第4話:相棒は猫がいい
翌朝。
私は、いつもの時間に目を覚ました。
窓の外は、今日もいい天気だ。
庭の花壇には朝日が差し込み、色とりどりの花がゆっくりと揺れている。
……うん。
平和だねぇ。
私は寝台から起き上がり、軽く背伸びをした。
昨日は、晴斗君がFランク冒険者になった。
それから楓に頼んで、初めての剣の稽古もしてもらったんだよね。
……いやぁ。
帰ってきたときの晴斗君、すごかったなぁ。
汗びっしょりで、足取りもふらふら。
対する楓は、いつもとまったく変わらない顔で立っていた。
……うん。
あれが、うちの楓です。
見た目だけで判断すると、痛い目を見ることになる。
……とはいえ。
晴斗君にとっては、まだ始まったばかりだ。
昨日の結果を気にする必要はない。
初めて木剣を持った子が、あの楓に一撃入れられたら、むしろ私の方がびっくりしちゃうよ。
……そういえば。
晴斗君、今朝は大丈夫かな?
昨日あれだけ動いてたから、筋肉痛になっていてもおかしくない。
無理をしていないといいんだけど。
そんなことを考えながら、私は身支度を整えた。
……よし。
まずは朝ご飯だね!
◇
食堂へ向かうと、すでに何人かの家族が席に着いていた。
……おっ。
あれは。
「おはよう、晴斗君!」
「おはようございます! リアリスさん!」
晴斗君が、ぱっと顔を上げた。
……あれ?
元気だねぇ。
昨日あれだけ疲れてたのに、もういつもの笑顔だ。
私が席へ向かうと、晴斗君は少しだけ背筋を伸ばした。
「今日はいつもより早いね」
「はい! 何だか目が覚めちゃって」
「もしかして、昨日の稽古が楽しかった?」
「それもありますけど……。目標ができたら、何だかワクワクしちゃって!」
……おお。
いいねぇ!
その言葉を聞いて、私まで嬉しくなってしまった。
目標があると、いつもの朝も少し違って見える。
そういう気持ちは、私にもよく分かる。
……まあ、私の目標は、今ものんびり暮らすことなんだけどね。
全然のんびりできていない気もするけど。
「うんうん。それはいいことだね。でも、あまり頑張りすぎないようにね」
「はい!」
「昨日はかなり疲れてたでしょう? 身体は大丈夫?」
「大丈夫です! ……あ、少しだけ足が重いですけど」
……やっぱり。
私は思わず笑ってしまった。
「初日から頑張ったもんねぇ。今日は無理しないで、少しずつでいいんだよ」
「分かりました。楓さんにも、様子を見ながら教えてもらおうと思っています」
……おっ。
ちゃんと考えてる。
こういうところ、本当にしっかりしてるなぁ。
……あれ?
そういえば、晴斗君って。
大事なところでよく噛むけど、普段はすごく落ち着いて話すんだよね。
……何というか。
その差が、ちょっと可愛い。
昨日の「冒険者になりましゅ!」を思い出したら、また笑いそうになってしまった。
……いかんいかん。
本人は真剣なんだからね。
「お父さん、おはよう!」
「おはよう、カトレア!」
そこへ、カトレアがやって来た。
今日も元気そうだ。
カトレアは自分の席に着き、晴斗君の顔を見て微笑んだ。
「晴斗さん、昨日はお疲れさま。楓との稽古、大変だったでしょう?」
「はい。思っていたよりずっと難しかったです」
「楓、強いからね」
「本当に。僕、まったく触れられませんでした」
晴斗君が苦笑すると、カトレアも小さく笑った。
……うん。
こうして見ると、二人ともすっかりこの家での生活に馴染んだなぁ。
カトレアも、もう立派なお姉さんだ。
学校では年齢の近い子たちと過ごしているし、晴斗君とも自然に話している。
……ああ。
家族が増えて、一緒に食卓を囲む。
これって、すごく幸せなことだね。
「リアリス様、おはようございます」
「桜花、おはよう!」
今度は桜花が食堂に入ってきた。
銀色の短い髪が、朝の光を受けてきらきらしている。
桜花がいつもの席へ向かうと、ほどなくして巴さんも姿を見せた。
「みんな、おはよう! もうすぐ朝ご飯にするからね」
「はーい!」
食堂から、明るい返事が上がる。
……うん。
今日も、いつもどおりの朝だ。
並んだ料理を前に、家族みんなでいただきますをする。
晴斗君も、しっかり食べていた。
……おっ。
いい食べっぷりだねぇ。
昨日あれだけ動いたから、お腹もすいているんだろうな。
私は紅茶を一口飲みながら、何となく晴斗君を眺めた。
……冒険者、か。
昨日までは、カードを手にしたことを素直に喜んでいた。
でも、これからは少しずつ、実際の依頼を受けるようになるんだよね。
今は王都の中で情報を集めているだけだけど、いつかは町の外へ出ることになる。
……そこで、魔獣に出会ったら?
私みたいに、魔法で何でも解決できるわけじゃない。
楓に剣を教わったところで、すぐに実戦へ出せるはずもない。
……うーん。
また心配し始めちゃった。
いやいや。
昨日も本人に、安全第一って伝えたじゃないか。
晴斗君だって、無茶をするタイプには見えない。
……だけど。
万一ってことは、あるんだよね。
私は、食卓の向こうで笑っている晴斗君を見た。
……。
…………。
よし。
何か、考えておこう。
◇
朝食が終わると、晴斗君とカトレアは学校へ向かった。
モフ太も護衛として一緒だ。
赤いリボンをつけた小さな熊が、二人の後ろをちょこちょこ歩いている。
……ああ。
あの姿を見るたびに思うんだけど。
どう見ても、可愛いぬいぐるみなんだよねぇ。
あれでSランクの魔獣なんだから、この世界は本当に不思議だ。
……いや。
小さくしたのは私か。
……うん。
自分でやっておいて驚くの、もうやめよう。
「それでは、行ってきます!」
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃーい!」
二人を見送ってから、私もいつもの仕事に取りかかった。
まずは、敷地の端にある雑貨屋の見回り。
お店へ入ると、今日も紅茶やクッキーの棚を眺めるお客さんがいた。
……いいねぇ。
お店の中には、甘い焼き菓子の香りが広がっている。
店先には季節に合わせた商品も並んでいて、見ているだけでも楽しい。
私は棚の補充状況を確認して、何人かのお客さんと挨拶を交わした。
「リアリス様、おはようございます!」
「おはようございます。今日もありがとうございます!」
……うん。
すっかり、町でも顔を知られるようになったなぁ。
以前は偽名でギルドに登録して、なるべく目立たないようにしていたのに。
今では、王都を歩けば普通に声をかけられる。
……世界の英雄って、そういうものなのかな。
……まあ。
いろいろ自分でやっちゃった結果だから、仕方ないんだけどね!
私は店の様子を一通り確認すると、サロンの仕事へ向かった。
今日は予約が入っている。
美容のお仕事も、すっかりいつもの日課だ。
お客さんを迎えて、《エステ》を使い、鏡を見てもらう。
綺麗になった自分の姿を見て嬉しそうにしてもらえると、私まで嬉しくなる。
……うん。
こういう、普通の暮らしを大切にしたい。
それに、私には家族がいる。
みんなが安心して毎日を過ごせることが、何より大切なんだよね。
……あっ。
そうだ。
家族を守るっていうなら。
晴斗君のことも、もう少し考えてあげてもいいんじゃないかな?
サロンの仕事が終わったあと、私は桜花と一緒にお茶を飲みながら考えた。
「本日もお疲れさまでございました、リアリス様」
「ありがとう、桜花」
私はカップを受け取ると、ソファに腰を下ろした。
……ふぅ。
仕事のあとの紅茶は、やっぱりおいしいねぇ。
桜花は向かいに座り、静かにこちらを見ている。
「本日のご予定はいかがなさいますか?」
「うん。今日はちょっと、冒険者ギルドで相談したいことがあってね」
「冒険者ギルド、でございますか?」
「そう。お昼を食べたら向かおうと思ってるんだ」
「承知いたしました。わたくしもお供いたします」
「うん。ありがとう!」
桜花が、いつもの穏やかな笑顔で頷いた。
……ああ。
やっぱり頼りになるなぁ。
何をするにしても、桜花が隣にいてくれると安心する。
……そうなんだよ。
私には、桜花がいる。
何か困ったことがあれば相談できるし、一緒に考えてくれる。
戦いになれば、背中を預けることだってできる。
……もっとも。
今では二人とも、普通の戦いならまず困らないけど。
でも、大切なのはそこじゃない。
一人じゃないってことだ。
たとえば、雪彦君。
あの子にも、いつも一緒に行動してくれる冒険者の仲間がいる。
勇者だから強い、というだけじゃなくて、仲間と一緒に冒険しているんだよね。
……それなら。
晴斗君にも、そういう相棒がいてもいいんじゃないかな?
まだFランク。
剣の稽古も始まったばかり。
だからこそ、一緒にいてくれる相手が必要だと思う。
……うん。
考えれば考えるほど、いい案に思えてきた。
もちろん、危ない依頼を一人で受けないようにしてもらうのが大前提だけど。
何かあったときに、晴斗君を守ってくれる存在がいてくれたら、私も少し安心できる。
……あっ。
そうだよ。
モフ太がいるじゃないか。
……いや。
モフ太は、カトレアの護衛でもあるんだよね。
今は学校への行き帰りで一緒に行動することも多いけど、晴斗君が冒険者として別の場所へ向かうようになったら、いつまでも頼りきりにはできない。
それに。
モフ太自身の仕事を増やしすぎるのも、違う気がする。
……そうだねぇ。
別の、晴斗君専用の相棒がいればいいんじゃない?
しかも。
強くて。
頼りになって。
一緒にいて楽しい相棒。
……おお!
何だか、いい感じじゃない!
私は思わず、にやりと笑った。
「……リアリス様」
「……ん?」
桜花が、こちらを見ていた。
何だか、少し楽しそうな顔をしている。
「何か、またお考えのようでございますね」
「……あっ。分かっちゃう?」
「はい。たいへん楽しそうなお顔をなさっておりますので」
……あはは。
顔に出てたかぁ。
「いやぁ。ちょっとね。晴斗君に、いいことをしてあげられないかなって」
「左様でございますか」
桜花が微笑む。
……うん。
この反応。
絶対、何となく察してるよね。
私はカップを置き、もう一度考えた。
相棒を探すなら、晴斗君が喜んでくれる相手がいい。
……でも。
何が好きなんだろう?
私たちは同じ日本から来たけど、そこまではまだ詳しく聞いたことがなかった。
動物が好きかどうかも分からない。
……うん。
まずは、そこからだね。
◇
昼食の時間になり、家族が食堂へ集まってきた。
学校から戻ってきた晴斗君も、今日はいつもより少し早い足取りで席へ向かっている。
……おっ。
朝より元気になったかな。
それならよかった。
カトレアも隣で楽しそうに話していた。
……うん。
この二人、学校でもいい時間を過ごしているみたいだ。
私は料理を食べながら、さりげなく晴斗君の様子をうかがった。
……さて。
どう聞こうかな。
いきなり「ペット欲しくない?」って聞いたら、さすがに怪しまれるよね。
そもそも、まだ何も決めていないんだから。
……そうだ。
普通に聞こう。
「晴斗君、ちょっといいかな?」
「はい。何でしょう?」
「突然なんだけど、好きな動物って何かな?」
「……好きな動物、ですか?」
晴斗君が、少し首を傾げた。
……うん。
そりゃあ、不思議な質問だよね。
さっきまで普通にお昼ご飯を食べてたんだから。
「うん。日本にいた頃とか、何か好きだった動物はいる?」
「そうですね……」
晴斗君は、少し考え込んだ。
……おっ。
何だろう。
犬かな?
鳥かな?
それとも、やっぱり猫?
……いや。
まだ決めつけちゃ駄目だよね。
「……猫ですかね」
……!
「猫!」
「はい。日本にいた頃、よく猫喫茶に行ってました」
「おお! 猫喫茶!」
思わず声が大きくなってしまった。
……ああ。
いいねぇ。
猫喫茶。
日本にいた頃、私も知っていたけど、ああいう場所は何だか癒されるよね。
猫がのんびり歩いていたり。
椅子の上で丸くなって寝ていたり。
気が向いたら、近くへ寄ってきてくれたり。
……うん。
想像しただけで、ちょっと頬が緩んでしまう。
「リアリスさんも、猫がお好きなんですか?」
「好きだよ! 猫はいいよねぇ!」
「はい! 見ているだけでも癒されます」
「分かる分かる!」
……ああ。
猫好きかぁ。
何だか、私まで嬉しくなってきた。
それなら、ちょうどいい。
猫みたいな相棒だったら、晴斗君もきっと喜ぶよね。
……うん。
猫。
猫だね!
私は、うんうんと頷いた。
……そのとき。
「……リアリスさん」
「……ん?」
晴斗君が、じっとこちらを見ていた。
……あれ?
何だろう。
さっきまで楽しそうだったのに、今は少し警戒しているような。
「何か……よくないことを考えてませんか?」
「……えっ?」
……よくないこと?
……いやいや!
失礼な!
私は、晴斗君のためになることを考えてるんだよ?
「何も考えてないよ!」
私は、きっぱり答えた。
……。
…………。
……あっ。
今の、ちょっと不自然だった?
晴斗君の目が、ますます疑わしそうになった。
「……本当ですか?」
「ほんとほんと!」
私は大きく頷いた。
……うん。
嘘は言ってない。
……いや。
何も考えてないっていうのは、嘘か。
でも、悪いことは考えてないもんね!
……ということにしておこう。
隣を見ると、桜花が口元を押さえていた。
……あれ?
「桜花?」
「……いえ、何でもございません」
……いやいや。
絶対、笑ってるよね?
しかも、かなり我慢してるよね?
晴斗君の視線が、私と桜花の間を行ったり来たりしている。
「……お二人とも、何か隠してますよね?」
「……あはは!」
つい、笑ってしまった。
……うん。
こうなると、もう駄目だね。
私は紅茶を一口飲み、何でもない顔をして話題を変えた。
「そうだ。晴斗君、今日はまた楓と稽古するんでしょう?」
「あっ、はい! 午後もお願いしています」
「そっかそっか。無理しないようにね!」
「はい!」
……よし。
何とか切り抜けた。
……たぶん。
晴斗君は、まだ少し納得していない様子だったけど。
……まあ。
結果を見れば、分かってくれるでしょう。
……うん。
たぶん、喜んでくれるはずだしね!
◇
昼食を終えると、晴斗君は庭へ向かった。
今日も楓との稽古だ。
窓から見える晴斗君は、昨日より少しだけ慎重に木剣を構えている。
……おお。
昨日のことを、ちゃんと覚えてるみたいだね。
一方の楓は、相変わらず無表情。
……うん。
今日も楓先生、よろしくお願いします!
その少し離れたところでは、カトレアが花壇の世話をしていた。
隣にはモフ太。
小さな身体で、きちんとカトレアのそばにいる。
……ああ。
あの二人も、すっかり仲良しだねぇ。
カトレアが水やりをしていると、モフ太は花壇の端に座って静かに見守っていた。
……うん。
頼もしい護衛だ。
……だからこそ。
晴斗君にも、ああいう存在がいてほしいんだよね。
ただ。
普通の猫を連れて行ったって、魔獣から守ってもらうことはできない。
可愛いだけじゃ、駄目なんだ。
……うーん。
でも、猫が好きなんだよねぇ。
だったら、強い猫がいればいい。
……うん。
そんな都合のいい相手、この世界にいるのかな?
私は、ふと食堂の方へ目を向けた。
……あっ。
そうだ。
ちょうど、いい人がいるじゃないか!
そこには、お昼を食べ終えて紅茶を飲んでいるアンナの姿があった。
シルク王国の学校で先生をしている、アンナだ。
……そして。
この世界のことなら、ほとんど何でも知っている。
以前、私がアンナに頼んで、ステラの知識を持たせたからね。
……うん。
考えてみれば、こういうときに頼らない手はない。
「アンナー。ちょっといいかな?」
私は、アンナの隣へ向かった。
アンナはカップを置き、きちんとこちらを向いた。
「はい、リアリス様。いかがなさいましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「何でしょう?」
「この世界に、猫みたいな魔獣っている?」
……。
アンナが、少しだけ首を傾げた。
……あれ?
何か変なこと聞いたかな?
「……猫の魔獣、でございますか?」
「そうそう! できれば強いのがいいなぁ」
「強い、でございますか」
……うん。
言葉にすると、ちょっと変だね。
可愛い猫を探しているのに、強さを気にしているんだから。
でも、今回は護衛が目的だからね。
私は少し身を乗り出した。
「Sランクくらいの猫か、猫科の動物に似た魔獣はいないかな?」
「……Sランク、でございますか」
アンナが、わずかに目を細めた。
……おっ。
何だか、先生に授業中の質問をしている気分だ。
ちょっと懐かしい。
「唐突でございますね、リアリス様」
「……あはは。そうかな?」
「はい。一般に、Sランクの魔獣は、気軽に飼うことを考えるような存在ではございませんので」
……あっ。
いや、飼うって言っちゃった。
まだ説明してないのに。
……さすがアンナ。
話が早いなぁ。
「まあ、そこは私が何とかするよ。今は、そういう魔獣がいるか知りたいんだ」
「承知いたしました」
アンナは、少し考えるように視線を伏せた。
「猫そのものの姿でSランクというものは、確認されておりません。ただし、猫科の大型肉食獣に近い魔獣であれば、一種ございます」
「……おお!」
いた!
いるんだ!
「さすがアンナ! その魔獣って何ていうの?」
「ジャイアントサーベルタイガーでございます」
「……サーベルタイガー!」
私は思わず声を上げた。
……おおお!
サーベルタイガー!
あの、長い牙が特徴的な、大昔の虎みたいな動物だよね?
確か、日本の図鑑か何かで見たことがある。
……いいねぇ!
いかにも強そうだ!
「大きさは、どのくらい?」
「成獣ですと、体長は五メートルほどになります」
「……五メートル」
……おお。
でっかいねぇ。
普通の猫とは、だいぶ違う。
……いや。
そもそも、サーベルタイガーだからね。
でも、五メートルかぁ。
そのままだと、屋敷の廊下なんか通れないよね。
……うん。
そこは、何とかできるかな。
「ちなみに、強いんだよね?」
「はい。Sランクに分類されます。極めて攻撃性が高く、ほかの大型魔獣を捕食することもございます」
「……へぇー」
「知能は高く、人の言葉を理解いたしますが、交渉は困難とされています」
「……なるほど」
……うん。
そのまま連れてきたら、絶対に駄目なやつだね。
でも、そこは私だって分かっている。
晴斗君へ危ない魔獣を渡すなんて、そんなことはしない。
ちゃんと安全を確認してからじゃないとね。
……まあ。
相手がどれだけ強くても、私と桜花がいるなら何とかできると思う。
それに、モフ太だって今ではすっかり家族だ。
昔の姿を知っている人が見たら、今の赤いリボン姿に驚くだろうなぁ。
……うん。
そう考えると、案外いけるんじゃない?
「そのサーベルタイガーって、どこにいるのかな?」
「獣人国の南部に広がる密林地帯に生息しております」
「……獣人国の南の密林!」
おお。
何だか、それっぽい!
大きな虎みたいな魔獣が、密林に住んでいる。
……うん。
想像しやすいねぇ。
「ありがとう、アンナ! すごく助かったよ!」
「お役に立てたのでしたら、何よりでございます」
アンナが、丁寧に頭を下げた。
……よし。
目当ての相手は、見つかった。
……いや。
まだ、情報が見つかっただけか。
実際にいるかどうかも、何ができるかも、見てみないと分からない。
それに、Sランクの魔獣なら、もしかするとギルドに依頼が出ているかもしれない。
……だったら。
まずは、そこから確認するのが筋だよね。
勝手に捕まえて連れて帰るわけにもいかないし。
……うん。
我ながら、ちゃんと考えてるじゃない!
……。
…………。
……あれ?
桜花が、少し離れたところでこちらを見ている。
何だか、ずいぶん楽しそうな顔だ。
「……桜花?」
「はい、リアリス様」
「聞いてた?」
「はい。よく聞こえておりました」
……あはは。
そりゃそうだよね。
私、さっきからサーベルタイガーって大きな声で言ってたもん。
「……どう思う?」
私が尋ねると、桜花は少し考えた。
「リアリス様がきちんと安全を確かめられるのでしたら、よろしいかと存じます」
「おお! そうだよね!」
「ただし、相手はSランクの魔獣でございます。晴斗様へお引き合わせする前に、確認すべきことは多いかと」
「……うん。それはもちろん!」
私は頷いた。
……そう。
可愛いからって、勢いだけで連れてくるわけにはいかない。
相手が魔獣なら、なおさらだ。
晴斗君にも、屋敷の家族にも、町の人たちにも、迷惑をかけないようにしないとね。
……うん。
大丈夫。
ちゃんと順番にやればいい。
……あっ。
でも、その前に。
晴斗君、どんな顔するかなぁ。
小さな猫が好きだって言ってたし。
もし可愛い相棒が増えたら、きっと喜んでくれるよね。
……ああ。
楽しみだなぁ!
「リアリス様」
「……ん?」
桜花が、にっこり微笑んだ。
「また、随分と楽しそうなお顔をなさっておりますね」
「……あっ」
……やっぱり。
顔に出てるみたいだねぇ。
◇
「よし、桜花!」
「はい」
「獣人国の冒険者ギルドへ行ってみよう! ジャイアントサーベルタイガーの依頼がないか確認したいんだ」
「かしこまりました」
桜花は、迷う様子もなく頷いた。
……ああ。
本当に頼もしい。
私たちは身支度を整え、庭へ出た。
午後の日差しが、花壇の上に柔らかく降り注いでいる。
少し離れたところでは、カトレアがモフ太と一緒に花の世話をしていた。
……おっ。
今日も仲良くやってるねぇ。
その向こうでは、晴斗君と楓がまだ稽古を続けている。
晴斗君が木剣を振る。
楓が、すっと身体を動かす。
……そして。
空振り。
……うん。
昨日から、あまり変わってないように見えるね。
……でも。
晴斗君は、さっきより少し足の運び方を気にしているみたいだ。
……おお。
ほんの少しでも、考えて動くようになったんだ。
そういう積み重ね、大事だよね。
「カトレアー! 晴斗君ー!」
私は少し大きめの声で呼びかけた。
二人が、こちらを見る。
「ちょっと桜花と出かけてくるねー!」
「はーい! いってらっしゃーい!」
カトレアが元気よく手を振った。
晴斗君も木剣を下ろし、こちらへ顔を向ける。
「いってらっしゃいです!」
……あっ。
ちょっと息が上がってるね。
無理してないかな?
私は、つい口を開いた。
「晴斗君、あんまり頑張りすぎないでねー!」
「はい! ありがとうございます!」
返事は、しっかりしていた。
……うん。
なら大丈夫かな。
楓も、無言で小さく頷いてくれた。
私はその様子を見てから、桜花の方へ向き直った。
「じゃあ、行こうか!」
「はい、リアリス様」
……よし。
まずは依頼の確認。
もし運よく見つかったら、その先は実物を見て考えよう。
……ああ。
どんな魔獣なんだろう。
五メートルの大きな虎。
長い牙。
Sランク。
……。
…………。
……いや。
こうして並べると、猫っていうより、かなり危険な魔獣じゃない?
……うん。
そこは、分かってる。
分かってるんだけど。
何だか、わくわくしてきちゃった。
私は桜花に目配せし、行き先を思い浮かべた。
「《転移》」
一瞬で景色が切り替わる。
見慣れた屋敷の庭から、獣人国の町並みへ。
通りにはさまざまな獣人たちが行き交い、賑やかな声が響いていた。
……おお。
久しぶりだねぇ。
私は桜花と並んで、通りの先を見た。
目指すのは、冒険者ギルド。
ジャイアントサーベルタイガーの依頼があるかどうか、まずは聞いてみよう。
……うん。
晴斗君。
いい相棒、見つかるといいね。
……まあ。
猫のつもりで、Sランクの巨大な虎を探しに来ていることは。
……まだ、言わないでおこうか。
今話したら、絶対に止められそうだしね。




