第5話:失敗しました!
ダンジョンを作り直してから、半月ほどが過ぎた。
……いやぁ。
あれから、特に変わったこともなかったねぇ。
少なくとも、私の周りでは。
今日はシルク王国邸で、のんびり朝ご飯をいただいている。
テーブルには、炊きたての白いご飯。
焼き魚に、だし巻き卵。
それから、根菜の煮物と具だくさんのお味噌汁。
……うん。
いいねぇ。
こういう朝が、やっぱり一番だよ。
「お父さん、このお魚おいしい!」
向かい側に座るカトレアが、嬉しそうに笑った。
「そうだねぇ。身がふっくらしてる」
「おかわりしてもいい?」
「もちろん。お腹と相談してね」
「うん!」
……ああ。
平和だなぁ。
隣では桜花が、いつもどおり落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。
巴さんはカトレアのお皿を見て、にこにこと微笑んでいた。
「ふふ。たくさん食べてくれると、作った甲斐があるわね」
「巴さん、今日のお味噌汁もおいしいよ」
「あら、ありがとう、リアリスちゃん」
……うん。
いい朝だ。
実にいい朝。
…………。
ちなみに、先日のダンジョン探索だけど。
結局、宝箱は一つも見つからなかった。
……いや。
まだ少しだけ、納得してないんだけどね。
六階層もあって、最後はヒュドラまでいたんだよ?
なのに、宝箱がない。
…………。
やっぱり、おかしくない?
「リアリス様。どうかなさいましたか?」
桜花が、小さく首を傾げた。
「いやぁ。ちょっと、宝箱のことを思い出してね」
「……まだお探しでございましたか」
「探してるわけじゃないよ。考えてただけ!」
……うん。
今は屋敷にいるんだから、探しようもないもんね。
…………。
でも、次に行くダンジョンは、もう少し期待できるかなぁ。
「お父さん、宝箱って何?」
カトレアが、興味津々といった顔でこちらを見た。
「ああ。冒険の途中で見つける、お宝の入った箱のことだよ」
「お宝?」
「そう。すっごく珍しいものが入ってたりするんだ」
「へぇぇ!」
カトレアの目が、きらきらしている。
……あっ。
これ、ちょっとまずかったかな。
「今度、見つけたら見せてね!」
「うん! もちろん!」
…………。
……あれ?
何だか、約束しちゃったぞ。
……いや。
大丈夫、大丈夫。
次こそ、きっと見つかる!
…………。
……あるよね?
◇
朝食を終えて、居間で紅茶をいただいていたときだった。
玄関の方が、急に騒がしくなった。
……ん?
誰か来たのかな。
私は、湯呑みを置いて顔を上げた。
「リアリス様。お客様がお見えでございます」
セバスが、居間の入口から声をかけてきた。
「おっ。誰?」
「冒険者ギルドのシルベスター様でございます」
…………。
……シルベスターさん?
珍しいねぇ。
最近、ギルドへ顔を出してなかったから、何か依頼でもあるのかな。
「うん。通してもらえる?」
「かしこまりました」
セバスが一礼して、部屋を出ていった。
私は、向かいのソファを見た。
……そういえば。
この前のダンジョン探索の報告、まだしてなかったっけ。
獣人国では、冒険者たちにいろいろ聞かれたけど。
…………。
あっ。
ナグアさんを置き去りにした冒険者の件も、ギルドに伝えないといけないと思ってたんだよね。
……うん。
あとで、忘れないようにしよう。
そんなことを考えていると、廊下から重い足音が聞こえてきた。
「……おい、リアリス」
「おはよう、シルベスターさん!」
居間へ入ってきたシルベスターさんは、いつもどおり大きな身体をしていた。
筋肉質で、肩幅が広くて。
……うん。
見た目だけなら、今日も元気そうだねぇ。
ただ。
…………。
……顔色、悪くない?
「シルベスターさん。大丈夫?」
「大丈夫に見えるか?」
「……うーん」
私は、少し考えた。
…………。
「見た目は元気そうだけど?」
「お前、ほんっとに……!」
シルベスターさんが、額に手を当てた。
……あっ。
何か、怒らせちゃった?
「まあ、まずは座ってよ。紅茶、飲む?」
「……もらう」
「うん。巴さん、お願いできる?」
「ええ、もちろんよ」
巴さんが、穏やかに頷いた。
シルベスターさんは、どさりとソファに腰を下ろす。
…………。
あらぁ。
何だか、ものすごく疲れてるね。
私は、少しだけ身を乗り出した。
「ギルドで何かあった?」
「……あった」
「おっ。やっぱり?」
「お前のせいでな」
…………。
…………えっ?
「……私?」
「ああ。お前だ」
…………。
あらぁ。
身に覚えが……。
…………。
……いや。
あるような、ないような。
私は、最近やったことを頭の中で思い返した。
屋敷でご飯を食べて。
家族と話して。
カトレアと遊んで。
それから、獣人国でダンジョンを……。
…………。
……あっ。
「……ダンジョン?」
「そうだよ!!」
…………。
うわっ!
やっぱり!
「えっと……でも、あれはちゃんと作り直したよ?」
「それが問題なんだよ!」
…………。
…………。
……えっ?
あれ?
壊したのが問題じゃなくて。
作り直したのが、問題?
…………。
どういうこと?
◇
「獣人国のダンジョンで、スタンピードが起きてる」
シルベスターさんが、低い声で言った。
…………。
……ん?
「……スタンピード?」
「ああ。魔獣の集団が、ダンジョンの外へ出てきてるんだ」
…………。
…………ええっ!?
「ちょっと待って! ダンジョンから!?」
「だから、そう言ってんだろ!」
……あらぁ。
私は、思わず桜花を見た。
桜花も、少し驚いたように目を瞬いている。
……いや。
だって。
私が作り直したダンジョンだよ?
あれって、魔獣が出てくる場所ではあったけど。
外へ出てくるなんて、話は聞いてないんだけど!
「……シルベスターさん。詳しく教えてもらえる?」
シルベスターさんは、深く息を吐いた。
それから、テーブルに置かれた紅茶へ手を伸ばす。
一口飲んで、ようやく少し表情が緩んだ。
「……獣人国のギルドから、連絡が入ったんだ」
「うん」
「例のダンジョンの周辺で、魔獣が外へ出てきてる。しかも、数が多い」
「……うん」
「確認されてるのは、BランクやAランクの魔獣だ」
…………。
……Bランク。
…………。
Aランク。
…………。
……おお?
「Aランクって、スライムも?」
「そうだ。スライムも含まれてると聞いてる」
「……あらぁ」
あの赤い、ぷるぷるしたやつか。
見た目は、ものすごくかわいかったんだけど。
確か、ナグアさんがものすごい勢いで怖がってたよね。
……そうだ。
スライムって、Aランクだった。
しかも、普通の冒険者には相当危険な魔獣なんだった。
「……それは、まずいね」
「まずいどころじゃねぇ!」
シルベスターさんが、テーブルへ身を乗り出した。
「Bランクだって、簡単に相手にできる魔獣じゃねぇんだぞ!」
「……うん」
「その上、Aランクまで出てきてるんだ!」
「……うん」
「お前、分かってんのか!?」
…………。
……はい。
だんだん分かってきました。
あれ?
もしかして。
これは、ものすごく大変なことなのでは?
……いや。
大変なことなんだろうね。
シルベスターさんの顔を見れば、よく分かるよ。
「それにしても……」
私は、ふと疑問に思った。
「どうしてシルベスターさんが、獣人国の件でここまで来てくれたの?」
「……は?」
「だって、シルベスターさんはシルク王国のギルドマスターでしょう?」
「ああ」
「獣人国のダンジョンの管理は、そっちのギルドの仕事じゃないの?」
…………。
シルベスターさんが、じっと私を見ている。
……あれ?
私、何か変なこと言った?
「……リアリス」
「うん?」
「そのダンジョン、誰が作った?」
「……私」
「そこにいたボスは、誰が倒した?」
「桜花」
「そのあと、何が起きた?」
「ダンジョンが崩れた」
「……で?」
「……私が作り直した」
…………。
…………。
……ああ。
そういうこと?
「つまり……私のせい?」
「そうだよ!!」
……あらぁ。
思いっきり怒鳴られた。
でも。
……なるほど。
そこは、私が責任を持たないといけないんだね。
いくら別の国でも、原因を作ったのは私だし。
…………。
うん。
それは、確かにそうだ。
「……ごめん。何とかするよ」
私は、素直に頭を下げた。
シルベスターさんは、少し意外そうな顔をした。
それから、疲れたように背もたれへ寄りかかる。
「……分かりゃいいんだよ」
…………。
……うん。
怒られちゃったけど、これは仕方ないねぇ。
私は、紅茶を一口飲んだ。
……ああ。
おいしい。
…………。
いや。
今は紅茶を楽しんでる場合じゃないか。
◇
「……でもさ、シルベスターさん」
「……何だ」
「ちょっと、気になることがあるんだけど」
「言ってみろ」
「五階層目には、Sランクの魔獣も何匹かいたんだよね」
シルベスターさんの顔が、ぴたりと固まった。
……あっ。
何だか、嫌な予感がする。
「……何匹だ」
「えっと……グリフォンとか、キマイラとか」
「……ほかには」
「ほかにも、いろいろいたよ。五百体くらいまとめて」
…………。
シルベスターさんが、静かに目を閉じた。
……あれ?
何でだろう。
また頭を抱え始めたぞ。
「……Sランクが複数……五百体……」
「うん。でも、そこは桜花が全部倒してくれたから」
「そこを聞いてるんじゃねぇ……!」
……あっ。
そうでした。
今は、魔獣が外へ出てくる話だったね。
私は、姿勢を正した。
「Sランクまで外へ出てきたら、危ないよね」
「……ああ。だが、そこは確認が取れてる」
「……おっ?」
シルベスターさんが、少しだけ声を落とした。
「Sランク以上の魔獣は、ダンジョンの外には出られない」
「……へぇ!」
「外へ出てくるのは、それより下の魔獣だ。今、問題になってるのはBランクとAランクだな」
「そっかぁ」
…………。
……なるほど。
じゃあ、ヒュドラまで外へ出てきちゃうわけじゃないんだね。
それなら、ひとまず安心かな。
…………。
いや。
安心っていうには、BランクもAランクも十分危険だけど。
「それって、どういう仕組みなの?」
「……知らん」
「えっ?」
「出てこられないってことまでは分かってる。理由までは分からん」
「……ああ。そうなんだ」
……ふむ。
ダンジョンって、やっぱり不思議な場所だねぇ。
自然に発生するものだし。
魔獣も勝手に生まれるし。
ボスを倒すと崩れるし。
……まあ、今回は私が作り直したんだけど。
…………。
待って。
私が作ったんだったら、仕組みを知らないのはもっと問題なのでは?
…………。
……うん。
そこは、今後の反省点ということで。
「……だからな」
シルベスターさんが続けた。
「対応するなら、まずは外に出てくる魔獣を何とかしろ」
「……うん」
「ダンジョンそのものを、また壊すんじゃねぇぞ」
…………。
…………。
……あっ。
釘を刺された。
「……分かってるよ」
「本当だな?」
「うん。もう、勝手にボスは倒さない」
「……その言葉、信じるぞ」
シルベスターさんが、深く息を吐いた。
……ああ。
何だか、本当に疲れてるねぇ。
私は、ついシルベスターさんの顔を見つめた。
「……それにしても、シルベスターさん」
「……今度は何だ」
「さっきから、お腹を押さえてない?」
…………。
シルベスターさんの動きが止まった。
……あれ?
「……ああ」
「胃が痛いの?」
「……誰のせいだと思ってる」
…………。
…………。
……あらぁ。
また、私ですか。
……いや。
今回は、ちゃんと心当たりがありますけど!
◇
私は、テーブルの向こうに座るシルベスターさんを見た。
眉間には深いしわ。
片手はお腹。
もう片方の手は、額。
…………。
……これ、相当痛そうだね。
「シルベスターさん、ちょっと失礼するね」
「……おい、何を……」
「《完全回復》」
魔法を発動した。
シルベスターさんが、小さく目を見開く。
そして、ゆっくりお腹から手を離した。
…………。
「……治った」
「うん。よかったね」
「……お前なぁ」
「えっ?」
シルベスターさんは、何とも言えない顔で私を見た。
「そうやって簡単に治すから、何とも思ってねぇんだろうけどな」
「……うん?」
「そもそも、痛くならないようにしてくれ!」
…………。
…………。
……ごもっとも!
私は、思わず頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「……はぁ」
シルベスターさんが、長いため息をついた。
……うん。
反省しよう。
私にとっては、魔法で何とかなることでも。
ほかの人にとっては、そう簡単じゃない。
……これは、何度も経験してきたはずなのにね。
そのとき。
「リアリスちゃん」
巴さんが、静かに声をかけてきた。
「うん?」
「まず、どなたに何をお願いするのか、決めましょうね」
…………。
……あっ。
そうだ。
反省するのは大事だけど、今は対応を考える方が先だよね。
「ありがとう、巴さん!」
「ふふ。落ち着いて考えれば大丈夫よ」
……うん。
さすが巴さん。
こういうとき、頼りになるねぇ。
私は、改めてシルベスターさんへ向き直った。
「それで、確認したいんだけど」
「……何だ」
「外へ出てくるのは、BランクとAランクが中心なんだよね?」
「ああ。今のところ、そう聞いてる」
「Sランク以上は外へ出られない」
「そうだ」
「だったら……」
私は、少し考えた。
Bランク。
Aランク。
普通の冒険者なら、何人も集まって戦う相手だ。
…………。
でも。
うちには、そういう相手を普通に倒せる家族がいる。
……いや。
むしろ、Aランクまでなら余裕で倒せる子が、何人もいるんだった。
…………。
おっ。
なら。
「……菖蒲にお願いしようかな」
「……菖蒲?」
シルベスターさんが、首を傾げた。
「うん。獣人国邸を担当してる、うちの家族だよ」
「……ああ。あの小さい子か?」
「そうそう!」
……小さいって。
まあ、見た目はそうだけど。
強さまで小さいわけじゃないんだよね。
むしろ。
…………。
……いやぁ。
うちの家族、見た目と実力が合ってない人が多いなぁ。
「その菖蒲って子に、何ができるんだ?」
「えっと……BランクやAランクの魔獣なら、問題なく倒せると思うよ」
…………。
シルベスターさんが、無言になった。
…………。
……あれ?
また?
「……リアリス」
「うん?」
「お前の家族って、何なんだ……」
…………。
……何って。
「家族だよ?」
「そういう意味じゃねぇよ!」
……あらぁ。
怒られちゃった。
でも、家族は家族なんだから、ほかに答えようがないんだけどなぁ。
私は、少しだけ笑った。
「大丈夫。菖蒲は、戦うのも得意だから」
「……そうか」
「うん!」
…………。
……あっ。
でも、菖蒲にも普段の仕事がある。
急に全部を任せるのは、さすがに良くないよね。
私は巴さんに目を向けた。
「巴さん。菖蒲のこと、少し相談してもいい?」
「ええ。もちろんよ」
……よし。
まずは、本人に話してみよう!
◇
「それなら、菖蒲を呼んでくるわね」
巴さんが立ち上がった。
……あっ。
そうだ。
各国の屋敷には、《簡易転移》の扉があるんだった。
菖蒲は今、獣人国邸にいる。
だから、巴さんに声をかけてもらえば、すぐに来てもらえる。
……いやぁ。
こういうとき、本当に便利だねぇ。
少しすると、廊下から足音が聞こえてきた。
「リアリス様。お呼びでしょうか」
居間へ入ってきたのは、菖蒲だった。
白から紫へ色が変わる短い髪。
小柄な身体。
そして、いつもどおりの落ち着いた表情。
……うん。
こうして見ると、本当におとなしい子に見えるねぇ。
「菖蒲、来てくれてありがとう!」
「いえ。何かございましたか?」
「うん。実はね……」
私は、さっきシルベスターさんから聞いた話を伝えた。
ダンジョンから魔獣が出てきていること。
BランクやAランクの魔獣が確認されていること。
Sランク以上は外へ出られないこと。
そして、それが私の作り直したダンジョンで起きていること。
…………。
うん。
改めて口にすると、何だか申し訳なくなってくるね。
菖蒲は、最後まで黙って話を聞いていた。
それから、小さく頷く。
「承知いたしました」
「……それでね、菖蒲」
「はい」
「獣人国邸の仕事に加えて、ダンジョン周辺の魔獣を見てほしいんだ」
「魔獣の、管理でございますか?」
「うん。外へ出てきた魔獣が増えすぎないように、必要な分だけ間引いてもらえないかな」
菖蒲が、静かに首を傾げた。
「討伐するだけでなく、定期的に様子を確認するということでしょうか」
「そうそう。それ!」
……うん。
ただ全部倒せばいいって話じゃない。
冒険者の皆さんにとっては、大事な稼ぎ場なんだから。
外へ出てきた魔獣が危険なら、そこは何とかしないといけない。
でも、ダンジョンの中にいる魔獣まで全部倒してしまったら、また冒険者の仕事がなくなっちゃうよね。
……うん。
今度は、そこも考えないと。
「菖蒲にお願いするのは、ダンジョンの外の様子を見ることと、必要な間引きだよ」
「かしこまりました」
「ただ、無理はしないでね。屋敷の仕事だってあるし」
「はい。必要に応じて、ほかの者にも相談いたします」
「うん。そうしてもらえると助かる!」
……よかった。
これなら、菖蒲一人に負担を押しつけることもないよね。
私は、ほっと息を吐いた。
すると、シルベスターさんが口を開いた。
「……ちょっと待て」
「……ん?」
「その子、本当にAランクの魔獣を相手にできるんだな?」
「うん。大丈夫だよ」
「……いや、だからな」
シルベスターさんが、もう一度菖蒲を見た。
菖蒲は、静かに頭を下げる。
「ご心配には及びません。Aランクまでの魔獣であれば、問題なく対応できます」
…………。
……おお。
菖蒲、頼もしいねぇ。
その落ち着いた声を聞いて、シルベスターさんも少し表情を緩めた。
……と思ったら。
「……ちなみに、Sランクは?」
突然、そんなことを聞き始めた。
……あっ。
やっぱり、そこが気になるよね。
菖蒲は、少しだけ考えてから答えた。
「討伐は可能ですが、多少お時間をいただくかと存じます」
…………。
…………。
シルベスターさんが、目を閉じた。
…………。
……あらぁ。
まただ。
「……Sランクも倒せるのか……」
「はい」
「……もう、分かった」
……うん。
何となく、考えるのをやめた顔になってる。
私は、少し気の毒になった。
……でも、頼もしいでしょう?
うちの家族。
「……それで、SSランクはどうなんだ?」
シルベスターさんが、ふと顔を上げた。
……おっ。
まだ気になることがあったのかな。
菖蒲は、今度ははっきりと答えた。
「SSランクの魔獣を、私一人で討伐することは難しいかと存じます」
……うん。
そこは、無理に戦わなくていいんだよ。
特に、あのヒュドラは再生するからねぇ。
私は、すぐに口を挟んだ。
「でも、Sランク以上は外へ出られないって話だったでしょう?」
「ああ。それは間違いない」
「だったら、菖蒲がヒュドラの相手をする必要はないよね」
「……そうだな」
「よかった!」
……うん。
これで、気になることはだいたい解決かな。
私は、菖蒲へ向き直った。
「菖蒲。もし危険なことがあったら、すぐに連絡してね」
「かしこまりました」
「それと、無理に全部を自分でやろうとしなくていいからね」
「はい。ありがとうございます」
菖蒲が、穏やかに微笑んだ。
……ああ。
よかった。
引き受けてもらえて、本当に助かった。
◇
「……で、お前はどうするんだ?」
シルベスターさんが、紅茶のカップを置いた。
「……私?」
「ああ。菖蒲に任せるだけか?」
…………。
……あっ。
それは、もっともな質問だね。
「うん。私も必要なら手伝うよ」
「……必要なら、か」
「もちろん、今後同じことが起きないように、ちゃんと考えるつもり」
…………。
そこは、今回の教訓だ。
壊れたものを直すこと。
それ自体は、悪いことじゃないと思う。
でも。
……直したあとの管理まで考えないといけなかったんだね。
私には《想像魔法》がある。
大抵のものなら作れるし、元に戻すこともできる。
だから、つい。
作って終わり、でいいと思っちゃうことがある。
…………。
でも。
作ったものを利用する人たちにとっては、そこからが大事なんだ。
……うん。
少し反省しよう。
「……シルベスターさん」
「……何だ」
「今回は、ごめんね。ダンジョンを作り直したところで、全部解決したつもりだった」
シルベスターさんは、じっと私を見た。
…………。
……あれ?
何だか、少し驚いてる?
「……ちゃんと分かってるなら、いい」
「うん」
「ただし、次からは先に相談しろよ」
「……はい」
…………。
……うん。
ごもっとも。
冒険者の皆さんが困らないようにしたかったんだけど。
結果的に、余計な問題を起こしちゃったんだもんね。
私は、苦笑した。
「……それにしても」
「……今度は何だ」
「シルベスターさん、わざわざ教えに来てくれてありがとう」
シルベスターさんが、少しだけ目を丸くした。
……おっ。
意外だったかな。
「……まあ、放っておけなかっただけだ」
「うん。でも、助かったよ」
「……そうか」
シルベスターさんが、少し照れくさそうに視線を逸らした。
……ふふ。
何だかんだ、優しい人なんだよねぇ。
……胃は弱いみたいだけど。
…………。
いや。
私が弱らせてるのか。
……うん。
そこは、反省しよう。
私は、菖蒲へ向き直った。
「菖蒲。準備は大丈夫?」
「はい。いつでも対応できます」
「じゃあ、獣人国邸へ送るね」
「かしこまりました」
私は、菖蒲のそばへ立った。
「《転移》」
次の瞬間、菖蒲の姿が消えた。
転移先は、獣人国邸。
いつも使っている庭先だ。
……うん。
無事に着いたね。
あとは、菖蒲に現地の様子を確認してもらおう。
必要なら、獣人国のギルドとも連絡を取ってもらえばいい。
もちろん、私にも知らせてもらう。
……うん。
これなら、今度は放っておくことにはならないでしょう。
私は、少しだけ肩の力を抜いた。
「……これで、ひとまずいいかな」
「……ああ。話はついたな」
シルベスターさんが、ようやく背もたれへ寄りかかった。
……あっ。
少し顔色がよくなってる。
「シルベスターさん、胃は大丈夫?」
「……今のところはな」
「そっか。よかった!」
「……ただな、リアリス」
「うん?」
「頼むから、しばらく大人しくしててくれ」
…………。
…………。
……あらぁ。
そんなに心配されてる?
「うん。分かったよ」
「……本当だな?」
「本当!」
「……次は、何を作るつもりだ?」
…………。
……えっ?
「今のところ、特にないけど?」
…………。
シルベスターさんが、じっと私を見た。
……あれ?
そんなに信用できないかな。
「……その『今のところ』が怖ぇんだよ」
…………。
……あらぁ。
困ったねぇ。
◇
シルベスターさんが帰ったあと、私は居間のソファへ座り直した。
……ふぅ。
いろいろあったけど、ひとまず落ち着いたかな。
目の前には、新しく淹れ直してもらった紅茶。
それから、巴さんが持ってきてくれた小さなお菓子。
……ああ。
おいしそう。
「リアリスちゃん、お疲れさま」
巴さんが、向かいに腰を下ろした。
「ありがとう、巴さん」
「菖蒲にお願いできて、よかったわね」
「うん。本当に助かったよ」
私は、紅茶を一口飲んだ。
……ああ。
落ち着くねぇ。
…………。
でも。
「……巴さん」
「なあに?」
「私、また何かやっちゃったねぇ」
巴さんは、少しだけ目を細めた。
「ふふ。そうね」
…………。
……あっ。
否定しないんだ。
「……うん。自分でも、そう思う」
「でも、今回はちゃんと対応を考えたでしょう?」
「うん。菖蒲にもお願いできたし」
「だったら、次は同じ失敗をしないようにすればいいのよ」
……ああ。
なるほど。
そうだよね。
失敗したからって、何もしなくなるのは違う。
大事なのは、次に活かすこと。
……うん。
よし。
そう考えると、ちょっと元気が出てきた。
「ありがとう、巴さん」
「どういたしまして」
巴さんが、いつもの優しい顔で笑った。
そこへ、桜花が紅茶を持って戻ってきた。
「リアリス様。菖蒲からの連絡は、まだございません」
「うん。ありがとう、桜花。様子を見てもらってるところだしね」
「はい。必要があれば、すぐにお知らせいたします」
「よろしくね」
……うん。
みんながいてくれると、心強いねぇ。
私一人だったら、きっとまた。
…………。
いや。
……何か変なことを思いついてたかもしれない。
……あはは。
そろそろ、その辺も気をつけようかな。
私は、お菓子を一つ摘まんだ。
……おお。
おいしい!
しっとりした生地に、ほどよい甘さ。
……うん。
やっぱり、お茶とお菓子はいいねぇ。
……あれ?
そういえば。
ダンジョンで、まだ一つも宝箱を見つけてないんだった。
…………。
いやいや。
今は、その話をするべきじゃないよね。
シルベスターさんに、しばらく大人しくしててくれって言われたばかりだし。
…………。
うん。
しばらくは、のんびり暮らそう。
大きな事件もなく。
いつもの家族と。
おいしいものを食べながら。
……それが一番だよ。
…………。
でも。
…………。
……別のダンジョンなら、宝箱があったりするのかなぁ。
私は、思わずそんなことを考えてしまった。
…………。
……あっ。
駄目だ、駄目だ!
今は、反省中!
私は慌てて、お菓子をもう一つ口へ運んだ。
桜花が、不思議そうにこちらを見ている。
「リアリス様。いかがなさいましたか?」
「……いやぁ。何でもないよ」
「そうでございますか」
「うん。今日は、お茶を楽しもう!」
「かしこまりました」
桜花が、穏やかに微笑んだ。
…………。
……うん。
ダンジョン探索は楽しかった。
桜花の強さも改めて見られた。
でも、作り直したあとに管理が必要だなんて、思ってもみなかった。
……いや。
本当は、考えておくべきことだったんだろうね。
…………。
よし。
次からは、作る前にちゃんと相談することにしよう!
……うん!
これで、今回のお約束騒動も一件落着!
…………。
…………。
……本当に、一件落着だよね?
私は、紅茶を飲みながら窓の外を眺めた。
庭では、穏やかな風が木々を揺らしていた。
……ああ。
平和だねぇ。
…………。
……この平和が、もう少し続くといいなぁ!




