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第12話:カモがネギ背負ってやってきた〜歩くATMと極限の強欲〜

ジメジメとした冷気と、土埃の匂いが充満する『寂れた廃坑』の最奥部。

相沢航太(アバター名:コウタ)が震える手で掲げた松明の炎が、不規則に揺れ動き、岩壁に五つの不気味な影を長く引き伸ばしていた。

坑道の唯一の出口を完全に塞ぐように立ち塞がっているのは、赤黒いドクロのギルドエンブレムを頭上に浮かべた五人のプレイヤーたち。

泣く子も黙る悪質PK(プレイヤーキル)ギルド、『ブラッド・ハウンド』のメンバーたちである。


「へへっ……逃げ場はないぜ、初心者ども。大人しく持ってるアイテムとゴールドを全部置いていきな。そうすれば、デスペナルティの痛みだけは味わわずに済むぜ」


先頭に立つ大柄な戦士が、身の丈ほどもある巨大な両刃の斧を肩に担ぎながら、下劣な笑い声を上げた。彼が身につけているのは、鋼鉄で補強された重厚な鎧だ。初期装備の布の服とは比べ物にならない防御力を持っていることは、素人のコウタの目から見ても明らかだった。

その隣には、両手に鋭い短剣(ダガー)を逆手持ちに構えた盗賊風の男。

後列には、弓を引き絞り、いつでもコウタの眉間を射抜けるように狙いを定めている狩人。

そして、五人の中央で偉そうに腕を組んでいるのが、禍々しい紫色のオーラを放つ杖を持った魔術師――このPK集団のリーダーである『ゲイル』だった。


「ひぃっ……! ゆ、結城……どうするんだよ! あいつら、俺たちを殺してアイテムを奪う気だぞ! PKギルドに狙われたら、もうおしまいだ……!」


コウタは完全にパニックに陥り、先ほどツムギから渡されたばかりの『鉄の剣』を構えることすらできず、腰を抜かしかけていた。

無理もない。ここはVR空間とはいえ、視覚、聴覚、さらには痛覚までがリアルに再現された世界だ。本物の刃物を向けられ、明確な殺意を向けられるという経験は、平和な現代日本で暮らす中学生にとって、あまりにも強烈すぎる恐怖だった。


「おいおい、そんなに震えるなよ坊主。お前らみたいなレベル1の雑魚をいじめる趣味はねえんだよ。俺たちの用があるのは、お前じゃなくて、そっちの小娘の方だ」


ゲイルが冷酷な目をツムギに向け、その細い顎を杖の先で指し示した。


「アバター名【ツムギ】。ロンデルのオークションで、エピック武器『銀狼の長剣』を150万ゴールドで売り捌いた大成金のお嬢ちゃんだ。……おい、お前、その稼いだ大金をどうした? 現実の口座に全額送金したか? それとも、手数料をケチってゲーム内にいくらか残してるか?」


ゲイルの言葉に、周囲のPKメンバーたちも下卑た笑いを浮かべながらジリジリと間合いを詰めてくる。


「まあ、どっちでもいいさ。ゲームの仕様上、プレイヤーを殺せば、そいつが所持しているゴールドの『10%』が強制的にドロップする。仮に150万ゴールドをそのまま持っていれば、一回殺すだけで15万ゴールドが俺たちの懐に入るってわけだ。もし現実の口座に送金済みで手持ちが少なかったとしても、インベントリ内のアイテムがランダムでドロップする。さっきお前らが壁から掘り出していたレア鉱石『紅蓮鉱石』も、当然俺たちのものになる」


ゲイルは杖の先端で地面の岩を小突いた。


「この廃坑は、一度死んでセーフエリアに戻されても、復帰ポイントの設定によってはすぐ近くの入り口からリスポーン(復活)しちまう仕様でな。……つまり、お前らが無一文になってアイテムを全部落とすまで、何度でも何度でも殺し続けることができるんだよ。VRの痛覚設定が最低レベルだとしても、刃物で切り刻まれる感覚を何十回も味わえば、精神がぶっ壊れるぜ?」


明確な脅迫だった。

システムに守られた安全圏から、他者の財産と精神を蹂躙することに快感を覚える、典型的なネットの悪党の振る舞い。

彼らの語る絶望的な状況に、コウタは顔面を蒼白にし、震える手でツムギの布の服の袖を引っ張った。


「結城……! ここは、ここはあいつらの言う通りにしよう……! さっきオークションで稼いだお金、少しだけ渡して見逃してもらおうぜ。殺されてお金もアイテムも奪われて、何度も痛い思いをするくらいなら、命(アバター)だけは見逃してもらった方が……!」


一般のゲーマーとして、そして一人の少年として、コウタの判断は生存本能に従った極めて正しいものだった。圧倒的な戦力差。数の暴力。理不尽なシステム。逃げ場のない密室。

ここで意地を張れば、文字通り『死ぬよりも辛い地獄(リスポーンキル)』が待っているのだから。


だが。

結城紬という少女の精神構造は、そんな常識的な範疇には全く収まっていなかった。


「……ねえ、相沢くん」


ツムギは、コウタの震える手をそっと振り払い、ゆっくりと顔を上げた。

その顔には、恐怖の色など一ミリたりとも存在しなかった。

それどころか、彼女の唇は三日月のように弧を描き、大きな瞳の奥には、ドロドロに煮詰まった『狂気』にも似た強欲の炎が、真っ赤に燃え盛っていたのだ。


「え……結城……?」

「PKされると、所持金と装備の一部をドロップするシステム……。相手を殺せば、そいつの持っている財産を合法的に奪える……」


ツムギは、まるで極上のスイーツを目の前にした乙女のように、うっとりとした声で呟いた。

そして、空中に浮かび上がらせたシステムウィンドウの『対人戦(PvP)ルール』の項目をチラリと確認し、パチンと指を鳴らした。


「つまり……あいつら全員、現金をたっぷり詰め込んだ『歩くATM』ってことよね?」


「…………は?」


コウタの口から、間の抜けた声が漏れた。

PKギルドのメンバーたちも、自分たちが予想していた「恐怖に怯える初心者の反応」とは全く違うツムギの態度に、一瞬だけ怪訝な顔を見合わせた。


「おい、ガキ。恐怖で頭がイカれちまったか? 俺たちがお前をカモにしてるんだぞ。立場が分かってねえようだな」

ゲイルが不快そうに顔をしかめる。


しかし、ツムギはもはやPKたちの言葉など聞いていなかった。

彼女の頭の中では、猛烈な勢いで『皮算用(ソロバン)』が弾き出されていたのだ。


(あのリーダーの魔術師が持ってる杖……あれはレアリティ『アンコモン』以上の魔法具ね。オークションに出せば最低でも2万ゴールド。大斧の戦士が着てる鋼鉄の鎧、あれも一式揃えれば5万ゴールドは下らない。盗賊のダガーが二本、狩人の弓と革鎧……。それに、あいつら今まで散々初心者狩りをして他人のゴールドを巻き上げてきたはずだから、所持金だって相当な額を溜め込んでいるはず!)


ツムギの脳内で、彼ら五人の頭上に『¥』マークのついた札束の幻影が浮かび上がる。

その総額、推定数十万ゴールド。現実の現金にして数万円相当のお宝が、向こうから勝手に、自分の狩場に歩いてやってきたのだ。


「……ふふっ。あははははっ! あーっはっはっはっは!!」


薄暗い廃坑の奥底に、ツムギの場違いな、そしてあまりにも邪悪な高笑いが反響した。

大の大人が五人がかりで武器を構えているというのに、布の服を着た小柄な女子中学生が、腹を抱えて笑い転げているのだ。

そのあまりにも異様な光景に、さすがのPKたちも薄気味悪さを感じて一歩後ずさった。


「な、なんだこのガキ……!? マジで頭がおかしいのか!?」

「気味が悪いぜ……。おいゲイル、とっとと殺して身ぐるみ剥がそうぜ!」


大斧の戦士が焦燥感を露わにして叫ぶ。

ツムギはひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、初期装備の『木の棒』を肩に担ぎ直した。

そして、獲物を値踏みするような冷酷な目で、ゲイルたち五人を順番に見据えた。


「頭がおかしい? 失礼ね。私はただ、これ以上ないほどの『最高のアルバイト(ボーナスステージ)』が向こうからやってきてくれたことに、感謝しているだけよ」


ツムギは一歩、前へと踏み出した。

コウタを庇うように、五人のPKの前に立ち塞がる。

その足取りには、一切の迷いも、怯えもない。あるのは、絶対的な自信と、異世界で四年間培ってきた『修羅の経験値』だけだった。


「あんたたちさ、『プレイヤーキル』なんて大層な名前を名乗って、いっちょ前に悪党ぶってるみたいだけど……本当に、笑っちゃうわね」


ツムギの声のトーンが、一段階下がった。

それは、中学生の少女が出す声ではなかった。数え切れないほどの死線を潜り抜け、血の海を渡ってきた歴戦の戦士だけが放つことのできる、絶対零度の威圧感。


「あんたたち、本物の『盗賊』ってのを知らないでしょ?」


「……あぁ?」


「本物の盗賊ってのはね、あんな風にペラペラと長ったらしいお喋りはしないの。相手が金を持ってると思ったら、背後から音もなく近づいて、問答無用で首の動脈を搔き切るのよ。毒を塗った矢で遠くから足を射抜いて、動けなくなったところを生きたまま火あぶりにしたりもするわ。……私が十歳の頃に、あのクソジジイ(宮廷魔術師)のせいで迷い込んだ盗賊の森じゃ、それが『日常(スタンダード)』だったわ」


ツムギの脳裏に浮かぶのは、VRゲームのぬるい対人戦などではない。

命を奪われれば二度とコンティニューできない、本物の異世界での血みどろの殺し合い。

そこでツムギは、生き延びるために、自らの手を汚し、人間の急所を的確に破壊する技術を徹底的に体に叩き込まれてきたのだ。


「それに比べて、あんたたちのは何? 真正面から堂々と姿を現して、わざわざ武器を見せびらかして、脅し文句までご丁寧に説明してくれる。……まるで『三流劇団のお遊戯会』ね。平和な日本で育ったゲーマーが、ゲームのシステムに守られて悪党ごっこをしてるだけ。そんな温い覚悟で、私の『推しのライブチケット代』を奪おうなんて、百年早いのよ」


ツムギの言葉は、ゲイルたちPKメンバーのプライドを完全に粉々に打ち砕いた。

ゲーム内で恐れられていた自分たちが、布の服を着たレベル1(に見える)のガキに、ここまでコケにされたのだ。


「……てめえ。その減らず口、二度と叩けなくしてやる! おい、やっちまえ! 四肢を切り刻んでから、回復魔法で生かさず殺さずにして、徹底的に嬲ってやれ!!」


ゲイルが顔を真っ赤にして怒号を上げた。

その合図とともに、前衛の大斧の戦士と、双剣の盗賊が、凄まじい勢いでツムギに向かって突進を開始する。

後衛の狩人が矢を放ち、魔術師のゲイルが火炎魔法の詠唱を始めた。


「ゆ、結城ぃぃぃぃっ!! 逃げろぉぉっ!!」


コウタが絶望の叫び声を上げる。

しかし、ツムギは背を向けたまま、ヒラヒラと左手を振った。


「相沢くんはそこで松明持って、私の戦利品を入れるインベントリを空けて待ってなさい。……言ったでしょ? 私の言う通りにすれば、指一本触れさせないって」


ヒュンッ!

狩人の放った矢が、暗闇を裂いてツムギの眉間へと迫る。

だが、ツムギは首をわずか数センチだけ右に傾け、その矢を完全に『見切って』回避した。

矢が後方の岩壁に突き刺さる乾いた音を聞きながら、ツムギは木の棒を両手で強く握りしめた。


(ゲームのシステムアシスト(攻撃補正)に頼り切った、直線的で大振りなモーション。殺意もなければ、フェイントの概念すらない。……あくびが出るほど遅いわね)


「カモがネギ背負ってやってきたんだから、美味しく料理してあげるわ」


ツムギの足が、廃坑の湿った土を力強く蹴り上げた。

布の服を着た最凶の守銭奴と、悪党ごっこに酔いしれるPKギルド。

システムに依存しない、純粋な『実戦ドクトリン』の暴力が、いよいよ五人の歩くATMたちに牙を剥こうとしていた。

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