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第7話:今日から、ここが家

 新しい孤児院が完成してから、数日が過ぎた。


 明日は、四つの孤児院にいる子供たちが、新しい家へ引っ越す日だ。


 ……うん。


 先生たちも準備を頑張ってくれているし、いよいよだね。


 ただ、ひとつ。


 まだ決めていないことがある。


 ……ダリル君とセリム君のことだ。


 二人を保護してから、王国邸で一緒に暮らしてきた。


 最初は何をするにも遠慮していたけど、今ではカトレアと遊んだり、巴さんのご飯を楽しみにしたり。


 ……ああ。


 すっかり我が家に馴染んできたなぁ。


 だからこそ、新しい孤児院ができたという理由だけで、二人を引っ越させるのは違うよね。


 この屋敷に残るのもいい。


 孤児院で新しい友達と暮らすのもいい。


 ……うん。


 決めるのは、私じゃなくて二人だ。


     ◇


 その日の夕食後。


 私は、ダリル君とセリム君を居間へ誘った。


「二人とも、少しお話してもいい?」


「はい」


「……うん」


 二人は、いつものソファへ並んで座った。


 ……あっ。


 何だか、ちょっと緊張してる?


「そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ!」


 私が笑うと、ダリル君は少しだけ肩の力を抜いた。


「明日ね、四つの孤児院の子たちが新しい家へ引っ越すんだ」


「……はい」


「あの子たち、この前うちのお庭で一緒に遊んだでしょ?」


 セリム君が顔を上げる。


「……とりさん、つくってた?」


「そうそう! 木の鳥を作っていた子たちもいるよ」


「……うん」


 ……ふふ。


 ちゃんと覚えてるんだね。


「それで、二人にも聞きたいんだ」


 私は、ダリル君とセリム君の顔を順番に見た。


「これからも王国邸で暮らすか、それとも新しい孤児院で暮らしてみるか。二人はどうしたい?」


 …………。


 ダリル君が、目を丸くした。


「……僕たちが、決めていいんですか?」


「もちろん!」


「……でも、孤児院ができたから……僕たちも行くものだと思ってました」


 ……あっ。


 やっぱり、そう思うよね。


「違うよ。ここに残ってもいいんだ。私も桜花も巴さんも、二人と一緒に暮らせて嬉しいから」


 私は、ちゃんと伝えた。


「孤児院へ行くなら、先生たちもいるし、同じくらいのお友達もいる。学校はすぐ隣だから、カトレアとも遊べるよ」


「……はい」


「でも、だからって無理に行かなくていい。ここにいたいなら、今までどおり一緒に暮らそう」


 ダリル君は、しばらく黙っていた。


 セリム君も、お兄ちゃんの顔を見ている。


 ……うん。


 急がなくていいよ。


「今日決めなくても大丈夫。明日引っ越す子たちとは、別の日に合流したっていいんだから」


「……ありがとうございます」


 ダリル君が、少し俯いて尋ねた。


「……リアリスさん。僕たちがここに残っても、本当に迷惑じゃないですか?」


 …………。


 ……ああ。


 まだ、そんなことを気にしてたんだね。


「全然! 二人と一緒にご飯を食べたり、お庭で遊んだりするの、私も楽しいんだよ」


「……そうなんですね」


「うん。それに、どっちに住んでも、二人の居場所がなくなるわけじゃないからね」


 ……そう。


 大切なのは、二人が安心して暮らせることだ。


 私は、答えを急かさず待った。


 すると、ダリル君がセリム君へ向き直った。


「……セリムは、どうしたい?」


「……ぼく?」


「うん。ここも、好きだよね」


「……うん」


「新しいおうちには、前に遊んだ子たちもいるんだって」


「……とりさん?」


「そう。鳥を作ってた子たち」


 セリム君は、少し考えた。


「……あそびたい」


「そっか」


「……でも、カトレアちゃんも」


 …………。


 ……ああ。


 そこも、大事だよね。


「カトレアとは、これからも遊べるよ。学校も隣だし、いつでも会えるようにするから」


 私が伝えると、セリム君は少しだけ安心したように笑った。


「……じゃあ、あっちも、いってみたい」


 ダリル君が、優しく頷いた。


「……僕も、そう思ってたんだ」


 …………。


 ……おっ。


 ダリル君も?


 私は、黙って続きを待った。


「この屋敷にいられるの、すごく嬉しいです。ご飯も美味しいし、みんな優しくしてくれるし……」


「うん」


「でも、この前、孤児院の子たちと遊んだのも楽しかったんです。セリムにも友達が増えたらいいなって思って……」


 ……ああ。


 そういう気持ちだったんだね。


「それに、先生たちも一緒に暮らしてくれるんですよね?」


「うん。ポーラさんたち八人がいるよ」


 ダリル君は、セリム君の手を握り直した。


「……じゃあ」


 少しだけ、言葉を探している。


 私は、静かに頷いた。


「……僕たち、二人で新しい孤児院へ行きたいです」


 …………。


 ……ああ。


 ちゃんと、自分で選んでくれたんだ。


「セリムも、それでいい?」


 ダリル君が尋ねると、セリム君が大きく頷いた。


「……おにいちゃんと、いっしょなら!」


「うん。一緒だよ」


 ……ふふ。


 よかった。


「分かった! じゃあ、明日から二人も新しい孤児院で暮らしてみようか」


「……はい!」


「……うん!」


 二人の返事を聞いて、私まで嬉しくなった。


「でも、困ったことがあったら我慢しないでね。先生たちに相談してもいいし、私にも言っていいんだから」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 行き先を決めたから、それで終わりじゃない。


 これからも、二人の気持ちを大切にしたいね。


     ◇


 そして、翌朝。


 今日は、ちょっと特別な日だ。


 朝から王国邸の食堂が、いつも以上に賑やかだった。


 ……うん。


 ダリル君とセリム君にとっても、自分たちで選んだ新しい家へ引っ越す日なんだ。


 向かいの席では、セリム君がパンを小さくちぎっていた。


 でも、今日は食べる手がちょっと遅い。


 ……あれ。


 緊張してるのかな?


「セリム君、眠れた?」


「……うん」


 小さく頷いたあと、セリム君はダリル君を見上げた。


 ダリル君も、少しだけ落ち着かない様子でカップを持っている。


 ……ああ。


 自分で決めたことでも、緊張はするよね。


「二人とも、今日の引っ越しで心配なことがあったら、いつでも言ってね」


「……はい」


「……うん」


 二人が、小さく笑った。


 ……よし。


 今日も、二人一緒。


 新しいお友達も、待ってくれている。


 ……ああ。


 いい一日になるといいな。


「お父さん!」


 カトレアが、元気よく手を挙げた。


「なあに?」


「新しいおうちに行っても、ダリルお兄ちゃんとセリム君は遊びに来てくれる?」


「もちろん! 学校だってすぐ隣だし、いつでも会えるよ」


 すると、カトレアは二人の顔を見た。


「じゃあ、明日も遊ぼうね!」


「……うん!」


 セリム君が、今度ははっきり頷いた。


 ダリル君も、少し笑った。


 ……ああ。


 この三人、本当に仲良くなったなぁ。


「それに、カトレアが孤児院へ遊びに行ってもいいしね」


「やった!」


 ……ふふ。


 友達が増えるのって、いいことだよね。


 そこへ、セバスが静かに近づいてきた。


「旦那様。本日の移動の準備について、ご報告がございます」


「おっ。ありがとう、セバス!」


「旧四施設の皆様とは、最終確認を終えております。荷物はそれぞれの先生方に確認いただき、順番に運ぶ予定です」


「うん。子供たちをびっくりさせないようにね」


「かしこまりました」


「それと、前に住んでいた建物は?」


「王国と調整し、今後も一時保護や相談の窓口として残す方針でございます。新しい職員の募集と引き継ぎも進めております」


 ……よかった!


 あの場所を、ただ空っぽにして終わりにはしたくなかったんだ。


「まだ準備が整っていない施設は、無理に受け入れ業務を始めないでね」


「もちろんでございます。配置と安全確認が整ったところから順次運用いたします」


 ……うん。


 これなら安心だね。


 私は、最後のパンを口へ運んだ。


 ……よし!


 今日も、やることがいっぱいだ!


 ……あっ。


 まずは朝ご飯をちゃんと食べ終わらないとね。


     ◇


 最初に訪ねたのは、王都クーラルの孤児院だった。


 ……ここへ来るのも、もう何度目だろう。


 古い木の門。


 小さな花壇。


 壁には、修理した跡が残っている。


 でも、今日は少しだけ雰囲気が違っていた。


 玄関の前に、小さな荷物が並んでいるんだ。


 布で包んだ服。


 使い慣れた靴。


 それから、子供たちが描いた絵をまとめた袋。


 ……ああ。


 本当に、お引っ越しなんだね。


「リアリス様、お待ちしておりました」


 ポーラさんが、玄関から出てきた。


 新しい制服を着ている。


 巴さんと一緒に考えた、メイド服を少しアレンジしたような落ち着いた服だ。


 ……おお。


 よく似合ってる!


「ポーラさん、おはようございます!」


「おはようございます。今日は、どうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそ!」


 その隣から、ナタリーさんも顔を出した。


「みんな、朝からそわそわしているんですよ」


「やっぱり、そうですか」


「楽しみにしている子もいれば、少し寂しがっている子もいて……」


 ……うん。


 それが普通だよね。


 私は、建物の中へ目を向けた。


 奥から、子供たちの声が聞こえてくる。


 ……さて。


 今日は、みんなで新しい家へ行こうか。


「リアリス!」


 居間へ入った途端、一人の男の子が走ってきた。


 ……おっ。


 この前、私のことを「荷物いっぱい持てる人」って呼んでた子だ!


「おはよう!」


「今日、本当におっきいおうち行くの?」


「うん。先生たちと一緒に行くよ」


「ほんとに?」


「ほんと!」


 男の子は、ぱっと笑った。


 でも。


「……ここのおうちは、どうなるの?」


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


 ここで過ごした時間も、大切なんだ。


「壊さないよ。修理して、また困っている子を助けられる場所にしたいんだ」


「……そっか」


 男の子は、少し考えた。


「じゃあ、あの柱は?」


「柱?」


「あそこ! ぼくの背、しるしつけたやつ!」


 ……あっ。


 前にポーラさんが見せてくれた、背丈の印がある柱だ。


「もちろん、そのまま大切に残そうね」


「よかった!」


 ……ふふ。


 そこが心配だったんだね。


 ポーラさんも、穏やかに笑っている。


「みんなの思い出ですもの。ちゃんと残しておきますよ」


「うん!」


 男の子が元気よく返事をした。


 ナタリーさんは、別の子が抱えていた絵の束をそっと整えている。


「これは新しいお部屋に飾りましょうね」


「ぜんぶ?」


「もちろん。貼る場所は、みんなで決めましょう」


 ……ああ。


 建物を移るだけじゃなくて、思い出も一緒に連れていくんだね。


 私は、何だか胸が温かくなった。


 出発の前に、ポーラさんが子供たちを集めた。


「みんな、少しだけお話を聞いてくださいね」


「はーい!」


 七人が、思い思いの場所から集まってくる。


「今日から、新しい家で暮らすことになります」


 ポーラさんは、一人ずつ顔を見た。


「でも、私もナタリー先生も、一緒です。皆さんが大切にしているものも、持っていきましょう」


 小さな女の子が、そっと手を挙げた。


「……夜も?」


「もちろん。夜も一緒ですよ」


「……朝も?」


「ええ、朝も」


 …………。


 ……ああ。


 大事なのは、そこなんだね。


 男の子が、今度は元気よく言った。


「じゃあ、ぼく、あっちでも走る!」


「廊下では走りません」


 …………。


 ……おお。


 ポーラさん、即答!


「……はーい」


 みんながくすくす笑う。


 ……ふふ。


 場所が変わっても、このやり取りは変わらないんだろうなぁ。


 私は、荷物を確かめた。


 服。


 絵。


 背丈を記した紙。


 思い出の品。


 ……よし。


「じゃあ、順番に行こうか!」


 先生たちと行き先を確認してから、私は《転移》を使った。


 移動先は、新しい孤児院の玄関前。


 先にナタリーさんが子供たちに付き添い、ポーラさんが最後の荷物を確認する。


 ……うん。


 急ぐ必要はないからね。


 一人ずつ、落ち着いて。


 こうして、最初の七人が新しい家へ向かった。


     ◇


 次は、サフィリア。


 潮風の匂いがする通りを歩きながら、私はふと思った。


 ……ああ。


 ここへ来るのも、しばらくぶりだね。


 白い壁の小さな孤児院には、今日も貝殻が飾られていた。


「リアリスさん!」


 ハーティスさんが、大きく手を振ってくれる。


「こんにちは!」


「みんな、朝からすごく楽しみにしていたのよ!」


 ……おお。


 それは嬉しいね!


 でも、ハーティスさんの手には、小さな布の袋が握られている。


 中を覗くと、綺麗な貝殻がいくつも入っていた。


「それは?」


「子供たちが集めた宝物よ。持っていかないとね」


 ……ああ。


 もちろん!


 その後ろから、リンさんが現れた。


「院長……あっ、ハーティス先生。そろそろ皆さんにお声がけしましょうか」


「もう、リンったら!」


 …………。


 ……あはは。


 また言い間違えた!


 ……いや、そうだよね。


 何年も院長先生って呼んでたなら、急に変えるのは難しいよね。


 ハーティスさんは、少し照れたように笑った。


「……でも、何だか変な感じだわ。もうここの院長じゃなくなるなんて」


「寂しいですか?」


「……少しね」


 …………。


 ……うん。


 ここにも、たくさんの思い出があるんだ。


「でも、子供たちとリンが一緒なら、きっと大丈夫よ」


 そう言って、ハーティスさんはにっこり笑った。


 ……ああ。


 いい笑顔だなぁ。


 サフィリアの六人は、玄関に並べた貝殻を順番に袋へ入れていた。


 ……おっ。


 これは、丁寧なお引っ越しだね。


「リアリスさん!」


 女の子が駆け寄ってくる。


「新しいおうち、海がないんでしょ?」


「うん。サフィリアみたいに、すぐ目の前に海はないかな」


「……そっか」


 …………。


 ……ああ。


 ちょっと寂しそう。


 私は、しゃがんで目を合わせた。


「でも、海へ遊びに来ることはできるよ。先生たちと相談して、またみんなで貝殻を探しに来ようね」


「ほんと?」


「もちろん!」


「じゃあ、これも持ってく!」


 女の子は、一番大きな貝殻を握りしめた。


 ……ふふ。


 その貝殻、きっと特別なんだね。


「それと、リアリスさん」


 リンさんが、小さな紙を見せてくれた。


「みんなで、新しいお部屋に置きたいものをまとめたんです」


「おお! ありがとうございます!」


 そこには、貝殻、飾り、絵、それから……。


 ……ん?


『まどから、そらがみえること』


 …………。


 ……ああ。


 いいね。


「窓から空、ちゃんと見えるよ!」


「やったー!」


 子供たちが、声を上げた。


 ……うん。


 海の景色は違うけど、空はつながってる。


 ……なんて。


 ちょっと格好つけすぎかな!


 私は、笑いながら荷物を確認した。


 移動の前に、リンさんが全員の顔を見て頷く。


 ハーティスさんも、最後に家の扉をそっと撫でた。


「……ありがとう」


 小さな呟きだった。


 私は、聞こえなかったふりをした。


 ……うん。


 今日だけは、そっとしておこう。


 六人と先生二人も、順番に新しい家へ向かった。


     ◇


 フェルザの孤児院では、ちょっとした騒ぎが起きていた。


「……あれ?」


 玄関へ入った私は、思わず足を止めた。


 庭の真ん中に、あの木の鳥がある。


 ……いや。


 木の鳥は前からあったんだけど。


 その周りに、板や道具がいっぱい並んでいるんだ。


「これ、全部持っていくの?」


 私が尋ねると、ライアさんが困ったように笑った。


「はい。子供たちが、ひとつも置いていきたくないって」


 ……おお。


 そう来たか!


 デーツさんが、子供たちと一緒に道具をまとめている。


「危ないものは大人が運ぼう。小さな作品は、自分で持っていいぞ」


「これも?」


「それは釘が出ているから、先生に渡してくれ」


「はーい!」


 ……うん。


 相変わらず、いい先生だねぇ。


 私は、木の鳥をひとつ手に取った。


 最初に見たときより、ずっと形が整っている。


「おお! 上手になったね!」


「でしょ!」


 子供が、得意げに胸を張った。


「これ、新しいところに置くんだ!」


「うん。工作室もあるよ」


「ほんと!?」


「うん! 広い机も用意したから、みんなで続きができるね」


 …………。


 子供たちが、一斉に顔を見合わせた。


「じゃあ、もっと作れる!」


「やった!」


 ……あはは。


 引っ越しというより、工作室のお引っ越しだ!


 デーツさんも、嬉しそうに笑っている。


 フェルザの四人が出発する前に、デーツさんは少しだけ庭へ目を向けた。


 古い作業台。


 補修された柵。


 子供たちの手で色を塗った、小さな木の板。


 ……ああ。


 ここも、大切な場所だね。


「デーツさん、何か気になることあります?」


「……いえ」


 デーツさんは、ゆっくり首を振った。


「ただ、ここで子供たちと過ごした時間を思い出していました」


「……そうですよね」


「正直、寂しくないわけではありません。でも……」


 デーツさんは、木の鳥を抱えて笑っている子を見た。


「次の場所でも、あの子たちと一緒に何か作れるなら、それでいいと思うんです」


 ……うん。


 その気持ち、大事だね。


 ライアさんが、笑いながら手を挙げた。


「僕は新しい工作室が楽しみです!」


「おお! そうだよね!」


 ……あはは。


 この人は、ずっと楽しそうだ!


「ただし、ライア」


 デーツさんが、穏やかな声で言う。


「道具の片付けは、ちゃんとやってくれよ」


「……はい!」


 …………。


 ……あっ。


 さっきより返事が元気ない!


 子供たちが、くすくす笑っている。


 ……ふふ。


 こういう時間も、そのまま連れていこう。


 四人の子供と先生たちが、荷物を持った。


 デーツさんとライアさんが全員を確かめる。


 ……よし。


 次の家へ、出発だね!


     ◇


 最後は、マリノア。


 小さな石造りの孤児院では、アンキルさんが玄関の前で待っていた。


「リアリス様。お待ちしておりました」


「こんにちは、アンキルさん!」


 その隣には、スペリアさん。


 今日は珍しく、工具を持っていない。


 ……おっ。


 ちゃんとお引っ越しの準備ができてる!


「荷物は、もうまとめましたよ」


「ありがとうございます!」


 居間へ入ると、三人の子供が並んで座っていた。


 膝の上には、布の人形。


 ……ああ。


 前に見せてもらったやつだ。


「こんにちは!」


 私が挨拶すると、一番小さな子が、ちょっとだけアンキルさんの後ろへ隠れた。


 ……うん。


 まだ、緊張してるんだね。


 私は、その場にしゃがんだ。


「今日は、新しい家へ行く日だよ。嫌なことがあったら、先生たちに教えてね」


 小さな子が、こくりと頷いた。


 アンキルさんが、優しく背中を撫でる。


「大丈夫。私も、スペリア先生も一緒よ」


「……ほんと?」


「本当です」


「……ずっと?」


「ええ」


 …………。


 ……ああ。


 やっぱり、この子もそこが一番気になるんだ。


 私は、そっと笑った。


「ほかの孤児院の先生たちもいるし、新しいお友達もできると思うよ」


 小さな子は、少し考えてから人形を抱きしめた。


「……これも?」


「もちろん!」


 ……ふふ。


 大事な相棒だもんね。


 マリノアの荷物は、ほかの施設より少なかった。


 でも、それが気になったわけじゃない。


 アンキルさんが、小さな袋を大事そうに抱えていたんだ。


「アンキルさん、その袋は?」


「……ああ。これは、子供たちが作ったものです」


 中には、手縫いの布切れや、小さな飾りが入っていた。


 ……あっ。


 どれも、ちょっと不揃いだ。


 でも、一つずつ丁寧にしまわれている。


「新しい場所にも飾るんですか?」


「はい。皆さんがよろしければ」


「もちろんです!」


 スペリアさんも、笑顔で頷いた。


「新しい棚なら、たくさん置けそうですね」


 ……おお。


 新しい棚の使い道、もう決まった!


 そのとき、アンキルさんがふと古い制服の袖を見た。


 何度も縫い直した跡がある。


 ……ああ。


 そういえば、新しい制服を着るようになったんだったね。


「アンキルさん、古い制服も持っていきます?」


「……はい」


 アンキルさんは、少し恥ずかしそうに笑った。


「もう着る機会は少ないと思いますが……私にとっては、大切なものなので」


「それなら、大事にしまっておきましょう!」


 ……うん。


 これまで頑張ってきた証拠だもんね。


 スペリアさんが、荷物を持ち上げる。


「よし。準備できました!」


 アンキルさんも、三人の子供を見渡した。


「みんな、行きましょうか」


 …………。


 小さな子が、しっかり人形を抱えて頷いた。


「……うん」


 ……よし。


 これで、四つの孤児院からの移動が終わるね。


     ◇


 新しい孤児院の正面玄関。


 四つの施設から来た子供たちが、順番に集まっていた。


 王都クーラルから七人。


 サフィリアから六人。


 フェルザから四人。


 マリノアから三人。


 ……うん。


 合わせて二十人。


 先生たちも、ちゃんと八人揃っている。


 そこへ、桜花が近づいてきた。


「リアリス様。王国邸からのお二人も、ご準備が整いました」


「ありがとう、桜花!」


 桜花の後ろに、ダリル君とセリム君がいる。


 二人は、少しだけ緊張した顔で新しい建物を見上げていた。


 でも、手はしっかり繋いでいる。


「ダリル君、セリム君。お待たせ!」


「……いえ」


「……おっきい」


 セリム君が、ぽつりと呟いた。


 ……あはは。


 確かに大きいよね!


「でも、今使うのは一部だけだからね。全部歩き回らなくても大丈夫だよ」


「……うん」


 ダリル君が、セリム君に優しく言った。


「一緒に見てみよう」


「……うん!」


 ……うん。


 これで、二十二人。


 ダリル君とセリム君も、自分たちで決めてここへ来てくれた。


 ……うん。


 それが、何より嬉しいな。


 私は、ちょっとだけ胸がいっぱいになった。


 ここを作ったときは、まだ静かな建物だった。


 でも今は、玄関の前から子供たちの声が聞こえてくる。


 ……ああ。


 何だか、もう違う場所になったみたいだ。


 新しい孤児院の門の前には、ポーラさんが立っていた。


 先生たちも、その近くで子供たちを見守っている。


「皆さん、今日はようこそ」


 ポーラさんが、ゆっくり話し始めた。


「今日から、ここが新しい家になります」


 …………。


 子供たちが、静かに耳を傾ける。


「今まで暮らしていた家も、私たちにとって大切な場所です。思い出も、なくなったりはしません」


 ……うん。


 そうだよね。


「ですが、これからはこの場所でも、新しい思い出を作っていきましょう」


 ポーラさんは、子供たちの顔を一人ずつ見た。


「私も、ナタリー先生も、ハーティス先生も、リン先生も、デーツ先生も、ライア先生も、アンキル先生も、スペリア先生も、ここにいます」


 ……おお。


 全員の名前を言ってくれた。


「困ったときは、誰にでも声をかけてください。寂しいときも、嬉しいときも、遠慮しなくていいのですよ」


 小さな子が、そっと手を挙げた。


「……ほんとに、みんな?」


「ええ。みんなです」


 ……ああ。


 何だか、いいね。


 私は、ポーラさんの横へ出た。


「私からも、一つだけ!」


 子供たちが、一斉にこちらを見る。


 …………。


 ……おお。


 ちょっと緊張する!


「この建物は、みんなが安心して暮らすために作りました。だから、気になることがあったら先生たちに何でも言ってね」


「はーい!」


「あと、楽しいこともいっぱい考えてほしいな」


 誰かが、大きな声で聞いた。


「荷物いっぱい持つの!?」


 …………。


 ……あっ。


 君、まだそれ覚えてたの!?


「……それは、必要ならね!」


 子供たちが、声を上げて笑った。


 ……うん。


 いい出発になりそうだ!


 玄関を入ると、さっそく子供たちが目を丸くした。


「うわあ!」


「ひろーい!」


「おっきな窓!」


 ……ふふ。


 予想どおりの反応だね!


 でも、建物の全部を見せるつもりはない。


 今日は、みんなが暮らす区画だけ。


 使わない場所は、閉じてある。


 案内板も、子供たちが迷わないように分かりやすくしておいた。


「こちらから、最初に生活する場所へ行きますよ」


 ナタリーさんが、優しく声をかける。


 子供たちは、先生たちの近くを歩きながら、周りをきょろきょろ見ている。


 ……ああ。


 ちょっとした探検みたいだね。


 その途中で、一人の子が足を止めた。


「……せんせい」


「どうしたの?」


 アンキルさんが、そばへ行く。


「ここ、広すぎる……」


 …………。


 ……あっ。


 そうか。


 喜ぶ子ばかりじゃないんだ。


 アンキルさんは、無理に歩かせなかった。


「そうね。最初は少しびっくりするわね」


「……うん」


「でも、今日はお部屋まで一緒に行くだけでいいのよ。全部覚えなくても大丈夫」


「……ほんと?」


「ええ。先生もまだ、全部は覚えていないもの」


 …………。


 ……おお。


 先生も!?


 その子は、少し笑った。


「じゃあ、いっしょ」


「ふふ。そうね」


 ……ああ。


 上手だなぁ。


 不安な気持ちを、急いで消そうとしない。


 そのまま受け止めてくれるんだね。


 最初に案内したのは、子供たちの寝室だった。


 いくつかの部屋に分かれていて、小さな居間を囲むように並んでいる。


 それぞれの部屋には、人数に合わせたベッドと収納棚が用意してある。


 もちろん、誰がどこで眠るかは、先生たちと子供たちが相談して決めた。


 ……うん。


 勝手に割り振るのは、違うもんね。


「ここがみんなのお部屋ですよ」


 ポーラさんが、扉を開ける。


 子供たちが、一斉に中を覗いた。


「……わあ」


 最初に声を出したのは、王都の小さな女の子だった。


 窓から、やわらかな光が入っている。


 新しいベッド。


 清潔な寝具。


 そして、一人ずつ使える小さな棚。


「これ、私の?」


 女の子が、棚を指さした。


「ええ。ここには、好きなものを置いていいのよ」


 ナタリーさんが答える。


「……ほんとに?」


「もちろん。ほかの人のものと混ざらないように、名前もつけましょうね」


 …………。


 女の子は、少しだけ目を丸くした。


 それから、持っていた絵を棚の上へそっと置いた。


「……じゃあ、これ」


「素敵ね」


 ……ああ。


 何だか、すごく大切な瞬間を見た気がする。


 ただの棚なのに。


 自分だけの場所があるって、こんなに嬉しいことなんだね。


 サフィリアの子供たちは、窓際で貝殻を並べ始めていた。


 ……あっ。


 もう飾ってる!


「こっちがいいかな?」


「こっちだよ!」


 窓辺に、白や薄い桃色の貝殻が並んでいく。


 ハーティスさんが、嬉しそうに眺めていた。


「まあ、素敵になったわね!」


「ここ、海の音しないね」


 女の子が、ぽつりと言った。


 ……ああ。


 やっぱり、少し寂しいかな。


 すると、リンさんが窓を少し開けた。


 柔らかな風が入ってくる。


「海の音はしないけれど、ここの風も気持ちいいでしょう?」


「……うん」


「それに、海へ遊びに行く約束もしたものね」


 女の子は、ぱっと笑った。


「うん!」


 ……ああ。


 よかった。


 同じ景色にはならない。


 でも、新しい景色を好きになることはできるんだよね。


 私は、そっと部屋を出た。


 次は、フェルザの子供たち。


 ……うん。


 あちらは、もっと賑やかになってる気がするな。


 そう思いながら廊下を曲がると。


「リアリスさん! 見てください!」


 ライアさんの声がした。


 ……おお。


 予想、当たった!


 工作室では、フェルザの子供たちが木の鳥を並べていた。


 しかも、その横には。


 ……あっ。


 マリノアの子が作った布の人形も置いてある!


「これ、鳥の隣に置いてもいい?」


「いいよ!」


 ……おお。


 もう一緒に飾ってるんだね!


 ライアさんは、どこに何を置くか子供たちと相談している。


 デーツさんは、棚の高さを確かめていた。


「この辺りなら、小さな子でも手が届きますね」


「うん。必要なら直すよ!」


 私は笑って答えた。


 ……ふふ。


 こうやって少しずつ、みんなの部屋になっていくんだね。


 そのとき、一人の男の子が私を見た。


「リアリス、これも作れる?」


 差し出されたのは、小さな木の板。


 そこには、絵が描かれている。


 鳥の巣箱。


 その隣に、大きな木。


 ……ああ。


 この子、庭に置きたいんだね。


「作れるけど、どうしようかな」


「……だめ?」


「ううん。せっかくだから、みんなで作ってみない?」


 …………。


 男の子が、ぱっと笑った。


「作る!」


「じゃあ、デーツさんとライアさんに教えてもらおう!」


「はい!」


 ライアさんが、勢いよく頷いた。


 ……あはは。


 先生の方が嬉しそう!


 ……いや。


 それも、いいことだよね。


 私が一瞬で作れるものでも、みんなで作った方が楽しいこともあるんだ。


 ダリル君とセリム君の部屋は、先生たちと相談して、二人が一緒に過ごせるようにしてある。


 私は、二人を部屋へ案内した。


「ここだよ」


 扉を開けると、明るい部屋が広がった。


 窓際に、二つのベッド。


 その間には、小さな棚。


 隣には、二人で使える机も置いてある。


 ……うん。


 まずは、このくらいが落ち着くかなって思ったんだ。


「……えっ」


 ダリル君が、立ち止まった。


「どうしたの?」


「……僕たちだけで、この部屋を使っていいんですか?」


「うん。もちろん!」


「でも……広くないですか?」


 …………。


 ……あっ。


 そういう反応になるか。


「もし広すぎて落ち着かなかったら、配置を変えてもいいよ」


 私がそう言うと、セリム君が奥のベッドへ近づいた。


 そっと掛け布団に触れる。


「……ふかふか」


「うん。寝やすいようにしたんだ」


 セリム君は、少しだけ笑った。


 でも、すぐにダリル君の方を見る。


「……おにいちゃん、どっち?」


 ……ああ。


 そっか。


 お兄ちゃんが近くにいるか、確かめたいんだね。


「……こっちにしようかな」


 ダリル君が、隣のベッドを指さした。


「……じゃあ、ぼく、こっち!」


 …………。


 ……うん。


 決まりだね。


 私は、二人が自分たちで選んだ場所を眺めていた。


 ……ああ。


 やっぱり、勝手に決めなくてよかったな。


 ダリル君は、持ってきた小さな包みを机の上に置いた。


 ……あれ。


 何だろう。


 私が見ていると、ダリル君はそっと布を開いた。


 中には、少し古い木の櫛があった。


「……これ、母さんが使ってたものなんです」


 …………。


 ……ああ。


 大切なものなんだね。


「ここに置いても、いいですか?」


「もちろんだよ」


 私は、すぐに答えた。


「誰にも勝手に触られないようにしたかったら、しまえる場所も用意しようか」


 ダリル君は、櫛を見つめたまま首を振った。


「……しばらくは、見えるところに置きたいです」


「うん。それなら、そうしよう」


 …………。


 セリム君が、お兄ちゃんの隣へ来た。


 二人で、櫛を机の上に置く。


 ……ああ。


 ここにも、一緒に連れてきた思い出があるんだ。


 私は、余計なことを言わずに見守った。


 しばらくして、ダリル君が顔を上げる。


「リアリスさん」


「ん?」


「……この部屋、すごく嬉しいです」


 …………。


 ……おお。


 それは、私も嬉しいな。


「そう言ってもらえてよかった!」


「でも……」


「うん?」


「王国邸にいたことも、忘れたくないです」


 ……ああ。


 そうだよね。


「忘れなくていいよ。あそこも、二人が過ごした大切な場所なんだから」


 ダリル君は、ゆっくり頷いた。


「……ありがとうございます」


 ……うん。


 新しい家ができたからって、前の家の思い出が消えるわけじゃない。


 それは、私もよく分かるよ。


     ◇


 昼前。


 子供たちは、少しずつ新しい生活区画に慣れてきた。


 ……いやぁ。


 最初は、先生から離れようとしなかった子もいたんだけどね。


 今では、廊下の案内板を見ながら、隣の部屋へ遊びに行く子もいる。


 もちろん、小さな子には先生が付き添っている。


 ……うん。


 慣れるまでは、それが安心だよね。


 私は、ポーラさんと一緒に食堂へ向かった。


「どうですか、ポーラさん?」


「そうですね……」


 ポーラさんは、少し考えた。


「予想していたより、子供たちが落ち着いています」


「おっ。よかった!」


「ただ、まだ初日ですから。夜になって寂しくなる子もいると思います」


 ……ああ。


 そこも、考えておきたいね。


「先生たち、今日は無理せず休めそうですか?」


「はい。生活区画の担当と夜間の見守りについては、皆で確認しております」


「よかった!」


 ……うん。


 先生たちには、頑張りすぎてほしくない。


 八人は、今までずっと少ない人数で子供たちの世話をしてきた。


 でも、新しい孤児院では、清掃や調理などを手伝ってくれる人も、準備に合わせて入ってもらう予定だ。


 ……もちろん。


 子供たちが増えれば、もっと人手が必要になる。


 その判断は、ポーラさんとセバスに相談してもらう。


 ……うん。


 五百人分の建物があるからって、一気に五百人を迎えるつもりはないもんね。


「それから、リアリス様」


 ポーラさんが、手元の書類を見せてくれた。


「今日、入所した子供たちの人数は、こちらで確認しております」


 ……おお。


 さすが院長!


 私は、一緒に数字を見た。


 王都クーラルから七人。


 サフィリアから六人。


 フェルザから四人。


 マリノアから三人。


 そして、ダリル君とセリム君。


 ……うん。


 全部で二十二人。


「間違いないですね!」


「はい。先生方も八名、全員揃っております」


 ……ああ。


 よかった。


 でも、ポーラさんは、少しだけ真面目な顔になった。


「リアリス様。ひとつだけ、お願いがございます」


「はい!」


「これから先、国の違う子供たちを迎えることもあるかと存じます」


「そうですね」


「そのときは、今いる子供たちの暮らしが落ち着いてから、一人ずつでも丁寧に迎えたいのです」


 ……ああ。


 分かるなぁ。


 知らない子が急に何十人もやって来たら、今いる子供たちだってびっくりする。


「もちろんです。各国とはまだ相談中ですし、今すぐ誰かが来る予定もないですよ」


「ありがとうございます」


「人数が決まってからじゃなくて、受け入れられるかどうかも一緒に考えましょう」


 ポーラさんが、穏やかに頷く。


「承知いたしました」


 ……うん。


 この人が院長で、本当によかった。


 私は、書類を返して笑った。


「じゃあ、まずは今日の二十二人のことを考えましょう!」


「はい」


 ……そう。


 今ここにいる子供たちの暮らしが、一番大事だね。


     ◇


 お昼ご飯の時間になった。


 ……おお。


 ついに、新しい孤児院での初めての食事だ!


 食堂には、温かな料理の匂いが漂っている。


 今日は、無理のない人数で食べられるように、使うテーブルも一角にまとめてある。


 子供たちの前には、スープとパン、それから野菜を使ったおかずが並んでいた。


 ……うん。


 なかなか美味しそう!


 食事の準備には、調理を担当する人たちも協力してくれている。


 先生たちだけで全部を作らなくてもいいように、少しずつ体制を整えているところだ。


 ……ああ。


 ここも、大事だよね。


「みんな、席についてくださいね」


 ナタリーさんが、優しく声をかける。


 ハーティスさんは、小さな子の椅子を引いてあげていた。


 リンさんが、お皿の数を確かめている。


 ……ふふ。


 八人の先生たちが自然に動いてる。


 ポーラさんが、食堂を見渡した。


「それでは、いただきましょうか」


「いただきまーす!」


 子供たちの元気な声が響いた。


 ……おお。


 いいねぇ!


 私も、少し離れた席で桜花と一緒に食事をいただくことにした。


 ……あっ。


 そうだ。


 ここで食べる最初のご飯だもんね。


 私も味わって食べよう!


 スープをひと口飲む。


 ……うん。


 温かい。


 ……ああ。


 何だか、ほっとする味だなぁ。


「おいしい!」


 最初に大きな声を上げたのは、サフィリアの男の子だった。


「おかわり、ある?」


 …………。


 ハーティスさんが、ぱっと笑った。


「もちろんよ!」


 ……あっ。


 待って。


 まだ全部食べ終わってないよね!?


 すると、リンさんが隣から声をかける。


「まずは、今のお皿を食べ終えてからにしましょうね」


「はーい!」


 ……あはは。


 相変わらずだ!


 フェルザの子供たちは、パンを食べながら工作室の話をしている。


 マリノアの子供たちは、アンキルさんの近くでゆっくり食事を進めていた。


 王都の子供たちは、ナタリーさんに窓の外の景色を教えてもらっている。


 ……うん。


 みんな、少しずつ新しい食堂に馴染んでるね。


 そのとき、セリム君が小さな声で言った。


「……おいしい」


 ダリル君が、笑顔で頷いた。


「うん。おいしいね」


 …………。


 ……ああ。


 この二人も、ちゃんと食べてる。


 私は、ちょっと嬉しくなった。


「どう、セリム君?」


「……おいしい!」


「そっか!」


 ……ふふ。


 元気な返事、ありがとう!


 その様子を見ていたポーラさんが、静かに微笑んだ。


「……よかったですね」


「はい!」


 ……うん。


 建物が立派でも、お腹がすいていたら安心できない。


 こうして、みんなで温かいご飯を食べられること。


 それが、きっと何より大切なんだろうね。


 食事の途中で、ちょっとした出来事があった。


 マリノアの小さな子が、スプーンを落としてしまったんだ。


 ……あっ。


 床に、小さな音が響いた。


 その子は、びくっと肩を震わせた。


「……ごめんなさい」


 …………。


 ……ああ。


 そんなに怖がらなくてもいいのに。


 アンキルさんが、すぐに近づいた。


「大丈夫よ。落としちゃっただけでしょう?」


「……うん」


「じゃあ、綺麗なスプーンを持ってきましょうね」


 ……うん。


 優しいなぁ。


 すると、隣にいた王都の男の子が言った。


「ぼくも前に落としたことある!」


「……ほんと?」


「うん! ポーラ先生に、拾って洗ってねって言われた!」


 …………。


 ……おお。


 ちゃんと覚えてる!


 ポーラさんが、笑いながら頷いた。


「そうですよ。落としたら、綺麗にしてから使いましょうね」


「はーい!」


 小さな子が、ほっとしたように笑った。


 ……ああ。


 こうして、違う孤児院の子供同士も、少しずつ仲良くなるんだね。


 私は、スープをもうひと口飲んだ。


 ……うん。


 何だか、前より美味しく感じるなぁ。


 ……あっ。


 単純に、私がお腹すいてるだけかもしれないけど!


     ◇


 午後は、みんなで中庭へ出ることになった。


 ……ふふ。


 ここは、子供たちに見せたかった場所のひとつなんだ。


 広い芝生。


 休めるベンチ。


 それから、まだ土だけの花壇。


 ……うん。


 今日は、ここに最初の花を植えようと思ってる。


「お父さーん!」


 声がした方を振り向くと、カトレアが元気よく走ってきた。


 ……おっ。


 約束どおり、遊びに来てくれたんだね!


 その後ろには、巴さんと桜花。


 カトレアは、両手に小さな籠を抱えていた。


「お花、持ってきたよ!」


「ありがとう、カトレア!」


 ……ああ。


 楽しみにしてたんだね。


 籠の中には、小さな苗がいくつも入っている。


 もちろん、植える場所は先生たちとも相談済み。


 ……うん。


 勝手に花壇を全部埋めたりはしないよ!


「みんな、よかったら一緒に植えよう!」


 私が声をかけると、子供たちが集まってきた。


「お花!」


「何色?」


「ぼくもやる!」


 ……おお。


 すごい人気!


 ポーラさんが、優しく手を叩いた。


「順番にしましょうね。道具は先生たちが渡しますよ」


「はーい!」


 ……うん。


 そうそう。


 いくら楽しくても、押し合って怪我したら大変だからね。


 カトレアは、得意げに苗を一つ持ち上げた。


「これはね、お日様が好きなお花なんだよ!」


 …………。


 ……おお。


 花の先生、再び登場!


 小さな花壇の前に、子供たちが並んだ。


 私とカトレアは、土を掘る場所を教えてもらいながら作業を始める。


 ……あれ。


 教える側じゃなかったっけ、私?


 …………。


 ……まあ、いいか!


 セリム君が、そっと苗を持ってきた。


「……ここ?」


「うん。そこなら、きっと元気に育つよ」


 カトレアが、笑顔で答える。


 ダリル君も、隣で土を整えていた。


 ……ああ。


 三人で並んでる姿、いいねぇ。


 少し離れたところでは、サフィリアの子供たちが貝殻を並べている。


 花壇の縁に、白い貝殻を飾るんだって。


 ……おお。


 海の思い出が、ここにも来た!


 フェルザの子供たちは、木の鳥を飾る場所をライアさんと相談している。


 マリノアの子供たちは、布の人形を汚さないようにベンチに置いて、花を見ていた。


 ……うん。


 みんな、自分たちの大切なものを持ってきてる。


 そのとき、セリム君が少しだけ手を止めた。


「……これ、ぼくが植えたの?」


「そうだよ!」


 私は頷いた。


「セリム君が植えた花だね」


 セリム君は、土の上の小さな苗を見つめた。


「……じゃあ、あしたも見る」


「うん。明日も見よう!」


 カトレアが、にっこり笑う。


「私も見る!」


 ……ふふ。


 明日が楽しみになるって、いいね。


 私は、花壇に並んだ小さな苗を眺めた。


 花を植え終わるころには、子供たちの手が土だらけになっていた。


 ……あはは。


 よく頑張ったね!


「はい、みんな。手を洗いに行きましょう」


 リンさんが声をかける。


「はーい!」


 ……おお。


 元気だ!


 私は、少し離れたところにいたポーラさんへ近づいた。


「どうですか、ポーラさん?」


「ふふ。とても賑やかですね」


「ですよね!」


 ポーラさんは、花壇へ目を向けた。


「昨日まで、ここは何も植えられていませんでした」


「うん」


「でも、今日はもう、子供たちが自分たちで植えた花があります」


 ……ああ。


 そうだね。


 建物を作ったのは私。


 でも、花壇をこんなふうにしたのは子供たちだ。


「……何だか、少しずつ家らしくなってきましたね」


 私が言うと、ポーラさんは穏やかに頷いた。


「ええ。私も、そう思います」


 ……うん。


 何だか、すごく嬉しいな。


 そのとき、セバスが近づいてきた。


「旦那様。王城へ、開園のご報告をお送りしてもよろしいでしょうか」


「うん! お願い!」


「ミキサー様には、本日二十二名の入所が無事に完了した旨もお伝えいたします」


「ありがとう!」


 ……ああ。


 王国側にも、ちゃんと知っておいてもらわないとね。


 私は、ふと空を見上げた。


 ……うん。


 今日は、いい天気でよかったなぁ。


 ……いや。


 別に雨でも引っ越しはできたけど!


 でも、やっぱり晴れてる方が嬉しいよね。


     ◇


 夕方。


 子供たちの遊びがひと段落したころ。


 私は、学校の近くにある道を歩いていた。


 ……いやぁ。


 今日は本当によく動いたなぁ。


 でも、先生たちのおかげで、何とか無事に引っ越しが終わった。


 ……うん。


 よかった!


 そのとき、少し離れたところに見覚えのある後ろ姿が見えた。


 ……あれ。


 クオシンさん?


 孤児院の方をちらっと見て、そのまま角を曲がっていった。


 ……ん?


 そういえば、前にもあの辺で見かけたような。


 …………。


 ……まあ、王子様だし、王都のあちこちを歩くこともあるよね。


「リアリス様」


 桜花が、隣から声をかけてきた。


「ん?」


「お戻りになられますか?」


「うん。帰ろうか!」


「かしこまりました」


 私は、そのまま歩き出した。


 ……ああ。


 今日は、ちょっと疲れたな。


 お屋敷に帰ったら、巴さんの紅茶を飲もう。


 ……ふふ。


 そうしよう!


 ……うん。


 このあと夜になる頃には、子供たちも落ち着いてるといいね。


     ◇


 その夜。


 私は、もう一度孤児院へ顔を出した。


 ……いや。


 何かあったわけじゃないよ?


 ただ、初めての夜だからね。


 ポーラさんたちが困っていないか、少しだけ様子を見たかったんだ。


 入口では、ナタリーさんが迎えてくれた。


「リアリス様。こんばんは」


「こんばんは! みんな、どうですか?」


「夕食も無事に終わって、今は寝る準備をしています」


「おお。よかった!」


 ……うん。


 今日は、いろんなことがあったからね。


 疲れて眠くなってる子も多いんじゃないかな。


 私は、ナタリーさんと一緒に生活区画へ向かった。


 廊下には、柔らかな灯りがついている。


 昼間は広く感じた場所も、夜になると少し違って見える。


 ……ああ。


 何だか、静かだね。


 でも、静かなだけじゃない。


 奥から、小さな笑い声が聞こえてくる。


「……それでね!」


「しーっ。もう寝る時間だよ」


 ……あはは。


 まだ元気な子もいるみたい!


 ナタリーさんが、困ったように笑った。


「新しいお部屋が嬉しくて、なかなか眠れない子もいるんです」


「そうですよね」


 ……うん。


 それも、分かるなぁ。


 私だって、初めて自分の屋敷を作った日は、ちょっと興奮したもんね。


 部屋のひとつでは、ポーラさんが小さな子のそばに座っていた。


「……せんせい」


「どうしたの?」


「……前のおうち、帰れないの?」


 …………。


 ……ああ。


 その声は、少し不安そうだった。


 ポーラさんは、急いで答えなかった。


 まず、その子の手をそっと握る。


「前のおうちは、なくなったわけではありませんよ」


「……ほんと?」


「ええ。みんなで過ごした、大切な場所ですもの」


「……うん」


「でも、これからはここでも、楽しいことをたくさん見つけましょうね」


 …………。


 小さな子が、目を伏せた。


「……また、せんせいとお花、見る?」


「もちろん」


「……あしたも?」


「ええ。明日も」


 …………。


 ……ああ。


 少し、安心できたかな。


 私は、部屋の入口からそっと見守っていた。


 ポーラさんは、その子の頭を優しく撫でる。


「おやすみなさい」


「……おやすみ」


 ……うん。


 いい夜になりますように。


 私は、音を立てないように廊下へ戻った。


 ……ああ。


 新しい家に慣れるには、少し時間がかかる子もいるだろうね。


 それでも、こうして先生たちがそばにいてくれる。


 ……本当に、ありがたいなぁ。


 別の部屋では、ハーティスさんが子供たちに絵本を読んでいた。


 ……おっ。


 こちらは楽しそうだね。


 でも、読み終わっても子供たちが寝ようとしない。


「もう一回!」


「もう一回!」


 …………。


 ……あはは。


 ハーティスさん、困ってる!


「いいわよぉ。じゃあ、もう一回だけね」


「やったー!」


 ……おお。


 甘やかしちゃった!


 すると、廊下からリンさんが顔を出した。


「ハーティス先生。そろそろ、お休みの時間ですよ」


「……あっ」


 …………。


 ……ふふ。


 やっぱり、リンさんが頼りになるね!


 子供たちは、名残惜しそうに布団へ入った。


 ハーティスさんは、最後にそっと声をかける。


「また明日、続きを読みましょうね」


「……はーい」


 ……ああ。


 明日も楽しみができたね。


 隣の部屋では、デーツさんが寝室の小さな棚を確認していた。


 ライアさんは、木の鳥を倒れないように置き直している。


 ……おお。


 こちらも、ちゃんと準備してる!


 その少し先では、アンキルさんが人形を抱えた子に毛布をかけていた。


 スペリアさんは、廊下の灯りを少し調整している。


 ……うん。


 先生たち、みんなそれぞれのやり方で子供たちを見守ってるんだね。


 私は、ダリル君とセリム君の部屋も覗いてみた。


 ……おっ。


 二人とも、まだ起きてるかな?


「こんばんは」


 私が小さく声をかけると、ダリル君が顔を上げた。


「あっ、リアリスさん」


「どう? 困ったことない?」


「……大丈夫です」


「そっか。よかった!」


 セリム君は、もう布団に入っている。


 でも、目はぱっちり開いていた。


 ……ああ。


 まだ眠れないのかな。


「セリム君、寝られそう?」


「……うん」


 ちょっと間を置いてから、答えた。


「……でも、ね」


「ん?」


「……おにいちゃん、いる?」


 …………。


 ……ああ。


 それ、何度も確認したくなるんだね。


 ダリル君が、すぐに答えた。


「いるよ。隣のベッドだよ」


「……うん」


 セリム君が、小さく笑った。


 ……ああ。


 よかった。


 私は、ダリル君へ目を向けた。


「ダリル君も、無理しないでね。セリム君のことを気にしてくれるのは嬉しいけど、ダリル君だって休まないと」


「……はい」


 ダリル君が、少し恥ずかしそうに笑った。


「先生たちもいますし……今は、前より安心してます」


 …………。


 ……うん。


 それなら、よかった。


「何かあったら、ポーラさんたちに声をかけてね。私もすぐ来られるから」


「ありがとうございます」


 セリム君が、布団の中から小さく手を振った。


「……おやすみ」


「うん。おやすみ!」


 ……ああ。


 ゆっくり眠れるといいね。


 私は、そっと扉を閉めた。


     ◇


 廊下へ出ると、ポーラさんが待っていた。


「リアリス様。お疲れさまでございます」


「いえいえ。ポーラさんこそ、お疲れさまです!」


 私は、少し笑った。


「今日は大変でしたね」


「……そうですね」


 ポーラさんも、穏やかに微笑んだ。


「ですが、とても嬉しい一日でした」


「そうですか?」


「はい。今まで別々の場所にいた子供たちが、同じ食堂でご飯を食べて、同じ庭で遊んで……」


 ……ああ。


 そうだね。


「それでも、無理に全員がすぐ仲良くなる必要はありません。少しずつ、ここで安心して暮らせるようにしていきたいと思います」


「うん。私もそう思います」


 ……そう。


 今日、笑っていた子も。


 ちょっと寂しそうだった子も。


 新しい部屋に驚いていた子も。


 みんな、違っていいんだ。


 私は、廊下に並んだ部屋の扉を見た。


 それぞれの部屋には、今日持ってきた大切なものが置かれている。


 絵。


 貝殻。


 木の鳥。


 布の人形。


 それから、ダリル君たちの木の櫛。


 ……うん。


 もう、ただの真新しい建物じゃないね。


「ポーラさん」


「はい?」


「今日から、ここがみんなの家ですね」


 …………。


 ポーラさんは、少しだけ目を潤ませた。


 それから、ゆっくりと頷く。


「……はい。そうですね」


 ……ああ。


 いい笑顔だなぁ。


 私は、思わず笑い返した。


 孤児院を出るころには、外がすっかり暗くなっていた。


 窓には、柔らかな灯りがいくつもついている。


 ……うん。


 昨日までの静かな建物とは、違う。


 子供たちのために用意した寝室に、今はちゃんと人がいる。


 食堂には、今日の食事の匂いがまだ少し残っている。


 庭には、みんなで植えた小さな花。


 ……ああ。


 建物を作ったときは、ずいぶん立派なものができたと思ったけど。


 今日、ようやく本当の意味で完成した気がするな。


「リアリス様」


 隣に立つ桜花が、静かに言った。


「今日は、よい一日でございましたね」


「うん。本当に!」


 私は、もう一度孤児院を見上げた。


 ……ああ。


 ここが、子供たちにとって、安心して帰ってこられる場所になってくれたら嬉しい。


 明日も。


 その次の日も。


 何かあって泣いた日も。


 帰ってくれば、先生たちがいて。


 友達がいて。


 温かいご飯がある。


 ……うん。


 そんな家になってほしいな。


 私は、小さく頷いた。


「桜花、帰ろうか!」


「はい、リアリス様」


 ……さて。


 私たちも、王国邸に帰ろう。


 カトレアは、きっと今日の花壇のことを話したがってるだろうし。


 巴さんの紅茶も待ってる。


 ……ふふ。


 こちらも、私の大切な家だ。


 私は、夜の道をゆっくり歩き始めた。


     ◇


 ――プチ番外編・最初の夜。


 その夜。


 新しい孤児院の寝室では、まだ小さな声が聞こえていた。


「……ねえ」


「なあに?」


「このベッド、ふかふかすぎない?」


「うん。ちょっと、ふかふか」


「……眠れない?」


「……ううん。気持ちいい」


 …………。


 二人の子供は、しばらく黙った。


 それから、一人が小さく笑う。


「……明日も、ここで寝るんだよね」


「うん」


「先生もいる?」


「いるよ」


 そのとき、扉の向こうから穏やかな声がした。


「はい。先生は、明日もここにいますよ」


 …………。


 二人が、びくっと布団をかぶった。


 扉を少し開けたポーラが、笑顔で言う。


「さあ、お喋りはそろそろおしまい。明日も元気に遊びましょうね」


「……はーい」


「……おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 ポーラは、静かに扉を閉めた。


 廊下に戻ると、ナタリーが待っていた。


「院長先生。みんな、眠れそうですか?」


「ふふ。少し時間はかかりそうね」


「そうですね」


 ポーラは、小さく微笑んだ。


「でも、明日もここに先生がいると分かれば、きっと安心できるわ」


「はい」


 真新しい廊下には、柔らかな灯りが続いている。


 その向こうから、もう一度だけ小さな声がした。


「……ねえ」


「……なあに?」


「……明日の朝ご飯、何かな」


 …………。


 ポーラとナタリーは、顔を見合わせて笑った。


 どうやら、新しい家の最初の夜は、まだ少しだけ賑やかになりそうだった。

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