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縁、十二

 今日は敬一の手術の日だ。


 手術室の前の長椅子に、順子、花、百合と並び、流石に花の口数も少ない。

 検査の結果が出た時、やはり肺がんだと分かり落胆したが、早期の1Aということで、手術で取りきれると主治医は言った。その後の化学療法や放射線はやらなくてもいいという。

 これから手術が終わり、十日ほどで退院し、その後は経過をみて職場復帰が出来ると知ると、敬一は安心したのか、部下の数人にメールを送っていた。

「あっ、あれからどうなの? 芽衣さんは相談所に入会してから、誰かとお見合いしたの?」

 沈黙に耐えられずに、話し始めたのは順子だった。

「ああ、今は絵本のコンクールの締め切り前なんだって。だからもし、いい方がいても来月までバイト以外で人と会いたくない、とか言ってた」

「でもさぁ、芽衣さんの理想のタイプ、ちょっと笑えた!」

 花が思い出し笑いをすると、順子が興味津々な感じで「何?」と聞いてきた。

 芽衣の理想は、身長は百六十一センチの自分よりも高ければ何センチでもいい。眼鏡が似合う人がいい。眉毛が薄い人は苦手。四角い顔の人は我が強そうなのでNG。後ろ髪が長い人は理解できない。早口の人は話すだけで疲れるので遠慮したい。でも、足が早い人は、いざという時に安心できるのでいい。お料理は自分もそんなに上手じゃないので、やたらこだわりが強いと困る。など、職業や家族構成などの事は一切話さず、最初はそんな事ばかり話していた。


「伯母さんが黙って芽衣さんの話を聞いていたけど、結局どういう人を紹介するのか分からなくて悩んでたわ」

「でもさぁ、最後に言ってたじゃん。一番好きになった人と結婚したいですって!」

「まぁそうよね。お母さんも最後はそういう事だと思うわ」

「だけど、一番好きな人と結婚できる人って、どれくらいいるんだろうね。ま、私はしたけど、失敗しちゃったからね……」

「お姉ちゃんって理想が面倒くさいのよ。バツイチのくせに!」

「何よ、くせにって」

 花の言う通りだった。百合は芽衣に負けず男性に対して独特な理想があった。それはいわゆる学歴や職歴や高身長、イケメン……などというものではない。

「低めな声で、目元が涼しくて、ギターが弾けて、将来ハゲそうな人はNG! 後、ホラー映画を観ない人……それで……あっ!」


 敬一の手術が終わったようだ。手術室のドアが開いた。ドラマで見たように、主治医が出て来て「無事に終わりました」と告げた。

 順子、百合、花は席を立ち、「ありがとうございました」とそれぞれお礼を言うと、手術室から出て来る敬一の姿を待った。

 間もなく酸素をし、点滴で繋がれた敬一がストレッチャーに乗り、順子、百合、花の前を通り過ぎた。安心したのか、順子がその姿を見ると百合に寄りかかった。


 花から、手術が無事終わったという電話を貰った修造と亜季子は、仏壇の前で手を合わせていた。

「敬一を守ってくれてありがとう、父さん、母さん、凛」

「今日、花ちゃんはこっちへ帰ってくるの?」

「さぁ、何も言ってなかったけど……でも、帰ってくるって? 帰るのはこの家じゃないだろ」

「ああ、そうね。データ入力はとっくに終わったしね」

 そろそろ、家に戻るであろう花がいなくなるのが、寂しい修造と亜季子だった。


 凛が亡くなった頃、暫く抜け殻のようになっていた。それでも、何とか時の流れと共に夫婦寄り添って生きて来た。

「何か寂しくなるな。花ちゃんはちょっと凛に似てるからな……」

「そうね、赤ちゃんの頃から目元とか、ほら、笑った顔とかね……」

 順子が花を妊娠した時、どうして自分のところに授かってくれなかったのか、そう思ったが当然、口には出さなかった。世の中は、思い通りにならない事で溢れているのは、凛が病気になった頃から痛いほど感じていた。

 でも、百合の成長は凛と重なったし、花の誕生は羨む事だった。


「私ね、実は順子さんが花ちゃんを身ごもった時、嫉妬? みたいなの感じてたの」

「ああ、何かそんな感じだったな」

「嘘! 鈍感なくせに」

「くせにって? 何だよ」

 いつもの様に言い合いながら、凛が微笑む遺影を見つめた。

「凛が亡くなる前の日のこと……思い出してしまうわね」

「そうだな……」

 凛が亡くなるちょっと前に、凛が亜季子と修造に掛けた言葉を思い出すと、嫉妬なんて感情はどこかへ静かに消えていくのだった。

 その時、「ただいまー」と襖を花が開けた。


「あれ? 家に帰ったんじゃなかったの?」

「帰んないよー。お母さんがお線香あげたいって」

「ああ、久しぶりだな、順子さん」

 順子が部屋に入る前の廊下で、膝をついて挨拶をした。

「お陰様で無事に手術が終わりました。ご心配おかけして……花までお世話になっているのに電話だけですみません」

「いやいやいや順子さん、そんな畏まって」

「そうよ! 今日は晩御飯でも食べていってよ。あれ? 百合ちゃんは?」

「何か電話が鳴ったから出てましたよ」

 その時、子機で話しながら百合がやってきた。

「はい、今代わりますのでお待ちください」

 子機を抑えながら「伯母さん、明日お見合いの木下さん」と亜季子に伝えた。

 亜季子は子機を受け取り「お電話代わりました」とワントーン高い声で出て行った。


 晩御飯は花のリクエストで手巻き寿司だった。

 テーブルに、魚介類、キムチ、卵焼き、納豆、チーズなどが並んでいる。流しでお吸い物をよそいながら、百合は花に「運んでー」と指示している。

 順子は昔とはだいぶ物が無くなった台所を眺めながら、亜季子に尋ねた。

「あれ? 何か随分すっきりした?」

「ああ、調理器具とか色々あったもんね。おかあさんはお料理上手だったし」

「処分したの?」

「ああ処分っていうか、あげたの。ここでご成婚した人たちがお線香を上げに来るでしょ? その度、話の流れでね、形見に何か持ってってください、なんてことになってね。気が付いたらあれこれあげて……」

「えっ! じゃあルクルーゼの鍋とか、圧力鍋とかあげちゃったの?」

「百合ちゃん、欲しかったの?」

「いや、そういう訳じゃないけど……あれって高いでしょ?」

「そうそう、メルカリとかで売ったら結構儲かるんじゃ……」

「そういう意味で言ったんじゃないわよ!」

 いつもの様に百合が花を睨んだ。花は知らん顔でお吸い物を並べながら、ちょっと卵焼きをつまみ食いした。

「おとうさんが亡くなった後、おかあさんがそうしてたからね」

 番助が亡くなった時、蝶子は番助が使用していた大工道具のカンナやノコギリなどを、欲しいと希望した人たちにあげていた。主人の事をわすれないでね、なんて言いながら。

「おかあさんらしいわね」

「そうでしょ? だから私も真似しちゃった」


「そろそろご飯かー」とタイミングよく修造が席に着いた。

 修造の隣に亜季子が座り、向かいに花、百合、亜季子が座ると、無事手術が終わった事を祝い、お茶で乾杯をした。お酒は、敬一が退院して元気になるまで我慢我慢、と修造はいつものようなのんびりとした顔で笑った。

「それじゃ、お祖母ちゃんの調理道具は全部ないの?」

「まだあるわよ。計量カップとかボールとかザルとかは棚にしまってあるわ。私の使ってたやつなんて安物でボロボロだったからそれは処分して、今はおかあさんのを使わせてもらってるわ。あっ、百合ちゃんが欲しいのがあったら持ってって」

「えっ! じゃあ、電動のワインオープナーってあったよね?」

「あったわよ。赤いのでしょ? ワイングラスもブランドもののいいやつがあったから、持ってって」

「伯母さんって欲ないね」

 花がイカとキムチを巻きながら言うと、修造が鯛とカイワレ大根を巻きながら意味深に笑った。

「伯母さんはね、お祖母ちゃんから指輪と着物を貰ってるから!」

「は? それは順子さんも貰ってるから! ねっそうでしょ!」

「貰いましたよ。おかあさん気前がいいから!」

 と順子がシソとマグロを巻きながら言うと、オクラと納豆を巻きながら、亜季子は修造を睨んだ。

「何よあなた! 私がこっそりおかあさんから高いものをくすねた、みたいな言い方!」

「別にそんな意味で言ったんじゃないだろ」

 そんな亜季子と修造を眺めながら、百合はエビとアボカドを巻いていた。

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