第7話:勝手に始まる一問一答
……ああ。
おいしかった。
私は箸を置き、満足のため息をついた。
今日のお昼は、巴さんが用意してくれた懐石弁当みたいな和食。
焼き魚に煮物、お味噌汁に、炊き立てのご飯。
……うん。
どれも、本当においしかったねぇ。
そして何より。
「巴さん! おかわり、ありがとうございました!」
「すっごくおいしかったです!」
雪彦君と晴斗君の声が、またぴったり重なった。
……あはは。
二人とも、ずいぶん仲良くなったねぇ。
さっきまで初対面だったとは、とても思えない。
日本人同士で、和食を喜んでいる。
……うん。
いい光景だなぁ。
「ふふっ。どういたしまして。二人とも、たくさん食べてくれて嬉しいわぁ」
巴さんが、いつもの優しい笑顔で応えた。
「また食べにいらっしゃいね、雪彦ちゃん」
「はいっ! 絶対また来ます!」
……おお。
返事が早いねぇ。
雪彦君の場合、本当にご飯を食べに来そうな気がする。
……いや。
いつ来てくれても歓迎するけどね。
私は、同じように食べ終わったカトレアの方を見た。
「カトレア、お腹いっぱい?」
「うん! おいしかった!」
「そう。よかったねぇ」
カトレアが、にこにこ笑う。
……ああ。
この子の笑顔を見るだけで、私も幸せだ。
……うん。
やっぱり、家族で囲む食卓っていいねぇ。
「さて」
私は、席を立ちながら二人へ声をかけた。
「雪彦君、晴斗君。よかったらこのあと、居間で少しお話ししない?」
「いいんですか、師匠!?」
「ぜひお願いします!」
……おお。
また元気だねぇ。
「うん。せっかく同じ日本人が三人集まったんだし、いろいろ話してみたいからね」
「俺も師匠に聞きたいこと、いっぱいあるんですよ!」
……ん?
聞きたいこと?
何だろう。
剣の練習のことかな。
それとも、最近の魔国のこと?
……まあ、いいか。
私も久しぶりに雪彦君とゆっくり話したいし。
「晴斗君も、雪彦君に聞いてみたいことがあったら遠慮しなくていいからね」
「ありがとうございます!」
……うん。
楽しみだねぇ。
私と桜花、それに雪彦君と晴斗君。
四人で食堂を出て、居間へ向かうことにした。
◇
居間には、昼下がりの柔らかな光が差し込んでいた。
窓の外では、庭の花が風に揺れている。
……ああ。
いい天気だねぇ。
私はいつものソファに腰を下ろした。
桜花が、自然な動きで隣へ座る。
向かいには雪彦君と晴斗君。
……うん。
なんだか、日本にいた頃の友達の集まりみたいだね。
年齢も、この世界へ来た経緯も違うけど。
こうして向かい合って座っていると、それほど不思議には感じない。
「失礼しますねぇ」
巴さんが、お茶を持ってきてくれた。
四人分のカップに、焼き菓子のお皿。
……おお。
食後のお茶だねぇ。
「ありがとうございます、巴さん!」
「あらあら。ごゆっくりね」
「巴さん、さっきのご飯、本当においしかったです!」
雪彦君が、もう一度頭を下げた。
「ふふっ。ありがとう。今度来るときも、お腹を空かせていらっしゃい」
「はい!」
……あはは。
この二人、仲がいいねぇ。
巴さんは私たちに微笑み、居間を出ていった。
私はカップを手に取った。
……ああ。
落ち着く。
おいしいご飯のあとに、温かな紅茶。
……うん。
のんびり系の生活としては、なかなか理想的じゃない?
……まあ。
今日は、日本人三人で話す予定があるんだけどね。
「それじゃあ」
私は二人の顔を見た。
「改めて、自己紹介から始めようか」
「自己紹介ですか?」
晴斗君が首を傾げた。
「うん。雪彦君とはさっき挨拶したけど、それぞれの事情までは知らないでしょう?」
「確かに!」
雪彦君が頷いた。
「俺、晴斗君がどうやってこっちへ来たのか、気になってました」
「僕もです。勇者として召喚されるって、どんな感じなんですか?」
……おお。
さっそく興味津々だねぇ。
「じゃあ、最初は簡単にね」
私は、雪彦君へ手を向けた。
「こちらが山凪雪彦君。日本にいた頃は学生で、この世界の人たちに勇者として召喚されたんだよ」
「山凪雪彦です! よろしく!」
雪彦君が、少し照れながら手を上げた。
……うん。
元気だねぇ。
「次に、春原晴斗君」
今度は晴斗君へ手を向ける。
「この世界へ突然転移してきたんだ。勇者召喚でも神様による転生でもなくて、今のところ原因は分からないんだよね」
「はい。春原晴斗です。よろしくお願いします!」
晴斗君も、丁寧に頭を下げた。
……うん。
それじゃあ、最後は私だね。
「そして、私が日本で四十三歳のときに亡くなって、こっちの世界へ転生した……」
……あっ。
そういえば、今まで日本での名前はほとんど話してなかったなぁ。
……まあ、いいか。
同郷の二人なんだし。
「南田直太 (みなみだ なおた) です。よろしく~」
……。
…………。
雪彦君が、ぴたりと動きを止めた。
「……えっ?」
……おや?
「……し、師匠!?」
「うん?」
「師匠の、日本での本名ですか!?」
「そうだよ?」
……。
…………。
「初めて聞きましたよ!!」
……おお。
そんなに驚くことかな。
「……あっ。そういえば言ってなかったね」
「言ってないです!」
雪彦君が、勢いよく身を乗り出した。
「リアリスさんって名前だから、もうずっとそれで呼んでましたけど!」
「うん。私もすっかり慣れちゃっててねぇ」
……あはは。
日本での名前を名乗る機会なんて、今までほとんどなかったもんね。
リアリスは、こっちへ来てからの名前。
日本では、ちゃんと南田直太っていう名前だったんだ。
「じゃあ、師匠って日本では南田さんだったんですね」
「そうそう」
「……なんか、新鮮です」
……おっ。
分かるなぁ。
私も『勇者』だった雪彦君と、こうして普通に話していると、不思議な気持ちになることがある。
肩書きがあると、何だか遠い人に感じるもんね。
「でも、今までどおりリアリスでいいよ。私もその方が慣れてるからね」
「分かりました、師匠!」
……あっ。
結局、師匠なんだ。
まあ、いいけど。
晴斗君が、くすっと笑った。
「リアリスさん、転生前は全然違う名前だったんですね」
「そうなんだよ。今の名前にも、ちゃんと理由はあるんだけどね」
……おっ。
晴斗君が少し興味を持ったみたいだ。
……まあ、その話はあとでもいいかな。
「じゃあ、まずは三人がどうやってこの世界へ来たか、話してみよう」
私は紅茶を置いて、二人を見た。
「同じ日本から来たって言っても、事情が全然違うからね」
◇
「それじゃあ、俺から話しましょうか!」
雪彦君が、真っ先に手を上げた。
……おお。
やる気満々だねぇ。
「どうぞ、雪彦君」
「はい!」
雪彦君は、カップを置いて少し考えた。
「俺がこっちへ来たのは、友達とゲームセンターへ行こうとしてたときです」
「……ゲームセンター?」
晴斗君が、目を輝かせた。
「そう! 普通に遊びに行く途中だったんですよ」
……へえ。
そうだったんだ。
私は、雪彦君が勇者として召喚されたことは知っていたけど、その瞬間に何をしていたかまでは聞いてなかったかもしれない。
「で、友達と歩いてたら、いきなり足元が光ったんですよ!」
「……おお」
「何だ何だって思ってるうちに、目の前が真っ白になって……」
雪彦君が、大きく両手を広げた。
「気づいたら、全然知らない場所に立ってました!」
……ああ。
それは驚くだろうねぇ。
晴斗君も、真剣な顔で聞いている。
「周りには見たことない服の人がいっぱいいて。『勇者様!』って言われて」
「……本当に、異世界召喚なんですね」
「そうなんですよ!」
雪彦君が、勢いよく頷いた。
「しかも、召喚したのはフォーサイド魔法国っていう国なんですけど、こっちへ来るかどうか、俺の許可なんて一切取ってないんです!」
……あっ。
そこに引っかかってたんだ。
……いや。
当然だよね。
「だから俺、異世界誘拐だと思ってます!」
……。
…………。
「……誘拐?」
晴斗君が、思わず聞き返した。
雪彦君は、真剣な顔で頷いた。
「だって、そうじゃないですか! 知らない人たちに、知らない世界へ、勝手に連れてこられたんですよ!?」
……。
…………。
「……たしかに!」
私と晴斗君の声が重なった。
……あっ。
これは、言い方がうまいねぇ。
異世界の物語だと、勇者召喚って何となく格好いいものとして描かれるけど。
日本側から見たら、確かに誘拐に近い。
しかも、帰りたくても帰れないとなれば、なおさらだ。
「雪彦君、面白い言い方するねぇ」
「面白い話じゃないですよ、師匠!」
雪彦君が、少し唇を尖らせた。
……あはは。
ごめんね。
本人にとっては、かなり大変だったはずだ。
「でも、今はこうして普通に話せるようになったんだから、すごいことだと思うよ」
「……まあ、それはそうですね」
雪彦君が、少し笑った。
「最初の頃は、何をしたらいいのかも分からなかったですし」
「うんうん」
「『魔王を倒してください』って言われても、そもそも魔王がどんな相手かも知らないし!」
……ああ。
そうだよねぇ。
……しかも、当時の戦争の原因を考えると。
……いや。
あの話は、ここでするようなことじゃないかな。
私は、そっと紅茶を飲んだ。
「その点、師匠はいいですよね!」
雪彦君が、今度は私を指した。
「神様に会って、自分でチート能力を選んで、転生したんでしょう?」
「……うん。まあね」
「いきなり知らない場所へ放り出された俺とは、ずいぶん違うじゃないですか!」
……おっ。
たしかに、私は転生する前にオリミスと話して、力を選べた。
ちゃんと説明も受けている。
……その意味では、準備できたと言えるかな。
「でもさ、雪彦君」
「はい?」
「私、あっちで一回死んじゃってるからね」
私は、軽く笑った。
「……あっ」
雪彦君が、ぴたりと動きを止める。
晴斗君も、目を丸くした。
「……たしかに!」
二人が、また同時に頷いた。
……あはは。
今日、二人とも本当に息が合ってるねぇ。
「そうですよね……。師匠、転生者なんですもんね」
「うん。だから、元の日本へ戻りたいとは思わないんだよね。もう向こうでの人生は終わってるから」
……ああ。
久しぶりに口にすると、何だか不思議な気持ちになる。
私は日本で生きて、最後に病気で亡くなった。
そして、こっちで新しい人生をもらった。
それが今の私なんだ。
「……そう考えると、召喚と転生って本当に違うんですね」
晴斗君が、静かに呟いた。
「そうだねぇ」
私は頷いた。
……と。
「……でも」
晴斗君が、少しだけ声を小さくした。
「僕は、そのどちらでもないんですよね」
……あっ。
そうだ。
ここからは、晴斗君の話だね。
「晴斗君は、気づいたらこの世界へ来ていたんだよね」
「はい」
晴斗君は、カップを両手で包み込んだ。
「日本で、学校にいたんです。普通に授業を受けていて……」
……うん。
それが、次の瞬間には。
「急に周りの景色が変わって、知らない場所にいました」
晴斗君が、遠くを見るような目をした。
「最初は、何が起きたのか全然分からなかったです。夢なんじゃないかって思いました」
……ああ。
無理もないよね。
異世界ものの小説を知っていたって、本当にそんなことが起きたら、すぐには理解できないと思う。
「それから町を見つけて、誰かに話を聞こうとしたんですけど……」
晴斗君は、苦笑いした。
「……言葉が、全然通じなくて」
……うん。
あのときは、そうだったね。
私は、聖国のアズライトで晴斗君を見つけた。
あの広場で、途方に暮れていた姿を覚えている。
「何を言ってるか分からないし、僕が話しかけても通じないし。お金も持ってないし、帰る方法も分からないし」
……。
…………。
雪彦君の顔から、さっきまでの笑いが少し消えた。
「……それは、きついですね」
「はい。正直、すごく怖かったです」
晴斗君は、小さく頷いた。
「ずっと日本にいたのに、急に知らない国みたいなところへ来ちゃって。しかも、何の能力ももらえてなくて……」
……ああ。
やっぱり、不安だったんだね。
私は、晴斗君に《言語理解》を付与した。
それで会話や読み書きができるようになったけど。
それまでの時間が、怖くなかったわけじゃない。
「……あのとき、リアリスさんが日本語で話しかけてくれたでしょう?」
「……うん」
「本当に、ほっとしたんです」
……あっ。
晴斗君が、少し照れたように笑った。
「初めて言葉が通じた相手が、同じ日本人だったので」
「……そっか」
……ああ。
そう言ってもらえると、嬉しいな。
あのとき、すぐに迎えに行ってよかった。
……ほんとに。
「晴斗君、よく頑張ったね」
私は、自然とそう言っていた。
晴斗君が、一瞬だけ目を丸くした。
それから、少し笑って頷いた。
「ありがとうございます」
……うん。
よかった。
これからは、少しずつこの世界に慣れていってほしい。
分からないことがあったら、何でも聞いてもらえればいい。
……まあ。
私にも知らないことは、いっぱいあるんだけどね。
「……ちょっと待ってください」
雪彦君が、腕を組んだ。
「つまり、俺は勝手に召喚されて、師匠は一度死んで転生して、晴斗君は理由も分からず突然転移……」
「そういうことだね」
……。
…………。
「……晴斗君が一番大変じゃないですか!?」
……あっ。
そうなんだよねぇ。
「うん。私もそう思うよ」
「いや、師匠も大変だったんでしょうけど!」
「私は神様に説明してもらえたからね。雪彦君も、少なくとも召喚した人たちがいたでしょう?」
「……そうですね」
「晴斗君は、本当に一人きりだったんだよ」
……うん。
それが一番つらかったと思う。
晴斗君は、慌てて首を振った。
「で、でも、今は大丈夫です! 皆さんにもよくしてもらってますし」
「……うん。よかった」
私は笑った。
「これからも遠慮しないでね」
「はい!」
……ああ。
いい返事だ。
……でも。
それでも、どうして晴斗君だけ突然転移したのか。
そこは、まだ分からないんだよね。
……うーん。
オリミスにも、今度もう少し聞いてみようかな。
◇
「それにしても……」
雪彦君が、紅茶をひと口飲んだ。
「師匠は、どうやって晴斗君を見つけたんですか?」
「……あっ」
私は、思わず瞬きした。
……そういえば。
そこ、説明してなかったね。
「神様から連絡があったんだよ」
……。
…………。
「……神様?」
晴斗君が、首を傾げる。
その横で。
「……神様!?」
雪彦君が、ものすごい勢いで顔を上げた。
……おお。
いい反応だねぇ。
「うん。オリミスからね。日本人らしい人が、この世界に現れたって教えてくれたんだ」
「……ちょ、ちょっと待ってください!」
雪彦君が、身を乗り出した。
「師匠、神様と連絡取れるんですか!?」
「うん」
「……いつでも!?」
「まあ、必要があればね」
……あっ。
桜花が隣で小さく微笑んでいる。
……うん。
また驚かせちゃったみたいだね。
「師匠、強すぎません!?」
「……いや、そこは強さと関係ないと思うんだけど」
「いや、ありますよ! 俺、勇者なのに神様に直接連絡する方法なんて知りませんよ!?」
……。
…………。
……ああ。
そう言われると、確かに変かもしれない。
「最初にオリミスと会ったときに、連絡できるようにしておいたんだよ」
私は、なるべく普通に説明した。
「《映像通話》っていう魔法があってね。相手の前に画面を出して、お互いの顔を見ながら話せるんだ」
「……ビデオ通話!?」
「そうそう」
「……神様と!?」
「うん」
「……師匠、すげぇ……」
……あはは。
感心されちゃった。
晴斗君も、ちょっと呆然としている。
「……リアリスさん」
「うん?」
「僕、昨日、王都で神殿を見ましたよね」
「見たねぇ」
「その神殿で祀られてる神様が、普通に電話してくるんですか?」
……あっ。
そう考えると、なかなか不思議な光景だね。
「うん。たまにね」
私は笑った。
「……ただ、いきなり連絡が来ることもあるから、結構びっくりするよ」
「……びっくりするだけで済むんですか?」
「……うん?」
晴斗君が、遠い目をした。
……あれ。
また常識が崩れてる?
雪彦君が、ようやく落ち着いたのか、ソファへ座り直した。
「……師匠、本当に何者なんですか」
「……いやぁ。ただの転生者だよ?」
「ただの転生者は、神様とビデオ通話しません!」
……あっ。
それは、そうかも。
私は苦笑いした。
……でもさ。
オリミスは、結構気さくな神様なんだよ。
たまに、とんでもないこともするけど。
……そこは、うん。
今は黙っておこう。
「……そういえば」
晴斗君が、今度は雪彦君へ顔を向けた。
「お二人って、前からお知り合いだったんですよね?」
「はい!」
雪彦君が、勢いよく頷いた。
……おお。
その話をするの?
……うーん。
あれも、なかなか懐かしい思い出だねぇ。
「最初に会ったのは、魔法国の冒険者ギルドだったかな」
「そうです、師匠!」
雪彦君が、にこっと笑った。
「当時の俺、ちょっと天狗になってまして!」
「……天狗?」
「はい。勇者として召喚されて、周りから持ち上げられて、俺は強いんだって勘違いしてたんですよ」
……ああ。
そうだったね。
あの頃の雪彦君は、なかなか自信満々だった。
……まあ。
今も元気いっぱいだけど。
「それで、冒険者ギルドにいた師匠に勝負を挑んだんです!」
「……えっ?」
晴斗君が、目を丸くした。
「勇者が、リアリスさんに?」
「そうです!」
雪彦君が、親指を立てた。
「そして、瞬殺されました!」
……。
…………。
晴斗君が、ぽかんと口を開けた。
「……瞬殺?」
「いやぁ。ほんと一瞬でした!」
雪彦君が、あっけらかんと笑った。
……ああ。
自分でそこまで言っちゃうんだ。
「……模擬剣での手合わせだったからね」
私は、慌てて補足した。
「もちろん、怪我をさせたりはしてないよ」
「いや、怪我する暇もなかったですって!」
……あはは!
そう言われると、ちょっと困るなぁ。
「それで、ちゃんと実力の差を思い知ったんです」
雪彦君が、少しだけ真面目な顔になった。
「勇者だからって、最初から何でもできるわけじゃないって」
……おお。
そう思ってくれたんだね。
私は、少し嬉しくなった。
「それから、師匠って呼ぶようになったんですよ」
「……なるほど」
晴斗君が、ゆっくり頷いた。
そして、私へ目を向ける。
「……世界を救った英雄で、世界に一人のSSランク冒険者で、勇者の師匠……」
……。
…………。
……あっ。
またまとめられてる。
私は、思わず額を押さえた。
「晴斗君。そんなに並べなくてもいいんだよ?」
「いや、並べたくなりますよ……」
……ああ。
何だか、昨日も似たようなことを言われたなぁ。
すると。
「しかもですよ!」
雪彦君が、また身を乗り出した。
「師匠、それから全然連絡くれないんですよ!」
「……えっ?」
「久しぶりに会おうと思ったら邪神が出てくるし! 気づけば師匠は世界の英雄になってるし!」
……あっ。
そっちも話しちゃう?
「師匠、ほんと何やってるんですか!」
「……あはは。ごめんねぇ」
……うん。
ちょっと忙しかったんだよ。
いや。
ちょっとどころじゃなかったかな。
……まあ。
それは、もう終わった話だね。
「今度からは、もう少し連絡するよ」
「本当ですね!?」
「うん。約束」
……ああ。
そんなに喜んでくれるなら、もっと早く連絡してあげればよかったな。
私は、そっと紅茶を飲んだ。
……うん。
こうして話していると、雪彦君もずいぶん大人になったねぇ。
以前は自信満々だったけど、今は自分の弱さもちゃんと認められる。
……よかった。
……と。
「……晴斗君」
雪彦君が、何だか楽しそうな顔で隣を見た。
「はい?」
「今日、せっかく師匠に会えたんですから……」
……おや?
何だろう。
雪彦君が、ぐっと親指を立てた。
「この際、師匠について詳しく聞いちゃいましょう!」
……。
…………。
「……えっ?」
私と晴斗君の声が重なった。
……いや。
私は、そういうつもりで集まったんじゃないんだけど。
「だって、おかしいじゃないですか!」
雪彦君が、勢いよく私を指した。
「こんな豪邸に住んでるし! 世界を救うくらい強いし! 神様と連絡できるし!」
……おっ。
また並べられた。
「しかも、異世界に来た経緯が三人とも違うんですよ! これは聞くしかないでしょ!」
……いや。
どういう理屈かな、それ。
晴斗君が、少し考えた。
「……確かに、僕も気になってたことがあります」
……あっ。
晴斗君まで!
「でしょう!?」
雪彦君が、嬉しそうに頷いた。
「ということで、質問大会です!」
……。
…………。
……ええっ!?
「ちょっと待って、雪彦君!」
「はいっ!」
「私は、今日はのんびり話すつもりだったんだけど……」
「大丈夫です! 座ってるだけで答えられますから!」
……。
…………。
……あっ。
確かに、座ってるね。
でも、そういう問題かなぁ。
晴斗君が、くすくす笑っている。
桜花は、なぜかとても穏やかな顔だ。
……ああ。
助けてくれる人、いなさそうだねぇ。
「……お手柔らかにお願いするよ」
私は、諦めてカップを置いた。
「よし! 行きましょう、晴斗君!」
「はい!」
……。
…………。
……ああ。
何だか、嫌な予感がする。
こうして、私の承諾がほとんどないまま。
『リアリスへの一問一答』が、勝手に始まったのだった。
◇
「では、第一問です!」
雪彦君が、妙に張り切った声を上げた。
……おお。
司会者みたいになってる。
「師匠は、何歳で亡くなったんですか!?」
……。
…………。
「……いきなり重いね!?」
思わず声が出た。
……いやいや。
もっと軽い話から始めようよ!
好きな食べ物とか!
好きな色とか!
……まあ。
死んだ年齢も、隠すようなことじゃないけど。
「四十三歳だよ。病気で亡くなったんだ」
「……四十三歳」
晴斗君が、少し驚いた顔をした。
「今のリアリスさん、そんな年齢には見えないですよね」
「うん。転生したときの身体が二十五歳くらいだったからね」
……そう。
今の私は、見た目だけならずいぶん若い。
しかも不老不死だから、これ以上老けることもない。
……うん。
我ながら、すごい設定だよねぇ。
「……じゃあ、人生二回目なんですね」
「そういうことになるかなぁ」
……あはは。
確かにね。
「はい、次の質問!」
今度は晴斗君が手を上げた。
「リアリスさん、日本ではどんな仕事をしてたんですか?」
……おっ。
いい質問だね。
……うん。
これなら普通に答えられる。
「いろいろやったよ。接客業とか、美容師とか、最後は会社員かな」
「……美容師!?」
雪彦君が、また驚いた。
「師匠、髪切れるんですか!?」
「うん。十年くらいやってたからね」
「……マジですか!」
……あはは。
何だか、そっちの方が驚かれてる?
「二十二歳の頃に接客の仕事をして、それから美容師になろうと思って専門学校へ行ってね」
「へぇ!」
「二年勉強して、美容師として十年働いたんだ。そのあと、ソフトウェア関係の会社に勤めてた」
……うん。
振り返ってみると、結構いろんなことをやったねぇ。
美容師の仕事も、会社員の仕事も、それぞれ面白かった。
……大変なことも、いっぱいあったけど。
「……リアリスさん」
晴斗君が、少し考えてから言った。
「それで、この屋敷の美容サロンもやってるんですね」
「そうそう!」
……おお。
よく気づいたねぇ。
「日本でやってたことが、こっちでも役に立ってるんだよ」
「なるほど……!」
……うん。
ちゃんと意味があるんだよ。
ただ、魔法のおかげで日本の美容院とはずいぶん違う仕事になっちゃったけどね。
「はい、次! 俺からです!」
雪彦君が手を上げる。
……早いねぇ。
「師匠、転生したときにどんなチート能力をもらったんですか!?」
……。
…………。
……ああ。
ついに来たか、その質問。
「《想像魔法》だよ」
「……想像魔法?」
晴斗君が首を傾げた。
……あっ。
そうか。
名前はまだちゃんと説明してなかったかな。
「簡単に言うと、私が想像した魔法を作って使えるんだよ」
「……何でもですか!?」
「まあ、想像できる範囲ならね。ただし、魔法として作らないと使えないし、神様へ直接効果を及ぼすようなことはできないんだけど」
……うん。
無制限に見えるけど、ちゃんと制約はある。
それでも、かなり便利な能力だとは思う。
「それから、魔力は無限。あとは言葉が分かるようになる能力とか、頭の中で地図を見られる能力とか、いろいろかな」
……。
…………。
「……無限?」
晴斗君が、ぽつりと呟いた。
「うん」
「……魔力が?」
「そうだね」
……あっ。
また遠い目になってきた。
「リアリスさん、今さらですけど……それ、かなりおかしくないですか?」
「……うん。自分でもそう思うよ」
……あはは。
否定できないねぇ。
雪彦君が、うんうんと力強く頷いた。
「やっぱ師匠、チートすぎる!」
「……いやぁ。雪彦君だって勇者じゃない」
「俺の勇者と師匠の想像魔法、全然違いますよ!」
……あっ。
そこは、そうかもしれない。
……でも、勇者もちゃんとすごいと思うんだけどなぁ。
まあ、その話はあとで聞いてもらおう。
「はい!」
今度は晴斗君が手を上げる。
「リアリスさんって、どうしてリアリスって名前なんですか?」
……おお。
さっきの話を覚えてたんだね。
「別に、そんなに深い理由はないんだよ」
「……ないんですか?」
「うん。日本にいた頃、ゲームで使ってた名前なんだ」
……ああ。
懐かしいなぁ。
時間を見つけてはゲームをして。
そのときに使っていた名前を、こっちでもそのまま名乗った。
……うん。
今では、すっかり自分の名前になったねぇ。
「……ゲームのキャラ名!?」
雪彦君が、また目を輝かせた。
「師匠、まさかのそれですか!?」
「……うん」
「めっちゃ親近感湧くじゃないですか!」
……おお。
そうなの?
まあ、日本で遊んでたゲームの話なら、雪彦君とも盛り上がれそうだね。
「俺だったら、もっと格好つけた名前にしちゃうかも!」
「雪彦君、今の名前も格好いいと思うけどなぁ」
「……えっ。そうですか!?」
雪彦君が、ちょっと照れた。
……あはは。
素直だねぇ。
晴斗君も、楽しそうに笑っている。
……うん。
こういう質問なら、いくらでも答えるよ。
「それじゃあ、次!」
雪彦君が、少し声を落とした。
「師匠。日本で亡くなって、後悔してないんですか?」
……。
…………。
……あっ。
今度は、少し真面目な話だね。
私は、カップを置いた。
……後悔、か。
日本での最後の頃を、少し思い出す。
病気が分かったのは四十二歳のとき。
入院したり、家へ帰ったり。
できなくなったことも、たくさんあった。
……うん。
もう少しやってみたかったことだって、ある。
でも。
「……後悔は、あんまりないかなぁ」
私は、ゆっくり答えた。
「楽しいこともあったし、仕事もいろいろ経験できたしね」
「……そうなんですか」
「最後は、母と妹が病院へ来てくれて。二人に看取られたんだ」
……ああ。
あのときのことは、今でも覚えている。
母の顔。
妹の声。
……うん。
ちゃんと、見送ってもらえた。
「父は、私が大学生の頃に亡くなってたからね。母と妹が来てくれたんだよ」
……。
…………。
少しだけ、居間が静かになった。
……あっ。
重くしちゃったかな。
私は、慌てて笑った。
「だから、十分幸せな人生だったと思ってるよ」
……うん。
本心だ。
病気になったことは、もちろんつらかった。
もっと生きたかったと思う日もあった。
でも、それまでの人生が全部不幸だったわけじゃない。
私は、ちゃんと楽しかった。
「……師匠」
雪彦君が、少し真面目な顔で頷いた。
「……そう言ってもらえると、何だか安心します」
……おお。
どうしたんだろう。
「俺、まだ日本のことを考えると、たまに帰りたくなるんですけど」
「……うん」
「師匠みたいに、自分の人生をちゃんと受け止められるようになりたいです」
……ああ。
そういうことか。
私は、少しだけ笑った。
「無理しなくていいよ。雪彦君と私では、事情が違うからね」
「……はい」
「帰りたいって思うのは、普通のことだと思うよ」
……そう。
私は日本での人生を終えた。
でも、雪彦君は違う。
突然ここへ来て、帰る方法が失われている。
晴斗君だって、昨日まで日本で学校へ通っていた。
……うん。
簡単に『気持ちを切り替えよう』なんて言えないよね。
「それに、今の世界で楽しいことがあっても、日本を恋しく思っちゃ駄目ってわけじゃないからね」
……ああ。
ちょっと、偉そうなこと言っちゃったかな。
でも、そう思うんだよね。
雪彦君が、少し笑った。
「……ありがとうございます、師匠」
「どういたしまして」
晴斗君も、何か考えるようにカップを見つめている。
……うん。
二人とも、無理せずゆっくり暮らしてほしいな。
「……では!」
雪彦君が、急に背筋を伸ばした。
……おっ?
雰囲気、変わったね。
「次の質問、行きます!」
……あはは!
切り替え早いなぁ!
「どうぞー!」
◇
「次は僕です!」
晴斗君が、元気よく手を上げた。
「リアリスさん。この屋敷って、どうしてこんなに大きいんですか?」
……。
…………。
……あっ。
そこか。
昨日も『日本のお金持ちの豪邸みたい』って言われたんだよね。
「いやぁ。最初は、もうちょっと普通の家にするつもりだったんだけど」
「……そうなんですか?」
「うん。せっかく魔法で家を作れるからって、いろいろ考えてたら大きくなっちゃって」
……あはは。
我ながら、雑な説明だねぇ。
でも、そうなんだよ。
最初は、自分が暮らしやすい家が欲しかった。
そうしたら、桜花と暮らすことになって。
巴さんたちが増えて、カトレアも家族になって。
気づけば、こんなに賑やかな屋敷になっていた。
「……作ったら、大きくなっちゃった?」
晴斗君が、ぽかんとした。
「うん」
「……何となく、で?」
「まあ、そんな感じかなぁ」
……あっ。
また、ちょっと呆れられてる。
「俺、家を魔法で作れる時点で驚くんですけど!」
雪彦君まで笑っている。
……うん。
確かに、普通はそうだよね。
「でも、ここには家族がいっぱいいるからね。このくらいの広さで、ちょうどいいと思うよ」
「……家族」
晴斗君が、少しだけ微笑んだ。
「そうですね。皆さん、すごく仲良さそうですし」
「うん!」
……ああ。
そう言ってもらえると嬉しいねぇ。
私は、満足して紅茶を飲んだ。
……おいしい。
「では、次!」
雪彦君が、また身を乗り出した。
「師匠! どうしてそんなに強いんですか!?」
……おっ。
また難しい質問だ。
「……自覚は、あんまりないんだけどねぇ」
「絶対うそだ!」
「……ええっ!?」
……あはは!
即答された!
「師匠! 邪神を倒して世界を救ってるんですよ!?」
「……まあ、そうなんだけど」
「俺との模擬戦だって、一瞬だったじゃないですか!」
「……ああ、そうだね」
……うん。
否定はできない。
「でも、やっぱり《想像魔法》と無限魔力のおかげかなぁ。あとは、桜花たちと練習したりもしてるし」
私は、隣の桜花へ目を向けた。
桜花が、少し微笑んだ。
「リアリス様は、いつもわたくしたちのことをお考えになってくださいます」
「……桜花。そんなに褒めなくてもいいよ」
「本当のことでございます」
……ああ。
もう。
素直に言われると、照れるねぇ。
「ほら、師匠! 桜花さんまでそう言ってます!」
「……あはは」
……いや。
強さを聞かれて、家族の話になっちゃった。
……まあ、それも私らしいかな。
「はい、次の質問!」
晴斗君が、今度は少し楽しそうな顔をした。
「リアリスさん。異世界ものの主人公みたいに、ラッキースケベとか、突然モテモテになったりしたことってあります?」
……。
…………。
「……ええっ!?」
私は、思わずカップを置いた。
……ちょっと待って。
今度は、何を聞くの!?
「ほら、異世界の主人公って、そういうお約束もあるじゃないですか」
晴斗君が、悪気のない顔で言う。
……ああ。
確かにね。
小説やアニメだと、主人公が偶然女の子とぶつかったり、お風呂で鉢合わせしたり。
……うん。
そういう話、あったねぇ。
「……ああ。それなら」
私は、雪彦君を見た。
「その設定は、雪彦君の方かな」
……。
…………。
「師匠!?」
雪彦君が、勢いよく顔を上げた。
……あっ。
反応した。
晴斗君が、にやっと笑う。
「……そうなんですか?」
「いやいやいや! 変な話、聞いてないですよね!?」
……おお。
必死だねぇ。
私は、軽く笑った。
「いやぁ。雪彦君、そういうお約束に遭遇しそうだなぁって思っただけだよ」
「……もう! 師匠!」
雪彦君が、頭を抱えた。
……あはは。
こういうところも、元気でいいねぇ。
桜花が、そっと口元を隠して笑っている。
……うん。
今日は、桜花も楽しそうだ。
「はい、次!」
雪彦君が、少し勢いを取り戻した。
「師匠は、この世界へ来て最初に何をしたんですか!?」
……おっ。
懐かしい話題だ。
「最初……うーん」
私は、少し考えた。
神様に会って。
魔法を選んで。
ステラへ降りてきて。
……あっ。
「神様に電話したかな」
……。
…………。
「……神様に、電話?」
晴斗君が、ゆっくり聞き返した。
「うん。《映像通話》でね」
……ああ。
あれも、今では懐かしいねぇ。
「異世界に来たばかりだったから、いろいろ確認したくてさ」
「……師匠」
雪彦君が、額を押さえた。
「転生して最初に神様へ電話って、それもう最初からおかしいですよ!」
……ええっ!?
「そ、そうかなぁ」
「そうです!」
……ああ。
また即答された。
私は、思わず笑ってしまった。
……うん。
こうしてみると、私の異世界生活って、最初から結構おかしかったんだねぇ。
「……それじゃ、僕から!」
晴斗君が、最後の質問というように手を上げた。
「リアリスさん。異世界に来て、一番驚いたことって何ですか?」
……おっ。
それなら、いろいろあるよ。
魔獣の大きさとか。
魔法が本当に存在することとか。
王様に会ったこととか。
……うーん。
でも、最初の頃に一番驚いたこととなると……。
「……宿屋にお風呂がなかったこと、かなぁ」
……。
…………。
「……お風呂?」
晴斗君が、目を丸くした。
「うん。日本だと、お風呂があるのが普通だったでしょう?」
「まあ、そうですね」
「最初に宿へ泊まろうとしたとき、お風呂がないって聞いて、すごく驚いたんだよ」
……ああ。
あれは、なかなか衝撃だった。
私は日本で、お風呂に入るのが好きだったからね。
だから、ついついこの屋敷にも立派なお風呂を作っちゃった。
「……だからこの家のお風呂、あんなに大きいんですか!?」
晴斗君が、納得したように頷いた。
「そうそう!」
……おお。
話がつながったねぇ。
「師匠! 世界を救った英雄の一番の驚きが、宿屋の風呂って!」
雪彦君が、とうとう吹き出した。
……ええっ。
そんなに面白い?
「いやぁ。だって、生活する上では大事なことでしょう?」
「……あはは! 確かにそうですけど!」
……うん。
日本人なら、この気持ち、分かってくれると思うんだけどなぁ。
晴斗君も、くすくす笑っていた。
……ああ。
何だかんだ、楽しい質問大会だねぇ。
◇
「……ふぅ」
雪彦君が、ソファの背もたれに身体を預けた。
「……結構聞きましたね」
「……そうだねぇ」
私は、思わず苦笑いした。
……いやぁ。
本当に、結構聞かれた。
年齢。
仕事。
魔法。
名前。
日本での最後のこと。
家のこと。
強さのこと。
……うん。
こうして並べてみると、なかなか盛りだくさんだね。
「満足してもらえたかな?」
「はい!」
雪彦君が、満面の笑みで頷いた。
「師匠について、かなり詳しくなりました!」
「僕もです!」
晴斗君が、真剣な顔で頷く。
「リアリスさんが、とんでもない人だってことがよく分かりました」
……。
…………。
「……そこ?」
私は、がっくりと肩を落とした。
……ああ。
昨日も似たようなことを言われた気がするなぁ。
私は、ただ普通に答えただけなんだけど。
「だって、リアリスさん!」
晴斗君が、指を折り始めた。
「日本ではいろんな仕事をしてて、転生して、魔法で家を作って、神様と連絡が取れて、勇者の師匠で、邪神を倒して世界を救ったんですよね!?」
「……うん」
「……やっぱり、とんでもないですよ」
……。
…………。
……ああ。
否定できないねぇ。
私は、苦笑いした。
「まあ、でも。今はこうしてお茶を飲んでるだけだからね」
「……そこが、一番すごい気がします」
……おっ。
そうなの?
雪彦君が、何度も頷いた。
「師匠、やっぱり俺の知ってる人の中で一番変わってますよ!」
「……ありがとう?」
……あれ。
褒められたのかな、これ。
私は、ちょっとだけ首を傾げた。
「……あっ!」
雪彦君が、急に何かを思い出した。
「……ん?」
……おや。
まだ質問、あるの?
「そういえば、師匠!」
「うん?」
「桜花さんって、師匠が魔法で作ったんですよね?」
……。
…………。
……あっ。
そっちか。
「そうだよ。《ホムンクルス作成》っていう魔法を使ったんだ」
……うん。
桜花は、私がこの世界で最初に作ったホムンクルス。
今では、かけがえのない相棒だ。
……ああ。
そう考えると、長い付き合いになったねぇ。
雪彦君が、興味深そうに桜花を見た。
「……すごいですよね」
……ん?
何が?
「師匠、魔法で人を作れるってだけでもすごいのに」
「……うん」
「桜花さん、こんなにきれいですし!」
……。
…………。
……おおっ!?
急にそっちの話?
私は、ちょっと驚いた。
隣の桜花は、いつもの穏やかな笑顔のままだ。
「ありがとうございます、雪彦様」
……ああ。
桜花、慣れてるねぇ。
……いや。
桜花がきれいなのは、本当なんだけど。
「僕も、初めて桜花さんを見たとき、驚きました」
晴斗君まで頷いた。
「髪もすごくきれいですし、姿勢もよくて。なんていうか、雰囲気が違うんですよね」
……あっ。
晴斗君。
そんなに褒められると、私までちょっと照れちゃう。
銀色のおかっぱ頭。
きれいに揃った前髪。
いつも落ち着いた微笑み。
……うん。
私が見ても、本当にきれいだと思う。
ただ、隣にいるのが当たり前になっていて、最近はあまり意識しなくなっていたかもしれない。
「……なるほど」
雪彦君が、何かを納得したように頷いた。
……おや?
何が、なるほどなんだろう。
「じゃあ師匠!」
「……うん?」
「桜花さんの姿って、どうやって決めたんですか?」
……。
…………。
……あっ。
そこ、聞いちゃう?
「ええっと……」
私は、少し言葉に詰まった。
……そうだよねぇ。
ホムンクルスを作ったって言ったら、見た目も決めたのかって思うよね。
……でも。
桜花の姿って、実は私が細かく指定したわけじゃないんだ。
「……桜花の姿はね」
私は、隣へ顔を向けた。
「私が何となく想像して……」
「リアリス様」
……おっ?
桜花が、静かに口を開いた。
「はい?」
「僭越ながら、わたくしからご説明してもよろしいでしょうか」
「……うん。もちろんだよ」
……ああ。
桜花自身のことなんだから、本人が説明してくれた方がいいかもしれない。
私は、素直に頷いた。
桜花は、雪彦君と晴斗君へ向き直った。
「わたくしは、リアリス様が初めてお作りになったホムンクルスでございます」
「はい!」
「……うん」
二人が、真剣に頷く。
「作成時、リアリス様は外見を細かく指定なさいませんでした」
……そうそう。
よく覚えてるねぇ。
私は、満足して頷いた。
「ですので、わたくしの容姿には、リアリス様の潜在意識が反映されております」
……。
…………。
………………。
……あっ。
……えっ?
「……せ、潜在意識?」
雪彦君が、ゆっくり聞き返した。
「はい」
桜花が、穏やかに微笑んだ。
「リアリス様の心の奥にございました、理想の姿でございます」
……。
…………。
……ちょっと待って!?
それ、言っちゃうの!?
私は、思わず桜花の顔を見た。
……あっ。
いつもの顔だ。
ものすごく、いつもの顔で、とんでもないことを言ったよ!?
「……なるほど」
雪彦君が、ゆっくり頷いた。
……やめて。
その『なるほど』は、やめてほしいなぁ。
「……つまり、師匠の理想の女性が桜花さんってことですね?」
……。
…………。
「……ええっ!?」
私は、思わず声を上げた。
……いや。
待って。
間違ってない。
間違ってないんだけど!
晴斗君が、何かを察したような顔になった。
「……ああ。だから、桜花さん、あんなにきれいなんですね」
……。
…………。
……ああぁ。
もう駄目だ。
二人とも、完全にそういう目で見てる。
「師匠……」
雪彦君が、にやっと笑った。
「……やりますねぇ」
「……何が!?」
「いやぁ、別に何も?」
……絶対、何か思ってる!
私は、思わず顔を手で覆った。
……ううっ。
これは恥ずかしい。
さっき、日本での最期を話したときより、ずっと恥ずかしいかもしれない。
……いや。
比較するようなことじゃないか。
「……でも」
晴斗君が、少しだけ笑った。
「リアリスさんが理想だと思った姿なら、桜花さんがきれいなのも納得です」
……おお。
晴斗君。
それは、何だかいいことを言ってくれてる気がする。
……でも。
「……否定は、できないかなぁ」
私は、観念して小さく呟いた。
……ああ。
もう、無理だ。
桜花がきれいなのは、事実なんだし。
私があの子のことを大切に思ってるのも、本当だからね。
……うん。
別に、悪いことじゃない。
……悪いことじゃないんだけど。
こんなふうに、二人の前で話題にされるのは恥ずかしいよぉ。
桜花が、隣でくすりと笑った。
「リアリス様」
「……うん?」
「わたくしは、リアリス様のお側にいられることを、幸せに思っております」
……。
…………。
……ああっ!
桜花!
追い打ちをかけないでぇ!
「……師匠!」
雪彦君が、嬉しそうに声を上げる。
「……何かな、雪彦君」
「いやぁ……いい話じゃないですか!」
……おお。
そっち?
晴斗君も、くすくす笑っていた。
……うん。
別に、からかわれているだけじゃないみたいだね。
それなら……。
「……ははは」
私は、ようやく少し笑えた。
……ああ。
何だかんだ、いい時間だなぁ。
日本から来た三人が集まって。
お互いのことを話して。
たくさん笑って。
……それで、最後には桜花の話になる。
……うん。
これも、私たちらしいかもしれないね。
「……さて!」
私は、少し大きな声を出した。
「私への質問は、このくらいにしようか!」
「ええっ!? まだ聞きたいことありますよ、師匠!」
……雪彦君!
まだあるの!?
「……あはは。続きはまた今度ね」
私は、慌てて紅茶を飲んだ。
……ああ。
ちょっと冷めちゃった。
でも、まだおいしい。
向かいでは、雪彦君と晴斗君が顔を見合わせ、何やら楽しそうに笑っている。
……うーん。
何だか、次の質問を考えてるような顔だ。
……ああ。
嫌な予感。
私は、そっと隣の桜花を見た。
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「……もう少し、助けてくれてもよかったんじゃないかなぁ」
桜花は、少しだけ首を傾げた。
「わたくしは、事実を申し上げたまででございます」
……。
…………。
「……そうだねぇ」
……ああ。
何も言い返せない。
すると、桜花がまた、くすりと笑った。
……うん。
どうやら、今日の質問大会で一番楽しんでいたのは、桜花だったのかもしれない。
私は、もう一度紅茶を口に運んだ。
……さて。
日本から来た三人が、こうして顔を合わせられた。
そのこと自体は、本当に嬉しい。
ただし。
……次に質問大会をするなら、最初に質問内容を決めてもらおう。
……いや。
それでもきっと、雪彦君は勝手に質問を増やしそうだねぇ。
……あはは。
まあ、それも悪くないか。
私は、賑やかな二人と穏やかな桜花を眺めながら、そっと微笑んだ。




