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縁、十五

 その日は泊まらず、修造と亜季子の所へ戻った花は、ほぼ眠れない夜を過ごした。


「ねぇ、私なんであんな事言っちゃったのかな? ずっと言わないでおくつもりだったのよ。でもね、留学とか言うもんだから……気が付いたら言っちゃってた。心のどこかで、私の気持ちを分かってほしいって思ってたのかな……バカだね」

 布団の中で花は、蝶子、番助、凛に話しかけるようにずっとひとり、語っていた。


「留学から帰ってきたら、今回の告白は忘れてくれるかもしれないって思ったけど、そんな訳ないよね? さっきスマホみたらね、夏彦からライン来てたの。でも、見なかった……だってさぁ……」

 そのまま花はウトウトし始め、浅い眠りの中で朝を迎えた。


 翌日、割と早めに百合はやって来た。

 台所で、花がお昼ご飯の支度をしているのに百合は驚いた。

「何やってんの?」

「何って? チャーハン作ろうと思って……伯母さんに教えてもらったの。お姉ちゃんも食べる?」

「家では何もしなかったから、びっくりしちゃうわ」

 不器用な手つきでネギを切り、腫れた目と疲れた横顔の花の横に百合は並んだ。

「今お見合い中でしょ? 玄関に靴があったから」

「そう。今日は伯父さんも一緒に」

 手を洗い、冷蔵庫から卵を出し、百合は、卵は調理する前に出して、常温に戻してから……などと言いながら、再び花の横に立った。

「私、やるのに……」

「スープ、作ってよ」

 と,近くに置いてあった鍋を花に渡した。

「あっ、そうだ、夏彦がね、家に来たのよ。早朝に」

 花は動揺し、鍋を床に落とした。

「ライン既読にならないって泣きそうな顔してた。だから今日一緒にここへ連れて来ようかと思ったけど、お店があるっていうから」

「ダメ! 会いたくない……今は……」

「喧嘩の原因は? 留学すること?」

「喧嘩なんてしてないもん」

「まさか……花、告白したとか?」

 びっくりして、拾った鍋をまた落とした。


 どうして知っているのだろうか? 夏彦への思いはずっと心の中にしまい込んである、誰にも気づかれない花の青春の全てだったはずなのに……。

「私、正直言って、夏彦があんな風になっちゃってから、花はどういう気持ちでいるんだろって思ってたの。でも、変わらず仲良しだったし」

「な、なに言ってんのか分かんない」

「は? 花は夏彦の事ずっと好きだったでしょ?」

 固まった花は、いったん落ち着こうと、ふうっと息を吐いた。

「ど、どうして知ってるの?」

「そんなの、見てたら分かるよ。私だけじゃないよ。お母さんも……下手したらお父さんも? だって大人になったら、夏彦のお嫁さんになるって言ってたもんね」

「言ってたけど……ちっちゃい頃の話じゃん!」

「ひょっとしたらさ、将来のこと考えられなくなったのってそれが原因な訳?」


 無言になった花を見て、百合は「そんな事、ぐちぐち引きずってないでしっかりしなさい」と、いつものようにバシッと言おうとしたが、昨日の花の涙を思うと、今その言葉は妥当とは言えないと判断し、百合は調理を始めた。

「伯母さんのチャーハン美味しかったよね。隠し味って何だったっけ」

「……あのさ……お姉ちゃんはどうやって立ち直ったの?」

「えっ?」

「離婚してさ……辛かったでしょ? でも今は元気になったし……」

「元気に見える?」

「うん」

「それならよかった……自分では元気なつもりでも、傍から見て痛々しく感じられたりしたら、ちょっと悲しいからね」

 寂しそうにちょっと笑った百合が、やっぱり完全には元気じゃないのだと、花は感じた。

「私たち、冴えない姉妹だねぇ……」

 なんて思わず零れた言葉に、百合は「あんたと一緒にしないで!」なんて言い返して来ると思ったら、「そうだね」と言いながら、フライパンに油を入れた。


 どんよりとした空気の中、亜季子と修造がテンション高めで入ってきた。

「あれ? 百合ちゃん、もう来てくれたの?」

「ああ、お昼ごはんまで作ってくれてるんだね。ありがとう」

 嬉しそうな修造の顔を見て、花はお見合いがうまくいったのだと確信した。


 昼食を終え、リビングで今日のお見合いの報告を聞いた花と百合は、亜季子と修造が前よりもやる気になっていると感じた。

「何か、伯父さんも伯母さんも楽しそうだね」

「いやぁ……楽しいとかじゃないけど、なんだろ…人の幸せを嬉しいって思う? そんな年齢になったって事のなのかもな」

「うわっ、何かっこつけてんのよ」

「別にかっこつけてる訳じゃ……」

「今日なんて、ほぼ私が話してて、あなた「そうだね」とか「一理あるね」とか「いいと思うよ」しか言わなかったじゃない」

「そ、そうか?」

 いつもの様に言い合っている姿を、百合はじっと見つめていた。

「あっ、そうだ百合ちゃん、花ちゃん、最近は伯母さんはね、ノートを書いてるんだよ」

「いやだ、何で知ってるのよ」

「何? ノートって?」


 花が興味津々で前のめりになると、亜季子が照れながら、テーブルの上に積まれたファイルの中から、大学ノートを出した。

「おかあさんの真似してね、書き始めたの」

「わぁ! 会員の人についての? 見せて見せて」

「ちょっと恥ずかしいけど」

 と亜季子は照れながら花にノートを渡した。

「えっとぉ……木下紗枝さん、バツイチで子持ち。子供は既に家庭を持っており、この先一緒に老後を過ごせる人を希望。やたら相手の年収、財産などを聞いて来る。顔やスタイルは全く気にしないというが、韓流スターのファンミーティングへ行っているところをみると実のところはどうなんだろう……へぇー……で、西川貞夫さん、真面目そうで見掛けも悪くないのに五十まで独身なのは、きっと女性に対する期待が大きいからなのか? 女性はいびきをかかない、家事は完璧にやってほしいとか? 完璧さを求めている割には、面談の時、ときどき鼻毛を出している。いつ指摘しようか? マジで? 私が言ってあげるよ」

「花、ふざけないの!」

 ケラケラ笑う花からノートを奪い、百合が読み始めた。

「で、藤堂美歩さん、二十一歳で会員の中では最年少。なるべく早く結婚出産を終えたいと希望。高校を卒業してから結婚しようと約束していた彼氏に裏切られたようだ。どこかヤケになってるような気がする。見かけは流行りの若い健康的な女性だが、話していて時々、やべぇ、だりぃ、などの言葉が出る時がある。もしかして元ヤンか?」

 思わず百合も笑ってしまった。

「何よぉ! お姉ちゃんも笑ってんじゃん!」

「何? やっぱりおかしい?」

「全然全然。よく伝わってくるし、いいと思う。伯母さんらしくて! ねっ、花」

「うん! もう私、木下さんがお金持ちだけど顔がイマイチの人と、年収は平均的でイケメンの人と、どっち選ぶんだろって興味津々だよ」

「そりゃあ顔は気にしないんだから、お金持ちで顔がイマイチの人じゃないのか?」

 修造は当たり前のように言うが、亜季子はそうは思っていなかった。

「ずっと話しててね、本当はお金持ちで顔がいい人なら、尚更いいっていうのがヒシヒシと伝わるもの。前の旦那さん、男前だったらしいわよ」

「そっか……なんか、色々な人がいるよね。入力作業の時にはプロフィールとか、ざっくりとした事しか分かんないけど……」

「ほんと、話してみるとその人が何を求めているのか、考えるでしょ? それでお相手の方の事も考えて……前よりもね、やる気が出て来たの! 百合ちゃんと花ちゃんが来てくれたからかもね」

「そんなぁ、私たちなんて大して何もしてないわよ。ねぇ花」

「うん。でもさ、伯母さん前よりも顔が明るくなったよね」

「やっぱり?」

 確かに、亜季子はこの相談所を受け継いだ頃より、ノートを書くなどしてやりがい? 生きがい? ちょっと恥ずかしいが、修造の言っていた、人の幸せを嬉しいと感じる気持ちが芽生え始めていた。


「あっ、そうそう花ちゃん……いつ話そうかと思ってたんだけどね……」

 修造は話のタイミングを見計らっていたようだ。

「あなた、今じゃなくていいじゃない」

 花はピンときた。敬一の手術も終わり、退院も近づき始めたので、もう家に戻ったらどうか、という話だろう。でも正直、まだ家には戻りたくはなかった。敬一が言った「ちゃんと自分と向き合ってみなさい」という言葉が頭の中を駆け巡っていた。


「家に戻ったらってことでしょ? もう少し手伝っちゃダメ? ここにいちゃダメかな?」

「花、帰ってきなさいよ。手伝いたいなら、家から通えばいいじゃない」

「いやいや、ダメじゃないよ。伯父さんも伯母さんも大歓迎だよ。なぁ」

 亜季子が優しく微笑み、頷いていた。

「でも……」

 そうだ、今の花は夏彦のこともあり、家にいるよりもここに居させてもらった方がいいだろう、そう思った百合は「それじゃ、花のこと暫くお願いします」と言うつもりだったが、

「私も! 私も、暫くここでお世話になってもいいかな?」

「はぁ?」

 花は慌てた。当然、ダメだと修造も亜季子も言うわけがない。

「お姉ちゃんは家にいた方がいいよ。だってお父さんも退院してくるし……」

そんな花の言葉など、はほぼ無視して、家から着替えを持ってくると、百合はすぐに出て行った。

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