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第4話:壊したダンジョン、作り直します

 ……あれ?


 今、足元が揺れなかった?


 私は、壁際の窪みを覗き込んだまま首を傾げた。


 ……気のせいかな。


 いや、待って。


 ダンジョンの最深部まで来て、ボスも倒した。


 それなのに、宝箱が一つも見つからない。


 ……もしかして。


 ここからが本番だったりする!?


「桜花。ちょっと聞いてもいい?」


「はい。何でございましょうか」


「ボスを倒したあとに、さらに何か出てくるってことはないかな?」


「……何か、でございますか?」


「うん。例えば、隠し部屋とか。追加のボスとか!」


 そうだよ!


 ボスを倒したら終わりなんて、誰が決めたんだろう。


 もしかしたら、その先にはまだ見ぬ階層があって……。


 そこにこそ、本物のお宝が眠っているのかもしれない!


 ……おお。


 何だか、希望が見えてきたぞ!


「リアリス様。足元が揺れております」


「……ん?」


 桜花の言葉と同時に、地面がぐらりと動いた。


 今度は気のせいじゃない。


 足元に転がっていた小石が、かたかたと音を立てる。


 天井の方からも、何かが軋むような音が聞こえてきた。


「……おっ?」


 私は思わず上を見上げた。


 岩壁に、細い亀裂が走っている。


 その隙間から、ぱらぱらと砂が落ちてきた。


 …………。


 おお?


 これは、ひょっとして。


「……追加ボスか!?」


 私は、思わず声を上げた。


 ……来た!


 まさか、本当に来るなんて!


 ボスのあとに、もう一匹ボスが登場する隠しイベント!


 いやぁ、ダンジョンって面白いねぇ!


「リアリス様。違うような気がいたします」


「えっ? そう?」


「はい。魔獣の気配ではございません」


 桜花が、真剣な表情で周囲を見渡した。


 ……ふむ。


 じゃあ、何だろう。


 地震?


 いや、ダンジョンの中で地震って、それはそれで困るんじゃない?


 そう考えた瞬間だった。


 どごん!


 大きな音がして、少し離れた天井から岩が落ちてきた。


 ……うわぁ。


 結構な大きさだねぇ。


「リアリス様。天井が崩れ始めております」


「……あっ。ほんとだ」


 ……これは、さすがに追加ボスじゃなさそうだ。


 大きな岩の向こうでも、ひび割れが広がっている。


 足元の揺れも、どんどん強くなってきた。


 ……うーん。


 どうしたものかな。


 普通なら、急いで逃げるところだろうけど。


 私も桜花も《絶対防御》があるし、《転移》も使える。


 だからといって、崩れる洞窟の中に居続ける必要はないよね。


「桜花。いったん外へ出ようか」


「はい。かしこまりました」


 私は《転移》を使おうとして、ふと手を止めた。


 …………。


 あれ?


 視界が、妙に明るい。


 岩壁が光っている?


 いや、違う。


 私たちの身体が、光に包まれているんだ。


「……桜花?」


「はい。私も光っております」


 ……おお。


 何だろう、この現象。


 ……あっ!


 もしかして、ダンジョン攻略のご褒美!?


 宝箱の代わりに、何か特別な部屋へ案内されるとか!


 そう思った次の瞬間。


 視界が真っ白になった。


     ◇


「……あれ?」


 頬に、風が当たった。


 さっきまでひんやりしていた洞窟の空気とは違う。


 木の葉の匂い。


 鳥の鳴き声。


 そして、柔らかい日差し。


 …………。


 ……ん?


「……外?」


 私は、目を瞬いた。


 そこは、見覚えのある森の中だった。


 大きな岩壁。


 周囲の木々。


 踏み固められた土の道。


 ……ああ。


 ダンジョンの入口だ。


 今朝、桜花と一緒に入った場所じゃないか。


 ……えっ?


 何で?


 私は、隣にいる桜花を見た。


 桜花も、周囲を確認している。


「桜花。私たち、《転移》したっけ?」


「いいえ。リアリス様、魔法は使用しておりません」


「……だよねぇ」


 じゃあ、何が起きたんだろう。


 私は自分の身体を確認した。


 怪我はない。


 着ている服も、そのまま。


 刀も持っている。


 《収納》を確認すると、五階層目の魔獣たちも、ヒュドラも、ちゃんと入っていた。


 ……よかった。


 せっかく回収した素材がなくなってたら、ちょっと悲しいもんね。


 …………。


 いやいや。


 それより、どうして外へ出てきちゃったの?


「おい! どうなってんだ!?」


 突然、大きな声が聞こえてきた。


 私は、振り向いた。


 そこには、何人もの冒険者が立っていた。


 犬の獣人。


 猫の獣人。


 大きな角を持つ獣人。


 兎の獣人までいる。


 数人は、私たちと同じように辺りを見回していた。


 ……あっ。


 ナグアさんもいる。


 さっき入口へ送ったばかりだけど、まだ獣都へ戻っていなかったみたいだ。


 私たちに気づくと、ナグアさんはほっとしたように手を振ってくれた。


 ……うん。怪我もなさそうでよかった。


 その足元には、素材の入った袋が置かれている。


 ……おお。


 みんな、外に出てきたんだね。


「何だよ、今の光は!」


「知らねぇよ! さっきまで中にいただろ!」


「俺の荷物は!?」


「ここにあるぞ! 落ち着け!」


 ……うん。


 大騒ぎだねぇ。


 まあ、突然外へ出されちゃったら、びっくりするよね。


 私もびっくりしたし。


 私は、改めてダンジョンの入口へ目を向けた。


 …………。


 ……あれ?


 何か、変じゃない?


 さっきまでぽっかり開いていた洞窟の入口が、少し歪んでいる。


 周囲の岩壁にも、大きな亀裂が広がっていた。


 そこから、ぱらぱらと石が落ちている。


 …………。


 えっ?


「桜花。あれ、大丈夫なのかな」


「……崩れておりますね」


 桜花が答えた、そのときだった。


 ごごごごっ!


 地面が揺れた。


 岩壁の奥から、何かが崩れる音が響いてくる。


 冒険者たちが、一斉に入口へ顔を向けた。


「……おい」


「……まさか」


 誰かが、息を呑んだ。


 そして。


 ばきっ!


 入口の上にあった大きな岩が割れ、そのまま崩れ落ちた。


 続けて、周囲の岩も崩れていく。


 土埃が舞い上がり、木々の葉が大きく揺れた。


 ……うわぁ。


 すごい音だねぇ。


 私は、桜花の隣でその様子を見ていた。


 危険な場所からは離れているし、ほかの冒険者も後ずさっている。


 ……うん。


 巻き込まれた人はいなさそうだ。


 でも。


「……入口、なくなっちゃったね」


「はい」


 桜花の返事は、いつもどおり落ち着いていた。


 …………。


 ……あらぁ。


 ダンジョンって、こういうふうに崩れるものなの?


 いや。


 普通は崩れないよね。


 さっきまで冒険者が出入りしていた場所だし。


 …………。


 何が起きたんだろう。


     ◇


「……おい。これは何だ?」


 犬の顔をした冒険者が、崩れた岩壁を見つめたまま呟いた。


 その隣で、猫の獣人が首を振る。


「知らねぇよ。こんなの、見たことねぇ」


「俺たち、どうやって外に出たんだ?」


「分からん。気づいたらここにいた」


 ……うん。


 やっぱり、みんな不思議に思ってるみたいだね。


 私も、よく分からない。


 ただ、目の前にあるのは、元ダンジョンの入口だった岩壁。


 ……元。


 …………。


 いや。


 もう入口がなくなってるから、そう言うしかないんだけど。


 私は、崩れた岩山を眺めた。


 ……ああ。


 まだ奥に宝箱があるかもしれなかったのになぁ。


 ……ん?


 そう考えたときだった。


「……もしかして、ボスが倒されたのか?」


 大きな耳を持つ冒険者が、ぽつりと口にした。


 すると、周囲の空気が変わった。


「はぁ? 何言ってんだよ!」


「そうだぞ。五階層目がどんな場所か知ってんのか?」


「魔獣の巣窟だろ。あそこを突破できるわけねぇ!」


「そもそも、最深部へ行ける冒険者なんて、そうそういないだろうが!」


 ……おお。


 どうやら、五階層目の魔獣の数は、冒険者の間でも知られているらしい。


 ……ああ、そうか。


 あの五百体がいた場所だもんね。


 普通に考えたら、あれを突破するのは大変だ。


 桜花は楽しそうに全部倒しちゃったけど。


 …………。


 ん?


 待って。


 今、何て言った?


 ボスが倒された?


 ……そういえば。


 私たち、ヒュドラを倒したよね。


 ……えっと。


 つまり。


「……あのー」


 私は、控えめに手を上げた。


 ところが、誰も気づかない。


「じゃあ、何で崩れたんだよ!」


「知らねぇって!」


「誰かが奥まで行ったんじゃねぇのか!?」


 ……うーん。


 何だか話が進まないねぇ。


 私は、もう一度手を上げた。


「……あの、すみませーん」


「何だよ!」


 先ほどの犬の獣人が、こちらを振り向いた。


 ……あっ。


 ちょっと怒ってる?


 でも、聞かれたことには答えないとね。


「そのボスなんですけど……」


「……あ?」


「すまん、倒した」


 …………。


 …………。


 …………。


 あれ?


 急に静かになった。


 さっきまで騒いでいた冒険者たちが、私を見ている。


 ……うん。


 何だか、ものすごく見られてる。


 私は、少し居心地が悪くなった。


 ……あれ?


 何か、まずいこと言った?


「……お前、今、何て言った?」


 犬の獣人が、ゆっくり尋ねてきた。


「えっと……ボスを倒したって」


「……誰が?」


「桜花が」


 私は、隣にいる桜花を指した。


 桜花が、丁寧に頭を下げる。


「はい。私が討伐いたしました」


 …………。


 冒険者たちの視線が、桜花へ移った。


 ……おお。


 今度は桜花が注目されてる。


「……いや、ありえねぇだろ」


 牛の角を持つ冒険者が、口を開いた。


「五階層目の魔獣をどうやって抜けたんだよ」


「……ああ。それなら、桜花が全部倒したよ」


「……全部?」


「うん。五百体くらい」


 …………。


 また、静かになった。


 …………。


 ……あれ?


 何でだろう。


 冒険者たちが、さっきよりも怖い顔になってるような。


「……五百体?」


「うん」


「……一人で?」


「うん」


「……全部?」


「うん」


 …………。


 ……何だか、確認が多いねぇ。


 まあ、五百体は確かに多かったからなぁ。


 それでも、桜花なら問題なかったし。


 ……あっ。


 ヒュドラの話もした方がいいのかな。


「ちなみに、最深部にはヒュドラがいたんだけど……」


「ヒュドラ!?」


 誰かが叫んだ。


 その声に、周囲の冒険者まで一斉に振り向いた。


「……SSランクのヒュドラか!?」


「うん。四本首の、あれ」


 私は、空中に四本の首があるような形を手で示した。


 ……うん。


 見たままだけど。


 すると、隣の桜花が、静かに頷いた。


「ヒュドラでございました。討伐は完了しております」


 …………。


 また、沈黙。


 ……何だか、すごいな。


 こんなに人がいるのに、誰も喋らない。


 …………。


 ……いや。


 待って。


 ここで私が何か言った方がいいのかな?


「……あの。皆さん、大丈夫?」


「大丈夫なわけあるかぁぁぁ!」


 …………。


 ……うわっ!


 びっくりした!


 急に怒鳴らないでよ!


     ◇


「おい! お前、本当にボスを倒したんだな!?」


「えっ? うん。桜花が」


「何で倒したんだよ!」


「……えっ?」


 私は、思わず首を傾げた。


 ……何でって。


 目の前にボスがいたから?


 いや。


 正確には、桜花が戦いたそうだったからかな。


 それに、倒したら宝箱が出るかと思ったし。


 …………。


 でも。


 何で怒られてるんだろう?


「ちょっと待って。何か問題があったの?」


「問題だらけだろうが!」


 猫の獣人が、崩れた入口を指した。


「見ろよ! ダンジョンがなくなっちまったじゃねぇか!」


「……うん。それは見てるけど」


 すると、人垣の中からナグアさんが進み出た。


「リオンさん! ボスを倒すと、ダンジョンは崩壊するんですよ! 冒険者なら常識です!」


 …………。


 …………えっ?


「……そうなの?」


「そうなの、じゃねぇよ!」


 今度は、周囲から何人もの声が上がった。


「冒険者の常識だろ!」


「だから、みんな奥まで行かねぇんだよ!」


「魔獣を狩って素材を持ち帰るのが普通なんだ!」


「誰がダンジョンそのものをなくせって頼んだ!」


 …………。


 ……あらぁ。


 私は、思わず桜花を見た。


 桜花も、私を見ている。


 …………。


 うん。


 今、初めて知った顔だね。


「……桜花。知ってた?」


「いいえ。私も初めて伺いました」


「……だよねぇ」


 …………。


 まさか。


 ボスを倒したら、ダンジョンがなくなるなんて。


 普通、ダンジョンって何度でも挑戦できるものじゃないの!?


 ……いや。


 私が知ってるのは、日本にいた頃の物語だけどさ。


 こっちの世界だと、そういう仕組みなんだ。


「ごめん! 知らなかった!」


 私は、慌てて頭を下げた。


「ダンジョンを見たのも、入ったのも今日が初めてなんだよ!」


「はぁ!?」


 牛の獣人が、信じられないという顔で私を見た。


「初めてだぁ? 五階層目を突破したやつが、そんな常識も知らねぇわけないだろ!」


「いや、それが本当に知らなくて……」


「ふざけんな!」


 ……うーん。


 怒られちゃった。


 でも、そうだよね。


 知らなかったから許されるってわけじゃない。


 しかも、こんなにたくさんの冒険者が利用している場所なんだ。


 私は、もう一度入口だった場所を見た。


 ……ああ。


 そうか。


 あそこで倒していた魔獣たちが、みんなの収入になってたんだね。


 さっきの三人組も、素材がたくさん取れたって喜んでた。


 ナグアさんだって、荷物持ちの仕事をしていた。


 つまり。


 …………。


 ……私たち、皆さんの仕事場をなくしちゃった?


「……どうすんだよ」


 犬の獣人が、肩を落として呟いた。


「俺たち、明日からどこで稼げばいいんだ……」


「ほかのダンジョンへ行くにしたって、遠いんだぞ」


「この森なら、獣都から通いやすかったのに……」


 ……あっ。


 これは、本当に困ってるんだ。


 さっきまで怒鳴っていた冒険者たちの声が、少しずつ変わっていった。


 怒っている人もいる。


 困り果てている人もいる。


 崩れた岩壁を、何も言わずに見つめている人までいた。


 ……うーん。


 どうしようかな。


 謝るだけでは、解決しないよね。


 私は、腕を組んだ。


 …………。


 もし、私が冒険者だったとして。


 毎日通っていた採取場所や討伐場所が、突然なくなったら。


 ……うん。


 そりゃ、困るよね。


 …………。


 じゃあ。


 ……戻せばいいんじゃない?


 …………。


 あれ?


 何だか、ものすごく簡単な話な気がしてきたぞ。


「……あの、皆さん」


 私は、そっと手を上げた。


「何だよ、まだ何かあるのか!」


「うん。ちょっと確認したいんだけど……」


「何をだよ!」


「ダンジョンがあれば、いいんだよね?」


 …………。


 …………。


 冒険者たちが、ぽかんとした顔になった。


 ……あれ?


 変なこと言ったかな。


「……あ?」


「だから、皆さんが困ってるのは、ダンジョンがなくなったからでしょう?」


「……当たり前だろ」


「だったら、元に戻せばいいじゃない?」


 …………。


 静かになった。


 犬の獣人が、口を開けたまま私を見ている。


 猫の獣人が、隣の人と顔を見合わせた。


 そして。


「……お前、何言ってんだ?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだ。


 普通は、そんな簡単に戻せないんだった。


 でも。


 …………。


 私なら、できるんじゃない?


     ◇


 私は、崩れた岩壁の前に立った。


 そこには、さっきまでダンジョンがあった。


 入口を通って、階段を下りて。


 一階層目では、小さな魔獣を見た。


 二階層目では、素材を抱えた冒険者たちに会った。


 三階層目では、怪我をした人たちとすれ違った。


 四階層目では、ナグアさんを助けた。


 五階層目では、桜花が五百体もの魔獣を倒した。


 そして、六階層目。


 あそこには、ヒュドラがいた。


 ……うん。


 だいたい覚えてるね。


 …………。


 いや。


 道の細かい曲がり角とか、全部は覚えてないけど。


 それでも、こういう形のダンジョンだった、というイメージは残っている。


 だったら。


 《想像魔法》で、あのダンジョンを作ればいいんじゃない?


 ……おお。


 何だか、できそうだぞ。


「リアリス様。何か、お考えでしょうか」


 隣へ来た桜花が、静かに尋ねてきた。


「うん。ちょっとね」


「はい」


「さっきのダンジョン、作り直そうかなって」


 桜花は、少しだけ目を丸くした。


 それから、いつものように頷く。


「かしこまりました」


 …………。


 ……うん。


 さすが桜花。


 話が早いねぇ。


 周りでは、冒険者たちがまだ何か言い合っている。


「作り直すって、何を……」


「……あいつ、さっきから変なことばっかり言ってるぞ」


「おい、近づくなよ。何するつもりだ?」


 ……いやぁ。


 そんなに警戒しなくても。


 私、ただ作るだけだから。


 …………。


 でも、ちょっと待って。


 作るっていっても、普通の洞窟を作るだけじゃ駄目なんだよね。


 魔獣が出てくる。


 素材が取れる。


 階層が分かれている。


 そして、奥にはボスがいる。


 ……あっ。


 そうそう。


 ボスを倒したら崩れる、という仕組みもあるんだった。


 そこも含めて、元どおりにしないと。


 じゃないと、同じダンジョンとは言えないもんね。


 ……うん。


 やることは決まった!


 私は、目を閉じた。


 さっき歩いた六階層を思い浮かべる。


 岩の通路。


 広い空間。


 魔獣たち。


 階段。


 そして、最後にいたヒュドラ。


 ……そうだ。


 こんな感じだった。


 細かいところは、うまく補ってほしいなぁ。


 《想像魔法》なら、私が頭に思い描いた結果を実現できる。


 これまでだって、いろんなものを作ってきた。


 家も。


 学校も。


 孤児院も。


 ……あれ?


 そう考えると、ダンジョンだけ特別ってこともないよね。


 私は、頭の中で魔法の名前を決めた。


 ……よし。


 《ダンジョン生成》!


 すると。


『《想像魔法》にて《ダンジョン生成》が完成しました』


 いつもの女性の声が、頭の中に響いた。


 ……おっ。


 できた!


 よかった、よかった。


 あとは使うだけだね!


「……おい。さっきから何してるんだ?」


 後ろから声がした。


 私は振り向き、にっこり笑った。


「ちょっと、ダンジョンを作る準備をしてました!」


「……は?」


「じゃあ、いくよー!」


 私は、崩れた入口の方へ手を向けた。


「《ダンジョン生成》!」


 その瞬間。


 …………。


 ……おお。


 目の前の空間が、ぐにゃりと揺らいだ。


 崩れた岩の輪郭が、少しずつ変わっていく。


 地面が動く。


 大きな石が、音を立てて組み合わさる。


 その奥には、暗い空洞が広がっていった。


 …………。


 おおお。


 すごいなぁ。


 私が作ってるんだけど、見てるとちょっと感動するね。


 岩壁に、ぽっかりと穴が開いた。


 入口の形も、さっき見たものに似ている。


 奥からは、ひんやりした風が吹いてくる。


 ……うん。


 いい感じだ!


 私は、完成したダンジョンを眺めた。


 見た目は、ほとんど元どおり。


 もちろん、内部の細かい道まで完全に同じかどうかは、私にも分からない。


 ……だって、全部は覚えてないもんね。


 でも、六階層分の空間がちゃんとできている。


 それぞれの階層には、元のように魔獣もいる。


 最深部には、ボスも配置されている。


 ……うん。


 これなら、冒険者の皆さんも素材を集められるはずだ。


 私は、大きく頷いた。


 ……よし!


 問題解決!


「……これで、どうかな?」


 そう言って、後ろを振り向いた。


 …………。


 …………。


 ……あれ?


 誰も喋らない。


 さっきまで大騒ぎしていた冒険者たちが、全員こちらを見ている。


 犬の獣人は、口を開けたまま。


 猫の獣人は、目を丸くして。


 牛の獣人は、持っていた荷物を落としていた。


 …………。


 ……あらぁ。


 どうしたんだろう。


「……おい」


 最初に口を開いたのは、犬の獣人だった。


「……今、何した?」


「えっ? ダンジョンを作ったんだけど」


「……作った?」


「うん」


「……ダンジョンを?」


「うん」


 …………。


 何だろう。


 さっきも、こんなやり取りをした気がするなぁ。


「……どうやって?」


「えっと……魔法で?」


「魔法で!?」


 …………。


 ……うわっ!


 また怒鳴られた!


 いやぁ、皆さん元気だねぇ。


 ……あっ。


 もしかして、これもあまり普通じゃないことだった?


 …………。


 うん。


 何となく、そんな気はしてきた。


     ◇


「ええええええええっ!?」


 冒険者たちの声が、森に響き渡った。


 近くの木から、鳥が一斉に飛び立つ。


 ……うわぁ。


 びっくりした。


 鳥まで飛んでっちゃったよ。


「ダンジョンを作ったぁ!?」


「そんな魔法、聞いたことねぇぞ!」


「いや、そもそも魔法で作れるものなのか!?」


「知るかよ! 俺に聞くな!」


 ……うん。


 また、大騒ぎになっちゃった。


 私は、完成したダンジョンを見た。


 ……だって、元に戻しただけなんだけどなぁ。


 壊しちゃったのは悪かった。


 それは本当に反省している。


 でも、使える場所がなくなって困っているなら、戻せばいいと思ったんだ。


 ……うん。


 それだけなんだけど。


「リアリス様」


 桜花が、小さな声で呼びかけてきた。


「……うん?」


「どうやら、皆様は驚いておられるようでございます」


「……そうみたいだねぇ」


「お帰りになられますか?」


 ……あっ。


 そうだね。


 このままここにいたら、質問攻めになりそうだ。


 ……いや。


 もうなりかけてるね。


 私は、冒険者たちへ向き直った。


「えっと、皆さん。さっきはごめんね!」


「……あ?」


「ダンジョンを壊しちゃって。本当に申し訳なかったです」


 私は、もう一度頭を下げた。


「一応、元に戻したから、これでまた素材を集められると思う!」


 …………。


 冒険者たちは、まだ固まっている。


 ……あらぁ。


 返事がない。


 でも、黙って帰るのもよくないよね。


「じゃあ、私たちはこれで!」


「……ちょ、ちょっと待て!」


 犬の獣人が、慌てて手を伸ばしてきた。


「お前、何者なんだ!?」


「えっ?」


 私は、思わず首を傾げた。


 ……何者って。


 冒険者だけど。


 …………。


 あっ。


 今の登録名は、リオンだったね。


「冒険者のリオンです!」


「名前を聞いてんじゃねぇ!」


「……えっ? 違った?」


「その魔法は何だ!?」


「えっと……《ダンジョン生成》?」


「そうじゃねぇ!」


 …………。


 ……うーん。


 質問の意味が、だんだん分からなくなってきたぞ。


 私は、隣にいる桜花へ視線を向けた。


 桜花は、いつもどおり澄ました顔をしている。


 ……うん。


 帰ろうか。


「じゃあ、失礼しまーす!」


「おい! だから待てって!」


 私は、桜花と一緒に歩き出した。


 ……いやぁ。


 今日は、いろんなことがあったねぇ。


 ダンジョンを見つけて。


 宝箱を探して。


 ナグアさんを助けて。


 桜花がヒュドラを倒して。


 それから。


 …………。


 ダンジョンを壊して、作り直した。


 …………。


 ……うん。


 なかなか充実した一日だったね!


「リアリス様。少々よろしいでしょうか」


「ん? どうしたの?」


「こちらから声がかかっておりますが」


 振り向くと、冒険者たちがまだ何か叫んでいた。


「おーい!」


「そこの二人!」


「話を聞かせろー!」


 …………。


 ……ああ。


 まだ呼ばれてた。


 私は、ちょっとだけ申し訳なくなった。


 でも。


 ……これ以上説明しても、私自身よく分からないことが多いんだよね。


 何しろ、ダンジョンを作ったのも初めてだし。


 ……うん。


 とりあえず、帰ろう!


 私は桜花へ小さく頷いた。


「……桜花。行こうか」


「かしこまりました」


 ……よし。


 あとは、獣都で何かおいしいものでも食べよう!


 私は、足取りを少し速めた。


 ……うん。


 逃げてるわけじゃないよ?


 ……いや、ちょっと逃げてるかも。


     ◇


 森を抜けると、獣都へ続く道に出た。


 ……ああ。


 外の空気がおいしいねぇ。


 さっきまで洞窟の中にいたから、余計にそう感じる。


 私は、深く息を吸った。


「桜花。今日は楽しかったね!」


「はい。私も楽しませていただきました」


「やっぱりダンジョンって、いいねぇ!」


 魔獣がたくさんいて。


 ほかの冒険者にも会えて。


 桜花の新しい技まで見られた。


 ……いやぁ。


 行ってよかった!


 …………。


 まあ、宝箱はなかったんだけど。


 …………。


 ……ない。


 …………。


 やっぱり、ない。


 私は、思わず肩を落とした。


「……桜花」


「はい」


「結局、宝箱は一つも見つからなかったね」


「そうでございますね」


「……六階層もあったのに」


「はい」


「……ヒュドラまでいたのに」


「はい」


 …………。


 ……うーん。


 納得いかないなぁ。


 ダンジョンといえば宝箱!


 それが私の常識だったんだけど。


 こっちの世界では、そうでもないのかな。


 ……あっ。


 そういえば、冒険者の皆さんも、素材を集める話ばかりしてたよね。


 受付の人も、宝箱の話はしなかった。


 …………。


 いや。


 だからって、宝箱がないと決まったわけじゃない!


 もしかしたら、もっと深いダンジョンにはあるのかもしれない!


 私は、顔を上げた。


「桜花。今度は別のダンジョンにも行ってみようか!」


「かしこまりました」


「次こそ、宝箱があるかもしれないし!」


 桜花が、ふっと微笑んだ。


 ……あれ?


 何だか、ものすごく優しい顔をしてるね。


 …………。


 私、そんなに楽しそうだったかな。


 ……うん。


 楽しかったけど。


 私は、思わず笑ってしまった。


「じゃあ、獣都で食べ歩きでもしよう!」


「はい。お供いたします」


 ……よし!


 今日の締めは、おいしいご飯だ!


     ◇


 獣都ヴォルグリムの通りは、相変わらず賑やかだった。


 露店から、香ばしい匂いが漂ってくる。


 肉を焼く音。


 店主の呼び込み。


 行き交う人たちの話し声。


 ……うん。


 やっぱり、こういう雰囲気は好きだなぁ。


「桜花、あの串焼きおいしそうじゃない?」


「はい。良い香りでございます」


「じゃあ、まずはあれを食べよう!」


 私は、露店へ向かった。


 大きな鉄板の上で、肉の串焼きが焼かれている。


 表面には香辛料が振られ、じゅうじゅうと音を立てていた。


 ……おお。


 おいしそう!


「すみませーん。二本ください!」


「はいよ!」


 犬の獣人らしい店主が、手際よく串を包んでくれた。


 私は、お金を渡して桜花と一本ずつ受け取った。


「いただきまーす!」


 一口かじる。


 …………。


 ……おお!


 おいしい!


 肉汁が口の中に広がり、香辛料の香りがあとから追いかけてくる。


 ……うん。


 歩き疲れた身体に染みるねぇ。


 ……いや。


 私はそんなに疲れてないか。


 疲れるほど戦ってないし。


「桜花、どう?」


「はい。大変おいしゅうございます」


「よかった!」


 桜花も、嬉しそうに小さく頷いた。


 ……うん。


 戦ったあとのご飯って、いいよねぇ。


 ……私は、ほとんど宝箱を探してただけだけど。


 串焼きを食べ終わると、今度は別の露店が目に入った。


 大きな鍋から湯気が上がっている。


 中には野菜がたっぷり入った、温かそうなスープ。


 ……ああ。


 これもおいしそう!


「桜花。あれも食べてみない?」


「はい」


 私たちは、野菜のスープを買った。


 少し辛みがあって、でも野菜の甘さも感じる。


 ……うん。


 これはいいねぇ。


 さっきの串焼きとの相性も、なかなかだ。


 ……あっ。


 そうだ。


 今度、巴さんにも作ってもらおうかな。


 きっと、もっとおいしくしてくれると思う。


 …………。


 いや。


 その前に、今日あったことを話すべきかな。


 ダンジョンが崩れた話をしたら、巴さん、何て言うだろう。


 …………。


 ……うーん。


 何だか、怒られそうな気がしてきた。


「リアリス様」


「……ん?」


「お考えごとでございますか?」


「いやぁ。今日のこと、巴さんに話したらびっくりするかなって」


「……そうでございますね」


「だよねぇ」


 私は、スープを一口飲んだ。


 ……ああ。


 おいしい。


 …………。


 でも、もう作り直したんだし。


 きっと、大丈夫だよね!


「……桜花」


「はい」


「ダンジョンは元に戻したし、問題ないよね?」


「はい。問題ないかと存じます」


「だよねぇ!」


 ……うん。


 桜花もそう言ってるし!


 よし。


 この話は、これでおしまい!


 …………。


 ……いや。


 おしまいにしていいのかな?


 …………。


 まあ、いいか。


 私は、最後のスープを飲み干した。


 ……ああ。


 満足、満足!


     ◇


 そのあとも、私たちは獣都の露店をいくつか回った。


 果物を絞った甘酸っぱい飲み物。


 香ばしく焼いた芋。


 小さな魚を揚げた料理まで売っていた。


 ……いやぁ。


 どれもおいしいねぇ。


 獣人国は、食べ歩きも楽しいなぁ。


 そのうち、桜花が私の方へ向き直った。


「リアリス様。そろそろお戻りになりますか?」


「うん。そうだね」


 私は、空を見上げた。


 まだ明るいけれど、朝よりも日差しが少し傾いている。


 ……ああ。


 今日は一日中、遊んでた気がするなぁ。


 …………。


 いや。


 遊んでた、でいいのかな?


 魔獣は倒したし。


 人も助けたし。


 ダンジョンまで作っちゃったけど。


 …………。


 でも、楽しかったから。


 うん。


 今日は、いい冒険だった!


「じゃあ、獣人国邸へ帰ろうか」


「かしこまりました」


 私は、人通りの少ない場所へ移動してから《転移》を使った。


 視界が切り替わる。


 見慣れた屋敷の庭。


 手入れされた花壇。


 そして、いつもの穏やかな空気。


 ……ああ。


 帰ってきたねぇ。


「リアリス様。おかえりなさいませ」


 出迎えてくれたのは、菖蒲だった。


「ただいま、菖蒲!」


「お疲れさまでございました」


「うん。今日は桜花が大活躍だったんだよ!」


 菖蒲が、桜花へ視線を向ける。


「そうでございましたか」


「はい。久しぶりに、身体を動かすことができました」


 桜花が、穏やかに微笑んだ。


 ……うん。


 楽しそうだねぇ。


 私も、何だか嬉しくなってくる。


「それにね、菖蒲。ダンジョンっていう場所に行ってきたんだ!」


「ダンジョン、でございますか」


「うん! 六階層まであって、すごい数の魔獣がいたんだよ!」


「……それは、さぞ賑やかだったことでしょう」


「そうなんだよねぇ!」


 私は、思わず頷いた。


 ……賑やか。


 うん。


 あれは、まさに賑やかだった。


 五百体も魔獣がいたんだもんね。


 …………。


 あっ。


 そうだ。


「それでね。ボスを倒したら、ダンジョンが崩れちゃってさ」


 菖蒲の動きが止まった。


「……崩れた、のでございますか?」


「うん。でも、作り直したから大丈夫!」


 私は、親指を立てた。


「元どおり!」


 …………。


 菖蒲は、少しだけ目を瞬いた。


 それから、いつもの落ち着いた表情に戻る。


「……かしこまりました」


 ……うん。


 やっぱり、菖蒲も落ち着いてるねぇ。


 このくらいじゃ驚かないのかな。


 ……ああ。


 頼もしい家族だね。


「じゃあ、少し休憩しようかな」


「お茶をご用意いたします」


「ありがとう、菖蒲!」


 私は、屋敷の中へ向かった。


 ……いやぁ。


 今日は本当に楽しかった。


 ダンジョン。


 モンスターハウス。


 ボス戦。


 そして、まさかの崩壊イベント。


 …………。


 うん。


 お約束がいっぱいだったねぇ。


 ただ、一つだけ心残りがあるとすれば。


 …………。


 宝箱。


 …………。


 結局、一個もなかったなぁ。


 ……ああ。


 次に行くダンジョンには、ぜひあってほしい。


 私は、そんなことを考えながら、屋敷の扉を開けた。


 ……うん。


 また今度、探しに行こう!


 …………。


 次こそ、絶対に宝箱を見つけてやるんだからね!


     ◇


 ――プチ番外編・冒険者ギルドにて。


 ――数日後。シルク王国の冒険者ギルド。


「ギルマス! リアリスさんが獣人国でダンジョンを突破したみたいです!」


 リリーナが、勢いよく執務室へ飛び込んできた。


「……は? ダンジョンなんて、そうそう突破できるものじゃ……」


 シルベスターは言いかけて、頭を抱えた。


「……いや。あいつなら突破するか」


「それで、最下層にはヒュドラがいたそうです!」


「……ヒュドラ?」


「はい! SSランクの!」


 シルベスターの表情が、ぴたりと固まった。


「……あっ。これ……また胃が……」


「ギ、ギルマス!?」


 机に突っ伏したシルベスターのため息だけが、執務室に響いた。


 ……なお、その頃のリアリスは、宝箱がなかったことをまだ残念がっていた。

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