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第1話:そうだ、家を建てよう

「あーっ!! 今日の薬草採取依頼、忘れてたぁー!!」


 ……と、王都の通りで叫んだのが、ほんの少し前のこと。


 通りすがりのおじさんに怪訝な顔をされ、私は慌てて口を閉じた。


 恥ずかしい。


 非常に恥ずかしい。


 でも、よく考えたら、そもそも依頼書を受け取る前にシルベスターさんに連れていかれたんだよね。


 つまり、依頼を受けたのに忘れたわけではない。


 ……あれ? だったら何をそんなに慌ててたんだろう。


「……まあ、いっか」


 よくはないけど。


 今日はもう、やりたいことが決まっている。


 自分の家を建てるのだ。


 ギルドでシルベスターさんにも話したし、王様からは王国内で住む場所を自由に選んでいいと言ってもらえた。


 あとは場所を決めるだけ。


 ……ん?


「家を建てるって、そんな簡単な話だったかな?」


 日本にいた頃なら、土地を探して、費用を考えて、間取りを決めて、工事をお願いして……。


 考えるだけでも大仕事だ。


 まして今の私には、建築業者の知り合いなんていない。


 それどころか、まともな家具を買えるほどのお金があるかも怪しい。


 昨日と一昨日の薬草採取で稼いだお金が、今の全財産だからね。


 ……普通なら、どう考えても家なんて建てられない。


 普通なら。


「……《想像魔法》があるんだよなぁ」


 私は自分の手を見下ろした。


 これまで、探し物を見つける魔法も、瞬間移動する魔法も作ってきた。


 それなら、家を建てる魔法だって作れるはずだ。


 いや、むしろどうして今まで思いつかなかったんだ。


 ドラゴンを倒す前に、家を建てるべきだったんじゃない?


 ……あっ。


 家を建てる前にドラゴンと戦う主人公。


 順番がおかしくない?


 まあ、過ぎたことを気にしても仕方ない。


 まずは土地探しだ。


 その前に――。


「……お腹空いたなぁ」


 朝食は食べた。


 だけど王城とギルドを往復していたら、もう昼を過ぎている。


 家づくりの前に、腹ごしらえくらいは許されるだろう。


 ……誰に許可をもらう必要もないんだけどね。


 王国が自由を認めてくれたんだから!


     ◇


 私は通りを歩き、屋台が並ぶ広場へ向かった。


 昨日の肉串は、正直なところ微妙だった。


 香ばしい匂いに誘われたのに、味付けは塩だけ。


 ……いや、塩が悪いわけじゃないよ?


 問題は、それを期待しすぎた私の方だ。


 今日は別のものを食べよう。


 あれこれ眺めていると、平たいパンに焼いた野菜を挟んでいる屋台を見つけた。


「それ、一つください!」


「あいよ!」


 温かいパンを受け取り、一口かじる。


 ……おっ。


 野菜が甘い。


 昨日の肉串ほど派手な匂いはしないけれど、こっちの方が好みかもしれない。


 パンはやっぱり少し固い。


 そこは相変わらずなのね。


 でも、空腹のときに温かいものを食べられるって、それだけで幸せだ。


 私は最後の一口を飲み込み、屋台の人に礼を言った。


「ごちそうさまでした!」


 よし。


 お腹も満たされたし、今度こそ家を建てる場所を探しに行こう。


 王都の外には、初日に降り立った草原がある。


 見晴らしもいいし、街へ歩いて行ける距離だったはずだ。


 ……あそこなら、気持ちよく暮らせそうだな。


 王都の城門へ向かう道も、三日目となればだいぶ覚えてきた。


 荷車をよけ、通りの端を歩く。


 この街の生活も、少しずつ分かってきた気がする。


 ……ただし、まだ宿暮らしだ。


 自分の家ができたら、朝は好きな時間に起きて、好きなものを作って食べて、気が向いたら街へ出る。


 ……ああ、いいなぁ。


 考えるだけで顔が緩む。


 門のそばまで来ると、見覚えのある門兵が立っていた。


「おっ、リアリスじゃないか!」


「あ、こんにちは!」


 初日に身分証のことを教えてくれた人だ。


 私を見るなり、親しげに片手を上げてくれる。


「今日はまた薬草採取か?」


「いえ、今日は家を建てようと思いまして」


「……家?」


「はい。王都の外に」


 門兵は私の顔を見つめ、しばらく黙った。


「……お前、大工だったのか?」


「違いますよ」


「じゃあ、建築を頼むのか?」


「いえ、自分で建てます」


「…………」


 あれ。


 また変なことを言ったかな。


 建てる魔法を使うつもりだなんて、いきなり説明しても信じてもらえないだろうし。


「ちょっと、広い土地を見に行こうと思ってるんです」


 そう言い直すと、門兵はようやく納得したようにうなずいた。


「そうか、下見ってことか」


「……まあ、そんな感じです」


 嘘ではない。


 家を建てる場所を確かめるんだから。


「城門から少し歩いた先に、広い草原がありましたよね。あの辺りは人が住んでいないんですか?」


「街に近い方は畑や人の通り道もあるが、その先はほとんど草原だな。まあ、勝手に人の畑を潰したりするなよ」


「もちろんです!」


 それは大事だ。


 王様に住む場所を自由に決めていいと言われたからといって、誰かの畑の真ん中に豪邸を建てるわけにはいかない。


 ……そもそも、やったら絶対に怒られる。


「それじゃ、行ってきます!」


「おう。……しかし一人で家とは、ずいぶん大きな夢だな」


「ありがとうございます!」


 私は笑って手を振った。


 門兵の人は、まだ少し不思議そうだったけれど。


 ……大丈夫。


 私だって、自分で言っていて少し不思議だ。


 王都を出ると、視界が一気に開けた。


 石畳の道の先に、緩やかな緑の丘が続いている。


 少し遠くには森。そのさらに向こうには山並みが見えた。


 草の匂いを運んでくる風が、頬をくすぐる。


「……ああ」


 思わず足を止めた。


 この景色、覚えている。


 三日前、私がこの世界に降り立ったときに見た景色だ。


 目の前には広い草原。


 振り返れば王都の城壁。


 初めて自分の足で立ったとき、あまりの身体の軽さに笑ってしまったっけ。


 あのときは、財布もなく、知り合いもなく、今夜どこで寝るかさえ決まっていなかった。


 それが今では、冒険者カードを持ち、顔見知りの門兵やギルドの人がいる。


 国王様とも話した。


 ……二回気絶させちゃったけどね。


「三日しか経ってないんだよなぁ」


 たった三日。


 だけど、私にとってはずいぶん長い時間だった。


 病室の窓から外を見ていた頃は、こんなふうに自分の足で草原を歩くことすら、夢みたいな話だったのに。


 今は、その夢のようなことが当たり前にできる。


 私は靴先で草をそっと分けた。


 足元には小さな花が咲いていた。


「……ここにしようかな」


 自然に、そんな言葉が口から出た。


 転生して最初に立った場所。


 この世界で新しい人生を始めた場所。


 ここに家を建てられたら、きっと忘れられない場所になると思う。


 ……まあ、家まで建てたら、さすがに忘れようがないんだけど。


 私は王都の方を振り返る。


 城壁はまだ見えている。


 街へは徒歩で二十分ほど。


 食事を買いに行くのも、ギルドへ依頼を受けに行くのも、それほど苦にはならなそうだ。


 《転移》だって使えるけれど、たまには歩きたい。


 散歩する楽しみまで消してしまうのは、もったいないじゃないか。


「ここなら、ちょうどいいかも」


 ただ、いきなり建て始めるのはやめておこう。


 王都から見えるとはいえ、周りにはまだ草原が広がっている。


 道を塞いだり、誰かが使っている場所を潰したりしてはいけない。


 私は辺りを少し歩き、畑も家もなく、人や荷車が通る道からも外れた、広い場所を探した。


 地面はほぼ平らで、見晴らしもいい。


 何より、空が広い。


「……よし。ここに決定!」


 私は草原の真ん中で両手を広げた。


 どのくらいの広さが必要だろう。


 家だけなら、それほど大きくなくてもいい。


 でも、せっかくなら庭が欲しい。


 花壇も作りたい。


 ……できれば、庭でのんびりお茶なんか飲んでみたいなぁ。


 想像していたら、だんだん楽しくなってきた。


 さて、肝心の家をどうするか。


 私は腕を組んで考え始めた。


「まずは、平屋くらいがちょうどいいよね」


 一人暮らしだし。


 寝室と居間と台所、それからお風呂とトイレ。


 それだけあれば十分だろう。


 ……でも、待てよ。


 せっかく家を建てるんだから、客が来たときの部屋くらいは欲しいな。


 異世界で友達ができるかもしれないし。


 それなら二階建てにした方がいいか。


「……二階建てかぁ」


 頭の中に、玄関を入ってすぐの広いホールと、奥に続く階段が浮かんだ。


 階段の先には、気持ちのいい日差しが入る部屋。


 上の階から草原を眺められたら、きっと最高だろうな。


 いや、眺めるだけなら三階の方がもっと遠くまで見えるんじゃない?


「……三階建て?」


 ……あれ?


 いつの間に増えた?


 ついさっきまで平屋を考えていたはずなんだけど。


 でも、三階があれば、趣味の部屋も作れる。


 旅先で見つけた面白いものを並べたり、静かに本を読んだりする場所も欲しい。


 将来、誰かを家に招いても窮屈にならないよう、客間だっていくつかあっていい。


 ……ああ、考え始めると止まらないなぁ。


「広い居間に、大きな食堂。明るい厨房も欲しいな」


 日本にいた頃、テレビで見た立派な洋館を思い出す。


 高い天井。


 ゆったりした廊下。


 窓の外には庭。


 家具や調度品には、落ち着いた赤を少し使おう。


 ここはシルク王国だし、温かい色の方が似合いそうだ。


 もちろん、壁から床から天井まで真っ赤、なんてことにはしない。


 ……そんな家、落ち着かないからね。


 外観は、明るい石壁を中心に、屋根と窓枠へ赤系の色を添える感じにしたい。


 あとは、風通しのいいテラス。


 花壇。


 草原を眺めながら食事ができる場所も欲しい。


「……これ、もう平屋の話じゃないよね?」


 うん。


 自覚はある。


 でも、想像するだけなら無料だ。


 ……しかも、私の場合、本当にそのまま作れてしまうんだよな。


 それが一番怖いところかもしれない。


 そして、忘れちゃいけないものがある。


「……お風呂!」


 そう。


 これだ。


 転生してから二晩。


 宿には風呂がなく、昨夜ようやく《クリーン》で身体を清潔にできた。


 あの魔法は便利だった。


 でも、疲れた身体で湯船につかる気持ちよさは、また別なんだよね。


 ただ、身体を洗うだけなら小さな浴室でもいい。


 せっかくなら、足を伸ばして入れる湯船が欲しい。


 ……いや、大きなお風呂にしよう。


 大きな窓があって、湯気がふわっと上がって、ゆっくり浸かれるような。


 日本の温泉旅館にある大浴場を思い浮かべる。


 ああ、最高だ。


「……よし。大浴場は絶対だ!」


 草原の真ん中で拳を握った。


 誰かに見られたら、何を宣言しているのか分からないだろうな。


 でも、これは譲れない。


 それから、日本式の厨房。


 火加減を調整できる調理設備に、食材を冷やして保存できる箱。


 洗い物を片づける場所も欲しい。


 もちろん、こういう設備を動かすのに電気を引くことはできない。


 ここはステラだ。


 日本みたいにコンセントへ差し込めばいい、というわけにはいかない。


「……だったら魔力で動けばいいか」


 今の私なら、その仕組みごと想像できるはずだ。


 水も必要だな。


 蛇口をひねれば水が出るようにして、お風呂にも台所にも使えるようにする。


 それからトイレ。


 汚物は魔法で処理して、いつでも清潔にしておきたい。


 ……ここ、重要だよね。


 異世界転生のお約束で衛生環境に困る話はよくあるけれど、できるなら困る前に何とかしておきたい。


 私は別に、わざわざ不便さを楽しみたいわけじゃないから。


「寝室は広めで……そうだな、二十畳くらい?」


 自分で口にして、首をかしげる。


 二十畳。


 一人で使うには、ちょっと広すぎない?


 ……まあ、いいか。


 せっかくのマイホームだし。


 将来、誰かと暮らすことになっても困らないよう、小さめの個室もたくさん用意しておこう。


 あとは予備の部屋を五つくらい。


 そこでふと気づく。


「……私、いったい何人で住むつもりなんだろう?」


 今のところ、住人は私一人です。


 ……うん。


 考えないようにしよう。


 建物だけじゃなく、庭も整えたい。


 広い芝生に花壇。


 家の脇には、いつか何かのお店を開けるような小さな建物もあったら面白そうだ。


 ……雑貨屋とか、いいかもしれないなぁ。


 今すぐ商売をするつもりはないけれど。


 こうして、頭の中の小さな平屋は、どんどん立派な屋敷へ変わっていった。


「……そろそろ、作ってみようか」


 私は大きく息を吸った。


 思い描くのは、今まで考えた屋敷の姿。


 三階建てで、広い玄関と大きな窓がある。


 庭には花壇と芝生。内部にはたくさんの部屋があり、厨房や大浴場も用意されている。


 水回りも、魔力で動く設備も、まとめて家の一部として作る。


 ……こうやって考えると、普通の建築工事じゃ絶対に無理な注文だな。


 工事を頼んだら、業者さんに頭を抱えられそうだ。


 そもそも、現代日本だって、こんな短時間では建てられない。


 でも、ここは異世界。


 そして私には、《想像魔法》がある。


 最初から理想の状態に仕上がった建物を、一瞬で作る魔法。


 建材を運ぶ必要も、職人さんが来る必要もない。


 土台から屋根まで、家具も設備も、イメージしたとおりに完成させる。


「名前は……《建築》かな」


 頭の中で、細部まで思い描く。


 広さ、間取り、窓の位置、庭へ続く通路。


 建物が倒れたり、雨漏りしたりしないように。


 水が必要な場所には水が届き、使ったものは清潔に処理されるように。


 ……うん。


 考え出すときりがないけど、最低限これくらいは必要だろう。


 よし。


「《建築》を作ろう」


『《想像魔法》にて《建築》が完成しました。』


 頭の中に、いつもの女性の声が響いた。


「よし、できた!」


 これで、建物を作る魔法が完成した。


 ……あっ、危ない。


 魔法は作っただけでは発動しないんだった。


 転生初日から何度も気をつけていることなのに、つい忘れそうになる。


 私は草原を見渡した。


 周囲には人の姿も、荷車もない。


 建物が現れても通り道を塞がないよう、位置を改めて確かめる。


 少し下がり、脳内マップで建物を置く場所を意識した。


「……それじゃ、お願いします」


 誰にお願いしているのかは分からないけど。


 私は草原の先へ手を伸ばす。


「《建築》!」


 その瞬間。


 目の前の景色が、変わった。


「…………」


 私は、しばらく動けなかった。


 さっきまで草が揺れていただけの場所に、巨大な建物が立っている。


 三階建て。


 明るい石壁。


 落ち着いた赤い屋根と、同じ色を添えた窓枠。


 左右へ大きく広がる建物の中央には、立派な玄関がある。


 そこへ続く道は綺麗に整えられ、周囲には広い庭と花壇が広がっていた。


 ……ちょっと待って。


「……え?」


 もう一度、瞬きをする。


 消えない。


 もう一度。


 やっぱり消えない。


「……ええええっ!?」


 何これ!?


 いや、分かってる。


 私が作ったんだよ。


 自分で考えて、自分で魔法を使った。


 だから、ここに建物があること自体は何もおかしくない。


 ……でもさ!


「大きすぎない!?」


 私が最初に欲しかったのは、寝る場所と台所とお風呂がある家だ。


 それがどうして、こんな立派な屋敷になるんだろう。


 確かに、途中から三階建てを考えていた。


 庭も花壇も作るつもりだった。


 客間だって、たくさんあっていいと思った。


 でも、実物を見ると話が違う。


 こんなの、貴族が住んでいそうな大豪邸じゃないか!


 私は建物の前を少し歩き、横幅を確かめようとした。


 ……広い。


 玄関から建物の端まで行くだけでも、かなり歩く。


 いや、本当に何を作ったんだ、私は。


「……《建築》、すごすぎる」


 建材なんて、一つも用意していない。


 誰かに工事を頼んだわけでもない。


 それなのに、数秒どころか、瞬きをする間に三階建ての屋敷が完成してしまった。


 普通の建築業者さんが見たら、腰を抜かすんじゃないだろうか。


 ……あっ。


 これ、家を建てる仕事をしている人には絶対に見せちゃいけない気がする。


 仕事がなくなっちゃう。


 私は玄関へ続く道の上に立ち、建物全体を見上げた。


 屋根の赤色は、派手すぎず、空の青によく映えている。


 窓も、庭も、思い描いたとおりだ。


 ……思い描いたとおり、なんだけど。


 想像の中では、こんなに大きく感じなかったんだよなぁ。


 頭の中の間取り図と、実際の建物の大きさって、全然違うんだね。


 勉強になった。


 ……今さらだけど。


 草原を吹き抜ける風が、庭の花を揺らした。


 そこだけは、何とも平和な景色だった。


 私は大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。


「……でも、いい家だなぁ」


 口にしてから、少し笑った。


 文句ばかり言ってしまったけれど、気に入らないわけではない。


 むしろ、かなり気に入っている。


 ここで朝ご飯を食べて、庭でお茶を飲んで、気が向いたら王都へ遊びに行く。


 そんな暮らしを思い浮かべるだけで、胸が弾んだ。


 ……ただ、一つ気になることがある。


 私は屋敷を振り返り、それから王都の方を見た。


 城壁の一部が、草原の向こうに見えている。


 ということは、向こうからもこの屋敷が見えるかもしれない。


「……あれ?」


 少し考える。


 私は、どうしてFランクのままでいたかったんだっけ。


 そうだ。


 目立ちたくないからだ。


 Sランクに昇格したら、あちこちから呼び出されそうで面倒だったから。


 で、そんな私が今、何をした?


 ……王都の郊外に、三階建ての大豪邸を一瞬で建てました。


「……目立つんじゃない、これ?」


 そりゃ目立つよね。


 草原に昨日までなかった巨大な屋敷が現れたんだから。


 しかも、私は一人で住むつもりだ。


 ……ああ、またシルベスターさんに怒られる未来が見える。


『お前、目立ちたくないんじゃなかったのか!』


 たぶん、そんなことを言われる。


「……いや、まだ見つかったわけじゃないし!」


 誰に向かって言い訳しているのか、自分でも分からない。


 私は大きく息を吐いた。


 まあ、建ってしまったものは仕方がない。


 それに、王様も住む場所は自由でいいと言ってくれた。


 誰かの畑を潰したわけでもないし、通り道も塞いでいない。


 ……大丈夫。


 たぶん、大丈夫。


 私はもう一度、屋敷を見上げた。


 これが今日から、私の家になる。


 日本で暮らしていた頃の家とはまったく違う。


 何度も通った病室とも、昨日まで泊まっていた宿とも違う。


 自分で望んで、自分で作った、この世界で初めての居場所だ。


「……ただいま、って言っていいのかな」


 口にして、何だか照れくさくなった。


 まだ一度も中に入っていないのに。


「よし。じゃあ、入ってみよう!」


 私は玄関へ向かって歩き出した。


 どんな部屋ができているんだろう。


 台所は想像どおりかな。


 大浴場は、ちゃんと作れているかな。


 ……楽しみだ。


 とても楽しみだ。


 ただし。


「……こんな広い家、一人で掃除するのは大変そうだなぁ」


 玄関の前で、そんな当たり前のことに気づいてしまった。


 ……あれ?


 もしかして、私。


 家を建てる前に、考えるべきことがもう少しあったんじゃない?


 立派な扉を見上げながら、私はようやくその可能性に思い至ったのだった。

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