


 ……よし。


 言えた!


 晴斗君は、しばらく固まっていた。


 ……おや。


 びっくりしちゃったかな。


 私は、にっこり笑った。


「この子は強いんだよ。だから、晴斗君が依頼に出るとき、一緒にいてくれたら心強いと思うんだ」


「……強い……?」


 晴斗君が、魔獣を見た。


 カトレアに首を撫でられ、目を細めている。


 ……うん。


 今の姿からは、ちょっと想像できないよね。


「……あの、リアリスさん」


「うん?」


「その……この子って、普通の猫じゃないんですよね?」


 ……おっ!


 鋭いねぇ!


「うん。正確には魔獣だよ」


「……やっぱり」


 晴斗君が、少しだけ困った顔をした。


 ……あれ?


 どうしたんだろう。


「僕、まだ剣の練習も始めたばかりですし……」


「うんうん」


「こんなに強そうな子を、僕が連れて歩いても大丈夫なんでしょうか」


 ……ああ。


 そっちを心配してたんだ。


 ……うん。


 本当に、しっかりしてるなぁ。


 ただ喜ぶだけじゃなくて、自分の力や責任まで考えてる。


 ……ああ。


 こういう子なら、安心して任せられるかもしれない。


「大丈夫。王様から通行許可ももらってきたし、この子の管理は私が責任を持つからね」


「……王様から?」


「うん!」


 ……あれ?


 晴斗君、また固まっちゃった。


「……リアリスさんって、猫を飼うために王様に会いに行くんですか……?」


「……えっ?」


 ……いや。


 そう言われると、ちょっと変かも。


 でも、魔獣だからね。


 ちゃんと許可を取らないと駄目なんだよ?


「王都で魔獣を連れ歩くには、許可が必要だからねぇ」


「……そ、そうなんですね」


 晴斗君が、ゆっくり頷いた。


 ……うん。


 納得してくれたみたいだ。


 ……たぶん。


「もちろん、無理にとは言わないよ。晴斗君が嫌なら、私たちでお世話するから」


 私は、魔獣の頭へ手を伸ばした。


 ……よしよし。


 この子だって、私が連れてきた大切な命だからね。


「それに、晴斗君だけで決めることでもないと思うんだ。この子にも、ちゃんと気持ちを聞いてみたい」


「……この子の、気持ち……?」


「うん」


 晴斗君は、少し考え込んだ。


 カトレアは、まだ魔獣の首元を優しく撫でている。


 桜花も、静かにこちらを見守ってくれていた。


 ……うん。


 急がなくていい。


 晴斗君がどうしたいのか、ちゃんと聞こう。


 しばらくして。


「……僕は」


 晴斗君が、顔を上げた。


「……もしこの子がいいって言ってくれるなら、ぜひ一緒に冒険したいです」


 ……おお。


 いいねぇ。


「僕、まだ弱いですけど……。一緒に強くなれたら、嬉しいです」


 ……ああ。


 そういう考え方、大好きだなぁ。


 助けてもらうだけじゃなくて、自分も頑張ろうと思ってるんだね。


「うん! それじゃあ、まずはこの子に聞いてみようか!」


 私は嬉しくなって頷いた。


 ……よし。


 そのためにも、まずは会話ができるようにしないとね。


     ◇


 私は、小さな魔獣へ向き直った。


 ……さて。


 この子は人の言葉を理解できるらしい。


 アンナも、獣人国の受付嬢さんも、そう説明してくれた。


 ただ、今は自分の言葉で返事をすることができない。


 ……でも。


 それなら、心当たりがある。


 モフ太も、最初は熊の声しか出せなかったんだからね。


 ……うん。


 あの魔法を使おう。


「桜花、ちょっとこの子を下ろしてもらえる?」


「かしこまりました」


 桜花が、魔獣をそっと床へ下ろす。


 魔獣は前脚を揃え、私を見上げた。


 ……おお。


 お行儀がいいねぇ。


 私は目線を合わせるようにしゃがんだ。


「まずは、この子にもモフ太と同じ守りを付けておこうか」


 ……そう。


 晴斗君の護衛をお願いするなら、この子自身も危険な目に遭わないようにしたい。


 魔獣としてはもともと強いけど、何が起きるか分からないからね。


 私は、以前モフ太に付与した魔法を思い浮かべた。


 永続効果の《絶対防御》と《不老不死》。


 そして、魔力を消費せずに使える《結界》《全能力強化》《完全回復》《縮小》。


 ……うん。


 既にある魔法を、同じ条件で使えるようにするだけだ。


 私は魔獣の額へ軽く手を添え、必要な効果を付与した。


 魔獣が、きょとんと私を見上げる。


 ……ああ。


 分からないよね。


 でも、これで安心だ。


 ……あっ。


 そうだ。


 大事なのは、次。


「さてと。今度は、話せるようにしてあげようか」


「……えっ?」


 晴斗君が、目を丸くした。


「……話せる……ですか?」


「うん! モフ太と同じだよ」


 私は、魔獣の頭を優しく撫でた。


「〔会話できる君〕」


 以前に作ったマジックアイテムを、この子にも使う。


 これで、喉や口の形に関係なく、人間の言葉を話せるようになるはずだ。


 ……うん。


 モフ太のときも、ちゃんとできたからね。


 私は、少し期待しながら待った。


 魔獣が、首を傾げる。


 それから、口を開いた。


「よろしくにゃー!」


 ……おお?……えっ?


「……にゃー?」


 思わず、私は聞き返してしまった。


 その横から。


「……語尾が、にゃー!?」


 晴斗君の声が重なった。


 ……うん。


 そこだよね!


 そこ、気になるよね!?


 だって。


 モフ太のときは、普通に丁寧な話し方だったんだよ?


 ……いや。


 熊が「ご主人様」って言うのも、考えてみれば普通じゃないんだけど。


 でも、この子。


 本当に猫みたいな喋り方をするんだね!?


「……何かおかしいかにゃー?」


 魔獣が、少し不思議そうに首を傾げた。


 ……おお。


 可愛い!


 いや、待って。


 可愛いけど、予想外すぎる!


「いや、変じゃないよ! ちょっとびっくりしただけで……」


「そうかにゃー? なら、よかったにゃー!」


 ……あはは!


 すごいなぁ。


 Sランクの魔獣が、こんな喋り方をするなんて。


 しかも、ものすごく自然だ。


 私は、思わず笑ってしまった。


「……お父さん、すごい!」


 カトレアも目を輝かせている。


「猫ちゃんが喋ってる!」


「うん! モフ太にも使ったマジックアイテムだよ」


「ふふっ。可愛いね!」


 ……ああ。


 よかった。


 カトレアも喜んでくれてる。


 桜花はというと。


「……ふふっ。これは、たいへん愛らしい口調でございますね」


 ……うん。


 楽しそうだねぇ。


 その横では、楓が無言で何度も頷いていた。


 ……おお。


 楓まで気に入ってる。


 ……ただ。


 ここで一つ、確認しておきたいことがある。


「ねぇ、この子」


「何かにゃー?」


「今の話、聞いてたよね。晴斗君の相棒として、一緒に過ごしてほしいって考えてるんだけど……どうかな?」


 魔獣は、すぐに晴斗君の方を向いた。


 大きな瞳が、じっと彼を見つめる。


 晴斗君も、思わず背筋を伸ばした。


 ……おっ。


 ちょっと緊張してるね。


 ……うん。


 私も返事が気になる。


 すると。


「ご主人、にゃーは晴斗の相棒になってもいいにゃー!」


 ……おおっ!


 話が早い!


「……えっ!? もう決めちゃったの!?」


「晴斗は優しそうにゃー! にゃーのことを大事にしてくれると思うにゃー!」


 ……あっ。


 なるほど。


 そんなふうに思ってくれたんだ。


 ……うん。


 分かるよ。


 晴斗君、本当に優しい子だからね。


「……あの。僕、まだ何もしてないんですけど……」


 晴斗君が、困ったように笑った。


「にゃーは見てたにゃー。晴斗、無理に触ろうとしなかったにゃー!」


「……あっ」


 ……そういえば。


 晴斗君、ずっと少し離れたところにいたね。


 カトレアが撫でているときも、無理に近づかなかった。


 ……うん。


 ちゃんと相手のことを考えてたんだ。


 魔獣にも、伝わるんだねぇ。


 ……いい話だなぁ。


 私は、晴斗君の方を見た。


「晴斗君、どう?」


「……えっと」


 晴斗君は、一度だけ目を閉じた。


 それから、目の前の小さな魔獣へ向き直る。


「僕でよかったら、ぜひ相棒になってほしいです」


 ……うん。


 いいね!


「こちらこそ、よろしくにゃー!」


 決まったね!


 ……あれ。ちょっと待って。


 何だか、想像していたよりずっとスムーズに話が進んじゃった!


 ……まあ。


 二人が納得してるなら、それが一番だよね。


「リアリスさん……」


「うん?」


 晴斗君が、私を見た。


 何だか、少し呆然としている。


「……色々と、情報量が……」


 ……あはは!


 分かる!


 分かるよー、その気持ち!


 さっきまで猫だと思ってた相手が喋り始めて。


 しかも、いきなり相棒になるって決まっちゃったんだからね。


 ……うん。


 普通なら、頭が追いつかないよね。


 ……まあ。


 私も、ちょっと追いついてないけど。


     ◇


 晴斗君が落ち着くまで、私たちは居間で少しお茶を飲むことにした。


 嬉しそうなんだよねぇ。


 目が合うと、小さく笑っている。


 魔獣の方も、尻尾を揺らして応えている。


 ……うん。


 何だか、もう仲良しだ。


 私は紅茶をひと口飲んだ。


 ……ああ。


 こういう時間、好きだなぁ。


 新しい家族が増えるって、やっぱり嬉しい。


 ……あっ。


 そうだ。


 まだ、一つ決まってないことがある。


「ねぇ、晴斗君」


「はい?」


「この子に、名前を付けてあげたらどうかな?」


 晴斗君が、目を丸くした。


「……えっ? 僕が付けてもいいんですか?」


「もちろん! 晴斗君の相棒なんだからね」


 ……うん。


 せっかくだから、名前も本人に考えてほしい。


 私が勝手に決めるより、その方がいいでしょう。


 魔獣が、ぴんと耳を立てた。


「にゃーは女の子にゃー! ちゃんと考えてほしいにゃー!」


 ……えっ?


「……女の子だったんだ!?」


「そうにゃー!」


 ……おお。


 なるほどねぇ。


 ……いや。


 私は《鑑定》も使えるんだけど。


 何だか、見た目が可愛くて、そこまで考えてなかった。


 ……うん。


 ちゃんと聞けてよかった。


 晴斗君が、少し考えるように魔獣を見た。


「……女の子で、猫みたいで……」


 ……うんうん。


 悩むよねぇ。


 名前って、一度決めたらずっと使うものだからね。


 カトレアも、興味津々で見守っている。


 モフ太はというと。


 ……あれ?


 さっきから、ほとんど動いてないね。


 カトレアの後ろで、じっと座っている。


 ……うーん。


 まだ機嫌が悪いのかな。


 ……まあ。


 後でちゃんと撫でてあげよう。


 今は、名前が先だ。


 晴斗君は、魔獣の口元へ目を向けた。


 長く伸びた二本の牙。


 少し曲線を描いた、綺麗な形をしている。


 ……おっ。


 何か思いついた?


「……ルナ」


 晴斗君が、小さく呟いた。


 ……ルナ?


 ……おお。いい響きだねぇ。


「ルナ、なんてどうかな?」


「おっ! いい名前だね!」


 私が言うと、晴斗君は少し照れたように笑った。


「牙の形が、三日月みたいで綺麗だったので。月から取ってみました」


 ……なるほど!


 三日月みたいな牙。


 そこから、ルナ。


 ……いいねぇ!


 意味もあるし、呼びやすい。


 私が名付けるより、ずっと素敵な名前だ。


「どうかな? 気に入った?」


 私が尋ねると、魔獣は晴斗君を見上げた。


 そして。


「ルナ! いい名前にゃー! 気に入ったにゃー!」


 ……おおっ!


 決定!


 晴斗君の顔が、ぱっと明るくなった。


「よかった! じゃあ、よろしくね。ルナ!」


「よろしくにゃー、晴斗!」


 ルナが、嬉しそうに尻尾を揺らす。


 晴斗君も、ゆっくり手を伸ばした。


 ……うん。


 ちゃんと、様子を見ながらだ。


 ルナが自分から頭を寄せてきたのを確かめてから、晴斗君はそっと撫でた。


「……あはは。柔らかい……!」


「もっと撫でていいにゃー!」


「本当? じゃあ……」


 ……ああ。


 いいねぇ。


 私まで嬉しくなってしまう。


 カトレアも、二人を見て笑っていた。


「晴斗さん、よかったね!」


「はい! ありがとうございます!」


 ……うん。


 こういう光景が見たかったんだ。


 冒険者として頑張り始めた晴斗君。


 その隣に、頼りになる相棒。


 ……ああ。


 何だか、胸が温かくなるなぁ。


 ……っと。


 喜ぶ前に、一つだけ大事なことを話しておかないと。


「ルナ、ちょっといいかな?」


「何かにゃー、ご主人?」


 ……うん。


 ちゃんと、こっちを見てくれる。


 私は、少しだけ真面目な顔になった。


「これからは、晴斗君と一緒に行動してもらいたいんだ。冒険者の仕事でも、普段の暮らしでも、晴斗君の言うことをよく聞いてね」


「わかったにゃー!」


「それから、絶対に人を傷つけないこと。襲われたときは守ってほしいけど、危険を避けられるなら、まずはそっちを優先してね」


「任せてほしいにゃー!」


 ……うん。


 よし。


 これなら安心だ。


 ……あっ。


 ただ、ここは一応説明しておこう。


「晴斗君。ルナは《テイム》で私に従っているんだ。だから、魔法そのものを晴斗君に譲ることはできないんだけど」


「はい」


「私から、これからは晴斗君と一緒に過ごして、晴斗君の指示を守るようにお願いしておくよ」


「……なるほど」


「もちろん、何か困ったことがあったら私にも相談してね。ルナのことは私も責任を持つから」


「ありがとうございます!」


 晴斗君は、深く頭を下げた。


 またそんなに丁寧に。


 私たち、もう一緒に暮らしてるんだから、そこまでかしこまらなくてもいいのに。


 ……まあ。


 そういうところも、晴斗君らしいね。


「じゃあ、ルナ。これからは晴斗君にいつも付き添って、しっかり守ってあげてね」


「了解にゃー!」


「ありがとう!」


 ……うん。


 これで、正式に相棒だ。


 晴斗君は、嬉しそうにルナの頭を撫でている。


 ……ああ。


 よかったねぇ。


 ……私も、ちょっとだけ感動してきた。


     ◇


「……ところで、リアリスさん」


「うん?」


 晴斗君が、ルナを撫でながら顔を上げた。


「ルナって、どのくらい強いんですか?」


 ……おっ。


 いい質問だね。


 ……そうだなぁ。


 どこから説明しよう。


「そうだねぇ。ルナは、もともとSランクの魔獣なんだよ」


「……えっ?」


 晴斗君の手が止まった。


 ……あれ?


「……えす、らんく……?」


「うん。ジャイアントサーベルタイガーっていう種類なんだ」


 晴斗君が、ゆっくりルナを見た。


 それから、私を見る。


 もう一度、ルナを見る。


「……Sランク……?」


「うん!」


 ……おお。


 また固まっちゃった。


 Fランクの冒険者になったばかりなんだから、当然かもしれない。


 Sランクがどれだけ特別なのか、もうギルドで聞いているだろうし。


「……リアリスさん」


「うん?」


「……僕、Fランクなんですけど……」


「うん。知ってるよ!」


「……相棒が、Sランク……?」


「そうだねぇ」


 晴斗君が、両手で顔を覆った。


 さっきから驚きっぱなしだねぇ。


 それだけ喜んでくれてる、ということにしておこう。


 ……違う?


「……何だか、すごいことになってませんか?」


「……あはは!」


 ……うん。


 すごいことになってるね!


 でも、私としては、晴斗君を安心して送り出せる方が大切なんだよね。


「ルナが強いからって、無茶な依頼を受けていいわけじゃないからね。晴斗君自身も、楓との稽古を続けよう」


「……はい! そこは、ちゃんと分かってます!」


 ……即答だね。


 うん。


 それなら安心だ。


 私は、ルナへ目を向けた。


「ルナ、晴斗君をよろしくね」


「もちろんにゃー! にゃーは強いにゃー!」


 ……ずいぶん自信があるね。


 まあ、Sランクなんだから、当然かな。


 ……と思ったら。


 ルナが、ふいに顔を横へ向けた。


 ……ん?


 そっちには。


 カトレア。


 そして、その後ろにいるモフ太。


「そこの毛玉よりは強いにゃー!」


 ……えっ、毛玉?


 私は、ゆっくりモフ太を見た。


 モフ太が、ぴくりと耳を動かした。


 ……今、何か嫌な予感がしたような。


「……なんだと?」


 ……あれ?


 モフ太?


 今の、モフ太の声?


 普段は「私にお任せください」とか、すごく丁寧に話す子だよね?


 ……いま、なんだとって言った?


 私は思わず目を瞬かせた。


「……モフ太?」


 モフ太は、じっとルナを見つめていた。


 赤いリボンが、いつもと同じように揺れている。


 見た目は、いつものモフ太だ。


 ……だけど。


「……もっぺん言ってみろ」


 モフ太!?


 誰!?


 いや、モフ太なんだけど!


 ……言葉が荒い!


 いきなり、ものすごく荒い!


「モ、モフ太? 落ち着いて!?」


 私は慌てて声をかけた。


 ……いやぁ。こんなモフ太、初めて見たよ!


 桜花も、少し驚いたように目を見開いている。


 晴斗君に至っては、完全に固まっていた。


 カトレアも、きょとんとしている。


「……モフ太?」


 ……うん。


 カトレアも驚くよね。


 いつもの、優しい護衛の熊が。


 突然、喧嘩を売り始めたんだから。


 ……ああ。


 どうしよう、これ。


 私はルナへ視線を向けた。


 ……お願い。


 これ以上、刺激しないでね?


 そう思った、その瞬間。


「毛玉より強いって言ったにゃー! 聞こえなかったかにゃー、毛玉!」


 ……言ったぁぁぁ!


 しかも、二回!


 いや、三回!?


 完全に煽ってるよね!?


 モフ太の毛並みが、ぶわっと逆立ったように見えた。


 ……いや。


 あれ、気のせいじゃないかもしれない。


 赤いリボンの下で、肩が小さく震えている。


 ……おお。


 まずい。


 これは、かなりまずい。


「……てめぇ……」


 ……ちょっと待って!


 モフ太!?


「表でろぉぉぉぉぉ!!」


 ……おおおお!?


 ……えええええ!?


 ……モフ太が!


 あのモフ太が!


 ……ブチギレてる!!


 私は、思わず立ち上がった。


「二匹とも、やめなさい!!」


 ……あっ。


 声、大きくなっちゃった。


 でも、仕方ないでしょう!?


 Sランクの魔獣が二匹揃って喧嘩し始めたら、笑い事じゃ済まないんだから!


 ……いや。


 今は二匹とも小さいけどね?


 小さくても、SランクはSランクだ。


 モフ太が、はっとしたようにこちらを向いた。


 そして。


「……大変失礼いたしました、ご主人様」


 ……戻った。


 敬語に戻った!


 ……おお。


 切り替えが早いねぇ。


 いや、そうじゃなくて!


 さっきのは何!?


 私は、まだ少し驚きながらモフ太を見つめた。


 ……あのさ。


 モフ太って、そんな喋り方もできたんだね。


 ……知らなかったよ。


 ……でも、あれは、怒るよねぇ。


 大切な毛並みを毛玉って呼ばれたんだから。


 ……うん。


 しかも、何度も。


 私だって、ちょっとひどいと思う。


「ルナも、意地悪を言わないの」


「……わかったにゃー」


 ルナが、少しだけ耳を倒した。


 ……うん。


 反省してる……のかな?


 ……いや。


 尻尾が、ちょっと楽しそうに動いてるんだけど。


 ……うーん。


 この子、結構やんちゃなのかもしれないねぇ。


 そのとき。


「モフ太、おいで」


 カトレアが、小さく手を伸ばした。


 モフ太が、ゆっくりカトレアへ近づく。


 ……おっ。


 よかった。


 カトレアの言うことは、ちゃんと聞いてる。


 カトレアはモフ太を抱き上げ、優しく頭を撫でた。


「大丈夫だよ。モフ太も、いつもかっこいいよ」


 ……おお。


 その一言。


 すごく効いてるね。


 モフ太の毛並みが、少しずつ落ち着いてきた。


「……ありがとうございます、カトレア」


 ……ああ。


 声も元どおりだ。


 よかったぁ。


 カトレアは、もう一度モフ太を撫でる。


「ルナも、仲良くしようね」


「……分かったにゃー」


 ……うん。


 これで仲直り……かな?


 私は、ほっと息をついた。


 ……いやぁ。


 まさか、初対面からこんな騒ぎになるとはね。


 ……びっくりした。


     ◇


 しばらくして。


 モフ太が、カトレアの腕から下りた。


 ……おっ。


 もう大丈夫かな。


 私は、少し安心して紅茶のカップへ手を伸ばした。


 ……ああ、落ち着くなぁ。


 ……と思ったら。


「ご主人様」


 モフ太が、きちんと姿勢を正した。


「うん? どうしたの?」


「大変不躾ではございますが、一つお願いがございます」


 ……おや。


 今度は、いつもの丁寧な口調だ。


 ……よかった。


「何かな?」


「……ルナと、少し手合わせをさせていただけないでしょうか」


 ……おお。


 そう来たかぁ。


 ……いやぁ。


 さっきの様子を見ると、そうなる気もしてたけど。


「……モフ太、まだ怒ってる?」


「いいえ。私は冷静でございます」


 ……うん。


 顔は、あんまり冷静じゃないように見えるんだけど。


 ……いや。


 熊の顔なんだから、よく分からないか。


 でも、声にちょっと力が入ってる気がする。


「でもさ、モフ太もルナもSランクでしょう? 本気で戦ったら、屋敷が大変なことになっちゃうよ」


「承知しております。ご主人様の亜空間であれば、問題はないかと存じます」


 ……おっ。


 そこまで考えてるんだ。


 ……まあ。


 亜空間なら、確かに周りへの被害は心配ない。


 外の世界へ影響が出ないようになってるからね。


 ……とはいえ。


 モフ太もルナも、魔獣としては相当な実力だ。


 しかも、二匹とも私が守りの魔法を付与している。


 ……うん。


 ちょっと、すごい戦いになりそうだ。


「……それで、モフ太。本当にやりたいの?」


「はい。是非とも、お願いいたします」


 ……うーん。


 ずいぶん真剣だねぇ。


 私はルナの方を見た。


「ルナは、どう?」


「にゃーは負けないにゃー!」


 ……おお。


 即答!


 ……いやいや。


 聞きたいのは、そういうことじゃないんだけど。


 ……まあ。


 やる気なのは、分かった。


 晴斗君が、心配そうに二匹を見比べた。


「……あの。大丈夫なんですか?」


「うん。万が一にも怪我をしないよう、私が見てるからね」


「……そうですか。でも……」


 ……ああ。


 心配になるよね。


 いきなり相棒になったばかりのルナが、喧嘩を始めようとしてるんだから。


 ……うん。


 そこは、ちゃんと説明しよう。


「実は、二匹とも《絶対防御》を付けてあるんだ。よほどのことがなければ、普通の攻撃では傷つかないよ」


「……そ、そうなんですね」


「それに、戦わせるなら、いつも稽古で使ってる亜空間にするから。屋敷も王都も安全だよ」


 ……うん。


 もちろん、私もちゃんと見ている。


 調子に乗って、危険なことにならないようにしないとね。


 ……でも。


 考えてみれば、ちょうどいい機会かもしれない。


 晴斗君は、ルナがどれだけ強いのか、まだよく分かってない。


 Sランクだって説明しても、実際の力を見たことがないからね。


 ……うん。


 それなら、安全な場所で見てもらうのも悪くないか。


 ……あっ。


 ただし。


「モフ太、ルナ。手合わせをするなら、私の指示には必ず従ってね。途中で止めると言ったら、すぐにやめること」


「承知いたしました」


「わかったにゃー!」


「それから、勝ち負けで喧嘩を続けるのもなしだよ。終わったら、ちゃんと仲良くしてね」


 ……うん。


 ここは大事。


 Sランク同士の意地の張り合いが、いつまでも続いたら困っちゃうからね。


 モフ太が、丁寧に頭を下げた。


「心得ております」


 ……うん。


 言葉は、すごく礼儀正しい。


 ……ただ。


 あの目、まだ燃えてる気がするんだけど。


 ……大丈夫かなぁ。


 ルナも、胸を張るように前脚を揃えた。


「にゃーも約束するにゃー!」


 ……おっ。


 こちらも、立派なお返事。


 ……なのに。


 何で、まだモフ太の方を見て笑ってるの?


 ……絶対、何か考えてるよね?


 ……うーん。


 まあ、いいか。


 約束はしてくれたんだし。


「……よし!」


 私は、立ち上がった。


「それじゃあ、少しだけ手合わせしてみようか!」


 ……おお。


 自分で言っておいて、何だかわくわくしてきた。


 ……いや。


 別に、怪獣同士の戦いが見たいわけじゃないよ?


 あくまで、晴斗君にルナの実力を知ってもらうため。


 ……そう。


 そのためなんだからね。


 ……たぶん。


「ありがとうございます、ご主人様」


 モフ太が、深々と頭を下げた。


 ……うん。


 礼儀正しいねぇ。


 さっきの「表でろぉぉぉ」とは、同じ熊と思えない。


 ……本当に、何だったんだろう。


「毛玉には負けないにゃー!」


 ……あっ。


 言った。


 また言った。


 モフ太の耳が、ぴくりと動く。


 ……おお。


 駄目だ。


 まだ終わってなかった!


「……ルナ」


 私は、少しだけ低い声を出した。


 ルナが、はっとこちらを向く。


「……分かったにゃー」


 ……うん。


 今度こそ、お願いしますよ?


 晴斗君は、何とも言えない顔で笑っていた。


「……リアリスさん。僕の相棒、すごい子ですね」


「……あはは。そうだねぇ」


 ……うん。


 すごい子だと思う。


 いろんな意味で。


 カトレアも、少し心配そうにモフ太の頭を撫でている。


 桜花は、静かに微笑んでいた。


 楓は、相変わらず無表情。


 ……ただ、何となく。


 このあと何が起きるのか、楽しみにしているようにも見える。


 ……おお。


 楓まで。


 ……うん。


 うちの家族、みんな結構たくましいねぇ。


 私は、居間の窓から庭を眺めた。


 いつもの花壇。


 いつもの穏やかな午後。


 ……ああ、今日も、平和だねぇ。


 Sランクの熊と、Sランクの巨大な虎が決闘しようとしてるんだけど。


 ……どこが平和なんだろう。


 私は、思わず苦笑してしまった。


「じゃあ、みんな。庭へ行こうか!」


 私たちは、居間を出て庭へ向かった。


 ……うん。


 まずは、いつもの亜空間を用意しよう。


 あそこなら、どれだけ派手に動いても屋敷には影響しない。


 ……でも。


 何だか、ちょっと嫌な予感もするんだよね。


 ……今さら考えても仕方ないか。


 だって、もう決まっちゃったんだから。


 私は、晴斗君とルナを見た。


 Fランクになったばかりの冒険者と、Sランクの相棒。


 いい組み合わせだね。


 ……しかし、その相棒が、初日から我が家の熊に喧嘩を売るとは。


 ……さすがに、想像してなかったよ!


 ……さて。


 モフ太。


 ルナ。


 お願いだから、ほどほどにしてね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。