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第2話:孤児院がない!?

 翌朝。


 私は、食堂の扉を開けたところで、思わず足を止めた。


「……おっ」


 いつもの席に、見慣れない男の子が二人。


 昨日、クオシンさんが連れてきたハーフエルフの兄弟、ダリル君とセリム君だ。


 ダリル君は背筋をぴんと伸ばし、テーブルの前でじっと座っている。


 その隣には、まだ少し眠そうなセリム君。


 二人とも昨日より髪が整っていて、屋敷で用意した清潔な服を着ていた。


 ……おお。


 印象がずいぶん変わるものだねぇ。


「おはよう、二人とも!」


「……お、おはようございます!」


「……おはよう」


 ダリル君が勢いよく立ち上がり、セリム君も慌てて椅子から腰を浮かせた。


 …………。


 ……あれ?


「座ってていいよ。朝ご飯なんだから」


「……でも、お世話になっているのに……」


「お世話になってるからって、朝から立ったり座ったりしなくても大丈夫!」


 私が笑って言うと、ダリル君は少し迷ってから座り直した。


 セリム君は、お兄ちゃんの動きを見てからちょこんと腰を下ろす。


 ……ふふ。


 何だか、二人でひとつみたいだ。


「お父さん、おはよう!」


 奥からカトレアが顔を出した。


「おはよう、カトレア!」


「ダリルお兄ちゃんもセリム君も、もう起きてたんだよ!」


「そうなんだ。早起きだねぇ」


 するとダリル君が、遠慮がちに口を開いた。


「……昔から、朝は早く起きていたので」


 ……ああ。


 そっか。


 弟と二人で暮らしていたなら、朝からやることが多かったんだろうな。


 私は、深く尋ねずに頷いた。


「じゃあ、しばらくは朝もゆっくり過ごしてね」


「……はい」


 ……うん。


 少しずつ、この家の朝に慣れてもらえればいいね。


 テーブルには、焼きたてのパンと卵料理、それから温かいスープが並べられていた。


 巴さんが、スープ皿を置きながら微笑む。


「リアリスちゃん、おはよう。今日は二人が食べやすいようにしてみたの」


「おはよう、巴さん。ありがとう!」


「ふふ。食べられる分だけでいいからね」


 巴さんが兄弟に声をかけると、二人は揃って頷いた。


「はい!」


「……うん」


 ……ああ。


 朝からいい光景だ。


 私も席について、手を合わせた。


「いただきます!」


 カトレアが元気よく続き、ダリル君とセリム君も少し遅れて真似をする。


 パンをひと口食べたセリム君の頬が、ふわっと緩んだ。


「……おいしい」


「そう? よかった!」


 巴さんが優しく笑う。


「おかわりもあるわよ」


 すると、セリム君は一瞬だけ嬉しそうな顔になって、すぐにダリル君を見た。


 ……おっ。


 お兄ちゃんの許可が必要なのかな?


「食べたいなら、食べていいんだぞ」


 ダリル君が小声で言う。


「……でも」


「遠慮しなくていいって、昨日も言ってもらっただろ」


「……うん!」


 セリム君が小さく頷いた。


 ……ああ。


 弟のことをよく見てるねぇ。


 私は、自分の皿に目を戻した。


 お腹いっぱい食べられる朝。


 帰る部屋があって、眠る場所がある。


 それが当たり前になってほしい。


 ……そう考えたところで、昨日の疑問を思い出した。


 この国で、親を亡くした子供たちは普段どうしているんだろう。


 孤児院のような場所があるなら、どんなところなのかな。


 ……うん。


 やっぱり、ちゃんと聞いてみたい。


 私は、隣に立つセバスへ顔を向けた。


「セバス、食事のあとで相談があるんだけど」


「かしこまりました、旦那様」


 ……よし。


 まずは、そこからだね。


     ◇


 朝食のあと。


 私は桜花とセバスを、居間へ呼んだ。


 ソファに座ると、桜花がお茶を注いでくれる。


 ……ああ。


 さっき朝ご飯を食べたばかりなのに、もうお茶の時間だ。


 ……まあ、いいか!


「それで、旦那様。ご相談とは?」


「うん。この国の孤児院について知りたいんだ」


 セバスが、静かに頷いた。


「孤児院、でございますか」


「そう。ダリル君とセリム君みたいに、親がいなくなった子供たちが暮らすところ」


「承知いたしました」


 私は、少し身を乗り出した。


「そういう施設って、王国が用意してるのかな?」


「申し訳ございません。私も王国の福祉施設すべてを把握しているわけではございません」


「そっか」


 ……あれ。


 セバスでも、すぐには分からないんだ?


 ……いや、当然か。


 セバスはすごく優秀だけど、王国の制度を最初から全部知っているわけじゃないもんね。


 だったら、詳しい人に聞くのが一番早い。


「王様に聞いてみようかな」


 桜花が、そっとカップを置いた。


「カバディ陛下でございますか?」


「うん。王国のことなら、カバディ王が知ってるでしょ?」


「確かに、お詳しいかと存じます」


「よし。じゃあ、ちょっと行ってこよう!」


 ……うん。


 決まり!


 私は立ち上がりかけた。


 すると。


「旦那様」


「ん?」


「その前に、面会のお願いをお出しするのがよろしいかと」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった!


 王様だもんね。


 いきなりお城に行って、「孤児院ってありますか?」って聞いたら、兵士さんも困るか。


「ありがとう、セバス。じゃあ、王城に連絡をお願いしていい?」


「もちろんでございます」


 ……ふふ。


 やっぱり頼りになるなぁ。


 私は、またソファに腰を下ろした。


 ……うん。


 お茶が冷める前に飲もう。


 セバスが王城へ連絡している間、私は庭へ出た。


 ダリル君とセリム君は、カトレアと花壇の近くにいる。


 カトレアが、昨日見せた花の記録帳を開いていた。


「これがアサツユソウでね、こっちのお花は……」


「……いっぱい、あるんだね」


 セリム君が、目を丸くする。


「うん! お父さんが、お庭を広くしてくれたの!」


 ……あっ。


 また自慢してくれてる。


 嬉しいなぁ。


 ダリル君は二人の少し後ろに立っていたけれど、昨日ほど緊張していないようだった。


 私に気づくと、ぺこりと頭を下げる。


「リアリスさん」


「おっ。楽しんでる?」


「……はい。カトレアが、たくさん教えてくれて」


「えへへ!」


 カトレアが得意げに笑う。


 ……ふふ。


 ちょっと先生みたいだね。


「セリム君はどう?」


「……おはな、きれい」


「そうだね!」


 私も花壇を覗き込んだ。


 ……うん。


 相変わらず元気に咲いてる。


 ふと、ダリル君が私を見た。


「……あの」


「ん?」


「……僕たち、いつまでここにいてもいいんですか?」


 …………。


 ……ああ。


 気になるよね。


 昨日、しばらくここで過ごそうって言ったけど、具体的なことは何も決めていない。


「心配しなくていいよ。急に出ていけなんて言わないから」


 ダリル君は、少しだけ目を伏せた。


「……ありがとうございます」


「うん。これからどうしたいか、一緒に考えようね」


 セリム君が、ぎゅっと兄の手を握った。


 ……ああ。


 そうだ。


 この二人が、ずっと安心して暮らせる場所を考えたいんだった。


 もちろん、二人だけじゃなくて。


 ……ほかの子供たちのこともね。


 少しして、セバスが庭へやってきた。


「旦那様。王城からお返事がございました」


「おっ。早いね!」


「カバディ陛下とミキサー宰相が、本日の午後であればお時間を取れるとのことでございます」


「午後かぁ。ちょうどいいね」


 ……ふふ。


 さすがセバス。


 仕事が早い!


「では、桜花と二人でお伺いしてくるよ」


「かしこまりました。移動の手配をいたします」


 私は、もう一度カトレアたちへ目を向けた。


 ……うん。


 三人とも、楽しそうだ。


「カトレア、午後はちょっと王城へ行ってくるね」


「お城?」


「うん。王様に聞きたいことがあって」


「そっか! いってらっしゃい!」


 ……おっ。


 今日は素直だ。


 私は、カトレアの頭を撫でた。


「夕方には帰ってくるよ」


「うん! ダリルお兄ちゃんたちと遊んでる!」


 ……ふふ。


 頼もしいね!


 セリム君も、小さく手を振ってくれた。


「……いってらっしゃい」


「行ってきます!」


 ……ああ。


 こんなふうに見送ってもらえるのって、いいなぁ。


 今日の相談がうまくいくかは、まだ分からない。


 でも、まずは知ることから始めよう。


 ……よし。


 午後は、王様に質問だ!


     ◇


 午後。


 私は桜花と一緒に、王城へ向かった。


 王都クーラルの通りは、今日も賑やかだ。


 荷物を運ぶ商人さん。


 買い物へ向かう人たち。


 走り回る子供たち。


 ……ああ。


 いつもの王都だね。


「リアリス様、こんにちは!」


 店先から声をかけられて、私は手を振った。


「こんにちは!」


 ……うん。


 相変わらず、名前を知られてるなぁ。


 王都を襲った魔獣の大群を止めたあと、すっかり英雄扱いされるようになってしまった。


 もう隠れようとしても、無理なんだろうね。


 ……まあ。


 皆が笑顔でいてくれるなら、いいや。


 私は、道端で遊ぶ子供たちに目を向けた。


 手を繋いで歩いている兄妹。


 母親に手を引かれている小さな子。


 店の手伝いをしている男の子。


 ……いろんな子がいるね。


 この中に、親のいない子もいるのかな。


 そう思って、すぐに考え直した。


 ……いや。


 見ただけじゃ分からないよね。


 元気に笑っている子にだって、事情があるかもしれないし。


 だからこそ、ちゃんと制度を知りたいんだ。


「リアリス様」


「ん?」


「考え事をなさっておられますね」


 桜花が、穏やかに尋ねてきた。


「うん。子供たちの暮らしって、いろいろなんだろうなって」


「左様でございますね」


「王様に聞いてみて、何かできそうなら考えてみるよ」


「はい。私もお手伝いいたします」


 ……ああ。


 いつもありがとう、桜花!


 私は笑って頷いた。


 王城に着くと、門を守る兵士さんがすぐに気づいてくれた。


「リアリス様、桜花様。お待ちしておりました!」


「こんにちは。今日はよろしくお願いします!」


「ご案内いたします」


 ……おお。


 もう顔を覚えられてる。


 何度も来てるから、当然かな。


 案内されたのは、大きな謁見の間……ではなく、小さめの応接室だった。


 ……あっ。


 こういう部屋もあるんだね。


 豪華な家具は並んでいるけど、謁見の間ほど仰々しくない。


 ……うん。


 こっちの方が、落ち着いて話せそう。


 部屋にはカバディ王と、宰相のミキサーさんが待っていた。


「リアリス殿。よく来てくれた」


「こんにちは、カバディ王!」


 私は頭を下げた。


 桜花も隣で丁寧に一礼する。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


「うむ。よいよい。そなたには王国がずいぶん世話になっておる。多少の相談ならいつでも聞こう」


 ……あっ。


 よかった。


 さっそく、本題に入れそうだ。


「リアリス様。お座りください」


 ミキサーさんが席を示してくれる。


「ありがとうございます、ミキサーさん!」


 私はソファに腰を下ろした。


 桜花は、その隣に座る。


 ……ふふ。


 王様の前でこんなに普通にお茶を飲めるようになるとは。


 転生して最初にここへ来たときは、さすがに少し緊張したんだけどなぁ。


「それで、リアリス殿。今日は何の相談かな?」


 カバディ王が尋ねた。


 ……よし。


 では、単刀直入に。


「この国に、孤児院ってありますか?」


 …………。


 …………。


 ……あれ。


 王様とミキサーさんの動きが、同時に止まった。


「……孤児院、とな?」


 カバディ王が、少し首を傾げた。


「はい。親を亡くした子供たちが暮らす場所です」


「……もちろん、言葉は分かるが……」


 王様が、ミキサーさんへ目を向ける。


 ミキサーさんも、少し意外そうな顔をしていた。


「リアリス様。突然、孤児院のことをお尋ねになるとは……何かございましたか?」


「うん。昨日、クオシンさんが子供を二人、うちに連れてきたんですよ」


 …………。


 ミキサーさんが、ぴたりと固まった。


 王様も、目を丸くする。


「……クオシンが?」


「はい!」


 ……あっ。


 やっぱり、驚くよね。


「村を視察してたときに、両親を亡くした兄弟を見つけたそうで。今は私の家で休んでもらってます」


 カバディ王が、しばらく黙っていた。


「……あやつが、そんなことを」


 …………。


 ……おお。


 何だか、感慨深そう。


「いいことですよね!」


「うむ。……そうだな」


 王様は、ほんの少し笑った。


 でも、次の瞬間には真剣な顔になった。


「その子供たちの身元と、本人たちの意思は確認できておるのか?」


「そこはクオシンさんが、村の人とも本人たちとも話をしたって言ってました」


「……そうか」


 ……うん。


 やっぱり、そこは大事だよね。


 王様はミキサーさんへ言った。


「念のため、村の記録と照らし合わせておいてくれ」


「承知いたしました。殿下の視察記録も確認いたします」


 …………。


 ……おお。


 さすが王様と宰相さん。


 すぐに必要なことが出てくる。


 私は、少し感心していた。


 ……それにしても。


 クオシンさん、自分の父親にも話してなかったんだね。


 ……まあ。


 あの人なら、ありそうだなぁ。


「それで、その兄弟を迎えたことが、孤児院の話につながるのだな?」


 カバディ王が尋ねる。


「はい。うちにいれば、二人ともご飯を食べて眠れます。でも、ほかにも同じような子がいるんじゃないかなと思って」


 王様は、黙って耳を傾けてくれた。


「この国に、子供たちが安心して暮らせる場所はあるんでしょうか?」


「……ミキサー」


「はい、陛下」


「現状を、リアリス殿に説明してやってくれ」


「かしこまりました」


 ミキサーさんが、手元の書類を一枚取り出した。


 ……あっ。


 何だか、用意がいい。


 ……いや。


 王国のいろんな資料が、ここにあるのかな?


「まず申し上げますと、シルク王国には、国が直接運営する孤児院がございません」


 …………。


 ……えっ。


「……ないんですか?」


「はい」


 …………。


 ……おお。


 孤児院が、ない!?


 いや。


 国営の、ということは……。


「それって、民間の孤児院はあるってことですよね?」


「おっしゃるとおりです」


 ……あっ。


 よかった!


 ……いや、待てよ。


 国がやっていないなら、誰が子供たちの面倒を見てるんだろう。


「現在、王国が把握し支援している民間の孤児院は、四か所ございます」


「四か所……」


 私は、思わず指を折った。


 …………。


 ……広い国に、四つ。


 それって、多いのかな。


 少ないのかな。


 ……いや。


 たぶん、少ないよね。


「どこにあるんですか?」


「王都クーラル。それから、サフィリア、フェルザ、マリノアです」


 ……ふむふむ。


 王都のほかに、三つの町。


 私は、頭の中で地図を思い浮かべた。


 ……うん。


 全部、シルク王国の中だね。


「その四か所で、何人くらいの子供たちが暮らしているんですか?」


 私が尋ねると、ミキサーさんは少しだけ表情を曇らせた。


「最近の報告では、合計二十人です」


 …………。


 ……二十人?


「……それって、四つ合わせて?」


「はい」


 …………。


 ……おお。


 少ない!


 いや、二十人という人数が少ないというより。


 この国の規模から考えたら、施設で暮らせている子供が二十人だけって、少なくない?


「それ以外の子供たちは、どうしてるんですか?」


 ミキサーさんは、ゆっくり頷いた。


「親族に引き取られる子もおります。近隣の住民に助けられて暮らす子もいます。ですが、そうした支えを受けられない子もおります」


 ……ああ。


 ダリル君とセリム君も、村の人から助けてもらっていたんだった。


「じゃあ、王国が把握できていない子供も?」


「……残念ながら、いないとは申し上げられません」


 …………。


 ……そっか。


 私は、手元のカップを見た。


 ……二十人。


 これは、孤児の人数そのものじゃない。


 今、四つの施設で面倒を見てもらっている人数なんだね。


 ……そういうことか。


「四つとも、子供をもっと受け入れられないんですか?」


 王様が、静かに口を開いた。


「受け入れたくとも、そう簡単にはいかぬのだ」


 ……ん?


 何か事情があるのかな。


 私は、顔を上げた。


「孤児院を運営しているのは、善意で子供たちを引き受けている者たちだ」


 カバディ王が続ける。


「食事を出すにも、寝床を用意するにも、費用がかかる。建物も傷む。子供を見守る者も必要になる」


「……ああ」


 ……そうだよね。


 食べ物だって毎日必要だし、服もいつかは小さくなる。


 病気になったら、治療だって必要だ。


「それを支えるだけの余裕が、十分にないのだ」


 ミキサーさんが書類を見ながら補足した。


「四施設とも、運営は非常に厳しい状態にございます。寄付や地域の協力、王国からの支援で何とか続けておりますが、必要な費用には届いておりません」


「……そうなんですか」


 ……ああ。


 そういう問題か。


「王国からも支援してるんですよね?」


「はい。しかし、現状では十分な額を確保できていないのです」


 ……ふむ。


 私は、少し考えた。


 国って、王様が「これやろう!」と言えば、すぐに何でもできるわけじゃないんだね。


 王都の防衛。


 街道の整備。


 町や村の管理。


 災害や魔獣への備え。


 いろんなところに人手やお金が必要になる。


 ……あっ。


 この前の魔獣の大襲撃だって、相当な費用がかかったはずだ。


「王様、孤児院を増やしたくないわけじゃないんですよね?」


 私が尋ねると、カバディ王は、少し苦い顔をした。


「もちろんだ。余も、子供を見捨ててよいとは思っておらぬ」


 ……うん。


 そうだよね。


 この人が、そんな王様じゃないことは知ってる。


「だが、願うだけで腹が膨れるわけではない。余の力が足りぬ部分もある」


 …………。


 ……ああ。


 王様も、気にしてたんだ。


 私は頷いた。


 ……なら、責める話じゃない。


 できることを、一緒に考えよう。


「ちなみに、どのくらい大変なんですか?」


 私はミキサーさんへ尋ねた。


「建物が古くなっているところもございますし、食費を切り詰めざるを得ないところもございます」


「……うーん」


「職員たちは、子供を一人でも多く受け入れたいと願っております。けれど、受け入れ人数を増やせば、今いる子供たちの生活さえ危うくなりかねません」


 ……ああ。


 それは、つらいなぁ。


 目の前に困っている子がいるのに、助けたいだけでは助けられない。


 しかも、頑張っている人ほど無理をしてしまいそうだ。


「……その施設って、今すぐなくなるんですか?」


「それぞれ事情は異なりますが、経営が行き詰まっていることは確かです」


 ……なるほど。


 全部同じ状況じゃないけど、どこも余裕がない。


 私は、少し身を乗り出した。


「王様。その四つの孤児院で働いている人たちは、何人くらいなんですか?」


「……ミキサー」


「最新の記録では、各施設に院長が一名、先生が一名ずつ。合計八名でございます」


 …………。


 ……えっ。


「各施設、二人だけ?」


「はい」


 ……おお。


 それは大変だ!


 子供が少人数でも、食事、洗濯、掃除、勉強、それに具合が悪くなったときの世話。


 それを二人で?


 しかも、休みだって必要だよね。


 ……うーん。


 何だか、働いている人たちのことも心配になってきた。


「ほかに、お手伝いしてくれる人は?」


「地域の方々が時折協力してくださいます。ただ、常に職員として働ける方ばかりではございません」


 ……ああ。


 そうだよね。


 善意だけに頼っていたら、続けるのも難しい。


 私は、ゆっくりと頷いた。


 ……うん。


 だんだん、何が必要なのか分かってきたかも。


「リアリス殿」


 カバディ王が、私をじっと見ていた。


「そなた、何か考えておるな?」


 …………。


 ……あっ。


 バレた?


「はい。ちょっとだけ」


「……ちょっと、とな」


 なぜか、王様が少し身構えた。


 ……あれ。


 何でだろう。


「リアリス様」


 ミキサーさんまで、静かに口を開く。


「先にお伺いしてもよろしいでしょうか。何をお考えですか?」


 …………。


 ……おお。


 二人とも慎重だねぇ。


 ……いや。


 私が今までいろんなことをしてきたせいか。


 ……うん。


 そこは自覚がある!


「えっとですね。私、学校を作ったじゃないですか」


「……うむ」


 カバディ王が頷く。


「子供たちが勉強できるようにしたくて作ったんですけど、そもそも帰る家がない子もいるんだなって」


 ミキサーさんは、黙って聞いている。


「だったら、住む場所も作ったらどうかなと思いまして」


 …………。


 …………。


 部屋が静かになった。


 ……あれ。


「……住む場所?」


 王様が、ゆっくり聞き返す。


「はい。孤児院です!」


 …………。


 ……うん。


 名前も分かりやすい!


「リアリス殿」


「はい?」


「……そなた、孤児院を作るつもりか?」


「はい。作れますよ!」


 カバディ王が、天井を見上げた。


 ミキサーさんは、そっとこめかみを押さえた。


 …………。


 ……あっ。


 これは、いつもの反応だ!


 私としては、そんなに変なこと言ってないんだけどなぁ。


「……少し待ってくれ、リアリス殿」


 王様が、片手を上げた。


「学校を作ったときも驚かされたが、今度は孤児院か」


「はい!」


「……余は、建物の大きさから聞いた方がよいのだろうか」


 …………。


 ……えっ。


 まだ大きさは決めてないよ?


「それは、まだこれからです!」


「……そうか」


 王様が、ほっとしたような顔になる。


 ……ん?


 なぜか、ミキサーさんも同じ顔をしていた。


「ただ、せっかく作るなら、将来たくさんの子供たちを受け入れられるようにしたいですね!」


 …………。


 ……あっ。


 今度は、ほっとした顔が消えた!


 ミキサーさんが、慎重な口調で言った。


「リアリス様。お考えそのものは非常にありがたいことです。しかし、孤児院は建物さえあれば運営できるというものではございません」


「うん。分かってます」


 私が頷くと、ミキサーさんが少し意外そうな顔をした。


 ……えっ。


 そんなに驚く?


「子供たちのお世話をする人が必要ですよね。それから、食事や服や、お金も」


「……ええ、そのとおりでございます」


「だから、建物と必要な物は私が用意して、実際に運営する人は、ちゃんと経験のある人にお願いしたいんです」


 …………。


 ……うん。


 私が全部一人でできるとは思ってない。


 というか、そんなことしたら絶対に無理だ。


 前世だって、仕事は一人じゃ回らなかったし。


 子供たちの毎日の生活を支えるなら、なおさらだよね。


「もちろん、費用は私が出します」


「……費用も、ですか?」


 ミキサーさんが、驚いたように目を見開いた。


「はい!」


 すると、カバディ王が苦笑しながら口を開いた。


「まあ、リアリス殿の資金なら心配はなさそうじゃな。冒険者としての報酬に、ヴィクサスの討伐報酬、AA級魔獣の買取金。それに雑貨屋と美容サロンの売り上げもある。商売の月商だけでも大商会の十倍ほど、蓄えはもはや国家予算に匹敵する規模だと聞いておるぞ」


 …………。


 ……おお。


 王様、そこまで把握してたんだ!


 確かに、いろいろ稼いできたけど。


 改めてそんなふうに言われると、ちょっと照れくさいなぁ。


 ……うん。


 お金の心配なら、何とかできると思う。


 それより、ちゃんと暮らせる場所になるかが大事だ。


 カバディ王は、しばらく腕を組んで考えていた。


 その間、私はお茶をひと口飲む。


 ……ああ。


 落ち着くねぇ。


 ……この相談、うまくいくかな。


 私は、王様の顔を見た。


 ふくよかな体格に、立派な王冠。


 普段は穏やかで、私の無茶な行動にも何だかんだ付き合ってくれる人。


 でも、今の表情は少し真剣だった。


「……リアリス殿」


「はい」


「余は、そなたの申し出に賛成だ」


 …………。


 ……おっ!


「本当ですか!」


「うむ。困っている子供たちが安心して暮らせる場所が増えるのは、王国にとっても喜ばしいことだ」


 ……よかった!


 私は、思わず笑顔になった。


「ありがとうございます!」


「ただし」


 …………。


 ……あっ。


 ただし、が来た。


「いくつか、守ってもらいたいことがある」


「はい。何でしょう?」


 カバディ王は、ミキサーさんへ視線を向けた。


「まず、現在の四つの孤児院だ」


「はい」


「そこには、これまで子供たちを守ってきた者がおる。そなたの申し出が善意であっても、勝手に住まいや仕事を決めてよいわけではない」


 ……ああ。


 それは、そうだね。


 建物が古いから新しくしてあげよう、なんて簡単に言われても、そこで暮らしている人たちには思い出だってある。


「施設の人たちと、ちゃんと話してから決めてほしいってことですね」


「うむ」


「分かりました。まずは会いに行きます!」


 王様が、少し安心したように頷いた。


 ……うん。


 何だか、話が進んできたね。


「それから、子供たち本人の気持ちも大切にしてください」


 ミキサーさんが言った。


「元の孤児院から新しい場所へ移るとなれば、子供たちにとっては大きな変化になります」


「はい。そこも、もちろん!」


 ……そうだよね。


 今いる場所に、仲のいい友達や、先生がいるかもしれない。


 その子にとっては、古い建物でも大切な家なんだ。


「無理に連れてくるつもりはないです」


「ありがとうございます」


 ミキサーさんが、丁寧に頭を下げた。


 ……うん。


 そこは、きちんと話しておきたい。


「あと、四つの孤児院が今どうなっているのか、実際に見に行ってもいいですか?」


「もちろんでございます。王国から、施設側へ面会の希望を伝えておきましょう」


「助かります!」


 ……ああ。


 よかった。


 知らない人が突然やってきて「孤児院を見せてください!」なんて言われたら、困るよね。


 しかも、最近の私は町中で顔を知られている。


 ……うん。


 余計に目立っちゃう。


 だから、まず事情を伝えてもらえるとありがたい。


 そのとき、カバディ王が口を開いた。


「リアリス殿。今の四施設をなくすつもりか?」


 …………。


 ……おっ。


 そこは、まだ考えてなかったな。


「うーん。すぐに決めるのは難しいですね」


 私は、少し考えた。


「せっかくある場所ですし、何か別の形で使えないかも考えてみたいです」


 ……例えば。


 困っている子を、一時的に預かれる場所とか。


 でも、そこで働く人がいないと困るよね。


 ……うん。


 そこは、現場の人たちと相談しよう。


「今はまだ、何も決めません。まず見に行ってきます!」


「うむ。それがよかろう」


 ……ああ。


 王様も、納得してくれたみたい。


 ……と。


 ここまでは、わりと順調だった。


 ところが。


「リアリス殿。もうひとつ、重要なことがある」


 カバディ王が、声を少し低くした。


「はい?」


「そなたは先ほど、将来たくさんの子供たちを受け入れたいと言ったな」


「はい!」


「それは、シルク王国内の子供たちに限るつもりか?」


 …………。


 ……あっ。


 その話か。


「ううん。できれば、ほかの国の子供たちも受け入れたいですね」


 …………。


 …………。


 ミキサーさんが、静かに目を閉じた。


 王様は、深く息を吐いた。


 ……あれ?


「……やはり、そう来たか」


 …………。


 ……おお。


 読まれてた!


「だって、困っている子は国が違っても同じですし」


「そなたらしい考え方ではある」


 王様が頷く。


「だが、国境を越えて子供を移すとなれば、話はまったく別だ」


 ……ん?


 そうなの?


 私は、少し首を傾げた。


「移動そのものなら、私の魔法で簡単ですけど……」


「そういう話ではない!」


 …………。


 ……おおっ!


 王様の声が大きくなった!


「リアリス殿。人を運ぶのは荷物を運ぶのと同じではない」


 …………。


 ……あっ。


 その言葉。


 昨日のクオシンさんも、似たようなことを言ってたね。


「……はい」


 私は、姿勢を正した。


 王様は、少しだけ表情を和らげる。


「そなたに悪意がないことは分かっておる。だからこそ、先に釘を刺しておきたいのだ」


 ……うん。


 ちゃんと聞こう。


「まず、どの国の子供であっても、その国での保護の仕組みがある」


 ミキサーさんが、丁寧に説明してくれた。


「保護者や親族の方がいらっしゃる可能性もございますし、すでに施設で暮らしている子供もいるでしょう」


「……そうですね」


「リアリス様が良かれと思って連れてきても、相手の国に何も伝わっていなければ、行方不明者として捜索されることも考えられます」


 …………。


 ……ああ。


 確かに!


 本人が行きたいと言っていても、事情を知っている人が誰もいなければ、大騒ぎになるかもしれない。


「それに、国ごとに考え方や決まりも異なります」


「……なるほど」


 私は、ゆっくり頷いた。


 エルフ国。


 獣人国。


 魔国。


 ドワーフの国。


 人間の国々。


 ……ああ。


 そう考えると、たくさんあるね。


 今ではそれぞれの国の人たちと、ずいぶん親しくなった。


 ……でも。


 親しいからって、勝手に何でも決めていいわけじゃない。


「各国の王様や、担当する人たちに相談して、許可をもらう必要があるんですね」


「そのとおりです」


 ミキサーさんが頷く。


 カバディ王も、真剣な顔で言った。


「他国の孤児を受け入れるなら、必ずその国と事前に相談せよ。これは、余からの条件だ」


 …………。


 ……おお。


 はっきり言われた。


 私は、きちんと頷いた。


「分かりました。勝手には連れてきません!」


「うむ」


「子供たち本人にも、ちゃんと聞きます!」


「それも忘れてはならぬ」


 ……うん。


 これで、約束だね。


「……しかし、リアリス殿」


 王様は、そこで少し笑った。


「そなたは各国に知り合いがおるから、相談自体は早そうだな」


「そうですね!」


 ……うん。


 映像通話もあるし、連絡するのは難しくないと思う。


 でも、これも私一人で勝手に決めない方がいいだろう。


「セバスにも手伝ってもらおうかなと思ってます」


「セバス殿か」


 ミキサーさんが、少し安心したように頷いた。


「それでしたら、交渉や記録の整理も進めやすいでしょう」


「そうなんです。セバス、すごく優秀なので!」


 ……ふふ。


 うちの執事、頼れるんだよね。


「……リアリス殿」


「はい?」


「一応、確認しておきたい」


 カバディ王が、真面目な顔になる。


「各国の王と、同時に相談を始めるつもりではあるまいな?」


 …………。


 ……えっ。


「……まだ決めてないですよ?」


「……そうか」


 ……あっ。


 王様、また安心した。


 ……いや。


 でも、連絡するだけなら同時でもいい気がするなぁ。


 私は、口を開きかけた。


 すると。


「リアリス様」


 ミキサーさんが、にっこり笑った。


「各国への説明内容は、先に一度整理いたしましょうね」


 …………。


 ……おお。


 笑顔で止められた!


「……はい!」


 ……うん。


 今日は素直に従っておこう。


 きっと、その方がうまくいく。


 話がひと段落したところで、桜花が口を開いた。


「カバディ陛下。ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか」


「うむ。何だね、桜花殿」


「新しい孤児院の建設場所についてでございます。リアリス様のお考えに合う土地が、王国内にございますでしょうか」


 ……あっ。


 そうだ!


 建物を作るなら、土地も必要だね!


 私は、思わず頷いた。


「ありがとう、桜花。そこ、忘れてた!」


 …………。


 ……あれ。


 ミキサーさんが、少しだけ眉を動かした。


「……リアリス様」


「はい?」


「お忘れにならないでくださいませ」


「……はい!」


 ……うう。


 さっきから、ちょっと注意されてばかりだなぁ。


 カバディ王が、楽しそうに笑った。


「ははは。確かに、そなたなら土地がなくとも何とかしてしまいそうだ」


「いやぁ。さすがに、勝手に建てたら怒られますよね」


「当然だ!」


 …………。


 ……あっ。


 即答!


「候補地については、王国でも調べてみよう」


 王様が言った。


 ミキサーさんも頷く。


「ただし、施設の規模や必要な場所が決まってから、正式に確認することになります」


「分かりました!」


 ……うん。


 これで、土地の問題も少し前に進められそう。


 私は、ふと自分が作った学校を思い出した。


 あそこなら、勉強する場所も近い。


 ……でも。


 先に決めるのはやめておこう。


 いろいろ確認してから、必要な場所を相談しよう。


 ……うん。


 今日は、慎重なリアリスです!


 ……いや。


 自分で言うと、ちょっと怪しいかな。


「さて。話をまとめましょうか」


 ミキサーさんが、手元の紙に書き始めた。


 ……おお。


 さすが宰相。


 仕事が早いね!


「まず、リアリス様が民間孤児院の現状を直接確認なさる」


「はい!」


「施設を運営する方々と、子供たち本人の意思を尊重する」


「はい!」


「新しい施設を作る場合、運営に必要な人員と費用、それから安全な土地を確保する」


「はい!」


「王国内での必要な手続きについては、王国側が協力いたします」


 ……おっ。


 ありがたい!


「そして、他国の孤児を迎える構想については、各国の関係者と事前に協議する」


「はい!」


 ……うん。


 整理してもらうと、分かりやすいなぁ。


 私は、ひとつ気になったことを尋ねた。


「ちなみに、王国での孤児の保護についても、これから相談できますか?」


「もちろんでございます」


 ミキサーさんが顔を上げた。


「ただ、まだ支援を必要としている子供の人数や状況が十分に分かっておりません。調査と連絡方法の整備も必要になるでしょう」


「……ああ。そうですよね」


 ……建物を作るだけじゃ、どこに困っている子がいるか分からない。


 村の人が保護している子もいれば、遠い町で暮らしている子もいる。


「じゃあ、そういう情報も集められるようにしたいですね」


 カバディ王が、ゆっくり頷いた。


「うむ。国としても、できる限り協力しよう」


 ……おお。


 それは心強い!


 私は、にっこり笑った。


「ありがとうございます、カバディ王!」


 王様は、少しだけ肩の力を抜いた。


 ……ふふ。


 今日は、ちゃんと相談になった気がするね。


 ……ところが。


「ところで、リアリス殿」


「はい?」


 カバディ王が、湯飲みを置いた。


「ひとつ、気になることがある」


「何でしょう?」


「そなた、孤児院を作る話をしたが……」


 ……うん?


「一体、何人ほどを受け入れるつもりなのだ?」


 …………。


 ……あっ。


 その話か!


「まだ決めてませんけど、余裕は持たせたいですね」


「余裕、とな?」


「はい。今いる二十人だけじゃなく、これから保護される子もいるでしょうし」


 私は、指を折りながら考える。


 ダリル君とセリム君。


 四つの施設の子供たち。


 それから、この先見つかるかもしれない子供たち。


 ……うん。


 思っていたより、たくさんになるかもしれない。


「将来的には、かなり大きな施設になってもいいかなって」


 …………。


 …………。


 カバディ王が、ミキサーさんを見た。


 ミキサーさんも、カバディ王を見た。


 ……あれ。


 また、何か通じ合ってる。


「……ミキサー」


「……はい、陛下」


「念のため、建設予定地は広めに探しておくか」


「……承知いたしました」


 …………。


 ……おお。


 何だか、勝手に話が進んだ!


「まだ大きさ決めてませんよ?」


「だからこそだ」


 カバディ王が、きっぱり答えた。


 ……あっ。


 それは、確かに!


 私は、少し笑ってしまった。


 ……まあ。


 何にせよ、大きい土地があれば安心だよね。


「よろしくお願いします!」


 …………。


 王様は、深くため息をついた。


 ……あれ。


 何で!?


 私は、本当にまだ何も建ててないのに!


     ◇


 王城での相談が終わったあと、私は桜花と一緒に帰路についた。


 手元には、ミキサーさんが用意してくれた資料。


 そこには、四つの孤児院の所在地と、面会のための連絡先が記されていた。


 ……おお。


 さすが、仕事が早い!


 もちろん、施設の人たちへの連絡は、王国側から先に入れてもらうことになっている。


 私が突然押しかけると、いろいろ驚かせちゃうかもしれないからね。


 ……うん。


 こういうところは、ちゃんと段取りを踏もう。


「リアリス様」


「ん?」


「カバディ陛下もミキサー様も、ご協力いただけるようで何よりでございましたね」


「うん。よかったよ」


 私は、資料をもう一度見た。


 王都クーラル。


 サフィリア。


 フェルザ。


 マリノア。


 ……四つの孤児院。


 そこで暮らしている子供たちが、合わせて二十人。


 その二十人を支えるのが、八人の職員。


 ……ああ。


 数字だけ見ると、簡単そうに思えてしまうけど。


 実際は、毎日の食事や着替え、掃除、寝かしつけ。


 子供たちが病気になったときも、不安になったときも、ずっと付き合ってくれているんだよね。


 ……うん。


 まずは、その人たちに会って話してみたい。


「桜花、明日から少し忙しくなりそうだね」


「はい。ですが、必要なことでございます」


「うん。私もそう思う」


 ……ふふ。


 なんだか、楽しみになってきた。


 もちろん、遊びに行くわけじゃないんだけど。


 新しい人と出会うのは、やっぱり少しわくわくする。


 ……よし。


 まずは、王都の孤児院からかな。


 帰り道。


 私は、ふと昨日のクオシンさんを思い出した。


 ダリル君とセリム君を連れてきたときの、あの顔。


「俺は押し付けただけだ」


 ……なんて言ってたけど。


 本人たちの気持ちを聞いて、村の人に事情を確認して。


 お兄ちゃんなんだから一人で背負い込むな、って励まして。


 ……ああ。


 何だかんだ、よく見てるんだよね。


 私は、小さく笑った。


「桜花」


「はい」


「クオシンさんに、またお礼を言いたくなっちゃった」


 桜花が、ほんの少し微笑む。


「リアリス様でしたら、きっとそうおっしゃると思っておりました」


「えっ。何で分かるの?」


「昨日、とても嬉しそうでございましたので」


 …………。


 ……おお。


 見られてた!


「だって、頼ってくれたのが嬉しかったんだもん」


「左様でございますね」


「それに、あの二人に出会わなかったら、孤児院のことも知らないままだったかもしれないし」


 ……うん。


 きっかけを作ってくれたのは、クオシンさんだ。


 そう考えると、ちょっと不思議だね。


「今度会ったら、またありがとうって言おうかな」


「よろしいかと存じます」


 ……ふふ。


 そうしたら、また怒られそうだ。


「『礼なんかいらねえ!』って言われるかな」


「……ふふ。そうかもしれませんね」


 ……あはは!


 想像するだけで、ちょっと面白い。


 ……いや。


 これは、まだ本人には言わない方がいいかな。


 せっかく、子供たちのことを安心して任せてもらえたんだし。


 ……うん。


 まずは、私にできることをやってみよう。


     ◇


「おかえりなさい!」


 屋敷の玄関に入ると、カトレアの元気な声が飛んできた。


「ただいま、カトレア!」


 少し遅れて、ダリル君とセリム君も顔を出した。


「……おかえりなさい、リアリスさん」


「……おかえり」


 …………。


 ……おお。


 お迎えが増えた!


「ただいま! 二人とも元気にしてた?」


「……はい」


 ダリル君が頷く。


「カトレアに、お花の絵を教えてもらっていました」


「えへへ! 三人で描いたんだよ!」


 カトレアが、画用紙を持ち上げた。


 そこには、青紫色の花が三つ。


 大きい花。


 小さい花。


 少し形の違う花。


 ……おお。


 誰がどれを描いたのかな?


「いいね! すごく綺麗!」


「これが私で、こっちがダリルお兄ちゃん、それからこれがセリム君!」


 ……おっ。


 ちゃんとそれぞれ個性があるねぇ。


 セリム君が、少しだけ恥ずかしそうに笑う。


「……ぼく、ちいさいおはな」


「うん! 可愛いね」


 ……ああ。


 よかった。


 昨日よりも、ずいぶん自然に笑ってくれるようになった。


 私は、子供たちの絵を眺めながら頷いた。


「そうだ、三人とも。今日、王様に会ってきたんだ」


「お父さん、何のお話したの?」


「孤児院のことだよ」


 カトレアが、首を傾げた。


「こじいん?」


「うん。家族がいなくなった子供たちが、安心して暮らせる場所」


 ダリル君が、静かにこちらを見る。


「……そんな場所、あるんですか?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね。


 ダリル君たちの村には、なかったんだもんね。


「今、この国には四つあるんだって。でも、いろいろ大変みたいなんだ」


 私は、できるだけ簡単に説明した。


「だから、これから見に行ってくるよ」


「……どうして、ですか?」


 ダリル君が尋ねる。


「ん? もっと安心して暮らせる場所を、増やせたらいいなと思って」


 ……うん。


 それだけなんだよね。


 ダリル君は、しばらく黙っていた。


 それから、小さな声で言った。


「……ほかにも、僕たちみたいな子がいるんですね」


 …………。


 ……ああ。


 そうだね。


「うん。でも、助けてくれる人もいるみたいだよ」


 私は笑った。


「その人たちとも、会ってみたいんだ」


 ダリル君が、ゆっくり頷いた。


「……はい」


 ……うん。


 焦らず、ひとつずつだね。


 夕食のあと。


 私は、セバスと巴さんに今日の話をした。


 桜花も、もちろん隣にいる。


「そういうわけで、四つの孤児院へ挨拶に行ってみようと思うんだ」


「なるほど。王国との連絡を確認しておきます、旦那様」


「ありがとう、セバス!」


 巴さんは、少し考えるように頬へ手を当てた。


「孤児院の子供たちが、もっと安心して暮らせるようになるといいわね」


「うん。私もそう思う」


「でも、リアリスちゃん」


「ん?」


「現場で頑張ってきた先生たちのお話は、きちんと聞いてあげてね」


 ……あっ。


 さすが巴さん。


 王様と同じことを言ってくれた。


「もちろん!」


「ふふ。それなら安心ね」


 ……うん。


 そうだよね。


 いくら新しい家があっても、そこで子供たちを見守る人がいなければ意味がない。


 だから、これからも先生たちに続けてもらえる形が一番いいと思う。


「ところで、リアリスちゃん。新しい孤児院を作る場所は決まったの?」


 …………。


 ……あっ。


 また、その話だ!


「いやぁ、まだなんだ」


「そうなの?」


「うん。王様にも、先にみんなと相談しなさいって言われちゃった」


 巴さんが、くすっと笑った。


「そうね。大きなことは、一人で決めない方がいいもの」


 ……うん。


 そう思う。


 私ができるのは、魔法で建物を作ること。


 でも、そこで暮らすのは子供たち。


 働くのは、先生たち。


 毎日を作るのは、みんななんだよね。


 ……ああ。


 何だか、わくわくしてきた。


「じゃあ、明日は王都の孤児院から行ってくるね!」


「ええ。気をつけてね」


「かしこまりました。先方のご都合を確認いたします」


 ……ふふ。


 こういうとき、家族がいると心強い。


 その夜。


 私は自室で、今日もらった資料を机に広げた。


 王都クーラル。


 サフィリア。


 フェルザ。


 マリノア。


 ……四つ。


 そこにいる子供たちが、合わせて二十人。


 それを支える大人が、八人。


 ……うん。


 数字は覚えた。


 でも、まだどんな人たちか知らない。


 子供たちが何を食べて、何をして遊んで、夜はどんな部屋で眠っているのか。


 先生たちが、何に困っているのか。


 そこは、紙を見ただけでは分からない。


 ……そうだ。


 まずは、会いに行こう。


 私は資料をまとめ、椅子の背にもたれた。


 ……それにしても。


 国営の孤児院がないって聞いたときは、びっくりしたなぁ。


 この国にも子供はたくさんいる。


 なのに、困っている子を支える仕組みは、まだ十分じゃない。


 ……うーん。


 やること、いっぱいありそうだね。


 でも。


 別に、一度に全部やる必要はない。


 ひとつひとつ、できることから。


 ……うん。


 私は、そういうのが好きだ。


 ……あっ。


 そういえば、王様が「土地は広めに探しておくか」って言ってたな。


 …………。


 ……ふふ。


 まだ建物の大きさも決まってないのに。


 王様の方が先回りしてる!


 ……いや。


 私が今まで、いろいろ建てすぎたせいかな。


 ……うん。


 それは否定できません!


 私は、思わず笑ってしまった。


 ……さあ。


 明日は、どんな人たちに会えるかな。


 少し楽しみだ。


 ……そして。


 願わくば、子供たちの笑顔が、今よりもっと増えますように。


 ……よし。


 今日もいい一日だった!


 私は机の灯りを消し、寝台へ向かった。


     ◇


 ――プチ番外編・王城にて。


 同じ頃、王城の執務室。


 ミキサーが孤児院の資料をまとめていると、カバディ王がぽつりと声をかけた。


「……ミキサーよ」


「はい、陛下」


「リアリス殿が孤児院を建てると言い出した件じゃが……」


「はい」


「これ、クオシンがあの兄弟を連れていき、リアリス殿を動かすつもりだったのではないか?」


 ミキサーは少し考えてから、静かに頷いた。


「……おそらく。少なくとも、リアリス様が放っておけないと分かっていたのでしょう」


「……やはりなぁ」


 カバディ王は、両手で頭を抱えた。


「クオシンには、困っている者を放っておけぬ優しさがある。それはよい。だが、余に一言も相談せず、勝手に話を進められるとなぁ……」


「……心中お察しいたします」


「しかも、結果として良い方向へ進んでおるから、叱るにも叱りにくい」


「……おっしゃるとおりでございます」


 カバディ王の深いため息が、夜の執務室に響いた。

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