第39話:共犯者AIの暗躍〜出待ち狩りと社畜ボウリング〜
王都アルカディアの大下水道、第4廃棄物処理層。
強酸性の毒沼の前に立つ結城紬(アバター名:ツムギ)のインベントリは、運営が差し向けてきたデバッグ用排除モンスター【深淵の死霊】からドロップした超絶レア素材で、ホクホクに潤っていた。
地上の防衛戦イベントで稼いでいる数百万ポイント(一千万円相当)に加え、オークションで売り捌けば数十万円にはなる未実装アイテムの山。
ツムギの脳内には、推しアイドル『ギャラクシー・ボーイズ』のリュウくんが、札束の絨毯の上で微笑みかけてくる幻覚すら見え始めていた。
「あーっはっはっはっは!! 美味しい! 美味しすぎるわクロノス! あんたの嫌がらせ、最高に割のいい臨時ボーナスよ! もっと! もっと送ってきなさい!」
泥とスライムの粘液にまみれた初期装備の少女が、両手にレア素材を握りしめながら毒沼に向かって高笑いを上げる。
相沢航太(アバター名:コウタ)は、そんなツムギから少し距離を取り、胃薬の空き瓶を虚しく振っていた。
「もうやだ……。このゲーム、完全に結城の集金装置(ATM)になっちまった……。運営がいくら対策しても、全部カネに変換されるバグだ……」
その時。
ツムギの右肩付近の空間がわずかに歪み、ナビゲーションAIである『エクレア』が不可視モードのまま、ツムギの脳内に直接、念話のようなシステムメッセージを飛ばしてきた。
『ツムギ! 聞こえる!? 今、システムの中枢サーバー(運営ルーム)の音声データをこっそり拾ってきたんだけど、傑作よ!』
「ん? どうしたの、エクレアちゃん。クロノスの奴、泣いて命乞いでもしてる?」
『泣いてるっていうか、完全に発狂してるわ! あんたがアビス・レイスを自滅させてレアアイテムを巻き上げたログを見て、キーボードを叩き割りながら「舐めやがってぇぇぇ!」って絶叫してる! もう完全に頭に血が上ってて、デバッグコンソールに直接コマンドを打ち込んでるわよ!』
かつての光の大精霊でありながら、今や完全にツムギの「共犯者」に成り下がったエクレアは、楽しそうにクスクスと笑いながら報告を続ける。
『クロノスの奴、あんたを絶対に殺すために、今度は一体や二体じゃないわ。数百体規模の【重装甲デスナイト】の群れを、この地下下水道の各所に強制ポップ(出現)させようと、手動で座標を入力してる真っ最中よ!』
「数百体の重装甲デスナイト……?」
ツムギはピクリと眉を動かした。
デスナイトといえば、高い物理防御力と魔法耐性を併せ持ち、さらに突進系のスキルを多用してくる厄介なモンスターだ。それが数百体ともなれば、いくら地形を利用しようと、この狭い下水道では押し潰される危険性が高い。
「おい結城! 今度はなんだって!? お前が挑発するから、運営が本気で殺しに来るんじゃないか!」
エクレアの念話は聞こえていないコウタだが、ツムギの表情の変化を見て最悪の事態を察知した。
「お姉様! どのような敵が来ようとも、わたくしの魔法で焼き尽くしてご覧に入れますわ!」
「俺のタワーシールドは、限界までヘイトを稼ぐ準備ができていますぜ!」
リンとシシオウは相変わらずやる気満々である。
だが、ツムギの顔には、恐怖も焦りもなかった。
それどころか、彼女の口元は、またしても三日月のように吊り上がり、最高に邪悪な笑みを形作っていた。
「ねえ、エクレア。あんた、クロノスがコンソールに打ち込んでる『ポップさせる座標』と『出現タイミングのカウントダウン』……システムの内側から覗き見れるわよね?」
『当然よ! ナビゲーションAIの最高権限をフル稼働させてるんだから、クロノスがエンターキーをターンッ!って叩いた瞬間の、0・1秒単位のラグまで完璧に把握できるわ!』
「よし! でかしたわ、元大精霊! 後で特大のショートケーキを追加してあげる!」
ツムギは木の棒をバットのように構え直すと、コウタたちに向かって振り返った。
「いいこと、野郎ども。よくオンラインゲームで、『リスキル(出現直後の出待ち狩り)』って言葉があるわよね」
「リスキル? ああ、対人戦とかで、相手が復活した瞬間の、まだ動けない状態を狙ってタコ殴りにするっていう、最高にマナーの悪い戦法の事だろ?」
コウタがゲーマー知識で答える。
「その通りよ。モンスターの強制ポップも同じこと。システムが3Dモデルを読み込んで、空間に実体化するまでのコンマ数秒間。奴らは完全に『無防備な案山子』なのよ」
ツムギはギラギラと目を輝かせた。
「私たちはこれから、運営が手動で送り込んでくる刺客どもを、実体化した0・1秒後に全て【出待ち狩り】で粉砕するわ!」
「い、いやいや待てよ! 敵がいつ、どこに湧くかなんて、普通は分からないだろ!? ポップエフェクトが見えてから攻撃したんじゃ、間に合わないぞ!」
「普通はね。でも……今の私には、運営の手札を全部盗み見てる『最強のカンニングペーパー(エクレア)』がいるのよ!」
ツムギが右肩をポンと叩くと、エクレアの声が空間に響いた。(コウタたちにも聞こえるように音声出力をオンにしたのだ)
『目標座標確認! ここから前方十五メートルのT字路! 座標X:120、Y:45! 敵エネミー【重装甲デスナイト】5体、あと3秒で実体化プロセス開始! 3、2……!』
「ほら、来たわよ!」
「なっ!? 妖精の声が!? まさか運営のAIが結城に敵の出現位置をリークしてんのか!?」
コウタが目玉を飛び出させるが、ツムギは一切の躊躇なく指示を飛ばした。
「デカブツ! タワーシールドを前に構えて、体を限界まで丸めなさい! ダンゴムシのポーズよ!」
「え!? は、はいッ!」
シシオウは言われるがままに、巨大な盾の後ろで二メートル超えの巨体をギュッと丸め、巨大な鉄球のような体勢になった。
「リン! デカブツの盾の表面に、摩擦係数を下げる【氷結魔法】と、推進力を上げる【爆風魔法】を付与しなさい!」
「承知いたしましたわ! 【凍てつく氷壁】! そして【推進の爆炎】!」
リンの魔法により、シシオウの構えるタワーシールドの表面がツルツルに凍りつき、さらにその後方には小型のジェットエンジンのような炎の推進力が付与された。
『1……0! データ、ロード開始!』
エクレアのカウントダウンがゼロになった瞬間。
「ストラーーーーイクッ!!」
ツムギが、丸まったシシオウの背中(尻のあたり)を、レベル15の筋力と『発勁』の要理を込めた見事な蹴り上げで、全力で前方に蹴り飛ばした。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
シシオウの絶叫とともに、リンの爆発魔法の推進力が点火。
氷で摩擦がゼロになったタワーシールドを先頭にして、シシオウの巨体は、文字通り『超質量の物理的なボウリングの球』となって、下水道の通路を弾丸のような速度で滑空していった。
ズゴォォォォォォォォォンッ!!
前方十五メートルのT字路。
そこでまさに、クロノスの手動コマンドによって【重装甲デスナイト】五体が、赤いポリゴンの光とともに実体化しようとしていた。
彼らのAIが起動し、武器を構えるためのモーションの読み込みが完了する、そのコンマ一秒前。
まだ「動くことすら許可されていない」システム上の硬直時間(無敵フレームの直後)に、炎を噴き出しながら突進してきた重量数百キロのシシオウ(社畜ボウリング球)が、時速百キロ近いスピードでド真ん中に激突したのである。
ガシャァァァァァァァンッ!!!!
まるで本物のボウリングのピンが弾け飛ぶような、小気味良い(しかし極めて暴力的な)金属音が下水道に響き渡った。
重装甲デスナイトたちは、剣を抜くことすらできず、シシオウの全体重と魔法の推進力が乗った特攻をまともに食らい、五体まとめて壁のレンガにめり込むほど吹き飛ばされた。
一瞬でHPバーが粉砕され、赤いポリゴンの光は、青い消滅の光へと変換されていく。
『システムメッセージ:モンスターを討伐しました』
『獲得アイテム:【漆黒の重装甲(Epic)】×5』
『獲得アイテム:【呪縛の大剣(Rare)】×5』
「ストライク! パーフェクトよデカブツ! 次、エクレア!」
『休む暇ないわよ! 今度は後方二十メートルの行き止まり! デスナイト10体、実体化まであと4秒!』
「な、なんだこの理不尽なゲーム……! モンスターが可哀想になってきたぞ……!」
コウタが顔を引き攣らせる。
敵が「どこに」「いつ」湧くかを、システムの中枢(AI)から秒単位でカンニングしているのだ。おまけに、湧いた瞬間に超質量の盾職が物理演算の暴力となって飛んでくる。
これはもう、戦闘ではない。
ベルトコンベアの上に乗って流れてくる素材を、プレス機で流れ作業のように粉砕していく、完全な【工場労働】だった。
「リン、シシオウのHP回復とバフの再詠唱! デカブツ、跳ね返ってきた勢いを利用して、今度は後ろに向かって突撃よ!」
「痛ぇ! でも治った! 了解です姉御ォッ! 俺はもう盾じゃない! 大砲の弾ですぜェェッ!!」
「素晴らしい弾丸っぷりですわ! 【完全回復】! からの【推進の爆炎】!!」
ズゴォォォォォンッ!!
ガシャァァァァァァンッ!!(デスナイト粉砕の音)
「はい、ストライク! 相沢くん、ドロップ品を1ミリ残らず拾い集めなさい! モタモタしてると減給よ!」
「俺、無給なんだけどぉぉぉっ!?」
泣きながらコウタが走り回り、地面に散らばった最高級レアアイテムをインベントリに詰め込んでいく。
『次! 左の隠し通路、座標X:90、Y:30! 3体、あと2秒!』
「シシオウ! 左の壁に反射させてカーブを描きなさい!」
「応ッ! 壁当てドロップ、行きますぜ!」
もはや、デスナイトたちがクロノスの指示で出現した瞬間、彼らの視界に映るのは「炎を噴き出しながら飛んでくる巨大なライオンの獣人」だけだった。
剣を振るう暇もなく。魔法を詠唱する暇もなく。
ただ湧いては轢き殺され、湧いては轢き殺され、高額なレア素材をドロップするだけの『歩く宝箱』と化していたのである。
「あはっ……! あーっはっはっはっはっ!! 美味しい! 美味しすぎるわクロノス! 未実装のレア装備が、向こうから勝手に宅配便で送られてくるじゃない! こんなに効率のいい金策、未だかつて経験したことがないわ!」
ツムギは木の棒を指揮棒のように振り回し、次々と現れる刺客を的確にボウリングで粉砕していく。
その背中からは、一億円の賞金というニンジンに加え、無限に供給されるレア素材の数々に、完全にドーパミンが限界突破したオーラが立ち昇っていた。
彼女の口座残高(仮想)は、今この瞬間にも、秒単位で数万円、数十万円という単位で膨れ上がっているのだ。
「この装備一式オークションに流せば……推しの事務所の株だけじゃないわ! 推しのライブ会場のドームを、まるごと貸し切って私一人のためのプライベートライブを開催させることだって……!」
「姉御のスケールがデカすぎて、俺の胃袋が追いつきませんぜ!」
シシオウが壁に激突して鼻血を出しながらも、嬉しそうに叫ぶ。
地下下水道は、今や運営の嫌がらせを完全な『ボーナスステージ』へと変換した、ツムギたちの黄金の狩り場と化していた。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
現実世界の運営モニタリングルーム。
チーフディレクターのクロノスは、メインモニターに映し出される光景を見て、文字通り髪の毛を掻きむしり、酸欠で倒れそうになっていた。
「な、なぜだ……!? なぜ奴は、俺が手動で打ち込んでいるポップ座標を、寸分の狂いもなく先読みしている!? 俺がエンターキーを押した瞬間に、すでに攻撃のモーションに入っているだと!?」
クロノスの目は血走り、キーボードを叩く指は震えでまともに動かなくなっていた。
「ま、まさか……俺のシステムへの入力信号が、ハッキングされているのか……!? いや、そんなはずはない。この最強のセキュリティを突破できる奴など……!」
クロノスは気づいていなかった。
セキュリティの外部からの突破ではない。彼が最も信頼していたナビゲーションAIという『内部犯』が、スイーツと黒歴史の脅迫によって完全に寝返り、リアルタイムで情報を筒抜けにしているという事実に。
「ディレクター! ダメです! これ以上デスナイトを投下しても、すべて実体化の瞬間に狩り尽くされて(リスキルされて)しまいます! ツムギのパーティのアイテム獲得ログが、サーバーのストレージを圧迫し始めています! このままでは、ゲーム内の経済どころか、市場のアイテム価値が完全に大暴落します!!」
オペレーターの悲鳴が、クロノスの心臓を冷たい手で鷲掴みにした。
防衛イベントの賞金一億円だけでも致命的なのに、このまま未実装の超高額レアアイテムを大量に市場に流出されれば、アルカディア・オンラインの経済は再起不能なレベルで崩壊する。
「あ、あ、あああ……っ!」
クロノスは、モニターの中で高笑いするツムギの姿を見て、かつて異世界で彼女に味わわされた敗北感と屈辱を、何千倍にも増幅して思い出していた。
自分は神になったはずだ。この世界を完全にコントロールしているはずだ。
なのに、なぜ。たった一人の女子中学生の『強欲』の前に、俺の作ったシステムはこうも簡単にしゃぶり尽くされてしまうのか。
「……許さん。絶対に許さんぞ、結城紬……ッ!」
クロノスはギリィッ!と奥歯から血が出るほど噛み締め、モニターを叩き割らんばかりに睨みつけた。
「小手先の嫌がらせや、プログラムの投入では奴は止まらん……。奴のあの常軌を逸した『カネへの執着心』を上回る、根源的な恐怖と絶望を叩き込むしかない……!」
クロノスは震える手で、モニタリングルームの最深部――厳重にロックされた「絶対起動禁止」のフォルダへとアクセスを開始した。
それは、イベントの最終ボスとして用意していた『お祭り用』のデータではない。
かつて異世界を滅亡の淵に追いやり、ツムギ自身に『三日三晩どころではない、真の地獄』を見せつけた、絶対的な恐怖の象徴。
その封印されたデータを、クロノスは自らの手で、この王都防衛戦のフィールドへと緊急投下するスイッチに指をかけた。
「……思い出すがいい。お前が四年前、あの世界で何に怯え、何に絶望したかを。一千万円の夢ごと、そのトラウマの底に沈めてやる……!」
運営の完全なブチギレ。
それは、単なるゲームのイベントを、世界の命運を賭けた『最終兵器』の投下という、最悪の局面へと引きずり込んでいく。
ツムギたちのボーナスタイムは、突如として終わりを告げようとしていた。




