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第6話:猫にも通行許可を

 獣人国の冒険者ギルドを出たところで、私はもう一度、桜花の腕の中を覗き込んだ。


 そこには、小さなサーベルタイガーがいた。


 長い牙。


 しっかりした前脚。


 ぴんと立った耳。


 ……うん。


 何度見ても、可愛いねぇ。


 ついさっきまで五メートルもあったなんて、今ではちょっと信じられない。


 ……まあ。


 小さくしたのは、私なんだけどね。


「桜花、その子、重くない?」


「いいえ。まったく問題ございません」


 桜花はそう言って、腕の中の魔獣を少し抱き直した。


 魔獣はおとなしくしている。


 ……おお。


 すっかり懐いてくれたみたいだ。


 《テイム》が成功しているから、私に逆らって暴れる心配はない。


 でも、だからって何も考えずに王都へ連れて帰るわけにはいかないんだよね。


 ……うん。


 そこは、ちゃんとしないと。


 私が管理している魔獣だとしても、知らない人から見れば魔獣は魔獣。


 王都には子供もいるし、冒険者だって大勢いる。


 事情を知らずに誰かが攻撃したら、大騒ぎになりかねない。


 ……いや。


 この子、元はSランクなんだからね。


 騒ぎになってからでは、ちょっと遅い。


「そうだ、桜花」


「はい、リアリス様」


「このまま王都邸に戻る前に、王様から通行許可をもらっておこうか」


「モフ太と同じように、でございますね」


「うん! この子にも王都を歩いてもいいって、正式に認めてもらいたいんだ」


 桜花は静かに頷いた。


「それがよろしいかと存じます」


 ……よし。


 決まり!


 ただ、王様だって暇じゃない。


 突然王城へ押しかけるのも、さすがに迷惑だろう。


 ……そうだ。


 こういうときこそ、セバスに相談しよう。


 私は、いつもの魔法を使った。


「《映像通話》」


 目の前に小さな画面が現れた。


 呼び出し先は、王国邸にいるセバス。


 ……うん。


 便利だねぇ。


 会いに行かなくても、こうしてすぐ相談できる。


 ……いや。


 私なら《転移》で会いに行くのも一瞬なんだけど。


 それはそれ。


 これはこれ。


 少しすると、画面に見慣れた白髪の執事が映った。


『旦那様。いかがなさいましたか』


「セバス、こんにちは!」


『こんにちは、旦那様。桜花もご一緒なのですね』


「うん。今、獣人国にいるんだ」


『承知いたしました』


 セバスは、いつもどおり穏やかな笑顔だ。


 ……ああ。


 頼りになるなぁ。


 突然連絡しても、まったく慌てない。


 ……まあ。


 うちで暮らしてたら、突然の出来事なんて日常茶飯事だからね。


 ……主に、私のせいだけど。


「実はちょっとお願いがあってね」


『何でしょうか』


「これから王城へ行きたいんだけど、王様のご都合を確認してもらえるかな?」


『かしこまりました。ご用件をお伝えしてもよろしいでしょうか』


「うん。モフ太のときと同じように、新しく保護した魔獣の王都通行許可をお願いしたいんだ」


 ……。


 画面の向こうで、セバスが一度だけ瞬きをした。


 ……おっ?


 もしかして、今ちょっと驚いた?


『……新しく、魔獣を保護されたのでございますか』


「そうなんだ。ジズマの近くで困ってる人がいてね、ギルドの依頼を受けてきたんだよ」


『左様でございましたか』


 セバスは一拍置き、それから丁寧に頭を下げた。


『承知いたしました。すぐに王城へ確認し、ご連絡いたします』


「ありがとう! 助かるよ!」


『いえ、とんでもございません。どうぞお気をつけてお過ごしくださいませ』


 通話が終わった。


 ……うん。


 いつもながら、仕事が早い。


 ……ただ。


 セバス、何か言いたそうだったなぁ。


 ……気のせいかな?


「リアリス様」


「うん?」


「巴にも、あらかじめお伝えしておいた方がよろしいのではございませんか?」


 ……えっ?


 巴さん?


「えっと……帰ってからじゃ駄目かな?」


「……ふふっ」


 桜花が、小さく笑った。


 ……あれ?


 何、その笑い。


 ちょっと待って。


 今、何か大事なことを言われた気がする。


 ……まあ。


 まずは王様に会うのが先だよね!


 私は、いったん考えるのをやめた。


     ◇


 セバスからの返事を待つ間、私たちは獣都の通りを少し散歩することにした。


 ……うん。


 せっかく来たんだからね。


 王様との面会まで、少しくらいは町を眺めてもいいでしょう。


 桜花は小さな魔獣を抱いたまま、私の隣を歩いている。


 通りに並ぶお店には、木彫りの置物や色鮮やかな布が飾られていた。


 屋台からは、香ばしい肉の匂いが漂ってくる。


 ……おお。


 おいしそう。


 さっき昼ご飯を食べたばかりなのに、ちょっと気になるね。


「桜花、あのお店の串焼き、おいしそうだねぇ」


「左様でございますね」


「一つ買って帰ろうか。カトレアも喜ぶかな?」


「ふふっ。夕食前でございますので、巴に確認なさった方がよろしいかと」


「……あっ。そうだね」


 ……うん。


 また巴さんの名前が出てきた。


 何だか今日は、巴さんに相談することが多いなぁ。


 ……というか。


 さっきから桜花、妙に巴さんの話をするよね?


 ……気のせい?


 そう思いながら歩いていると、通りの向こうから子供たちの笑い声が聞こえてきた。


 小さな獣人の子供が二人、尻尾を揺らしながら走っている。


 ……ああ。


 楽しそうだねぇ。


 そのうちの一人が、桜花の腕の中を見て足を止めた。


「……あっ! 猫だ!」


 ……おっ!


 猫!


 また猫って言われた!


 ……うん。


 やっぱり、どこからどう見ても猫なんだよねぇ。


 私がちょっと嬉しくなっていると、子供は桜花へ近づこうとした。


 ……あっ。


 そこは、まだ駄目だよ。


「ごめんね。この子、まだ町を歩くための手続きをしてるところなんだ」


「……てつづき?」


「うん。だから、今は見るだけにしてくれるかな?」


「はーい!」


 子供は素直に頷き、少し離れたところから小さな魔獣を眺めた。


 ……よかった。


 この子は、ちゃんと分かってくれる子だね。


 もちろん《テイム》してあるから、勝手に噛みついたりはしない。


 でも、初めて会った魔獣にすぐ触らせるのは、さすがにどうかと思う。


 ……うん。


 安全第一。


 こういうところは、慎重にしよう。


「かわいいねー!」


 子供が手を振る。


 桜花の腕の中で、魔獣がゆっくり瞬きをした。


 ……おお。


 何だか、挨拶してるみたいだ。


「ふふっ。そうだねぇ」


 私は思わず笑った。


 ……ああ。


 晴斗君も、こんなふうに喜んでくれるかな。


 猫喫茶が好きだって言ってたし。


 ……うん。


 今から楽しみになってきた。


 ……ただ。


 名前もないまま、ずっとこの子って呼ぶのも変だよね。


 ……いやいや。


 名前は、晴斗君に考えてもらおう。


 せっかく相棒になってもらいたいんだから、そこは本人に任せたい。


 ……うん。


 いい考えだ。


 そのとき。


 目の前に、小さな画面が現れた。


 ……おっ!


 セバスからだ!


 私は画面の呼び出しボタンを押した。


「セバス、どうだった?」


『旦那様。カバディ陛下より、これからお越しいただいて差し支えないとのお返事をいただきました』


「おお! ありがとう!」


『王城の門前にもお話を通しております。魔獣につきましては、旦那様と桜花が同行される今回の面会に限り、王城への立ち入りを認めるとのことでございます』


 ……ああ。


 よかった!


 まだ正式な通行許可はないけど、王様のところへ連れていくことはできるわけだ。


 モフ太のときも、こんな感じだったね。


「ありがとう、セバス! じゃあ、これから行ってくるよ!」


『かしこまりました。お気をつけていってらっしゃいませ』


 通話が終わった。


 ……うん。


 準備は整った!


 私は桜花に向き直った。


「王城の許可が出たよ。さっそく行こうか!」


「はい、リアリス様」


 ……よし。


 王様、よろしくお願いします!


     ◇


「《転移》」


 私たちは王城の門前へ移動した。


 獣都の賑やかな通りから、石造りの立派な城門へ。


 ……おお。


 何度来ても、やっぱり大きいねぇ。


 私たちの姿に気づいた門兵が、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。


「リアリス様! お待ちしておりました!」


「こんにちはー!」


「宰相様より伺っております。どうぞ、こちらへ!」


 ……おっ。


 話が通ってる。


 これは助かるね。


 門兵は桜花の腕の中へちらりと目を向けた。


 ……あっ。


 やっぱり気になるよね。


 見た目は、長い牙のある小さな猫。


 王城に連れてくるには、少し珍しいお客さんだ。


「……その、こちらの魔獣もご一緒でよろしいのでしょうか?」


「はい。今日はこの子のことで王様にお願いがあって来たんです」


「承知しております。お二人と一緒にご案内するよう申しつけられております」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 事前に連絡してもらって、大正解だったね。


 私たちは門兵に案内され、王城の中を歩いた。


 磨かれた床。


 高い天井。


 大きな窓から差し込む日差し。


 ……ああ。


 王城だねぇ。


 何度来ても、ちょっと背筋が伸びる。


 ……もっとも。


 私は相変わらず、普段着のままなんだけど。


 桜花も、いつもの格好だし。


 ……まあ。


 王様も今さら気にしないよね。


 私たちは、いつもの応接室へ案内された。


 扉が開く。


「おお、リアリス殿! よく来られた!」


 カバディ王が、いつもの笑顔で迎えてくれた。


 隣には、宰相のミキサーさん。


 ……うん。


 お二人とも元気そうだね。


「こんにちは、カバディ王。ミキサーさんも、急なお願いですみません」


「いやいや、構わぬよ。リアリス殿の頼みだからな」


「ようこそお越しくださいました。リアリス殿、桜花殿」


 ミキサーさんも、丁寧に頭を下げた。


「こんにちは、ミキサーさん!」


「ご無沙汰しております」


 桜花が、静かに一礼する。


 ……よし。


 まずは、ご挨拶。


 それから本題だね。


 王様が、桜花の腕の中へ目を向けた。


「それで……今回は、その魔獣の件だと聞いたが」


「はい! この子です!」


 私は嬉しくなって、小さな魔獣を指さした。


 ……ああ。


 こうして見ると、やっぱり可愛いなぁ。


 王様は、少し身を乗り出した。


「……ほう。ずいぶん変わった猫だな」


 ……おっ!


 王様まで猫って言ってくれた!


 私は思わず笑顔になった。


「ですよね! 可愛いでしょう!」


「うむ。牙が立派ではあるが、小さくておとなしいのう」


 ……うん!


 分かってもらえた!


 ……あれ?


 何だか、もう許可が出そうな雰囲気じゃない?


 ミキサーさんも、興味深そうに魔獣を見ていた。


「はて……あまり見かけない魔獣でございますね」


「そうなんです。獣人国で保護したんですよ」


「獣人国で、ですか」


「はい。町の近くで危険な魔獣が出たって依頼があったので、対応してきたんです」


 ……うん。


 嘘は言ってない。


 ちゃんと依頼を受けて、町の安全を守ってきたんだから。


 ……ただ。


 Sランクってところを、まだ説明してないけど。


「それで、この子を王都でも連れて歩けるようにしたいんです。モフ太のときと同じように、許可していただけませんか?」


 私は少しだけ姿勢を正した。


「もちろん、私の管理下にありますし、勝手に暴れたりすることはありません。町の人たちの迷惑にならないようにします」


 王様は、私の説明を聞きながら頷いていた。


「ふむ。モフ太殿のときと同じような話だな」


「そうなんです!」


「それで、その魔獣はリアリス殿の言うことを聞くのか?」


「はい! 《テイム》してあるので、私の指示に従います」


「なるほどな」


 ……おっ。


 王様、納得してくれてる。


 よかった。


 これなら話が早いかもしれない。


 ミキサーさんが、桜花の方を見た。


「桜花殿。こちらの魔獣は、今後もこの大きさのままで?」


「はい。通常は小さくした姿で過ごさせる予定でございます」


「通常は……ということは、元の大きさがあるのですね」


 ……あっ。


 さすが宰相。


 ちゃんと気づいたね。


「はい! 元は五メートルくらいです!」


 ……。


 王様とミキサーさんが、一瞬だけ目を合わせた。


 ……ちょっと驚いた?


 まあ、五十センチの猫が五メートルになるって言われたら、そうだよね。


「……なかなか立派な魔獣であるな」


「はい。Sランクなんですよ!」


 ……。


 今度は、部屋が少し静かになった。


 ……私、何か変なこと言ったかな。


「……Sランク、であるか」


 王様が、ゆっくり頷いた。


 ミキサーさんは一度だけ眼鏡に手を添えた。


「……なるほど。モフ太殿と同等の脅威度に分類される魔獣、ということでございますね」


「そうですね。でも、もう私の管理下ですから大丈夫ですよ!」


「……はい。それでしたら問題はないかと」


 ……おお。


 話が早い!


 もっといろいろ質問されると思ってたんだけど。


 王様は、しばらく小さな魔獣を眺めてから笑った。


「リアリス殿が責任を持って管理するのであろう? ならば、断る理由はあるまい」


「……えっ!?」


 ……おお!


 もう!?


「本当にいいんですか?」


「うむ。前にも申したが、リアリス殿が守ろうとしておる者を、我々がむやみに疑うことはない」


 ……ああ。


 そう言ってもらえるのは、ありがたいなぁ。


 王様は、穏やかに笑っている。


 ……うん。


 信頼してくれてるんだね。


 だったら、ちゃんと応えないと。


「ありがとうございます! 必ず責任を持って管理します!」


「うむ。その言葉があれば十分だ」


 ……よかったぁ!


 私は、思わず肩の力が抜けた。


 思っていた以上に、あっさり終わったね。


 ……いや。


 あっさりすぎない?


 Sランクの魔獣なんだよ?


 王様、もうちょっと警戒しても……。


 ……まあ。


 今まで、もっと大変なことをいろいろやってきたからね。


 今さら、Sランク一体くらいじゃ驚かないのかもしれない。


 ……うん。


 そういうことにしておこう。


 ミキサーさんが、手元の書類へ視線を落とした。


「それでは、この魔獣についても王都内の通行を認める旨、正式に通達を出しましょう。王城前の掲示板へも掲示いたします」


「ありがとうございます!」


「加えて、兵士や冒険者が討伐対象と誤認しないよう、注意を促しておきます。必要な情報がありましたら、ギルドにも伝達いたします」


「おお! 助かります!」


 ……さすがミキサーさん。


 話が早いねぇ。


 しかも、私が気にしていたことを先に考えてくれている。


 ……うん。


 本当に頼りになる。


「立て続けに申し訳ないです。ついこの間、モフ太の許可をいただいたばかりなのに」


「はははっ! なに、構わぬよ」


 王様が声を上げて笑った。


「我らにとっても、王都に強い味方が増えるのはありがたいことだ」


「……そうですか?」


「うむ。ただし、くれぐれも町の中で元の大きさに戻らぬよう、頼むぞ」


「もちろんです!」


 ……あっ。


 そうだよね。


 五メートルの虎が町を歩き始めたら、さすがに大騒ぎになる。


 いや、それ以前に道をふさいじゃうか。


 ……うん。


 そこは、ちゃんと守ろう。


 私は改めて頭を下げた。


「カバディ王、ミキサーさん。本当にありがとうございました!」


「うむ。今度は、どのような生き物を連れて来るか楽しみにしておるぞ」


「……えっ?」


 ……ちょっと待って。


 今、王様。


 何て言いました?


「……いやいや! そんなに増やすつもりはないですよ!」


「ははは! 冗談だ、冗談!」


 ……ああ。


 よかった。


 ……いや。


 王様がそういうこと言うと、本当に何か増えそうな気がしてくるんだけど。


 私は桜花を見た。


 桜花は、相変わらず優しく微笑んでいる。


 ……桜花まで、ちょっと期待してない?


 ……気のせいだよね?


     ◇


 王城を出る頃には、通行許可の手続きが進められていた。


 王城前の掲示板にも、まもなく新しい通達が出されるらしい。


 ……うん。


 これで一安心だね。


 あとは、冒険者ギルドにも報告しておこう。


 王城から連絡してくれるとはいえ、現場の冒険者たちには直接伝えておいた方がいいだろう。


 ……それに。


 シルベスターさんにも、一応説明しておいた方がいいと思う。


 ……そういえば。


 さっき獣人国のギルドで、この子を見せたときも大騒ぎだったんだよね。


 ……王国のギルドでも、同じことになるのかな。


 シルベスターさんは、もうモフ太を知ってるし。


 多少変わった魔獣が増えても、きっと驚かないはず。


 ……うん。


 たぶん、大丈夫。


「桜花、次は王都のギルドへ行こうか!」


「かしこまりました」


 私たちは、王城をあとにして王都の通りを歩き始めた。


 今日も、賑わってるねぇ。


 道端の屋台にはお客さんが並んでいる。


 小さな子供が親に手を引かれ、楽しそうに歩いていた。


 ……ああ。


 こういう日常は、やっぱりいいね。


 私は桜花の腕の中を見た。


 小さなサーベルタイガーは、相変わらずおとなしい。


 通りの人たちは、ときどきその姿に目を向けていた。


「リアリス様、その猫ちゃんは?」


 ……話しかけられた!


「こんにちはー! 新しく保護した子なんです。王様から王都内の通行許可もいただきました」


「まあ、そうなんですか! 可愛いですねぇ」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 やっぱり、猫って言ってもらえる。


 これは嬉しい。


 ……喜んでいいところなのかな。


 でも、可愛いものは可愛いし。


 町の人が怖がってないなら、それでいいよね。


 まだ種族名は教えてないけど。


 ……まずギルドで話しておこう。


     ◇


 冒険者ギルドへ着くと、いつもの賑わいが迎えてくれた。


 受付には、リリーナさんが座っている。


 ……おっ。ちょうどいいね。


 私は手を上げた。


「こんにちはー、リリーナさん!」


「あっ、リアリスさん! こんにちは!」


 リリーナさんが笑顔でこちらを向いた。


 ……うん。


 いつもの感じだね。


 そのまま桜花にも挨拶しようとして――。


 ぴたっ。


 リリーナさんの視線が、桜花の腕の中へ移った。


 ……おや?


 動きが止まった。


 さっきの獣人国の受付嬢さんと、似たような反応だね。


「……リアリスさん」


「はい?」


「……桜花さんが抱えている、その子は……?」


「……あっ! この子ですか?」


 私は、にっこり笑った。


「新しく保護した猫ですよ!」


 ……。


 リリーナさんの顔から、すうっと血の気が引いていった。


 ……えっ!?


 まだ何も説明してないよ?


「……あ、あの。リアリスさん」


「うん?」


「……まさか、また魔獣を……?」


「はい! 王様から通行許可もいただいてきました!」


 ……よし。


 ちゃんと説明できた。


 ……はずなんだけど。


「……ギ、ギルマスー!!」


 いきなり!?


「リアリスさんがー!! またー!!」


 ……また!?


 その呼び方だと、私が毎回何か悪いことをしてるみたいじゃない!?


 周囲の冒険者たちが、一斉にこちらを向いた。


 ……あっ。


 すごく注目されてる。


 ……うん。


 やっぱり、また騒ぎになっちゃったねぇ。


 私は苦笑しながら桜花を見た。


「……ねぇ桜花。何でみんな、こういう反応するんだろう?」


「……ふふっ。何故でございましょうね」


 ……あっ。絶対、分かってる顔だ。


 でも、教えてくれない。


 ……うーん。


 不思議だなぁ。


 しばらくすると、奥の方から大きな足音が聞こえてきた。


「……なんだ、リリーナ。どうした」


 ……おお。


 シルベスターさんだ。


 今日も、いい感じに怖い顔をしてるねぇ。


 ……いや。


 本人は普通にしてるだけなんだろうけど。


 晴斗君が初めて会ったとき、驚いたのも分かる。


 でも、本当は優しい人なんだよね。


 ……ちょっと口は悪いけど。


 シルベスターさんは、私の顔を見るなり眉をひそめた。


「……リアリス」


「こんにちは、シルベスターさん!」


「……お前、今度は何をした」


 ……えっ!?


 何をしたって……。


 まだ挨拶しただけなのに!


「……あはは。今回は、ちゃんと人助けですよ!」


「……今回は?」


 ……あっ。


 何だか、言い方が悪かったかもしれない。


 私は慌てて手を振った。


「いやいや! いつもちゃんとやってますよ!」


「……そういうことにしておいてやる」


 ……おお。信用されてない。


 ……いや。信用はされてるんだけど。


 常識の面では、ちょっと疑われてる気がするねぇ。


 否定できないけど。


 シルベスターさんの視線が、桜花の腕へ向いた。


 ……ぴたり。


 さっきまでの怖い顔が、さらに怖くなった。


 ……あれ?


「……おい」


「はい?」


「……桜花が抱えてるのは、なんだ」


 ……おっ。


 ようやく本題だ!


 私は胸を張った。


「猫です!」


「猫でございます」


 桜花も、すぐに答えた。


 ……うん。


 息ぴったり!


 こういうところ、私たち相棒だよねぇ。


 ……。


 シルベスターさんが、両手で顔を覆った。


「……お前らなぁ……」


 ……おや。


 どうしたんだろう。


「……それが普通の猫なわけねぇだろ!」


 ……バレた!?


 いや、まあ。


 長い牙があるもんね。


 普通の猫じゃないのは、見れば分かるか。


「……魔獣なのは分かってる。名前を言え、種族名を」


 ……ああ。


 そういうことね。


 私はにっこり笑った。


「ジャイアントサーベルタイガーです!」


「ジャイアントサーベルタイガーでございます」


 ……。


 ギルドの中が、静かになった。


 ……あれ?


 さっきまで、あんなに賑やかだったのに。


 すぐ近くで話を聞いていた冒険者の一人が、持っていたカップをそっと机に置いた。


 ……おや。


 どうしたの?


「……ジャイアントサーベルタイガー?」


 シルベスターさんが、ゆっくり聞き返してきた。


「はい!」


「……Sランクの、あれか?」


「そうです!」


 ……うん。


 ちゃんと通じてるみたいだ。


 よかった。


 ……と思ったら。


「……っはぁぁぁ……」


 シルベスターさんが、今まで聞いたことがないくらい大きなため息をついた。


 それから、また頭を抱えた。


 ……あれ?


 そんなに驚くことかなぁ。


 もうモフ太もいるんだし、二匹目だよ?


 ……あっ。


 二匹目だからこそ、驚いてるのかもしれない。


 ……なるほど。


「……リアリス」


「はい?」


「……それ、どこから連れてきた?」


「獣人国のジズマの近くです。ギルドでSランクの依頼を受けて、町の安全のために捕獲してきました!」


 私は、得意げに説明した。


 ……うん。


 今度こそ、ちゃんと褒めてもらえるかな。


 シルベスターさんは、しばらく黙っていた。


 それから、低い声で言った。


「……お前、Sランクの依頼を受けて、魔獣を連れて帰ってきたのか」


「はい!」


「……討伐じゃなくて?」


「はい。捕獲でも依頼完了にしてもらえました!」


「……それで、今こうして抱えてる、と」


「そうなんです!」


 ……よし。


 順番に説明できた。


 これなら分かりやすいでしょう。


 ……。


 ……シルベスターさん。


 何で、そんなに疲れた顔をしてるんですか?


「……リリーナ」


「は、はい!」


 シルベスターさんが、振り返った。


「王城から通達が来ているんだろうな?」


「は、はい。つい先ほど、新たに保護された魔獣の王都市街通行許可について、連絡が届いております……」


 もう届いてたんだ!


 さすがミキサーさん!


「それなら話が早いですね!」


 私は思わず笑顔になった。


 ……うん。


 これで、ギルドにも正式にお知らせできる。


 ……よかったぁ。


 シルベスターさんは、私をちらりと見てから目を閉じた。


「……話が早いのは、こっちの心の準備だけ置いてきぼりだからだろうが……」


「……えっ?」


 ……今、何か言いました?


 シルベスターさんは、もう一度ため息をついた。


「リリーナ。冒険者たちに周知しろ。そいつには、絶対に手を出すなってな」


「は、はい!」


「王城の通達どおり、リアリスの保護下にある魔獣だ。討伐対象だと勘違いするなと、全員に伝えろ」


「承知しました!」


 ……おお。


 やっぱり、頼りになるねぇ。


 シルベスターさん、すぐに話をまとめてくれた。


 よかった。


 と思っていたら。


「……あと」


 シルベスターさんが、さらに低い声で続けた。


「もし誰かが間違って攻撃でもしたら、とんでもないことになるぞ。元はSランクの魔獣だ。下手すりゃ町がなくなる。絶対に手を出すなと伝えろ!」


 ……ええっ!?


 町がなくなる!?


 ……いやいや!そんなことにはさせないよ!?


 私は慌てて口を挟んだ。


「シルベスターさん! ちゃんと《テイム》してあるので、この子が勝手に暴れることはありませんよ!」


「分かってる! 分かってるが、だからって不用意に手を出していいわけじゃないだろうが!」


 ……あっ。


 ……そうだね。


 それは、確かにそう。


 私が管理しているからって、周囲の人まで油断したら危ない。


 ……うん。


 ちゃんと注意してもらうのは、大切なことだよね。


「……なるほど。ありがとうございます、シルベスターさん!」


「……おう」


 シルベスターさんは、片手を上げた。


 そして。


「……ったく。次から次へと……」


 そう呟きながら、ギルドの奥へ戻っていった。


 ……おや。結局、褒めてもらえなかったねぇ。


 ……うーん。


 ちょっと残念。


 私はリリーナさんに向き直った。


「お忙しいところ、すみません。よろしくお願いしますね」


「……はい。承知しました……」


 リリーナさんは、まだ少し顔が引きつっていた。


 ……あれ?


 そんなに心配しなくても大丈夫なのに。


 だって、ほら。


 桜花の腕の中では、小さなサーベルタイガーが気持ちよさそうに目を細めている。


 ……可愛いでしょう?


 私は、つい笑ってしまった。


「……本当に、おとなしい子なんですよ」


「……そう、なんですね……」


 ……うん。


 全然、納得してない顔だね。


 ……まあ。


 初対面でSランクの魔獣を見せられたら、そうなるか。


 仕方ないね。


 私たちは、改めてお礼を言ってギルドをあとにした。


 振り返ると、受付の向こうではリリーナさんが冒険者たちに説明を始めていた。


 何人かが、ものすごく真剣な顔で頷いている。


 ……うん。


 これで一安心かな。


 ……ただ。


 あれだけ可愛い猫を見て、どうしてみんなそんな顔をするんだろうね。


 ……不思議だなぁ。


     ◇


 王都の門を抜け、私たちは屋敷へ戻った。


 ……ふぅ。


 今日は、思っていたよりいろいろなところへ行ったね。


 獣人国のギルド。


 ジズマの密林。


 王城。


 王都のギルド。


 ……うん。


 なかなか忙しい一日だった。


 でも、やることは全部終わった。


 あとは屋敷へ帰って、みんなに報告して。


 ……そう。報告。


 あれ?


 さっき、桜花が何か言ってたような。


 ……巴さん?


 ……うん。


 確か、巴さんにも伝えておいた方がいいって……。


 ……まあ。


 今から伝えれば大丈夫だよね。


 私は何となく、その考えを胸の奥へしまった。


 敷地の門をくぐると、いつもの庭が見えた。


 花壇のそばには小さな道具が整えられている。


 少し離れた場所では、晴斗君が木剣を構えていた。


 ……おっ。


 まだ練習してるね。


 ……いやぁ。


 この時間まで、よく頑張るなぁ。


 ただ、さすがに疲れているみたいだ。


 肩で息をしているし、動きも少しゆっくりになっている。


 楓の姿は、見当たらない。


 ……ああ。


 きっと、少し休憩を挟んで、一人で基本の動きを練習してるんだね。


 ……うん。


 自分でやる気になっているのは、いいことだ。


 でも、頑張りすぎないようにしてほしいな。


 私は桜花を見た。


 ……あっ。


 そうだ。


 まだ晴斗君に、この子のことを知られちゃ駄目なんだった!


 ……いや。


 駄目というわけじゃないけど。


 せっかくだから、ちゃんと準備してから紹介したい。


「桜花、ちょっとこっちへ」


「はい」


 私たちは、晴斗君の練習場所から少し離れたところを通って屋敷へ向かった。


 ……うん。


 今の晴斗君、木剣に集中しているみたいだ。


 こちらには気づいていない。


 ……よかった。


 ……何だか、こっそり悪いことをしている気分だけど。


 別に、悪いことじゃないからね!?


 私は心の中で言い訳しながら、玄関の扉を開けた。


「ただいまー!」


「おかえりなさいませ」


 廊下の向こうから声がした。


 ……おっ。


 楓だ。


 橙色の短い髪。


 いつもの無表情。


 ……うん。


 今日も変わらないねぇ。


「楓、ただいま!」


 私は楓の頭へ、そっと手を伸ばした。


 楓は黙って近づき、小さく頭を傾ける。


 ……ああ。


 撫でてほしいんだね。


 私は軽く髪を撫でた。


 ……うん。


 やっぱり、可愛い。


 楓が、少しだけ目を細めた。


 それから、桜花の腕へ視線が移る。


 ……おや。


 気づいたみたいだね。


「……桜花」


「はい」


「……その子、可愛い」


 ……おお!


 楓まで可愛いって言ってくれた!


 ……いやぁ。


 分かってるねぇ、楓!


 私は嬉しくなった。


「でしょう? 新しく保護した子なんだ!」


 楓は小さく頷くと、魔獣をじっと見つめた。


 桜花がそっと腕を下げ、楓にもよく見えるようにする。


 小さなサーベルタイガーは、静かに尻尾を動かした。


 ……おっ。


 尻尾も可愛いねぇ。


 楓は指先を少し伸ばし、桜花の顔を見る。


 ……うん。


 ちゃんと許可を取ろうとしてるんだね。


「楓、優しくなら触っても大丈夫だよ」


 私がそう言うと、楓はこくりと頷いた。


 小さな手が、魔獣の額へ触れる。


 ……なで。


 ……なで。


 魔獣はおとなしく目を細めていた。


 ……ああ。


 こうして見ると、普通に猫を可愛がってるみたいだ。


 ……うん。


 平和だねぇ。


「……ふふっ」


 桜花も嬉しそうに微笑んでいる。


 ……いいねぇ。


 この子も、きっと家族に馴染んでくれる。


 ……そう思っていたら。


「リアリス様」


 桜花が、静かに私を呼んだ。


「うん?」


「その前に、巴へご報告なさった方がよろしいかと」


 ……あっ。


 そうだった。


「……あの。桜花」


「はい」


「……これ、もしかして」


 桜花は、にっこり笑った。


「……はい」


 ……うん。


 まだ何も言ってないのに。


 分かってる顔だ。


「……怒られるやつ?」


「……左様でございます」


 ……おお。


 やっぱり!?


 いや、待って。


 私、何か悪いことした!?


 困っている町を助けた。


 依頼をちゃんと終えた。


 王様から通行許可ももらった。


 ギルドにも報告した。


 ……完璧じゃない?


 ……家族への相談。


 してないね。


 ……うん。


 まったく、してない。


「……桜花、知ってた?」


「はい」


「……言ってよぉ!」


「ふふっ。先ほどから何度かお伝えしておりました」


 ……あっ。


 確かに。


 獣人国でも、巴さんに連絡した方がいいって言われた。


 ……うん。


 私が、聞き流してたんだね。


 ……これは、言い逃れできない。


 楓は、二人の顔を交互に見ている。


 ……おや。


 その目。


 何か分かってそうだね。


「楓、どうしよう」


 楓は、少し考えた。


 それから、ぽつり。


「……謝る」


 ……おお。


 正論!


 ……うん。


 そのとおりだね。


「……よし。ちゃんと話してくるよ」


 私は、そっと深呼吸した。


 ……大丈夫。


 巴さんは、優しい。


 とっても優しい。


 家族のことをいつも考えてくれている。


 ……だからこそ。


 相談もなく新しい魔獣を連れてきたら、怒るよねぇ。


 ……うん。


 覚悟を決めよう。


     ◇


 厨房からは、夕食の準備をする音が聞こえていた。


 野菜を切る音。


 鍋の蓋が触れる音。


 それから、いい匂い。


 ……ああ。


 今日も、巴さんの料理はおいしそうだなぁ。


 ……いや。


 今は、そんなことを考えてる場合じゃない。


 私は厨房の入口に立った。


 ……入ろう。


「……あのー、巴さん?」


 私が呼ぶと、巴さんが振り返った。


「あら、リアリスちゃん! おかえりなさい!」


 ……おお。


 いつもの笑顔だ。


 やっぱり、優しい。


「うん。ただいまー!」


「今日は桜花とお出かけだったのよね。楽しかった?」


「う、うん! ちょっと獣人国まで行ってきたんだ」


「あら、そうだったの。何かいいものでも見つかった?」


 ……あれ?


 すごい。


 会話が、自然に核心へ近づいてる。


 ……いやいや。


 まだ何も話してないよ?


 偶然だよね。


「……えっと。その、巴さん」


「なぁに?」


「一つ、ご報告がありまして……」


 ……うん。


 ちゃんと言おう。


 隠すことじゃないんだし。


 私は口を開いた。


 ……その瞬間。


「あら、リアリスちゃん!」


「……はい!?」


 巴さんが、にっこり笑った。


 ……えっ。


 何だろう。


 笑顔なのに、ちょっと怖い。


「今度は何を拾ってきたの!?」


 ……おお。


 バレてる。


 まだ、何も言ってないのに。


 ……さすが、お母さん。


 いやいや!


 どうして分かるの!?


「……えっ!? 何で分かったの?」


「ふふっ。リアリスちゃんがそんな顔で『ご報告があります』なんて言ったら、だいたい分かるわよ」


 ……あっ。


 そうなんだ。


 ……うん。


 私って、そんなに分かりやすいかなぁ。


 ……まあ。


 桜花にも、ずっと笑われてたし。


 ……なるほど。


 私は少しだけ肩を落とした。


「……ちょっと、猫を……」


「……猫?」


 巴さんが、目を丸くした。


「あらあら、まあまあ! 今度は猫ちゃん?」


「う、うん。獣人国で保護してきたんだ」


 ……よし。


 ちゃんと言えた。


 ……でも。


 もう少し説明しないとね。


「ジズマの近くで魔獣が出て、町の人たちが困ってたんだ。だからギルドの依頼を受けて、《テイム》して……」


 巴さんは、黙って話を聞いていた。


 ……うん。


 ここまでは大丈夫かな。


「それで、小さくして連れてきたんだ。王様から王都を歩く許可ももらったし、ギルドにも報告したよ」


「……そう」


 巴さんが、ゆっくり頷く。


 ……あれ。


 あんまり怒ってない?


 ……よかった!


 ……と思ったら。


「それで、リアリスちゃん」


「……はい」


「その子は、どこで暮らすの?」


 ……あっ。


「えっと……お屋敷で……」


「誰がお世話をするの?」


 ……うっ。


「……私が……」


「ご飯は? 寝る場所は? みんなにはもう相談した?」


 ……ああ。


 そうだった。


 可愛い相棒を見つけたくて、すっかり浮かれてた。


 でも、この子だって生きている。


 屋敷で暮らすなら、食事も寝る場所も必要だ。


 それに、ほかの家族だっている。


 ……うん。


 王様の許可より前に、家族に相談するべきだったんだ。


「……すみません。ちゃんと相談せずに連れてきちゃいました」


 私は、素直に頭を下げた。


 ……いやぁ。


 これは、完全に私が悪い。


 巴さんは小さく息をついた。


 それから、いつものように優しく笑った。


「……自覚してるなら、いいわ」


「……えっ?」


「リアリスちゃんが助けてきた子なら、きっと事情があるんでしょう。でもね、家族が増えるなら、みんなで迎える準備をしたいじゃない?」


 ……ああ。


 そっか。


 そうだよね。


 ただ連れて帰れば、それでいいわけじゃない。


 この子が安心して暮らせるようにしてあげないと。


 ……うん。


 巴さん、やっぱり優しいなぁ。


「……はい。次からは、先に相談するね」


「ふふっ。そうしてちょうだい」


 巴さんが、私の頭を軽く撫でた。


 ……あっ。


 この感じ。


 完全に、子供扱いされてる。


 ……いや。


 私、屋敷の主人なんだけど。


 ……まあ、いいか。


 巴さんには、頭が上がらないんだよねぇ。


「それで、その猫ちゃんはどこにいるの?」


「桜花が抱っこしてるよ。今は居間にいると思う」


「あら、そうなの。あとで私も会ってみたいわね」


「うん! すごく可愛いよ!」


 私は嬉しくなって頷いた。


 ……おお。


 よかったぁ。


 怒られるかと思っていたけど、ちゃんと話せば分かってくれる。


 ……いや。


 少しは怒られたんだけど。


 ……うん。


 反省しよう。


「それで、巴さん。ご飯とか寝るところとか、相談してもいいかな?」


「もちろんよ。まずは、その子がどんなものを食べるか教えてちょうだい」


「うん。肉食の魔獣なんだけど、私がちゃんと管理するし、食事の準備も手伝うよ」


「分かったわ。ほかのみんなとも相談しましょうね」


「ありがとう、巴さん!」


 ……ああ。


 やっぱり、頼りになるなぁ。


 私は、もう一度お礼を言って厨房をあとにした。


 ……ふぅ。何とか、無事に終わったね。


 ……まだ終わってないか。


 このあと、晴斗君にも相談しないと。


 ……でもその前に、みんなへきちんと紹介しよう。


 順番って、大切だねぇ。


     ◇


 居間へ戻ると、桜花と楓がソファのそばにいた。


 小さなサーベルタイガーは、桜花の膝の上でおとなしくしている。


 楓は、その頭をゆっくり撫でていた。


 ……おお。


 もうすっかり仲良しだね。


 ……いやぁ。


 楓、動物好きだったんだねぇ。


 あまり表情は変わらないけど、手つきがすごく優しい。


 ……うん。


 いい光景だ。


「桜花ー!」


「おかえりなさいませ、リアリス様」


「巴さんに、ちゃんと話してきたよ!」


「左様でございましたか」


 桜花が、ほっとしたように微笑んだ。


 ……あれ?


 そんなに心配されてたの?


「……それで、怒られちゃった」


「……ふふっ」


 ……笑ってる!


 やっぱり、分かってたんだ!


「でも、ちゃんとお世話するって約束してきたよ。寝る場所も、みんなで相談して決めようって」


「それは何よりでございます」


 桜花が頷く。


 楓も、こくり。


 ……うん。


 これで、家族の準備も進められる。


 私は、桜花の膝の上にいる小さな魔獣を見た。


 ……おお。


 この子も、何だか居心地がよさそうだね。


 元は密林にいたSランクの凶暴な魔獣なのに。


 今では、楓に撫でられながら静かにしている。


 ……うん。


 不思議なものだ。


 でも、こうして落ち着いてくれているなら、きっと晴斗君とも仲良くなれる。


 ……あっ。そうだ。


 肝心の晴斗君は、どうしてるかな。


 そろそろ稽古を終える時間だと思うんだけど。


 私は窓の外へ目を向けた。


 庭には、まだ日差しが残っている。


 木剣を持った晴斗君の姿が、少し離れた場所に見えた。


 ……おお。


 今日も頑張ったねぇ。


 ……うん。


 そんな晴斗君に、ちょっと嬉しい知らせを届けてあげたい。


 私は桜花を見た。


「ねぇ桜花。この子、晴斗君が気に入ってくれると思う?」


「ふふっ。晴斗様は猫がお好きと伺っておりますので、きっとお喜びになるかと存じます」


「だよねぇ!」


 私は思わず笑顔になった。


 ……ああ。


 楽しみだなぁ。


 昨日、Fランクのカードを見せてくれたときも、とっても嬉しそうだった。


 自分で決めて、少しずつ頑張って。


 それでも、まだ危険な世界だ。


 だからこそ、いつも一緒にいてくれる相棒がいたら、少しは安心できると思う。


 ……もちろん。


 晴斗君が嫌だと言ったら、無理に押しつけたりはしない。


 この子のお世話だって、私が責任を持つ。


 ……うん。


 そこは、ちゃんと話そう。


 私はもう一度、小さな魔獣の頭を撫でた。


「もう少しだけ、ここで待っててね」


 魔獣は、静かに私を見つめている。


 いい子だねぇ。


 さあ。


 王様の許可ももらった。


 ギルドへの報告も終わった。


 巴さんにも、ちゃんと話した。


 あとは晴斗君に、会ってもらうだけだ。


 私は、桜花と楓へ笑いかけた。


 ……何だか、今からわくわくしてきちゃうね。


 さて。


 晴斗君は、この子を見たら、どんな顔をするかな。


 ……あっ。


 そういえば。


 初めて見せるとき、ちゃんと「猫だよ」って言った方がいいよね?


 ……いや。


 いきなり「Sランクのジャイアントサーベルタイガーだよ!」って紹介したら、絶対に驚くか。


 ……うん。


 そこは、少しだけ工夫しよう。


 私は、桜花の膝の上にいる小さな猫……もとい、魔獣をもう一度眺めた。


 ……ああ。


 可愛いなぁ。


 ……よし。


 まずは「猫」から紹介しよう!


 ……それなら、きっと大丈夫だよね。

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