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第2話:懐かしい顔

 ギィッ。


 久しぶりに開けた冒険者ギルドの扉は、昔と変わらない音を立てた。


 中へ入ると、まず聞こえてきたのは冒険者たちの話し声。


 掲示板の前には依頼を選ぶ人たちがいて、受付には何人かの列ができている。


 ……ああ。


 懐かしいなぁ。


 こういう賑やかさも、久しぶりだね。


「リアリス様。以前と変わらず、皆様お元気そうでございますね」


「うん。よかったよ」


 私は桜花と一緒に受付へ向かった。


 ……さて。


 リリーナさん、今日はいるかな。


 受付には見覚えのある女性が何人かいたけれど、みんな忙しそうに書類を整理している。


 ……おっ。


 あの茶色いポニーテールは。


「……リリーナさん?」


 思わず名前を呼ぶと、受付の女性が顔を上げた。


「はい、何でしょう……」


 私と目が合う。


 次の瞬間。


「……リアリスさん!?」


「うん。お久しぶりです!」


 リリーナさんが勢いよく椅子から立ち上がった。


 周りの受付嬢さんたちも、こちらを見た。


「本当にリアリスさんですか!?」


「えっ。そうですけど……」


「お元気になられたんですね!」


 ……ああ。


 そっか。


 私は、邪神との戦いが終わってからしばらく眠っていた。


 目を覚ましてからも、屋敷でのんびり過ごしたり、神様の相手をしたりしていて、ギルドには一度も顔を出していない。


 ……うん。


 心配してくれた人もいるよね。


「はい。すっかり元気ですよ!」


「よかった……!」


 リリーナさんが胸の前で、ぎゅっと手を握った。


 その姿を見て、私はようやく気づいた。


 ……あれ?


 いや、ちょっと待って。


「リリーナさん……無事だったんですね!」


「……えっ?」


「あの日、世界中が大変なことになったでしょう? 私、ギルドの皆さんがどうなったか、ちゃんと確認できてなくて」


 リリーナさんの目が、少しだけ丸くなった。


 それから、優しく微笑む。


「はい。私も、ギルドマスターも無事ですよ」


「……!」


 ……そうか。


 シルベスターさんも。


 リリーナさんも。


 二人とも、生きてたんだ。


 私は、思わず大きく息を吐いた。


「……よかったぁ」


 自分でも、ずいぶん情けない声が出たと思う。


 でも、仕方ないでしょう?


 あのときは、どこを見ても魔獣だらけだったんだから。


 世界中の生存者を屋敷へ《転移》させたけれど、一人ひとりの顔までは確認できなかった。


 ……だから。


 こうして目の前で笑ってくれている。


 それだけで、本当に嬉しかった。


「リアリスさん?」


「……あっ。ごめんなさい。つい」


「いえ。こちらこそ、心配をおかけしました」


 リリーナさんが、ぺこりと頭を下げた。


 ……いやいや。


 謝るのは、むしろ私の方じゃないかな。


 ちゃんと会いに来ればよかったんだから。


     ◇


「おいおい。誰が来たのかと思えば……」


 聞き慣れた低い声がした。


 受付の奥から、大柄な男性が歩いてくる。


 がっしりとした肩。


 鍛え上げられた腕。


 そして、何となく懐かしい顔。


「……シルベスターさん!」


「よう、リアリス。ずいぶん久しぶりじゃねえか」


 シルベスターさんが、にやっと笑った。


「お久しぶりです! シルベスターさんも無事だったんですね!」


「当たり前だ。そう簡単にくたばるかよ」


「……よかったです」


 私がほっとすると、シルベスターさんは少しだけ目を細めた。


「お前、俺たちのことまで心配してたのか」


「そりゃそうですよ。あんなことがあったんですから」


「……ったく」


 シルベスターさんが、いつものように頭をかいた。


 ……うん。


 この感じ。


 本当に久しぶりだねぇ。


「それより、お前こそ大丈夫なのか?」


「はい! 見てのとおり元気ですよ」


「そうか。……なら、よかった」


 シルベスターさんは、短くそう言った。


 なんだろう。


 怒られるかと思ったのに、今日はずいぶん優しい。


 ……。


 いや、別に普段から怒られてばかりじゃないよ?


 たまに私が余計な魔法を作ったり、何かやらかしたりすると、ちょっと説教が長くなるだけで。


 ……うん。


 ちょっと、ね。


「桜花も元気そうだな」


「はい。おかげさまでございます。シルベスター様も、ご無事で何よりでございます」


「ああ。お前らが無事に帰ってきてくれて、こっちも安心した」


 桜花が静かに頭を下げる。


 そのとき、近くにいた冒険者さんがこちらへ顔を向けた。


「……なあ、あれってリアリス様じゃないか?」


「おい、本当だ」


「あの英雄様か?」


 ……ん?


 まただ。


 さっき町でも聞いたけど。


 ……英雄様?


 誰のことだろう。


 私は、思わず周囲を見回した。


 ……あれ?


 みんな、こっち見てない?


「……シルベスターさん」


「何だ?」


「何だか、皆さんの視線が……」


「ああ。お前が珍しいんだろ」


「……そうなんですか?」


「そりゃ、ずっと姿を見せてなかったからな」


 ……なるほど。


 久しぶりにギルドへ来ると、こんなに注目されるものなのかな。


 ……うーん。


 もともと、多少は顔を覚えられていたけどね。


 ……多少は。


「まったく。ここで立ち話をしてたら仕事にならん。奥へ来い」


「……あっ、はい!」


 シルベスターさんが、私たちを奥へ案内してくれた。


 リリーナさんも、ほかの受付嬢さんへ何かを伝えてからついてくる。


 ……ああ。


 応接室かぁ。


 あの部屋も久しぶりだね。


 確か、転生初日から何度もお世話になったような。


 ……。


 …………。


 うん。


 あまり深く考えないでおこう。


     ◇


 通されたのは、以前と変わらない応接室だった。


 大きな机。


 向かい合う椅子。


 窓際に置かれた観葉植物。


 ……ああ。


 最初にこの部屋へ来たときは、測定器を何台も壊したあとだったね。


 今思えば、ずいぶん申し訳ないことをしたなぁ。


 私は桜花と並んで腰を下ろした。


 向かいには、シルベスターさんとリリーナさん。


「それで、今日はどうしたんだ?」


「久しぶりに皆さんに会いたくなったので、挨拶に来ました」


「……それだけか?」


「それだけです!」


 シルベスターさんが、少し不思議そうな顔をした。


 ……えっ。


 何で?


 私だって、普通に挨拶しに来ることくらいあるよ?


「別に何か問題を起こしたわけじゃないですよ」


「……まだ何も言ってねえだろ」


「……そうでした」


 桜花が、隣で小さく微笑む。


 ……うん。


 何だろう。


 今、私だけが勝手に墓穴を掘った気がする。


「まあ、いい。せっかく来たんだ。茶でも飲んでいけ」


「ありがとうございます!」


 ……おお。


 やった!


 来てよかった!


 ……いや。


 お茶を飲みに来たわけじゃないんだけどね。


 リリーナさんが、くすっと笑った。


「リアリスさん、相変わらずですね」


「そうですか?」


「はい。安心しました」


 ……そっか。


 そう言ってもらえるのは、嬉しいなぁ。


 私は、少しだけ姿勢を正した。


「そういえば、あの日のギルドってどうなっていたんですか?」


 シルベスターさんとリリーナさんが、顔を見合わせる。


「……ああ。邪神が現れたときのことか」


「はい」


 さっきまでの軽い雰囲気が、少しだけ変わった。


 私は、二人の話を聞くことにした。


     ◇


「あの日は、王都の外に魔獣があふれた」


 シルベスターさんが、机に肘を置いた。


「俺は王国軍の連中と連携して、冒険者を前線へ出していた。とにかく町へ近づけないようにするので精いっぱいだったな」


「……そうだったんですね」


「ああ。倒しても、倒しても、きりがなかった。あんな数は見たことがねえ」


 シルベスターさんの声は、落ち着いていた。


 でも、その表情を見れば、簡単な戦いじゃなかったことは分かる。


 ……そりゃ、そうだよね。


 私だって、世界中にいた魔獣の数を把握しきれていなかったんだから。


「リリーナさんは?」


「私は、負傷した方の救護をお手伝いしていました」


「……救護ですか?」


「はい。前線から戻ってきた冒険者さんや、避難してきた人たちが次々に運ばれてきて……」


 リリーナさんは、少しだけ視線を伏せた。


「怪我の程度も、人によって全然違いました。できることを探して、何とか動いていた感じです」


「……大変でしたね」


「でも、皆さん必死でしたから。私だけが大変だったわけではありません」


 ……ああ。


 リリーナさんらしいなぁ。


 自分のことより、先に周りの人のことを話すんだ。


 ……うん。


 二人とも、本当に頑張ってくれてたんだね。


「それでな」


 シルベスターさんが続けた。


「突然、目の前の景色が変わった」


「……あっ」


「気づいたら、お前の王国邸にいた。戦場じゃなく、でかい屋敷の敷地の中だ」


「……ああ。《転移》ですね」


「そうだろうな。あの場にいた連中が、一斉にだ」


 ……うん。


 覚えてる。


 あのときは、世界中の生存者を安全な場所に移すことしか考えていなかった。


 私の屋敷なら、《結界》もある。


 カトレアも、桜花も、巴さんたちもいる。


 ……だから。


 皆が生きていられる場所を、あそこに作ろうと思ったんだ。


「実は、あのとき一人ひとりを確認する余裕がなくて……」


「だろうな」


「なので、シルベスターさんやリリーナさんが来ていたことも、今初めて知りました」


「……そうか」


 シルベスターさんが、少し驚いた顔をした。


「お前、本当に自分のことを後回しにしてたんだな」


「……いえ。あのときは、それしか考えられなかっただけです」


 正直、うまくできていたのかどうかも、分からなかった。


 転移先に全員がちゃんと着いたか。


 怪我人がどうなったか。


 怖がっている子供たちが、少しは安心できたか。


 ……考え出したら、きりがなかったもんね。


「それで、王国邸でもお二人は……?」


「ええ。そこで巴さんにお会いしたんです」


 リリーナさんが、少し笑った。


「たくさんの方が避難されていて、何から手をつけていいのか分からないくらいでした。でも、巴さんが皆さんに次々と指示を出していらして」


「……巴さんが?」


「はい。ものすごく頼もしかったです!」


 ……おお。


 うちの巴さん。


 やっぱり、すごいねぇ。


 ……いや。


 私もそれは知ってるんだけど。


 ほかの人からそう言われると、ちょっと嬉しい。


「俺たちにもできることがあると思ってな」


 シルベスターさんが頷いた。


「巴殿に声をかけて、避難者の安全確認や誘導を手伝った。俺は冒険者たちをまとめて、危ない場所に人が近づかないように見回っていた」


「私は、負傷者の搬送や医療班のお手伝いです。治療を受ける方を案内したり、必要なものを運んだり……」


「……そっか」


 私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。


 私が邪神と戦っていた間にも。


 私の見えないところで。


 みんな、自分にできることをしてくれていたんだ。


 ……ああ。


 それは、本当にありがたいなぁ。


「お二人とも、ありがとうございました」


 私は、深く頭を下げた。


「……おいおい。何でお前が礼を言うんだ」


「だって、うちに避難してきた人たちを助けてくれたんでしょう?」


「俺たちは自分でできることをやっただけだ」


「私も、ほかの皆さんに助けていただきましたし」


 ……うん。


 そう言うと思った。


 でも。


「それでも、ありがとうございます」


 私がもう一度頭を下げると、二人は顔を見合わせて笑った。


 桜花が、隣から静かに言った。


「リアリス様がお戻りになるまで、皆様で力を合わせておられたのでございますね」


「……うん」


 本当に。


 みんな、すごいなぁ。


 私は、ちゃんと覚えておこうと思った。


     ◇


 しばらくして、リリーナさんが席を立った。


「そろそろ受付へ戻りますね。お二人とも、ごゆっくりどうぞ」


「ありがとうございます、リリーナさん」


「こちらこそ。お顔が見られて、本当に嬉しかったです」


 リリーナさんが微笑む。


「また、いつでもいらしてくださいね」


「はい! 今度はもっと早く来ます!」


「ふふ。お待ちしています」


 扉が閉じる。


 ……ああ。


 よかった。


 久しぶりに会えただけでも嬉しかったけれど、二人が無事だった理由を聞けたのは、もっと嬉しい。


 ……うん。


 来てよかったね。


「……さて」


 向かいのシルベスターさんが、少しだけ身を乗り出した。


「リアリス。ひとつ聞いてもいいか」


「はい?」


「お前が、あの邪神とやらを倒したんだろ?」


 ……ああ。


 その話かぁ。


「はい。一応、そうなりますね」


「一応って何だ、一応って」


「……いや、何というか、いろいろあったので」


 シルベスターさんが、深く息を吐いた。


 ……おや。


 これは、いつもの説教が始まる雰囲気かな。


 私は、少しだけ背筋を伸ばした。


「具体的に何が起きたのか、聞いてもいいか?」


「……ええっと」


 私は、桜花を見た。


 桜花は小さく頷く。


 ……うん。


 この人なら、大丈夫だね。


 シルベスターさんには、私が日本から転生してきたことも、《想像魔法》のことも、以前に話してある。


 今さら、魔法の秘密がひとつ増えたところで、驚かせてしまうだけ……。


 ……。


 いや。


 驚くのは確実か。


 ただ。


 神様の……あれこれについては、話さない方がいいよね。


 ……うん。


 そこだけは、絶対にやめておこう。


「じゃあ、私が実際に何をしたのか、順番に話しますね」


「おう。頼む」


 シルベスターさんが、腕を組んだ。


 私は、あの日のことを思い出した。


     ◇


「まず、邪神は北の海に現れたんです」


「……北の海?」


「はい。しかも、ものすごく大きくて」


「どれくらいだ?」


「えーっと……」


 ……うん。


 あの姿をどう説明すればいいんだろう。


 巨大な身体が、海の上に浮かんでいて。


 攻撃するたびに波が荒れて。


 空の様子まで変わってしまうような力を持っていて。


 ……あれ。


 思い出したら、ちょっと怖くなってきたぞ。


「とにかく、普通の魔獣とは比べものにならないくらいです」


「……まあ、あれだけ世界中がひどいことになったんだ。そうだろうな」


 シルベスターさんが、真剣な顔で頷いた。


 私は、話を続けた。


「最初は、刀で戦っていました」


「……お前が?」


「はい。桜花には離れた場所で待機してもらって、私一人で戦いました」


「……なるほど」


 シルベスターさんは、桜花へ目を向けた。


 桜花が静かに一礼する。


「途中から、邪神の攻撃がだんだん激しくなりまして」


「……ほう」


「海面が割れたり、空の雲が吹き飛んだりしました」


「……は?」


 ……あれ?


 もう変な顔になってる。


「それで、魔法も使ったんですけど」


「ちょっと待て」


「はい?」


「海面が割れたって、どういう意味だ?」


「……そのままの意味です」


「…………」


 シルベスターさんが、しばらく黙った。


 ……うん。


 ちゃんと説明したつもりなんだけどな。


「……続けろ」


「はい!」


 私は、さらに話した。


 邪神には、普通の魔法が通じにくかったこと。


 刀や、《想像魔法》で生み出した物なら攻撃を当てられたこと。


 途中で姿を変えられて、戦いが長引いたこと。


 桜花は邪神の攻撃が届かない場所で待機し、私の戦いを見守ってくれていたこと。


 そして、何とか邪神を倒せたこと。


「……そうか」


 シルベスターさんが、腕を組んだまま頷く。


 ……おっ。


 今のところ、落ち着いてるね。


 じゃあ、次の話も大丈夫かな。


「でも、問題はそのあとだったんです」


「……まだあるのか?」


「はい。町も畑も、森も、建物も、ものすごい被害を受けていたので」


「……ああ」


「それに、亡くなった人もたくさんいたでしょう?」


 シルベスターさんの表情が、静かになった。


「そうだな」


 ……うん。


 そこは、簡単には笑えないところだよね。


「なので、全部元に戻すことにしたんです」


「……全部?」


「はい」


「……何を?」


「町も、森も、畑も、道も。それから、亡くなった人たちも」


 ……。


 …………。


 部屋が静かになった。


「……待て」


「はい?」


「お前、今……何と言った?」


「全部、元に戻したんです」


「……亡くなった人間もか?」


「はい」


 シルベスターさんが、ゆっくり顔を上げた。


 その目が、私をまっすぐに見ている。


「……そんなことが、できるのか?」


「普通の《完全回復》では無理です。なので、新しい魔法を作りました」


「……新しい魔法」


「《起死回生》です」


 私は、少しだけ頷いた。


「邪神のせいで失われたものを、世界中まとめて元の状態へ戻す魔法です。亡くなった人も含めて。ただし、邪神や襲ってきた魔獣まで戻ったら困るので、そこは対象から外しました」


「…………」


 シルベスターさんが、静かに天井を見上げた。


 ……あれ?


 これは、どういう反応だろう。


 いつもなら、このあたりで頭を抱えるんだけど。


 ……いや。


 そもそも、こんな話をするのは初めてか。


「……つまり」


「はい」


「お前は邪神を倒しただけじゃなく、世界中の壊れた場所を直して、死んだ人間まで生き返らせた、と」


「……そうですね」


「……それを、ひとつの魔法で」


「はい」


 ……。


 …………。


 シルベスターさんが、私を見た。


 私も、シルベスターさんを見る。


 そのまま、しばらく目が合った。


 ……あれ?


 怒られるのかな。


 それとも、やっぱり頭が痛くなったり……。


「……くっ」


 ……ん?


「……くくっ」


 ……えっ?


「……はっはっはっはっは!!」


「……ええっ!?」


 シルベスターさんが、突然大笑いした。


 しかも、ものすごい声量だ。


 応接室の外にまで聞こえているんじゃないかな。


「はっはっは! そうか! 世界ごと、やり直したのか!」


「……ええっと、時間を戻したわけじゃないんですけど」


「分かってる! 分かってるぞ!」


 ……本当かな?


 いや、説明はしたんだけど。


 シルベスターさんは、机を軽く叩きながら笑っていた。


「いやぁ、参った! 今度ばかりは、さすがの俺も何と言えばいいか分からん!」


「……あの、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ! こんな話、笑うしかねえだろ!」


 ……おお。


 いつもの反応と、全然違う。


 この人、前は私がちょっと無茶をしただけで、とても心配してくれたのに。


 ……いや。


 ちょっと、じゃなかったかもしれないけど。


「お前は昔から、とんでもないことをする奴だと思ってた」


「……はあ」


「魔獣の大群を倒したかと思えば、今度は世界の全部を直したって?」


「……はい」


「しかも、元に戻した本人が、こうして茶を飲みに来てるんだぞ!」


 シルベスターさんが、また大きく笑った。


 ……ああ。


 確かに。


 言われてみれば、何だかおかしな話だね。


 私だって、そんな話を人から聞いたら、たぶん信じない。


 でも、実際にやったんだから仕方ない。


 ……うん。


 こういうとき、本当にどう答えたらいいんだろう。


 桜花が、隣で小さく微笑んでいた。


「シルベスター様。リアリス様は、あの日も皆様のことばかり考えておられました」


「……だろうな!」


 シルベスターさんは、ようやく笑いを収めようとしていた。


 ……いや。


 まだ少し笑ってる。


「何せ、目を覚ましたら自分が倒れてたんですよね」


「……おい」


「はい?」


「自分まで倒れたのか?」


「……あっ」


 しまった。


 そこ、まだ話してなかった。


 私は、少し気まずくなった。


「……ええっと。魔法を使ったあと、しばらく動けなくなりまして」


「……しばらく?」


「はい。桜花たちに運んでもらって、目を覚ますまで時間がかかりました」


「……お前なぁ」


 ……あれ。


 急に、いつもの声に戻った。


 私は、思わず背筋を伸ばす。


 すると、シルベスターさんが大きく息を吐いた。


「……まあ、今ここに生きてるなら、それでいい」


「……はい」


「今度は、自分もちゃんと大事にしろよ」


 ……ああ。


 ……うん。


 そうだね。


「ありがとうございます。気をつけます」


 私が頭を下げると、シルベスターさんは照れくさそうに鼻を鳴らした。


「……まったく。お前にはかなわねえな」


 ……うん。


 なんだか、いい時間だね。


 こうして昔みたいに話せるのは、やっぱり嬉しいなぁ。


     ◇


 そのときだった。


 コンコン。


 応接室の扉が、小さく叩かれた。


「ギルドマスター。失礼いたします」


 入ってきたのは、リリーナさんとは別の受付嬢さんだった。


 シルベスターさんが、そちらを見る。


「どうした?」


「シルク王国の使者の方が、お見えになっております」


「……王国の使者?」


 ……ん?


 王国?


 シルベスターさんが、私をちらりと見た。


 ……えっ。


 何で、こっちを見るの?


「リアリス様にお会いしたいとのことで、先ほどからお待ちです」


「……私に?」


「はい。王国邸へ伺ったところ、こちらへ向かわれたとお聞きになったそうです」


 ……ああ。


 なるほど。


 セバスが教えてくれたんだね。


 ……うん。


 それはいいとして。


 私に、何の用だろう。


「分かった。ここへ通してくれ」


「かしこまりました」


 受付嬢さんが一礼して出ていく。


 ……あれ?


 何だか、嫌な予感がする。


 いや。


 今日は、何もしてないよね?


 王国邸でカトレアと散歩して。


 サロンで仕事をして。


 ギルドに来ただけ。


 ……うん。


 問題ないはずだ。


「リアリス」


「はい?」


「お前、何かしたのか?」


「してません!」


「……本当か?」


「本当です!」


 ……ひどい。


 シルベスターさんまで、そんなことを言うんだ。


 ……いや。


 そう言われても仕方ないことを、以前はいろいろやったかもしれないけど。


 ……うん。


 今日に限っては、何もしてないよ!


 少しして、王国の使者が応接室へ入ってきた。


「リアリス様。お忙しいところ、失礼いたします」


「こんにちは。何かありましたか?」


「カバディ陛下より、王城へお越しいただきたいとのご伝言を預かっております」


「……王城ですか?」


「はい。陛下ならびに各国の代表者の方々が、お待ちでございます」


 ……。


 …………。


 各国の代表者。


 ……あっ!


 今朝の会議か!


「もしかして、会議は終わったんですか?」


「はい。現在は、皆様お揃いでございます」


 ……なるほど。


 それで、私にも何か用事ができたのかな。


「分かりました。じゃあ、桜花と一緒に行きますね」


「ありがとうございます」


 使者の方が、ほっとした顔になった。


 ……あれ?


 そんなに心配すること、あったかな。


 シルベスターさんが、腕を組んだ。


「……何だか、また面倒なことになりそうだな」


「……やめてくださいよぉ」


「はっはっは! まあ、行ってこい」


 ……うん。


 何だろう。


 さっきの話から、シルベスターさんの笑い方がずっと豪快になった気がする。


 ……まあ。


 元気そうだからいいか。


「今日はありがとうございました。リリーナさんにもよろしく伝えてください」


「ああ。お前らも気をつけろよ」


「はい! それじゃ、また来ます!」


 私は桜花と一緒に応接室を出た。


 ……さて。


 王様に呼ばれたなら、行かないわけにはいかないね。


 できれば、あんまり難しい話じゃありませんように。


     ◇


 王城へ着くと、使者の方が私たちを奥へ案内してくれた。


 ……ああ。


 久しぶりだねぇ。


 最初に来たときは、王様に魔法を見せて大変なことになったっけ。


 ……。


 …………。


 うん。


 あれは、思い出さないでおこう。


「リアリス様、こちらでございます」


「ありがとうございます!」


 案内されたのは、大きな扉の前だった。


 ……ん?


 あれ?


 今日、会議をしてたのって大会議場じゃなかった?


 ここ、謁見の間だよね?


 私は、桜花と顔を見合わせた。


 桜花は、いつもどおり落ち着いた表情だ。


 ……うん。


 私だけが緊張してるみたいだね。


「それでは、どうぞ」


 扉が、ゆっくりと開いた。


 ……。


 …………。


 ……えっ!?


 私は、思わず足を止めた。


 中にいたのは、王様だけじゃなかった。


 ヴァリロッサ皇帝。


 ドルステン魔王。


 ライオネス獣王。


 魔法国や聖国の偉い人たち。


 エルフ国やシギラ国の王族と、その宰相さんたちまで。


 ……おお。


 本当に、みんな集まってる。


 しかも。


 ……あれ?


 全員、立ってない?


 謁見の間だというのに、中央の王様まで立っている。


 これは、いったいどういう状況なんだろう。


 私は、少しだけ首を傾げた。


「王様、こんにちは。今日はどうしたんですか?」


 ……うん。


 とりあえず、挨拶は大事だからね。


 カバディ王が、少し笑った。


「よく来てくれた、リアリス殿」


「いえいえ。セバスから、今日は皆さんで会議をすると聞いてました」


「うむ。皆、こうして顔を合わせることができた」


 ……なるほど。


 それは、よかった。


 私は、近くにいた魔王へ視線を向けた。


「ドルステンさんも、お久しぶりです……って、そうでもないですね」


「はっはっは! そうだな、リアリス殿!」


 ……うん。


 この前、ヴァルちゃんと一緒に魔国へ行ったばかりだもんね。


 その隣では、ヴァリロッサ皇帝がこちらを見て大きく笑っていた。


「リアリス! ようやく来たか!」


「こんにちは、皇帝。お元気そうですね」


「当然だ!」


 ……おお。


 相変わらず元気だなぁ。


 ライオネスさんも、立派なたてがみを揺らして挨拶してくれた。


 ……うん。


 よかった。


 みんな無事なんだね。


 それから、私はほかの代表者の方々にも頭を下げた。


 手紙ではやり取りしていたけれど、直接お会いするのは久しぶりだ。


 ……というか。


 こうして皆さんが並んでいると、すごい顔ぶれだよね。


 今さらだけど。


 ……私、ここにいていいのかな。


「リアリス殿」


 カバディ王が、改めて私を呼んだ。


「はい?」


「まずは、我々から礼を言わせてほしい」


「……礼、ですか?」


「うむ。先の大厄災から、このステラを救ってくれたことについてだ」


 ……ああ。


 その話か。


「いえ、そんな。私は、自分にできることをしただけですよ」


「それでも、だ」


 王様の声は、いつになく穏やかだった。


「多くの民が命を失い、住む場所を奪われた。各国も、あれほどの災厄を前に、なすすべがなかった」


 私は、黙って頷いた。


 ……うん。


 確かに、あのときは大変だった。


 思い出すだけでも、胸が少し苦しくなる。


「だが、そなたは世界を元へ戻してくれた。ここにいる我々も、民も、いま再び日常を過ごせている」


 ……ああ。


 そう言ってもらえるのは、嬉しいな。


 だって、私もそのために頑張ったんだもんね。


 隣で桜花が、静かに微笑んでいた。


「リアリス殿。心より、感謝する」


 王様が頭を下げる。


 それに合わせて、各国の代表者たちも一斉に頭を下げた。


「……えっ!?」


 ちょっ。


 ちょっと待って!


 国王様や皇帝まで、何でそんなに頭を下げるの!?


「い、いえ! 顔を上げてください!」


 私は、慌てて手を振った。


「本当に、そんな大したことじゃ……」


 ……。


 …………。


 ……いや。


 大したことでは、あるか。


 世界を元に戻したんだもんね。


 ……うん。


 でも、こういうのは慣れないなぁ。


 カバディ王が、ゆっくりと顔を上げた。


「リアリス殿。今日は、もうひとつ頼みたいことがある」


「……頼みたいこと?」


「うむ」


 王様が、周囲を見渡した。


 各国の代表者たちが、静かに頷く。


「今回の大厄災は、世界中の人々に深い不安を残した」


「……はい」


「町も暮らしも戻った。だが、それでも、再び同じことが起きるのではないかと恐れる者は多い」


 ……ああ。


 そっか。


 私は、少し考えた。


 世界は元どおりになった。


 亡くなった人たちも、戻ってきた。


 だけど。


 あの日の怖さを、忘れられるわけじゃない。


 カトレアだって、私が帰ってこなかったときは、ずいぶん心配してくれた。


 ……そうだよね。


 人の気持ちまで、魔法で簡単に元どおりにできるわけじゃないんだ。


「そこで我々は、各国の民へ、正式に平和が戻ったことを知らせたいと考えている」


「……おお!」


 ……それは、いいことだね。


 王様たちから直接聞けたら、きっと安心する人も多いと思う。


 私は、大きく頷いた。


「いいと思います! それなら、皆さんも安心できますね」


「そう言ってもらえるとありがたい」


 王様が、少し微笑んだ。


 ……うん。


 私も、協力できることがあればしたいなぁ。


 そんなことを考えていると。


「ただ、ひとつ問題があってな」


「……問題、ですか?」


「この場にいる我々の言葉を、ステラの全ての国へ、同じときに届けたいのだ」


 ……えっ。


 全ての国へ?


「首都だけではない。街も、町も、村も。そこに暮らす人々が、自分たちの王の言葉を聞き、姿を見られるようにしたい」


 ……なるほど。


 ……おお。


 そういうことか!


 今ある《映像通話》なら、王様同士が顔を見ながら話すことはできる。


 でも、一般の人たち全員が、それを見るわけにはいかないもんね。


 それなら。


 ……うん。


 別のやり方を考えればいいだけだ。


 私は、少し笑った。


「なるほど。つまり、皆さんの姿と声を、世界中に届けられればいいんですね?」


「そうだ」


 カバディ王が、真剣な顔で頷いた。


「リアリス殿。そのようなことは、可能だろうか?」


 各国の代表者たちが、一斉に私を見る。


 ……うわぁ。


 何だか、期待されてるね。


 ……でも。


 困っている人たちを安心させるための魔法。


 それなら、作る理由は十分だ。


 私は、笑顔で答えた。


「はい! できると思いますよ!」


 その瞬間、王様たちの顔が、ぱっと明るくなった。


 ……ああ。


 よかった。


 難しいお願いじゃなくて、私にもできそうなことだったね。


 私は、ほっと胸をなで下ろした。


 ……うん。


 これで、世界中の人たちが少しでも安心してくれるなら。


 喜んで協力しようじゃないか!


 ……さて。


 どんな魔法にしようかな。


 私は、頭の中で新しい魔法の形を考え始めた。

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