第26話:カオスなパーティと金策ツアー〜正規ルート?なにそれ美味しいの?〜
VRMMO『アルカディア・オンライン』における、超大型レイドボス『地揺らしの巨獣』の初回討伐。
その歴史的偉業を成し遂げたパーティーは、その後、いったいどんな名誉ある行動に出るのか。トップギルドの設立か、さらなる高難易度クエストへの挑戦か、はたまた運営からのインタビューか。
多くの一般プレイヤーたちがそんな妄想を抱く中、当の本人たちは、商業都市ロンデルの薄暗い裏路地で、極めて所帯染みた密談を交わしていた。
「いいこと? 私たちは今、とてつもない大金を手に入れたわ。でも、これで満足して立ち止まるような三流の真似は絶対にしない。私の推し『ギャラクシー・ボーイズ』のリュウくんの輝きを支えるためには、まだまだ資金が足りないのよ!」
初期装備の布の服を着た小柄な女子中学生アバター・結城紬(アバター名:ツムギ)が、手に持った木の棒を教鞭のように振り回しながら熱弁を振るう。
彼女の目の前には、三人の奇妙な仲間たちが直立不動で並んでいた。
一人目は、村娘の粗末な服を着た金髪縦ロールの美少女。元トップギルドマスターであり、今はツムギを神のごとく崇拝し、自身の莫大な資産と無限の魔力(MP)を惜しみなく提供する『ポンコツATMお嬢様』こと、東山凛(アバター名:リン)。
二人目は、二メートルを超える巨躯を誇るライオンの獣人。ランキング上位の重戦士でありながら、現実世界での中間管理職としてのストレスから、ツムギの理不尽な命令(ブラック労働)に快感を覚えてしまった『胃薬マゾ重戦士』こと、シシオウ。
そして三人目は、大きな荷物袋を背負わされ、慢性的な胃痛に顔を歪めているただの男子中学生。ツムギのクラスメイトであり、この異常なパーティにおける唯一の常識人にして『巻き込まれアイテム倉庫』の相沢航太(アバター名:コウタ)である。
「姉御! 次なる標的はどこでしょうか! 俺のタワーシールドは、いつでも姉御のために粉砕される準備ができています!」
「ええ、ツムギお姉様! わたくしの【完全回復】も、いつでもこの肉の壁を再生させる準備が整っておりますわ!」
「……お前ら、自分の言ってることの異常さに気づいてないのか……? 俺はもう、胃薬の在庫が尽きそうなんだが……」
目を輝かせるシシオウとリンに対し、コウタは深い絶望のため息をついた。
しかし、ツムギはコウタの嘆きなど完全にスルーし、空中に表示させた全体マップを指差した。
「掲示板の連中や攻略組のトッププレイヤーたちは、レイドボスを倒した後、順当に東の『エルフの遺跡』エリアに向かっているみたいね。システムが用意した正規のシナリオ進行ルートってやつよ」
「ああ、掲示板でも話題になってたぞ。あそこに行けば、中級者向けの強い装備が手に入るクエストが受けられるって」
コウタがまともなゲーマーとしての知識を披露する。
しかし、ツムギは鼻で笑ってその意見を一蹴した。
「バカね相沢くん。みんなが行く場所なんて、美味しい狩場なわけがないでしょ。クエストの進行フラグを立てるためにNPCの長話を聞かされて、ドロップ率の低いアイテムを大勢で奪い合う……。そんなの、タイムパフォーマス(時給)が最悪よ」
「じゃあ、どこに行くって言うんだよ?」
「誰も行かない場所。誰も存在すら知らない場所。そこに眠る手付かずの『隠し財産』を、私たちが一番乗りで根こそぎ独占するのよ!」
ツムギが木の棒で指し示したのは、マップの北東部――山脈によって完全に遮られ、進入不可エリアとされているはずの『空白地帯』だった。
「行くわよ、野郎ども! 目標、『忘れられた王家の宝物庫』! 正規ルートなんて無視して、誰も知らない隠しダンジョンで荒稼ぎツアーの開幕よ!」
「おおおおおっ!! 一生ついていきます、姉御ォォォッ!」
「お姉様の進む道こそが、真の王道ですわ!」
狂信者二人の歓声とともに、ツムギはロンデルの街を風のように飛び出していった。
残されたコウタは、「進入不可エリアにどうやって入るんだよ……」と頭を抱えながら、重い足取りでその後を追うしかなかった。
◇ ◇ ◇
ロンデルから北東へ進むこと一時間。
険しい山道を登り切ったツムギたちは、巨大な岩壁に行き当たった。
マップ上ではここは完全に『行き止まり』であり、周囲にはモンスターの姿すらない。ただの背景として用意されただけの岩肌にしか見えなかった。
「おい結城、やっぱりここは進入不可エリアだぞ。道なんてどこにもないじゃないか」
「素人の目は節穴ね。よーく見てみなさい。この岩壁、一部分だけ風化の具合が不自然でしょ?」
ツムギは岩壁に近づき、ペタペタと手で触れながらある一点を探り当てた。
「あのクソジジイ(宮廷魔術師)に、空間認識能力を鍛えるために目隠しでダンジョンを歩かされた経験が役に立つわね。……ここよ」
ツムギは、岩壁の地上からちょうど一メートルほどの高さにある、わずかに出っ張った石を、蹴りの要領で力強く押し込んだ。
ゴゴゴゴォォォォ……ッ!
その瞬間、ただの岩壁だと思われていた巨大な岩盤が、まるでカラクリ扉のように重々しい音を立ててスライドし、中から漆黒の闇に包まれた洞窟の入り口が姿を現したのだ。
「うおっ!? マジかよ!? こんな隠しギミック、攻略サイトのどこにも載ってなかったぞ!」
「当然よ。この『王家の宝物庫』は、異世界の歴史上でも数百年前に封印された極秘施設なんだから。神様(開発者のクロノス)が異世界をデータ化した時に、こういう隠し要素までバカ正直に丸コピペしてくれてるおかげで、私の実体験(知識)がそのままチート級の攻略本になるのよ」
ツムギはニヤリと笑い、インベントリから松明を取り出して火を灯した。
「さあ、入るわよ。ここは文字通りの『お宝の山』だけど、その分、侵入者を殺すための凶悪な物理トラップがてんこ盛りよ。油断したら一瞬でミンチになるわよ」
「えっ、トラップ……!? 俺、そういうの苦手なんだけど……」
コウタが怯えながら後ずさるが、その後ろからシシオウが巨大なタワーシールドを構えてズシンッと前に出た。
「ご安心ください、相沢の旦那! トラップの矢や槍が飛んできたら、全て俺がこの身を挺して受け止めます! 姉御、俺はいつでも死ねます!」
「死なせないわよデカブツ。あんたが死んだら肉の壁がいなくなるじゃない。……リン、回復の準備はいいわね?」
「はいっ! MPポーションを買い込んできましたので、シシオウさんのHPが何万回ゼロになろうとも、即座に全回復させてご覧に入れますわ!」
「よし、頼もしいATMね! 行くわよ!」
カオス極まる四人組は、薄暗い隠しダンジョンの奥へと足を踏み入れた。
――そして、数分後。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
「がああああああっ! 痛てぇぇぇっ! 壁から毒矢が! 全身がハリネズミみたいにぃぃっ!」
通路の床に仕掛けられた重量感知式の罠を踏み抜いたシシオウが、壁から射出された無数の毒矢をその巨体に浴びて絶叫していた。
HPバーが一瞬でレッドゾーンに突入し、毒のステータス異常でさらにゴリゴリと削られていく。
「はいっ、【広域浄化回復】ですわ!」
リンの無慈悲なまでの即時回復魔法が発動し、シシオウのHPは毒の浄化とともに一瞬で最大値(MAX)へと戻る。
「いてぇ! でも治った! ありがとうございますリン姐さん! さあ来いトラップ! 俺は痛覚の向こう側へ行くぞぉぉぉっ!」
「……完全に脳内麻薬が分泌されてるわね、あの社畜。まあいいわ、デカブツがトラップを全部『顔面で解除(肉受け)』してくれてる間に、私はお宝の回収よ!」
ツムギは、毒矢の雨を浴び続けるシシオウの背後に隠れながら、安全地帯にある銀の宝箱の前にしゃがみ込んだ。
宝箱には複雑な鍵がかかっているが、ツムギはインベントリから取り出した『ただの針金』を鍵穴に突っ込み、カチャカチャと器用に動かし始めた。
異世界の盗賊から直接伝授された(というより、飯を賭けたサバイバルの中で盗み見て覚えた)、システム外の純粋なピッキング技術である。
カチャッ。
小気味良い音とともに、宝箱のロックが解除された。
「オープン・セサミ! うひょーっ! 【白金貨】が十枚! これだけで十万ゴールド(一万円)の価値があるわ!」
ツムギは輝く白金貨を光の速さで自分のインベントリへと放り込んだ。
「おい結城、前方にモンスターだ! すげえデカい鎧の化け物だぞ!」
松明を持っていたコウタが叫ぶ。
通路の奥から、ガシャン、ガシャンと重々しい金属音を立てて現れたのは、全身を分厚い鋼鉄の鎧で覆われた、中身が空洞のモンスター『リビングアーマー』だった。
レベルは30オーバー。通常であれば、このレベル帯の物理攻撃はほとんど通らず、魔法使いの属性攻撃で弱点を突かなければ倒せない強敵である。
「お姉様! あのような物理耐性の高い敵は、わたくしの魔法で一網打尽に――」
「バカね、リン。あんな鉄の塊に魔法なんて撃ち込んだら、ドロップ品の鎧が溶けて市場価値が下がるじゃない!」
ツムギはリンの魔法詠唱を即座に止めさせると、足元に落ちていた『砂ぼこり』を両手で豪快にすくい上げた。
「物理耐性が高い? そんなの、ただの『システム上の数値』よ! いくら硬い鎧でも、動くためには必ず『関節の隙間』がある。そこに異物が入り込めばどうなるか……物理エンジンが教えてくれるわ!」
ツムギは猛ダッシュでリビングアーマーの懐に潜り込むと、両手に持った大量の砂を、鎧の膝と肘の関節部分――駆動する隙間めがけて全力で叩きつけた。
『ギ、ギギッ……!?』
ザリッ、ガリリリッ!という嫌な金属音が鳴り響く。
システム上は「目潰し」でもなんでもない、ただの砂の投擲。しかし、VRの精緻な物理演算エンジンは、関節部に詰まった砂の摩擦抵抗を正確に計算し、リビングアーマーのアニメーション(動作)に致命的な遅延とロックを引き起こしたのだ。
「ギギギギギ……ッ!!」
足を前に出そうとしたリビングアーマーが、関節のロックによりバランスを崩し、その場にガシャンッと不様な音を立てて倒れ込んだ。
「よしっ! デカブツ、今よ! あいつの兜(頭部)だけをピンポイントでカチ割って、内部の魔石を破壊しなさい!」
「応ッ! 姉御の指示通りに! 【重装突撃】!!」
毒矢の雨を抜けたシシオウが、倒れたリビングアーマーの頭部めがけて、全体重を乗せたシールドバッシュを叩き込む。
ゴシャァッ!という音とともに兜が吹き飛び、中空に浮かんでいた赤い魔石が粉砕される。
リビングアーマーは一度も攻撃することなく、ポリゴンとなって消滅し、ピカピカの『鋼鉄の鎧一式』と『大剣』をドロップした。
「やったぁぁぁっ! 傷一つない極上のドロップ品よ! これ一式で5万ゴールド(五千円)は硬いわね! 相沢くん、早く荷物袋に入れなさい!」
「はいはい、分かりましたよ……。俺、完全にただのルンバ(自動掃除機)みたいな扱いだな……」
ツムギの理不尽極まりない、しかし圧倒的に合理的(かつ金銭的被害ゼロ)な物理ハック戦術の前に、誰も知らない隠しダンジョンの強敵やトラップは、次々と『ただの換金アイテム』へと変換されていくのだった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
『忘れられた王家の宝物庫』の最奥までを踏破し、宝箱という宝箱を空にし、壁の装飾品(金箔)まで削り取ってインベントリに詰め込んだツムギたちは、満足げな顔でロンデルの街へと帰還していた。
もちろん、コウタの荷物袋は限界重量を超えてパンパンに膨れ上がり、彼は移動速度低下のデバフを受けながら涙目で歩いている。
「ふぅ〜、今日はいい汗かいたわね! やっぱり未踏破エリアの独占漁りは最高よ! 時給が桁違いだわ!」
ツムギは換金所のVIPカウンターで全てのお宝を換金し終え、空中に浮かぶシステムウィンドウの『口座残高』を見て、ヨダレを拭いながらニヤニヤと笑い続けていた。
その額、なんと『120万円』。
レイドボスの報酬と、今回の隠しダンジョンの総収益を合わせ、中学生の口座残高はついに大台の百万円を突破したのである。
「120万……120万円……♪ これで推しのライブの遠征費どころか、関係者席のチケットを裏ルートで買い取ることも夢じゃないかもしれないわ……! ああ、資本主義バンザイ!!」
ツムギはベンチの上で歓喜のダンスを踊り、リンは「お姉様の笑顔、眩しすぎますわ!」と拍手を送り、シシオウは「俺も姉御の役に立てて本望です!」と感涙に咽び泣いている。
コウタだけが、胃薬を飲みながら虚空を見つめていた。
「……なぁ結城。お前、これ以上稼いでどうするんだよ。もう十分すぎるだろ……」
「何言ってるの相沢くん。お金なんて、あればあるだけいいに決まってるじゃない。まだまだ稼ぐわよ! このアルカディア・オンラインの全ての富を、私の口座に集約させるのよ!」
強欲なる元勇者の進撃は、留まるところを知らない。
しかし。
システムの裏を突き、物理演算を悪用し、運営の想定をことごとく破壊して荒稼ぎを続けるツムギの行動は、ついにゲームの「深部」に潜むある存在のセンサーに、決定的なエラーログとして引っかかってしまったのである。
ツムギが口座残高を見てニヤついているその背後。
ロンデルの中央広場の上空に、ふわりと、小さな『光の球体』が出現した。
それは他のプレイヤーには見えない、システム管理者専用のナビゲーションAIのアバターであった。
『……警告。異常な資産蓄積と、物理エンジンの不正利用を検知。対象プレイヤー【ツムギ】へ、直接接触を開始します』
機械的な電子音声とともに、光の球体はツムギの頭上へと静かに降下していく。
最凶の守銭奴と、世界の裏側を知るポンコツAIとの、運命の再会が、すぐそこまで迫っていた。




