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第4話:番外編!三人の桜花

 庭の広い一角に立ち、私は刀の柄へ手を添えた。


 朝の風が、銀色の髪を揺らす。


 草の匂いと、遠くから聞こえてくる鳥の声。


 平和な一日の始まりだ。


 ……だからこそ、私にはやっておきたいことがある。


「……もう一度」


 足の位置を整え、ゆっくりと息を吸う。


 目を閉じると、リアリス様に教わった剣技の動きが浮かんできた。


 【一閃 乱れ桜】。


 【一閃】を百回、ほとんど同時に放つ奥義。


 先日の戦神ヴァルキア様との戦いでは、リアリス様とヴァルキア様がそれぞれ十人の分身を作り、二十二人でこの技を使われたという。


 ……二十二人。


 夕食の席でその話を聞いたときは、さすがに驚いた。


 私が今も習得できずにいる奥義を、ヴァルキア様は一度見ただけで再現してしまったそうだ。


 戦神様なのだから、驚くべきではないのかもしれない。


 それでも。


 ……少しだけ、悔しかった。


 リアリス様のおそばで、何度も剣を振ってきたのに。


 私は、まだその技へ届いていない。


 もちろん、ヴァルキア様を妬んでいるわけではない。


 むしろ、あれほど強い方がいらっしゃると知って、もっと努力したいと思った。


 リアリス様が次に強敵と戦われるとき。


 その隣で、お役に立てる私でありたい。


「……ふっ!」


 刀を抜く。


 鋭い一閃。


 続けて二撃、三撃。


 十撃目までをつなげる。


 ……ここまでは、できる。


 【一閃 乱】は、私自身が編み出し、磨き続けてきた技だ。


 しかし、そこから先。


 十の斬撃を百に増やそうとすると、どうしても動きが乱れる。


「……っ」


 刀を止めた。


 呼吸を整え、足元を見つめる。


 ……また、駄目だった。


 何が足りないのだろう。


 速さ?


 剣の振り方?


 それとも、私にはまだ理解できていない何かがあるのだろうか。


 リアリス様は以前、焦らなくてもよいとおっしゃってくださった。


 ……けれど。


 少しでも早く、あの方のお役に立ちたい。


 私は刀を握り直した。


「……もう一度」


     ◇


「桜花!」


 聞き慣れた声に、私は振り返った。


 屋敷の方から、リアリス様が歩いていらっしゃる。


 そのお姿を見ただけで、胸の奥が温かくなった。


 私は刀を納め、姿勢を正す。


「リアリス様。おはようございます」


「おはよう。今日も頑張ってるね」


 優しく声をかけていただき、自然と頬が緩んだ。


「はい、私も早く使えるようになりたいので」


「うんうん。頑張ってね」


「はい!」


 リアリス様が応援してくださる。


 それだけで、もう少し続けられそうな気がした。


 ……我ながら、単純なのかもしれない。


 けれど、仕方がない。


 私にとって、リアリス様のお言葉は何よりの励みなのだから。


 私は再び刀を握ろうとした。


 すると。


「あっ、それで、【一閃 乱れ桜】のことなんだけど」


 ……!


 私は、思わず顔を上げた。


 もしかして。


 ついに、何かコツを教えていただけるのだろうか。


 剣の角度かもしれない。


 連撃の間合いかもしれない。


 あるいは、私が見落としていた大切な動きがあるのかも。


「はい! 何でしょうか!」


 声が、少し弾んでしまった。


 リアリス様は、そんな私を見て、なぜか苦笑なさった。


「いやぁ……その、ね」


 ……?


 何だろう。


 いつものリアリス様らしくない、歯切れの悪いお話しぶりだ。


「実は、【一閃 乱れ桜】って《ドッペルゲンガー》ありきの技なんだよね」


「……はい?」


 《ドッペルゲンガー》。


 あの、リアリス様が十人の分身を作られた魔法だ。


 先日の戦いで、改めてその仕組みを教えていただいた。


 リアリス様ご本人と同じ能力を持つ分身を作り、全員で同時に攻撃する。


 ……それが、何か。


「だから厳密に言うと、《ドッペルゲンガー》が使えない桜花には、【一閃 乱れ桜】は使えなかったんだ」


「……えっ?」


 ……。


 …………。


 ……え?


 今、何とおっしゃった?


 使えなかった?


 私が?


 【一閃 乱れ桜】を?


 ……。


 …………。


「……あの、リアリス様」


「……うん」


「私が、どれほど稽古を重ねても……?」


「……うん」


「剣の腕を、さらに磨いたとしても……?」


「……ごめん。分身がいないと、完成しないんだ」


 ……。


 …………。


 ……ああ。


 そうだったのか。


 私は、ようやく理解した。


 私の剣が未熟だから、発動できないのではない。


 そもそも、一人では完成しない技だったのだ。


 そして、私には魔力がない。


 あの《ドッペルゲンガー》を使うことはできない。


 ……つまり。


 ……つまり。


「…………」


 膝から、力が抜けた。


 どさっ。


 気づけば、私は地面に両膝をついていた。


 そのまま、両手もつく。


 うつむいた私の目の前には、庭の草が揺れている。


 ……。


 …………。


 今までの稽古は。


 あの、何度も繰り返した素振りは。


 朝から夕方まで、ひたすら剣を振っていた時間は。


 ……いったい。


「……桜花?」


 リアリス様の声がする。


 ……ですが。


 今は、お顔を上げることができません。


「……ごめん! もっと早く気づいて説明するべきだった!」


 リアリス様が、慌てたようにおっしゃった。


 ……いえ。


 リアリス様が悪いわけではございません。


 教えていただいた技の仕組みを、私がきちんと理解できていなかったのです。


 ……でも。


 少しだけ。


 もう少しだけ、このままでいさせてください。


 ……ああ。


 地面が、とても近い。


     ◇


「……桜花。あのね」


 リアリス様が、しゃがまれた気配がした。


「そこでね、劣化版にはなってしまうんだけど」


 ……。


 劣化版?


 私は、ゆっくりと顔を上げた。


「……劣化版、でございますか?」


「うん。実は、桜花に使ってもらいたい魔法を用意してあるんだ」


 ……魔法?


 私は、瞬きをした。


 リアリス様は、どこか照れくさそうに微笑んでおられる。


「桜花が《ドッペルゲンガー》を使えないのは、魔力がないからでしょう? だから、魔力を消費せずに使える別の魔法を、先に作っておいたんだよ」


 ……。


 …………。


 先に?


 私のために?


 リアリス様が?


「……リアリス様」


「うん?」


「その……魔法とは!」


 思わず、身を乗り出してしまった。


 つい先ほどまで、地面を見つめていたというのに。


 そんな私を見て、リアリス様が笑う。


「うん。《分身》っていうんだ」


「……《分身》?」


「そう。今までの《ドッペルゲンガー》とは別の魔法なんだけど、桜花自身の分身を二人まで出せるようにしてあるんだ」


「……二人も!」


「うん。桜花本人と合わせたら、三人になるね」


 三人。


 私が、三人に。


 ……そんなことが。


 ……いえ。


 リアリス様なら、きっとできる。


 私は、思わず両手を胸の前で握り締めた。


「ただ、一つだけ欠点があるんだ」


「……欠点、ですか?」


「うん。まずは見てもらおうかな」


 リアリス様は立ち上がり、少し離れた場所へ歩かれた。


 私は、慌てて立ち上がる。


 膝についていた土を払うのも、忘れていた。


「《分身》」


 リアリス様がおっしゃった、その瞬間だった。


 ふわりと、左右の空気が揺れる。


 そして。


 一人。


 さらに、もう一人。


 リアリス様と同じ赤い髪をした方が、二人現れた。


「……!」


 私は、目を見開いた。


 三人のリアリス様。


 同じお顔。


 同じ服装。


 同じ、優しい表情。


「おはよう、桜花」


「おはよう、桜花」


 お二人の声まで、そっくりだった。


 ……。


 …………。


 ……すごい。


 すごいです、リアリス様。


 ……ですが。


 私は、一つだけ困ってしまった。


 どなたへ視線を向ければよいのだろう。


「……リアリス様が、三人……」


 思わず呟くと、三人とも笑われた。


 ……ああ。


 何と贅沢な光景なのでしょう。


 いつもおそばにいるだけで幸せなのに。


 今は、目の前にリアリス様が三人もいらっしゃる。


 ……いけません。


 これは、落ち着かなければ。


 私は、深呼吸をした。


「……本当に、同じお姿なのですね」


「見た目はね。でも、ちょっと違うんだ」


 中央のリアリス様が、ご自分の左右を指された。


「この二人は、本体より少し弱くなっちゃうんだ」


「……そうなのですか?」


「うん。同じ能力にすると、どうしても魔力消費が大きくなっちゃって。桜花には魔力がないから、そのままじゃ使えないでしょう?」


 私は、頷いた。


 それは、確かにそのとおりだ。


 《ドッペルゲンガー》は、リアリス様だからこそ使える魔法。


 無限の魔力を持たない私に、そのまま真似できるものではない。


「だから、分身の数を二人にして、能力も少し下げたんだ。これなら、魔力消費なしの特別な形で付与できるよ」


 ……なるほど。


 分身が少し弱くなる。


 でも、私は魔力を使わずに二人の分身を呼べる。


 それなら。


「問題ございません!」


 自分でも驚くほど、大きな声が出た。


 リアリス様が、少し目を丸くされた。


「……おお。即答だね」


「はい!」


 何の問題もない。


 むしろ、私には過ぎたほどの贈り物だ。


 もし分身が私より弱かったとしても。


 それでも、三人で協力して戦うことができるのなら。


 ……私に、できることが増える。


 リアリス様のお役に立てる方法が、また一つ増えるのだ。


 私は、自然と笑みを浮かべていた。


「……本当に、ありがとうございます」


「まだ付与してないよ?」


「……あっ」


 ……そうでした。


 思わず、お礼が先に出てしまった。


 リアリス様が、くすっと笑われる。


 そして、二人の分身へ視線を向けられた。


「じゃあ、まずは戻ろうか」


 分身のお二人が、同時に頷く。


 次の瞬間、ふっと姿が消えた。


 元のリアリス様が、お一人だけ残る。


 ……ああ。


 少し名残惜しい気もする。


 ……いえ。


 それより、今から私の番なのだ。


     ◇


「よかった。じゃあ、付与するね」


「はい。お願いいたします!」


 私は、リアリス様の前で姿勢を正した。


 リアリス様が、私へ手を向けられる。


 それから、静かに《分身》を付与してくださった。


 不思議なことに、身体に大きな変化は感じられなかった。


 ……いつもと、同じ。


 私は魔力を持たないままだ。


 けれど。


 リアリス様がくださった力が、確かに私の中にある。


 そんな感覚だけが、静かに残っていた。


「これで大丈夫。魔力消費はゼロ。ずっと使えるようにしてあるよ」


「……ありがとうございます!」


「ちょっと試してみて」


「はい!」


 私は、一歩前へ出た。


 ……落ち着いて。


 リアリス様が使われたように、魔法の名前を呼ぶ。


 それだけでいいはずだ。


 私は、そっと息を吸った。


「《分身》」


 ふわり。


 両側の空気が揺れた。


 ……あっ。


 次の瞬間。


 私の左に、一人。


 右にも、一人。


 銀色の短い髪。


 揃った前髪。


 同じ服。


 同じ刀。


 私と、まったく同じ姿をした二人が立っていた。


 ……。


 …………。


 ……できた。


 私は、右側の分身を見た。


 向こうも、私を見る。


 左側へ顔を向ける。


 もう一人の私も、同じようにこちらを見た。


 ……本当に。


 本当に、三人になっている。


「……出来ました」


 自分でも、信じられなかった。


 恐る恐る、右側の分身へ手を伸ばす。


 相手も手を伸ばしてくる。


 指先が触れた。


 ……ちゃんと、そこにいる。


 私は、思わずもう一人の分身へも手を伸ばした。


 そちらも、同じように応えてくれた。


 ……ああ。


 夢ではない。


「やったね、桜花!」


 リアリス様が、両手を上げて喜んでくださった。


 ……!


 私は、慌てて振り返った。


「はい! リアリス様!」


 気づけば、頬が緩みきっていた。


 自分でも、こんなに笑顔になっているとは思わなかった。


 嬉しい。


 ……本当に、嬉しい。


 これで。


 これで、私も。


 あの奥義へ、少しだけ近づける。


 私の右と左には、同じ顔をした二人の桜花。


 三人の私が、リアリス様を見つめている。


 ……何でしょう。


 分身だと分かっているのに、少し照れくさい。


 自分の笑顔を、二つも目の前で見ることになるなんて。


「……私、こんな顔をしているのですね」


 思わず呟くと、リアリス様が首を傾げられた。


「うん?」


「……いえ。何でもございません」


 ……今は。


 今だけは、どうか見逃してください。


 きっと私は、普段ならお見せしないような顔をしている。


     ◇


「あっ、そうだ。もう一つ話があるんだ」


 リアリス様が、思い出したようにおっしゃった。


「……はい?」


「さっきの【一閃 乱れ桜】のこと」


 私は、背筋を伸ばした。


 今度こそ、ちゃんとお話を最後まで聞こう。


「やり方自体は、今まで教えたものと全く同じなんだ。でも、桜花は三人で使うことになるでしょう?」


「はい」


「一人百連撃ずつだから、三人で三百連撃。私の十一人で千百連撃というのに比べると、どうしても少なくなっちゃう」


 ……三百連撃。


 私は、静かにその数字を繰り返した。


 確かに、リアリス様の奥義には届かない。


 分身も、私より少しだけ弱い。


 それでも。


 今まで、どうしても一人では届かなかった技へ、道が開けたのだ。


 私には、それで十分だった。


「だからね、名前も少し変えようと思って」


「……名前、ですか?」


「うん。桜花だけの技なんだから、ちゃんと名前があった方がいいかなって」


 ……桜花だけの。


 そのお言葉に、胸が高鳴った。


 リアリス様が、私へ笑いかけられる。


「【一閃 舞桜】。どうかな?」


「……【一閃 舞桜】……」


 私は、口の中で繰り返した。


 舞う、桜。


 桜の花びらが風に乗って広がるように。


 三人の私が、それぞれの刀で百の斬撃を重ねる。


 ……何と、美しい名前だろう。


 しかも。


 桜。


 私の名前にも、同じ文字が入っている。


 リアリス様は、そこまで考えてくださったのだろうか。


 ……きっと、そうなのだ。


 そう思うだけで、胸がいっぱいになった。


「……素敵な名前でございます」


「そう? よかった」


 リアリス様が、安心したように笑われた。


 ……ああ。


 ありがとうございます。


 リアリス様。


 何度お礼を申し上げても、足りない。


 ただ強い技をいただいたからではない。


 私が悩みながら稽古していたことを、ちゃんと見ていてくださった。


 そのうえで、私にも使える方法を考えてくださった。


 そして。


 私だけの名前まで、用意してくださった。


 ……嬉しい。


 もう、それ以外の言葉が見つからない。


「もちろん、いきなり使えるわけじゃないからね。三人で動きを合わせる稽古は必要になると思う」


「はい。承知しております」


「分身が少し弱い分、そこも考えて使わないといけないし」


「はい」


「でも、桜花ならきっとできると思う」


 ……!


 私は、顔を上げた。


 リアリス様は、いつもの優しい笑顔だった。


「うん。じゃあ、使えるように頑張ろう!」


 そのお言葉を聞いた瞬間。


 今まで胸の中に積もっていた迷いが、すべて消えたような気がした。


 できないと知ったときは、目の前が真っ暗になった。


 もう、あの技には届かないのだと。


 けれど。


 今、私の両側には、二人の私がいる。


 新しい魔法。


 新しい奥義。


 そして、私を信じてくださるリアリス様。


 これほど嬉しいことが、ほかにあるだろうか。


 私は、思いきり笑った。


 たぶん、今までリアリス様にお見せしたことがないほどの笑顔だったと思う。


「はい!」


 庭に、私の声が響いた。


 すぐ隣で、二人の分身も同じように頷いている。


 ……さあ。


 今度こそ、始めよう。


 【一閃 舞桜】。


 私だけの、新しい奥義の稽古を。


 ……その前に。


 私は、ふと足元を見た。


 さっき絶望して崩れ落ちたときについてしまった土が、まだ膝に残っている。


 ……。


 …………。


 ……リアリス様。


 できれば、先ほどの私の姿だけは。


 どうか、忘れていただけると幸いです。


 ……などと考えていると。


「あっ、桜花。そうだ、もう一つ」


「……はい?」


 リアリス様が、何かを思い出したように私へ振り返られた。


「腰をもう少し落として、一閃後の次の動作を先に意識しておくといいかもよ。あと、鞘をもう少し前に出すと次の一閃が出しやすくなると思う」


「……え?」


「うん。それじゃあ、私は屋敷に戻るね。練習、頑張って!」


 リアリス様は、いつものように微笑んで、屋敷の方へ歩いていかれた。


 ……。


 …………。


 私は、そのお背中を見送った。


 ……今。


 何と、おっしゃった?


 腰を、もう少し落とす。


 一閃を放つ前から、その次の動作を意識する。


 そして、鞘を少し前へ。


 ……。


 …………。


 それは。


 私が、ずっと悩んでいた部分ではございませんか。


 十撃目のあと、どうしても次の抜刀へつなげられなかった。


 刀を振る速さばかりを意識して、身体の動きが追いつかなくなっていたのだ。


 ……もしかして。


 今のお言葉は、とても大切なコツなのでは?


「……リアリス様……?」


 思わず呟いた。


 すでに、リアリス様のお姿は屋敷の入口へ向かわれている。


 ……あの。


 それほど重要なことを、どうしてそんなに気軽に……。


 私は、しばらくその場で固まっていた。


 すると、隣に立つ二人の分身が、そっと私を見つめた。


 ……そうでした。


 今の私には、分身まである。


 けれど、まず確かめたいのは、自分自身の剣の動きだ。


 私は二人の分身をいったん消し、刀を構え直した。


 ……腰を、少し低く。


 鞘は、いつもより前へ。


 抜いたあとの動作を、その前から意識する。


 リアリス様のお言葉を、一つずつ思い出す。


「……ふっ!」


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 いつものように、刀を振る。


 四撃、五撃。


 六撃、七撃。


 ……違う。


 今までより、次の動作へ移りやすい。


 八撃、九撃。


 そして、十撃目。


 ここだ。


 いつもなら、動きが止まるところ。


 ……でも。


 まだ、刀の軌道が見える。


 腰を落とし、鞘の位置を保つ。


 次の一閃へ、身体をつなげる。


「――はっ!」


 ヒュンッ!


 十一撃目の刃が、空を切った。


 ……。


 …………。


 ……え?


 私は、刀を振り抜いた姿勢のまま固まった。


 ……今。


 確かに、十一回目を。


 いつもは十撃目で止まってしまっていた、あの動きの先へ。


 初めて、届いた。


「……できた」


 声が、小さく震えた。


 私は、ゆっくり刀を見つめる。


 ……十一撃。


 まだ、たった十一撃。


 目標の百撃には遠いし、三人で放つ【一閃 舞桜】は、これから稽古を重ねなければならない。


 ……けれど。


 昨日まで越えられなかった壁を、今、確かに越えた。


「……できました!」


 思わず、声が弾んだ。


 嬉しくて、笑みを抑えられない。


 私は屋敷の方を振り返った。


 ……リアリス様!


 ……ありがとうございます!


 それにしても。


 魔法を付与してくださったうえ、あんなに大切なコツまで教えていただけるなんて。


 ……しかも、去り際に、あんなにさらっと。


 私は、思わず笑ってしまった。


「……リアリス様。今のは、最初に教えていただきたかったです」


 もちろん、聞こえる距離には、もういらっしゃらない。


 ……ふふっ。


 さあ。


 もう一度、やってみよう。


 次は、十二撃目を目指して。


 そして、いつか必ず。


 三人の私で、桜を舞わせてみせます。

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