縁、九
それから、会員の女性の中に東海林が求めている条件の女性を何人か選んだ。その中から、東海林とのお見合いを希望する女性と会わせようとしていたが、どこか、百合にはしっくりと来なかった。
「東海林さん本人がいいのなら会わせたらいいじゃない」
亜季子はそう言うが、花が気になる事を指摘した。
「おばあちゃんが前に紹介した人ってさぁ、バンドやってたり、料理が好きだったり、何かに夢中になってる人だったよね? でね」
と言いながらスマホの画面を見せた。それはある女性の画像だった。
その女性は、東海林と同じ高校を卒業し、海外で演劇を学んだ舞台女優だという。
「まさかこの人って……」
「そうそう、多分この女優さんが元カノだよ。今なんて、ちょっと調べたらすぐ分かるんだから」
その画像の女性は、背の高いシュッとした、宝塚で男役を演じていたような佇まいで、女性から見ても惹かれるようなオーラがあった。
「あら、東海林さんが好きなタイプと真逆じゃない?」
「本当は、この女優さんみたいな人が好きってことかな? ああ、結婚と恋愛は別って考え?」
確かに、東海林はそんな事を言っていた。でも、後悔していた。
そうか、蝶子は東海林の元カノが夢を追う魅力的な女性だった、というところから、何かに向かって夢中になっている女性を選び紹介したのだろう。
当然、亜季子が紹介した由香里はそういうタイプではない。そういうタイプじゃないから余計、結婚を熱望したのだろうか? 百合は東海林にそこのところを尋ねたいと思った。
東海林が会社の帰りに、次のお見合いについて相談しにやって来た。その時、百合はそれとなく切り出した。
「妹がミーハーで、ちょっと見ちゃったんですよ。えっと……小早川エリさん」
東海林は照れたように「ああ、僕の彼女だった人です」と答えた、。
「とても素敵な方ですね。でも、東海林さんの理想の人とは真逆のような気がします」
「そうなんですよ。好きなタイプじゃない筈なのに、気が付いたら好きになっていたんですよ」
「えっ! 私はてっきり、前の彼女を思い出すのが辛くて、敢えて逆のタイプの人を探していたのだと……」
「いいえ。僕の理想のタイプはずっと、丸顔で小柄な女性でした。でも、彼女だけは別でした。不思議ですよね……」
理想は誰にでもある。でも、自分でも説明できないほどの恋に落ちることがある。東海林はその頃の自分を振り返り、「あの頃の僕は、可愛かったな」と呟き、恥ずかしそうにクスっと笑った。
「じゃあ、理想は由香里さんのような方だったんですね」
「そうです」
迷いなくキッパリと言った後、東海林は思い出しながら話し始めた。
「でも、由香里さんに惹かれたのは、ちょっと変なんですけど、彼女の待ち合わせ場所での姿でした」
「姿? ですか?」
「はい。仕事でちょっと遅くなった日、待ち合わせの喫茶店へ慌てて行ったら、僕を待つ由香里さんが、夢中になって刺繍をやっていたんです。後で聞いたら、友達に誘われて最近始めたらしいんですが……その時の真剣な表情がとても可愛らしくて、素敵で……」
「そうなんですか」
「それから待ち合わせの時は、僕を待っている間、刺繍をやっている彼女をほんの少しだけ眺めるのが好きで……変ですよね」
「そうですね。ちょっと変です。でも、いいと思います」
容姿や条件だけではなく、ちゃんと好きになるポイントがあったんだと、そこが知りたかった百合は、紹介しようと予定していた女性をもう一度考え直した。
東海林の相手をあれこれと、亜季子と花との三人で話し合っていたら、何だかどっと疲れたので、百合は泊まっていく事になった。なぜどっと疲れたのか? 多分、亜季子と花と話していると、よく話が脱線するからだ。例えば、
ある会員の女性が看護師をやっている、から始まり、看護師の白衣は昔と今と比べたら全然ちがう。海外の医療ドラマっぽいのを着ている。最近日本のドラマは医療モノが増えた。ちがう、事件モノの方が多い。そこから亜季子が若い頃観た、印象に残っている刑事ドラマの話をして、花は退屈そうにその話を聞き、私はコナンしか観た事ない、などと言い始め、アニメの話になり……最終的には、どこでそんな話になったのか、修造は不器用だが、餃子を包むのだけは上手だ、という所で百合が話を戻した。
「東海林さんのお相手の話をしましょうよ!」
「ああ、そうだったー」
「ねぇ、小腹空かない? 百合ちゃん泊まるなら何か夜食作るわ」
夕食を食べてまだ二時間も経っていないのに、亜季子はパンケーキを焼き始めた。
「ああ流石に疲れた。お腹もいっぱいだし」
仏間で一緒に眠るのはちょっとうんざりな花だった。
「お姉ちゃんさぁ、ほかの部屋で寝ればいいじゃん」
「いいでしょ? ここの方がお祖父ちゃんとお祖母ちゃんと、凛ちゃんがいるし」
そう言うと、ふたつ並んだ布団の間に正座し、仏壇を眺めた。
仏壇には亜季子が焼いたパンケーキが三枚、供えられていた。
「このパンケーキ、お下げしたら伯父さんが朝ごはんとして食べるって言ってたけど」
「マジで? でも伯父さんは何でもおいしそうに食べそうだよね」
その時百合は、幼い頃に凛とパンケーキを焼いた時の事を思い出していた。そのパンケーキを、修造が美味しそうに食べてくれたっけ……と。
「凛ちゃんは、パンケーキをひっくり返すの上手かったな……」
「ふうん……同い年、ではなかったんだよね? 凛ちゃんのが上?」
「そう二つ上。夏休みとかお正月に、必ず会うでしょ? 宿題教えてもらったり、縄跳びゴム飛び、鉄棒なんてグルグル回るのよ。勉強も運動もできて、憧れだったな」
「そうだ! 伯母さんがね、笑った顔が似てるっていうの。似てるかな?」
「えっ、そんなこと言ってた? うーん……まぁ、いとこだしね、似てるっちゃ似てるかな……あんなに可愛くはないけどね」
「何それー」
花は、ずっとこの部屋で寝ていることと凛に似ていると言われたせいか、一度も会ったことがない凛の事が気になっていた。
「じゃあもしも生きてたら、三十八歳、だよね?」
「そう。生きてたら、美人でカッコよくて、バリバリ働いてたかな。それとも子供産んで素敵なお母さんになってたかな」
「どうして、それともなの? バリバリ働いて子供産んで、カッコいいママになってるかもしれないじゃん!」
「現実はさ、仕事もバリバリ、子供も、なんてほんの一握りの人が手に入れるものなのよ。やっぱり女性は仕事か家庭か、選択を迫られる時が来るんだもん」
「なんかつまんないね」
「何言ってんの! 就職したこともないくせにそんな事を言うんじゃないの!」
「またそれ? あーあ面倒くさいから、ここで誰かいいひと探して玉の輿にでも乗ろうかなー」
「家事もできないじゃない!」
「家政婦さんを雇ってくれるヒト探すから大丈夫!」
「バーカ! さ、寝よっと」
その時、百合のスマホが鳴った。順子からだった。敬一に何かあったのか、ゆるい雰囲気の中、緊張が走ったが、順子は驚くことを言いに電話をかけて来た。
「は? 何? ……ああ、前の話きいてたの? ああ、東海林さんって人だけど」
敬一のお見舞いへ行った時に、花と百合が東海林について話していた事が、どこか頭の中で残っていたらしい。順子は今日、病院の帰りのバスの中で、パート先で仲良しだった女性と久しぶりに会った。その女性の末娘が、三十過ぎても結婚する様子がなく悩みの種らしい。今どき、子供が三人いて、そのうちの一人ぐらい独身でも不思議じゃないが、童話作家になりたいと、いつまでもフワフワとして、夢の中にいるような娘が心配でならないという。そんな話を、バスの中では終わらず、ファミレスでお互いの悩みを語り合い、今家に帰ったという。
「で、まさかその人を東海林さんの? そんなに簡単な事じゃないでしょ。大体さぁ会員でもないし、どんな人か分からないのに?」
「私は会った事あるわよ。五、六年前だから……あっ、とても可愛らしくて素敵な子よ」
「そんな事よりもお父さんの事を考えないと、人の世話してる場合じゃないでしょ?」
「そうだけどね。でも、何か落ち着かなくて」
気を紛らわす? 心をどこか違う所に向けたい? 順子はきっと敬一の事が気になり、居ても立っても居られないが、少しでもそんな気持ちを忘れたかったのだろう。そんな気持ちは分からないでもないが、百合はその話を適当に切り上げ、電話を切った。
「花、お母さんさぁ」
今の順子との話を軽くしようと振り返ったら、花が爆睡していた。軽く舌打ちをすると、百合は布団に潜った。




