第3話:桜花、参りました
……さて。
どうしたものかな。
私は居間の長椅子に座ったまま、天井を見上げていた。
三階建ての豪邸を建てた。
念願の大浴場もある。
厨房には魔力で動く設備が揃い、庭には花壇、敷地の端には雑貨屋まで用意した。
結界も張ったし、防犯対策だって完璧。
……たぶん。
この屋敷が完成するまで、私はずっと浮かれていた。
でも今は、妙に静かな居間で、一人きりだ。
「……広い家だなぁ」
ついさっきも同じことを言った気がする。
返事はない。
そりゃそうだ。
私以外に誰もいないんだから。
私は自分の手元を見下ろした。
《想像魔法》で何でも作れる。力も、道具も、建物も。
なのに、こうして一人で座っていると、ふと誰かの声が聞きたくなる。
……人間って、贅沢な生き物だね。
「誰かと暮らす、かぁ……」
友達ができれば、遊びに来てもらえるかもしれない。
一緒にご飯を食べたり、草原を散歩したり。
たまには冒険者の依頼へ出かけるのもいい。
私の理想は、何もかも一人で片づける生活じゃない。
自分の好きなことを、好きな人たちと楽しめる生活だ。
……そう考えると、そろそろ仲間がいてもいいのかもしれない。
日本で読んでいた異世界小説でも、主人公には頼もしい仲間がいた。
剣士、魔法使い、僧侶、獣人の少女。
旅をしながら少しずつ仲間が増えて、みんなで大騒ぎする。
ああいうの、いいよね。
……ただ、私の場合は最初の冒険で邪竜、次でヒュドラだった。
普通の仲間を連れていたら、無事に帰ってこられなかったかもしれない。
「……安全に一緒に行動できる人がいいなぁ」
そう口にして、腕を組む。
できれば気が合う人。
食事や散歩も楽しめて、何かあったら一緒に考えられる人。
そうそう。屋敷が広いから、ある程度家のこともできると助かる。
……あれ?
これって、仲間探しなのか、家事を手伝ってくれる人探しなのか、どっちなんだろう。
いや、どっちもできたら嬉しいけど。
私は一度、長椅子に身体を預けた。
「……人を雇う、って手もあるか」
王都には使用人を雇っている家もあるだろう。
料理人や掃除をしてくれる人をお願いするのもいい。
でも、私は冒険者として旅にも出たい。
家の管理を頼むことと、一緒に冒険することは別だ。
それに、雇うからには給料だって必要だし、相手の都合もある。
今の私が、軽い思いつきだけで人を雇っていいものか。
……うーん。
案外、簡単じゃないな。
そんなことを考えていると、ふと別の言葉が浮かんだ。
奴隷。
異世界ものの物語では、奴隷を買って仲間にする展開が出てくることがある。
言うことを聞いてくれるし、身の回りのことも任せられる。
物語によっては、そんなふうに都合よく描かれていた。
……いや。
「奴隷なんてありえない!」
思わず、声が大きくなった。
静かな居間に、その声が響く。
私は顔をしかめた。
誰かと暮らしたいからって、他人の自由を奪うなんて。
そんなのは絶対に嫌だ。
私自身、せっかく自由に暮らせるようになったばかりなんだ。
自分の自由は大切にするくせに、ほかの誰かを縛るなんて、筋が通らない。
「……却下。最初から却下」
誰に聞かせるわけでもなく、私ははっきり宣言した。
それに、奴隷を買って『はい、これで仲間ができました』なんて。
そんな簡単な話じゃないよね。
私が欲しいのは、命令に従う人じゃない。
一緒に笑ったり、話したりできる相手だ。
……さて、困ったな。
普通に仲間を探すのが一番かもしれない。
でも、私の力を知って怖がらない人となると……。
初日のドラゴンを思い出す。
二日目のヒュドラを思い出す。
さらに、私のせいで二回気絶した王様の顔まで浮かんだ。
「……ハードル高そうだなぁ」
私は長椅子に沈み込んだ。
そこで、ようやく思い出した。
私には、そもそも普通じゃない手段がある。
「……《想像魔法》」
そうだった。
ここまでできることが何でもありなら、もう少し考え方を広げてもいいんじゃないか。
例えば……。
「……ホムンクルス、とか?」
自分で言ってから、少し驚いた。
錬金術なんかで作られる、人の姿をした人工生命。
日本で読んだ小説や見たアニメには、そんな存在がよく登場していた。
人形みたいに動くだけのものもいれば、普通の人間と変わらず話して、笑って、考えるものもいた。
……これなら、もしかして。
私は起き上がり、ひとしきり考えた。
いや、待て。
いくら想像したことが現実になると言っても、生きている存在を作るってどうなんだろう。
家や道具と同じ感覚で考えていいことじゃない。
それに、作った相手が命令に逆らえないとか、そんな仕組みだったら嫌だ。
……さっき奴隷を却下した意味がないからね。
「自分で考えて、ちゃんと意見を言える人がいい」
私の言うことを何でも聞く必要はない。
間違っていたら止めてほしいし、嫌なことは嫌だと言ってほしい。
私と一緒に暮らすことを、その人自身が楽しんでくれたら一番いい。
……あと、旅先でドラゴンなんかに出会っても困らないくらい、丈夫だと助かる。
初日みたいなことが二度と起こらないとは限らないし。
「……条件、増えてない?」
でも、大切なところだ。
私は少し笑いながら、さらに考えた。
姿や性格も、ある程度は決められるのかな。
強さとか、得意なことも。
せっかくなら、頼りになる冒険仲間がいい。
……女の子だったら、一緒に出かけるのも楽しそうかな。
いや、別に男の人が嫌とかじゃなくて!
ただ、こういう話だと、最初の仲間は可愛らしい女の子だったりするよね。
それに、なんだか華やかだし。
性格は、落ち着いていて、礼儀正しくて……。
でも、堅苦しすぎない方がいい。
必要なときは頼れて、普段は一緒に笑える人。
……そんな都合のいい人、いるのかな。
いや、作ろうとしてるんだけど。
頭の中に、ぼんやりと人影が浮かぶ。
女性らしい輪郭。
それ以上は、どうもはっきりしなかった。
「……まあ、細かいところは後で考えようかな」
私が大雑把に考えただけでも、家が建ってしまったんだ。
今回も、何とかなるかもしれない。
……大丈夫だよね?
少しの不安を胸に、私は立ち上がった。
広い居間の真ん中へ移動し、椅子や卓にぶつからないだけの空間を確かめる。
「……よし、魔法にしてみよう」
想像するのは、自分で考え、話し、行動できる人工生命。
外見や能力、性格を指定できるようにする。
そして、作られたからといって、自分の意思まで失わない存在。
私と一緒に暮らしてくれる、頼れる仲間。
「名前は……《ホムンクルス作成》かな」
そのイメージを、《想像魔法》へ乗せた。
『《想像魔法》にて《ホムンクルス作成》が完成しました。』
「おおっ、できた!」
いつもの女性の声が、頭の中に響いた。
……いや、冷静に考えると、すごいものを作ってしまった気がする。
建築魔法を作ったときも相当だったけど。
生命を作る魔法って、それ以上にとんでもないよね。
「……神様に怒られないかなぁ」
思わず天井を見上げた。
返事はない。
……まあ、怒られたらそのとき考えよう。
今さらだけど。
さて、魔法は完成した。
あとは、実際に使うだけ。
……なんだけど。
「……緊張するなぁ」
《建築》のときは、こんなに緊張しなかった。
失敗したら建て直せばいいと思っていたからだ。
でも、今回は違う。
出てくるのは、生きている存在かもしれない。
魔法だからといって、軽い気持ちで作っていいものじゃない。
私は一度、両手を握った。
……よし。
ただ寂しさを埋めるためじゃなくて、同じ家で楽しく暮らしていける相手。
嫌なことがあったら相談して、一緒に考えられる相手。
そして、冒険に出るときには、背中を任せられる相手。
そんな人が来てくれたらいい。
……いや、来てくれるというか、作るんだけどね。
「まずは一人だけ。ちゃんと話してみよう」
私は居間の中央に向かって手を伸ばした。
細かい外見は、まだ少し曖昧だ。
女の子で、私より少し落ち着いていて、強くて、優しくて……。
頭の中に、ひらひらした布が一瞬よぎった。
……ん?
いや、今のは何だ。
まあ、いいか。
細部に気を取られていたら、いつまでも始まらない。
「《ホムンクルス作成》!」
声に出した瞬間、居間の中央に光が集まり始めた。
「……おおっ!?」
床の上から淡い光が立ち上り、ゆっくりと人の形を作っていく。
まぶしいけれど、目を閉じるほどではない。
私は思わず一歩下がった。
光の中に、頭が見える。
肩が見える。
そして、細い腕と足が浮かび上がってくる。
……本当に人の形になっている。
「……すごい」
思わず呟いた。
そこには、確かに一人の女性が立っていた。
銀色の髪。
肩につかないくらいの、短いおかっぱ頭。
前髪はまっすぐ切り揃えられていて、つややかな髪が頬の横で揺れている。
顔立ちは整っていて、落ち着いた表情をしていた。
二十歳くらいに見える。
背丈は百六十五センチほどだろうか。私より少し低い。
……うん。
綺麗な人だ。
そして、彼女は――。
「…………え?」
私は目をこすった。
もう一度見た。
……やっぱり、そうだ。
黒を基調としたワンピース。
白いエプロン。
きちんと整えられた襟元に、控えめな白い飾り。
彼女は、どう見ても。
「……メイドさん?」
私が作ろうとしたのは、冒険の仲間だった。
剣を使える頼もしい女性で、一緒に旅をしてくれる人。
……メイド服なんて、指定した覚えはない。
ない、はずだ。
光が完全に消えた。
銀髪の女性は、私の前で静かに姿勢を正した。
そして、優雅に一礼する。
「桜花、参りました。リアリス様ご命令を」
「…………」
えっ。
ええっ。
今、何て?
名前?
いや、そっちも驚いたけど。
……ご命令?
「……ちょ、ちょっと待ってください!」
私は思わず両手を上げた。
彼女は顔を上げ、少しだけ首を傾げた。
「はい。何でしょうか、リアリス様」
澄んだ声だった。
話し方は丁寧だけれど、どこか穏やかで、堅苦しさを感じさせない。
……いやいや。
今は声の感想を言っている場合じゃない。
「まず、えっと……その格好は?」
「私の服装でしょうか」
「はい」
「メイド服ですが」
……うん。
それは見れば分かります。
「……どうしてメイド服なんですか?」
彼女は瞬きをした。
「リアリス様のお望みになった姿かと存じます」
「……え?」
「私の外見は、リアリス様の想像をもとに構成されておりますので」
「…………」
私が?
望んだ?
この姿を?
いやいやいや。
確かに、少しは考えたよ?
綺麗で落ち着いた女の子が仲間になったら、楽しそうだなって。
でも、メイドさんとは一言も――。
……あっ。
さっき、ひらひらした布が頭をよぎったような。
……まさか。
「……私の、潜在意識?」
そう呟いた瞬間、頬が熱くなった。
ちょっと待って。
それってつまり。
私の好みが、そのまま形になったってこと?
……しかも本人の目の前で!?
「うわぁぁ……」
「リアリス様?」
「い、いえ! 何でもありません!」
私は慌てて顔を横へ向けた。
あああ。
恥ずかしい。
これじゃ、私が『銀髪おかっぱのメイドさんと暮らしたいです!』って宣言したみたいじゃないか。
……いや。
言ってないからね!?
本当に言ってないから!
……心の中では、もしかしたら思ってたかもしれないけど。
私は何度か深呼吸をして、ようやく彼女の方へ向き直った。
「……ええと。落ち着きました」
「それは何よりでございます」
彼女は穏やかに微笑んだ。
……あっ。
笑うと、また印象が変わる。
整った顔立ちだから冷たい雰囲気にも見えるけれど、こうして話していると、意外と親しみやすい。
私は改めて、少し頭を下げた。
「初めまして。リアリスです」
「存じております。私をお作りになった方ですから」
「あ、そうですよね」
……挨拶から間違えた気がする。
いや、初めて会ったのは事実なんだから、間違いじゃないか。
「それで……桜花、さん?」
「桜花とお呼びください」
「じゃあ、桜花。……名前も、最初から決まってるんですか?」
「はい。私には『桜花』という名が与えられております」
「へぇ……」
銀色の髪に、桜の花。
響きも、どこか日本を思わせる。
……いや、完全に日本語だよね。
この世界でまだ三日しか暮らしていない私が、無意識に日本の名前を思い浮かべても不思議はないか。
それに、いい名前だ。
「桜花、よろしくね」
「はい。末永くお仕えいたします」
「……あっ。そこなんですけど」
私は慌てて手を上げた。
忘れちゃいけない。
さっき私が一番嫌だと思ったのは、誰かを無理やり従わせることだった。
「私、誰かを奴隷にしたいわけじゃないんです。だから、命令を何でも聞かなきゃいけないとか、そういうのは困るというか……」
「ご心配には及びません。私は、自分の意思を持っております」
「……本当に?」
「はい。リアリス様のお考えに賛同できない場合には、その旨をお伝えできます」
「例えば?」
桜花は少し考えた。
そして、穏やかな顔のまま言う。
「例えば、リアリス様が危険な場所へ無計画に踏み込もうとなさった場合でしょうか」
「……うっ」
心当たりがある。
初日は、ドラゴンがいる場所へ行ってしまった。
二日目も、ヒュドラと遭遇した。
……あのう。
まだ生まれて数分なのに、どうしてそんな的確な例が出てくるの?
「その際は、まずお止めいたします」
「そ、そうですか」
「それでもお進みになるなら、できる限り安全を確保したうえで、ご一緒いたします」
桜花は、当たり前のことのように言った。
私は思わず、笑ってしまった。
「……それなら、心強いね」
「ありがとうございます」
「あと、そんなにかしこまらなくてもいいよ? 私、偉い人じゃないし」
「承知しております」
「……ちょっと!」
即答!?
今、何か聞き捨てならないこと言わなかった!?
桜花は涼しい顔で続けた。
「リアリス様が地位や身分をお望みでないことは、存じておりますので」
「……あ、そっちか」
よかった。
てっきり『偉そうには見えません』って意味かと思ったよ。
……いや、実際、偉くないけどね。
「お呼びする際の敬称は、このままでよろしいでしょうか」
「『様』じゃなくてもいいんだけど……」
「では、私の希望として、リアリス様とお呼びしたく存じます」
……なるほど。
それが桜花自身の希望なら、無理に変える必要もないか。
「分かった。じゃあ、桜花の好きに呼んで」
「はい、リアリス様」
桜花は嬉しそうに微笑んだ。
……うん。
自分の意見を言ってくれる。
ちゃんと話し合える。
それだけで、少しほっとした。
それにしても、不思議だ。
ついさっき生まれたはずなのに、桜花は会話に迷う様子がない。
名前も知っているし、自分が何者なのかも分かっているらしい。
私はずっと気になっていたことを尋ねた。
「桜花、一つ聞いてもいい?」
「はい。何なりと」
「……どうして、そんなに詳しいの?」
「何についてでしょうか」
「自分のこととか、魔法のこととか。私なんて、作った本人なのに仕組みをほとんど分かってないんだけど」
……言っていて恥ずかしい。
自分で開発した魔法の説明を、作られたばかりの相手にお願いしている。
普通、こういうときは創造主の方が何でも知っているものじゃないの?
……いや。
私の場合、技術も知識もいらないのが《想像魔法》の売りだった。
便利すぎるのも考えものだね。
「では、私の知る範囲でご説明いたします」
桜花は、少しだけ姿勢を正した。
「《ホムンクルス作成》は、リアリス様が思い描かれた姿や能力、性格をもとに、独立した生命を生み出す魔法です」
「……うん。そこまでは何となく考えた」
「外見を細かく指定することもできますし、大まかな方向性だけを決めて生成することもできます」
「へぇ……」
「特に指定しない場合は、ランダムに生成することも可能です」
「……ランダム!?」
思わず声が出た。
それって、何が出てくるか分からないってこと?
「はい。外見や性格、得意分野などをお任せにする方法です」
「……何か、怖いんだけど」
「想像が曖昧でも作成はできます。ただし、リアリス様が望まれた結果と異なる場合もございます」
……なるほど。
便利だけど、結果が保証されるわけじゃない、と。
私は今朝、宿の朝食を食べながら『今日は平和に』と思ったばかりだった。
あのときだって、結局は王城へ呼ばれた。
……私の想像力、どうも予想の斜め上へ進みやすいんだよね。
「じゃあ、例えば『頼れる仲間を一人』だけで作ったら?」
「容姿や性格、得意なことなど、多くの部分が補完されると思われます」
「……思われます?」
「はい。指定が少ないほど、不確定な要素は増えますので」
桜花の答えは落ち着いていた。
……うん。
つまり、適当に使うと、とんでもない結果になる可能性がある。
想像魔法で家を作ったら豪邸になった、なんて話とは比べものにならない。
命が関わっているからね。
「……次に使うときは、もう少し慎重にしよう」
「それがよろしいかと存じます」
……あれ?
桜花、ちょっと笑った?
「もしかして、私の作り方、かなり大雑把だった?」
「はい。かなり」
「……そこは少し遠慮してくれてもいいんだよ!?」
「申し訳ございません。正確にお答えする方がよいかと」
……ああ。
これは私が望んだ『ちゃんと意見を言ってくれる人』だ。
確かに、そのとおり。
でも、もう少し手加減してほしい。
私は思わず頭をかいた。
「それで、桜花の場合は?」
私は恐る恐る尋ねた。
「私ですか?」
「うん。外見とか性格とか、ほとんど細かく決めてなかったから……」
桜花は一度、自分の服装を見下ろした。
「私は、リアリス様の意識にあるお考えをもとに生成されました」
「……お考え?」
「はい。明確に思い描かれたことだけでなく、言葉にされなかった好みやご希望も反映されております」
「…………」
……やっぱり。
私の潜在意識が、余計な仕事をしていたらしい。
「と、ということは、その……メイド服も?」
「はい」
「銀髪も?」
「はい」
「おかっぱ頭も?」
「はい」
桜花は、綺麗に切り揃えられた前髪をそっと指先で整えた。
「お気に召しませんでしたか?」
「い、いや! すごく似合ってるよ!」
私は慌てて答えた。
桜花の表情が、少し柔らかくなる。
「ありがとうございます」
「……うん」
……しまった。
褒めてしまった。
いや、似合ってるからいいんだけど!
ただ、そうなると『こんな姿を望みました』って、私が自分で認めたようなものじゃない?
……もしかして私は、初対面の相手に自分の好みを全部公開してしまったのでは?
「……穴があったら入りたい」
「こちらの屋敷の床に穴を設けることも可能かと存じますが」
「本当に掘らなくていいから!」
桜花は首を傾げた。
その顔が、あまりに真剣だったので、私は吹き出してしまった。
「……ごめん。今のは、恥ずかしいときの言い方なんだ」
「なるほど。承知いたしました」
桜花は小さくうなずいた。
……本当に、面白い子だな。
「ところで、能力の方も想像から決まったの?」
「はい。私は、剣による戦闘を得意としております」
「……剣?」
視線を下ろしてみる。
メイド服の腰の辺りに、細長い鞘があった。
……あれ?
さっきからあったっけ?
いや、私が服装に気を取られすぎて、見えていなかっただけか。
「それ、日本刀みたいだね」
「はい。こちらの刀を用いて戦います」
「……メイドさんが日本刀?」
「何か問題がございますか?」
桜花は、いたって真面目だった。
……確かに。
頼りになる冒険仲間が欲しいと思ったのは私だ。
その結果が、刀を携えたメイドさん。
……異世界って、自由だなぁ。
「強さは、どのくらいなの?」
「相応に戦えるものと認識しております」
「……相応に、ね」
うん。
どうやら、戦闘能力にもかなり自信があるらしい。
でも、初対面で腕試しをお願いするのも変だ。
そもそも、この屋敷の中で刀を振り回すわけにはいかない。
新築一日目で壁を切られたら泣く。
「実際にどんなふうに戦うかは、また今度教えてね」
「承知いたしました」
……うん。
焦らず、少しずつ知っていけばいい。
「あっ。そういえば、もう一つ」
私は桜花を見た。
「ホムンクルスって、普通の人とは違うんだよね。魔力とか、身体のこととか……」
「はい。私はホムンクルスであり、人間種ではございません」
「……そっか」
見た目も話し方も、人間の女の子と何も変わらない。
でも、生まれ方からして違うんだ。
「それと、私には魔力がございません」
「……えっ?」
私は聞き返した。
「魔力が、ない?」
「はい。ゼロです」
「……ゼロって、あのゼロ?」
「ほかのゼロがあるのでしょうか」
「……ないです」
……ちょっと待って。
私が作ったホムンクルスだよね?
《想像魔法》で作ったんだよね?
なのに魔力ゼロ?
すごく魔法的な存在なのに、魔力がないって、どういうことなの?
桜花は、私の疑問を察したらしい。
「ただし、リアリス様が私をお作りになった際に付与された効果は、維持されております」
「……付与された効果?」
「《不老不死》《状態異常無効》、そして《絶対防御》です」
「…………」
……はい?
私はもう一度、桜花を見た。
「……それ、私が自分に使ってるやつだよね?」
「はい」
「……いつ、付けたっけ?」
「私が生まれた際です。効果が永続する形で付与されておりますので、私自身の魔力は必要ありません」
私は黙った。
さっき、何を想像したんだったかな。
確か、一緒に冒険できる、強くて、丈夫で……。
危ない目に遭っても、簡単には傷つかない人。
……ああ。
そうだった。
相手に危険な思いをさせたくないから、できるだけ安全でいてほしいって考えていたんだ。
それが、こんな形になったのか。
「……私、ずいぶん強力な安全対策を付けたんだね」
「ありがたく思っております」
「……いや、こちらこそ。そんなに頼もしいなら、安心だよ」
私は胸を撫で下ろした。
桜花は微笑んだが、そのあと少し考えるように目を伏せた。
「リアリス様。一つ、よろしいでしょうか」
「うん?」
「私をお作りになったことを、後悔していらっしゃいますか?」
「……えっ」
不意の質問だった。
私は思わず姿勢を正す。
「どうして?」
「私の姿を見て、先ほどから幾度も驚いていらっしゃいましたので」
……ああ。
そういうことか。
私は慌てて首を振った。
「違う違う! 驚いたのは、想像していたのとちょっと違ったからで……」
……いや。
これじゃ、まだ誤解される。
私は言葉を選び直した。
「桜花が来てくれて、嬉しいよ」
そう言うと、彼女が目を瞬かせた。
「私、一人で暮らすつもりだったんだ。でも、家の中を歩いてみたら、思ったより寂しくてさ」
私は周囲を見渡した。
広い居間。
座りきれないくらいの椅子。
窓の向こうに広がる庭。
「だから、誰かと一緒にご飯を食べたり、話したりできたらいいなって。そう考えていたんだ」
「……はい」
「命令を聞いてくれるからじゃないよ。桜花と、仲良くなれたらいいなって思ってる」
桜花はしばらく黙っていた。
それから、柔らかく微笑んだ。
「……ありがとうございます、リアリス様」
その声は、最初のきっちりした挨拶よりも、少しだけ温かく聞こえた。
しばらくして、私は二階へ桜花を案内した。
と言っても、案内するほど難しい道順じゃない。
玄関の大階段を上がって、廊下を少し進むだけだ。
……ただし、その廊下が長い。
「この辺りの部屋なら、好きなところを使っていいよ」
私は並んだ扉を示した。
「どれもまだ誰も使ってないから」
「よろしいのですか?」
「もちろん。桜花も今日からここの住人なんだし」
そう答えると、桜花は少し驚いたような顔をした。
そして、廊下の端に近い部屋を選んだ。
隣には、まだ誰も使っていない同じくらいの広さの部屋がある。
桜花の選んだ部屋は十畳ほどで、寝台や机、収納棚が揃っていた。
窓の向こうには、午後の光に包まれた草原が見える。
「こちらを使わせていただいてもよろしいでしょうか」
「うん。そこにしよう」
「ありがとうございます」
桜花は丁寧に頭を下げた。
「そうだ。必要なものがあったら教えてね。これだけ広い家を作っておいて何だけど、まだ何が足りないか全然分かってないんだ」
「承知いたしました」
「あと、別にずっとメイド服でいなくてもいいからね? 好きな服に着替えたっていいし」
桜花は、また少し首を傾げた。
「私は、この服が気に入っております」
「……そ、そう?」
「はい。リアリス様はいかがでしょうか」
「……似合ってると思うよ」
「ありがとうございます」
……ああ。
またやってしまった。
私の好みを、本人の前で再確認させられている気がする。
……もう、開き直るしかないか。
私は軽く咳払いした。
「それじゃ、少し居間で休もうか。まだ聞きたいこともあるし」
「はい。喜んで」
桜花は私の隣へ並んだ。
さっきまで一人で上った階段を、今度は二人で下りる。
それだけで、何だか雰囲気が違って感じられた。
広い廊下を歩く足音が、二人分になった。
声をかければ、返事が返ってくる。
……ああ。
これだ。
私が欲しかったのは、きっとこういうことだったんだ。
居間へ戻ると、桜花は窓から庭を眺めた。
「とても素敵なお屋敷ですね」
「ありがとう。ちょっと大きく作りすぎたけどね」
「確かに、一人で管理するには大変な広さです」
「……やっぱり?」
「はい。ただ、今はお二人ですので」
桜花は、私を見て微笑んだ。
私は思わず笑い返した。
「……そうだね。二人だ」
転生して三日目。
ようやく手に入れた自分の家に、初めての同居人ができた。
この先、どんな暮らしになるのかは分からない。
でも、少なくとも、今朝まで想像していたよりはずっと楽しくなりそうだ。
「これからよろしくね、桜花」
「はい、リアリス様。こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします」
……よし。
これで、理想の暮らしにまた一歩近づいた。
あとは、二人でゆっくり過ごすだけ――。
「ところでリアリス様」
「ん?」
「夕食のご予定は、いかがなさいますか?」
「…………あ」
そういえば。
冷蔵庫は空っぽ。
食料棚も空っぽ。
食堂だけは、やたらと立派。
私は無言で桜花を見た。
桜花も、静かに私を見返した。
「……買い出し、忘れてた」
「では、まず食材を揃えるところからですね」
「……ですよねぇ!」
私は頭を抱えた。
大豪邸も建てた。
結界も張った。
頼もしい仲間までできた。
……なのに、今日の夕飯すら用意していない。
「……私、本当にのんびり暮らせるのかなぁ?」
桜花は少しだけ考えてから、にっこり微笑んだ。
「まずは、食事の準備から始めましょう、リアリス様」
……はい。
まったく、そのとおりです。




