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第9話:番外編!桜花、新たな剣技

 雪彦君、元気そうでよかったなぁ。


 夕食を終え、自室へ戻る途中。私は今日の出来事を思い返していた。


 久しぶりに会ったけど、あの子は相変わらずだった。


 大きな声で「師匠!」と呼んで、よく笑って、よく食べる。


 ……あはは。


 勇者なんだから、もう少し落ち着いていてもいい気はするけどね。


 でも、昔のように力を過信しているわけじゃない。魔国でも冒険者として地道に頑張っているみたいだし、自分にできないことも、ちゃんと分かっている。


 ……うん。


 成長したんだねぇ。


 それに、晴斗君が雪彦君と会えて、本当に嬉しそうだった。


 召喚された勇者と、突然やって来た転移者。


 二人とも日本から来たことは同じだけど、ここへ来るまでの事情は全然違う。


 それでも、日本の話をして笑い合える相手ができたことは、晴斗君にとって大きかったんじゃないかな。


 ……よかった。


 あの子を雪彦君に紹介して、正解だったね。


 私は廊下の窓から外を眺めた。


 庭はすっかり暗くなっている。


 遠くの木々が、夜の風に静かに揺れていた。


 ……ああ。


 こうして、みんなが安心して夜を迎えられる。


 それだけで、十分幸せだねぇ。


 ……さて。


 私もそろそろ寝ようかな。


 そう思ったところで、ふと桜花の顔が浮かんだ。


 そういえば、今日も剣の話をしたなぁ。


 雪彦君がまた稽古をしたいって言ってたし、晴斗君も冒険者ギルドに興味を持ってた。


 ……うん。


 剣の話題が多い一日だったね。


 そして、剣といえば桜花だ。


 あの子、【一閃 舞桜】の練習を頑張ってるんだよねぇ。


 少し前に聞いたときは、三十八連撃までできるようになったって言ってたっけ。


 ……三十八。


 十連撃の【一閃 乱】を超えるだけでも大変だったのに、そこから三十八撃まで伸ばしたんだ。


 前に私が伝えた、腰を落とすことや、次の動作を先回りして意識すること。


 そういう小さな助言も、桜花は一つひとつ自分の剣に取り入れていたらしい。


 ……ああ。


 本当に真面目だなぁ。


 しかも、本人が三十八連撃まで伸びたからといって、【一閃 舞桜】が完成するわけじゃない。


 あの技は、桜花と二体の《分身》が、それぞれ百連撃を放つことを目指している。


 合計三百連撃。


 分身は本体より少し能力が低いし、三人の息も合わせなくちゃいけない。


 まだまだ、先は長い。


 ……でも。


 桜花が頑張ってるのに、私だけのんびりしてるのも何だかねぇ。


 ……まあ、私も剣技を考えるときは、何度も刀を振って動きを確かめてるんだけどね。


 さすがに、思いついた技がそのまま完成するわけじゃない。


 ただ、私の場合は身体性能そのものが、とんでもないことになっている。


 普通の人なら到底できない速さで動けるし、十連撃だって実際に刀を振って放てる。


 ……いやぁ。我ながら、反則みたいな身体だねぇ。


 でも、どの瞬間に踏み込んで、どう刀を振れば狙いどおりの技になるかは、やっぱり自分で試して調整しないと分からない。


 以前から、桜花のために考えて何度も試していた剣技。


 あれも、そろそろ仕上げておきたい。


 ……うん。


「よし。桜花には負けてられないな」


 小さく呟いて、私は踵を返した。


 ……いや。


 別に勝負するつもりじゃないんだけどね。


 頑張ってる桜花に、何か一つくらい新しいものを渡してあげたいってだけだよ。


 でも、まだ本人に見せるつもりはない。


 ちゃんと調整して、これなら使えるって思えるようになったら。


 そのとき、驚かせてあげよう。


 ……ふふっ。


 反応が楽しみだなぁ。


     ◇


 私は、家族の邪魔にならないように静かに庭へ出た。


 夜風が、頬を撫でる。


 ……おお。


 思ったより涼しいねぇ。


 空を見上げると、雲の間に月が浮かんでいた。


 辺りは暗いけど、歩くのに困るほどじゃない。


 私は花壇の横を通り、庭の隅にあるいつもの場所へ向かった。


 ……そう。


 ここなら、少しぐらい夜に出入りしても目立たないはず。


 何しろ、剣技の練習は派手だからね。


 庭で大岩を砕くわけにもいかないし、カトレアが育てている花なんて、絶対に傷つけたくない。


 この前だって、あの子は花壇の記録を楽しそうに見せてくれたばかりだ。


 ……うん。


 平和な家の庭は、平和なままにしておこう。


 私は、目の前の空間へ手をかざした。


「《亜空間生成》」


 すうっと、空気が揺らぐ。


 何もなかった場所に、見慣れた扉が現れた。


 ……よし。


 いつもの亜空間だ。


 ここなら、どれだけ剣を振っても誰にも迷惑はかからない。


 扉を開けると、ひんやりした空気が流れてきた。


 私は中へ入り、後ろ手に扉を閉める。


 目の前には、広い草原が続いていた。


 ……うん。


 いつもの景色だねぇ。


 遠くまで平らな地面が広がり、草が風に揺れている。


 ただ、今日はずいぶん暗い。


 ……あっ。


 そういえば、この亜空間を作ったとき、時間の設定なんてしてなかったっけ。


 外が夜なら、こっちも夜の景色になってるんだね。


 ……まあ、いいか。


 月明かりがあるから、少し離れたところもはっきり見える。


 むしろ、夜の草原ってなかなかきれいだ。


 私は扉から少し離れた場所まで歩いた。


 ……この辺りでいいかな。


 頭の中に、巨大な岩を思い描く。


 背が高く、幅も十分。


 表面に余計な凹凸がなく、斬撃の跡が見やすいもの。


「《亜空間生成》」


 目の前の草地が、ぐっと盛り上がった。


 地面から押し出されるように、巨大な岩が姿を現す。


 ……おお。


 我ながら、立派な岩だねぇ。


 高さも幅も申し分なし。


 ……ただし。


 誰かがこの光景を見たら、夜中に大岩を作って何をしてるんだって言われそうだ。


 ……いや。


 実際、何をしてるんだろうね。


 私は少し笑い、岩から距離を取った。


 腰に下げた刀の位置を確かめる。


 ……よし。


 まずは、いつもの【一閃 乱】。


 十連撃。


 それを一人で放つなら、特に難しいことはない。


 問題は、相手に十連撃が来ると思わせたまま、直前に分身を増やすこと。


 ただ三人で斬ればいいという話じゃない。


 最初から三人並んでたら、相手だって三人分の斬撃を警戒する。


 だから、刀を抜く寸前まで一人のままでいる必要がある。


 ……うん。


 そこが、この技の一番面白いところなんだよね。


 私は刀の柄へ手を添え、目を閉じた。


 呼吸を整える。


 足の位置。


 腰の高さ。


 刀を抜くまでのわずかな間。


 そして、二体の分身を呼び出す、その一瞬。


 ……。


 …………。


 夜風の音が、少しずつ遠くなっていく。


 目の前の大岩だけを意識する。


 ……よし。


 もう一度、頭の中で動きを確かめよう。


 桜花がこの技を使えるようになったら、どんなふうに驚くだろうねぇ。


 ……ふふっ。


 今から、ちょっと楽しみだ。


     ◇


 入浴を終えたわたくしは、髪の水気を拭きながら廊下を歩いておりました。


 夜も更け、屋敷はすっかり静かになっております。


 皆様も、それぞれのお部屋でお休みになる頃でしょう。


 今日は、雪彦様がお越しになり、ずいぶん賑やかな一日でございました。


 晴斗様も終始嬉しそうで、お帰りの際にはまたお話をしたいとおっしゃっていました。


 ……よいご縁になったようで、何よりでございます。


 リアリス様も、たいそう楽しそうでいらっしゃいました。


 もっとも、カトレア様の話題になると、いつにも増して嬉しそうになさっていましたけれど。


 ……ふふっ。


 あのようなお顔を拝見できることが、わたくしには何より嬉しいのです。


 わたくしは、自室へ戻る前に、ふと庭へ目を向けました。


 月明かりを受け、花壇の花が静かに揺れております。


 ……あら。


 庭の隅に、何かが見えました。


 普段は何もない場所。


 そこに、一枚の扉が立っております。


 ……扉?


 わたくしは、思わず足を止めました。


 見間違いではございません。


 月明かりの下に、見覚えのある扉がございました。


 ……もしかして。


 あれは、リアリス様の《亜空間生成》で作られた扉ではないでしょうか。


 以前にも、リアリス様と一緒に亜空間へ入ったことがございます。


 何もない広い大地。


 周囲の物音から切り離された静かな空間。


 剣の稽古をするには、申し分のない場所でございます。


 ……ですが。


 なぜ、このような夜更けに?


 もしかすると、何かお一人でなさっているのでしょうか。


 邪魔をしてはいけないと思いながらも、少し気になってしまいました。


 もちろん、リアリス様に限って危険なことなどございません。


 それでも、屋敷の庭に突然扉が現れていたら、確認したくなるのは自然なことだと思います。


 ……そう、自分に言い聞かせます。


 わたくしは、身支度を整え、いつもの刀を手に取ってから庭へ向かいました。


 外へ出ると、夜の風が髪を揺らしました。


 入浴後の身体には、少しひんやりと感じられます。


 扉の前まで歩き、そっと手をかける。


 ……開いております。


 やはり、リアリス様が中にいらっしゃるのでしょうか。


 声をおかけするべきか、少し迷いました。


 しかし、もし稽古の最中であれば、集中を乱してしまうかもしれません。


 ……まずは、少しだけ中を確認いたしましょう。


 そう考え、わたくしは静かに扉を開きました。


     ◇


 扉の向こうには、広い草原が続いておりました。


 ……暗い。


 最初に感じたのは、そのことでございます。


 ですが、空には月が浮かんでおり、草原の遠くまで見渡すことができました。


 ここも、外と同じ夜のようです。


 ……ああ。


 とても静か。


 風に揺れる草の音だけが、わずかに耳へ届きます。


 わたくしは扉をそっと閉め、周囲を見渡しました。


 そして、すぐに見つけました。


 少し離れた場所に、リアリス様がいらっしゃいます。


 腰に刀を下げ、岩の方を向いて立っておられました。


 ……岩?


 よく見ると、リアリス様の前には大きな岩がございます。


 亜空間へ入ったときには見たことのない、大きなもの。


 おそらく、リアリス様がお作りになったのでしょう。


 その岩と向き合ったまま、リアリス様はじっと動きません。


 ……瞑想、なさっているのでしょうか。


 わたくしは、その場で足を止めました。


 呼吸は静か。


 肩にも余計な力が入っておりません。


 けれど、そこから伝わる気配には、隙がございませんでした。


 ……剣の稽古でございますね。


 わたくしは、思わず姿勢を正しました。


 リアリス様の剣技を間近で拝見できる機会は、決して多くございません。


 以前、一度だけ、少し動きを見せていただいたことがございます。


 あのときの鮮やかな抜刀を、今も忘れておりません。


 わたくしの技は、すべてリアリス様がお考えくださったもの。


 【一閃】も。


 【一閃 乱】も。


 そして、わたくしが今修練を続けている【一閃 舞桜】も。


 ですが、同じ技をお使いになっても、リアリス様の方がはるかに美しく、鋭いのです。


 ……当然でございます。


 創造主でいらっしゃるのですから。


 わたくしは、少しだけ距離を保ち、声をかけずに見守ることにいたしました。


 リアリス様は、こちらに気づいておられないようです。


 瞑想に集中していらっしゃるのでしょう。


 ……ご迷惑でなければ、ほんの少しだけ。


 そう思い、わたくしは静かに息を整えました。


 月明かりの下で、赤い髪がかすかに揺れます。


 リアリス様の手が、刀の柄に添えられております。


 まったく動いていらっしゃらないのに、その次の一瞬がとても大切なものに思えました。


 ……不思議でございます。


 わたくしも、毎日のように刀を振っております。


 先日、ようやく三十八連撃まで届くようになりました。


 ですが、三十九撃目へ進むことは、まだできておりません。


 腰の位置。


 足の運び。


 次の一撃を意識すること。


 教えていただいたことを繰り返し、自分なりに考えております。


 ほんの少しずつでも前へ進めているなら、それだけで嬉しゅうございます。


 そして。


 いつか、あの方と並んで戦えるようになりたい。


 ……いえ。


 今も相棒として、そばに立たせていただいております。


 それでも、もっと力になりたいのです。


 邪神との戦いでは、リアリス様がどれほどのものを背負っていらっしゃるか、思い知らされました。


 あれほどの力をお持ちであっても、お一人ですべてを抱える必要はないはずです。


 わたくしに、できることがあるのなら。


 ……そのために、剣を磨き続けたい。


 そんなことを考えながら、リアリス様を見つめておりました。


 やがて。


 リアリス様の肩が、ほんのわずかに動きました。


 ……っ。


 わたくしは、思わず息を止めました。


 刀の柄にかけた指が、わずかに沈む。


 腰が落ちる。


 鞘が、ほんの少し前へ出る。


 ……間違いございません。


 これは――。


 【一閃 乱】。


 わたくしが何度も繰り返してきた、十連撃の奥義でございます。


 リアリス様が、地面を蹴られました。


 そして、その一瞬。


 銀色ではなく、赤い髪の影が、月明かりの中を走りました。


 ……速い。


 いつ拝見しても、見事な抜刀でございます。


 わたくしは反射的に、十の斬撃を追おうとしました。


 一撃。


 二撃。


 ……三撃。


 ……?


 何かが、おかしい。


 舞い散るものが、あまりにも多いのです。


 普段の【一閃 乱】でも、斬撃の軌跡は桜の花びらのように美しく広がります。


 ですが。


 いま目の前に広がっているものは、その比ではございません。


 月明かりを受けた無数の花びらが、岩の周囲に渦を巻いております。


 まるで、そこに大きな桜の木があって、一度に花を散らしたかのように。


 ……なぜ?


 わたくしは、剣の動きを追うことをやめ、リアリス様へ視線を戻しました。


 そして。


 ……え?


 思わず目を見開きました。


 リアリス様が――三人、いらっしゃいます。


 左に一人。


 正面に一人。


 右に一人。


 同じ赤い髪。


 同じ刀。


 同じ構えから、三方向へ駆け抜けておられました。


 ……分身?


 先ほどまで、間違いなくお一人だったはずです。


 いつの間に。


 ……いえ。


 いつ分身を呼び出されたのか、それすら分かりませんでした。


 轟音。


 大岩が、無数の亀裂を刻まれたまま崩れ落ちます。


 岩の破片が地面へ散り、淡い桜色の花びらが月明かりの中でゆっくり消えていきました。


 ……。


 …………。


 わたくしは、ただ立ち尽くしておりました。


 あまりにも美しく。


 あまりにも速く。


 そして、今まで見たことのない技でございました。


 リアリス様が刀を鞘へ納められる。


 その瞬間、左右のお二人の姿がふっと消えました。


 残されたのは、いつものリアリス様お一人。


 ……ああ。


 やはり分身だったのですね。


 ですが、あれは本当に【一閃 乱】だったのでしょうか。


 動きは、確かに同じでした。


 しかし、十連撃では説明がつきません。


 三人のリアリス様が、それぞれ同じ動きをなさったのなら。


 ……十、十、十。


 合計、三十……。


 そこまで考えたところで、リアリス様がこちらを振り向かれました。


「あれ? 桜花どうしたの?」


 ……っ。


 しまった。


 わたくしは、反射的に背筋を伸ばしました。


「リ、リアリス様……!」


 どうしましょう。


 お一人で稽古をなさっていたところへ、許可も得ず入ってしまいました。


 しかも、声もかけずに見つめていたなど。


 ……失礼なことをしてしまったかもしれません。


「申し訳ございません。庭に扉がございましたので、気になりまして……」


「ああ、そっか。そういえば扉、出したままだったねぇ」


 リアリス様は、困ったように笑っておられます。


 ……お怒りでは、ないのでしょうか。


「お稽古の邪魔をしてしまいましたでしょうか」


「いやいや、全然! もう終わったところだから」


 ……ああ。


 よかった。


 わたくしは、ほっと胸を撫で下ろしました。


 ですが。


 どうしても、目の前の光景が頭から離れません。


 ……あの技。


 あの分身。


 そして、夜の草原に舞った桜の花びら。


 どうしても、知りたくなってしまいました。


「あの、リアリス様……」


「うん?」


「今のは、【一閃 乱】ではないのでしょうか……?」


 リアリス様は、一瞬だけ目を丸くなさいました。


 それから。


「あちゃー、見られちゃったか」


 少し照れたように笑われました。


 ……見られちゃった?


 その言い方が、何だか気になりました。


 何か、秘密にしていらしたのでしょうか。


「……申し訳ございません」


「いや、謝らなくていいって! 別に隠し事ってほどじゃないんだけどさ」


 リアリス様は、岩のあった場所へ目を向けられました。


 そして、もう一度こちらを見て、優しく笑われます。


「今のは【一閃 若桜】。桜花のために、少し前から考えて調整してた剣技なんだ」


 ……。


 …………。


 ……え?


 わたくしは、思わず耳を疑いました。


 いま、何とおっしゃいました?


 【一閃 若桜】。


 初めて聞く名前でございます。


 ……ですが。


 それよりも。


「……わたくしの……ため、でございますか……?」


「うん、そうだよ」


 リアリス様は、何でもないことのように頷かれました。


「桜花が【一閃 乱】を超えることができたら、教えるつもりだったんだけどね」


 ……。


 …………。


「三十八連撃まで行けるようになったって聞いて、びっくりしたよ。桜花の成長が早すぎて、こっちの調整が追いつかなかったんだ」


 そうおっしゃって、苦笑なさいました。


 ……わたくしの、成長。


 リアリス様が、お一人で剣を磨いておられたのではなく。


 わたくしのために、技を考えてくださっていた。


 ……ああ。


 胸の奥が、急に温かくなりました。


 わたくしが【一閃 舞桜】の稽古を続けていることも。


 三十八連撃まで届くようになったことも。


 ちゃんと、見ていてくださったのです。


 しかも、その先を考えて。


 わたくしに、新しい剣技まで……。


「……リアリス様」


「うん?」


 気づけば、わたくしは一歩前へ出ておりました。


 ……いけません。


 落ち着かなければ。


 そう思うのに、足が止まりません。


「……ぜひ、ご教示いただきたく存じます!」


 ……。


 …………。


 ……あっ。


 少し、前のめりになってしまいました。


 リアリス様が、ぱちぱちと瞬きをなさいます。


 それから、声を上げて笑われました。


「ははは、分かったよ!」


 ……!


「桜花になら、喜んで教えるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、わたくしの胸がさらに温かくなりました。


 ……ありがとうございます。


 ありがとうございます、リアリス様。


 わたくしは深く頭を下げました。


「お願いいたします!」


 リアリス様は、笑いながら刀の柄へ手を添えられました。


「じゃあ、まず仕組みから説明しようか」


「はい!」


 ……ああ。


 いけません。


 わたくし、今、とても嬉しいのです。


     ◇


「この剣技、【一閃 若桜】はね」


 リアリス様は、わたくしに分かりやすいよう、ゆっくりお話しくださいました。


「一見すると、普通の【一閃 乱】に見えるでしょう?」


「……はい。先ほども、最初はそう思いました」


「うん。それが狙いなんだ」


 ……狙い?


 わたくしは、首を傾げました。


「相手が【一閃 乱】を知っていたら、十連撃が来るって考えるよね」


「はい」


「だから、最初は一人のまま【一閃 乱】を撃つように見せる」


 リアリス様は、刀を抜く姿勢をなさいました。


「それで、撃つ直前の一瞬に、分身を二体出すんだよ」


 ……あっ。


 先ほどの光景が、頭の中でつながりました。


「それから三人で同時に【一閃 乱】。一人十撃だから、三人で三十連撃になる」


 ……十撃、三人。


 三十撃。


 やはり、そうだったのですね。


「相手が『十連撃なら防げる』と思って待ち構えていたところに、いきなり三倍の斬撃が飛んでいくわけ」


 リアリス様が、楽しそうに笑われます。


「一度【一閃 乱】を見破られた相手でも、こっちまでは対応しきれないはずだからね」


 ……なるほど。


 わたくしは、思わず頷きました。


 単に、三人で攻撃する技ではございません。


 分身をあらかじめ見せないこと。


 相手が十連撃に備えた、その一瞬を狙うこと。


 そこが、この技の本質なのでございます。


 たとえば、十撃を見切ったつもりの相手が、刃の軌道を予測したといたしましょう。


 その防御は、当然ながら一人分の斬撃を基準にしたもの。


 ところが、刀が届く寸前に相手が三人へ増える。


 正面だけではなく、左右からも同時に斬撃が飛んでくる。


 ……十撃を防げたとしても、残る二十撃をどう処理するのでしょう。


 しかも、それを考える時間すら与えられない。


 ……これは。


 とても、恐ろしい剣技でございます。


「相手に悟られずに、分身を……」


「そうそう! 分身を出すタイミングが大事なんだ」


「……なるほど」


 わたくしは、頭の中で動きを思い描いてみました。


 いつもの【一閃 乱】。


 その構え。


 抜刀の一瞬。


 そこで、わたくしの左右へ《分身》を二体。


 そして、三人で【一閃 乱】を放つ。


 ……。


 …………。


 ……できる、でしょうか。


 《分身》は、すでにリアリス様から永続付与していただいております。


 魔力を持たないわたくしでも、魔力を消費することなく二体を呼び出せる魔法です。


 ですが、分身の能力はわたくし本人より少し低くなっております。


 【一閃 舞桜】の修練では、その差が問題になっておりました。


 わたくし自身は三十八連撃まで届いても、分身と百連撃ずつ合わせるには、まだ時間が必要です。


 ……けれど。


 十撃なら。


 《分身》も、すでに繰り返し練習してきた動きでございます。


 ……もしかしたら。


「今の桜花なら、できるんじゃないかな?」


 その声に、はっと顔を上げました。


「……え?」


 リアリス様が、にこっと微笑んでおられます。


「【一閃 舞桜】の三百連撃と違って、こっちは一人十撃でいいからね」


 ……一人、十撃。


「桜花はもう三十八撃まで進んでるんでしょう? だったら、三人で十撃ずつなら十分狙えると思うんだ」


 ……。


 …………。


 わたくしは、思わずリアリス様を見つめました。


 そんなふうに言っていただけるとは、思っておりませんでした。


「……リアリス様」


「うん?」


「……わたくしにも、可能でございましょうか」


「うん。やってみようよ」


 迷いのないお返事でした。


「じゃあ、順番に試してみようか」


 リアリス様は、岩の破片が散っていた場所へ手をかざされました。


 すると、新たな大岩が現れます。


 ……先ほどと同じくらいの大きさ。


 月明かりに照らされた岩肌が、白く浮かび上がっておりました。


「いきなり難しいことをしなくていいからね。まずは、三人で【一閃 乱】を撃てるか確認しよう」


「……はい!」


 わたくしは、刀の位置を確かめました。


 ……落ち着いて。


 教えていただいたことを、一つずつ。


 リアリス様が、少し離れた場所に立たれました。


「まずは《分身》で、二体呼び出してみて」


「かしこまりました」


 わたくしは、静かに呼吸を整えました。


「《分身》」


 ふわり。


 左右の空気が揺れます。


 そして、わたくしと同じ姿をした二人が現れました。


 銀色の短い髪。


 同じ刀。


 同じ姿勢。


 ……はい。


 いつもどおりでございます。


「うん。いいね!」


 リアリス様が、嬉しそうに頷かれました。


「じゃあ三人同時に、あの大岩へ【一閃 乱】を使ってみようか」


「承知いたしました」


 わたくしは、左右の分身へ意識を向けました。


 二人とも、すでに刀へ手を添えております。


 ……十撃。


 それぞれが十撃。


 三人で三十撃。


 いまは、分身を出すタイミングを気にする必要はございません。


 まずは、三人が同時に技を放つこと。


 ……それだけに集中いたしましょう。


 わたくしたちは、同じように深呼吸いたしました。


 夜風が、草をそっと揺らします。


 大岩までは、十分な距離。


 間に障害物はございません。


 ……腰を落とす。


 鞘をわずかに前へ。


 次の動作を、意識する。


 ……今です。


「「「【一閃 乱】!」」」


 銀色の線が、三方向から走りました。


 正面へ。


 左へ。


 右へ。


 十の斬撃が三つ。


 同じ瞬間に大岩へ届きます。


 ……っ。


 轟音。


 大岩が、無数の亀裂を刻まれたまま砕け散りました。


 岩の破片が草原へ落ち、夜空へ桜の花びらが舞い上がります。


 ……。


 …………。


 ……できた?


 わたくしは、刀を振り抜いた姿勢のまま固まりました。


 いま、確かに。


 三人とも、【一閃 乱】を……。


 ……三十撃。


 左右の分身へ目を向けます。


 二人とも刀を振り終え、同じようにこちらを見ておりました。


 ……本当に。


 できて、しまいました。


 ぱち、ぱち、ぱち。


 拍手が聞こえました。


 リアリス様でございます。


「うん、出来るね!」


 にこにこと笑っておられます。


 まるで、最初から分かっていたとでもいうように。


「すごいよ、桜花。三人とも、きれいに十撃ずつできたね!」


 ……ああ。


 リアリス様。


「……はい……出来ました……」


 わたくしは、ようやく声を出しました。


 何だか、自分の声ではないように感じられます。


 頭の中では何度も思い描いていたのに。


 実際に、三人で【一閃 乱】を放てるとは。


 ……こんなにも、嬉しいことなのですね。


「よし。それじゃ、いよいよ本番だね」


 ……本番。


 その言葉で、わたくしは我に返りました。


 ……そうでした。


 いまのは、ただ三人で技を放っただけ。


 本来の【一閃 若桜】は、そこからさらに一歩進んだ剣技なのでございます。


     ◇


 リアリス様は、もう一つ大岩を作られました。


 先ほど砕いた岩の破片は、いつの間にか片付けられております。


 月明かりの下に、新しい岩が一つ。


 ……先ほどと同じ。


 ですが、今度は最初から分身を出しておくことはできません。


「じゃあ、一度分身を消してみて」


「はい」


 わたくしは、左右の二人へ意識を向けました。


 ふっと空気が揺れ、二人の姿が消えます。


 ……一人。


 いつもの、わたくし一人でございます。


 リアリス様が、隣から声をかけてくださいました。


「今度は、【一閃 乱】を撃つ直前に《分身》を使うんだ」


「……はい」


「最初から三人いると、相手に分かっちゃうからね。刀を抜くその瞬間、二人増やして同時に放つ」


 ……はい。


 理解しております。


 理解している、はずでございます。


「やってみよう。桜花なら大丈夫だと思うよ」


 ……リアリス様。


 そのお言葉に、胸が温かくなりました。


「……承知いたしました」


 わたくしは、岩の正面へ進みました。


 距離を確かめる。


 足場は、先ほどと同じ草地。


 月明かりが、岩肌を照らしております。


 ……さて。


 ここからでございます。


 わたくしは、目を閉じました。


 まずは、いつもの【一閃 乱】。


 腰を落とす。


 刀へ手を添える。


 足を踏み込む。


 ……それから。


 抜刀する、その直前。


 《分身》。


 二体のわたくしが現れ、左右へ並ぶ。


 三人とも、同じ瞬間に技を放つ。


 ……できるでしょうか。


 先ほどは、分身を呼び出してから構えました。


 その方が、三人の動きを合わせやすいのです。


 ですが、今回は違います。


 抜刀するまで、一人。


 そして、一瞬で三人。


 ……難しい。


 わたくしは、いつもより深く息を吸いました。


 ……けれど。


 できないと決めつける理由など、ございません。


 リアリス様は、わたくしのために、この剣技をお考えくださいました。


 しかも、わたくしが【一閃 乱】を超える日を、ずっと見据えて。


 あの方は、わたくしならできるとおっしゃってくださいました。


 ……ならば。


 その期待に、応えたい。


 わたくしが、わたくし自身の剣で。


 ……やってみたいのです。


 目を開けると、リアリス様が少し離れたところで見守っておられました。


「桜花、準備はいい?」


「……はい!」


 ……よし。


「行きます!」


 わたくしは深く腰を落としました。


 鞘をわずかに前へ出し、柄へ手を添えます。


 ……いつもの構え。


 相手から見れば、ただの【一閃 乱】。


 そう見せたまま。


 ……踏み込む。


 足裏が地面を蹴りました。


 刀が鞘を離れようとする、その直前。


 ……今。


「《分身》」


 抜刀の息に紛れるほど小さく唱えました。


 左右へ二体。


 わたくしと、同じ動きを。


 同じ一瞬に。


「【一閃 若桜】!」


 銀色の線が、夜の草原を走りました。


 ……正面。


 ……左。


 ……右。


 三方向の斬撃が重なります。


 十。


 十。


 十。


 ……あっ。


 わたくしには、分かりました。


 三人の刃が、それぞれ十撃を放ち終える感覚。


 遅れた者は、おりません。


 迷った者も、おりません。


 ……三十撃。


 一つの大岩へ、同じ瞬間に届きました。


 轟音。


 巨大な岩が、内側から砕け散るように崩れ落ちます。


 岩の欠片が宙へ跳ね、月明かりに無数の線が閃きました。


 そして。


 ……桜。


 花びらが、舞っております。


 いつもの十連撃よりも、ずっと多く。


 さきほど三人で斬ったときと同じように。


 けれど、今度は最初から三人で構えたのではございません。


 最後の一瞬まで、わたくし一人だったのです。


 そのことが、何より嬉しくて。


 ……ああ。


 わたくしは、刀を振り終えたまま、しばらく動けませんでした。


 ふわり。


 桜の花びらが、風に乗って消えていきます。


 ……できた。


 本当に、できたのでございますか。


 わたくしが。


 リアリス様からいただいた、新しい剣技を。


 ……自分の手で。


「……出来ました……」


 声が、かすれてしまいました。


 わたくしは、目の前の岩があった場所を見つめたまま呟きました。


 ……夢では、ございません。


 砕けた岩が、地面に散らばっております。


 左右には、まだ二人のわたくしが立っておりました。


 ……そう。


 間違いなく、わたくし自身の斬撃でございます。


「……すごい!」


 後ろから声が聞こえました。


「すごい! すごいよ桜花!」


 ……っ。


 振り返ると、リアリス様が目を丸くしておられます。


 そのまま、ぱちぱちと大きな拍手をくださいました。


「ええっ、本当に一回でできちゃった! いやぁ、びっくりしたよ!」


 ……ああ。


 リアリス様。


 驚いて、いらっしゃるのですね。


「まさか、ここまできれいにつながるとは思わなかったなぁ。最後の瞬間に分身が出て、そのまま三人で十連撃!」


 リアリス様は、嬉しそうに両手を広げられました。


「完璧だったよ、桜花!」


 ……完璧。


 その一言が、胸に染み込みました。


 わたくしは、ゆっくり刀を鞘へ納めます。


 二体の分身を消すと、夜の草原に残るのは、わたくしとリアリス様だけになりました。


 ……先ほどまで、ここに三人のわたくしがいたのですね。


 まだ少し、信じられません。


「……ありがとう、ございます……」


 ようやく、それだけ申し上げました。


 リアリス様は、こちらへ歩いてこられます。


 そして、わたくしの前で足を止め、いつもの優しい笑顔を向けてくださいました。


「これで【一閃 若桜】習得だね!」


 ……。


 …………。


 ……習得。


 そうなのですね。


 あの技は、もう。


 ……わたくしのものに、なったのでございますね。


     ◇


 胸の奥で、何かが静かにほどけていくような気がいたしました。


 ずっと剣を振ってまいりました。


 リアリス様のお役に立ちたくて。


 いただいた力を、少しでも活かしたくて。


 【一閃 乱れ桜】を初めて拝見したとき、その圧倒的な美しさに心を奪われました。


 いつか、わたくしも。


 そう願って始めた修練は、思っていた以上に難しいものでございました。


 【一閃 舞桜】は、まだ完成しておりません。


 百連撃を安定して放つだけでも遠く、分身との連携も、これから磨いていかなければなりません。


 ……ですが。


 あの方は、それをただ見守ってくださっていたわけではなかったのです。


 わたくしが努力を重ねる、その少し先に。


 別の新しい剣技まで、用意してくださっていた。


 わたくしには知らせず、夜の亜空間で調整を重ねておられたのですね。


 ……ああ。


 何と、ありがたいことでしょう。


「桜花?」


 リアリス様が、少し不思議そうに顔を覗き込まれました。


「大丈夫? 驚かせすぎちゃった?」


 ……あっ。


 わたくし、黙り込んでしまっていたようでございます。


「申し訳ございません。少し……驚いてしまいまして」


「あはは。そりゃそうだよね。私も一回で完成するとは思わなかったもん」


 ……そうでございましたか。


 リアリス様も、驚かれていたのですね。


 何だか、少し嬉しゅうございます。


「三十八連撃まで伸ばしたのもそうだけど、桜花は本当にすごいねぇ」


「……とんでもございません」


 反射的に、いつもの言葉が出てしまいました。


 ですが、リアリス様は首を横に振られます。


「いやいや。これは桜花が頑張った結果だよ」


 ……。


 …………。


「私も何度も刀を振って技を調整したけど、実際にあの一瞬で分身を出して、三人で十撃ずつ放ったのは桜花でしょう?」


 ……ああ。


 そう、なのでしょうか。


 確かに、刀を振ったのはわたくしでございます。


 けれど。


「リアリス様が、この技をお作りくださらなければ……」


「でも、桜花が練習してなかったら、今日すぐには使えなかったと思うよ」


 リアリス様は、まっすぐにわたくしを見ておられました。


「【一閃 乱】を超えようって頑張ってたからこそ、できたんじゃないかな」


 ……。


 …………。


 何を申し上げればよいのか、分からなくなってしまいました。


 ただ、胸がいっぱいで。


 リアリス様が、わたくしの努力を認めてくださっている。


 そのことが、とても嬉しくて。


「……ありがとうございます」


 わたくしは、深く頭を下げました。


 リアリス様が、少し困ったように笑われます。


「そんなにかしこまらなくてもいいのに」


「……いえ」


 わたくしは、顔を上げました。


 きちんとお伝えしたかったのです。


「本当に、嬉しゅうございます」


 言葉にすると、胸の奥がまた温かくなりました。


「わたくしのために、少し前からお考えくださっていたことも」


 ……はい。


「わたくしが【一閃 乱】を超えられると、お信じくださっていたことも」


 ……そして。


「こうして、教えていただけたことも」


 リアリス様は、何も言わずに聞いてくださいました。


 月の光が、赤い髪を淡く照らしております。


 わたくしは、もう一度深く頭を下げました。


「……ありがとうございます、リアリス様」


 頭を上げると、リアリス様がにっこり笑っておられました。


「どういたしまして!」


 ……ああ。


 その笑顔を見た瞬間。


 わたくしも、自然と笑っておりました。


 いつもなら、少し微笑むだけでございます。


 けれど、今夜は。


 胸の奥に湧き上がる喜びを、どうしても抑えられませんでした。


 ……ふふっ。


 自分でも、驚いてしまいます。


 きっと、普段はあまりお見せしない顔なのでしょう。


 リアリス様が、少し目を丸くなさいました。


 それから、同じように嬉しそうに笑われます。


「……桜花」


「はい」


「よかった。気に入ってもらえたみたいだね」


 ……気に入る、などという言葉では足りません。


 わたくしは、この剣技を大切にいたします。


 教えていただいたことを忘れずに。


 そして、いつか。


 もっともっと、リアリス様のお役に立てるように。


 ……ですが。


 その前に、一つだけ。


「リアリス様」


「うん?」


「この技も、これから大切に磨いてまいります」


「うん。そうしてくれると嬉しいな」


「そして、【一閃 舞桜】の修練も、引き続き続けたいと存じます」


「もちろんだよ!」


 リアリス様は、すぐに頷かれました。


「そっちはそっちで、楽しみにしてるからね。焦らず、少しずつやっていこう」


 ……はい。


 焦る必要など、ないのでございますね。


 今夜、わたくしには新しい剣技が一つ増えました。


 それでも、目指す先が変わったわけではございません。


 これからも、剣を磨いてまいります。


 ……リアリス様。


 わたくしのためにお考えくださった【一閃 若桜】。


 その最初の一撃を、今夜、こうしてお見せできたこと。


 何よりの喜びでございます。


 夜風が、ふわりと草を揺らしました。


 先ほどまで大岩があった場所に、今は何もございません。


 舞い散った桜の花びらも、もう消えております。


 けれど、あの光景は、きっと忘れないでしょう。


 最初にリアリス様の剣技を見たときの驚きも。


 あれが、わたくしのための技だと知ったときの温かさも。


 そして、自分で【一閃 若桜】を放てたときの喜びも。


 すべて、わたくしの大切な思い出でございます。


「それじゃ、そろそろ屋敷に戻ろうか。もう遅いしね」


「……はい!」


 リアリス様が、扉の方へ歩き始められました。


 わたくしも、その隣へ並びます。


 ……ああ。


 夜の亜空間。


 静かな草原。


 そして、新たな剣技。


 たまたま扉を見つけて、気になって入ってきただけのはずでした。


 それが、こんなにも嬉しい夜になるとは。


 ……思ってもおりませんでした。


 わたくしは、もう一度リアリス様へ目を向けました。


 そして、普段より少しだけ大きく微笑みます。


「リアリス様」


「うん?」


「……本当に、ありがとうございました」


 リアリス様は、優しく笑われました。


「うん。桜花が喜んでくれて、私も嬉しいよ」


 ……はい。


 わたくしも。


 ……とても、とても嬉しゅうございます。


「……次は【一閃 若桜 乱】かなぁ」


 リアリス様が、ぼそりと呟かれました。その声が、わたくしの耳に届いてしまいました。


「……えっ……?」


――思わず、言葉を失ってしまいました。

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