縁、十一
それから、東海林からは暫く連絡がなかった。
前にお見合いをした看護師の女性から、また東海林と会いたいという連絡を貰い、百合は東海林に電話をした。
また会社の帰りに寄って詳しい事は話すが、看護師の女性との交際は断ろうと思っていると言い出した。ああ、芽衣といい雰囲気だったことを思い、百合は亜季子と花に報告した。
「分からないものねぇ。会ってみないと分からないって事ね。参考にしよう」
「でもさぁ、芽衣さんがどうなのかな?」
あれから百合と花は、東海林と芽衣を店に残して帰った。百合が店の方を振り返った時、ガラス張りの店内には、真剣な表情で会話をする二人の姿があった。
芽衣の見た目は多分、東海林のタイプだろう。店の制服を着ていたので私服は分からないが、雰囲気が可愛らしくて、お似合いだと百合は感じていたが……。
暫くして、なんと東海林は芽衣と二人でやって来た。
応接間のソファに並んで座り、向かいに座っている百合、亜季子、花は、二人が交際をスタートするという報告に来たのだと百パーセント思っていた。芽衣は亜季子に「はじめまして」と挨拶をした後、どこか照れたように言った。
「私、こちらの会員になりたいんです」
「は?」
三人の声が揃った。
「東海林さんとお話をしていて、私もこちらでお相手を探して、結婚を考えようと思ったんです。私は積極的なタイプではないですし、今流行のマッチングアプリとか苦手で……」
「いやいやいや、ちょっと待って! 東海林さんとは?」
花が我慢できずに尋ねた。
「東海林さんはとても素敵な方ですが、私とは合わないと思うんです。私はとてもマイペースで、朝、仕事へ出かけるダンナ様に朝御飯とか作って会社へ送り出すなんてこと、毎日やる自信がないんです」
「そんな事、私もやってなかったわよ。ま、威張って言う事じゃないけど、しょっちゅう寝坊してたわよ。だから朝御飯も主人が自分で作ったり、面倒な時はコンビニで何か買って、とか言って、でも何とか三十年以上やってきましたよ。それにね、」
「伯母さん、もういいから」
百合が亜季子を止めると、東海林が急に姿勢を正して言った。
「僕、朝美さんを好きになりました」
「は?」
再び、三人の声が揃った。
「あの日芽衣さんは、正直に今みたいな話をして下さって。僕も前に紹介して頂いた看護師の方との交際を、もう心に決めていたので、変な話、お互い、芽衣さんはお母様の、僕は百合さんのお母様の顔を立てて、後はお互いに合わなかった、と言えばいいと」
「すみません……無理を言ったのはこちらなので。で、でも、朝美さんって? そんな雰囲気でしたっけ?」
あの席では、軽く挨拶を交わした程度で、東海林が朝美をそんな対象で見ていたなど、微塵も感じていなかった百合は、少しムキになって尋ねた。
「僕も不思議で……家に戻ってから、その次会社に出勤する電車の中、なんでしょうか……朝美さんの事ばかり思い出してしまうんです」
「素敵な女性ですよね。私はまだアルバイトを始めて一カ月ですが、面接の時からすごくこちらの話をきちっと聞いてくれる方で……」
「そうですか。ああ……何か優しさの中に、ちょっとした厳しさの様なものがあって、あのアルバイトの女子高校生に、裏! って言った時の顔、いいですよね」
「でも、ちゃんと仕事が終わった後は「今日もよく頑張ったね」なんて言ってフォローしてくれるんですよ」
東海林と芽衣は、同じアイドルを推しているもの同士の様に楽しそうに話していた。
そんな事よりも、亜季子、百合、花は、それぞれ聞きたいことは一緒だった。
「それで、朝美さんの気持ちは確かめたんですか?」
亜季子が切りだした。
「いいえ。今は僕が一方的に思っているだけで」
「カレシ、いたよ。去年の話だけど」
花が遠慮なしにはっきりと言った。
「今はいないらしいです。芽衣さんから聞きました」
「多分、東海林さんは無理だと思います。朝美さんの理想から外れてます」
百合が更にはっきりと言うと、東海林の表情が固まった。
「朝美さんは将来、自分のお店を持つのが夢なんです。その為、結婚相手は同じパティシエの方がいいと、ずっと言っていました」
キツイかもしれないが、その事は早く教えるべきだと思い、伝えた。
「そうですか……でも、僕の気持ちは変わりません! まずはお友達から!」
東海林は前向きだった。
百合は、初めてこの応接間で東海林と会った時の事を思い出していた。あのモンブランをとても美味しそうに、尚且つじっくりと噛みしめる様に食べていた。
「確か、あのモンブランに癒されたって言っていましたよね?」
「はい、そうなんですよ。例の、前に付き合っていた彼女が結婚したと知った日、やっぱり辛くて……勝手にショックを受けて。その時、食べたのがあのモンブランだったんです。そして、こちらでご馳走になった時は、由香里さんの事でどこかモヤモヤしていて」
確かに、あの日あのモンブランを食べた時の東海林の表情は、険しい表情からどこか安堵したような表情に変わっていた。
「それで僕は、ここで百合さんが言ってくれた言葉に背中を押されたんです」
「えっ?」
「きっと大切な誰かと出会う為に、今があるんだと。きっとその誰かと出会った時、ああ、あの時あの人じゃなかったんだって、そう思うのかもしれませんよ……って」
そんな事言ったっけ? 百合はぼんやりとしか覚えていなかった。
「それで、今日はこちらの相談所を退会させて頂くことをお伝えしにやってきました」
「えっ! いいの? 朝美さんに振られるかもしれないのに?」
花はいつものように遠慮なしに言ったが、東海林は「そうですね」と笑って返した。
「もし振られたら……いや、多分振られます。でもその時、またここで紹介してもらったらいいや、なんて中途半端な考えではいけないと思ったんです。なので、ここはしっかりと覚悟を決めました」
自信がある訳ではないようだ。でも、東海林は今まで見たどの東海林よりも、どこかスッキリとしていた。凛々しかった。
そして、席を立ち「お世話になりました」と頭を下げた。思わず亜季子、百合、少し遅れて花も席を立ち、頭を下げた。
東海林と芽衣が帰った応接間で、亜季子は頭を抱えていた。
これ以上会員を増やさずにやって行こうとしていたのに、今日は芽衣を入会させてしまった。
「東海林さんが退会して入れ替わりに芽衣さんが入ると、会員が減らなかったって事よね。お断りしようと思ったけど、芽衣さんの真剣な顔を見ていたらつい……」
「ごめんなさい伯母さん。お母さんが変な話を持って来たから」
「でもさ、芽衣さんと会わなかったら、朝美さんを好きになる事もなかったんだよ。看護師さんと一緒になってたのかもしれないんだよ」
「それならそれでいいじゃない。それが縁ってやつでしょ」
「じゃあ、朝美さんと縁があったって事?」
「それはまだ分からないって」
「ああ、振られるかも? 朝美さんはあやふやなとこがないもんね」
朝美ははっきりと物を言う。そして一度ダメだと思ったらそう簡単に考えを変えたりはしない。東海林に対しては、あんなにモンブランを褒めてくれた客なので、邪険にはしないだろう。でもそれはあくまでもお客に対する態度であり、一人の男として東海林の事をどう感じるのか?
「ま、楽しみだね」
「楽しくないわよ。ちょっと心配だわ。でも、東海林さんが退会したって事は、私もこれで……」
「えっ! まさか、百合ちゃんもう来てくれないの?」
「えっ……でも東海林さんのお相手を探すまでっていう事だったし、それに、東海林さんは成婚して退会した訳じゃないでしょ? 結局、私、あんまり役に立てなくて……」
「そんな事ないわ! 仕事を探しながらでもいいから。ちょっと空いた時間とかでいいし、ねっ!」
亜季子は縋るような目で百合を見た。百合は頷くしかなかった。どうせ仕事もまだ見つからない。そして、もうすぐ敬一の検査の結果が出る頃だった。




