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第8話:優しいお兄ちゃん

 新しい孤児院が動き始めてから、数日が過ぎた。


 ……いやぁ。


 最初の夜は、子供たちが眠れるか心配だったんだけど。


 翌朝、様子を見に行ったら。


「おかわり!」


「ぼくも!」


 ……うん。


 朝ご飯は大人気でした!


 ポーラさんが言うには、慣れない場所で途中で起きてしまった子もいたけれど、先生たちがそばについていたので大きな混乱はなかったらしい。


 何より、目を覚ましたときに知っている顔がいるのが嬉しかったんだって。


 ……ああ。


 よかったなぁ。


 建物を作るのは、私の魔法で何とかなる。


 でも、子供たちが安心できるかどうかは、やっぱり毎日の積み重ねなんだね。


 それから、王国邸も少しだけ静かになった。


 ダリル君とセリム君が孤児院へ移ったからだ。


「お父さん。今日、学校が終わったらセリム君に会いに行く!」


「うん。ポーラさんたちに伝えてから行こうね」


「はーい!」


 ……おお。


 カトレアは相変わらず元気だ!


 ダリル君たちが引っ越してからも、ほとんど毎日のように顔を合わせている。


 孤児院は学校の隣だし、簡易転移扉が必要になるほど離れているわけでもない。


 友達が少し遠くへ行ってしまった、という感じにはならなくて済んだみたい。


 ……うん。


 それが、ちょっと嬉しいね。


 その日の午後。


 私はセバスと一緒に、新しい孤児院の運営について話していた。


「セバス、各国との相談はどう?」


「現在も、各国で確認を進めていただいております。正式な受け入れ人数や時期については、まだ決まっておりません」


「そっか。じゃあ、今は王国の子供たちが落ち着くのを待とうか」


「はい。それがよろしいかと存じます」


 ……うん。


 五百人分の建物ができたからといって、急いでいっぱいにする必要はない。


 今いるのは二十二人。


 先生たちは、ポーラさんを含めて八人。


 これから必要な人を増やしながら、少しずつ暮らしを整えていけばいいんだ。


「旧孤児院の方は?」


「新たな職員の募集を進めております。施設ごとに引き継ぎと安全確認が整うまでは、臨時保護の業務を始めない方針でございます」


「ありがとう。無理に急がなくていいからね」


 セバスが、静かに一礼した。


 ……ああ。


 本当に頼りになるなぁ。


 ところで。


「セバス、今日はもう仕事を増やさないからね」


「恐れ入ります、旦那様」


「……あれ? 今、ちょっと嬉しそうだった?」


「お気遣いをありがたく存じます」


 …………。


 ……おお。


 そこは否定しないんだ!


 私は、そっと目を逸らした。


 ……ごめんね。


 また何か思いついたら、先に自分で整理することにしよう。


 さて、そろそろ孤児院へ行こうかな。


「ご主人様。私もご一緒してよろしいでしょうか」


 声をかけてきたのは、モフ太だった。


 普段どおり《縮小》しているので、今は全長五十センチほどのふわふわしたクマだ。


 ……おっ。


 今日はモフ太も来るの?


「もちろんいいよ。でも、カトレアの護衛は大丈夫?」


「はい。学校は孤児院のすぐ隣でございます。カトレアの安全を最優先に、近くで見守らせていただきます」


「そっか。じゃあ、一緒に行こう!」


「ありがとうございます、ご主人様」


 モフ太が、嬉しそうに頭を下げた。


 ……ふふ。


 今日は子供たちにも、モフ太を紹介してあげようかな。


     ◇


 孤児院へ向かうと、ちょうど中庭で子供たちが遊んでいた。


 私の足元には、モフ太も一緒だ。


 ここは王都の外にある王国邸の敷地だから、魔獣のモフ太も同行できる。


 ただし、いきなり大きなクマが現れたら子供たちがびっくりするので、今日は小さい姿のまま。


「皆様を驚かせないよう、静かにしております」


「うん、よろしくね!」


 ……ああ。


 ふわふわの護衛って、何だか頼もしいね!


 ……おっ。


 今日は何をしてるんだろう。


 王都の子供たちは、木の枝を並べて何かを作っている。


 サフィリアの子たちは、花壇に置いた貝殻を数えていた。


 フェルザの子たちは、工作室から持ってきた小さな木の鳥を眺めている。


 マリノアの子たちも、ベンチの近くで楽しそうに笑っていた。


 ……ああ。


 最初は、どうなることかと思ったけど。


 少しずつ、みんな一緒に遊ぶようになってきたんだね。


 すると、子供の一人が私の足元を指さした。


「……くまさん!」


「おっ。気づいた?」


 モフ太が、ちょこんと頭を下げる。


「初めまして。モフ太と申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 …………。


「くまさん、しゃべったー!」


 ……あはは!


 そっちに驚くよね!


 でも、怖がる様子はなく、子供たちはすぐにモフ太の周りへ集まってきた。


「さわってもいい?」


「ええ。優しくしていただければ」


 小さな手が、ふわふわの背中をそっと撫でる。


「わあ、もふもふ!」


 ……おお。


 早くも大人気だ!


 モフ太も、何だか誇らしそう。


 ……うん。


 子供たちが怪我をしないよう、私もそばで見ていよう。


「リアリス様!」


 ポーラさんが、私に気づいて近づいてきた。


「こんにちは、ポーラさん!」


「本日は、どのようなご用件でしょうか」


「いやぁ。今日は特に用事があるわけじゃないんです。皆さんが元気かなって」


 ポーラさんが、穏やかに微笑む。


「ふふ。お気遣いありがとうございます」


「みんな、どうですか?」


「少しずつ慣れてきています。ただ、まだ新しい生活を始めたばかりですから、疲れてしまう子もおります」


「そうですよね」


「そういう日は、無理に遊びへ誘わず、静かなお部屋で過ごしてもらっています」


 ……ああ。


 あの部屋、ちゃんと使ってもらえてるんだね。


「作ってよかったなぁ」


「ええ。とても助かっております」


 ……うん。


 嬉しいね。


 そう話していると、子供たちの方から声がした。


「リアリス!」


「おっ!」


 ……あれ。


 また、荷物を持たされる流れかな?


「見て見て!」


 男の子が、木の板を差し出してきた。


 そこには、少し曲がった文字で何かが書かれている。


 ……ん?


『おにいちゃんの いす』


 …………。


 ……お兄ちゃんの椅子?


「これ、どうしたの?」


「ここに置くの!」


 男の子が、庭の端にあるベンチを指さした。


「だれかの席なの?」


「うん!」


 …………。


 ……誰だろう。


 ダリル君かな?


 いや、ダリル君はみんなと一緒に遊んでるはずだし。


「お兄ちゃんって、ダリル君のこと?」


「ちがうよ!」


 即答だった。


 ……おお。


 違った!


「じゃあ、誰のお兄ちゃん?」


「えっとね……」


 男の子は、少し考えてから笑った。


「やさしいお兄ちゃん!」


 …………。


 ……分からない!


 私は、思わず笑ってしまった。


「そっか。じゃあ、優しいお兄ちゃんが来たら座ってもらおうね」


「うん!」


 男の子は、嬉しそうに板を持って走っていった。


 ……ふふ。


 どこの誰かは分からないけど。


 子供たちがこんなに楽しみにしてるなら、きっといい人なんだろうね。


 そのとき、ポーラさんが少し笑った。


「最近、時折様子を見に来てくださる方がおりまして」


「そうなんですか?」


「はい。子供たちに、とても丁寧に接してくださるんですよ」


「へえ!」


 ……おお。


 新しいお友達が増えるのはいいことだね。


「どなたなんです?」


「……お名前は、本人からお聞きになるのがよろしいかと思います」


 …………。


 ……あれ。


 何だか、ちょっと意味深な返事!


 でも、ポーラさんはそれ以上言わず、子供たちのところへ戻っていった。


 私は、ベンチの方を見た。


 小さな板を抱えた子が、ライアさんと相談している。


 ……ああ。


 名前を書く札を作ってるのかな。


 だったら、私の《建築》で簡単に作ってもいいんだけど。


 ……いや。


 ああいうのは、子供たちが自分で作る方が楽しそうだ。


 私は、邪魔をしないように庭を回った。


 すると、ダリル君とセリム君が、花壇の近くにいた。


「こんにちは、二人とも!」


「あっ、リアリスさん!」


「……こんにちは」


 ……おお。


 元気そうだね!


「新しい暮らし、どう?」


「はい。楽しいです」


 ダリル君が、少し照れたように笑った。


「最初は慣れなかったんですけど、先生たちがいろいろ教えてくれて」


「そっか。よかった!」


「セリムも、友達ができたんです」


「ほんと?」


 私が尋ねると、セリム君が小さく頷く。


「……とりさん、つくる」


「おお! 工作仲間になったんだね!」


「……うん!」


 ……ふふ。


 嬉しいなぁ。


 ダリル君は、花壇の苗へ目を向けた。


「それから、カトレアちゃんと植えたお花も、毎日見ています」


「うん。カトレアも喜ぶと思うよ」


「……はい」


 ……ああ。


 こんなに穏やかな顔をするようになったんだ。


 保護されたばかりの頃とは、全然違う。


 私は、胸の奥が少し温かくなった。


 しばらくして、桜花が隣へやってきた。


「リアリス様。お時間はよろしいでしょうか」


「うん。今日は、急ぎの用事もないよ」


「では、もう少しこちらにいらっしゃいますか」


「そうしようかな」


 ……うん。


 久しぶりに、のんびりできそうだね!


 私は、中庭のベンチへ向かった。


 すると。


「そこ、座っちゃだめ!」


 さっきの男の子が、慌てて駆け寄ってきた。


「えっ!?」


 ……おお。


 怒られた!


「ここ、お兄ちゃんの席なんだ!」


「そ、そうだったね!」


 …………。


 ……ああ。


 すっかり忘れてた!


「ごめんごめん。隣なら座っていい?」


「うん!」


 ……ふふ。


 許可いただきました!


 私は、空いている方へ腰を下ろした。


 木の札は、もうベンチの背もたれに立てかけられている。


『おにいちゃんの いす』


 ……うん。


 やっぱり、誰のことか気になるなぁ。


 でも。


 今は子供たちの遊びを眺めていようか。


 そう思って、少し背もたれに体を預けた。


 ――そのとき。


 門の方から、誰かの声が聞こえた。


「じゃあ、今日はあっちの花も見せてくれる?」


 …………。


 ……ん?


 今の声。


 どこかで聞いたことがあるような……。


 私は、顔を上げた。


 中庭の向こう。


 何人かの子供たちが、門の近くへ集まっている。


 中心にいるのは、背の高い男性だった。


 派手な服装ではない。


 どちらかといえば、王都の町で見かけそうな、動きやすい服。


 でも。


 ……あれ。


 あの後ろ姿。


 見覚えがあるぞ?


 …………。


 ……いや。


 見覚えがあるどころじゃない。


 何度も見かけたような……。


 私は、そっと立ち上がった。


 男性は、子供たちの話を聞きながらしゃがんでいた。


「こっち!」


「分かった分かった。そんなに引っ張らなくても行くから」


 …………。


 ……おお。


 声まで優しい。


 ……あれ?


 私の知っている人と、少し違う気がするんだけど。


 その男性が、子供の靴ひもに気づいた。


「ちょっと待って。ほどけてるよ」


「えっ?」


「転ぶと危ないから。ほら、足を出して」


 …………。


 男の子は、素直に足を差し出した。


 男性が、手際よくひもを結び直してあげる。


「はい。これで大丈夫」


「ありがと、お兄ちゃん!」


「どういたしまして」


 …………。


 ……えっ。


 今の、誰!?


 いや。


 後ろ姿は、間違いなく見たことがある。


 声だって、知っている。


 でも、あんなふうに子供へ話しかけるところなんて……。


 そのとき、向こうにいたダリル君が私に気づいた。


「あっ、リアリスさんだ! こんにちは!」


 …………。


 男性が、ゆっくりこちらを振り返った。


 …………。


 …………。


「……クオシンさん!?」


 思わず声が出た。


 目の前にいるのは、シルク王国第一王子、クオシンさん。


 ……うん。


 間違いない。


 あの赤い髪。


 見慣れた顔。


 それから。


「……あ?」


 …………。


 ……あっ。


 表情が変わった!


 さっきまで子供たちに優しく笑いかけていたのに。


 私を見た途端、眉間にしわが寄った。


「何だ、お前か」


 …………。


 ……うん。


 いつものクオシンさんだ!


「いやいや、何だはこっちのセリフだよ!」


「うるせえな。何か文句でもあんのか」


「まだ何も言ってないよ!?」


 …………。


 ……おお。


 会って三秒で口喧嘩になった!


 すると、さっきの男の子がクオシンさんの袖を引いた。


「お兄ちゃん」


「……ん?」


 クオシンさんが、すぐにそちらを見る。


「おおきい声、びっくりする」


 …………。


 ……おっ。


 これは、ちょっと気まずいのでは?


 クオシンさんは、わずかに目を見開いた。


「……悪かったな」


 …………。


 ……えっ。


 謝った!?


「大丈夫!」


 男の子は、にっこり笑った。


 クオシンさんも、その子へ小さく笑い返す。


 …………。


 ……待って。


 待って待って。


 今、何が起きてるの?


 私の知っているクオシンさんって、こんな人だったっけ!?


「リアリスさん」


 ダリル君が、私のそばへ来た。


「こんにちは!」


「あ、うん。こんにちは!」


 ……いや。


 挨拶してる場合じゃない。


 ……いやいや。


 挨拶は大事なんだけど!


「ダリル君。あの……クオシンさん、よく来るの?」


 小さな声で尋ねると、ダリル君が頷いた。


「はい。時々、様子を見に来てくれるんです」


「……そうなんだ」


 私は、クオシンさんを見た。


 今も、別の子が何かを話しかけている。


「お兄ちゃん! ぼく、今日おかわりした!」


「そうか。ちゃんと食べられたならよかったね」


「ふたつ!」


「二杯も? すごいな。でも、お腹いっぱいなら無理して食べなくていいんだよ」


「うん!」


 …………。


 …………。


 ……おお。


 何だあの優しい会話!


 クオシンさん、めっちゃ子供のこと気にしてんじゃん!


 私は、心の中で盛大に突っ込んだ。


 ……あっ。


 そういえば。


 王都の孤児院を回ったとき。


 学校の隣に大きな建物を作ったとき。


 それから、子供たちが引っ越してきた日も。


 ……あの後ろ姿。


 ……全部、クオシンさんだったんだね!?


 …………。


 ……おお。


 何度も様子を見に来てたのか!


 私は、思わずクオシンさんを見つめた。


 すると。


「……おい」


「……ん?」


「お前、何をじろじろ見てやがる」


 …………。


 ……あっ。


 こっちを見た瞬間に、口調が戻った!


 ……器用だなぁ、この人!


「いやぁ。ちょっと意外だったなって」


「何がだよ」


「クオシンさんって、子供たちにはそんなに優しく喋るんだね!」


 …………。


 クオシンさんの顔が、ぴくっと動いた。


「……は?」


「さっき、靴ひも結んであげてたでしょ」


「……だから何だ」


「それに、ご飯をちゃんと食べてるか気にしてたし」


「……当たり前だろうが!」


 …………。


 ……おお。


 怒られた!


「いや、当たり前っていうか……」


「子供が飯食えてなかったら困るだろ!」


「うん。それはそうだね」


「なら、黙ってろ!」


 …………。


 ……あはは。


 こういうところは、やっぱり変わらない!


 ところが。


「お兄ちゃん!」


 また、子供がクオシンさんを呼んだ。


「見て! お花咲いた!」


「お、どれどれ?」


 …………。


 ……えっ。


 また切り替わった!


 クオシンさんは、子供に手を引かれて花壇へ向かっていく。


 さっきまで、私に怒鳴っていたのに。


 今度はしゃがんで、一生懸命に小さな花を探している。


 ……おお。


 これは、すごいものを見つけてしまったかもしれない。


 私は、こっそり桜花を見た。


 桜花は、何事もなかったように微笑んでいる。


「リアリス様。お花をご覧になりますか?」


「……うん。そうしようか」


 ……いや。


 お花も見たいけど、今はクオシンさんが気になって仕方ないよ!


     ◇


 花壇では、カトレアとセリム君が植えた苗のひとつに、小さな花が咲いていた。


 ……おお。


 こんなに早く咲いたんだ!


「お兄ちゃん、ここ!」


 女の子が、花を指さす。


 クオシンさんは、少し身を屈めて覗き込んだ。


「……ああ。綺麗だね」


「でしょ!」


「みんなで育てたの?」


「うん! カトレアちゃんも!」


 …………。


 ……おっ。


 カトレアの名前が出た。


「じゃあ、カトレアちゃんにも見せてあげたいね」


「今日、来るよ!」


「そうなの?」


「うん!」


 ……ふふ。


 普通の会話だ。


 ……いや。


 それが、何でこんなに新鮮に見えるんだろう。


 私と話すときは、あんなに噛みついてくるのにね!


 クオシンさんは、しばらく花を眺めてから言った。


「大事に育てるんだよ。お水をあげすぎても駄目だから、先生に聞いてね」


「はーい!」


 ……おお。


 子供への注意の仕方まで優しい!


 私は、思わず頷いた。


「うんうん。いいこと言うね、クオシンさん!」


 …………。


 クオシンさんが、ものすごく嫌そうな顔で振り向いた。


「……お前、さっきから何なんだよ」


「いやぁ。見習いたいなと思って!」


「……ふざけんな!」


 …………。


 ……あはは!


 やっぱり、私にはそれなんだ!


 すると、女の子がクオシンさんの袖を引いた。


「お兄ちゃん、こわいお顔」


 …………。


 ……あっ。


「……悪い」


 クオシンさんが、また声を小さくした。


 …………。


 ……うん。


 もう、笑うのを我慢するのが大変だ!


「あの、リアリス様」


 少し離れたところから、ポーラさんが声をかけてきた。


「はい!」


「お時間、よろしいでしょうか」


「もちろんです!」


 私は、クオシンさんの顔をもう一度見てから、ポーラさんのところへ向かった。


 ……あっ。


 別に見張ってるわけじゃないよ?


 ……うん。


 ちょっと面白くて目が離せないだけ!


「ポーラさん、どうかしました?」


「実は、あちらの方について……」


 ポーラさんは、クオシンさんへ目を向けた。


 ちょうど子供たちに囲まれて、木の鳥を見せてもらっているところだ。


「以前から、子供たちを気にかけてくださっております」


「そうみたいですね!」


「食事に困っている子はいないか、眠れない子はいないか、とても細かく尋ねてくださって」


 ……おお。


 そこまで聞いてたんだ!


「何か、ご迷惑になってませんか?」


「いいえ。子供たちは、すっかり懐いております」


 ポーラさんが、微笑んだ。


「ただ、来てくださるたびに、みんな引き留めてしまいまして……」


 …………。


 ……あっ。


 なるほど。


 あんなふうに優しく話してくれるなら、離れたくなくなるのも分かるね。


「忙しい人なんですけどねぇ」


 私が笑うと、ポーラさんは穏やかに頷いた。


「ええ。そう伺っております。だからこそ、どうか無理のない範囲でとお伝えしているのですが」


 ……うん。


 王子様にも、王子様のお仕事があるからね。


「もし、急に来られなくなっても、子供たちが寂しがるかもしれませんね」


「そうですね。だから、いつも来られると約束するのではなく、お会いできたときを大切にしようとお話ししております」


 ……ああ。


 ポーラさん、そういうところまで考えてるんだね。


 ……さすが院長!


 私は、少し考えた。


 クオシンさんが、ここへ来る理由。


 最初にダリル君たちを連れてきたときのことを思い出す。


 あの人は、私へ二人を押し付けるような言い方をしていた。


 でも、事情はきちんと調べていた。


 村の人たちとも話した。


 本人の気持ちも確かめていた。


 ……そうか。


 あのときから、何も変わってないんだね。


 ただ、子供の前と私の前で、言葉が違うだけ。


 …………。


 ……いや。


 違いすぎるけど!


「リアリス様?」


「……あっ。ごめんなさい、ちょっと考えてました!」


 ポーラさんが、少し首を傾げる。


「そうでしたか」


「でも、クオシンさんが来てくれるの、私も嬉しいです」


「それは何よりです」


 ……うん。


 他国との相談もまだ進んでいるし、新しい孤児院を運営していくには、これからもいろんな人の協力が必要だ。


 でも。


 こうして、子供たちの声を聞いてくれる人がいること。


 それだけで、先生たちは少し心強くなるんじゃないかな。


「また何か気になることがあったら教えてくださいね」


「はい。ありがとうございます」


 私は、ポーラさんに頭を下げた。


 ……さて。


 クオシンさんの様子を、もうちょっと見てみようかな。


 ……いやぁ。


 こんな機会、滅多にないもんね!


     ◇


 クオシンさんは、工作室へ連れていかれていた。


 ……おっ。


 今度は、そっちか!


「お兄ちゃん、これ!」


「お、よくできてるじゃないか」


 男の子が、小さな木の鳥を見せている。


 クオシンさんが手に取って、あちこち眺めた。


「羽の形、ちゃんと作ったんだね」


「うん! デーツせんせいと!」


「そうか。頑張ったな」


 …………。


 ……ああ。


 ちゃんと褒めてる!


 すると、別の子が棚から板を取り出した。


「こっちも!」


「どれ?」


「お兄ちゃんのいす、これでつくった!」


 ……あっ。


 あの札のことだ!


 クオシンさんは、少し驚いたような顔をした。


「……あの椅子の札、みんなが作ったの?」


「うん!」


「……そうか」


 …………。


 クオシンさんが、ふっと目を細めた。


 ……おお。


 すごく嬉しそうだ。


 ……あっ。


 私、あの表情は初めて見たかもしれない。


「でも、ここは危ない道具もあるからね」


 クオシンさんが、棚を指さした。


「先生と一緒のときだけ作るんだよ。約束できる?」


「できる!」


「よし」


 ……うん。


 大切なことも、ちゃんと伝えてる。


 その横で、デーツさんが笑っていた。


「よかったな。作ったもの、褒めてもらえて」


「うん!」


 ……ああ。


 こういう姿を見ると、子供たちが懐く理由が分かるね。


 少しして、ライアさんが工作室へ入ってきた。


「皆さん、そろそろ片付けましょうか!」


「えー!」


 ……あはは。


 そうなるよね。


「また後で続きができますから」


「お兄ちゃんも、いっしょ!」


 …………。


 ……おお。


 クオシンさんまで作業担当に!?


 本人も、少し困った顔になっている。


「……今日は、もう少しだけなら」


「やったー!」


 …………。


 ……あっ。


 断りきれてない!


 私は、思わず笑ってしまった。


「クオシンさん、人気者だねぇ」


「……お前、いつからそこにいやがった」


「さっきから!」


「……暇人が」


 …………。


 ……おお。


 失礼な!


「暇人じゃないよ! ちゃんと仕事してるよ!」


「なら働けよ!」


「今日は子供たちの様子を見に来たんだって!」


「だったら見てろ。邪魔すんな!」


 …………。


 ……あれ。


 何だか、いつもの会話になってきたね。


 ところが、子供たちは二人のやり取りを見ながら、楽しそうに笑っている。


「リアリスと、お兄ちゃん、おともだち?」


 …………。


 ……おっ。


 いい質問!


「うん。私は、そう思ってるよ!」


「誰が友達だ!」


 …………。


 ……おお。


 即否定!


「……えっ。違うの?」


「違うに決まってんだろ!」


「そんなに全力で言わなくてもいいじゃん!」


 子供たちは、また笑った。


 ……あはは。


 みんな、口喧嘩を遊びだと思ってるのかな。


 ……いや。


 私も、そんなに嫌じゃないんだけどね。


     ◇


 午後のお茶の時間。


 子供たちが食堂へ集まっていく。


 クオシンさんも、何となくその流れに巻き込まれていた。


 ……おお。


 帰る気配がない!


 ……いや。


 もしかして、帰れないのかな。


「お兄ちゃん、こっち!」


「こっち!」


「……ちょっと待って。順番にね」


 …………。


 ……ああ。


 大人気だ!


 クオシンさんは、小さな子を先に座らせてから、椅子の位置を直してあげている。


 それから、テーブルの上を見渡した。


「みんな、ちゃんとお腹すいてる?」


「すいてるー!」


「お昼、食べたばっかりじゃないの?」


「おやつはべつ!」


 …………。


 ……おお。


 名言が飛び出した!


 クオシンさんも、思わず笑っていた。


「そっか。じゃあ、食べすぎないようにね」


「はーい!」


 ……ふふ。


 何だか普通のお兄ちゃんだなぁ。


 私は、隣の席へ腰を下ろした。


「お兄ちゃん、紅茶飲む?」


「ありがとう。いただこうかな」


 クオシンさんは、子供たちの方を向いたまま、優しい声で答えた。


 それから、声のした方へ顔を向ける。


 ……そして。


 にやにやと笑う私と、目が合った。


 …………。


 ……ふふ。


 引っかかった!


「……はっ!?」


 クオシンさんの表情が、一瞬で険しくなる。


 私は、にやにやしたまま続けた。


「どういたしまして、お兄ちゃん!」


「……別に、いらねえ」


「えっ。飲まないの?」


「お前に世話になるつもりはねえ」


 …………。


 ……ああ。


 そういうところだけ頑固だね!


 すると、ナタリーさんが近づいてきた。


「よろしければ、お茶をお持ちしますよ」


 クオシンさんは、少しだけ姿勢を正した。


「……ありがとうございます」


 …………。


 ……おっ。


 今度はちゃんと相手を見てお礼を言うんだ!?


 私は、思わず二度見した。


 ナタリーさんがお茶を持ってくると、子供たちもお菓子を配られた。


 今日は、小さな焼き菓子らしい。


 ……うん。


 美味しそう!


 そのとき、一人の女の子がクオシンさんに尋ねた。


「お兄ちゃん、おやつ食べないの?」


「……お兄ちゃんは、さっき食べたからいいよ」


「じゃあ、これあげる」


 女の子が、自分の焼き菓子をひとつ差し出した。


 …………。


 ……ああ。


 優しいなぁ。


 クオシンさんは、少し困ったように笑った。


「ありがとう。でも、これは大事なおやつだろう?」


「うん。でも、お兄ちゃんにも!」


 …………。


 クオシンさんは、少しだけ考えた。


「……じゃあ、半分こしようか」


「うん!」


 ……おお。


 半分こ!


 私は、思わず頷いた。


 女の子は、嬉しそうに焼き菓子を割った。


 ……ああ。


 上手に半分にできたね。


 少し大きい方をクオシンさんに渡して、自分も小さい方を食べる。


 クオシンさんが、口に入れて頷いた。


「……美味しいね」


「でしょ!」


 …………。


 ……ふふ。


 何だか、すごくいい場面だなぁ。


 私は、少しだけ目を細めた。


 そうしたら。


「……おい」


「……ん?」


「何だ、その気色悪い顔は」


 …………。


 ……ええっ!?


 今、ちょっと感動してたのに!?


「気色悪いって言わないでよ!」


「にやにやしてんじゃねえ!」


 …………。


 ……あはは。


 台無しだよ!


 そこへ、別の子がクオシンさんの服を引っ張った。


「お兄ちゃん、あしたも来る?」


 …………。


 ……あっ。


 これは、ちょっと困る質問かな。


 クオシンさんだって忙しいはずだ。


 王子様のお仕事があるもんね。


 私は、口を挟まず様子を見た。


 クオシンさんは、その子の目を見た。


「……明日は、まだ分からないかな」


「えー!」


「ごめんね。でも、来られるときは、また顔を見せるよ」


「ほんと?」


「うん。約束できない日は、約束しない。だから、来られたときは一緒に遊ぼう」


 …………。


 ……おお。


 ちゃんと正直に話してる。


 子供を喜ばせたくて「明日も来る」って言ってしまう方が、簡単かもしれない。


 でも、守れない約束をするのは違うよね。


 女の子は、少しだけ残念そうだった。


「……じゃあ、来たら、またお花見る」


「うん。楽しみにしてる」


 ……ああ。


 いい答えだなぁ。


 私は、そっと頷いた。


「クオシンさん、偉いねぇ」


 …………。


「……お前、俺を子供扱いしてんのか?」


「えっ。褒めたんだけど!?」


「だったら黙ってろ!」


 ……おお。


 また怒られた!


 ……いや。


 私の褒め方も、ちょっと変だったかもしれないけどね。


     ◇


 お茶を終える頃、カトレアが学校の方からやってきた。


「お父さーん!」


「おっ、カトレア!」


 カトレアは、花の記録帳を抱えている。


 すると、さっきまで私のそばにいたモフ太が、すぐにカトレアへ駆け寄った。


「カトレア、お帰りなさいませ」


「あっ、モフ太! お父さんと来てたの?」


「はい。学校のお隣ですので、お迎えも兼ねて同行いたしました」


 カトレアは嬉しそうにしゃがみ込み、モフ太の頭を撫でた。


「えへへ。今日もふわふわだね!」


「……光栄でございます」


 ……おお。


 モフ太、すごく嬉しそうだ!


 そのままカトレアの隣へ並ぶ。


 ……うん。護衛のお仕事も、ちゃんと忘れてないね。


 ……ああ。


 今日は学校帰りに、花壇へ寄る約束だったね。


「お父さん、セリム君たちいる?」


「うん。みんな中庭で遊んでるよ」


「わかった!」


 カトレアが嬉しそうに走り出しかけた、そのとき。


「あっ!」


 何かに気づいたように足を止めた。


 視線の先には、クオシンさん。


 子供たちが、まだ周りに集まっている。


「お兄ちゃん!」


 …………。


 ……えっ。


 カトレアまで!?


 私は、思わず目を丸くした。


 クオシンさんも、少し驚いたようだった。


「……ん?」


「みんながお話してた、お兄ちゃんだ!」


 カトレアが、にこにこしながら近づいた。


「こんにちは!」


 …………。


 ……おお。


 なるほど。


 ほかの子から話を聞いてたんだね。


 クオシンさんは、一瞬だけ私を見た。


 ……あっ。


 何でこっちを見るの!?


 私は、何も言ってないよ!


 それから、クオシンさんはカトレアの方を向き直った。


「……こんにちは。学校の帰り?」


「うん! お花を見に来たの!」


「そうなんだ。じゃあ、みんなで見ようか」


「うん!」


 …………。


 ……おお。


 もう普通に会話してる!


 私は、思わず笑ってしまった。


 カトレアが、記録帳を開いた。


「お兄ちゃん、このお花はね!」


「うん?」


「お日様が好きで、お水はあげすぎない方がいいの!」


「へえ。詳しいんだね」


「うん! お父さんが教えてくれたの!」


 …………。


 ……おっ。


 私の名前が出た!


 クオシンさんの顔が、ほんの少しだけ引きつった気がした。


 ……いや。


 気のせいかな?


「……そうか。ちゃんと覚えたんだね」


「うん!」


 カトレアは、得意げに胸を張った。


 ……ふふ。


 良かったね。


「お兄ちゃんも、お花好き?」


「……うん。嫌いじゃないよ」


「じゃあ、一緒に育てよう!」


 …………。


 ……おお。


 いきなり勧誘!


 クオシンさんは、少し困ったように笑った。


「……毎日は来られないけど、見に来たときに成長を教えてくれる?」


「うん! 教える!」


 ……ああ。


 上手に答えたねぇ。


 私は、こっそり頷いた。


 すると、カトレアがクオシンさんの袖を引いた。


「お兄ちゃん、お父さんとも仲良しなの?」


 …………。


 ……あっ。


 またその質問!


 私は、にっこり笑った。


「うん。仲良しだよ!」


「違えよ!」


 …………。


 ……おお。


 そこだけ即答!


 カトレアが、きょとんとした。


「……けんかしてるの?」


「いや、カトレア。クオシンさんは……」


「してねえ!」


 …………。


 ……えっ。


 そこも否定!?


 カトレアが、少し考えた。


「じゃあ、仲良しだね!」


 …………。


 ……おお。


 判定が早い!


 私は、思わず吹き出してしまった。


 カトレアが来たことで、花壇はさらに賑やかになった。


 ダリル君が、セリム君を連れて近づいてきた。


「カトレアちゃん、こんにちは」


「ダリルお兄ちゃん!」


「……こんにちは」


「セリム君も、こんにちは!」


 ……ああ。


 見慣れた光景だね。


 でも今日は、その隣にクオシンさんがいる。


 ……うん。


 何だか、不思議な感じ!


「セリム、毎日ちゃんと食べてる?」


 クオシンさんが、声をかけた。


「……うん!」


「眠れてる?」


「……うん。おにいちゃん、いる」


「そっか。よかった」


 ……ああ。


 ダリル君たちには、前からこんなふうに話してたのかな。


 そう考えると、あの二人がクオシンさんを怖がっていなかった理由も分かる気がする。


「ダリルも、無理してない?」


「……はい。先生たちが助けてくれるので」


「一人で頑張りすぎなくていいんだからね」


 …………。


 ……おお。


 ダリル君にまで!


 私は、つい耳をそばだてた。


 ダリル君は、穏やかに頷いた。


「ありがとうございます」


 ……うん。


 やっぱり、二人には最初から優しかったんだろうな。


 それにしても。


 カトレアは、クオシンさんが王子様だって気づいてないみたい。


 ……まあ。


 あの格好じゃ分からないしね。


 私は、こっそり笑った。


 ……うん。


 今は、ただの優しいお兄ちゃんでいいのかもしれないね。


 そのとき。


「お兄ちゃん、これ!」


 フェルザの男の子が、小さな木の鳥をクオシンさんへ差し出した。


「……くれるの?」


「うん! お兄ちゃんの!」


 …………。


 ……あっ。


 贈り物だ!


 クオシンさんは、少し驚いた顔になった。


「でも、一生懸命作ったんだろう?」


「お兄ちゃんにあげたかった!」


 …………。


 ……ああ。


 真っ直ぐな気持ちだなぁ。


 クオシンさんは、ゆっくり受け取った。


「……ありがとう。大事にするよ」


「うん!」


 男の子が、嬉しそうに笑った。


 ……ふふ。


 良かったね。


 ところが、続けて別の子も手を挙げる。


「ぼくも!」


「わたしも!」


 …………。


 ……おお。


 贈り物ラッシュ!


 ライアさんが、慌てて近づいてきた。


「みんな、あげたいものがあるのは分かるけど、無理に持たせちゃ駄目だよ!」


「はーい!」


 ……あはは。


 大変だ!


 クオシンさんは、木の鳥をそっと胸元にしまった。


 ……おっ。


 大事に扱ってくれてる。


 私は、思わず笑った。


 すると。


「……何だよ」


「いや、似合ってるなぁと思って」


「何がだ!」


「木の鳥、可愛いね」


「……うるせえ!」


 …………。


 ……うん。


 褒めると怒られるんだね、この人!


     ◇


 そのあと、子供たちが遊びに戻った頃。


 クオシンさんは、ようやく一息ついていた。


 ……いやぁ。


 大変そうだねぇ。


 さっきまで、次から次へと子供に呼ばれていたもんね。


 私は、少し離れたところから近づいた。


「クオシンさん、お疲れさま」


「……お前が言うな」


「えっ。何で!?」


「さっきから面白そうに見てやがって」


 …………。


 ……あっ。


 ばれてた!


「……いやぁ。だって、珍しいんだもん」


「……何がだよ」


「クオシンさんが、あんなに笑ってるところ」


 …………。


 クオシンさんが、一瞬だけ黙った。


 ……おっ。


 少し、照れた?


 でも、すぐに眉間にしわが寄る。


「……気のせいだ」


「いやいや。すごく笑ってたよ!」


「うるせえ!」


 ……あはは。


 だめだ。


 面白い!


「でも、子供たち、嬉しそうだったね」


「……あ?」


「クオシンさんが来ると、みんな楽しそうにしてる」


 …………。


 クオシンさんは、庭の方へ目を向けた。


 子供たちは、花壇の近くで遊んでいる。


 ……うん。


 さっきまでの笑い声が、まだ聞こえる。


「……別に、俺が何かしたわけじゃねえ」


 クオシンさんが、ぶっきらぼうに言った。


「そっか」


「ただ、ここがどうなってるか見に来ただけだ」


「うん」


「……何だ、その返事は」


「いや。ちゃんと聞いてるよ!」


 ……ふふ。


 言い訳まで、いつものクオシンさんだね。


「そういえばさ」


 私は、少し思い出したことがあった。


「クオシンさん、王都の古い孤児院の近くにも来てた?」


 …………。


「……は?」


 クオシンさんが、こちらを見る。


「それから、学校の隣に孤児院を建てたときも」


「……何の話だ」


「子供たちが引っ越してきた日も、あの辺にいたよね」


 …………。


 ……おっ。


 今、ちょっと目を逸らした!


「……知らねえな」


「えー?」


「お前の見間違いだろ」


 …………。


 ……あはは。


 分かりやすい!


 私は、にっこり笑った。


「そっか。見間違いか!」


「……そうだ」


「でも、もし見間違いじゃなかったら、子供たちのことが心配で来てくれてたのかなって思ったよ」


 …………。


 クオシンさんの眉が、ぴくっと動いた。


「……余計なこと言うな」


「ごめんごめん!」


 ……ふふ。


 やっぱり、そうなんだろうなぁ。


 この人、ずっと気になってたんだ。


 二人の兄弟を連れてきたあと。


 新しい孤児院を作ると聞いたあと。


 そして、子供たちが引っ越してきてからも。


 ……ああ。


 そっか。


 最初から、ちゃんと見守ってくれてたんだね。


「……ところで」


 クオシンさんが、私を見た。


「お前、ここでちゃんと人手は足りてんのか」


「うん。今は二十二人で、ポーラさんたちが運営してくれてるよ。必要な人も増やしていくつもり」


「……そうか」


「調理や洗濯も、先生たちが全部やらなくていいようにしてる」


「……ふん」


 …………。


 ……おっ。


 意外と、真面目に聞いてくれるね。


「何か気になることある?」


「……五百人も入るんだろ、この建物」


「うん。でも、最初から五百人を入れるわけじゃないよ」


「当たり前だ!」


 …………。


 ……おお。


 怒られた!


「……人が増えりゃ、飯も寝床も、面倒見る人間も必要になる」


「うん。そこはポーラさんたちと相談して、段階的に進めるつもり」


「……ならいい」


 ……ああ。


 やっぱり、気にしてくれてるんだ。


「それにね、困っている子がいても、本人が望まなければ無理に連れてこないよ」


「……当たり前だろ」


「うん。クオシンさんがダリル君たちを連れてきたときも、そうしてたもんね」


 …………。


 クオシンさんが、少しだけ黙った。


「……あれは、たまたまだ」


 ……あはは。


 まだ言うんだ!


「うん。たまたま、すごく丁寧に調べたんだね」


「……お前なぁ!」


 …………。


 ……ふふ。


 からかいすぎたかな。


 でも、この人のそういうところ、嫌いじゃないんだよね。


 クオシンさんは、少しだけ息を吐いた。


「……しかし、妙なもんだな」


「ん?」


「これだけでかい建物なのに、子供はまだ二十人ちょっとか」


「うん。残りの区画は使わないようにしてあるよ」


「……そうか」


 私は、中庭の方を見た。


 今、子供たちが使っているのは、ほんの一部。


 閉じている場所も多い。


 でも、今の暮らしにはちょうどいいと思っている。


「子供たちが迷子にならないように、少しずつ使う範囲を決めてるんだ」


「……ふん」


「何か不満?」


「……いや」


 …………。


 ……おっ。


 珍しく否定しない!


「悪くねえと思ってるだけだ」


 …………。


 ……えっ。


 今、褒められた!?


 私は、思わずクオシンさんを見た。


「……何だよ」


「いや、クオシンさんが褒めてくれたから!」


「褒めてねえ!」


「えっ!?」


「ただ、悪くねえっつっただけだ!」


 …………。


 ……おお。


 やっぱり、そう来た!


 でも。


 ……うん。


 それでも嬉しいな。


 クオシンさんは、子供たちの暮らしをちゃんと見てくれている。


 建物が大きいからすごい、なんて言わない。


 ご飯は足りてるか。


 先生は困ってないか。


 子供は眠れてるか。


 ……ああ。


 その視点、大切にしたいね。


     ◇


 そこへ、カトレアが駆け寄ってきた。


「お兄ちゃーん!」


 …………。


 ……おっ。


 また呼ばれてる!


 クオシンさんが、すぐに振り向く。


「……どうしたの?」


「こっち来て!」


「ん?」


「みんなで、かくれんぼするの!」


 …………。


 ……おお。


 今度はかくれんぼ!


 クオシンさんは、ちょっとだけ困った顔をした。


「……もう少ししたら帰らないといけないんだけど」


「一回だけ!」


 カトレアが、指を一本立てる。


「一回だけ?」


「うん!」


 …………。


 ……あっ。


 これは、断りにくい!


 クオシンさんが、ちらっと私を見た。


 ……いや。


 何でこっちを見るの!?


「いいんじゃない? 一回くらい」


「……お前が決めんな!」


「えっ!?」


 ……おお。


 また怒られた!


 でも、クオシンさんは子供たちの方へ向き直った。


「……じゃあ、一回だけね」


「やったー!」


 …………。


 ……あはは。


 結局、参加するんだ!


 私は、桜花と顔を見合わせた。


「桜花。どう思う?」


「皆様、とても楽しそうでございます」


「うん。そうだね」


 ……ああ。


 いい午後だなぁ。


 私は、ちょっと笑った。


 かくれんぼが始まると、クオシンさんは鬼を任された。


 ……おお。


 王子様が鬼!


 ……いや。


 本人は、王子様って言われたくないんだろうけど。


「十数えるよ。いい?」


「はーい!」


 クオシンさんが、目を閉じる。


「一、二、三……」


 子供たちが、あちこちへ走っていく。


 モフ太はカトレアの近くで、じっと周囲を見守っている。


「モフ太も、かくれる?」


 カトレアが尋ねると、モフ太はゆっくり首を振った。


「私は護衛でございますから。皆様が安全に遊べるよう、こちらにおります」


「そっか! じゃあ、見ててね!」


「はい。楽しんでください」


 ……ふふ。


 モフ太なら、隠れた子をあっという間に見つけちゃいそうだしね!


 もちろん、遊ぶのは先生たちが確認した安全な範囲だけ。


 閉じている区画へは入らない約束だ。


 ……うん。


 そこは大事!


 私と桜花は、少し離れたところから眺めていた。


「……十。もういいかい?」


「まーだだよ!」


 …………。


 ……あっ。


 まだ隠れてない子がいる!


 クオシンさんは、少しだけ笑った。


「……じゃあ、もう少し待とうかな」


 …………。


 ……おお。


 優しい!


 私と遊ぶときも、そうしてくれないかな。


 私の足元では、モフ太も黙って頷いていた。


「……あの方は、子供たちの扱いがお上手ですね」


「でしょ? 私も驚いてるよ」


 ……ふふ。


 モフ太まで感心してる!


 ……いや。


 そもそも、かくれんぼをすることなんてないか。


「もういいよ!」


「……よし。探しに行こう」


 クオシンさんが、ゆっくり歩き出す。


 ……おっ。


 見つけた!


 ……いや。


 私は、何も言わない方がいいよね。


 見つかった子は、嬉しそうに笑っていた。


 ……ふふ。


 この人、本当に子供と遊ぶの上手だなぁ。


 しばらくして。


「お兄ちゃん、こっち!」


 子供の声が、庭の反対側から聞こえた。


 ……あれ。


 かくれんぼなのに、自分から出てきてる!


 クオシンさんも、思わず笑っている。


「……見つけてほしかったの?」


「うん!」


「そっか。じゃあ、見つけた」


「やったー!」


 …………。


 ……おお。


 それでいいんだ!?


 私は、思わず笑った。


 その横で、カトレアが木の陰から顔を出した。


「お父さん! お兄ちゃん、すごいね!」


「うん。すごいね!」


 …………。


 ……いや。


 何がすごいのかは、ちょっと分からないけど!


 でも、みんな楽しそうだからいいよね。


 やがて、全員が見つかった。


 クオシンさんは、少し息をついている。


「……ふぅ」


 ……おっ。


 さすがに疲れたかな?


「クオシンさん、大丈夫?」


「……お前より体力あるわ」


「えっ。私、全然疲れてないよ?」


「……黙ってろ!」


 …………。


 ……あはは。


 元気そうだね!


 すると、セリム君が小さな声で言った。


「……おにいちゃん、おつかれ?」


 クオシンさんは、すぐに膝を曲げた。


「……ううん。楽しかったよ」


「……よかった」


 …………。


 ……ああ。


 この会話、何だかいいなぁ。


 私は、少しだけ目を細めた。


     ◇


 夕方になって、クオシンさんは帰ることになった。


「そろそろ行かねえと」


 本人が立ち上がると、子供たちが一斉に顔を向ける。


「えー!」


「もう?」


「また来る?」


 …………。


 ……おお。


 予想どおりの反応!


 クオシンさんは、一人ずつ顔を見た。


「今日はありがとう。みんなと遊べて楽しかったよ」


「お兄ちゃん、またね!」


「うん。また来られるときに」


「約束!」


「……うん。来られたときは、一緒に遊ぼうね」


 ……ああ。


 相変わらず、無理な約束はしないんだ。


 でも、子供たちもそれを分かっているみたい。


 大きく手を振っている。


 クオシンさんは、最後にダリル君とセリム君へ目を向けた。


「二人とも、何か困ったことがあったら、ちゃんと先生に言うんだよ」


「……はい」


「……うん!」


「……それなら、よかった」


 …………。


 ……ああ。


 ここまで気にしてくれるなんて。


 私は、ちょっと嬉しくなった。


 そのとき、カトレアがクオシンさんへ駆け寄った。


「お兄ちゃん!」


「ん?」


「お花、また見に来てね!」


 …………。


 クオシンさんは、少しだけ笑った。


「うん。大きくなったら教えてね」


「うん!」


 ……ふふ。


 何だか、いい約束ができたね。


 門のところまで、私も見送りに行った。


 モフ太はカトレアと一緒に中庭に残り、子供たちを見守ってくれている。


 ……うん。


 久しぶりに、モフ太もたくさん遊んでもらえたみたいでよかった!


 クオシンさんは、子供たちが見えなくなった途端、少しだけ肩を回した。


 ……おお。


 本当に疲れたんだ!


「クオシンさん、お疲れさま」


「……うるせえ」


「いや、今日はすごく頑張ってたなぁと思って」


「……何の話だ」


「かくれんぼもしてたし、工作も見てたし、おやつも一緒に食べてたし」


「……それがどうした」


「……いやぁ。クオシンさん、ほんと子供好きなんだね!」


 …………。


 クオシンさんが、立ち止まった。


 ……あれ。


 言いすぎたかな?


「……別に」


 ぶっきらぼうな返事が返ってきた。


「子供が困ってりゃ、放っておけねえだけだ」


 …………。


 ……ああ。


 その言葉。


 すごく、クオシンさんらしいな。


 私は、少し笑った。


「うん。知ってるよ」


「……は?」


「帝国のときも、ダリル君たちを連れてきたときも。クオシンさん、困ってる人を放っておけなかったもんね」


 …………。


 クオシンさんが、少しだけ顔を逸らした。


「……勝手に決めつけんな」


「うん。ごめん」


 ……ふふ。


 でも、そう思っちゃうなぁ。


 あの人は、言葉にするのが苦手なだけ。


 助けたいって気持ちは、本物なんだろうね。


「それにしても」


 クオシンさんが、孤児院の建物を見上げた。


「こんなでけえものを作りやがって」


「……あっ。また怒られる流れ?」


「……呆れてんだよ」


「えー!?」


 …………。


 ……おお。


 やっぱり!


「五百人って何だ、五百人って」


「将来の最大人数だよ!」


「分かってる!」


「じゃあ、いいじゃん!」


「よくねえだろ! 普通、孤児院ひとつ建てるだけでも大仕事なんだぞ!」


 …………。


 ……あっ。


 そういうことか!


「でも、私には《建築》があるし……」


「そこじゃねえ!」


 …………。


 ……おお。


 勢いよく否定された!


「建物作ったら終わりじゃねえだろうが!」


「うん。そこは、ちゃんと先生たちと相談してるよ」


「……だったらいい」


 …………。


 ……えっ。


 話、終わった!?


 クオシンさんは、少しだけ息を吐いた。


「……あの子らが、ちゃんと暮らせんならな」


 ……ああ。


 結局、そこなんだね。


 私は、そっと頷いた。


「大丈夫。ポーラさんたちも、すごく頑張ってくれてるよ」


「……そうか」


 ……うん。


 あの人たちがいてくれれば、きっと大丈夫。


 私は、少しだけ安心した。


 門の外へ出ると、夕方の風が吹いていた。


 クオシンさんが、ふと私を見た。


「……おい、リアリス」


「ん?」


「変なこと、言いふらすなよ」


 …………。


 ……あっ。


 何の話か、すぐ分かった!


「変なことって?」


「……分かってんだろ」


「えー? 分かんないなぁ」


「……お前なぁ」


 …………。


 ……あはは!


 この反応、面白い!


「『クオシンさんは子供たちにすごく優しい』って話?」


「……っ!」


 …………。


 ……おお。


 図星!


「別に、秘密にするようなことじゃないと思うけど」


「……余計なこと言うんじゃねえ!」


 ……あはは。


 また怒られた!


 私は、少しだけ笑ってから答えた。


「じゃあ、子供たちが困らないようにするね」


「……当たり前だ」


「うん。でも、来てくれたことは私も嬉しかったよ」


 …………。


 クオシンさんが、ちらっと私を見る。


 すぐに目を逸らした。


 ……ふふ。


 今日は、何だか分かりやすいなぁ。


 私は、孤児院の方へ目を向けた。


 庭では、まだ子供たちが元気に遊んでいる。


 ……ああ。


 この場所に、またひとつ笑顔が増えたんだね。


 正直なところ。


 私は、クオシンさんのことを、最初はちょっと苦手だと思っていた。


 会うたびに怒鳴られるし。


 何を言っても、だいたい噛みつかれるし。


 ……いや。


 今も、それは変わってないけどね!


 でも。


 帝国で一緒に動いたときも。


 ダリル君たちを連れてきてくれたときも。


 そして、今日も。


 ……この人、やっぱり悪い人じゃないんだよなぁ。


 言葉は乱暴だけど。


 子供が泣けば、ちゃんと気づく。


 お腹がすいていないか聞く。


 転ばないように靴を結ぶ。


 帰るときも、守れない約束はしない。


 ……ああ。


 どれも、小さなことかもしれない。


 でも、子供たちにとっては、そういう小さなことが嬉しいんだろうね。


 私は、少しだけ笑った。


「……やっぱりクオシンさんのこと、嫌いじゃないな」


 …………。


 …………。


「……はあ!?」


 ……あっ。


 声に出てた!


 クオシンさんが、ものすごく嫌そうな顔になった。


「何、気色悪いこと言ってんだ!」


「いやいや、褒めたんだって!」


「お前に好かれても、嬉しくも何ともねえんだよ!」


「ええっ!? そこまで言わなくてもよくない!?」


 …………。


 ……おお。


 やっぱり、こうなるんだ!


 クオシンさんは、ぶつぶつ言いながら歩き出した。


 私は、思わず笑ってしまった。


 ……ああ。


 うん。


 今日も、いつものクオシンさんだ!


 ……でも。


 門の内側から聞こえてきた。


「お兄ちゃーん! またねー!」


 その声に、クオシンさんが足を止めた。


 少しだけ振り返り、手を挙げる。


「……うん。またね」


 …………。


 ……ふふ。


 やっぱり、優しいなぁ。


 私も手を振ろうとした、その瞬間。


「……お前は振らなくていい!」


「ええっ!? 別にいいじゃん!」


 …………。


 ……あはは!


 せめて私にも、もう少し優しくしてくれないかな!?

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