縁、十
それから、看護師の女性とのお見合いを東海林に勧めた。
時間やタイミングが合い、割とすぐにその女性と応接室で会う事ができた。由香里タイプで、話していて好感触だったようだ。好きな映画の話で盛り上がり、学生時代からずっと続けているテニスについて熱く語り、今でも仲間とやっている試合の動画を東海林に見せ、東海林も楽しそうに彼女のペースに乗っていた。
お見合い後、東海林は相手の方が気に入ったようで、明るい表情で帰っていった。相手の女性の気持ちを確かめて、もしよければ交際へ進むだろうと思っていたが……。
「えっ? じゃ、伯母さんにも電話してたの?」
順子は、パート仲間の末娘の話を亜季子にもしていたようだった。亜季子も会うくらいならいいんじゃないかと、適当に返事をしていた。すると順子は、あっという間に時間と場所を指定して、話の流れで百合が東海林を連れてその女性のアルバイト先へ行く事になってしまった。
「マドモアゼルって、夏彦の? そこでバイトしてんの?」
「そうみたい。幸い、東海林さんはあの店のモンブランが好きだったじゃない? だからそのモンブランを食べがてら一緒に行きませんかって誘ったのよ。そしたら、行ってくれるっていうから、会うだけでも会ってくれるって」
「じゃあ、一緒に行っていい? 夏彦に会いたいし」
「私も行きたいわ。あのケーキ、また食べたいって思ってたのよ」
「まさか三人で? お茶しに行くんじゃないんだし……」
と百合は二人には遠慮してもらい、一人で行く事にした。
翌日、百合は東海林とマドモアゼルの前で待ち合わせた。そして二人で店に入り、カフェコーナーでテーブルを拭いている女性に声を掛けた。
「近藤芽衣さんですか?」
「ああ、こんにちは。よろしくお願いします」
と芽衣は百合にお辞儀をし、緊張した表情で東海林にも挨拶をした。
一番目立たない奥の席に案内してもらい、東海林と芽衣は向かい合って座り、東海林の隣に百合が座った。
「すみません。無理を言ってアルバイト先に来て頂いて」
「いいえ。丁度ここのケーキが食べたいって思ってたとこで。あっ、東海林達朗さんです」
東海林を芽衣に紹介し、芽衣と東海林はお互いにペコリと頭を下げた。
店にはお客がおらず、芽衣もアルバイトの時間が終わる頃だったようだ。
「じゃ、何か飲み物……」
と百合が席を立とうとしたら、花がコーヒーとオレンジジュースを運んできた。
「花! どうして?」
「別に。夏彦に会いにきただけ。それに伯母さんが帰りにケーキ買ってきてって」
花は東海林に軽く挨拶をして、コーヒーとオレンジジュースを置いた。
「あっ、オレンジジュースありがとう」
「さっき芽衣さん、コーヒー苦手だって言ってたもんね」
花は百合より早く着き、芽衣と雑談をしていたそうだ。
「芽衣さんはここでバイト始めて一カ月なんだって。そうだよね、私が前に夏彦に会いに来た時、まだいなかったもんね」
「そんな話はいいから! ちょっとすみません」
百合は東海林と芽衣を残し、花をカフェコーナーの隅へ引っ張って行った。
芽衣は、今日お見合いをするという気合がこれっぽっちもないようだった。店の制服の白いシャツに、黒いパンツにギンガムチェックのカフェエプロン姿で、ほぼノーメイク。髪の毛はくるっと上の方でお団子にして。
「あの……失礼ですが、お母様がしつこいから断れなくて?」
東海林がそう言うと、図星だったのか芽衣は目を丸くして驚いた様な顔をした。
「いえ……あの、そういう訳ではないです。私も結婚願望がありますし、でも器用な方ではないので、作品を書きながら家事を両立できるのか、はっきり言って自信はありません。なので、今はちょっと……あっ、もう三十過ぎたし、のんびりとはしていられませんが……」
そんな事を言い、自虐的に笑った芽衣に釣られる様に東海林も笑った。
東海林と芽衣が話している所を眺めながら、花は「帰ろ」と百合の手を引いた。
「は? 勝手に帰るなんて。こっちが無理言って連れて来たのに!」
「でも、後は二人で話せばよくない? 帰ろう! 伯母さんに頼まれたケーキ買ってさ!」
ところが、ケーキが並んだケースの向こうには誰もいなかった。
すると、裏の厨房からパティシエの白衣を着た、朝美が出て来た。朝美は百五十ちょいほどの小柄な女性で、未だに学生に間違われる程の少年の様な顔立ちをしていた。
「いらっしゃーい、百合さん」
いつもなら高校生のアルバイトが来ている時間だが、学校の行事の関係でちょっと遅れて来るそうだ。
「あの子の学校は行事が多いわ。今日は何の行事だったっけ?」
「ま、高校ン時って友達と喋るのも行事だしね」
「ああ、そういえば花も高校の時さ、バイトしょっちゅう遅刻してたわよね? 朝美ちゃん覚えてるでしょ?」
朝美はここ、マドモアゼルで十年以上働いている。高校時代、花もここでアルバイトをしていた時期があった。
「そうそう、花ちゃんさぁ、高校卒業したらそのままここでパティシエ修行しよっかなぁ、なんて言ってたじゃない?」
花の表情が一瞬曇ったが、「やだー冗談だよー」とすぐにお道化て笑った。
「今日はおじさんと夏彦はいないようね」
「ああ、オーナーと夏ちゃんは、新作のタルトに使う果物の仕入れに行ってます。奥さんは町内会の集まりで」
店のケーキは、夏彦の父親と朝美が作っている。夏彦はまだ専門学校を出て間もない為、まだまだ修行中だった。
「あの……すみません朝美さん、モンブランってまだありますか?」
気が付いたら、芽衣が遠慮がちに立っていた。
「ごめんなさい! 二人ともほっといて。そうだっけ、今日はモンブランを食べるって……朝美さん取っておいてくれた?」
「はい。ちゃんと売切れる前に……待ってて。今持ってくね。あっ、百合さんと花ちゃんの分もあるから座ってて」
結局、東海林と芽衣、百合と花が席に座り、モンブランを待った。
東海林は気を遣うように、芽衣によく話しかけていた。芽衣も、笑顔で質問に答えていた。いい感じだが、二人の本音は分からない。
朝美がモンブランを運んできた。東海林は「わぁ」とリアクションをした。
盛り付けが華やかだったからだ。朝美は今日のお見合い? の為、少し気を利かせたようだ。
「お客様が、このモンブランを気に入って下さり、とても嬉しく思います」
「えっ! あなたが作っていらっしゃるんですか?」
「はい。どうしてですか?」
「いや、僕は長年パティシエをやっている、ある程度年齢を重ねている方が作っていると、勝手に想像していたんです」
「あっ、前はオーナーが作っていましたが、ここ三年程は私が……」
「そうだったんですね……あ、では、いただきます」
と一口、口に運ぶと、「やっぱり美味しいな」と嬉しそうに微笑んだ。同じように朝美も微笑み、「ありがとうございます」と頭をちょこんと下げた。
百合も花も芽衣もモンブランを食べ、楽しい雰囲気になったその時、遅刻したアルバイトの女子高校生が慌てて店に入って来た。
「遅れてすみませーん」
「裏!」
朝美が途端に厳しい表情に変わった。
「ああ、私もよく店から入って来て怒られたっけ。今みたいに、裏! って」
花が朝美の顔真似をすると、朝美は顔を赤らめ、恥ずかしそうに慌てた。
「私そんなに怖い顔した?」
「したよー超怖かったもん」
そんな花と朝美の話を、楽しそうに東海林と芽衣は顔を見合わせながら笑って聞いていた。
百合は、ひょっとして満更でもないのでは? と感じていた。




