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縁、十三

連載を読んでいただきまして、ありがとうございます。

お詫びがあります。

こちらの「縁、十三」ですが、誤って先に「縁、十四」を投稿してしまいました。

申し訳ありませんでした。

お手数ですが、こちらの「縁、十三」を読んでからもう一度「縁、十四」を読んでいただけたら……と思います。

よろしくお願いいたします。

 割とすぐに敬一の退院が決まり、順子、百合、花が敬一のベッドを囲み、亜季子と修造の事を話題にして笑っていた。


「伯母さんってさ、あんなキャラだっけ? もっとおとなしくなかった?」

「そう? そりゃあ姑であるお祖母ちゃんの前では多少おとなしかったけど、あんな感じよ。それに、花は盆と正月くらいしか会ってないでしょ」

「だって、伯父さんたちって、転勤ばっかでこっちには住んでなかったじゃん。会う機会がそんなにないでしょ?」


 百合と花が話しているのを、敬一は黙って眺めていた。視線に気づき、花が「何?」と傾げると、息をふうっと吐いた。


「……みんなに聞いて欲しいことがあるんだ」


 いつもより真面目な敬一の顔に、思わず順子、百合、花は顔をそれぞれ見合わせた。

「お父さんな、今回の病気で、検査をしたり手術をしたり、一人になって色々思う事があったんだ……」

 そう言うとほんの少し黙り、続けた。

「ずっと今まで、必死で仕事して……特に、お父さんとお母さんは結婚が早かったし直ぐに親になったから、時には焦って、ちゃんとした大人にならなくてはいけないって、しっかりとしなくてはいけないって、そう思って生きて来た……それで考えたんだ。何年か後に定年した時、お父さんは何をするんだろうか? まだ働けるからどこかで働けたとしても……自分が何をするのか、何ができるのか……」

「あなた、そんな事これから考えればいいじゃない」

「そう、しっかりと考えようと思ってる。だからお前たちも考えて欲しい。百合は結婚するか、一人で生きて行くのか、ここで決めるべきだと思うし、花は……ずっと若い訳じゃないぞ。明日の事は分からない。何をしたいか分からないなんていつまでも言ってないで、そろそろしっかりとしなさい」

「お父さん……」

 今まで見た事がない、真っ直ぐな敬一を目の当たりにし、花はいつもより緊張した。

「夢とか、そういうのじゃないんだよ。大きな目標を持ってほしいとかでもない。花が望むなら伯父さんのとこで相手を探してお嫁に行くのもいい。お母さんは花の年にはお父さんと結婚していたし、それはそれでいいと思う」

「結婚とかは考えてないよ!」

「そうか。なら、ちゃんと自分と向き合ってみなさい。きっと何で前へ進めないのか、自分が一番よく分かっているはずだよ」

 小さく頷きながら、花はふと、夏彦の事を思っていた。前へ進めない原因は夏彦への、決して叶わない恋心だった。


 その日、順子と百合は家に帰っていったが、花はマドモアゼルへ向かっていた。無性に夏彦に会いたくなったのだ。

 店のガラスの向こうで、パティシエの白衣姿の夏彦がいる。ケースに出来上がったケーキを並べていた。やっぱり今日は帰ろうか、と引き返そうとした時、東海林に声を掛けられた。

「あれ? 花さん? 入らないんですか?」

「あっ! 東海林さん。朝美さんに会いに来たの?」

「はい。もう店に通い詰めていますよ。お陰で二キロ太りました! ハハハ」

「じゃ……」と帰ろうとしたが、東海林が「お茶でも飲みましょうよ」と言うので、断るタイミングを逃し、店に入る事になった。

 店に入ると、夏彦がケース越しに手を振った。

「久しぶりじゃん! 丁度良かった! 私が作ったシュークリーム食べてってよ!」

 少し会わないうちに、夏彦はまた一段と女の子になっていた。

 多分、殆どの人が夏彦を男だと気づかないだろう。身長も今どき百七十センチくらいの女性はいるし、髭も薄いし身体も細いモデル体型の夏彦は、とても美しかった。

 ひょっとして、東海林も気が付いていないのかもしれない。

「夏彦って呼んでるんですか? 面白いあだ名ですね」

 やっぱり気がついていなかった。

 東海林は朝美を目で探していた。すると奥の厨房から朝美が出て来て、東海林に「いらっしゃーい」と親しそうに挨拶をした。

「こんにちは。前に買っていったアップルパイ、美味しかったです。リンゴの自然な甘さが絶妙でパイのサクサクがいい風味で……」

 東海林は甘い物がそんなに得意じゃないわりに、食べたケーキの美味しさを的確に伝えていた。それを横で聞いているうち、無性にアップルパイを食べたくなった花は、「今日はシュークリームじゃなくてアップルパイの気分!」と夏彦に言った。

 カフェコーナーで花はアップルパイを食べ、東海林はシュークリームを食べていた。

「私、あんまりフルーツが煮たり干したりしてる系って苦手だけど、美味しい!」

「ですよね。朝美さんはモンブランだけじゃないんですよ。あっ、夏彦さんのシュークリームも美味しいですね。ホッとする甘さがあって」

 美味しそうにシュークリームを頬張る東海林の姿は、相談所を退会した日からどこか変わった様に思えた。どこか神経質っぽいところがなくなったようで……。

「丸くなったね」

 思わず花は口にした。

「えっ! やっぱり二キロでも顔に出るのかな?」

「違う違う。何かね、顔の表情とか? 何だろ、雰囲気が?」

 東海林はどこか戸惑った様な顔をした。

「イイ感じ! やっぱ恋をしてるからかもね」

「そ、そんな、大人をからかってはいけないよ!」

 顔を赤くして、恥ずかしそうに紅茶を飲んだ。

 人って変わる。

 その時花は、なぜか百合の結婚式の日を思い出した。

 ありふれた結婚式場でよくある式と披露宴だったが、その日の百合の姿は、世界で一番綺麗だと感じた。幸せで満ち溢れている女性は、やっぱり美しいものなんだと、ただ単純に思えた。

 ところが、離婚して帰って来た時、年を取った……というだけではなく、険しくて疲れていて、辛そうで……。

「百合さんはお元気ですか?」

 何か伝わった様に、東海林がいきなり尋ねた。

「えっ? あっ、普通かな」

「ハハハ、普通か」

「でも最近、父がガンの手術をやって、もうすぐ退院するんですけど、まっ、ちょっと心配っていうか……」

「それじゃあ、そんな大変な時に僕の結婚相手を探してくれていたんですね。何だか申し訳なかったです」

「いいえ。姉も失業してて何もやることなかったし、気が紛れて……あっ、そんなふうに言ったら怒られちゃうか」

 へへへと笑う花に、真剣な顔をして東海林が言った。

「百合さんには、いろいろと僕の話を聞いて頂いて、百合さん自身のお話も聞かせて頂いて……頑なだった心が、解れた感じがしたんです。だからとても感謝しているんです。だから百合さんには、幸せになってほしいです。そう願っています」

 今、東海林は幸せなんだろうと、花は思った。人の幸せを願える人って多分、自分自身が幸せだからなんだと。


 朝美が仕事を終えたのを見計らい、東海林は駅まで一緒に帰ろうと誘った。花ちゃんも一緒に、と朝美が言ったが夏彦が、花は閉店までいるもんねーといつものノリで花の肩を抱いた。花の肩は微妙に緊張した。

「ちょっと聞いてほしいことあるの」

 夏彦のその顔は、花にあの日の告白を思い出させた。


 あの日まで、花の未来予想図のようなものは決まっていた。

 それは、三歳から一緒にいる夏彦と、ずっと一緒にいることだった。

 出会いは同じ保育園で、他の園児から仲間外れにされていた時、夏彦が遊んでくれた。その時、たぶん花は初恋というものをしたのだ。それから小学校、中学校、高校と、ずっと夏彦と一緒にいた。高校は夏彦と同じ所へ入学する為、生まれて始めて勉強に励んだ。

 女友達は、適当に話す子はいたが、基本、花は夏彦といつも一緒にいた。高学年の頃は、周りのクラスメイトに、二人はラブラブだーとか言われ、揶揄われる事もあったが、夏彦はほぼ動じず、花はそんな夏彦の事を逞しく思えた。そして、当然のようにいつも一緒にいるので、中学生になると、もう誰も何も言わなくなった。あの二人はいつも一緒にいる仲良しの幼なじみだ、と。

 でも花は、夏彦が将来パティシエとしてマドモアゼルを継ぎ、自分は夏彦の隣にずっといたので、そのまま当たり前のように一生一緒にいるものだ、と信じていた。あの日の告白の日までは……。


「僕は女の子になりたいんだ。ずっとそう思って生きて来た」

「えっ?」


 高校をあと一年で卒業する頃、アルバイトで働いていたマドモアゼルの、閉店後の片付けをしながら、夏彦は緊張した顔で花に告げた。

「花にはもっと早く言おうと思ったんだ。でも、否定する自分がいてさ……でもやっぱり嘘はつけなかった。僕は……ずっと、女の子になりたかった。いや、女の子だったんだ」

「そんな……」

「花の前では、男でいようとしたよ。だって、唯一の友達……親友だと思ってる花に、ひょっとしたら嫌われるかもしれないから」

「嫌いになるなんて! あり得ないよ」

「でも、驚いたでしょ?」

「そりゃあ……」

 どうしたらいいのか分からなかった。花は夏彦が高校を卒業する前に、告白をしてくれるんじゃないかと期待していた。手を繋いだこともあるし、腕を組んだこともある。キスとかはしなかったけど、それはカレシ、カノジョになってからするもんだと思っていた。今、ここでどんな言葉をかければ夏彦も自分も傷つかずに済むだろうか、即効で考えた。その言葉は……。


「いやー! 夏彦超カッコイイのにさぁ……男の子でよくない?」

「は? 何言ってんだよ」


 花は精一杯、泣きそうなのを抑えた。笑おう! ふざけよう! そして、いつものように、「明日、一緒にお弁当たべようね」と言った。夏彦は「僕は学食のカレーが食べたい」と緊張から解き放たれた顔で笑った。

 それから卒業して、夏彦は製菓の専門学校へ入学し、目標を失った花はフリーターで今に至る。あの告白がなかったら、夏彦と同じ専門学校へ行き、一緒に店を継ぐつもりだった。それが花の絶対的な未来だった。

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