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第1話:王たちの内緒話

 戦神ヴァルキアが神界へ帰ってから、数日が過ぎた。


 ……うん。


 平和だ。


 とても、平和だ。


 窓の外では、朝の風が庭の花を揺らしている。


 遠くから聞こえるのは、鳥の声と、誰かが庭仕事をしている音くらい。


 私が望んでいた異世界生活って、こういうものなんだよね。


 朝起きて。


 家族とご飯を食べて。


 雑貨屋の様子を見て、予約のお客さんにサロンの施術をして。


 それから、時間があればお茶を飲んでのんびりする。


 ……最高じゃない?


 ちなみに、あの小さな戦神様はというと。


 魔国では、自分とは似ても似つかない筋肉だらけの神像を見て大笑いし。


 獣人国では、獣王ライオネスさんと巨大猫じゃらしで遊び。


 最後は大きなウサギのぬいぐるみを抱えて、満足そうに神界へ帰っていった。


 ……。


 …………。


 あれ、本当に戦神だったんだよね?


 いや、疑っているわけじゃないよ。


 実際、私は何度も吹き飛ばされたからね。


 ただ、最後に見た姿があまりにも普通の女の子だったものだから。


 ……うん。


 思い出すのは、楽しかったことだけにしておこう。


     ◇


「リアリスちゃん、紅茶のおかわりは?」


「ありがとうございます、巴さん。お願いします!」


 朝食を終えた食堂で、私はカップを差し出した。


 巴さんが、いつもの笑顔で紅茶を注いでくれる。


 向かいではカトレアが、庭に咲いた花について桜花と話していた。


「桜花お姉ちゃん、昨日見たお花ね、朝になったらもう一つ咲いてたんだよ」


「まあ。それは楽しみでございますね」


「うん! あとで一緒に見ようね」


「もちろんでございます」


 ……ああ。


 いいねぇ。


 何というか、家族が普通に朝ご飯を食べているだけなのに、それがとてもありがたい。


 邪神が現れたときは、こんな日が戻ってくるのか、本当に分からなかったからね。


 でも、今はこうしてカトレアが笑っている。


 桜花も隣にいてくれる。


 巴さんは今日もおいしいご飯を作ってくれた。


 ……うん。


 やっぱり、世界が平和なのはいいことだ。


「リアリス様」


 そこへ、セバスがやってきた。


「おはよう、セバス。どうしたの?」


「本日、各国の王や宰相の方々がシルク王国にお集まりになります。その際に、各邸の《簡易転移》扉を使用したいとのご相談でございます」


「へぇー、みんなで集まって会議なんて珍しいね」


 邪神の騒動が終わったから、今後のことを話し合うのかな。


 ……うん。


 各国の王様たちも、いろいろ大変なんだろうね。


「王国側とも調整が済んでおり、利用される方のお名前も確認しております。ご許可をいただけますでしょうか」


「もちろん。セバスが確認してくれてるなら大丈夫だよ」


「ありがとうございます。では、巴様と準備を進めてまいります」


「よろしくね!」


 セバスが一礼して、食堂を出ていく。


 ……うん。


 移動に何日もかかっていた頃に比べたら、みんな集まりやすくなっただろうね。


 私は紅茶をひと口飲んだ。


 それにしても、世界中の王様が一緒に会議かぁ。


 ……難しいお話になりそう。


 私には、いつもの暮らしが一番だね。


「お父さん」


 カトレアが、椅子から立ち上がった。


「うん?」


「サロンのお仕事まで、少し時間ある?」


「あるよ。どうしたの?」


「一緒にお庭を歩かない? 昨日、新しく咲いたお花があるんだ」


「おっ、いいね! 見に行こうか」


 カトレアが嬉しそうに笑った。


 その顔を見ていると、私まで嬉しくなってくる。


 ……うん。


 朝の散歩、いいじゃない!


 巴さんに声をかけて、私たちは食堂を出た。


     ◇


 庭へ出ると、気持ちのいい風が頬をなでた。


 花壇には色とりどりの花が咲いていて、葉の上には朝の光がきらきらと揺れている。


「こっちだよ、お父さん」


 カトレアが、少し先を歩きながら振り返る。


「そんなに急がなくても、お花は逃げないよ?」


「ふふっ、そうだね」


 言いながらも、カトレアの足取りは軽い。


 ……ああ。


 楽しみにしてたんだねぇ。


 しばらく歩いて、カトレアが花壇の前で足を止めた。


「ほら、これ」


 指さした先には、小さな花が開いていた。


 隣には、まだ開きかけのつぼみもある。


「昨日の朝は、まだ咲いてなかったんだよ」


「本当だ。きれいだねぇ」


「うん。もう少しで、隣のお花も咲きそうなの」


 カトレアが屈んで、花をじっと見つめる。


 私は、その隣にしゃがんだ。


 ……うん。


 毎日同じ庭を歩いているつもりだったけど、こうして見てみると少しずつ変わっているんだね。


「カトレアは、よく気づくね」


「毎日見てるから。昨日と違うところ、けっこうあるんだよ」


「そっか。じゃあ、私もちゃんと見ないとね」


「お父さんは忙しいときもあるでしょ? そのときは私が教えてあげる」


 ……ああ。


 優しいなぁ。


 私は、思わず笑ってしまった。


「ありがとう。楽しみにしてるよ」


「うん!」


 花壇の少し向こうでは、モフ太がのんびりと伏せていた。


 カトレアが手を振ると、顔を上げてこちらを見る。


「モフ太も、今日はいいお天気で気持ちいいね」


「はい、カトレア。実に穏やかな朝でございます」


 ……うん。


 熊が丁寧にお天気の感想を言ってる。


 普通に考えたら、これもなかなかおかしな光景だよね。


 でも、我が家ではもう日常だ。


 ……慣れって、すごいなぁ。


 カトレアは花壇を一通り眺めると、私の隣へ戻ってきた。


「お父さん、今日は何するの?」


「いつもの雑貨屋の確認と、サロンのお仕事かな。時間があったらギルドにも顔を出したいんだよね」


「そっか。じゃあ、お仕事がんばってね」


「ありがとう。カトレアも学校、楽しんできてね」


「うん。行ってきます!」


 ……ああ。


 いいねぇ。


 家族とご飯を食べて、娘と庭を歩いて、いつもの仕事をする。


 大きな事件がない。


 誰かが泣いているわけでもない。


 ……それだけで、十分幸せだ。


 私は、もう一度花壇を見た。


 さっきの小さな花が、朝日を受けて揺れている。


 ……うん。


 今日も、いい一日になりそうだね。


     ◇


 その頃、シルク王国邸では、セバスと巴さんが各国の代表者を迎えていた。


 あらかじめ決められた順に《簡易転移》扉が開き、王や宰相たちが姿を現す。


 セバスが名簿を確かめ、巴さんが笑顔で案内する。


「皆様、本日はようこそお越しくださいました。お迎えの馬車はこちらでございます」


 王国側で手配された馬車が、代表者たちを順番に王城へ運んでいく。


 ローズ帝国、フォーサイド魔法国、オリミス聖国、エルフ国、シギラ国、ジーラット国。


 そして最後には、ドルステン魔国の魔王ドルステンと宰相グリンヒルダが到着した。


 二人の後ろには、ひときわ大柄な将軍ゴリアテもいる。


 セバスは、事前に許可された同行者であることを確認した。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


「うむ。世話になるぞ」


 魔王が頷き、ゴリアテも無言で頭を下げる。


 こうして、全大陸の代表者たちは予定どおり王城へ集まった。


     ◇


 シルク王国の王城。


 普段なら、国内の政治や外交について話し合う大会議場に、その日は各国の王や宰相たちが勢ぞろいしていた。


 人間。


 魔族。


 エルフ。


 ドワーフ。


 獣人。


 ひと昔前なら、同じ部屋に集まることすら考えられなかった顔ぶれである。


 しかし今、彼らの間に剣を向け合う者はいない。


 中央に座るカバディ王が、集まった代表者たちを見渡した。


「皆様、本日は遠路お越しいただき、ありがとうございます」


 魔王ドルステンが頷く。


「うむ。こうして直接顔を合わせられるのも、リアリス殿のおかげであるな」


「まったくだ!」


 ヴァリロッサ皇帝の笑い声が、場を和ませた。


「いつもの《映像通話》も便利だが、やはり顔を突き合わせるのは違うな!」


 ほかの代表者たちも、静かに同意した。


 やがてカバディが、卓上の書類へ手を伸ばした。


「それでは、始めましょう」


 大会議場の扉が閉じられる。


 王たちは意見を出し合い、宰相たちは内容を確認した。


 必要な箇所には修正が入り、また話し合いが続く。


 途中、何度か笑い声が上がった。


 それから、長い時間が過ぎた。


 最後の書類に目を通したカバディは、代表者たちを見回す。


「皆様、よろしいでしょうか」


 返ってきたのは、異議のないことを示す頷きだった。


 ヴァリロッサ皇帝も、満足そうに笑っている。


 ドルステン魔王は腕を組み、重々しく頷いた。


 その後ろでゴリアテも、静かに頷く。


 カバディは、隣に控える宰相へ顔を向けた。


「では、先ほど決定した案を採用しましょう。ミキサー、リアリス殿に連絡を」


「承知いたしました、陛下」


 何が決まったのか。


 その詳細を知るのは、会議に参加した者たちだけだった。


     ◇


 ……さて。


 その頃の私はというと。


「うん、問題なさそうだね!」


 王国邸の雑貨屋で、棚の商品を眺めていた。


 棚には紅茶の茶葉とクッキー。


 日用品や、ちょっと変わった雑貨。


 各国で人気のある商品も、きれいに並んでいる。


 もちろん、《取り寄せ》の仕組みがあるから、商品がなくなっても慌てることはない。


「リアリス様、おはようございます」


「おはよう! 今日もよろしくね」


「はい。お任せくださいませ」


 私が軽く挨拶すると、メイドたちは嬉しそうに微笑んだ。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 お店の様子も落ち着いている。


 ……というか。


 もう、ほとんど私が口を出すところがないんだよね。


 何か問題が起きれば、みんなで相談して対応してくれる。


 商品の並べ方も、お客さんが見やすいように工夫してくれている。


 ……うん。


 優秀な家族がいると、家主は本当に助かる。


 私はしばらく棚を確認してから、家族へ声をかけた。


「それじゃ、私はサロンに行ってくるね」


「かしこまりました」


 ……さて。


 そろそろ予約のお客さんが来る時間だ。


     ◇


 サロンに戻ると、すでに準備が整っていた。


 落ち着いた香り。


 整えられた椅子。


 用意された予約表。


 ……ああ。


 いつもどおりだね。


 私は予約表へ目を通した。


 今日の予約も、予定の人数だけ。


 時間も重なっていない。


 ……うん。


 こういうところは、勝手に増やせないからね。


 施術するのは私だけ。


 どんなにご希望があっても、一日に受ける人数には上限を設けている。


 私が無理をすれば何人でもできそうだけど、だからといって、無制限に受け付けるわけにはいかない。


 ……のんびりする時間も必要だし。


 それに、せっかく予約して来てくださるお客さんを、慌ただしく扱いたくない。


「リアリス様、お客様がお見えになりました」


「ありがとう。ご案内お願いします」


 最初のお客さんがサロンへ入ってくる。


「リアリス様、本日はよろしくお願いいたします」


「はい、こちらこそ!」


 私はいつものように挨拶して、施術を始めた。


 《エステ》。


 ……うん。


 今日も、ちゃんと効果が出ているね。


 鏡を見たお客さんが、ぱっと表情を明るくする。


「まあ……! 本当にありがとうございます!」


「喜んでもらえてよかったです」


 ……ああ。


 この瞬間は、何度見ても嬉しいなぁ。


 人が元気になったり、笑顔になったりするのは、やっぱりいいものだ。


 私は、特別なことをしたつもりはない。


 自分が考えた魔法を使って、お客さんに喜んでもらっているだけ。


 ……うん。


 こういう仕事なら、これからも続けていきたいね。


 その後も、予約のお客さんが順番に訪れた。


 お話を聞いて。


 施術をして。


 鏡を見てもらう。


 みんな、嬉しそうに帰っていく。


 ……うん。


 今日も順調!


 最後のお客さんをお見送りすると、ようやく一息つける時間になった。


「お疲れさまでございます、リアリス様」


 桜花が、温かい紅茶を運んできてくれた。


「ありがとう、桜花」


 私はカップを受け取り、ゆっくりひと口飲む。


 ……ああ。


 おいしい。


 こういう時間、本当に好きだなぁ。


「午前のお仕事は、無事に終わられましたね」


「うん。お客さんも喜んでくれたよ」


「それは何よりでございます」


 桜花が、柔らかく微笑んだ。


 ……うん。


 ……うん。


 今朝はカトレアと庭を歩けたし、お客さんも喜んでくれた。


 今日は、なかなかいい日だね。


「リアリス様、何かお考えでございますか?」


「ん? 今朝カトレアが見せてくれたお花、きれいだったなぁって」


「カトレア様も、大変楽しそうでございました」


「うん。また時間があったら、一緒に見に行こうね」


「はい。喜んでご一緒いたします」


 ……ああ。


 桜花とカトレアと、のんびり庭を歩く。


 明日も、そんな日だったらいいなぁ。


     ◇


 昼食を終える頃には、少し時間が空いた。


 今日のサロンの仕事は、もう終わっている。


 雑貨屋も問題なし。


 庭を見に行こうかな。


 それとも、久しぶりにお昼寝でもしようかな。


 ……うん。


 夢が広がるねぇ。


 そんなことを考えていたとき、ふと、ある場所のことを思い出した。


 冒険者ギルド。


 ……ああ。


 そういえば、最近ぜんぜん顔を出していなかった。


 邪神の騒動があって。


 私が目を覚ますまで時間がかかって。


 それから、いろいろなことが続いて。


 ……うん。


 落ち着いたら行こうと思いながら、すっかり後回しになってたな。


 シルベスターさんや、リリーナさん。


 あの人たちのことも、ずっと気になっている。


 あの日は、本当に世界中が大変だった。


 私ができることは全部やったつもりだけど、それでも、一人ひとりがどうなったかまでは確かめられていない。


 ……会って、話ができたらいいな。


 私は、隣で紅茶を飲んでいた桜花へ声をかけた。


「桜花。午後は特に予定なかったよね?」


「はい。急ぎのご用件はございません」


「じゃあ、久しぶりに王都の冒険者ギルドへ行ってみない?」


「かしこまりました。ご一緒いたします」


 ……うん!


 決まりだね。


「せっかくだし、歩いて行こうか」


「はい。よろしいかと存じます」


 ……ああ。


 いい天気だしね。


 《転移》を使えば一瞬だけど、たまには町を歩きたい。


 王都も、ずいぶん平穏を取り戻したみたいだし。


 私は、カップを片付けて立ち上がった。


     ◇


 玄関を出ると、庭には柔らかな日差しが差し込んでいた。


 雑貨屋の方から、お客さんの話し声が聞こえる。


 花壇では、家族の誰かが花の手入れをしていた。


 ……うん。


 今日も、いい天気だ。


「リアリス様、お出かけでございますか?」


 玄関の近くにいたメイドが声をかけてくれた。


「うん。ちょっとギルドに顔を出してくるね」


「承知いたしました。お気をつけて」


「ありがとう!」


 桜花と並んで敷地を出る。


 王都へ向かう道は、もう見慣れたものだ。


 私が初めてこの世界へ来た頃は、何もかもが珍しかった。


 道。


 馬車。


 城壁。


 冒険者の装備。


 見えるもの全部が異世界で、歩くだけでわくわくしたなぁ。


 ……ああ。


 懐かしいね。


 今では、すっかり日常の景色だ。


「リアリス様」


「うん?」


「本日は、少しお顔が明るく見えます」


「そうかな?」


「はい」


「……そっか」


 私は、少しだけ笑った。


「久しぶりにギルドへ行けるからかもしれないね」


「そうでございますね」


 ……うん。


 できれば、何事もなくお茶でも飲んで、昔話をして帰りたい。


 ……いや。


 ギルドへお茶を飲みに行くって、ちょっと違うかな?


 まあ、いいか。


 シルベスターさんなら、きっと笑ってくれるだろう。


 ……たぶん。


     ◇


 王都の城門が見えてきた。


 今日も、門の前には馬車や旅人が並んでいる。


 私は、いつものように顔なじみの門兵さんへ手を振った。


「こんにちはー!」


 門兵さんが、こちらに気づく。


 そして、ぱっと笑顔になった。


「おお、英雄様! こんにちは!」


 ……。


 …………。


 ……ん?


「……こんにちは?」


 私は、反射的に挨拶を返した。


 門兵さんは、いつもと同じように敬礼している。


「本日もお出かけですか?」


「うん。ちょっと冒険者ギルドに」


「そうでしたか! どうぞお気をつけて!」


「ありがとう!」


 ……うん。


 普通の会話だね。


 普通の会話なんだけど。


 ……あれ?


 さっき、何か違う言葉が混ざってなかった?


 私は、桜花へ目を向けた。


「ねえ、桜花」


「はい」


「今、門兵さん……」


「いかがなさいましたか?」


「……いや。何でもない!」


 ……うん。


 気のせいかな。


 前から、あんな呼び方だったっけ?


 ……まあ。


 最近いろいろあったし、私の記憶が少し曖昧なのかもしれない。


 私は、気を取り直して城門をくぐった。


 すると。


「あっ、英雄様! こんにちは!」


 道の向こうで、荷物を運んでいた男性が手を振ってくれた。


「こんにちはー!」


 私も、いつものように手を振り返す。


 その少し先では、店先を掃除していた女性が声をかけてきた。


「英雄様、今日もいいお天気ですね!」


「そうですね! お仕事お疲れさまです!」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 みんな元気そうだね。


 よかったよかった。


 ……。


 …………。


 ……いや。


 ちょっと待って。


 さっきから『英雄様』って呼ばれてない?


 私は、道の端へ少し寄った。


 ……考えてみよう。


 以前は、たしか『リアリス様』だったよね。


 いや、王都で顔を覚えてもらったあとなら、名前で声をかけてくれる人もいた。


 でも、今日は。


 英雄様。


 英雄様。


 ……英雄様。


 …………。


 あれ?


 前から、そんな感じだったっけ?


 邪神の騒動のあと、王国では私のことも少し知られるようになった。


 だから、そう呼ぶ人がいても不思議じゃない……のかな?


 ……うん。


 たぶん、そういうことだろう。


 私は、そう結論づけることにした。


「リアリス様」


 桜花が、静かに話しかけてきた。


「うん?」


「どうかなさいましたか?」


「……いやぁ。何だか、今日はいつもと呼ばれ方が違うような気がして」


「そうでございますか」


 桜花が、口元に小さな笑みを浮かべる。


 ……あれ。


 何だろう、その笑顔。


「桜花は、何か知ってる?」


「皆様、リアリス様に親しみを感じておられるのでしょう」


「……そっか!」


 うんうん。


 それなら、嬉しい話だね。


 あの邪神との戦いから、もうずいぶん時間が経った。


 家を建て直した人もいる。


 お店を再開した人もいる。


 こうして、普通に道を歩いている人たちもいる。


 ……うん。


 みんなが笑って暮らせるようになったなら、それでいい。


 私も、その中の一人として暮らしていきたい。


 できれば、あんまり目立たずに。


 ……まあ。


 ここまで顔を覚えてもらっている時点で、それは少し難しいのかもしれないけど。


 私は、小さく笑って歩き出した。


 やがて、見慣れた建物が見えてくる。


 王都冒険者ギルド。


 入口の近くからは、冒険者たちの話し声が聞こえていた。


 ……ああ。


 懐かしいなぁ。


 ここへ初めて来たときも、いろいろあったね。


 冒険者登録をして。


 仕事を探して。


 新人だからって、絡まれたりもして。


 ……うん。


 あの頃から、私の異世界生活はなかなか騒がしかった気がする。


 のんびり暮らしたいだけなのに。


 ……いや。


 それは今も変わらないか。


「桜花。それじゃ、入ろうか」


「はい、リアリス様」


 私は、ギルドの入口へ手を伸ばした。


 ……さて。


 今日は、誰に会えるかな。


 できれば、久しぶりにゆっくりお話しできるといいなぁ。


 そんなことを考えながら、私は扉を開いた。

毎日お読みいただき本当にありがとうございます!


もし「面白い!」「完結まで駆け抜けてほしい!」と思っていただけたら、

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