第5話:国境を越えて
その日の朝。
食堂では、カトレアがセリム君と一緒にパンへジャムを塗っていた。
「こっちの方が、いちごがいっぱいだよ!」
「……ほんとだ」
「ダリルお兄ちゃんのも塗ってあげる?」
「ありがとう。でも、僕は自分でできるよ」
ダリル君が、少し笑って答える。
……おお。
すっかり、いつもの朝に馴染んできたねぇ。
セリム君なんて、最初は食べ物に手を伸ばすのも遠慮していたのに、今ではカトレアとどっちのジャムが美味しいか話している。
「お父さん、今日は何するの?」
「今日はね、いろんな国の人とお話する予定なんだ」
「いろんな国?」
「うん。ほかの国にも、ダリル君とセリム君みたいに困っている子がいるかもしれないからね」
カトレアが、きょとんとした。
「じゃあ、お友達がもっと増えるの?」
…………。
……おっ。
すごく簡単に言うと、そうなるのかな。
「そうなったら嬉しいね。でも、まだ決まってないよ」
「そっか!」
カトレアは素直に頷いて、ジャムを塗る作業へ戻った。
……ああ。
子供たちは、こうして新しい友達ができることを楽しみにしてくれている。
でも、大人の側には決めなくちゃいけないことが山ほどあるんだよね。
私は、向かいに座るダリル君と目が合った。
「……リアリスさん」
「ん?」
「僕たちも、知らない国へ行くことになるんですか?」
…………。
……あっ。
それは、誤解させちゃったかな。
「ううん。ダリル君たちを、どこかへ連れていくって話じゃないよ。シルク王国に作る新しい家へ、ほかの国の子も来たければ迎えられないかな、って考えているんだ」
「……そうなんですね」
「それに、新しい孤児院のことだって、ダリル君とセリム君の気持ちを聞いてから決めるからね」
セリム君が、お兄ちゃんの服の裾を掴んだ。
「……いっしょ?」
「もちろん、二人一緒だよ」
…………。
セリム君が、ほっとしたように笑った。
……うん。
こういうところを、忘れちゃいけないね。
◇
朝食のあと。
私はセバスと桜花を居間へ呼んだ。
テーブルの上には、セバスが用意した書類が並んでいる。
……おお。
すごい量!
「セバス。これ、全部孤児院の書類?」
「はい、旦那様。各国へのご相談に必要と考えられる内容を、まず整理いたしました」
「……まず?」
「はい。先方からのご質問を受けて、さらに追加する予定でございます」
…………。
……おお。
増えるのか!
私は、一番上の書類を手に取った。
そこには、国の名前が八つ並んでいる。
シルク王国。
ローズ帝国。
フォーサイド魔法国。
オリミス聖国。
ドルステン魔国。
エルフ国。
ジーラット国。
シギラ国。
……うん。
前に学校を作ったときと同じ、八つの国だね。
シギラ国は、ギーラ国とシーラ国が一つになった国。
だから、今は一か国として相談する。
「シルク王国は、カバディ王に話してあるよね?」
「はい。ただし、他国からの受け入れについては別途条件を確認する必要がございます」
「……そうだったね」
私は、昨日までの出来事を思い返した。
四つの孤児院の先生たちが、新しい孤児院への合流を引き受けてくれた。
ポーラさんが院長。
ほかの七人が先生。
今の施設も、将来は新しく人を雇って、孤児の一時保護や相談の場所にできないか考えている。
……うん。
少しずつ形になってきた。
でも。
国境を越えるとなれば、話はもっと難しくなるはずだ。
「セバス。今日は、何から話せばいいと思う?」
「まず、旦那様が何をなさりたいのかを、誤解なくお伝えすることかと存じます」
……おっ。
そこからなんだね。
「新しい孤児院は、シルク王国内に設立する予定でございます」
セバスが説明してくれる。
「しかし、施設が存在するからといって、他国の子供たちを自由に連れてきてよいわけではございません」
「うん。カバディ王にも、ちゃんと注意されたよ」
「各国には、それぞれの保護体制や判断がございます。ご家族、親族、施設の方々とのつながりを確認し、本人の希望も尊重しなければなりません」
……ああ。
そうだよね。
ダリル君たちみたいに両親を亡くした子でも、ほかに頼れる親戚がいるかもしれない。
生まれ育った町から離れたくない子もいる。
今の孤児院が好きな子だって、いるだろう。
「だから、いきなり何人送ってくださいって話はしない方がいいね」
「そのとおりでございます」
セバスが頷いた。
「まずは、こういう場所を作ろうと考えております、とお伝えする。そのうえで、各国にとって必要な支援なのか、お考えを伺うのがよろしいでしょう」
「うん!」
私は頷いた。
「あと、費用は私が負担するって伝えよう。生活費も、必要な物も」
「承知いたしました」
「でも、ずっと子供たちを見てくれる人が必要だから、ポーラさんたちと運営の相談をすることも」
「記載しております」
……おお。
もう書いてある!
私は、思わず書類を覗き込んだ。
……さすがセバス。
こういうとき、ほんと頼れる。
「旦那様。もうひとつ」
「ん?」
「受け入れる人数が増えれば、職員も増員する必要がございます。その判断は、今後ポーラ様とも相談いたしましょう」
……あっ。
そうだよね。
今いる二十人とダリル君たち二人ならともかく。
将来もっと増えるなら、八人だけでは足りない。
……うん。
ここも、ちゃんと考えておこう。
「でも、ひとつ気になってることがあるんだ」
私は、桜花を見た。
「リアリス様。何でございましょうか」
「国が違うと、食べ物とか習慣も違うよね」
「左様でございますね」
「今の先生たちは、人間の子供たちのお世話には慣れているけど、獣人の子や魔族の子は、また別のこともあるかもしれない」
……うん。
たとえば、好きな食べ物。
眠る時間。
体の大きさ。
気をつけたい病気。
そういうことって、みんな一緒とは限らないよね。
「そうした点も、各国の方々に伺うべきかと存じます」
桜花が答えた。
「だよね!」
私は、書類に一行書き足そうとした。
すると、セバスが別の紙を差し出してくれる。
「こちらに、食事・生活習慣・健康面の確認事項をまとめております」
…………。
……おお。
先回りされた!
「ねえ、セバス」
「はい」
「もしかして、もう全部できてる?」
「いいえ、旦那様。これから皆様のお話を伺って、完成させるものにございます」
……あっ。
そうか。
書類は準備できても、答えはまだないんだ。
「うん。じゃあ、ちゃんと聞いてこよう!」
「セバス、王城からの話し合いも、その後の各国との相談も、正式に補佐をお願いしていい?」
「かしこまりました、旦那様。各国との調整では、私が資料の説明や条件の確認、記録をお手伝いいたします」
「ありがとう! 私は子供たちのことを、きちんと伝えるね」
「はい。外交上の細かな調整は、私にお任せください」
桜花も、隣で静かに頷いた。
「私は護衛として同行いたします」
「うん! 二人ともよろしくね!」
私は、一番上の資料を持ち上げた。
……さて。
今日は、国を越えての相談だ。
……おお。
タイトルにすると、ちょっと壮大だね。
いや。
もう十分、壮大な話なのかもしれないけど!
◇
最初に向かったのは、王城だった。
もちろん、セバスと桜花も一緒だ。
セバスには外交の補佐をお願いしているので、何か確認が必要になっても安心だね。
……うん。心強い!
……いや。
今から全部の国の人を呼び集めるわけじゃないよ?
今日は、カバディ王とミキサーさんに、改めて方針を伝えに来たんだ。
王城の応接室へ入ると、二人が待っていた。
「リアリス殿。よく来てくれた」
「こんにちは、カバディ王!」
「本日はよろしくお願いいたします、ミキサー様」
セバスが丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ、セバス殿。お待ちしておりました」
……おお。
セバスがいると、最初からちゃんとした会議になるね。
私は、少し安心して席についた。
「それで、リアリス殿。四つの孤児院とは、話がまとまったそうだな」
「はい! 先生たち八人が、協力してくださることになりました!」
「うむ。それは喜ばしい」
王様が頷く。
「ただし、子供たちの気持ちを見ながら、準備ができてから移るつもりです」
「それでよい」
……うん。
何だか、今日は順調だ。
私は、セバスと用意した資料を机に置いた。
「実は、ほかの国の孤児も迎えられないか、相談を始めたくて」
…………。
ミキサーさんが、少しだけ目を閉じた。
……あっ。
また、その反応!
「……リアリス殿」
「はい?」
「覚えておるな?」
「はい! 勝手に連れてこない、ですよね!」
私が即答すると、王様は少し驚いた顔になった。
「……うむ。そのとおりだ」
…………。
……おお。
今、褒められる流れかな?
「それに、各国にも親族や施設があるでしょうから、そちらで暮らせるなら、無理に移すつもりもありません」
そこでセバスが、一礼して補足してくれた。
「陛下。各国には、直ちに児童の移送をお願いするのではなく、まず現地の保護状況とご担当者を確認いたします。必要な場合に限り、双方で条件と手順を協議する方針でございます」
「……うむ。よく分かった」
王様が、ほっとしたように頷いた。
「……よし。そこまで分かっておるなら、話を進めよう」
……ふふ。
今回は、ちゃんと予習してきました!
ミキサーさんが、私たちの資料を読み始めた。
数分後。
「……よくまとまっておりますね」
「ありがとうございます!」
……おっ。
褒められた!
……いや。
ほとんどセバスのおかげなんだけどね。
「セバスが、準備してくれたんです」
「さすがでございます」
セバスは、何でもないことのように一礼する。
……うん。
私も、こういう仕事ぶりを見習いたい。
「王国として、必要な手続きについても協力いたしましょう」
ミキサーさんが続けた。
「ただし、他国の児童を受け入れる場合、先方の確認だけでなく、王国側でも受け入れ先や責任者を把握する必要がございます」
「そうですよね」
「どこの国から来たのか。どなたが保護の判断をしたのか。本人は移ることを望んでいるのか。親族との連絡が必要なのか。そうした情報を、適切に記録しておかなければなりません」
……ああ。
考えることが、いっぱい!
「記録については、プライバシーにも配慮いたしましょう」
セバスが言った。
「子供たちの事情を、不必要に他人へ知られることのないように」
……うん。
それ、大事だね。
ダリル君たちだって、自分の両親のことを誰にでも話したいわけじゃないだろう。
「じゃあ、情報を集めることと、みんなに広めることは別なんだね」
「そのとおりでございます」
……おお。
勉強になるなぁ。
「それから、リアリス殿」
カバディ王が、真面目な顔になった。
「他国との相談が進んでも、すべての子供をすぐ受け入れられるわけではないぞ」
「はい。先に今の二十二人が安心して暮らせるようにしたいです」
…………。
王様とミキサーさんが、顔を見合わせた。
「……今日は、随分と慎重だな」
「えっ!?」
……おお。
そんなに珍しい!?
私は、ちょっとだけ複雑な気持ちになった。
◇
王城での相談が終わると、セバスと私は王国邸へ戻った。
それから、各国へ《映像通話》で連絡を始めた。
セバスは私の隣で各国の資料を広げ、連絡先や相談事項を一つずつ確認してくれている。
……うん。私は自分の言葉でお願いして、細かな条件はセバスに助けてもらおう。
もちろん、いきなり「今から会議です!」ではない。
先にセバスが窓口を通じて、面談をお願いしてくれていた。
……いやぁ。
これがなかったら、私なら本当に突然電話していたかもしれない。
……うん。
止めてくれてありがとう!
最初に画面に映ったのは、ローズ帝国のヴァリロッサ皇帝だった。
『おお、リアリス! 久しいな!』
「こんにちは、皇帝!」
『今日は、また面白い話があるそうじゃないか!』
……おお。
声が大きい!
……いや。
この人は、いつもこんな感じだね。
横には、黒髪に片眼鏡のガラントさんが立っていた。
『陛下。まずは内容をお聞きください』
『分かっておる!』
…………。
……ふふ。
相変わらずだなぁ。
「実は、シルク王国に新しい孤児院を作ろうと思ってるんです」
『……孤児院?』
「はい。今、王国内にある四つの孤児院の先生たちが協力してくれることになって」
私は、これまでの経緯を説明した。
ダリル君とセリム君のこと。
王国の孤児院が苦しい状況にあること。
新しい施設では、子供たちだけでなく先生たちの暮らしも支えたいこと。
そして、もしほかの国に同じように困っている子がいるなら、希望する場合に受け入れる可能性を考えたいこと。
皇帝は、途中で口を挟まず聞いていた。
……おお。
珍しく、すごく真剣だ。
『……なるほどな』
話し終えると、ヴァリロッサ皇帝が腕を組んだ。
『悪い話ではない。だが、リアリス』
「はい」
『子供を国境の向こうへ送るというのは、簡単な話じゃねえぞ』
……あっ。
やっぱり、そう言われるよね。
『我が帝国にも、身寄りを失った子を保護している者はいるだろう。だが、親族がいるかもしれん。元の町で暮らしたい子もいるはずだ』
「はい。そこは、絶対に無理をしないつもりです」
ガラントさんが、そこで口を開いた。
『それに、子供の身元を確認しないまま国境を越えさせることはできません』
「もちろんです」
『……特に、違法な奴隷売買があった過去を考えますと、保護という名目が悪用されない仕組みも必要でしょう』
…………。
……ああ。
その言葉は、軽く聞き流せなかった。
ローズ帝国で見た、あの光景。
人を物として扱うことが、どれほど残酷なのか。
私は、忘れていない。
「……はい」
私は、真っ直ぐ画面を見た。
「私が作る場所で、子供たちを誰かの所有物みたいに扱うことは、絶対にしません」
ガラントさんが、静かに頷いた。
『そのお気持ちは、承知しております。だからこそ、仕組みとして確認させていただきたいのです』
セバスが、すぐに資料の該当箇所を開いた。
「ガラント閣下。身元確認と移送の記録につきましては、双方の担当者が確認できる手順を検討したく存じます。後日、ご担当者と協議させていただけますでしょうか」
『ああ。その点は担当に伝えておこう』
……うん。
善意だけを頼りにして、手順を飛ばしたら駄目なんだね。
皇帝が、ゆっくり頷いた。
『よし。まずは、帝国内の担当者に現状を調べさせる。正式な受け入れについては、その結果を見てからだ』
「ありがとうございます!」
『その代わり、勝手にうちの子供を連れてくなよ!』
「行きませんって!」
…………。
……おお。
皇帝までカバディ王と同じこと言ってる!
私は、思わず苦笑した。
通話が切れたあと。
「セバス。今の話、どうだった?」
「先方が重視されている条件は明確になりました。保護と移送が悪用されぬよう、本人確認と記録の仕組みが必要でございます」
「うん。そうだね」
「現時点では、ご提案の検討を始めていただく段階にございます」
「……つまり、まだ受け入れが決まったわけじゃないんだね」
「そのとおりでございます」
……うん。
落ち着いて、落ち着いて。
話が前に進んだだけでも十分だよね。
私は、次の資料を手に取った。
「じゃあ、次はフォーサイド魔法国!」
「承知いたしました」
……さて。
こちらは、どんな質問が来るかな。
◇
《映像通話》の画面に映ったのは、キリアさんとモースさんだった。
『リアリス殿。お久しぶりです』
「こんにちは、キリアさん!」
『あら、リアリスちゃん! 元気そうね!』
「モースさんも、お元気そうで!」
……ああ。
この二人も、相変わらずだ。
キリアさんは、書類を持って落ち着いた顔。
モースさんは、最初から楽しそうに笑っている。
『それで、新しい孤児院を作るのですって?』
「はい!」
『リアリスちゃんらしいわねぇ』
……おっ。
褒められた?
……いや。
何となく「また何か始めたわね」って顔にも見えるなぁ。
キリアさんが、資料へ視線を落とした。
『目的については理解しました。ただ、私どもの国には、魔法を学び始める年齢の子供もおります』
「はい」
『魔力の扱いがまだ不安定な子もいるでしょう。別の国で暮らすなら、教育や安全管理について確認が必要です』
……あっ。
そうか。
フォーサイド魔法国では、魔法が暮らしに身近なんだよね。
「確かに、魔法を使う子がいたら、安全な場所が必要ですね」
『ええ。魔法の力そのものを危険視して、無理に抑え込むようなことも避けなければなりません』
「もちろん!」
私は頷いた。
「魔法の得意な先生や、教育の相談ができる人がいれば助かります」
キリアさんが、少し興味深そうな顔になる。
『……なるほど。そなたの魔法ですべて解決するつもりではないのですね』
「いやぁ、私の魔法で何とかできることは多いですけど、子供たちがどう育つかは、私だけでは決められませんから」
……うん。
勉強も遊びも、毎日の積み重ねだもんね。
モースさんが、ぱんと手を叩いた。
『いいじゃない! 先生たちと相談して作るのなら、ちゃんとした場所になりそうね』
「ありがとうございます!」
『ただし、キリア。魔法の話だけじゃないわよ』
『……分かっております』
『子供たちが何を食べて、どこで眠って、寂しいときに誰がそばにいるのか。そこも大事でしょう?』
…………。
……ああ。
モースさん、いいこと言うなぁ。
「はい。そこも、ちゃんと考えてます!」
モースさんは、満足そうに頷いた。
『それなら、担当者と相談してみるわ。ただし、受け入れを希望する子がいるのか、まず調べてからね』
「もちろんです!」
キリアさんも、ゆっくり頷いた。
『国としての判断は、その後になります。必要な教育面の条件については、こちらからお伝えしましょう』
「よろしくお願いします!」
……よし。
また一歩、進んだ!
……うん。
書類も、また増えそうだけどね。
◇
次の相手は、オリミス聖国のパーシー教皇さんだった。
画面がつながると、教皇さんが丁寧に頭を下げる。
『おお……使徒様! 本日は何のお話でございましょうか』
「こんにちは、教皇さん!」
……うん。
相変わらず、私のことを使徒様って呼ぶんだね。
横には、ケラーさんもいる。
『リアリス様。本日はよろしくお願いいたします』
「こちらこそ!」
私は、新しい孤児院の話をした。
すると、教皇さんは静かに目を閉じた。
『……身寄りのない子供たちが、安心して暮らせる場所』
「はい」
『そのようなお考えを……なんと尊いことでしょう』
…………。
……あっ。
ちょっと待って。
何だか、すごく大きな話になりそうな雰囲気!
「いえ、私はできることをしたいだけで……」
『まさしく、慈しみの心にございます』
…………。
……おお。
止まらない!
私は、助けを求めるようにセバスを見た。
セバスは、落ち着いて一礼した。
「教皇猊下。恐れ入りますが、まずは実務上の確認をお願いできますでしょうか」
……おお。
助かった!
さすがセバス!
ケラーさんが、すぐに話を引き取ってくれた。
『承知いたしました。聖国内には、教会や地域の方々が子供たちを支えている例もございます』
「そうなんですね」
『現在どのような支援が行われているのか、それぞれの担当者に確認する必要があるでしょう』
……うん。
ここでも、今あるつながりを大切にしたいね。
「ひとつ、お願いしてもいいですか?」
私は、教皇さんに尋ねた。
『何なりと』
「もし聖国の子が新しい孤児院へ来ることになっても、その子が今まで大切にしてきた習慣や信仰は、できるだけ尊重したいんです」
『……もちろんでございます』
教皇さんが、真面目な顔で頷いた。
『子供の心の支えを、無理に取り上げるようなことがあってはなりません』
……ああ。
よかった。
「逆に、別の考え方の子が来ても、それを理由に困らせたくないんです」
ケラーさんが、静かに答えた。
『同感です。新しい場所での暮らしが、子供にとって負担ばかりになっては意味がありません』
……うん。
そうだよね。
私は、少し肩の力を抜いた。
『使徒様』
「はい?」
『私どもも、今ある保護の仕組みを確かめ、必要な協力を検討いたします』
「ありがとうございます!」
……おお。
ここも、ちゃんと考えてくれるんだね。
『ただし、最終的な判断は、子供たちの事情と、こちらの保護責任を確認してからにいたしましょう』
「はい! よろしくお願いします!」
……うん。
今日は、皆さん同じことを言ってくれる。
それだけ大切な話なんだね。
通話を終えたあと、私は、ふと思った。
……そういえば。
教皇さん、最後まで一度も神様に《映像通話》を頼んでこなかったなぁ。
……よかった!
あれを始めたら、孤児院の話が進まなくなるところだったよ。
私は、こっそり胸を撫で下ろした。
◇
それから、ドルステン魔国へ連絡した。
画面がつながった瞬間。
『おおっ! リアリス殿ではないか!』
…………。
……おお!
今日も声が大きい!
「こんにちは、魔王!」
『がっはっは! よくぞ連絡してくれた!』
大きな体に、二本の角と翼。
画面いっぱいに、魔王ドルステンの顔が映っている。
その隣には、第三の目を持つ宰相のグリンヒルダさん。
……うん。
この二人も、元気そうだね。
「実は、子供たちのことで相談があるんです」
『……子供たち、とな?』
私は、新しい孤児院のことを説明した。
魔王は、最初こそ豪快に頷いていたけれど、途中から真剣な表情になった。
『ふむ……。他国の子供を、シルク王国で預かる可能性があるというわけか』
「はい。でも、無理に来てもらうつもりはありません」
『うむ。それは当然だ』
グリンヒルダさんが、低い声で言った。
『リアリス殿。ひとつ確認したい』
「はい、グリンヒルダさん」
『その孤児院は、魔族の子供も、人間の子供も、区別せずに受け入れるつもりなのか』
「はい。困っているなら、種族だけで断りたくないです」
……うん。
それが、私の気持ちだ。
グリンヒルダさんは、少し黙った。
『……だが、魔族の中には、人間の国へ行くことに不安を感じる者もいる』
…………。
……ああ。
そうだね。
昔は、ずっと争っていたんだもんね。
『和平が成立したからといって、長く続いた不信が一日で消えるわけではない』
グリンヒルダさんが続ける。
私は、静かに頷いた。
「そうですよね。だから、魔国で安心して暮らせる場所があるなら、そちらを選んでもらっていいと思うんです」
『……ほう』
「どうしても助けが必要で、シルク王国へ行きたいと本人が思うなら、選択肢のひとつにできたらなって」
魔王が、腕を組んだ。
『吾輩は、その考えは悪くないと思うぞ』
「ありがとうございます!」
『だが、吾輩の国の子を、何も確かめずに送り出すわけにはいかぬ』
「もちろんです!」
……うん。
やっぱり、そうだよね。
魔王は、少しだけ笑った。
『そなたのところなら安全であろう。吾輩も、そなたの力を知っておる』
「はい」
『しかし、安全とは、敵が来ないというだけではない』
…………。
……あっ。
その言葉、何だか深い。
『食べ物が合わずに困る者もおろう。言葉や生活の違いに戸惑う者もおろう。何より、故郷を恋しく思う者もおる』
「……そうですね」
私は、改めてメモを取った。
……ああ。
魔王って、こういうところまで考えてるんだね。
……いや。
国を治める人なんだから、当たり前か。
グリンヒルダさんが頷いた。
『まずは我が国の実情を調べる。必要な子がいれば、本人と関係者の意向を確認したうえで、改めて相談させてもらおう』
「はい。お願いします!」
『がっはっは! 話し合う用意だけはしておくとよい!』
……おお。
何だか頼もしい!
私は、画面越しに頭を下げた。
通話が終わったあと。
私は、少し考えていた。
「リアリス様」
「ん?」
「何か、お気づきになりましたか」
桜花が、静かに尋ねてくる。
「うん。私、さっきまで『来たい子がいたら迎えたい』って考えてたけど」
「はい」
「来たいと思うまでにも、いろんな事情があるんだね」
……うん。
魔国の子にとって、シルク王国は遠い国。
それも、昔は争っていた相手の国だ。
急に「いい家ができたからおいで」なんて言われても、安心できるとは限らない。
「だから、本人が選べるようになるまでの時間も、大事にしたいな」
「左様でございますね」
桜花が、穏やかに頷く。
……ああ。
今日、相談してよかった。
セバスが、書類に何かを書き加えた。
「『希望する児童の気持ちを確かめる手順と、見学の方法を検討』と記載いたしました」
「ありがとう、セバス」
「なお、見学の際にも、先方の許可と、安全な移動の手配が必要でございます」
「……はい!」
…………。
……おお。
魔法なら簡単、って思う前に言われちゃった。
……いや。
これくらい、もう分かってます!
……たぶん。
私は、ちょっとだけ笑った。
◇
次は、エルフ国。
画面に映ったのは、森王ライノーラさんだった。
『リアリス殿。久しぶりだな』
「こんにちは、ライノーラさん!」
『今日はどのような用件かな』
私は、新しい孤児院の話を伝えた。
森王は、途中で何度か頷きながら聞いてくれた。
『……なるほど。困っている子供のために、新たな住まいを用意するのか』
「はい。でも、今の家族や地域で暮らせるなら、それを優先したいです」
『よい考えだ』
……おっ。
褒めてもらえた!
『ただ、エルフには長く生きる者も多い。子供と一口に言っても、人間とは年齢の考え方が違う場合がある』
「……ああ」
……そうか。
私には若く見える人も、ものすごく長く生きてることがあるんだよね。
……うん。
ライラさんなんて、私よりずっと年上だし。
「年齢だけで決めない方がいいですね」
『うむ。本人の成長や事情を確かめる必要がある』
森王は、少し表情を和らげた。
『それに、森で育った子が、急に人間の町で暮らすのは不安かもしれぬ』
「はい。そこも、ちゃんと考えたいです」
『逆に、故郷を離れて暮らしたいと望む子もいるだろう。大切なのは、事情を聞くことだ』
……ああ。
そういうことだね。
私は、深く頷いた。
「もし、エルフ国の子が来ることになったら、必要な環境についても教えてください」
『承知した。まずは国内の状況を確かめよう』
「ありがとうございます!」
……うん。
ここも、相談の第一歩だ。
『ところで、リアリス殿』
通話を終えようとしたとき、森王がふと思い出したように言った。
「はい?」
『ライラから、そなたのところでカトレアが元気にしていると聞いた』
「はい! 毎日、花のお世話を頑張ってますよ」
『そうか。それは何よりだ』
……ああ。
ライラさん、時々カトレアとお庭の話をしてくれるんだよね。
森王も、何だか嬉しそうだ。
『新しい孤児院でも、花を育てられるようにしてやるとよいかもしれぬな』
「おお! それ、いいですね!」
……あっ。
またひとつ、やりたいことが増えた!
私は、急いでメモを取った。
「ありがとうございます、ライノーラさん!」
『うむ。よい施設になることを願っておる』
通話が終わった。
私は、書類の端に小さな花の絵を描いた。
…………。
……いや。
真面目な書類に落書きしちゃ駄目かな。
セバスが、その紙を見た。
「旦那様。お庭の整備案に追加いたしましょう」
……おお。
落書きまで仕事になった!
「ありがとう、セバス!」
……ふふ。
何だか、少し楽しくなってきたね。
◇
ジーラット国のライオネス獣王に連絡したのは、その翌日だった。
……いやぁ。
全部の国へ連絡するだけでも、結構大変だね。
昨日の夜、セバスに「今日はここまでにしましょう」と言われなかったら、まだ話し続けていたかもしれない。
……うん。
ちゃんと休むのも、お仕事です!
『おお、リアリス殿!』
「こんにちは、ライオネス王!」
画面の向こうでは、立派なライオンの顔をした獣王が笑っていた。
その隣には、兎の顔をした宰相ラビリンスさん。
『本日は、子供たちのことと伺っております』
「はい、ラビリンスさん!」
私は、新しい孤児院の構想を説明した。
獣王は、しばらく真剣な顔で聞いていた。
『ふむ。身寄りのない子が、安心して暮らす場所か』
「はい」
『それ自体には賛成だ。しかし、獣人の子となれば気をつけることも多いぞ』
「やっぱり、そうですよね」
ラビリンスさんが、資料を開いた。
『種族によって、必要な生活環境や食事が異なることもございます。小さな子は、特に周囲の助けが必要です』
……ああ。
そうだよね。
同じ獣人でも、猫に似た人もいれば、兎に似た人もいる。
……いや。
この世界は本当に、いろんな人がいる。
「全部一緒に考えてたら、困る子が出るかもしれませんね」
『ええ。本人に合った暮らしを用意することが大切です』
……うん。
また、勉強になった!
『それと、リアリス殿』
ライオネス王が、腕を組んだ。
『うちの国の子供がシルク王国へ行くとなれば、親族や地域の者も心配するだろう』
「はい」
『だから、我が国で保護できるなら、まずそれを考えたい』
「もちろんです!」
……うん。
それでいいと思う。
「私は、全部の子供を自分のところに集めたいわけじゃないですから」
『ほう?』
「困っている子がいて、今いる場所では助けられないときに、別の選択肢があればいいなって」
獣王が、ゆっくり頷いた。
『……なるほどな。それなら、話は分かる』
ラビリンスさんも、少し安心したようだ。
『国内の担当者に確認いたします。具体的な受け入れは、必要性と本人の意思、関係する方々の同意が整ってからですね』
「承知いたしました。確認に必要な項目は、後ほど私からお送りいたします」
セバスが丁寧に一礼する。
『お願いいたします』
「はい。お願いします!」
『それから、異国へ移ったあとも、故郷の人と連絡できるようにしてやってほしい』
……あっ。
そうだね。
移ったら終わり、じゃないもんね。
「そこも、考えます!」
……うん。
《映像通話》みたいな方法もあるけど、使い方は一緒に決めないとね。
獣王が、豪快に笑った。
『がっはっは! 良い話を待っておるぞ!』
「ありがとうございます!」
……おお。
今回は、戦いの話にならなかった!
……いや。
子供たちの話で勝負を始められても困るんだけどね。
◇
最後は、ドワーフの統一国家シギラ国。
《映像通話》の画面に、ミゲイルさんが映った。
『リアリス殿。お久しぶりです』
「こんにちは、ミゲイルさん!」
赤い髪のミゲイルさんは、いつもの穏やかな顔で微笑んでいる。
その隣には、イリーナさんもいた。
『リアリス殿、こんにちは』
「こんにちは、イリーナさん!」
……ああ。
お二人とも元気そうだね。
私は、最後の説明を始めた。
シルク王国に新しい孤児院を作ろうとしていること。
すでに四施設の先生たちが協力してくれること。
受け入れる子供たちの気持ちを何より大切にしたいこと。
そして、ほかの国にも必要な支援があるなら、国の判断を尊重して相談したいこと。
ミゲイルさんは、最後まで静かに聞いてくれた。
『とても意義のあるお話だと思います』
「ありがとうございます!」
『ただ、私たちの国には、町ごとに助け合って暮らしている子供たちもいます』
「はい」
『親を亡くしたからといって、すぐに故郷を離れることが最善とは限りません』
……うん。
そうだよね。
『できることなら、まずは今いる場所で支えられるかを考えたいと思います』
「もちろんです!」
私は、しっかり頷いた。
……ああ。
こういう考え方、大切だなぁ。
イリーナさんが、少し微笑んだ。
『それでも、どうしても難しいときに、頼れる場所があるのは心強いですね』
「はい。そんな場所にしたいです!」
『もうひとつ、リアリス殿』
ミゲイルさんが、丁寧に続けた。
『子供たちが新しい場所で暮らすことになった場合、これまで学んできたことや、好きだった遊びを続けられるでしょうか』
「……あっ」
私は、フェルザの孤児院を思い出した。
木の鳥を作っていた子供たち。
あの子たちにとって、ものづくりは大切な遊びだった。
「はい。そういう時間も、ちゃんと用意したいです」
『それは何よりです』
ミゲイルさんは、少し安心したように笑った。
『ドワーフの子供にも、手を動かして学ぶことが好きな者がいるでしょう。もちろん、全員が同じというわけではありませんが』
「うん。本人に聞くのが一番ですね!」
『そのとおりです』
……おお。
ミゲイルさん、やっぱり話し方が落ち着いてるなぁ。
イリーナさんも、優しく頷いた。
『私たちの国でも、子供を保護する仕組みや、支援が必要な場合を調べてみます』
「ありがとうございます!」
『その結果を踏まえて、担当者同士で相談できればと思います』
「はい。セバスにも手伝ってもらいます!」
『では、こちらからも窓口をお伝えします』
……うん。
これで、一通りの国とお話できたね。
私は、画面に向かって頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
『こちらこそ。よいご相談ができますように』
……ああ。
最後まで、丁寧な人だね。
通話が切れたあと、私は椅子に深く座り直した。
「……ふぅ」
……いやぁ。
よく喋った!
◇
それから、私はセバスと一緒に、各国からの返事を整理した。
……おお。
紙が増えてる!
「セバス。最初に見たときより、随分分厚くなってない?」
「はい、旦那様。ご確認いただく条件が増えましたので」
…………。
……うん。
そうだよね。
私は、机の上に広げた資料を眺めた。
ローズ帝国は、身元の確認と、保護の名目が悪用されない仕組み。
フォーサイド魔法国は、教育や魔法の安全について。
オリミス聖国は、今ある保護の仕組みと、子供たちの心の支え。
ドルステン魔国は、人間の国へ移ることへの不安と、生活習慣の違い。
エルフ国は、成長や年齢の考え方、故郷の環境。
ジーラット国は、種族に応じた暮らしと、元の地域とのつながり。
シギラ国は、地元での支援と、子供たちが続けたいこと。
……うん。
全然、同じじゃなかった!
もちろん、どの国も「困っている子を助けたい」という気持ちは持ってくれている。
だけど、具体的な事情は違う。
……ああ。
話してよかったなぁ。
「それで、セバス。全部、受け入れを許してもらえたわけじゃないんだよね?」
「はい。現時点で正式な受け入れ人数や時期が決まっている国はございません」
「……うん」
「各国とも、ご提案を検討し、必要な確認を進めていただける段階でございます」
……なるほど。
今日は、入口に立てたってことか。
私は、静かに頷いた。
……うん。
それなら、それで十分だと思う。
「でもさ、セバス」
「はい、旦那様」
「もし、どこかの国が『うちの子は国外へ出せません』って言ったら、どうする?」
セバスは、少しも迷わず答えた。
「そのご判断を尊重するべきかと存じます」
「……うん。そうだよね」
「必要であれば、現地での支援について別の方法を相談することもできましょう。ただし、それも先方が望まれる場合に限ります」
……ああ。
そうか。
孤児院を作るって決めたからといって、何が何でもそこへ子供を集める必要はないんだ。
「つまり、シルク王国の孤児院は、困っている子のための選択肢のひとつなんだね」
「そのとおりでございます」
私は、ふっと笑った。
「なんだ。だったら、最初からそんなに難しく考えなくてもよかったのかな」
「いえ、旦那様」
「ん?」
「選択肢として示すためにも、相手の事情を理解する必要がございます」
…………。
……あっ。
確かに!
私は、思わず頷いた。
「それじゃあ、今日の話し合いも、ちゃんと意味があったね」
「はい。大変意義のある一歩だったと存じます」
……ふふ。
セバスにそう言ってもらえると、嬉しいなぁ。
「じゃあ、次は何をすればいい?」
「まずは、シルク王国側の受け入れ準備を整えましょう。そのうえで、各国には検討を進めていただきます」
「うん!」
……そうだね。
他国のことを心配している間に、肝心の新しい孤児院ができていなかったら困る。
……よし。
順番、順番!
その午後。
私はセバスと一緒に、ポーラさんたちへ話し合いの結果を伝えに行った。
といっても、八人全員に集まってもらう必要はない。
まずは、新しい院長をお願いしたポーラさんへ相談する。
……うん。
だんだん、仕事の分担ができてきたね。
王都の孤児院では、今日も子供たちが元気に遊んでいた。
「リアリス様。いらっしゃいませ」
「こんにちは、ポーラさん!」
ポーラさんとナタリーさんが、笑顔で迎えてくれた。
私は、各国の王様たちと相談を始めたことを伝えた。
「……他国の子供たちも、ですか」
ポーラさんは、少し驚いたようだった。
「はい。でも、まだ誰が来るとも、いつ来るとも決まってません」
「そうなのですね」
「だから、まずは今の二十人と、うちにいるダリル君とセリム君が安心して暮らせる場所を作りたいです」
……うん。
そこから始めよう。
ポーラさんは、ゆっくり頷いた。
「それでしたら、私たちにも準備できることがあります」
「おっ。何でしょう?」
「子供たちの生活時間や、必要な部屋、それから先生たちの勤務について、ほかの施設の皆さんと相談したいと思います」
「ぜひ、お願いします!」
ナタリーさんも、柔らかく笑った。
「それから、新しい子が来る場合にも、安心して暮らせるような準備が必要ですね」
「はい。国ごとに、食べ物や生活の習慣も違うかもしれないので」
ポーラさんが、少し考え込んだ。
「……私たちだけで分からないことは、その子の国の方々にも教えていただきたいですね」
「うん! そこも、相談します!」
……ああ。
いいね。
できないことを、できるふりで進めない。
ちゃんと聞いて、準備しよう。
「ただ……」
ポーラさんが、少し真面目な顔になった。
「リアリス様。もうひとつ、お願いがございます」
「はい!」
「今の先生たちは八人です。子供たちが増えるのであれば、必ず人手を増やしてください」
…………。
……おお。
はっきり言われた!
でも、そうだよね。
「もちろんです!」
私は、すぐに頷いた。
「むしろ、今の二十二人を迎える準備でも、必要なら増やしてほしいです」
「……ありがとうございます」
ポーラさんの表情が、少し柔らかくなった。
「そして、新しい子供たちが来るときには、どなたが、どのような事情で来られるのか、必要な範囲で教えていただきたいと思います」
「はい。子供たちの秘密を守りながら、先生たちが困らないようにしないとね」
セバスが、一礼した。
「必要な情報を適切に管理する方法につきましても、院長と相談してまいります」
「よろしくお願いいたします」
……うん。
着々と進んでるね。
私は、ふと壁に貼られた絵を見た。
少し曲がった太陽。
小さな家。
その隣に並んだ、子供たちの絵。
……ああ。
これが、新しい家にも飾られるんだ。
それを考えると、ちょっと嬉しくなるなぁ。
「ポーラさん」
「はい?」
「新しい孤児院ができても、子供たちが今の先生たちを大好きなことは、変わらないと思います」
ポーラさんは、目を丸くした。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……そうだと、嬉しいですね」
……うん。
きっと、大丈夫。
私は、そう思った。
◇
その日の夕方。
王国邸へ戻ると、カトレアとダリル君、セリム君が庭にいた。
……おっ。
今日は、みんなで花の水やりをしてるんだね。
「お父さん、おかえり!」
「ただいま!」
カトレアが駆け寄ってくる。
「今日ね、セリム君がお花の名前を覚えたんだよ!」
「おお! 本当?」
セリム君が、少しだけ恥ずかしそうに頷いた。
「……うん」
「すごいね!」
……ふふ。
よかった。
ダリル君は、ジョウロを片付けていた。
「リアリスさん、お疲れさまです」
「ありがとう、ダリル君!」
「……今日は、ほかの国とお話したんですか?」
「うん。いろんな国の王様たちと相談してきたよ」
ダリル君が、少し驚いた顔をした。
「……そんなに、たくさん?」
「うん。でも、すぐ誰かが来るわけじゃないんだ」
私は、ゆっくり説明した。
困っている子がいて、今の場所では助けるのが難しいとき。
本人が新しい場所で暮らしたいと思っているなら。
その国の人たちとも相談して、迎えられるように考えたいこと。
ダリル君は、黙って聞いていた。
「……そうなんですね」
「うん」
私は、二人に尋ねた。
「ダリル君とセリム君は、新しい孤児院ができたら、どんな場所がいい?」
…………。
ダリル君が、少し考える。
「……僕は、セリムと一緒にいられれば」
……ああ。
やっぱり、そこだよね。
「それは大丈夫だよ」
私が答えると、セリム君が手を挙げた。
「……あと」
「ん?」
「……お花が、あるところ」
…………。
……おお。
可愛い!
カトレアが、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、いっぱい植えよう!」
「……うん!」
……ああ。
こういう希望も、大切なんだね。
私は、にっこり笑った。
「そうだ、ダリル君」
「はい?」
「新しい孤児院ができたとしても、二人を急に引っ越させるつもりはないからね」
ダリル君が、少し目を丸くした。
「……いいんですか?」
「うん。ここにいる間に、どんな場所なのか一緒に見に行こう。先生たちとも話して、それから決めればいいよ」
……そう。
いくら私が安全だと思っていても、二人が安心できるとは限らない。
ダリル君は、しばらく考えていた。
やがて、少しだけ笑う。
「……ありがとうございます」
セリム君が、その手を握った。
「……おにいちゃんも、いっしょ?」
「もちろん」
「……うん」
……ふふ。
何度聞かれても、ちゃんと答えてあげたいね。
そこへ、カトレアが両手を広げた。
「私も、いつでも遊びに行く!」
…………。
……おお。
頼もしい!
「うん。みんなで遊びに行こうね」
「やったー!」
庭に、明るい声が響いた。
……ああ。
国境を越える話をしてきた一日だったけど。
最後に大事なのは、こういうことなんだろうな。
どこの国の子でも、安心して笑える場所。
……うん。
そんな家を、作ってみたいね。
◇
夜。
私は、机の上に並んだ書類を眺めていた。
八つの国。
それぞれ違う事情。
話し合いが始まったばかりで、まだ何も確定していないところもある。
……うん。
今日できたのは、約束というより、入口を開くことだったんだね。
でも。
それでいいと思う。
子供を助けたいからって、急いで誰かの暮らしを決めてしまったら、きっと違う。
たくさんの大人が、子供の話をちゃんと聞いて。
必要なことを確認して。
それから、本人が安心できる場所を選べるようにする。
……ああ。
時間がかかっても、そういうやり方がいいな。
私は、明日の予定を見た。
セバスと、王国の学校の周辺を確認すること。
ポーラさんたちと、建物に必要な部屋を整理すること。
それから、旧孤児院の修理や職員募集について、王国と相談すること。
…………。
……おお。
予定がいっぱい!
……あれ。
私、のんびり暮らしたかったんじゃなかったっけ?
…………。
……うん。
まあ、いいか!
今日も、みんなで美味しいご飯を食べられた。
カトレアも笑っていた。
ダリル君とセリム君も、少しずつ安心してくれている。
……それなら、十分いい一日だ。
私は、机の灯りを消した。
……よし。
次は、いよいよ新しい家を考えよう!
どんな建物になるのか、楽しみだね。
◇
――プチ番外編・執事のお仕事。
その夜。
王国邸の居間では、セバスが書類を整理していた。
そこへ、巴が温かい紅茶を運んでくる。
「セバス、お疲れさま。今日はずいぶん頑張ったみたいね」
「ありがとうございます、巴。旦那様が各国と実りあるお話をなさいましたので」
「ふふ。リアリスちゃん、楽しそうだったもの」
「はい。何よりでございます」
巴は、机の上の書類へ目を向けた。
「……ずいぶん増えたわね」
「八か国分の確認事項がございますので」
セバスは、いつもの穏やかな表情で答える。
「ただし、これはまだ初回の分でございます」
…………。
巴が、少しだけ目を丸くした。
「……初回?」
「はい。今後、各国からご返答をいただきましたら、さらに増えるかと」
巴は、一瞬だけ黙った。
それから、にっこり笑う。
「……セバス。おかわりの紅茶、用意しておくわね」
「恐れ入ります、巴」
夜の居間には、紙を揃える音が静かに響いていた。




