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第15話:忍び寄る影〜推しのSS席と胃を痛める運営〜

商業都市ロンデルの地下水路にひっそりと存在していた、悪質PKギルド『ブラッド・ハウンド』の秘密のアジト。

彼らが長期間にわたって初心者プレイヤーからカツアゲし、貯め込んでいた数々の不法所得――未換金のレア素材、大量のポーション、そして山のようなゴールドのインゴットは、たった一人の女子中学生によって文字通り「根こそぎ」収奪された。


「重い……。結城、俺のインベントリ、もう重量制限ギリギリなんだけど……。これ以上持ったら、移動速度低下のバッドステータスがつくぞ……」

「情けないこと言わないの、相沢くん! これはただのアイテムじゃないわ、私の『推しの輝き』そのものよ! 気合で持ちなさい、気合で!」


ロンデルの街の裏通りを歩く相沢航太(アバター名:コウタ)は、限界まで膨れ上がった麻袋を背負い、今にも地面に倒れ込みそうな足取りで歩いていた。一方の前を歩く結城紬(アバター名:ツムギ)は、初期装備の布の服のまま、羽が生えたかのように軽い足取りでスキップをしている。

二人が向かっているのは、つい先ほど『銀狼の長剣』をオークションで売り捌いたばかりの、ロンデル中央広場にある商業ギルド――『公式換金所(RMTセンター)』である。


「たのもーっ! VIPカウンター、空いてるかしら!」


ツムギが勢いよく商業ギルドの分厚い扉を開け放つと、入り口に立っていたNPCの衛兵がビクッと肩を震わせた。先ほど、泥まみれの布の服姿で特大魔石を叩き売っていった「ヤバい客」の顔を、高度なAIがしっかりと記憶していたのだ。

衛兵は一切の文句を言わず、すぐさま最奥のVIPカウンターへの道を空けた。


ふかふかの絨毯を踏みしめ、ツムギとコウタは首席鑑定士ドーバンの待つカウンターへと辿り着く。

モノクルをかけた初老のNPCドーバンは、ツムギの顔を見るなり、ギョッとして立ち上がった。


『お、お客様……! 先ほどお帰りになったばかりでは……? まさか、また何かとんでもない代物をお持ちで……?』

「ええ、とびっきりの大口取引よ。相沢くん、全部ここに出して」

「へいへい……。ほらよっと」


コウタが背負っていた麻袋をひっくり返し、さらにツムギ自身のインベントリからも大量のアイテムがカウンターの上に雪崩れ込んだ。

ガチャンッ! ジャラララララッ!!

大理石のカウンターを埋め尽くしたのは、黒光りする双剣、魔力が込められた鋼鉄の重鎧、精緻な装飾が施された魔術師の杖。そして、まばゆい光を放つ宝石類と、無数のゴールドインゴットの山だった。


『ひっ……!? こ、これは……!?』


ドーバンはモノクルを落としそうになりながら、目の前のアイテムの山を凝視した。

彼のAIは、それらの装備品に刻まれた『赤黒いドクロの紋章』を正確に読み取っていた。PKギルドの所有物であることを示すマーキングである。


『お、お客様……。これらの武具は、もしや……その界隈で悪名高い盗賊団のもののでは……? い、いくら当ギルドでも、出所の怪しい品を大量に引き受けるのは……』

「あら? この商業ギルドは『持ち込まれた品は問答無用で適正価格で買い取る』っていうのが絶対のルールじゃなかったかしら? それとも、ギルドの規約違反で運営(システム)に報告されたい?」

『ヒッ……!! わ、分かりました! 分かりましたから! 直ちに査定いたします!』


ツムギが異世界の法律(ゲームのシステム規約)を盾に凄むと、ドーバンは滝のような汗を流しながら、猛烈な勢いで鑑定作業に入った。

背後で見ているコウタは、「NPC相手に完全にヤクザの脅し方だ……」とドン引きしながらも、この後に表示されるであろう莫大な金額に、ゴクリと唾を飲み込んだ。


『さ、査定が完了いたしました……! 魔術師の杖、鋼鉄の重鎧、双剣、その他魔石や宝石類、およびお持ち込みいただいたインゴットの総額……。し、しめて、【285万ゴールド】となります……!』


「――っ!!」


コウタが思わず声にならない悲鳴を上げた。

285万ゴールド。現実の現金にして、約28万5千円。

先ほどのオークションでの売上と合わせれば、たった一日で稼ぎ出した額は40万円を優に超えている。


「いいわ。その額で手を打ってあげる。全額、私の現実の口座に即時送金(RMT)しなさい!」


ツムギは一切の躊躇なく、承認ボタンを叩き割る勢いでタップした。


『システムメッセージ:全てのアイテムとゴールドを売却しました』

『オート換金システムが起動します。現在のレートに基づき、現実世界の指定口座への送金手続きを開始します……』

『送金が完了しました。振込額:28万5000円』


ピロリンッ、という軽快な電子音がツムギの脳内に響き渡る。

現実世界にある彼女の銀行口座。

今日の夕方、ゲームにログインした時点での全財産は、わずか『3330円』だった。

それが今、口座残高の数字は――【43万9330円】という、中学生が到底手にしてはいけない天文学的な数字へと変貌を遂げていた。


「ああ……あああああああっ! 増えた! 増えたわ! 残高の桁が、お父さんの月給を超えたぁぁぁっ!!」


ツムギはVIPカウンターの前で両手を天に突き上げ、歓喜の舞を踊り始めた。

クルクルと回りながら、彼女の口からはとめどなく欲望のリストが溢れ出していく。


「これでいける! 大好きな『ギャラクシー・ボーイズ』の全国ツアー、全五公演のSS席チケット代が確保できた! 新幹線も飛行機もグリーン車で行ける! グッズも全部買える! リュウくんのアクリルスタンド、上限の五十個まで買って痛バッグを作れるわぁぁぁっ!」


異世界で四年間、魔王軍と血みどろの死闘を繰り広げた元勇者が、今、その圧倒的なサバイバルスキルを『推し活』のために全振りし、見事に勝利を収めた瞬間であった。

金に目がくらみ、完全にテンションが振り切れているツムギを眺めながら、コウタはその場に力なく座り込んだ。


「俺は……もう疲れた……。今日は帰って、寝る……。スライムの一匹も倒してないのに、寿命が十年縮んだ気がする……」

「あら相沢くん、何言ってるの? まだ四十三万円よ? 目標の五十万円にはあと七万円足りないわ! さあ、次の未踏破エリアに行くわよ! まだまだ稼ぎ足りないんだから!」

「鬼! 悪魔! 守銭奴ぉぉぉっ!!」


コウタの悲痛な叫び声が、商業ギルドの天井に虚しく響き渡っていた。


◇ ◇ ◇


――同刻。現実世界。

東京都内の高層ビルの一室にある、『アルカディア・オンライン』の運営モニタリングルーム。

壁一面を覆う巨大なモニターには、世界中から接続している数百万人のプレイヤーたちの動向が、無数のデータ群となってリアルタイムで表示され続けていた。


「ディレクター。第4サーバーのロンデル周辺エリアで、システム側が想定していない異常なログが連続して検出されています」


キーボードを叩いていたオペレーターの一人が、緊張した面持ちで振り返った。

部屋の奥。分厚い革張りのデスクチェアに深く腰掛け、胃薬の錠剤を水で流し込んでいる男がいた。

彼こそが、この世界初の完全没入型VRMMO『アルカディア・オンライン』の開発総責任者(チーフディレクター)である、『クロノス』。

そしてその正体は、かつて異世界で結城紬を召喚し、過労死寸前までこき使った元・宮廷魔術師その人であった。


「……異常なログだと? 増殖バグか? それともチートツールの使用か?」

クロノスは眉間を揉みながら、重々しい声で尋ねた。


「いえ、システムのハッキングや不正ツールの痕跡は一切ありません。全て『ゲーム内の物理演算』と『仕様の範囲内』で行われているプレイです。しかし、その内容が……」

「モニターに映せ」


オペレーターが操作すると、メインモニターに一つのアバターの行動記録(リプレイ映像)が再生された。

初期装備の布の服を着た、小柄な女子中学生アバター。名前は【ツムギ】。


映像は、彼女がログインした直後から始まっていた。

初期村の村長の長話を、システム外のアイテム(臭い草)を使って強制スキップする姿。

レベル30推奨の隠しダンジョンを、レベル1のまま『足音と体温を泥で消して』素通りする姿。

隠しボス『泥大蛙(マッドトード)』の死角である右側面に張り付き、木の棒で五千回叩き続けてハメ殺す姿。

絶叫の崖から身を投げ、岩肌を滑走することで落下ダメージの計算式をリセットして生還する姿。

鍛冶屋の親父に安酒を飲ませ、レア武器をたった1ゴールドで強請り取る姿。

そして――。


「……なんだ、これは」


クロノスの目が、画面に釘付けになった。

最後に再生されたのは、ロンデル北の廃坑での対人戦(PvP)のログだった。

中堅のPKギルド『ブラッド・ハウンド』の五人を相手に、彼女は一切のシステムアシスト(スキル)を使っていなかった。

目に泥を投げる。膝の裏を叩く。関節を逆方向に極める。味方を同士討ちさせる。

そして極めつけは、魔術師が極大魔法を放つ直前の『息継ぎ』の瞬間に、口の中に小石を正確に投げ込み、魔力を暴発させて自爆に追い込むという、システム開発者すら想定していなかった悪魔のような戦術。


「……こんな戦い方、ただの現代のゲーマーにできるはずがない」


クロノスの額から、ツツーッと冷や汗が流れ落ちた。

一切の無駄がない、生存と殺戮のためだけに最適化された、泥臭く下品な戦闘ドクトリン。

システムの数値を信用せず、敵の骨格、筋肉の動き、呼吸のタイミングだけを見て、物理法則の隙を突く戦い方。

クロノスは、この戦い方を嫌というほど知っていた。

いや、知っているどころではない。彼自身が、かつての世界で一人の少女に叩き込み、死の淵に立たせ続けて無理やり覚えさせた『サバイバル術』そのものだったのだ。


「……ディレクター? このプレイヤー、どうしますか? 不正ツールは使っていませんが、明らかにゲームバランスを崩壊させています。すでに換金総額は40万円を突破し、現在も未踏破エリアに向かっているようで……」

「…………」


クロノスはオペレーターの言葉に答えず、震える手でモニターの映像を拡大した。

そこには、PKギルドから奪い取ったゴールドを抱え、目を巨大な『¥』マークにして狂喜乱舞しているツムギの顔が映し出されていた。


「この無駄のない下品な戦い方……。そして、金に対するこの異常なまでの執着心……」


クロノスは、無意識のうちにデスクの端をギリィッと強く握りしめていた。

四年前。魔王を倒した後、退職金も払わずに元の世界へ強制送還した、あの強欲で口の悪い小娘。

なぜ、現代日本に帰したはずの彼女が、滅びゆく異世界をデータ化して作ったこのVRMMOの世界にいるのか。


「まさか……あいつなのか……? あの『守銭奴勇者』が、俺の作ったシステム(世界)に、またやってきたというのか……!?」


クロノスの胃袋が、強烈なストレスでキリキリと痛み始めた。

彼がどれだけ綿密にレベルデザインを行い、強力なボスを配置しようとも、あの少女にとっては「かつての職場の使い回し」でしかないのだ。世界の裏の裏まで知り尽くした彼女に、このゲームの常識など一切通用しない。


「くそっ……! よりによって、なんで金が絡むゲームにしちまったんだ、俺は……! あいつがこの世界をしゃぶり尽くす気だぞ……!」


クロノスは頭を抱え、デスクに突っ伏した。

彼の悲痛な呻き声だけが、冷たいサーバー音が鳴り響くモニタリングルームに虚しく響き渡る。

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