第2話:百倍でも届かない相手
小さな戦神ヴァルキアが、私を見上げて笑っている。
「リアリスちゃん、準備できたぁ?」
「……うん。いつでも大丈夫だよ」
「やったぁ!」
ヴァルちゃんは、ぴょんっと跳ねた。
ピンクのドレスがふわりと揺れる。
茶色いポニーテールも、楽しそうに左右へ動いた。
……本当に、可愛い女の子なんだよね。
さっきまで、ウサギのぬいぐるみを抱えてクッキーを食べていたし。
そんな子と、今から本気で戦う。
……何というか。
ものすごく複雑な気持ちだ。
「……ヴァルちゃん。改めて聞くけど、手合わせでいいんだよね?」
「そうだよぉ!」
「相手を倒すまで続ける、とかじゃなくて?」
「うん! 楽しく戦えればいいの!」
……よかった。
少なくとも、殺し合いではないらしい。
まあ、《不老不死》がある私にとって、普通の意味での殺し合いが成立するのかは微妙だけど。
それでも、できれば怪我はしたくない。
何より、桜花や巴さんたちに、また心配をかけたくないんだ。
「じゃあ、危なくなったら途中で止めようね」
「はぁい!」
……返事はいいなぁ。
私は腰の刀に手を添えた。
足元には草原が広がり、遠くには山が見える。
いつもの稽古場よりも、ずっと広くした亜空間。
神様の話では、どれほど激しく戦っても外のステラへ影響は出ないらしい。
……頼みますよ、神様。
そこだけは、絶対に間違えないでくださいね。
「じゃあ、始めよっか!」
ヴァルちゃんが両手を広げた。
次の瞬間、その右手に一本の剣が現れる。
白銀の刃。
小さな身体には、明らかに大きすぎる長剣。
……えっ。
そんなの、持てるの?
私が疑問に思った直後、ヴァルちゃんは片手で軽々と剣を振り回した。
ひゅんっ。
刃が風を切る。
「どう? かっこいいでしょぉ!」
「……うん。すごいね」
……いや。
似合うかどうかは別として。
剣の重さを、まるで感じていない。
その時点で、普通じゃない。
さすが戦神、なのかな。
私は刀を抜いた。
相手が神様だからといって、最初から大技を使うつもりはない。
まずは、どのくらいの強さなのか。
動きを見て、確かめよう。
「それじゃ、行くよ」
「うんっ!」
私は地面を蹴った。
……まずは、軽く。
刀を横へ振る。
ヴァルちゃんは、にこにこしたまま剣を持ち上げた。
キィンッ!
金属音が響いた。
……おっ。
受け止めた。
小さな身体なのに、姿勢がまったく崩れない。
私は続けて、もう一太刀。
カンッ!
また防がれる。
今度は足を入れ替え、反対側から斬り込んだ。
キィンッ!
……あれ?
全然、動かない。
ヴァルちゃんは、片手で剣を構えたまま楽しそうに笑っている。
「リアリスちゃん、優しいねぇ!」
「……えっ?」
「わたしのこと、子供だと思ってるでしょ?」
……ぎくっ。
いや。
だって。
どう見ても子供なんだもん。
「……そんなことないよ」
「ほんとぉ?」
「……たぶん」
「あははっ!」
ヴァルちゃんが笑った。
……ああ。
完全に見透かされてる。
「もっとちゃんと来ていいよぉ!」
「……じゃあ、少し強く行くね」
「うん!」
私は一歩下がり、改めて刀を構えた。
今度は、普通に桜花と稽古をするときくらいの速さで。
正面から踏み込む。
刀を振り下ろした。
ガィンッ!
さっきより、はっきりと重い音が響く。
……でも。
ヴァルちゃんは、笑ったままだった。
しかも。
剣を受け止めた右腕が、ぴくりとも動いていない。
「……っ!」
私は続けて斬り込もうとした。
その瞬間。
「じゃあ、わたしも!」
ヴァルちゃんの姿が、消えた。
……えっ?
そう思ったときには、私の左側にいた。
小さな手が、白銀の剣を振り抜く。
私は反射的に刀を合わせた。
ガァンッ!!
「うわっ!?」
身体が、横へ吹き飛んだ。
足が地面を離れる。
草原を滑り、何度も踏ん張って、ようやく止まった。
……。
…………。
え?
何、今の。
私は刀を握り直した。
手が、少し痺れている。
剣を打ち合わせただけなのに。
私の身体が、十メートル以上も動かされた。
……しかも。
ヴァルちゃんは、その場から動いていない。
「大丈夫ぅ?」
遠くから、のんきな声がした。
「……うん。大丈夫」
「よかったぁ!」
……いや。
よかった、じゃなくて。
今の、本当に軽く振っただけだよね?
私は、目の前の女の子を見つめた。
……まずいな。
認識を改めよう。
この子は、普通の子供じゃない。
……いや。
最初から分かっていたはずなんだけどね。
戦神。
その言葉の意味を、私はどうやら甘く考えていたらしい。
◇
「ヴァルちゃん」
「なぁに?」
「ちょっとだけ、本気を出してみてもいい?」
「いいよぉ!」
ヴァルちゃんの目が、輝いた。
「わたし、それが見たかったの!」
……そっか。
それなら、遠慮する理由はないね。
私は一度、ゆっくり息を吐いた。
普段の稽古でも使う、あの魔法。
転生して間もない頃に作った、身体能力を百倍にする強化魔法だ。
「《全能力強化》」
身体の奥から、力が湧き上がる。
視界が澄み、風の流れまで細かく感じられる。
草が揺れる。
遠くの雲が動く。
その一つ一つが、さっきまでよりもゆっくり見えた。
……うん。
いつもの感覚だ。
私は、刀を少し持ち上げた。
「お待たせ、ヴァルちゃん」
「うん! 今の魔法、すごいねぇ!」
「……分かるの?」
「分かるよぉ。リアリスちゃん、さっきよりずっと強くなった!」
……おお。
見ただけで分かるんだ。
「何倍になったと思う?」
「んー……百倍くらい?」
……。
…………。
当たった。
「……正解」
「やったぁ!」
ヴァルちゃんが、両手を上げて喜んだ。
……いや。
喜んでいる場合じゃないんだけど。
魔法名も効果も言っていないのに、百倍だと見抜いた。
やっぱり、ただの戦闘好きな神様じゃない。
「……じゃあ、行くよ!」
「おいでぇ!」
私は、一気に踏み込んだ。
先ほどとは比べものにならない速度。
草を踏む音が、後ろへ置き去りになる。
ヴァルちゃんの右側へ回り、刀を振る。
ガィンッ!
受け止められた。
構わず、次の一撃。
ギィンッ!
もう一撃。
カァンッ!
……っ。
当たらない。
いや、正確には、全部防がれている。
百倍の速度で斬り込んでいるはずなのに。
ヴァルちゃんの剣は、そのすべてに間に合っていた。
「すごぉい! 速い速い!」
……速いって。
その速さに、普通について来てるんですけど。
私は横へ踏み込み、刀を切り返す。
ヴァルちゃんが、軽く身体をひねった。
刃が、ピンクのドレスのすぐ脇を通り抜けた。
……今のも、避けた。
小さな身体を生かして、ほんの少しだけ動いている。
余計な動作が、一つもない。
……上手い。
強いのは、力だけじゃないんだ。
剣の扱いも、間合いの取り方も。
これまで戦った誰よりも、ずっと洗練されている。
ヴァルちゃんが、にっこり笑った。
「今度は、わたしの番!」
……来る。
私は刀を構え直した。
その瞬間、ヴァルちゃんの姿が消える。
いや。
違う。
ちゃんと動いている。
見えていないだけだ。
私は感覚を頼りに、右へ刀を向けた。
ガァンッ!
受け止めた。
……よし!
そう思った次の瞬間。
ヴァルちゃんが、私の刀を押し返した。
「えいっ!」
ドォンッ!!
腕ごと、身体が持ち上がった。
私は足を踏ん張ろうとした。
……間に合わない!
そのまま後方へ飛ばされる。
空中で体勢を立て直し、どうにか着地した。
地面が、足元で大きくへこんだ。
……。
…………。
何だ、この力。
百倍になっているんだよ?
今の私。
邪神イオデグランゾーラと戦ったときだって、この状態なら何とか押し返せた。
それなのに。
ヴァルちゃんの剣は、真正面から受けるだけで手いっぱいだった。
……いや。
それだけじゃない。
相手は、まだ笑っている。
肩で息をする様子もない。
力んでいるようにも見えない。
……まさか。
私は、小さな戦神を見つめた。
「ヴァルちゃん……もしかして、まだ余裕がある?」
「うん!」
即答だった。
……うん。
でしょうね。
「リアリスちゃん、すっごく強いよぉ!」
「……ありがとう」
「でもね、わたしの方がちょっと強いみたい!」
ちょっと。
……ちょっと、ね。
私は苦笑した。
でも、実際はそんな可愛い差じゃない気がする。
ヴァルちゃんは、私の攻撃をほとんど動かずに受け止めている。
対して私は、相手の一撃に全力で対処して、ようやく凌げる。
……少なくとも、力も速さも向こうが上。
百倍強化した今の私より、さらに一段高いところにいる。
ざっと見積もっても、私の一・五倍以上はありそうだ。
……つまり。
普段の私と比べたら、とんでもない差だ。
ちょっと待って。
邪神より強い神様って、普通にいるんだ。
……何だったんだろう、あの世界滅亡の危機。
もちろん、邪神が弱かったわけじゃない。
あれだって、十分すぎるほど強かった。
でも。
この小さな女の子は、明らかにその上を行っている。
……神界って、怖いなぁ。
◇
「ねえ、リアリスちゃん!」
「……うん?」
「今度は、わたしからいろいろやってもいい?」
「……いいけど。あまり無茶はしないでね」
「はぁい!」
ヴァルちゃんが長剣を掲げた。
すると、白銀の刃が光り始める。
形が、ゆっくり変わった。
細長い剣身が、左右へ広がっていく。
刃が厚くなり、柄が伸びた。
……あれ。
これって。
「斧だよぉ!」
……でしょうね。
大きな戦斧が、ヴァルちゃんの手に収まっていた。
いや。
手に収まっているというか。
完全に、持っている方が武器に振り回されそうな大きさなんだけど。
でも。
この子に限っては、そんな心配は無用らしい。
「それじゃあ……えいっ!」
ヴァルちゃんが、斧を横へ振った。
……来た。
私は、咄嗟に身を低くする。
ゴォッ!!
頭上を、何かが通り過ぎた。
直後。
背後の草原が、一直線にめくれ上がった。
さらに遠く。
山の手前で、大きな土煙が上がる。
……。
…………。
えっ。
今の、斧を振っただけだよね?
「わぁ! 飛んだぁ!」
ヴァルちゃんが、嬉しそうに声を上げた。
……いやいや。
そんなに楽しそうに言わないでほしい。
あの一振りだけで、地面が何百メートルも裂けている。
もし、これが王国邸の庭だったら。
……考えたくもない。
私は、心の中で神様に感謝した。
亜空間の外に影響はない。
……その言葉、信じてますからね。
ヴァルちゃんが、もう一度斧を持ち上げた。
「もっかい、行くよぉ!」
「……ちょっ待っ――」
ゴォンッ!!
言い終わる前に、斧が振り下ろされた。
私は横へ飛んだ。
地面が爆ぜる。
土と草が一斉に舞い上がった。
……危なっ!
今のを受け止めるのは、やめた方がいい。
まともに刃を合わせたら、押し切られる。
私は距離を取った。
ヴァルちゃんは、土煙の中からひょこっと顔を出した。
「リアリスちゃん、逃げるの上手だね!」
「……褒めてくれてありがとう」
……うん。
逃げているつもりはないんだけどね。
でも、今はその言葉を否定できない。
ヴァルちゃんが、斧を軽く回した。
次の瞬間、武器がまた光る。
斧の刃が消え、長い弓へと姿を変えた。
「次は、これ!」
……弓か。
距離を取った私への攻撃だね。
私は、刀を構え直した。
……でも。
この広さなら、避ける場所はいくらでもある。
ヴァルちゃんが、弓を引いた。
矢をつがえた様子はない。
なのに、弦の前へ光の矢が現れた。
「それっ!」
一本。
次に、十本。
さらに百本。
空へ放たれた光が、途中で何度も枝分かれする。
……えっ。
増えてない?
矢が、空を埋め始めた。
数えきれない。
千本どころじゃない。
一万本以上あるんじゃないかな、あれ。
……いや。
もっとあるかもしれない。
「いっぱいだよぉ!」
「……うん。いっぱいだね!」
私は、思わず返事をしてしまった。
……会話してる場合じゃない!
頭上には、光の矢がびっしりと並んでいる。
隙間が、ほとんど見当たらない。
これだけの数を、全部避けるのは難しい。
なら。
落ちてくる前に、何とかするしかない。
私は片手を空へ向けた。
矢そのものを消し去る魔法は、神の力に直接干渉することになるかもしれない。
だったら、こちらで何かを作って受け止める。
……そうだな。
大きな炎の壁。
空から降る矢を、まとめて焼き尽くす。
名前も、そのままでいい。
『《想像魔法》にて《火の壁》が完成しました。』
聞き慣れた女性の声が、頭に響いた。
「《火の壁》!」
ゴォォッ!!
私の前方から、巨大な炎の壁が立ち上がった。
空へ向かって伸び、左右にも広がっていく。
まるで草原を二つに分けるような、真っ赤な壁。
次の瞬間。
光の矢が、炎へ突き刺さった。
ジュッ!
ジュジュジュッ!
無数の光が、炎の中で消えていく。
次から次へ。
矢の雨が、真っ赤な壁に吸い込まれていった。
……よし。
これなら何とかなる。
私は炎の向こうを見た。
まだ矢は降っている。
でも、こちらへ届く前に焼けている。
……ふう。
さすがに、今のは驚いたな。
そう思った、そのとき。
「すごーい!」
炎の向こうから、ヴァルちゃんの声がした。
「リアリスちゃん、そんなのもできるんだぁ!」
……おお。
楽しんでもらえて、何より。
そして、次の言葉。
「じゃあ、次はもっとすごいの、行くねぇ!」
……えっ。
まだあるの?
私は、思わず額を押さえた。
……いや。
それは、あるよね。
だって戦神だし。
これくらいで終わるわけがない。
◇
炎の壁を消すと、ヴァルちゃんがこちらへ走ってきた。
小さな足が草原を蹴る。
手には、また白銀の長剣。
……速い。
私は身体をひねり、剣を受け流した。
キィンッ!
そのまま間合いへ踏み込む。
ヴァルちゃんが笑った。
「今の、上手!」
「……どうも!」
私は刀を引き、次の一撃へ繋げた。
右から、左へ。
さらに身体を回して、下から斬り上げる。
……当たらない。
全部、ほんの少しの動きで避けられている。
なら。
ここは、いつもの剣技で行こう。
私は鯉口を切った。
「【一閃】!」
銀色の線が走る。
ヴァルちゃんの身体を、捉えた。
……いや。
捉えた、と思った。
次の瞬間、ヴァルちゃんは半歩だけ身体をずらしていた。
刃が、何もない空間を通る。
……外した。
あの距離から?
それも、半歩で?
ヴァルちゃんの瞳が、きらっと輝いた。
「……今の、いいねぇ!」
「……えっ?」
「すっごくきれいだった!」
……ああ。
剣技を褒めてくれたのか。
でも。
そんなことを言っている場合じゃない。
ヴァルちゃんが、私と同じように刀を持つ仕草をした。
……いや。
持っているのは、長剣のはずなんだけど。
その剣が光り、細身の刀へ姿を変えていく。
……えっ。
まさか。
「これ、こうでしょ?」
ヴァルちゃんが、小さな手を柄へ添えた。
その構え。
見覚えがある。
……いや。
見覚えがあるどころじゃない。
今、私がやったばかりの構えだ。
「ちょっと待って、ヴァルちゃん」
「なぁに?」
「それ、まさか……」
「えへへ!」
ヴァルちゃんが笑う。
「【一閃】!」
銀色の光が、目の前を横切った。
……っ!!
私は全力で身体を倒した。
ほんの少し遅れて、頬のすぐそばを刃が通る。
その先の草原に、一本の線が走った。
ズザァァッ!!
地面が裂ける。
遠くの土が、空へ跳ね上がった。
……。
…………。
使った。
今、間違いなく【一閃】を使った。
たった一度、見ただけで。
しかも。
私の【一閃】と、遜色ない。
……いや。
下手をすると、あっちの方が速い。
「……ヴァルちゃん。その技、初めて使った?」
「うん!」
「……今、見たばかりだよね?」
「そうだよぉ!」
……あっさり。
ものすごくあっさり答えた。
私は、刀を握る手に力を込めた。
「……見ただけで、覚えられるの?」
「うん! だって、どうやって動かしてるのか見えたもん!」
……そうですか。
見えたら、できるんですね。
私だって、昔からいろんな技を使ってきたけど。
普通は、見たものをそのまま使えるようにはならない。
構えを真似するだけなら、できるかもしれない。
でも。
技の速度も、刃の通し方も。
何より、身体全体の動きが違う。
ヴァルちゃんは、それを一度見ただけで再現したんだ。
……怖っ。
「リアリスちゃん、ほかにも技あるの?」
「……あるけど」
「見たい見たい!」
……いや。
そんな目で見られると、断りづらいなぁ。
でも、このままじゃ私の攻撃は当たらない。
相手は、もう【一閃】まで使える。
……よし。
だったら、もう少しだけ上の技を見せてみよう。
「……じゃあ、これはどうかな」
「うんっ!」
私は刀を構え直した。
【一閃】を、一度きりで終わらせない。
十回、続けて放つ。
桜花がヒュドラを倒した、あの奥義。
――【一閃 乱】。
「行くよ、ヴァルちゃん!」
「おいでぇ!」
私は、前へ出た。
「【一閃 乱】!」
銀色の斬撃が、十本。
ほとんど同時に、ヴァルちゃんへ向かう。
右から。
左から。
さらに、上下から。
十の軌跡が、小さな身体を包む。
……これなら!
私は、刀を振り切った。
しかし。
キィンッ!
キィンッ!
キン、キン、キィンッ!
ヴァルちゃんは、刀を振りながら後ろへ下がった。
金属音が連続する。
十本の斬撃を、すべて受け流していた。
……うそでしょ。
しかも、最後の一撃を受け止めたヴァルちゃんが、嬉しそうに目を輝かせる。
「わぁぁ! 今の、十回だぁ!」
「……よく分かったね」
「うん! すっごく速かった!」
……いや。
その速さに、全部対応したのはヴァルちゃんですけどね。
私は距離を取り、息を整えた。
ヴァルちゃんは、刀をぶんぶん振っている。
まるで、今の動きを思い出しているみたいに。
……あっ。
嫌な予感。
「ねえ、リアリスちゃん!」
「……何?」
「これも、こうするんだよね!」
ヴァルちゃんが、私と同じ構えを取った。
……待って。
ちょっと。
「【一閃 乱】!」
十本の銀色の線が走った。
「うわぁっ!?」
私は、全力で後ろへ飛んだ。
一撃目を刀で受け流す。
二撃目を避ける。
三撃目を弾く。
四撃目。
五撃目。
……速い!
私の技を見て、ほんの数秒。
それだけで、もう使ってる!
最後の一撃が、刀をかすめて肩へ向かった。
私は身体をひねった。
銀色の刃が、肩先を横切る。
……っ!
鋭い痛みが走った。
服が、少し裂ける。
赤い線が、肌に浮かんだ。
……当たった。
《絶対防御》を付与してあるはずなのに。
いや。
思い出せ。
イオデグランゾーラの攻撃も、威力だけで《絶対防御》を貫通した。
そして、今のヴァルちゃんは。
それを、普通の剣技でやってのけた。
……なるほど。
《絶対防御》がなくなったわけじゃない。
単純に、相手の攻撃が強すぎるんだ。
「……《完全回復》」
肩の傷が、すぐに消えた。
服の裂け目は残ったけれど、このくらいならあとで直せる。
……ふう。
それにしても。
さっきのは、本当に危なかった。
「リアリスちゃん!」
ヴァルちゃんが、こちらを見ていた。
「大丈夫ぅ?」
「うん。怪我は治したよ」
「よかったぁ!」
ヴァルちゃんが、ほっとしたように笑った。
……ああ。
この子、戦いが好きなだけで、私を傷つけたいわけじゃないんだな。
そこは、少し安心した。
ただ。
安心したところで、状況は変わらない。
私の【一閃】が、一度見ただけで使える。
【一閃 乱】も、すぐに再現できる。
百倍に強化した私より、速くて強い。
そして、その攻撃は《絶対防御》まで貫通する。
……これって。
普通に戦っていたら、私の負けなんじゃないかな。
◇
「ヴァルちゃん」
「なぁに?」
「一つ、聞いてもいい?」
「いいよぉ!」
「……ヴァルちゃんは、こんなに強いのに、どうして私と戦いたかったの?」
ヴァルちゃんは、少しだけ首を傾げた。
それから、嬉しそうに答える。
「だって、リアリスちゃんの技、すっごく面白いんだもん!」
「……面白い?」
「うん! イオデグランと戦ってたときも、見たことない技、いっぱい使ってたでしょ?」
……ああ。
あの戦いを、最初から最後まで見ていたんだったね。
「そうだね」
「わたしね、強い相手と戦うの、大好きなの!」
ヴァルちゃんは、にっこり笑う。
「でも、リアリスちゃんみたいに、次から次へと変わったことをする人って、あんまりいないんだぁ!」
……変わったこと。
褒め言葉、だよね?
「だから、楽しいの!」
そう言って、ヴァルちゃんは刀をくるっと回した。
……ああ。
なるほどな。
この子にとって、強い相手と戦うことは、本当に遊びなんだ。
しかも、ただ勝ちたいわけじゃない。
知らない技を見て、覚えて。
それを使って、また戦う。
……うん。
戦神、という名前がこれほど似合う子もいないかもしれない。
見た目は、まったく似合わないけど。
「……リアリスちゃん?」
「うん?」
「もっと、遊ぼ?」
ヴァルちゃんが、小さな手で刀を構えた。
……ああ。
本当に、楽しそうだな。
私は自分の刀を見下ろした。
刃に、傷はない。
手足も、ちゃんと動く。
《全能力強化》も、続いている。
それでも、正面から斬り合うだけじゃ勝てない。
……いや。
もう、分かっている。
力も、速さも。
剣技まで、見ただけで追いつかれてしまう。
だったら。
これ以上、同じやり方を続けても意味がない。
私は、ゆっくりと刀を鞘へ戻した。
「……ヴァルちゃん」
「なぁに?」
「ここからは、ちょっと違う戦い方をするよ」
「えっ!」
ヴァルちゃんが、嬉しそうに跳ねた。
「まだあるの!? やったぁ!」
……うん。
何というか。
敵だったら、絶対に戦いたくない相手だな。
でも。
今は、楽しそうに笑っている小さな女の子だ。
負けても、世界が滅ぶわけじゃない。
私が守りたい家族も、屋敷で待ってくれている。
だったら。
もう少しだけ、付き合ってみよう。
私は、深く息を吸った。
……さて。
百倍でも届かないなら。
力以外で、勝負するしかないよね。
ここからは、私のとっておきを使おう。




