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第4話:みんなで一つに

 四つの孤児院を訪ねてから、数日が過ぎた。


 ……うん。


 いつもの平和な朝である。


 私は王国邸の食堂で、焼きたてのパンをかじっていた。


 向かいではカトレアが、セリム君にジャムの瓶を渡している。


「はい、セリム君!」


「……ありがと」


「ダリルお兄ちゃんも、いる?」


「あ、うん。少しだけ、もらおうかな」


 ……おお。


 自然に会話してる!


 最初は何をするにも遠慮がちだった二人だけど、少しずつ屋敷に慣れてきたみたいだ。


 特にセリム君は、カトレアとよく一緒にいる。


 昨日なんて、二人で花壇の前に座って、花の絵を描いていたんだよね。


 ……ああ。


 子供が増えると、家ってこんなに賑やかになるんだなぁ。


「お父さん!」


「ん?」


「今日、ダリルお兄ちゃんたちとお庭で遊んでもいい?」


「もちろん!」


「やった!」


 カトレアが嬉しそうに笑った。


 ダリル君も、少し照れたように頷いている。


 ……うん。


 こういう時間、大事にしてあげたいね。


 ただ。


 ……ひとつ、気になることがある。


 四つの孤児院の先生たちから、まだ正式なお返事は届いていない。


 ……いや、別に急いでほしいわけじゃないよ?


 それぞれの施設には、長い間積み重ねてきた暮らしがある。


 子供たちにとっては、そこが家なんだ。


 簡単には決められないよね。


 そう思いながらスープを飲んでいると、セバスが食堂へ入ってきた。


「旦那様。ご報告がございます」


「おっ。どうしたの、セバス?」


「王都のポーラ様より、お手紙が届いております」


 …………。


 ……おお!


 ちょうど考えていたところだ!


     ◇


 朝食後。


 私は居間で、ポーラさんからの手紙を読んでいた。


 丁寧な文字で書かれている。


 最初には、先日訪ねたことへのお礼。


 その次には、子供たちとナタリーさんを交えて、何度も話し合ったことが記されていた。


 そして最後に。


『お話を詳しく伺う機会を、もう一度いただけませんでしょうか』


 ……うん。


 どうやら、みんなで話し合ってくれたみたいだね。


「旦那様、サフィリアからもご連絡がございました」


 セバスが、もう一通の手紙を差し出した。


「おっ?」


 こちらはハーティスさんとリンさんから。


 内容は、似ていた。


 新しい孤児院には興味があるけれど、子供たちの生活がどう変わるのか、もう少し具体的に聞きたいらしい。


 さらに、フェルザとマリノアからも、王城を通じて問い合わせが届いているそうだ。


 ……おお。


 みんな、真剣に考えてくれてる。


「ねえ、セバス」


「はい、旦那様」


「皆さんが不安に思っていること、ちゃんと聞いてあげたいな」


「承知しております」


 セバスは静かに頷いた。


「まずは各施設で、現在の暮らしを続けながらお話を伺うのがよろしいかと」


「うん。子供たちを急に連れ出す必要もないしね」


「その後、必要であれば八名での話し合いの場を設けましょう。お子様方の見守りについても、無理のない方法を検討いたします」


 ……ああ。


 そうか。


 今、先生たちは一つの施設に二人ずつ。


 全員を同時に呼んじゃったら、子供たちの面倒を見る人がいなくなる。


 ……危ない、危ない。


 私だったら、そのまま八人まとめて招待してしまったかも。


「ありがとう、セバス。まずは一か所ずつ、話を聞きに行こう!」


「かしこまりました」


 ……うん。


 急がば回れ、だね。


 その日の午後。


 私は桜花とともに、もう一度王都の孤児院を訪れた。


 門の横の小さな花壇には、先日と同じ花が咲いている。


 ……ああ。


 ここ、何だか落ち着くなぁ。


「リアリス様、お待ちしておりました」


 ポーラさんが、玄関で迎えてくれた。


 その隣にはナタリーさん。


 二人とも、くたびれた制服をきちんと整えている。


「こんにちは! お手紙ありがとうございました!」


「いいえ。こちらこそ、またお時間をいただいてしまって」


「全然大丈夫ですよ」


 中へ入ると、子供たちが元気よく挨拶してくれた。


「あっ! 荷物いっぱい持てる人だ!」


 …………。


 ……おお。


 まだ覚えてた!


「こんにちは! 今日は荷物ないけどね!」


「えー!」


 ……えっ。


 残念がられた!?


 ナタリーさんが、笑いながら子供たちを遊びの部屋へ案内する。


 私たちは、ポーラさんと小さな机を囲んだ。


「……リアリス様」


「はい」


「この間のお話を、子供たちにも伝えました」


 ポーラさんが、ゆっくり口を開いた。


「新しい場所で暮らすかもしれないこと。それから、私とナタリーも一緒に行けるかもしれないこと」


「はい」


「みんな、驚いていました」


 ……そっか。


 そうだよね。


 私だって、ある日突然「明日から別の家に住むよ」なんて言われたら驚く。


「でも、最初に聞かれたのは、建物の大きさでも食べ物でもなかったんです」


「……何だったんですか?」


 ポーラさんは、柔らかく微笑んだ。


「『ポーラ先生とナタリー先生も来るの?』って」


 …………。


 ……ああ。


 それだよね。


「一緒に来てもらうつもりです。そこは、絶対に変えたくないです」


 私がそう答えると、ポーラさんは安心したように息を吐いた。


 ……うん。


 この人たちは、子供たちの家族みたいな存在なんだ。


「ただ……」


 ポーラさんの笑顔が、少しだけ曇った。


「この建物にも、長い間の思い出がございます」


「はい」


「雨漏りを直した場所も、子供たちの背丈を測った柱も、あの子たちが初めて描いた絵も……全部、ここにあるんです」


 ポーラさんは、廊下の方を見た。


 柱には、いくつもの小さな線が残っている。


 ……ああ。


 私も前に見せてもらったね。


 新しい建物がどんなに綺麗でも、あれと同じものにはならない。


「だから、寂しくないと言えば嘘になります」


「……うん」


 ポーラさんは、そこで少しだけ背筋を伸ばした。


「ですが、もっとつらいことがあるんです」


「……何でしょう?」


「この家を守ろうとするあまり、子供たちの暮らしを守れなくなることです」


 …………。


 ……ああ。


 その言葉は、胸に残った。


「最近は、食事の量を減らさずに済ませるため、建物の修理を見送ることが増えました。いつまで続けられるか、私にも分からないんです」


 ナタリーさんが、静かに頷いた。


「院長先生は、ずっと頑張ってきました。でも、もう二人だけでは……」


「ナタリー……」


「私も、この場所が大好きです。だからこそ、子供たちが困るところは見たくありません」


 ……うん。


 大切なのは、家の形じゃない。


 そこで暮らしている人たちの、毎日なんだね。


 ポーラさんは、私へ向き直った。


「今すぐ答えを出すつもりはありませんが、新しい孤児院のことを、前向きに考えたいと思っております」


「ありがとうございます!」


「その代わり……何点か、確認させてください」


「もちろんです!」


 ……おっ。


 ここからが、本当の相談だね。


「新しい孤児院は、リアリス様が経営なさるのですか?」


 ポーラさんが尋ねた。


「うーん。お金や建物は私が用意するつもりですけど、毎日の運営は経験のある人にお願いしたいです」


「……毎日の運営、ですか」


「はい。私、子供たちに何を食べさせたらいいか、病気のときにどう休ませたらいいか、全部は分からないので」


 ……いや。


 魔法で治せることはある。


 でも、子供が寂しいときにどんな声をかけるか。


 友達と喧嘩したらどう仲直りさせるか。


 そういうことを、魔法だけで決められるわけじゃない。


「だから、先生たちに任せたいんです」


 ポーラさんは、静かに考えていた。


「……私たちには、子供たちの暮らしを決める責任もあるのですね」


「そうです。もちろん、何か必要なものがあれば私に言ってください。ちゃんと相談して決めていきたいです」


 ナタリーさんが、少し安心したように笑った。


「それから、職員は今の人数だけなのでしょうか?」


「いいえ。必要なら増やしたいです」


 ……そう。


 今の二人ずつだって、十分頑張ってくれている。


 新しい場所に集まったからって、八人だけで全部やってもらうのは大変だよね。


「ただ、何人必要かは私より皆さんの方が詳しいと思うので、そこも一緒に考えたいです」


 ポーラさんは、大きく頷いた。


「……それなら、私たちにもできることがありそうです」


 ……おお。


 よかった!


「もちろん、ちゃんと休めるようにしてほしいですからね」


 私が念を押すと、ナタリーさんが少し笑った。


「それは、院長先生にも言ってあげてください」


「……ナタリー」


 ポーラさんが、珍しく困った顔をした。


 ……あはは。


 この二人、やっぱりいい組み合わせだ!


     ◇


 サフィリアへは、その翌日に足を運んだ。


 海風の吹く通りを抜けると、白い壁の小さな孤児院が見えてくる。


「まあ、リアリスさん! また来てくださったのね!」


 ハーティスさんが、玄関で大きく手を振っていた。


「こんにちは!」


「さあさあ、中へどうぞ。みんなもお会いしたがっていたのよ」


 ……おお。


 前よりずっと気さくだ!


 リンさんも、優しい笑顔で迎えてくれた。


「お待ちしておりました。今日は、前にご提案いただいた件ですよね?」


「はい。皆さんが心配していることを、もう少し詳しく聞きたくて」


「ありがとうございます」


 居間には、あの貝殻がまだ飾られていた。


 子供たちは先日と同じように遊んでいる。


 ……ああ。


 ここも、いいところだなぁ。


 けれど、ハーティスさんは窓辺に座る子供たちを見ながら、少し寂しそうに笑った。


「私、ここを離れるかもしれないって話をしたの」


「はい」


「そうしたら、みんなが『海が見えなくなるの?』って」


 ……あっ。


 そうか。


 サフィリアの子供たちにとっては、海が身近な場所なんだ。


「海、大好きなんですね」


「ええ。貝殻を拾ったり、風の音を聞いたり……」


 ハーティスさんは、微笑んだ。


「思い出がいっぱいなの」


 ……うん。


 場所が変わるって、そういうことでもあるよね。


「だから、新しい場所へ移ったら、たまにサフィリアにも遊びに来られるようにしたいですね」


「……えっ?」


「ちゃんと相談して、皆さんが望むならですけど」


 ハーティスさんの目が、少し潤んだ。


「……嬉しいわ」


 ……ああ。


 よかった。


 家が変わるからって、今まで好きだったものを全部諦める必要はないもんね。


「それから……」


 リンさんが、少し真剣な顔になった。


「子供たちに、温かい食事を毎日用意できるようになるのでしょうか」


「はい。そこは、ちゃんと用意したいです」


「服が破れても、新しいものを買えますか?」


「もちろん!」


「病気になったときは、必要な治療を受けられますか?」


「はい。そこも、ちゃんと考えます」


 ……うん。


 質問が具体的だね。


 きっと、今までずっと困ってきたことなんだろうな。


「……それと、先生たちもちゃんと休めますか?」


 私が聞き返すと、リンさんが少し驚いた。


「……私たちも、ですか?」


「はい。子供たちのためにも、先生たちには元気でいてほしいので」


 ハーティスさんが、ふわっと笑った。


「まあ……」


 リンさんは、小さく息を吐いた。


「……ありがとうございます。院長先生は、子供たちの分が足りないと、自分の食事を譲ってしまうんです」


「リン!」


 ……あっ。


 また言われてる!


「それは駄目ですよ、ハーティスさん」


「だ、だって……お腹をすかせている子を見たら……」


「気持ちは分かりますけど、先生も食べなくちゃ」


 ハーティスさんは、少しだけ肩を落とした。


「……はい」


 ……おお。


 私が叱る側になっちゃった!


 すると、リンさんがくすっと笑った。


「やっと、院長先生が聞いてくれました」


「……もう、リンったら」


 ……ふふ。


 こういうやり取りは、きっと新しい場所でも続くんだろうね。


 それなら、楽しそうだ。


 私は、二人に改めて説明した。


「新しい孤児院に来ていただけるなら、今までと同じように子供たちのお世話をしてほしいです。でも、無理はしてほしくありません」


 リンさんが、静かに頷く。


「……子供たちの生活が安定するなら、それはありがたいお話です」


「それに、サフィリアで暮らしたことも大事にしたいです」


 ハーティスさんが顔を上げた。


「……どういうこと?」


「子供たちが作った貝殻の飾り、持っていけたらいいなって。思い出も一緒に」


 …………。


 ハーティスさんが、しばらく黙っていた。


 やがて、目を細める。


「……そうね。あの子たちにとっては、大切な宝物だもの」


「はい」


「私、少し考えてみます。今の場所がなくなることばかり心配していたけど……」


 リンさんが、優しく手を重ねた。


「みんなで暮らせることも、大事ですよね」


「……ええ」


 ……うん。


 ちゃんと、前へ進み始めてる気がする。


 ただし、まだ決定じゃない。


 私は、二人に頭を下げた。


「ゆっくり話し合ってください。お返事は、それからで大丈夫です」


「ありがとう、リアリスさん」


 ……よし。


 二つ目も、ちゃんと話せたね。


     ◇


 フェルザの孤児院へ行ったときは、ちょうど子供たちが庭で木の鳥を作っていた。


 あの、前に見せてもらったやつだ。


 ……おっ。


 羽根が増えてる!


「リアリスさん、こんにちは!」


 ライアさんが手を振ってくれる。


「こんにちは! 鳥のおうち、進んでますね!」


「はい。みんな張り切ってまして」


 その横では、デーツさんが子供の手元を見ていた。


「慌てなくていいぞ。少しずつでいい」


「でも、早く作りたい!」


「分かるよ。だけど、急いで怪我をしたら遊べなくなるだろ?」


「……うん」


 ……ああ。


 相変わらず、優しいなぁ。


 私は、少し離れて二人に相談した。


「新しい孤児院のこと、その後どうですか?」


 デーツさんは、ゆっくりと頷いた。


「ライアと何度も話しました。子供たちにも、分かる範囲で説明しています」


「どうでした?」


「一番心配されたのは、俺たちがいなくなるんじゃないか、ということでした」


 ……うん。


 やっぱり、そこはみんな同じだね。


「だから、離れないつもりだって伝えたんです」


「それなら、私も安心です」


 デーツさんは、ほっとしたように笑った。


 でも、すぐに真剣な顔になる。


「……ただ、気になることがあるんです」


「何でしょう?」


「新しい場所で、また親を失った子が来たら……ちゃんと受け入れられるのでしょうか」


 ……ああ。


 それも、大事なことだね。


「もちろん、受け入れたいです」


 私が答えると、デーツさんは頷いた。


「今の施設では、受け入れたくても断らざるを得ないことがありました」


「……はい」


「……どうしても、忘れられないんです」


 ……ああ。


 きっと、つらい経験があるんだろうな。


 私は、軽く流さずに聞いた。


「でも、受け入れ人数には限りがあるはずです」


 デーツさんが言う。


「もし新しい孤児院がいっぱいになったら……また同じことになるのでしょうか」


 …………。


 ……あっ。


 確かに。


 建物を大きくすれば、ずっと大丈夫。


 ……とは限らないよね。


 子供が増えれば、先生も必要になる。


 食事だって、遊ぶ場所だって。


「だから、受け入れられる人数を最初からぎりぎりにしないようにしたいです」


 私は答えた。


「それから、いつでも私に相談してほしいです。勝手に『もう無理』って諦めなくていいように、できる限り手を貸したいんです」


 デーツさんは、しばらく私を見ていた。


「……リアリスさんは、子供を置き去りにするようなことはしないんですね」


「もちろんです」


 ……うん。


 大人の事情は、いろいろある。


 でも、子供が悪いわけじゃない。


 それだけは、忘れたくない。


「……ありがとうございます」


 デーツさんは、深く頭を下げた。


 ライアさんも、少し目を赤くしている。


 ……ああ。


 ここにも、守りたい日常があるんだね。


「ところで、リアリスさん」


 ライアさんが、少し遠慮がちに言った。


「新しい孤児院でも、こういう工作をしていいんでしょうか?」


「もちろん! むしろ、やってほしいです!」


 ……おお。


 そこ、心配だったんだ!


「子供たちが自分で作る時間、大事ですよね」


「はい!」


 ライアさんが、ぱっと笑った。


「それなら、いろんな道具も用意できるといいですね」


「……あっ。はい、お願いしたいです!」


 ……ふふ。


 これは、工作好きの子が増えそうだなぁ。


 デーツさんが、少し困ったように笑った。


「ただ、安全な場所は必要ですね」


「そこは、ちゃんと考えましょう!」


 私は、頭の中で作業室を思い浮かべた。


 木の板を置く棚。


 危険な道具は、大人だけが使える場所へ。


 それから、広い机。


 ……おお。


 何だか楽しそう。


 ちゃんと皆さんと相談してからだ。


 私は、思わず自分の手を見た。


 ……うん。


 今日は我慢。


「そうだ、デーツさん。ライアさん」


「はい?」


「もし新しい孤児院に移るなら、これまで作ったものも持ってきてくださいね」


 子供たちが作った鳥や、まだ完成していない作品。


 全部、あの子たちの大切なものだ。


 デーツさんは、少し驚いたように笑った。


「……いいんですか?」


「もちろん!」


 ライアさんは、嬉しそうに頷いた。


「きっと、みんな喜びます」


 ……うん。


 建物だけじゃなく、こういうものも新しい家へ連れていきたいね。


     ◇


 マリノアの孤児院へ行ったのは、さらにその翌日だった。


 玄関には、先日見た布の人形が並んでいる。


 ……おっ。


 数が増えてる!


 そんなことを考えていると、アンキルさんが迎えてくれた。


「リアリス様。お待ちしておりました」


「こんにちは! お忙しいところすみません!」


「いいえ。こちらこそ……」


 アンキルさんは、少しだけ言葉を詰まらせた。


 ……あれ。


 何かあったのかな。


「どうかしました?」


「……あの、先日は本当にありがとうございました」


「えっ。いえいえ!」


「自分たちのことまで気にかけていただけて、嬉しかったんです」


 …………。


 ……ああ。


 先生たちの食事や休みのことを聞いたからかな。


 私は、小さく笑った。


「だって、先生たちが元気じゃないと、子供たちも困っちゃうでしょ?」


「……そうですね」


 アンキルさんの表情が、少しだけ和らいだ。


 そこへ、スペリアさんが現れた。


「リアリスさん! ちょうど良かったです。院長先生に、もう少し自分を大事にしてって言ってやってください!」


「えっ?」


 ……おお。


 いきなり相談!


「スペリア、今はお客様が……」


「そうやって、いつも自分のことを後回しにするじゃないですか!」


 ……あはは。


 ここにも、苦労してる先生がいた!


 話を聞くと、アンキルさんは前の日も、子供の服を縫い終わるまで寝ようとしなかったらしい。


「でも、もう少しで仕上がりそうだったんです」


「院長先生、昨日は途中で眠ってしまったでしょう」


「……それは」


 ……あっ。


 言い返せないやつだ!


 私は、なるべく穏やかに言った。


「アンキルさん。無理して倒れたら、子供たちが悲しむと思いますよ」


 アンキルさんは、少しうつむいた。


「……はい」


「だから、ちゃんと休みましょう。手が足りないなら、人を増やすことも考えたいですし」


「……人を、増やす」


「はい。新しい孤児院では、皆さんだけに負担をかけるつもりはないです」


 スペリアさんが、安心したように息を吐いた。


「それを聞けて良かったです」


 ……うん。


 今のままじゃ、先生たちが頑張るほど疲れてしまう。


 それは、長く続けるためには良くないもんね。


「それと、新しい施設へ来るかどうかは、どうですか?」


 私が尋ねると、アンキルさんは子供たちの方を見た。


 居間では、三人が人形で遊んでいる。


「……この子たちに聞いたんです」


「はい」


「新しい家に行ってみたいか、って」


「……どうでした?」


 アンキルさんは、目を細めた。


「最初は、怖がっていました」


 ……ああ。


 当然だよね。


「でも、私たちも一緒だと話したら、少し安心してくれたみたいです」


「そうですか」


「……ただ、まだ不安な子もいます」


「うん。それなら、急がなくて大丈夫です」


 ……そう。


 みんなが同じ速さで慣れるわけじゃない。


 心の準備も、必要だよね。


 スペリアさんが、小さく頷いた。


「子供たちにとっていい場所になるなら、僕も行ってみたいです」


「ありがとうございます!」


 ……ああ。


 四つの施設とも、真剣に考えてくれているんだね。


 マリノアから帰る前に、私はもう一度、アンキルさんに尋ねた。


「今の建物を離れること、寂しくないですか?」


 アンキルさんは、静かに笑った。


「……寂しいですよ」


 …………。


 ……うん。


 そうだよね。


「ここは、私たちが頑張ってきた場所ですから」


 アンキルさんは、擦り切れた袖口をそっと押さえた。


「でも……この家が大切だからといって、子供たちに我慢ばかりさせるのは違うと思うんです」


 ……ああ。


 その言葉も、胸に残った。


「だから、今は前向きに考えています」


「ありがとうございます」


「ただ、まだ皆さんと相談することがたくさんありますね」


「はい!」


 ……うん。


 急がず、一つずつ。


 私は、アンキルさんとスペリアさんに頭を下げた。


「また、連絡しますね」


「お待ちしております」


 ……よし。


 これで、四つ全部をもう一度回れた。


 みんな、それぞれの場所を大切にしながら、子供たちの未来も考えてくれている。


 ……なんだか、嬉しいなぁ。


 私は、桜花と並んで歩き出した。


 ……うん。


 今度は、みんなで話す場を作ろう。


     ◇


 王国邸へ戻ると、セバスが居間で待っていた。


「旦那様。四施設のご様子はいかがでございましたか」


「うん。皆さん、すごく真剣に考えてくれてたよ」


「それは何よりでございます」


「ただ、まだ不安もたくさんあるみたいなんだ」


 私は、四つの施設で聞いた話を整理して伝えた。


 ポーラさんは、古い孤児院への愛着と、子供たちの暮らしの間で悩んでいる。


 ハーティスさんは、海のあるサフィリアを離れることが寂しい。


 デーツさんは、これから新しく保護される子も受け入れられるのか気にしている。


 アンキルさんは、先生たち自身の負担まで減らせるのか心配している。


 ……うん。


 違うようで、みんな同じところを見てる気がする。


「子供たちが、安心して暮らせるかどうかですね」


 セバスが、静かに言った。


「うん。そのとおり!」


 私は頷いた。


「それで、八人で話せる場を作りたいんだけど……」


「既に、いくつか方法を検討しております」


 ……おお。


 さすが!


「みんなが出かけたら、子供たちを誰が見るかってことだよね?」


「はい。そこで、一案がございます」


 セバスは、丁寧に説明してくれた。


 先生たちだけを呼び出して子供たちを残すのではなく、四施設の子供たちも一緒に、王国邸へ短い見学に招待する。


 もちろん、各施設の先生たちと子供たちの同意を得て、体調や気持ちに合わせて。


 そして屋敷では、巴さんや桜花、メイドたちが見守りを手伝う。


 先生たちには、その間にみんなで話してもらう。


 ……おお!


 なるほど!


「それなら、子供たちも新しい場所がどんなものか、少しイメージできるかもしれないね」


「はい。あくまで見学と交流の機会でございます。移転の決定ではございません」


「うん。それ、大事!」


 ……そう。


 来たら絶対に引っ越さなくちゃいけない、なんてことにはしたくない。


 私は、にっこり笑った。


「じゃあ、その案を皆さんに相談してみようか!」


「承知いたしました」


 ……ふふ。


 何だか、少しずつ形になってきたね。


 数日後。


 四つの孤児院から、返事が届いた。


 どの施設も、子供たちと相談したうえで、王国邸での交流に参加してくれるという。


 ……よかった!


 ただし、子供たちが不安になったら、すぐに元の施設へ戻れるようにする。


 それぞれの先生と相談して、そういう約束にした。


 ……うん。


 それなら、安心だね。


 当日の朝。


 私は、王国邸の玄関でそわそわしていた。


「リアリス様。少し落ち着かれてはいかがでしょうか」


 桜花が、控えめに声をかけてくる。


「えっ。そんなにそわそわしてる?」


「……はい」


 …………。


 ……おお。


 即答!


「だって、今日は子供たちがいっぱい来るからさ!」


「左様でございますね」


 ……うん。


 四つの孤児院の子供が二十人。


 先生たちが八人。


 それから、うちにはカトレアとダリル君とセリム君もいる。


 ……おお。


 これは、賑やかになりそう!


 庭では、巴さんとメイドたちが、遊ぶ場所や休める場所を整えてくれていた。


 小さな子が無理をしないよう、椅子や日陰も用意してある。


 もちろん、お茶とお菓子も。


 ……うん。


 これなら、きっと楽しんでもらえるね。


「リアリスちゃん」


 巴さんが、笑顔で近づいてきた。


「準備はできたわよ。でも、あまりはしゃぎすぎて子供たちを驚かせないでね」


「……はい!」


 …………。


 ……あれ。


 何だか、私が一番子供みたいな扱いになってない?


 ……まあ。


 今日は、ちょっと嬉しいから仕方ないよね!


 先生たちと子供たちは、約束した順番で王国邸へやって来た。


 移動については、事前に同意をいただいて、私が《転移》で手伝った。


 ……いやぁ。


 魔法で行き来できるって、やっぱり便利だね。


 ただし、いきなり知らない場所に移すと驚くから、事前に説明してから少人数ずつ。


 セバスと桜花にも手伝ってもらいながら、安全を確認した。


 最初に到着したのは、王都のポーラさんたち。


「まあ……立派なお屋敷ですね」


 ポーラさんが、玄関を見上げている。


 ナタリーさんも、目を丸くした。


「ここで……話し合いをするんですか?」


「はい! 今日は遠慮なく使ってください」


 ……おっ。


 少し驚かせちゃったかな?


 その後も、サフィリア、フェルザ、マリノアから順番に到着した。


 ハーティスさんは庭の花壇を見て、早速子供たちと一緒に喜んでいる。


 ライアさんは、庭に置いた小さな木の遊び道具を興味深そうに見つめた。


 スペリアさんは、荷物を運ぶメイドさんを見て、反射的に手伝おうとしていた。


 ……あはは。


 みんな、いつものままだ!


「お父さん!」


 カトレアが、庭から駆けてきた。


「わあ! お友達いっぱい!」


「うん! 今日は、みんなで遊んでいいよ」


「やったー!」


 ダリル君とセリム君も、その後ろにいる。


 セリム君は、大勢の子供を見て少しだけダリル君の手を握った。


 ……ああ。


 まだ、ちょっと緊張するよね。


「無理に遊ばなくてもいいからね」


 私が小声で伝えると、セリム君は頷いた。


 その隣でカトレアが、にっこり笑った。


「大丈夫だよ! 私も一緒だから!」


 ……ふふ。


 頼りになります、お姉ちゃん!


 庭では、あっという間に子供たちの声が広がった。


「ねえねえ、このお花は何?」


「これはね!」


 カトレアが、花壇の前でさっそく説明を始める。


 ……おお。


 花の先生、誕生!


 王都の子供たちは、塀の向こうにある建物の大きさを見て目を丸くしている。


 サフィリアの子たちは、持ってきた貝殻を見せ合っていた。


 フェルザの子たちは、木の鳥を取り出して、どうやって作ったか説明している。


 マリノアの子たちは、布の人形を胸に抱えながら、少しずつ輪に加わっていった。


 ……ああ。


 みんな、持ってきてくれたんだね。


 古い家で大切にしていたものを。


「リアリス様」


 桜花が、そっと声をかけてくる。


「先生方の準備が整ったようでございます」


「うん。ありがとう!」


 私は、庭の子供たちを見た。


 すぐ近くでは、巴さんとメイドたちが見守ってくれている。


 先生たちも子供たちの様子を確認し、何かあればすぐ呼べることを確かめてから、居間へ向かった。


 ……うん。


 今なら、安心して話ができそう。


 私は八人の先生たちと一緒に、屋敷へ入った。


     ◇


 居間には、少し大きめのテーブルを用意してもらっていた。


 八人の先生たちが、順番に席へつく。


 ポーラさんとナタリーさん。


 ハーティスさんとリンさん。


 デーツさんとライアさん。


 アンキルさんとスペリアさん。


 ……おお。


 こうして並ぶと、何だか壮観だね。


「改めまして、今日は来てくださってありがとうございます!」


 私が頭を下げると、先生たちも揃って頭を下げた。


「こちらこそ、このような場を設けてくださりありがとうございます」


 ポーラさんが、穏やかに言った。


 ……うん。


 それでは、始めようか。


「今日は、皆さんが新しい孤児院についてどう思っているか、聞かせてほしいんです」


 ハーティスさんが、少しだけ緊張した顔をした。


「……まだ決めてないことも、あるんだけど」


「もちろん、大丈夫です!」


 私は笑って答えた。


「今日の話で決められることもあると思います。でも、無理に決めなくてもいいこともありますから」


 デーツさんが、静かに頷いた。


「……そう言っていただけると助かります」


「それと、建物の大きさとか、お部屋の数とか、私一人では決めたくないんです」


 ……うん。


 やっぱり、現場の先生たちに聞かないとね。


「だから、遠慮なく言ってください!」


 すると、ハーティスさんが、すぐに手を挙げた。


「お風呂は、大きい方がいいわ!」


 …………。


 ……おっ。


 早速来た!


 リンさんが、苦笑した。


「院長先生、まずは生活のことから……」


「あら。お風呂も大事でしょう?」


 ……あはは。


 確かに、そうですね!


 私は笑って頷いた。


「大きなお風呂、候補に入れておきます!」


 ……うん。


 こういう意見も、必要だよね。


「では、私からもよろしいでしょうか」


 ポーラさんが、落ち着いた声で言った。


「はい、どうぞ!」


「新しい孤児院では、子供たちの生活時間をどうするおつもりでしょうか」


 ……おっ。


 具体的だ!


「朝ご飯の時間とか、寝る時間ですか?」


「ええ。それに、年齢の違う子供たちをどう見守るか、勉強の時間をどう取るか、などです」


 ……ああ。


 そうか。


 年齢が違えば、必要なことも違うよね。


 私は、すぐには答えなかった。


「……それ、皆さんで考えてもらってもいいですか?」


 ポーラさんが、少し驚いたように目を瞬いた。


「私たちで、ですか?」


「はい。毎日子供たちのお世話をしているのは、皆さんですから」


 ……うん。


 ここは、任せたい。


「もちろん、学校のことも一緒に考えたいです。子供たちが通いたいなら、行けるようにしたいですし」


 ナタリーさんが、小さく微笑んだ。


「それでしたら、年齢ごとに必要なことを整理できますね」


「はい!」


 ……おお。


 頼もしい!


 アンキルさんも、少し身を乗り出した。


「小さな子たちは、急に暮らしが変わると不安になることもあります」


「そうですよね」


「今までの習慣も、できるだけ残せるといいと思います」


「うん。そうしましょう!」


 ……ああ。


 こういう話を聞きたかったんだよね。


 私は、どんどんメモを取っていった。


 その後も、いろんな意見が出た。


「子供たちが眠る部屋は、年齢や相性も考えてほしいです」


 リンさん。


「道具を使うときに、危なくないよう見守れる場所が必要ですね」


 デーツさん。


「外で遊べる庭もあると嬉しいです!」


 ライアさん。


「洗濯や掃除を、無理なくできるようにしたいです」


 スペリアさん。


「お腹がすいて眠れない子がいないように……」


 ハーティスさん。


「先生たちも、交代で休めるようにできれば……」


 アンキルさん。


 ……うん。


 全部、大事なことだね。


 私は、忙しくメモを取っていた。


 ……おお。


 さっきから、手が止まらない!


 隣でセバスも、静かに記録を取ってくれている。


「旦那様。後ほど、項目ごとに整理いたします」


「ありがとう、セバス!」


 ……ふふ。


 助かる!


 みんなの話を聞いていると、ひとつ分かったことがある。


 私は、新しい建物を想像するのは得意だ。


 部屋も廊下も、欲しいものを思い浮かべれば作れる。


 でも、そこにどんな暮らしが必要なのかは、今まで見えていなかった。


 ……ああ。


 やっぱり、皆さんを呼んでよかったな。


 そのとき、ポーラさんが、そっと口を開いた。


「リアリス様。もうひとつ、よろしいでしょうか」


「はい!」


「今の四つの施設は、どうなるのでしょう」


 …………。


 ……おっ。


 そこ、ちょうど話したかったところ!


「実は、壊してしまうのはもったいないと思っているんです」


 私が言うと、八人が顔を上げた。


「……壊さないのですか?」


 ポーラさんが尋ねる。


「はい。建物は傷んでいますけど、修理すれば使えるところもあるでしょう?」


「……そうですね」


「それに、四つの町それぞれで、親を亡くした子が見つかることもありますよね」


 デーツさんが、静かに頷いた。


「……あります」


「だったら、すぐ遠くへ連れていくんじゃなくて、まず近くで預かって、安心できる場所を用意できたらいいと思うんです」


 ……うん。


 そのために、今の建物を残せないかなって。


「ただし、先生たちに今までの孤児院と新しい孤児院の両方を任せるつもりはありません」


 …………。


 ……あっ。


 みんな、ちょっと驚いてる。


「新しく働いてくれる人を募集して、今の場所は一時的に子供を保護したり、相談を受けたりする窓口にできたらって」


 ナタリーさんが、目を見開いた。


「……そういう使い方があるんですね」


「はい。もちろん、王国とも相談が必要ですし、人員や修理のことも決めないといけませんけど」


 ……うん。


 まだ、思いつきの段階だ。


 でも、残せるなら残したい。


 ハーティスさんが、小さく息を吐いた。


「……じゃあ、サフィリアのあの家も、なくならないの?」


「できれば、残したいです!」


 ハーティスさんの顔が、ぱっと明るくなった。


「まあ……!」


 リンさんも、ほっとしたように笑っている。


 ……ああ。


 そんなに大切な場所なんだね。


 私は、小さく頷いた。


「皆さんが作ってきた場所ですから。違う形でも、子供たちを守るために使えたら嬉しいです」


 ポーラさんは、しばらく何も言わなかった。


 そして、ゆっくりと頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 ……うん。


 こちらこそ。


 大事にしてきたものを、教えてくれてありがとう。


「ただ、ひとつ心配があります」


 デーツさんが、少し真剣な声で言った。


「新しい職員が見つかるまで、誰がそこを守るんでしょうか」


 ……あっ。


 そこは、ちゃんと考えないとね。


「いきなり皆さんが新しい施設へ移って、古い施設を空にするつもりはないです」


 私は答えた。


「職員募集や引き継ぎが整ってから、段階的に進めたいです」


 デーツさんが頷く。


「……それなら、安心です」


 セバスが補足してくれた。


「なお、旧施設の補修や新規採用の準備につきましては、王国と協議のうえで進めるのが適切かと存じます」


「うん。そこも、お願いできる?」


「もちろんでございます」


 ……おお。


 さすがセバス!


 スペリアさんが、少し身を乗り出した。


「それなら、僕も引き継ぎのときに設備のことを伝えられます。あの建物、直した場所がいくつもありますから」


「助かります!」


 ライアさんも、笑って頷いた。


「僕も、子供たちがどんなことをして遊んでいるか、伝えておきたいです」


 ……ふふ。


 いいねぇ。


 施設が変わっても、今までの経験が役立つ。


 私は、改めて八人の顔を見た。


 ……うん。


 この人たちとなら、いい場所ができそうだ。


 話し合いが少し落ち着いたところで、ポーラさんが口を開いた。


「リアリス様。ひとつ、確認させてください」


「はい!」


「もし、私たち八人が新しい孤児院へ移るなら……誰が院長になるのでしょうか」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった!


 今は四つの施設に、院長さんが一人ずついる。


 ポーラさん。


 ハーティスさん。


 デーツさん。


 アンキルさん。


 ……確かに。


 そのまま四人全員を院長にするわけにはいかないよね。


 私は、少し考えた。


「私としては、経験のある方にお願いしたいです。でも、皆さんの意見も聞きたいな」


 すると、ハーティスさんが真っ先に手を挙げた。


「私、ポーラさんがいいと思うわ!」


 ……おっ。


 早い!


「えっ……私ですか?」


 ポーラさんが驚いている。


「ええ。今日お話ししていて、すごく頼りになるって思ったもの」


 リンさんも頷く。


「私も賛成です。子供たちの生活について、丁寧に考えていらっしゃいましたから」


 デーツさんが、静かに口を開いた。


「俺も、ポーラさんにお願いしたいです」


 アンキルさんも、小さく微笑んだ。


「私も……同じ気持ちです」


 ……おお。


 皆さん、もう意見が揃ってる?


 私は、思わずポーラさんを見た。


「……皆さん」


 ポーラさんは、少し困ったように笑った。


「私より、お若くて動ける方もたくさんいらっしゃいます。皆さんの方が、子供たちと一緒に走り回れるでしょうし……」


 すると、スペリアさんが首を振った。


「走り回ることなら、僕たちがやりますよ」


「そうそう!」


 ライアさんも笑った。


「院長先生には、みんなをまとめてもらう方がありがたいです」


 ……あはは。


 確かに!


 ナタリーさんが、隣から静かに言った。


「ポーラ先生は、いつも子供たちのことを考えていらっしゃいます。大変なときも、必要なことから目を逸らさないんです」


 ……うん。


 私も、それは感じたな。


「でも、院長になったら、もっと大変になりますよね」


 私が尋ねると、ポーラさんは頷いた。


「……そうですね」


「だから、一人で抱え込まないでほしいんです」


 ……そう。


 これは、お願いしたい条件でもある。


「ほかの先生たちにも、ちゃんと相談してほしいです。必要な人手や物は、遠慮なく私に言ってください」


 ポーラさんは、静かに私を見た。


「……私が、院長を務めてもよろしいのですか?」


「はい。皆さんが賛成で、ポーラさんも引き受けてくださるなら、ぜひ!」


 ……うん。


 私も、この人なら安心できると思う。


 しばらくの沈黙のあと。


 ポーラさんは、深く頭を下げた。


「……分かりました。皆さんのお力をお借りできるのであれば、お引き受けしたいと思います」


 …………。


 ……おお!


「ありがとうございます!」


 私は、思わず立ち上がった。


 ……あっ。


 ちょっと大きな声だったかな。


 ポーラさんが、優しく笑っている。


 ……うん。


 この人が新しい院長さんだね。


「では、ほかの皆さんは……」


 私は、残りの七人を見た。


 ハーティスさん、デーツさん、アンキルさん。


 それから、ナタリーさん、リンさん、ライアさん、スペリアさん。


「新しい孤児院では、先生として子供たちを見守っていただけませんか?」


 ハーティスさんが、ぱっと笑った。


「もちろん! 子供たちと一緒なら、どこでも頑張れるわ!」


 ……おお。


 元気だなぁ。


「ただし、先生が無理しすぎないことも約束してくださいね」


 私が言うと、リンさんが即座に頷いた。


「そこは、私が見ておきます」


「リン!」


 ……あはは。


 さすが、いいコンビ!


 デーツさんも、真面目な顔で頭を下げた。


「子供たちを守る仕事を続けられるなら、ぜひ」


 ライアさんは、その隣で笑っている。


「工作の時間も、任せてください!」


 アンキルさんは、少しだけ目を潤ませた。


「……私も、お手伝いできるなら嬉しいです」


 スペリアさんが、頷く。


「院長先生がちゃんと休めるように、僕も頑張ります」


「……スペリア」


 ……ああ。


 ここも、やっぱり仲がいいねぇ。


 ナタリーさんも、笑顔で頭を下げた。


「ポーラ先生と、ほかの皆さんと一緒に働けるなら、心強いです」


 ……うん。


 これで、院長一人と先生七人。


 八人全員が、新しい孤児院に合流してくれることになった。


 もちろん、子供たちの気持ちを確かめ、準備が整ったら、という条件つきだけど。


 ……それでいい。


 大切なことだから、ちゃんと確かめよう。


     ◇


 話し合いが終わり、私たちは庭へ戻った。


 子供たちの笑い声が、玄関の方まで聞こえてくる。


 ……おお。


 ずいぶん楽しそうだね!


 庭では、カトレアが小さな子に花の名前を教えていた。


 その隣では、ダリル君とフェルザの子供たちが、木の鳥を眺めている。


 セリム君は、マリノアの子に布の人形を見せてもらっていた。


 ……ああ。


 みんな、少しずつ仲良くなってる!


 そのとき。


「お父さん!」


 カトレアが、こちらへ駆け寄ってきた。


「みんなで、おやつ食べてもいい?」


「もちろん!」


「やったー!」


 ……うん。


 今日は、おやつもいっぱい用意してある。


 巴さんが、庭のテーブルに焼き菓子を並べてくれていた。


「さあ、みんな。手を洗ってからね」


「はーい!」


 子供たちが、一斉に返事をする。


 ……おお。


 元気だ!


 ポーラさんたちも、すぐに子供たちの様子を見に行った。


 ハーティスさんは、さっそく子供から貝殻を見せられている。


 デーツさんは、木の鳥を手に取って褒めていた。


 アンキルさんは、小さな子の服についた土をそっと払っている。


 ……ああ。


 やっぱり、先生たちは先生なんだね。


 どこにいても、子供たちを見ている。


 おやつのあと。


 私は、先生たちと一緒に子供たちへ話をした。


 新しい孤児院ができるかもしれないこと。


 今の先生たちも、一緒に暮らせるように考えていること。


 そして、今日ここへ来たからといって、すぐに引っ越すわけではないこと。


 ……うん。


 難しい話もあるけど、できるだけ分かりやすく伝えたい。


「新しい家には、みんな一緒に行くの?」


 一人の子が尋ねた。


「うん。先生たちも一緒だよ」


 ポーラさんが、柔らかく答える。


「それから、お友達も?」


「みんなが望むなら、そうできるように考えています」


 ……うん。


 誰か一人だけを無理に連れてくる、なんてしたくない。


 サフィリアの子が、手を挙げた。


「海、また見に行ける?」


「もちろん、相談して遊びに行けるようにしたいよ!」


「やった!」


 フェルザの子が、木の鳥を持ち上げる。


「これも持っていける?」


「もちろん!」


 マリノアの小さな子は、人形をぎゅっと抱えた。


「……これも?」


「うん。それも大切に持っていこうね」


 ……ふふ。


 みんな、気になることが違うんだね。


 私は、子供たちの顔をゆっくり見渡した。


 笑っている子。


 少し不安そうな子。


 先生の手を握っている子。


 ……うん。


 まだ、全員がすぐに賛成できるわけじゃない。


 それでいいんだと思う。


「もし心配なことがあったら、先生たちに何でも聞いてね」


 私は、そう伝えた。


 ……うん。


 急がなくていいから、みんなで考えよう。


 夕方が近づくと、子供たちは少しずつ帰る準備を始めた。


 ……ああ。


 楽しい時間って、あっという間だね。


 みんながそれぞれの先生のところへ戻っていく。


 私は、最後にポーラさんへ声をかけた。


「今日は、ありがとうございました!」


「こちらこそ。子供たちも、ずいぶん楽しませていただきました」


「よかったです!」


 ポーラさんは、庭の方へ目を向けた。


「……最初は、どうなることかと思っていました」


「はい」


「でも、ほかの孤児院の皆さんともお話できて……心強く感じました」


 ……ああ。


 それは、私もだよ。


「新しい場所でも、皆さんで支え合っていけるといいですね」


「ええ」


 ポーラさんは、柔らかく微笑んだ。


「子供たちのために、力を尽くしたいと思います」


 ……うん。


 その言葉が、とても頼もしかった。


「ただし、ポーラさん自身のことも大事にしてくださいね!」


 私が念を押すと、ポーラさんは少し困ったように笑った。


「……はい。気をつけます」


 その隣でナタリーさんが、小さく頷いている。


 ……あはは。


 ナタリーさん、しっかり見ててあげてね!


 私は、みんなが無事に元の孤児院へ戻れるよう、《転移》を手伝った。


 行きと同じく、先生たちと確認しながら少人数ずつ。


 今日は、あくまで見学と交流。


 引っ越しは、これからだ。


 ……うん。


 それでいいんだよね。


     ◇


 最後の子供たちを見送ったあと。


 私は、居間のソファに腰を下ろした。


「……ふぅ」


 ……いやぁ。


 今日は、よく喋った!


 でも、すごく充実した一日だったなぁ。


 桜花がお茶を注いでくれる。


「リアリス様、お疲れさまでございました」


「ありがとう、桜花!」


 セバスも、手元の書類をまとめていた。


「旦那様。本日の内容は、こちらで整理しておきます」


「助かるよ!」


 私は、改めて確認した。


 新しい孤児院の院長は、ポーラさん。


 先生たちは、ナタリーさん、ハーティスさん、リンさん、デーツさん、ライアさん、アンキルさん、スペリアさん。


 ……うん。


 八人全員、力を貸してくれる。


 ただし、子供たちの気持ちと、準備の進み具合が大切。


 旧施設の補修や、そこで働いてくれる新しい職員の募集も必要だ。


 ……ああ。


 やることは、まだまだあるね。


「セバス、旧施設のことは王国にも相談しよう」


「承知いたしました。募集条件や必要な配置についても、各施設の皆様と確認いたします」


「うん。お願い!」


 ……ふふ。


 任せられる人がいるって、ありがたいなぁ。


 私は、カップを口に運んだ。


 ……ああ。


 美味しい。


 そのとき、巴さんが居間へ入ってきた。


「リアリスちゃん。今日は楽しそうだったわね」


「うん! みんな、いい人たちだったよ!」


「ふふ。よかったわ」


 ……ああ。


 本当に、よかった。


 少しずつだけど、新しい家の形が見えてきた気がする。


 ……よし。


 次は、子供たちを迎えるために、もっといろんな人の力を借りないとね。


 その夜。


 私は、机の上に広げたメモを眺めていた。


 ポーラさん。


 ナタリーさん。


 ハーティスさん。


 リンさん。


 デーツさん。


 ライアさん。


 アンキルさん。


 スペリアさん。


 ……八人。


 先生たちの名前を書き並べると、何だか少し嬉しくなった。


 ……ああ。


 こんなに頼もしい仲間が増えるんだね。


 もちろん、まだ建物はない。


 どこに作るかも、これから決める。


 子供たちの気持ちも、これからもっと聞いていかないといけない。


 そして。


 もし、ほかの国の子供たちも迎えるなら、各国の王様たちにも相談しなくちゃいけない。


 ……あっ。


 そうだった!


 カバディ王との約束、忘れてないからね!


 私は、少し笑ってしまった。


 でも。


 今は、何だか前よりも心強い。


 私一人で何でもやろうとするんじゃなくて。


 子供たちを守ってきた人たちと、一緒に考えられる。


 ……うん。


 そういうのが、いいな。


 私は、メモをそっと閉じた。


 ……さて。


 明日、セバスと相談して、各国への連絡の準備を始めようかな。


 ……ふふ。


 また少し、忙しくなりそうだね。


 でも。


 ……うん。


 のんびり暮らすための、ちょっとした寄り道だと思えば……。


 …………。


 ……あれ?


 寄り道にしては、ずいぶん大きくなってない?


 私は、思わず苦笑した。


 ……まあ、いいか!


 子供たちの笑顔が増えるなら、それで十分だね。


     ◇


 ――プチ番外編・先生たちの帰り道。


 王都の孤児院へ戻ったポーラは、子供たちの荷物を片付けながら、ナタリーと顔を見合わせた。


「……今日は、賑やかだったわね」


「はい。みんな、帰ってきてからも楽しそうに話しています」


 廊下の向こうからは、子供たちの声が聞こえていた。


「おやつ、おいしかった!」


「お花、いっぱいあった!」


 ポーラは、柔らかく微笑んだ。


「……そうね」


 ナタリーが、少しだけいたずらっぽく笑う。


「院長先生。新しい孤児院でも、ちゃんとお休みしてくださいね」


「……ナタリーまで」


「だって、リアリス様とも約束したでしょう?」


 …………。


 ポーラは、少し考えてから笑った。


「……そうね。今度は、みんなで支え合わないといけないわね」


「はい」


 ナタリーは、机に置かれた小さな花の絵を見た。


 今日、子供たちが描いてきたものだった。


「……新しい家に、この絵も持っていきましょうね」


「ええ。もちろん」


 ポーラは、絵をそっと持ち上げた。


 古い家での思い出と、新しい場所での思い出。


 その両方を、大切にできたらいい。


 ……そんな願いが、二人の笑顔に浮かんでいた。

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