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第4話:相棒は猫がいい

 翌朝。


 私は、いつもの時間に目を覚ました。


 窓の外は、今日もいい天気だ。


 庭の花壇には朝日が差し込み、色とりどりの花がゆっくりと揺れている。


 ……うん。


 平和だねぇ。


 私は寝台から起き上がり、軽く背伸びをした。


 昨日は、晴斗君がFランク冒険者になった。


 それから楓に頼んで、初めての剣の稽古もしてもらったんだよね。


 ……いやぁ。


 帰ってきたときの晴斗君、すごかったなぁ。


 汗びっしょりで、足取りもふらふら。


 対する楓は、いつもとまったく変わらない顔で立っていた。


 ……うん。


 あれが、うちの楓です。


 見た目だけで判断すると、痛い目を見ることになる。


 ……とはいえ。


 晴斗君にとっては、まだ始まったばかりだ。


 昨日の結果を気にする必要はない。


 初めて木剣を持った子が、あの楓に一撃入れられたら、むしろ私の方がびっくりしちゃうよ。


 ……そういえば。


 晴斗君、今朝は大丈夫かな?


 昨日あれだけ動いてたから、筋肉痛になっていてもおかしくない。


 無理をしていないといいんだけど。


 そんなことを考えながら、私は身支度を整えた。


 ……よし。


 まずは朝ご飯だね!


     ◇


 食堂へ向かうと、すでに何人かの家族が席に着いていた。


 ……おっ。


 あれは。


「おはよう、晴斗君!」


「おはようございます! リアリスさん!」


 晴斗君が、ぱっと顔を上げた。


 ……あれ?


 元気だねぇ。


 昨日あれだけ疲れてたのに、もういつもの笑顔だ。


 私が席へ向かうと、晴斗君は少しだけ背筋を伸ばした。


「今日はいつもより早いね」


「はい! 何だか目が覚めちゃって」


「もしかして、昨日の稽古が楽しかった?」


「それもありますけど……。目標ができたら、何だかワクワクしちゃって!」


 ……おお。


 いいねぇ!


 その言葉を聞いて、私まで嬉しくなってしまった。


 目標があると、いつもの朝も少し違って見える。


 そういう気持ちは、私にもよく分かる。


 ……まあ、私の目標は、今ものんびり暮らすことなんだけどね。


 全然のんびりできていない気もするけど。


「うんうん。それはいいことだね。でも、あまり頑張りすぎないようにね」


「はい!」


「昨日はかなり疲れてたでしょう? 身体は大丈夫?」


「大丈夫です! ……あ、少しだけ足が重いですけど」


 ……やっぱり。


 私は思わず笑ってしまった。


「初日から頑張ったもんねぇ。今日は無理しないで、少しずつでいいんだよ」


「分かりました。楓さんにも、様子を見ながら教えてもらおうと思っています」


 ……おっ。


 ちゃんと考えてる。


 こういうところ、本当にしっかりしてるなぁ。


 ……あれ?


 そういえば、晴斗君って。


 大事なところでよく噛むけど、普段はすごく落ち着いて話すんだよね。


 ……何というか。


 その差が、ちょっと可愛い。


 昨日の「冒険者になりましゅ!」を思い出したら、また笑いそうになってしまった。


 ……いかんいかん。


 本人は真剣なんだからね。


「お父さん、おはよう!」


「おはよう、カトレア!」


 そこへ、カトレアがやって来た。


 今日も元気そうだ。


 カトレアは自分の席に着き、晴斗君の顔を見て微笑んだ。


「晴斗さん、昨日はお疲れさま。楓との稽古、大変だったでしょう?」


「はい。思っていたよりずっと難しかったです」


「楓、強いからね」


「本当に。僕、まったく触れられませんでした」


 晴斗君が苦笑すると、カトレアも小さく笑った。


 ……うん。


 こうして見ると、二人ともすっかりこの家での生活に馴染んだなぁ。


 カトレアも、もう立派なお姉さんだ。


 学校では年齢の近い子たちと過ごしているし、晴斗君とも自然に話している。


 ……ああ。


 家族が増えて、一緒に食卓を囲む。


 これって、すごく幸せなことだね。


「リアリス様、おはようございます」


「桜花、おはよう!」


 今度は桜花が食堂に入ってきた。


 銀色の短い髪が、朝の光を受けてきらきらしている。


 桜花がいつもの席へ向かうと、ほどなくして巴さんも姿を見せた。


「みんな、おはよう! もうすぐ朝ご飯にするからね」


「はーい!」


 食堂から、明るい返事が上がる。


 ……うん。


 今日も、いつもどおりの朝だ。


 並んだ料理を前に、家族みんなでいただきますをする。


 晴斗君も、しっかり食べていた。


 ……おっ。


 いい食べっぷりだねぇ。


 昨日あれだけ動いたから、お腹もすいているんだろうな。


 私は紅茶を一口飲みながら、何となく晴斗君を眺めた。


 ……冒険者、か。


 昨日までは、カードを手にしたことを素直に喜んでいた。


 でも、これからは少しずつ、実際の依頼を受けるようになるんだよね。


 今は王都の中で情報を集めているだけだけど、いつかは町の外へ出ることになる。


 ……そこで、魔獣に出会ったら?


 私みたいに、魔法で何でも解決できるわけじゃない。


 楓に剣を教わったところで、すぐに実戦へ出せるはずもない。


 ……うーん。


 また心配し始めちゃった。


 いやいや。


 昨日も本人に、安全第一って伝えたじゃないか。


 晴斗君だって、無茶をするタイプには見えない。


 ……だけど。


 万一ってことは、あるんだよね。


 私は、食卓の向こうで笑っている晴斗君を見た。


 ……。


 …………。


 よし。


 何か、考えておこう。


     ◇


 朝食が終わると、晴斗君とカトレアは学校へ向かった。


 モフ太も護衛として一緒だ。


 赤いリボンをつけた小さな熊が、二人の後ろをちょこちょこ歩いている。


 ……ああ。


 あの姿を見るたびに思うんだけど。


 どう見ても、可愛いぬいぐるみなんだよねぇ。


 あれでSランクの魔獣なんだから、この世界は本当に不思議だ。


 ……いや。


 小さくしたのは私か。


 ……うん。


 自分でやっておいて驚くの、もうやめよう。


「それでは、行ってきます!」


「行ってきまーす!」


「いってらっしゃーい!」


 二人を見送ってから、私もいつもの仕事に取りかかった。


 まずは、敷地の端にある雑貨屋の見回り。


 お店へ入ると、今日も紅茶やクッキーの棚を眺めるお客さんがいた。


 ……いいねぇ。


 お店の中には、甘い焼き菓子の香りが広がっている。


 店先には季節に合わせた商品も並んでいて、見ているだけでも楽しい。


 私は棚の補充状況を確認して、何人かのお客さんと挨拶を交わした。


「リアリス様、おはようございます!」


「おはようございます。今日もありがとうございます!」


 ……うん。


 すっかり、町でも顔を知られるようになったなぁ。


 以前は偽名でギルドに登録して、なるべく目立たないようにしていたのに。


 今では、王都を歩けば普通に声をかけられる。


 ……世界の英雄って、そういうものなのかな。


 ……まあ。


 いろいろ自分でやっちゃった結果だから、仕方ないんだけどね!


 私は店の様子を一通り確認すると、サロンの仕事へ向かった。


 今日は予約が入っている。


 美容のお仕事も、すっかりいつもの日課だ。


 お客さんを迎えて、《エステ》を使い、鏡を見てもらう。


 綺麗になった自分の姿を見て嬉しそうにしてもらえると、私まで嬉しくなる。


 ……うん。


 こういう、普通の暮らしを大切にしたい。


 それに、私には家族がいる。


 みんなが安心して毎日を過ごせることが、何より大切なんだよね。


 ……あっ。


 そうだ。


 家族を守るっていうなら。


 晴斗君のことも、もう少し考えてあげてもいいんじゃないかな?


 サロンの仕事が終わったあと、私は桜花と一緒にお茶を飲みながら考えた。


「本日もお疲れさまでございました、リアリス様」


「ありがとう、桜花」


 私はカップを受け取ると、ソファに腰を下ろした。


 ……ふぅ。


 仕事のあとの紅茶は、やっぱりおいしいねぇ。


 桜花は向かいに座り、静かにこちらを見ている。


「本日のご予定はいかがなさいますか?」


「うん。今日はちょっと、冒険者ギルドで相談したいことがあってね」


「冒険者ギルド、でございますか?」


「そう。お昼を食べたら向かおうと思ってるんだ」


「承知いたしました。わたくしもお供いたします」


「うん。ありがとう!」


 桜花が、いつもの穏やかな笑顔で頷いた。


 ……ああ。


 やっぱり頼りになるなぁ。


 何をするにしても、桜花が隣にいてくれると安心する。


 ……そうなんだよ。


 私には、桜花がいる。


 何か困ったことがあれば相談できるし、一緒に考えてくれる。


 戦いになれば、背中を預けることだってできる。


 ……もっとも。


 今では二人とも、普通の戦いならまず困らないけど。


 でも、大切なのはそこじゃない。


 一人じゃないってことだ。


 たとえば、雪彦君。


 あの子にも、いつも一緒に行動してくれる冒険者の仲間がいる。


 勇者だから強い、というだけじゃなくて、仲間と一緒に冒険しているんだよね。


 ……それなら。


 晴斗君にも、そういう相棒がいてもいいんじゃないかな?


 まだFランク。


 剣の稽古も始まったばかり。


 だからこそ、一緒にいてくれる相手が必要だと思う。


 ……うん。


 考えれば考えるほど、いい案に思えてきた。


 もちろん、危ない依頼を一人で受けないようにしてもらうのが大前提だけど。


 何かあったときに、晴斗君を守ってくれる存在がいてくれたら、私も少し安心できる。


 ……あっ。


 そうだよ。


 モフ太がいるじゃないか。


 ……いや。


 モフ太は、カトレアの護衛でもあるんだよね。


 今は学校への行き帰りで一緒に行動することも多いけど、晴斗君が冒険者として別の場所へ向かうようになったら、いつまでも頼りきりにはできない。


 それに。


 モフ太自身の仕事を増やしすぎるのも、違う気がする。


 ……そうだねぇ。


 別の、晴斗君専用の相棒がいればいいんじゃない?


 しかも。


 強くて。


 頼りになって。


 一緒にいて楽しい相棒。


 ……おお!


 何だか、いい感じじゃない!


 私は思わず、にやりと笑った。


「……リアリス様」


「……ん?」


 桜花が、こちらを見ていた。


 何だか、少し楽しそうな顔をしている。


「何か、またお考えのようでございますね」


「……あっ。分かっちゃう?」


「はい。たいへん楽しそうなお顔をなさっておりますので」


 ……あはは。


 顔に出てたかぁ。


「いやぁ。ちょっとね。晴斗君に、いいことをしてあげられないかなって」


「左様でございますか」


 桜花が微笑む。


 ……うん。


 この反応。


 絶対、何となく察してるよね。


 私はカップを置き、もう一度考えた。


 相棒を探すなら、晴斗君が喜んでくれる相手がいい。


 ……でも。


 何が好きなんだろう?


 私たちは同じ日本から来たけど、そこまではまだ詳しく聞いたことがなかった。


 動物が好きかどうかも分からない。


 ……うん。


 まずは、そこからだね。


     ◇


 昼食の時間になり、家族が食堂へ集まってきた。


 学校から戻ってきた晴斗君も、今日はいつもより少し早い足取りで席へ向かっている。


 ……おっ。


 朝より元気になったかな。


 それならよかった。


 カトレアも隣で楽しそうに話していた。


 ……うん。


 この二人、学校でもいい時間を過ごしているみたいだ。


 私は料理を食べながら、さりげなく晴斗君の様子をうかがった。


 ……さて。


 どう聞こうかな。


 いきなり「ペット欲しくない?」って聞いたら、さすがに怪しまれるよね。


 そもそも、まだ何も決めていないんだから。


 ……そうだ。


 普通に聞こう。


「晴斗君、ちょっといいかな?」


「はい。何でしょう?」


「突然なんだけど、好きな動物って何かな?」


「……好きな動物、ですか?」


 晴斗君が、少し首を傾げた。


 ……うん。


 そりゃあ、不思議な質問だよね。


 さっきまで普通にお昼ご飯を食べてたんだから。


「うん。日本にいた頃とか、何か好きだった動物はいる?」


「そうですね……」


 晴斗君は、少し考え込んだ。


 ……おっ。


 何だろう。


 犬かな?


 鳥かな?


 それとも、やっぱり猫?


 ……いや。


 まだ決めつけちゃ駄目だよね。


「……猫ですかね」


 ……!


「猫!」


「はい。日本にいた頃、よく猫喫茶に行ってました」


「おお! 猫喫茶!」


 思わず声が大きくなってしまった。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 猫喫茶。


 日本にいた頃、私も知っていたけど、ああいう場所は何だか癒されるよね。


 猫がのんびり歩いていたり。


 椅子の上で丸くなって寝ていたり。


 気が向いたら、近くへ寄ってきてくれたり。


 ……うん。


 想像しただけで、ちょっと頬が緩んでしまう。


「リアリスさんも、猫がお好きなんですか?」


「好きだよ! 猫はいいよねぇ!」


「はい! 見ているだけでも癒されます」


「分かる分かる!」


 ……ああ。


 猫好きかぁ。


 何だか、私まで嬉しくなってきた。


 それなら、ちょうどいい。


 猫みたいな相棒だったら、晴斗君もきっと喜ぶよね。


 ……うん。


 猫。


 猫だね!


 私は、うんうんと頷いた。


 ……そのとき。


「……リアリスさん」


「……ん?」


 晴斗君が、じっとこちらを見ていた。


 ……あれ?


 何だろう。


 さっきまで楽しそうだったのに、今は少し警戒しているような。


「何か……よくないことを考えてませんか?」


「……えっ?」


 ……よくないこと?


 ……いやいや!


 失礼な!


 私は、晴斗君のためになることを考えてるんだよ?


「何も考えてないよ!」


 私は、きっぱり答えた。


 ……。


 …………。


 ……あっ。


 今の、ちょっと不自然だった?


 晴斗君の目が、ますます疑わしそうになった。


「……本当ですか?」


「ほんとほんと!」


 私は大きく頷いた。


 ……うん。


 嘘は言ってない。


 ……いや。


 何も考えてないっていうのは、嘘か。


 でも、悪いことは考えてないもんね!


 ……ということにしておこう。


 隣を見ると、桜花が口元を押さえていた。


 ……あれ?


「桜花?」


「……いえ、何でもございません」


 ……いやいや。


 絶対、笑ってるよね?


 しかも、かなり我慢してるよね?


 晴斗君の視線が、私と桜花の間を行ったり来たりしている。


「……お二人とも、何か隠してますよね?」


「……あはは!」


 つい、笑ってしまった。


 ……うん。


 こうなると、もう駄目だね。


 私は紅茶を一口飲み、何でもない顔をして話題を変えた。


「そうだ。晴斗君、今日はまた楓と稽古するんでしょう?」


「あっ、はい! 午後もお願いしています」


「そっかそっか。無理しないようにね!」


「はい!」


 ……よし。


 何とか切り抜けた。


 ……たぶん。


 晴斗君は、まだ少し納得していない様子だったけど。


 ……まあ。


 結果を見れば、分かってくれるでしょう。


 ……うん。


 たぶん、喜んでくれるはずだしね!


     ◇


 昼食を終えると、晴斗君は庭へ向かった。


 今日も楓との稽古だ。


 窓から見える晴斗君は、昨日より少しだけ慎重に木剣を構えている。


 ……おお。


 昨日のことを、ちゃんと覚えてるみたいだね。


 一方の楓は、相変わらず無表情。


 ……うん。


 今日も楓先生、よろしくお願いします!


 その少し離れたところでは、カトレアが花壇の世話をしていた。


 隣にはモフ太。


 小さな身体で、きちんとカトレアのそばにいる。


 ……ああ。


 あの二人も、すっかり仲良しだねぇ。


 カトレアが水やりをしていると、モフ太は花壇の端に座って静かに見守っていた。


 ……うん。


 頼もしい護衛だ。


 ……だからこそ。


 晴斗君にも、ああいう存在がいてほしいんだよね。


 ただ。


 普通の猫を連れて行ったって、魔獣から守ってもらうことはできない。


 可愛いだけじゃ、駄目なんだ。


 ……うーん。


 でも、猫が好きなんだよねぇ。


 だったら、強い猫がいればいい。


 ……うん。


 そんな都合のいい相手、この世界にいるのかな?


 私は、ふと食堂の方へ目を向けた。


 ……あっ。


 そうだ。


 ちょうど、いい人がいるじゃないか!


 そこには、お昼を食べ終えて紅茶を飲んでいるアンナの姿があった。


 シルク王国の学校で先生をしている、アンナだ。


 ……そして。


 この世界のことなら、ほとんど何でも知っている。


 以前、私がアンナに頼んで、ステラの知識を持たせたからね。


 ……うん。


 考えてみれば、こういうときに頼らない手はない。


「アンナー。ちょっといいかな?」


 私は、アンナの隣へ向かった。


 アンナはカップを置き、きちんとこちらを向いた。


「はい、リアリス様。いかがなさいましたか?」


「ちょっと聞きたいことがあってね」


「何でしょう?」


「この世界に、猫みたいな魔獣っている?」


 ……。


 アンナが、少しだけ首を傾げた。


 ……あれ?


 何か変なこと聞いたかな?


「……猫の魔獣、でございますか?」


「そうそう! できれば強いのがいいなぁ」


「強い、でございますか」


 ……うん。


 言葉にすると、ちょっと変だね。


 可愛い猫を探しているのに、強さを気にしているんだから。


 でも、今回は護衛が目的だからね。


 私は少し身を乗り出した。


「Sランクくらいの猫か、猫科の動物に似た魔獣はいないかな?」


「……Sランク、でございますか」


 アンナが、わずかに目を細めた。


 ……おっ。


 何だか、先生に授業中の質問をしている気分だ。


 ちょっと懐かしい。


「唐突でございますね、リアリス様」


「……あはは。そうかな?」


「はい。一般に、Sランクの魔獣は、気軽に飼うことを考えるような存在ではございませんので」


 ……あっ。


 いや、飼うって言っちゃった。


 まだ説明してないのに。


 ……さすがアンナ。


 話が早いなぁ。


「まあ、そこは私が何とかするよ。今は、そういう魔獣がいるか知りたいんだ」


「承知いたしました」


 アンナは、少し考えるように視線を伏せた。


「猫そのものの姿でSランクというものは、確認されておりません。ただし、猫科の大型肉食獣に近い魔獣であれば、一種ございます」


「……おお!」


 いた!


 いるんだ!


「さすがアンナ! その魔獣って何ていうの?」


「ジャイアントサーベルタイガーでございます」


「……サーベルタイガー!」


 私は思わず声を上げた。


 ……おおお!


 サーベルタイガー!


 あの、長い牙が特徴的な、大昔の虎みたいな動物だよね?


 確か、日本の図鑑か何かで見たことがある。


 ……いいねぇ!


 いかにも強そうだ!


「大きさは、どのくらい?」


「成獣ですと、体長は五メートルほどになります」


「……五メートル」


 ……おお。


 でっかいねぇ。


 普通の猫とは、だいぶ違う。


 ……いや。


 そもそも、サーベルタイガーだからね。


 でも、五メートルかぁ。


 そのままだと、屋敷の廊下なんか通れないよね。


 ……うん。


 そこは、何とかできるかな。


「ちなみに、強いんだよね?」


「はい。Sランクに分類されます。極めて攻撃性が高く、ほかの大型魔獣を捕食することもございます」


「……へぇー」


「知能は高く、人の言葉を理解いたしますが、交渉は困難とされています」


「……なるほど」


 ……うん。


 そのまま連れてきたら、絶対に駄目なやつだね。


 でも、そこは私だって分かっている。


 晴斗君へ危ない魔獣を渡すなんて、そんなことはしない。


 ちゃんと安全を確認してからじゃないとね。


 ……まあ。


 相手がどれだけ強くても、私と桜花がいるなら何とかできると思う。


 それに、モフ太だって今ではすっかり家族だ。


 昔の姿を知っている人が見たら、今の赤いリボン姿に驚くだろうなぁ。


 ……うん。


 そう考えると、案外いけるんじゃない?


「そのサーベルタイガーって、どこにいるのかな?」


「獣人国の南部に広がる密林地帯に生息しております」


「……獣人国の南の密林!」


 おお。


 何だか、それっぽい!


 大きな虎みたいな魔獣が、密林に住んでいる。


 ……うん。


 想像しやすいねぇ。


「ありがとう、アンナ! すごく助かったよ!」


「お役に立てたのでしたら、何よりでございます」


 アンナが、丁寧に頭を下げた。


 ……よし。


 目当ての相手は、見つかった。


 ……いや。


 まだ、情報が見つかっただけか。


 実際にいるかどうかも、何ができるかも、見てみないと分からない。


 それに、Sランクの魔獣なら、もしかするとギルドに依頼が出ているかもしれない。


 ……だったら。


 まずは、そこから確認するのが筋だよね。


 勝手に捕まえて連れて帰るわけにもいかないし。


 ……うん。


 我ながら、ちゃんと考えてるじゃない!


 ……。


 …………。


 ……あれ?


 桜花が、少し離れたところでこちらを見ている。


 何だか、ずいぶん楽しそうな顔だ。


「……桜花?」


「はい、リアリス様」


「聞いてた?」


「はい。よく聞こえておりました」


 ……あはは。


 そりゃそうだよね。


 私、さっきからサーベルタイガーって大きな声で言ってたもん。


「……どう思う?」


 私が尋ねると、桜花は少し考えた。


「リアリス様がきちんと安全を確かめられるのでしたら、よろしいかと存じます」


「おお! そうだよね!」


「ただし、相手はSランクの魔獣でございます。晴斗様へお引き合わせする前に、確認すべきことは多いかと」


「……うん。それはもちろん!」


 私は頷いた。


 ……そう。


 可愛いからって、勢いだけで連れてくるわけにはいかない。


 相手が魔獣なら、なおさらだ。


 晴斗君にも、屋敷の家族にも、町の人たちにも、迷惑をかけないようにしないとね。


 ……うん。


 大丈夫。


 ちゃんと順番にやればいい。


 ……あっ。


 でも、その前に。


 晴斗君、どんな顔するかなぁ。


 小さな猫が好きだって言ってたし。


 もし可愛い相棒が増えたら、きっと喜んでくれるよね。


 ……ああ。


 楽しみだなぁ!


「リアリス様」


「……ん?」


 桜花が、にっこり微笑んだ。


「また、随分と楽しそうなお顔をなさっておりますね」


「……あっ」


 ……やっぱり。


 顔に出てるみたいだねぇ。


     ◇


「よし、桜花!」


「はい」


「獣人国の冒険者ギルドへ行ってみよう! ジャイアントサーベルタイガーの依頼がないか確認したいんだ」


「かしこまりました」


 桜花は、迷う様子もなく頷いた。


 ……ああ。


 本当に頼もしい。


 私たちは身支度を整え、庭へ出た。


 午後の日差しが、花壇の上に柔らかく降り注いでいる。


 少し離れたところでは、カトレアがモフ太と一緒に花の世話をしていた。


 ……おっ。


 今日も仲良くやってるねぇ。


 その向こうでは、晴斗君と楓がまだ稽古を続けている。


 晴斗君が木剣を振る。


 楓が、すっと身体を動かす。


 ……そして。


 空振り。


 ……うん。


 昨日から、あまり変わってないように見えるね。


 ……でも。


 晴斗君は、さっきより少し足の運び方を気にしているみたいだ。


 ……おお。


 ほんの少しでも、考えて動くようになったんだ。


 そういう積み重ね、大事だよね。


「カトレアー! 晴斗君ー!」


 私は少し大きめの声で呼びかけた。


 二人が、こちらを見る。


「ちょっと桜花と出かけてくるねー!」


「はーい! いってらっしゃーい!」


 カトレアが元気よく手を振った。


 晴斗君も木剣を下ろし、こちらへ顔を向ける。


「いってらっしゃいです!」


 ……あっ。


 ちょっと息が上がってるね。


 無理してないかな?


 私は、つい口を開いた。


「晴斗君、あんまり頑張りすぎないでねー!」


「はい! ありがとうございます!」


 返事は、しっかりしていた。


 ……うん。


 なら大丈夫かな。


 楓も、無言で小さく頷いてくれた。


 私はその様子を見てから、桜花の方へ向き直った。


「じゃあ、行こうか!」


「はい、リアリス様」


 ……よし。


 まずは依頼の確認。


 もし運よく見つかったら、その先は実物を見て考えよう。


 ……ああ。


 どんな魔獣なんだろう。


 五メートルの大きな虎。


 長い牙。


 Sランク。


 ……。


 …………。


 ……いや。


 こうして並べると、猫っていうより、かなり危険な魔獣じゃない?


 ……うん。


 そこは、分かってる。


 分かってるんだけど。


 何だか、わくわくしてきちゃった。


 私は桜花に目配せし、行き先を思い浮かべた。


「《転移》」


 一瞬で景色が切り替わる。


 見慣れた屋敷の庭から、獣人国の町並みへ。


 通りにはさまざまな獣人たちが行き交い、賑やかな声が響いていた。


 ……おお。


 久しぶりだねぇ。


 私は桜花と並んで、通りの先を見た。


 目指すのは、冒険者ギルド。


 ジャイアントサーベルタイガーの依頼があるかどうか、まずは聞いてみよう。


 ……うん。


 晴斗君。


 いい相棒、見つかるといいね。


 ……まあ。


 猫のつもりで、Sランクの巨大な虎を探しに来ていることは。


 ……まだ、言わないでおこうか。


 今話したら、絶対に止められそうだしね。

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