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第6話:獣王と巨大猫じゃらし

 翌朝。


 ジーラット国の屋敷で目を覚ました私は、窓の外を眺めた。


 ……うん。


 今日も、いい天気だね。


 昨日はドルステン魔国を観光した。


 自分と似ても似つかない筋肉隆々の戦神像を見て大笑いするヴァルちゃん。


 そして、戦神本人を目の前にして「よく食べ、身体を鍛えるとよい」と教えていたドルステンさん。


 ……。


 …………。


 ぷっ。


 ……ああ。


 思い出すだけで笑ってしまう。


 でも、ヴァルちゃんは本当に楽しそうだった。


 信仰している人たちが、自分を大切に思ってくれている。


 それが、何より嬉しかったみたいだね。


 ……うん。


 今日は、もう一つの国を案内する日だ。


 ジーラット国。


 獣人たちが暮らす国で、やっぱり戦神ヴァルキアを崇めている。


 ……問題は。


 昨日の夕食で、獣王ライオネスさんがライオンの獣人だと聞いたヴァルちゃんが、ものすごく目を輝かせていたことかな。


 ……もふもふ。


 何度も、その言葉を繰り返していた。


 ……大丈夫かな、ライオネスさん。


 あの人、確かに立派なたてがみをしているけど。


 ……相手は、戦神様なんだよね。


 私は、小さくため息をついて食堂へ向かった。


     ◇


「ともえ~! 今日のご飯もおいしぃ!」


「ふふっ。たくさん食べてね」


 ……あっ。


 もう食べてる。


 食堂へ入ると、ヴァルちゃんがいつものように元気いっぱいだった。


 クッションの上に座って、パンを幸せそうに頬張っている。


 ……戦神。


 あの、百倍に強化した私よりずっと強い戦神。


 ……うん。


 何度見ても、そうは見えないなぁ。


「おはよう、みんな」


「お父さん、おはよう」


「おはようございます、リアリス様」


 カトレアと桜花が、笑顔で迎えてくれた。


 昨日から同行してくれているメイドも、丁寧に頭を下げている。


「リアリスちゃん! おはよぉ!」


「おはよう、ヴァルちゃん。よく眠れた?」


「うんっ! お部屋もふかふかだったぁ!」


 ……よかった。


 この子、そういうところも普通に喜んでくれるんだね。


 巴さんが、私の席に温かい朝食を置いてくれた。


「今日は獣都を歩くんでしょう? 朝ご飯は、ちゃんと食べていきなさいね」


「ありがとう、巴さん」


「ヴァルちゃんも、慌てなくていいのよ」


「はぁい!」


 ……うん。


 いつもどおりだ。


 神様が一人混ざっていても、巴さんの前では何も変わらない。


 私は、スープを一口飲んだ。


 ……ああ。


 おいしい。


「リアリスちゃん!」


「うん?」


「今日の王様、もふもふなんだよね?」


 ……。


 …………。


 まだ覚えてた。


「……まあ、立派なたてがみがあるよ」


「わぁぁ!」


 ヴァルちゃんが目を輝かせる。


 カトレアが、優しく笑った。


「ヴァルちゃん。王様に会ったら、最初にちゃんと挨拶しようね」


「うんっ!」


「それから、たてがみが気になっても、触っていいか聞いてからにしようね」


「はぁい!」


 ……おお。


 素晴らしい。


 私が言おうと思っていたことを、全部言ってくれた。


「お父さん」


「……ん?」


「何か、心配してる?」


「……ちょっとだけね」


 カトレアは、くすっと笑う。


「大丈夫。私も一緒にいるから」


 ……ああ。


 いつの間に、こんなにお姉さんになったんだろう。


 私は、嬉しくなってしまった。


     ◇


 朝食が終わると、私は《映像通話》でセバスを呼び出した。


『おはようございます、リアリス様』


「おはよう、セバス。昨日はありがとう」


『とんでもございません。ドルステン陛下も、ご訪問を喜んでおられたそうでございます』


「……うん。イチゴのタルト、気に入ってくれたみたいだよ」


『それは何よりでございます』


 ……ああ。


 ドルステンさんの、あの嬉しそうな顔。


 ちょっと忘れられないな。


「それでね、今日はライオネスさんに会いたいんだ。午後にお時間をいただけるかな?」


『ジーラット国の獣王陛下でございますね。ラビリンス宰相に確認いたします』


「ありがとう。今回は観光の途中だから、あまり大げさにしなくていいと伝えてね」


『承知いたしました。昨日と同じ五名様でのご訪問ですね』


「うん。お願いね」


『かしこまりました』


 ……うん。


 こういう連絡は、セバスに頼むと本当に助かるなぁ。


 通話を終えて厨房へ行くと、巴さんとカトレアが何やら相談していた。


「……キャロットケーキ?」


「あら、リアリスちゃん」


 巴さんが振り返る。


「ライオネス様へのお土産にどうかと思ってね」


「おお! いいね!」


 キャロットケーキ。


 前に獣人国へ来たとき、ラビリンスさんへ渡したんだった。


 ……あの人、すごく喜んでくれたよね。


「今回は、みんなで食べられるように少し大きめに作るわ」


「ありがとう、巴さん」


「ラビリンスさんの分も、ちゃんと別にしておくわね」


 ……おお。


 そこまで考えてくれたんだ。


 前にライオネスさんが、ラビリンスさんのケーキを一口欲しがっていたからね。


 ……まあ。


 今回も、冗談で同じことを言いそうだけど。


「にんじんのケーキ!?」


 ヴァルちゃんが、廊下から顔を出した。


「わたしも食べたぁい!」


「ふふっ。ヴァルちゃんの分もあるわよ」


「やったぁ!」


 ……。


 …………。


 昨日も、そんなやり取りをした気がするなぁ。


 もう、何も言うまい。


     ◇


 さて。


 お菓子の準備は巴さんにお任せするとして。


 私は、もう一つのお土産を考えていた。


 ライオネスさんといえば、豪快な獣王。


 以前贈ったスーツも、とても気に入ってくれた。


 ……今度は、何か遊べるものがいいかな。


 遊べるもの。


 ……あっ。


 そうだ。


 前にキャッツさんへ、猫じゃらしを贈ったことがある。


 棒の先についた飾りが揺れると、つい目で追ってしまうらしい。


 ……ふふっ。


 あのときは可愛かったなぁ。


 ……ただし。


 ライオネスさんは、キャッツさんよりずっと大柄だ。


 普通の猫じゃらしを渡しても、小さすぎるだろう。


 ……だったら。


 大きいのを用意すればいいんじゃない?


 私は倉庫から、長くて丈夫な棒を一本と、太い紐、それから柔らかな飾りになる材料を集めた。


 同行のメイドが、手際よく手伝ってくれる。


 棒の先に紐を結んで、その端には大きなふわふわの飾り。


 勢いよく動かしても危なくないよう、硬い部分は露出させない。


 ……よし。


 できた。


 大人が両手で持つほどの、巨大な猫じゃらし。


 ……。


 …………。


 いや。


 これ、猫じゃらしというより釣り道具みたいじゃない?


 私は、庭へ出て軽く振ってみた。


 ふわっ。


 ふわふわっ。


 大きな飾りが、気持ちよさそうに宙を舞う。


 ……うん。


 いい感じ。


「リアリスちゃぁん!」


 背後から声がした。


「それ、なぁに?」


 ヴァルちゃんが、目を丸くしている。


「大きな猫じゃらしだよ。ライオネスさんへのお土産にしようと思ってね」


「……ねこじゃらし?」


「うん。猫と遊ぶおもちゃなんだけど」


「わたしも、やりたぁい!」


 ……あっ。


 反応が早い。


「ヴァルちゃんも?」


「うん! もふもふのライオンさんと遊ぶの!」


 ……。


 …………。


 なるほど。


 もう目的がはっきりしてるね。


 小さな女の子。


 巨大な猫じゃらし。


 そして、大きなライオンの獣王。


 ……うーん。


 ものすごい光景が頭に浮かんできた。


 ……まあ。


 お互いが楽しければいいか。


 ……たぶん。


     ◇


 ほどなくして、セバスから連絡が届いた。


『ライオネス陛下との面会は、本日午後で調整がつきました』


「ありがとう、セバス!」


『ラビリンス宰相も、ご来訪をお待ちとのことでございます』


「うん。よろしく伝えてね」


『承知いたしました。どうぞ皆様でよい一日を』


 ……よし。


 これで予定は整った。


 巴さんはキャロットケーキを箱に入れてくれた。


 同行のメイドが、大切に預かってくれる。


 巨大猫じゃらしの方は……。


 ……うん。


 少し大きすぎるね。


 邪魔にならないように、棒と飾りをまとめて運ぶことにした。


「ヴァルちゃん。街へ行こうか」


「はぁい!」


 ぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた女の子が、元気よく手を上げる。


「カトレアも、桜花も、準備はいい?」


「うん」


「はい、いつでも」


 ……よし。


 今日も五人。


 それじゃ、獣都へ出発だ。


     ◇


 獣都ヴォルグリム。


 ジーラット国の首都は、朝から賑わっていた。


 石造りの広い道を、大柄な獣人たちが行き交う。


 耳が長い人。


 尻尾がふさふさした人。


 立派な角を持つ人。


 鳥のような羽が背中に生えている人もいる。


 ……うん。


 魔都ヴァルキアとは、また違った賑やかさだね。


「わぁぁ!」


 ヴァルちゃんが目を輝かせた。


「もふもふが、いっぱぁい!」


 ……おお。


 そう来たか。


 獣人の人たちは、荷物を運んだり、商売をしたり、みんな普通に暮らしている。


 ……当たり前なんだけど。


 ヴァルちゃんには新鮮な光景なんだろう。


 通りには焼きたてのパンの香りが漂い、色とりどりの布が店先に並んでいる。


 子供たちが駆け回り、行商人が威勢のいい声を上げていた。


「リアリスちゃん、あの人、耳がながぁい!」


「うん。兎の獣人さんだね」


「こっちはしっぽ!」


「そうだね」


 ……ちょっと待って。


 この調子だと、街の端まで行くのに半日かかりそうだ。


「ヴァルちゃん、あまり指をさし続けたら失礼になっちゃうからね」


 カトレアが、優しく声をかける。


「……あっ。そっかぁ」


「うん。気になることがあったら、私たちに聞いてね」


「はぁい!」


 ……ああ。


 今日も、カトレアがお姉さんらしい。


 ヴァルちゃんも素直に聞いている。


 相手が戦神様だということを忘れそうだよ。


 途中の広場には、木の輪を転がして遊ぶ獣人の子供たちがいた。


 一人が追いかけながら転びそうになり、ヴァルちゃんがぴくっと動いた。


 ……あっ。


 危ない。


 ヴァルちゃんが本気で駆け寄ったら、普通の人には姿すら見えないだろう。


 でも、ヴァルちゃんは足を止めた。


 子供は自分で体勢を立て直し、また元気に走っていく。


「……よかったぁ」


 ヴァルちゃんが、小さく息を吐いた。


 ……ああ。


 優しいところもあるんだね。


 もちろん、力が強いからといって、何でもしていいわけじゃない。


 今日の約束をちゃんと覚えてくれているのは嬉しいな。


「ヴァルちゃん、偉かったね」


 カトレアが微笑む。


「えへへ!」


 ……うん。


 今日も平和に観光できそうだ。


 ……たぶん。


     ◇


 やがて、通りの向こうに大きな神殿が見えてきた。


 魔国で訪れた神殿とは、ずいぶん雰囲気が違う。


 こちらは石と木を組み合わせた建物で、入口には獣の爪を思わせる装飾。


 高い門には、剣と盾を組み合わせた紋章が飾られている。


 ……おお。


 これはこれで、立派だね。


「ヴァルちゃん。ここが戦神様の神殿だよ」


「ほんと!?」


 ヴァルちゃんが、ぬいぐるみを抱き直した。


「今度は、どんなのかなぁ!」


 ……ああ。


 やっぱり、そこが気になるんだね。


 私も気になる。


 ……いや。


 昨日以上のものが出てきたら、どうしよう。


 私たちは、参拝に訪れている人たちの邪魔にならないように中へ入った。


 広々とした礼拝堂。


 奥からは、静かな祈りの声が聞こえる。


 子供を連れた親御さん。


 大きな身体をした戦士らしき獣人。


 年配の夫婦も、並んで手を合わせていた。


 ……ああ。


 ここでも、戦神は大切にされているんだね。


 そして。


 奥の像が見えた。


 ……。


 …………。


 ……ああ。


 そう来たか。


 太い首。


 盛り上がった肩。


 鎧の上からでも分かるほどの分厚い胸板。


 大きな剣を片手に持ち、反対の手は天へ掲げている。


 顔には、威厳のある男の表情。


 そして、立派な髭。


 ……うん。


 ものすごい。


 昨日の魔国の像も大概だったけど。


 こちらは、さらに威圧感が強い。


 見ただけで、力こぶが痛くなりそうだ。


 私は隣を見た。


 百センチくらいの女の子。


 ピンクのドレス。


 茶色いポニーテール。


 大きなウサギのぬいぐるみ。


 ……。


 …………。


 やっぱり、全然違う。


 似ているところを探す方が難しいよ。


「……ぷっ」


 ヴァルちゃんの肩が揺れた。


 ……あっ。


 来る。


「あははっ!」


 ……来た。


「こっちも、おっきい男の人だぁ!」


 私は、慌てて口元へ指を当てた。


「ヴァルちゃん。しーっ」


「……あっ!」


 ヴァルちゃんが、自分の口を両手で押さえた。


 ……よかった。


 昨日よりは早く気づいてくれたね。


 でも。


 その肩は、まだ小刻みに震えている。


 ……うん。


 気持ちは分かるよ。


 自分の像があんな姿だったら、私だって笑っちゃうと思う。


     ◇


「おや。可愛らしい参拝客ですね」


 声をかけてきたのは、神殿で案内をしている獣人の女性だった。


 耳の形からすると、鹿の獣人だろうか。


「こんにちは。今日は、この子たちと見学に来ました」


「ようこそ。ここでは、戦神ヴァルキア様をお祀りしております」


「へええ!」


 ヴァルちゃんが、笑いをこらえながら像を見上げた。


「この人が、戦神様なの?」


「はい。勇気と力を司る、偉大なる男神です」


 ……うん。


 ここでも男神。


 見事なまでに、情報が一致している。


 ……姿だけ、全く違うんだけど。


「戦神様って、どんな人なのぉ?」


 ヴァルちゃんが尋ねた。


 ……また、本人による本人への質問だ。


 神殿の人は、嬉しそうに説明を始めた。


「どんな強敵にも屈せず、勇敢に立ち向かうお方と伝えられています」


「ふんふん!」


「その御身は大きな山のように逞しく、片手で巨岩を持ち上げるほどの力をお持ちなのだとか」


 ……。


 …………。


 また、筋肉の話だ。


 魔国でも、同じような説明を聞いたなぁ。


 実際のヴァルちゃんは、あんなに小さな手で私を何度も吹き飛ばしたんだけど。


 ……本当の方が、もっと怖い気がする。


「すっごーい!」


 ヴァルちゃんが、楽しそうに手を叩く。


「ねえ。戦神様って、何か好きなものがあるの?」


「好きなもの、ですか?」


「うん!」


 神殿の人が少し考える。


「勇ましい武器や、力ある戦士をお好みになるといわれていますね」


 ……。


 …………。


 私は、隣のウサギのぬいぐるみを見た。


 ……武器。


 ……戦士。


 ……ウサギ。


 ……うん。


 大事なものが、一つ抜けてる気がする。


「じゃあ、ウサギさんは?」


 ヴァルちゃんが、ぬいぐるみを持ち上げた。


 ……あっ。


 聞くんだ。


「……ウサギ、でございますか?」


 神殿の人が、困ったように微笑んだ。


「申し訳ありません。戦神様がウサギをお好みになるというお話は、存じ上げませんね」


「そっかぁ!」


 ヴァルちゃんは、ぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。


「じゃあ、秘密なんだね!」


 ……。


 …………。


 うん。


 本人が言うなら、そういうことにしておこう。


 私は、そっと息を吐いた。


 ……危ないなぁ。


 質問が全部、ぎりぎりだよ。


「ヴァルちゃん、お祈りしている人たちの邪魔にならないように見て回ろうね」


 カトレアが、静かに言った。


「うんっ!」


 ……ああ。


 カトレアがいてくれて、よかった。


     ◇


 神殿の片隅では、小さな獣人の男の子が母親と並んで祈っていた。


 男の子は、まだあまり上手に手を合わせられないらしい。


 母親の動きを真似しながら、何度も姿勢を直している。


 ……可愛いなぁ。


 ふと、男の子が顔を上げた。


「お姉ちゃんたちも、お祈りに来たの?」


 ……おっ。


 カトレアとヴァルちゃんに話しかけている。


 カトレアが、男の子の目線に合わせてしゃがんだ。


「うん。今日は神殿を見せてもらいに来たんだよ」


「そっか。ぼくね、明日からお父さんが遠くへ行くから、無事に帰ってきますようにってお願いしてるの」


 ……ああ。


 そういうことか。


 男の子の母親が、少し照れたように笑った。


「夫が仕事で隣の町へ行くんです。この子が、どうしても戦神様にお願いしたいと言って」


 ……うん。


 大切な家族に、無事に帰ってきてほしい。


 その気持ちは、よく分かる。


 ヴァルちゃんは、男の子をじっと見ていた。


 さっきまでの笑顔とは、少し違う表情だ。


「……お父さん、大好き?」


「うん!」


 男の子が、大きく頷く。


「じゃあ、ちゃんと帰ってきてほしいねぇ」


「うん!」


 ヴァルちゃんが、小さく微笑んだ。


「お父さんが帰ってきたら、いっぱいお話してあげてね」


「うん。そうする!」


 ……ああ。


 何だか、いいなぁ。


 神様が人々の暮らしにどこまで関わるかは、神様たちの考え方もある。


 けれど、こうして目の前で祈っている人の気持ちを知ることには、きっと意味があるんじゃないかな。


 ヴァルちゃんは、それ以上何も言わなかった。


 ただ、男の子が手を合わせるのを、静かに見守っていた。


 私たちは親子に会釈して、神殿をあとにした。


     ◇


「リアリスちゃん」


 少し離れたところで、ヴァルちゃんが私の袖を引いた。


「……ん?」


「みんな、いろんなことお願いしてるんだねぇ」


「そうだね」


「魔族の人たちも、獣人の人たちも、わたしのこと、大事にしてくれてるんだぁ」


「嬉しい?」


「うんっ!」


 ヴァルちゃんが、満面の笑顔を見せた。


「すっごく!」


 ……ああ。


 よかった。


 あの筋肉だらけの神像とのギャップを考えなければ、とても温かい話なんだけど。


 ……いや。


 それも含めて、ヴァルちゃんなのかな。


「じゃあ、そろそろライオネスさんのところへ行こうか」


「……もふもふの王様!」


 ……あっ。


 急に目が輝いた。


「うん。もふもふの王様」


「やったぁ!」


 ……。


 …………。


 さっきまでの真面目な空気が、一瞬で吹き飛んだね。


 ……まあ、いいか。


     ◇


 獣王城の前に着くと、すでに話が通っていた。


「リアリス殿。お待ちしておりました」


「こんにちは。今日はお世話になります」


 門番さんが、一行を城内へ案内してくれた。


 初めてここへ来たときは、いろいろと緊張していたっけ。


 ……ああ。


 今は、観光の途中で普通に訪ねられるんだね。


 広い廊下の向こうから、細身の兎の獣人が歩いてきた。


 長い耳。


 落ち着いた服装。


 そして、いつもの真面目な表情。


「ラビリンスさん。こんにちは」


「リアリス様。ようこそおいでくださいました」


 ラビリンスさんが、丁寧に一礼した。


「本日は、お連れ様もご一緒なのですね」


「はい。友達のヴァルちゃんです」


「こんにちはぁ!」


 ヴァルちゃんが、元気よく手を振る。


 ラビリンスさんの耳が、ぴくりと動いた。


 ……あれ。


 名前が気になった?


 でも、ラビリンスさんはすぐに微笑んだ。


「こんにちは。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」


「はぁい!」


 ……よかった。


 ただの元気な女の子だと思ってくれたみたいだ。


「陛下がお待ちでございます。こちらへ」


 私たちは、ラビリンスさんのあとについて歩き出した。


 ……さて。


 ここからが、今日の本番だ。


     ◇


「がっはっは! よく来たな、リアリス!」


 広間に入るなり、大きな笑い声が響いた。


 ……おお。


 相変わらず、元気だね。


 玉座から立ち上がったライオネスさんが、立派なたてがみを揺らしながら近づいてきた。


 堂々とした身体。


 鋭い目つき。


 大きな牙。


 ……うん。


 これぞ、獣王。


 しかも今日も、以前贈ったスーツを着てくれている。


 ……おお。


 気に入ってくれているみたいで、嬉しいな。


「お久しぶりです、ライオネスさん」


「うむ! 元気そうで何よりだ!」


「今日は、観光の途中でお邪魔しました」


「がっはっは! 儂の国を楽しんでくれるなら何よりだ!」


 ライオネスさんの視線が、私の隣へ移った。


「……ほう。可愛らしい客人だな」


「私の友達のヴァルちゃんです。こちらはカトレアと桜花、それから同行のメイドです」


 ヴァルちゃんが、ぴょこんと前へ出た。


「こんにちはぁ!」


「儂が、この国の獣王ライオネスだ。よく来てくれたな!」


「ライオネスさん、おっきいねぇ!」


「がっはっは! そうだろう!」


 ヴァルちゃんは、ふと横へ顔を向けた。


 そこには、先ほど私たちを案内してくれた、ウサギの宰相ラビリンスさんが立っている。


 ……あっ。


 ヴァルちゃんが、ラビリンスさんをじーっと見つめ始めた。


「……ひじょ……」


 その瞬間。


 ヴァルちゃんは、はっとした顔で口を両手で押さえた。


 ……。


 …………。


 ……今、非常食って言おうとしたな!?


 いやいやいや!


 それ、私も昔考えちゃったことあるけど!


 ……というか、どうしてヴァルちゃんまで同じ発想になるの!?


 私が一人で動揺していると、ラビリンスさんが、いつもの落ち着いた口調で微笑んだ。


「私は非常食ではありませんよ。宰相のラビリンスです」


 ……!


 聞こえてた!?


「がっはっは! そうだぞ! ラビリンスは非常食ではないぞー! がっはっは!」


 ライオネスさんが、たてがみを揺らしながら笑い始めた。


「そうだよねー! あははははっ!」


 ヴァルちゃんも、つられたように笑っている。


 ……いや。


 絶対に、ごまかしたよね!?


 私は、ラビリンスさんの方へそっと視線を向けた。


 ……あっ。


 ラビリンスさんも、微笑んでいる。


 ただ、その長い耳だけは、ぴくりと動いていた。


 ……うん。


 これ以上、この話題に触れるのはやめておこう。


 ……うん。


 何だか、魔王のときと似た光景だ。


 ただし。


 ヴァルちゃんの視線は、さっきからライオネスさんの顔の周りを行ったり来たりしている。


 ……あっ。


 たてがみだ。


 やっぱり、気になるんだね。


「……もふもふ」


 小さな声が聞こえた。


 ……。


 …………。


 まだ我慢してくれてる。


 私は、そっとカトレアを見た。


 カトレアが、頷いてくれる。


「ヴァルちゃん、気になるなら、ちゃんとお願いしてみようか」


「……うん!」


 ヴァルちゃんが、ライオネスさんを見上げた。


「ねえ、ライオネスさん!」


「何だ?」


「その、たてがみ……ちょっと触ってもいい?」


 ……おお。


 ちゃんと聞けた。


 ライオネスさんは、一瞬きょとんとした。


 それから。


「……がっはっは!」


 豪快な笑い声が響いた。


「よいぞ! ただし、引っ張らんようにな!」


「やったぁ!」


 ライオネスさんが、少し身をかがめる。


 ヴァルちゃんは、そっと手を伸ばした。


 ふわっ。


 小さな手が、立派なたてがみに埋もれる。


「……わぁぁ!」


 目が、きらきらと輝いた。


「すっごく、もふもふ!」


「がっはっは! 手入れを欠かさぬからな!」


 ……おお。


 獣王様、得意げだ。


 その隣で、ラビリンスさんが少しだけ遠い目をしていた。


 ……ああ。


 王様が子供にたてがみを触らせている。


 宰相としては、何とも複雑な気分なのかもしれない。


 ……でも。


 私は、別の意味で複雑だ。


 世界最強級の戦神が、獣王様のたてがみをもふもふして喜んでるんだから。


 ……うん。


 何だろう、この光景。


     ◇


 応接の席へ移ると、ライオネスさんが尋ねた。


「それで、リアリス。今日は何か相談でもあるのか?」


「いえ、今日は観光なんです。ヴァルちゃんが獣人国を見てみたいと言うので」


「ほう! それは嬉しいことだ!」


 ライオネスさんが、大きく頷く。


「儂の国は、獣人たちが力を合わせて暮らす国だ。ゆっくり見ていくがよい!」


「ありがとうございます」


「ヴァルちゃんとやらも、楽しめたか?」


「うんっ! みんな、もふもふだったぁ!」


「がっはっは! そうかそうか!」


 ……うん。


 この人、何を言われても豪快に笑うなぁ。


 魔王とは、また違う意味で付き合いやすい。


「そうだ。手土産を用意してきたんです」


「おお! また土産か!」


 ライオネスさんの目が輝いた。


「前にもらったスーツは、見てのとおりだ。儂も気に入っておる!」


「そう言ってもらえて嬉しいです」


 私は、同行のメイドへ頷いた。


 箱がテーブルへ置かれる。


 ふたを開けると、甘い香りがふわりと広がった。


「巴さんが作った、キャロットケーキです」


「……ほう!」


 ライオネスさんが、箱の中を覗いた。


 ……あっ。


 その隣で。


 ラビリンスさんの耳が、ぴんと立った。


 ……見えた。


 しっかり、見えたよ。


「ラビリンスさんの分もありますからね」


 私が言うと、ラビリンスさんが、ほんの少しだけ表情を緩めた。


「……お気遣い、ありがとうございます」


 ……ああ。


 やっぱり好きなんだね。


「がっはっは! 前にもラビリンスが大事そうに抱えておった菓子か!」


「……陛下」


「冗談だ! 今回は儂の分もあるのであろう?」


「はい。皆さんで召し上がってください」


 ……うん。


 これなら、仲良く食べられそうだ。


「ともえのケーキ、すっごくおいしいよぉ!」


 ヴァルちゃんが、ぬいぐるみを抱えたまま身を乗り出す。


「ほう! ならば楽しみだ!」


 ……あれ。


 昨日も、同じような会話を聞いたような。


 ……きっと、気のせいだね。


     ◇


 切り分けられたキャロットケーキは、今日もふんわりとしていた。


 人参の自然な甘みと、ほどよい香り。


 ……うん。


 巴さんのお菓子は、本当においしい。


 ライオネスさんが、一口食べる。


「……おお! これはうまいな!」


「ありがとうございます。巴さんにも伝えておきますね」


「うむ! 頼むぞ!」


 ……おお。


 喜んでくれた。


 ヴァルちゃんも、ほっぺたを膨らませながら食べている。


「おいしぃぃ!」


 ……うん。


 知ってた。


 そして、ラビリンスさんが、とても丁寧にケーキを味わっている。


 長い耳が、嬉しそうに少し動いた。


 ……ああ。


 分かりやすいなぁ。


「リアリス様」


「はい?」


「この菓子は、やはり見事です」


「ありがとうございます。巴さんも喜ぶと思います」


「……次は、ぜひ作り方も伺いたいものですね」


 ……おお。


 そこまで気に入ってくれたんだ。


 今度、巴さんに相談してみようかな。


 ……さて。


 お菓子も喜んでもらえたことだし。


 そろそろ、もう一つのお土産を出してみよう。


     ◇


「あの、ライオネスさん」


「うむ?」


「実は、もう一つあるんです」


「ほう! 何だ、今度は!」


 ……ああ。


 目が輝いてる。


 私は、長い包みを取り出した。


 ……うん。


 やっぱり、大きいな。


 私は、ゆっくり包みをほどく。


 長くて丈夫な棒。


 その先についた太い紐。


 そして、ふわふわとした大きな飾り。


 ……。


 …………。


 沈黙。


 ライオネスさんが、首を傾げた。


「……何だ、これは?」


 ……うん。


 そうなるよね。


「巨大な猫じゃらしです」


「……ねこじゃらし?」


「はい。猫と遊ぶためのおもちゃでして」


 ……。


 …………。


 ラビリンスさんの耳が、ぴくりと動いた。


 ……あっ。


 これは、説明を間違えたかも。


 相手は獣王様だ。


 さすがに、猫扱いは失礼だったかな。


「……いや、ライオネスさんを猫扱いしたいわけじゃなくてですね。以前、キャッツさんに小さいものを贈ったとき、面白いと言ってもらえて……」


「がっはっは!」


 ……えっ。


 ライオネスさんが、大笑いし始めた。


「儂を猫と同じにするとは、面白い発想だな!」


「……す、すみません」


「謝ることはない! 儂は面白いものが好きだ!」


 ……ほっ。


 よかった。


「それで、どうやって使うのだ?」


「ああ、こうやって……」


 私は、飾りを少し持ち上げた。


 ふわっ。


 ふわふわっ。


 大きな毛玉が、空中で揺れる。


 ……その瞬間。


 ライオネスさんの目が、すっと動いた。


 右。


 左。


 そして、また右。


 ……。


 …………。


 ……おお。


 ものすごく、追ってる。


「……ほう。なかなか面白い動きをするな」


 ……ああ。


 興味を持ってくれたみたいだ。


「リアリスちゃん!」


 ヴァルちゃんが、両手を上げた。


「わたしも、やりたぁい!」


 ……あっ。


 やっぱり来た。


 私は、ライオネスさんを見た。


「よかったら、ヴァルちゃんと少し遊んでみます?」


「がっはっは! よいぞ!」


 ……。


 …………。


 即答!?


 私は、そっとラビリンスさんを見た。


 ラビリンスさんは、一瞬だけ目を閉じた。


 ……あっ。


 たぶん、諦めた。


「……陛下。室内の調度品には、十分お気をつけください」


「うむ! 分かっておる!」


 ……うん。


 それじゃ、広い庭に出ようか。


     ◇


 王城の庭は、手入れの行き届いた広い芝生に囲まれていた。


 これなら、少しくらい動いても大丈夫そうだ。


 ……少しくらい、ならね。


 ライオネスさんが、上着の袖を軽く整える。


「さて、儂は何をすればよいのだ?」


 ……おお。


 やる気満々だ。


 ヴァルちゃんは、ウサギのぬいぐるみをカトレアへ預けた。


「カトレアちゃん、ウサギさんお願い!」


「うん。大切に持ってるね」


「ありがとぉ!」


 ……ああ。


 何だか、戦いの前と同じ光景になってきたな。


 ……いや。


 今日は戦いじゃないから。


 絶対に、戦いじゃないからね。


 ヴァルちゃんが、巨大猫じゃらしを両手で持った。


 小さな身体に対して、棒がずいぶん大きい。


 ……でも。


 持ち上げるのは簡単らしい。


 ……そりゃそうだ。


 あの子は、百倍に強化した私より強いんだから。


「ライオネスさん! いくよぉ!」


「うむ! 来い!」


 ヴァルちゃんが、猫じゃらしをゆっくり振った。


 ふわっ。


 ふわふわっ。


 大きな飾りが、右から左へ揺れる。


 ライオネスさんの視線が、ぴたりと飾りを追った。


 ……おっ。


 いい反応。


「……む」


 今度は、左から右。


 ふわっ。


 ふわふわっ。


 ライオネスさんの耳が、ぴくっと動いた。


 ……あっ。


 耳まで。


「……面白い!」


 ライオネスさんが、口元を緩めた。


 ヴァルちゃんは、にっこり笑う。


「もっと速くしていい?」


「うむ!」


 ……ああ。


 王様。


 返事が早い。


 ヴァルちゃんが、飾りを少し高く掲げた。


 ふわっ。


 その瞬間。


 ライオネスさんの大きな手が、すっと持ち上がった。


 ……。


 …………。


 ……あれ。


 今、捕まえようとした?


 そう思ったとき。


 飾りが、ひょいっと逃げた。


「……むっ!」


 ライオネスさんが、さらに一歩踏み出す。


「あははっ! こっちだよぉ!」


 ふわっ。


 右。


 左。


 上。


 下。


 飾りが揺れるたび、ライオネスさんの顔も動く。


 ……。


 …………。


 ……ええと。


 これは。


 獣王様が、完全に猫じゃらしで遊んでいる。


 ……いや。


 遊ばされている?


「がっはっは! 面白い! もう一度だ!」


「はぁい!」


 ……。


 …………。


 獣王様。


 楽しそうですね。


     ◇


 ヴァルちゃんが、棒をもう少し大きく振った。


 飾りが、ライオネスさんの目の前を横切る。


 ……その瞬間。


 ばっ!


 ライオネスさんの手が伸びた。


 ……おお!


 ついに、捕まえに行った!


「……捕まえたぞ!」


 大きな手が、ふわふわの飾りを掴む。


 ……が。


「えへへ!」


 ヴァルちゃんが、軽く棒を動かす。


 飾りが、するりと手から抜けた。


「……むっ!」


 ライオネスさんの目が、きらりと光った。


「逃がすものか!」


 ……。


 …………。


 あっ。


 完全に本気になった。


 ……いや。


 獣王様。


 相手は、ただの猫じゃらしです。


 しかも。


 持っているのは、戦神様本人ですよ。


 私は、思わず額を押さえた。


 ヴァルちゃんは、楽しそうに棒を操っている。


 ふわっ。


 ふわふわっ。


 飾りが宙を舞う。


 ライオネスさんが、左右へ身体を動かした。


 ……おお。


 結構、身軽だ。


 大きな身体なのに、足運びが速い。


 ……さすが獣王。


 ……いや。


 だから、何で猫じゃらし相手に本気を出してるんだろう。


「ヴァルちゃん、上手だね」


 カトレアが、小さく笑う。


「えへへ! ライオネスさんも、すっごく速いよぉ!」


「がっはっは! まだまだ行けるぞ!」


 ……ああ。


 もう、二人の世界だ。


 桜花も、少し離れた場所から静かに見守っている。


 ただ、よく見ると口元がほんの少し緩んでいた。


 ……あっ。


 桜花も楽しんでるね。


 ……うん。


 こういう日があっても、いいよね。


 ……たぶん。


     ◇


「……陛下」


 ラビリンスさんの、静かな声が響いた。


「……何だ!」


「……そろそろ、次のご公務のお時間でございます」


 ……あっ。


 やっぱり、仕事があるよね。


 ライオネスさんは、大きな手を止めた。


 ヴァルちゃんも、猫じゃらしを静かに下ろす。


「……もう終わり?」


 ヴァルちゃんが、少し残念そうに呟いた。


 ライオネスさんは、胸を張った。


「がっはっは! 残念だが、儂も王ゆえな!」


 ……うん。


 そうだね。


 この人、国王だったね。


「でも、とっても楽しかったぁ!」


 ヴァルちゃんが、満面の笑顔で言った。


「……うむ! 儂も久々に、思い切り遊んだぞ!」


 ……。


 …………。


 久々に。


 思い切り。


 ……獣王様。


 よかったですね。


 ヴァルちゃんが、猫じゃらしを持ち上げる。


「これ、ライオネスさんにあげる!」


「……ほう! 儂にか!」


「うんっ! また遊んでね!」


「がっはっは! もちろんだ!」


 ……うん。


 喜んでくれてよかった。


 ただ。


 今後、王城で巨大猫じゃらしを振り回す獣王様の姿が目撃されないことを祈ろう。


 ……いや。


 たぶん、目撃されるだろうなぁ。


 その隣で、ラビリンスさんが静かに頭を下げた。


「……リアリス様」


「……はい?」


「贈り物、誠にありがとうございます」


 ……あっ。


 何だろう。


 声に、少しだけ疲れが混じってる気がする。


「……ご、ご迷惑でした?」


「……いえ」


 ラビリンスさんが、ほんの少し微笑んだ。


「陛下が、あれほど楽しそうになさるのは珍しいことでございます」


 ……ああ。


 そうなんだ。


 それなら、よかった。


 ……うん。


 少しだけ、安心した。


     ◇


 王城へ戻る前に、ライオネスさんがヴァルちゃんを見た。


「そういえば、小さな客人」


「なぁに?」


「戦神ヴァルキア様の神殿には、もう参ったか?」


「うんっ! 行ったよぉ!」


「そうか! あそこは、この国の誇りの一つだ」


 ……あっ。


 その話になった。


 私は、そっと背筋を伸ばした。


「ライオネスさんは、戦神様ってどんな人だと思う?」


 ヴァルちゃんが尋ねる。


 ……また、本人による本人への質問。


 今日もやるんだね。


 ライオネスさんは、大きく腕を組んだ。


「……うむ!」


 そして、堂々と言った。


「戦神様は、我ら獣人が心から崇める偉大なる男神だ! 山のように大きな身体を持ち、鍛え抜かれた腕であらゆる敵を打ち破る!」


 ……。


 …………。


 はい。


 やっぱり、筋肉。


「がっはっは! 儂も幼い頃から、あの御姿に憧れておった!」


 ……ああ。


 ドルステンさんも、同じことを言っていたなぁ。


 魔王と獣王。


 大きな身体の二人が、そろって小さな女の子に憧れている。


 ……うん。


 ステラって、本当に面白い世界だね。


「へええ! すごいねぇ!」


 ヴァルちゃんが、笑いをこらえながら頷く。


「強く、勇敢で、誇り高い! 儂もそうありたいと思っておる!」


「じゃあ、ライオネスさんも、ずっと強くいてね!」


「がっはっは! 任せておけ!」


 ……おお。


 獣王様、気合い十分だ。


 ……目の前にいるのが本人だとは知らないけれど。


「それと、神様を大事にしてあげてねぇ!」


「当然だ! 我ら獣人が、その御名を忘れることはあるまい!」


「うんっ!」


 ヴァルちゃんの笑顔が、少しだけ柔らかくなった。


 ……ああ。


 よかったね。


 見た目は全然違う。


 でも、信仰している人たちの気持ちは、本物なんだ。


     ◇


「リアリス! また来てくれよ!」


「はい! 今日はありがとうございました」


 私たちは、ライオネスさんとラビリンスさんに見送られ、王城をあとにした。


 ヴァルちゃんは、カトレアからウサギのぬいぐるみを受け取った。


「ライオネスさん、楽しかったぁ!」


「うん。すごく喜んでくれてたね」


「もふもふだったし!」


 ……うん。


 そこも、忘れないんだね。


 私は、思わず笑った。


 獣王様が猫じゃらしで遊ぶ。


 しかも、相手は本物の戦神様。


 ……そんな光景、二度と見られないかもしれないなぁ。


 ……いや。


 ヴァルちゃんが気に入ったから、また見られる可能性はあるね。


 ……それは、それで怖い。


 私たちは獣都の大通りをゆっくり歩いた。


 街は、朝と同じように賑わっている。


 店先で笑う人たち。


 荷物を運ぶ人たち。


 手をつないで歩く親子。


 ……ああ。


 昨日の魔国と同じだね。


 神様を信じる人たちがいて。


 でも、その前に、毎日を懸命に暮らしている人たちがいる。


 ……うん。


 こういう景色が、ずっと続くといいなぁ。


     ◇


 夕方。


 ジーラット国の屋敷へ戻ると、菖蒲が迎えてくれた。


「リアリス様。お帰りなさいませ」


「ただいま、菖蒲。今日も楽しかったよ」


「それは何よりでございます」


 菖蒲が、穏やかに微笑む。


 ……うん。


 こうして家族に迎えられると、やっぱり落ち着くなぁ。


「ただいまぁ!」


 ヴァルちゃんも、元気よく手を振った。


「ヴァルちゃんも、お帰りなさいませ」


「えへへ!」


 ……もう、すっかり馴染んでるね。


 巴さんも、夕食の準備をしに来てくれていた。


「みんな、お帰りなさい。今日はどうだった?」


「ともえぇ!」


 ヴァルちゃんが、ぬいぐるみを抱えたまま駆け寄る。


「今日はね! ライオンの王様と遊んだの!」


「あら、そうなの?」


「うん! すっごくもふもふだった!」


 ……うん。


 最初に話すことが、それなんだね。


 カトレアが、くすっと笑った。


「王様、とても楽しそうだったよ」


「そう。よかったわね」


 巴さんが、嬉しそうに微笑む。


 ……ああ。


 やっぱり、この家に帰ってくると安心する。


 今日一日の、とんでもない光景が、急に普通の思い出になるんだから。


     ◇


 夕食の席には、巴さんが作った温かい料理が並んでいた。


 ……うん。


 たくさん歩いたから、お腹も空いている。


 私は、手を合わせた。


「いただきます」


「いただきまぁす!」


 ヴァルちゃんの元気な声が、食堂に響く。


 ……うん。


 もう、慣れてきたなぁ。


 私は、スープを一口飲んだ。


 ……ああ。


 温かい。


 ほっとする味だ。


「ヴァルちゃん」


「なぁに?」


「魔国と獣人国、両方行ってみてどうだった?」


 ヴァルちゃんが、ぴたりと手を止めた。


 ……おっ。


 少し考えてるみたいだ。


「……すっごく、楽しかった!」


 ……うん。


 まずは、それだよね。


「魔族の人たちも、獣人の人たちも、みんな優しかった!」


「そうだね」


「神殿の人たちも、王様たちも、わたしのこと大事にしてくれてた!」


 ……ああ。


 そこが嬉しかったんだね。


「それでね」


 ヴァルちゃんが、少しだけ声を落とした。


「わたし、みんなのこと、あんまり知らなかったんだなぁって思ったの」


 ……。


 …………。


 おっ。


 私は、思わず顔を上げた。


 ヴァルちゃんは、スープの器を見つめている。


「神界から見てたら、誰が強いかとか、どんな戦いをしてるかは分かるの。でも、どんなご飯食べてるとか、誰と笑ってるとかは、あんまり見てなかったの」


 ……ああ。


 そういうことか。


 戦神だから、どうしても戦いの方に目が向いていたんだね。


「今日、神殿に小さい男の子がいたでしょ?」


「うん。お父さんの無事をお願いしてた子だね」


「うん。ああいうお願いもあるんだなぁって」


 ……。


 …………。


 私は、静かに頷いた。


 神様にとって、人間や魔族や獣人の一生は、とても短く見えるのかもしれない。


 でも。


 その短い毎日の中には、家族がいて、笑い声があって、心配する気持ちがある。


 ……それが、暮らしなんだよね。


「……来てみて、よかった?」


「うんっ!」


 ヴァルちゃんが、にっこり笑う。


「また来たい!」


 ……ああ。


 よかった。


 その言葉だけでも、案内した甲斐があった。


「ただし、突然来るとみんなびっくりしちゃうから、次は先に連絡してね」


「はぁい!」


 ……うん。


 前にも、似たような返事を聞いたな。


 ……大丈夫かな。


 ……まあ、いいか。


     ◇


「リアリスちゃん!」


「うん?」


 ヴァルちゃんが、スプーンを置いた。


「昨日も今日も、ありがとぉ!」


「……私?」


「うん! リアリスちゃんが一緒に来てくれなかったら、神殿も王様も見に行けなかったもん!」


 ……ああ。


 そう言ってもらえると、嬉しいな。


「私も、楽しかったよ」


「カトレアちゃんも、桜花ちゃんも、ありがとぉ!」


 カトレアが、柔らかく微笑む。


「どういたしまして。また一緒にお出かけできるといいね」


「うんっ!」


 桜花も、丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、ご一緒できて光栄でございます」


 ……ああ。


 みんな、楽しんでくれたんだね。


 同行のメイドも、嬉しそうに微笑んでいる。


「ともえ!」


「なぁに?」


「ご飯、ぜんぶおいしかったぁ!」


 巴さんが、にっこり笑った。


「ふふっ。ありがとう。また作ってあげるわね」


「やったぁ!」


 ……。


 …………。


 結局、最後はご飯なんだね。


 ……うん。


 ヴァルちゃんらしいなぁ。


     ◇


 夕食が終わると、巴さんがお風呂の準備をしてくれた。


 この屋敷にも、大きな浴場がある。


 ……うん。


 旅先でも湯船につかれるのは、ありがたいね。


「ヴァルちゃん。一緒にお風呂入ろうか」


 カトレアが声をかけた。


「お風呂!?」


「うん。広いお風呂なんだよ」


「入りたぁい! ウサギさんも!」


「ふふっ。ぬいぐるみは濡れちゃうから、お部屋で待っててもらおうね」


「……そっかぁ」


 ……あっ。


 ちょっと残念そう。


 カトレアが、優しく微笑んだ。


「ちゃんと預かっておくから、大丈夫だよ」


「ありがとぉ!」


 ……ああ。


 カトレアは、年下の子に優しいお姉さんだね。


 私は、巴さんへ目を向けた。


「巴さん、ありがとう。私もあとでお風呂に入るよ」


「ええ。ゆっくり休んでちょうだい」


 ……うん。


 それぞれ、のんびりお風呂を楽しむ。


 こういう夜が、一番いい。


 ……もっとも。


 戦神様が入浴しているという事実だけは、どうしても普通じゃないけどね。


     ◇


 しばらくして。


 湯上がりのヴァルちゃんが、カトレアと一緒に食堂へ戻ってきた。


「リアリスちゃーん!」


「おっ。お帰り、ヴァルちゃん」


「お風呂、すっごく気持ちよかったぁ!」


「よかったね」


「ともえのお家、お風呂もすごい!」


 ……あっ。


 いつの間にか、この家は巴さんの家ということになっているらしい。


 ……まあ。


 実際、巴さんがいないと成り立たないことだらけだからね。


 否定できないなぁ。


 カトレアが、くすっと笑う。


「ヴァルちゃん、ウサギのぬいぐるみも忘れずにね」


「……あっ!」


 ヴァルちゃんが椅子の横へ駆け寄った。


 大きなウサギを、ぎゅっと抱き締める。


「ウサギさぁん!」


 ……うん。


 今日も平和だなぁ。


 ヴァルちゃんは、ぬいぐるみを抱いたまま私たちを見回した。


「それじゃ、わたし、そろそろ帰るね!」


 ……ああ。


 神界へ帰るんだね。


「もう帰るの?」


「うん! 今日はいっぱい遊んだし、お腹もいっぱい!」


 ……分かりやすい理由だね。


 でも、満足なら何よりだ。


「じゃあ、庭まで送るよ」


「うんっ!」


     ◇


 夜の庭には、静かな風が吹いていた。


 頭上には、星が輝いている。


 私は、ヴァルちゃんと並んで歩いた。


 後ろにはカトレアと桜花、そして巴さん。


 ……ああ。


 二日間、よく遊んだなぁ。


 魔族の街を歩いて。


 獣人の街を見て。


 神殿へ行って。


 王様とお菓子を食べて。


 ……そして、巨大猫じゃらし。


 ……。


 …………。


 ぷっ。


 ……駄目だ。


 最後のが、強すぎる。


「リアリスちゃん?」


「……うん?」


「何で笑ってるの?」


「……楽しかったことを、思い出してね」


「えへへ! わたしも!」


 ……ああ。


 本当に、楽しい旅行だった。


 ヴァルちゃんが、庭の真ん中で立ち止まる。


 そして、ぬいぐるみを抱き直した。


「リアリスちゃん!」


「うん?」


「また、遊びに来ていい?」


 ……。


 …………。


 来ていい、か。


 この子は、突然来る。


 朝ご飯を食べに来る。


 しかも、下手をしたら「もう一回戦おう!」と言い始める。


 ……ちょっと怖い。


 でも。


 この二日間で見せた笑顔は、本当に楽しそうだった。


 自分を信じてくれている人たちを知って、嬉しそうにしていた。


 その姿を見て、私まで嬉しくなった。


 ……うん。


 答えは、決まってる。


「もちろん。ただ、次は先に連絡してくれると嬉しいな」


「はぁい!」


 ……うん。


 相変わらず、返事はいい。


「ヴァルちゃん、また遊びに来てね」


 カトレアが、優しく声をかける。


「うんっ! カトレアちゃんも、ありがとぉ!」


 桜花が、一歩前に出た。


「お気をつけてお帰りくださいませ」


「桜花ちゃんも、またね!」


 巴さんが、にっこり微笑む。


「次に来たときも、おいしいご飯を作るわね」


「やったぁ!」


 ……。


 …………。


 ああ。


 これで、また来る理由ができちゃったね。


 ……まあ。


 いいか。


     ◇


 ヴァルちゃんの身体が、ふわりと光り始めた。


 神界へ帰るときの、あの柔らかな光だ。


「リアリスちゃん!」


「うん?」


 小さな戦神が、にっこり笑う。


「わたしね、ステラのこと、ちょっとだけ好きになったよ!」


 ……。


 …………。


 ああ。


 それは。


 何だか、とても嬉しい言葉だった。


「そっか。それなら、案内してよかった」


「うんっ!」


 ヴァルちゃんが、大きく手を振る。


「またねぇ!」


「またね、ヴァルちゃん」


 光が、少しずつ強くなる。


 次の瞬間。


 大きなウサギのぬいぐるみごと、小さな女神の姿が消えた。


 ……。


 …………。


 帰った。


 私は、しばらく夜空を見上げていた。


 戦神ヴァルキア。


 この世界では、山のように大きな筋肉隆々の男神として崇められている存在。


 でも、本当の姿は、小さな女の子。


 ピンクのドレス。


 そして、大きなウサギのぬいぐるみ。


 ……うん。


 ものすごいギャップだ。


 だけど。


 魔族も獣人も、違う姿を思い描いていたからといって、その祈りまで間違っているわけじゃない。


 勇気がほしいとき。


 大切な家族の無事を願うとき。


 あの人たちは、ずっと戦神に祈ってきた。


 ……そして。


 今日、本人は初めて、その声をすぐそばで聞いた。


 ……ああ。


 来てもらって、よかったなぁ。


「お父さん」


 カトレアが、隣へ来た。


「ヴァルちゃん、楽しそうだったね」


「うん。本当に」


「また来るかな?」


「……来ると思うよ」


 私は、思わず笑った。


「……かなり高い確率でね」


 カトレアも、小さく笑う。


 桜花が、静かに頷いた。


「次のお越しも、楽しみでございます」


「うん。そうだね」


 ……ああ。


 それにしても。


 魔王ドルステンさんも、獣王ライオネスさんも。


 まさか目の前の小さな女の子が、自分たちの崇める神様本人だとは思わなかっただろうなぁ。


 ……しかも。


 ドルステンさんは、戦神に向かって「よく食べて強くなるとよい」と言い。


 ライオネスさんは、その戦神が振る巨大猫じゃらしに夢中になってしまった。


 ……。


 …………。


 ……ぷっ。


 ああ、もう。


 面白すぎる。


 私は、家族と一緒に屋敷へ戻った。


 温かい灯り。


 食堂から聞こえる、みんなの声。


 ……うん。


 いいね。


 世界には、私より強い神様がいる。


 それは、もう十分に分かった。


 でも、その神様が食卓で笑い、ウサギを抱いて、普通の女の子みたいに遊んで帰っていく。


 ……そんな日があっても、いいよね。


 ……さて。


 明日からは、またいつもの暮らしだ。


 できれば、しばらくは何も起こらないでほしい。


 ……いや。


 今日の様子を見る限り、もう無理なお願いかな。


 ……まあ、いいか。


 またヴァルちゃんが来たら、まずは巴さんにお菓子をお願いしよう。


 戦うのは、そのあとでも遅くない。


 ……いや。


 やっぱり、戦わない方がいいな。


 ――こうして。


 小さな戦神様との、二日間の観光旅行は終わった。


 魔王と獣王は、本当の姿を知らないまま、今日も戦神を崇めている。


 ……うん。


 それは、それで平和なのかもしれないね。


 今日も、この世界はお約束だらけだ。


 ……そして。


 私は、そんな世界で、家族とのんびり暮らしていきたい。


     ◇


 ――プチ番外編:二人の宰相の内緒話――


 リアリスたちが獣王城をあとにして、しばらく経った頃。


 ジーラット国の王城。


 ラビリンスは、自分の執務室で一つのマジックアイテムを前にしていた。


 各国へ配備されている《映像通話》のマジックアイテムだ。


 今日の来客について、どうしても確かめておきたいことがあった。


 ……ただし、獣王ライオネスへ報告するためではない。


 むしろ、今はまだ報告しない方がよい。


 そう考えながら、ラビリンスは魔国の宰相へ連絡を取った。


 しばらくすると、画面に三つの目を持つ魔族の姿が映る。


『……おお。ラビリンス殿か』


「お久しぶりです。グリンヒルダ様」


『こちらこそ、お久しぶりです、ラビリンス殿。本日はどうされましたか?』


 グリンヒルダの落ち着いた声が返ってくる。


 ラビリンスは、少しだけ間を置いた。


「はい。本日、リアリス様がいらっしゃいまして」


『……ほう。リアリス殿が』


「ええ。ヴァルちゃんという、人種族の女の子をお連れになったのですが……」


『……ああ、あのお方ですね。昨日、我が魔国にて魔王様とご面会なされておられました』


「やはり、そちらにも」


『ええ。魔都の戦神神殿にも足を運ばれたそうです。ずいぶんと元気な女の子でしたな』


 ラビリンスは、小さく頷いた。


「こちらでも戦神様の神殿を訪れたそうです。そして、本日は陛下と楽しそうにお話しされておりました」


『……それが、何か?』


 ラビリンスは、画面の向こうにいる宰相を真っすぐに見た。


「……あの女の子。多分、戦神様ではないかと……」


『……』


 グリンヒルダが、ぴたりと動きを止めた。


 三つの目が、わずかに細くなる。


『……確かに、吾も違和感は覚えました。しかし、戦神様は男神。いらしてくださったのは、女の子でございますよ?』


「はい。私も、その認識です」


 ラビリンスは、静かに答えた。


「ですが、あの女の子を連れていらっしゃったのは、リアリス様です」


『……』


「……あの、リアリス様ですよ?」


 グリンヒルダは、黙り込んだ。


 リアリス。


 各国の王族たちが認める、常識では測れない人物。


 邪神との戦いを終え、世界を救ったあの青年ならば。


 誰も見たことのない神を友人として連れてきたとしても、何の不思議があるだろう。


 ……そして。


 女の子の呼び名は、ヴァルちゃん。


 よりによって、魔族と獣人が崇める戦神ヴァルキアと、同じ響きの名前だった。


 グリンヒルダの三つの目が、ゆっくりと見開かれる。


 ……ああ。


 そういうことか。


 胸の中で、すべてがつながった。


 男神だと信じられているのは、あくまで自分たちが伝え聞いてきた姿。


 本物を見た者など、誰もいない。


 もしも、あの小さな女の子こそが本当の戦神様なのだとしたら。


 ……魔王様は。


 ……。


 …………。


 あろうことか。


 崇拝する戦神本人に、身体を鍛えるよう勧めていたことになる。


 グリンヒルダは、口元を手で押さえた。


『……なるほど。合点がいきました』


 ラビリンスも、静かに微笑む。


「……ご理解いただけましたか」


『ええ。これほどのことを、我らが魔王様にお伝えすれば……』


「こちらの陛下も、大騒ぎになるでしょうね」


 ……。


 …………。


 しばしの沈黙。


 画面の向こうで、グリンヒルダはゆっくり頷いた。


『……このことは、私たちの内に秘めておきましょう』


 ラビリンスは、思わず小さく笑った。


「……そうですね」

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