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第25話:弟子入り志願のサラリーマン〜肉の盾と最強の守銭奴パーティ結成〜

荒野を覆っていた血のように赤い空が、スッと本来の澄み切った青空へと戻っていく。

空気を震わせていた禍々しい重低音のBGMは消え去り、代わりにどこか遠くから小鳥のさえずる環境音が聞こえてきた。

大型アップデート第一弾の目玉として君臨した高難易度レイドボス『地揺らしの巨獣(ベヒーモス)』は、結城紬(アバター名:ツムギ)の放った「右足の小指の巻き爪を木の棒で延々と突き続ける」という、極めて地味かつえげつない物理的嫌がらせにより、完全に討伐された。


その巨体がポリゴンとなって四散した跡地には、まばゆい光を放つ巨大な黄金の宝箱と、山のようなゴールドのインゴットが散乱している。

そして、その中心で、二メートルを超える巨躯を誇るライオンの獣人・シシオウ(中身は三十代の胃薬常備サラリーマン)が、初期装備の布の服を着たツムギに向かって、見事な土下座を繰り出していた。


「姉御ォォォッ! 俺は感動しました! どうか、このシシオウを姉御の下働きにしてください! 俺に、その強さの極意を教えてくだせえっ!」


荒野に響き渡る、図体に似合わぬ必死の懇願。

シシオウの額は、仮想の地面である荒野の砂利にめり込まんばかりに擦り付けられている。


「……はぁ?」


ツムギは、インベントリに回収した『五百万ゴールド(現金換算五十万円)』の数字に頬ずりをするのをやめ、足元で平伏する巨大な獣人を怪訝な目で見下ろした。

ツムギの隣では、村娘の服を着たトップギルドマスター・リンが「よくってよ! お姉様の偉大さに平伏しなさい!」と得意げに腕を組んでおり、その後方では、荷物袋を背負わされた相沢航太(アバター名:コウタ)が胃薬をボリボリと噛み砕きながら白目を剥いていた。


「ちょっと待ちなさいよ、デカブツ。あんた、さっき私が『肉の盾(物理)』として振り回して、ベヒーモスの尻尾攻撃のクッションにしたの、忘れたわけじゃないわよね? 普通ならPK行為だって運営に通報して激怒するところよ?」


ツムギが当然の疑問をぶつける。

しかし、シシオウは土下座の姿勢のまま、顔だけをバッと上げて熱弁を振るい始めた。


「とんでもねえ! あれはまさに、究極の『適材適所』でした! 俺は重戦士(タンク)です。タンクの使命は、敵の攻撃を受け止め、味方を守ること。ですが、システムに用意されたヘイト(敵対心)管理のスキルだけでは、あの理不尽な暴走モードのボスから味方を守ることはできませんでした!」


シシオウの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

現実世界の会社で、どれだけ責任感を背負って部下を守ろうとしても、クソみたいな上司の無茶振りと理不尽なノルマの前にすり潰されてきた彼の中間管理職としての悲哀が、そこには込められていた。


「俺は絶望していました! システムで決められたルールの中では、俺の防御力は何の役にも立たないんだって……。でも、姉御は違った!」


シシオウは、ツムギの持つ『木の棒』を神聖な神器でも見るかのような目で見つめた。


「姉御は、システムやスキルなんていうちっぽけな枠組みに囚われず、俺という『質量』と『防御力』を、物理的なオブジェクトとして完璧に活用してくれた! あれほど無駄がなく、合理的で、最高に効率的なタンクの使い方はありません! 俺は、俺のステータスが姉御の強欲……いや、大いなる目的のために完璧に機能したことに、心が震えるほどの喜びを感じたんです!」

「……完全にドMの社畜に調教されてるじゃないの、このライオン」


ツムギは呆れ果ててため息をついた。

ブラック企業で長年すり潰されてきたシシオウの精神構造は、「理不尽に耐えること」自体が目的化してしまっており、そこにツムギという『圧倒的に理不尽だが、結果(利益)だけは確実に出す超有能なブラック上司』が現れたことで、彼の中の何かが致命的にバグってしまったのだ。


「お願いです、姉御! 俺は、現実世界ではただのしがないサラリーマンです。上司の顔色を窺い、部下のミスを被り、毎日胃薬を飲んで生きるだけの歯車です! でも、この世界でくらい、姉御のように『手段を選ばず、自分の欲望(カネ)のために全てを蹂躙する』、あの圧倒的なまでの強さを傍で学ばせてほしいんです!」

「……ふぅん」


ツムギは腕を組み、冷ややかな視線でシシオウの巨体を上から下まで舐め回すように値踏みした。

シシオウの全身を覆う鋼鉄の重装甲。その防御力は、サーバー全体を見渡しても間違いなくトップクラスだ。先ほどのベヒーモスの強烈な一撃を食らってなお、HPが1ミリでも残っていたことが何よりの証拠である。


(冷静にソロバンを弾いてみなさい。このデカブツ、レベルは25オーバー。HPと防御力に全振りしてる完全な壁(タンク)特化型ね。……これから私たちが向かう未踏破エリアには、トラップや即死級の攻撃を仕掛けてくるボスがゴロゴロいる。それを毎回私が避けるのはスタミナの無駄だし、リンの回復魔法があるとはいえ、一撃で即死したら元も子もないわ)


ツムギの脳内で、巨大な『¥』マークの天秤が揺れ動く。


(コウタはただの荷物持ち。リンは無限の魔力供給源(ATM兼ヒーラー)。……ここに、どんな理不尽な攻撃でもノー文句で受け止めてくれる『絶対死なない肉の壁(社畜)』が加われば……! 私のポーション代と被弾リスクは完全にゼロになり、時給換算での利益率は天元突破するわ!!)


チャリンッ!と、ツムギの脳内でレジスターが弾ける音がした。

彼女にとって、目の前の男は「弟子」などではない。無料(タダ)で酷使できる、最高級のチタン製シールドである。


「……いいわ。そこまで言うなら、私の『下働き(パシリ)』として雇ってあげなくもないわよ」

「ほ、本当ですか姉御ォォォッ!!」

「ええ。ただし! 私のパーティに入るなら、絶対のルール(労働条件)が三つあるわ」


ツムギは指を三本立て、冷酷なブラック上司の顔で宣言した。


「一つ! 私が『前に出ろ』と言ったら、マグマの中だろうがボスの口の中だろうが、一切の躊躇なく突っ込んで肉の盾になりなさい! 二つ! どんな理不尽な扱いを受けても労基(運営)に駆け込まないこと! そして三つ!」


ツムギは最も重要な条件を突きつけるように、シシオウの鼻先にビシッと指を突きつけた。


「パーティで得た報酬、ゴールド、レアアイテムの『所有権』と『分配の決定権』は、全て私にある! 私が『全部私のもの』と言ったら、あんたたちには一円も入らない! 文句ある?」

「ありません! 俺は姉御の戦い方を間近で見られるだけで十分な報酬です!」

「よろしい! 採用(採用)よ!」


即答するシシオウに、ツムギは悪魔のような満面の笑みを浮かべた。

そのやり取りを見ていたコウタは、ついに胃の痛みが限界を突破し、その場に崩れ落ちた。


「終わった……。トップギルドのマスターから有り金を巻き上げてATMにし、今度はサーバー最強の重戦士を無給の肉の盾にした……。しかも本人が喜んでる……。カルト宗教の教祖と、狂信者のパーティだ……。俺は、俺はこんな地獄から早く抜け出したい……ッ!」

「あら相沢くん、何寝言言ってるの? あんたは私の貴重な『荷物持ち(インベントリ枠)』なんだから、逃がすわけないでしょ。あんたがいないと、この後拾うレアアイテムが持ちきれないじゃない」


ツムギはコウタの首根っこを掴んで無理やり立たせると、ニッコリと笑った。


「さ、人事の処理はこれで終わり。一番大事な『戦利品の確認』といくわよ!」


ツムギの視線が、ベヒーモスが消滅した跡地に残された巨大な黄金の宝箱へと釘付けになる。

彼女はスキップを踏むように宝箱に近づき、一切の躊躇なくその蓋を蹴り開けた。

パァァァァァァンッ!と、神々しい光とともにファンファーレが鳴り響く。

中から現れたのは、ドクンドクンと脈打つような、赤黒く巨大な宝石の塊だった。


『システムメッセージ:超高額レア・アーティファクト【巨獣の心臓(ベヒーモス・コア)】を獲得しました』


ツムギはその宝石を両手で抱え上げ、うっとりとした表情で頬ずりをした。


「おおお……っ! これよ、これ! 運営のアナウンスで『最低落札価格の保証対象アイテム』って言ってた、このゲームの目玉報酬! この輝き、まさに札束の結晶ね!」

「お姉様! そのアイテム、私のギルドのデータベースにも情報が載っておりましたわ!」


リンが小走りで駆け寄り、解説を始める。


「【巨獣の心臓】は、鍛冶屋に持ち込めば全ステータスを飛躍的に向上させる伝説級の防具の素材になりますし、錬金術師に渡せば、死者を蘇生させるエリクサーの材料にもなる超絶レアアイテムですわ。トッププレイヤーなら、誰もが喉から手が出るほど欲しがるはず。オークションに出せば、間違いなく数百万ゴールド……いえ、それ以上の値がつきますわよ!」

「数百万ゴールド……! ってことは、現実のお金で数十万円の追加ボーナス確定ってことじゃない!!」


ツムギのテンションが再び天元突破する。

討伐報酬の五百万ゴールド(五十万円)に加えて、このレアアイテムの売却益。

彼女の脳内では、すでに大好きなアイドル『ギャラクシー・ボーイズ』のアリーナ最前列チケットがヒラヒラと舞い踊っていた。


「おい、結城。ちょっと待てよ」

コウタが、恐る恐る口を挟んだ。

「そのアイテム、いくらなんでも一人占めするのはマズいんじゃないか? たしかにトドメを刺したのはお前だけど、今回のレイドには何百人ものプレイヤーが参加してただろ。掲示板じゃ、『討伐報酬は参加ギルドで分配するのがマナー』みたいな空気になってるぞ」

「は? 分配? マナー?」


ツムギは、まるで地球外生命体の言葉を聞いたかのような、心底理解できないという表情でコウタを見た。


「何寝言言ってんの、相沢くん。あいつら、私たちが来た時には全滅しかかってて、尻尾でまとめて吹っ飛ばされてたじゃない。ダメージの九割九分九厘を削ったのは私よ? なんで私が、寝っ転がってただけの連中に、汗水垂らして(巻き爪を叩き続けて)稼いだ利益を分けてやらなきゃいけないのよ。資本主義を舐めるな」

「いや、でもさ……! そんな独り占めしたら、絶対に他のトップギルドから恨みを買うぞ! ただでさえリンさんの装備を巻き上げたりして悪目立ちしてるのに、これ以上敵を作ったら……」

「恨み? 上等じゃない」


ツムギは『巨獣の心臓』をインベントリにスッと収納し、初期装備の『木の棒』を肩にポンポンと叩いた。

彼女の瞳の奥に、かつて異世界で数多の魔王軍幹部を単騎で屠ってきた、血も涙もない戦闘狂(バーサーカー)の光が宿る。


「私の稼ぎ(カネ)にケチをつける奴は、相手がトップランカーだろうが、廃人ギルドだろうが、全員『歩くATM』に変えてやるわ。かかってきたい奴は、全員まとめてかかってきなさい。返り討ちにして、身ぐるみを全部剥いでオークションに流してやるんだから」


その絶対的な自信と、カネへの異常な執着心に裏打ちされた宣言。

それを聞いたシシオウは「おおおっ……! さすが姉御! その圧倒的なまでの強欲、痺れます!」と再び感涙に咽び泣き、リンは「お姉様、カッコいいですわ!」と黄色い歓声を上げている。


この異常な空間において、常識人であるコウタの居場所など、もはやどこにも存在しなかった。


「……ダメだ。もう俺の手に負える次元じゃない。このパーティ、完全にゲームの経済と秩序を破壊する気だ……」


コウタは天を仰ぎ、これから始まるであろう果てしない地獄の旅路(パシリ生活)に思いを馳せて、深く、深くため息をついた。


かくして。

守銭奴の元勇者・ツムギ。

巻き込まれ胃痛枠の荷物持ち・コウタ。

無限回復の歩くATM・リン。

そして、喜んで肉の壁となる社畜重戦士・シシオウ。


この四人による、アルカディア・オンライン史上最凶にして最も泥臭いパーティが、ここに完全に結成されたのである。

彼らの目的は「世界を救うこと」でも「最強のギルドを作ること」でもない。ただひたすらに、「ツムギの推し活資金を稼ぐために、システムと他プレイヤーを徹底的に搾取すること」。


「さあ、ボーナスタイムはここまでよ! 次に行くわよ、野郎ども!」

ツムギが木の棒を振りかざし、高らかに号令をかける。

「ロンデルの東にある『未踏破エリア』! 誰も見つけてない隠しダンジョンを暴いて、手付かずのお宝を根こそぎ現金化するわよ! 相沢くんはインベントリの空きを確認! リンはMPの温存! デカブツはいつでも前に出られるように準備しなさい!」


「はいっ、お姉様!」

「応ッ! 姉御の盾として、命の続く限りヘイトを稼ぎます!」

「……俺、もう帰りたい……」


元気いっぱいに荒野を駆け出すツムギの後を、洗脳済みの二人が嬉々として追いかけ、最後にコウタが重い足取りでついていく。


運営(クロノス)の想定を遥かに超えた速度で巨万の富を築き上げる少女と、その不憫で個性的な仲間たち。

彼らの次なる標的は、まだ誰も足を踏み入れていない未知の領域と、そこに眠る隠し財宝である。

しかし、そんな彼女たちの異常な行動を、ゲームのシステム側(ナビゲーションAI)が黙って見過ごすはずもなかった。

強欲な荒稼ぎツアーは、やがてゲーム世界の「真実」へと触れることとなる――。

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