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縁、七

 茶の間では、東海林達朗の結婚相手について、花と百合と亜季子が話していた。

「でもお姉ちゃん、東海林さんに話すの? 由香里さんが二股かけてたって?」

「まさか、話せないわよ。二股じゃないし」

「心の中の二股って言ってたじゃん!」

「心の中って……そんなの二股って言わないわよ! そんなんが二股なら、大変なことにならない? あの人ちょっと素敵だな……とか? ちょっと思う時ってあるでしょ?」

「私はないもん! お姉ちゃんはあるんだぁ……」

 花が揶揄ってヒヒヒっと笑うと、百合はガン無視して亜季子が開いたファイルを覗く。

「まぁ、東海林さんには何も落ち度はなかったって話して、ただ、ご縁がなかっただけですって伝えましょう」

「そうね。過去は振り返らないで……」

 と亜季子がファイルを捲った。

「東海林さんは可愛い女子アナっぽい女性がタイプみたいなのよ」

「うわっ、若い頃のお姉ちゃんみたいな?」

「私ってそんな感じだった?」

 少し百合が照れた。

「違う違う。顔とかじゃなくて、服装がね、当たり障りのない、無難な、可もなく不可もなくって感じだったじゃん?」

「何よそれ、ちょっとムカつく言い方ね!」

 言い合っている百合と花を、楽しそうに亜季子は見つめた。今まで修造と二人で、成婚者が誰も出せないのではないかと不安な気持ちでいたが、百合と花が手伝ってくれる事がとても心強かった。


 早速、東海林に提案した。まず、プロフィールの写真を変えることを。爽やかなシャツに、メガネはボストン型の眼鏡に、髪形は今の前髪が長めよりも、すっぱりと短くカットして……。

 東海林は前の自分がダメだったのか? と気にしていたが、百合が気分を一新するために色々変えていこうと説得した。

「確かに、あの写真は……ちょっと現実よりも男らしくみせようとし過ぎたのかもしれませんね」

「やっぱり男らしさをアピールしたい方ですか?」

「いやいや、そういう訳じゃないんですけど、僕は見かけが地味なので……」

「そんな事ないですよ」

 百合は相談員として東海林と会う機会が増えた。そして、蝶子を見習い、少しでも相手の事を知ろうと心掛けた。

「今まで三人の方とお見合いをして、由香里さん以外は東海林さんからお断りしていますね?」

 由香里は亜季子が紹介したが、最初の二人は蝶子が紹介した女性だった。

「ああ、最初に紹介して頂いた方は、第一印象はとても素敵な方でしたよ。大人しくて物静かな方……だと思っていましたが、趣味が……」

「趣味?」

「音楽が好きでバンドをやっている、との事でしたので……」

そう言いながら、東海林は首を少し傾げた。

「で……ちょっと演奏を観に行ったんです」

 百合は何となく察した。

「ヘビメタ? みたいな激しい音楽を女性四人で演奏していました」

「へ、ヘビメタ? それは凄い」

「別に悪くはないんですよ。でも思ってたのと違い過ぎた、かな?」

「でも、普段大人しい彼女がバンドで違う一面を見せてくれたら、ギャップでドキッとしませんでした?」

「ははは……しませんでした。結婚したら、バンド仲間とツアーに行くとか言って半年くらい帰って来なかったりして……そんな姿を想像してしまいました」

「そ、そうですか。それで、次の方は?」

「単純に喋り方が苦手で……」

「どんな?」

「自分の事を名前で言うんです。甘えた声で。しかも、初対面で僕の事を、達朗って呼んでいい? なんて言うもんですから……ちょっとそこが苦手でして……」

「なるほど」

「でも、お料理が得意らしくて、お会いした時にお弁当を作ってきてくれたんです。お店が出せるくらい、とても美味しかったです」

「じゃあ、そのお料理を毎日食べたいとは思いませんでしたか?」

「ははは……思いません。食べる事は好きだし……でも、フリルのついたエプロンで、毎日、ねぇ美味しい? あーんして、とか言いそうで……そんな事を想像してしまって」

「考えすぎじゃ?」

「そうですかね……はは……」

 東海林は恥ずかしそうに笑った。

 蝶子のノートには、東海林についてこう書かれてあった。


(東海林達朗さんについて)

 しっかりとしている。簡単に人に心を開かないので本性が分かりづらい。

 思い込みが激しい面がある。

 過去に長く付き合った女性と別れているよう。理由は定かではないが、その女性は夢を抱いて何かに挑戦している人だったと思われる。ただ将来、子供を作ってマイホームを持つという、平凡な幸せを目指す東海林さんと彼女の間には、結婚という道はなかったようだ。


「あの……妹さんがいるんですよね?」

 百合と東海林は徐々に打ち解け始めていた。

「はい。ここで相談所の仕事を手伝っています。まだ一度も就職した事がなくて、人生甘く見てるんですよ」

「まだ若いですからね」

「やりたい事がないとか? いつもいい訳っぽいことばかり言ってますよ。ちゃんと地に足のついた生活をしないと、ですよね?」

「そうかもしれませんが、僕の友達の弟もそんな感じですよ」

 東海林は話していて感じのいい男性だ。きっと紹介したら、第一印象は合格だろう。ヘビメタさんもぶりっ子さんも、東海林が断らなかったら交際を望んでいたようだ。

 でも蝶子は、この二人をなぜ東海林に紹介したのだろうか? 百合には分からなかった。


「やっぱり、顔じゃない? 二人とも写真だけの印象だと、清楚な感じがするし」

「まぁ、そうだけど、ヘビメタだのぶりっ子だの、東海林さんが苦手な感じだと思うんだけどね」

「じゃあ、お祖母ちゃんが勘違いして紹介したのかな?」

「そうなのかな……でもね……」

「二人ともしっかりとやってるみたいね」

 順子が花と百合にペットボトルのお茶を差し出した。

 ここは敬一が検査入院している病院の病室だ。

「そうそう、四人部屋だって言ってなかったっけ? 私、お菓子を配ろうと思って買ってきたのに」

 と、小袋に入ったあられを順子に見せた。

「隣の人のいびきが耳障りで、個室に変えてもらったのよ」

「お父さん、超ナーバスじゃん」

「花、当たり前でしょ? お父さんは入院なんて初めてなんだから」

「お姉ちゃん、それ食べていい? お腹空いたー」

 百合が持って来たあられを選び始めた。

「こぼさないでよ」

 順子は、花と百合を見ながら涙ぐんだ。

「いつもの何でもない生活が、戻ってきたらいい……」

 病気ひとつした事がない、とよく言うが、敬一はその典型のような人だった。たとえ少し風邪を引いても一晩寝れば治るし、胃腸も丈夫だった。でも年齢と共に、煙草をやめたり酒を控えめにしたり、それなりに気は遣っていた、はずだった。

「悪く考えちゃいけないって思うのよ……でも、不安になるの」

 敬一と順子は学生結婚だった。百合を授かったのを機に結婚したのだ。今でも夫婦の仲はとても良く、順子は恥ずかしげもなく、百合や花に「お父さん以外に好きになった男性はいない」などと言う。女性のそんな言葉は殆ど嘘が多いが、順子に関してはそうではないようだ。

「お母さん、大丈夫だって! 家族みんなで乗り切ろう!」

 百合まで泣き出し、深刻な顔をして順子の肩を抱いた。

 その時、なぜか花がぷぷぷっと笑った。

「何か、私こういうの苦手ー」

「はぁ? こっちは真面目に……」

 そこへ検査を終えた敬一が入って来た。

「ああ、来てたのか?」

 順子は慌てて涙を拭った。

「あっ、遅いから迎えに行こうと思ってたのよ」

「お父さん、時間かかったね、MRIだったっけ?」

 敬一はベッドに座り、順子と百合の顔をじっと見た。

 泣いていたのを悟られまいと不器用に微笑む順子と百合だった。

「何て顔してるんだ」

 そう言うと、花の様にぷぷぷっと笑い始めた。

 親子なので当たり前だが、敬一と花はこういう所が似ている。


 病院の帰り、駅へ向かう道で百合はずっと黙っていた。

百合のどこか寂し気な横顔を、花は覗き込んだ。

「どうしたの?」

「なーんかね、やっぱりお父さんとお母さんっていいよね」

「そお?」

「ずっとあの二人みたいな夫婦になりたいと思ってきたのよ、これでも」

 百合は、大学時代から付き合っていた男性と結婚した。その時、自分も敬一と順子の様な二人になれるのだと思っていた。でも、そうはいかない事が起きたのだ。

「結婚なんてもうこりごりだと思ってたけど、何かね、今日はやっぱり誰かと一緒になりたいな……なんて思っちゃったわ」

「なら今がチャンスじゃん! 誰かいいひと相談所で探せば?」

「何言ってんのよ、仮にも今は相談員っていう立場なのよ」

「東海林さんの件がうまく言ったら、登録すればいいじゃん」

「東海林さんか……東海林さんにはどんな人がいいんだろうね」

 単純に考えたら、由香里タイプの女性を紹介すればいいのかもしれないが、百合は蝶子が以前に紹介した女性ふたりの事が、やっぱり気になってしまう。それと同時に、蝶子のノートに書かれてあった、長い間付き合っていた女性についても……。

 徐々に打ち解け始めていて、色々と話はするが、過去の恋愛の事はそんなに話してはくれない。しかし、そんな百合の気持ちが届いたのか……。

 次の日、誰とお見合いをするのか、東海林が相談に来た。

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