第6話:500人の新しい家
翌朝。
いつものように食堂へ入ると、セバスが一冊の分厚い書類を抱えて待っていた。
……おお。
朝から仕事だ!
「おはよう、セバス」
「おはようございます、旦那様」
「その書類、もしかして昨日の続き?」
「はい。各国との協議事項を整理したものにございます」
……やっぱり!
私は思わず苦笑した。
この間まで「外交のお仕事がなかなかないなぁ」なんて思っていたけれど。
いざ始まってみたら、すごい量だね。
「セバス、ちゃんと休めてる?」
「もちろんでございます。ご心配には及びません」
「本当? 無理しなくていいからね」
「恐れ入ります。それより旦那様、本日のご予定についてですが」
…………。
……おっ。
もう次の話だ。
「今日は、学校の周りを見に行くんだったよね」
「左様でございます。孤児院の建設候補地をご確認いただきます」
「うん。楽しみだね!」
私が頷くと、セバスは静かに微笑んだ。
……ああ。
本人は仕事が増えても平然としてるんだよね。
さすが、優秀な執事。
……いや。
優秀だからって、全部任せっきりにしたら駄目だよね。
私は椅子に座りながら、少し考えた。
今回は、建物を作るのが私の仕事。
セバスには、調整や確認を手伝ってもらう。
そして、そこで暮らす子供たちのことは、先生たちに教えてもらう。
……うん。
これくらい役割が分かれていれば、何とかなるかな。
「リアリスちゃん」
「ん?」
巴さんが、焼きたてのパンを置いてくれた。
「お仕事のことを考えるのは、朝ご飯を食べてからにしましょうね」
…………。
……あっ。
また見抜かれた!
「……はい!」
私は、素直にパンを手に取った。
向かいの席には、カトレアとダリル君、セリム君が並んでいる。
……ああ。
今ではもう、三人で座っている光景がすっかり馴染んでしまったね。
「お父さん、今日は学校?」
「うん。学校の近くに、新しい建物を作ろうと思ってるんだ」
「こじいん?」
「そう!」
カトレアが、ぱっと笑った。
「ダリルお兄ちゃんたちのおうち?」
…………。
……ああ。
その聞き方、何だか嬉しいな。
「そうなったらいいなと思ってるよ。でも、二人がどうしたいかも聞いてからね」
ダリル君が、少し驚いたように顔を上げた。
「……本当に、作るんですか?」
「うん。先生たちにもお願いしたし、場所が決まったら作るつもり」
「……すごい」
……おお。
褒められた!
でも、ダリル君の目は、少しだけ不安そうだった。
私は、そっと尋ねる。
「何か心配なこと、ある?」
「……新しいところに行ったら、今みたいにみんなと会えなくなるのかなって」
…………。
……あっ。
そうだよね。
ここでの生活にも、慣れてきたところだもんね。
「ここにはいつでも遊びにおいで。孤児院だって、学校のすぐ隣に作る予定だし」
「……いいんですか?」
「もちろん!」
カトレアが、ぐっと身を乗り出した。
「私も遊びに行くからね!」
「……うん」
セリム君が、小さく頷く。
「おはなも、ある?」
「そこはね、今ちょうど考えてるんだ」
私が答えるより先に、カトレアが胸を張った。
「あるよ! 私とお父さんが植えるもん!」
…………。
……おお。
もう決定事項になってる!
私は笑って頷いた。
「じゃあ、花壇も作らないとね」
「やったー!」
……ふふ。
こういう希望も、忘れないようにしよう。
◇
朝食を終え、私は桜花とセバス、それからポーラさんを伴って、王国邸の学校へ向かった。
ポーラさんには、事前に予定を伝えてある。
ほかの先生たちにも、部屋や設備についての意見を聞いてきてもらっていた。
……うん。
今日は、いよいよ建物の相談だね。
王国邸の学校は、敷地の外側に近い場所に建っている。
生徒さんたちは専用の通学路を通るので、屋敷の生活区域を通らずに教室へ行ける。
……ああ。
学校を作ったとき、セバスたちと一緒に考えたんだった。
教室も、今は二百席まで広げてある。
窓からは、授業を受ける人たちの姿が見えた。
「……大勢いらっしゃるのですね」
ポーラさんが、少し驚いたように言った。
「うん。子供だけじゃなく、大人も勉強しに来てるんだ」
「まあ……素晴らしいことですね」
……おっ。
褒めてもらえた。
「でも、学校に通う人の邪魔にならないように、孤児院の入り口は別にしたいんです」
セバスが、広げた地図を指さした。
「こちらの空き地であれば、学校に隣接しております。居住区への出入りは別経路とし、周囲の通行を妨げないよう配置できるかと存じます」
「おお。ここならいいね!」
……うん。
平らな草地が広がっている。
学校との間には、通り道を作る余裕もある。
ただし、ここを使うなら境界や運用についても王国側と確認しておく必要がある。
「セバス、正式な確認は?」
「学校設立時の許可内容と今回の用途を照らし合わせ、ミキサー様へ確認済みでございます。こちらの範囲については、児童保護施設としての使用を認めていただいております」
…………。
……おお。
もう済んでた!
「ありがとう、セバス!」
「恐れ入ります」
……ふふ。
今日は勝手に建てたりしないよ!
……いや、それが普通なんだけどね。
「学校の隣なら、勉強する場所にも困らなさそうですね」
ポーラさんが、校舎を見ながら言った。
「うん。子供たちが通いたければ、授業に参加できるようにしたいです」
「ありがたいことです。ただ、小さな子もおりますので、全員が同じように通えるわけではないと思います」
「もちろん! 無理に毎日通わせるつもりはないですよ」
……うん。
まだ幼い子には、遊びながら覚える方がいいこともあるだろうし。
気持ちの整理が必要な子もいる。
学校が近いことと、学校に通わせることは別の話だよね。
「それと、もうひとつお願いがございます」
ポーラさんが、真面目な顔で続ける。
「孤児院から学校へ行く道は、子供だけでも迷わないようにしていただけますか?」
「もちろん!」
「ですが、勝手に外へ出られるようになってしまうのも困ります」
…………。
……あっ。
確かに。
学校の入り口とつながっているからって、幼い子がそのまま町へ出てしまったら危ない。
「じゃあ、学校へ行く道と、町へ出る道を分けて、見守る先生が分かるようにしよう」
「それがよろしいと思います」
桜花も頷いた。
セバスは、手元の地図へ小さな印を書き込む。
「通学する年齢の児童には、付き添いと確認の方法を設けましょう」
……おお。
これなら安心だね。
私は、空き地を見渡した。
草が風に揺れ、少し離れたところでは鳥が鳴いている。
……ああ。
ここに、子供たちの新しい家ができるのか。
何だか、わくわくしてきた。
……よし。
でも、まだ魔法は使わない。
まずは、先生たちのお話を聞こう。
◇
その日の午後。
王国邸の居間には、八人の先生たちが集まっていた。
もちろん、各施設の子供たちを置き去りにしたわけじゃない。
今日は前回の交流会と同じように、先生たちから子供たちへ説明し、王国邸で短い時間を過ごしてもらうことにした。子供たちは庭や別室で、巴さんとメイドたちが見守ってくれている。
だから、先生たちも子供を置いていく心配をせずに相談できる。体調が悪くなったり、先生に会いたくなったりしたときは、すぐに声をかけてもらう約束だ。
……うん。
今後の普段の仕事についても、無理のない方法を考えてもらう予定だ。
……うん。
先生たちが安心して集まれるようにするのも、大事だね。
「皆さん、今日はありがとうございます!」
私が挨拶すると、ポーラさんが丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
ナタリーさんも、隣で微笑んでいる。
ハーティスさんとリンさん。
デーツさんとライアさん。
アンキルさんとスペリアさん。
……うん。
八人が揃うのも、これで二度目だ。
「今日は、皆さんからいただいた希望をもとに、建物の中身を決めていきたいんです」
私は、机に大きな紙を広げた。
描かれているのは、学校の隣の土地。
……いやぁ。
自分で言うのも何だけど。
地図って、見てるだけで楽しいよね!
「まず、子供たちが眠る部屋についてです」
ポーラさんが、穏やかに口を開いた。
「大きな部屋に全員を集めるより、年齢や相性を考えて、いくつかに分けられる方が安心かと思います」
「なるほど!」
「小さな子が夜中に目を覚ましたとき、先生がすぐ気づけることも大切です」
……ああ。
それは、考えてなかったな。
「じゃあ、寝室は少人数ごとに分けましょう。先生たちが見回れるようにして」
「はい。それなら、子供たちも安心できると思います」
私は、紙に小さな四角を描いた。
……うん。
一つの大きな建物でも、中に小さな生活のまとまりを作れるんだね。
「お食事の場所は、どうしましょうか?」
ナタリーさんが尋ねる。
「大きな食堂がいいかなって思ってたんですけど」
「それも便利ですね。でも、小さな子や慣れない子は、大勢で一度に食べると緊張してしまうかもしれません」
…………。
……あっ。
そうか。
ダリル君たちも、最初は食卓で緊張してたもんね。
「じゃあ、広い食堂のほかに、落ち着いて食べられる小さな部屋も作ろうか」
「それはありがたいです」
ナタリーさんが、ほっとしたように笑った。
「厨房も必要ね!」
ハーティスさんが、勢いよく手を挙げる。
「できれば、温かいお料理をたくさん作れるところ!」
「もちろん!」
私が答えると、リンさんが続けた。
「食材の保管場所や、食器を洗う場所も広めの方が助かります」
……おお。
現実的!
「でも、先生たちだけで調理も掃除も全部やるのは大変ですよね」
「……そうなんです」
リンさんが頷いた。
ポーラさんも、少し困ったように笑う。
「これまでの施設では、食事の準備も洗濯も、私たちで何とかしておりました」
……うん。
だけど、新しい場所ではそうしなくていい。
「調理や洗濯を手伝ってくれる人も、必要に応じて新しく雇いましょう」
…………。
ハーティスさんが、少し目を丸くした。
「……そんなことまで、お願いしていいの?」
「もちろんです! 子供たちと過ごす時間を増やしたいですからね」
……うん。
先生たちに必要なのは、休める時間も含めた暮らしなんだ。
「では、私からも」
デーツさんが、静かに手を挙げた。
「子供たちが体を動かせる庭と、ものづくりができる場所があると嬉しいです」
「おお! 工作の部屋だね!」
「はい。ただし、道具を扱うので、安全にしまえる場所も必要です」
ライアさんが、少し身を乗り出した。
「小さな子でも使える机があるといいですね! 年上の子と一緒に作業するのも楽しいと思います」
「うんうん!」
……おお。
フェルザの二人、こういう話になると目が輝くね。
「それなら、工作室を作りましょう。危険な工具は、先生だけが取り出せる棚にして」
「ありがとうございます!」
ライアさんが嬉しそうに笑った。
……ふふ。
きっと、あの木の鳥も完成させるんだろうな。
「私からは……」
アンキルさんが、少し遠慮がちに口を開いた。
「子供たちが、一人で落ち着ける小さなお部屋もあるといいと思います」
「一人で?」
「はい。ずっと誰かと一緒にいるのがつらい日もありますから」
…………。
……ああ。
そうだよね。
みんな元気に遊んでいるように見えても、寂しくなるときだってある。
親を思い出して、泣きたくなる夜もあるだろう。
「いいですね。静かなお部屋も作りましょう」
「……ありがとうございます」
アンキルさんが、ほっとしたように微笑んだ。
スペリアさんも頷く。
「それなら、先生が近くで様子を見られるようにしておきたいですね」
「うん。それも大事!」
……ああ。
八人いると、いろんな意見が出てくるね。
私一人では、絶対に思いつかなかったことばかりだ。
その後も、話し合いは続いた。
怪我や病気のときに休める部屋。
清潔な服や寝具を保管する部屋。
大きなお風呂と、子供でも使いやすい洗い場。
小さな子が迷わず使えるお手洗い。
雨の日でも遊べる部屋。
先生たちが事務仕事をする部屋。
そして、先生たち自身が休める場所。
……うん。
必要なもの、いっぱいあるね!
「先生たちの寝る場所も、近くにあった方がいいでしょうか」
私が尋ねると、ポーラさんが頷いた。
「小さな子を見守るため、夜も近くにいる先生は必要です。ただ、全員が休みなく働く形にはしたくありません」
「もちろんです!」
……うん。
ここは、絶対に守りたい。
「交代で休めるように、部屋も人手も考えましょう」
「ありがとうございます」
ポーラさんの表情が、少し和らいだ。
私は、テーブルに並んだメモを見返した。
……あっ。
そうだ。
まだ聞きたいことがあった。
「国が違う子も来るかもしれません。生活の習慣が違っても困らないようにしたいんです」
ポーラさんが、ゆっくり頷く。
「では、食事や衣服、体の大きさなどに合わせて変えられるような部屋があるといいですね」
「うん! 最初から全部同じ形に決めつけない方がいいね」
セバスも、一礼した。
「各国から届く確認事項に応じて、設備を追加できるようにしておくのがよろしいかと存じます」
……おお。
さすが!
「じゃあ、後で直したり増やしたりしやすい造りにしよう!」
……うん。
これなら、まだ知らない子が来ても、ちゃんと考えてあげられる。
「ところで、リアリス様」
ポーラさんが、手元の紙を見ながら尋ねた。
「新しい孤児院では、何人ほどの子供を迎える予定でしょうか」
…………。
……あっ。
ついに、その話が来た。
「今、決まっているのは二十二人ですね」
私は、指を折って数えた。
「四つの孤児院にいる子が二十人。それから、うちのダリル君とセリム君」
「はい」
「でも、これからほかの国の子供も来るかもしれないし、シルク王国の中でも保護が必要な子が見つかるかもしれません」
……うん。
今の二十二人だけで、ぎりぎりになる建物は作りたくない。
私は、しばらく考えた。
部屋を増やすなら、後から《建築》で広げることはできる。
でも、そのたびに子供たちの暮らしを動かすのは、落ち着かないよね。
それなら。
最初から、余裕を持たせておいた方がいいのかな。
「……そうだなぁ」
私は、紙の端に数字を書いた。
百。
その横に、二百。
そして。
……うん。
「最大で、五百人くらい暮らせるようにしておこうかな」
…………。
…………。
部屋が、静かになった。
……あれ?
何か、変なこと言った?
「……ご、五百人でございますか?」
ナタリーさんが、目を丸くしている。
「はい!」
…………。
ポーラさんが、ゆっくり瞬きをした。
ハーティスさんは、思わず口元を押さえている。
デーツさんとライアさんも、顔を見合わせた。
……おお。
予想以上の反応だ!
「リアリス様」
ポーラさんが、落ち着いた声で口を開いた。
「恐れ入りますが、ひとつ確認させてください」
「はい!」
「五百人の子供を、私たち八人でお世話するのでしょうか」
…………。
……あっ。
なるほど、そこか!
「違います違います!」
私は、慌てて両手を振った。
「最初から五百人を迎えるわけじゃありません。建物にそれだけの余裕を持たせたいだけです」
「……そう、なのですね」
「今は二十二人。それ以上に増やすなら、必要な先生や調理の人を先に増やさないといけません」
ポーラさんが、ようやく息を吐いた。
「……安心いたしました」
……うん。
危ない、危ない。
ちゃんと説明しないと、五百人を八人で育てる話に聞こえちゃうよね。
……いや。
それは、さすがに無理だ!
「ただ、最大五百人となりますと、随分と大きな施設になりますね」
アンキルさんが、遠慮がちに言った。
「そうですよね」
「……子供たちが、迷子にならないでしょうか」
…………。
……あっ。
確かに。
五百人分の部屋を、ただずらっと並べるだけでは、迷路みたいになっちゃう。
「じゃあ、大きな一棟だけにしないで、小さな生活区画に分けるのはどうかな」
私は紙にいくつかの四角を描いた。
真ん中に食堂と共用の建物。
その周りに、寝室や居間を持つ区画。
廊下は分かりやすく、行き止まりをできるだけ減らす。
それから、庭へ出る場所も。
……うん。
これなら、一度に全部を使う必要もない。
「使っていない区画は閉じておいて、必要になったら開ければいいんじゃないでしょうか」
リンさんが頷いた。
「それなら、今いる子供たちも落ち着いて暮らせそうですね」
……ああ。
なるほど。
広い建物でも、最初から全部を使わなくていいんだね。
私は、嬉しくなって頷いた。
「でも、五百人分って……お金も相当かかりますよね?」
ライアさんが、少し心配そうに尋ねた。
「うん。普通なら大変だと思います」
……まあ。
建物だけなら、私には《建築》があるけどね。
「費用は全部、私が出すつもりです」
…………。
先生たちが、また静かになった。
……あれ。
今日は、よく静かになるなぁ。
「食費も、衣服も、建物の維持費も。それから、先生たちのお給料もね」
「……お給料まで?」
アンキルさんが、驚いたように聞き返す。
「もちろん!」
私は、笑って頷いた。
「皆さんが安心して働けるようにしたいんです。今までみたいに、先生たちが自分の食事を抜くのは駄目ですよ」
…………。
ハーティスさんが、ちらっとリンさんを見た。
リンさんは、すぐに頷いた。
「院長先生、聞きましたね?」
「も、もう院長じゃないわよ!」
…………。
……あっ。
確かに!
私は、思わず笑ってしまった。
周りの先生たちも、くすくす笑う。
……ふふ。
こういうところは、変わらないね。
セバスが、静かに口を開いた。
「なお、費用につきましては、旦那様のご資金から継続的に賄えるよう、私が管理の手順を整えます」
「ありがとう、セバス!」
「ただし、院長には必要な支出を判断していただき、旦那様には定期的に収支をご報告する形がよろしいかと存じます」
「うん。それでお願い!」
……ああ。
セバス、また仕事が増えちゃったな。
……でも、ここは役割を分けられるようにしよう。
「日常の運営はポーラさんにお任せします。私はお金や建物のことで困ったときに支えたいんです」
ポーラさんは、丁寧に頭を下げた。
「責任を持って、お預かりいたします」
……うん。
頼もしいね。
◇
話し合いが終わるころには、机の上が紙でいっぱいになっていた。
……おお。
これは、すごいことになった!
でも、最初の頃とは違う。
今は、ただ部屋の名前が並んでいるだけじゃない。
そこに暮らす子供たちの姿が、少しずつ見えてきた気がする。
ポーラさんが、一番大きな紙を見つめている。
「……本当に、こんな場所ができるのですね」
「はい。皆さんの意見を入れて作ります!」
私は、笑って答えた。
「ただし、実際に住む前には、ちゃんと安全を確認しましょう」
「もちろんです」
デーツさんが頷いた。
「家具が倒れないか、道具をしまう場所は安全か……そういうことも、みんなで見ておきたいです」
「お願いします!」
スペリアさんも、少し身を乗り出した。
「重たい荷物を運ぶ道も、子供たちが遊ぶところと分けておけるといいですね」
「おお! それも大事!」
……うん。
食材や寝具が届く場所と、子供たちが走り回る庭。
同じ道じゃ、危ないこともある。
セバスが、別の紙に書き足す。
「搬入口と通学路、児童の遊び場は、それぞれ動線を分けて配置いたしましょう」
「ありがとう、セバス!」
……うん。
ちゃんと考えれば考えるほど、いい施設になりそうだね。
「それじゃあ、皆さん」
私は、八人の顔を見た。
「明日、学校の隣で《建築》を使ってみようと思います」
…………。
今度は、みんなが揃って目を丸くした。
……あっ。
そうか。
この人たち、私が建物を作るところはまだ見てなかったね。
「……明日、ですか?」
ポーラさんが聞き返す。
「はい!」
「……五百人分の施設を?」
「はい!」
…………。
また、静かになった。
……あはは。
皆さん、いい顔してるなぁ!
翌朝。
私たちは、学校の隣にある空き地へ集まっていた。
空には薄い雲が浮かんでいる。
……うん。
今日は、建築日和だね!
……いや。
私の魔法なら、雨でも関係ない気はするけど!
八人の先生たちは、少し緊張した様子で地面を見つめていた。
今日は建築の様子を確認する短い時間だけ、昨日と同じように子供たちを王国邸で預かってもらっている。子供たちはまだ、新しい孤児院の中には入らない。見学と引っ越しは、準備を整えてからだ。
ポーラさんは、昨日の設計資料を抱えている。
セバスと桜花も、一緒だ。
そして今日は、王城からミキサーさんにも来てもらっている。
国としても孤児院の規模や設備、学校との位置関係を把握しておきたいそうだ。
「リアリス様。本日は建築の様子を拝見し、完成後に施設内を確認させていただきます」
「もちろんです! 気になるところがあったら、何でも言ってくださいね」
「ありがとうございます。陛下にも、後ほど状況をご報告いたします」
……うん。
カバディ王は、落ち着いた頃に見に来てもらえばいいよね。
今日はミキサーさんがいてくれるし、王国側の確認もばっちりだ!
「旦那様。周囲の通行と、学校の授業への影響がないことを確認いたしました」
「ありがとう!」
「建物の範囲につきましても、昨日の図面と照合しております」
「了解!」
……うん。
ここまで準備したんだから、あとは私の仕事だね。
「リアリス様」
ポーラさんが、静かに声をかけてきた。
「どうか、よろしくお願いいたします」
「はい! お任せください!」
私は、草地の真ん中へ歩いた。
……さて。
ここから、ちょっと本気で想像してみよう。
初めて《建築》を使ったときは、好きなように家を作った。
便利な設備を詰め込んで、広い部屋も作って。
……ああ。
楽しかったなぁ。
でも、今回は違う。
私が気持ちよく住むための家じゃない。
ここに住むのは、今はまだ名前を知らない子供たちも含めた、たくさんの子だ。
……うん。
だから、みんなの話を思い出そう。
夜中に目を覚ました子が、先生を呼べる部屋。
一人で静かに過ごせる場所。
友達と食事をして、笑える食堂。
工作をしたり、花を育てたりできる庭。
そして。
ここに帰ってきたら、ほっとできる家。
……よし。
思い浮かんできた。
まずは、学校と距離を取った入口。
通学の道とは分けて、子供たちが安全に出入りできる門を作る。
門の先には、ゆるやかな歩道。
左右には、花壇を置ける場所。
……あっ。
カトレアとセリム君の希望も忘れずに!
建物は、一つの巨大な箱にしない。
真ん中に共用の建物。
その周りに、いくつかの生活区画。
区画ごとに、居間と小さな寝室を用意する。
先生たちが見回りやすい廊下。
迷っても戻れるよう、分かりやすい案内と見通し。
階段だけでなく、移動しやすい通路も。
……うん。
小さな子も、体が不自由な子もいるかもしれない。
そういう子が困らないようにしておきたい。
食堂。
厨房。
食品を保管する部屋。
洗濯室と、清潔な寝具を置く部屋。
医務室。
静養室。
相談室。
先生たちの事務室と休憩室。
大浴場と、小さな子でも使いやすいお手洗い。
……おお。
いっぱいだなぁ。
でも、まだある。
雨の日に遊べる部屋。
工作室。
絵本を読める部屋。
外で遊べる広い庭。
それから、学校へ通うための、安全な道。
……うん。
使わない区画は、最初は閉じておく。
将来、先生や必要な設備が整ったら少しずつ開ける。
最大で、五百人まで暮らせるだけの余地。
でも、最初は二十二人が、安心して落ち着ける大きさで。
……よし。
これだ。
「……《建築》」
私は、静かに魔法の名を口にした。
次の瞬間。
足元から、淡い光が広がった。
草地の上に、建物の輪郭が浮かび上がる。
まっすぐな道。
小さな門。
左右に広がる庭。
そして、少しずつ立ち上がっていく壁。
「……えっ」
誰かの小さな声がした。
……ああ。
そうだよね。
初めて見ると、驚くよね。
光の中で、窓が形を取り、屋根が重なっていく。
白っぽい壁に、落ち着いた色の屋根。
大きいけれど、威圧感のない造り。
何棟かの建物が、広い中庭を囲むようにつながっていった。
……うん。
いい感じ!
私は、さらに細かいところを思い浮かべた。
子供の手が届く位置の手すり。
角が尖っていない家具。
高い棚は、倒れないように固定する。
窓は、子供が危険な開け方をしないように。
火や刃物を扱う場所には、先生が管理できる仕組みを。
……ああ。
こういうところまで考えるの、結構楽しいな。
それから、私の屋敷でも使っている便利な設備を、必要な形に整えていく。
魔力で動く照明。
清潔な水を使える場所。
汚れた水や廃棄物を、適切に処理する仕組み。
……うん。
毎日の掃除や洗濯が、少しでも楽になるように。
先生たちが子供のそばにいる時間を、増やせるように。
最後に、庭へ出る道を整えた。
……よし。
できたかな。
光が、ふっと薄くなっていく。
そして。
目の前に、真新しい孤児院が姿を現した。
…………。
…………。
……おお。
できた!
自分で作っておいて何だけど、なかなか立派だね!
建物は大きい。
でも、白い壁と淡い屋根の色のおかげか、どこか柔らかな印象がある。
中庭には芝生が広がっている。
花壇は、まだ何も植えていない。
そこは、みんなで植えたいからね。
学校との間には、歩きやすい通路。
正面の門は、一般の通学路とは離してある。
……おっ。
なかなか、いいんじゃない?
私は振り返った。
「皆さん、どうですか?」
…………。
…………。
……あれ。
返事がない。
ポーラさんは、口を少し開けたまま固まっている。
ナタリーさんは、目を丸くしている。
ハーティスさんは、両手を胸の前で合わせていた。
デーツさんとライアさんは、建物を見上げたまま動かない。
アンキルさんは、そっと口元を押さえている。
スペリアさんは、工具でも見ているような顔で屋根を眺めていた。
……おお。
みんな、固まってる!
……あっ。
よく見たら、ミキサーさんまで書類を持ったまま固まっていた。
…………。
……もしかして、建てるところを見たことなかったのかな?
「……あの、何か変でした?」
私が尋ねると。
「……リアリス様」
ポーラさんが、ようやく声を出した。
「……今、建てられたのですか?」
「はい!」
「……本当に、一瞬で?」
「はい!」
…………。
ポーラさんは、ゆっくりと息を吐いた。
「……何と言えばよいのか……」
…………。
……あっ。
もしかして、すごく驚かせちゃった?
……うん。
そうだよね。
普通、家ってこんなふうに生えてこないもんね!
「す、すごいわ……!」
ハーティスさんが、ようやく声を上げた。
「こんなに大きなおうち、見たことない!」
……あはは。
確かに、大きいかも。
「でも、中は小さな生活区画に分かれてるんですよ」
私は説明した。
「今は使わない場所も多いので、全部を一度に開けるわけじゃありません」
ポーラさんが、静かに頷いた。
「……そうでしたね。最初は、二十二人から」
「はい!」
「ですが、本当にこんな建物を……」
……おお。
まだ信じられないみたい。
そのとき。
「リアリス様!」
スペリアさんが、少し興奮した様子で近づいてきた。
「この建物、壁も柱も、全部もう完成してるんですか?」
「はい。見えるところだけじゃなく、中もちゃんと作ってありますよ」
「……すごい」
スペリアさんが、目を輝かせた。
「補修した跡もないし、床もまっすぐだ……」
……あっ。
見るところが、先生っぽい!
「でも、実際に安全かどうかは、みんなで確認してほしいです」
「もちろんです!」
スペリアさんが、勢いよく頷いた。
……うん。
良かった。
新しくても、使う人が確認することは大事だからね。
セバスが、静かに告げた。
「旦那様。まずは院長と皆様に、内部をご覧いただいてはいかがでしょうか」
「そうだね!」
私は、ポーラさんたちへ手を向けた。
「じゃあ、案内します!」
「ミキサーさんも、一緒に見ていってくださいね!」
「……ええ。そうさせていただきます。まずは、外観の驚きから立ち直らねばなりませんが」
…………。
……おお。
宰相さんでも、びっくりするんだね!
……さあ。
ここからが、本当の見学だ。
◇
まず案内したのは、食堂だった。
……おお。
自分で作ったけど、広いなぁ!
大きな窓から光が差し込み、床には明るい色の木材が使われている。
食事をするテーブルは、子供の体格に合わせていくつかの高さにしてある。
ただし、全部を並べているわけじゃない。
当面使うのは、二十二人がゆったり座れる一角だけ。
その隣には、落ち着いて食事をしたい子のための小さな部屋もある。
「まあ……」
ナタリーさんが、目を細めた。
「ここなら、みんなで食事ができますね」
「うん!」
ハーティスさんは、厨房を覗き込んだ。
「あら! これだけ広ければ、たくさんのお料理が作れるわね!」
「でも、食事を作る人は、ちゃんと雇わないとですね」
リンさんが、すぐに補足した。
「そうでした!」
…………。
……あはは!
ハーティスさん、すっかり料理を作る気になってた!
「皆さんが毎日全部作る必要はないですよ。調理を担当してくれる人も探しましょう」
ポーラさんが、静かに頷く。
「子供たちの健康にも関わることですし、そこはしっかり整えたいですね」
「はい!」
……うん。
食事は、毎日の楽しみ。
それに、安心して暮らすための基本でもあるからね。
「食べ物の好みが違う子が来た場合も、無理なく対応できるようにしたいです」
セバスが、資料に目を落とす。
「各国との協議で分かったことを、今後調理担当者にも共有できるようにいたします」
「ありがとう!」
……おお。
今度は台所まで外交案件になってる!
……セバス、本当に大変だなぁ。
ミキサーさんは、食堂と厨房を一通り見てから、手元の図面に印をつけた。
「リアリス様。開園時は二十二人とのことですが、将来五百人まで受け入れる場合は、職員の配置や保護の手続きも段階的に整える必要がございますね」
「はい。人数が増えたからって、先生たち八人だけに任せるつもりはありません」
「それを伺えて安心いたしました。王国としても、どの区画を使用し、何人を保護しているか把握できるよう、院長と連絡方法を決めさせてください」
ポーラさんが、丁寧に頷いた。
「承知いたしました。子供たちの情報を大切に扱いながら、必要なご報告をいたします」
……うん。
先生たちは毎日の暮らしを、ミキサーさんは王国との連携を見てくれる。
こうして分担できると、心強いね。
次は、子供たちの生活区画へ向かった。
廊下の途中には、柔らかな色の案内板がある。
角を曲がっても、どこから来たのか分かりやすいようにしてみた。
……うん。
私が初めて住んだとき、自分の屋敷で迷いそうになった経験が役に立ったね!
……いや。
そんな経験、普通はしないかな。
「こちらが居間で、奥に寝室があります」
扉を開けると、小さな居間が広がった。
窓際には長椅子。
壁には棚。
でも、飾りはまだほとんどない。
……うん。
そこは、子供たちと先生たちに決めてもらいたい。
「寝室は、何人かずつで使えるようにしてあります。年齢や気持ちに合わせて調整もできます」
ポーラさんが、部屋をゆっくり見渡した。
「……明るくて、よいお部屋ですね」
「ありがとうございます!」
ナタリーさんが、窓の方へ歩いた。
「この窓なら、朝も自然に目が覚めそうです」
……ああ。
それ、いいね。
廊下には、先生たちが夜の見回りをしやすいように、小さな灯りも設けてある。
アンキルさんは、静養用の部屋に入ると、小さく頷いた。
「……ここなら、少し疲れた子も落ち着けそうです」
「うん。一人になりたい子のためにもね」
……そう。
にぎやかな場所が好きな子ばかりじゃない。
少し静かにしたい日も、あるからね。
ポーラさんが、そっと言った。
「自分の気持ちを落ち着かせる場所があるのは、大切なことだと思います」
……うん。
あの人が言うと、説得力があるなぁ。
「おおっ!」
次に向かった工作室で、ライアさんが声を上げた。
……あっ。
目が輝いてる!
部屋の中には、子供用の低い作業台。
大人と一緒に作業できる大きな机。
壁には、道具をしまう棚。
もちろん、危険なものは先生しか取り出せないように考えてある。
「これなら、木の鳥を作る続きもできますね!」
「うん! あの子たち、楽しみにしてるでしょ?」
「はい!」
……ふふ。
本当に嬉しそう。
デーツさんは、作業台の角を指で確かめていた。
「……角が丸くなってる」
「はい。怪我をしにくいようにしてみました」
「これなら、小さな子も安心です」
……おお。
よかった!
その横では、スペリアさんが収納棚を開けたり閉めたりしている。
「……しっかりしてるなぁ」
「どうですか?」
「こういう棚、前の孤児院でも欲しかったんですよ」
……ああ。
きっと、毎日いろんなものを直してたからだね。
「必要な道具があれば、後で教えてください」
「本当ですか!」
「もちろん!」
……うん。
必要なものは、みんなで相談して揃えよう。
その後も、医務室や洗濯室、休憩室などを見てもらった。
どの部屋でも、先生たちから細かな意見が出てくる。
棚の位置。
扉の開き方。
手洗い場の高さ。
見回りのしやすさ。
……おお。
完成したと思ったのに、まだ直せるところがいっぱいある!
……いや。
これは、いいことだね。
私は、みんなの話を聞きながら、必要なところを《建築》で少しずつ調整していった。
大浴場へ入ると、ハーティスさんがまた目を丸くした。
「まあ! こんなに広いお風呂!」
「えへへ。広いお風呂、作ってみました!」
……うん。
ここは、私もちょっと頑張った。
王国邸のお風呂を参考にしたけど、子供が使うから、もっと安全にしたつもりだ。
滑りにくい床。
小さな子用の浅い場所。
先生が目を配りやすい洗い場。
それから、人によって使いやすいように、個別の浴室も用意してある。
「……助かります」
ポーラさんが、静かに言った。
「大勢で入るのが苦手な子もおりますから」
「うん。無理にみんな一緒にしなくてもいいかなって」
ナタリーさんが、微笑んだ。
「お風呂が好きになる子も増えそうですね」
「そうだと嬉しいなぁ」
……ふふ。
カトレアだったら、きっと大喜びだろうね。
ただ。
「先生が見ていないときに、子供だけで入らないようにもしないといけませんね」
リンさんが、真面目な顔で言った。
「そうですね」
私は頷いた。
便利なものでも、使い方を間違えたら危ない。
だから、施設の中のルールは、先生たちに決めてもらおう。
ポーラさんが、ゆっくりと頷いた。
「生活の決まりについては、私たちで整理いたします」
「お願いします!」
……ああ。
本当に頼もしい院長さんだね。
◇
一通り案内したあと、私たちは中庭へ出た。
……おお。
ここ、なかなか気持ちいいね!
建物に囲まれているけれど、空は広く見える。
風も通る。
小さな子が走り回る場所もあれば、ベンチに座って休める場所もある。
そして。
庭の端には、まだ何も植えられていない花壇。
……うん。
ここは、あえて空けてあるんだ。
「リアリス様。こちらは?」
ナタリーさんが、花壇を見た。
「子供たちと一緒に花を植えたいんです」
「まあ、素敵ですね」
「王国邸にも花壇があるんですけど、ダリル君とセリム君も、最近お花が好きになってきたみたいで」
ポーラさんが、目を細めた。
「子供たちにも、きっと喜ばれるでしょう」
「そうだといいなぁ」
……ふふ。
カトレアも張り切りそうだね。
そのとき、ライアさんが庭の一角を指さした。
「あそこ、工作の作品を飾る場所にしてもいいですか?」
「もちろん!」
「みんなで作った鳥のおうちを置けたら、楽しいかなって」
……ああ。
それは、いい!
「じゃあ、雨に濡れにくいところを作ろうか」
私は、軽く《建築》を使って、屋根のある小さな展示場所を整えた。
「……おお!」
ライアさんが、また目を輝かせる。
……ふふ。
今日、一番楽しんでるのはライアさんかもしれないなぁ。
私は、ちょっと笑ってしまった。
すると、ポーラさんが中庭の真ん中で立ち止まった。
「……リアリス様」
「はい?」
「本当に、ありがとうございます」
…………。
……おっ。
急に、どうしたんだろう。
「まだ、何もお返しできておりませんのに……こんなに立派な場所を用意していただいて」
私は、慌てて首を振った。
「いやいや、お返しなんて考えなくていいですよ!」
「ですが……」
「私がお願いしてるんです。子供たちのこと、よろしくお願いしますって」
……うん。
それだけなんだよね。
「建物なら、私が作れます。でも、子供たちが毎日笑って暮らせるようにするのは、皆さんのお仕事ですから」
ポーラさんは、黙って聞いてくれていた。
「だから、こちらこそお願いします」
私は、頭を下げた。
…………。
少しの間、風の音だけが聞こえた。
「……承知いたしました」
ポーラさんが、穏やかに答えた。
「大切に、使わせていただきます。そして、子供たちが安心して暮らせるよう、皆で力を合わせます」
…………。
……ああ。
よかった。
私は、顔を上げて笑った。
「はい! よろしくお願いします!」
周りの先生たちも、静かに頷いていた。
……うん。
建物ができたときより、今の方が嬉しいかもしれない。
だって、ここでの暮らしが、少しずつ想像できるからね。
そのあと、ミキサーさんは建物の配置と各設備をもう一度確認し、王城へ戻ることになった。
「子供たちの生活を考えた施設だと、よく分かりました。陛下にもお伝えしておきます」
「ありがとうございます!」
「陛下も興味をお持ちでしょうから、日を改めて見学にいらっしゃるかと」
「ぜひ! いつでもどうぞ!」
……ふふ。
王様が来たら、きっとまた建物の大きさに驚くんだろうなぁ。
……いや。
もう、驚かないかもしれないけど!
その帰り道。
私は、学校と孤児院をつなぐ通路を確認していた。
セバスは、新しい施設の記録を整理しながら歩いている。
「旦那様。今後は備品と運営人員の確認を進めます」
「うん。ポーラさんたちと相談してね」
「かしこまりました」
……ふふ。
いよいよ、開園が近づいてきた気がするなぁ。
ふと、敷地の外側へ目を向けた。
少し離れた道に、見覚えのある後ろ姿がある。
……ん?
あれ、クオシンさん?
こっちの建物を見ていたような気もするけど、すぐに歩いていっちゃった。
……まあ、王都だしね。
見回りでもしてるのかな。
「旦那様、こちらの資料をご確認いただけますか」
「おっ、うん!」
私はセバスから紙を受け取り、そのまま歩き出した。
……さて。
次は何を決めないといけないんだっけ?
……あっ。
まだ、いっぱいあるんだった!
◇
建物ができたからといって、すぐに子供たちが暮らせるわけじゃない。
……うん。
最近、それがよく分かってきた。
翌日から、私たちは開園に向けた準備を進めた。
まずは家具と寝具。
ベッドや布団は、子供の体格に合わせて用意する。
タオルや食器も、年齢によって使いやすいものを揃えた。
……あっ。
もちろん、全部五百人分を並べるわけじゃないよ?
まずは二十二人分と予備。
それから、必要に応じて補充できるようにしておく。
「ポーラさん、この大きさなら使いやすそうですか?」
私は、小さめのベッドを指さした。
「はい。ですが、寝返りの多い子もおりますので、安全面も確認したいと思います」
「うん。お願いします!」
……おお。
見ているところが違うなぁ。
ナタリーさんは寝具の手触りを確かめていた。
「肌の弱い子にも合うといいですね」
「そうだね。合わない子がいたら、その子用に変えましょう」
……うん。
みんな同じものを使わせる必要はないもんね。
それから、教室へ通う年齢の子が困らないよう、学校側とも連絡方法を決めていく。
出欠。
帰る時間。
体調が悪いときの連絡。
……ああ。
こういうのは、学校の先生たちと孤児院の先生たちで、ちゃんと話してもらおう。
私が間に入って一つずつ決めるより、ずっといいと思う。
「セバス、必要な連絡をお願いしていい?」
「もちろんでございます」
……ふふ。
やっぱり、頼りになるなぁ。
……ただし。
今度こそ、一人で全部抱え込まないでね!
厨房では、巴さんにも設備を見てもらった。
「リアリスちゃん、ここが新しい厨房なのね」
「うん。どうかな?」
巴さんは、調理台や保管庫を一つずつ確かめた。
「ふふ。とても使いやすそうよ」
「おっ。よかった!」
「でも、実際に大人数の食事を作るなら、担当する人たちが無理なく動けるようにしたいわね」
「うん。調理の人も募集するつもりだよ」
「それがいいと思うわ」
……ああ。
巴さんにそう言ってもらえると安心する。
「それから、リアリスちゃん」
「ん?」
「先生たちが、毎日ここで夜まで働くわけじゃないんでしょう?」
「うん。交代で休めるようにしたいんだ」
「なら、食事や洗濯を全部先生任せにしないことね」
「もちろん!」
……ふふ。
そういうところ、巴さんは本当に頼りになるなぁ。
私は、少しだけ笑った。
そのとき、巴さんが私を見つめた。
「……リアリスちゃんも、ちゃんと休むのよ」
…………。
……えっ。
「私も?」
「ええ。最近、あちこち飛び回っているでしょう?」
…………。
……おお。
また、見抜かれた!
「……はい!」
巴さんは、満足そうに頷いた。
……うん。
私も、仕事を増やしすぎないようにしよう。
……とはいえ。
あと少しだけ、やることがあるんだよね!
その日の午後。
セバスから、旧孤児院の対応所について報告があった。
「旦那様。王城側と、各施設の今後の役割について協議を進めております」
「おっ。どうなった?」
「四施設は、修理のうえ、一時保護や相談を受ける場所として残す方向で調整中でございます」
「よかった!」
……うん。
ポーラさんたちが大切にしてきた場所だからね。
「ただし、現在の八名は新孤児院へ移る予定でございます。旧施設の常駐職員は、別途募集する必要がございます」
「そうだよね」
「募集条件と研修内容は、王国側と調整しております。現職の皆様にも、引き継ぎについてご協力をお願いする予定です」
「うん。そこは無理のない範囲でね」
……ああ。
今の施設で働いていた先生たちには、新しい場所でも大切な仕事がある。
旧施設まで兼務させるわけにはいかないもんね。
「それから、新しい孤児院につきましても、将来の入所人数に応じて増員できるよう、採用の準備を進めます」
「うん。お願いします!」
……おお。
今はまだ二十二人だけど、準備することがいっぱいだ。
私は、ふと資料を見返した。
「ところで、セバス」
「はい、旦那様」
「この書類、また増えてない?」
「はい。建物が完成しましたので、運営に必要な項目が具体的になってまいりました」
…………。
……なるほど。
建物ができたら、仕事が減るんじゃなくて増えるんだ!
……おお。
これは、前世の仕事を思い出すなぁ。
完成したと思ったら、そこから運用と保守が始まるんだよね。
……うん。
昔の自分なら、きっと頷きすぎて首が痛くなる話だ!
◇
数日後。
新しい孤児院では、先生たちが生活の準備を進めていた。
食器の数を確かめたり。
寝室の配置を相談したり。
子供たちの荷物を、どこへしまうか考えたり。
……うん。
何だか、少しずつ家らしくなってきたね。
私は、廊下でポーラさんとすれ違った。
「ポーラさん、準備は順調ですか?」
「はい。皆で相談しながら進めております」
「よかった!」
ポーラさんは、ふっと笑った。
「ただ、これだけ広いと、しばらくは慣れるのに時間がかかりそうですね」
「……あはは。そうですよね」
……うん。
私も、ちょっと心配だったんだ。
「だから、最初に使う区画だけ、分かりやすく案内を作っておきましょうか」
「それがよろしいと思います」
「大きい建物だからって、最初から全部使わなくてもいいもんね」
「はい」
ポーラさんが、静かに頷く。
……ああ。
この人がいてくれると、本当に安心する。
私は、ふと彼女の服に目を向けた。
前の孤児院で着ていた、少しくたびれた制服。
……そうだ。
ここでも、働いてくれる人たちのことを考えたい。
「ポーラさん、先生たちの制服も新しくしませんか?」
「……制服、ですか?」
「はい。今の服も大切だと思いますけど、新しい場所で働くなら、使いやすいものがあった方がいいかなって」
ポーラさんは、少しだけ考えてから微笑んだ。
「……皆さんとも相談してよろしいでしょうか」
「もちろん!」
……うん。
その方がいい。
私の好みだけで決めたら、またメイド服だらけになっちゃうかもしれないからね。
…………。
……あれ。
すでに、何かが手遅れな気がする!
その日の夕方。
先生たちと一緒に、制服の案を確認した。
……おお。
新しい制服って、考えるだけでちょっと楽しいね。
巴さんにも相談して、動きやすくて洗いやすい形にしてある。
見た目は、私の屋敷のメイド服を少しアレンジしたもの。
でも、普通のメイド服とは違って、子供たちと一緒に動きやすいように工夫している。
ポーラさんとナタリーさん。
ハーティスさんとリンさん。
アンキルさん。
女性の先生たちは、落ち着いた色合いの服を試着していた。
デーツさんとライアさん、スペリアさんは、もちろんズボン型。
……うん。
大事なところ!
「動きやすいですね」
デーツさんが、腕を軽く動かした。
「これなら、子供たちと工作をするときにも困らなさそうです」
ライアさんも頷く。
「ポケットがあるのも嬉しいです!」
……あっ。
道具を入れられるからかな。
「ただし、危ないものは子供の手が届かないところに置いてくださいね」
「もちろんです!」
……ふふ。
頼もしい。
ハーティスさんは、鏡の前でくるりと回った。
「あら! 素敵ねぇ!」
「院長先生、あまり回ると……」
リンさんが、途中で言葉を止めた。
ハーティスさんが、ぱっと振り向く。
「……もう院長じゃないわよ!」
…………。
……あはは!
また、そのやり取りだ!
リンさんも、楽しそうに笑った。
「すみません。つい、いつもの癖で」
……うん。
こういう毎日が、新しい場所でも続くといいな。
◇
最後の準備を確認した夕方。
私は、新しい孤児院の前に立っていた。
中庭には、まだ少し空いている場所がある。
花壇も、まだ土だけ。
生活区画のいくつかは、使う日まで閉じておくことになっている。
……うん。
五百人まで受け入れられる建物。
でも、今はとても静かだ。
窓から見えるのは、先生たちが整えた机や椅子。
棚には、これから飾られるはずの絵の場所が空いている。
……ああ。
建物はできた。
備品も、だいぶ揃った。
先生たちも、準備を進めてくれている。
でも。
まだ、ここには子供たちの声がない。
……そうか。
家って、建物ができた瞬間に完成するわけじゃないんだね。
私は、ふと王国邸を思い出した。
あの家を初めて作ったとき。
広くて便利で、思いどおりの建物だった。
でも、一人では寂しかったんだ。
桜花が来て。
巴さんたちが増えて。
カトレアが笑ってくれるようになって。
ようやく、あの屋敷が私の家になった。
……うん。
ここも、きっと同じだ。
ポーラさんたちが、子供たちを迎えて。
ご飯の匂いがして。
笑い声や足音が響いて。
そのとき初めて、ここは本当の意味で孤児院になるんだね。
「リアリス様」
桜花が、私の隣に立った。
「いかがなさいましたか」
「うん。建物はできたけど、まだ完成じゃないなって思って」
「……左様でございますね」
「でも、きっといい場所になるよ」
桜花は、静かに微笑んだ。
「はい。私も、そう思います」
……ああ。
何だか、楽しみになってきたな。
私は、真新しい建物をもう一度見上げた。
……よし。
次は、いよいよ子供たちを迎えよう!
◇
――プチ番外編・先生たちの新しい制服。
その夜。
孤児院の事務室では、ポーラが新しい制服を畳んでいた。
隣では、ナタリーが名前ごとに服を揃えている。
「……本当に、ここで働くことになるのですね」
ナタリーが、小さく呟いた。
「ええ」
ポーラは、柔らかく微笑んだ。
「まだ、少し不思議な気持ちよ」
「私もです。あんなに大きな建物なのに、子供たちが使う場所はちゃんと落ち着けるようになっていて……」
「そうね」
ポーラは、机に置いた一枚の紙を見た。
子供たちが新しい家へ持っていきたいものを、先生たちと一緒に書き出した紙だった。
絵。
貝殻。
木の鳥。
布の人形。
その一番下に、小さな字があった。
『せんせいも』
…………。
ナタリーが、その字に気づいて微笑んだ。
「……これ、子供たちが書いたんですよね」
「ええ」
ポーラは、そっと頷いた。
「だから、私たちも一緒に行かなくてはね」
「はい」
しばらくして、ナタリーがふと尋ねた。
「院長先生。新しい制服、とてもお似合いでしたよ」
「……ありがとう、ナタリー」
「でも、今度こそちゃんとお休みしてくださいね」
…………。
ポーラが、少しだけ困った顔になった。
「……それ、リアリス様にも言われたわ」
「ふふ。では、みんなで見守らないといけませんね」
「……もう」
二人は、顔を見合わせて笑った。
窓の外には、まだ明かりの少ない新しい孤児院。
その静かな建物に、もうすぐ子供たちの声が響く。
二人は、そんな日を楽しみにしていた。
◇
――プチ番外編・冒険者ギルドにて。
同じ頃、王都の冒険者ギルド。
執務室へ、リリーナが勢いよく飛び込んできた。
「ギルマス! リアリスさんが、すごく大きい孤児院を一瞬で建てたそうです!」
「……は? 孤児院? なんであいつがそんなもんを?」
「孤児の兄弟を保護したときに思いついたみたいです! なんと、五百人くらい収容できるそうですよ!」
「……五百人?」
シルベスターは、手元の書類をゆっくりと机に置いた。
「……あっ、これ……また胃が……」
「ギルマス!?」
今日もギルドマスターの胃に、平穏は訪れなかった。




