縁、十四
連載を読んでいただきまして、ありがとうございます。
お詫びがあります。
こちらの「縁、十四」ですが、誤って「縁、十三」を投稿する前に投稿してしまいました。
「縁、十四」を読んでいただいた方、お手数ですが、「縁、十三」を読んでからもう一度「縁、十四」を読んでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
申し訳ありませんでした。
後片付けが終わった後のカフェコーナー。
前に東海林と芽衣がお見合いした席で、花の向かいに夏彦が腰掛けると、すぐに切りだした。
「留学することにしたの。一年になるか、二年になるか分かんないけど……」
「えっ?」
「前から考えてたんだよ。で、最近ね、専門学校の先生が、昔修行してた店を紹介してくれるっていうの」
どうしようか? 花はどんな顔をしていいのか……いや、今自分がどんな顔をしているのか、混乱した。
「花? どうしたの? そんなに驚いた?」
「えっ……う、うん……」
そうか、驚いた顔をしていたんだ、私……と、花は店の窓ガラスに映った自分の顔を見た。
「そんな顔しないでよ。一生会えない訳じゃないし……」
「いつ?」
「ちぃ兄が戻ってくるの。も少ししたら。奥さんと一緒に。だからその後……」
「奥さんと一緒って?」
「ホテルが経営不振で閉じるんだって。他の店に誘われてたんだけど、将来、マドモアゼルを継ぐ事を考えると、ちょっと早いけどこっちに戻ってこようかって」
夏彦の二番目の兄は、リゾートホテルのパティシエをやっていた。店は将来夏彦が継ぐとばかり思っていた花は動揺した。
「ちょっと待ってよ。この店は夏彦が継ぐんじゃなかったの?」
「ああ、そうなればいいと思ってたけど……」
急に夏彦は黙った。
花は、夏彦が女の子になって行く中で、夏彦に関する噂話や陰口、時には笑い話を耳にする時があった。あそこの末っ子がおかしくなった。小学生には、オカマだのゲイだのと言われているのを夏彦は笑って受け流していた。
「近所では、理解してくれる人だっているけど、そんな人ばかりじゃないもの。でも、お父さんもお母さんも気にするなって言ってくれるわよ……でも、やっぱり店を継ぐことを考えると、ちぃ兄ちゃんの方がいいんじゃないかって、私が言ったの」
夏彦には、姉と二人の兄がいる。姉はお嫁に行き、上の兄はサラリーマンだ。下の兄は町のケーキ屋さんよりもレストランやホテルのパティシエに魅力を感じ、十八歳から他の店で修行を積み、希望通りホテルのパティシエとして働いていた。
「ちぃ兄ね、子供が出来たんだって。だからね、自分が幼い頃みたいに働いてる姿を、このお店で見せたいんだって」
「あっ、おじさんがデコレーションするの、私も好きだったな……」
花は小さい頃の事を思い出していた。ガラス越しにホールのケーキが綺麗にデコレーションされていく様子を、夏彦とちぃ兄と見ていた。
七つ上のちぃ兄は園児だった花と夏彦に、俺は店を継がないから、お前たち結婚して店を継げよ、と言った。夏彦は元気に、「うん!」と返事をした。花も隣で「いいよ!」とはしゃいだ。
「だから私はね、どこかで自分のお店を持てるように頑張る。小さくてもいいから、好きな人と一緒に……」
好きな人……というところで、ちょっと夏彦が顔を赤らめたのを花は見逃さなかった。
「いるの? 好きな人」
「……花にはすぐにばれちゃうね」
やっぱり花は精一杯、泣きそうなのを抑えた。笑おう! ふざけよう! そして、「私より先にカレシつくるつもり?」と言った。夏彦は「片思いに決まってんじゃん」と笑った。もうダメだ。終わった……。いや、もうとっくに終わってるけど……。でも完全に終わったんだ。もう夏彦の顔を見れない。泣きそうだった。その時、タイミングよくスマホが鳴った。
「あっ、お姉ちゃんからライン……家に寄れって……」
「花はいつまで伯父さんと伯母さんのとこにいるつもり?」
「……分かんない」
「やりたい事とかないの?」
「ない」
「そっか……」
「あっ、夏彦が将来お店を始めたら雇ってよ」
「ははは! いいよ。何年後か分かんないけど、その頃は、花は結婚して子供がいるかもよ。丁度パートに出たかったんだーとかいうタイミングかもね」
「結婚なんてしないよ! お店一緒にやろうよ」
「えっ?」
「好きな人って言ったじゃん! 私じゃダメ?」
「……花?」
いつもの冗談じゃない事はすぐに分かってしまった。夏彦は、花の気持ちに気付いたのだ。
花も、もう自分の気持ちを抑える事は出来なかった。
「……えっと……花はさ、女の子が好きなの?」
「夏彦が好きなだけだよ」
夏彦は留学してしまう。暫く会えない。だから今言ってしまったら、留学から戻ってくる頃までには、今日の事は忘れてくれてるかもしれない。だから、この際言ってしまおうと花は思った。
「男とか女とか? そんなのいいの……私は夏彦が好きなだけ!」
夏彦はどうしたらいいのか分からず、店内は時間が止まった様になった。
もうこれ以上ここにはいられないと、花は席を立ち、ドアへ向かった。
「花! 待ってよ! 私も花が好きだよ! 大大大好きだよ。でもね……」
その言葉を背中で聞き、花はそのまま駆けだした。
田村家では、少し遅い夕食を取りながら、百合が順子と将来について話していた。百合にとっても、敬一の言葉はどっしりと重かった。
「私ね、一生ひとりで生きてく自信はないの。でも、今すぐに再婚を考える事も……何かねぇ」
「もしかして、まだ隆之さんの事?」
「違うわよ。だってあの人はもう再婚したのよ……たぶん……」
「それじゃあ……前に友達に紹介してもらった人とは? どうしてダメだったの?」
「ダメって……別にね、いい人だと思ったのよ……でもね、子供を望んでいません……って言ったのよ……」
「そうなの……」
「そう……だから私? とか考えてしまって……勿論、私の他の部分を見て……例えば容姿とか、価値観とか? そういうところも含めて交際をしましょうって事だったんだけど……」
「……子供を望んでいないなら丁度良かった……みたいなのが嫌だった?」
「何だろ……よく分からないけど……ただね、子供がいなくてもいいっていう条件で、恋愛とか結婚をしたくないっていうか……その時、そう思ったの……」
「そうなのね……」
「まぁ実際、不妊だし……子供を望んでる人とは難しいけど……でも……」
百合は味噌汁を一口飲むと、お椀を静かに置いた。
「……離婚したばっかりの頃ね、バツイチです。不妊です。そろそろアラフォーです。そんな今の私、すっごく価値がないって……思ったりしたなぁ……」
「……じゃあ、未婚で若くて出産できる人だけが価値があるって事になるわね」
「そういう事になっちゃうよね……あの頃の私って最悪だったなぁ……視野が狭くなってて……私みたいな悩みを抱えている人はたくさんいるのに……自分ばかり辛いって思ってた時期、あったし……」
「……辛かったね……でも、母さんは百合の気持ちを分かってあげられなかったよね……ごめんね」
「ごめんねって……なんで? 親子でも違う人生を歩んでるんだもん……逆に学生時代にデキ婚したお母さんの、その頃の気持ちとか? 私分からないし……」
「……あの頃ね、内定をもらってた会社……断って……色々考えたわ……」
「私を産むか? 悩んだ?」
「それはなかった……絶対に産むって思ってた……お父さんも……結婚がほんの少し早くなっただけだって……でもね、かなり無理してたって思うの」
「だよね」
「お母さんね、ちゃんと就職しなかったでしょ? 結婚してからパート勤めはしてたけど、いつもどこか不安だったの……もし、お父さんが急に病気になったりいきなり死んでしまったら、子供を抱えて生きていけるのかしらって……保険には入っているけど、一生食べていけるほどのお金が入って来る訳じゃない……何か、ちゃんとした資格とか取らなくちゃ……とか?」
「資格、取ったっけ?」
「取ってないわ……思ってただけ……なんかね、あっという間に時間が過ぎてさ……言い訳みたいになっちゃうけど……花、私のこういう所、似ちゃったのかしら?」
「まさか、お母さんの若い頃って花みたいだったの?」
「あんな感じじゃないわよ……」
その時、ぬぼーっと花が入ってきた。
「びっくりした! 何よ! あんたねぇ、ただいまくらい言いなさいよ! どうしたのよ、もう今日は来ないと思ったわよ。返信ないし」
「そうそう、そろそろこっちへ戻って来て就職活動しなさいよ」
「うん……そうだね。でも、まだ帰って来たくない」
と花はいつもの自分の席に座った。テーブルの上の春巻き、ひじきの煮物、ポテトサラダを見つめ、「お腹空いた……」と呟いた。
「何? 夕食まだだったの? 味噌汁温めるね」
「アップルパイ食べたんだけど……あっ、東海林さんにおごってもらったんだ……」
「えっ! 早速店に通い詰めてるの?」
花は東海林が店に通ってから二キロ太った事や、今日は朝美と一緒に駅まで帰って行った事を百合に報告した。
「うーん……どうだろ。うまくいってほしいけど、割と朝美さんは手強いからね」
順子がご飯と味噌汁を花の前に置いた。
花は「いただきまーす」と手を合わせて食べ始めたが、急にさっきの悲しみが蘇って来た。何もなかったように振舞いたかったが、涙がどんどん溢れ、止めることができなかった。
「花? 何かあったの?」
「ちょっと! どうしたのよ! まさか夜道に誰か?」
順子と百合は驚き、めったに泣かない花の涙に戸惑ってしまった。
泣きながら、花はご飯を食べ続けた。ひじき、春巻き、味噌汁……涙と一緒に。
ただ事ではないが、何も聞けず……いや、聞かない方がいいと判断し、順子と百合はそのまま食事を続けた。




